('A`)ドクオは奪うようです

2 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:30:16.26 ID:W8UYbgh70
記憶を処理する。

思い出させる。
改竄する。
消す。
奪う。
封印する。

記憶を思い出させることは、その人のその瞬間を生き返らせること。
記憶を改竄することは、その人のその瞬間を書き換えること。
記憶を消すことは、その人のその瞬間を殺すこと。
記憶を奪うことは、その人のその瞬間を肩代わりすること。
記憶を封印すること、その人のその瞬間を一時的に殺すこと。

記憶は、その人がその人である限りまた思い出すこと。
記憶は、思い出したときに自分に都合よく解釈できるもの。

第2話 寂しくないのに……

4 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:33:03.51 ID:W8UYbgh70
暗闇の中に意識を感じて、目が覚める。
もう起きているはずなのに、周囲は一面真っ黒で、何にも見えない。
ゴポゴポと気泡が周囲に浮き、俺自身が水の中にいるかのような感覚と、
フワフワ浮いている感覚が、俺を気持ちよくさせていた。

遠くから何かに反響した2種類の声が聞こえる。

「――だい――庭――は?」

低い声。

「――――けど――――――ぞッ!」

高めの声にまぎれて、聞こえる鈍い音。

そして、直後に現れる誰かに見られている感覚。
闇の中から少しずつそれが近寄ってくる。
歩いても歩いても、前に進まない。
ここが水の中ならば……泳ぐしかない。

手を大きくかき、足を蛙のように動かす。
闇を進むのに、この泳法でいいのかどうかはさっぱりわからない。

しばらく泳ぐと、何かにぶつかった。
――透明な壁だ。

逃げ場はないのに、感じる視線はどんどん近づいてくる。
水の中にいるはずなのに、額からは汗が溢れる。
何かが……来るッ!

5 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:35:48.05 ID:W8UYbgh70















                         |(●),  、(●)、|


振り向いたそこには、何者かの目が漂っていた。

7 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:38:54.98 ID:W8UYbgh70
朝の始まりを告げる光が、天に昇る。

元来、日当たりのよくないはずのカフェ【バーボンハウス】にそんな光が入ってくるのは、
ここのところ毎日降り続いている雪の所為だろう。
道路上に積もった雪に反射して、毛布をかぶる俺の目に、うまいこと光が集まっていた。

特に悲鳴を上げることも無く、毛布を跳ね除けて起きる。

服の所々を見ると、濡れた後がある。
どんな夢だったのかは思い出せないが、
年甲斐も無くただの怖い夢で冷や汗をしっかりとかいていたようだ。

エスプレッソのような薄い香りが、店内に漂っていた。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、おはよう」

('A`)「おはよう」

ぼーっとした頭で、朝の挨拶をする。
「寝癖ついてる」とマグカップを持ったミセリが俺の髪を触った。
その柔らかそうな手が髪に触れて、少しだけ興奮した。

テーブルの上にコトッとマグカップを置くと、ミセリはキッチンの方へ入っていった。
今日でミセリがここに来てから2週間がたつ。
朝食の用意でもしてくれているのだろうか。

8 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:42:30.33 ID:W8UYbgh70
ミセ*゚ー゚)リ「ドクオー! ちょっとこーい」

ミセリに呼ばれて、何の疑問も持たずにキッチンへと向かう。
途中、出しっぱなしだった椅子に脛をぶつけて、死ぬかと思った。

やっとのことでキッチンにたどり着くと、エスプレッソマシンは動いておらず、
違和感を感じたが先にミセリの用を済ますことにした。

('A`)「なんだ?」

ミセ*゚ー゚)リ「この、トースターってやつはどうやって使うんだ?」

('A`)「ん? これは切った食パンを突っ込んでレバーを下げるだけだ」

ミセ*゚ー゚)リ「そうか。ありがとう」

ミセリは笑顔を浮かべてこっちをみた。
不安でまだそこにいると、ミセリは「まだいたのか。もう戻っていいぞ」と続けていった。

そこまで言われると、ここにいるのもなんだか悪い気がして、
踵を返し、元いた席へと戻るため歩いた。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、さっきのコーヒー飲んでくれたか?」

9 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:45:48.23 ID:W8UYbgh70
背中越しに聞こえたミセリの疑問に「まだ」とだけ答えた。
テーブルへと戻り、ミセリの淹れたであろうエスプレッソを啜る。

……

…………

………………

(;'A`)「うぇっ! ゴホゴホ!」

粉砕されたコーヒー豆の所為で、むせてしまった。
味も薄い。

というより、これは手動ミルで挽いたコーヒー豆に、そのままお湯をかけただけだ。
マグカップの底にはしっかりと、粉砕されたコーヒー豆が入っており、非常に飲みにくい。

寝起きの時エスプレッソの香りが薄かった点、
エスプレッソマシンが動いていなかった点、
この2点の違和感の原因はこれか。

早めに使い方を教えてあげないと、そのうち大変なことになりそうな気がした。
……というよりも、俺自身の"身の危険"を感じるべき場面なのかもしれない。

10 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:50:12.12 ID:W8UYbgh70
とりあえず、ミセリが出してくれたコーヒー(?)を飲み干して、キッチンに向かう。
もちろん、粉砕されたコーヒー豆も全て飲み込んだ。
喉に豆の張り付いた奇妙な感触が残っており、ゴホゴホとまた少しだけむせた。

トーストは大丈夫だろうか。
確かに使い方は教えたが、ありえないことが起こらないとは言い切れない。

ミセ*゚ー゚)リ「ん? どしたの? コーヒーどうだった?」

('A`)「あー、えっと……」

ミセリが期待に目を輝かせているので、不味かったと答えるのは躊躇した。
率直に言うと、まず間違いなく凹むはずだ。
そうなると回復に色々とフォローするのが面倒だ。
だが、美味かったというと、毎回あのコーヒー豆満載のコーヒーもどきを飲まされることになる。

……

それだけは避けたい。
なんとしても!
しかたがないので、言葉を無視して、
ミセリの両肩に手を置いて、その銀色の瞳をまっすぐに見つめる。

ミセ*///)リ「えっ?」

一体何事かと、顔を真っ赤にしながらミセリが目を逸らす。

('A`)「エスプレッソマシンの使い方を教えてやるから、な?」

12 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:55:15.01 ID:W8UYbgh70
泣き出しそうな潤んだ瞳で、ミセリがこちらを見る。
しかも、ミセリの顔は未だ湯気でも出そうなほど真っ赤だ。

ショボンがここにいたら「誤解されそうな状態だな」と
頭の中で嫌な情景を思い浮かべた。

不意に、背中越しに扉の開いた音が聞こえた。
来客を告げるベルの音と、吹きすさぶ外の風の高音が入り混じっていた。
その風が店の中まで入っているのか、首筋に寒さが伝わってきた。

(´・ω・`)「おっと失礼! でも、悪戯したらいけないよね。ごめんなさいしないとね」

振り向くとニヤニヤしながら、ショボンがこちらを見ていた。
何でこういうときに限って早めに来る。
ホントに絶妙なタイミングで出てくる奴だ。

('A`)「今日は早いな、ショボン。ミセリにエスプレッソマシンの使い方を教えてあげてくれ」

変に言い訳するとつっつかれるので、あまり感情を動かさずに喋る。
ミセリの肩から両手を放して入口へ向かう。

ショボンはニヤニヤ顔をやめずに、ミセリの居るキッチンへと向かっていった。

13 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 15:59:05.89 ID:W8UYbgh70
('A`)「やれやれ……」

いつもの席に腰掛ける。
ショボンの奴、変な誤解していなければいいのだが……。
昨日、読みかけのまま寝てしまった本を取り出して、読む。

次第に、先ほどのコーヒーもどきよりもいい香りが漂ってきた。
いつもショボンや自分が淹れるエスプレッソに、負けず劣らずの良い香りが。

しばらくすると、白い湯気を上げたマグカップを二つもって、ミセリが現れた。

ミセ*゚ー゚)リ「今度こそ、美味しいエスプレッソだから!」

テーブルにコトリと音を立ててマグカップを置く。
ミセリの持っているマグカップの中身は白い。
匂いでそれがホットミルクだとわかった。

俺の前へ出されたマグカップには、いつものコーヒー色の液体が入っていた。
香りは先ほど感じたものと同等で、非常に美味しそうだ。

だが、"警戒を怠ると死を招く"。
こと、食に関しては。

「もしかしたら味に問題がある"かもしれない"」という
"かもしれない運転"精神をもっておくことにする。

15 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:03:44.58 ID:W8UYbgh70
怖いものを見るかのように片目を瞑って、マグカップを口に運ぶ。

エスプレッソにしては……甘い。
俺の記憶ではコーヒーというものは、もう少し苦いものだったはずだが……。
いつの間にか俺の記憶は処理されていたのだろうか。

ミセ*゚ー゚)リ「どうだ? おいしいか?」

ミセリが期待に目を……さっきも言った気がする。
だが、今度はできるだけ優しい笑顔で答える。

('A`)「ちょっと甘いけど、おいしいよ。またミセリの淹れてくれるコーヒーを飲みたいな」

このくらいの優しさを見せなければ、後が面倒ということも考えての発言だ。
童貞の癖にこんな言葉が口から出てくることに、自分自身でも驚いた。

ミセ*゚ー゚)リv「ブイ」

ミセリはショボンの方へ振り向いて、指でブイサインを作る。

(´・ω・`)v「ヴィ」

当のショボンは笑いを堪えているのか、引きつった顔をしてブイサインを作っていた。

17 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:08:10.93 ID:W8UYbgh70
引きつった顔をようやく治したショボンが、俺達のテーブルへと近づいてくる。
朝飯でも作ってくれたのだろうか?

(´・ω・`)「あー、ドクオ。依頼があるんだ。シャキンの紹介じゃないけど」

朝飯ではないが、案外良い報せだった。

シャキンの紹介でないということは違法依頼。つまりは料金をふんだくれる!
あ、いや……俺はそんなに金に汚くは無い……ぞ……?

('A`)「金、多めにもらえるんだろ? 受けるよ」

一人でも多くの人の願いをかなえる。
これが俺の記憶士としての信念だ。

ただ、問題が一つだけあった。
既にミセリという重症者を客として迎えている。
二つ返事で答えたのを後悔して、ショボンに疑問を投げかける。

('A`)「……と思ったけど。一つ質問いいか?」

(´・ω・`)「どうぞ」

('A`)「依頼内容、1日で終わる?」

(´・ω・`)「今回は軽症だから大丈夫。1日で終わるよ」

18 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:12:15.23 ID:W8UYbgh70
('A`)「よし、受ける」

(´・ω・`)「依頼者は昼には来るよ。外出しないでね。
        名前は荒巻スカルチノフ。結構歳のいったおじいさんだ」

紹介状の無い依頼はこの街では違法だ。
だが、見つかることは少ない。
紹介状のコピーさえあれば、改竄が簡単に行えるのだ。

久しぶりの1日で終わる仕事。
こういう短期の仕事は楽な上に実入りも良い。
違法でない場合は更に長期休暇がもらえるという、良いコトずくめなのだ。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、ドクオ。朝食も作ったんだ。……といってもトーストだけど」

ミセリが早足でキッチンへと向かう。
エスプレッソを飲み終えた後から焦げた臭いが続いており、
身の危険を感じるのだが、大丈夫だろうか。

ミセリが声の聞こえないところまでいったのを見計らって、
ショボンが俺の耳元で小声で話し出す。

(´・ω・`)「彼女、家事全般やりたいんだってさ。
        君に記憶の処理をしてもらう代わりに、身の回りの世話くらいしたいって」

19 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:17:10.17 ID:W8UYbgh70
ミセリは気を使ってくれているのだろうか?
俺は記憶の中のミセリを殺すかもしれないというのに。
そんな気遣いして欲しくはない。
そう思ってキッチンへと向かおうとすると、背中からショボンの声が続いた。

(´・ω・`)「気持ち、受け取ってあげなよ。彼女もここを出たら忘れちゃうんだからさ」

足が止まった。
そうだ。
ミセリは忘れてしまうんだ。
……ならば、利用してしまえばいい。

俺はショボンの言葉を素直に聞くことにした。
というよりも自分のドス黒い考えを、そのまま受け取ることにしたのだ。

利用できるものは利用する。

俺はそんな外道だったなと再確認する。

多くの記憶の中の人を殺してきた。
記憶を返すこともせずに、自分は悪くないと思いながら奪ってきた。
与えたり、返したりすることは、一度だってしていなかった。

その程度の外道……いや、正しくは子悪党なのだろう。

21 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:21:57.13 ID:W8UYbgh70
ミセリが以前買った陶器の皿に真っ黒な物体を載せて持ってくる。
まさか……いや、これは間違いなく……。
ああ……聞こうと思うと、本当に胸が苦しくなる。

(;'A`)「……その、それは……」

ミセ*゚ー゚)リ「? トーストだよ」

屈託の無い笑みを浮かべる。
彼女のこれは、わざとやっているわけじゃない。
悪意に満ちてこんな恐ろしいものを作っているわけじゃない。
ご丁寧に、小皿に苺ジャムとマーガリンが添えられている。

ミセ*゚ー゚)リ「たべないのか?」

ミセリは頭の上に疑問符を浮かべたような表情をする。
生活に支障をきたすレベルの記憶の欠損がこれだ。
いや、前に推測した、ただの【ボケ】なのかも知れないのだが……。

ミセリのこういう行動を見るたびに、やっぱり重症なんだなと感慨深くなる。

22 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:25:45.45 ID:W8UYbgh70
朝食を終えて、ミセリも俺も自身の持つ本を読み続けていると、すぐに昼になった。
朝から昼までの間の時間が、やたら短かった理由はよくわからない。

昼食はショボン特性タンポポオムライスで、デミグラスソースが周囲にたっぷりと掛けられていた。
スプーンでオムレツに切り込みを入れるとトロッと半熟な中身が垂れた。
中のご飯はチキンライスで味も最高、まさに"金を取れる腕前の料理"だった。

ショボンは「お金とるよー」なんていっていたが、
全然その気はないようで、食後のデザートまで出してくれた。
デザートは洋ナシのタルトで、さくさくとした食感がミセリを笑顔にさせていた。

デザートを食べ終わると「コーヒーを淹れる」とミセリが意気込んでキッチンへと向かっていった。
それと同時に入口の扉が開き、一人の老人がひょっこりと顔を出す。
扉を開けたことで中に入る風が、俺の足元の体温を奪っていた。

/ ,' 3「おほぉ、ここが、記憶士のろくろさんのところかえ?」

('A`)「人違いです。ここを住処にしている記憶士はドクオです」

聞いたことの無い記憶士の名前をいう老人に、優しく答える。

25 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:29:30.51 ID:W8UYbgh70
いつまでも扉を開けっ放しで中に入ろうとしない老人に、
珍しく数名いる客は苛立ち「ジジィ! 早く扉を閉めろ!」と恫喝するものが多かった。

/ ,' 3「ほっほ。そうおこんなさんな若い衆」

そういって爺さんは店の中へと入ってきた。
扉は自重で素早く戻り、大きめの音を立てた。
人違いのはずなのに、全然帰ろうとしない老人に、もう一度声をかける。

('A`)「爺さん、ここの記憶士は『ろくろ』じゃなくて『ドクオ』だぞ?
    早くその『ろくろ』さんとやらのところへいけよ」

/ ,' 3「んーやぁ、あんたであっとるよー」

('A`)「爺! 俺はドクオだ!」
/ ,' 3「いやいや、あってるあってる」
こんな問答が10分ほど続いた後、ミセリがエスプレッソを持って戻ってきた。

ミセ*゚ー゚)リ「エスプレッソできたぞ。……あ、ドクオ。邪魔かな?」

目の前に座る爺さんをみて、ミセリが気を使うようにたずねてきた。

('A`)「ん? ここに座るんなら俺に断る必要なんて無いぞ?
    別に、どこに居ようと俺は咎めないし」

26 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:33:27.38 ID:W8UYbgh70
そういうとミセリは一瞬明るい顔をしてから俺の隣の席にちょこんと座った。
甘い香りが漂う。自分用の飲み物はホットココアなようだ。

/ ,' 3「ほっほぅ。可愛いお嬢さんじゃなぁ。これか?」

爺さんは小指を立てる。
その陳腐な表現が、俺のストレスを加速させていた。
隣のミセリは真っ赤になって、焦っているような表情をしていた。

('A`)「爺、いい加減帰れ!」
そう怒号を飛ばしてやろうと思った時に、ショボンがこちらに気づいて駆け寄ってくる。

(´・ω・`)「ドクオ。この人、依頼人」

('A`)「あぁ? この爺の探しているのは『ろくろ』らしいぞ?」

(´・ω・`)「……いや、それ多分ドモってるだけだと思うよ」

/ ,' 3「ん? ワシは最初からそういっとるじゃろう!」

ダメだこの爺……早く何とかしないと……。

(´・ω・`)「いいかな、ドクオ。今目の前にある現実が、全てではないんだよ? ちゃんと裏も見なきゃ」

(#'A`)「わかってるよ!」

怒りに任せてミセリに淹れてもらったエスプレッソをあおる。

27 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:36:32.11 ID:W8UYbgh70
(´・ω・`)「荒巻爺さん。飲み物は何がいい?」

/ ,' 3「茶」

(´・ω・`)「了解」

まったくもって、ふてぶてしい爺だ。
遠慮がねぇ。

一体この爺が消して欲しい記憶はどんなものなんだろうか。
はっきりいって放っておいてもボケで忘れると思うのだが。

/ ,' 3「んで、ろくろとやら。お前、本当に記憶を消せるのか?」

('A`)「ドクオだ。当たり前だ。そうでなきゃこの街にいない」

/ ,' 3「おっほーう。それもそうじゃーのう。
     じゃあ、ワシの今まで生きてきた89年の記憶を全て消して欲しいんじゃ」

何をいっているんだ、この爺。
記憶を消す、ということを本当に理解しているのだろうか。

28 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:39:20.15 ID:W8UYbgh70
/ ,' 3「ろくろよ。ワシはな全てを忘れたいんじゃ」

爺さんが口元の皺を伸ばしながら、続ける。
全て忘れたい? 何を言っているんだ?

(#'A`)「ドクオだ! どういうことだ? 説明しろ爺。
      コトと場合によっては葬儀屋に投げ込むぞ!」

/ ,' 3「ワシはあと数日もすれば死ぬんじゃ。だからのぅ。未練がないようにして欲しいんじゃ」

……まったく、甘えた爺だ。
そんなもんは墓まで持っていけよ、と一蹴したい。

だが、金を払ってくれる以上客だ。
しかも大金払ってくれる良客。

俺はそんな願いでも聞き入れなくてはならない。
なんとしても、かn……記憶士としての名誉のために。
金はもうショボンが貰っているはずだから、心配する必要はないのだけど。

/ ,' 3「子供たちの遺産分配云々なんて、きいてても鬱陶しいだけじゃ。
     それにあいつらはワシをウザがっとるしのう」

29 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:42:12.29 ID:W8UYbgh70
('A`)「爺さん。全てわかった上で言ってると思うけど、一応説明するぞ?
    記憶を消すってことはその期間をぶっ殺すってことだ。
    生きていた間の爺さんの感じたこと、恋人に当てた願い、子供に当てた願い。
    そんな考えも全部否定して、なかったことにするってことだ。
    爺さんはその全ての記憶を消そう、というんだな?」

/ ,' 3「……その通りじゃよ。ワシはもう何も要らない。悲しむことも争いも何もかも
    人生において2回以上死ねることはある意味、幸せかもしれんぞ。ふぉふぉふぉ」

爺さんに何があったのか、ミセリは凄く気になってそうだ。
視線をミセリに移すと、「興味心身です」といわんばかりに聞いているのが見ていて判る。

でも俺たち記憶士にとって、軽症な客の事情は特に知る必要が無い。
消して欲しいから消す。
ギブアンドテイク。
それだけの感情で良い。

特に、今回は違法な依頼だ。
早々に終わらせてしまいたい。

30 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:45:28.09 ID:W8UYbgh70
('A`)「これが最後の確認だ。本当にいいんだな?
    あんたの子供も孫も泣くかもしれないぞ?」

/ ,' 3「ああ、なんども言わすな。ろくろよ」


('A`)「ドクオだ! 爺、俺は今からあんたの記憶を、かけら残さず消す。
    保存なんてできないぞ? 同じ記憶は二度と思い出せない! 目を瞑れ!」

死にかけた時に全てを忘れる、か。

……判っている。
俺に「銃の引き金を引け」といっているのだろう。
爺め、自分で死ねない意気地なしか。
「死ぬ時にまで、涙を流したくない」そんな意気地なしの爺の最後の願いなのだろう。

ゆっくりと爺の額に手をかざす。
緑とも蒼ともいえない淡い光が、俺の手から溢れだす。
この蛍のように飛ぶ小さな光を、綺麗だという人もいる。

確かに幻想的で、恋人同士でそれをみたなら良い雰囲気になるのだろう。

でも……

それは……

32 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:48:58.43 ID:W8UYbgh70
――記憶を殺す死神の鎌だ。

綺麗なフリして、記憶という命をかき消す。
そんな忌まわしき光なんだ。

……

処理を終えると爺さんは虚ろな目をして、フラフラと立ち上がる。

(´・ω・`)「あ、終わったんだね」

爺さんの変貌に気づいたショボンが、こちらに向かって声をかける。
ショボンは少し悲しそうな、それでも仕方がないような微妙な表情をしていた。

('A`)「ああ。終わったよ。
    この爺さんの今までは……ここで死んだよ。俺の手で」

(´・ω・`)「……うん」

34 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:52:34.67 ID:W8UYbgh70
他人の記憶を消すことは、気分のいいものじゃない。
それがたとえ老い先短い者の物であってもだ。
それがどんなものであっても、平等に記憶士の心を薙いで行く。
処理を終えて、いつも残るのは胸糞悪い感情と、自分はクズだという理解だった。

ミセ*゚ー゚)リ「ドクオ」

ミセリが俺の顔を見て、心配そうに声をかけた。
今の顔は見てもらいたくない。
今は残忍で、憎悪の塊のような顔をしている。
まるで、人を殺したことを楽しんでいるような狡猾な顔を。

ミセ*゚ー゚)リ「ドクオ。悲しいんだね」

ミセリの全てを見透かしたようなその言葉が、俺の心を揺さぶった。
これ以上ミセリに触れられたら、皹の入ったガラスのように崩れてしまいそうだった。

だからきつめの口調で言うしかない。

35 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 16:56:23.63 ID:W8UYbgh70
('A`)「他人の記憶を尊ぶほど、俺は優しくないよッ!」

――八つ当たりだ。

それでもミセリは表情を変えずに優しい顔で俺を見つめていた。

いつもは「俺は異物なんだ」と自分を追い込んで、
なんとかしているのに、そんなに優しくされるのは反則だった。

(´・ω・`)「ドクオ。荒巻爺さんに最後の仕上げ、してあげて」

('A`)「判ってるよ。
    爺さん、あんたはこんな北国の辺鄙な街へ来ていない。
    もっと南の暖かい地で、温泉旅行に一人でいったんだ。
    今は家に帰る途中だよ。
    さぁ……家族の待っている家へおかえり」

さっきのミセリに向けた言葉とは対照的に、極めて優しく、
壊れ物を扱うように爺さんに対して喋る。

爺さんは聞いているのかいないのか、フラフラと立ち尽くすだけだった。

36 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:00:26.58 ID:W8UYbgh70
爺さんが路頭に迷って死ぬのだけはお断わりなのだ。
日常生活に支障の無いレベルの記憶と、自身の家までの道のりの記憶だけを残していた。

爺さんは虚ろな瞳のまま、ゆっくりと歩き出す。
回れ右をして、入口の扉を開く。
雪が降っているにもかかわらず、傘も差さずにそのまま進んでいった。

仕上げはまだ続く。

('A`)「ミセリ、ちょっといってくるよ。門の外まででるのを見送らないと」

ミセ*゚ー゚)リ「……うん。私もいく」

俺の後ろをトコトコとミセリが付いてくる。
爺さんはずっと前だ。

爺さんは虚ろな瞳のまま、フラフラ歩く。
腰が悪いのだろう、曲がったまま少しずつ少しずつ進んでいる。

その歩調にあわせて、俺たちも爺さんの後方を歩く。
そのスピードが遅すぎて、中々街の門には辿りつかない。

37 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:05:22.85 ID:W8UYbgh70
ミセリも、記憶の欠損の原因がみつかったら、こんな風に帰さなければならない。
たった数日しか時間を共にしていないのに、なんだか嫌な気がする。

……おかしいな。俺はいつも客に感情移入するような奴じゃなかったはずだ。

爺さんがぶつぶつと何かをいっていた。

/ ,' 3「ろくろ、すまん。すまない。ごめんなさい。ごめんごめんごめん……」

消え入りそうなほど、小さく謝る声。
深層心理に眠っていた言葉がずっと出ているようだ。

絶対に消せないその言葉達に、胸が熱くなる。
眼前の風景が何故だか、薄れて、歪んで見えていた。

ミセリが見ている。涙を流すわけには行かない。

('A`)「へっ! 爺め。最後まで間違えやがって。俺はドクオだ!」

そんな悪態をついてごまかす。
ごまかすしかないのだ。

38 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:09:45.37 ID:W8UYbgh70
世界人類全てが記憶を奪って欲しいと願ったら、
記憶士1人につき100万人の記憶を背負わなければならない。

俺はまだ数百人分しか仕事をしていない。
まだまだ、この仕事を辞める訳にはいかない。

爺さんが街の門を越え、見えなくなっていった。
厳かな表情で、この葬式を終わらせる。

涙の筋が、頬に一滴流れてしまいそうだった。
それを抑えるため、俺はまぶたを閉じる。

……何度やってもこのお見送りは慣れないものだ。
ミセリの時はどうなるんだろうか?
嗚咽を上げて泣くのだろうか?

そんな考えを巡らせたら、全身が氷のように冷たくなっていた。

41 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:13:08.55 ID:W8UYbgh70
いつまでも爺さんの消えていった方向を見つめ続けるミセリに、帰宅の意を告げる。
ミセリはしばらく迷ったあと、俺においていかれると思ってか、小走りで隣に並ぶ。

('A`)「……ごめんな。謝るのはこっちだよ。爺さん」

ミセリに聞こえないように小さな声で、そうつぶやいた。
気分を晴らすために、ある場所に向かうことにした。

('A`)「ミセリ。寄り道しようか?」

ミセ*゚ー゚)リ「ん。かまわないよ」

いつも通り閑散とした駅のホームで、路面電車が来るのを待つ。
黒いコートに手を突っ込んだまま、立ち尽くす。

甲高い音をたてる風が、ホームに立つ数名の客の間を抜けていった。
今までの客の最後の声は、何度も耳に……いや、胸に響いている。

43 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:16:36.04 ID:W8UYbgh70
――ごめんなさい。
    ――ありがとう。
       ――ごめん。
            ――すまん。
                ――助かった。
                    ――すみません。
                        ――すまないことをした。


全部、荒巻の爺さんのと同様――依頼者達の断末魔の叫びだ。
ポケットに入れたままの冷えた指先が真っ青になって震えていそうだ。

本当は、爺さんの記憶は消しちゃいない。
爺さんがどんな風に生きてきたのか、どんなことで喜び、どんなことで泣いたのか。
退職、離婚、遺産のためだけに家にくる親族たち、自殺未遂。

何で痛がって、何をおいしいと思って
……
そうやって生きてきた道程を俺の頭の中に移した。

心が痛くて、ポケットに突っ込んだままの手で、握り拳を作る。
感覚の無い指先が、今だけ少しうれしく感じた。

「奪ったほうが綺麗に消えるお。……それに、後で返して欲しいっていった時に返せるお」

俺の尊敬する特Aランク記憶士の言葉だった。
内藤ホライゾンという。
この街にきてからその著書を何冊か読んだことがあって、その言葉が印象に残っていた。

45 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:21:43.04 ID:W8UYbgh70
不意にポケットに暖かさが紛れ込んできた。
それが何かわからずに手を動かす。

少し冷たいけど、なんだか生暖かくて、心が安らぐ。
……5本の細い指?

ミセ*゚ー゚)リ

肩を並べる少女のほうを向くと、何も気にしてない様子で、遠くを見つめていた。
この娘は俺を癒そうとしているのだろうか。
自分自身が重症であることなんて棚に上げて。

掴んでくれた手が、凄く暖かくて何故だか……涙が溢れた。

ミセリに握られている手とは逆の手で、涙をぬぐいとる。
電車がブザーを鳴らしながら止まる。

丁寧な停車を終えた電車の扉が開く。
窓の下に取り付けられたソファー型の椅子が、ふかふかとしていた。
幸い乗客は少なくて、俺が泣いていることはばれなさそうだった。

46 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:25:25.11 ID:W8UYbgh70
路面電車でいつもの居住区3番地を越えて、6駅ほど先へ行く。
工業区港1番地、これが目的の駅の名前だ。

手を見ながら、その駅にたどりつくのを待つ。
ヒビのような黒い線が、先ほど爺さんを処理した側の手についていた。

ブザーが1度なって、一車両しかない小さな電車は、壊れ物のように丁寧に停車する。
扉が開いて、風が入り込む。
寒さに身を震わせながらも、石畳の坂に降り立つ。

この駅には、まともなホームがない。
それが利用客が少ない所為なのか、理由はわからない。

電車を避けるように海の方へと早足で歩く。
ここの歩道沿いには、建物は少なくて、坂の下にある海がよく見える。

もうすぐ、日が暮れる。
胡乱気な太陽が西の空で揺らめいていた。
目的地は海人達の道標――岬の大灯台だ。

ふと隣を見ると、ミセリが無理をして、俺の歩幅に合わせようと大股で歩いていた。
ミセリと俺は、歩幅がだいぶ違うというのに。
早足で歩いていたことに、今更ながら後悔した。
ミセリに気を使わせなくてもいいように、ゆっくりと歩く。

ああ、俺はずっとお客さんに気を使わせているな。

48 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:28:51.82 ID:W8UYbgh70
灯台内の螺旋階段を登る。
2人並んで歩くと、ギリギリの狭さなので、落とさないようにミセリを掴む手に力をこめる。

ゆっくりと灯台の展望台まで進む。
階段を上がるたびに、少しずつ風の流れが強くなってくるのを感じた。
展望台までたどりつくと既に陽は、真っ赤に熟れた果実のようになっていた。
オレンジではなく、不気味な赤色の空になって。

小さな鐘と落下防止柵が申し訳程度についており、雰囲気はそれなりに良い。

('A`)「……この街に来る人はさ、この街に自分の悲しみや苦しみを残していくんだ」

誰にも話をしたことの無い言葉を、なぜかミセリ相手になら自然に話すことができる。
それは俺がミセリに惚れているからなのだろうか。
俺はその考えを否定も出来なければ肯定もできなかった。

なんともない。
ただの記憶士と客だ。

それ以上の感情は無い。

そう頭と心に刻み込む。

49 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:32:52.00 ID:W8UYbgh70
('A`)「この街に残されている俺ら記憶士は、そういうものしか背負っちゃいけないのかな?
    それは記憶を消すっていう【奇跡の力】を使うための【対価】なのかな?
    俺は別にこんな力、望んでいたわけじゃないのに。
    でも、一つでも誰かの悲しみが消せるならって……」

横を見るとミセリは泣いていた。
それが俺の言葉を聴いてのことなのか、
景色をみてのことなのか理由はわからなかった。

ミセリ自身に聞いてみたら

ミセ*゚ー゚)リ「自然に出てきた。多分これが病気なのだろう」

なんて答えをくれた。

自分自身の感情が、コントロールできやしない。
それは重大な病気なんかじゃなくて、普通のことなんだ。
ミセリはそんなこともわからなくなってしまったのか。

水平線と地平線の見える灯台で、2人して泣いた。
赤い空は2人の嗚咽も、零れ落ちる涙も吸い取ってくれていた。

50 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:36:45.39 ID:W8UYbgh70
ミセリは海を見るのがはじめてだといった。

ミセ*゚ー゚)リ「青いって聞いていたのに、予想以上に赤いな」

そんな言葉で、2人して笑った。

山を見るのもはじめてだといった。

ミセ*゚ー゚)リ「今は雪だらけで、白とか灰色に見えるな。春なら緑で動物も一杯らしいな」

そんな言葉で、少しだけ切なくなった。

ぼんやりと空を見上げる。
東の空に一番星が輝いて、その小さな光が俺とミセリを照らしていた。
空は蒼から赤へ、赤から黒へと変色していく。

ミセ*゚ー゚)リ「誰もが望む世界なんて、作れやしない。
        ここは、生贄や人柱達の街なのかもしれない」

不意に口を開いたミセリの言葉が、胸を貫いた。
でもその残酷な言葉で、なぜか心が安らいだ。
それと同時に、そんな考えのできるミセリが羨ましいと思った。

51 名前: ◆MaKenzNFU. 投稿日:2009/11/22(日) 17:40:07.29 ID:W8UYbgh70
街の方から夜を告げる歌が聞こえてくる。
一定の時間になると鳴り出す、役所からの放送。
端的に「早く帰宅しろ」という意味の言葉を流せばいいものを。

「最初からわかっていた」
「教えてくれたのは君だった」
「悲しいことが多すぎて、君がいないから夜も眠れない」
「どこにもいかない。ここにいるから」
「君のひび割れた心を癒すのは僕だけ」
「何度でも奪い取る」

そんな歌詞の入った、俺の大嫌いな歌達が流れ続ける。

世界中にそんな歌が溢れかえっており、感動の押し売りをしてくる。
そんな作りものの感動なんて、要らない。

歌達は耳に響いてくるけれど、胸の奥に響きはしない。

今、胸の奥に響いてくるのは

俺の傍らにいる女の嗚咽 と
夕暮れと闇の狭間で飛び交う鳥達の声 

……だけ、だった。


第2話 終わり。


戻る 次へ

inserted by FC2 system