( ^ω^)悪の華を咲かせるようです

200 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:26:05 ID:cnLtUQjQ0

 その日、朝早く起きたにもかかわらず、既につーは目を覚ましていた。
布団の中で顔を隣に向けると、自分の胸の辺りからつーがこちらを見上げていた。


(*゚∀゚)「おはよう」


 まるで小さな妻を娶ったようだ。
どちらかと言えば娘に近いか。


 布団を片付け、顔を洗い、髪を結った。
つー程では無いがモララーの髪も結わなければ邪魔になる長さだった。


( ・∀・)「俺は出る。留守番を頼むぞ」

201 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:27:57 ID:cnLtUQjQ0

(*゚∀゚)「やだよ。オレも行く」

( ・∀・)「駄目だ」

(*゚∀゚)「だって退屈だもん」


 今日に限ってつーは強情な態度を取った。
無理もないかとモララーは諦める。
一日中旅籠にいては腐った人間になってしまうかもしれない。


 かといって付いてくるのを許すことはできなかった。
これからモララーは斬り合うのだ。


( ・∀・)「町に出てもいい。ただし、陽が傾くよりも前に帰ってくるんだ」

202 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:30:45 ID:cnLtUQjQ0

 つーに二十文渡し、小遣いとした。
刺身を前にしたときよりも明るい顔で受け取る。


(*゚∀゚)「これでお団子食べていい?」

( ・∀・)「ああ」

(*゚∀゚)「刺身は?」

( ・∀・)「買えないとは思うが、どう使ってもいい」


 つーは自分で縫ったらしい巾着袋に二十文を入れた。
二人で旅籠を出て、別れる直前に、思い出したようにつーが言った。

203 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:33:10 ID:cnLtUQjQ0

(*゚∀゚)「明日は海に連れて行ってくれるんだよね」


 そういえば昨夜、そんな話をしたと思い出した。


( ・∀・)「ああ。約束する」


 生きて帰ってくることができれば、とは付け加えなかった。
子供らしい笑顔で笑い声を上げながら、巾着袋を手につーが駆けていった。

 危なっかしい走り方に目を離せなかったが、背中が見えなくなると、
反対方向へモララーも歩き出した。

204 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:37:13 ID:cnLtUQjQ0

 商店通りをゆっくりと歩く。
正午までまだたっぷりと時間がある。


 足が重く、水の中を歩いている気分になった。
これからのことを考えると、時間の余裕も関係無く、歩が遅くなる。


 死ぬのだ。
おそらくこれから、自分は死ぬ。


 生きて帰れたら、つーを海に連れて行ってやり、彼女の心に闇を落とす辻斬りを倒す。
約束はしたし、決心もついている。


 ただ、約束を守るには、今日一日を生き延びねばならず、
可能性は絶望的だと考えていた。

205 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:39:47 ID:cnLtUQjQ0

 結局の所、士道を捨て、藩の犬にまで成り下がったあげく、死の淵に向かっている。
つーの存在だけが癒しであったが、逃げ場所にしていることも否めなかった。


 尺八の男が聞こえ、足を止めた。
飴売りの男が台車を引いて通りを歩いている。


 呼び止めて、飴細工を六つほど買った。
金を払うとき、自分の手が震えているのがわかった。


 長い間、町の中を行ったり来たりしていた。
往来の中で、町人が訝しげにモララーを見てくることがあったが、気にしている余裕もなかった。

206 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:42:42 ID:cnLtUQjQ0

 やがて正午が近づき、重い足を引きずって宋佐久寺へと向かった。


 宋佐久寺は小高い丘の上にあり、長い階段を登れば、境内から町を見渡せる。
ただ数年前から住職が不在となり、今ではあちこちに雑草が生え、夜には浮浪者が集まる。


从 ゚∀从「よう」


 境内に入ると、真っ直ぐ進んだ先にハインが立っていた。
いつ見ても自信を漲らせている態度を取っていた。


( ・∀・)「待たせちまったな」

207 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:46:13 ID:cnLtUQjQ0

从 ゚∀从「随分といい場所を見つけたな。
      美府に来て一月が経つが、こんなに景色がよく見える場所を俺は知らなかった」

( ・∀・)「旅籠の女将が教えてくれたんだ」

从 ゚∀从「人徳というやつだな」

( ・∀・)「俺にそんな高尚なものがある訳ないだろう」


 二人は間合いから数歩距離を離して向かい合った。


( ・∀・)「俺は汚れた。お前のような綺麗な魂を失った」

从 ゚∀从「魂に価値の差なんてないさ。あるかどうかだ」

208 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:53:19 ID:cnLtUQjQ0

( ・∀・)「では俺は、魂を亡くした木偶だ」

从 ゚∀从「木偶は悩まない。景色の善し悪しもわからん」


 距離を縮めないまま、数瞬の間見つめ合った。
言葉は無いが、視線の交じり合いの中で、互いの思念が飛び交った。


 二人は同時に笑みを浮かべ、同時に抜刀した。
ぶつかり合った剣気が境内の空気を揺らし、木にとまっていた鴉がまとめて飛び去った。


 構えは全く同じであった。
同門として剣を取り、同じ場所で同じ時間を過ごした過去が、血流の速さまで等しくさせていた。
ただ剣気だけが異なり、混ざらぬものとして弾き合っていた。

209 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 19:58:03 ID:cnLtUQjQ0

 高く昇った太陽がじりじりと肌を焦がした。
二人は僅かに足の指を動かし、間合いを詰めていった。


 モララーは夢を見ていた。
子供の頃、大きな闇を見上げて、勇んで剣を取っていた頃の夢だ。


 隣にはいつもハインがいて、身のない話ほど花が咲いた。
思い返すのは、いつも下らない記憶だけだ。
だが、愛おしい過去だ。


( ・∀・)(すまん、つー)


 剣気で圧倒されたモララーは、心の高まりが跳ね上がる瞬間に、足を踏み出した。
視界に映るものが全て遅く見えた。

210 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 20:03:01 ID:cnLtUQjQ0

 筋肉の躍動まで如実に感じ取ることができた。
五感から入ってくるもの全てが、自身の死を教えた。


 だが、突然それらの感覚が途絶えた。
精神は既に死の境界を乗り越えていた。
だから反応が遅れた。


 自分と対峙していたはずのハインが、いなくなっていた。
違う、ハインはいる。
しかし、視線がどこも見ていなかった。


 ハインの首に、ぷつぷつと血の玉が浮かび上がった。
玉同士が繋がり、赤い線となって首を横断すると、前のめりになって首が落ちた。
ハインの首は、モララーの足下にまで転がってきた。

211 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 20:09:05 ID:cnLtUQjQ0

 首からの体が、遅れて地面に倒れる。
ハインの後ろの空間が、酷く歪んで見えた。


 陽炎のように揺らめく男が、その空間からぬらりと現れる。
黒い羽織に身を包み、編み笠を深く被った男が、こちらをのぞき込んでいた。


 全身の毛穴から汗が吹き出す。
剣気ではない、殺気でもない、だがおぞましい気配をぶつけられた。


 子供の頃、厠へ行く途中の闇夜に感じた恐怖、それに近い―――ようで、遠い。
今まで生きて積み上げてきたものを、圧倒され、呑み込まれ、破壊される感覚。


 ―――――滅びだ。
この者が放っているのは、滅びの息吹だ。

212 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 20:13:42 ID:cnLtUQjQ0

 男が抜刀したが、モララーは動けなかった。
どうせハインに殺されていたのだから、何も変わらないと思った。


 様々な記憶が、津波のように押し寄せては消えていった。
記憶の包みが破れ、そこから漏れ出していくような感覚だった。




 かしゃん、という音が聞こえた気がした。
首から上だけは、動かすことができた。


 落ちたのは、つーのために買ってやった、飴細工だった。
猫の形を模した飴細工が、足下で割れていた。
つーの顔が頭に浮かんだ瞬間、体の痺れが消えた。

213 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 20:18:44 ID:cnLtUQjQ0

 男が斬撃を放った瞬間を、鮮明に見ることができた。
どういった道筋を辿り、どのように自分を刻むのか、未来をのぞき込んだ感覚だった。


 刀で受けようとはせず、全身の瞬発で逃げ切った。
肩口に熱を感じたが、構わず跳躍した。


 境内を駆け、階段を転げ落ちるようにして下る。
背中から滅びの気配が迫ってくるのを感じた。
振り返れば死ぬとわかった。


 階段を下りきると、止まらずにまた走り続けた。
通行人の傍を通り過ぎると、背中から短い悲鳴が聞こえた。


 全速で駆けるモララーを追いながら、すれ違い様に人を斬っているのだ。

214 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 20:21:52 ID:cnLtUQjQ0

 モララーはわざと人通りの多い場所を選んで走った。
走っている内に、汗が目に入り、足を取られそうになる。
その度に背中の重圧が重くなるのを感じた。


 やがて背中から悲鳴が聞こえなくなった。
疲労は凄まじく、気を抜いた瞬間に崩れ落ちた。


 倒れていると、周りの者たちが自分に集まってきた。
肩口を斬られているらしく、袴まで血に染まっていたが、痛みは感じなかった。


( ;・∀・)(人喰い……夜猿)

215 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/09(土) 20:26:41 ID:cnLtUQjQ0

 放心のまま、旅籠へ戻った。
女将から水をもらい、三杯ほど体に流し込んでから、布団へ潜った。


 まだ陽は高いが、眠気が襲ってきていた。
何も考えたくないという気持ちもあった。


 目を瞑ると、ハインを斬った男の顔が浮かびそうだったが、
思い出すのはただ、闇と転がったハインの首だけだった。


 モララーは一刻ほど眠った。
起きてから、縁側で空を見上げ、また放心した。
月が高く昇るまで、じっと動かずに、そうしていた。


 その日、いつまで待っても、つーは旅籠に帰ってこなかった。


十三輪「滅び」


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