- 142 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 16:59:10 ID:R8VTn.ik0
美府の口入れ屋に足を運び続け、とうとう情報を掴んだ。
一月前から仕事を受け入れているらしく、時期はちょうど合う。
浪人らしいが剣の腕は確かで、名前を高岡と名乗っている。
流派は聞いていないらしいが、情報としては十分だった。
( ・∀・)「今日は来ていないのか?」
爪'ー`)y‐「つい先日、仕事を受けたばかりだからねえ」
口入れの男は煙管に吸い付きながら飄々と言った。
商いを行う者特有の、捉えづらい雰囲気の男だった。
- 143 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:04:40 ID:R8VTn.ik0
モララーは懐紙を取りだし、男の前に置いた。
男は手触りで中身を確かめている。
爪'ー`)y‐「あと五両、払えるかい?」
手持ちを投げ出せば払える額だった。
金の匂いでわかるのか、流石の勘というべきか。
爪'ー`)y‐「長屋に住んでいるらしい。ここからあまり離れていない。場所は……」
金を渡すとべらべらと喋った。
ここから半里も無い場所の、小川近くの長屋とのことだった。
軽く頭を下げ、口入れ屋を後にした。
- 144 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:13:16 ID:R8VTn.ik0
長屋はすぐに見つかった。
部屋は五つ、どの部屋なのかは聞いていないが、米を洗っている女に尋ね、部屋の場所も明らかになった。
年季の入った長屋で、障子が所々破れている、いわゆる貧乏長屋という家だ。
藩士が住まう場所とは思えないが、隠れ場所としては適しているかもしれないと思った。
モララーが目的の部屋の前に立つ。
ちょうどそのとき、戸板が動いた。
从 ゚∀从「……お前か」
モララーが探していた男は、別段驚く様子も見せなかった。
( ・∀・)「驚かないのだな」
- 145 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:15:47 ID:R8VTn.ik0
高岡、モララーはハインと呼んでいるその男は、歯を見せて陽気に笑った。
从 ゚∀从「これほどの殺気を持つ者が誰か、心当たりは多くない。
お前が来るのは何となくわかっていたしな」
( ・∀・)「藩の犬だとでも罵るつもりか?」
从 ゚∀从「そういう生き方もあるだろう」
( ・∀・)「時間はあるか」
从 ゚∀从「いくらでも」
( ・∀・)「少し話をしよう」
从 ゚∀从「ああ」
- 146 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:21:46 ID:R8VTn.ik0
川沿いの土手を並んで歩いた。
モララーは昔に戻ったような錯覚を覚えた。
あの頃と違うのは、もはやハインのようなあっけらかんとした笑い方が出来なくなったということ。
そして竹刀や木刀ではなく、真剣で斬り合わなければならなくなったということだ。
从 ゚∀从「祖国の者たちは、元気にしているか」
( ・∀・)「何も変わらん」
从 ゚∀从「そうか」
口数は少なかった。
二人とも、何処か本題を避けるようにしていた。
- 147 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:24:38 ID:R8VTn.ik0
( ・∀・)「門下生たちを纏めるのは、俺一人では無理だ」
从 ゚∀从「そうか? 師範代が二人も三人もいるより、一人が纏めた方が都合がいいと思うが」
( ・∀・)「師範がしっかりしていればな」
从 ゚∀从「ご老体を隠して剣を取るのも士道ではないか」
( ・∀・)「そうかもしれないな」
ハインがまた屈託のない笑顔を見せると、ようやくモララーもぎこちなく笑った。
( ・∀・)「明日の正午でいいか」
从 ゚∀从「場所は?」
- 148 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:29:38 ID:R8VTn.ik0
( ・∀・)「宋佐久寺の境内で」
从 ゚∀从「わかった」
結局、あまり話は弾まなかった。
从 ゚∀从「モララー」
別れ際にハインは、また子供のように笑っていた。
从 ゚∀从「迷うな。でなければ俺には勝てんぞ」
( ・∀・)「わかっている」
土手の近くで子供たちが水遊びをしていた。
モララーは昔の自分たちと重ね合わせようとしたが、上手くいかなかった。
- 149 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:37:22 ID:R8VTn.ik0
旅籠に戻ると、部屋で退屈そうにしていたつー、ぱっと笑って手を振った。
何度モララーが注意しても、女のように足を崩す癖を直さない。
(*゚∀゚)「お茶出すよ」
( ・∀・)「頼む」
旅籠の台所に駆けていくつーを見送ってから、刀を引き抜いて刀身に目をこらした。
手入れを欠かさなかったために、刃こぼれなどはない。
刀の不調で負けるということは無いだろう。
ただしハインは自分と同格の遣い手である。
さらに今は、家老の汚職を明かそうとするハインと、隠すことに荷担している自分との戦いだ。
心気に差が出てしまえば、間違いなく斬られるのは自分の方である。
- 152 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:40:21 ID:R8VTn.ik0
昔は士道を貫こうと夢を見ていたはずだ。
命を賭けて汚職を明かそうとするハインは、まだ夢を追っている。
自分は夢を捨てた。
いつから道が分かれてしまったのだろうとモララーは考えた。
明確な分岐点など無かったように思える。
本当に、いつの間にか、自分は汚れていた。
(*゚∀゚)「お茶だよ」
つーが持ってきてくれたお盆から湯飲みを手に取った。
渋い茶だったが、モララーの舌によく馴染んだ。
- 153 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:43:39 ID:R8VTn.ik0
急に焦燥が頭を支配し、心臓の鼓動が早くなった。
ふと思ったのだ、明日死ねば、もう茶を味わう機会も無くなるのだと。
( ・∀・)「つー」
(*゚∀゚)「何だ?」
( ・∀・)「お前の、故郷の話をしてくれ」
(*゚∀゚)「もう無いよ」
( ・∀・)「何でもいい。聞かせてくれ」
もしも自分が死ねば、つーはどうなるのだろう。
意外と、一人でも生きていけるかもしれない。
つーは時々旅籠の手伝いをしているので、女将に気に入られていた。
ここに住み込みで働ければ、食っていくのには困らないだろう。
- 154 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:47:17 ID:R8VTn.ik0
体を売るのはもうやめた方がいいと思った。
つーには似合わないと。
(*゚∀゚)「百人もいない村で、そんなに大きくないんだ。みんなそれぞれ畑を持ってる」
しばらく間が空いてからつーはしゃべり出した。
(*゚∀゚)「米と大根と、それから薬草と茸が採れる山があって、猪も出たけど。
祭りの日にはお腹いっぱい食べられるけど、それ以外の日はあんまり食べられない。
お母ちゃんは時々町に出て、オレに服を買ってくれる」
( ・∀・)「父親も農家か」
(*゚∀゚)「お父ちゃんはいない」
- 155 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:51:40 ID:R8VTn.ik0
深くは訊かなかった。
よくある話だ。
(*゚∀゚)「でも、お母ちゃんは時々男を家に入れてくる。そういうとき、オレが相手するんだ」
それも、よくある話ではないが、聞いたことはあった。
閉鎖的な村ではあり得ること、しかし子供には少し同情していた。
(*゚∀゚)「でもオレ、別に嫌じゃなかった」
( ・∀・)「どうして?」
(*゚∀゚)「オレは力が無いし、あんまりクワも振れない。まともな仕事はそれだけ。
お母ちゃんは、オレがそうやって仕事をしたら、夜中一緒に寝てくれるんだ。
普段は、土蔵で寝てるんだ」
- 156 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:55:41 ID:R8VTn.ik0
位は高くないが、一応名家と呼ばれる家に生まれたモララーにとって、
それは少し信じがたい世界の話だった。
つーは平然とした顔でいた。
(*゚∀゚)「あの夜も、オレは土蔵で寝てた。そしたら悲鳴が聞こえたんだ」
話がころころと変わるので始めはわからなかったが、夜猿のことだと見当がついた。
(*゚∀゚)「オレは、ずっと震えてた。クマが出たんだと思って。そしたら、違った。
土蔵の扉は窓がついてるけど、そこからあいつがのぞき込んだ。
目が、開いてた。貝みたいに割れてた。オレのことをじっと見てた」
- 157 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 17:59:11 ID:R8VTn.ik0
両手で湯飲みを抱えるつーの手先が震えていた。
(*゚∀゚)「あいつはいつの間にかいなくなってた。オレは夢だと思って寝たんだ。
次の日の朝、オレは土蔵から出た。村のみんなは、もう死んでた。
お母ちゃんは首が取れてたよ」
淡々と話しているようだったが、言葉尻が消え入りそうに小さくなっていった。
モララーはつーの手を取り、片手で包み込んだ。
つーが握り返してくる。
(*゚∀゚)「しばらく、オレは土蔵で暮らした。食べ物はあった。
そしたら、ある日侍が一人やってきて、屍体を調べてた」
( ・∀・)「幕府の者か?」
- 158 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 18:05:28 ID:R8VTn.ik0
(*゚∀゚)「わかんない。二十歳くらいの。その人に夜猿の話を聞いた。
夜猿は美府に向かっただろうって言って。だからオレも、この町に」
( ・∀・)「お前は夜猿に会ってどうするのだ」
(*゚∀゚)「オレがこの手で、あいつを倒すんだ」
握り返していた手に力が込められた。
( ・∀・)「無理だ。幕府が手を焼く辻斬りだぞ」
(*゚∀゚)「相打ちでいい」
子供にしか見えなかったつーの目に、小さな剣気が宿っていた。
本気で言っているのがわかり、笑い飛ばすこともできなかった。
- 159 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 18:07:45 ID:R8VTn.ik0
( ・∀・)「相打ちどころか、逃げることも無理だろう」
(*;゚∀゚)「だって」
( ・∀・)「俺が斬ろう」
丸くて大きめのつーの目が、さらに大きく見開かれた。
モララー自身、自分の言葉に驚いていた。
( ・∀・)「お前には世話になっている所もある。恩は返すさ」
考えるよりも先に口が動いたが、決して気休めの嘘ではない。
つーの心に少しでも陽が灯るのなら、自分が刀を振ろうと思った。
- 160 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/08(金) 18:13:50 ID:R8VTn.ik0
欲望にまみれた刀にうんざりしていたのかもしれない。
新しい転機を探していたことも関係しているだろう。
(*゚∀゚)「ありがとう」
モララーを信じているのか定かではなかったが、手から力みが消えていた。
つーは崩していた足をもぞもぞと動かし、モララーの膝の上に乗っかってきた。
鬱陶しいと振り払うことはせず、つーの好きなようにさせた。
モララーの胸板に頭を預け、目を閉じていた。
元々は護るために侍がいたのだ。
明日を生き延びることができたら、この華奢な少年のために剣を振ろうと決意した。
償いにも似た決心だが、悪くないと思えた。
十輪「義」
戻る 次へ