-
- 308 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 18:37:44 ID:gmcKMzrA0
朝から小降りの雨が続き、道はぬかるんでいた。
宋佐久寺を取り囲む、およそ七十の侍たちの様子が、遠目からでもわかった。
町外れにある宋佐久寺の周りに、町人の姿は無かった。
旅装の者が時々、侍たちに訝しげな目線を送るくらいだ。
正面の階段から三十人、他の者たちは丘を登って宋佐久寺を取り囲むようだ。
( ´_ゝ`)「およそ一刻、程度だろうな」
兄者がぼそっと呟いた。
三人は木の陰に身を隠しながら、丘の上を伺っていた。
- 309 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 18:39:42 ID:gmcKMzrA0
( ・∀・)「雨で気配が乱れているが、まだ対峙はしていないようだ」
最終話「最後に立つ者」
(`・ω・´)「正午ちょうどまで待つつもりか」
( ´_ゝ`)「奴さんが、そこまで辛抱強ければそうなるだろうな」
しとしとと降る雨に、三人は体を濡らしていた。
動いてはいないものの、体は芯から熱くなっているので、寒さは感じなかった。
- 310 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 18:44:07 ID:gmcKMzrA0
間もなくすると、新緑にも関わらず、木の葉が降ってくるようになった。
雨の冷気を突き破り、肌をぴりぴりと焦がす熱を感じた。
( ´_ゝ`)「始まったな」
丘の上にあるので、境内の様子は見えない。
だが、雨の音に悲鳴と蛮声が混じるのがわかった。
街道は相変わらず緩慢な空気に包まれ、
旅人が急いでいる風でもなく町を目指して歩いて来る。
丘を少し上った所で、壮絶な死闘が行われていると考えると、
妙な気分になった。
- 311 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 18:50:09 ID:gmcKMzrA0
三人はただひたすら待ち続けた。
シャキンは目を閉じたまま、木の幹に背を預け、じっと腕組みをしている。
モララーは、飴を舐めていた。
しきりに口の中で飴を転がし、小さくなるとかみ砕き、次の飴を口に入れた。
兄者は視線を宋佐久寺に向けたまま、耳を澄ましていた。
そうして、有子部超急隊が突入し、半刻の時間が経った頃であった。
寸分も体を動かさなかったシャキンが、腕組みを解いた。
- 312 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 18:52:11 ID:gmcKMzrA0
同時に兄者が二人を振り返り、モララーは口の中を飴をかみ砕いた。
(`・ω・´)「終わった」
どういう決着なのか、三人にも予測がついていない。
とにかく、境内で始まった戦いが、何らかの形で決着が着いたのだけは察した。
三人は刀を引き抜き、境内への階段を上った。
途中まで上ったとき、三人の足が止まった。
- 313 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 18:56:11 ID:gmcKMzrA0
雨の中で空気が震えているのを感じた。
体にべったりと纏わり付く滅びの気配、間違いなく夜猿は生きていた。
さらに上ると、境内から雨と血が混ざったものが流れているのを見つけた。
三人の心臓の鼓動が速まる。
心気をそぎ取り、生命力さえ奪おうとする滅びを、気迫で押し返した。
境内は、地獄と化していた。
おびただしい数の屍体は、全て両断されており、何体転がっているのかわからない。
おそらく、数人か、十数人くらいは逃げただろう。
だが屍体の数だけ見ると、百人以上いたような気さえする。
- 314 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:02:11 ID:gmcKMzrA0
流れ出た血はあまりにも多く、土の色が赤く染まっていた。
雨で多少は隠れているものの、血の臭いが強く鼻をついた。
ブーンは境内の中心にいた。
彼の周りだけ、屍体が転がっていなかった。
まるで屍体が意志を持って、ブーンから遠ざかろうとしているように見える。
刀を持ったまま、項垂れた姿勢であらぬ方向を向いている。
返り血が全身を染めているが、彼自身の血は流れていないように見えた。
屍体の上を踏みつけながら、ブーンの周りを取り囲んだ。
三方から、刀を向ける。
まだブーンは項垂れたままで、何処にも視線が向かっていない。
- 315 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:05:44 ID:gmcKMzrA0
シャキンの、兄者の、モララーの、刀の切っ先がブーンに向いている。
三者三様の剣気がブーンを囲んだが、彼は何の反応も返さなかった。
まさか、死んでいるのか、と思わせる程に、動きを見せない。
だが斬りかかる隙など微塵も存在しなかった。
( 塔ヨ^)「斬れるのかお」
雨は強さを増していた。
ブーンが小さく呟いた言葉は、どういう訳か三人全員に届いていた。
(`・ω・´)「斬る」
シャキンが短く応える。
ブーンが、笑ったように見えた。
- 316 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:11:06 ID:gmcKMzrA0
ブーンはとうとう動きを見せた。
腰を低くし、脇構で刀を構える。
荒巻一刀流で培った、超速の横薙ぎを放てる構えだった。
(`・ω・´)(この剣で、兄さんを、斬ったのだな)
シャキンは血が冷たくなっていくのを感じた。
人を斬るときは、いつもこうなる。
熱を失い、光を遮ることで、自分の体が別のものになっていくような感覚に陥る。
兄者は左手で構えた刀を前に突き出していた。
この刀は、弟者の形見であった。
- 319 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:25:22 ID:gmcKMzrA0
使い始めた頃から不思議とよく手に馴染んだ。
やはり兄弟ということかと、苦笑した記憶がある。
モララーは、自身の心から恐怖と迷いが消えて行くのを感じた。
死の淵に立ってみて、わかったことがある。
自分は死から逃げていたのだと。
心の底から夜猿を恐怖していた。
だが心の奥、魂と呼ばれる場所で、死を恐れる自分自身に怯えていたのだ。
三人は感覚を研ぎ澄まし、全ての五感をブーンに向けていた。
雨音が耳の奥で吸収されていく。
血の臭いが消えた。
- 322 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:33:07 ID:gmcKMzrA0
四人全員は、微動だにせず対峙していた。
動いた者から死んでいく。
斬り合いよりも先に、心を絶つ戦いが始まった。
死合とは往々にして、そういうものだ。
膠着が続いて、一刻(二時間)が経った。
雨は未だに、強く降り続いている。
徐々に、空気と体が混ざっているような感覚に陥った。
境内に満ちる空気と自分の存在の境界線が曖昧なものへ変わってゆく。
変わらないのは、ブーンの放つ闇だけだ。
闇と、水と、空気。
今存在するのは、それらだけだった。
- 323 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:39:13 ID:gmcKMzrA0
さらに一刻が経ち、境内の空気に変化が訪れた。
雨が降り止み、雲が引いていく。
徐々に青空が空に混じっていった。
曖昧だった体の感覚が引き戻され、再び剣を持った人間へと変容する。
濁流の如き滅びの気配が放たれたのは、その直後だ。
空気が歪み、目の前を大口を開けた獣の幻影が通過する。
毛穴の穴が開き、ぷつぷつと汗の玉が浮かんだ。
地面が崩れる幻覚を感じたが、三人は足裏に気合いを入れ、
決して倒れることなく踏みとどまった。
- 325 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:43:39 ID:gmcKMzrA0
膠着は何処までも続いた。
地獄の淵に足を踏み入れた状態で、滅びを受け続けた。
一生分の時間を何度も経験した気分になった。
対峙を始めてから、何百年も過ぎた気がした。
こうしてさらに、一刻が経つ。
常人であれば一瞬で気を失いそうになる滅びの空間、
懸命に耐え続けてきた三人の中で、限界を迎えた者がいた。
彼は青眼に構えた刀を振り上げ、大きくブーンへ踏み込んだ。
- 326 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:47:18 ID:gmcKMzrA0
残りの二人が、死へと向かうモララーを止めることはしなかった。
モララー自身、そんなことは望んでいない。
ブーンが体の向きを変え、肩を沈める動作を見せた。
ふと、目の前に、笑いかけた者がいたように見えた。
モララーには見覚えの無い少年だった。
それでも何処か、懐かしい気分になった。
自身の腰を通過する斬撃を、確かにモララーは見た。
目は良かったが、できれば見たくないものでもあった。
視線がぐらりと宙を舞い、地面が迫ってくる。
何もかもが如実に見えた。
- 327 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:49:53 ID:gmcKMzrA0
逃げ続けた先に、闇がいた。
闇の中で、光を得た。
光は屈託無く笑い、笑うと前髪がさらさらと揺れた。
痩せていて、抱くと骨が痛かった。
頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じる。
どうして自分が闘うか、わかった気がした。
生きる意味を見つけたかったからだ。
横向きになった世界で、白い光を見た。
それがモララーの捉えた、最後の景色だった。
- 328 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:55:00 ID:gmcKMzrA0
シャキンたちは、胴体を絶たれたモララーには目もくれず、
同じ構えのままブーンに集中している。
ブーンが構えを直し、また対峙が始まった。
空には夕陽が混じり、境内を濡らす血の色で世界が染まっていた。
やがて、夜がやってきた。
太陽が沈みきってから半刻が絶ち、空には星が光っている。
今日は満月だった。
斜め向こうの空から、青い光を放っている。
- 330 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 19:59:04 ID:gmcKMzrA0
夜は明るい。
星の光、月の光、たき火などすれば、書物だって読める。
夜の闇など、温すぎるほど明るい。
ブーンの放つ闇は深淵の黒で染まっている。
光すら呑み込み、破壊する。
そこでは何も照らされず、ただ闇へと沈んでいく。
一刻、二刻、時が進む。
一秒を何時間にも感じる、気が狂いそうになる死闘の中でも、
時の流れは変わることがない。
命もまた、時の流れに浮かんでいく。
どこからか生まれ、どこかで死んでいく。
誰も逆らうことなどできない。
- 331 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:01:20 ID:gmcKMzrA0
だからこそ、無頼なのだと考えた。
時に縛られた命、何を躊躇する必要がある。
そう考えて、今まで生きてきた。
死ぬ時は死ぬ、今の今までがそうでなかっただけ。
今が、死ぬ時であるというだけ。
兄者は声を上げて笑い出した。
悲鳴のような笑い方だった。
跳躍し、宙を舞った。
一足飛びで、人を飛び越える程の高さの跳躍になった。
- 332 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:06:30 ID:gmcKMzrA0
空中で体を翻し、弟者の形見を振り下ろした。
斬った、と思ったのは、ブーンの残像であった。
肩口から切り込まれた刃が、左半身ごと弟者の刀を斬り捨てた。
それでも兄者は笑っていた。
体を二つに断裂されてなお、右手に持った刀を振ろうとした。
しかし兄者の最後の斬撃は、ブーンには届かず、虚空を彷徨い、地面に落下した。
俯せで崩れた兄者は、瞬きほどの時間、夢を見た。
地面の上で干からびる、みみずの屍体の夢だった。
兄者は最後にもう一度、笑った。
笑い声は、誰にも届かなかった。
- 333 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:11:25 ID:gmcKMzrA0
空高く昇った月が、二人の男を映し出す。
シャキンは最初の構えから、不動のまま立っていた。
表情には感情が見られない。
闇だけがそこにあった。
ブーンもまた、闇を携えていた。
夜の闇よりも濃い二人分の滅びが、境内を包み込んだ。
二人は無表情のようであり、笑っているようでもあった。
狂気か、凶気か、それともやはり、形容することなどできないのか。
- 334 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:14:57 ID:gmcKMzrA0
二人はただ、闇の中で対峙を続けた。
闘っている相手が誰なのか、お互いわからなくなっていた。
自分と対峙している気分だった。
ブーンの話をしよう。
誰も知らない、彼の中に巣くう闇の話だ。
ブーンの母親は、富家の主が雇っていた下女である。
ある日、その家の息子が下女を犯した。
まだ十二才だった下女を、毎晩のように犯し尽くした。
- 335 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:18:38 ID:gmcKMzrA0
膣を、尻穴を、口内を、欲望のままに犯した。
四年後、下女は一人の子を孕んだ。
残虐非道の末に生まれた命、だが下女は子を産もうとした。
絶え間なく襲い来る闇の中で、大きくなる自分の腹だけを希望に感じた。
だが主は産むことを許さなかった。
息子の仕打ちが外に漏れる可能性を恐れたのだ。
毒を含んだ水を飲ませ、腹を殴り、子を堕ろさせようとした。
しかし下女の精神力のおかげか、過酷な環境にも耐え抜き、
下女は赤ん坊を産むことになる。
子は、ブーンと名付けられた。
- 336 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:23:45 ID:gmcKMzrA0
ブーンを産んだのは、使われていない土蔵の中だった。
主は赤ん坊を土蔵の外には出さないという条件で、下女に世話を許した。
子を育てさせてくれないなら自害する、この脅しが効いた。
富家の息子は、下女に心の底から惚れていたからだ。
土蔵は高い場所に小さな天窓があるだけで、他に窓は無い。
さらにその天窓は、昼間の間は閉ざされている。
乳離れし、自分で飯が食べられるようになった頃から、
ブーンの食料は一日一回だけの、天窓から投げ込まれる一個の握り飯だけだ。
- 337 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:28:21 ID:gmcKMzrA0
ブーンは文字通り、闇の中で生まれ、闇の中で育った。
塞がった天窓から漏れる、微かな陽の光だけで、昼と夜の概念を覚えた。
狭い土蔵の中で、話す相手はいない。
そもそも会話ができるほど、言葉を知らない。
空腹を我慢できないとき、虫やねずみを食う、ただそれだけを繰り返した。
暗闇の中で獲物を捕らえる術を、いつの間にか身につけていた。
夜が来る度に、下女は土蔵へやってきた。
天窓から握り飯を投げ込むと、決して開かない扉に顔を寄せて、呪いの言葉を呟く。
下女はブーンを産んでからも、毎晩、毎朝、犯され続けていた。
- 338 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:30:46 ID:gmcKMzrA0
死んで欲しい。
下女は毎夜繰り返す。
みんな死んで欲しい。
死に尽くして欲しい。
死んで消えて欲しい。
死んでくれないかしら。
死にたい。
死ね。
支離滅裂で、意味もよくわからない。
ブーンにとって、それは夜の音に過ぎなかった。
夜というのは、そういうものだと思っていた。
- 339 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:34:38 ID:gmcKMzrA0
八年もの間、ブーンは土蔵の暗闇で生きた。
糞尿にまみれた中で握り飯を食っても、病気にならない体を得ていた。
ある日、唐突に、土蔵の扉が開いた。
四畳程度にしかないはずの世界が、何万倍にも広がった。
全てが初めて見る景色だった。
空が、広かった。
星の明かりでさえ、眩しくて目が眩んだ。
自分と同じような姿をしている生き物が、月の光を受けて立っていた。
肩を斬られていて、着物を血に染めていた。
- 340 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:37:32 ID:gmcKMzrA0
女は、みんな殺して、と言ってブーンに脇差しを与えた。
初めて触れる刀だったにも関わらず、どういう使い方をすればいいのか、何となくわかった。
女は懐刀で、ブーンの目前で腹を切った。
ぼたぼたと内蔵が溢れている中で、女は笑っていた。
倒れ伏した女の後ろから、やはり似たような生き物が駆けてくる。
ブーンは刀を構えていた。
気がつけば、辺りには屍体しか転がっていなかった。
自分の体も少し斬られていたが、あまり気にはならなかった。
屍体の肉を喰ってみた。
ねずみより、不味かった。
- 341 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:40:02 ID:gmcKMzrA0
だだっ広い世界で、何処へ行けばいいかわからなかった。
脇差しを抱えて、当てもなく世界を彷徨った。
言葉を覚え、会話を覚え、まともな食事を覚えていった。
だが満たされない気持ちがいつも胸の奥で広がっていた。
人を斬る度に、心のつっかえが取れていくのを感じた。
手があり、足があり、布を纏っているのが人間である。
人間には、色々な性質のものがある。
ブーンは少しずつ学んでいく。
- 342 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:44:04 ID:gmcKMzrA0
放浪の旅が始まってから一年が経とうとしていた。
その頃になると、人を見る目がまた変わっていた。
人は欲望の生き物だ。
ねずみや蛇のように、生きるためだけに生きようとはしない。
心の中で罵倒し合い、悪を隠したまま笑い合う。
闇に生まれ、闇に生きたブーンは、人の中にある闇を見通す力を持っていた。
この世は闇に包まれている。
土蔵の中と、何ら変わらない。
- 343 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:45:55 ID:gmcKMzrA0
やがて荒巻に拾われ、剣の道に足を踏み入れた。
道場の中で、竹刀を振り合う。
何の面白みも感じなかった。
ただ、荒巻の中に、闇を感じなかった。
それが居心地がよく、人を殺さなくなった。
しかし十年以上が経った頃、耳の奥であの女が囁き始めた。
殺して欲しい。
殺して欲しい。
眠れない日が続いた。
- 344 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:48:57 ID:gmcKMzrA0
また世界が闇に染まっていくのを感じた。
殺して欲しい。
死んで欲しい。
死んでよ。
死ぬ。
死。
糞尿よりも汚らわしい人の闇に包まれる。
天窓の隙間から漏れる僅かな光、それすらも存在しない。
何もかもが闇であれば、どうやって生きればいいのだ。
闇の中、死のうと思った、だが、死ねない、生きたかった。
光を。
光が。
光へ。
- 345 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:54:51 ID:gmcKMzrA0
土蔵の中へ帰りたかった。
人の悪が、何よりも恐ろしかった。
闇の中で生きるには、闇へ同化するしか無かった。
陽の当たらない場所に籠もり、糞尿を喰らって生きた。
これからも、そうするしかないと思った。
どれほどの時間が経ったか。
空は、うっすらと青みがかっていた。
体の表面に砂とほこりが纏わり付いていた。
二人の刀だけが、鈍い光を放っていた。
- 346 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 20:59:25 ID:gmcKMzrA0
対峙を続けた両者の間に、僅かな変化が訪れていた。
張り詰めたものが時々弛緩し、またぴんと張る。
押し寄せる波が砕け、また引いていくように。
いくつもの波が砕けは引いていった。
無数に散らばる空気の粒が、宙でぶつかり、弾け、混ざり合う。
ブーンとシャキンは、同時に踏み込んだ。
お互いが間合いの中に入り、至近距離で顔を見合わせた。
ブーンの割れた右目から覗く闇に、シャキンが自らの姿を見つけた。
- 347 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 21:01:53 ID:gmcKMzrA0
ブーンは薙いだ。
シャキンは突く。
境内に群がる鴉たちが一斉に飛び立ち、濃紺の空を黒く染めた。
シャキンは、視界に血の色が広がるのを感じた。
膝が折れ、その場に崩れる。
ブーンの右目に、自分の刀が突き刺さっていた。
自分の方は、腹を斬られている。
だが致命傷ではない。
- 350 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 21:04:49 ID:gmcKMzrA0
顔を拭うと、手に血が付いた。
ブーンを突いたときの返り血だった。
右目に刀が刺さったまま、しばらくの間ブーンは立っていた。
何か、言いたいようにも見えた。
間もなく、直立したままブーンは後ろに倒れた。
顔の部分から血が広がり、地面を円状に染めた。
腹に手を当て、止血を試みる。
しばらくすれば、血は止まりそうだった。
(`・ω・´)(兄さん……兄さん)
- 352 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 21:07:34 ID:gmcKMzrA0
目を瞑れば見えていた兄の残影が、見えなくなっていた。
頭の中で囁いていた荒巻の気配も、既に感じない。
空を見上げると、既に夜の名残は消え去っていた。
片膝をついて、立ち上がる。
屍体の上をまたぎ、町がよく見える場所まで歩いた。
昨日と、何も変わらない、町の景色があった。
遠くの山から、眩しいほどの光も感じる。
朝日が、顔を出そうとしていた。
- 354 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 21:13:46 ID:gmcKMzrA0
何年かぶりに、気持ちの昂ぶりを覚えた。
同時に、背中に熱が走るのを感じた。
体力も気力も、底をついている。
一握りの生命力で、後ろを振り返った。
胸の前で白い剣閃が光った。
直後に、血が噴き出したのもわかった。
今度、目の前を遮ったのは、血の赤ではなく、闇だった。
何処までも落ち続けられる、地獄へと続く闇に、身を投じた。
- 357 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 21:16:31 ID:gmcKMzrA0
これが、本当の闇なのか。
最後に、何かを思い出そうとしたが、それすらも闇に消えていった。
ξ゚听)ξ「だから、無理だと言っただろう」
音もなく倒れたシャキンから、血溜まりが広がっていく。
人を殺したのは初めてだった。
(;'A`)「死んだんですか」
ツンの後ろから、体を震わせながらドクオが顔を覗かせた。
- 362 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 21:19:04 ID:gmcKMzrA0
ξ゚听)ξ「ああ」
(;'A`)「一緒に夜猿を倒すっていう話じゃ、なかったんですか?」
ξ゚听)ξ「夜猿はここにいる」
まだ血に濡れた刀で、シャキンの屍体を指した。
ξ゚听)ξ「そして、闇に墜ちた」
これで満足か、と既に事切れたシャキンに、心の中で問いかける。
闇に墜ちたいと言ったのは、確かにシャキンだった。
- 367 名前: ◆hb8Q6YeeDk[sage] 投稿日:2012/06/11(月) 21:25:18 ID:gmcKMzrA0
ドクオは周りの屍体を見渡し、深々と息を吐き出した。
('A`)「それにしても、凄い。一体どういう戦いが起こったんでしょう」
ξ゚听)ξ「戦いなど起こってはおらんさ」
('A`)「はい?」
ξ゚听)ξ「ここにはただ、闇があった」
眩しさを感じ、目を細めた。
遠くの山々から、朝日が顔を覗かせ、境内を煌々と照らしていた。
ξ゚听)ξ「夜が……明ける」
小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
風が吹き、新緑の匂いを運んでくる。
朝の気配が、境内に満ち始めた。
( ^ω^)悪の華を咲かせるようです ―終―
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