ξ゚听)ξはサイレントヒルで看護婦をやっていたようです

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 15:47:55.76 ID:LKII3+QZ0

 深淵を覗き込め。


 あなたはそこにいる。


【Load】

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 15:49:01.15 ID:LKII3+QZ0
 左回りに回転を続けるメリーゴーラウンド。

 ごりごりごりごり。

 地面に潜っていく遊具が、「わたし達」を導く。
 頭の片隅に、地獄のイメージがその姿を現した。
 行く先は悪魔の巣窟か、それとも――

 ごりごりごりごり。

 対峙した「敵」が振動する床を一歩、踏み出した。

 ごりごりごりごり。

 それとも。

 地獄は今、この場なのだろうか。

ξ゚∀゚)ξ『ふふふ』

 「敵」は笑う。

ξ゚ ゚)ξ「……」

 わたしは笑わない。

 わたしの姿かたちをした何かが、確かな足取りでもう一歩、踏み出した。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 15:51:39.15 ID:LKII3+QZ0
 滑り止め付きの鉄板には白いペンキが塗られていたようだ。
 ……本来の色調が失われたのは、もう遠い過去のことのようだ。

 眼を足元に彷徨わせるのが、するべきことではない。
 真正面を見据え、向き合わねば。

 「わたし」を、両の眼を見開いて。

 ごりごりごりごり。

ξ゚∀゚)ξ

 その手には、赤錆の浮いた鉄パイプ。
 先端に付いたL字ジョイントは一際汚れている。
 こびりついた物から分かるように、生物を殴った証拠だ。

 ごりごりごりごり。

ξ゚ ゚)ξ

 この手には、刃先が10cmほど折れた日本刀。
 ぬらりと刀身に広がった液はわずかに鉄分の香りがする。
 いまだ残る感触が覚えているように、生物を斬った証だ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 15:54:46.90 ID:LKII3+QZ0
 わたしの脚は地面に張り付いて動かない。
 全身の筋肉が、神経伝達をまるで放棄してしまったのか。

ξ゚∀゚)ξ『わたし、死ぬの』

 「わたし」が歩く様は、健康な時の自分を見ているようだ。
 対照的に、あっちは笑い、歩いている。

ξ゚ ゚)ξ「……」

 指先が日本刀の柄に食い込む確かな手応えがあった。
 肩から先が「勝手に」力を込めている。

ξ゚∀゚)ξ『死ぬのよ』

 弧を描くように点在する回転木馬達が、上下動を繰り返す、奇妙な花道を作っている。
 悠々と間を闊歩するかのような、「わたし」。

ξ゚ ゚)ξ「ええ」

 ……「勝手に」腕に力が入っている?
 いいや、違う。

 わたしは一つの意思に反応しているんだ。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 15:56:11.72 ID:LKII3+QZ0


 目の前の相手を屠るという、単純にして強力な意思に身体は反応している。


9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 15:59:58.27 ID:LKII3+QZ0
 理解した途端、わたしはかたわらの馬に右手を突いて身を屈めた。
 掌にオブジェの持つ動物的な脈を感じながら、眼を細める。
 左手に握る柄が、今までよりじっとりと湿っていく。

 5m前方で「わたし」が立ち止まった。
 攻撃に移るような素振りはない。
 わたしは、口の中で小さく呟く。

ξ゚ ゚)ξ「あなたは、どうしてわたしを殺すの」

 ごりごりごりごり。

 メリーゴーラウンドの掘削音にかき消されるほどの小さな声だった。
 しかし、答えは返ってくる。

ξ゚∀゚)ξ『違うの、違うのよ』

 何が違うの。

ξ゚∀゚)ξ『あなたじゃない。わたしなの。わたしが死ぬの』

 「わたし」?

ξ゚∀゚)ξ『だって、わたしが望んだことじゃない』

 わたしが望んだ?

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:03:34.74 ID:LKII3+QZ0
ξ゚∀゚)ξ『あのね、もう苦しいのは嫌』

 フラッシュバックする、怪物との殺し合い。
 病院で蹴り落としたパペット・ナースの姿。

――たす、けて。

 断末魔でもなく、絶句でもなく。
 その、一言。

 え……?

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:04:40.45 ID:LKII3+QZ0
ξ゚∀゚)ξ『もう、終わり』

 暗がりに押し込めた記憶をまさぐられる。
 螺旋階段で追いかけてきたナース達の、赤子殺しの光景。

――やめて。

 冷たい刃を胸の中心に刺し込まれたような痛み。
 自らの吐息さえ熱く感じるほど、乱れた呼吸。

 終わりなんて。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:06:10.82 ID:LKII3+QZ0
ξ゚∀゚)ξ『もう、わたしは生きられないから』

 わたしがゴードンに吐いた言葉は?

――死ね。

 ……。

ξ゚∀゚)ξ『痛いのから、逃げるの』

 嬉々として吐いた言葉は?

――死ね!

 ……痛い。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:07:20.48 ID:LKII3+QZ0
 ああ、そうか。


 欠片ほどに磨耗しきった良心が、殺人の事実を忘れず、

ξ゚∀゚)ξ『心が痛いから、もう堪えられないから』

 この街、サイレントヒルでの出来事を見過ごせず、

ξ゚∀゚)ξ『わたしのために、わたしは死ぬのよ』

 「わたし」として、わたしを殺しにきた。


 捻じ曲がった良識が、わたしの存在を抹消するために。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:10:19.85 ID:LKII3+QZ0
 罪人を罰する最大、最高の手段だ。

 罪を自ら認め、自らを罰することだ。

 痩せこけた心ごと戒めることだ。

 萎えた草木の幹を踏みにじることに躊躇しないように。

 老いた鶏の首を絞めることが当たり前であるように。

 さも当然のように「わたし」がわたしを罰する。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:11:39.62 ID:LKII3+QZ0


 正当な裁きとは対極にある、自戒。

 「自分を甘やかす」類の酌量は「わたし」の中にはない。

 人間が平生、自らに課し得ないほどに厳戒な罰を、「わたし」が与えようとしている。


17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:12:52.90 ID:LKII3+QZ0
 わたしは自分が赦せなかった。
 誰かに求めてばかりいた。
 結局、どこからも得られはしなかった。

ξ゚∀゚)ξ『ふふふ』

 「わたし」が大上段に構え、歩みを再開する。
 行動の意味が分かる。
 全てが把握できている。

ξ゚ ゚)ξ「――――」

 鋭く息を飲む。

 「わたし」が長柄物を振りかざす。
 赤く錆び付いた鉄パイプ。
 両手で握り締めた武器が、わたしを救う物だと「わたし」は信じて止まないのだ。

 半ば仰ぐようにして、それを見、そして感じた。

 死による特赦を成さんと、それは脳天を叩き割ろうとしている。

 一撃で終わらせるための、全身全霊の殴打を放つために動いている。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:16:16.86 ID:LKII3+QZ0
 生物の中枢は首から上に集中している。
 衝撃による損傷が充分であれば、一瞬で死に至る。

 少なくとも、意識を失って痛覚は遮断される。

 わたしはどうしたいんだ。
 このまま頭を破壊されてやるのか。

 なにより、わたしは「わたし」から逃げられない。

 自身を責め立てる「わたし」は目の前にいて、目の前にいない。
 どこにだっていて、どこからでも現れる。

 胸の内、頭の片隅、視界の外側、記憶の奥底。

 壁を作られたメリーゴーラウンドが邪魔なのではない。
 「自分の良心からは、いつ何時であろうと逃げられはしない」という直感。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:19:00.28 ID:LKII3+QZ0
 記憶が黒い影となって「わたし」にまとわりついていく。

 夫がありながら、院長フォックスに汚されたこと。

 ようやく孕んだ子を堕胎したこと。

 他人の子供を屋上から落としたこと。

 どころか、小さな罪悪感さえもが吸い出されていく。

 生死に直結した問題だけではない。

 遊びたいがために生まれて初めて両親を欺いた日の、些細な胸の痛み。

 保身のために隠した真実の数々。

 全て、黒いもやの塊となって、鉄パイプを包む。

ξ゚ ゚)ξ「――――」

 これはわたしが望んだ結末なのか。

 生きてきた証が寄り集まり、わたしを消すためにはたらいている。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:22:00.90 ID:LKII3+QZ0
 「わたし」が一度上体を反った後、腹筋を絞ることで背を丸めるようにして、遠心力を両肩に加えた。
 それは上腕を伝わり、しなやかな肘の動きで前腕から手首へ。
 重さが乗った殴打は、最後に固く握られた両の手で全威力が一点に収束される。

 視界の上から下へ、縦一直線に黒ずんだ赤褐色が降ってくる。
 闇をまとった鈍器がまるで、斬りつけるかのように。
 断頭台の刃が果たす役割のように。

ξ゚∀゚)ξ『あははははははは』

 その一瞬でさえ、「わたし」は笑っていた。
 この時、存分にわたしは理由を認知した。
 「わたし」の笑顔に、前向きな喜びは無い。

ξ゚ ゚)ξ

 希望に満ちたもの?
 未来に向けているもの?
 どちらも違う。

 苦痛からの解放を期待した、負の感情でしかない。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:23:22.69 ID:LKII3+QZ0

 だから、わたしは

 咄嗟に日本刀を振り上げ、

 鉄パイプに対抗し、

 「自殺」を拒んだ。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:25:25.52 ID:LKII3+QZ0
ξ゚∀゚)ξ『……!?』

 峰に右手を当てて、辛うじて鉄パイプの殴打を抑える。
 もう10分の何秒も受けるのが遅ければ、押し切られてしまっただろう。

ξ゚ ゚)ξ「わたしは、決め、た……のよ」

 奥歯を噛み締めながら、声を絞り出す。

ξ゚∀゚)ξ『ふ、ふふふ、あはははは』

 互いの武器がキリ、と火花を上げた。
 十字に直交する日本刀と鉄パイプがわずかにずれ合う。

ξ゚ ゚)ξ「こんなのは望んでいない」

 力が、強い。

ξ゚∀゚)ξ『やだ!! わたしは、わたしは、辛いのが、いやだから逃げなきゃ』

ξ゚ ゚)ξ「違う!!」

 腹の底から叫ぶ。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:27:47.54 ID:LKII3+QZ0

ξ゚ ゚)ξ「もう!!」


ξ゚听)ξ「もう!! 逃げないって決めたのよ!!」


 両足を踏みしめて、わたしは武器を跳ね上げた。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:29:52.85 ID:LKII3+QZ0
 同時に右方向へ身体を流し、落ちてくる鉄パイプの軌道から逃れた。

 前につんのめった「わたし」が固まった笑顔のまま、眼だけを追わせた。

 わたしの左手には日本刀、そして、そちらには「わたし」。

 瞬くよりも短い時間が流れた。


 決意があった。

 逃げ出すことからは何も生まれない。

 光を目指して走るのでもない。

 ただ、あの子の元へ。


 ――わたしは、胴体を薙ぐように左腕を払うだけでよかった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:31:44.29 ID:LKII3+QZ0

 ず、ぐ。

 みち。

 ど、たん。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:33:37.93 ID:LKII3+QZ0
ξ゚听)ξ「……」

 わたしは倒れた「わたし」を見下ろす。
 それは眠るように安らかな顔で横になり、胎児が身を縮める姿でそこにいた。
 少しずつ端から身体がほどけ、黒いもやが立ち上る。

 ごりごりごりごり。

 メリーゴーラウンドの潜行は続く。
 回転の速度は変わらず、生ぬるい風は停滞している。
 歩き回っても、広い密室に出口は見当たらない。

 ごりごりごりごり。

 かつん、かつん。

ξ゚听)ξ「まだ何か用なの」

 背を向けたままでも分かる。

『死ななきゃならないのよ』

 そこにまだ、いることが。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:35:41.79 ID:LKII3+QZ0
 何故なら、それはわたしから生まれたものだから。
 堪えきれずに乖離したわたし自身なのだから。

ξ゚听)ξ「わたしはまだ終われない」

『それはだめ』

 振動が騒音が脈動が、肌を震わせていた。

ξ゚听)ξ「立ち止まるためにここに来たんじゃない」

 赤錆が血煙が暗闇が、眼に焼きついていた。

ξ゚听)ξ「あなたを何回消したらいいの?」

 絶望が恐怖が諦観が、脳の髄に染みこんでいた。

『違う』

 全てを受け入れよう。
 乗り越えるために。
 認めるために。

ξ゚听)ξ「……そうね。違うわね」

 わたしは振り向く。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:37:49.21 ID:LKII3+QZ0
 そこには、回転式拳銃を持った「わたし」。
 先ほどまでのようにしっかりと立っていない。
 どこか病人のようですらある。

ξ。∀゚)ξ『ふふ、うふふ』

 傾げた頭に浮かべる笑みは変わらず、固まっていた。

ξ゚听)ξ「『わたしが納得するまで』続くのね」

 これも、わたしだ。

ξ。∀゚)ξ『あは』

 壊れてしまったわたしの欠片だ。

ξ。∀゚)ξ『ふふ、死ぬのー』

 銃口が上がる前に、わたしはそばの木馬に身を隠した。
 体温を持った馬のオブジェを遮蔽物にして、頭を預ける。
 そして、大きく息を吐いた。

ξ- -)ξ「……始めましょう」

 銃声が、戦いの鐘となった。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:39:24.79 ID:LKII3+QZ0
 一発目の弾丸が馬の頭に命中した。
 爆ぜた頭部から「生物のような肉」が飛ぶ。
 本物の馬のようにいななきが響く。

 噴出する血飛沫を浴びながら、撃鉄が起こされるまでの時間に次の遮蔽物へ。
 方向はもちろん、「わたし」に近づく方だ。
 上下に動く馬の間から、狂気の笑みを見る。

 弾丸はあと六発中、五発。
 あの銃はわたしが持ち込んだ回転式拳銃だ。
 護身用程度だが、充分な殺傷力はある。

『終わりにするんだよー、うふふふー』

ξ゚听)ξ「そう簡単にやられてはあげないわ」

 一発でも受けてしまえば、かなりの不利を呼ぶことになる。
 既にわたしには余裕がない。
 気力を奪われたらそこで終わりだ。

 二発目の発砲。
 同時に、二頭目の木馬が断末魔の叫びを上げた。
 これで残り、四発。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:40:56.52 ID:LKII3+QZ0
ξ゚听)ξ「……」

 かつん、かつん。

 今度は移動を始めた。
 ペースは遅い。
 その足音は……。

ξ゚听)ξ「離れていく……」

 当然だ。
 こちらには遠距離攻撃の術がない。
 これ以上の接近はアドバンテージをむざむざ潰すことになる。

 急いで顔を少し出し、行方を確認する。
 メリーゴーラウンドは言うまでもなく円形をしている。
 背後に回られないよう注意しなければならない。


           ξ。∀)


 背を丸めながら歩く姿が馬の影に消えた。
 メリーゴーラウンドの回転方向とは逆に、「わたし」が歩んでいった。

ξ゚听)ξ「……」

 追いかけなければ。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:42:38.39 ID:LKII3+QZ0
 機械の作動音が聞こえたのは直後だった。

 がくん。

ξ;゚听)ξ「!?」

 この時、わたしは右脚が前に、左脚が後ろに引っ張られる奇妙な感触を覚えた。
 バランスを崩しかけ、足元を注視する。
 そして、このアトラクションの構造を思い出す。

ξ;゚听)ξ「そうか」

 メリーゴーラウンドのステージ上は、二枚の円で構成されていたのだ。
 内側、つまりわたしの右足が乗っていた部分と、そうでない外側の部分。
 それぞれが異なる速度で動きだしていた。

 今は外側が内側より早く回っている。

 確か昔乗った時は何周か毎に速度が入れ替わったはずだ。
 横にいる乗客が常に同じではないため、飽きにくい。
 父親にそう説明されたことがある。

ξ;゚听)ξ「……っ。しまった!」

 すぐさま重たい足で駆ける。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:44:01.32 ID:LKII3+QZ0
 ギミックに気をとられている隙に「わたし」を見失った……!

ξ;゚听)ξ

 首を回して影を捉えようとするも、無駄だった。

ξ;゚听)ξ「まずい」

 終わりが見えない戦いで敵まで見失っては、危険すぎる。
 もとよりクリーンな戦闘ではないのだ。
 どんな手を使ってでも「わたし」はわたしを殺しにかかってきている。

 待ち伏せ。

 その言葉が脳裏をよぎった。

 ごごん。

 メリーゴーラウンドの回転パターンが変わる。
 内側が早く、外側が遅く。
 わたしは今、外周の柵を背に立っていた。

ξ;゚听)ξ「どっちから来る……」

 視界の両端には馬、また、その奥には左から右へ流れていく馬。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:46:52.38 ID:LKII3+QZ0
 変化が訪れた。

ξ;゚听)ξ「っ」

 木馬の上にピンク色のウサギ――マスコットのロビーちゃん――が乗っている。

 回転を早めた内側の馬が視界に現れる度に、死んだようにぐったりしたウサギが乗せられていた。
 一体、二体、三体……。

 罠だ、気を散らすための罠だ。
 頭を振ってそれに注目するのをやめた。

 全体を見通していなければいけない。
 接近するものを見つける必要がある。

ξ;- -)ξ「あれに意味はない……。あれに意味はない……」

 何周しているか分からないが、変化は次第に起こっていく。
 出来の悪いアニメーションを観ているようだった。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:48:40.19 ID:LKII3+QZ0
 まずは馬のたてがみ辺りに突っ伏していたウサギ。
 次に流れてくるウサギの首は、ややこちらに向いている。

 薄ら笑いがわたしを見つめてくる。
 1コマ1コマで身体が徐々に起き上がってくる。

 ついに、外で待つ両親を探す子供のような体勢を作った。
 この変化に意味はない。

 意味は、ない。

 きっと。

 そう思いたかった。

 チェーンソウを持っているウサギが回ってくるまでは。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:51:47.08 ID:LKII3+QZ0
ξ;゚听)ξ

 ウサギの手にある凶器は、鎖連結の刃を回転させている。
 それ自体は真横に構えられ、振るわれることはない。

 だが、メリーゴーラウンドが稼動している。
 突き出されたチェーンソウは丸鋸のように回っている。

 実にゆっくりした上下動を加え「確実なる殺傷」を旨としているように見えた。

 惑わしだ、まやかしだ。
 あれに意味はない。
 ただあるだけだ。

ξ;- -)ξ

 そちらに気をとられるな。
 エンジン音に耳を貸すな。
 もっと他に注意しなければならないことがある。

ξ;- -)ξ


 かちゃり。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:54:10.44 ID:LKII3+QZ0
ξ;゚听)ξ「ッ!」

 銃が動いた音だ。

 右に――いない。

 左――もだ。

 ウサギ、木馬。
 ウサギが乗った木馬。

 右にはやはりいない。
 左にもやはりいない。

 前はチェーンソウを持ったウサギが流れていく――






ξ。∀゚)ξ

 その後ろに、「わたし」が、いた。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:55:34.87 ID:LKII3+QZ0

 向けられ「た」銃口。

 どん、と大きな物を殴られたような衝撃が襲う。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 16:58:03.32 ID:LKII3+QZ0
 被弾部――右肩。

ξ; )ξ「がっああうううああああああ」

 きゃあ、と声を上げて済む程度ではなかった。
 それくらいであったら、わたしは諸手を上げて喜んだ。
 喉から押し出された声は信じられないくらい、低かった。

 砕ける骨の感触。
 引き裂かれる肉。
 焼ける皮膚。

ξ。∀゚)ξ

 そんなのは全部、度外視にしていい。
 前面から無理に肩を押しつぶされたようにしか思えない。
 小さな物に撃たれたというより、大きな塊に「打たれた」。

 かちん。

 もう一発来る。

 隠れなければ。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 17:00:15.51 ID:LKII3+QZ0
 どん。

――ヒイヒヒイイイィイン。

 外れだ。
 わたしの隠れた木馬が悲鳴を上げた。
 身代わりに討たれた馬は、急激に体温を失って上下動を止める。

ξ; )ξ「ゼッ――ゼッ――ヒュウ。ゼッ――ゼッ――」

 一瞬の絶叫が喉を潰したようだ。
 苦しい。
 息が気道を切り裂いていく錯覚すら覚える。

 残りの弾の数はいくつだ。

 始めに、二発。
 始めに三発?
 一発しか撃っていない?

ξ; )ξ「ゼェ――ッ……ゼェ――ッ」

 右腕が動かない。
 肩関節の境が潰されたのか。
 神経がやられていなければいいが……。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 17:04:56.96 ID:LKII3+QZ0
 満身創痍でも、負傷をしても、冷静に。
 ここで思考することから逃げてはならない。

 雑念が行動に邪魔をする。

 休んで様子を伺うんだ。
 そうすれば体力を温存して待ち伏せになる。

 馬鹿な、すぐに移動するべきだ。
 既に場所が特定されている。

 いっそ刀を投げて投降してみるふりをしてはどうだ。
 少しは隙が生まれるかもしれない。

 自分の中にいくつかの意見が発信される。
 いずれもが対立しあい、まとまらない。
 肩から中枢神経に注がれる痛みという油が、思考の混線を円滑に進めていく。

 「わたし」が遠巻きにこちらを射程内に捉えるのが最も悪い結末だ。
 今度こそわたしは銃弾に頭を弾かれるだろう。
 これは一種の確信だ。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 17:07:18.50 ID:LKII3+QZ0
 かつん。
 かつん。

 ――移動を開始した。

 途端、内側と外側の回転速度が逆転する。
 わたしの立つ外周が相対的に早く回る。

 結果、足音の判別が困難になってしまった。

 右半身が熱く疼く。
 波のような痛みの周期。

ξ; 听)ξ「ぐうう……」

 左手に持つ日本刀がねっとりと掌に食い込む。
 だが、その強さは痛みに反比例して弱々しくなっていく。

 かつん。

ξ; 听)ξ

 いま、この木馬の真裏。

 かつん。

 「わたし」が、いる。

 かつん。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 17:10:42.66 ID:LKII3+QZ0
))


)∀)


)。∀)


)ξ。∀)


),,,,,ξ。∀)


)   ξ。∀゚)


 「あは」

 かちん。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:17:15.78 ID:6NvqvKA50
 もう安全を確保する――もとより、そんなものはないが――にはこれしかないと思った。

ξ; 听)ξ「あああああああ!!」

 前のめりに「わたし」の腹へと突進する。

ξ。∀゚)ξ「?」

 銃口の先をかいくぐるように。

 射線から外れるように。

 死線から、逃れるように。

 低い姿勢での体当たりを強行する――!

 耳の後ろで破裂音がする。
 空気伝播する圧と熱。

 恐怖に今更身を退けば、全てが無に帰す。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:21:36.22 ID:6NvqvKA50

 次の瞬間、わたし達は激しく衝突し、組み付き合う。

 ほぼ抱きつくのに近い形で腰を捕まえ、飛びついた。

 間の抜けた声を機械音の狭間に聴きながら、わたしは、

 引き倒した彼女から馬乗りの姿勢を奪う。

 どぷ、と、肩からの流血が機を見て強まった――。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:26:10.28 ID:6NvqvKA50
 たんぱく質が焦げる臭い。
 髪の毛が撃たれたらしい。

ξ。o゚)ξ

 初めて驚愕の表情に染まる「わたし」が、拳銃を持ち上げる。

ξ; 听)ξ「くっ」

 わたしは、それの撃鉄が起こされる前に腕を掴み、捩る。

ξ。v゚)ξ

 ぐんっ。

ξ; 听)ξ「っ!」

 前のめりになったわたしを煽る、強烈な胴体の反り。
 それも一度や二度ではない。
 激しく暴れる「わたし」に体力の限界はないようだった。

ξ。v゚)ξ

 小首をかしげた顔は、少女の笑みを浮かべている。
 肌が黒ずみ、健康な色をした外層は、角質のように落ちていく。

ξ。w゚)ξ「くくっ」

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:30:21.10 ID:6NvqvKA50
 身体が安定しない。
 このままでは振り落とされてしまう。

ξ。w゚)ξ「くくくくかかか」

 拳銃を持った「わたし」の左腕は、わたしの両腕――あまり動かない右腕を勘定にいれても――に勝る力だ。

ξ; 听)ξ「くっ、あっ」

 がくがくと揺れる視界の中で、「わたし」は邪悪な色に染まっていった。
 腕力が、それに応じて強くなっている気がする。

 そして、わたしは「わたし」の上から放り出される。
 日本刀を手放してしまったが、それは後回しだ。

ξ; 听)ξ「銃は……!」

ξ。∀゚)ξ「かかかかか」

 同時に立ち上がった「わたし」の手には、何もない。
 どこかに転がっているのか。

 「わたし」がそれすらも意に介さず、両手を前に上げて歩いてくる。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:34:12.57 ID:6NvqvKA50
 距離はほとんどなかった。
 「わたし」の指はわたしの首に触れるなり、力強く巻きつく。

ξ; )ξ「――!!!」

 頚動脈だけを狙った「傷付けない」絞めではない。
 気道ごと、喉を潰しにかかる圧迫。

ξ; )ξ「がひっ! ――ギッ!!」

 搾り出される空気が血の香りを含んでいる。
 頭部の血液が弱い血管に集中する。

 眼が、まぶたの血管が急激に膨れ、耳の奥がキン、とする。

 腕を殴り、首に食い込む指を引っ掻く。
 脚を乱暴に振り、腹を蹴っ飛ばす。
 すぐに出来うる限りの抵抗を試みる。

 だが、動かない。

 ちょっとやそっとの衝撃で、「わたし」は動じない。

 それどころか、どんどん力は、つよくな、ってきて。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:37:01.87 ID:6NvqvKA50
 しかいの、そとがわが、しろ、く。

 くびがどくどくと

 あたまが、はじけ、くるし

 ゆびにちからが、あし、あし、たたなく

 なにか、わたしを

 た

 たす、け

 くるし……



 ――?

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:40:05.04 ID:6NvqvKA50
 べるとに、なにかが

 ああ、そうだ、これは

 はや、く、ひきぬい、て

     つか

   わ

      ない 


    と

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:42:07.97 ID:6NvqvKA50
ξ )ξ「がぁひっ」

 しゃき。

 とれた。

 これを、こいつに

ξ。∀゚)ξ「ああ?」

 きりつける。

 これでは、あさい。

 もっと、つよく。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:46:36.98 ID:6NvqvKA50
 ぶっ、ず。

 だめ、だ。

 もっと、じゅうような、ぶぶんを。

 うでのけんを。

ξ。∀゚)ξ「あ」

 ざく。

 ざん。

 はなせ。

 はなせ。

 ざっ、がりり。

 ここがほねだ。

 もうほとんどみえない。

 これを、まわすように。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:47:21.86 ID:6NvqvKA50
 ぎりりり。

 ぶち、ぶちぶち。

 びちん。

 よし、かたうでの、ちからが、ぬけた。

ξ。o゚)ξ「ああ、ああ、あ、あ、あ」

 ずん。

 ぶち。

 ぎ ち ぎ ち ぎ ち ぎ ち。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:48:47.78 ID:6NvqvKA50
ξ。o゚)ξ「ああああああああ!!」

 はな、れた!
 いまだ、けりとばせ!

 どん。

ξ; )ξ「がっ! がはっ!! ぐぇ!!」

 「メス」は?

 ちゃんとまだ手に残っている!

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:51:25.51 ID:6NvqvKA50
 まずい、視界が全快するまでいくらかかかってしまう。

ξ; )ξ「おっ、うあっゲホォッ」

 酸素が素早く脳に伝わりすぎて痛い。

 それでも、「ベルトに挟んでいた」そして「敵の両腕を使用不能にした」メスは放さない。

「あああああああ!! あああああ!!」

 「わたし」が人間らしくわめいている。

 いや、人間らしくて当たり前か。

 わたしの良心から生まれた存在なのだから。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:54:15.77 ID:6NvqvKA50
 赤と黒の暗澹たる世界が網膜に戻ってきた。

ξ; 听)ξ「ハァハァハァハァ」

 「わたし」が肘から先をぶらぶらさせて、わたしに歩み寄ってくる。
 何かできるような状況ではないことくらい分かっている。
 何故なら、さっきわたしが両の前腕の腱を切り裂いたのだから。

 メスを逆手に持ち、親指を柄の尻に当て、わたしは向き合う。

ξ.o;)ξ「あああああ、うああああ」

 もう始めの頃の、健康体は「わたし」にはない。
 剥がれた表皮から露出している黒い血管。
 光のない瞳。

 もはや亡骸が歩いているだけだ。

 息も絶え絶えによろめく「わたし」。

 意味のない呻きを続ける「わたし」。

 それを止める役は、無論、わたし。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 03:57:42.84 ID:6NvqvKA50

 肋骨の隙間を狙い、メスを振り下ろす。

 斜めに心臓の辺りへ侵入した刃が、筋肉を二度、斬る。

 大胸筋。

 そして、心筋。

 引き抜きざまに、前蹴りで「わたし」をメリーゴーラウンド中央へ押し出す。

 どうしてそうしたのか。

 もちろん、そこにちょうどチェーンソウを持ったウサギ付き木馬が、流れてきたからに他ならない――。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:00:17.64 ID:6NvqvKA50

 「わたし」が声もなく胴体を両断され、消え去ったのは瞬間だった。

 音を拾わなくなったはずの耳が、きん、とした静寂だけを脳髄に通す。

 膝から落ちる寸前で、しかし、わたしは踏みとどまった。

 頭が、重い。

 やがて、メリーゴーラウンドは、壁に門の設えられた位置で停止する。

 出入り口のシャッターは開き、ウサギ達は雲散霧消した。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:02:41.48 ID:6NvqvKA50
 乗り越えた。
 自身を律する心が形を成したものを、圧倒した。
 わたしは、勝ったのだ。

 道徳観を備えているはずの、自身の良心を踏み越えたのだ。

ξ )ξ「あら?」

 赤い紙がメリーゴーラウンドの出入り口に落ちていた。
 いや、今までのものより少し黒いか。

[ありがとう ごめんなさい]

 稚拙な文字が、ほんの少し。
 わたしはそれを小さく畳んでポケットにしまった。

 わたしの左手には日本刀がある。
 先の折れた、頼りないものだ。

 わたしの右肩には弾丸が入っている。
 先の動かない、どうしようもないものだ。

 それでも。

ξ゚听)ξ「会いに来たわよ」

 両足が動く。
 充分すぎる。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:04:49.95 ID:6NvqvKA50
 アトラクションのゲートをくぐった先には焼焦げた壁の通路。
 頭を度々低い天井を擦り、捲れた壁紙を落とす。

 依然として音が戻らない。
 いや、気にするな、進め。

 にわかにたわむ床の黒が脚にまとわり付く。
 重たくべっとりとした闇が床板から染み出してきている。

 進む先には小さな子供ほどの影がひとつ、ふたつ、みっつ……。
 最も近くにいた、しゃがみこんだシルエットが、わたしに気付く。

 泣いているの?

 ――――。

 どうしたの?

 ――――。

 泣いてばかりじゃ分からないわ。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:09:37.17 ID:6NvqvKA50
 頭に手を乗せて小さく呟く。
 よし、よし、と。

 本当は触れることなど叶わなかった。
 少し密度の濃い空気を撫でたようにしか感じない。

 よし、よし。

 ――――ごめんなさい。

 影が困ったふうに頭を上げて、少しして、笑った。
 表情すら曖昧なままに、それはほどなく地面に溶け去った。

 言葉が、わたしという存在の核に語りかけてきた。
 「ごめんなさい」。

 意味は、すぐに理解できた。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:12:08.92 ID:6NvqvKA50
 分かれ道はほとんどなかった。
 あったとしても、いずれもすぐ合流するものだと分かっていた。

 誰かが先を行った様子はない。
 影の小さな小さな子供達は、わたしが来るまでそれぞれが孤独だったのだから。

 ほとんど全ての他を認識できないほど、脆い存在ばかり。
 彼、あるいは彼女らが唯一感ぜられるのは、自身を包み込むものだ。

 子を赦し、抱くのはいつでも母親だ。
 母はこの際、代理でも良い。

 わたしと同じなのだ。
 誰かに赦されるのを待っていた。

 ここに囚われたのは無垢な罪悪感。

 生まれ損なった自分を、あるいは、望まれずに成立した生命。
 「自分の存在」を悔いる、最も純粋な罪の意識が、影を縛り付けていた。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:16:38.92 ID:6NvqvKA50
 わたしは、単にそうすることが自然に思われて、彼らを解放していった。

 先の見えぬ道は続く。

 ドアをくぐればその度に天井は高くなったり、壁が消えたり、足が水に浸かったりした。

 怪物が地を這い、空を横切り、共に殺し合い、または、無関心に自分を傷付けていた。

 淀む大気に鉄の錆びた臭いは常に居座り、入れ替わり立ち代り何らかのガスが混じった。

 日本刀を振ることはなかった。

 わたしに触れる前に、怪物の腕は闇に腐り消えていった。

 静かな世界だ。

 初めて、わたしはまとわりつく影を愛おしく、美しく捉えていた。

 サイレントヒル。

 しずかな、世界だ。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:20:23.52 ID:6NvqvKA50
 いつの間にかわたしは、白く頑丈そうな木戸の前にいた。
 教会のそれと思しきドアは押しても引いても動かずに、わたしを立ち止まらせた。

『――――』

 頭に直接響く声が誰のものかはすぐに分かった。
 姿そのものの代わりか、黒い足跡が地面に現れる。

 着いて来いということか。

 小さな靴跡を注意して見ていれば、その行方が元来た道を少し戻ることが分かった。
 あるところまで進むと、それらは左の壁に向かっていく。

 その中に足跡は消え、声がもう一度わたしを呼んだ。

 後を追い、壁に手をやると元からそこには何もなかったかのように、道が開ける。
 そして、突き当たりにはまた木戸。

 しかし、今度は一般家庭にあるようなものだ。
 迷わずわたしはノブを捻り、中に踏み入れた。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:22:38.40 ID:6NvqvKA50
 そこでわたしを待っていたのは子供部屋と――。

ξ;゚听)ξ「!」

 子供部屋には小さなクロゼットと勉強机。
 壁に貼られた、または床に散らばったクレヨンの絵。

 ベッドにはぬいぐるみがいくつか乗っていて、そして、そして
 その傍らに、足を投げ出して横たわる



(メメ ∀ )



 死を匂わせる男の姿。

ξ;゚听)ξ「モララー!!」

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:25:07.23 ID:6NvqvKA50
 がらがらの叫び声を自分では制御できなかった。
 まともな聴力を失っているのとは別に、真実、驚愕から声を張り上げていたのだ。

ξ;゚听)ξ「モララー! モララー!」

 血みどろのままに動かないモララーの耳元で呼びかける。
 脈は――弱いが確実に打っている。

 浅い呼吸と散大しきった瞳孔が生命の危機を物語っていた。
 普通じゃ考えられない状態で、彼はそこに寝かされていた。

ξ;゚听)ξ「モララー!!」

(メメ ∀ )「……――?」

ξ;゚听)ξ「良かった! あのあとあなたがどうしたか――」

(メメ ∀ )「――――」

 口を、つぐんだ。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:26:16.25 ID:6NvqvKA50
「―! ―――――!! ―――――!!」

ξ;゚听)ξ「っ」

 わたしを見て、いや。

「―――――! ―――――!」

 「なにか」を見て、彼は取り乱す。

ξ;゚听)ξ「もら、」

「―――――――――――――!!」

 ぼろぼろの指先を口に突っ込み、涎をたらしながら壁に逃げる。

ξ; )ξ「……モララー」

 声が聴こえなくても、表情で分かった。

(メメ Aο)「―――、―――、――――――――――!!」

 彼は、もう、何者かに壊されていた。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:30:28.31 ID:6NvqvKA50
ξ )ξ「……」

(メメοAο)「ッ!! ―――ッッ!! ――――――――――!!!」

 縮こまって泣き喚く男は、自分の手指を噛み、ぬいぐるみを投げた。
 シャツに唾液の染みが広がって、既についていた赤を黒く滲ませる。

 見ては、いられなかった。

ξ )ξ「待ってて」

 子供部屋には、入ってきたのとは別にもう一つの扉があった。
 そこには画用紙が貼られており、簡単な地図となっているようだった。

 さっきの教会風ドアの向こうに繋がる、もうひとつの入り口があるらしい。
 手に取れば、拙い字だが「ゴール」と書き入れられているのが分かる。

 すぐに戻るから、とわたしはモララーに呟いて、部屋を出た。
 終わらせなければ。

 彼のためにも終わらせなければならない。

114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:34:12.73 ID:6NvqvKA50
 ドア同士の奇妙な、異次元的接続を疑うことはもはやしない。
 ゴールへ。終わりへ。

 それだけを考えて黙々と地図を辿る。

 ついにわたしは聖堂内に踏み込んだ。
 蝋燭の炎が壁際を怪しく照らす室内。

 中央の一段低くなった場所には、何者かの黒焦げた身体と陶器の小壷がいくつか。
 祭壇の左右に集中している燭台のおかげで、部屋の全貌をよく見通すことができた。

(´・_ゝ・`)「――」

 どこか遠くの記憶か、世界で見たことのある人物が一人、黒いローブに身を包んで佇んでいた。
 そして、見たことのある顔がもうひとつ。

爪'ー`)

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:37:23.69 ID:6NvqvKA50

 床に転がる顔が、ひとつ。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:42:40.91 ID:6NvqvKA50
 背後に気配を感じて、振り返る。

『結局は、あなたも自分の利益のために生きたのね』

 黒髪の少女が曖昧な輪郭のまま、男に問いかける。

(´・_ゝ・`)「――――」

『言い訳はいいの。あなたには、楽園なんてないもの』

 二人の問答について、少女の声から内容を推測するしかなかった。

『わたしにも、あなたにも』

(´-_ゝ-`)「――――」

 やれやれ、といった風に男は祭壇の前にある身体に近付く。

ξ゚听)ξ(わたしにも話をさせて)

 少女はこくりと頷いた。

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 04:46:21.59 ID:6NvqvKA50
(´・_ゝ・`)「聖母。あなたの到着を待ちわびていましたよ」

 超常的な仲介を経て、わたしはついに会話に参加する。

ξ゚听)ξ「あなたがこれを?」

(´・_ゝ・`)「おや、おや。おやおやおや。あなたが考えるべきことではない」

ξ゚听)ξ「答えて」

 男のローブの下に拳銃の存在を感じながら、わたしは強く訊く。

(´・_ゝ・`)「……私ではない。私はこちらからドアを少しノックしただけ。開けたのは」

 男が顎で焼死体――いや、わずかに息がある?――を差した。

(´・_ゝ・`)「聖なる贄にして、俗世に生まれ落ちた現人神、その人です」

『……』

 わたしはそんなものに興味はない。
 この男は勘違いをしている。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:13:19.74 ID:6NvqvKA50
ξ゚听)ξ「もう一度しか訊かない。あなたがこれを?」

(´・_ゝ・`)「……ああ。なんですか、こんなもののことを言ってるんですか」

 神も生贄もわたしとは別世界の話だ。
 ただひとつ、これだけをはっきりとさせたかった。

(´・_ゝ・`)「望んだ楽園とは程遠いと言って喚きだしたのでね。処分したまでです」

ξ゚听)ξ「そう」

 わたしの世界のものについて、はっきりさせたかった。

 処分。

爪'ー`)

 フォックス院長の笑った顔が、いくらか皺に包まれて見えた。
 首を落とされて、何日間かそのまま転がっていたのだろうか……。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:18:47.24 ID:6NvqvKA50
(´・_ゝ・`)「後悔でしたよ。最期の言葉は。懺悔のつもりだったのでしょうか」

ξ゚听)ξ「懺悔?」

(´・_ゝ・`)「手にかけた人々の怨念が見えるとか、ね。あ、いえアレッサ。あなたは違います」

 わたしは気付けば、微笑むその顔面に拳を叩き付けてやりたくなっていた。

 一言一言が聴こえるよりも早く肌に触れる。
 その瞬間に怖気を感じさせるほどの狂気が含まれていた。

 洗練された悪意ではなく、まるで、そう、生まれ持ったかのような。

(´・_ゝ・`)「最後は笑うしかなかったのでしょうか。ふふふ」

爪'ー`)

 張り付いた笑みに絶望を見出すことは、わたしには難しかった。
 同時に死の瞬間、笑顔を浮かべてしまう心情を理解することも、できそうにない。

 ただ、こんな所で孤独に晒されていることに、少しの哀れみを感じることしかできなかった。

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:20:43.09 ID:6NvqvKA50
ξ゚听)ξ「あなたは知ってるでしょうね? わたしの娘について」

(´・_ゝ・`)「娘?」

『そこにいるわ』

 アレッサが、自らの肉体の横に置かれたものを指差す。
 小さな壷の一つ。

 その中にわたしから取り出したものが。

 自然、わたしは日本刀の柄を強く握り締めていた。

ξ゚听)ξ「返してもらえないかしら」

(´・_ゝ・`)「なるほど、生まれ損ないの依り代。それを聖母、あなたは子と呼ぶのですか?」

ξ゚听)ξ「わたしが決めることよ」

 頭の中に、子供達の泣き声が残響している。
 めそめそとべそをかく子供が、わたしには見えていた。

(´・_ゝ・`)「もう充分でしょう。あなたに娘などいません。危険を冒す意味がないのですよ」

ξ゚听)ξ「へえ。危険だなんてどこにあるのかしら」

 あくまで、強気な姿勢は崩さない。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:22:08.07 ID:6NvqvKA50
 何故か男はわたしを撃たない。
 そうしたければすぐにでもそうできるのに。

 殺せない理由が何かあるはずだ。
 奴は何かを待っている。

 つまり、話を長引かせることは不利に働く。
 狂った世界で磨かれた第六感がそう告げている。

(´・_ゝ・`)「いやはや、とんだクセのある女性だ」

ξ゚听)ξ「勝手に持って……連れていくわ」

 小瓶を取りに近付くのを、男は無理に止めようとはしない。

 男の言葉がそれを実現しうるものだったからだ。

(´・_ゝ・`)「ところで、病院で妙なフォックス氏に会いませんでしたか」

 ぴくりと意識を逸らされてしまう。

ξ゚听)ξ「……」

(´・_ゝ・`)「奇妙に優しかったり、正義感に燃えていたり?」

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:25:20.39 ID:6NvqvKA50
ξ;゚听)ξ「……」

(´・_ゝ・`)「沈黙は肯定、ですよ。いやあ、なるほど。やはり」

ξ;゚听)ξ「どういう、こと」

(´・_ゝ・`)「死してなお、罪の意識に囚われし人間であったというだけですよ」

 フォックスは既に死んでいた。
 罪の意識に囚われた……。

 わたしのように、自身を罰する存在をこの街に求めた?
 もしくは自らを肯定する仮初の、肉体を彷徨わせたのか?

 わたしを病院から逃がそうとしたフォックス。
 多くの言葉で惑わしてきた彼の声。

ξ;゚听)ξ「彼は」

 男は、わたしの傍らまで近付いていた。
 全く接近を感じさせない自然さで、音もなく。

(´・_ゝ・`)「欲望に弱いだけの善人であったのでしょうか? 私には分かりかねますがね」

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:28:00.00 ID:6NvqvKA50
 いつの間にか日本刀を握っていた方の手首は掴まれていた。

ξ;゚听)ξ「っ!」

(´^_ゝ^`)「身重の女性がこんなものを振り回していてはいけません」

 薄い顔の印象とはそぐわぬ力強さ。
 空いた右手で殴りかかるが、容易く受け止められてしまう。

(´・_ゝ・`)「じき転生の儀を執り行いますので、あなたには大人しくしてもらわなければ」

ξ;゚听)ξ「……アレッサッ!」

 助けを求めて呼んだ名の主は、しばらくしても干渉してこない。
 首を回して姿を探す。

 いた。

 焦げた肉体から離れた位置でわたし達を見守っている。
 いや、その顔は。

『……』

 笑って、いる?

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:31:43.27 ID:6NvqvKA50
 教会の明かりという明かりが、吹き込んだ一陣の風にかき消される。
 完全なる暗闇の到来だが、依然として男の手が緩む様子はない。

「はなっ、せっ!」

 遠くに炎がゆらめき始めた。
 松明のそれは、高い位置にある。

 ひとつが発火し、その左右に火線が走る。
 両側から伸びる赤は対称の点で集結する。

 炎の輪に照らされた教会は、もう元の形を保ってはいなかった。

ξ;゚听)ξ「くっ!」

 大理石の広い円形の部屋。
 そこは、魔方陣を所狭しと書き殴られており、美しさの対極を具現化していた。

 だが、内装の中でも最悪なのが、天から伸びる手枷だった。
 その一つがわたしの左腕を束縛している。

 暴れても金属はびくともしない。
 肩を負傷した右腕が役に立つとも思えなかった。

 男はもういない。
 いつこの鎖と入れ替わったのか――。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:34:56.12 ID:6NvqvKA50
 そこで思考内容を放り出す。

ξ;゚听)ξ「!!」

 わたしは状況を把握した。
 して、しまった。

 死人に口無しとは言うが、それは大きな間違いだ。

 何故なら、同じように手枷に繋がれた死体の腹には、

 あんなに大きな口が開いているではないか。

 天から吊るされた多数の「女性の死体は腹を内側から食い破られている」。

 あれがわたしの未来?

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:37:01.80 ID:6NvqvKA50

 ゴぽ ン

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 05:38:17.66 ID:6NvqvKA50

 たいないを なにかが うごく。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 19:08:54.48 ID:6NvqvKA50
 ゴぽ

 ぐりゅ ボゴ

ξ )ξ「……うぐ」

 ゴボ

 そんな なぜ いつ?

ξ )ξ「ぐる、じ……」

 きゅうに おなかが うちがわから ふくれ

 ゴポゴポ ずりゅ

 じゅグ

 むねやけが いや はいせつよくが

 しぬ くる、しいいいいい

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 19:13:08.13 ID:6NvqvKA50
ξ )ξ「うっ、ぶう」

 げっぶぉ

 がぼ

 びたびたびたびた

 げりょ

 ごぶぉぼぼぼおぼ

 はちきれそうだ
 のどが のどがきれる

 のど?

153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 19:14:33.93 ID:6NvqvKA50
 全てを吐き終えた時、わたしは「それ」の醜さに眼を覆った。

ξ; )ξ「これは」

 男は転生と言った。
 まるで聖なる儀式であるかのように。

 「それ」は神々しさとは程遠い、むしろ怪物寄りの姿だった。

 逞しい男の腕が5mも伸びて分岐を繰り返したら、このようになるのだろう。
 加えて、例のぬめった灰色は変わらず、無数の穴が表面でぱくぱくと開閉している。

 しばらく「それ」は動かなかった。

 穴から小さな眼球が時々外界を覗いては、腐って地面に落ちた。
 ささやきのような声がそこから一緒に聴こえる気がした。

 ……損傷した耳ではノイズしか拾えないが。

ξ; )ξ「うっ、え」

 脈打ち、のろのろと何かを求めて動き出した「それ」が、おぞましかった。
 何かの間違いであって欲しかった。

 こんな物が身体から出てきたことが、一番の悪夢だと信じて疑わなかった。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 19:20:09.54 ID:6NvqvKA50
 これが転生だって?
 これをあの男は求めていた?

 消えた時と同じように男は現れた。
 抱きかかえたアレッサの哀れな肉体と共に。

(´・_ゝ・`)「素晴らしい。母体を残しての出産。ようやく成功の兆しですね」

ξ; )ξ「あっ! うああ!」

 異常な大きさの怪物を吐き出したことで、わたしの喉は潰れてしまったようだ。

 ふざけるな。
 何が成功なんだ。

(´・_ゝ・`)「まずは、子の種を」

 ポケットから取り出された小さな壷が放られる。
 床に当たって砕け黒ずんだ中身が撒かれると「それ」はすぐさま飛び掛って、吸った。

 やめろ。

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 19:25:30.76 ID:6NvqvKA50
 次々と壷が放られ、「それ」は吸収していく。

(´・_ゝ・`)「想像以上! 種に対する反応が素晴らしい! 生の残り香を喰らい尽くしている!」

 やめろ。

 最後の一つが宙を舞う。
 あれは、確かわたしの。

 やめろ!

ξ )ξ「ッ!」

 かしゃん。

 わたしの、子が「それ」の中に。
 「それ」が寄り集まり、肉塊を形成していく。

(´・_ゝ・`)「これで、あとは聖女の肉を贄に……おっと」

(´^_ゝ^`)「元・聖女を、核に」

 アレッサ。
 わたしにこいつの声を聴かせているってことは、見ているんでしょう。

 どういうこと。
 これはどういうこと!

158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 19:33:01.74 ID:6NvqvKA50
 ぐむ、ぐむ、と「それ」はアレッサを取り込んでいく。

(´・_ゝ・`)「あなたに仕込んだ甲斐がありました! ようやく、悲願が!」

『ええ、そうね。元・修道士』

(´・_ゝ・`)「え?」

(´Ο_ゝο`)「ぎ」

 男は言葉を詰まらせた。

 彼が血の塊を吐き出すまでの間、世界は静止してしまったかのようだった。

161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 19:40:27.98 ID:6NvqvKA50
 一瞬が引き伸ばされて感じられた。
 「それ」の伸ばした触手が、そして、それに貫かれた男の身体が止まって見えた。

 何が起きた?

 男の表情がそう物語っていた。
 不思議そうに胴体を眺める眼が、わずかにこちらを見ているようにも思える。

 わたしと男を置いて、時流は再開する。

 だが、音が無い。
 炎が揺らめいても、変わらずわたしの主観では静寂が空間を支配していた。

ξ;゚听)ξ

 急激に、肉塊から生えた槍は引き抜かれる。

 男の顔面が地面に激突するのを見届ける間もなく、「それ」の変化が訪れる。
 決して急ぎすぎず、しかし、遅すぎずといった確実な動きだった。

162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 19:43:51.56 ID:6NvqvKA50
 始めはただの人型だった。
 女性をかたどった姿は、身の丈4mほどもある巨体。

 壁に手をついてバランスを取る途中、その頭が部屋を照らす炎の輪に触れた。
 それがそのまま移ったかのように、人型は赤く燻る炎の冠を得る。

 絶えず姿かたちが変わっていく。
 肉は次第に硬質化していき、手足がむき出しの骨のようになる。

 完成された顔面は、まるでひび割れたコンクリートのようで、これといった表情を持たなかった。
 辛うじて分かりやすく残された女性らしい胸部でさえ、甲冑の装甲と違いが見当たらない。

 胴体が、空洞だった。

 内臓の大部分が納まっているはずの腹部を透かして背骨を見ることができた。
 乱杭歯のごとく凶悪に尖った肋骨のみが、集中して下腹部を守っている。

 不恰好で、ともすれば華奢にも見える「それ」。
 黄ばんだ色味にひび割れの全身は、古い磁器のようだった。

 やはり怪物と呼んで差し支えない外見ではあったが、「それ」は間違いなくある種の美しさを持っていた――。

164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 20:19:43.18 ID:6NvqvKA50
 空いた腹部に影の存在を認める。
 子供達の、囚われた場所がそこなのだ。

 わたしは左手を繋がれたまま、空いた手を伸ばす。

ξ )ξ「待って、で! 今、今行くが、ら!」

 その時、頭上を「それ」の腕が掠めた。

ξ )ξ「!?」

 アレッサの声はもう聴こえない。
 だが、意図は伝わった。

 手枷ははめられたままだが、鎖が断ち切られている。
 わたしは自由になった両手で、ぎこちなく顔を打った。

ξ゚听)ξ「終わ、らぜる、の、ね」

 手枷からほんの少しだけ残された鎖が、腕に当たってひやりとした。
 相対的にわたしの体温がまだ暖かいことを知る。

 まだ、生きていることを実感する。

ξ゚听)ξ「……」

 まだ、戦うことができると、知る。

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 20:21:51.02 ID:6NvqvKA50
ξ;゚听)ξ「っ」

 地面に叩きつけられる腕は大振りで、疲労した身体でもなんとか避けられた。
 風圧でよろけた隙にもう一発が来る。

 右上から斜めに降る拳には、突出した鋭い部位が光る。
 体力が充実した状態でも当たれば即死級の攻撃だ。

 後ろでなく、あえて前に飛び込んで回避。
 無様なジャンプだが、生きている。

 「それ」は両膝を半ば落とすように追撃を繰り出した。
 全体重の乗った、文字通り重い膝蹴り。

ξ;゚听)ξ「くっうううう!!」

 日本刀の背に手を当てて、頭上に掲げながら真横に転がった。
 両手に手応えを感じた瞬間、それを押す。

 歪んだ軌道で動く右腕に激痛。
 肩口に入った弾丸が焼きつくような痛みで、行動を阻害する。

 ごり、と骨が悲鳴を上げた。

167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 20:24:52.71 ID:6NvqvKA50
 なんとか、わたしは右側に転がり抜ける。
 失敗していれば頭が赤い花を咲かせたことだろう。

 体中に走る痛覚の叫びはまるで稲妻。
 気だるいはずの筋肉に、それだけが鋭敏に走る。

 舞い上がる粉塵が晴れる前に、壁際まで這う。
 見上げながらの前進。

 「それ」はわたしを見失っているのか、振り下ろした腕の下を眺めている。

 この機を逃す手はなかった。
 膝を突いている「それ」の背後にじりじりと近寄る。

 こちらを向くな……。
 まだ、見失っていろ……。


178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:25:14.86 ID:6NvqvKA50
 そのまま真後ろへ回り込み、むき出しの背骨に飛びつく。
 「それ」はようやくわたしの居場所を知ったらしい。

 身を振り抵抗し、何度も振り落とされそうになった。

 ただでさえ右手がほとんど自由に動かないのだ。
 全力でしがみつく必要があった。

 両足さえも肋骨の隙間に差し入れる。

ξ; )ξ「っつう!」

 鋸のようなぎざぎざが太腿を左右に傷付けていく。

 力を緩めるか。
 否、むしろ自ら力んで被害を減らさなければ。

180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:27:31.29 ID:6NvqvKA50
 アレッサの意志は分かっている。
 自分を殺せと言っているのだ。

 だが、一緒に取り込まれた命はどうだ?
 ようやく得た――たとえ、異形であるとして――肉体に対する執着を簡単に捨てられるだろうか。

 この攻撃の激しさがその表れだ……。

 なんとかわたしは、脊椎の両脇から飛び出した肋骨を足がかりに肩まで登り詰める。
 こちらに向かって伸びる腕は日本刀で遠ざけた。

 見た目ほど硬い身体ではないのかもしれない。
 鈍く音を立てて入り込んだ刃は、黒い体液を付けて薄い皮や肉を裂いた。

 あと少し。

 その時、「それ」が上半身を右に振るった。
 揺られて右腕だけを絡めて「それ」の首にすがりつく。

 宙に身体を投げ出された時、ある部位に過剰なストレスがかかる。
 結果、右肩は、

ξ )ξ「〜〜〜〜〜!!!」

 ぼぐりと音を立てて外れた。

181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:29:55.93 ID:6NvqvKA50
 「わたし」が放った銃弾は楔のように関節を打っていたのか。

 即座に筋肉が固まる。
 これ以上動かすな、という信号なのか。

 激痛で全身にどっと汗をかく。
 噛み締めすぎた奥歯がみしみしと鳴る。

 左の日本刀を咄嗟に「それ」の首の裏へ回す。
 わたしは向き合う形で「それ」に抱きついた。

 ほとんどその直後、硬直が解けて右腕が捩れて背中側へと回る。
 傷つき合った筋がさらに損傷を受け、視界に火花が散った。

 もうもたない。

 がむしゃらに足場を探して、とっかかりを探す。

 もたない。
 片腕でたえられない。

 早く、早く上に。

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:32:36.80 ID:6NvqvKA50

 ぶん。

 わたしは、再び激しく宙に投げ出された。
 今度は真上に。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:34:31.81 ID:6NvqvKA50
 何メートルも空を飛んだ気がした。
 間違いなくわたしの眼前を炎の冠が通った。

 そして、世界が揺らぐ。

 放物線の頂点に到達したわたしは、遥か下方に、大理石の部屋がめりめりと有刺鉄線に侵食されるのを見た。
 地面が、血の泉を中心からこんこんと湧き出させているのを視た。

 全てが一枚の絵のようだった。

 わたしを見上げて仮面のような顔を傾げる「それ」。
 そのだらりと下りた両の腕、畳まれた脚。

 仏教徒の崇める像のようだ。

 美しいとさえ思い、楽園という単語を想起する。
 剥ぎ取られていく表面上の装飾美が、真の顔を覗かせていく。

 身体が落下していく――。

 ゆっくりと、ゆっくりと、身体は落ちていく――。

184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:37:46.82 ID:6NvqvKA50
 このまま地面に叩きつけられたらどうなるのだろう。

 床に横たわる、男の身体はドス黒い赤に浸かって、ローブを輝かせていた。
 その胴に空いた大穴が小さなプールのように煌く。

 鎖に縛られた多数の母親だった者達の骸が影を落としている。
 いくつかの亡骸は「それ」の攻撃で床に転がってしまっていた。

 彼らの元へと行くのだろうか。
 わたしは、死を迎え入れることになるのか。

 諦める気などなかった。
 なのに、現実としてわたしは抗う術を持たない。

 加速していく。

 「それ」がわたしをみつめている。
 無表情、無関心に。

 ぴ、き。

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:40:44.51 ID:6NvqvKA50
ξ゚听)ξ「――!」

 「それ」の固まった口元が、ひび割れた。
 どんどん迫ってくる死の中で、間違いなくわたしはその声を聴く。

『――』

 ずっと、ずっとわたしを呼んでいた。
 彼女は、娘は――。

 応えなければ。

 もう限界だっていうのは、分かっている。
 もうこれ以上は何もするべきでないことは分かっている。

 でも、お願いだから言うことを聞いて。
 腕を伸ばして。

 肩口から不思議な方向に折れた腕を、武器を持った腕を、伸ばしてあげて。

 彼女が待ってる。


 だから、あなたも。

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:44:16.42 ID:6NvqvKA50

 「それ」はわたしを空中で受け止めた。

187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 22:47:27.56 ID:6NvqvKA50
 灯りの輪がわたしを、「それ」を、子供達を照らしている。

 固く冷たい掌の中で、わたしは立ち上がる。

 一ミリ動かす度に全身が軋んだ。

 眼は霞み、耳は遠くぼやけ、肌が鈍く熱を持ち、息は血の香りがする。

 わたし以外に動くのは、灯りと紅の泉。

 変調に囲まれて「それ」は腕を伸ばして待った。

 変調に囲まれてわたしはその腕の上を歩いていく。

 そうして肩を登り、顔の上、煤を吐き出し空を舐める炎の冠まで、到達に成功する。

192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:14:07.50 ID:6NvqvKA50
ξ )ξ「――」

 吐く息は、長く。
 吸う息は、深く。

ξ )ξ「――」

 足の下にある顔は、ひびが走って笑って見えた。
 ここで急ぐ必要はない。

ξ゚听)ξ「まだ ぜで ごめんな さい」

 「それ」の顔のひびが目元にも現れる。
 目頭の亀裂から染み出した血液は、頬を流れて落ちた。

 大丈夫。
 大丈夫だから。

 わたしは言葉を探して、しかし、何も見つけられない。

193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:14:59.44 ID:6NvqvKA50
 代わりに、小さくキスする。

 そして、日本刀を振り上げ

 子を叱る時に叩くように

 子を褒める時撫でるように

 愛を込めて、終わりの刃を「それ」の頭に差し入れた――。

194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:16:40.92 ID:6NvqvKA50
 ――。

 ――。

 なあに?

 ――。

 ――。

 大きな声で言ってちょうだい?

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:18:13.18 ID:6NvqvKA50

 ママ……愛してる……。

196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:19:55.86 ID:6NvqvKA50
 崩落する部屋の中にわたしは取り残されていた。
 もう身体は動かない。

 「それ」が崩れ落ちる時の衝撃で脚に力が入らなくなっていた。
 下半身は粘り気のある赤の泉に浸かってしまって様子を診ることもできない。

ξ゚听)ξ

 「それ」の骸に寄り添いながらわたしは子守唄を歌う。
 膝元にある、小さな命の名残を撫でながら。

 暗闇を身の依り代とした子供の影だ。
 一人だけ闇へと還ることができなかったらしい。

 落下する瓦礫は泉の血液を跳ね、波紋を作り、そして闇に解ける。
 いつの間にか壁は無くなり、永遠の闇が広がっていた。

197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:22:06.45 ID:6NvqvKA50
 「それ」の炎の冠はまだ残っており、周囲の様子はまだ見て取れた。
 次第に弱まっていく明度が、わたしの膝にすがる影を闇に溶かそうとしているように思えた。

ξ゚听)ξ

 「それ」の骸に寄り添いながらわたしは子守唄を歌う。
 膝元にある、消えていく命の名残を撫でながら。

 モララーはあの部屋から無事に帰れたのだろうか。
 恐らくサイレントヒルの変調はこれを最後になくなるはずだ。

 元凶とも被害者とも言える少女はわたしが斬った。
 だからこの部屋も異次元ごと維持ができなくなっているのだと思う。

 一重に、無事を祈る。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:25:53.70 ID:6NvqvKA50
 炎の冠はもはや消え、血の泉はわたしを完全に沈める高さまで水位を上げた。
 子供の影はついに無に還りわずかな手応えすらなくした。

ξ゚听)ξ

 暗闇にたゆたう血液の中に浮かびながらわたしは子守唄を歌う。
 娘が寂しい思いをしないよう、安らかに眠れるよう。

 少しずつ意識が遠のいてきた。
 わたしは永遠の眠りを想って

 おもたくおちてくるまぶたを

ξ゚听)ξ


ξ゚ー゚)ξ


ξ゚ー )ξ

 と じ た。

200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:30:02.17 ID:6NvqvKA50




           ξ ー )ξ




201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/05(火) 23:33:13.92 ID:6NvqvKA50

【end】


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