- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/28(木) 23:55:06.18 ID:NA7KcBRV0
妹。
わたしには1歳年下の腹違いの妹がいた。
母の再婚相手の連れ子だった可奈は、
わたしよりも可愛くて、わたしよりも勉強が上手で、わたしよりも愛嬌があって、
わたしよりも明るくて、わたしよりも頭が回って、わたしよりも運動ができて、
わたしよりも、わたしよりも、わたしよりも、素晴らしい、妹。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/28(木) 23:58:10.42 ID:NA7KcBRV0
妹はとてもわたしを好いてくれていた。
世界中で最も仲の良い姉妹と自称したところで、外面だけならきっと誰もが頷くだろう程に。
わたしはそんな完璧な妹がいる事が誇らしくて、
妹に好かれている事が自慢でもあって、そして――
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/28(木) 23:59:15.41 ID:NA7KcBRV0
同時に、殺したいくらいに深く憎んでもいた。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:01:46.10 ID:shzs87qe0
わたしに劣等感を植え付けるあの天真爛漫さも、奇跡のように繊細で整った顔立ちも、
周囲が舌を巻いて神童と崇める程の知能も知恵も、天才的な迄に卓越した身体能力も。
幼いながらにわたしだって、人並み以上に才能を持っているという自負があった。
けれど妹が目の前に現れてから、わたしはいつだって二番手に成下がった。
なのに妹ときたらぬけぬけと「お姉ちゃんは凄い、お姉ちゃん大好き」なんて言うのだ。
主観的にも客観的にも自身より遥かに劣った、この『わたし』に。
妹に他意が無いのは分かり切っていたし、両親もけっしてわたしを蔑ろにはしなかった。
ただやっぱり親の期待は妹に向いていたように思う。
単に嫉妬しているだけだ、なんて下らないんだ、などと大人ぶって考えてはいたものの。
あの時のわたしは仮面の笑顔を張り付けつつ、
心の奥底で憎悪を募らせる他に自分を護る手段を知らなかった。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:05:35.12 ID:shzs87qe0
そんなある日のことだ。
突然に転機が訪れたのは。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:09:02.65 ID:shzs87qe0
- ―――
あの日のことは未だに忘れられない。
丁度夏の暑い盛り。
8月も上旬を過ぎて、普通の小学生がそろそろ宿題に追われ始める頃。
例年の如く耳にしている気がする、観測史上最大級の台風――なんてフレーズだけれど、
あの日に限っては紛れもない真実で、同時に僥倖でもあった。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:13:22.44 ID:shzs87qe0
- けれど確かに、朝の段階では風雨はそれほどでもなかったはず。
今なら絶対に外をうろついたりしないと断言できる。
でも子供の時分には、長期休暇のマンネリを打破する好都合なイベント程度の認識。
ただし其処には注釈が付く。
周囲の女友達が引く位、わたしたち姉妹は活動的だったのだ。
ともかくそんな調子で、母の制止も聞かずに家を飛び出したわたしたちは、
慣れ親しんだいつもの遊び場へと、一目散に駆けていった。
いつもの遊び場――というのは家の近くにあった小さな溜め池のこと。
小さな子供でもちゃんと立てば足の付く深さの其処は、二人だけが存在を知る秘密の場所。
市民プールなどに行くより、遥かに近くて遥かに自由だったから、
特に夏場にはとても重宝していたことを覚えている。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:17:20.73 ID:shzs87qe0
家を出る前にこっそり水着は着込んでいたから、
あとは水泳バッグに服を詰め込み、溜め池へと飛び込むだけ。
陽光を受けてきらめく水しぶきと共に、日本の夏場特有のねぱっこい熱気と湿っぽさが雲散霧消する。
降り注ぐ人工的な霧雨を全身に浴びながら、すっかり開放的な気分になったわたし達は、
水を掛け合ったり泳ぎまわったりと、余計な柵から一時離れてしばらくはしゃいでいた。
妹を憎んでいた癖に何故、と思われるかもしれないけれど、
それでもわたし達は『大抵』仲の良い姉妹だったのだ。
可奈の天衣無縫さが緩衝材となっていたのかもしれない。
少なくとも没頭してた間は、とぐろを巻くどす黒い想念を忘れられた。
そうして時刻が正午を回り、丁度お腹も空いてきたところで帰路に就く。
お決まりのパターン。
ただ、一つだけの違いがあった。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:19:01.27 ID:shzs87qe0
置き土産。
それが恐らくは、後に起こる出来事の直接の引き金だったんだろう。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:20:55.49 ID:shzs87qe0
- ―――
夜になってからいよいよ、台風はその実力を発揮し始めた。
家中の扉や窓が耳障りに震え立ち、風が渦を巻いて奇怪な金切り声を上げる。
窓に打ち付ける暴風雨は、午前中のそれとは比較にならぬほど凶暴で、
慣れないわたしは心中酷く怯えていたが、妹の手前極力顔に出さぬようと努力していた。
心配させまいとしているのではなく、単に見栄を張っているだけだったのだけれど。
そんな時ふと横目で妹の様子を窺うと、可奈は泰然たる態度でテレビを注視している。
到底11歳とは思えぬ落ち着き払った様子に、心の奥底から仄暗い感情が湧き上がっていく。
その時だった。
わたしの脳裏に電光のような閃きが奔ったのは。
我ながら、あんな計画をよくも咄嗟に考え付いたものだと思う。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:23:41.07 ID:shzs87qe0
从;'ー'从 「あれれー……?」
川*゚ー゚) 「なぁに? 奈緒お姉ちゃん」
从;'ー'从 「帽子、あの場所に忘れてきちゃったかも……。
どうしよう、もう飛ばてるかな……お気に入りだったのに……」
川*゚ー゚) 「……わたし、見てくるね」
从*'ー'从 「ほんとに!? ありがとう、可奈!」
川*゚ー゚) 「お姉ちゃんの為だから。絶対に見つけてくるから……!」
从'ー'从 「うん。あと……お母さんたちには内緒だからね!」
川*^ー^) 「もちろん!」
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:25:53.97 ID:shzs87qe0
意図的。
あの風雨の中で見付かる可能性なんて、皆無にも等しい。
そう。妹はいつもいつでも、わたしの『お願い』を絶対に拒絶しようとはしなかった。
どんな無茶で理不尽な願い事でも、可奈は不思議とやり遂げてしまうのだから。
如何なる方法を使ったのかはわからないけれど、きっちりと。
無論、その行いはわたしを喜ばせるどころか、苛立たせる結果にしかならない。
だからあの時は、これなら無理だろうと意地悪する心算で――
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:28:26.58 ID:shzs87qe0
ううん。
違う。
嵐の中に消えていく妹の後ろ姿を見届けながら、わたしはきっとこう思っていた。
妹がこの世から消えさえすれば『本当の自分を取り戻せる』と。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:30:41.86 ID:shzs87qe0
- ―――
明くる日。
妹は――戻っては来なかった。
昨晩妹が姿を消してから、数十分もして家の中は大騒ぎになった。
父も母も今までになく狼狽して、家中を探し回っていたのを覚えている。
それこそテーブルの下や物置の片隅まで検めてから、今度は電話での確認作業。
思いつく限りの場所へ問い合わせる両親の必死な姿を、わたしは無言で見詰めていた。
わたしが居なくなっても、こんなに必死で探してくれるだろうか?
なんて思いながら。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:33:17.33 ID:shzs87qe0
当然、八方手を尽くそうとも見つかる筈なんて無い。
やがて話は大きくなり、翌日には警察と近隣住民総出での共同捜索騒ぎとなるものの、
手掛かりが何もない状況では捜査は遅々として進まない。
終いには何処から嗅ぎつけたのか、マスコミまで介入し始める始末だった。
彼らの語り口を引用するなら『嵐の夜。天才美少女謎の失踪劇!』だそうな。
このバカ騒ぎは妹の写真やプロフィール諸共、テレビやネット上の話題を一時席巻した末、
人々が次の大事件へ興味を引かれるまでの間、しばらく続いていた。
わたしはそんな周囲を完全に冷めた目線で見詰める一方、
今や世界で自分だけが真相を知っているという、えもいわれぬ優越感に浸っていた。
間接的とは云え、妹を殺した事実に対する後ろめたさが無かった訳ではないけれど、
当時のわたしの心の内では、一挙に拓けた未来への憧憬と歓喜の方が遥かに優勢だったのだから。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:35:52.27 ID:shzs87qe0
何よりも大きかったのは、『わたしが殺したんじゃない、可奈が勝手に死んだんだ』
という言い訳が自分の中で罷り通っていたことと、初めて妹を出し抜いた事による爽快感。
これらの影響は、かなり大きかったように思う。
妹の遺体や遺留品の類は今に至るまで一切発見されていない。
まるで初めから存在していないように、忽然と消えた妹と云う存在。
時は人々の記憶を劣化させ、可奈の存在は徐々に霞みがかって曖昧になっていく。
比較的知名度が上がったからか、時折未解決事件等と銘打って話題になっていたようだけれど。
そんなものは所詮は興味本位に過ぎない、番組が終わればあっと言う間に消え失せる運命なのだ。
そして傷ましい思い出となった妹の話題は、家族の間でも次第に会話に上らなくなっていった……。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:37:30.23 ID:shzs87qe0
―――
それから13年の月日が過ぎた。
わたしは東京に出て、一端の社会人と呼ばれる立場に立っている――
―――
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:40:01.48 ID:shzs87qe0
从'ー'从 姉と妹のようです川*゚ー゚)
◇第1節・帰郷◇
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:42:23.15 ID:shzs87qe0
正に夏真っ盛りという時節、わたしの下に突然訃報が届いた。
半年前に脳梗塞で倒れて以来、植物状態で入院中だった父が死んだという。
驚きは無かった、医者から覚悟をするように言われていたから。
ただ漠然とした孤独感が湧き上がるのは、抑え切れなかった。
かくしてわたしは会社へ忌引き申請を出して休暇を取った。
父親とは云え、このご時世でたっぷり1週間をくれるのだから、中々の優良企業だと思う。
上司にも恵まれて、同僚にも恵まれて、仕事は驚くほど順調にいっている。
唯一の問題点と云えば付き合う相手が居ないことだが、それはさして重要視していなかった。
元からあまり恋人に依存するタイプではなかったし、色々と思うところがあったのだ。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:45:58.97 ID:shzs87qe0
从'ー'从 (……ふるさと、か……なんか、変な感じ)
そしてその翌日。
わたしは東京発のやまびこに揺られながら、故郷を目指し一路東北地方へ向かっている。
もう少しタイミングがずれていたら帰省ラッシュ直撃だったものの、幸いにして危機は回避された。
そして念の為に取っておいた指定も、がらがらの車内に見事に無駄となった。
500円がちょっと惜しくなる一瞬。でも、まぁいいか。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:49:02.10 ID:shzs87qe0
そういえばわたしは一度もグリーン車に乗ったことがない。
お金が勿体無くて帰省の時も一度も。
今なら別にそう大きな負担でも無いし、どんなものか帰りは一度試してみようか――。
なんて現実逃避のように取り留めの無いことを考えているうち、列車は上野を過ぎ、大宮を過ぎ。
栃木県に入る頃には、流れる景色もすっかり様相を変え、長閑な風景が目立つようになってくる。
小山を通過した辺りから、窓の外は夏らしく遥かな蒼穹となり、一筋の雲もない快晴模様を見せ始めた。
強い日差しを避けるべくカーテンを下ろして、座面を少し傾けて楽な体勢を取ると、
すぐに心地良い揺れが眠気を煽り立て、まどろみへと思考を誘っていく。
薄らぼんやりとした意識の中で、わたしは昔の事を思い出していた。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:54:21.62 ID:shzs87qe0
――
母が亡くなったのは、今から5年前の出来事だ。
わたしが国立大学への入学を決めて、上京してから大体2年後のことで、
今日のようにとても蒸し暑い日だったのを覚えている。
原因は事故死。
買い物帰り、前方不注意の自動車に自転車ごと撥ねられたらしい。
病院に搬送されたものの、出血多量でほぼ即死だったという。
母はとても呆気無くわたしたちの前から居なくなってしまった。
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 00:58:54.27 ID:shzs87qe0
わたしの所にもすぐ父から連絡が来たが、当然死に目に立ち会う事も出来なかった。
知っているのは、温もりを失い蒼褪めて霊安室のベッドに横たわる母。
修復されてもなお、至る所に歪みが残りまるで別人のようになってしまった姿だけ。
やがて執り行われた葬儀は、更に別の意味で記憶に残ってしまっている。
喪主を務める父の沈んだ横顔も、火葬された母の酷く白い骨の色も、その時の匂いも。
母の御骨を箸で摘まみながら、声を殺してすすり泣く父の声も。
何もかもをはっきりと覚えている。
父も母もまだ50代に差しかかるか否かと云う頃で、
とても親の死など考えていなかったから、その衝撃は酷く大きいものだった。
けれど、わたしは全く泣けなかった。
悲しいと頭が理解していても、何故か泣くことが出来なかった。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:01:30.93 ID:shzs87qe0
優しかった母、時に厳しくも友人のようだった母、料理の上手だった母、わたしの大切なおかあさん。
ショックが激し過ぎたのかもしれないとも思う。
けれど、あの時脳裏を過ぎったのは母の笑顔では無く、ましてや父の顔でも無い。
――妹の、可奈の笑顔だった……。
何故かは、当時全く解らなかったけれど。
いつの笑顔かも、判らなかったけれど。
ああ。
案の定だ。
父の死と云う状況に直面して、わたしは新しく思い出してしまった。
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:04:24.90 ID:shzs87qe0
あの笑顔は……。
13年前のあの日、わたしが玄関で最後に見た笑顔だ……!
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:05:50.44 ID:shzs87qe0
- ――
Σ从;'ー'从 「――――――っ!」
心の底に一瞬ひやりと寒気が奔り、わたしはまどろみから無理矢理引き剥がされた。
心臓は早鐘を打っており、得体の知れない恐怖感に全身が強張っている。
総毛立つと云う言葉の意味を、わたしは身を以て思い知った。
薄薄予感はしていたけれど、いざ突き付けられると酷く動揺している。
そんな弱気を払い除ける様に頭を振りながら、乱れた呼吸を正そうと躍起になった。
首筋には嫌な汗がじっとりと滲み出ていて、張り付いた髪先がとても気持ち悪い。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:10:57.35 ID:shzs87qe0
从;'ー'从 「なんで、なんで……今更。――なんなの……」
忘れかけていた記憶の残滓を、無理に揺り動かされる言い様の無い不快感。
それが『忘れたい』思い出であればあるほど、残された想念はより強烈で、
打ち消そう打ち消そうと考えを募らせるたび、深く根付いていく心理が実に忌々しい。
それでもなんとか煩悶の連鎖を抜け出し、周囲に気を回す余裕が出来た頃、
『間も無く、綾森です。綾森の次は、終点――』
車内放送の機械音声が耳慣れた駅名を告げる。
いつの間にか車窓の外には、懐かしい故郷の市街が広がっていた。
あのまま眠り続けていれば、もしかしたら乗り過ごしてしまったかも知れない。
そう思うと妹に感謝する気――には、なれなかったけれど。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:16:55.43 ID:shzs87qe0
――
久しぶりに踏んだ故郷の土は、数年前とたいして変わり映えのしないものだった。
東北地方の一般的都市といった趣の綾森市は、人口40万人程度の中規模な街だ。
駅を出てすぐの広場にタクシープールとバス乗り場が存在し、駅前の寂れ気味のアーケード街には商店が軒を連ねている。
ように思えるが、実際は半ばシャッター通りと化しているのはお約束。
都会っぽさを目指している気配の中に、どうしようもなく漂う田舎くささ。
何とも中途半端で曖昧な雰囲気が小さい頃は嫌いだったけれど、
今こうして見ると『ふるさと』らしい空気が漂っていて、そう悪くないようにも思う。
なんて……老け込むにはまだ早いかな。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:19:31.52 ID:shzs87qe0
从'ー'从 「え、っと……メモ、メモ……」
バッグから取り出したメモには、一通りのするべき事項が印されていた。
といってもわたしが人の死に直接係るのはこれで3度――いや、2度目になる。
前回の母の時の教訓で、すでに必要な連絡は全て済ませてあるから、
あとは遺体を引き取って斎場に搬送して貰い、その場で葬儀を執り行ってしまえばいい。
まずは父が入院していた病院名を確認し、プールから適当なタクシーに乗り込んだ。
从'ー'从 「杉浦総合病院までお願いします」
病院まで10分ほど。
全ては順調。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:22:49.15 ID:shzs87qe0
- 訂正:
あとは遺体を引き取って斎場に搬送して貰い、その場で葬儀を執り行ってしまえばいい。
↓
あとは遺体を引き取って斎場に搬送して貰い、その場所で葬儀を執り行ってしまえばいい。
既に必要な人達には連絡を付けてあるから、今のところ一切抜かり無しのはず。
そんな自分にふと疑問を抱く。
母の時もそうだったけれど、今はもっと酷い。
幾ら覚悟はしていたと云え、ここまで冷静に行動できるのもどうなのだろう。
まるで他人の死を見慣れた葬儀業者の如く、粛々と手順を遂行しているわたし。
父が死んだというのに、妹の顔ばかりが瞼の裏にちらつく現実。
从'−'从 「――――――」
歯軋りが聞こえる位に奥歯を噛み締めた。
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:23:38.95 ID:shzs87qe0
出ていけ、と心の中で命じる。
死んでまでわたしを縛るな、とも。
最近特にこういうことが多い。
もう13年も経つというのに。
叶うなら誰かに、この呪わしい記憶を奪って欲しかった。
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:25:49.24 ID:shzs87qe0
――
杉浦総合病院の対照的な二棟は、市街の中心部で周囲を威圧するように聳えている。
戦後間もなく築かれたという、古びて黄ばんだ外壁に蔦の張った旧病棟と、
つい3年前に建てられたばかりの真新しく瀟洒な設計の新病棟。
なんでも世界的に有名なデザイナーに依頼したんだそうな、この病院余程儲かっているのかもしれない。
ちなみにわたしは新病棟の存在を父が倒れて初めて知った。
それまでは、和製ホラーにでも出てきそうな旧病棟の印象が強かったから、
地上12階地下3階という地方都市には似つかわしくない外見を目にしたときは、大層驚いたものだった。
ただし今日用事があるのは、新病棟ではなく旧病棟の方。
なんでも父の遺体はそちらの霊安室に安置されているらしい。
――母が寝かされていたのと同じ部屋だそうだ。
嬉しくない偶然。
あまり気が進まないけれど、それを理由に拒絶して踵を返す訳にはいかない。
いくら逃避を図ったところ、事実だけは残酷なまでにへばり付いてくるのだから。
父は死んだ。母と同じように。そして――
そうこうしている間に、タクシーは新病棟の真新しい正面玄関前で停車した。
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:28:57.33 ID:shzs87qe0
支払いを済ませて車両を降り、受付へ直行して手続きをお願いする。
少し待たされた後、主治医をしていた荒巻医師の許へと通されることとなった。
向かった先は新病棟の6階にある、応接室のようなこじんまりとした部屋。
看護師に促されて足を踏み入れると、60代前半位とおぼしき白髪混じりの老医師の姿が目に入った。
通り一遍の社交辞令を交わしてから、父の容体の変化や入院中の様子、
医療費の支払いや死亡診断書の受け渡しなどが続く。
事務的な手続きが全て終わった頃、荒巻先生がふと話題の矛先を変えた。
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:30:24.63 ID:shzs87qe0
/ ,' 3 「そういえば、渡辺さん。お父様なんですがね。
あの状態になってしまった後に、何か話していた……という看護師がおりまして」
从;'ー'从 「え……。ど、どういうことですか!?
父はずっと昏睡状態のまま、意識を取り戻さなかったと……!」
思わぬ言葉に、わたしは咄嗟に身を乗り出していた。
/ ,' 3 「ど、どうか焦らずに……。落ち着いてください。
これは飽くまで医学的にはあり得ないことです、お父様の脳波は一度も覚醒を示していません」
从;'ー'从 「はぁ……」
/ ,' 3 「医師としてお伝えすべきかは疑問ではありますが。
お聴きになりますか?」
从;'ー'从 「はい……。お願いします」
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:34:03.00 ID:shzs87qe0
虫の知らせとでもいうのか。
……なにか、とても奇妙な胸騒ぎがしていた。
聞いてはいけない、聞いてしまったら後戻りできない。
心の本能的な部分が、そんな風に激しく警鐘を鳴らしている気がする。
なのに敢えて荒巻先生の話を促したのは、『なんだ、やっぱり思い過ごしか』と、安堵したかったのだと思う。
重圧に負けた結果の、薄っぺらい希望的観測。
それが紛れもない現実に、紙のように引き裂かれるのは容易いことだった。
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:35:26.00 ID:shzs87qe0
/ ,' 3 「……。いいでしょう、ただし話半分程度に聞いて下さい。
あれはたしかお父様が入院なさってから、3週間程した頃でしたか……。
夜間巡回中の看護師が、ちょうど病室の前に差し掛かった時、何やら声が聞こえたとかで……」
从;'−'从 「……」
/ ,' 3 「あまりに小さく、はっきりとは聞き取れなかったそうですが、人の名前だったそうです」
理解してしまった。
次に誰の名が出るのか、それはわたし自身が誰よりもよく知っていた。
怖じ気づいて咄嗟に張り上げようとした制止の声は、強張った声帯によって無意味な空気の掠れへ変じ、
荒巻医師の唇が忌むべき形を作るのが、スローモーションで克明に網膜へ焼き付けられていく。
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/29(金) 01:39:55.31 ID:shzs87qe0
/ ,' 3 「たしか『か、な』と……」
从 − 从 「…………―――― ―― ― 」
次の瞬間。
何かが床へと倒れ伏す鈍い音が、他人事のような響きを伴って鼓膜を震わせ。
わたしの意識は、一時途絶えてしまった――
つづく
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