- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:08:45.46 ID:XBq7Oq7D0
モララーが拾得した資料。また、目に付いた情報。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:10:26.12 ID:XBq7Oq7D0
- 【入院患者の情報 小児 1】 小児担当 ツン・デレ
ファミリーネーム順
A
キミー・アルバート(13歳・女)
小児筋ジストロフィー。素直な子です。精神状態は安定していますが、若干の妄想癖があります。
時々「天使」や「楽園」という単語を発しますが、看護に支障はありません。
症状がまだ軽度なので、運動の継続を推奨します。進行に伴う精神面のケアを検討する必要があります。
B
マタンキ・ブラック(9歳・男) [付箋]
(※)病。元気な男の子で少々騒ぎす(※)。
いろいろなところに入り込むので、ナース各位注意してください。(※)へも何度か出ています。
食べ物の好き嫌いはあり(※)院食はあまり食べません。よく見舞い客におじいさんが参られます。
(※の部分は涙でインクが滲んでしまっている)
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:11:31.10 ID:XBq7Oq7D0
- 【入院患者の情報 小児 2】
G
アレ##・ギ#スピー
(以下、資料が激しく歪んで読めない)
〜〜〜〜・〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜。〜〜〜〜〜〜〜〜。〜〜〜〜、〜〜〜〜〜。
〜〜〜〜〜、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、〜〜〜。
以上、現四名。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:12:20.33 ID:XBq7Oq7D0
- 【入院患者の情報 要注意者】
トーマス・ゴードン(68歳・男)
軽度の痴呆症。入院の切欠は肺気胸。基本的に穏やかで協力的。徘徊行為の頻度も低く、扱いやすい患者。
しかし、重度の痴呆症患者であった妻を自らが殺害したと錯覚している。
妄執による虚言が端々に確認でき、中には本当に妻を殺めたのではないかと思わせる発言がある。
精神退行が始まっており、度々行動が不可解になる。錯乱時、暴力行為に注意すること。
(書き込み)少女の人形を取り上げてはいけない。彼はそれに亡くなった奥さんの名前をつけている。
ジョシュア・サウスフィールド(28歳・男)
自殺志願者。被害妄想を強く持ち、他者を寄せ付けない。また、死によって至高の存在へと昇華されることを期待している。
病院食をようやく摂るようになった。しかし、金属の食器を使用させるのは努めて避けること。
夜間、自傷行為に走ることが多く、特別病室に移動させるべき。要、拘束衣。
(書き込み)信者らしいので、丁重に扱うこと。ボールギャグを発注すること。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:13:07.82 ID:XBq7Oq7D0
- 【一階トイレの壁にあった落書き】
らーすーめんかるらーすーめんかる たすけるためにくるたぼく
は ぜたいにせいぎだから くるってないのはくるってないから
ふつうだふつうだふつうだ ぼくがきゅうせいしゅのともだちだ
いんちょさんはともだちだてきばかりのせかいでなかまだからだ
それはほんとのことで しんようしてくれないてきをころしてく
れるっていうから ぼくたちはともだちのなかまなんだぜったい
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:13:49.73 ID:XBq7Oq7D0
- 【一階手術室にあった日記】
十一月九日
昨日からの雨が降り続いている。寒くて嫌な感じだ。手術も近いって言うのに。
大体重要なことがあるときはいっつも雨な気がする。
看護婦さんが差し入れをくれた。ペイルヴィル地区にある有名なお菓子屋のブラウニー。
でも、食べられないので手術後にとっておく。
十一月十日
今日はようやく晴れた。窓の外が明るい。天使が降りてくる日はこんな感じなのかも。
手術も終わったみたい。明日からちょっとずつ動き出せるかな。
早めに寝よう。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:14:53.40 ID:XBq7Oq7D0
- 【日記 続き】
十一月十一日
今日も晴れだ。散歩に屋上まで行ったら雨が降っていた。いい天気でよかった。
風が気持ちよかった。戻ったら看護婦さんに怒られた。服が濡れた。
十一月十五日
昨日に引き続いて晴れ。てんしが呼んでた。めがみさまは? ってたずねたら、
雨がたいようをジャマしてわたしの服がびしょびしょでブラウニーを食べた。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:15:34.93 ID:XBq7Oq7D0
- 【日記 続き】
十二月四十日
看護婦さんのくれたぶらうにーがおいしかったのできょうも天使だ。
昨日からしあわせだ 明日もしわわせかぬしないら
はれ。
ぬいあいっしいあがみえあでふあだ。とっても幸せ
むあねい、だよ おわり
にがか こえなるじあ(ここから日記は黒く塗りつぶされている)
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:16:21.32 ID:XBq7Oq7D0
- 【Load】
三角のかどっこ何を突く。
悪人、罪人、咎人の、痛んだ心の隅の隅。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:17:02.24 ID:XBq7Oq7D0
- 振り上げられた大鉈は、切っ先がぐらあり、と彷徨っていた。
モララーが両手を後ろにつき、脚を怪人の方に投げ出している。
空を仰ぐ時にするように、ひどく無防備に動きを止めている。
(メ;・∀・)「お、あ……え?」
常人が扱うには重過ぎるであろう凶器は、怪人の腕力では右腕一本でこと足りるらしい。
視界確保用の穴もついていない被り物がゆるやかに右、左と揺れる。
わたし達のどちらを先に両断しようか、思案するように。
ξ;゚听)ξ「ひ!」
息ができない。
全身から汗が噴出す。
妙に冴え渡った脳髄が予感する。
何を?
無論、死を。
「む……。む……」
呻きにも似ているこもった小さな声をわずかに聴く。
次の瞬間、三角頭が動き出す。
ゆっくりとしていて、小さく、確実に踏みしめる左足の一歩。
(メ; ∀ )「あっぅ、う、あ、ああ」
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:17:48.53 ID:XBq7Oq7D0
- 三角頭は左半身を前へ進めた。
遅れて右腕が一旦後ろへと引かれる。
振り下ろすための溜めが完了、そして、静止。
「斬り殺すため」の予備動作が、十二分に完遂された。
何故わたしはそれを傍観している。
座り込んでいるのはどうして?
「む……」
ここで、見上げている三角頭が、正確には四角錐の形をしていることに気付く。
自分の膝や掌に、金網の形通りの跡がついていることに気付く。
モララーの拳銃が三角頭の裸足の足元に近いことに気付く。
そして、それらが全て現実逃避からの思考であると、気付く。
全身に震えが走っている。
歯がぶつかりあう。
喉、喉が、喉が、からから、だ。
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:19:04.52 ID:XBq7Oq7D0
- 三角の被り物の動きをも停止させた。
ぞっとする。
その完全なる停止は一つの事柄を示唆していた。
すなわち、斬り付ける対象の決定。
(メ;・∀・)「!」
ξ;゚听)ξ「――――っ」
ひどく緩慢だが滑らかな太刀筋が斜めに走りだす。
標的は。
より近くにいたモララーの、投げ出されていた両脚。
閃光のようにイメージが湧く。
両の膝から下が分断され、悲鳴を上げるモララー。
金網から零れ落ちる多量の赤。
生命の象徴、鮮血を流す彼の姿。
まだ、まだ、それは想像でしかない。
ぶうん。
軌道上にあるのはモララーの右足、脛。
わたしは全力で彼の衣服を掴んでいた。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:19:52.74 ID:XBq7Oq7D0
- 間に合うか……?
大振りの動作に似つかわしい、鈍い風切り音。
モララーの服が金網に引っ掛かる。
彼の服は血まみれで、錆びに覆われた床面との摩擦抵抗がひどく大きい。
わたしは半ば立ち上がりかけて、腕だけでなく全身で彼を引く。
引け、引け、引け。
もっと大きく早くあいつから離して逃がしてモララーが切られないように斬られないように
きられないようにきられないようにきられないようにきられないようにきられないように
強く引け!!
ざぎん。
終点となる金網が切断を受け、斬撃を食い止めた。
ξ;゚听)ξ「モララー!」
ほとんど悲鳴だった。
裏返る声に、しかし、何も思わない。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:20:51.99 ID:XBq7Oq7D0
間に合っ――
モララーの靴、いや、その中まで
二つに割られている?
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:21:40.99 ID:XBq7Oq7D0
- 真実、刃物が金網を斬る前にワンクッションがあった。
人体の緩衝材があった。
骨を切断した、ごりり、という音が刹那挟まれていた。
足の指の間に刃が入り、左右に裂くように踵までを斬り進む。
その映像が脳裏に浮かんだ。
(メメ;∀;)「っがああああああああうあっ!! うあああっうあああああ!!」
モララーの身体が大きく跳ねる。
激痛、そう、激痛としかわたしには判断できない。
痛覚が彼の脳を支配しているのだろう。
暴れる彼の拳がわたしの脚を殴打する。
がくがくと揺れる頭が、わたしの顔面に激突する。
ξ;;)ξ「うっ……あああっ、う、あああっああああああ!!」
それでもわたしは壁際までモララーを逃がさねばならない。
振り下ろされた大鉈が、めりこんだ金網から既に外されていた。
柄を両手に持たれて三角頭の肩に乗っている。
その場に留まれば機動力の削がれたモララーは確実に……。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:22:37.94 ID:XBq7Oq7D0
- ξ;;)ξ「うっ」
中腰になって服を掴んでいたわたしの尻が壁に当たる。
(メメ;∀;)「あしっ、あしがっ、あしがどうなってる俺の脚は? あし! あしいいいいいい!!」
肩を放すとモララーは右足をかばうように丸まった。
二股に分かれた足を、指先で触っては痛みに手を引っ込めている。
視界の下方には、絶叫し身をよじる男。
その向こうには、ぼんやりと立ち尽くす赤黒い三角頭。
何からも眼を逸らしたくなっていた。
距離は6mほど。
大鉈の届く範囲ではない。
しかし、ドアからも同様に遠く離れてしまった。
万事休すどころではない。
夫が教えてくれた日本の熟語、絶体絶命。
完全に絶対に絶命を約束された状態。
「む……。む……?」
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:23:26.38 ID:XBq7Oq7D0
- 右肩に大鉈の担いだ三角頭は、左手で被り物の位置を調節する。
外れてしまったか。まあ、いいか。
そんな声が聞こえてきそうだ。
一撃の下に死を与えるに易い刃。
二撃目をわたしは、どう交わせばいい。
(メメ;∀;)「いてえ! いてええ! あしっ! あしがああっ、あし! くっそおおお!!」
戦いに慣れた彼は、足が立たない。
動き回れるわたしは、戦う道具――取り落とした鉄パイプは今、三角頭の足元だ――を持たない。
考えろ考えろ考えろ。
そうだ、一つだけ、持っていた。
斜めにかけていた鞄を前に回し、中に手を突っ込んだ。
すぐに求めていたそれが見付かる。
ひんやりとした短い銃身、対照的な手触りの木製グリップ、ずっしりとした重み。
ξ;;)ξ「ハア――、ハア――、ハア――、ハア――、ハア――」
わたしは両手で回転式拳銃を構える。
すぐさま、たどたどしい手付きで撃鉄を起こした。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:24:25.86 ID:XBq7Oq7D0
- 思考は三種類浮かんだ。
ひとつ、三角頭を撃って絶命させる。
ひとつ、撃って、怯ませた隙に横をすり抜け逃げる。
ひとつ、苦しんでいる男を銃弾で救う。
……救うだって?
いや、まさか、なんという考えだ。
罪人のわたしがもう一人の罪人を、死をもって救済しようだなんて。
ずん。
三角頭が大鉈を肩に掛けたまま一歩踏み出した。
プランはそれぞれに問題を抱えている。
初めて人――アレが人であるとして――を撃つわたしが、ヤツを殺せるか?
怯ませた隙に、とは、モララーを引きずっていけるほどの隙か?
どちらもリスクは等号で結ばれる。
ずん。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:25:16.74 ID:XBq7Oq7D0
- この歩幅なら、あと十歩強で鉈の射程距離に入ってしまう。
ぶるぶると震える腕が銃口を安定させない。
どこを狙う。
ずん。
残り九歩。
腕。
大鉈を振るわせなければなんとかなるかもしれない。
ずん。
あと、八歩。
脚か?
足元が安定しなければ追いかけられない。
ふんばりが利かなければ攻撃もゆるむかもしれない。
ずん。
残り七歩。
自分の頭。
……何を、何を考えている。
逃げるの意味が違う。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:26:30.85 ID:XBq7Oq7D0
- ずん。
あと、六歩。
ξ;;)ξ「どっどこを、どこを狙ったらいいのよ!? どうしたらいいの!?」
ずん。
残り五歩。
無慈悲にも三角頭は近づいてくる。
赤く錆び付いた、元は黒かったのであろう被り物が近い。
四角錐状の先端が近い。
ずん。
あと、四歩。
自らの足元から聞こえていた絶叫が収まった。
見下ろすとモララーが青ざめた顔をわたしに向けている。
彼は何事かを呟く。
ずん。
残り三歩。
ξ;;)ξ「何!? なんて言ったの!?」
今度は、モララーは強く叫んだ。
動きを止めろ、と。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:27:35.29 ID:XBq7Oq7D0
- ずん。
あと、二歩。
三角頭はモララーの言葉を聴いても、なおその歩みを止めない。
淀みない行動理念があるためか。
それとも、ヒトらしい言語能力を持たないためか。
ずん。
最後に残された、一歩。
(メメ ∀;)「いいっ、かっ。……ま、ま、ま、間違っても頭を狙うな。せっ、めて胴だ。
腰、腰辺りから、膝かっもっ……ううああああ! くそっ!! 腿を撃てよ!
撃つときは息を止めろ!! 狙っえっ、よおお!」
ξ;;)ξ「膝、膝、膝、それか、胴。膝……」
荒い息を一瞬止めて、永遠とも思える時間を待つ。
ずん。
三角頭が肩に置いた大鉈の柄に両手を合わせた。
次の一歩はすぐに訪れる。
ゆっくりとした前進の勢いをそのままに、鉈の薙ぐ動きが始まる。
今度の軌道は、先ほどよりも角度を寝かせた斬撃。
わたしは引き金を強く引き絞った。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:28:37.18 ID:XBq7Oq7D0
- 手首が折れたかと思うほどの衝撃。
銃口が跳ね、前腕ごと天井を向く。
遅れて痺れが肩まで到達する。
だが、銃弾は確実に三角頭の左膝を貫いていた。
黒っぽい血液がどぷっと溢れ出す。
そして、ヤツはよろめき、訝しがるように喉を鳴らす。
「む……む、ん……」
大鉈が宙で停まる。
その逆側を抜けようとするモララー。
(メメ ∀;)「続けろツン! 無駄撃ちはするな! 少しだけ耐えろ!」
壁に手を付きながら片足立ちで三角頭の横を通ろうとするモララー。
裂けた右足を上げ、ふらつきながらも着実に移動する。
赤黒い被り物がゆっくりとそちらに、その先端を向け始めた。
ξ;;)ξ「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
明らかに過呼吸になりかけている。
酸素を吸入しすぎて頭が真っ白になりそうだ。
それでも。
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:29:55.64 ID:XBq7Oq7D0
- ξ;;)ξ「すぅっ」
胸に息をため、コックを再び起こす。
じん、とする手を努めて安定させる。
今なら、動きを止めるだけなら、わたしにもできる気がした。
「む、ん」
廊下の幅は3mほど。
モララーが壁にもたれながら、三角頭から身を離して真横を通る。
当の三角頭は、砕けた膝で彼を追うべきか逡巡しているようだった。
(メメ ∀;)「ツ、ツン、ツン! ツン! 狙えよ!」
モララーに、血色の悪い腕が伸びる。
わたしが瞬間的に引き金を引くと、今度は少しだけ銃口が跳ね、弾丸は放たれる。
それは三角頭のもう片膝を穿ち、黒い花を咲かせた。
「……う。……む? む……」
太いくぐもった声がにわかに苦痛を表した。
次いで新たに撃ち抜かれた右膝をつき、ついに大鉈を手放す。
呼吸を再開すると、途端に視界が白く染まった。
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:31:59.69 ID:XBq7Oq7D0
- 目の前から景色が消えそうだ。
酸素が急激に巡って苦しい。
だが、気を失ってなるものか。
ξ;;)ξ「モララー!! 急いで!!」
少し耐えろ、とモララーは言った。
それを信じるしかない。
どれだけの少しかは言及しなかった。
訊いてしまえば逆に耐えられない気がした。
目前で三角頭がゆっくりと大鉈に手を伸ばす。
不機嫌そうな声を漏らして、被り物の先端をこちらに向ける。
わたしは即座に倒れたままの撃鉄へ親指をかけた。
ξ;;)ξ「くっ、あっ、わああああああああ!」
何を言えばいいかわからず、焦ったまま射撃する。
三歩も踏み込めば手の触れる位置で、弾丸を被り物に当ててしまった。
がごん、と弾かれ、それっきり。
与えられたダメージは皆無。
大鉈の柄が握られた。
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:32:53.18 ID:XBq7Oq7D0
- ひゅう、と喉が鳴る。
もう全身の水分が抜けてしまったかのようだ。
緊張を超えた緊張。
ぎゃりりりり、と鉈の刃が金網の床を擦る。
砕けた膝をかばうように、三角頭は武器を床に突いた。
10cmほど刃先が刺さり、それを支えに立ち上がろうとする。
ξ;;)ξ「ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ!」
何だこいつは。
撃たれても痛みを感じないのか。
どうして立ち上がる。
何で攻撃しているわたしの方が痛いんだ。
胸が内から斬り付けられるように痛い。
真の恐怖はあらゆるものを傷つける――
「む、お」
三角頭が完全に直立してしまった。
ぐい、と柄を引いて、大鉈が抜かれる。
そして、伸ばされる左の掌。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:38:19.47 ID:XBq7Oq7D0
- 「え?」
マタンキ君がフェンスの向こうに落ちていく。
わたしが押した柔らかい少年の身体が屋上の縁から下へ。
「え?」
少年が静かに落下して、落下して
「え?」
落下して、落下して
「もうすみますよ」
産婦人科の医師がクスコをわたしの身体から引き抜かれる。
わたしの、子供の、なりそこないがちらりと見える。
「もうすみましたよ」
赤い小さな小さな肉とも、ただの血溜りともわからないもの。
「もう終わりましたよ」
落下する少年と生すら受けなかった細胞。
ξ;;)ξ「やめえてええええ!! 見せないで! もういや! いやなのよおおお!!」
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:39:22.69 ID:XBq7Oq7D0
幻影を裂いて、銃声が二度、廊下に響いた。
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:40:24.33 ID:XBq7Oq7D0
- ξ;;)ξ「え?」
状況把握までに時間を要した。
大鉈が床に落ちていた。
がっしゃん、と大きな音を立てて。
わたしは何もしていない。
遠くからひどく頼りない足音。
大鉈の柄は握られたままだ。
三角頭が呻く。
緩慢な仕草のまま、落ちた大鉈へと被り物の先端を向ける。
落ちてしまった「大鉈を握ったままの、自らの肘から先」を見つめている。
(メ# ∀ )「ツン! ちかっ、ちかっよって、腹を撃て! 殺せ! 殺せ!」
三角頭の欠けた腕の向こうにモララーを見る。
彼が壁についていない方の手には、拳銃。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:41:04.83 ID:XBq7Oq7D0
- 戸惑うわたしは信じられない光景を目にする。
三角頭が、落ちた自分の腕を拾い上げ、被り物の下へ差し入れた。
咀嚼音。
ぐち、みち、ぼりぼり。
狂っているから食うのか。
これがヤツの常なのか。
薄汚れた肉を、黒い血液を、食らいすするのが平生の行為か。
分けが分からない、分かりたくもない、意味を知る意味がない。
(メ# ∀;)「何してる、撃て! 殺せ! 殺せ!」
殺せ!
ξ ;)ξ「……!!」
殺せ!
モララーの言葉は単調になる。
ただ、一つの単語を連呼する。
殺せ!
三角頭の胴に銃口を押し当てていた。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:43:48.68 ID:XBq7Oq7D0
- 撃鉄を起こして、撃つ。
手首に甚大な負担を受けるのは、しかし、三度で終わる。
わたしの持つ銃は装弾可能数が六発きり。
既に残弾数が半分だった。
最後の一発を境に、わたしは三角頭から身を引く。
ξ )ξ「ウソ、でしょ」
だが、ヤツは死なない。
三角頭は無頓着に自らの腕を食い散らかしている。
モララーも呆然として歩みを止めていた。
(メメ ∀;)「こい、つ。人間じゃ、ない」
徹底された意味不明な行動。
完璧に理解できない。
人外もいいところだ……。
三角頭が次の行動に移った時、わたし達はますます困惑した。
噛み千切った前腕を被り物から引き出し、残った左手で器用に血管を引きちぎる。
血肉を掻き分けて三角頭が何かを探り当てたようだった。
そして、勢いよく黒い血を散らしながら、それを引き抜いた。
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:44:32.53 ID:XBq7Oq7D0
- それは赤黒い金属板。
クレジットカードよりも少し大きく、分厚い札。
短辺の片側には、いくつかの切り込み。
「む……」
それを完了すると、三角頭は大鉈の中ほどを左腕で掴む。
柄を金網に差し込むと、刃先を被り物の下に導き、
ξ )ξ「……え」
(メメ ∀ )「な、に?」
身体を前のめりに倒すように。
赤黒い四角錐の中に刺し込むように。
体重を、地面に立てた大鉈に預けた。
黒い血液が肉厚の刃を伝う。
流れるそれとは対照的に、三角頭は動かなくなる。
ヤツは「自殺」していた。
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:45:53.64 ID:XBq7Oq7D0
- わたし達は何も喋らないし、喋れない。
モララーの足から血液が流れ出ている。
彼の顔はひどく青白い。
そして、わたしもきっと、顔面蒼白なのだろう。
(メメ ∀ )「どうしてだ」
ξ )ξ「分からないわ。でも、でも、コイツは、死んだ」
疑うべくもなく、確実に絶命している。
何故、こうなったかを考えるだけ無駄だ。
理解できる範疇を超えている。
そして、わたし達が眺めている中、自害した怪人の身体がぐずぐずと崩れ出す。
黒い体液と腐ったような肉が金網から下方の闇へと落ちていく。
ぼろきれの衣服も、どろり、溶けて流れ落ちる。
金網に突き立った大鉈と金属の被り物だけが残された。
それが放つ恐怖も依然として残存している。
ξ )ξ「そうだ、モララー。早く処置しないと」
それを紛らわすように、わたしはバッグから応急セットを取り出す。
モララーへと近寄る際、地に落ちた四角錐からはかなり距離を置いた。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:46:50.18 ID:XBq7Oq7D0
- 無言で彼の足を治療する。
とはいっても、これだけの重症を絆創膏で治すのは無理だ。
消毒、止血、保護くらいしかできない。
オキシドールをふりかけ、足首を携帯用ソーイングセットの糸で縛った。
モララーに噛ませたハンドタオルが、ぎり、と鳴る。
白目をむきかけた彼は、しかし、耐える。
ξ゚听)ξ「これは」
ひどい状態だった。
黄色い脂肪、赤い筋肉、白い骨、そしてさらに赤の骨髄。
止血後、これらの層が明確に区別できるほどに切り口は鮮やかだった。
刃が到達していたのは、足首の骨まで。
不衛生な錆びだらけの世界で、手術もできない。
わたしは正直な意見を言う。
ξ゚听)ξ「……歩けなくなると思う」
(メ;・∀-)「予感はしてた」
ξ )ξ「ごめんなさい。わたしがもっと早くに助けていれば」
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:47:57.40 ID:XBq7Oq7D0
- (メ;・∀・)「謝るな。動けなかったのは俺だ」
白い顔でモララーは言った。
血の気が引いている。
彼はひどく血を流しすぎていた。
それよりも、と言葉が続く。
(メメ・∀・)「銃を向けた俺を、人殺しの俺を、赦すのか」
脂汗を拭って、そう問うモララー。
(メメ・∀・)「お前を殺そうとした。罪人と罵った。なのに、あの馬鹿でかい刃物から逃がした。
そして、今、こうして俺を治療しようとしている」
ξ゚听)ξ「……」
(メメ・∀・)「答えろよ」
声のトーンがわたしに銃口を向けた時のそれより柔らかい。
純粋に彼が不思議がっているのが分かった。
ξ゚听)ξ「……わたしが人を赦す資格はないわ。決して、赦しは与えられない」
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:50:01.02 ID:XBq7Oq7D0
- (メメ ∀ )「ッ、うっ、ん」
モララーの意識が目に見えて途絶えかけた。
瞳がぎろぎろ、と鈍く上下左右に揺れている。
ξ゚听)ξ「危ないわ……」
それが収まるのを待つと、同じ問いがわたしにかけられる。
(メメ・∀・)「どうしてこ、こうして俺を助ける」
ξ゚听)ξ「あなたが助けてくれたから、そのお礼よ」
言葉を切って、息を呑む。
ξ゚听)ξ「それこそ、あなたがわたしを助けた理由が訊きたい」
(メメ・∀・)「あのまま逃げたのかもしれないぞ」
モララーは自らの疑問を晴らすことに執着していた。
埒が明かない。
こんなことをしている間にも彼は死に向かっている。
ξ゚听)ξ「……じゃあ、なんとなくよ」
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:50:56.72 ID:XBq7Oq7D0
- (メメ・∀・)「『なんとなく』か。そうか。……いい言葉だな」
わたしはやや間を空けて、所見を述べる。
ξ゚听)ξ「出血がひどいわ。先に行って輸血用血液を持ってくる。待ってて」
血液のパックは地下の保管庫にある。
急がなければ。
さっき三角頭が置いた札はおそらく、そこへ行くのに役立つ鍵。
立ち上がりかけて、しかし、腕を掴まれた。
(メメ・∀・)「俺も行く。先を急ごう」
ξ;゚听)ξ「だっ、だって」
さらに言葉が遮られた。
(メメ・∀・)「さっきからマタンキの声が聞こえるんだ。逃げろって言ってる。でも……」
ξ゚听)ξ「……」
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:51:46.21 ID:XBq7Oq7D0
- わたしには何も聞こえない。
彼は突然顔をしかめた。
押し寄せたのであろう苦痛をこらえてから、続ける。
(メメ・∀・)「あいつは『助けて』って言えないガキだった。なんとなく、今回もそんな感じなんだと思う」
その眼が死んではいなかった。
ξ゚听)ξ「そう」
なんとなく、か。
ξ゚听)ξ「……子供に呼ばれているなら、行かなくちゃね」
(メメ・∀・)「ああ。それもすぐ。泣いてるかもしれない」
モララーが壁に手を付き、片足立ちになった。
わたしはその階に落ちていた資材を杖として渡す。
まともな松葉杖があれば良かったが、贅沢は言っていられない。
(メメ・∀・)「悪いな」
ξ゚听)ξ「武器は?」
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:52:54.11 ID:XBq7Oq7D0
- (メメ・∀・)「拳銃の中に弾があと五発。それに予備のマガジンが一本。合わせて十五発だ」
ξ゚听)ξ「わたしのはもう空だわ……」
置いた回転式拳銃を持ち上げる。
初めより随分軽くなったそれが、黒い液に染まっていた。
その体液の持ち主の名残に振り向く。
赤い四角錘の被り物と巨大な鉈。
(メメ・∀・)「精神異常者」
ξ゚听)ξ「あるいは人型の怪物なだけかもしれない」
(メメ・∀・)「自殺志願者」
ξ゚听)ξ「いずれにしても、もう、いいわ」
わたしは鉄パイプを手に取り、医療用メスを無菌パックから抜き出す。
後者はさらに鞘に包まれているので、安全にベルトへと差すことができる。
モララーも同様にナイフを装備していた。
ξ゚听)ξ「ナップサックはどうしたの?」
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:55:14.41 ID:XBq7Oq7D0
- (メメ・∀・)「奪われた」
ξ゚听)ξ「え?」
(メメ・∀・)「入り口でお前が倒れた時、奪われた。多分、人間の女」
彼が交戦していた何か。
それが人間?
(メメ・∀・)「ショットガンを持っていたヤツだったと思う。
お前をどこかに連れて行ったのも、そいつの仲間だったんじゃないか」
何だって?
ξ゚听)ξ「何故わたしを逃がすようなことをしたのかしら」
(メメ・∀・)「だからお前を疑った。マタンキの件を持ち出した時、それで頭が一杯だった」
立ち続けながら喋るのに疲れたのか、モララーはけだるそうに眼を瞑った。
わたしは肩を貸して支える。
ξ゚听)ξ「……どういうこと?」
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:56:39.81 ID:XBq7Oq7D0
- (メメ・∀・)「かなり血みどろで汚れていたが、あれはナース服だ」
ぎくり、と身体が硬直する。
[こわいおんなに気をつけろ!]
(メメ・∀・)「ツン、お前の名前が看護婦の名簿に載っていたのを見つけてな。
俺をはめようとしてるんじゃないかと……まあ、いい」
わたしも同じく脅威にさらされたことで、それは晴らされたらしい。
いや、しかし、目下気にするべきは異なる点。
[こわいおんなはだいげきど! 手下を使ってだいそうさ!]
ξ;゚听)ξ「教えて。それは何人いたの」
(メメ・∀・)「ライトは初めに壊されたからな……。結構いたと思う」
記憶を辿る。
ブルックヘイブン病院における看護婦の勤務体制は、三交代制。
早朝から夕方までと、昼過ぎから深夜まで、そして夜から翌朝まで。
最も少ないのは夜勤時の三人。
各シフトの交代時に最多で二十人。
「こわいおんな」達が、ここのナース?
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:57:40.05 ID:XBq7Oq7D0
- 有刺鉄線と鎖に封印されていたドアへと戻る。
変則式の錠前――赤い小箱――に札を挿入する前にわたしは、「こわいおんな」について考えていた。
一つ、問いかける。
ξ゚听)ξ「どうやって逃げたの?」
モララーがすわった眼で小箱を睨みながら言う。
(メメ・∀・)「光が消えた途端に俺を見失ったみたいだ。手探りでエレベーターに乗り込んで三階に逃げた」
ξ゚听)ξ「ライトがなくなったら……。ところで、三階に? わたしもいたのに」
(メメ・∀-)「あ? 確かに……いや、悪いが、悠長に考えられるほど、ん……。ふう。脳みそがはたらかないんだ」
わたしが、それなりに普通な病院にいた時、彼は同じ場所の違う空間にいた?
金網の床と天井が広がるここは違う世界なのか?
そうして黙考していると、モララーがしびれを切らして口を開いた。
(メメ・∀・)「急ごうぜ。マタンキも呼んでる。その内、天使もお迎えにきちまうからな」
ξ゚听)ξ「ええ、そうだったわね」
パイプを握り締め、札を上部のスリットに差し込んだ。
かちん、と軽い音がして変化が起きる。
- 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 21:59:11.53 ID:XBq7Oq7D0
- 小箱の外装が剥がれ、中から円盤が露出した。
それが緩やかに回転を始める。
がりがりがりがり。
鉄線と鎖の張りがさらに強力なものになる。
上下左右から伸びているそれらが、びぃんと張る。
がりがりがりがり。
わたしは起き得る現象を予想して、モララーを支えて後退する。
彼も小箱の動作の意味を悟ったらしく、従った。
がりがりがりがり、がちっ。
張り詰めた封印が一瞬止まる。
そして、小箱が最後に一際大きく円盤を回転させる。
ばきん。
留められていた箱が全ての有刺鉄線と鎖を、ねじ切った。
動力源は不明。
しかし、確実にそれは錠前としての役割を終えた。
- 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:01:00.59 ID:XBq7Oq7D0
- 鉄線らが張力に従って断ち切れた途端、小箱へと叩きつけられ、破壊を生じた。
大小の金属片が飛び散り、宙に舞う。
それらはわたし達には届かず、金網の隙間を抜けて闇へと落ちていく。
それを見届けてから、わたしはバッグからペットボトルを取り出した。
残りが半分を切った水。
それをモララーに差し出す。
(メメ・∀・)「いいのか?」
ξ゚听)ξ「手術中に血圧が低下したら水分で水増しするの。もっとも、生理食塩水とかだけど」
加えて言うなら、経口摂取はしない。
(メメ・∀・)「塩分か。それならまだ確かケツポケットに、あった」
彼はビーフジャーキーのパックを取り出す。
(メメ・∀・)「三枚くらい残ってたはずだ。半分食えよ」
ξ゚听)ξ「塩分と水分は重要、だものね」
その通り、とモララーが応じ、わたし達は生気のない顔を見合わせて笑った。
ひどく表情筋が引きつってり、涙を流した目元が突っ張る。
それでも、心に多少のゆとりは生まれた。
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:02:24.97 ID:XBq7Oq7D0
- 封鎖されていた扉の向こうは暗かった。
すぐに懐中電灯を付ける。
照らされる、滑り止めのミゾ付き鉄板。
それは建築現場で組まれる足場のようなものだった。
(メメ・∀・)「明かりが無い方が敵には見つからないんだが……そうも言ってられないな」
足元がところどころ広く開いていて、やはり下方に広がるのは、闇。
発覚を恐れて暗中を進めば落下は必至。
それに、突然襲われるよりもこちらから接近して叩く方がマシだ。
ξ゚听)ξ「行くわよ」
モララーも同じく、小さく「ああ」と呟き返した。
穴あきの足場でも道としては成立している。
鉄板の道筋を進むわたし達。
モララーを補助しながらの移動は、遅々としていた。
壁間の距離は3mほどだが、時に足場の幅はその半分以下となる。
否が上にも慎重な足取りになった。
気温が高く、蒸すことに気付く。
穴から吹き上げる風は生ぬるく、頬を撫でるそれが不快だった。
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:03:56.92 ID:XBq7Oq7D0
- 壁面に本来あるべきドアがあったり、なかったりする。
コンクリートに上塗りされてしまって存在が消されているもの。
あるいは、シャッターが部屋の内側から下ろされているもの。
いずれも中に入れそうにはない。
気にする必要がないかもしれない。
やがて、耳にカツ、カツ、という音が届く。
(メメ-∀・)「お出ましだ」
ξ゚听)ξ「……!」
ライトを向けた先には、ヒトのシルエット。
しかし、歩き方がヒトのそれではない。
病院に入る直前、犬を駆除していた女性が見せた移動の仕方。
首をうなだれたまま、内股で一歩ごとに身体を左右に揺すっている。
今にも倒れそうなアンバランスな姿勢を、無理矢理正そうと脚を動かす奇妙な歩行。
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:05:47.25 ID:XBq7Oq7D0
- ぐらり、ぐらあり、と。
白のナース服に染みているのは、血液、胃液か胆汁、そして錆び。
いずれも酸化し黒味を帯びていた。
膝上丈のスカートから露出した脚や半袖の先に生えた腕が、青どころか灰色を表している。
血色が悪すぎる、岩のような暗い肌色。
表皮の下から発色したそれは、アザ、もしくは、死斑。
いずれにしても健康からはひどく程遠いことが分かる。
爪の剥がれた手には、わたしが握っているものと同じような鉄パイプがあった。
あちらの方が錆びがひどく、ほぼ全面が赤茶。
モララーが拳銃を構える。
わたしは脇にパイプを挟み、彼を支えて射撃を安定させようとする。
鼻から息を強く吐き、懐中電灯で「彼女」を照らした。
「わわわわわわわわわわわ……」
水中から叫んだような間抜けな声。
それを発する口が見当たらなかった。
(メメ-∀・)「一、発で怯ま、せる。穴に、落とせ」
ξ゚听)ξ「分かったわ」
- 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:07:43.54 ID:XBq7Oq7D0
- 頭部が詳細に視認できるようになる。
分厚い灰色の肉膜に覆われた顔面には、醜い凹凸があるばかり。
その上にべっとり張り付いた髪と、汚れたナースキャップ。
わたしは落ち着いていた。
元同僚かもしれない。
ただの狂人かもしれない。
そう思っていた。
動きや容姿はもはや人間のそれではない。
「これ」を殺しても、良心を痛めることはない。
今ではそのような考えになっている。
モララーの合図を待つ。
操り人形のような頼りない歩みをするナース。
わわわわ、と水中から息を吐いて泡を立てるような音声が近づく。
そして、立ち止まった。
(メメ-∀・)「……?」
ξ;゚听)ξ「モララー、まだ――」
- 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:09:14.68 ID:XBq7Oq7D0
- わわわわわわ、と。
絶え間なく。
わわわわわわ、と。
切れ目なく。
わわわわわわ、と。
呻くような。
冷静さが吹き飛んでしまった。
やはり、人数は……!
狂った看護婦の後ろから、
さらなる看護婦達の集団が押し寄せていた。
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:12:13.96 ID:XBq7Oq7D0
- モララーの身体がびくりと跳ねた。
(メ;・∀・)「ツン、変更だ。手前のヤツを倒して、盾にする」
奥にいたナースの内の一体が、両手で抱えた長い物を操作する。
木製の肩当に握り部分、そして、黒く長い銃身。
あれは、
ξ;゚听)ξ「ショットガン……!」
その銃の恐ろしさは、父親に聞いて知っていた。
それは、一回の攻撃範囲が扇状に広いこと。
一つの薬莢から多量の小さな弾が、亜音速で吐き出されるのだ。
遠くに見る、緩慢なポンプアクション。
空のショットシェルが弾き出される。
それが意味するのは、次の弾薬の装填。
(メ;・∀・)「!」
モララーが即座に手前のナースに銃弾を浴びせた。
鉛球が額に穴を開ける。
「それ」一体分の音声が、すっと止む。
バランスを戻そうとする次の一歩は踏み出されない。
手前の看護婦は、股間からわずかに粘液を垂らす。
「それ」の履く短いスカートから失禁したような小さな水音。
- 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:13:36.52 ID:XBq7Oq7D0
- しかし、静寂は訪れない。
他のナースの音声は、引き続き廊下の奥から響いているのだから。
(メ;・∀・)「ツン! そいつを引き寄せてくれ!」
ショットガンの銃口が定まる前に、わたしはモララーの殺したナースに掴みかかる。
懐中電灯を手にしたままでは服の端しか握れない。
力が抜けた肉体は重く扱いづらい。
焦る。
(メ;・∀・)「!」
モララーは息を呑んだ。
わたしも、自身が激しく揺れ動かした明かりの向こうで、それを確認した。
奥に立つナースの射撃体勢が整っている。
モララーが大体の見当をつけた方向へ発砲。
彼の腕前なら十二分に狙撃することが可能な距離。
だが、本来の実力を発揮できないほどに廊下は暗かった。
やけにクリアな女性の悲鳴を発するパペット――操り人形の――ナース。
照明の円が揺れる中に見たのは一体が怯む姿。
でも、それはショットガンを持ったヤツではない!
- 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:14:42.53 ID:XBq7Oq7D0
- ξ;゚听)ξ「――ッッ!!」
指に痛みが走る。
拳銃を撃ったことで骨にヒビでも
それよりも盾を
掴んだらしゃがみ込んで
モララーとこいつの陰に入りきるか?
遮蔽物としては心もとない
でも逃げ場はない
断片的に浮かぶ思考。
(メ;・∀・)「クソッ!」
発砲。
今度は悲鳴すら上がらない。
残弾数はいくつだ?
無駄撃ちになってしまう。
- 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:15:48.13 ID:XBq7Oq7D0
- モララーが盾を求めたのは正しいことが判明した。
相手にする数が多く、その敵は仲間を仲間と認識していないようだった。
その証拠に、穴から落下しかけたナースを支えようとするものはいない。
ただひたすらに、「自らにとっての」異形を廃しようとするだけの狂人。
一体を倒したところですぐさま、落とされた凶器は他の狂人のものとなるだろう。
向こうにいる敵を殺さなければ殺される、という単純な理屈。
ショットガンがあちらにある限り、ヤツらを殺しきらなければならないことを理解する。
独立してわたし達を殺そうとする操り人形、パペット、狂人、異常人、看護婦が叫ぶ。
水の中からあぶくを立てるように。
トンネルの中を反響するように。
ふわふわした声が耳に届く。
カツカツという足音に、悲鳴とも嬌声ともとれる謎の言葉が重なる。
わたしが掴んだ汚れた白衣の裂ける音。
握り締めた指の関節が奇妙な軋みを立てる。
わずかに、引き金がきりり、と引き絞られるのを暗闇の奥に聴いた。
- 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:16:28.87 ID:XBq7Oq7D0
- どぱっ、と腹の底から響く銃声。
衝撃がわたしを襲った。
【Save】
- 80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:17:14.95 ID:XBq7Oq7D0
ツンが拾得したメモ、資料。また、目に付いた文章。
- 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:18:36.78 ID:XBq7Oq7D0
- 【ロッカーで拾った小さな便箋】
ベラ へ
わたしの買ってた雑誌の星座占いで蠍座最下位!
多分あんたの買ってるのだと違うんだろうけど、
そこに書いてあったラッキーカラー&アイテム送ります。
でーん、ロビーちゃん[ここにウサギのシールが貼ってある]
確か、小児担当でしょ?
子供も喜ぶと思うし名札にでも貼ったら?
担当してる子なんて言ったっけ、アリサ、だったかな。
その子にも一枚あげてちょうだい。
また、ヘブンズナイトで金曜の夜に!
リンダ
- 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 22:19:36.21 ID:XBq7Oq7D0
- 【各所にあった赤い紙】数枚
(内容は既に読んだ。小さなグリーティングカードと同じくらいの大きさ)
【ロッカー室の壁に貼られていた画用紙】
(真ん中に泣いている子供が二人。手をつないでいる。……おや?)
(絵の四隅に小さな人間が描かれている。こんな人間、初め見たときに描いてあったかな?)
- 91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[さるった] 投稿日:2009/05/15(金) 22:38:08.96 ID:XBq7Oq7D0
- 【ベラのいた房の壁に書かれていた文字】
(ひとつめのまとまり。黒いサインペンだ)
days X X /
(ふたつめのまとまり。黒いサインペンと、赤黒い液が付着している)
これを読んだひとは婦長から逃げてほしい
わたしはもう助からない
鍵がかけられた
もう彼女は人間じゃない
苦しい 助けて
ニコール 会いたい
(みっつめのまとまり。赤黒い)
(いくつもの手形が暴れたように付けられている)
- 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:08:05.06 ID:XBq7Oq7D0
- 【Load】
奥で出会ったこわいもの。
暴力の形はたくさんあるよ。
- 109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:09:38.32 ID:XBq7Oq7D0
- 小さな鉛のつぶてがどこかに被弾する。
雷の速さで脳髄まで痛覚信号が走る。
お前は死ぬかもしれないぞ、と知覚野が叫んでいる。
懐中電灯をすぐさま消した。
掴んだナースの死体をさらに引き寄せた。
モララーに軽くぶつかり、存在を確認した。
「無事か!」
「手が……痛い……」
即座にしゃがみ込み、的を小さくする。
闇に塗りつぶされた視界は恐ろしくわたしを不安にさせた。
経験したことのない刺激が右手の先から中枢まで走り続ける。
そして、原因を理解する。
「ああ、指ッ、指が! ああああああっ!!」
- 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:10:28.73 ID:XBq7Oq7D0
中指がまるまる根元から、また、薬指は第一関節から。
それら二箇所より先はすっかり、失われてしまっていた。
- 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:11:17.17 ID:XBq7Oq7D0
- 認めた瞬間から、そのぬるつく部位の喪失感が存在を主張し始めた。
ない。
指がない。
「あああああああ!! いや、いやああああああ!!」
がたがた、と、ぶるぶる、と震えている。
認めたくない気持ちから傷を触れば、当然のように激痛。
モララーの割れた足を思い出す。
ここだけでこんなに痛いのに、どうして彼は銃器なんか扱える!?
「ツン!」
後ろから二本の腕に包まれ、口を塞がれた。
それでも声が殺せない。
痛覚を誤魔化せない。
「ツン。ツン。落ち着け、平気だ。死なない、死なせない」
男の焦った声が遠い。
- 112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:12:15.60 ID:XBq7Oq7D0
- 放して欲しい。
いや、殴りつけたい。
むしろ、頭をぶつけてやりたい。
誰に? どこにだ?
どうやってこの痛みを発散させればいい!?
「ああ、うあ、いやぁああ、いや、あっ! うわああああ!!」
「ッ!」
唇に触れた指を噛む。
モララーは腕を少し強張らせたが、その後止まる。
口の中に汗の塩味と鉄の苦味が広がる。
噛んだ。
噛み締めた。
頭を振るたび、頭蓋骨に「ぎり」と音が響いた。
モララーの指を噛み切らんとする音だと気付かず、続けてしまう。
- 113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:13:37.89 ID:XBq7Oq7D0
- じゃこん。
どぱっ。
次いで、火花。
涙で歪んだ視界に小さな明かりを見る。
射出口からのものと、跳弾による発光か。
遮蔽物にしていた細身の死体に衝撃。
わたしは「生命維持に繋がる」行動を起こせない。
自分が何をやっているか理解し始めても、なお。
しかし、止められない。
「クッ! ツッ、ン。放してくれ。死なせたくない」
諭すような声。
それに似た言葉が二度、三度と続いた。
「――はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
わたしは五度目でようやく口を開ける。
じゃこん、とポンプアクションの音。
- 114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:14:52.26 ID:XBq7Oq7D0
- プラスティックの薬莢が柔らかい着地をした音。
わわわわわわ、とパペットナースの叫び。
荒い吐息、わたしの荒い吐息。
見えない世界。
不可視の全て。
耳が全てを拾おうとする。
モララーが喉を鳴らしてツバを飲み込む。
わわわわわわ、と怪物の、人間でない何かの、笑い声。
三発目の散弾が吐き出される。
すぐさま、暗闇で唯一使える有効な索敵手段「聴覚」が麻痺した。
いや、今まで麻痺していなかったのがおかしいくらいだ。
- 115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:16:09.85 ID:XBq7Oq7D0
- 衝撃。
さっきよりも強い。
懐中電灯が床についた手に当たる。
少し転がっていってしまったようだ。
モララーの体温が離れる。
「モララー!」
一人にしないで、一人にしないでよ、見捨てないで。
頭上で明かり。
発砲?
モララーはまだわたしを見捨ててない!
やった!
死なない! 死なないんだ!
ななああjふぃあwqfなkぁwkj
あひうおwjwp
あじぇいhhんmmあははははははははははははh
- 126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[さるった。ゆっくりいこう。] 投稿日:2009/05/15(金) 23:41:25.65 ID:XBq7Oq7D0
- あああ、わあじょわあ
あふぁえwwぱwqqmくぉld;
痛い
jふぁpijuena jあじぇおkgもぺじppp
いたい
イタイイタイ
怖い
、。絵;愛意pq・・えおい@に@おいえ92988987
イタイイタイイタイ
8799999999899837927929
そうだ、これが贖罪? はははははははっははあああああ
9983107387580170
あああああああああああ
0う9899い9あいえ9p9))#)81
いや
帰りたい
わたしを見ているあなた達は、誰?
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痛 い
- 129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:43:49.43 ID:XBq7Oq7D0
- 「あははははははははははははは」
「#######! #####!」
え、何?
でも、片足でもなんとかしてくれるでしょ?
モララー、助けて、ああははははははは。
痛い。
ああああああっははははっはっはははははは。
指が、ない?
助けて。
「きゃあああああああ!!」
「#っ##し#! #をしっか##て!」
#ゃ#ン、と聴いたような気がする。
- 130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:45:05.57 ID:XBq7Oq7D0
- 再び体温が背を包む。
次の瞬間、体表面が空気の振動を捉える。
射撃による小爆発の伝達、その振動だ。
耳が機能していない。
また、ナースの死体が動く。
顔に体液らしいものが飛んだ。
ああ、そうか。
ヒトの形をしているから、ヒトみたいなものが中に詰まってるんだ。
「あはははははははは!!」
「#ン、しっかり##くれ。お前#旦那が##てるんだろう」
「だんなぁ?」
「ナイトウって言う苗字だろ。おい、旦那に会いたいだろう。しっかりしろ」
「ナイトウ……。ブー、ン……」
――家事くらいへのかっぱだお!
「ブーン、ブーン……」
- 131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:47:13.65 ID:XBq7Oq7D0
- 「そうだ。頼む、俺を一人にするな。……目の前で女が死ぬのはもう嫌なんだ」
頭の端に追いやられていた痛みがよみがえる。
同時に、夫、ナイトウ・ホライゾンの笑顔が思い出される。
「もら、らー……いつッ」
わずかながらも誤魔化されていた痛覚が一気に押し寄せる。
だが、それは覚醒をもたらした。
現実への回帰を助けてくれた。
「落ち着いたか?」
「ご、ごめんな、さい。わた、わたし」
被さるように、廊下の先で薬莢が排せられる音。
モララーはわたしの言葉を待たずに言う。
「俺、の勘が正しけれ、ば、もうっアレに弾はない。六発。六発撃ち尽くしている、はずだ」
苦しそうな声を聞きながら、わたしは手首を押さえる。
看護婦としての経験が、流血の抑制を身体に指示していた。
- 133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:49:18.46 ID:XBq7Oq7D0
- 「あいつらが、あいつらがまともに弾丸を装填できるとは、思え、ないんだ」
「六……発?」
発砲回数まで気にする余裕はなかった。
「病院の、外で、二度、犬を殺すのに、使ってただろう」
二匹の皮が剥がれた犬。
それらを殺したのは、この狙撃手だった?
「警官のもっ、持つショットガンを奪ったなら、四発、あるいは六発の装弾数。
その証拠に、もう、もう、もう撃ってきてない、よな。だろ」
「モララー」
彼は、意識をなんとか繋ぎ止めようとしている。
言葉に整合性はあるが、口調はおぼろげで、息も荒い。
互いに満身創痍であることを暗中で悟る。
「だから、もう近づいて大丈夫なんだ。だい、大丈夫なんだ、うん」
- 137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:50:49.76 ID:XBq7Oq7D0
- 言わんとするところが理解できた。
「わかった。わかった、わ。……あとはわたしが」
手探り――左手だけ――で、鉄パイプを見つけ、引き寄せた。
手首への圧迫を止めたことで血液の流出が再開していた。
右手を心臓より上の位置に掲げて、それをやり過ごす。
「いいか、いいな、落ちるなよ。怯ませて、落とせばいい。それだけだ」
息も絶え絶えとはこのことだ。
徐々に失われる生命を想わせる芯からの寒さ。
やがて訪れる死を喚起させる全身の痛み。
「時々、懐中電灯をつけて」
「わかった、わか、わかった。どこだ?」
「待って……あった」
渡した物が壊れていないことを願い、わたしは立ち上がる。
……ポンプアクションの音はするが、発砲はされない。
足音と間抜けな声だけが奥から聞こえる。
その方角に、歩み出す。
- 138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:52:12.11 ID:XBq7Oq7D0
- そこからはあまり覚えていない。
ヒトのカタチをしてはいるが、人間ではない。
やらなければ、やられる。
そうやって自らを鼓舞し、両手でパイプを振るった。
手応えの有無に関わらず続けた。
ぐしゃ、と嫌な音があれば、その方向に脚を蹴り出した。
なければ、一歩踏み出し、左右の闇を強く叩いた。
指示通り、モララーは時々行く先を照らしてくれた。
何度か足場が消えている方向へと歩いていた。
その度に背筋が凍る思いをして、後退、穴の位置を見極めた。
ナース達の武器を確認することはほとんどできなかった。
でも、忘れられないものがいくつかある。
わたしの専門外の医療器具を巨大化したようなもの。
それは、クスコやスプーンに刃が付けられたものだった。
忌まわしく変形を受けた「堕胎用の道具」を持つナースは、倒れた後も執拗に殴打した。
- 139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:54:15.20 ID:XBq7Oq7D0
- 殴る、蹴る。
悲鳴も叫びも足音も聴かない。
聴きたくない。
落とす、落とされそうになる。
悲鳴も叫びも罵声も上げない。
上げたくない。
おそらく返り血、多分、自分の出血。
汗か涙か、涎か鼻水か、敵のか、わたしのものか。
とにかく、ぐちゃぐちゃに汚れながらわたしは進んだ。
「――ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
「おわっ、たか?」
「これで、最後だと、思うっ!」
鉄板のような足場にしがみついていた最後のナースを蹴り落とす。
闇に吸い込まれる灰色の不明瞭な頭部。
- 141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:55:17.75 ID:XBq7Oq7D0
- それが一瞬だけ、
た す ξ )ξ
自分の顔のように見えて、
ξ゚听)ξ け て
わたしは後ずさった。
- 142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/15(金) 23:57:08.10 ID:XBq7Oq7D0
- 眩暈がする。
肩でモララーを支えながら、目的のドアへと到達する。
扉を開けた先の階段は足元が金網に戻って(?)いて、もう一箇所の階段と同じく、何故か明るい。
(メメ ∀・)「ツン、しけ、止血しよう」
ξ゚ -゚)ξ「ええ」
自らの指がすっぱりなくなっていたわけではない、と知る。
中指は辛うじて1cmほど残っていたし、薬指はまだ皮で繋がっていた。
いずれも根元から、裂いたタオルで縛る。
本当は、この止血法はよろしくない。
縛った部分から先、末端が壊死してしまうからだ。
傷害部の圧迫による止血が望ましい。
だが、それでは血液凝固まで時間がかかり、長く休息を必要とする。
ならば、不衛生な場所で立ち止まるよりも先に進める処置を選ぶべきだ。
先にそうして止血したモララーの足先は、既に紫色というよりドス黒くなっていた。
(メメ ∀・)「……先を急ごう」
- 143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:00:09.52 ID:vYSW07vx0
- 階段を下りるのにも相当な体力を要した。
ステップ一段ごとに、強くこみ上げてくる想いは二つ。
早く逃げ出さなければ、というもの。
そして、「あの子」を助けてあげたい、というもの。
朦朧としたモララーの眼を覗き込む。
ぼんやりと見つめ返す瞳は、しかし、類似した意思を内包しているようだった。
ξ゚ -゚)ξ「もう女が死ぬのを見たくないって?」
(メメ ∀・)「妻が、昔、マタンキを生んだ後、病気で死んだ。マタンキは、妻ゆずり、で、病気をしやすかったのかもな。
あんなのは、もう……嫌だ。目の前、でなん、てな」
途切れがちにそう言うと、彼は眼を伏せた。
ξ゚ -゚)ξ「……そう」
一階に到着、金網の床、にわかに明るい空間。
外へと通じる玄関扉が開くかを確かめもせずに、わたし達はもう一つの階段を目指す。
外来受付のある空間へと、さらに扉をくぐる。
そこには邪魔なナースが三体。
モララーと目配せをして、わたしは彼を床に座らせた。
- 144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:01:18.11 ID:vYSW07vx0
- ξ゚ ゚)ξ「――ッ!」
ごつん、がちっ、ぶしっ。
ぶちゅ、ぐち、ぶちゃっ。
ごっ、ごっ、ごっ、ごっ、ごっ。
がきっ。
一息、休憩。
次。
ごつ、ぶしゅう、がつ。
……まだ、あなたの番じゃない。
ぶちゅ。
二人同時?
邪魔。
- 145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:03:07.03 ID:vYSW07vx0
- 脳内麻薬が多量に合成される。
性的な意味でもなく、嗜虐心からでもなく。
純粋に、科学的に、わたしは興奮していた。
他意なんかまったくなく、ただ神経が昂ぶっているだけ。
と、信じたい。
- 149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:04:33.88 ID:vYSW07vx0
- 血でこべこべになっていた髪を耳にかける。
使った右手の傷口に毛が触れてチクリと痛んだ。
早速、そこは変色していた。
(メメ ∀・)「ありがとう」
ξ゚ -゚)ξ「いいわ」
地下の構造が変動していなければ、輸血用血液も手に入る。
モララーが死んでしまうのは困る。
一刻も早く行こう。
ξ゚ -゚)ξ「下に多少なり治療できる道具がある。急ぎましょう」
こんな場所に一人取り残されてしまうのは嫌だ。
絶対に嫌だ。
こんな、狂った血と錆びと怪物の世界。
ξ゚ -゚)ξ「……」
当初の目的はどうでも良くなっていた。
逃げたい、助けたい、逃がしたい、助かりたい。
突然、扉が誰かによって開けられた。
- 150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:06:32.05 ID:vYSW07vx0
- 目指していた階段へと通じるドアから、清潔な白衣を着た男。
爪;'―`)「ハァ、ハァ、ハァ……」
開いた昇降口から息を荒く歩み出る。
そして、びくりと身を固めてこちらを向いた。
思いもよらない人物。
爪;'ー`)「ツ、ツンさん!?」
ξ゚ -゚)ξ「あなたは」
爪;'ー`)「どうしてここに!? いや、それでも良かった!」
大げさな身振りと共に、男はこちらに寄ってくる。
長い金髪で、顔の特徴といえば、やや垂れ目であること。
中年手前の彼が、わたしの名を呼んでいた。
爪;'ー`)「無事ですか? 怪我をしているじゃないですか、あなた、は?」
(メメ・∀・)「生存者がまだいたか……。ツン、知り合いか」
ξ゚ -゚)ξ「ええ」
- 151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:08:15.63 ID:vYSW07vx0
- 爪;'―`)「二人ともひどい怪我だ! こちらに!」
男は名乗りもせずに階段の向こうへと誘おうとする。
モララーがわたしの顔を覗き込んだ。
(メメ・∀・)「誰だ?」
ξ゚ -゚)ξ「フォックス先生」
短く答えると、わたしはフォックスに従った。
ほっとした表情で、フォックスはわたし達に背を向ける。
そこで、モララーから拳銃を奪い、汚れのない白衣に押し当てた。
爪;'―`)「!?」
わたしのせいでモララーがバランスを崩してしまい、そのまま無様に倒れた。
だが、彼の悪態にも構わず、
ξ゚ -゚)ξ「あなたがこうしたの?」
爪;'―`)「ツンさん、何を」
- 152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:10:07.55 ID:vYSW07vx0
- ξ゚ -゚)ξ「答えて」
爪;'―`)「なんのことですか!? やめてください!」
(メ#・∀・)「おい! ツン、何をしてる!」
ξ#゚ -゚)ξ「うるさい!」
血流が早まっている。
強く脈拍が耳元で響くたびに、頭と、欠けてしまったはずの指がじんじんする。
先ほどまで浮かべていた思考が掻き消えていた。
ξ#゚ -゚)ξ「フォックス! わたしをここに呼びつけた張本人が何を言ってるのよ!
答えなさい! 何をしてこうなったの!? 何をするつもりなの!?」
爪;'―`)「僕は何も!!」
ξ#゚ -゚)ξ「言いなさい!」
(メ#・∀・)「おい! やめろよ!」
温い風がべたべたする肌を冷まそうとする。
いいや、無理だ。
急激に上がった体温は心からの発熱が原因なのだから、収まりなどしない。
- 154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:12:08.35 ID:vYSW07vx0
- 爪;'ー`)「混乱してるだけですよ。僕が誰だかわかってないんです」
そうか、わかったぞ、といった声でフォックスが言った。
爪;'ー`)「僕はこのブルックヘイブン病院の院長で」
ξ#゚听)ξ「知ってるわよ! フォックス・カウフマン! 32歳で院長となった男!
父親の地位を無理やり奪い取って、その席に座ったんでしょう!?」
遮って、さらに急き立てる。
ξ#゚听)ξ「目的は何? ねえ、ねえ!」
フォックスは泡を食ったように黙りこんでしまう。
ぐり、と銃口を強く押し付けると、白衣にしわが寄った。
安全装置が解除されていないことに気付く。
すぐにそれを外し、両手でグリップを握った。
(メメ・∀・)「院長……?」
ξ#゚听)ξ「わたしを、わっ、わたしをレイプした男よ!」
(メメ・∀・)「なんだと?」
- 156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:15:36.99 ID:vYSW07vx0
- 爪;'―`)「ち、違う! そんなことは一切なかった! どうしたんだツンさん!」
静けさに満ちていた病院内が一変、わたし達の叫び声で埋まる。
モララーが背後で立ち上がったような音を聞く。
ξ#゚听)ξ「何が、何が違うのよ!」
爪;'―`)「僕は」
(メメ・∀・)「お前がツンにマタンキを殺すよう指示を出したんだな?」
フォックスは敏感に新たな責め苦の気配を察知したようだった。
まん前を向いて直立していた体をわずかに、振り向かせようとする。
わたしが拳銃をアピールすると、首だけを左に少し、回した。
爪;'―`)「いや、それは、しかし!」
なんとかわたしを見ようとする、この左眼が憎い。
金髪が憎い。
声どころか呼吸すら憎い。
わたしを辱めて、子供を殺させた男。
この男を殺すためにここに来た。
呼び出されても逃げなかったのはそのためだ。
憎い!
- 158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:16:55.00 ID:vYSW07vx0
- ξ#゚听)ξ「答えろッ!」
(メ#・∀・)「お前が……ッ!」
ξ#゚听)ξ「最低、最悪だわ!」
(メ#・∀・)「子供を殺そうとする最悪だ!」
罪人達がそろえて声を荒げているのを、もう一人のわたしが遠くから眺めている。
自身を冷静に見つめるわたしが、ぽつり、呟いた。
「他の罪を責め立てれば、あなたは赦されるの?」
「断罪人になる資格が、あなたにはあるの?」
罵倒に堪えかねてフォックスが叫ぶ。
予想外の言葉だった。
- 159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:17:36.06 ID:vYSW07vx0
爪;'―`)「僕達は婚約者だった! そんな事実があるわけがない!」
わたしは、眼、を、強く、見、開い、た。
- 165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:25:49.31 ID:vYSW07vx0
- 爪;'―`)「指輪を渡そうと呼び出したんだ! なのにどうして君は!?」
拳銃を握り締めた手を見る。
右手の薬指。
根元で縛ったその薬指に、
ξ゚听)ξ「指輪が、ない」
紫に変色した断面。
辛うじて第二関節以降が残った指。
そこに結婚の証がない。
爪;'―`)「仕事が忙しいと言ってお互いに会う時間が作れなかったから!
だからようやくサイレントヒルに来てもらって……」
空気が停滞した。
静寂に耳が痛い。
モララーが後ずさる気配を感じる。
(メメ・∀・)「ツン、お前、狂ってるのか? 何がしたいんだ? どういうことなんだ?」
ξ゚听)ξ「そんな、え、いや、わたし、わたしが婚約、夫が」
爪;'―`)「誰が夫なんだ? 僕がそうなるはずだった、でしょう?」
- 167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:28:05.12 ID:vYSW07vx0
- 気持ち悪い。
どう受け止めたらいい。
この意味不明な状況を。
ξ゚听)ξ「そんな、ブーンが。ナイトウよ。わたし、ツン・ナイトウになったのに?」
ぶつぶつと繰り返す。
ξ゚听)ξ「だって、ヘブンズナイトで出会って『僕もナイトって言うんだお』って」
ξ゚听)ξ「ナイトウって、カンジを教わって。そう、レイクサイド・アミューズメント・パークに」
ξ゚听)ξ「出かけて、ツン・ナイトウよ。わたしは」
眼が乾く。
開きっぱなしだった。
閉じられない。
喉が渇く。
口が閉じられない。
開きっぱなしだった。
- 170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:30:03.69 ID:vYSW07vx0
- 爪;'―`)「僕は父の経営方針が嫌だった。マタンキ君。覚えています。前院長が指示を出しました」
完全にフォックスはこちらに振り向いていた。
あれ拳銃を突きつけていたのに?
ああ、下に銃口を向けているじゃないか。
わたし自身が力を抜いているから。
前院長が指示。
そう言われたら……分からない。
爪;'―`)「マタンキ君は不慮の事故で亡くなった。あなたは、彼のお父さんですか?」
(メメ・∀・)「あ、ああ」
爪;'―`)「そうですか……。あなたが、その、事件を起こしてから、事故は起こりました。
支払い能力に不安がある、治療を取りやめるべきだ、と父が提案した後のことです」
モララーが頷いている。
ちらりとわたしを見た瞳に、猜疑心が浮かんでいた。
しかし、血色はやや良くなっている。
(メメ・∀・)「それで、院長の座を奪った、と?」
爪;'―`)「なんとかして、そうしなければならなかった。あんなことは二度と起こしたくない。
医術は人のために使われなければいけない。金儲けのための技術ではないんです」
- 172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:31:27.62 ID:vYSW07vx0
- ξ;゚听)ξ「ウソよ! あなたはそんなことを!」
爪;'―`)「落ち着いて。まずですよ? 僕がツンさんを、レ、レ」
言い難そうに強姦を示唆しているのを認めると、わたしは先を促した。
爪;'―`)「僕じゃない。あなたがさっきからうわごとのように言っている男が犯人だ」
(メメ・∀・)「『ナイトウ』。ツンの、夫?」
一旦フォックスが首を縦に、そして思い直したように横に振った。
爪;'―`)「夫だなんて、あり得ないんだ。そんなことは。何故なら彼は」
一度、決心を新たにするように彼は視線を落とす。
その刹那、実行には至らなかったものの、わたしは手にしていた拳銃をこめかみに当てようとしていた。
これより先に何かを聞いたら、崩壊してしまう。
対象は自尊心でもあり、矜持でもある。
あるいは築き上げてきた人生そのもの。
不安しかない。
フォックスが面を上げた。
- 174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:32:41.61 ID:vYSW07vx0
- 爪;'ー`)「だって、内藤ホライゾンは連続殺人犯で、刑務所にいたんですよ?」
ξ゚听)ξ「馬鹿を、言わない、でよ。昨日、家事を任せて、家を出て、ここに来たのよ」
爪;'ー`)「ははは。馬鹿とは辛らつな。もし、あなたの夫が内藤ホライゾンだとしても、それはあり得ません」
(メメ・∀・)「何故だ?」
爪;'ー`)「昨晩、彼は裁判を控えて電話もできなかった。そして、既に彼は」
ξ゚听)ξ「え?」
爪;'ー`)「自殺、していますから」
フラッシュバックする、新聞記事の切り抜き。
わたしは狂っているのか?
ここに来るまでの記憶は?
おかしいのはモララーだけじゃなかった?
奇妙な状態になっていたのは、この町だけじゃなかったのだろうか?
- 176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:35:01.62 ID:vYSW07vx0
- 三者三様に口を閉じる。
フォックス。
ようやく人心地ついた、落ち着いてくれてよかった、と表情に出ている。
袖で汗を拭うと、胸元からシャツの中に風を入れ始めた。
モララー。
これは、何を信じていいかわからない、誰が真実を語っているのかわからない、といった疑心の顔色か?
失血のためか、頭をぐらりと揺らして、金網の上にしゃがみこんでしまった。
わたし。
世界が、この瞬間に終わってしまえば、何も考えなくて済む。
それだけを考えて、唇を閉じていた。
睨み付けるようなモララーの視線が左から。
穏やかなフォックスの視線が真正面から。
わたしへと突き刺さり、あるいは、かけられた。
ξ゚听)ξ「ブーン?」
思い返す「夫」の言葉が頼りなく、遠い。
- 179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:36:38.01 ID:vYSW07vx0
- 爪'ー`)「ツンさん。話は後でいいんです。とにかく治療を」
(メメ・∀・)「……」
階段へと再び誘う白衣の男、フォックス。
そう、そちらへと行けばわたし達は助かる可能性がある。
輸血も地下で行えるかもしれない。
さあ! と促すフォックスがいる。
モララーがわたしの手から拳銃を取った。
そして、一瞥すると片足で軽く飛びながらフォックスの後を追う。
(メメ・∀・)「おい、来ないのか」
ξ゚听)ξ「わたしは……」
爪'ー`)「大丈夫ですよ。この先は安全です」
(メメ・∀・)「……」
躊躇というよりも、思考が停止している。
助かることや、彼を殺そうとしていたことさえも、意識の外へ放棄している。
- 180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:39:16.36 ID:vYSW07vx0
- 拳銃の内部機構が小さく音を立てた。
見ればモララーが残弾数を確認している。
少しした後、マガジンが元に戻された。
爪'ー`)「こちらへ」
もし、フォックスの仲間がいれば、弾薬も補給できるだろう。
渡りに船、というのがこの状況なのだろう。
日本人の言葉は的確だ。
ξ゚听)ξ「モララー、わたしは」
(メメ・∀・)「……」
爪'ー`)「どうしたんですか?」
ぐ、と喉元に吐息を溜めて単語を選ぶ。
ぼんやりと見える金網の目。
そこから視線を上げて、フォックスの顔を見据える。
婚約者、フォックス。
彼が婚約者だった?
分からない……。
- 182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:41:05.04 ID:vYSW07vx0
- ξ゚听)ξ「わたしは」
何を言ったら。
(メメ・∀・)「ツン、どうしたんだ」
目線が定まらないモララー。
わたしがきちんと見えているのだろうか。
耳は――
めりめり、めりめり。
爪'ー`)「!」
フォックスが何事かを叫ぼうとする。
- 184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/16(土) 00:42:43.88 ID:vYSW07vx0
- めりめり、と鉄錆びが下から上へと失われていく。
世界に逆方向の変調が起こり、白衣の男は消え去ってしまった。
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