('A`)ドクオは童貞を守り抜くようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 00:37:53.42 ID:geAjGreM0
光が、ドクオの頬を打った。
目を開けて、開いたままの窓から差し込んでくる陽光に目を慣らそうとした。
何度もまばたきをして、あたりを見た。

('A`)「うう……?」

殺風景な白い部屋に、花を生けた花瓶が置かれている。
ベッドの上に、ドクオは寝かされているようだった。

('A`)「どこだ……ここは」

つぶやいてみる。窓の外には青空と荒涼とした平原が広がっていて、いやに静かだった。
上半身を起こして、かすかに頭痛がする頭をさすってみる。

('A`)「どうしちまったんだ、俺は――?」

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 00:38:44.28 ID:geAjGreM0
周囲をもう一度、よく眺めてみる。
病院かもしれないと思ったのは錯覚で、とても医療設備が整った場所だとは思えなかった。
しかし、清潔であることは間違いない。

ベッドの横には水を満たした皿が置かれていて、注射器が水に浸されていた。
角には古ぼけたテレビがあり、床の上にはラジオが置かれている。

だが、そのどちらも沈黙したまま、長いこと置き去りにされているように思えた。

「気がついたかしら?」

ふいに響いた声に、ドクオは顔をあげた。
目の前に、ブロンドの髪をツインテールにまとめた女が立っていた。
ブルーのデニムのショートパンツに、白いシャツを着ている。

ξ゚听)ξ「このまま目を覚まさないんじゃないかと思ってたわ」

引き締まった体つきの女だった。痩せてはいるが、ほどよく筋肉のついた身体をしている。
不快な顔立ちではないが、とりわけて美人という事もない。

ξ゚听)ξ「……おっと、動かないでよ」

女の手には黒光りする鉄の塊が――拳銃が握られていた。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 00:44:15.78 ID:geAjGreM0
('A`)「お、女……!?」

銃口を突きつけられたまま、ドクオは全身の血の気が引くのをおぼえた。
悪夢だった。さながら、断頭台の上に乗せられているような気分――。

相手の女は銃を向けながら、ドクオの方に近づいてくる。

ξ゚听)ξ「あんた、男ね? 悪いけど、身体を調べさせてもらったわ」

女が口を開いた。

ξ゚听)ξ「しかし上手く隠れたわね。女の子にしか見えないわよ、あんた」

そう言って、女は手鏡をドクオに投げてよこす。
中には黒髪の女の子が映っていた。見慣れた自分の顔だ。

('A`)「お、俺をどうするつもりだ……?」

震える声で、ドクオはそうたずねた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 00:51:18.82 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「あんたを街の保安官事務所に連れて行けば、一生遊んで暮らせるわね」

冷たい口調で、女が言う。

ξ゚听)ξ「男は――とくにあんたの性器を刺激することで放出される精液は、あたしたち女が
      どうあがいても作り出せないほど貴重な物よ。それこそ、千金の価値に値するわ」

椅子を引き出してきて、女は銃口を構えたまま座る。
ドクオは、ちらりと窓の外を見た。荒涼とした平野だ。たとえここから逃げられたとしても――。
またあの渇きと飢えが待っているだけだ。

('A`)「じゃ、じゃあ……俺を保安官に引き渡すつもりか?」

ξ゚听)ξ「さあね? あたしは、言っておくけど連中のことが嫌いなのよ」

女がツインテールの髪を可憐に揺らして、微笑む。

ξ゚听)ξ「……あんた、生まれてからずっと女の振りをして生きてきたの?」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 01:02:07.39 ID:geAjGreM0
('A`)「そうだ。俺の母親は、俺が生まれたときにすぐさま保安官のところに連れて行きはしなかった」

観念して、ドクオは話し始めた。

('A`)「お前は女の振りをするっていうが、俺にとっては周りから目立たないようにする生活の知恵だ。
   男だって事がばれたら、処理施設に連れて行かれるんだろう? そんなのはごめんだ」

ξ゚听)ξ「殊勝な母親ね。男の子を産んだってだけで、その後は一生遊んで暮らせるのに」

('A`)「まったく、俺はそれには感謝してるよ。だが6歳の時に、俺が男だって事がばれて、
   その後はこうして一人で逃亡生活さ。都市から都市を渡り歩いてる」

ξ゚听)ξ「そう――分かったわ」

女は、銃を下ろした。

ξ゚听)ξ「あたしはツン。ここでガソリンスタンドを経営してる。あんたを保安官に突き出すのはやめたわ」

('A`)「金は欲しくないのか?」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 01:10:41.63 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「言ったでしょう? あたしは、保安官の連中は大嫌いなのよ」

拳銃を脇に吊っていたホルスターに戻して、女――ツンが言う。
ツインテールの髪をかき上げると、ドクオのそばに歩み寄ってくる。

ξ゚听)ξ「世の中にはお金をもらうよりも面白いことがいくらでもあるわ。例えば――そう。
      本で読んだことしかなかった男性の身体の一部を、詳細に観察するとか」

('A`*)「み、見たのか」

顔を赤くしたドクオに、ツンがずいっと顔を近づけてくる。

ξ゚听)ξ「意外と小さかったわよ? 刺激を与えると大きくなるのかしら」

ツンの指が、ドクオの長い髪を撫でる。

('A`*)「ちょ、やめ……」

さらに真っ赤になったドクオを見て、ツンは意味深な含み笑いを浮かべるとついっと離れた。
柑橘系の香水の匂いが、ふわっと残り香になって鼻腔をくすぐる。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 01:18:39.21 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「ほんとあんたって、女の子みたいね」

ドクオの顔をまじまじと見ながら、ツンがあらためて告げる。

ξ゚听)ξ「結構好みよ。もちろん、あんたが女の子だったら、の話だけど」

('A`)「男とも、そういうことはできるだろ」

ξ゚听)ξ「そうね。あたし達の祖母の時代には、それが普通だったって話は良く聞くわ」

そして、寂しそうに笑った。

ξ゚听)ξ「だけど、今では無理よ。男はありふれた存在から金の卵を産む鶏に変わり、
      この世界は女だらけ。女どうしの恋愛やセックスに、あたしも他の女も慣れきってるもの」

('A`)「できるかどうか、試してみるか?」

ξ゚听)ξ「遠慮しとくわ。あたし、街に恋人がいるしね」

ツンがそう言った瞬間、ふいに、ラジオのような機械が音を発した。
ツンの目が鋭く尖る。ドクオを見つめて、言った。

ξ゚听)ξ「……車が来たみたいよ」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 01:27:56.93 ID:geAjGreM0
ドクオは、思わず身体をこわばらせた。
窓の外は相変わらず、荒涼としている。そのさなかを貫くように、アスファルトの一車線の道路が通っている。
熱気に揺らぐ空気の向こうに、黒い影が浮かんだ。どんどん近づいてくる。

ξ゚听)ξ「隠れて。ここにはあたししか居ないことになってるの」

ツンが腕を引っ張る。ドクオをベッドから起こすと、床に敷いていたラグを乱暴に取り去った。
リノリウムを張った床板が露わになる。それを二枚ほど持ち上げると、その下を指し示した。

ξ゚听)ξ「この下よ。倉庫になってる」

ドクオは、暗闇の中をのぞき込んだ。
外された床板の下には空間があるようだが、ほとんど何も見えない。
ツンが懐中電灯をつけた。光の幅が、下に降りるコンクリート製の階段を照らす。

('A`)「分かった」

ドクオは降りはじめた。すぐに底に行き着く。1.5メートルほどの深さで、板で四方が囲われている。
なにか――袋のような物が積まれていた。秘密の倉庫だ。

ξ゚听)ξ「穴を閉じるわ」

ツンが言った。

ξ゚听)ξ「お客さんが向こうに行ったら、また出してあげる」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 01:39:38.41 ID:geAjGreM0
電灯の明かりが消え、穴を板が覆った。
地面に掘られた穴の中はひんやりとしていて、乾いた風が吹いていた上に比べると心地よい。
ツンが何者なのか――少なくとも、ただのガソリンスタンドの経営者ではなさそうだった。

ドアがノックされる音が聞こえた。足音が響く。
入ってきたのは二人だった。何かを警戒しているかのように、重々しくゆっくりと歩いてくる。

「市民登録証を」

声が聞こえた。ドクオは耳をそばだてる。
ツンは何かを答えたようだったが、囁き声だったのでよくは聞き取れなかった。

「確認しました。何度も繰り返すようですが――」

ξ゚听)ξ「登録証を持っていない車にはガソリンを売らない、そういう車を見かけた場合には
      きちんと保安事務所まで連絡する、でしょ? ちゃんとウチはやってるわよ」

「分かりました。ところで、家の中を調べても良いでしょうか?」

他の声が、また頭上から響く。

「規則なので。市民が禁止されている商取引を行っていないか、調べるのが我々の義務です」

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 01:46:48.15 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「どうぞ? 言っておくけど、ウチは砂糖なんて置いてないわよ?」

ドカッ、と鈍い物音が響いて、ツンが言ったのが分かった。どうもベッドに腰掛けたらしい。
ドクオは、さっき横に積まれていた何かの袋の表面をなぞった。爪で穴を開ける。
中にはさらさらした粉が詰まっていた――舐めてみる。甘い。

「もちろん承知しています。禁制品の所持は、市民にとっても不利益になるのですから」

床の上を動く足音が聞こえた。戸棚を開ける音が響く。
何かを引っかき回しているような、無数の物音が数分ほど響き渡って――。

遠ざかっていく足音が聞こえた。

「ご協力に感謝します」

ξ゚听)ξ「それはどうも。できればもう来ないで欲しいけどね」

ドアを閉める音が響く。
しばらくして、板を剥がす重い音が聞こえた。

ξ゚听)ξ「大丈夫だった?」

ツンが、懐中電灯でドクオを照らし出した。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 01:56:12.37 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「それ、砂糖よ」

ドクオが開けた穴をガムテープで塞いで、ツンが言う。
板を元に戻して、ラグを引き直した。

ξ゚听)ξ「甘かったでしょ?」

('A`)「ああ。初めて食べたよ。本当に甘い味がするもんなんだな」

ξ゚听)ξ「ガソリンスタンドの経営だけじゃやってけないからね。こうして禁制品を保管したりもしてるのよ。
      ところで、あんたシャワーを浴びた方がいいわ。ひどい匂いよ?」

('A`)「わ、分かった……」

うなずいたドクオに、ツンが左を指し示す。

ξ゚听)ξ「この部屋を出て左ね。水は貴重だから、節約して使って」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 02:04:26.02 ID:geAjGreM0
('A`)「はぁ……」

久しぶりの熱い湯の感触に、ドクオは思わずため息をつく。
石鹸を付けたタオルで身体をこすると、溜まった垢がこぼれ落ちていくのが分かった。

('A`)「確かに、ひどい匂いだったかもな、俺……」

目の前の鏡を見る。長い髪の女の子が、とろんとした瞳でお湯を浴びていた。
どうも自分で考えているよりは遙かに気持ちいいようで、天国に行っちゃいそうな表情だ。
シャワーのお湯を股間に当てると、むずむずした感触が起き上がってくるのが分かった。

('A`*)「やっべ、勃っちまった……」

とりあえず皮の内側でも洗うか――と思ってそれに手を添えたとき、ふいに、浴室のドアを開く音が響いた。

ξ゚听)ξ「ちょっと! お湯の無駄遣いはやめろって言ったでしょ!」

('A`*)「……」

ξ゚听)ξ「……」

振り向いたドクオと、ツンが見つめ合う。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 02:10:50.60 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「でかっ……」

先に口を開いたのはツンだった。思わず、感嘆するような声が漏れる。

ξ゚听)ξ「そんなに大きくなっても痛かったり、苦しかったりしないの?」

('A`)「しねーよ。まあ、タイトなジーンズを履いてるときは擦れて痛かったりするけどな」

ツンの視線が股間のそれに注がれていることに気づいて、ドクオは慌てて手でそれを隠す。

('A`*)「お、おい……。出てって、くれないか?」

ξ*゚听)ξ「あ、ごめん……」

ツンの頬が、ほのかに染まる。
一瞬不覚にも――ドクオはちょっと可愛いかも、と思ってしまった。

浴室の扉が閉まる。

ξ*゚听)ξ「で、でも、お湯の無駄遣いはダメだからね!」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 02:21:36.80 ID:geAjGreM0
ツンの運転する車は、アスファルトの上を高速で駆け抜けていった。
窓のないジープだ。砂埃混じりの風が、車内に直に吹き込んでくる。

ξ゚听)ξ「可愛いわよ? ドクオちゃん」

('A`)「うるせーよ」

白いワンピースを着た可憐な少女――だけど中身はドクオが、口を尖らせて答える。
あたりには巨岩が転がり、枯れたサボテンが陽光に無残な姿を晒していた。

('A`)「それで、本当に都市に行くのか?」

ξ゚听)ξ「そうよ。あたしの恋人が、クリーニング屋をやってるわ。
      あんたの市民登録証を手に入れないと、客が来るたびに昨日みたいに隠れることになるわよ」

翌日――目覚めたドクオに、ツンは車に乗るように告げた。
二人して朝食を取った後で、こうしてジープに乗り込み、延々と荒野を走っているわけだが――。

('A`)「クリーニング屋? そこで市民登録証が手に入るのか?」

ξ゚听)ξ「まあね。それがあれば、あんたの暮らしも楽になるでしょ」

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 02:29:26.85 ID:geAjGreM0
確かに、夢のような話だった。
これまでのドクオの人生はこそこそこそこそ、常に何かに怯えながら暮らしてきたのだ。
市民登録証とやらが手に入れば、大手を振って歩ける――。

ξ゚听)ξ「まあ、偽造品だけどね。それでも仕事を見つけたり、都市に住んだりできるようにはなるわよ?」

ハンドルを握りながら、ツンが言う。

('A`)「なんで、俺にそこまでしてくれるんだ?」

ツンが振り向いた。綺麗な色の目が、じっとドクオを見つめる。

ξ゚听)ξ「警戒してる? あたしのこと」

('A`)「まあな。これまでの人生が人生だ。正直なところ、都市に連れて行かれるなり
   保安官事務所に突き出されるんじゃないかとびくびくしてる」

ξ゚听)ξ「言ったでしょう? あたしは、昨日の連中は嫌いなのよ」

ξ゚听)ξ「それに、あたしはあんたに興味があるの。男に会うのも、話をするのも生まれて初めてよ。
      あたしは――あんたが何かを変えそうな気がするの」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 02:37:40.91 ID:geAjGreM0
('A`)「おいおい、俺は正体がばれると捕まって、処理施設に送られるような――男だぞ」

そんなに期待されるような人間じゃないぜ、と言おうとしたドクオを、ツンの言葉がさえぎる。

ξ゚听)ξ「あたしは、この世界は狂っていると思うわ」

('A`)「男がいないから、か?」

ξ゚听)ξ「そうよ。昔はこうじゃなかった。男と女はほとんど同数の割合で存在し、子供を作って自然に暮らしてたわ。
      ところがいつからか、男の数が激減してしまった。残された女は、ヒトとしての存続を保つために、
      数少ない男を資源と見なして管理するようになったわ」

('A`)「だが、しょうがないんじゃないか? 俺が言うのも何だが、女だけでは子供を作れないだろ」

ツンは――どうやらブレーキをかけたらしかった。
車輪がアスファルトを噛む乾いた音を立てる。ドクオを、ツンの瞳がじっと見据えた。
心なしか、怒っているようにも思える。

ξ゚听)ξ「あたしは、男に会うのは初めてよ。生きて、自分の意志で考える男にはね」

('A`)「どういう事なんだ……?」

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 02:48:55.38 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「処理施設で男が何をされるか知ってる? 機械を接続されて精液を無尽蔵に供給し続ける、
      種牛みたいな存在になるのよ。あたしは学生の時、実習で処理施設に行ったことがあるわ。
      そこにいた男たちには、自分の意志や人間の尊厳なんてものはなかった」

('A`)「……俺は、母さんに感謝しないといけないのかもな」

ぞっとした。もし、自分が赤ん坊の時に処理施設に送られていたら――。

ξ゚听)ξ「あたしは、やっぱりこの世界は狂ってると思うわ。本当なら人間は滅んでいてもおかしくないはずよ。
      それを無理矢理、機械の力で延命してる。あんたは、そんな世界を変えるかもしれない」

('A`)「俺がか? どうやってだ」

ξ゚听)ξ「はっきりとは言えないけど、あんたはこの女の世界に存在する異分子よ。種類の違うものを混ぜ合わせると
      化学反応を起こすように、あんたが何か変えるかもしれない」

('A`)「買いかぶりだな。俺は別に、特別な能力を持ってるスーパーマンじゃないぜ」

ξ゚听)ξ「でも、そんな気がするの……女の感ね」

ツンは再び、エンジンをスタートさせる。
巻き起こった風に髪をなぶられながら、ドクオは荒涼とした大地を見つめた。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 02:58:47.91 ID:geAjGreM0
はじめ、それは地平線に浮かぶ黒い点だった。
熱風の吹き抜ける大地の向こうに、何かが影を落としている。

近づくにつれて、そこに乱立している無数のビル群が見えた。
都市だ。びび割れていたアスファルトの道路は潤いを取り戻し、荒涼としていた平野にしだいに緑の色が混じる。
錆び付いた鉄の標識は電子式の物に取って代わり、ドクオは無数の車が走っているのを見た。

('A`)「すげえな……いろんな都市を見てきたが、ここが一番大きいかもしれない」

ξ゚听)ξ「かもね。ここには港があるから」

ツンが頭上を指差す。蒼穹を引き裂いて、鉄の翼を持つ巨大な飛行機が都市に向かうのが見えた。
ぽかんと口を開けてそれを見つめていたドクオに、ツンがウィンカーを出す。

車の流れから外れた、細い道にツンのジープは進路を変えた。

ξ゚听)ξ「悪いけど、正面からは入れないわ」

('A`)「市民登録証のチェックがあるのか……」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 03:07:07.32 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「その通り。正面から入ろう物なら、あんたは処理場行きね」

都市は、地面から一段盛り上がったところに存在していた。
機械の層――それが数十メートルほど連なり、その上にビルが建ち並んでいる。
さっきまでツンたちが通っていた道は、その層の中に吸い込まれていった。

('A`)「怖いことを言うなよ。じゃあ、どうするんだ?」

ξ゚听)ξ「もちろん、抜け道はあるわ。
      ちょっとした笑顔と、プレゼントさえあれば大抵の危機は乗り越えられるものよ?」

細い道の先には――小規模なゲートがあり、その先にはぽっかりと口を開けたトンネルがあった。

ξ゚听)ξ「それじゃあドクオちゃん、頑張ろうね」

('A`)「だから、ドクオちゃんって言うなよ……」

紺青の制服を着た警備員が、赤い棒を振りかざしてツンのジープを止める。
ずいっと、フロントガラスに顔を近づけてきた。

( ∵) 「市民登録証を」

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 03:13:52.91 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「はい、これ」

素敵に微笑んで、ツンが小さなカードを差し出す。
警備員はそれを、腰に付けていた小さな機械で読み取った。
ピロリピロパロ♪ と電子音がして、機械にグリーンのランプが灯る。

( ∵) 「そっちの子も見せなさい」

('A`;)「え、ええっとですね……」

処理場に送られた男たちの想像図が頭に浮かんで、ドクオは思わず口ごもる。
だが、脳天気なツンの声が横から響き渡った。

ξ゚听)ξ「あ、そっちの子、登録証は持ってないから」

('A`;)「つ、ツン……!?」

警備員が不審そうな目をドクオに向ける。
どういうつもりなんだよ……と言い出しそうになったドクオに、ツンは言葉を続けた。

ξ゚听)ξ「あたしの姪なんだけど、二日ほど前に家に強盗が入っちゃってさ。盗られちゃったのよね。
      それで、今日は再交付してもらいに来たんだけど……」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 03:25:05.81 ID:geAjGreM0
( ∵) 「では、データベースから照合します。その子の名前は?」

ξ゚听)ξ「いやー、それは勘弁して欲しいわけよ。データベースを照合して再交付すると、
      紛失の理由を問われるでしょ? うちの会社、セキュリティシステムを製造してるのよね。
      それが泥棒に入られたなんて事になったら、信用がた落ちよ?」

うそぶいたツンは、シートから立ち上がると、車の背部に回ってトランクを開ける。

ξ゚听)ξ「再交付は都市のお偉いさんに手を回してあるの。履歴を汚さずに、新しいのを作ってくれるって。
      後は、この子をどうやって都市に入れるかなんだけど……」

トランクの中に積まれていた、例の粉の入った袋をちょっと担ぎ上げる。

ξ゚听)ξ「どう? 砂糖一袋よ。あなたの住所を教えてくれたら、後で届けてあげるわ。
      禁制品だけど、都市のブラックマーケットでは普通に取引されてることくらい知ってるでしょ?」

ドクオは、ゲートを見回した。元々何かの貨物を搬入するゲートなのか、警備員以外には人がいない。
これが――さっきの本流のゲートだったらこうはいかないだろう。公然と、ツンは相手を買収しようとしていた。

( ∵) 「……二袋だ。砂糖を都市に持ち込むことを、見逃すのを含めて」

ξ゚听)ξ「いいわ。交渉成立ね」

警備員がメモにペンを走らせ――ツンはそれを受け取る。
詰め所に戻ってスイッチを押すと、閉じていたゲートのバーが開いた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 03:34:48.72 ID:geAjGreM0
('A`)「ずいぶんと手慣れてたな。ツンも、あの警備員も」

ξ゚听)ξ「まあね。変に禁制品の指定なんてしてくれるから、砂糖を通貨代わりに使えて助かってるわ」

ツンの運転するジープは、トンネルに入っていく。
やがて――オレンジ色のハロゲンランプに照らされた、巨大なエレベーター・リフトが見えた。
ドクオはリフトの先を目で追う。陽の光が、かなり上の方から差し込んでいる。

ξ゚听)ξ「よし、と。都市へようこそ、ドクオちゃん」

ツンは、ジープをリフトの上で止めた。
機械が重々しく駆動する音が響いて、足元が震動し始める。
リフトが、ゆっくりと上に昇りはじめたのが分かった。

('A`)「だから、その呼び方、なんとかならないのか?」

ξ゚听)ξ「あんた、結構可愛いんだしドクオちゃんでいいじゃん」

('A`)「だから、俺は――!」

ツンが口元に指を当てる。
思わず黙ってしまったドクオを、ふいに明るい日差しが包んだ。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 03:46:28.15 ID:geAjGreM0
下から見上げたよりも、間近で見る都市の姿は美しかった。
遠くでは巨大な建築物が、白亜の城塞のようにそびえている。
歩道には白い石が敷き詰められ、街路樹の葉が爽やかに揺れていた。

透明なパイプが都市の空を貫き、円筒形の物体がその中を高速で移動している。
走り出したジープの吹き抜けの窓から、ドクオは都市の様子を唖然として見つめた。

透明なガラス張りのショーウィンドウの向こうには、見たこともないような物がたくさん並んでいる。
都市を歩く人々の姿も、また華麗だった。花園の中にいるかのように、色彩であふれかえっている。

ξ゚听)ξ「ほら、あんまりきょろきょろしない」

しばらく走ると、ツンは大通りの路地裏へとハンドルを切った。
車が止まる。そこは、シャッターの降りた古ぼけた建物の前だった。

看板には確かに、クリーニング屋と書かれているが……。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 03:53:44.18 ID:geAjGreM0
ξ゚听)ξ「あたし、車を入れるから先に入ってて」

ツンがシャッターの降りた横――瀟洒な感じのする扉を指し示す。
ドクオは恐る恐る、扉を開いた。頭上で真鍮のベルが音を立てる。

('A`)「ごめんください……」

意外と、中は狭かった。
外観に反して、ダンボールが積まれているので狭く感じる。
そして、そこには一人の女の子がいた。

「ジャンジャンジャガイモサツマイモ〜♪」

調子っぱずれな声で歌っている。耳にヘッドホンを付けて、自分の歌声に酔いしれているのか、
まったく入ってきたドクオに気づく様子がない。

ノリノリの少女が、いえ〜い、と拳を振り上げた瞬間、ドクオと目があった。

「だ、誰だお……!?」

思わず、女の子が身構える。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 04:03:01.72 ID:geAjGreM0
('A`)「ドクオです」

正直に自分の名前を告げたドクオに、女の子はかけていたヘッドホンを外した。
よく見れば、結構可愛い。やや大きめの瞳で、ドクオを疑うように見つめているが、澄んだ色をしている。
ちょっと時代がかった服装だった。フリルの付いた黒いドレスを着ていて、頭にはカチューシャをはめている。

スカートの裾からのぞいた太股は妙にきれいで、ドクオが生唾を呑み込んだ瞬間――。

ξ゚听)ξ「ブーン。悪いけど車、店の駐車場に入れといたわよ」

ツンが自然体で入ってきた。女の子の瞳が、ドクオとツンと交互に見つめる。

(;^ω^)「ツ、ツン……」

女の子の目に涙が浮かぶ。

(;^ω^)「それは新しい彼女かお……!? ボクのこと、嫌いになったのかお?」

ξ゚听)ξ「いや、違うから。あたしの恋人はブーンだけだよ」

( ^ω^)「なんだそうかお」

ブーンと呼ばれた女の子はそう言うと、ツンににじり寄った。

( ^ω^)「とりあえず、挨拶にちゅーしてほしいお」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 04:10:51.82 ID:geAjGreM0
女の子と、ツンが至近距離で見つめ合う。
ツンの細い指が女の子の頬に触れて、少女たちは陶然としたように瞳を閉じる。
唇と唇が、ついばむように触れあう――。

('A`)「な、なんかドキドキする……」

外見だけはこれまた少女のドクオは、思わずつぶやいた。
女の子どうしのキス。二人とも結構な美人さんなので、これまたドクオの劣情に火を注ぐ。

ξ゚听)ξ「これでいい?」

唇と唇が離れる。尋ねたツンに、女の子は頬を赤らめて吐息をついた。

(*^ω^)「ちゅーするのはセクロスの次に好きだお」

ξ゚听)ξ「セクロスはまた後でいいわ。それより、今日はクリーニングのお願いに来たの」

('A`)「ツンさん、さりげなくとんでもないこと言ってません?」

つぶやいたドクオを無視して、ツンが言う。

ξ゚听)ξ「ブーン。この子の市民登録証を用意できる?」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 04:18:55.05 ID:geAjGreM0
( ^ω^)「犯罪歴はあるかお?」

ξ゚听)ξ「ないわ。データは全くの真っ白」

( ^ω^)「じゃあ簡単だお。ちょうど余ってる登録証があるから、それに生体データをコピーすれば終わるお」

事も無げに女の子――ブーンはそう言うと、ダンボールだらけの部屋の片隅に置いてあった端末の前に座った。

('A`)「ツン、クリーニング屋って……」

ξ゚听)ξ「データのクリーニング屋よ」

ブーンの指が、軽やかに端末のキーボードの上を叩く。
スクリーンの上に文字列が高速で浮かんでは消えて、30秒も立たないうちにそれは終わったようだった。

( ^ω^)「ヘイヘイ、そこの可愛い子ちゃん。端末の横に立って腕を出して欲しいお」

端末から小さな針の付いたケーブルを取り出す。
ドクオが言われたとおりにすると、ブーンは針の先端で腕を刺した。

('A`)「いてっ」

( ^ω^)「これで終わりだお、マイハニー」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 04:27:25.88 ID:geAjGreM0
ぴらぴらと、ブーンが端末から出てきたカードを振る。

ξ゚听)ξ「ドクオ。これであんたは、都市で生活する権利を手に入れたわ」

('A`)「……もう、逃げ回らなくても済むってわけか」

( ^ω^)「ま、そうだお。でも正規の市民登録証じゃないことは覚えておいて欲しいお。
      もし何かの犯罪を犯して、拘置所で徹底的に調べられたらボロが出る可能性はあるお」

と言って、少女はツンの方を見る。

( ^ω^)「ところでツン。この可愛い子ちゃん、ボクにも紹介して欲しいお。
      何なら、これから三人でベッドで仲良くするってのはどうかお?」

ξ゚听)ξ「それは無理ね。あたしもブーンも、未知の体験をすることになるわよ?」

ドクオの肩に手を置いて、ツンが不敵な笑みを洩らす。

ξ゚听)ξ「この子、男よ」

(;^ω^)「あ……あお……?」

ブーンガ、思わず狼狽したのが分かった。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/18(土) 04:34:58.78 ID:geAjGreM0
それは、小さなプラスチックのカードだった。
クリーニング屋の壁によりかかって、ドクオはため息をつく。

('A`)「こんなもんで、幸せになれるのかな」

ξ゚听)ξ「さあね? でもドクオ、あんたは市民になれたわよ」

向こうの洗面所で、じゃぶじゃぶと手を洗っているブーンを眺めながら、ツンが言う。
どうも男性恐怖症――というよりも、男を病原菌の塊か何かだと思っているらしかった。

('A`)「ありがとうよ、ツン」

ドクオはツンの横顔を見つめる。ツインテールを可憐に揺らして、ツンが振り向いた。

ξ゚听)ξ「いいかもしれないわね」

('A`)「何が?」

ξ゚听)ξ「さっきのブーンの話よ。三人でベッドで仲良く、してみる?」

悪戯っぽく笑う。

('A`)「いや、遠慮しとくよ」

つぶやいたドクオは、もう一度プラスチックのカードを見つめた。
それは、ただのカードだったが、確かな一歩だった。


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