- 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 20:36:55.84 ID:qscgnKxCP
(´・ω・`)「それでは……皆さん、本当にお疲れ様でした。
そして、申し訳ありませんでした」
今日、十年勤めた会社が倒産した。
頭を下げる社長に対し、社員達は何も言わず、黙って会社から出て行く。
既に次の勤め先を見つけた者。
まだ若く、やり直しがきく者。
職を失い、呆然とする者。
('A`)「……帰るか」
俺はというと、特に特別な感情は浮かんでこなかった。
32歳、独身。
養うべき家族もいない。
気楽な、独り者だったからだ。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 20:40:32.76 ID:qscgnKxCP
外に出ると、もう日はすっかり落ちていて、
通りは仕事を終えたサラリーマンで溢れていた。
('A`)「俺も今日でサラリーマン卒業か」
いや、脱退か。
そんな風に考えたら、家に帰るのが億劫になった。
もう、朝早く起きて満員電車に乗る必要はない。
取引先に頭をさげることも、しばらく無いだろう。
('A`)「祝杯でも、あげるか」
苦笑いと共に出てきた呟きは、喧騒にかき消される。
俺は、お気に入りの飲み屋へと向かった。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 20:43:58.13 ID:qscgnKxCP
「っしゃいませぇぇぇぇぇ!」
('A`)「生一つ。それと海鮮モリ一つ」
「かっしたぁぁぁぁぁ!」
カウンター席につき、一息つく。
スーツを脱いで、ネクタイを外した。
重たい鎖を外したような不思議な爽快感を感じた。
川д川「ドクオさん?」
ふと、声をかけられた。
隣の席に座っていた若い女性。見覚えが、あった。
だが、名前がどうしても出てこない。
('A`)「君は……」
川д川「貞子です。総務の……あ、元、総務ですね」
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 20:48:48.20 ID:qscgnKxCP
('A`)「奇遇だね。一人?」
川д川「はい。今日は一人で飲みたい気分だったので……。
ドクオさんも、おひとりさまですか?」
('A`)「ああ」
言って、おしぼりを手にとる。
顔をふこうとして、やめた。
年下の女の前で、その行動をするのはあまりにもオヤジ臭いと思ったからだ。
黙っているのも何だか気まずいので、俺は軽く話を振った。
('A`)「会社、倒産しちゃったね」
川д川「そうですね……。ドクオさんは、これからどうするおつもりなんですか?」
('A`)「まだ何も考えてない、かな。とりあえず、次の勤め先を探さないとね」
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 20:56:31.46 ID:qscgnKxCP
軽く答えて、質問を返す。
('A`)「貞子さんは?」
川д川「私も同じです。でも、今は就職、厳しいですよね。
だから、働き口が見つかるのか、ちょっと不安です」
大丈夫だよ、とは言えなかった。
今は、事務職でも完全な買い手市場。
10名採用のところに、100名が押し寄せると聞く。
('A`)「今は、どこも不景気だからね」
人事のように言ってのける。
30歳を超えてしまっている俺は、もっと大変なんだよな……。
頭の中に浮かんできた不安を、ため息をついて吹き飛ばした。
今は、暗い事は考えたくない。
そんな子供じみた自分が、妙に懐かしくて、心地良かった。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:02:27.23 ID:qscgnKxCP
「おまったせしましたぁぁぁぁぁ!!生と海鮮モリでぇぇぇぇす!!
こちらのお客様にはウーロンハイでぇぇぇぇえええす!」
ガタイのいい店員が、注文した品を持ってきた。
('A`)「ありがとう」
それを受け取って、俺と貞子さんは目を合わせる。
川д川「乾杯……っていのも、変ですかね」
('A`)「いいんじゃないかな。新しい船出に乾杯ってことで」
川д川「ふふ。ドクオさん、前向きですね」
('A`)「女の子の前だからね。強がってるだけだよ」
そう言うと、貞子さんはくすりと笑った。
学生時代の俺だったら、こんな風に女の子にうける会話は出来なかっただろう。
なんでだろうな。
年をとると、落ち着きがでるというが、
それは単純に、色々なものを諦めているからこそでる落ち着きなんじゃないだろうか。
まるで18歳の小僧の考え方だな、と心のなかで自虐気味に笑った。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:10:09.34 ID:qscgnKxCP
('A`)「乾杯」
川д川「乾杯……です」
ビールの苦味が、舌の上に広がる。
二口ほど飲んで、ジョッキを置いた。
('A`)「こうして一緒に飲むのは、初めてだね」
川д川「そうですね。会社の飲み会では、何度かご一緒したことがありましたけど」
言われて、顔がひきつった。
彼女の顔に、全然覚えがなかったのだ。
('A`)「そ、そうだったかな。うん」
川д川「あ、気にしないでください。私、あまり目立たないですし、ドクオさんと話すのも、これが初めてですし」
('A`)「面目ない」
川д川「私はドクオさんの事は知っていましたけどね。有名でしたから」
('A`)「俺が?」
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:13:37.17 ID:qscgnKxCP
川д川「はい。よく部長に怒鳴られてて、万年ヒラのドクオって」
(;'A`)「は、ははは」
つまんでいたタコが箸から落ちた。
最近の若い娘は容赦がない。
川;д川「あ、す、すみません……」
(;'A`)「いいよいいよ。本当のことだし」
それに、と付け加えて
('A`)「もう、会社もなくなっちゃったしね」
川д川「……そう、ですね」
沈黙が訪れる。
タコを口に放り込んで咀嚼した。
いやに酸っぱかった。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:18:25.47 ID:qscgnKxCP
後ろの方の席で、大きな笑い声が聞こえた。
目を向けると、スーツ姿の男達がどんちゃん騒ぎをしていた。
( ,,゚Д゚)「営業部のエース、擬古! 得意の腹芸やりまーす!」
「いいぞー!」
「よ! 十八番!」
すっかり出来上がったサラリーマンの集団。
それは、もう見飽きるほど見た光景。
かつて、自分もそこにいた。
('A`)「もう、接待もしばらく無いんだな」
ぽつりと、呟いた。
川д川「ドクオさん……」
('A`)「ん?」
川д川「元気、出して下さい」
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:25:11.01 ID:qscgnKxCP
妙に深刻な表情で、貞子さんが言った。
俺は慌ててシナを作る。
('A`)「あはは、何だよ、やぶからぼうにw 落ち込んでるように見えた?」
川д川「はい。とっても……」
('A`)「俺は落ち込んでないよ。むしろ、清々してるね。
明日から自由の身だし、海外旅行にでもいって、少しリフレッシュしようかな」
川*д川「いいですね、海外旅行。会社務めの時は、まとまった時間とれなかったですし」
貞子さんが食いついてきた。
やっぱり、女性にとって海外旅行は憧れなのだろう。
('A`)「いい機会だし、貞子さんも行きなよ、海外旅行。
たまには違う世界に触れて、見聞を広めるのもいいと思うよ」
川д川「私、行くならパリとかにいってみたいなぁ」
('A`)「いいね、パリ。美術館巡りでもしてみようかな」
川д川「私、エッフェル塔を生で見てみたいです!」
('A`)「いいねいいね。飽きるまで見よう」
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:29:47.58 ID:qscgnKxCP
しばらくパリ談義が続く。
食べ物はあれが美味しそう。
カヌーで河を下りたい。
現地人と仲良くなって案内してもらって云々……。
お互いに酔いがまわってきたのか、口が流暢になる。
貞子さんはいつのまにか、啓吾を忘れてため口になっていた。
川д川「あー、でも私、一人でいくのは何だか気がひけるなぁ」
('A`)「彼氏といけばいいじゃないか」
川д川「いるわけね〜〜でしょ〜〜。いるように見えます?」
('A`)「見えない」
川д川「こんのオヤジ〜、はっきり言いやがって〜!」
(;'A`)「首根っこをつかむな〜〜」
目をとろんとさせながら、貞子さんは俺に八つ当たりをする。
もはや年上に対する敬意は一欠けらもない。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:33:34.61 ID:qscgnKxCP
川д川「私だってぇねぇ」
三杯目のウーロンハイを飲み干し、ジョッキをテーブルに叩きつける。
川д川「素敵な彼氏の一つや二つ、欲しかったですよぉ」
('A`)「二つはまずいだろ」
川д川「ただねぇ、そんな王子様みてーな人は現実にゃいねーんですよ。
いたとしても、あたしみたいなちょ〜地味な女にゃなびかないんですよ」
川#д川「ちくしょー! おかわり!」
「かしっかりましたぁぁぁ!」
(;'A`)「もうその辺にしといた方がいいんじゃないか?」
川#д川「いーんでふ! もう、今日は、飲むんです! 会社も潰れましたし!」
貞子さんは、手をばたばたとさせる。
俺に止められるはずがなかった。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:38:47.74 ID:qscgnKxCP
川д川「……それでもねぇ、私は真面目にやってきたんですよ。
大学も国立を出て、就職活動もちゃんとやって、毎日毎日
コピーだの雑務だの、めんどいこともちゃんとやって」
貞子さんは、前のめりになってテーブルを睨んだまま呟く。
川д川「それで……この有様ですよ。
もう、あたしも26歳。色気もない。資格もない。
結婚する相手もいない。ないない尽くしですよ」
('A`)「俺だって、似たようなもんだ。貞子さんは、まだ若いんだから
いくらでもやり直せるだろう?」
川д川「やり直せるってなんですか!じゃあ私の人生は一回リセットですか!?」
(;'A`)「いや、言ってる意味がよくわからな(ry」
川д川「私は何なんですか! 真面目にやってきてなんもなしですか!
私の人生なんなんですか〜〜〜?え〜〜!?」
(;'A`)「いて! こら、頭を叩くな!」
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:44:16.26 ID:qscgnKxCP
貞子さんは、完全に、たちの悪い酔っ払いと化していた。
俺、こんなつもりで飲み屋に入ったわけじゃないのに……。
一人でしんみり飲むつもりだったのになぁ……。
川д川「ドクオさぁん」
(;'A`)「何?」
川д川「何で女はぁ」
でへへ、と笑いながら俺を覗き込む。
川д川「女なんですかねぇ!?」
(;'A`)「は?」
川#д川「だってそうでしょう!? 女だから結婚すりゃい〜や〜だなんてねぇ。
そんな簡単じゃないんですよ女は! 女ってナンですか! 女は結婚してナンボですか!?
だったらあたしは負け組ですよ! 負け組み〜〜〜〜!」
人差し指を高々とあげながら叫ぶ。
ちょ、他の客に笑われてますよ、貞子さん。
(;'A`)「そ、そんなことないんじゃない? これから、いい人に出会うチャンスなんていくらでもあるって」
川д川「チャンスぅ?」
じろり、と睨まれる。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:48:17.94 ID:qscgnKxCP
川#д川「中学に入ったら彼氏できるはず!高校に入ったら彼氏できるはず!
大学に入ったら彼氏できるはず!会社に入ったら(ry」
川#д川「夢見させるようなこと言わないで下さい!現実はきびしい!」
(;'A`)「んがっ!」
貞子さんの人差し指が、俺の鼻に突っ込まれる。
川;д川「うわ〜〜〜〜〜〜!」
そして泣き崩れる。
何なんだよ、もう。泣きたいのはこっちだよ。
(;'A`)「……け、結婚だけがすべてじゃないよ」
川д川「じゃあ仕事ですか? 仕事=生きがい的なキャリアウーマンになれと?
私だってなれるならなりたいですよ。けど、私みたいな人としてあれなあれはあwせrftgyふじこ」
(;'A`)「飲みすぎだよ……」
もはや後半は聞き取る事が不可能だった。
物静かな子だと思ったけど、酒を飲むとこうもかわるものなのか……。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:51:45.72 ID:qscgnKxCP
川д川「あー」
むくりと起き上がって、
川д川「人生って……なんなんですか」
今度は人生ときたか。
川д川「大人になって、辛い物をたくさん背負わされて、
色々なものに縛られて、まるで羽を失った鳥ですよ、大人は」
詩的な表現をして
川#д川「つまり人生なんてつまんねーですよ!」
そう、言い切った。
('A`)「そう言うなよ。人生、悪い事ばかりじゃないさ」
川д川「え〜〜?例えば?」
(;'A`)「た、例えば、か」
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:55:47.43 ID:qscgnKxCP
俺はこれまでの人生を振り返ってみた。
地味な学生時代。
スクールカーストの下位にいた俺は、華やかな青春とは程遠い場所で
ひっそりと過ごしてきた。
会社では、怒られる毎日。
パッとしない20代。気付けば、俺は30を超えていた。
('A`)「……うーん」
そう考えると、いい事なんて一つもなかったような気もする。
酔いも重なって、頭の中でぐるぐると渦巻きがまわる。
川д川「ほらぁ、何にもないじゃないですかぁ」
(;'A`)「いや、ある! あるさ! そうだな、例えば」
俺ははずみで、とんでもない事を口走った。
(;'A`)「可愛い年下の女の子と、二人きりで飲んだこと、とか……さ」
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 21:58:07.33 ID:qscgnKxCP
川д川
('A`)
川д川
('A`)
カラン。
「いらっさあせぇぇぇぇぇ!」
店の喧騒が一瞬消えたような錯覚を覚えた。
そして
川д川「ぷ」
('A`)「あ?」
川*д川「あはははは!なんですかそれ!誰のことですか、それ!」
(;'A`)「……」
川*д川「まさかドクオさんが、そんなお世辞言う人だとは思ってなかったですよ!
あー、おかしー!」
大笑いする貞子さん。
ふと、悔しさがむらむらとわき上がってくる。
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 22:02:11.67 ID:qscgnKxCP
(;'A`)「何だよ!いいだろべつに! 俺が気障な事いっちゃいけねぇかよ!」
川*д川「いやー、だってそんなタイプに見えないですもん! はー、おかしぃー!」
(;'A`)「お、俺だってなあ、万年ヒラとか馬鹿にされてたけど、
お、女を口説くことなんざ、わけねーんだよ!」
川*д川「えー? 声が震えてますよードクオさぁーん」
(;'A`)「う、うるせぇ!」
そっぽを向いてビールを一気に飲み干す。
何だよ、俺。
なーに言っちゃってんだよ。
気恥ずかしさで体が熱くなってくる。
川*д川「ドクオさんはあれですね!」
('A`)「何よ」
川*д川「ずばり童貞!」
咀嚼していたタコふいた。
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 22:05:02.57 ID:qscgnKxCP
(;'A`)「おま……そういうこと言うか? 女が!」
川*д川「あー、その反応は図星ですね? やっぱりな〜。
私と同じ恋愛負け組オーラが出てましたもん! 一緒だ一緒だ〜負け組だ〜」
(;'A`)「な、なめんなよ? 俺だって女の一人や二人くらい抱いた事」
川*д川「ないでしょ?」
(#'A`)「」
口を開いたが、反論の言葉は出なかった。
川*д川「あはは〜! 童貞だ。どーてー!」
(#'A`)「うるせぇ! たまたまだ、たまたま!」
川*д川「たまたま〜? 下ネタですか〜?」
(#'A`)「ボケ!」
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 22:43:00.73 ID:qscgnKxCP
確かに俺は童貞だ。
女を抱いた事は無い。
しかし、その事を年下の女に馬鹿にされるのは、流石にむかつく。
むかつく32歳である。
('A`)「俺だってなあ、好きでこんな人生歩んでるわけじゃねーんだよ」
('A`)「昔は、俺だってヒーローとかになりたかった。
妄想の中の俺は、誰からも慕われるいい奴で、可愛い彼女もいて、
幸せな家庭を築いて……」
だけど、それは結局は妄想で
('A`)「現実は、辛い事ばっかでよ。彼女はできねぇ。上からはどやされる。
ストレスで胃に穴が空く。満員電車でおっさんと密着。
気付いたら、もう30代」
('A`)「俺はこんなはずじゃなかった。
俺の人生は、もっと輝いてるはずだったんだ」
川д川「ドクオさん……」
('A`)「俺はな、俺は……」
言葉にならなかった。
こんなことを言って、どうなるというのだ。
結局、俺は自分のコンプレックスをぬぐいきれていない
負け組32歳なのだ。
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 22:48:39.57 ID:qscgnKxCP
10代の頃は、彼女持ちのイケメンを羨ましがっていた。
20代の頃は、こんな会社やめてやる。起業してでかいことをやってやると思っていた。
結局、思ってるだけで、俺はだらだらとこうしてサラリーマンをやってきた。
俺がさえない人生を紡いでいる傍らで、起業して成功した奴もいた。
子供が出来た奴もいた。
輝いている人生を歩んでいる奴が、たくさんいた。
どうして俺だけ、日陰者なのか。
だんだん腹が立ってきた。
('A`)「俺だってなぁ、一生懸命生きてんだよ。生きてんだ……」
川д川「……ドクオさん」
('A`)「何だよ」
川д川「うちで、飲みなおしませんか?」
俺はぼんやりとしたまま、頷いた。
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 22:52:33.96 ID:qscgnKxCP
- ※
貞子さんの住んでいるアパートは、お世辞にも綺麗とはいえなかった。
狭いテーブルを挟んで、俺達は缶ビールを飲む。
川д川「男の人を部屋に連れ込んだのは、ドクオさんが初めてですよ」
('A`)「ふうん」
会話はすぐに途切れた。
ちびちびと酒を飲む。
暖房がきいているのか、部屋は暖かい。
ふと、すぐそこにあるベッドが目に入った。
……勢いと成り行きでここまできてしまったが
もしかして俺は今、とんでもない場面に居合わせているのではなかろうか。
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 22:56:13.23 ID:qscgnKxCP
川д川「もう0時ですね」
('A`)「そうだな」
カチ、カチという時計の針の音が、妙に大きく聞こえた。
暖房と、酔いのせいか、体がぽかぽかと暖かい。
しかし、意識は確実に、貞子さんの体に向いていた。
さらりとながれる黒髪。
白い肌。細い腕。
セーターの上からでもわかる膨らみ。
……まずいなぁ。
一度はずみがついたら、俺はたぶん我慢できないぞ……。
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:00:41.73 ID:qscgnKxCP
川д川「そこ、座りませんか?」
('A`)「あ、ああ」
貞子さんに言われるがまま、ベッドの上に並んで座る。
距離が近くなった。
肩が触れる。
川д川「私、ずっと真面目に生きてきて、いいことなんて何にもなかった」
貞子さんは子供みたいな瞳をおれに向けて
川д川「だから、もう真面目はやめます」
言って、俺の服をかるく掴む。
ああ、もう。ダメだ。
頭の中で、もやもやとしていたストッパーがはずれる。
俺は貞子さんをベッドに押し倒した。
いいじゃないか。
たまには不真面目になっても。
俺達は人間だ。すべてを脱ぎ捨てたい夜だって、あるんだ。
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:03:50.02 ID:qscgnKxCP
('A`)「……」
川д川「……」
しかし。
川д川「……どうしたんですか?」
('A`)「……何をすればいいのかわからない」
川;д川「……」
('A`)「すまん」
32年生きていても、分からない事はある。
ついでにいうと、緊張で手が震えていた。
まるで生まれたての小鹿だ。
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:06:50.40 ID:qscgnKxCP
川д川「えと……ほら、キス、するとか」
(;'A`)「い、いいの?」
川;д川「え? 聞くの?」
(;'A`)「え? だ、だって、付き合ってもいないのに……」
言ってから、それは禁句だということに気付いた。
貞子さんの瞳に失望の色が浮かんでいる。
川д川「はぁ」
貞子さんはため息をついて、俺をどかし、体を起こした。
川д川「やっぱり……私とドクオさんじゃ無理ですよね。
お互い、経験ないですし」
(;'A`)「……すまん」
ベッドの上に正座して謝る俺。今年で32歳です。
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:11:00.64 ID:qscgnKxCP
川д川「……」
('A`)「……」
そして訪れる気まずい沈黙。
('A`)「……」
川д川「……」
('A`)「俺、帰るわ」
川д川
('A`)「帰るね」
('A`)「ごめん」
('A`)「……」
('A`)「じゃ……」
- 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:15:20.66 ID:qscgnKxCP
外に出て、夜空を見上げる。
星が瞬いていた。
今、この空の下に、俺以上の情けない男はいるのだろうか?
('A`)「世界は広いし、一人くらいはいるよな……」
ぼやきながら、路地を歩く。
液までいってタクシーを拾おう。
そして帰って、明日から就職先を探して、見つかったらまた背広きて満員電車に揺られて
上司に怒られながらサビ残して
なんだよ。
つまんねーじゃん、人生。
('A`)「これが俺の人生かよ。ばかやろぉ」
夜空にむかって小さく叫んだ。
っと、ゴミ捨て場の方からがさがさと音がした。
- 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:17:33.70 ID:qscgnKxCP
( ФωФ)「ニャーン」
「ニャー」
ゴミ捨て場にいたのは黒猫の親子だった。
目を光らせながら、ゴミを漁っている。
('A`)「なんだよ、野良猫かよ」
('A`)「ゴミなんかあさってんじゃねー」
('A`)「どうせ生きてたって楽しいことねーぞ」
( ФωФ)「ニャー」
('A`)「何だよその目は」
( ФωФ)
('A`)「みてんじゃねー」
- 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:19:52.07 ID:qscgnKxCP
「ニャー」
子猫の方が、餌でももらえると思ったのか
俺のほうへ向かってくる。
そのときだった。
一台のバイクが、猛スピードで路地を抜けていった。
( ФωФ)
('A`)「あ!」
一瞬だった。
スローモーションで場面が動いていく。
道の真ん中あたりを歩いていた子猫にバイクが迫る。
親の黒猫が子猫をはじきとばした。
そして
親の黒猫は人形みたいに跳ね飛ばされた。
- 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:23:06.67 ID:qscgnKxCP
バイクは走り去った。
吹っ飛ばされた黒猫は、血を流しながら路上に横たわっていた。
「ニャー」
(;ФωФ)
子猫が親猫に寄り添う。
親猫は虫の息だ。出血量から見て、致命傷だということが、すぐにわかった。
「ニャー」
('A`)「……」
子猫が悲しそうに鳴く。
俺にむかって鳴いている。
死にかけの親猫が俺を見ている。
(;ФωФ)
生きたい。
生きたい。
生きたい。
- 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:25:34.81 ID:qscgnKxCP
気付いたら、俺は親猫をそっと抱えて貞子の家にダッシュで戻っていた。
インターホンをご近所迷惑お構い無しに連打。
貞子はすぐに出てきた。
川д川「ど、どうしたんですか?」
(;'A`)「猫がひかれた!」
川д川「え?」
(;'A`)「夜間もやってる動物病院を捜してくれ!あとタクシーもよんでくれ!頼む!」
鬼気迫る俺の様子を見て、貞子はすぐに頷いた。
川;д川「わ、わかりました!」
- 80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:29:02.80 ID:qscgnKxCP
それからは目まぐるしかった。
夜間ありの動物病院を捜し、電話して事情を説明し、応急処置をして、
タクシーを呼んで俺と貞子と猫親子が乗り込む。
(;^ω^)「お客さん、動物は困るお」
運転手の当然の言葉に俺は
(#'A`)「命がかかってんだよ!」
何故か逆ギレした。
(;^ω^)「わ、わかりましたお」
( ФωФ)「にゃ、にゃあ」
('A`)「頼む、もってくれよ」
なんで俺、こんな必死になってんだろう?
そんな疑問をのせたまま、タクシーは急発進した。
- 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:33:18.56 ID:qscgnKxCP
――。
夜中の飛び入りにも関わらず、動物病院の先生は
すぐに野良猫を治療してくれた。
/ ,' 3「まあ、何とかなるじゃろ。死にはせんよ」
('A`)「そ、そうですか。よかった……」
その言葉を聞いて、俺は椅子の背もたれによりかかった。
川д川「これで一安心ですね」
('A`)「ああ。悪いな、付き合ってもらっちゃって」
川д川「いえ……」
貞子は、俺の代わりに疑問をぶつけてくれた。
川д川「でも、どうして?」
どうして、か。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:39:10.04 ID:qscgnKxCP
('A`)「俺自身もよく分からないんだけどさ」
俺は一息ついて、続ける。
('A`)「貞子の部屋を出た後、人生って何だろうなって考えてたんだ。
そしたら、あの猫どもがゴミを漁っててさ。
……なんでそこまでして生きるんだって、俺、思ったんだ」
きっと俺は、ゴミを漁っている猫に、自分を重ねていたのかもしれない。
うだつのあがらないサラリーマンは、ゴミを漁っているようなものだと思っていたのかもしれない。
('A`)「けどさ、あの猫、子供をかばってバイクにひかれたんだよ。
それこそ、もう、必死で……すごいはやさでさ……。
血もいっぱいでてて、これは死んだなって俺思ったんだ。
可哀想に、とか思いつつも、通り過ぎようとしたんだ」
川д川「……」
('A`)「けど、あの猫、俺に生きたいって言ったんだよ。
そう、訴えかけてきたんだよ。
……俺、そしたらよくわかんねえけど、かーって頭が熱くなって……」
適切な言葉を捜して、結局、出てきた結論は
('A`)「理屈じゃないんだなって、気付いたんだ。生きるってことは、たぶんさ」
- 92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:44:41.29 ID:qscgnKxCP
それはシンプルな答えだった。
動物は生まれながらに、生きるという本能を持っている。
生きるために、生き抜くために……毎日を、必死に過ごしている。
俺は果たして、今まで必死に生きていたのだろうか?
('A`)「俺はちっぽけだ。人と比べて、あれが幸せ、これが幸せって勝手に思い込んでさ。
複雑に考えて、落ち込んで、ふてくされて……」
川д川「ちっぽけ……」
('A`)「ああ。ちっぽけだ。それを、あの猫が教えてくれたんだ」
だからこそ、俺は言った。
('A`)「俺、もう少し自分を見直すよ。
そりゃ、いい事なんて一つもないくだらない人生だけど」
('A`)「それが俺の、たった一つの人生だから」
- 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:47:46.15 ID:qscgnKxCP
(;^ω^)「お客さ〜ん。代金まだですかお〜」
('A`)「っと、すまんすまん。忘れてた」
(;^ω^)「勘弁してくださいお。稼ぎが少なかったら、また家内にどなられちまうお」
俺は笑いながら万札を手渡した。
なんだか妙におかしかった。
この人には、この人の人生がある。
それは、この人にしかない、この人しか歩めないたった一つの人生。
俺には、俺にしか歩めない人生。
何だよ。俺、幸せじゃないか。
歩める人生が、あるのだから。
川д川「ドクオさん。あの猫、なおったらどうするんですか?」
('A`)「そうだな。俺が引き取ろうかな。しばらくは仕事もなくて暇だからな」
- 96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:50:05.92 ID:qscgnKxCP
- 川д川「……ドクオさん、猫の世話の仕方、しってます?」
('A`)「いんや、全然」
俺は笑顔を浮かべて、いった。
('∀`)「これから、勉強するさ」
川д川「じゃあ、私も」
貞子は小さく笑って
川ー川「勉強、しますね」
そう、言った。
- 97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/06(土) 23:57:28.49 ID:qscgnKxCP
エピローグ
その後の事を少しだけ語ろう。
「君、もう帰っていいよ」
(;'A`)「すみませんすみませんすみませ(ry」
俺は相変わらず背広をきて、必死に頭を下げていた。
しかも相手は年下上司。
プライドもクソもない。
( ・∀・)「ドクオさん、よくあんなに頭下げられますね。俺だったら無理だな〜」
('A`)「うるせぇ20代。男にはプライドよりも大切なもんがあるんだよ」
俺の冴えない人生の木は、未だに花を咲かせる気配は無い。
ただ、一つだけ。
俺の木を、支えてくれる人が出来た。
- 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/07(日) 00:02:50.96 ID:DrRA5MvmP
ボロボロになって、帰路を歩く。
曲がり角を曲がると、ローンを組んで買った我が家が見えてくる。
( ФωФ)「ニャー」
「にゃー」
('A`)「おう、お前ら出迎えか。ありがとな」
可愛い家族と共に、俺は家の扉をあけて中に入る。
川д川「おかえりなさい、ドクオ」
('A`)「ただいま、貞子」
生きていて楽しいか? と誰かに聞かれたら、俺はこう答えるだろう。
生きる事は楽しいものじゃない。楽しくしていくものなのだ。
そして、それが人生なんだと。
まあ、冴えないサラリーマンのたわ言だと思って、聞き流してくれよ。
恥ずかしいからさ。
fin
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