- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:31:43.19 ID:RFDuQ2/70
- 【 十 】
生きているのか、死んでいるのか。
それも分からなくなってしまうような、現実味の薄い日を、何日も何日も、繰り返す。
季節は、徐々に秋に変わり始めている。
ほんの少しだけ、日が落ちるのが早まるように感じられた。
蝉の声はすこし遠のき、空の青さが僅かに薄まったように感じられた。
けれど、何の感慨も湧いてこない。
僕の心の感情を司る部分が壊れてしまったように、ああ、そうなんだ、と思うだけだ。
夏休みも終わりが近づいてるんだな、とか、仕送りをやり繰りして秋服を買おうかな、
とか、寒くなり始める前に毛布をクリーニングに出さなきゃいけないな、とか。
そんな、普段思い付くようなことは、何も思わない。
――色々な感情が、すっかり麻痺してしまった。
そんな中で、シューさんがたまに掛けてくれる声だけが、僕の心をざわめかせる。
それは息苦しくなるほど、甘く、苦い。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:33:47.92 ID:RFDuQ2/70
- 僕は縁側から、無言で空を見上げる。
(´・ω・`) 「……」
あの夜、この部屋の縁側で。
シューさんが僕に手を伸ばしてきた時、その手を取ったとき。
僕は、堪えることが出来なかった。
衝動的に……シューさんの身体を抱き寄せて、抱き締めた。
そしてシューさんは、僕の彼女への想いに、気付いてしまった。
シューさんとの関係は、あれから、あのままだ。
顔も見ず、直接会話をすることもなく。
夜の食卓では、申し訳程度に世間話をする。
ただ、それだけ。
それだけの日が、続いている。
僕は、何一つできないまま。
時折見るシューさんの後ろ姿の、変わらずに揺れる長い髪を見る。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:36:04.91 ID:RFDuQ2/70
――忘れられない。
諦めたくなんか、ない。
でも……もう、終わりにした方が、いいのだろうか。
兄と、シューさんのために。
両親にとってと同じように、兄さんとシューさんにとっても、
僕は邪魔者でしかないのだろうか。
僕は、やはり、ここにいてはいけないのだろうか……。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:38:24.29 ID:RFDuQ2/70
――そう思い始めた、翌日のことだった。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:41:41.82 ID:RFDuQ2/70
- その日、兄さんは少し早めに帰ってきた。
それを僕とシューさんは、橙色の陽が差す玄関で出迎えた。
(`・ω・´) 「ただいま」
少しくたびれた様子の兄さん。
大きな鞄をどっかと玄関に置き、屈んで靴ひもを脱ぐ。
(´・ω・`)「お帰りなさい、兄さん。お疲れ様」
シューさんの横顔を見ながら、僕は兄さんに声を掛ける。
lw´‐ _‐ノv「……」
シューさんの表情は……いつもよりも、少しだけ固く見えた。
瞳は暗いままでも、いつもなら表情だけは普段通り、僕との間に起こったことを
隠して、そして何でもないように振る舞っていたシューさん。
(´・ω・`)「……?」
それを少しだけ疑問に思いつつも、僕はそれきりで部屋に戻ることにする。
三人で同じ空間にいるのはひどく辛くて、食事の時間のように、みんなで一緒に
いなければいけないとき以外は避けたかったから。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:43:53.16 ID:RFDuQ2/70
lw´‐ _‐ノv「約束通り、早めに切り上げてきてくれたんだね。
良かった」
そんな言葉が、二人に背を向けた僕の耳を掠めた。
兄の返答は、聞こえない。
約束通り。
二人は、何か約束をしているのだろうか。
そして、そのために、兄さんは早めに帰ってきたのだろうか。
恐らくは、そうだろう。
では、その「約束」って?
(;´・ω・)「……」
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:46:34.87 ID:RFDuQ2/70
- ……僕のことだろうか。
シューさんは、兄さんに、僕の話をするつもりなのだろうか。
いや。
そんなはずは、ない。
話すなら、もうとっくに話しているはずだ。
これからのことだろうか。
でも、何でもない話なら、シューさんの表情の説明が付かない。
漠然とした不安を抱えたまま、僕は自室に戻った。
この期に及んで保身を考えている自分を、また嫌悪しながら。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:48:52.73 ID:RFDuQ2/70
- 僕の部屋の前を、何度かぱたぱたと往復する音が聞こえていた。
それが何事かとは思うけれど、顔を出して確認する勇気はない。
しばらくして、シューさんに呼ばれる。
今日は兄さんが早く帰ってきていたのに、呼ばれたのは普段よりも
ずっと遅かった。
憂鬱な夕食の時間だ。
二人に悟られないように、小さな溜め息を付きながら食卓に着く。
けれども、普段とは様子が違った。
(´・ω・`) 「……?」
すでに席についていた兄とシューさんの顔を見て、僕は首を傾げた。
(`・ω・´) 「……頂きます」
いつもは、明るい表情で、待ちかねたようにその日の出来事を話し始める兄。
その兄はそう言ったきり、険しい顔をして、黙々と箸を口に運んでいる。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:50:58.55 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「……」
シューさんの表情も、違う。
夕方に兄を出迎えたときのような、硬い表情をしていた。
兄に話しかけず、何も聞かずに、やはり黙って座っている。
食卓の空気は、重い。
その理由を尋ねることもできないまま、僕も箸に手を伸ばした。
――何分ぐらい、黙って食事をしていたのだろう。
不意に兄が大きな溜め息を付き、箸を食卓に置く。
陶器の箸置きに木製の箸が当たる、きん、という軽い音が、食卓に響いた。
兄は首を振り、シューさんを見て、口を開いた。
(`・ω・´) 「……なあ、シュー。
まだ、納得してくれないのか?」
その言葉を聞き、シューさんも手を止める。
兄を水、俯きがちのまま、同じように箸を置いた。
張り詰めるような、沈黙だった。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:53:10.26 ID:RFDuQ2/70
- (`・ω・´) 「何度も、言っているだろう?
さっきも、父さんと母さんと話したじゃないか」
lw´‐ _‐ノv「……」
無言のシューさんを見て、兄は続ける。
(`・ω・´) 「君に譲れない物があるのは知ってる。
でも、仕方ないだろう? 仕事は、諦めるしかないんだ」
仕方ない。
その言葉に、シューさんの表情が、ぴくり、と動いた。
僕はその言葉を聞き、察する。
兄が早く帰ってきた理由。シューさんとの約束。
そして、二人が話し合った内容と、この空気のわけを。
――シューさんは、きっと、話したのだ。兄と、父と母に。
結婚しても、医者の仕事は続けていきたいと、そう言ったのだ。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:55:08.99 ID:RFDuQ2/70
- シューさんはやはり動かない。
少しだけ顔を下に向けて、食卓の上の料理を見ている。
やがて、ぽつり、と呟いた。
lw´ _ ノv「……仕方ない。
貴方は、さっきもそう言った。仕方ない、諦めろ、って」
兄は、首を引いて頷く。
シューさんは、とつとつと続けた。
lw´ _ ノv「貴方自身は、どう思ってるのかな。
私はそれが知りたいんだよ。そう言ったよね?」
(`・ω・´) 「……」
lw´ _ ノv「貴方のご両親は、私に仕事を続けて欲しくない。
それは分かってる。
……じゃあ、貴方は?」
僕は口に運んでいた箸を止める。
そして、シューさんの表情を見る。
彼女は、やはり無表情だ。
けれど、声は違う。
今までに一度も聞いたことがない調子の、静かな、細い声。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:56:57.79 ID:RFDuQ2/70
――けれど、シューさんは、きっと……怒っている。
僕は、直感する。
lw´ _ ノv「これは、私たちの問題。結婚するのは、私と貴方だよね。
私が知りたいのは貴方の気持ちなんだよ?
ねえ。貴方は、どう思っているの? 私にどうして欲しいの?」
静かだけれど、胸に響く声。
それは、シューさんの偽らざる気持ちだ。
兄は、両親の言葉に従って、シューさんに仕事を諦めさせようとする。
そこに兄の感情はない。
兄は、両親を疑っていない。
シューさんには、それが許せない。
僕と、同じように。
兄は口ごもる。
食卓に肘を着き、額を指で押さえた。
悩んでいるときの兄の癖だ。
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 21:58:51.51 ID:RFDuQ2/70
- 兄はしばらくその姿勢でいて、それからゆっくりと首を振った。
(`・ω・´) 「……俺のことは、いい。
結婚する以上、シュー、君には家庭に入って欲しい。そのためには、
仕事を続けてもらうわけにはいかない……仕方ないんだよ」
また。
また、仕方ない、と。
それを聞いて、シューさんは微笑む。
(;`・ω・) 「……」
また同じ言葉を口に出していたことに気づいて。
兄は、はっとしたように顔を上げる。
シューさんは微笑んだまま、静かに椅子を引いて立ち上がった。
lw´ _ ノv「……私はね、君を愛しているんだ。君と、一緒になりたいんだよ。
この家と結婚したいわけじゃ、ないんだよ」
それは、か細い声だった。
寂しげで、消え入りそうで、全く力のこもっていない声だった。
けれど。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:01:28.63 ID:RFDuQ2/70
- それでも、僕がはじめて聞くその声は、今までのシューさんの、どんな声よりも、
僕の胸をえぐるように、鋭く響いた。
――その言葉に込められた、憤りと悲しみを。
そして、シューさんが兄を本当に愛しているのだと……思い知らされて。
シューさんはそのまま、食器は後で片付けるから、そのままにしておいて、と
そう言い残して、静かに食堂を出て行った。
後には、僕と兄の二人が残される。
(;`・ω・) 「……」
兄はしばらく動かない。
やがて、握り拳で力なく、食卓を一度叩いた。
(`・ω・´) 「……くそっ」
食べかけの食事をそのままにして、立ち上がる。
(`・ω・´) 「すまないな、ショボン。
お前は、気にしないで食べてていいからな」
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:03:42.91 ID:RFDuQ2/70
- シューさんの後を追う兄。
僕の背中を、荒い足音が遠ざかっていった。
食卓に三人分の料理を置き去りにされたまま、僕はひとり、そこに残された。
(´・ω・`) 「……」
食欲は、元から全くない。
それを通り越して、胃の中の物を全部吐き出してしまいそうだった。
(;´・ω・) 「う……っ」
僕は、何もせずに、椅子に座っていた。
( ´;ω;) 「っ……!」
涙がこぼれた。
シューさんの口からはっきりと、兄を愛している、と聞いて。
兄とシューさんの間の亀裂を見せ付けられて。
勝手に流れ始めた涙が収まるまで、動けなかった。
僕は湯気の立つ食卓に座って、独り、ただ俯いていた。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:08:21.98 ID:RFDuQ2/70
【 十一 】
あれから、食事には一口も口を付けられなかった。
シューさんと兄の会話。シューさんの言葉。
そして、そんな苦境にあるシューさんを余計に悩ませる、僕自身の存在。
それが、溜まらなく辛くて。
すこしの間泣いてから、僕は部屋に戻った。
(´-ω-`) 「……」
灯りも付けずにバッグから煙草を取り出す。
そのまま縁側に座り、火を点ける。
目を閉じて、何度も深く吸い込む。
何も考えたくなくて、僕はただ黙って煙草をふかし続けた。
――何本も、何本も。
喉が腫れて、声も掠れてしまうぐらいまで、何本も続けて。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:11:14.75 ID:RFDuQ2/70
- 夜空は、厚い雲に覆われている。
星も、月も、何一つ見付けることができない、暗澹とした闇。
そこに、僕が吐いた煙が風に吹き散らされ、散らばって消える。
僕はただ、それを見送る。
縁側に体育座りをして、ただ、夜空をずっと見ていた。
目の前はぼやけ、霞んで、それから夜空よりももっと、ずっと暗くなっていった。
――風。
外から涼しい風が吹き込んで、僕ははっと身体を起こす。
少し、うとうとしていたようだった。
壁掛け時計を見ると、部屋に戻ってから二時間以上が経ってしまっていた。
(´・ω・`) 「……」
頭がぼうっとする。
色々なことを考え続けていたせいで、頭の中は混乱している。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:13:14.45 ID:RFDuQ2/70
- シューさんのこと。
両親のこと、兄のこと。
シューさんの顔を思い浮かべるときの、甘く切ない気分。
身体の中で暴れる、彼女をめちゃくちゃにしてしまいたい、という野蛮な衝動。
その衝動にあまりにも素直な……僕の醜い身体の一部分。
両親の言いなりの兄と、シューさんとの確執。
僕自身の、両親との軋轢。
色々なことが立て続けにたくさん起こって、僕は翻弄されっぱなしで。
そして……こんなにも苦しい胸の内を、自分ではどうすることもできなくて。
……もう、いい。
……逃げ出したい。全て、忘れてしまいたい。
そう、思いかけた、その時。
――とん、とん、と。
襖をノックする音が、控え目に響いた。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:15:13.39 ID:RFDuQ2/70
- (´・ω・`) 「……」
僕は襖を見る。
その外に立っているのは、兄だろうか。
それとも……。
「……少年。入っても、いいかな」
耳を澄まさなければ聞き取れないほどの、小さな声。
シューさんの……声。
嬉しい、悲しい、切ない、辛い。
息がつかえそうなほどたくさんの複雑な感情が、一度に湧き起こる。
返事は、決まっている。
(´-ω-`) 「……どうぞ」
僕の返事に応えて。
襖をそろそろと開き……俯いたシューさんが、姿を現した。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:17:15.13 ID:RFDuQ2/70
- シューさんは俯いたまま、静かに僕の隣に来た。
少し距離を置いて、僕と同じように縁側に体育座りをした。
(´・ω・`) 「……」
lw´ _ ノv「……」
お互い、言葉はない。
少しの間、お互いの顔を見ることもなく、無言でそうしている。
視界の端で、シューさんが顔を起こす。
僕の方は見ない。
lw´ _ ノv「ごめんね。
嫌な場面、見せてしまった」
(´・ω・`) 「……いえ。いいんです」
まともな会話は、何日ぶりだろうか。
それでも、僕は自然に彼女と言葉を交わしていた。
シューさんは、そのまま、問わず語りに。
ぽつぽつと、話を続ける。
今まで聞いたことがない、小さな細い声で。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:19:25.10 ID:RFDuQ2/70
- lw´ _ ノv「今日ね。君たちのご両親と、彼と、話をしてきたよ。
結婚しても、できる限り今の仕事を続けていきたいって」
僕が思ったとおりだった。
両親とも話をしていたとは、思わなかったけれど。
しん、と静まり、沈む夜の闇。そこにシューさんの言葉が溶けていく。
lw´ _ ノv「……最後まで、三人は首を縦に振らなかった。
挙げ句の果てに、君のお父様がね……」
黒い空を見て、一度、大きく息を付く。
lw´ _ ノv「……女は、黙って家にいればいい。
お前の仕事は、跡継ぎを産んで育てることだけだ……だってさ」
全身の毛が逆立つような思いだった。
(´・ω・`) 「……父さん」
その言葉を吐いた父の顔は、容易に想像できる。
父なら……きっと、そう言うだろう。
それがどんなに時代遅れで下らない思想かなんて、疑いもせずに。
lw´ _ ノv「腹が立った。けど、それ以上に、悲しかったな。
お兄さんは、私の隣で、ずっと黙って座ってた。私は……」
言いかけて消えた、その語尾が揺れる。
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:22:00.62 ID:RFDuQ2/70
- lw´ _ ノv「私は、本当に……どうすればいいんだろうね。
何もかも、自信がなくなってしまいそうだよ」
僕は顔を起こし、シューさんの横顔を見る。
シューさんは、空を見て、ただ無表情に座っているだけだ。
(´・ω・`) 「……シュー、さん」
僕の隣で、シューさんは天を仰ぐ。
そしてひととき、揃えた両脚の間に顔を埋め、そして起こして、笑った。
lw´‐ _‐ノv「ごめんね。誰かに、聞いて欲しかった。
あんなひどいことを言って突っぱねて、都合のいいときだけ
私の方から頼るなんてね。本当にひどい奴だな……ははっ」
久しぶりに真っ正面から見る、シューさんの顔。
その笑顔には……何もなかった。
何もかもが抜け落ちてしまって、後はもう、笑うことしかできない。
空っぽで、崖の上に立ってでもいるような、先のない笑顔だった。
謎めいていて、捕らえどころがなくて、不思議に澄み切っていた瞳。
その瞳は、今はもう、重く沈んだ感情ですっかり曇ってしまっていた。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:24:31.98 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「さっき、また押し問答してね。兄さんも、とっくに不貞寝してしまった。
私も、もう、寝るよ。……済まなかったね、少年」
そう言って立ち上がる。
座る僕を見下ろす、その肩を落とした立ち姿にさえ力が感じられない。
lw´‐ _‐ノv「お休み。
……風邪、気を付けて」
(; ´・ω・) 「……っ!!」
――行ってしまう。
……嫌だ。
行かせたくない。
これきりなんて、絶対に嫌だ。
そんな悲しい顔のままで、また、今までのように。
絶対に、嫌だ。
だって、僕は……!
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:26:41.67 ID:RFDuQ2/70
- それ以上、何も考えていなかった。
僕は、床に手を突いて、一気に立ち上がっていた。
そして、僕の隣に立つシューさんに……しがみついていた。
よろけながら、身体ごとぶつかるように。
lw;´‐ _‐ノv「あ、わ」
緊張感の薄い声を上げて、シューさんがよろける。
彼女の胸に顔をぶつけた僕の視界は真っ暗になる。
ほんの一瞬だけ身体が浮く、その浮揚感。
――気が付くと、僕は。
シューさんの身体に覆い被さり、部屋の中央の布団に倒れていた。
僕の身体の下には、シューさんの身体がある。
手足を大きく広げて仰向けになったその上に、僕がいる。
照明が落ちた、暗い部屋。
二度目に触れる……シューさんの身体。
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:28:43.69 ID:RFDuQ2/70
- 胸に押し当てた頬。
柔らかい感触の奥から、シューさんの心音が……微かに、聞こえる。
――とくん、とくん。
とくん、とくん。
lw;´ _ ノv「ちょっと……少年、っ?」
シューさんは慌てて身じろぎをする。
離れたくない。離したら、シューさんは行ってしまう。
また、顔も合わせられない。
最後まで、僕がここを去るまで。
絶対に嫌だ。
もう傷つけたくないのに……それ以上に、恋しくて、恋しくて。
離れたくない、離れられない。
lw;´ _ ノv「こら、少年っ、離しなさいってば!」
シューさんの吐息。豊かな胸。
僕の腰の下にある、ほっそりとした腰と、柔らかく張りのある太腿の感触。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:30:34.89 ID:RFDuQ2/70
- (;´-ω-) 「……っ」
違う。
押し倒すつもりなんて、微塵もなかった。
ただ、引き留めたくて、離れたくなくて。
――胸の奥でくすぶっていたものが、一気に膨らむ。
今までは、それを押さえ込んでいた。
疲れて、悩んで、苦しんだシューさん。
久しぶりに僕に向けられたその声を聞いた時、僕はもう、とっくに限界だった。
( ´;ω;) 「……嫌だ……!」
涙が、一気に、ぼろぼろとこぼれる。
lw;´ _ ノv「……少年?」
――もう、何をどうしたらいいのかも分からなかった。
溜め込んできた想いを遮る堰が切れて、涙と一緒に流れ出た。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:33:06.10 ID:RFDuQ2/70
- ( ´;ω;) 「嫌だよ。見たくない……」
シューさんの襟元に、握り拳を押し付ける。
口を歪ませて、吐き出す。
( ´;ω;) 「シューさんのそんな顔、見たくないよ。
だって……好きなんだ、シューさんのことが、大好きなんだよ……!
好きになっちゃいけない人なのに、どうしようもないぐらい、っ」
シューさんの衣服の胸元のはだけた素肌に、涙がぽたぽたとこぼれる。
( ´;ω;) 「でも、僕も、僕も……シューさんを苦しめてるのは僕も同じだから、
だから……だから、何も助けてあげられなくて……!」
lw´ _ ノv「……少年……」
シューさんには、味方がいなかった。
父と母は、嫁など跡継ぎの「材料」ぐらいにしか思っていない。
そして兄は、両親に逆らえない。
この家で、僕だけがシューさんの立場を理解できたはずだった。
それなのに。
僕は彼女に横恋慕し、彼女を陵辱する空想に耽って。
そして結局、シューさんを余計ひどく傷つけてしまった。
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:36:04.72 ID:RFDuQ2/70
- ( ´;ω;) 「こんなはずじゃ、こんなはずじゃ……なかったのに……」
そうだ。
僕は、醜い。
シューさんの気持ちなんて、本当は考えてもいなかった。
ただ、いきなり目の前に現れた綺麗な大人の女性に、欲情した。
彼女の境遇に、共感できたから。
彼女は、実の家族のように……いや、それ以上近い距離で接してくれたから。
今だって、そうだ。
いきなり僕に押し倒されて、シューさんは、怖がっているに違いない。
なのに、僕の身体は……。
( ´;ω;) 「なのに、僕は最悪だ。
こうしてる、今だって……!」
……僕の男性器は、シューさんの身体に反応して、硬くなっている。
脚の内側に当たるそれが何なのか、シューさんにはとっくに分かっているだろう。
( ´;ω;) 「っ……僕は、っ。僕は……どうすればいいんだよ……!
こんなに、こんなにシューさんのこと、好きなのにっ!」
シューさんに好意を抱いて、彼女の身体を思い浮かべて自慰をした。
恋することの幸せの、その裏にある自己嫌悪。どうにもならない歯がゆさ。
全て涙と嗚咽に変えて、吐き出す。
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:38:01.92 ID:RFDuQ2/70
――こんなに近くにいるのに、決して手が届かない。
永遠に、ずっと。
その空しさと絶望に、僕は、赤ん坊のように声を上げて泣いた。
歯を食いしばり、拳を握りしめて、固く閉じた目から涙をこぼし続けて。
シューさんの身体の上で。
もう幾分小さくなった、虫の声だけが、自分の嗚咽の影から聞こえた。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:42:19.98 ID:RFDuQ2/70
- lw´ _ ノv「……」
シューさんは……しばらく、動かなかった。
僕が彼女を押し倒したきり、何もしようとせず、ただ泣き出したのを見ていた。
その両手足から、ふ、と力を抜く。
ゆっくり手を上げて、僕の肩に触れた。
( ´;ω;)「っ……!」
僕は、身を縮こまらせる。
僕は、なんということを。
おしまいだ。
もう、なにもかもおしまいだ。
こんなことをして、許されるはずがない。
けれど。
シューさんは、僕を押し退けたりはしなかった。
そのまま、小さな子供を抱くように、きゅうっ、と力を籠めて、僕の肩を抱いてくれた。
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:44:25.74 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「……少年。
君は、本当に少年なんだね」
――あたたかい両手を、僕の身体にそえたまま。
シューさんはそう言って、静かに笑った。
いたずらをした子供に言い聞かせるような、優しい声。
( ´;ω;)「シュー、さん、っ……」
不思議な構図だった。
シューさんを押し倒した格好になってしまったのは僕なのに、その僕を彼女は抱いて
くれている。
我が子を抱く母親のように、僕の肩を抱いてくれている。
( ´;ω;)「あ、ううっ……ああああっ……!」
僕はシューさんに抱かれたまま、彼女の胸に両方の拳を押し当てて、泣き続けた。
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:46:55.58 ID:RFDuQ2/70
- 僕は、涙を流しながら、詫びた。
泣きながら、ごめんなさい、とか、許してください、と言ったような気がする。
けれど嗚咽混じりのその言葉は、シューさんにも聞き取れなかっただろう。
長い時間、僕は泣き続けていたと思う。
その間、シューさんはずっと無言だった。
そのまま、僕は涙が枯れるまで泣いた。
自分の身体の中の、嫌なものや汚いものが、涙で洗い流されていくような。
固まり、滞っていた時間が緩やかに溶けて、とろとろと流れ落ちていくような。
そんな気分を、僕は味わっていた。
これ以上涙が出なくなるほどに泣いてから、僕は身体を起こす。
涙の跡がくっきり残っているであろう顔を手で拭って、それから……シューさんに、
深く頭を下げた。
( うω-)「……シューさん。
ごめん……なさい」
そんな僕を、シューさんは上半身を起こして、やはり何も言わずに見た。
暗い室内で、外の微かな光を受けたその瞳は、柔らかい色をしていた。
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:50:48.47 ID:RFDuQ2/70
【 十二 】
いつの間にか、雲間から月が見えていた。
僕とシューさんはまた隣り合わせに座って、それを見上げている。
心は、今は穏やかだった。
色々な感情が荒れ狂っていた僕の心は、たくさんの涙を流したことで
洗い流されたようで、激しい衝動も、後悔も、静まりかえっている。
lw´‐ _‐ノv「……まったく。
君は私に、ゆっくり落ち込んでいる時間も与えてくれないんだね」
シューさんは僕の目を覗き込んで、笑う。
その笑顔は全くの元通りというわけでもないけれど、暗く陰ってもいない。
( ´-ω-)「……ごめんなさい。
シューさんだって困っていたのに、僕……また」
また、頭を下げる。
lw´‐ _‐ノv「まあ、びっくりしたけどね。
びっくりしすぎて、どこまで考えていたか忘れてしまった」
シューさんは立ち上がり、伸びをするように腕を伸ばす。
僕は、シューさんを黙って見上げる。
月光は、日光よりもずっと静かで、柔らかい。
蒼い光が、遠い目をしたシューさんの横顔を暗闇に浮き上がらせる。
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:53:19.12 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「正直言って、迷ってた。
君のお兄さんと結婚するか。
それとも結婚を諦めて、仕事に専念するか」
(´・ω・`)「……そんなに、なんですか」
シューさんが悩んでいるのは知っていた。
けれど、兄との結婚と、今の仕事のどちらを取るかまで考えていたとは、
思いもしていなかった。
lw´‐ _‐ノv「……」
シューさんは、急に押し黙る。
視線を少し険しくして、軽く睨むように月を見た。
lw´‐ _‐ノv「……私ひとりの問題じゃないんだ。
自分勝手な都合で諦めていいものじゃ、ないから」
(´・ω・`)「……?」
視線を和らげ、僕を見る。
僕は、顔中に疑問符を浮かべてシューさんを見上げていた。
僕の表情を見て、シューさんは少し困ったように首をかしげる。
lw´‐ _‐ノv「なんて言ったらいいのかな……うん。そうだね。
少年。ちょっと、向こうを向いていてもらっていい?」
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:55:38.85 ID:RFDuQ2/70
- 何を言われているのか分からないながらも、僕は彼女の言葉に従う。
座ったまま身体を動かして、シューさんに背中を向けた。
――するり、と、衣擦れの音が、背中に聞こえた。
(;´・ω・)「……シュ、シューさん?」
「待って。まだ、こっちを向いちゃ駄目」
慌てて振り向こうとした僕を制する。
僕は全身を耳にして、背中で動くシューさんに意識を集中していた。
「……いいよ」
その声に従って、顔を起こす。
(;´・ω・)「シューさん、一体何を……」
口を開きながら振り向き、僕は絶句した。
……シューさんの、裸の肩。白い肌。
それが、冴え冴えとした月の光の中に、浮かび上がって見えた。
シューさんは……上衣を脱いで、振り返った僕の前に立っていた。
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 22:58:13.66 ID:RFDuQ2/70
- (;´・ω・)「あ、え……!」
言葉を詰まらせて、僕はシューさんを見る。
視線を伏せ、少し恥ずかしそうに俯くシューさん。
その上半身には、何一つ身に着けていない。
身体の前で組み合わせた両腕で、乳房の先端の部分を隠している。
胸の深い谷間の部分は影になり、影は両腕の下に隠れて腰まで続く。
首筋から鎖骨、そして両胸の盛り上がり。
それらが月光を受けて、闇の中に、ぼう、と浮かび上がって見えた。
月明かりの下で、その上体は、それ自身が薄く光っているように見えた。
いきなり目の前に現れたシューさんの身体に、僕は魅入られた。
文字通り、夢にまで見た、シューさんの身体だった。
(*´・ω・)「あ……」
その身体は……言葉を失うほど、美しかった。
僕が想像していたより、ずっと、ずっと、美しかった。
思い切り泣いて、幾分気持ちに整理が付いた状態でなければ。
また僕は、自己嫌悪の海に沈むような真似をしてしまいそうだった。
- 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:00:41.70 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「……あのね、あんまりジロジロ見ない。
別に、裸を見せたい訳じゃないんだから」
恥ずかしげに身体を揺らして言い、シューさんは身体をひねる。
僕に向かって、その身体の右半分を向けた。
すると。
今まで腕の影になり、視界から隠れていたそれが、僕の目に映った。
(;´・ω・)「!」
腕に押さえられて形を変えた乳房。その付け根の下辺りの脇腹から、
身体の前面、へその横に向けて、斜め下に大きなカーブを描いて。
――大きな傷痕が、シューさんの身体に一筋、走っていた。
丁寧に縫合されたその痕は、手術痕だ。
先ほどまでとは全く違う意味で、再び僕は言葉を失う。
シューさんの、白い、綺麗な肌に、みみず腫れのように盛り上がり、
残ったその手術痕を、ただ目を見開いて見つめた。
あまりにも、痛々しい傷痕。
- 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:03:31.49 ID:RFDuQ2/70
- (;´-ω-)「……っ」
僕は思わず、視線を反らす。
その僕の動きを察して、シューさんは僕に顔を向けないまま、呟いた。
lw´‐ _‐ノv「醜い?」
(;´・ω・)「いえ、違いますっ。そんな……」
必死で否定するけれど、言葉は続かない。
何て言ったらいいのか、見当も付かなかった。
僕が何を言っても、シューさんのこの傷痕は、消えないのだから。
lw´‐ _‐ノv「……答えにくいね。ごめん」
そのままの姿勢で。
シューさんは、静かに口を開いた。
lw´‐ _‐ノv「中学校に入ってすぐ、腎臓の病気にかかったんだ。
腎臓に膿が溜まってしまって、何年もベッドから出られなかった」
(´・ω・`)「……」
月の光を浴びて、美しい塑像のように裸の上半身を晒したまま。
シューさんは、話を始めた。
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:06:07.22 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「幸い、悪くなったのは左右ふたつの腎臓のうち、右のひとつだけだった。
家族で何度も話し合った結果、私は悪い腎臓を取り出す手術に同意する
ことにした」
腎臓には利き手と同じように「利き腎臓」というものがあって、そちらは摘出はできない。
シューさんの場合は幸運にもその利き腎臓は左腎で、手術を行うことができた。
そう、補足する。
シューさんは片腕を解いて、左手の指先で傷痕をなぞる。
戒めを半分だけ解かれた右の乳房が、すこし揺れた。
lw´‐ _‐ノv「当時は、内視鏡手術なんて、並の病院じゃ受けられなかった。
脇腹を大きく切り開いた傷痕は、こうして私の身体に残ってる」
想像する。
まだ幼かったシューさんは、どんな思いで手術に臨んだのだろう。
女性のシューさんは、身体にこんな傷跡が残ると知っていたのだろう。
知っているとしたら、どれだけ悩んだ末に、結論を出したのだろう。
(´・ω・`)「……」
掛けるべき言葉は、何も見つからない。
僕はただ、その傷痕を見ている。
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:10:18.73 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「その時かな。医者になろう、って決心し始めたのは」
遠い目をして、夜空の雲の切れ目を見渡す。
lw´‐ _‐ノv「私を、また元通りの生活を送れるようにしてくれた医学への憧れ。
それに、こんなひどい傷痕を残す術式なんて根絶してやる、ってね」
その努力が実って、医学の道を歩むことになった。
そう言って、少し誇らしげに、シューさんは笑った。
lw´‐ _‐ノv「腎摘出手術はね、今でも、国内で行う摘出手術の55%……半分以上。
内視鏡手術じゃなくて、私のこのお腹と同じ傷痕を残す術式を採用してる。
下らないよね。時代遅れもいいところだよ」
ふいに声のトーンを落として、続ける。
lw´‐ _‐ノv「……でもね。話は、それだけじゃないんだ。
少年は、『病気腎移植』って言葉を聞いたことがあるかな?」
僕はかぶりを振る。
けれど、その言葉の意味は何となく分かるような気がする。
lw´‐ _‐ノv「重い腎不全の患者さんを助けるために、病気の人の腎臓でもいいから
移植手術を行う。今は色々な問題があって廃止に傾きかけているけど、
当時はそんな議論はなかったよ」
ふ、と息を吐く。
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:12:15.78 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「偶然、取り出した私の腎臓を、それでも必要としてる人がいた。
私の腎臓は、顔も知らない患者さんに移植されることになった」
(´・ω・`)「……その人は?」
シューさんは、ゆっくりと首を振った。
lw´‐ _‐ノv「医者になってから、こっそり調べてみたんだ。いろいろな手を使って、ね。
当時でさえ珍しい生体腎移植だから、記録を見つけるのは難しくなかった」
言葉を切り、シューさんはため息を付く。
口を開き、息をついて、また閉じる。
少しためらいがちに、後を続ける。
その顔には、深い憂いの色があった。
lw´‐ _‐ノv「とっくに死んでたよ。
移植手術のあと、すぐに拒否反応が出たって。
二週間も保たなかったらしい」
(;´・ω・)「……」
lw´ _ ノv「それを知って、私は――」
僕に背を向ける。
白い、たおやかな肩。背中の中央の背骨の窪みに沿って、影が落ちている。
その肩胛骨に、さらさらと艶のある髪がかかる。
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:15:18.23 ID:RFDuQ2/70
- lw´ _ ノv「決めたんだ。
醜い傷痕を残す摘出術。そんな手術に頼らなければいけない内臓の病気。
そんな下らないものに苦しむ人を、ひとりでも減らすって。そう、決めたんだよ」
シューさんは、自分自身に言い聞かせるように。
自分の胸に刻み込むように、その決心を語った。
lw´ _ ノv「ずっと、弔い合戦だからね。責任重大だよ。
だから、私だけの都合でやめてしまうわけにはいかない。そういうこと」
医者一人の力なんて、たかが知れている。
自分ひとりでは、何も変えられないかもしれない。
でも、何もしないわけにはいかない。だから。
そう結んで、シューさんは背中向きのまま、静かに俯いた。
lw´ _ ノv「でも。ここに来てから、何度も自問自答したな。
誰もいないところで、一人きりで。ふふ……我ながら、女々しいね」
――数日前の夜。
誰もいない食堂で、無表情で、無言で座っていたシューさん。
あの時彼女は、声に出さずに何事かを呟いていた。
それは……。
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:19:54.62 ID:RFDuQ2/70
- (´・ω・`) 「シュー……さん」
僕は座ったまま、シューさんの背中を見上げたまま、呟く。
僕は、知らなかった。
シューさんに、そんなことがあったなんて。
彼女が、そんな想いを抱えて悩んでいたなんて。
僕はただ、結婚と仕事の板挟みだけになっているだけだと思っていた。
僕は……シューさんのことを、何も知らなかった。
何も知らずに、そこに付け込むような真似をさえ……。
シューさんは、しばらく、俯いていた。
そして……僕に背中を向けたまま、両腕を解いて、下ろした。
lw´ _ ノv「……うん。やっぱり、そうだ。
どんなに考えても、どちらか片方にはできないんだな。
私は、どっちも諦められない。君の兄さんも、仕事も」
大きく肩を動かして、息を付く。
そして、言った。
lw´ _ ノv「私は、わがままだからね。
どっちの願いも叶えるには……戦わなきゃ、いけないんだね」
僕は、彼女の言葉を聞く。
それは強い意志と、決心の言葉。そして……。
- 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:22:56.61 ID:RFDuQ2/70
- lw´ _ ノv「それに――」
横顔を僕の方に向け、微笑んで。
lw´‐ _‐ノv「――こんなに慕ってくれる、いい子をソデにするんだものね。
負けてなんかいられないね。ね、少年?」
僕を許してくれる、シューさんの……その、優しい声。
( ´;ω;) 「……シューさん、っ……」
知らず知らずのうちに、また涙が目に溜まる。
僕は立ち上がり、シューさんの背中を見る。
脇腹の傾斜と乳房の麓の膨らみに押し上げられ、盛り上がった手術痕。
右脇に残るその傷は、真後ろからでも見えるほどだった。
――分かってる。
最初から、決して成就はしない片思いだって。
それでも、悲しく、名残惜しくて、愛おしい。
- 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:25:27.77 ID:RFDuQ2/70
- そっと手を伸ばして、脇腹の傷に触れる。
シューさんは微かに身じろぎするけれど、僕を制止はしない。
両手をシューさんのお腹の前に回して、僕はシューさんの腰を抱いた。
頬を、シューさんの背中に、肩胛骨の脇に押し当てた。
( ´;ω;) 「……ごめんなさい。
シューさん、ごめんなさい……」
――好きになってしまって、ごめんなさい。
助けてあげられなくて、ごめんなさい。
辛い思いをさせて……ごめんなさい。
lw´‐ _‐ノv「ううん。私の方こそ、謝らないと。
君の想いには応えられない、そうはっきり言うべきだったんだね。
それなのに、私はただ君を遠ざけるだけで」
シューさんは、優しく首を振る。
- 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:28:01.01 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「ごめんね。悩ませてしまった。
ありがとう。それでも、こうして私の話を聞いてくれて」
身体の両脇に垂らしていた腕を上げる。
お腹の前で組まれた、僕の両手に沿えて。
lw´‐ _‐ノv「私が決心できたのは、君のおかげだよ。
……ありがとう。心から、そう思うよ」
そのシューさんの言葉に。
僕はまた、声を上げて泣いた。
それは、決してただ空しいだけの涙ではなかった。
- 81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:30:10.51 ID:RFDuQ2/70
- 不意に。
涙を流す僕の目の前に、中庭から何かが、つい、と飛び込む。
(´・ω・`)「あ……」
それは輝くセロファン状の羽根を震わせて舞い飛び、シューさんの素肌の肩に
止まった。
頭の両脇の、濃褐色の大きな丸い複眼。
広げたままの透明な四枚の羽根には、黒い編み目に似た脈がモザイク状に走る。
その付け根、淡褐色の胸から伸びる胴は、鮮やかな朱色。
それは、アキアカネだった。
黒い夜空。銀色の月に照らされる、白いシューさんの肩。
そこに垂らしたような赤が、微かに羽根を揺らして休む。
lw´‐ _‐ノv「夏も……もう、終わりだね」
呟き、シューさんが指先で、肩を払う。
アキアカネは慌てたように彼女の肩から離れ、飛び去っていく。
それが飛んで行った、夜の闇を。
僕たちはただ、見つめ続けていた。
- 84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:33:23.34 ID:RFDuQ2/70
――暑い、夏の始まりに。
僕は、心の底から、あなたに恋しました。
いいことばかりではなかったけれど……本気で恋しました。
辛かったけれど、苦しかったけれど……本当に幸せでした。
だから……。
だから……ありがとうございます。
僕は、幸せです。
本当に、幸せです。
- 86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:36:31.44 ID:RFDuQ2/70
【 十三 】
翌日の朝。
食堂に差し込む日差しはまだ、変わらず強いけれど、激しく、貫くような強さはない。
さんさんと、と表現するのにふさわしい日光が、開いた窓から差し込む。
lw´‐ _‐ノv「え?」
目を細めた僕の顔を見返して、シューさんは聞き返した。
バターを乗せたトーストを両手で持って、角の部分をかじろうとした姿勢の
まま、目だけで僕の方を見た。
焼きたてのトーストの上を、バターが、つつ、と滑った。
二人きりの、朝の食卓。
こうして差し向かいに座るのは何日ぶりのことだろうか。
僕は繰り返す。
(´・ω・`)「今日辺り、東京に戻ろうかと思います」
シューさんは何度かぱちくりと瞬きをする。
- 87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:38:26.98 ID:RFDuQ2/70
- lw´‐ _‐ノv「でも、まだ夏休みは終わりじゃないよね。
ちょっと急すぎないかい? それに、電車とかは?」
(´・ω・`)「大丈夫です。鈍行でも十分帰れますし」
僕の言葉に、そうか、と呟いて、改めてトーストをくわえる。
さく、と軽い音がした。
lw´‐ _‐ノv「……んむ。
帰れるなら別に問題はないけど、寂しいなあ。
何でまた、急に?」
トーストを飲み込んでから、心底残念そうに眉を寄せる。
なぜそんなことを言い出すのか、見当が付かないといった様子だ。
僕は、はにかむ。
コーヒーのマグを食卓に置き、シューさんの目を見返す。
(´・ω・`)「……失恋、しちゃいましたから」
シューさんは、僕を許してくれた。
こうして、また一緒に食卓を囲んでくれる。
僕も、今は気持ちの整理は付いている。
けれど、こうしてまた一日中顔を合わせているのが、今度は少し怖い。
いつかまた、僕は衝動的に、シューさんをひどく傷付けてしまうのでは
ないか。それだけが、今もまだ不安だ。
- 88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:40:37.29 ID:RFDuQ2/70
- 勝手なことだとは分かっている。
けれど僕に今できることは、他に思いつかない。
lw´‐ _‐ノv「私は、別に気にしてないけど?」
シューさんは、そう言って僕をじっと見る。
真っ直ぐな目。不思議な色の、瞳。
(´・ω・`)「ありがとうございます。でも、決めたんです。
僕にとって、あまり良くないのかな、って。だから――」
変わらないその優しさが、少しだけ怖い。
だから、僕は。
(´-ω-`)「――ごめんなさい。最後まで、わがまま言って」
少しの間を置いて。
シューさんは、頷く。
lw´‐ _‐ノv「そうか。君が決めたなら、私は何も言わない。
別れは惜しいけどね。愛別離苦の心境だよ。四苦八苦だ」
久しぶりに聞く、良く分からない言い回し。
なぜか妙に懐かしい気すらする。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:42:15.69 ID:RFDuQ2/70
- 優しい声に、柔らかく細めた目で僕を見つめ返すシューさん。
その声には、やはりどこか、寂しさが滲んでいるように感じられた。
――しばし、無言で。
僕たちは、お互いの目を見る。
ふふ、と、シューさんが笑った。
lw´‐ _‐ノv「私は、やれる所までやってみる。
これから何をするにせよ、少年もくじけないで。約束だよ」
僕は、深く頷いた。
- 91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:44:10.03 ID:RFDuQ2/70
- 朝食を食べてすぐ、荷造りをする。
といっても、着替えをバッグに詰め込むだけだけれど。
それが終わると、シューさんに声を掛けて、僕は家を出た。
(´・ω・`)「出る前に、ちょっと散歩に行ってきます」
lw´‐ _‐ノv「ん。景色の見納めかい?」
(´・ω・`)「……ええ。そんな所です」
そんな会話を交わす。
行き先は告げずに、僕は玄関をくぐった。
――行く所は、決まっている。
僕には、ひとつだけ、やり残したことがある。
帰るのは、それを済ませてからだ。
- 93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:46:19.99 ID:RFDuQ2/70
- 晩夏の空は、高かった。
引き始めた熱はそれでもアスファルトの上に篭もっていて、暖められた
空気が足元から立ち上る。
通りの植え込みも、まだ変わらぬ深い緑を残している。
夏の盛りよりも一回り小さくなったように感じる太陽を見上げて、僕は
目を閉じた。
――僕ができることは、なんだろう。
シューさんと兄のためにできることは、どんなことだろう。
それを、ずっと考えていた。
結局、思い付いたのは、たったひとつだけだった。
それでも、何もしないよりはずっといい。
(´-ω-`)「そうだ。それに、何より……」
何より、僕自身が、そうすることを望んでいる。
- 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:48:48.60 ID:RFDuQ2/70
- 記憶を頼りに大通りを歩き、円筒形の古いポストのある交差点を折れる。
大時代的な薬局の、木製の古びた軒先を過ぎて、さらに曲がる。
そこに、兄の勤める診療所があった。
(´・ω・`)「何年ぶりなのかな。ここに来るのって」
独りごち、鉄柵の開け放たれた門をくぐる。
敷石の並ぶ向こうに、白く塗られた木造の建物。
塗装は遠目にも分かるほどあちこちが剥がれて、日陰になる西側の
壁はツタが這い登りかけている。
かつて父が勤めていたここに、兄は毎日通っている。
僕が最後にここを訪れたのは、十年ほど前だろうか。
それとも、もっと前だろうか。
記憶に残る、この診療所。
それはもっと厳めしく、そしてもっと大きく感じたものだった。
それは、僕が成長したということだろうか。
苦笑して僕は敷石を踏み、診療所の木製の戸を押し開いた。
中に入ると、幸い忙しい時間帯ではないようだった。
何人かの老人が待合室の隅のソファに腰掛け、世間話をしているだけだ。
- 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:51:19.27 ID:RFDuQ2/70
- 僕が頭を下げると、彼らはじろり、と僕を一瞥し、また何事もなかったかの
ように世間話の続きに戻る。
この村で僕の顔を覚えている人は、ほとんどいない。仮にいたとしても、
「跡継ぎになれずに村を出た、医者の次男」として記憶しているだけだろう。
僕は真っ直ぐ進み、待合室の奥の戸をノックする。
そこが、兄が常駐している診察室だ。
(´・ω・`)「兄さん、僕だよ。
今……入ってもいいかな?」
声を掛けて、そのまま待つ。
暫くして戸が開き、白衣姿の兄が顔を出した。
(`・ω・´) 「お前か。ここに来るのは、珍しいな。
でも、勤務中だぞ。話なら後にして貰えるか?」
(´・ω・`)「うん……できれば、すぐ話したいんだ。ごめんね」
仕事中の兄は、厳しい顔をしている。
それでも、腕組みをして何事かを呟いた後、僕を診察室に迎え入れてくれた。
(`・ω・´) 「あまり時間は取れないからな。
午前中に一件、往診があるんだ」
(´・ω・`)「……うん。ありがとう」
- 96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:53:46.52 ID:RFDuQ2/70
- 診察室に入る。兄は診察用のデスクの前にある椅子ではなく、
入り口の脇のベッドに腰掛けた。
ふう、と大きく息をつく。
(`・ω・´) 「で、何なんだ。その話したい事って言うのは」
僕は、診察室の入り口に立ったままだ。
清掃に使うクレゾールと薬品類の臭いが入り交じって、鼻を刺激する。
(´・ω・`)「あのね。
まず……急で悪いけど、僕、今日じゅうに戻ることにするよ」
兄は、眉を上げた。
(´・ω・`)「向こうでやることもあるし……今は、シューさんがいるしね」
(`・ω・´) 「……そうか。
やっぱり、気を遣わせたかな。悪いな」
そう言って、軽く頭を下げる。
兄は、僕とシューさんの間に起こったことを知るよしもないだろう。
(`・ω・´) 「で? それが、話なのか?」
問われて、僕は俯く。
- 97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:56:07.39 ID:RFDuQ2/70
- (;´・ω・)「えーと……あのね。あの……」
言葉が、つかえる。
兄が、怪訝そうな顔で僕を見る。
――こんなことをして、いいのだろうか。
僕は、出過ぎた真似をしようとしてはいないだろうか。
ほんの短い時間に、何度も自問自答する。
そして……決心する。
改めて一度、深呼吸して、口を開いた。
(´・ω・`)「……兄さん。兄さんは、どう思ってるの?
シューさんの……シューさんの、仕事のこと。
結婚しても仕事を続けたいって……そう言ってたこと」
兄は顔を上げ、僕を睨む。
それから困ったように腕組みをし、低い声で唸る。
(`・ω・´) 「……あの、晩飯の時の話か……」
- 98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/07(水) 23:58:30.28 ID:RFDuQ2/70
- (`・ω・´) 「……お前が、何でそんなことを気にするんだ?」
(´・ω・`)「だって。僕の義姉になるかもしれない人なんでしょう?
その人が困ってたら、僕だって……気になるよ」
兄は押し黙った。
クリーム色のカーテンが、窓辺で揺れている。
木枠の窓の向こうに、高く伸びた夏草が見えた。
(`・ω・´) 「……俺も、迷ってる。
でも……やっぱり、仕事は諦めて貰うしかないのかな」
兄の口調は、苦い。
(´・ω・`)「……でも。それは、父さんがそう言ったからでしょ?」
(`・ω・´) 「ああ、そうだよ。でも……お前だって、分かるだろう。
父さんがそう言ったのなら、俺は……」
――違う。
違うんだよ、兄さん。
- 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:00:30.17 ID:JO99a5wM0
- 兄は、父に縛られている。
悔しかった。
兄が、シューさんが、そんなものに縛られていることが、悔しかった。
だから、僕は……。
( ´-ω-)「……違うよ」
僕は兄の言葉を遮る。
兄に逆らったことは、今までに数えるほどしかない。
兄も苛立ったようで、声を荒げる。
(・ω・´#) 「だって、仕方ないだろう!
お前にだって、俺の――」
( ´;ω;)「違う!」
――僕は、叫んでいた。
耐えられなかった。
(・ω・´;)「……」
- 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:02:37.74 ID:JO99a5wM0
- ( ´;ω;)「兄さんは、シューさんを愛してるんでしょ?
シューさんだってそうだ。そこに父さんなんて関係ないはずだよ!」
拳を握りしめる。
身体に傷痕を残して、自分の身体の一部を譲り渡した相手を失って。
ずっと弔い合戦だ……そう言ったシューさんの表情を、僕は思い出す。
( ´;ω;)「シューさんは、悩んでるんだよ。苦しんでるんだよ。
どうしても続けていきたい仕事を、諦めるのは嫌で、それでもっ、
兄さんを愛してるから……苦しんでるんだよ……」
僕は、俯く。
涙が床にぱたぱたと落ちる。
兄は、呆然とした表情になる。
――ふと、思い出す。
僕が踏みつけて殺してしまった、緑色の昆虫。
無念そうに光る甲殻。
それは……僕自身だ。
広い庭から逃げ出すこともできず、踏みにじられて死んでいく……。
- 102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:05:21.47 ID:JO99a5wM0
- ( ´;ω;)「シューさんは……。シューさんは……僕だ」
あの昆虫は、僕だ。
そしてシューさんも、そうなってしまう。
( ´;ω;)「このままじゃ、僕と同じになっちゃうよ……!」
(・ω・´;)「!」
――僕は、シューさんの力にはなれない。
兄が助けてあげないと、シューさんは独りぼっちになってしまう。
見捨てられた、僕のように。
僕が大好きな、シューさんを助けられるのは……僕じゃない。
……兄さん。
兄は、何も言わなかった。
- 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:07:43.18 ID:JO99a5wM0
- 黙って俯いていた兄は、膝を打って立ち上がる。
僕のそばに立って、泣いている僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
無骨で、固くて、それに温かい掌だった。
シューさんの手は、母親のようで。
兄さんの掌は、父親のようだった。
(`・ω・´) 「……そうだったな。
お前も、大変だったんだよな……」
( ´;ω;)「……っ」
そう言ったきり、兄は考え込むように黙りこくった。
――診察室を出るときに振り返り、見た兄の目。
その目は真剣で、僕がドアを閉じる最後の瞬間まで考え込んでいるようだった。
- 106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:11:21.07 ID:JO99a5wM0
- 戻った僕はバッグを肩から提げて、再び屋敷の玄関に立つ。
今度は、本当の別れだ。
(´・ω・`)「僕、そろそろ行きます。
……お世話になりました。シューさん」
シューさんは僕の挨拶を聞いて、少し不思議そうに首をかしげた。
lw´‐ _‐ノv「君が自分の家を出るのに、お世話になった、っていうのは妙だね。
私の方こそ、お世話になったよ」
二人で顔を見合わせて、笑った。
lw´‐ _‐ノv「会者定離……とはいえ、また幾らでも顔を合わせる事になるかも
しれないけれど。そうなったら、よろしく頼むよ。少年」
(´・ω・`)「はい。僕の方こそ、よろしくお願いします」
軽く頭を下げて、シューさんを真っ直ぐ見る。
暫くその優しい顔を見るけれど、気の利いた挨拶は浮かばない。
大好きになってしまって、困らせてしまって。
嫌な目に遭わせて、そして最後は、目の前で思い切り泣いて。
すっぱりと忘れられるようなものじゃ、ない。
まだ、シューさんへの想いは、胸の奥底でくすぶっている。
それを嘆く気持ちはあるけれど、全否定しようとは思わない。
- 107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:13:20.01 ID:JO99a5wM0
- 僕は、シューさんに恋した。そして、失恋した。
とても形容しにくいけれど……。
……それを忘れてしまうのは、もったいない。
そう表現すればいいだろうか。そんな気持ちが、残っている。
(´・ω・`)「……それじゃ」
去りがたい気持ちを、ほんの一瞬だけ押し込めて。
僕は別れの挨拶をして、シューさんに背を向けた。
玄関の引き戸を、開く。
lw´‐ _‐ノv「――またね。ショボン君」
その言葉に、僕はもう振り向かない。
頭を下げ、そして玄関をくぐった。
南に向かう太陽の日差しは、強かった。
- 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:16:31.49 ID:JO99a5wM0
- 診療所に向かうのとは逆の通りを進み、バス停に辿り着く。
時刻表を見ると、次のバスまではあと30分以上あった。
ヘッドフォンを耳に掛けてプレイヤーの電源を入れ、ベンチに腰掛ける。
流れてくるのは……女性ボーカルの歌声。
シューさんが好きだと言ってくれた、あの歌だ。
(´-ω-`)「……」
ベンチに深く腰掛け直し、空を仰ぐ。
目を閉じ、その歌声を聞きながら、これからのシューさんを思う。
――あなたが、幸せになれますように。
ただひとつの願いが、かないますように。
大切な祈りが、届きますように。
いつの日か、悲しみを……全て、消し去って。
- 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:18:37.82 ID:JO99a5wM0
- 目を開き見上げれば、まばゆい光。
その視界の縁に、ふと涙が滲んで、揺れる。
瞳のすぐそばで陽を照り返すその光を、僕はそっと指でなぞる。
視界一面の空。
夏から秋へと巡る季節を教えてくれる、風の匂い。
風に細く流れる雲を見ながら、僕は。
家を出るときのシューさんの別れの言葉を、繰り返し思い出していた。
- 114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:25:49.52 ID:JO99a5wM0
【 結 】
早めに帰省先から戻ってからは、何事もなく、普段通りの日常が待っていた。
灰色の空と排気ガスで汚れた空気には、いつも通り閉口させられたけれど、
それも部屋でごろごろしている内に気にならなくなる。
いつも通りの、夏の終わりだった。
ただ、ただ……どこか、何かが欠けてしまったような、そんな物足りなさは、なぜか
ずっと残り続けていた。
時折、胸がちくり、と痛むことがある。
それは決まって、僕がふとした拍子で寂しさを感じるときに起こる。
――僕はあれから今に至るまで、新しい恋をしていない。
- 116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:28:27.77 ID:JO99a5wM0
- 三月になり、僕は高校を卒業した。
実家で父に話した通り、僕は大学には進学しなかった。
高校の面談でも、実家の都合で仕送りを受けられなくなった、
だから卒業後は仕事を探すことにした、と言い張った。
間違いではない。
僕が自主的に、そうなるようにしたというだけだ。
卒業してすぐに、アルバイトを始めた。
それからの時間の流れは、早かった。
――気がつくと、もう夏だった。
実家に戻り、シューさんに出会ってから、一年が経っていた。
今年は、実家に戻らなかった。
シューさんに、会いたい。
でも……そう思っている内は、会わない方がいい。
漠然と、そう思った。
色々考え、悩み……アルバイトに追われるうちに、夏も終わろうとしていた。
- 118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:31:12.73 ID:JO99a5wM0
- 夏の終わりの夕方。
見上げる空は、実家の庭から見るあの空とは比ぶべくもない。
僕の部屋は、市街地からは離れた住宅街にある。
周囲には田畑や雑木林もあるけれど、それでもやはり都会だ。
灰色がかってくすんだ空からは、季節の移り変わりを悟るのは難しい。
帰宅した僕は、ポストに一通の封書が届いているのを見付けた。
表面の宛名書きの筆跡には、記憶がなかった。
(´・ω・`) 「……?」
高校の友人とも、今は特に付き合いはない。
誰だろう、と思い、封書を裏返してみる。
差出人の住所は……僕の実家だった。
(´・ω・`) 「これ……」
見覚えのない、丁寧な字で書かれた僕の部屋の住所。
僕の居場所を知っていて、僕の知らない字を書く人。
一人だけ、心当たりがある。
- 119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:33:58.29 ID:JO99a5wM0
- 窓を開け放した部屋の中央に座って、僕はその封書を開く。
傾いた陽の光を反射しながら床に滑り落ちたのは、四つ切りの写真だった。
僕は裏返って落ちたその写真を拾い上げ、見る。
日付は、少し前のものだ。
その写真には、二人の人物が写っていた。
――兄さんと、シューさん。
二人は、実家の診療所とは違う、どこか大きな病院の一室を背景に。
白衣を着て、並んで立っていた。
少しだけ恥ずかしげに、そして誇らしげに微笑む、シューさん。
その隣で、慌てた様子でこちらに向かって手を振る兄。
シューさんの手には、白いレースの装飾を施された、小さなケース。
こちらに向かって開かれたその中には……ゴールドの指輪が、ふたつ。
- 120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:36:36.70 ID:JO99a5wM0
- (´・ω・`) 「……シュー、さん」
胸の中に、温かいものが広がっていく。
温かくて、優しくて。そして少しだけ、苦い感傷。
この写真がどんなメッセージを僕に伝えたかったのか、すぐに分かった。
シューさんは……願いを、叶えたんだ。
(´-ω-`) 「……おめでとう、ございます。
兄さん……シューさん」
僕は無言で、その写真を何度も見返す。
幸せそうな兄。幸せそうな、シューさん。
ふと、その写真の隅に、小さな字で書かれた言葉があるのに気付く。
そこには、封筒に書かれた住所と同じ筆跡で、こう書かれていた。
――ありがとう。
……兄は、あの日僕が診療所を訪れたことをシューさんに話しただろうか。
彼女は、僕が兄に話した内容を聞いて、知っているのだろうか。
- 123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:39:21.58 ID:JO99a5wM0
- 僕には知る術がないけれど、些細なことだ。
シューさんの念願が叶った。それがただ、嬉しかった。
僕は写真を持ったまま、開いた窓を背に、座ったまま壁にもたれた。
( ´-ω-)「……」
そのシューさんの顔を見るうちに、唐突に。
僕はあの、幼い頃の庭の風景を思い出していた。
……それは、どうしても思い出せなかった、あの日の記憶の続きだった。
- 126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:42:19.03 ID:JO99a5wM0
――あの後。
僕は、泣きながら昆虫の死骸を拾い上げた。
ちぎれて落ちた足も、はらわたも一緒に、震える掌に拾い集めた。
そして、台所で夕食の支度をしている母に、それを持って行った。
母なら、どうすればいいのか教えてくれると思ったからだ。
母は、僕の手を引いて庭の隅まで連れてきた。
植え込みの隙間の黒く湿った土を手で掘って、小さな穴を作った。
ここに埋めてあげて、手を合わせてあげなさい、と。
泣きじゃくる僕に、優しい声でそう教えてくれた。
僕はそこに、緑の昆虫の死骸を埋めた。
手を合わせて、その虫が安らかに眠れるように必死で祈った。
数日後。
僕はその場所から、小さな草の新芽が顔を出しているのに気付いた。
その草は育ち、伸び、そして夏の終わりに小さな花を咲かせた。
晩夏の清冽な陽光を浴びて伸びる葉は、あの昆虫のように鮮やかな緑だった。
花は、やがて来る秋を舞うアキアカネの、震える胴のように鮮やかな赤だった……。
- 128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:45:27.12 ID:JO99a5wM0
――僕は、同じ立場のシューさんを助けることで、僕自身を弔った。
そして、シューさんに許され、救われて。
その思い出を忘れずに、生きていく。
僕には、責任がある。
兄さんが、シューさんが……二人が歩んでいく人生を、見届ける責任が。
これから先、ずぅっと……一生をかけて。
- 130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:48:11.55 ID:JO99a5wM0
- 僕は、はっきりと自覚した。
決して叶わない恋。
それでも心のどこかで引きずって、心残りのまま、ここまで来た。
それがようやく本当の意味で終わろうとしている、そのことを。
辛くはない、と言えば、嘘になる。
けれど、奇妙にすっきりとした心。
(´・ω・`)「シューさん。
……いや、義姉さん」
その人は、もう僕が恋したシューさんではない。
僕の兄の伴侶、僕たちと一生を共にする、僕の家族だから。
僕はズボンのポケットを探り、携帯電話を取り出す。
この番号に自分から電話をするのは、初めてだ。
短縮ダイヤルを選択し、通話ボタンを押して耳に当てる。
一瞬の間の後、スピーカーの向こうで呼び出し音が鳴る。
- 131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:50:38.88 ID:JO99a5wM0
- それを待つ間。
携帯電話を耳に当てる僕の目の前に。
開け放した窓の外から、ひらりと何かが部屋に舞い込む。
――それは、目に浸みる赤……。
僕は、そっと目を閉じる。
(´-ω-`)「……」
携帯電話のスピーカーに届く、軽いフック音。
僕と同じ名字を名乗る、柔らかく、澄んだ声。
――話したいことは、たくさんある。聞きたいことも、たくさんある。
祝福の言葉以外にも、山ほど。
けれど、最初の一言は……もう、決まっている。
それは、そう――
- 133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/08(木) 00:54:16.11 ID:JO99a5wM0
(´-ω-`) 「また、アキアカネが飛ぶ季節のようですね。義姉さん」
<了>
戻る