( ^ω^)悪の華を咲かせるようです

2 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:06:20 ID:XeEvIbEM0

 一昨日から降り続いている雨が道場の床に染みこんでいた。
足の指を動かすと、湿った木の感触が皮膚を撫でる。


 ショボンは柄を握り直し、焦る呼吸を何とか落ち着かせようと必死だった。
試合では幾度となく剣を交えたというのに、まるで目の前の男は今までとは別人の気配を纏っていた。


(´・ω・`)(殺気か……)


 夜明け前の深々とした闇の中で、自分と相手の刀身だけが鈍く光を放った。
命の取り合いは初めてである。
ぬるま湯の中で想像していた地獄は、果てのない狂気に包まれていた。

3 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:11:19 ID:XeEvIbEM0

( ^ω^)「来ないのかお?」


 挑発とも取れるブーンの言葉に、不思議と嫌味は感じなかった。
彼の全身からはただ殺気と狂気だけが放たれていた。


 荒巻一刀流の同門であるブーンを殺そうと思い立ったのは、今から数日前である。
町に現れた辻斬りの正体がブーンであるというのは、今や小僧の間でも噂されていることだ。


(´・ω・`)「なぜ、人を殺す」


 青眼の構えを取っているショボンに対し、ブーンは刀を下段に構えていた。
下段に構えて、というよりは、脱力した腕が何となく刀を持っているような、やる気の感じられない構えだ。

4 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:16:16 ID:XeEvIbEM0

( ^ω^)「お前にはわからないお」


 彼の返答は、辻斬りを認める言質に値する。
これでショボンは思い残すことなくブーンを斬ることができる。


 殺人に対して未だ心が躊躇しているショボンを、見透かしたようにブーンは笑う。
いつも笑っているような表情をしているブーンが、さらに笑みを伴うと、狂気の闇がちらと見えた。


 小鳥の鳴き声が聞こえる。
雨の匂いに混じって、朝の気配が立ちこめ始めた。

5 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:22:03 ID:XeEvIbEM0

 ショボンがにじり寄る。
今や二人の距離は互いの間合いから一寸も離れていない。


 だがショボンはそこから踏み込むことはできなかった。
脱力しているはずのブーンから届く、おびただしい程の殺気と、死の匂いが脳を揺さぶる。
直感だが、近づけば死ぬと考えた。


(;´・ω・)「剣を極めるはずじゃなかったのか」


 かつて同じ時期に荒巻道場の同門となり、日々剣を振るった。
今でもショボンは、ブーンのことを仲間だと考えている。

6 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:28:19 ID:XeEvIbEM0

 そこに大きな違いがあった。
ブーンはそもそも"仲間"という概念そのものを持っていなかった。


 互いに距離を詰めぬまま、戦いの律動だけが二人を繋げる。
ショボンにとって、四半刻ほどの時間が経ったかのように思えたが、実際は短い停滞であった。


 左足で大きく一歩、さらに右足でもう一歩、ショボンが足を踏み出した。
同時に刀を振り上げ、眼前のブーンめがけて袈裟切りを繰り出す。

 幾度となく鍛錬を重ねた一撃だった。


(´・ω・`)「………………………」

7 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:34:39 ID:XeEvIbEM0

 ショボンは剣を振り下ろそうと柄を握りしめた瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。
刀を頂点に構えたまま、視点が下に下がる。


 視界の淵から黒い"もや"が侵食を始め、瞬く間に視界を暗闇が覆った。
夜の闇に似た、底の見えない闇だった。


(´・ω・`)「そ………し……………………」


 ショボンの胴体は綺麗に寸断されていた。
上半身だけでブーンを見上げようとしたが、寸前で彼は事切れる。
下半身は彼のすぐ傍に転がっていた。

8 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:42:25 ID:XeEvIbEM0

 ブーンは刀をしまう前に、ショボンの着物で刀身についた血をぬぐった。
普段と変わらぬ表情に、およそ特別な感情は見えなかった。

 鞘に刀を収め、ショボンの亡骸を後にしようとしたとき、道場の入口を見てまた柄に手を出した。


( ^ω^)「先生」


 入口に仁王立ちしていた荒巻を見て、ブーンは歩みを止める。


/ ,' 3「殺したのか」


 荒巻の問いに応えようとはしなかった。
代わりにブーンは刀を引き抜き、今度は脇構で刀を構えた。
やや腰を低めに落とした独特な構えだったが、先ほどの脱力した構えより彼にしっくりきていた。

9 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:43:39 ID:XeEvIbEM0

/ ,' 3「よせ」

( ^ω^)「怖いのかお?」

/ ,' 3「獣に振るう剣などない」


 見つめ合ったまま動かずにいたが、やがてブーンは刀をしまった。
荒巻からは殺気を感じられなかった。


/ ,' 3「辻斬りはお前の仕業か」

( ^ω^)「そうだお」

/ ,' 3「なぜ殺した」

10 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:46:57 ID:XeEvIbEM0

( ^ω^)「刀を持っていたからだお」

/ ,' 3「三一(さんぴん)や浪人を殺して楽しいか?」

( ^ω^)「木刀しか使えない道場よりはマシだったお」


 荒巻は静かにショボンの亡骸に近寄り、腰を落として手を伸ばした。
見開いたまま宙に止まっていた瞳に指を被せ、まぶたを閉じさせる。


/ ,' 3「来月。ショボンは結納じゃった」

( ^ω^)「知ってるお」

/ ,' 3「シャキンも楽しみにしておった」

11 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 15:51:26 ID:XeEvIbEM0

 ショボンの弟であるシャキンは、兄を越えた天賦の才の持ち主として知られている。
試合ではブーンに勝ち越す成績だった。


/ ,' 3「初めてお主を見たとき、大成すると思っておった。とんだ勘違いじゃ」

( ^ω^)「話はそれだけかお?」

/ ,' 3「出て行け。さもなくば殺す」


 道場の窓から、青白い朝日の光が差してきた。


( ^ω^)「手が震えてるお。じいさん」

12 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 16:04:55 ID:XeEvIbEM0

 はっとして手を押さえた荒巻を横目に、涼しい顔で道場から出て行った。
真剣での戦いなど幾度となく経験してきた荒巻が、初めて闘う前に汗をかいていた。


/ ,' 3(悪として生まれた者は、悪として死ぬしかないのか)


 初めてショボンと出会ったときを思い出した。
彼はまだ十にも満たない童であったが、その目に何人たりとも寄せ付けない光が宿っていた。


/ ,' 3(いや……闇か)


 ブーン、齢二十四のときであった。
陽の当たらない場所に生まれ、そして闇の中で生きることを決意した。


一輪「発つ」 終わり


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