- 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:35:19.50 ID:NXbM2QcI0
やあ。初めまして。
こんな辺鄙な場所へようこそ。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:37:31.60 ID:NXbM2QcI0
さあさあ。美味しいお茶でもおあがりよ。
遠慮なんていらないよ。ボクが好きでやっていることなんだからね。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:40:07.98 ID:NXbM2QcI0
……うーん。じゃあ、こうしようじゃないか。
キミはお茶を飲む。
ボクはお話をする。
キミはそれを聞く。
ほら、これならキミが恐縮する必要なんてなくなるだろ?
うんうん。じゃあ、暖かいお茶をお飲み。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:43:11.82 ID:NXbM2QcI0
――え?
ああ、話ね。話。
そう焦らなくてもいいじゃないか。
ボクは人をもてなすのも好きだけど
自分が淹れた美味しいお茶を飲むのも好きなんだ。
葉だって厳選したものを使っているんだよ?
香りよし、味よし。自慢の一品さ。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:46:10.49 ID:NXbM2QcI0
そうだなぁ。じゃあ、ボクが出会った人達の話をしようかな。
お茶のおかわりはいくらでもあるからね。
ははは。わかってるって。話すよ。ちゃーんとね。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:49:10.20 ID:NXbM2QcI0
ボクはね、今ではここに住んでるけど、昔はもっと都会に住んでいたんだよ。
朝は人々のざわめきで目が覚め、
昼は工場と市場の声が耳に届き、
夜は一転して静かになる。そんな場所さ。
ただ、ボクが家を構えていた区域は朝だって静かなもんだったけどね。
魔術師もいたよ。
でも、機術師もたくさんいる町だった。
ちょっと他では見られないような場所だったから、ボクはその町が大好きだったんだ。
人も多くてね。たくさんの人と出会ったんだ。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:52:17.18 ID:NXbM2QcI0
- 【キミ達は美しいようです】
あれはいつだったかな。
まだ少しばかり寒さの残る春のことだったように記憶しているよ。
ボクは買い物をした帰りだった。
これは余談なんだけど、その町はあまりご飯が美味しくなくてね。
工場が多いから、汚い空気だったっていうのと関係があったのかもしれない。
歩いていた道は、人通りも少ない場所だった。路地裏に繋がる道がたくさんあったよ。
治安も……まあ、町の中では悪い方と言っていい道だったね。
そんな所を、買い物袋を抱えながら歩いていたボクの耳に、声が届いたんだ。
けっしてボクを呼ぶものじゃなかったけどね。
何て言うんだろう。野次馬根性が出たとでもいうのかな?
いや、下世話な人間で申し訳ないね。
まあ、そういうわけでボクは聞こえてきた声を探したんだ。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:55:09.49 ID:NXbM2QcI0
ボクのもとにやってきた声は、二種類あった。
どちらも震えていて、悲劇の色を多分に含んでいた。
一つは女のもので、一つは男のものだった。
大方、別れ話か何かだろう。と、見当はついていたんだけどね。
それでも湧きだした好奇心は止められないだろ?
それでボクは、声の聞こえてくる路地裏をコッソリ覗いて見たんだ。
さっき、見当はついていた。って言ったけどね。
それにしちゃあ二人とも悲しげというのが気になってね。
片方がすがりつき、片方が突き放す風でもなかった。
薄暗い路地裏を覗いたときのあの胸の高鳴り。
キミにも是非おすそ分けしてあげたいよ。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 02:58:13.96 ID:NXbM2QcI0
いらない?
そうかい。それは残念。
ならば話を続けようじゃないか。
昼間だったんだけど、明かりがあまり差し込まない路地裏には、やはり一人の女と一人の男がいたよ。
ボクは思わず二人に見とれてしまったね。
野次馬根性もどこへやら。
好奇心を遥かに上回る胸のときめきを感じたよ。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:01:12.44 ID:NXbM2QcI0
川 ゚ -゚)
女はとても美しかった。
流れるような長い髪に、暗がりでもわかるような白い肌。
感情を押し殺すような悲痛な表情でさえ、彼女の魅力を高めることしかできない。
('A`)
男はお世辞にも美しいとはいえなかった。
女よりも背は低く、細いというよりは貧相といっていい体格だ。
暗がりがよく似合うような男だった。
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:04:16.69 ID:NXbM2QcI0
ああ、キミのその表情!
わかるよ。
どうしてそんな二人が一緒にいるのかと。
そして、ボクがどうしてそんな二人に魅力を感じたのかと。
問いかけは大事だよ。何事にもね。
無論、他人への問いかけだけじゃなく、己への問いかけもまた大事さ。
怖い怖い。そんな顔をしないでおくれ。
……はいはい。ちゃんと続きを話すよ。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:07:25.12 ID:NXbM2QcI0
二人はつりあうか否かで問われれば、間違いなくつりあわない。
でもね、ボクはその不安定さに取り付かれたわけではないんだ。
男の方は、容姿こそよくはなかったけれど、表情を隠そうと懸命になっている女に優しく触れていた。
女は悲しみの中にも喜びを感じていた。きっと、男の優しさが何よりも嬉しかったんだろうね。
彼らはつりあわないけれど、同じ枠に入れてしまえば、一つの絵画とも言えた。
それほど美しかったのさ。
ボクは思ったね。個人の容姿など、景観を損ねるに価しない瑣末なものなのだと!
キミが怪訝そうな顔をするのもわかるよ。
だって、キミは残念ながら、その光景を見ることができていないのだから。
そうだね。少しでもボクの感動が知りたいのならば、美術館を巡るといいよ。
展示されている絵画の中で、キミの心を最も打ったもの。
それが、ボクが見た光景だと思ってくれればいい。
キミが見た絵画が均衡の取れた、実に数学的な絵画だったとしても、きっとボクが受けた衝撃と同じはずさ。
美しさの基準は人それぞれだけど、受ける衝撃は同じだ。と、ボクは信じているからね。
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:10:16.54 ID:NXbM2QcI0
彼らの美しさに取り付かれたボクは、思わず声をかけたんだ。
きっと、彼らならば、その震える声の理由も、驚くほど美しいのだろうと、ボクは思ったのさ。
川 ゚ -゚)「……あなたは?」
男よりも先に女の方がボクに尋ねてきた。
ボクは実に紳士的に言葉を返して、よろしければ、お名前を教えていただけませんか? と、付け足した。
彼らは少し戸惑いを見せた。
それはそうだろうね。
ボクは彼らに惹かれているから、名前を教えることも身分を明らかにすることも、抵抗なくできた。
けれど、彼らからしてみれば、ボクはただの乱入者。
名前や身分を教える気持ちにはなれないだろう。
ボクが彼らほど素晴らしい美しさを持っていればよかったのだけれど、
二人そろっての美しさに、ボク一人が敵うはずがない。
残念でしかたがないけれどね。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:13:25.47 ID:NXbM2QcI0
だから、ボクは彼らの震えた声が聞こえてしまったこと。
気になってしまったこと。
そして、彼らがとてもとても美しく見えたことを正直に話した。
その時のボクの言葉を全て言ってしまうと、少々時間がかかってしまうので割愛しよう。
何せ、あの時も彼らが途中でボクの言葉を遮ったほどだからね。
川;゚ -゚)「そ、そのくらいでいいんじゃないか?」
ボクの愛の語らいはまだまだ足りなかったけどね。
川*゚ -゚)「いや、しかし、ありがとう。
私達のことをそれほど褒めてくれたのは、あなたが始めてだ」
('A`)「お前は美しい。でも、オレが足を引っ張ってしまうからな」
川 ゚ -゚)「何を言っている。お前は私が認めた人だ。もっと自信を持て」
('A`)「クー……」
川 ゚ -゚)「ドクオ……」
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:16:12.46 ID:NXbM2QcI0
二人の愛の語らいを邪魔する必要なんてあると思うかい?
ボクは二人が手と手をとり、お互いの美しい瞳を見つめあうのをじっと視ていたよ。
本当に美しいものというのは、いくら視ていても飽きないし、疲れない。
('A`)「おっと。すみません」
ボクが黙っているのに気づいたドクオさんが謝ってくれたけど、ボクとしてはむしろありがとうございました。だったよ。
毎日毎時間毎分毎秒、変化する芸術作品なんて、そうそうあるものじゃないからね。
川 ゚ -゚)「あなたには、感謝しなければ……」
('A`)「オレ達がこうして会うことのできる最後の日に、あなたのような人と出会えてよかった」
感謝するのはボクの方だ。とは、言えなかったよ。
だって、運命の導きのように出会うことのできた、素晴らしく美しい光景が、今日で終わりだと言うんだよ?
そんな馬鹿な話があってたまるものか!
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:19:18.08 ID:NXbM2QcI0
彼らは始めて会ったばかりのボクから見ても、愛しあっていた。
そんな二人が、もう二度と会うことができないとはどういうことだ。
戦時中でもあるまいし、子供でもあるまいし、彼らの意思とは無関係に離れ離れになる要素など、その辺りに転がっているはずがない。
その時のボクの表情はわからないけど。だって、鏡を持っていなかったからね。
たぶん、酷い顔をしていたはずさ。
ドクオさんとクーさんが、心配そうな顔をしていたからね。
(;'A`)「ああ、本当にありがとうございます。
オレ達のことを、そうまで思ってくれた人はあなたが始めてだ」
世間の目は驚くほどに節穴だ!
川 ゚ -゚)「私達は、自分で言うのも何なのですが、所謂、名家の者なのです。
幼い頃から許婚を用意され、その人以外とはお付き合いすることも許されない……」
('A`)「先日、私達が逢引しているところが見つかってしまい、別れることを余儀なくされてしまったのです」
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:22:18.32 ID:NXbM2QcI0
あまりにも!
あまりにも馬鹿げた話だと!
ボクは今でも思うよ!
たかだか血筋のために、あの世界中に誇れる美しさが失われようとしていたのだから!
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:25:14.32 ID:NXbM2QcI0
……いや、すまない。
当時のことを思い出して、少し頭に血が上ってしまったようだ。
彼らも今の君と同じような顔をしていたよ。
つまりは、今のボクの顔と、かつての顔は同じだったということだ。
ふむ。鏡を持っていればよかったのだけれど。
わざわざ自室に取りに戻るのも面倒だし、このまま話を続けようじゃないか。
その方が、キミも暇じゃないだろうしね。
客人を暇にさせるほど、ボクは酷い主じゃないつもりだよ。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:28:30.90 ID:NXbM2QcI0
勿論ボクは彼らを説得しようとしたさ。
あまりにも馬鹿げた話だとね。
('A`)「でも……私達が駆け落ちしたところで、すぐに見つかってしまいます」
川 ゚ -゚)「無理矢理引き離されるくらいなら、こうして二人で涙を分かち合い、別れた方が幸せなのではと」
ボクは言ったね。
キミ達がもしも、全てを捨てて。それこそ、相手以外の、己の命さえ捨ててもいいと思えるなら。
やはりその美しさは何にも変えがたいものだから、ボクの家にいらっしゃい。と。
(;'A`)「いや、あなたに迷惑がかかってしまう……」
川 ゚ -゚)「それに、他人の家にいたところで、やはりすぐに見つかってしまうでしょう」
そうだとしても、ボクは少しでも長く彼らを見ていたかった。
幸い、ボクが住んでいる区域は人が少なかったし、ボクが買い物をして、彼らには家でじっとしてもらえれば、
少しは時間が稼げるはずだったから。
その間に色々と考えて欲しかった。
本当に、涙を飲むことが幸せなのか。
好きでもない許婚と共にあることで、その美しさが欠けてしまってもいいのか。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:31:40.40 ID:NXbM2QcI0
ボクの土下座込みの必死の説得によって、彼らはボクの家にやってきた。
当時の家は……ここよりも少し狭いくらいだったかな。
それでも、部屋はあまっていたし、彼らは同じ部屋でいいだろうから。
何も困ることはなかったよ。
('A`)「本当に、いいんですか?」
その言葉にボクは頷いて、すぐに家を出た。
何故?
そんなの、彼らの着替えを買いに行ったに決まっているじゃないか。
ドクオさんは……まあ、ボクの方が一回り大きいけど、何とかなるだろうけど。
でも、クーさんはそうはいかないだろうからね。
あ、下着は知りあいの女性に頼んだよ。流石のボクでもちょっと恥ずかしいからね。
彼女から彼らのことがバレる心配?
そんなものは皆無さ。それは間違いないよ。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:34:23.00 ID:NXbM2QcI0
それからの生活は幸せだったよ。
川 ゚ -゚)「おはよう」
('A`)「おはよう」
朝、挨拶を交わす人がいるというのは素晴らしいものだよ。
それも、とても美しい彼らからの挨拶だ。
無論、ボクはすぐに挨拶を返す。
川 ゚ -゚)「どうだ? 美味しいか?」
('A`)「クーが作ったものだ。何でも美味しいよ」
川*゚ -゚)「真面目に答えてくれ。改善していきたいのだ」
('A`)「オレは真面目だぜ?」
ささくれた心も一瞬で治ってしまうような光景だとは思わないかい?
家の主人はボクだったかもしれないけれど、あの空間において、もっとも必要のなかったのはボクだ。
ボクは最高の席で美しい絵画をずっと見ていられた。
第三者があの場にいたのならば、ボクはその人に謝らなくてはならない。
ボクがいることによって、第三者の目からは彼らの美しさが損なわれていたかもしれないからね!
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:37:19.93 ID:NXbM2QcI0
ああ、ちなみにクーさんの料理は本当に美味しかったよ。
あの町の美味しくない料理に比べれば、ずっとずっとね。
料理もボクを癒す一つの要因だった。
ボクは持ちうる言葉の中でも最高の賛辞を送った。
次いでに、ボクの知りあいに料理を教えてやって欲しいくらいさ。と、ね。
川 ゚ -゚)「いえいえ。私なんてそんな……」
謙遜する必要はないのだよ。
手料理に勝る料理はない。
ボクは今も昔もそれを確信しているよ。
キミもボクのために料理を作って……みる気はなさそうだ。
('A`)「うん。クーの手料理は最高だ」
川*゚ -゚)「キミはまた、そんなことを言って!」
照れるクーさんと、微笑ましく眺めるドクオさん。
二人は本当に美しい。
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:40:19.33 ID:NXbM2QcI0
川 ゚ -゚)「本当に、ここにいていいのですか?」
クーさんは一日目の朝、ボクが出かける前に尋ねてきた。
ボクは無論だと答えたよ。
彼らがいることによって必要とされる食費や光熱費なんて、微々たるものさ。
大金持ちではないけれど、そこそこのお金をボクは持ってるからね。
思う存分いてくれと言ったよ。
日中は出かけていることの多いボクだから、二人っきりの時間も多分に用意されている。
彼らに注意したのは一つだけ。
ボクには家を訪ねてきてくれるような友人はいないから、誰かきても決して扉を開けてはいけないよ。
と、ね。
友人の魔術師が作ってくれた特性の扉でね。
家の中にいる者が拒否すれば、何をしても開けることの叶わない扉だったんだ。
彼らをかくまうには、もってこいだろ?
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:43:12.04 ID:NXbM2QcI0
好奇心旺盛なボクは、朝に家を出て、夜に帰ってくる生活さ。
彼らを見つけたときは、たまたま昼頃に帰ってきてただけだから、
やはりあの素晴らしい光景を見ることができたのは、何とも形容しがたい幸運に恵まれていたとしか思えないね。
川 ゚ -゚)「おかえり」
('A`)「おかえり」
仲睦まじく、手を繋いでボクを出迎えてくれる二人。
好奇心を存分に満たした後の、美しい光景は何にも勝る。
あの瞬間、ボクは幸せの絶頂だっただろうね。
少なくとも、今のところはあの日々に勝る日を迎えたことがない。
夕食も共に食べてね。
彼らはボクに、日中何をしているのか尋ねてくれる。
ボクはそれに答える。
川 ゚ -゚)「楽しそうだな」
('A`)「オレ達も、楽しく過ごさせてもらっています」
川*゚ -゚)「そうだな。こうして、ドクオと日がな一日いれるなんて……。
夢を見ているようだよ」
(*'A`)「オレもだよ。できれば、覚めて欲しくないな」
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:46:10.78 ID:NXbM2QcI0
夢だなんてとんでもない。
あの日々が夢なのだとしたら、ボクは目覚めた瞬間に絶望で死んでしまうね。
川*゚ -゚)「今日は、ドクオと掃除をしたんだ」
(*'A`)「オレの手伝いなんていらないくらい、クーは掃除が上手だけどな」
川*゚ -゚)「口が上手いんだから」
(*'A`)「本心に決まってるだろ?」
川*゚ -゚)「本当かー?」
(*'A`)「当たり前だろー」
川*゚ -゚)「馬鹿だなぁ。キミがいるから私はあんなに上手にできるんだぞー」
(*'A`)「じゃあ、二人の愛の結晶だな」
川*゚ -゚)「流石はドクオ。素敵な言葉だ」
(*'A`)「クーがいるからさ」
川*゚ -゚)「それは私の台詞の真似だぞ」
(*'A`)「好きすぎて移っちゃったんだよ」
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:49:16.68 ID:NXbM2QcI0
ははは。
そうイライラした顔をしないでおくれ。
ボクは彼らの言葉を聞いているだけで幸せだったんだから。
いつの間にか彼らだけの世界になるのは、その先もずっと変わらなかったよ。
それが幸福だったから、変えようともしなかったしね。
食事をするときは勿論そんな風だったし、お風呂に入るときも似たような感じだったよ。
('A`)「あなたがこの家の主なんですから、先に入ってください」
川 ゚ -゚)「私達はその後で入りますから」
そう言って、ボクを先にお風呂に入れた後、彼らは二人で浴室に向かって行ったからね。
悔やむのは、流石のボクでも二人の入浴シーンを見ることはできない。ってことだね。
そっと聞き耳を立てていたこともあるんだけど、よく聞こえなかったよ。
楽しそうなのは間違いなかったから。それでも十分だったんだけどね。
おっと。勿論、夜の部屋に聞き耳をたてるようなマネはしていないよ?
それだけは信じておいて欲しいな。
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:52:14.08 ID:NXbM2QcI0
ボクにとっての幸運の日々は、一ヶ月もしないうちに終わりが来たんだ。
いつもよりも気分が良かった夜。家に帰ると、二人が真剣な顔をしてボクを出迎えてくれた。
握られている手も、いつも以上に硬く、彼らの絆が深く深くなっていることを表していたように記憶しているよ。
川 ゚ -゚)「……とうとう、家の者に見つかってしまいました」
('A`)「ここには入ってこれなかったようですが、一度帰ってこいと告げられました」
川 ゚ -゚)「ですから、ここを出ようと思うのです」
まさか、別れる気なのかと問いかけた。
川 ゚ -゚)「……そうなるかも。しれません」
愚かしい。
実に愚かしいことだよ。
彼らほど美しいものは存在しない。
代わりなど存在しないほど、価値のあるものなんだ。
それが失われるというのを、ボクはみすみす見逃すわけにはいかない。
その美しさを維持するためなら、ボクは何だってしてみせる。
それこそ、世界を敵にまわすことだってね。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:54:29.79 ID:NXbM2QcI0
ボクは思いのたけを全て吐き出したさ。
出会い頭の賛美に、劣らない演説だっただろう。
川 ゚ -゚)「そう、ですね。ドクオと過ごし、私はわかりました。
彼無くして、私に幸福などありません。彼もまた、そうなのだと」
('A`)「……ああ。そうだ。クーのない人生なんて……。
……オレ達は両親を説得してみます」
川 ゚ -゚)「もう諦めたりはしません」
('A`)「涙を分かち合うなんて、無駄なことだと知ることができたのを、忘れていたようです」
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 03:57:18.75 ID:NXbM2QcI0
川 ゚ -゚)「私は私自身よりもドクオが大切で」
('A`)「オレはオレ自身よりもクーが大切で」
川 ゚ -゚)「互いの願いなら何でも叶えてあげたいから」
('A`)「立ち向かいますよ」
強さを得た美しさ。
思わず目がくらんでしまうような。
ボクがそれを止めるわけにはいかない。
ボク個人としては、とても寂しいし残念な気持ちだったけどね。
あの美しさを無きものにしてしまうなんて。そんな愚かなことはできない。
涙を飲んだのはボクさ。
彼らが望むのならば。と、扉を開けた。
きっと、彼らならば美しい結末を作り上げてくれるだろうと。
ボクの勝手な願いを込めてね。
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:00:20.67 ID:NXbM2QcI0
この話の続き?
うーん。残念だけど、ボクは彼らの実家を知らなかったし、ボクもその後、引越ししちゃったからね。
でも、彼らの結末は美しかっただろう。
ボクはそう信じているから、少なくともボクの中では、彼らはとても美しいんだ。
それだけで満足さ。
ボクの一言で、彼らが、彼ら以上の美しさを持って物語の結末を彩ってくれていれば。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:03:19.54 ID:NXbM2QcI0
もう少し、ボクの話を聞くかい?
あの町で出会った人は他にもいるから。
キミさえよければ、話をしたいと思うんだ。
何しろ、ここへやってくるような人はキミくらいのものだからね。
ボクは自慢話がしたいんだよ。
美しいものにも、面白いものにも、興味深いものにも、ボクは出会えたんだからね。
ありがとう。じゃあ、次は、面白いものの話でもしようか。
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:06:24.95 ID:NXbM2QcI0
- 【手料理は何にも勝るようです】
ボクはとある兄弟と知りあいになったんだ。
二人は双子でね。一卵性なんだろうね。そっくりな顔をしていたよ。
( ´_ゝ`)
兄は兄者。
機術師で、家に篭って機械を弄っているのが常だった。
(´<_` )
弟は弟者。
魔術師で、その町一番の魔術師寮に住んでいた。
名前に対する苦情はやめてくれよ?
ボクに言われても困るからね。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:09:13.93 ID:NXbM2QcI0
何だ。その怪訝そうな顔は名前に対するものじゃないのか。
うん。そうだね。キミが言うとおり、機術師と魔術師は仲が悪いのが一般的だ。
何しろ、二つは相反する性質を持っているからね。
二つとも一般人からしてみれば便利なものでしかない。
機術は頭がよくないと使えないし、魔術は先天性の才能だからね。
努力でカバーできる分、機術の方が一般人には優しいかな?
大きな力と便利さを持っているものの、魔術師がいなければ使えない魔術。
魔術には全てに対して劣るが、完成品さえあれば機術師が必要ない機術。
どちらの方が優れているかなんて、言い争うだけ無駄だとボクは思うんだけど、キミはどう?
……そう。ボクと同じ考えの人がいて嬉しいよ。
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:12:17.76 ID:NXbM2QcI0
さて、話を戻そうか。
この兄弟。察しはついているかもしれないけれど、仲がとても悪かった。
同じ顔が往来で言い合いをしている姿なんて、一瞬目を奪われるよ。
ボクが彼らと知りあったのも、そういう関係なんだけどね。
好奇心は止められないよ。
キミだってわかってるでしょ?
彼らは目立つからね。ちょっと人に彼らのことを聞けば、すぐに素性はわかった。
素性を聞いて、ボクは益々彼らに興味がわいたんだ。
双子の兄弟なのに、真逆ともいっていい道を歩み、往来で喧嘩をしているんだよ?
こんな面白いことに、早々出会えないよ。
ボクは早速、彼らに接触しようと、様々な手を使った。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:15:25.34 ID:NXbM2QcI0
彼らそれぞれがよく行く店に行ってみたり、近所の公園をうろついてみたり。
そんなもんさ。
顔をあわせたら、声をかけてね。
喧嘩しているところを見たよ。
面白い双子だね。って。
そう言うふうに何度か声をかけたら、自然と仲良くなったよ。
どうだい? ボクのコミュニケーション能力は。
どこに行っても通じるものだと自負しているよ。
彼らは、ボクが仲の悪い兄弟の片割れとも、楽しくお話をして、遊んでるってのを知っていたけど、
それをとやかく言うほど心は狭くなかった。
と、いうか、何度か鉢合わせたことがあるんだよね。
(´<_`# )「反吐が出るんだよ!」
( #´_ゝ`)「言わせておけば!」
兄者は大抵料理を持っていてね。
ボクは彼らが喧嘩することによって、床に散らばり、踏みにじられた料理を見ては心の中で涙を流したものさ。
何度か崩れる前の料理を食べたことがあるが……。
まあ、よくある味だったよ。ちょっと不味いくらいの。
まあ、ボクには火の粉が飛ばなかったし、そのおかげで彼らとずいぶん長い時間を過ごすこととなったよ。
友人の少ないボクだけど、きっと彼らは友人だったはずさ。
ほぼ毎日、どちらかとは会っていたよ。
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:18:42.80 ID:NXbM2QcI0
( ´_ゝ`)「よぉ、いらっしゃい」
二ヶ月もすると、兄者はボクを家に入れてくれるようになった。
言ってなかったけど、彼は片足が義足なんだ。だから、外よりは中の方が良いんだよ。
( ´_ゝ`)「あんまりその辺りのもんに触るなよ?」
彼の家は、何とも機術師らしい家だった。
そこらかしこに作りかけの機械や、彼オリジナルの機械が散らばっていて、家具なんかも彼が作ったものだった。
暖炉まで金属で作られていて、そこはレンガにするか、暖炉を失くすかすればいいのに。と、思ったよ。
それらに興味はあったんだけどね。
あいにく、ボクは機械についてはよく知らない
何が起こるかわからないものを触る勇気はなかったよ。
その頃には、兄者の片足がない理由も、大方は察しがついていたしね。
( ´_ゝ`)「何か飲むか?」
ボクはお茶が好きでね。
緑茶でも紅茶でも何でもいいと答えたよ。
( ´_ゝ`)「把握した」
兄者は奥で少し何かをいじっていたと思ったら、すぐに戻ってきた。
手には暖かな紅茶が入ったカップと、彼が飲む珈琲のカップがあった。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:21:56.25 ID:NXbM2QcI0
彼が持ってきてくれた紅茶は……まあ、美味しかったよ。
温度もばっちり。綿密な計算の結果、作りだされたような味だった。
ボクは出されたものはきっちり評価する方でね。
思ったことをそのままに伝えた。
( *´_ゝ`)「おお! そうだろ?
それは、オレが作った機械で淹れたんだ」
なるほど。と、ボクは納得した。
ボクの舌は正しく、出された紅茶は、綿密な計算のうえに作り上げられていたんだ。
( ´_ゝ`)「いつでも、誰でも、美味い紅茶が飲める。素晴らしいことだとは思わないか?」
そう言って彼は珈琲を飲む。
それも機械で淹れたものだというのは、すぐにわかった。
( ´_ゝ`)「魔術は便利だが、こういったことはできないからな。
せいぜい、火を起こしたり、水を操ったり程度だ。
弟者もそれを認めればいいのに……」
不満気に兄者は言葉を零し、黒い珈琲に映る自分を見ていた。
いや、彼は己の顔を通して、弟者を見ていたのかもしれないね。
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:24:34.00 ID:NXbM2QcI0
( ´_ゝ`)「これでも、昔は仲が良かったんだ」
約二ヶ月のボクの苦労は、何一つ無駄ではなかった。
兄者がこうして、ボクに弟者のことを話してくれるようになったのだからね。
それが、表面上の情報だけだったとしても、ボクは嬉しくて、楽しくてしかたがなかった。
苦笑いをする兄者の言葉を待とうと思った時、ボクは室内がとても暑いことに気がついた。
季節はまだ肌寒い春だというのにね。
( ´_ゝ`)「この家は機械だらけだからな。熱が篭りやすいんだ。
ちょっと冷房でも入れるよ」
兄者が手元にあったリモコンを操作すると、涼しい風が少しずつではあるが、部屋に広がっていった。
魔術なら、こういうとき、すぐに気温を下げることができるんだけどね。
やっぱり魔術師と機術師は、どちらも完璧ではないってことだ。
( ´_ゝ`)「寒くないか?」
平気だと答えると、兄者は小さく笑った。
( ´_ゝ`)「そうか。ならいい」
兄者は平素、穏やかな男だ。
激情するのは、弟者と喧嘩しているときくらいのものだ。
そんな彼ではあるが、そのときの表情は、穏やかというよりも優しさに満ちていた。
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:27:18.80 ID:NXbM2QcI0
まあ、気になるよね。
そして、気になったら問いかけてしまうよね。
( ´_ゝ`)「……いや、弟者はな、寒いのが苦手なんだ」
始めて彼らを見つけた日。
つまりはまだ冬の寒さが猛威を振るっていた日。
弟者は兄者に比べて厚着をしていたようだった。
なるほど、双子の兄弟とはいえ、気温に対する耐性には差があるらしい。
ボクはチラリと暖炉を見た。
機械のせいで熱気が篭るこの家には不釣合いなもの。
金属でできているくせに、薪があって、火で暖をとるもの。
アレは、機械嫌いの者のために作られたかのように見える。
( ´_ゝ`)「アレはな、昔は薪を入れるところがなかったんだ」
ボクの視線に気づいた兄者が言葉を紡いでくれた。
自宅ということもあって、彼の口もずいぶんと軽くなっているようだった。
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:30:24.30 ID:NXbM2QcI0
( ´_ゝ`)「今でこそ、弟者はここにこないけど、昔はきていたんだ。
その時にはもう、弟者は立派な魔術師で、オレは機術師をしてたけど、
オレ達は双子だし、両親は死んじまってるし、たった二人っきりの家族だったから」
顔には出していなかったと思うけれど、ボクは内心、ドキドキが止まらなかったね。
彼の口から、とうとう不仲の理由が語られるのかもしれないのだから。
( ´_ゝ`)「寒い冬の日だった。あいつが来るって聞いていたんだけど、オレはちょっと出かけていてな。
この家は金属だらけだから、一度冷えると酷いんだ」
寒いところが嫌いな弟者のことを思い出し、兄者はきっと、家よりも冷たい気持ちに襲われたんだろう。
( ´_ゝ`)「オレは慌てて暖房を入れようと思ってな、そしたら――」
兄者が見たのは光。
兄者が聞いたのは爆音。
それだけだったらしい。
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:33:16.36 ID:NXbM2QcI0
その事故の結果、兄者は片足を失った。
それを見てしまったのであろう弟者は、それ以来兄者のもとに訪れなくなった。
キミもそう思っただろうけど、だからこそ、弟者は機械を嫌っているんだろうね。
二人っきりの家族が殺されかけたんだから。
ボクもそう言ったよ。
( ´_ゝ`)「そうだろうな。あいつは責任感もある、いい弟だから」
兄者も、そのことはわかっていたらしく、義足を撫でながら言っていた。
( ´_ゝ`)「でもさ、オレにはコレしかないんだよ。
あいつみたいに、魔術を使う才能はないからな。
兄として、せめてあいつとは対等でありたい。だから、オレは機術師を辞める気はない」
彼にも確固たる意思があった。
きっと、機術師であることを辞めてしまえば、兄者は弟者の兄ではいられなくなるんだろう。
それがわかってしまったから、ボクはそれ以上言うのをやめた。
( ´_ゝ`)「――だからな」
ボクは黙ったよ?
でも、兄者が言葉を作ってくれた。
( ´_ゝ`)「オレは、あいつのために料理を作る機械を作るんだ」
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:36:26.06 ID:NXbM2QcI0
ははは。
キミのその顔。
うん。面白いね。
( ´_ゝ`)「昔、母者がオレ達に作ってくれた料理はとても美味かった。
あいつは料理がてんで駄目だし、オレだってあんなに美味しいものは作れない。
でも、母者の味を機械が再現できたら……。あいつだって、認めるはずさ」
元々、事故が起きたのは兄者のメンテナンス不足と、慌てていたために起きた操作ミスだったらしい。
ちゃんと使えば、何も心配いらないし、むしろ素晴らしいものなんだとさ。
( ´_ゝ`)「そうだ。良かったら、夕飯でもどうだ?」
ボクは謹んでお断りしたよ。
家に帰れば、この町一番とも言える料理が待っていたし、素晴らしい光景を目にすることもできたからね。
( ´_ゝ`)「そうか……」
兄者は少し寂しそうだった。
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:39:29.82 ID:NXbM2QcI0
一人での食事はわびしいものだ。
それも、機械で作られたものとなれば、なおさらじゃないかと思うね。
( ´_ゝ`)「何を言う。機械で作ることができれば、半永久的にその味を再現できるのだぞ?
人の手で作ったものなど、その時々で変わってしまう」
正直じゃない弟者と、意固地な兄者。
彼らは双子だっていうのに、こんなにも違っているんだ。
ボクは弟者じゃないけど、彼が思っているようなことならわかるよ。
兄者がボクと過ごした時間と同じだけ、ボクは弟者と過ごしているんだから。
すれ違いを見ているのは楽しいことだけど、ただ傍観しているような人間じゃないんだよ。ボクは。
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:42:26.71 ID:NXbM2QcI0
料理っていうのはさ、出来栄えだけじゃないんだ。
誰かが誰かのために、その手を使って料理したっていうのが、大切なんだよ。
それが味になり、幸福になる。
( ´_ゝ`)「何を言っている。味は素材と調味料と温度と切り口さ」
それは矛盾した言葉だ。
もしそれが本当だとするならば、兄者の母が作った料理はそれほど不安定なものだったのか。
( ´_ゝ`)「……母者の料理」
ボクはその料理を食べたことがない。
きっと、失敗したときもあるだろう。
それでも、思い出してみれば、とても美味しいものだったはずだ。
( ´_ゝ`)「……」
それは、愛情というなの調味料であり、素材なんじゃないのかい?
- 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:45:19.90 ID:NXbM2QcI0
ボクはそれだけ告げて、兄者の家を出た。
一度だけ振り返った彼の家は、夕日に照らされてオレンジ色に染まっていたのに、冷え冷えとして見えた。
彼の決断をボクは否定しない。
ボクの言葉を持ってしても、動かせない芯が彼にはあるのかもしれない。
すれ違ったままだとしても、ボクは面白いからね。
仲良くなるなら、それはそれでいいじゃないか。
魔術師と機術師の双子の仲良し兄弟。
うん。今、想像してみたけど、悪くないね。面白そうだ。
ただね、残念なことに、ボクはこの話の続きを語ることはできない。
この日、ボクが家に帰ると、クーさんとドクオさんに話を聞いて、引越ししてしまったからね。
だけど大丈夫。まだ話はあるよ。
興味深いものの話がね。
お茶のおかわりは必要かい?
ボクはちゃーんと自分の手で淹れているから安心してね。
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:49:20.57 ID:NXbM2QcI0
- 【逃げることを辞めるようです】
ボクがあの町に住み始めた頃からの知人がいてね。
彼は墓地で働いていたんだ。
墓穴を掘り、死者を埋葬してあげる。
彼の目にはいつだって涙に暮れる顔が映っていた。
けれど、彼は他人の悲しみに足を引っ張られることはなかった。
何せ、彼には可愛らしい娘さんがいたからね。
奥さんは娘さんを生んでしばらくして亡くなってしまったらしいけど、あの娘さんの存在は、彼にとって大きかった。
本当に可愛らしい子だったよ。
鈴の鳴るような声で、手足はすらりと細く、肌は白い。
町を歩いていれば、少し気になって振り返ってしまう程度には、彼女は可憐だった。
ζ(゚ー゚*ζ〜♪
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:51:46.64 ID:NXbM2QcI0
ζ(゚ー゚*ζ
彼女はデレ。
夏の太陽は彼女の金髪をきらめかせ、
秋の木の葉は彼女の足音にアクセントをつけ、
冬の寒さは彼女の頬を赤くさせていた。
( ゚ゞ゚)
彼女の父親はオサム。
痩せ方で、夜に見ると少し怖い。
娘はきっと母親似に違いないと評判だった。
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:53:26.09 ID:NXbM2QcI0
ζ(゚ー゚*ζ「お父さーん」
( ゚ゞ゚)「どうしたんだい? こんなところに」
ζ(゚ー゚*ζ「お父さんに会いたくて! ほら、クッキーを焼いたの!」
( ゚ゞ゚)「おお、これは美味しそうだ!」
ζ(゚ー゚*ζ「今日は見回りだけなんでしょ?」
( ゚ゞ゚)「そうだよ。さあ、皆でクッキーを食べよう」
デレちゃんの作ったクッキーは仄かにハーブの香りがして、美味しかったよ。
和気藹々としている場所が、墓地でなければきっと誰の目から見ても微笑ましかっただろうに。
いや、そんなことは関係ないか。
彼らとボクが幸福だと思っているのならば、その他大勢の人間の目など、気にする必要もないんだから。
- 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:56:40.13 ID:NXbM2QcI0
ボクが彼らに興味を持った理由?
一番の理由はまだなんだけど、そうだなぁ。
可愛らしいと評判の子が、墓地に出入りして、楽しげにクッキーを食べていれば気にもなるさ。
父親はオサムと言ってね、ちょっとばかり人相が悪いんだけど、人はとても良いんだ。
ボクとオサムか。と、言ってもいいね。
……はいはい。余計なことは言わないでおこう。
ボクはMじゃないものでね。痛いのは嫌いなんだ。
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん、今日の晩ご飯は何にする?」
( ゚ゞ゚)「デレが作るものなら何でもいいよ」
たまには墓地で過ごすのも悪くない。
このボクにそう思わせるくらいには、彼らの隣は居心地がよかった。
そうだなぁ。
たぶん、ボクがあの町に住み始めて、一番初めに知りあった人だろうね。
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 04:59:26.75 ID:NXbM2QcI0
でもね、運命なんてものは、最高に残酷でクソなんだよ。
花が彼女を彩る季節がやってきた頃、彼女は病にかかったんだ。
ζ( ー ;ζ ケホッ ケホッ
咳が酷くなり、口から血を出し、町にある病院へ運ばれた。
( ゚ゞ゚)「――え?」
デレちゃんが病院に運ばれたと聞き、墓地の仕事を放りだしてしまったオサム。
彼はどんな顔をしていたんだろうね。
デレちゃんは不治の病だったそうだよ。
延命のために必要な治療を受けるのにも莫大な金額がかかるようなね。
オサムにはそんなお金はなかった。
親子二人が生きていくのだけで精一杯な生活だった。
貯金なんてものはなかったし、借りるアテもない。
彼は、父親だったけど、娘一人を救うこともできない無力さをただただ感じただけさ。
- 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:02:24.18 ID:NXbM2QcI0
運命がクソなら、世間もクソさ。
デレちゃんの話はすぐに町に広まった。
そして、人々は口々に言うのさ。
「父親があんな仕事をしているからだ」
実に馬鹿馬鹿しい。
オサムがいなければ、あの町は死体だらけだろうに。
誰かがしなければいけない仕事だし、死者を葬る大切で神聖な仕事さ。
オサムを詰る口を持った奴だって、親や祖父母を彼に埋めてもらっただろうに、
雑に扱われず、とても丁重に扱われたはずさ。そういう男だったもの。
( ゞ )「すまない……。すまない……。デレ……」
ζ(゚ー゚ ζ「……お父さん」
- 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:05:16.63 ID:NXbM2QcI0
三日くらいオサムを見ない日が続いた。
そして、ボクが次にオサムを見た時。
【+ 】ゞ゚)
彼は大きな棺桶をその背に背負っていた。
ζ(゚ー゚*ζ
その後ろに、ひょっこひょっこと、デレちゃんがついてきていた。
白い肌は、不健康な白色に変わっていた。
- 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:08:51.01 ID:NXbM2QcI0
ζ(゚ー゚*ζ「入院することもできないから、私はお父さんの傍にいます」
話を聞いてみると、デレちゃんはそう言った。
ボクがちらりとオサムを見ると、彼女は少し悲しそうに眉毛を下げた。
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん……。私のこと、見てくれないんです」
【+ 】ゞ゚)
オサムは黙って穴を掘っていた。
今日も昨日も、誰も死んでいないはずなのに。
虚ろな目をしている彼に、ボクは声をかけてみた。
別に怖くはなかったよ。彼が優しい男だとボクは知っていたからね。
最愛の娘の死に直面すれば、誰だって虚ろな目になるものさ。
【+ 】ゞ゚)「……なんだ」
掠れた声はきっと泣きつくしたからなんだろう。
ボクはデレちゃんのことは、残念だった。と、言った。
本人の前で言うことじゃないんだろうけど、彼女は本当にオサムの傍から離れるつもりがない見たいだから。
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:11:46.56 ID:NXbM2QcI0
【+ 】ゞ゚)「デレ……。デレ……。どうして、死んでしまったんだ」
オサムは背負った棺桶に指を這わせながら言った。
ζ(゚ー゚*ζ
ボクがデレちゃんを見ると、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
【+ 】ゞ゚)「明るくて、可愛い子だった。あの子がいれば、私は他に何もいらなかった。
あの子のために、私は最高の墓を用意してあげなければならないんだ」
オサムは穴を掘る。
きっと、棺桶を埋めるための穴なんだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん、私が死ぬ日をただただ待つなんてできなかったんです」
デレちゃんはその辺りに腰を降ろしてオサムを見ていた。
その表情は、聖母のように慈愛に満ちていて、うら若い娘がするものじゃなかった。
- 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:14:31.27 ID:NXbM2QcI0
【+ 】ゞ゚)「お前のために最高の墓を用意してあげようね。
私は毎日ここにいるから。寂しくないね。
愛しているお前のことは決して忘れないよ。
でも、毎日涙を流していては、お前が心配するだろうから。
素晴らしい墓を作って、お前の墓の傍で毎日毎日過ごせば、きっと涙がでなくなるから。
愛してるよ。デレ」
彼はすっかり精神を病んでしまったようでね。
いやはや。無理もない。と、言ってやりたいところだけど……。
厳しいことを言うとね、彼みたいな境遇の人間はゴロゴロいるわけでね。
彼だけじゃないのさ。悲しいのは。
オサムに同情するくらいなら、デレちゃんの気丈さを褒めた讃えたいね。
- 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:16:35.17 ID:NXbM2QcI0
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん」
【+ 】ゞ゚)「デレ。待っていてね」
ζ(゚ー゚*ζ「綺麗なお墓、作ってね」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと深すぎるんじゃない?」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「お花、いっぱーい飾ってね」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「大好きだよお父さん」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。ちょっぴり恥ずかしいよね」
- 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:18:52.39 ID:NXbM2QcI0
酷く悲しいね。
酷く辛いね。
そして、
酷く興味深いね。
- 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:20:29.55 ID:NXbM2QcI0
病にかかった娘と、精神を病んだ父親。
どちらが不幸なのかな?
どちらが同情されるべきなのかな?
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん」
わずらった娘はいつもと変わらない笑顔で、墓地に腰掛けている。
死者が集まる場所で、死に近い娘が笑っている。
ボクは興味がわいたよ。
本当はあの娘こそが精神を病んでいるのではないか。
本当は病んでいる方が幸福なのではないか。
きっとボクは良い人間じゃないから。
あの時、ボクの口角は上がっていたに違いない。
- 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:23:54.94 ID:NXbM2QcI0
毎日毎日、ボクは墓地に足を運んだよ。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、こんにちわ」
オサムは毎日毎日、穴を掘っていたよ。
昨日開けたはずの穴は、そのままに、新しい穴ばかりが増えていく。
【+ 】ゞ゚)「駄目だ。こんな穴じゃ駄目だ」
ζ(゚ー゚*ζ「違いがわからないよ」
【+ 】ゞ゚)「こんな穴に、デレを埋めるわけにはいかない」
ζ(゚ー゚*ζ「お父さんが掘ってくれた穴なら何でもいいよ」
会話にならない会話を、ボクは墓地の片隅で聞いていた。
町の人々は、親子共々頭がおかしいと言っていたね。
まあ、ボクもその中の一人に組み入れられていたみたいだけどね。
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん、腕が疲れないんですかね」
もう慣れっこなんじゃないかな。
ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり、お父さんはすごいなー」
- 80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:26:32.39 ID:NXbM2QcI0
デレちゃんはニコニコしながら、オサムを見ていた。
ζ(゚ー゚*ζ「ずっと一緒にいたかったなぁ」
ζ( ー *ζ ケホッ ケホッ
ζ(゚ー゚*ζ「私、次の夏まで生きられないそうなんですよ」
咳をして、それでもデレちゃんは笑っていた。
ボクは彼女の手が赤く染まっているのを知っていたけれど、特に何も言わなかった。
ただ一つ、女性物の下着を買って来てくれないか? と、だけ頼んだ。
- 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:29:33.65 ID:NXbM2QcI0
別に変態的な意味ではないよ?
ほら、クーさんの下着がね? 服もちゃんと頼んだよ?
うん。そこに繋がっているんだ。だから、そんな軽蔑した目でボクを見ないでおくれ?
ζ(゚Д゚*ζ「…………」
ああ、そういえば、デレちゃんも似たような顔をしていたなぁ。
【+ 】ゞ゚) ザクザク
その隣でオサムは黙々と穴を掘ってるし……。
あの光景は地獄絵図というものだったのかもしれないね。
ζ(゚ー゚*ζ「……わかり、ました」
彼女には事情を説明したよ。
すっかり町の人々から嫌われてしまった彼女から情報が漏れることはないからね。
- 84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:32:46.41 ID:NXbM2QcI0
それからも、毎日、毎日、毎日、毎日。
オサムは穴を掘っていたし、デレちゃんはそれを眺めていた。
ボクがどれだけ観察しても、どちらが不幸なのか、それともこれこそが幸福なのか。わからなかったよ。
だからこそ、ボクも毎日あの墓地に行っていたんだけどね。
ζ(゚ー゚*ζ「ここ、穴ボコだらけになっちゃうね」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん、その棺桶の中には何が入っているの?」
【+ 】ゞ゚)「デレ。デレ。待っていてね。デレ」
ζ(゚ー゚*ζ「待つよ。待つから――」
ζ( ー *ζ ケホッ ケホッ
ζ(゚ー゚*ζ「頑張ってね。お父さん」
- 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 05:35:42.07 ID:NXbM2QcI0
ろくな治療も受けられず、日がな一日墓地に座り込んでいれば、体調は悪化するばかり。
それでいいのかい? と、聞けば、
ζ(゚ー゚*ζ「いいの!」
と、返ってくるだけ。
【+ 】ゞ゚) ザクザク ζ(゚ー゚*ζ
ζ(゚ー゚*ζ「私は死んじゃうから。お父さんに、辛い現実を見せたくないから」
風に紛れてしまうような呟きに、ボクは彼女が慈愛に満ちた瞳を持っている理由がわかったような気がしたよ。
でも、それは真実ではないかもしれない。
ボクの興味は尽きなかったね。
ああして、何が入っているかもわからない棺桶を背負って、ただただ穴を掘ることが、幸せだなんて、
普通の人は思わないだろうに、デレちゃんはそれでも幸せだって言うんだ。
辛い現実って言うけど、娘の死を背負い続けることは、不幸ではないんだって。
ζ(゚ー゚*ζ「おとーさん」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
- 88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[猿に掴まってた] 投稿日:2012/07/22(日) 06:00:22.48 ID:NXbM2QcI0
ζ(゚ー゚*ζ「お父さんはたくさん泣いたの。
たくさん謝ってくれたの。
もう、泣いて欲しくない」
デレちゃんは笑っていた。
キミは泣かないの? と、尋ねると、彼女は驚いたような顔をしていた。
ζ(゚Д゚*ζ「わ、私なんて……」
ζ(゚ー゚*ζ「私は……」
ζ(;ー;*ζ「置いていく方だから……」
ζ(;ー;*ζ「泣いちゃいけないんだから……」
ボロボロと……
いや、デレちゃんにあわせるなら、ポロポロと、の方がいいかな。
何にせよ、彼女は泣いたよ。
涙を流してうつむいた。
彼女の涙が地面を濡らしていく。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:03:33.24 ID:NXbM2QcI0
ζ(;ー;*ζ「お父さん……」
デレちゃんはオサムを見た。
【+ 】ゞ゚) ザクザク
オサムはそれでも穴を掘っていた。
彼にとって、デレちゃんの悲しみなんて、無と一緒なんだ。
ζ(;ー;*ζ「私、ここにいるよ?」
もう、死期が近かったんだろうね。
デレちゃんはオサムに何度も言っていた。最期が見えてきて、不安で、仕方がない声で言った。
ここにいるよ。って。
それでも、彼にその言葉は届かないんだ。
- 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:06:25.75 ID:NXbM2QcI0
死ぬなら、その前に、思い残すことのないように行動するべきだと思うんだ。
残される方の悲しみはいずれ癒えるけど、死んでしまったら、未練を解決する術なんてないに等しいだろうからね。
ζ(゚ー゚*ζ「……私に、その権利があると思います?」
思うね。
人に認めてもらうことが、人に想いを寄せることが禁止されるなんて、酷いことだろ?
ζ(゚ー゚*ζ「……お父さん」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「……私、少し考えてみます」
現状が幸福だと信じていた彼女にとって、一歩を踏み出すことは恐ろしいことだ。
デレちゃんは涙を拭って、オサムを真っ直ぐ見ていた。
彼女の心はどのような動きを見せていたんだろうね。
興味が尽きないよ。
- 92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:09:23.84 ID:NXbM2QcI0
さて、わかっているだろうけれど……。
そう。ここでこの話は終わり。
ボクは引越しをしたからね。
どうだった?
ボクのお話は。
……どうして、そんな顔をしているんだい?
不思議そうで、不満そうで、納得のいっていない顔だ。
うん。そろそろ、キミが手にしている包丁を、置いてくれても良い頃だと思うんだけど、どうかな。
- 93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:12:21.20 ID:NXbM2QcI0
ボクはキミに恨まれるようなことをしたこともなければ、恐れられることだってしていないよ。
そう。話した通り、ボクは、ちょっと後押しをしただけさ。
別れる恋人には共にある決意を。
すれ違う兄弟にはわかりあうきっかけを。
狂った親子には正常への道を。
それを選び取るか、どう行動するか。それは彼らしだいさ。
- 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:14:20.05 ID:NXbM2QcI0
そうだ。
ボクは彼らのその後を知らないけれど、噂でなら聞いたことがあるよ。
- 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:17:31.08 ID:NXbM2QcI0
美しい彼らは、両親をとある料亭に集めたんだってね。
('A`)「オレは、クーを愛しているんです」
川 ゚ -゚)「私も、ドクオを愛しています」
('A`)「彼女しかいない」
川 ゚ -゚)「彼のためなら、何だってできる」
彼らの演説虚しく、両親達は猛反対。
終いには、お互いの家を罵倒しあう有様だったそうだ。
('A`)「クー、オレは、お前と離れたくない」
川 ゚ -゚)「私もだ」
二人は喧騒の中、手と手を取りあったそうでね。ボクはその光景を、是非是非見たかったものだ。
- 96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:20:22.25 ID:NXbM2QcI0
('A`)「オレはお前のためなら死んでもいい」
川 ゚ -゚)「私もだ」
('A`)「でも、できることなら、お前のその手で死にたい」
川 ゚ -゚)「ああ。私も、お前の手で死にたい」
('A`)「お前の望みなら、何でも叶えてやりたい」
川 ゚ -゚)「全てを捧げたい」
激しい喧騒の中で、きっと、彼らだけが聖域にいたんだろう。
彼らの言葉に気づいた者は少なく、彼らの手の中にある物に気づいた者はほんのわずか。
- 97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:23:21.42 ID:NXbM2QcI0
川 ゚ -゚)「愛している」('A`)
- 98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 06:26:32.75 ID:NXbM2QcI0
互いに互いの心臓を突き刺したんだって。
倒れこんだ二人の身体は重なり合い、最後の最期まで共にあったんだとさ。
きっと、彼らの血は花のようだっただろう。
彼らの死に顔は何のも勝っただろう。
ボクは見たかった。
彼らは、その死を持って、最高の芸術を作り上げたのに違いないのだから。
- 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[猿] 投稿日:2012/07/22(日) 07:01:18.27 ID:NXbM2QcI0
すれ違う兄弟の兄は、その後、自分の手で料理を作ったんだそうだ。
( ´_ゝ`)「……弟者は、食べるかな」
出来たての料理を手に、弟者がいるであろう場所を目指して歩いていた。
また機械で作ったのかー。という、町の人の質問に、兄者は少し苦笑いしながら答えていた。
( ´_ゝ`)「今回は、手作りなんだ。
味の保障はないぞー」
すると、ふらりと浮浪者が兄者の傍にやってきた。
弟者はどうせ食べない。と、いうことで、時々、浮浪者に食事をわけるときがあったそうだから。
その浮浪者も食事目当てだったんだろう。
手にある料理を要求され、兄者は焦った。
何せ、今手にあるのは手作りだ。同じものは作れない。
(;´_ゝ`)「す、すまない。また、今度にしてくれないか」
いつもはくれるのに、別の浮浪者にはあげていたのに。
空腹は人の思考回路を馬鹿にする。
一瞬で膨れ上がった殺意は、感情を実行に移させる程度の強さだった。
- 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[猿] 投稿日:2012/07/22(日) 07:04:25.79 ID:NXbM2QcI0
穏やかな昼下がり、鈍い音と、呻き声と、悲鳴があがったそうだ。
- 102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 07:07:52.17 ID:NXbM2QcI0
兄者のことを聞き、慌てて病院に駆けつけた弟者は膝から崩れ落ちたそうだよ。
( <_ )「あ、にじゃ……?」
頭を一撃。
兄者は眠るように死んでいた。
(;<_; )「オレが、一緒に住んでいればよかったのか?
兄者が作ってくれた料理を食べればよかったのか?
なあ、兄者が手作りの料理を作ってくれたんだって、聞いたぞ?
母者とは違うけど、兄者の料理だって絶品だって。オレは昔から言っていただろ?
だから、また、作ってくれよ……」
- 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 07:11:31.61 ID:NXbM2QcI0
弟者はその後、すぐに魔術寮を出たんだって。
殆ど廃人みたいになっていたこともあって、周りは引き止めなかった。
一人っきりになってしまった彼は、兄者が住んでいた家に篭っているんだって。
ただ、一ヶ月ほど誰も弟者の姿を見ていないから、中で死んでいるのかもしれない。
誰もあの家には入れないし、入る勇気もないから、真実は誰にもわからないけどね。
彼らはすれ違ったままなのさ。
方や死に、方や生死不明。
世間的にも、状況的にも、重なり合うことはない。
本当に面白い兄弟だよ。
双子の兄弟は、同じ死に方をするっていうのが、物語の相場だろうに。
- 104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 07:16:17.64 ID:NXbM2QcI0
狂った親子の子供は意を決したらしい。
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん、私、ここにいるよ」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「私、もうすぐ死んじゃうけどさ、最期はお父さんとお話していたいの」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。今日はちょっとオシャレしちゃった」
【+ 】ゞ゚) ザクザク
ζ(゚ー゚*ζ「……お父さん」
【+ 】ゞ゚)「デレ。今度の穴はどうかな?」
ζ(゚ー゚*ζ「私はまだここにいるよ!」
- 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 07:21:23.55 ID:NXbM2QcI0
ζ(゚ー゚#ζ「――こんなもの!」
( ゚ゞ゚)そ
デレちゃんはオサムから棺桶を奪い、そこいらに開いている穴に放り投げた。
ζ(゚ー゚#ζ「ねえ! お父さん! 私の話を聞いてよ!」
( ゚ゞ゚)「あ……。デレ……。デレ……!」
穴に落ちた棺桶をオサムは拾い上げ、丁重に土を落とした。
傷がついていないことを確認し、嬉しそうに微笑んだそうだ。
【+ 】ゞ゚)「貴様――」
ζ(゚ー゚*ζ「お父さん……?」
再び棺桶を背負ったオサムは、穴の上にいたデレを睨みつけ、穴から這い出た。
その手には、穴を掘るためのスコップがしっかりと握られていた。
ζ(゚ー゚*ζ「おとう――」
- 106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 07:26:27.49 ID:NXbM2QcI0
赤い赤い花が墓地に咲いたそうだ。
- 107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 07:30:24.95 ID:NXbM2QcI0
オサムは、最愛の娘のために、最高の墓を作ろうとした。
幻想の娘はずっと彼の背中に。
本物の娘は墓地に放置された。
肉が腐り、蝿がたかり、骨だけになっても、デレちゃんの死体はずーっとそこにあったんだとさ。
狂った代償に、本物の娘を殺してしまうなんて、罪深い男だよ。
同情されるべきなのは、不幸なのは、間違いなくデレちゃんだったんだね。
ボクは直接は見ていないけれど、噂が本当ならば、ボクの抱いていた謎は多少解かれたということになるね。
- 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 07:33:45.86 ID:NXbM2QcI0
ボクは何も悪くないよ?
彼らは別の道を歩むことだってできたんだから。
心中しなくても追っ手を振り切る勢いで、遠くの町へ駆け落ちすることだってできた。
手料理なんていくらでも作ってやればいい。
現状が幸福だと信じ続けていればいい。
勿論、彼らが間違っているともボクは思わないよ。
彼らは彼らで、考えて考えて。悩んで悩んで。答えを出したはずだからね。
- 109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 07:36:35.12 ID:NXbM2QcI0
どこに行くの?
外はまだ雨が降っているよ?
道に迷ったんでしょ?
安心しなよ。雨が上がったら。明日の朝になったら、森の外まで送って行ってあげるから。
――あ、待って。
- 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/07/22(日) 08:00:30.88 ID:NXbM2QcI0
……行っちゃった。
こんな悪天候の中、森を行くなんて危険なこと、よくしようと思うよね。
でも、ボクのせいじゃないよ?
あれも、あの子が自分で決めたことだもの。
ボクは昔のことを話しただけ。
二つの道を示し、わかりやすく後押しをしてあげただけ。
さて。キミの背中を押してあげようか? 了
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