('A`)ドクオは奪うようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 22:53:17.97 ID:GDvynvKO0
「一人でも多く……救ってほしいお」

君はその一言を残して、涙を流し続ける植物へと変わってしまったな。
病院に四六時中いることになった君は、もう戻らないのだろうか。

記憶士としての力を余すことなく使った君は今、後悔しているのだろうか。

しかし、君は本当に無理難題を残してくれるよ。
僕が救えるのはせいぜい数人だよ?
それでも君は、喜んでくれるかい?
ほめてくれるのかい?

それでも僕は、知らない誰かの幸福よりも君を目覚めさせる方法を探したい。
夜中に泣き出し、壊れてしまいそうな彼女のためにも。

彼女達も君の帰りを心待ちにしているよ?
早くしないと2人とも君を見限って「ブーンとの記憶を消してくれ」って僕にいうかもしれないぞ?

さ、ブーン。早く起きなよ。
彼女達はあんまり気が長くないと思うよ?

緑とも蒼とも言えない色の淡い光が、その場を漂っていた。

('A`)ドクオは奪うようです。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 22:55:12.65 ID:GDvynvKO0
記憶。
感覚記憶。
短期記憶。
エピソード記憶。

自分の思い出。
勉強した結果。
誰かが自分を覚えていてくれること。
自分が誰かを覚えていること。

ただの頭の中の電気。
ただの脳細胞の染み。

もし、記憶を操作できるとしたら、お前はどう使う?

……

記憶は消すな、奪え。
悲しくても、前を向け。
仕事は完遂、一人でも多く助けろ。
別れる時はサヨナラじゃなくて、またな。

これが俺のポリシーだ。

第1話 始まっていた話と続けたい日常

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/16(月) 22:57:17.57 ID:GDvynvKO0
雪が降っていた。
目に見える範囲一面真っ白で、痛覚を感じるほどの寒さが俺の手を悴ませていた。

真っ赤な顔をして、うつろな瞳の男が俺の前をゆっくりと歩いていく。
彼は今回の【お客さん】だった人だ。
今は仕事を終えて、いわゆる【お見送り】の最中だ。
お見送りは【記憶士】の仕事における、最後の仕上げともいえる。

積もった雪に男の足跡がついて、同時に降り続ける雪はその痕跡を消す。
男は小さく何かをつぶやきながら、フラフラと前へ進んでいく。

男は一度たりとも振り返りもせず、街の門をでてそのまま視界から見えなくなった。

('A`)「さて……今回の仕事も終わりだな」

男はもう、俺のことを完全に忘れただろう。

俺は踵を返し、寒さを振り切るため早足で路面電車の駅を目指す。
路面電車はこの街での主要な交通手段だ。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 22:59:52.94 ID:GDvynvKO0
金属のぶつかる音と共に、小さな電車に揺られて、
自身の住む家のある居住区3番地の駅へと向かう。

黒いコートのポケットに手を突っ込み、街並みを背中越しに見て到着を待つ。
街の中心にある白の壁の教会や、遠くに見える工業区の真っ黒な煙突。

街は全体的に古いヨーロッパ風の建築物が多く、
高層建築なんてほとんどなくて、雲で覆われた灰色の空が遠くまで見える。

舗装された道路はこの路面電車と歩行者のためだけに作られており、
車やバイクはこの街には入って来れない。
そのため、近年世間で爆発的に増えている交通事故とはあまり縁がなかった。

ブザーが1度鳴り、小さな電車は俺達客の体を揺らしながらゆっくりと止まる。
どうやら目的の駅へとついたようだ。

立ち上がる途中で軽く自分の唇に触れたら、カサカサで完全に乾ききっていた。
ヒーターがよっぽど効いているんだな、と再確認した。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:02:05.31 ID:GDvynvKO0
扉が開いたことで入り込んだ風で、足元が少しだけ震えた。
車内のヒーターで暖かさを取り戻していた体には、こたえる一発だった。

甲高い風の音と、雪の妙な感触で寒さをもう一度思い出す。
靴の中にも、少しずつ溶けた雪が入り込み、つま先にも冷たさを伝わらせる。

閑古鳥が鳴くホームを抜け、コートに手をつっこんだまま歩き出す。
舗装道路の周りには、アクセサリ屋や雑貨屋、本屋、服屋などがびっしりと立ち並ぶ。
駅から数えて4つ目の角を曲がり、俺の住家である小さなカフェ【バーボンハウス】が見えてくる。

レンガ造りのこの建物は、外から見ただけではカフェには見えず、いつも客の入りは悪い。
カフェのマスターは「別に金のためにやってるわけじゃないから、問題ない」といっていた。
だが、その時のマスターの目には水が溜まっていたのだ。
マスターの名誉のために、その目から溢れる汗を今も見なかったことにしている。

このバーボンハウスの2階の居住スペースが、俺の住家だ。
いい加減、外壁を見上げているのも寒くなってきたので、店の扉を開く。
扉は金属でできているのでわりと重く、開くのに力をこめる必要があった。

来客をつげるベルの音と共に、このバーボンハウスのマスターが営業スマイルでこちらを見る。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:07:57.66 ID:GDvynvKO0
(´・ω・`)「やぁ、ようこそバーボンハウスへ。このテキーr……」

マスターは一瞬ものすごくうれしそうな顔をしたが、
すぐにその顔は落胆したときのものへと変わっていった。

店の中を見渡す。
主のいない机と椅子、俺のためだけに置いてある大きめの本棚、数冊の新聞の掛かった新聞立て。

客はというと、先ほどの駅のホームと同レベルの閑散ぶりで、
ほとんど……というか誰も居なかった。
水の変わりに出すテキーラが問題なんじゃないかとツッコミたくなる。

(´・ω・`)「……ハァ。なんだドクオか。仕事、終わったの?」

('A`)「今日も客いないなショボン。仕事は終わったよ。
    何度やっても、良い気持ちのするもんじゃないな」

(´・ω・`)「客がいないのは、天気が雪だからだよ。うん」

('A`)「ああ、ここんとこ毎日雪だからね。うんうん」

(´;ω;`)「ブワッ」

ショボンの瞳に溜まった汗は、またも見なかったことにした。
立派な木製の机や椅子も泣き出しそうで、
俺が悪いわけじゃないんだが、なんだか申し訳ない気持ちになる。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:09:18.38 ID:GDvynvKO0
気を利かせたショボンがエスプレッソマシンを動かし、マグカップに注いでこちらに渡す。
差し出された熱気と湯気をあげるエスプレッソをぐいっとあおり、一気に飲み干す。

マグカップを持つ指先と喉元から、体中に暖かさがめぐる。

(´・ω・`)「せっかく淹れたんだし、ちゃんと香りも楽しもうよ」

('A`)「ふぃー。においなんかより、今はあったまるほうが大事だね」

この街は他人の記憶を操作できる人間――記憶士の隔離された街だ。
記憶士は100万人に1人の割合で世界中に存在し、俺はある事故でその能力に目覚めた。
もう結構前の事故なので、その件については詳しく覚えていない。

二重人格の原因、記憶喪失の原因、その他精神的ショックを受けた人間の治療をするのが、
記憶士の主な仕事だ。

彼らお客さんは……前に向かって生きていくのに、
置いていかなければならないものがあるのだろう。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:11:23.50 ID:GDvynvKO0
記憶士は記憶をどの程度操作できるかで、特AからFランクに分けられており、俺のランクはB。
一応ランク分けには何か他にも条件があったはずだが、思い出せない。
思い出せないということは、大した条件ではなかったはずだ。

記憶士の中には、ショボンのように自営業をする者や工業区で働いている者もいる。
多くの記憶士は仕事と仕事の合間の時間、いわゆる暇な時間が長い。
働くことはその暇をつぶすための趣味のようなものといえる。
ただ、低ランクの記憶士の場合は、そっちの仕事がメインになっている場合もある。

(´・ω・`)「あ、そうだ。またシャキンから紹介状がきてたよ」

シャキンは俺の上司で、Aランク記憶士だ。
俺の仕事はほとんどシャキン経由で回ってくる。
また、俺をこの街へ導いたのも彼だった。
彼はほとんど姿を見せず、こうして紹介状での連絡が多かった。

('A`)「仕事が終わってまた仕事か……。まったく、人使いが荒いよ」

休まる時間が無くて、そんな悪態を吐く。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:13:19.60 ID:GDvynvKO0
ショボンから紹介状を受け取り、どんな仕事かと紙に目を落とす。

――――――――――――――――――――――――
記憶処理機関VIP 紹介状

紹介者:シャキン

お客さん:ミセリ
症状:記憶の欠損

処理者:ドクオ
ランク:B

備考
記憶の欠損の原因を調べ、自身の判断で処理をしろ。
重症のため長期間かかる。一緒に生活し、原因を探れ。
――――――――――――――――――――――――

('A`)「一緒に生活し……か。聞くまでも無いと思うが、次のお客さんは男だよな?」

(´・ω・`)「そうだろうね。男女で組ませるようなことは、中々ないからなぁ」

ショボンはカウンターの掃除をしながら、どうでもよさそうに答える。
一つの依頼が終わって、これほどすぐに次の依頼がくることは本当に珍しい。
だだ、紙面上では長期間かかる仕事らしく、休みのようにゆっくりとしていてもよさそうだ。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:15:56.12 ID:GDvynvKO0
軋む音を立てる木の階段を駆け上がり、部屋の掃除を始める。
誰かと一緒に生活するとなると、埃くらいは掃っておきたい。

俺の部屋は割りと広いが、荷物はあまり無い。
床はフローリングで、壁の片面にははめ込み式の大型クローゼットがついており、
そこを箪笥の代わりに使っている。

そのほかに部屋の中にある物といったらベッドと小さなテーブル、
それからその下に敷いてある絨毯くらいなものだ。

物もあまり無い部屋だが、本当に稀にしか掃除もしないので、埃が溜まってしまう。
テーブルをどけ、絨毯の端をもち、バッサバッサと振り回す。
落とした埃を掃除機で吸い取り、床をぬらした雑巾で拭き取る。

掃除なんてこんなもので十分。
もう後はミセリとやらが来るのを待つだけだ。

ずいぶん前に図書館で借りた数冊の本をベッド上に転がって読む。

『記憶士と記憶の皹割れ』
『皹からの帰還方法の考察』
『奪った記憶の在処と脳内』
『レーテ河についての考察』
『睡眠と記憶の忘却』
著:内藤ホライゾン

本を読み続けていくうちに、いつの間にか陽は暮れ、月が上がり、遅い時間になっていた。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:19:39.56 ID:GDvynvKO0
―― 翌日 ――

日が変わっても、やっぱり雪は降り続いていた。
雲に覆い隠された太陽の弱々しい光が、地面に降り積もった雪を照らしていた。
その白一色の風景は、外に出るのをためらわせる。

眠気眼のまま、よろよろとベッドから起き上がり着替える。
ぼーっとした頭のまま、朝食を摂るために1階へと向かう。
フラフラ歩いていたら階段を踏み外して、大きな音を立てながらカフェへと転がり落ちた。
ぶつけた踵の皮がむけ、肘から床に付いた所為か、ものすごく腕が痺れている。

体の痛さに目を瞑り、腰を抑えながら朝食を作る。
目を瞑ったといっても痛いことには変わりないんだけれど。

いつも朝食時にはカフェのキッチンを使う。
もちろん、カフェのマスターであるショボンの了解も取ってある。

ショボンは別に家を持っており、昼前ぐらいになって、やっと仕事を始めるためにこの店を訪れる。
ただ、朝食を食べてないのか、俺の作った朝食の残りを奪いにくるのが非常に鬱陶しい。

ぼーっとした頭で朝食をとる。
エスプレッソマシンを使って淹れたエスプレッソは、眠気を含んだ頭にほどよく効いた。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:23:33.49 ID:GDvynvKO0
朝食の後片付けをしていると、扉の方から自嘲気味なノックの音が聞こえてきた。
時計を見る……ショボンにしてはずいぶん早い。

('A`)「と、なると例のお客さんか」

蛇口を閉め、洗い物を中途半端に止めて、入口へと向かう。

扉を開けるとそこには、あまり背の高くない女性が頭に少量の雪をのせて立っていた。
足元には躊躇したのか、足跡が大量に残されていた。
「予想が外れたか」と一瞬考えたが、その考えは彼女の言葉でもろくも崩れ去った。

ミセ*゚ー゚)リ「おはようございます。えっと……Bランク記憶士のドクオさんでしょうか?」

女性は深々とお辞儀をして、俺に疑問を投げかけていた。
そのお辞儀で、頭の雪がどさりと地面に落ちた。
俺の白い吐息が宙に浮かんで、一瞬女性の顔を隠してから、消え去る。

('A`)「はい。ドクオです。お待ちしていました。
    お嬢さんの名前は……ミセリさんでしたっけ?」

ミセ*゚ー゚)リ「はい。ミセリと呼び捨てでかまいません。これからよろしくお願いします」

表情を変えずにミセリは、こちらの目をじっくりと見ていた。
全てを見透かされそうなその銀色の瞳が、少しだけ怖かった。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:29:46.01 ID:GDvynvKO0
ミセリは20代前半くらいのようだが、顔立ちはまだ幼さが残っていた。
綺麗というよりも可愛いという、言葉の方がよく似合う外見だ。
……もっとも、そんなことは恥ずかしいので、俺は顔にすらださないのだが。

ミセリの荷物を預かり、店内の椅子に座らせる。
お客さんが女性なのは予想外の事態だったが、
別に俺の部屋に卑猥なものがあるわけでもなし、そのまま使わせれば良いので何も問題ない。
……俺はこの店舗スペースで寝れば良いし。

ミセ*゚ー゚)リ「あの、ドクオ?」

思案を巡らせていたら、ミセリが不安そうな顔でこちらを見ていた。

('A`)「ああ、すまん。ちょっと待ってて」

それだけ言い残してキッチンへと向かう。
ミセリも体が冷えているだろう。
そう思いながらエスプレッソを淹れて、ミセリに手渡す。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:36:34.00 ID:GDvynvKO0
ミセ*゚ー゚)リ「あったかい……。それに良い香り」

ミセリはカップを両手で包み、その熱を手に渡して暖を取っている。

('A`)「部屋は上の階にあるから、荷物はそこへ運ぶよ。治療はゆっくりだから気楽にね」

ミセリに気を使わせないように、極めて柔らかく告げた。

この仕事は治療相手を【患者】と呼ばずに【お客さん】と呼ぶだけあって、相手を不快にさせてはいけない。
理由は知らないが、研修所によれば接客業みたいなもんということらしかった。
もっとも、客を不快にさせたところで、バレることはほぼ無いから問題はないんだけれど。

紹介状によると、ミセリは重症らしいし、ゆっくり時間をかけて原因を探すしかない。

何よりその原因が
奪うべきものなのか
消去すべきものなのか
残すべきものなのか

判断しなければならない。
それにはミセリがどのような人物なのか、詳しく知る必要がある。

('A`)「飲まないの?」

一向に減らないエスプレッソ入りのマグカップを見て、ミセリに告げる。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、うん。苦いの嫌いで……」

ぬるくなったエスプレッソはそのままにし、ミセリをつれ2階の部屋へ向かう。
部屋の中には昨日と変わらず、ベッドと絨毯、テーブルがあるだけだ。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:43:21.54 ID:GDvynvKO0
ミセ*゚ー゚)リ「あの……部屋は一つしかないんですか?」

ミセリが周囲をきょろきょろと見渡し、すまなそうに口を開いたのだった。
自分が俺の部屋を取ったのではないかとでも思っているんだろうか?

('A`)「無いよ。俺は下で寝るから大丈夫」

ミセ*゚ー゚)リ「そ、それなら! 私が下で寝ます!」

ミセリが語気を強めて言う。
……困った客だ。
余計な気を使わなければならないのは、こちらのはずだ。

('A`)「女の子なんだから、誰でも入って来れそうなところには寝かせらんないよ」

ミセ*゚ー゚)リ「大丈夫です! ドクオがこっちの部屋を使ってください」

異常なまでに自信満々で「大丈夫だ」と言い切る彼女が、
何か格闘技をやっているようにも見えない。

そもそも「女の子だから危険だ」という意味がわかっているのかも怪しい。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:47:51.84 ID:GDvynvKO0
('A`)「ダメだ。みすみす客を危険なところに泊めるわけにはいかん!
    どうしても嫌だというなら……ベッドは一つしかないし、一緒に寝るか?」

ミセ*///)リ「えっ?えっと、その、あの……」

耳まで真っ赤にしたミセリが、口を魚のようにパクパクとあけ、シドロモドロになる。
こういう態度を見ると、もう少し苛めてみたくなるのが、男としての心情だろう。
だが、彼女はお客さん。苛めてはいけない。
頭から湯気でもでそうな顔のミセリが、そろそろかわいそうなので助け舟をだす。

('A`)「冗談だよ。やっぱり俺が下でn」

ミセ*///)リ「わかりました! 一緒に寝ましょう!」

('A`)「うん、そうだろ? ってえぇ!?」

目を瞑ったまま、強い語調でミセリが血迷ったことを口走る。
決断が早い、度胸もある。
うん、良い人材! ……って違う違う。
本当に大丈夫なのだろうか? と正直呆れてしまう。

ミセ*゚ー゚)リ「少し恥ずかしいけれど、それで頼みます。荷物はここでいいですか?」

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:53:01.75 ID:GDvynvKO0
('A`)「あ、うん。荷物はどこでもいいけど」

荷物の場所などどうでも良い。
今ミセリは何を言った?
一緒に寝る……?
ダメだこいつ……早く何とかしないと……。

('A`)「ちっがう! 君はバカかっ!?」

ミセ*゚ー゚)リ「出窓からの景色、素敵ですね」

俺の言葉は、ミセリにとってどこ吹く風。
実際には甲高い風音に全て消され、聞こえていなかったようだ。

どうしたもんかと右手で額を押さえる。
説教くさいことをしたくはないが、これは言わなければならない。

('A`)「ミセリ、話があるんだが」

ミセ*゚ー゚)リ「なんですか?」

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/16(月) 23:56:52.96 ID:GDvynvKO0
('A`)「冗談でも、出会って間もない男に『一緒に寝ましょう』なんていっちゃダメだ。
    "勘違いしたバカ"が、何かしでかすかもしれないぞ?」

ミセ*゚ー゚)リ「ドクオは、"勘違いしたバカ"なのですか?」

('A`)「Ye……違う! だが、間違いが起こらないとは言い切れない。
    危険だからそんなこと、大事な人に当てる時以外いっちゃダメだ。俺は下で寝るよ」

少しだけ萎縮したミセリの顔を見て、言い過ぎたかと思い、なんだかばつが悪くなる。
ミセリを見てられなくなり、目を逸らしていると、ぐぅ〜という大きな音が鳴った。

……俺はもう朝食を食べた。
だから今の音は……俺のものじゃあない。
となると犯人は一人。

俺は対面する少女に目を向ける。
耳まで真っ赤にして、今にも泣き出しそうな表情がそこにあった。

ミセ*///)リ「……」

('A`)「wwwwwwwwwww すまん。腹減ってたんだな? 朝食も食べずにきたのか」

思いっきり吹き出してしまった。
……が、ミセリの瞳に溜まった涙を見て、笑うのを何とか止めることに成功した。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:01:27.90 ID:iSkwwRlG0
('A`)「下で何か作るから、少ししたら下りておいで。何か嫌いな物はある?」

ミセ*゚ー゚)リ「……苦いのがダメだ」

('A`)「了解」

笑い飛ばしてやったことで、少しだけ緊張が解けたのか、口調が敬語から崩れていた。
……やはり、苛めてみたくなる客だ。

階段を下りると、既にショボンが開店の準備を始めていた。
床をモップ掛けしながら、机の上に上げた椅子を下ろしていた。
いつもと比べると、ずいぶん早い。
ショボンも客を早く見たかったのだろうか。

(´・ω・`)「おはよう。今日は遅いね」

どうやらショボンは、俺が今起きてきたのだと思っているようだ。
そんな不名誉な勘違いされるのは嫌なので、しっかりと話す。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:05:39.69 ID:iSkwwRlG0
('A`)「いや、もう一仕事してきたよ。お姫様のお守りだ」

(´・ω・`)「ん? 例の客は女の子だったのかい?」

('A`)「そんなところだ」

カウンター内を掃除するショボンを避けながら、砂糖多めでコーヒーを入れる。
トーストとベーコンエッグをいつも通り素早く作り、各々皿にのせる。
小皿に苺ジャムとマーガリンを添える。
それらをトレーにのせて、テーブルへと運ぶ。

(´・ω・`)「相変わらず手際いいね。ところで僕の分は?」

('A`)「ねーよw」

ショボンの要求を足蹴にすると、ちょうどミセリが二階から下りてきた。
あくびをしながら目をこすっている辺り、実はかなり眠気を我慢していたようだ。
テーブルに来るように手招きすると、それに気づいたミセリがお腹を押さえながらゆっくり歩いてきた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:09:35.25 ID:iSkwwRlG0
ミセ*゚ー゚)リ「うん。おいしい」

トーストとベーコンエッグに口をつけたミセリがうれしそうにいった。
動作がいちいちゆっくりで、お腹がすきすぎてそうなのか、元々ボケているのかわからなくなる。

('A`)「それ食べたらどこかいく? 外は寒いから家でゴロゴロしててもいいけど」

どこか行くという言葉に同意しないでくれ、と思いながら聞く。
はっきり言って、俺は家の中で読書でもしているほうがいい。
冬の時期の外なんて寒いだけで、いいことなんてほとんどんないさ。

ミセ*゚ー゚)リ「どこかってどこー?」

どこ? という疑問に答えるよう、脳を総動員して考える。
思い返してみれば、この街に来てから外出なんて、
仕事の時か、図書館へ本を借りに行く時しか、したことがなかった。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:15:14.21 ID:iSkwwRlG0
('A`)「……本は好きか? 本屋か図書館でもいくかい?」

結果、こんな場所しか思いつかない。
気がきかない自分の頭の弱さや機転のきかなさに呆れ、
女性に対してこんなところを提案する自分に驚愕した。

ミセ*゚ー゚)リ「本は好きだ。何時間でも見ていられる。小説も実用書も、動物図鑑も辞書も」

良かった。どうやらミセリは本が好きなようだ。
ムシャムシャとゆっくり朝食を食べるミセリを見ながら、外出の準備にいつもの黒いコートを着る。
苦いのは苦手、といって一切口をつけてないコーヒーが、白い湯気を上げていた。

('A`)「コーヒー、苦くないから騙されたと思って飲んでみて」

せっかく作ったんだ。美味しそうな顔をして欲しい。
そういう願いからコーヒーを勧める。
恐る恐るカップに口をつけたミセリは、目を見開いていた。

ミセ*゚ー゚)リ「甘いな。これ」

('A`)「苦いの、嫌いなんだろう? 次はココアでも淹れてやる」

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:17:15.17 ID:iSkwwRlG0
('A`)「外はまだ、雪が降ってる。寒いから厚着をしたほうがいい」

朝食を食べ終え、直ぐに入口へと向かったミセリをそういってとめる。

ミセ*゚ー゚)リ「……コート、持ってない」

こんな冬の街にくるのにコート一つ持ってこないとは、なかなかヌケたお嬢さんだ。
二階のクローゼットに確か小さめのコートがあったはずだ。

('A`)「あー、二階のクローゼットにあるからとっておいで」

ミセ*゚ー゚)リ「判った」

仲がよさそうに見えたのか、ショボンがこちらにニヤニヤしながら話しかけてくる。
こいつは楽しんでいるんだか、妬んでいるんだか、わからん。

(´・ω・`)「凄く楽しそうでいいね。でも、惚れるなよ? 彼女はお客さんなんだから」

('A`)「わかっている」

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:21:19.49 ID:iSkwwRlG0
お客さんは街を出る時に必ず、ここに訪れてから起こった出来事の記憶を消される。

「あの女のことを忘れさせてくれ」と来た男性も
「レイプされた記憶を消してくれ」と来た女性も
「麻薬を忘れたいから」と来た麻薬中毒者も
「記憶喪失の転校生ってかっこよくね?」と来た苛められて転校する予定の中学生も

「中二病をこじらせて、小説を書いた記憶を消してくれ」と来た少年も
「人を殺してしまった。毎日悪夢でまともに寝られない」と来た殺人者も
「植物人間になって涙を流し続ける友人から記憶を消してやってくれ」と来た青年も
「この世に未練を残したくない」と来た末期の癌患者も

「童貞をこじらせたwwwやべえwwwwこのままだと魔法使えるwwww」と来たおかしな男も

――誰も俺を覚えちゃいない。

消すのも俺。消したのも俺。
別段悲しいわけじゃないが、ひどく不快になる。

でもそれはルールだから仕方がない。
元請けのシャキンに金さえ支払えば、仕事は遂行される。
それが記憶士のルールだ。

もちろん、シャキン以外の紹介の仕事も、請けているのだけれど。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:27:34.36 ID:iSkwwRlG0
階段の軋む音が聞こえてくる。
ミセリが下りてきたようだ。
感傷に浸っていると、ミセリのその白い顔が、銀色の瞳が、真っ赤な唇が、少しだけ儚く感じた。

茶色のコートはミセリの体にピッタリとあい、事前にミセリの体型を知っていたのかと思うくらいだった。

ミセ*゚ー゚)リ「お待たせ。こんなピッタリの奴があるとは思わなかったよ」

('A`)「ん、ああ。俺も驚きだ。気に入ったのならやるよ」

ミセ*゚ー゚)リ「ホント? ありがとう」

ミセリは笑みを浮かべて、首を少しだけ動かす。

('A`)「図書館にいったら、もう昼になるから飯も外で食おう」

バーボンハウスの入口の重い扉を開ける。
いつの間にか陽がさしており、雪は雨へと変わっていた。
雨が雪をとかし、その水滴が太陽の光に反射して、ひどく眩しい。
灰色の雲が小さくなっており、もう雨も止みそうだった。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:31:46.21 ID:iSkwwRlG0
一本しかない黒い大きな傘を差す。
俺がさすその傘に、恥ずかしげもなくミセリが入る。
女性経験がないのでなんとも気恥ずかしいのだが、
そんな気を一切見せないミセリに俺は言葉を失った。

少女のような屈託の無い笑みは、俺の心を揺さぶる。
こんな娘が恋人だったら、さぞ毎日が楽しいんだろうな、と考える。
やっと俺にも春が来たか、冬だけど。
不思議そうな顔をしてこちらを見上げるミセリを、とりあえず無視した。

肩を並べて、グィグィと雪を踏む音を立てながらミセリと歩く。
今の街は雪で覆われているが、この雪をどけると下には石畳の道がある。

図書館には駅から5本先の十字路を右へ折れるとつく。
俺はよくここで小難しい本や小説など多種多様な本を借りて、
仕事と仕事の合間に家に引きこもって本の虫になる。

そうなったら最後。
二、三日間飯も食べずに部屋に引きこもる。

以前、心配したショボンが、
『お母さんと晩御飯を一緒にたべよ?』
という書置きと共に、部屋の前に飯を置いて帰ったことがあった。

……翌日からは飯時には顔を出すように心がけた。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:37:44.15 ID:iSkwwRlG0
図書館につくとミセリは、俺でも読めないような他所の国の文学作品を、すらすらと読んでいた。
その横顔はとても儚げで、なにかを考えているようで、遠いものを見つめているようでもあった。

('A`)「気に入ったのなら、借りて帰ろう?」

書かれている言葉が読めないのが少しだけ歯がゆい。
どんな内容の本なのか凄く気になる。
そういう思いもあって、辞典と共にそれを借りるように促がす。

ミセ*゚ー゚)リ「え、あ、そうだね。借りて帰ろっか」

ミセリはこちらの存在に気づかなかったかのように、一瞬驚いてから答えた。
小柄な体に対して、やたらと分厚い本が似合わないと思った。
文学少女と考えれば普通なんだろうが、なんだか違和感を覚えた。

('A`)「昼飯を食うにもいい時間だしな」

ぐぅ〜と主張したミセリの腹に目をやり、そう続ける。
ミセリは朝と同じく耳まで真っ赤にして、借りようとしている本の背で俺の頭をはたいた。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:42:19.09 ID:iSkwwRlG0
図書館をでると、雲は千切れてはぐれはぐれになっていた。
陽がさんさんと降り注ぎ、溶けかけの雪原を苛めていた。
雨はもう止んでいた。
閉じたままの傘を取り、もう雨も降っていないのに、雨の時と同じ距離でミセリが並ぶ。

(*'A`)「あ、あのさ、ミセリ。近くない?」

ミセ*゚ー゚)リ「え? 来る時もこの距離じゃなかったか?」

ミセリは全く気にする様子もなくて、ごく自然に俺の隣を歩く。
客観的にみたら、これじゃ記憶士と客ではなく、恋人同士のように見えるだろう。
それでも客を意識するのはアホのすることだろうと、自分の考えを投げ捨てる。

('A`)「苦手なのは苦いものだっけ?」

今朝の問答を思い出す。
ベッドから起きる場面から再生した所為で、
階段から転げ落ちたことを思い出し、体中が痛くなった。

ミセ*゚ー゚)リ「うん。苦手っていうより嫌いなだけだ」

('A`)「それを苦手っていうんじゃね?」

ミセリの表情がかたまる。
何か地雷を踏んだんだろうか?

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:47:44.53 ID:iSkwwRlG0
立ち止まったミセリは人差し指を立てて、自信気に踏ん反りかえる。
半目を開いたその表情が、なんだかおかしい。

ミセ*゚ー゚)リ「いいかドクオ? 嫌いと苦手というのは違うんだ。
        嫌いなのは見るのも嫌。苦手なのは苦手だけど何とかなるんだ。
        私はコーヒーの香りは好きなんだが、どうも味が嫌いなんだ。
        後は色とか……ブツブツブツ」

いらんことを突っついた所為で、ミセリの熱弁が始まってしまった。
長々と聞きたくも無いことを語られても困るので、ミセリの言葉を遮るように昼飯を決める。
パッと頭に浮かんだのは、グラタンやドリアなどホワイトソースやトロッとしたチーズ系の食べ物だった。
その所為で頭の中はホワイトソース、トマト、チーズで一杯だった。

('A`)「イタリアンは大丈夫?」

ミセ*゚ー゚)リ「あーえっと、食べたことが無い」

('A`)「基本はトマトとチーズなんだが……」

スパゲッティやピッツァを食べたことが無いというミセリに、ちょっと驚きながらどんなものか説明する。
説明を終えるとミセリは期待したように目を輝かせ、店に着くのを今か今かと待っていた。

ミセ*゚¬゚)リ

涎をたらしていたのは、乙女の名誉に関わると思うので見なかったことにした。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:53:20.58 ID:iSkwwRlG0
ミセ*゚ー゚)リ「そういえばドクオは、冬は好きか?」

('A`)「ん? 嫌いにきまってるだろ? 寒いから」

ミセ*゚ー゚)リ「そうか。では夏が好きなのか?」

('A`)「ん? 嫌いにきまってるだろ? 暑いから」

ミセ;゚ー゚)リ「じゃ、春が好きなのか!?」

(#'A`)「バーローwww そんな出会いイベントの季節。俺には関係ないから大嫌いだ!」

ミセ#゚ー゚)リ「……じゃ秋は?」

('A`)「引きこもりに最適の期間です。サーセンwww愛してます」

飯を食い終わると、駅周辺の店をうろうろする。
女の子の好きそうな雑貨店や甘味の店も立ち並ぶので、ミセリが退屈しないだろうな、と考えたからだ。

急にミセリが立ち止まって、一つの貴金属のアクセサリの店を見つめていた。

('A`)「ん? どうかした?」

ミセ*゚ー゚)リ「いや、ちょっと気になって」

('A`)「……ちょっと見ていこうか?」

元々女性に対して免疫がない俺だが、そんな言葉がすんなり出た。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 00:58:21.60 ID:iSkwwRlG0
ミセリが一つのペンダントをじっくりと見つめていた。
そのまま時間が過ぎていくのに、なんだか面倒になってたずねる。

(;'A`)「気に入った? 買う?」

ミセ*゚ー゚)リ「あ、いや。もういいや。ありがとう。待たせたな」

ミセリの顔に少しだけ影が見えた。
これが彼女の消したい記憶に関係があるのだろうか。
店を出ると、隣の雑貨屋に向かう。

やはり、なんでもある雑貨屋は、商品を見ているだけで楽しい。

アクセサリ屋は、やっぱり店員の視線が鬱陶しくて居づらい。
あの店はやたらとフレンドリーな店員がいて、あったことも無いのに久しぶりだと言う。
先輩に対してその口の聞きようはなんだとか、マジキチの店員だ。

……ただ、綺麗な銀髪と貧乳(しかも気にしている)な点については激しく評価する。

その点、この雑貨屋は店員がかまってこないので楽なもんだった。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:02:55.78 ID:iSkwwRlG0
ここの雑貨屋は陶器からお菓子まで、何でも揃っている。
お菓子を数個手に取り、レジへと向かう。
ふとミセリを見ると、彼女は陶器のマグカップと皿を見ていた。

ミセ*゚ー゚)リ「皿とマグカップ。買っていってもいいか?」

('A`)「……かまわんよ」

一瞬ためらったが、それを気づかせないように、了承する。
お菓子に加えて、陶器の皿とマグカップを受け取り、レジへと向かう。
お金を払って商品の入った袋を受け取る。

図書館の本の入った袋と、雑貨屋の分の荷物の入った袋を両手で持ち、
雪の退けられた石畳の道を歩く。

駅を越え、4つ目の角を曲がってバーボンハウスへの道を行く。
この通りの店は大体さびれている。

ショボンの店が何か悪い気でも出しているのだろう。
カフェの主にはそんなこと絶対にいえないが。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:06:38.14 ID:iSkwwRlG0
バーボンハウスの扉を開けると、珍しく数名の客が入っていた。
カウンター席にはショボンと話す長い髪があった。

川    )「……から……が……幸せかも……」

(´・ω・`)「そういう考えもあるよね。あ、おかえり〜」

ショボンが客との会話を中断して、こちらに手を振る。
その場に座っていた長い髪の客もこちらを振り向く。



川 ゚ -゚)「おかえり」

(多分であるが)初見のその女性も、こちらへおかえりと迎えの挨拶をしてくれた。
かなり綺麗な顔立ちで、美人だと感じた。
彼女の座る位置を中心に丸ごと長方形に切り取ったら、絵画のようにも見えるだろう。

('A`)「ただいま。えーと? どちら様でしたっけ?」

川 ゚ -゚)「ん? 初見のはずだが?」

(;'A`)「そうですか」

川 ゚ -゚)「?」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:09:27.03 ID:iSkwwRlG0
なんだか非常に気さくそうな客だ。
……というよりも、めんどくさそうな客だな、まったく。
そんなことを考えているうちに扉自身が開く音とベルの鳴る音が入り混じって店内に鳴り響く。
珍しいな、これ以上客がくるなんて。

ミセ*゚ー゚)リ「ただいま」

('A`)「おかえり」

予想とは別に、歩幅を"わざと"あわせないようにして、置いて来たミセリがやっと帰ってきた。
置いていかれても普通に歩く姿が面白くて、そんな意地悪をしてみたのだが、
本人は全然気づいていないようだった。

俺は昨日寝た席に荷物を置いて座る。
ミセリもその対面に座った。

(´・ω・`)「エスプレッソでいい?」

ショボンがいつも通りの気配りで、飲み物をいれてくれるようだ。
俺はそれでいいと答え、ミセリにはホットココアを淹れるように返事をした。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:13:08.26 ID:iSkwwRlG0
返事をして直ぐ、ミセリが袋からゴソゴソと陶器のマグカップを取り出し、
エスプレッソを淹れているショボンの方へと向かっていった。
一体何をしようとしているのだろうか。

ミセ*゚ー゚)リ「ココアはこのマグカップに淹れてくれるか?」

(´・ω・`)「ミセリはこのマグカップね。了解」

ショボンがマグカップをミセリから預かり、洗う。
新品の食器はまず洗う。
特に雑貨屋などで買ったものは何が付いているかわからない。
そういうショボンの自論から、いつも新品の食器を欠かすことなく納得するまで洗っていた。

トテトテとキッチンからミセリが戻ってくる。

ミセリの体重で木製の椅子が、小さく軋む音を立てた。
さすがに女性だけあって、俺が座る時の音とは大きさが違う。
俺が座る時はもっと……ギュイーンってカッコイイ音が鳴るもんな。

戻ってきたミセリは、図書館から借りてきた本を袋からひっぱりだして、目を落としていた。

俺はお菓子を食べながら、先にショボンが持ってきたエスプレッソを啜る。
パリパリと音を立てて食べていたので、何度か本で顔を隠しながらチラチラとミセリがこっちを見ていた。
聞くまでもないくらい「おくれ、おくれ」というオーラを出していたのでちょっと意地悪したくなった。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:17:01.02 ID:iSkwwRlG0
('A`)「……ほひいの?」

お菓子を口に含んだまま、ミセリにたずねる。
ミセリの顔が一瞬で明るくなり「ああ、もうこれはやるしかないな」と思った。

ミセ*゚ー゚)リ「くれるのかっ!?」

('A`)「聞いてみただけだ。パリパリ」

ミセリはムッとしてまた目線を本に戻す。
予想通りの動きをしてくれたので、凄く面白くて、むせそうになった。
無言のまま、お菓子をミセリの目にギリギリに映るようにして、ヒラヒラと移動させてみる。

ミセリは面白いように動くお菓子に合わせて目を動かしていた。
……猫みたいだ。

どうみても目は怒っているのだけど。
餌を待つなついていない猫。
これ以上手を出すと、爪を立てた猫パンチで手痛い反撃をくらいそうだ。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:20:54.69 ID:iSkwwRlG0
ミセ#゚ー゚)リ プンスコ!

少し意地悪がすぎたと思ったので、ミセリの方にお菓子の袋の口を向ける。

('A`)「食べていいよ。手に塩がつくから、気をつけて」

出来るだけ柔らかい口調で言ったのだが、ミセリは不審そうに警戒した顔でこちらを見ている。
さすがに意地悪しすぎたようだ。

ミセ#゚ー゚)リ「意地悪。っていうかドクオはひねくれてるよ」

捻くれてる。確かにそうかもしれない。
ミセリはおっかなびっくりお菓子に手を伸ばして、そのまま口に運ぶ。
パリパリと音を立てながら、心底幸せそうに表情をゆるませていた。
お菓子一つでここまで幸せそうな顔をされると、どんどん上げたくなってしまう。

まぁ……上げると太るんだろうけれど。

ミセ*゚ー゚)リ「うん、んまい」

俺も食べようと思って袋の口をこちらに向けると、
いつの間にか中のお菓子はなくなっており、ミセリは心底満足そうな表情だった。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:25:47.53 ID:iSkwwRlG0
餌付けしたらどうなるかな、とか考えていると、テーブルに甘い香りが漂ってきた。
どうやらショボンが洗い物を終えて、ホットココアを持ってきたようだ。

川 ゚ -゚)「ひごほはふんひょうかい(仕事は順調かい)? パリパリ」

見上げると予想に反して先ほどのお姉さんが、ホットココアを運んできていた。
そしてなぜか俺の買ってきたはずのお菓子を食べていた。
何をした……この女。

それにしてもおかしい。
ウェイトレスを雇ったなんて話は聞いていないんだが。
とりあえず聞かれたことを答えておく。

('A`)「仕事は順調。ってもまだ1日目なんだけどね」

一旦間を置いて、お姉さんは口を開いた。

川 ゚ -゚)「それは良かった。根をつめすぎないようにな」

そのまま何事も無かったように通り過ぎていく。
長くて綺麗な黒髪から、とてもいい香り漂い、鼻腔が刺激された。
これが美人特有の香りという奴だろうか。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:29:38.12 ID:iSkwwRlG0
ホットココアの甘い香りを吸って、ミセリはまた明るい顔をしていた。
どうやらホットココアを気に入ってくれたようだ。

……本当に幸せそうだ。
さっきのお菓子といい、ココアといい、
小動物を見ている感じがして、こちらまでうれしくなってくる。

ミセリは楽しそうな顔で、本に目を落としながらもココアを啜る。
それにあわせて俺も冷め切ったエスプレッソを啜る。

こういう顔を見ていると「記憶に欠損がある、重症だ」という情報も嘘ではないかと感じてしまう。

ミセ*゚ー゚)リ「どうした?」

いつの間にか顔をじっと見ていたらしく、
ミセリは疑問符を頭に浮かべた表情で俺に問いかけていた。

('A`)「なんでもないよ」

童貞の俺には、真っ赤な顔して、横を向きながらそう答えるのがやっとだった。
ガラス越しにみた外の風景は、人影も無く「やっぱり寂れたところだな」という再確認をさせてくれた。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:34:58.59 ID:iSkwwRlG0
いつの間にか陽は落ち、バーボンハウスは閉店の時間を迎えていた。
ショボンも閉店後の掃除を始めていたので、俺もそれを手伝うことにした。

ミセリはというと、二階の部屋にいる。
客が入るたびに風が店内に入ってくるので、本が捲れてしまう。
それを嫌がってのことらしかった。

俺にとってそれはもう慣れたもんで、大して気にならなかった。
それに、このカフェの本棚は俺の趣味の本でかためられているので、
部屋で本を読む場合は大量に持っていかなければならない。

(´・ω・`)「モップ掛け、ありがと。僕はこれで帰るけど、お客さんに悪戯したらダメだよ?」

ショボンはイラッ☆とさせるポーズをとって、くだらないことを言う。

(;'A`)「うるせぇ!」

余計なお世話だ! と続けて怒鳴る気でいたのだが、ショボンはそのまま帰っていった。
金属の扉の大きな音が鳴り響く。

なんだか拍子抜けして、元の位置に戻って本に目を落とす。
扉の音に反応したのか、階段を軋ませてミセリが下りてきた。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:38:19.42 ID:iSkwwRlG0
ミセ*゚ー゚)リ「ショボンは帰ったのか?」

('A`)「ああ、今さっきね。もういい時間だし、風呂はいったら?」

ミセ*゚ー゚)リ「あ、うん……」

ミセリは何かを気にしてこちらを見ている。
不安を取り払ってあげようと、言葉を続けた。

('A`)「ああ、ゆっくり入ってきなよ。俺は朝風呂派だから長くても大丈夫だぞ」

ミセ*゚ー゚)リ「いや、それはいいんだが、その……朝の……」

朝? はて? 朝なにかあったっけ? と疑問に思っているとミセリが続けた。

ミセ*///)リ「ほら、ベッドで一緒に……」

('A`)「だぁから! それは俺はここで寝るからいーの!」

耳まで真っ赤にしたミセリに、先ほどショボンに言い損ねた怒鳴り声を放り投げる。
ついでにバンバンと、椅子と机を両手でぶっ叩く。

そうか、となぜか残念そうな顔をしたミセリは、
そのまま着替えを持って風呂場へと入っていった。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/17(火) 01:41:45.62 ID:iSkwwRlG0
これからこの娘と長期間寝床を共にすると思うと、少しだけ頭が痛くなった。
空を見上げると、冬の澄んだ空気が月を綺麗に見せていた。

風呂上りのミセリはパジャマの格好で、俺の隣に座った。
いつも俺の使っているシャンプーのはずなのだが、
女の子が使うと良い香りに思えるのは何故だ。
そのままミセリは隣で本を読み続けていた。

……

気がつくと、ミセリは疲れたのか、俺の寝る予定のテーブルで本を開いたまま眠っていた。
仕方がないので、首と膝の後ろから手を入れて、階段を上る。
女性特有の良い香りが、俺の備考を刺激する。
部屋の扉をなんとか開けて、ベッドに下ろして、元の一階のテーブルへと戻る。

こうやって毎日、平和(?)に続いていくといい。
心からそう思う。

普段マグカップより重いものを最近持っていなかったので、
腕と背中、それから足腰の筋肉がどっと疲れた。

だから俺は声を出してうなだれる。

(;'A`)「明日……いや、明後日は……間違いなく筋肉痛だろうな」


第1話 終わり。


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