- 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:36:14.00 ID:tnFj4ZAG0
- 全く、男と言うのは実に因果なものだと思う。
どんなに平穏に暮らしていたって、心の底では戦いを求めているんだ。
もちろん僕、内藤ホライゾンだって例外じゃない。
男は誰もが安寧の日常に飽いている。誰もが絶えず戦場にその身を置くことを望んでいる。
その戦場は、職場だったり、学校だったり、家庭だったり、それぞれだ。
- 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:38:11.46 ID:tnFj4ZAG0
- けれど、全ての戦場には共通項がある。
みな一様に、命を懸けて戦っているということだ。
戦う姿こそが美しい――。
男性的な主張だと馬鹿にするかい?
でも、誰もがそう思っている。男なら少なからず、だ。
考えてもみて欲しい。男が戦うのは、等しく何かを守るためだ。
家族、恋人、友人、誇り――。
全て人生を彩る大切なものだ。
そしてそれを他者に侵害させないため、守り抜くため、男は日々戦っているんだ。
その姿は例外なく美しい。
そして美しいものは必ず人の心をうつ。
僕? 僕は何のために戦っているかって?
確かに上で挙げたものはどれも掛け替えの無い素晴らしいものだ。
どれか一つでもかけてしまったら、人生の栄華は瞬く間に凋落してしまうだろう。
だけど、僕が戦うのは、それら全てがくだらなく見えてしまうもののためだ。
大げさだと笑うかい? そうじゃないんだ。
僕はいわば“存在”のために戦っている。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:39:22.77 ID:tnFj4ZAG0
- 自分が自分だ、と、これを以って自分は内藤ホライゾンだ、と声高に言えるような。
そんな自己証明のために戦っている。
誰よりもハングリーでアグレッシブな侍が集う場所――。
アダルトビデオコーナーで、僕は戦っている。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:40:07.48 ID:tnFj4ZAG0
( ^ω^)誇り高きエロビストのようです。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:41:12.14 ID:tnFj4ZAG0
- 最近の若い者は、と言うのはいつの時代も共通のようだ。
先人達が現代に生きる若人達を嘆くために吐き出す言葉だ。
僕もそう思う。
最近の若い者は、と。
もちろん、僕も世間的に見れば若造に過ぎないだろう。
まだ20歳半ばを少し超えたばかり。
まだ社会にも出ていないし、年金だって無論納めていない。
なのに、僕はこう思う。
最近の若い者は、と。
本物の大人が聞いたら眉をしかめそうな、もしくは苦笑しそうな言い草だが、
ことアダルトビデオに関しては僕も一家言を持つ猛者だ。
そんじょそこらのガキやおっさんなんかには影も踏ませない程、
アダルトビデオには精通している。
そして、愛している。
常々、感じるのだ。
アダルトビデオ界――今はビデオよりもD・V・Dなどが主体だが、便宜上そう呼ぶ。
アダルトビデオ界は本当にこのままでいいのか、と。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:42:23.18 ID:tnFj4ZAG0
- インターネットの発達により、何の苦労もリスクも背負わずにエロ動画を入手する。
一通り用を終えたら消去する。
なんだ、それ。
まだ年端もいかないひよっ子が、いとも簡単にアダルトビデオを手に入れるのだ。
いや、百歩譲る。百歩譲ったとして、アダルトビデオを入手するのは是としよう。
だが、彼らはすぐに消してしまう。
“飽きた”とか“HDの容量がない”とか、理由は様々でも、いかにも気軽に捨てていくのだ。
さっきまでの恋人を。
なんだよ、それ。
許されるわけがない。
僕らが18歳未満だった頃は、それはもうエロティックなことに興味津々だった。
購入を許されていない雑誌を本屋でコソコソ読んだり、
友人が兄貴の引き出しからパクッて来たり。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:44:50.49 ID:tnFj4ZAG0
- 家で美女達に会いたくなったときは、エロ本なんて買える訳ないから
川原や山間に赴いて落ちているエロ本を拾ってきたりしたものだ。
落ちていたエロ本なんてなぜかパリパリに固まっていて、
ページをめくる度にパリパリ音がするものだから、
夜中にナニを摺るときなんか、親にばれないよう細心の注意を払ったものだった。
特にうちなんかは部屋に鍵などついておらず、
そのうえ母ちゃんがノックもせずに唐突に部屋に入ってくるものだから、もの凄い焦っちゃって。
(#^ω^)「な、なんだよ!」
とか言いながらパンツをあげようかエロ本を隠そうか一瞬逡巡するんだけれど、やっぱり隠すんならナニなわけで。
それからエロ本を隠すんだけどパリパリ音が鳴っちゃってさ。
(#^ω^)「部屋に入って来るときはノックぐらいしろよクソババア!」
とか凄んでみるんだけど、後ろ手に隠した方からはパリパリ、と情けない音が聞こえてきて。
しかもそんな情けない思いをしてまで伝えられた用事が夕食の呼び出しなもんだから余計やるせなくなって。
泣きながら続きを再開したものだった。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:47:21.97 ID:tnFj4ZAG0
- とにかく、これでも話のまだ一端なのだ。
こんな思いをしてまでエロティックを追い求め続けた僕にとっては、
今の若者達のありようは嘆かわしい、いや、哀れにさえ思うのだ。
僕らはあの時、あの不自由だった頃、確かに情熱を持っていた。
情熱をたぎらせ、違うところもたぎらせていた。
縛られていたからこそ熱く燃えていたし、その目的が達成されたときには落涙するほど歓喜した。
なのに、現在は時代を反映したかのような、まさに合理化の一途。
ボタン一つで手に入るエロ動画。
星の数ほどいる女優。
デッキにビデオが巻き込まれて取れなくなったときの絶望感も知らず、
薄目でモザイクを消そうとする努力さえせず、袋とじには興味さえ示さない。
あまつさえ、あいつらはバーチャルでは飽き足らず、セクロスを実践しているのだ。中学生そこそこで。
考えられない。
僕が中学生だったときは、周りはもちろん未経験者ばかりだった。
たまに経験済み、とか噂される女の子がいたりして、
そんな子はちょっと不良っぽいアッパッパーギャルだったから、さもありなん、とみんなで思っていた。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:49:33.85 ID:tnFj4ZAG0
- 影では“サセ子”とか呼んでみたりしていた。
でも不良だから本人の前では堂々といえなかった。
そして家に帰ってはその子をネタに摺れイヤーズをするわけだ。
サセ子はどんな体位が好きなのかな? と想像しながら摺れイヤーズネクストをするわけだ。
夢があった。
サセ子にいつかさせてもらえたらいいなぁ、と胸を高鳴らせたものだった。
当時、僕は童貞で、今も童貞なんだけど。
今の子供達より恵まれていた点が一つある。
夢を見られるということだ。
あそこはこんなかなぁ? それともあんなかなぁ? まさか花なんて生えていないよなぁ?
人の大事なもの隠してないよなぁ? と夢を見ることができた。
まぁ負け惜しみなんだけど。
とにかく、エロスにそこまで情熱を持っていた僕だから、現状をとても憂いている。
形骸化された摺れイヤーズでは、とても情熱を持つことなど出来ないだろう。
それはどうしても欲しいものを手に入れる喜びを薄れさせ、創意工夫を忘れさせ、
望んだものは簡単に手に入ると錯覚させ、そのためには人を傷つけてもいいとさえ思わせるだろう。
僕は現状を憂いていた。
だけど、悪いことばかりではなかった。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:51:23.83 ID:tnFj4ZAG0
- ――“エロビスト”と呼ばれている。
彼らは、――僕らエロビストは、簡略化されたエロスを嫌い、お膳立てされたエロスを蛇蝎視し、
アダルトビデオコーナーという戦場で戦い続ける孤高の戦士だ。
ぬるぬるとエロスを手に入れることを拒み、自ら苦労の末に手中に収めることを望む。
誇り高きアダルト戦士……。――それがエロビストだ。
自分で言うのも憚られるが、僕もこの界隈では名うてのエロビストだ。
365日、1日だってアダルトビデオのことを考えない日はない。
呼吸をするように自然に、空腹時のように飢えていて、そして惜しみない愛をエロビデオに捧げる。
それがエロビストの条件だ。
■
ふいに壁にかけてある時計に目をやる。
時刻は午後8時。
ふむ、そろそろ頃合か……。
今日も“聖戦(ジハード)”が始まる。
僕は自分で自分の頬を張り、気合を入れる。
事前に精神を高めておかないと、命に関わる大惨事になる可能性だってあるのだ。
履きなれたスニーカーに足をいれ、玄関の戸に手を掛ける。
ガチャリ、と小気味良い音を立てて扉が開く。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:53:38.31 ID:tnFj4ZAG0
- ( ^ω^)「行ってきます」
残して行く家族に別れを告げる。
戦場へと赴く息子を、母ちゃんは泣き声で送り出す。
この瞬間、僕は無職童貞27歳内藤ホライゾンから、“エロビスト”になるのだ。
■
エロビストたるもの目的地への道程でさえ、漫然としていてはいけないのだ。
つまり、士気を高める事。
これこそが一般人とエロビストを分ける第一の違いだろう。
すなわち、“あの新作はもう準新作になっているかな?”
“みひろの時代はいつ終わったのかな?”と、期待を膨らませ、モチベーションを高めていくのだ。
僕ぐらいになるとその点はバッチグーだ。
自分でも恐ろしいぐらいに気分が高揚している。
恐らくその時が来れば、僕は獣のようにアダルトビデオコーナーを駆けるだろう。
何と恐ろしい。
戦場まで100m……50m……20m……――そして、それは、あった。
圧倒的な存在感と威圧感を放って、見る者の目を釘づけにする。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:55:26.58 ID:tnFj4ZAG0
- 今日の戦場、この界隈のエロビストが集うレンタルビデオ屋、『VIP先生』だ。
この“聖城(バビロン)”を見ると、自然と顔がにやけてしまう。
何せ僕の飢えを満たしてくれる“聖域(サンクチュアリ)”なのだ。
そして浮かんでいた笑みを消す。
いくら慣れているからといって油断は禁物だ。
戦場というのは何があるかわからない。
昨日の子犬が今日の獅子に変わっている……。
舐めてかかると相当な痛手を被る事もある……。
それが戦場だ。
( ^ω^)「よし……!」
僕は自分を戒める様に、また、鼓舞するかの様に小さく呟いた。
アダルトビデオコーナーの窓は、全面がポスターで遮られていて中をうかがう事はできない。
女、子供に過激な戦場を見せてはいけないという店主の粋な計らいだ。
僕はポスターとポスターのわずかな隙間から、中を覗き込んだ。――が。
( ^ω^)「何だ……」
そう嘆息し、気が抜けてしまう。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:57:04.03 ID:tnFj4ZAG0
- エロビストが、いない。
何ということだ。何があったかはわからないが、今日、この場にエロビストはいない。
少なくとも、僕の知っているエロビストは、いない。
アダルトビデオに命をかけるエロビストとはいえ、表の顔はもちろんある。
ある者は学生だし、ある者は会社員だ。
日常に時間を奪われ、午後8時半という開戦の時刻に間に合わない、ということもままあるのだ。
みな僕のように時間が有り余っているわけではない。
しかし、誰一人として“聖戦(ジハード)”に来ない、という事態は正直初めてだった。
これでは、ただの狩りになってしまう。
僕らエロビストは、切磋琢磨、苦心して手に入れる究極の一本が欲しいのであって、
苦せずして手中に収めるエロビデオなど、あんの入っていないあんパンのようなものだ。
しかたない、今日は普通に、一般人として、普通にアダルトビデオを借りるか。
僕はそう決意し、自動ドアの前に立つ。
( ∵)「いらっしゃいませ」
いつもの男の店員が愛想良く迎えてくれる。
この時間帯に女性店員がいない事は調査済みだ。
『アダルトビデオを借りに行ったはいいが、女の店員だったので借りれずに帰ることになった』
――そんなナオントラップに引っ掛かる奴は三流もいいところだ。
本物のエロビストは下調べの労力も厭わない。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 20:59:13.40 ID:tnFj4ZAG0
- 僕は一直線にアダルトビデオコーナーに進む。
いくら戦う相手がいないとはいえ、そこはやはりエロビスト。
どんな状況に陥ろうが、求めるものはアダルトビデオ一択なのだ。
甘っちょろい洋画や邦画など関係ござらんといった面持ちで暖簾をくぐる。
■
――空気が、違った。
重く、まとわりつくような空気。
慣れていない者や、気の弱い者なら5分とて立っていられないだろう。
そんな、弱者など受け付けない雰囲気……。
まさに戦場と呼ぶにふさわしい。
だが、待ってくれ。
こんな重厚な空気はエロビストにしか作れない。
そして、今この場に僕以外のエロビストはいない。
なのに、この空気は何だ?
なぜ、僕は冷や汗をかいている?
歴戦の兵を相手にした時だって、こんなに嫌な汗はかかなかった。
この雰囲気をかもし出せるのはエロビストしかいない。
それも、とびっきりの……。
「やぁ、待っていたよ」
ドクン、と心臓が高鳴る。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:02:07.74 ID:tnFj4ZAG0
- 何をされた? 心臓を鷲掴みにでもされたか?
いや、違う。
ただ後ろから声を掛けられただけだ。
なのに、――なのに……。
(#^ω^)「おおおおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉ!!!」
僕は、吼える。獣の咆哮だ。
獲物を狩るような雄たけびではない。怯ませるための咆哮だ。
僕の中にある弱気を怯ませるための叫びだ。
誰かが言った。“本物の戦場では狂わなければ正気を保てない”と。まさに正鵠を射ていると思う。
僕は狂っていた。そうしなければ恐怖にかられこの場を逃げ出してしまうだろう。
「怖いなぁ。そんなに恐ろしい声を出さないでくれよ」
背後から、全く恐れなど抱いていないような声が聞こえる。
その声で更に僕は金玉が縮み上がる。
得体の知れないものを恐れる――どんな人間にも当然ある本能だ。
些細なことでもどんどん自分の中で大きくしてしまい、結果、恐怖に飲み込まれる。
よくあることだ。ならば、僕がとる行動は一つしかない。
ゆっくり――あるいは素早くかもしれない。
僕は声のしたほうに振り向く。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:04:20.11 ID:tnFj4ZAG0
- (´・ω・`)「やぁ」
男が、見知らぬ男がいた。やや垂れ下がった眉、優男と呼ぶにふさわしい柔和そうな微笑。
背は僕よりも少し高い、痩躯の男がそこに佇んでいた。
( ^ω^)「……なんだお」
(´・ω・`)「僕は、ショボン」
僕はショボンと名乗った男を、怒気を孕んだ目で睨め上げる。
( ^ω^)「おまえの名前なんて聞いてねぇお。“何の用だ?”と聞いているんだお」
かなりとげとげしい物言いになってしまった。が、それは仕方のないことだ。
僕は、この男が相変わらず怖かった。
面と向かった今、先ほどのようなえも言われぬ恐怖はなくなった。
だが、その代わりにわかったことがある。
このショボンとか言う男、間違いなくエロビストだ。それも、かなり強い……。
恐らく……僕よりも――。
そこまで思案して、僕は頭を振る。
相手の優位を認めてしまう。戦場ではやってはいけないことの一つだ。
撤退しない以上、それは戦意の喪失に直結してしまうからだ。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:07:46.97 ID:tnFj4ZAG0
- (´・ω・`)「わかるだろう? 僕は“エロビスト”だ」
予想通りの答え。
( ^ω^)「……そんなの、言われなくてもわかるお。アダルトビデオコーナーで、
それだけ殺気を放っているのはエロビスト以外にいるわけないお。
僕は“待っていたとはどういう事だ”と尋ねているんだお」
(´・ω・`)「“エロビストは誇り高き戦士であれ”」
そのショボンの言葉に、わずかばかり動揺してしまう。
(´・ω・`)「エロビストの大原則だ。エロビストは追い求めなくてはいけない。
奪い合い、競い合い、その果てに手に入れる至高の一本を」
ショボンの意図が嫌でもわかってしまう。つまり……。
(´・ω・`)「戦いを挑んでいるんだよ、君に。君も、エロビストなんだろう?」
僕に、選択の余地などなかった。
■
(´・ω・`)「実はね、僕は隣の県から遠征に来たんだ。
もう地元では僕と渡り合えるエロビストがいなくてね。渡り合えるどころか、
戦ってくれるエロビストもいなくなってしまった」
ショボンと僕はアダルトビデオコーナーの入り口に並んで立っている。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:11:13.89 ID:tnFj4ZAG0
- 話しかけてはくるものの、ショボンは僕のほうを見ずにアダルトビデオコーナーの奥を眺めている。
それは僕も同様だった。理由は、そのほうがかっこいいからだ。
(´・ω・`)「僕は、強すぎたんだね。“過ぎたるは及ばざるが如し”って奴かな?
戦い続けなければならないはずのエロビストに、戦う場所がなくなってしまったんだ」
( ^ω^)「だから、戦場を探していた」
(´・ω・`)「そう」
僕は手首と足首をプラプラと振る。これから血を見るかもしれないほどの激しい戦が始まるのだ。
準備をしてもしすぎるなんてことはない。
(´・ω・`)「このビデオ屋を通りかかったときにピンと来たんだ。
“ここはエロビスト達の聖域(サンクチュアリ)だ”って」
( ^ω^)「その通りだお。ここ“VIP先生”は歴戦のエロビストたちが集う、まさに群雄割拠なんだお」
僕の説明に、ショボンは満足そうに頷く。
(´・ω・`)「そうだろう。なのに、そう思ってきたのに、ここには誰もいない。
僕は、がっかりしたよ。“今日も戦えないんだ”ってね」
( ^ω^)「そこに僕がきた」
(´・ω・`)「あぁ。僕は嬉しくてね。一目でわかったよ。“この人はエロビストだ。それも、かなり強い”」
その言葉に、僕は内心嬉しくなってしまう。自慢じゃないが、僕はここでは敵無しに近い。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:16:03.20 ID:tnFj4ZAG0
- 僕とまともに渡り合える奴なんて、五指にも満たないだろう。
それがわかるなんて、強者は強者を知る、と言ったところだろうか。
(´・ω・`)「僕を、楽しませてくれよ」
ゾッ、と怖気が走る。
ショボンの表情に嗜虐的な笑みが見えたからだ。
■
時刻は午後8時29分と少し。
開戦の8時半まで、あと、僅かだ。
僕は静かに目を閉じる。
チッ、チッ、チッ、と秒針の音が鳴り響く。
そして――僕は弾かれたかのように走り出した。
隣を見てみる。ショボンが僕と並走していた。
さすがだ、と思った。やはり見込み違いではない。
僕と同様のスタートを切れるなんて、やはりこの男、強い。
僕は“熟女”コーナーを駆け抜け、“レイプ”コーナーを後にする。
目指す場所は準新作コーナーだ。
新作は見ないのかって? そんな素人(トーシロ)みたいな事を言うのは止めてくれ。
新作は長くて三泊、大抵は一泊だ。そんな短いスパンで女の何がわかるというのだ。
一週間かけてお互いの全てをわかり合う。故に新作は借りない。
そんな事は基本中の基本なのだ。
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:20:06.66 ID:tnFj4ZAG0
- ショボンはその点でもさすがだった。
新作コーナーには目もくれない。駆け出しのエロビストにありがちな間違いを犯さない。
僕らはほぼ最短距離で至高の一本に近付いていった。
準新作コーナーにたどり着く。
実はここからが本当の勝負なのだ。
VIP先生はアダルトビデオの取扱い量が半端ではない。
準新作だけでも百本はくだらない数が取り揃えられているのだ。
その中から至高の一本を見つけ出すのは、至難の業だ。
勘違いしないで欲しいのは、至高の一本、といってももちろん人それぞれだ、という事だ。
黒人との絡みが好きな人もいれば、着衣が好きな人もいるだろう。
そう考えると至高の一本なんてものは人それぞれであって、
絶対的なものなど存在しないのではないか、という疑問に行き着く。
それでは勝負にならない、と思うだろう。
だが、少し考えてみて欲しい。例えば女性の優劣を決めようとする。
非常に失礼な話だが、女性の優劣は顔で決まる。
その中でもやはり好みというのは存在する。
僕はあいつが好み、あいつはコイツが好み。僕は神山満月ちゃん! などと千差万別だ。
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:23:52.61 ID:tnFj4ZAG0
- 僕の友達に田島君という奴がいて、こいつはかなりの熟女好きなんだけれど、
ある日田島君とアダルトビデオコーナーでばったり出会ったときがあった。
彼は小森のおばさまによく似た、ババアなんだかミイラなんだか良くわからない、
熟女といよりも物の怪に近いようなババアが喘いでいるパッケージのアダルトビデオを手にしていた。
幸い、田島君はエロビストではないので、僕とアダルトビデオを奪い合うなんて事はなかったが、
あのときの彼のバツが悪そうな表情と、なんだかもの悲しくなった僕の寂しさを忘れられない。絶対に。
話が大分逸れてしまったが、そんな特殊な性癖を有する田島君でも、
一般的な“可愛い女性”というのはわかっていた。
つまり“世間的にみて木下優樹菜が可愛いのはわかるし、俺も可愛いと思う。
だけど、それをふまえた上で、俺はミイラのようなババアが好きだ”というスタンスなのである。
これをアダルトビデオに置き換えてみる。
黒人好きな奴、女優で選ぶ奴、僕は神山満月ちゃん! と様々だろう。
だがしかし、万人が認めるアダルトビデオというのが確かにある。
あり得ない? いや、ある。
つまり、“俺はレイプ物のほうが好きだけど、確かにAというアダルトビデオもいいよな!”
という風に、全員が満点をつけなくても、総合的に評価が高くなるアダルトビデオがある。
僕達エロビストはそれを至高の一本と呼ぶ。
いつだってオンリーワンを見つけるために、エロビストは命を賭けているのだ。
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:27:22.19 ID:tnFj4ZAG0
- 準新作コーナーには一般のお客さんが数人いて、
それぞれの好みに合致するアダルトビデオを選んでいる。
悪いが、僕がいるときにアダルトビデオコーナーにいたのが運の尽きだ。
最短時間で今日のナンバーワンを手に入れてみせる。
僕は歩く速度を緩めずに棚に陳列されたビデオに目を配らせる。
膨大な数の中から誰よりも早く獲物を見つけ出すために、僕が編み出した技、“疾風”だ。
いちいち立ち止まってビデオを確認していては、強者が蠢くエロビスト界では生き残れない。
およそ常人には確認できないスピードで次々にビデオを選別する。
人並みはずれた動体視力のなせる業だ。
向かって左側の棚を全て確認し終わった。
この棚には至高の一本はない。
僕は体を翻し、今度は反対側の棚に目を配らせようとする。
そして――。
世にも恐ろしいものが目に飛び込んできた。
ショボンが、一本のアダルトビデオを手にしている。
嫌な汗が、頬から顎にかけて流れ落ち、そして地面に滴る。
まさか。
そんな、まさか。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:30:08.13 ID:tnFj4ZAG0
- ありえない。あってはならない。
間違いなく、僕は最速のはずだ。
乱戦ならともかく、一対一の戦いで僕に勝てる奴なんているはずがない。
僕以上に早く至高の一本を見つける方法なんてないはずだ。
しかし。
(´・ω・`)「なかなかいい戦いだったよ。
やはり僕の思った通り、君はかなりレベルの高いエロビストだ。だけど――」
ショボンは勝利を特に誇るでもなく、
それがあたかも当たり前であるかのような佇まいで僕に話しかける。
(´・ω・`)「僕の――勝ちだ」
■
月に照らされて出来た影を見つめながら僕は帰途についていた。
手には何も持っていない。
エロビストとして戦い、エロビストとして負けた。
エロビストにとってはその一本が大切なのであって、その一本以外は優も劣もない。
いや、みな等しく劣なのだ。
なぜなら、命を賭けて競い合った宝物の替えなど、どこにもありはしないからだ。
(#;ω;)「あああああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:33:41.14 ID:tnFj4ZAG0
- 僕は空に向かって吼えた。
慟哭とも、砲号ともつかない叫びだ。
負けた。
負けた負けた負けた負けた――。
……負けた。
今までだって負けたことがないわけじゃない。
特に何が起こるかわからない多人数の乱戦では他者の妨害が入ることもあり、
決して毎回勝てるわけではない。
しかし、一対一。
自分の誇りであり、拠りどころである、個人勝負。それで、負けた。
しかも圧倒的に。
これが激しい戦いの末に負けたのなら、悔しくとも次回には勝つ、と言えただろう。
だが、あしらわれたのだ。
軽く。まるで父親が子供と相撲で勝負するかのような、そんな無力感。
こんなに悔しいことはない。
僕にだって持つべき矜持があった。
エロビストとしてある程度の高みにいると、自負していた。
今は、もう……。
月明かりよ、教えて欲しい。僕は、これからどうすればいいのかを――。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:35:46.12 ID:tnFj4ZAG0
- 翌日、僕はとある釣堀に来ていた。
燦々と輝く太陽の下、やや年齢層が高めの男性達が気だるそうにへら鮒を釣っている。
みな一様に死んだ鮒のような目をしていて、
世の中の不景気など自分には関係ないといった表情だ。
この人たちは平日の真昼間からへら鮒釣りをしていて大丈夫なのだろうか?
仕事はどうしたのだろうか? なんとも心配だ。
余談だが、僕はいつか女の子に“へら鮒”と言わせて見たいと思っている。
今日ここに来たのは、ある人物に会うためだ。
キョロキョロと辺りを見回し、目的の人物を探す。
いた。少し奥の釣堀でビールケースに座ってへら鮒を釣っている。
他を凌駕するほどの圧倒的不細工フェイス。
きっとこの人、今まで女性に縁がなかったんだろうな、と誰しもが簡単に想像できる程の顔面崩壊だ。
その障害面に麦藁帽子をかぶっているのは暑さ対策だろうか。正直似合わない。
僕はゆっくりと男に近付き、背後に立つ。
('A`)「……“疾風(ブーン)”か……」
男は視線を変えず釣堀を見たまま、そう言い当てた。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:39:17.04 ID:tnFj4ZAG0
- ちなみに“疾風”というのは僕の二つ名だ。
僕の得意技である、足を止めずにアダルトビデオを取捨選択する技からつけられた。読み方はブーン。
これは風切り音をイメージした擬音だ。
エロビストは大抵二つ名がある。理由はその方がかっこいいからだ。
('A`)「何のようだ? “疾風”よ……」
( ^ω^)「実は、おまえに相談があるんだお……ドクオ。“不可視(インビジブル)”のドクオ……」
実は僕の二つ名の名付け親はこのドクオで、ドクオの名付け親は僕だ。
元々古くからの友人で、付き合い自体は小学校低学年ごろからだろうか。
昔から無口な奴で、たまに口を開いたと思ったら、血への渇望がどうの、世界の慟哭がどうの、
右腕が勝手に暴れる、とかなり電波なことを口走っている奴だったが、不思議と馬が合った。
今にして思えば、お互いのアドルトビデオへの熱意を感じ取っていたのかもしれない。
僕をエロビストへと誘い、アダルトビデオの虜にしたのもこの男だ。
みな一様にプライドが高く、他者を出し抜くことに喜びを見出し、
負けることへ何よりも恐怖を感じるエロビストだが、
……認めたくはないが、ドクオは、強い。
一対一なら、恐らく僕のほうが大幅に勝っているだろう。だが、多人数戦になると全く適わない。
何しろ気配がないのだ。激しい戦いの末にアダルトビデオに手を伸ばした
――と思った矢先に後ろから手を伸ばされる。手を伸ばされアダルトビデオを奪われてから初めて気付く。
“ドクオはすでに後ろに回りこんでいたのだ”と。
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:43:00.22 ID:tnFj4ZAG0
- 常に最前線にいながらもその姿を確認できない。確認できるときは既にアダルトビデオを奪われた後。
ついた二つ名が“不可視”。我ながら的を射た二つ名だと思う。
('A`)「“相談”? ふん、先日の惨敗のことか」
(;^ω^)「し、知ってたのかお?」
('A`)「この街の“聖戦”は全て耳に届いている。……情けない話だな。乱戦ならともかく、
一対一で手も足も出ないなど。腕が鈍ったんじゃないか?」
ドクオは僕を一瞥もせずに淡々と告げる。
悔しい。そして、哀しい。
好敵手に、親友に失望された気がして、僕は酷く落胆する。
( ^ω^)「いいわけは……できないお。僕は、負けた。それも圧倒的に。変えようがない事実だお」
('A`)「最早負け犬と堕した貴様に興味はない。……失せろ。そして二度と俺の前に現れるな」
(;^ω^)「ま、待ってくれおドクオ! 確かに僕は負けた! だけど、このまま引き下がるつもりもないお!」
('A`)「ほう……。それで、どうするつもりなのだ? その如何ともし難い実力差をどう埋めるつもりなのだ?」
( ^ω^)「それは……」
そこで言葉に詰まる。はっきり言って、あいつと僕では神取忍とYUIぐらいの力の開きがある。
その差をすぐに埋められるような妙案なんて思いつかなかった。
というかその妙案を教えてもらいにドクオを尋ねてきたのだ。
……この雰囲気じゃ訊けそうもないけど。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:46:58.17 ID:tnFj4ZAG0
- ('A`)「どうやら、威勢がいいのは口だけのようだな。やはり貴様は負け犬だ。
かつて俺が尊敬し、畏怖の念すら覚えたエロビストの“疾風”ではないようだ」
( ^ω^)「ドクオ……」
ドクオは、厳しい。例え昔馴染みの僕といえど、
敬意を払えないようなエロビストなど歯牙にもかけないだろう。
いや、あるいは内藤ホライゾンとしてなら友人づきあいをしてくれるのかもしれない。
だが、それは、そこには友情があるだけで、払うべき敬意も、燃やすべき対抗心もないのだ。
そんなのは嫌だ。
僕は、エロビストだ。
与えられるでなく、自分の力で至高の一本を勝ち取る、誇り高きエロビストだ。
その矜持は捨てられない。
( ^ω^)「ドクオ……いや、“不可視”。お願いだお。僕に、力を貸してくれ!」
('A`)「断る。みっともないとは思わないのか? つい先日まで命を賭して競い合った敵に助けを請……」
( ^ω^)「それでも!」
ドクオの言葉を遮り、声を荒らげ、僕は自分の意思を伝える。
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:50:09.60 ID:tnFj4ZAG0
- ( ^ω^)「それでも勝ちたいんだお! 例えみっともなくても、ドクオに呆れられても勝ちたい!
エロビストは勝たなくちゃ嘘だお! 昨日負けても、今日も明日も、1000回負けたとしても、
1001回目には勝たなくちゃいけない! 違うかお!?」
('A`)「……“疾風”……」
( ^ω^)「僕は、僕達エロビストは、ただエロいだけじゃない。仲良く友達ごっこがしたいわけでもない。
気持ちよくオナヌーがしたいんだ。それには、勝たなくちゃ。勝たなくちゃならない」
('A`)「“そしてそれは、何よりも優先する”」
( ^ω^)「ドクオ……」
ドクオが僕の言葉を継ぐ。
下を向き、麦藁帽子を深くかぶり、口の端を、少し持ち上げた。
('A`)「いいだろう。貴様の気持ちはしかと受け取った。協力しよう。
負けて負けて、そしてその先にある勝利のために」
このとき気付いた。
ドクオは僕に愛想を尽かしたわけでも、見放す気でもなかった。
ドクオはドクオなりに心配してくれていた。
僕のやる気を試していた。僕の勝ちたいという気持ちを測っていた。
なんて優しい男だ。
エロビストとして、男として、戦士として、尊敬する。
だから僕もエロビストとして返答する。
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:53:01.87 ID:tnFj4ZAG0
- ( ^ω^)「勝利した僕から、さらにドクオが勝利をもぎ取るために」
ドクオがこちらをちらと見て、目を細める。
('A`)「……その通りだ」
■
('A`)「それで、貴様を一敗地に塗れさせた男は、どんな奴なんだ?」
僕とドクオは並んでヘラ鮒釣りをしている。
別に釣りなんかしなくてもいいのだが、まさかカフェでこんな話をするわけにもいかないだろう。
もちろん、目線は合わせない。理由は、そのほうがかっこいいからだ。
( ^ω^)「眉が垂れてて、柔和な顔。背は僕よりも少し高くて、痩せてたお。
どうもこの街の人間じゃないみたいだお」
('A`)「ふむ……」
僕の言葉に思案顔をするドクオ。
( ^ω^)「あぁ、そういえば名も名乗っていたお。確か、ショボンと言ったかお?」
(;'A`)「何だと!?」
ガタン、と音を立ててドクオが立ち上がった。ビールケースが釣堀に落ちそうになっている。
急に大声を出したドクオを、周りのおっさんが睨んでいる。
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:56:44.72 ID:tnFj4ZAG0
- (;^ω^)「ド、ドクオ、急に大声を出しちゃまずいお。魚が逃げるお」
(;'A`)「そいつはショボンと、確かにそう言ったんだな!?」
(;^ω^)「た、確かだお」
(;'A`)「何てことだ……」
ガクッと、両手両膝を地面につけるドクオ。麦藁帽子がはらりと落ちたのも見逃してはいけない。
(;^ω^)「どうしたんだお? 急に小芝居が始まったのかお?」
('A`)「……“瞬き(ブリンク)”だ」
(;^ω^)「“瞬き”?」
('A`)「貴様を負かした男は……聞いたことがあるだろう? “瞬き”。現役最強と言われている男だ」
“瞬き”。そりゃ聞いたことぐらいある。
何せ生ける伝説とまで謳われているエロビストなのだ。
曰く神速。曰く闇を切り裂く者。二つ目は意味が分からないが、とにかくそう言われている。
“瞬き”なんてふざけた二つ名だとは思うが、実際、なかなか言いえて妙なものだと思う。
その名の通り、瞬きをする間には既に勝負は決している、と言えるほどのスピードだった。
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:58:43.42 ID:tnFj4ZAG0
- ('A`)「貴様が負けるのも無理はない。伝説なんてお目にかかれるとは思わないからな」
(;^ω^)「僕が戦ったのはそんなに凄い奴だったのかお……」
ごくり、と生唾を飲む。
('A`)「確か強さのあまり地元では誰も戦ってはくれず、
戦場を求めて流浪していると聞いてはいたが……この街に来ているとはな……」
ごくり、と生唾を飲む。
('A`)「これは……最早貴様のリベンジという話だけではなくなった」
ごくり、と生唾を飲む。喉が潤ってきた。
('A`)「……乗っ取られるぞ、この街を」
ガツン、と頭に衝撃を受けた。
この男、倒置法まで使いこなすとは。
普通の喋り方じゃないなぁ、とは思っていたが、まさかの倒置法。
悔しいが、かっこいいと認めざるを得ない。
( ^ω^)「乗っ取られる?」
これ以上かっこよさを上げられてたまるかと僕も疑問を挟む。
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:00:57.58 ID:tnFj4ZAG0
- ('A`)「あぁ。“瞬き”はそのあまりの強さゆえ、戦う相手がいなくなったという」
( ^ω^)「そう聞いたお。そして自分と戦ってくれる相手を探しに流浪していると聞いたお」
その僕の答えにドクオはゆっくりと頷く。
('A`)「その通りだ」
( ^ω^)「それが、なんで乗っ取られることになるんだお?」
('A`)「“瞬き”は戦う相手を探して流浪している。では“瞬き”と戦うことを諦めた連中はどうなった?」
あっ――。
そうだ。“瞬き”のあまりの強さに気をとられ、そのことを失念していた。
僕の考えている通りだったら、この街からエロビストは一人もいなくなる。
それは確かに乗っ取られたと言っても過言ではないだろう。
('A`)「……気付いたようだな。そう、“瞬き”は戦う相手を常に探しているエロビストだ。
だが、“瞬き”に勝つことを諦め、戦うことすらしなくなったエロビストは」
( ^ω^)「エロビストではなくなる」
そう。
エロビストのシンプルで、それ故に絶対的な条件。
即ち、“競い合い、奪い合い、至高の一本を勝ち取る”という条件を満たさなくなる。
“瞬き”に負け、打ちのめされ、勝つこと戦うことから背を向けた者は、それはもうエロビストではないのだ。
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:03:09.68 ID:tnFj4ZAG0
- 例え“瞬き”がいなくなった後でも、もうアダルトビデオを奪い合うことはないだろう。
仮にそれをしたとしても、彼らの心中にはこびりついた汚れのように残り続けるのだ。
“逃げた”と。
('A`)「今となってはもう、この街からエロビストがいなくなるかどうかの話だ。
貴様一人の復讐劇で終わらせられる問題ではなくなった」
( ^ω^)「でも、待って欲しいお。僕たちは、誇り高きエロビストだお。
この街のエロビストは誰も逃げたりなんかしない。
例え最後の一人になっても、皆、誇り高く挑み続けるお!」
('A`)「……俺だってそうあって欲しいと思うさ」
( ^ω^)「ドクオは、この街のエロビストを、僕を、自分を信じていないのかお?」
('A`)「そうじゃない」
( ^ω^)「なら……」
そこでドクオは僕の胸倉を掴み、ぐいと自分の眼前に引き寄せた。
ドクオの目は、無知なる者に対する怒りと、少しの哀しみを湛えていた。
('A`)「貴様は、今まで“瞬き”に倒されていったエロビストの全てが誇り高くなかったとでも?
常に奪われ、蹂躙され、誰一人として奴に勝てない日々が続く中、
いつまでも挑み続けることが出来ると?」
( ^ω^)「それは……」
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:05:08.45 ID:tnFj4ZAG0
- ('A`)「教えてやる。奴に倒されたエロビストの中には、俺の友人もいた。強く、優しい奴だった。
そして誇り高く、何よりもアダルトビデオを愛していた。俺や、貴様と同じくらいな。
だが、奴は壊れた、壊された。愛するアダルトビデオを目の前で奪われ、
愛するアダルトビデオを見られない日々を続けさせられてな」
そこまで吐き捨てるように言って、ドクオは僕の胸倉から手を離した。
目にはもう先ほどのような怒りは見えない。代わりに、落胆したような、陰が映りこんでいた。
('A`)「……尊敬していたんだ、一人のエロビストとして。だがあいつはエロビストではなくなってしまった。
アダルトビデオへの愛ゆえに。アダルトビデオを愛しすぎていたが故、
あいつはエロビストであることを捨ててしまったんだ。そんな悲劇を誰が責められる?
“瞬き”を誰が責められる? ただ強くあろうとした男を、どうして責められる?」
僕はドクオに掴まれて少し伸びてしまったシャツの胸元を無意識に押さえる。
正直言って、このシャツは僕の持っている服の中ではお気に入りだ。
だが、こんな空気の中、誰がドクオ責められる?
('A`)「俺たちに出来ることはただ一つ。“瞬き”に勝って、この街を守りきることだ」
( ^ω^)「そんなことより今お前が引っ張ったシャツを弁償しろよ(でも、どうやって? “瞬き”には、僕でさえ手も足も出なかったお!)」
('A`)「言ったろ? 問題は既にこの街を巻き込むレベルだって」
( ^ω^)「いや、街はともかくシャツだろ。これからどうやって外に出ろって言うんだよ(それは、つまり……)」
ドクオはニヤリ、と笑う。
('A`)「総力戦だ」
- 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:07:10.30 ID:tnFj4ZAG0
- 正直、あまり気乗りはしなかった。卑怯だとも思ったし、情けないとも思った。
そして何よりこんなシャツのまま人に会いたくなかった。
今、僕の目の前にはドクオを含め五人のエロビストがいる。
どいつもこいつもよく見知った顔だった。
こいつらには何度も苦戦を強いられたものだ。
僕を含めてここに集まった六人が、この街の顔役といってもいいだろう。
_
( ゚∀゚)「それで、何の用だってんだ?
俺らを一堂に集めたからには、まさか世間話をしようってんじゃないだろ?」
人一倍気の短い“暴力(バイオレンス)”のジョルジュが口を開く。
確かに僕らエロビストがアダルトビデオコーナー以外で顔を突き合せるなんて異例中の異例だ。
僕らエロビストは仮に街ですれ違ったとしても、お互い話しかけたりしない。
戦場を日常まで持ち込まないのが僕らのルールだからだ。
だから、今回の会合はかなりイレギュラーと言えるだろう。
('A`)「そう急くな。“暴力”よ。これから順を追って話をしようとしていたところだ」
_
( ゚∀゚)「けっ」
悪態をついて、“暴力”はそっぽを向いた。
('A`)「先日、ここにいる“疾風”が負けたのは知っているな?」
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:09:11.83 ID:tnFj4ZAG0
- みな黙って頷く。
正直、僕としては自分の恥部を一々説明されるのは屈辱だったが、状況が状況だけに仕方がない。
('A`)「こいつは“疾風”などと偉そうなことを言ってはいるが、一対一の尋常な勝負で惨敗したそうだ。
やはり、と言うべきか、こいつはただの雑魚だった。速さが武器と大言壮語を吐いてはいるが、
その武器を如何なく発揮できる戦闘形式においても無残に敗れたこいつは最早空前絶後の弱者。
いますぐ役所に行って保護を受けなければならないレベルだ」
( ^ω^)「おい」
さすがに言い過ぎではないだろうか?
ちょっと傷ついたんだけど。
('A`)「だが、それも仕方がない、とも言えるだろう」
ドクオは顔を引き締め、周囲を一瞥する。
いつも思うのだが、こいつの演出過多はいかがなものだろうか。
('A`)「相手は“瞬き”だ」
_
(;゚∀゚)「――なっ」
“暴力”を始め、全員豆が鳩鉄砲を食らったような表情をした。
無理もない。
お伽話に近いような伝説級のエロビストが、こんな身近に現れたと言うのだから。
- 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:11:18.96 ID:tnFj4ZAG0
- (,,;゚Д゚)「おいおい、マジかよ。“瞬き”っていや、現役最強のエロビストじゃねぇか」
('A`)「その通りだ。そして“瞬き”はその強さゆえ戦場を失い、そして戦場を求めている」
“妨害(オブスタクル)”のギコも顔に汗を浮かべている。
(,,;゚Д゚)「冗談じゃねぇぞ。そんな化け物がいたら、俺らのアダルトライフはどうなっちまうんだ?」
(=゚ω゚)「恐らく、誰一人として手に入れられる奴はいなくなるんだょぅ」
/^o^\「……私たちにとっての“命”の供給がなくなるということですね」
“壁(ウォール)”のぃょぅ、“窃盗(スティール)”のフッジサーンも弱気になっている。
('A`)「そういう事だ。誰か、この中に一人でも“瞬き”に勝てる自信のあるものはいるか?」
ドクオが尋ねるも、誰も口を開かない。
自己紹介代わりに脈絡なく口を開いたくせに、情けない奴らだ。
('A`)「誰もいないわけだな。では、質問を変えよう。
この中に、一日でもアダルトビデオを見ずとも平気だと言うものはいるか?」
この質問にも誰も答えない。
( ゚∀゚)「……回りくどい言い方しやがって。結局何が言いたいんだ?」
('A`)「ふん。では俺の意見を言おう。おまえらは毎日アダルトビデオを見なければ発狂してしまう変態だ。
だが、このままでは“瞬き”にアダルトビデオを独占されてしまうだろう。では、どうするか?」
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:14:26.57 ID:tnFj4ZAG0
- そこでドクオは一呼吸おく。
('A`)「休戦協定を結ばないか?」
_
( ゚∀゚)「休戦協定?」
('A`)「あぁ。協戦同盟と言い換えてもいい。ここに集まった誰もが“瞬き”には勝てない。
だが、みなで力をあわせれば、“瞬き”と言えど用意にはアダルトビデオを手には出来まい」
_
( ゚∀゚)「つまり臆病者同士で群れをなそうって言うことか」
('A`)「そうとってもらっても構わない。だが、現実としてそれ以外に方法はない。
断言しおくが、俺を含めて誰も“瞬き”には勝てない。
“疾風”にすら苦戦している俺たちだ。その実力の程は推して知るべしだろう」
_
( ゚∀゚)「けっ」
“暴力”が唾を吐き捨てドクオににじみ寄る。
_
( ゚∀゚)「誰がお前らなんぞと組むか。そんな臆病者の提案なんて受け入れられるか」
('A`)「ではアダルトビデオは諦めると?」
_
(#゚∀゚)「ボケ。なんでそういう結論になる? それがチキンだってんだ。やってみないで何でわかるんだ?
俺はな、例え勝てなくても徒党なんざ組まないぜ。臆病者になるよりは、手痛い敗北のほうがましだ」
付き合ってられない、という体で“暴力”は僕たちに背を向け、歩き出した。
- 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:16:49.60 ID:tnFj4ZAG0
- _
(#゚∀゚)「おい、“壁”! “窃盗”! 行くぞ!
そんなくせー臆病者どもに関わっているとてめーらも臭くなっちまうぞ!」
(=゚ω゚)「……悪いけど、ボスがああ言っているから行くょぅ」
/^o^\「悪い話ではないと思いますが、ボスがああ仰ってるんでね」
そして“壁”と“窃盗”も“暴力”の後を追って行ってしまった。
なんてことだ。
あいつら、組んでいたのか。
散々僕らの事を徒党を組む臆病者とか言っておいて、
自分達はずっと前から徒党を組んでるんじゃないか。なにその矛盾。
('A`)「……おまえはどうするんだ?」
ドクオはその事実に気付いているのかいないのか、全くツッコミを入れずに“妨害”に尋ねる。
(,,゚Д゚)「……俺はやめておくよ。正直言って、怖いんだ。
圧倒的に負けることが。そして心が折れてしまうことが」
('A`)「……そうか」
( ^ω^)「いや、ってゆーかあいつらはあいつらで徒党を組んでたお。
その事については誰もつっこまないのかお?」
- 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:19:09.99 ID:tnFj4ZAG0
- (,,゚Д゚)「すまんな。もしかしたら、俺も潮時なのかもしれない。
本当なら、強者に立ち向かってこそのエロビストなんだろうが……」
('A`)「貴様はガタイがいい割に気が優しいからな。無理強いはせんさ」
( ^ω^)「あの感じだとずっと前から組んでるお、あいつら。
道理でなんか連携ができてると思ったんだお。しかも“壁”と“窃盗”なんかボスとか呼んでたし」
(,,゚Д゚)「俺は参戦できないが、お前らの勝利を祈ってるよ」
そこでドクオはフッ、と微笑む。
('A`)「なに、大丈夫さ。俺と、この“疾風”がいればな」
( ^ω^)「あれ、ありなの? 随分偉そうなこと言ってたけど。
僕はどっちかというとあいつらの態度のほうが気に入らないんだけどお」
■
“妨害”と別れを告げ、再び二人に戻ってしまった僕たちは、公園のブランコに座ってぶらぶらと揺られていた。
('A`)「さて、結局振り出しに戻ってしまったな」
( ^ω^)「それで、どうするお? 正直、僕とドクオだけじゃ“瞬き”に勝てる気がしないんだけどお」
('A`)「いや、二人じゃないさ」
- 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:21:13.23 ID:tnFj4ZAG0
- いや、二人だろ。僕とドクオ。どう考えても二人だ。
こいつ頭がおかしくなってしまったのかしら。
( ^ω^)「二人だお」
('A`)「仲間はな。だが、あの様子だと“暴力”たち三人も参戦してくるだろう。
決して仲間とは呼べないだろうが、場は荒れるはずだ」
( ^ω^)「なるほど。少なくとも“瞬き”が勝つ確立は減る計算になるお」
('A`)「その通りだ」
それに、“暴力”の戦い方はその名の通りかなり乱暴だ。“瞬き”と直接対決してくれれば、一層都合がいい。
それにしても、と思う。
それにしても、“瞬き”のあの素早さは何なのだろう。
自慢じゃないが、今まで僕より速い奴なんて見たこともなかった。
そして不可解なのは、僕が一通り選別していたのに比べて、
“瞬き”はあたかも最初から至高の一本の在り処を知っていたかのような動きだった。
なにせ、ほぼ最短で至高の一本を手に入れていたのだ。
誰かの横取りとか、選ぶスピードが速いとか、そんなものとは根本的に違う気がする。
( ^ω^)「ドクオ」
('A`)「何だ?」
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:23:39.45 ID:tnFj4ZAG0
- わからないことがあったらすぐ人に尋ねる。それが社会人としての常識だと言う。
最早いつ社会にでても対応できると自負している僕は、その格言どおりドクオに尋ねることにした。
( ^ω^)「“瞬き”のスピードに納得がいかないんだお。
あいつは、まるで……そう、最初から至高の一本の場所を知っているかのようだったお」
ふむ、とドクオが一考して、その口を開いた。
('A`)「これはあくまで噂と推測なのだが、“瞬き”はアダルトビデオの匂いがわかるのではないかと思う」
(;^ω^)「匂い?」
アダルトビデオの匂いって何だ? スペルマか? だとしたら最高に嫌な匂いだ。
('A`)「そう嫌そうな顔をするな。匂いといったのは例えだ。
“瞬き”はアダルトビデオの気配がわかるんだと、俺は推測する」
( ^ω^)「気配?」
('A`)「そうだ。“瞬き”はサメが獲物の匂いを感知できるように、アダルトビデオの気配を感知できるんだ。
だから、迷うことなく至高の一本までたどり着ける」
なんてことだ。それではほとんど無敵ではないか。
考えてもみて欲しい。例えばテストの答えが全て勘によってわかる奴がいたとしよう。
そんな奴には誰だってかなわない。どんな天才だろうと、ガリ勉だろうと、答えがわかっている奴にはかないようがないのだ。
なんだか例えが違うような気がするが、とにかくそういう事だ。
- 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:25:53.38 ID:tnFj4ZAG0
- ('A`)「さてと」
そんな僕の驚愕を知ってか知らずか、ドクオはその場から立ち上がり、尻についた汚れを手で払う。
('A`)「俺は、全員に戦いを申し込んでくる。日にちは明日だ。
貴様はそれまでに、少しでも勝てるよう策を考えておいてくれ」
そう言うと、ドクオは僕に背を向けて、西部警察さながらに夕日の中へ消えていこうとした。
(;^ω^)「ちょ、ちょま、ドクオ!」
('A`)「……何だ?」
せっかくのかっこよく立ち去ろうとしたのに邪魔されて怒っているのか、
ドクオはいつも以上に不機嫌そうな顔をして振り向いた。
だけど勝手に帰らせはしない。
“瞬き”の凄さを植えつけておいて、さらにその対策を考えておけだなんてあまりにも勝手すぎる。
(;^ω^)「これで話し合いは終わりかお? もっと作戦とか練らなくていいのかお?」
('A`)「だから今言ったじゃないか。“策を考えておいてくれ”と」
(;^ω^)「いや、投げっぱかお。お前も考えろお」
僕の当然の抗議に得心がいったのか、ドクオは思案顔をして頷いた。
('A`)「こういうのはどうだ? “暴力”を“瞬き”にぶつけさせるんだ」
- 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:27:54.36 ID:tnFj4ZAG0
- ( ^ω^)「それは僕も考えていたお」
結局、それが最良なのかもしれない。
“暴力”のスタイルは、手近なエロビストを殴っていく、という戦法だ。
恐るべき暴力を振るい、次々とエロビストをリタイアさせていく。そして最後の一人を倒し、
己のみになったところでゆっくりとアダルトビデオを吟味していくのだ。
正直、恐ろしい。恐ろしいが、勝てないかと言われるとそうでもない。
なにしろ時間がかかりすぎる。
一人、また一人と倒していく間に他の誰かにアダルトビデオを奪取されると言うことも決して珍しくはない。
特に、僕のような速さが売りのエロビストとは相性が最悪なのだ。
('A`)「ふん。俺と貴様が思いついたということは、それが唯一にして最良の策なのだろう。
なに、なるべく“暴力”に近付かなければいいだけのこと」
( ^ω^)「うーん、そうなんだけどお」
('A`)「不満か?」
不満はあるといえばある。
僕も思いついた案ではあるが、なるべくなら使いたくはない策だ。
まるで“暴力”からも逃げ出したみたいだし、なにしろ卑怯だ。
それに、僕は“暴力”のやりかたはどうかと思っている。
いくらアダルトビデオを手に入れるためとはいえ、人を殴り倒していくのはやりすぎではないか。
- 80 名前:すみません、さるでした 投稿日:2009/08/07(金) 22:53:04.28 ID:tnFj4ZAG0
- 確かにエロビストの中には人の足を引っ張るプレイをする者もいるが、
直接暴力に訴えてくるものは他にはいない。
はっきり言ってしまえば、“暴力”は嫌いだった。
彼のやり方には美学がない。美しさがない。
荒々しく、粗野で、下品だ。ともすれば、誇りの高さが問われる
エロビストの定義に当てはまらないのではないか、とさえ思っている。
('A`)「貴様の考えていることはわかっているぞ、“疾風”。貴様はこう考えている。
“今ドクオが提案したやり方は最善だ。だが、卑怯だ”と」
( ^ω^)「その通りだお」
('A`)「そして貴様はこうも考えている。
“自分が認めていない“暴力”からも逃げているみたいでなおさら気に入らない”と」
(;^ω^)「いちいちごもっともだお」
何コイツ、エスパー? 何で人の心がわかるの? いやだ気持ち悪い。
('A`)「それが貴様の弱点だ」
(;^ω^)「――なっ」
いきなり何を言うんだこいつは。突然のドクオの指摘に、僕は少なからず狼狽してしまう。
僕の弱点って、今そんな話してなかっただろう。
- 81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:57:02.74 ID:tnFj4ZAG0
- ('A`)「策、というより課題は決まったな。明日までに貴様の弱点を克服してきてもらおう」
(;^ω^)「い、いきなり何を言うのかね君ィ! 僕には弱点なんてないアルよ!」
('A`)「ふん。言い方が悪かったな。弱点、と言うよりは貴様に足りないものだ」
僕に足りないもの……。貯金残高……働く意欲……職歴、学歴……ダメだ。何かへこんできた。
('A`)「そしてそれは“暴力”も、この俺も持っている。貴様が俺に勝てない理由はそこにあるんだ」
(;^ω^)「な、なんだお! そこまで言うんなら今から大学に行ってやるお!
いくら不況とはいえ新卒ならどこかしらに就職できるはずだお!」
('A`)「? 何を言っているんだ? アダルトビデオの話だぞ?」
そうでした。自分でコンプレックスを刺激して、知らぬ間に築いていた檻の中でもがくところだった。
( ^ω^)「なら教えて欲しいお。僕に足りないものを。
それが明日への勝利につながるなら、甘んじて指摘されるお」
しかしドクオは僕の言葉に一考する。
あれ? そんな難しいこと言ったかな? ただ僕に欠けているものを教えろといっただけなんだけど。
('A`)「残念だが、それは貴様が自分で気付くことに意味があるのだ。教えても何の意味もない」
( ^ω^)「なんだそりゃ」
意味深なこと言っておいて煙に巻く作戦だな。そうはいくか。
- 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:59:29.39 ID:tnFj4ZAG0
- ( ^ω^)「意地悪しないで教えろお! 教えろ! 教えろ! O・S・H・I・E・R・O、教えろ!」
(;'A`)「五月蠅いやつだな。ではヒントだけ教えよう」
やった。やっぱりこの世の中ゴネ得だ。最後には声が大きくてバイタリティがある奴が勝つんだ。
('A`)「貴様は恐らく“暴力”の戦い方が気に入らないのだろう。荒々しく、粗野で、下品で、誇り高くない、と」
(;^ω^)「い、いちいちごもっともだろお」
('A`)「確かに誇り高いことはエロビストの条件だ。だがそれは条件の一つにしか過ぎない」
( ^ω^)「ふむ」
('A`)「以上だ」
(;^ω^)「は!?」
ヒントって言うかただの確認じゃねぇか。別に大したことを言っているわけではないのに、ドクオはどや顔をしている。
( ^ω^)「おい、その顔やめろお」
('ー`)「ヒントはここまでだ。後は自分で考えるんだな」
( ^ω^)「だからそれだけじゃわからねーお。あとその顔やめろお」
('ー`)「エロビストとは何か? その根本的な部分に気付けば、貴様は俺はおろか、“瞬き”にすらひけをとらないだろう」
(#^ω^)「おい! その顔やめろっつってんだお! 殺してやろうかこの不細工!」
- 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:03:47.41 ID:tnFj4ZAG0
- ('ー`)「いいか“疾風”よ。考えるんだ。貴様はまだまだ強くなる。考えるんだ……考えるんだ……」
そしてドクオは夕日の中へと消えていった。
僕は段々小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、『でも意外とドクオのあの顔悪くないなぁ』と思った。
■
夜、ベッドの上に座りながら、僕は一人、ドクオの言葉を思い出していた。
エロビストとは何か? その答えがそのまま強さになる、とドクオは言っていた。
もうかなりうろ覚えになってしまったけど、大体そんなことを言っていたはずだ。
エロビストとは何か?
簡単だ。今更説明されるまでもない。
エロビストとはつまりアダルトビデオを追い求める狼だ。
誇り高く、アダルトビデオを愛し、孤高の戦士でなくてはならない。
まかり間違っても“暴力”のような、
人を殴り倒してでも至高の一本を手に入れようとする浅ましい輩のことではない。
一般人とエロビストの最大の違いはその姿勢にある、と僕は思っている。
一般人はこのご時世にわざわざアダルトビデオを追い求めない。
いや、例えアダルトビデオを借りるとしても、お手軽で無難な一本を借りていくだろう。
僕らエロビストはそんな妥協はしない。
数が多いから、とか、人が多いから、とか、そんな理由でアダルトビデオコーナーを早々に後にしない。
だって、もったいないじゃないか。
もう少し真剣に、時間をかけて探せば、まだ見ぬ至福のときが訪れるかもしれない。
そう思うと、適当な一本を選んでマスを掻くことなんてとても考えられないのだ。
- 86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:07:37.59 ID:tnFj4ZAG0
- 最早、適当では満足できない。
盤面この一手。それしかない、という一本を探し出すから、そのカウパーに意義が産まれるんだ。
少なくとも僕はそう考える。
エロビストは全員そう考えているはずだ。でなければわざわざ争い合ってまで、
他人を押しのけてまで、“たかだか”アダルトビデオを手に入れたりしない。
ある意味呪縛だと思う。
僕らは普通では満足できなくて、そのために争い、争い自体に喜びを見出し、そしてまた争う。
哀しいことだ。
通常ならばある程度で線を引いて、自分との折り合いをつけていくのだろう。それが、大人と言うものだ。
大馬鹿野郎。
夢を捨て切れなかった大馬鹿野郎達が、エロビストなんだ。
夢を捨てきれず、それに命を賭け続けたものがエロビスト。
例えば、僕はドクオを尊敬している。
ドクオのおかげでエロビストになれたから、ということもあるが、彼のプレイ自体も尊敬に値するものだ。
ドクオは自分が目立たない存在だと言うことを自覚している。
ならばこそのあのスタイルなのだ。
人によっては、ドクオのやり方を漁夫の利を得るこすい方法だと罵る奴もいるかもしれない。でも、それは違うんだ。
全てはアダルトビデオを得るため。
そのためには、正々堂々とか、スマートにアダルトビデオを選ぶとか言うことは塵に等し
――――あっ。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:11:25.86 ID:tnFj4ZAG0
- そこまで思案して、僕はやっと気付いた。
ドクオや、“暴力”にあって、僕に足りないもの。
それはエロビストとして最も大事で、根源的なもの。
アダルトビデオが欲しいと思う気持ちだ。
誇り高いとか、孤高とか、それは他人がエロビストを見てつけた評価に過ぎない。
確かにエロビストはみなストイックで誇り高い。でもそれはあくまで二次的なものなのだ。
恐らく、始祖のエロビストたちは誰も誇り高く生きようなどとは思っていなかっただろう。
一つだけ。素晴らしいアダルトビデオが見たいというその一点だけ。
それこそがエロビストがエロビストたる所以なんだ。
他の条件は、よりよくアダルトビデオを観賞するために作り出された、いわば第二条件だ。
エロビストはアダルトビデオを手に入れなきゃいけない。
そのことを履き違えていた。
そう考えれば、“暴力”の、何が何でもアダルトビデオを手に入れてやろうという姿勢は正しい。
むしろ、そのなりふり構わない姿こそ美しいのではないか。
スマートに、秩序を以ってなどと気のいいことを言っているうちは、
本物のエロビストではない、ということか。
僕の頭の中にかかっていた霧がスッ消えていく。
なんだか吹っ切れたような気分だ。
エロビストはアダルトビデオを追い求める。それだけでいい。
そう思うと、自然にやるべきことが見えてきた。
- 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:13:51.92 ID:tnFj4ZAG0
- じっと自分の手を見る。
なんだかさっきまでよりも大きく、どんなアダルトビデオでさえこの手に掴めそうな気さえしてくる。
早く戦いたい。
戦って、最高のアダルトビデオを手に入れたい。
■
時刻は午後八時。開戦の時間まであと、30分ほど。
実はこの時間帯が一番緊張する。
戦とは戦う前に既に勝敗が決しているとは有名な言葉だが、
なかなかどうして、昔の人の言うことも馬鹿にできないものだ。
この開戦前の30分でどれだけ自分を高められるか――勝敗の鍵は実はそこにある、と僕は思っている。
つまり、この時間帯にどれほど飢えていられるか。その心境がすなわち戦場での動作に直結する。
僕は――うん、悪くない。
というか最高に近いのではないか。
昨晩、エロビストのあり方に気付いてから、僕は早く戦いたくてしかたなかった。
それはつまり、アダルトビデオを勝ち取りたいという欲求に他ならない。
そして、“瞬き”に対抗するための画期的な策も思いついた。
それを思いついたときは興奮して中々寝付けないほどだった。
睡魔が襲ってきたのはやや明け方に差し掛かってきた頃。
少し遅いかな? とも思ったけど、
なあに、普段から働いていない僕にとってはハンデにすらなりえなかった。
- 91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:16:06.60 ID:tnFj4ZAG0
- ( ^ω^)「さて……」
僕は腰をゆっくり持ち上げる。
もう引き返すことは出来ない。
次にここに座るときは、それはアダルトビデオを観賞するときだ。
( ^ω^)「行ってきます」
戦場に死に行く息子を涙ながらに見送る母を、しかし僕は一瞥もせずに玄関の戸をくぐる。
心配しないで、母さん。
貴女の息子は、昨日よりも、そして帰ってくる頃には今よりも立派になっているはずだから。
■
('A`)「調子はよさそうだな」
特に待ち合わせていたわけでもないのに、戦場への道程でドクオが待っていた。
( ^ω^)「まぁお」
その返答に、ドクオはほう、と小さく感嘆の声を上げる。
('A`)「その様子だと貴様に足りないものがわかったようだな」
( ^ω^)「おかげ様で。気付いてみれば単純な、だからこそ大事なことだったお」
ドクオはふいと視線を前に向ける。その目は少し寂しそうな、
でも息子の成長を喜ぶ父のような誇らしさがあった。
- 93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:19:05.60 ID:tnFj4ZAG0
- ('A`)「ふん。もう、俺は貴様に勝てんのかもしれんな」
(;^ω^)「ちょ、ちょっと、何を言ってるんだおドクオ。そんな弱気になるなんてお前らしくないお」
('A`)「なに、ふとそう思っただけだ。無論、俺だってやるからには負ける気などさらさらないさ。
だが、そうだな……今日のお前は……お前が味方というのは、頼もしいな」
じん、としてしまった。
あのドクオが。僕をエロビストへと導いてくれて、僕の目標だったドクオが、そんな言葉をかけてくれた。
人に頼られる嬉しさ、認めてもらえた嬉しさが僕の胸中を満たしていく。
( ^ω^)「おっおっ。そんな期待されちゃ絶対に負けられないお」
おどけてみせた僕にドクオは不敵な笑みを浮かべて、
('A`)「そのために言ったんだ」
そう言った。
■
やはり圧倒的な存在感を放って、“VIP先生”は今日もここにあった。
荘厳、とでも呼ぶべきその佇まいは、まさに“聖域”と呼ぶにふさわしい。
今までも、そして今日も、僕らはこの“聖域”で戦う。明日からもここで戦えるように。
(´・ω・`)「やぁ」
歩道のガードレールに腰かけた優男が、柔和そうな微笑を湛えて話しかけてきた。
忘れるはずもない。僕に辛酸を舐めさせた男、“瞬き”だ。
- 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:21:37.18 ID:tnFj4ZAG0
- (´・ω・`)「まさか一昨日に続いて今日も戦ってくれるとは思わなかったよ。
“疾風”って言うんだって、君? ここらじゃ有名なエロビストなんだってね。
その二つ名にたがわぬ通り、かなりの速さだったよ。
僕の戦歴の中でも、君ほど速いエロビストを思い出すのはちょっと難しいな」
嬉しそうにペラペラと喋りかけてくる“瞬き”。こいつ、ひょっとして寂しかったのか?
( ^ω^)「お褒めに預かって光栄だお。だが、黙れクソ野郎」
当然だ。僕らはここへおしゃべりしに来たわけでも、互いの健闘を讃えに来たわけでもない。
戦いに来たのだから。
(´・ω・`)「言いたいことは戦場で、ってことかい?
嫌いじゃないよ、そういうの。今日は、前より楽しませてくれるといいなぁ」
('A`)「随分余裕じゃないか、“瞬き”よ」
ドクオが僕らの間に割って入ってくる。
('A`)「確かにこいつは貴様に惨敗した。だが、今日のこいつは一昨日とは違う」
(´・ω・`)「へぇ、そうかい。君がそう言うのならきっとそうなんだろうね、“不可視”?」
( ^ω^)「ドクオの事を知っているのかお?」
まぁね、と“瞬き”は頭を掻く。
(´・ω・`)「まぁ彼はエロビストとしてもそこそこ有名だったけど、
それよりは新しい観賞の仕方を提言したことのほうが有名かなぁ」
- 98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:25:19.96 ID:tnFj4ZAG0
- 僕は納得した。
確かにドクオは強く、それなりに有名なエロビストだ。
だが、誰もが知っているほど有名人かと問われれば、それは疑問だ。
それよりも、ドクオが考案したアダルトビデオの観賞の仕方が画期的で、
それによりドクオの知名度は瞬く間に広がったのだ。
(´・ω・`)「素晴らしいよ。君の考えた『擬似寝取られ』は。
寝取られ属性がない僕でさえ舌を巻いたほどだ」
('A`)「よせ、昔の話だ」
ドクオは謙遜している風でもなく、つまらなそうに“瞬き”を制した。
ちなみにドクオの考案した『擬似寝取られ』とは、
アダルトビデオを観賞する際に自分の手足を縛り、
あたかも彼女を他の男に寝取られているかのような錯覚を起こさせる鑑賞法だ。
これにより、どんなアダルトビデオも一気に寝取られ物へと変貌を遂げるという、
言われてみれば納得の、まさにコロンブスの卵的な発想だ。
更に、一般物よりレイプ物、そして何より見るときに
「やめろ……! やめてくれ……!!」とうめき声を上げることがリアリティの向上につながると、
考案者は提言している。
('A`)「それより、来ているのは貴様だけか?」
ドクオが“瞬き”にそう尋ねたとき。
- 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:28:32.22 ID:tnFj4ZAG0
- _
( ゚∀゚)「もちろん俺らもいるぜ」
どこからか見てたんじゃないかと疑いたくなるようなタイミングで、“暴力”“壁”“窃盗”の三人が現れた。
_
( ゚∀゚)「よう。あんたが“瞬き”かい」
鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離まで滲みよると、“暴力”は“瞬き”にやや乱暴な挨拶をした。
_
( ゚∀゚)「悪いが、あんたには今日限りで引退してもらうぜ」
“瞬き”はその無礼な態度に特に気を悪くした風でもなく、
(´・ω・`)「おもしろいじゃないか」
嘲笑った。
■
開戦まであと一分を切り、誰もが初動への思惑を寄せている中、“瞬き”がポツリと口を開いた。
(´・ω・`)「ありがとう」
しかし誰もその言葉に反応しない。視線は真っ直ぐ、アダルトビデオコーナーの奥を見据えたままだ。
そのほうがかっこいいからだ。
(´・ω・`)「戦場を追い出されて、誰とも戦うことが出来なくなった僕に構ってくれてありがとう」
戦いまであと6、5、4……。
- 106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:32:02.05 ID:tnFj4ZAG0
- (´・ω・`)「臆することなく、僕に立ち向かってきてくれて、ありがとう」
3、2、1……。
(´;ω;`)「でも、寂しいよ。これでお別れなんて」
0。
刹那、僕はまるで突風に後押しされたかのように走り出す。
前には誰もいない。当然だ。僕より迅速なスタートを切れる奴などそうはいない。ただ一人を除いて。
そう、現役最強の男、“瞬き”以外は。
アダルトビデオコーナーを駆ける僕のすぐ後ろに、“瞬き”の影が……――ない?
なぜだ? ありえない。実際、前回やりあったときは、僕に勝るとも劣らないスタートを切っていたじゃないか。
疑問にかられた僕は、後ろを振り向こうとし――。
バキッ。
乾いた音が辺りに響いた。
そしてドッ、という何かが倒れる音。
_
( ゚∀゚)「はっはー! まずは邪魔な奴から片付けてやったぜ!」
“暴力”が歓喜している。
その足元には地に伏せた“瞬き”。
どうやら開始と同時に、“瞬き”は“暴力”に殴られたようだ。
- 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:35:39.39 ID:tnFj4ZAG0
- “瞬き”がどんなに速かろうと、エロビストとして強かろうと、単純な暴力にはかなわない。
殴られてしまえばそれで終わりだ。
僥倖。
これは僥倖なのだろう。
なぜなら、僕が、そしてドクオが考え付いた最良の展開なんだから。
それが労せずして叶った。
後は誰よりも早くアダルトビデオを見つけ、手に入れるだけ。
僕は得意技である疾風を繰り出す。
最速で駆け抜けながら、アダルトビデオを選別する。
一つ目の棚の中ほどまで確認したところで、僕の前に影が立ちふさがった。
(=゚ω゚)「ぃょぅ。そう簡単には選ばせないんだょぅ」
“壁”だ。
“壁”はその二つ名どおり、僕の前に壁のように立ちふさがると、機敏な動きで選別の邪魔をする。
(;^ω^)「くっ。どけ、邪魔だお!」
(=゚ω゚)「どくわけないょぅ」
最悪だ。
僕にとっては一番厄介な相手だ。
気配でアダルトビデオを感知する“瞬き”と違って、僕は視覚で確認する。
その僕にとって、自らの体で視界を塞いでくる“壁”は、僕の能力を殺ぐ、正に天敵だ。
- 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:38:17.18 ID:tnFj4ZAG0
- お互い道端ですれちがう通行人のように左右に動く。
しかし、“壁”はべったりと僕にまとわりつき、決して隙を見せてはくれない。
(;^ω^)「く……!」
いい加減イライラする。
しかしこれでは“壁”自体もアダルトビデオを探すことが出来ない。
完全な膠着状態だ。一体、どうするつもりだ?
僕は、チラ、と視界を横に向ける。
そこには、倒れた“瞬き”に蹴りを放つ“暴力”と、そして必死にアダルトビデオを探すドクオと“窃盗”の姿。
そういうことか。
“暴力”は“瞬き”を、“壁”は僕をそれぞれ足止めし、残る“窃盗”にアダルトビデオを探させるつもりか。
徒党を組む奴ららしい、実に汚い作戦だ。
だが、それは余りにドクオを舐めた行為ではないか?
僕の親友のドクオは、“不可視”は、何をやらせてもダメなやつだが、
ことアダルトビデオにおいては僕を凌駕する才能の持ち主だ。
僕は口の端を持ち上げ、不適に笑う。
( ^ω^)「行けっ! ドクオ! “窃盗”なんかに負けるな!」
“暴力”たちの作戦、受けてたった。
ドクオと“窃盗”の一対一だというなら、それを力でねじ伏せるだけだ。
しかし、僕の期待とは裏腹に、ドクオの選別ペースは遅かった。
それどころかなんだかオロオロしてやがる。
- 114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:40:29.50 ID:tnFj4ZAG0
- (;^ω^)「ちょ、何やってんだおドクオ! 遅い遅い! 遅いお!」
(;'A`)「ふん、俺の戦い方は貴様も知っているだろう。完全な漁夫の利だ。
自分で探す術に長けているわけなどなかろう」
ダメだこいつ!
気配を消しながら漁夫の利を狙うドクオは一対一だと分が悪すぎる。
なぜなら一対一だと気配を消すもクソもないからだ。
乱戦中の視野狭窄の中ならこれ以上ない能力だが……ダメだこいつ! ダメ!
(;^ω^)「ちくしょう!」
僕は焦り始めた。
このままではただ“窃盗”が獲物を手に入れるのを待つだけになってしまう。
考えろ。どうするべきか。
そうしている間にも“窃盗”はなかなか機敏な動きでアダルトビデオを選別している。
その余裕の表情からは鼻歌でも聞こえてきそうなほどだ。
対するドクオはまごまごと、
まるでジジイのションベンかのような緩慢な動きでもたもたとアダルトビデオを選別している。
仕方がない。やりたくはないが、これしかない。
( ^ω^)「おおおおおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉ!!!」
僕は駆け出した。
ただし、向かった先は――。
- 117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:43:11.27 ID:tnFj4ZAG0
- (#^ω^)「おらぁぁぁぁぁあ!」
“暴力”にだ。
ドカッ。
僕の全力の飛び蹴りが“暴力”をふっとばす。
_
(;゚∀゚)「ぐぁっ!?」
“暴力”は一塁に駆け込む走者のように、地面を滑っていく。
(;´・ω・`)「ぐ……“疾風”……? なぜ?」
満身創痍になりながらも、なんとか意識を繋いでいた“瞬き”は、
本来敵である僕が助けたことに疑問を持ったようだ。
僕だって本当は強敵である“瞬き”を助けることなんてしたくはなかった。
だけど、仕方がないんだ。
だって、僕が選んだのは――。
(;^ω^)「仕切りなおしだお!」
そう、僕も“瞬き”も動きを封じられ、ドクオも役に立たないという状況では、
最早最初からやり直す以外にはない。
嫌だったが、あのまま座して死を待つよりはいくらかましだ。
_
(;゚∀゚)「ぐ……“疾風”てめぇ、一体どういう……」
- 118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:46:12.38 ID:tnFj4ZAG0
- ( ^ω^)「ドクオ! “瞬き”! よく聞け!」
蹴られた背中を撫でながら睨んできた“暴力”の言葉を遮って、僕は言い放つ。
( ^ω^)「このままじゃ“暴力”たちの思う壺だお! ここはまず仕切りなおしだお!」
よろよろと立ち上がった“瞬き”に僕はきつい口調で告げる。
( ^ω^)「本当はお前なんて助けたくなかったお。
でも、あのままじゃ確実にアダルトビデオをとられてた。ここは、一時共闘といかないかお?」
(;´・ω・`)「異論はないね。あの“暴力”にはいきなり殴られて腹が立っていたんだ。
とりあえずはあいつらを潰そう。君らとは、その後だ」
その答えに僕はにやりと笑う。
( ^ω^)「上出来だお」
(;´・ω・`)「でも、どうするんだ? 言いたくないけど、
僕と君だけじゃ“暴力”には勝てないと思うよ。あいつは強すぎる」
( ^ω^)「ドクオも一緒に戦うお。三対一なら、勝てる」
(;´・ω・`)「なっ!?」
当然ながら、驚愕する“瞬き”。当然だ。ドクオも入れて三人で“暴力”と戦うということは――。
(;´・ω・`)「馬鹿な! それじゃあ残った二人にアダルトビデオをとられちゃうじゃないか!」
予想通りの“瞬き”の言葉。
- 120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:49:04.74 ID:tnFj4ZAG0
- ( ^ω^)「その可能性はあるお。でも、それが最善だお。ドクオには他人を妨害するような動きは出来ない、
一人では選ぶのも遅い。なら、三人でアダルトビデオをとられる前に“暴力”を倒した方が早い」
(;´・ω・`)「でも……!」
( ^ω^)「大丈夫だお」
僕はきっぱりと言った。
根拠なんてない。でも、わかるんだ。“壁”と“窃盗”にアダルトビデオをとられることなんかないって。
('A`)「話は聞かせてもらったぞ」
計っていたとしか思えないタイミングで、ドクオが会話に割り込む。
('A`)「貴様がなぜそんなに自信があるのかはわからんが、その策略に乗ろう」
そのドクオの言葉に、僕はにっこりと微笑む。
_
(#゚∀゚)「おい“疾風”! 邪魔するんならてめぇから殺してやる!」
“暴力”がいきりたった目つきで僕を睨みつける。
正直、怖い。僕は生まれてこの方、人に暴力を振るったことなんてない。
ましてや相手は人を殴ることに特化した基地外だ。怖くないわけがない。
でも、やらなきゃいけない。
( ^ω^)「行くお!!」
その言葉をきっかけに、僕達三人は“暴力”に向かって走り出す。
- 122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:52:39.85 ID:tnFj4ZAG0
- _
( ゚∀゚)「へっ、てめぇら三人で俺を足止めするってか。おもしれぇ。おい、“壁”! “窃盗”!
こいつらは俺が遊んどいてやるから、てめぇらは心置きなく至高の一本を探してろ!」
その言葉が終わるか終わらないかの刹那、僕の固めた右拳が“暴力”の左頬を――。
_
( ゚∀゚)「遅え」
捉えることなく、“暴力”は片手で僕の拳を掴みギリギリと締め上げた。
(;^ω^)「ぐっ……」
痛い。いやいや、痛い。どんな握力してるんだこいつ。
僕の拳は今にも砕け散ってしまいそうだ。
だが、馬鹿め!
(;^ω^)「ドクオ! 今だ!」
僕の背後に隠れていたドクオが“暴力”に向かって飛び上がり、
そして右足を高く持ち上げ“暴力”の首筋に蹴りを叩き込む。
首という急所を蹴られた“暴力”はよろめき、掴んでいた僕の拳を離した。
( ^ω^)「おぉぉぉ!」
利き手が自由になった僕は駄目押しとばかりに怒涛のラッシュを“暴力”にお見舞いする。
右、左、そしてまた右。僕の渾身の力を込めたパンチを“暴力”は全てまともに食らっている。
そして僕の横からはドクオ、背後からは“瞬き”からの攻撃。さすがの“暴力”もこれはたまらないはずだ。
_
(#゚∀゚)「くそがぁ!」
- 126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:55:18.88 ID:tnFj4ZAG0
- 私刑にさらされた“暴力”は亀の子の様に丸くなり、急所を守っている。
いける。これならいける。
例えどんなに強い一個の力があろうと、
数という名の暴力の前では無力なのだ! ふはははは!
_
(#゚∀゚)「おぉぉおぉら!」
防御を諦めたのか、でたらめに腕を振り回す“暴力”。馬鹿が、そんなのあたるか!
どっ。
鈍い音が響き、僕の体に強い衝撃が走る。
吹き飛ばされ、床に倒れる僕。
(;'A`)「“疾風”!?」
(;^ω^)「くそ、油断……したお」
どうやら“暴力”が振り回した腕は、僕の鳩尾にジャストミートしたようだ。
呼吸が出来ないほどの痛みが僕を襲う。
_
(#゚∀゚)「おら、てめえもだよ!」
僕がやられたことで勢いづいた“暴力”はドクオの頭を鷲掴みにすると、
その鼻に向かって頭突きを食らわす。
(;'A`)「ぐああ!」
- 128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:58:19.06 ID:tnFj4ZAG0
- 鼻から鮮血が流れ、ドクオは床に倒れた。
うわぁ、かなり痛そうだ。正直、あれをやられたのが僕じゃなくて良かった。
_
(#゚∀゚)「舐めた真似しやがって。後はてめえだけみたいだな」
(;´・ω・`)「う……」
僕らのやられっぷりを見て怖気づいた“瞬き”。そして“暴力”が近付いていく。
(;^ω^)「(ドクオ! 大丈夫かお!?)」
僕のすぐ横で倒れ、唸っているドクオに小声で話しかける。
(#'A`)「(く……許さん、許さんぞ……)」
どうやらドクオは怒り心頭のようだ。鼻血ブーのくせに、目には絶えることのない炎を燃やし続けている。
(;^ω^)「(まさか三人がかりで負けるとは思わなかったお)」
(#'A`)「(俺はまだ負けたつもりはない。奴に少しでもいい、隙があれば必殺ソバットをお見舞いしてやれるんだが)」
(;^ω^)「(だけどまともに向かっても、やられるだけだお)」
“暴力”の強さははっきり言って反則だ。あんなに強いなら普通に格闘家にでもなればいいのに。
(=゚ω゚)「あったょぅ!」
店内に響き渡る勝鬨の声。
どうやら“壁”が至高の一本を見つけてしまったらしい。
- 130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:01:19.06 ID:Gw9lJ9Pz0
- (;^ω^)「ドクオ!」
僕はドクオの名を呼び、“壁”の元へと走り出す。
名を呼ばれたドクオも立ち上がり、“暴力”へと向かって走り出す。
もうこうなってしまっては作戦もクソもない。“壁”より先にアダルトビデオを手に入れるしかない。
それは恐ろしく難しいだろう。
いくら僕が俊足でも、“壁”がアダルトビデオに手を伸ばす前に辿り着けるとは思えず、
ドクオも“暴力”にそのまま立ち向かって勝てるとは到底思えない。
だが、やるしかないんだ。
僕は全速力で駆ける。
“壁”の手が、アダルトビデオへと伸びる。
全てがゆっくりと、まるでスローモーションのように感じる。
そのとき――。
<あーいまい三センチ、そりゃぷにってことかい?>
戦場に鳴り響く、もってけ! セーラー服。
一瞬だが、“壁”と“暴力”の注意がそれる。
(#^ω^)「おおおぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
このチャンスを逃しちゃいけない。
- 133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:04:18.61 ID:tnFj4ZAG0
- 僕は姿勢を低くし、“壁”が手を伸ばしていた棚につっこむ。
“壁”が接近していた僕に視線を戻すがもう遅い。
ドッ。
僕は速度を落とさず、棚に体当たりをする。
その瞬間、至高の一本を含め、
棚に陳列してあった全てのアダルトビデオが音を立てて床に散らばった。
それと同時に、ドクオに必殺ソバットを見舞われた“暴力”も、ゆっくりと意識を失っていった。
(=;゚ω゚)「うわわわわ!」
“壁”はばらばらに散らばったアダルトビデオたちを見て、慌てふためいた。
ここまで混沌としてしまっては、探すだけで一苦労だろう。
“エロビストは絶対にアダルトビデオを手に入れなければならない”
その不文律に気付いたとき、僕が思いついた戦法だ。
自分より早く誰かがアダルトビデオを見つけ出してしまいそうなら、
もう一度場所をわからなくしてしまえばいい。
この戦法は僕より早くアダルトビデオを見つけ出せる“瞬き”に対抗するために編み出したのだが、
まさか“壁”に使用するとは思わなかった。
そして。
( ^ω^)「来ると思ってたお」
- 138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:07:18.12 ID:Gw9lJ9Pz0
- 僕は、僕とドクオがもってけ! セーラー服に反応しなかったのは、それが鳴ると確信していたからだ。
だって、来ると思っていたから。
エロビストとは、そういう生き物だから。
( ^ω^)「“妨害”」
(,,゚Д゚)「……遅くなっちまって悪いな」
もってけ! セーラー服の音源は、“妨害”だった。
余計な音を鳴らして他のエロビストの注意力を殺ぐ。“妨害”とはよく言ったものだ。
( ^ω^)「最高のタイミングだったお。おかげで助かった」
('A`)「こっちはもう片付いたぜ」
見てみればドクオの足元には“暴力”が痙攣しながら倒れている。
こうなってしまえば、最早“暴力”恐るるに足らないだろう。
(=;゚ω゚)「くっ……よくもボスを……」
('A`)「ふん。相手を叩きのめすのは“暴力”の十八番だろう。
それをやられたからといってガタガタ抜かすな」
こうなった以上、“壁”は無力に等しい。
多人数相手では十分に威力を発揮できないし、
単純な早さ勝負では僕や“瞬き”に勝てるわけはないからだ。
- 141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:10:18.06 ID:Gw9lJ9Pz0
- (,,゚Д゚)「なんだか、遅れてきてみりゃよくわからん状況になってるな。
見たところ、“暴力”たちと争っていたようだが……」
状況をよく把握できていないのか、“妨害”が“瞬き”を一瞥する。
(´・ω・`)「そこの“暴力”たちに対抗するために、
一時共闘してただけだよ。だけど、今からは……」
“瞬き”は血混じりの唾を床に吐き捨てる。
(´・ω・`)「もう一度敵同士だ」
(=゚ω゚)「ちくしょぉぉぉぉおお!」
僕たちはいっせいに、散らばったアダルトビデオをかき分けた。
今となっては技もクソもない。単純に至高の一本を探し当てたものが勝者だ。
はっきり言って、僕には勝算があった。
相手の邪魔をすることに特化した“壁”は最早、敵とは成り得ず、
普通なら僕よりも早くアダルトビデオを見つけられるはずの“瞬き”も、
今回は僕に勝利を譲らざるを得ないだろう。
“瞬き”の特性が命取りになった。
“瞬き”は気配で至高の一本の場所を見つけ出す。
だがしかし、ここまで散乱してしまったアダルトビデオ達の前では、それも意味をなさないだろう。
- 142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:13:18.07 ID:Gw9lJ9Pz0
- なぜなら、今この状況で必要とされているのは、選別
――つまり、視覚で探し当てる能力だからだ。
そして視認において、僕に勝てる奴はいない。
(´・ω・`)「あった!」
と思ったらあっさりと“瞬き”は至高の一本を見つけ出した。
(;^ω^)「嘘ぉ!?」
なんてことだ。
散乱したアダルトビデオ郡の中では明確に気配を感じることなど出来ないと思ったが、そうでもなかったようだ。
('A`)「甘い」
いつの間にか“瞬き”の背後にいたドクオが、その手を伸ばす。
さすが“不可視”。敵が発見した瞬間に脇から奪い取る。
僕も何度こいつに煮え湯を飲まされたことか。
(;'A`)「あれ」
と思ったらドクオが掴み取るより早く、“瞬き”はその手の中に至高の一本を収めていた。
何やってんだおまえ、使えねぇ。
(´・ω・`)「悪いね! また僕の勝ちだ!」
嬉々として出口へと駆け出す“瞬き”。
手に入れてしまえば、後は強奪される前にカウンターに行ってしまえばいいだけだ。
- 144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:16:18.18 ID:Gw9lJ9Pz0
- はっきり言って、かなりまずい状況だ。
僕も慌てて“瞬き”を追いかける。
だが、一度手中に収められたアダルトビデオを奪い取るなんて、至難の業だ。可能性はゼロに近い。
それでも諦めるわけにはいかない。
『やっぱり“瞬き”には勝てない』なんて思っちゃいけないし、それは即ち僕達エロビストの死を意味する。
(#^ω^)「“瞬き”、待て!」
待つわけないのだが言わずにはいられない。“瞬き”は着実にアダルトビデオコーナーの出口へと歩を進めている。
“妨害”も必死でもってけ! セーラー服を流し続ける。
うるせぇ馬鹿! もう意味ないからやめろそれ! っていうか選曲が微妙に古いんだよ!
“瞬き”がアダルトビデオコーナーを出るまで3メートル……2メートル。
そして――。
“瞬き”の動きが止まった。
目を見開き、己の両手を見つめている。
その手には、何も握られていない。
何が起こったかわからないという表情だ。
あと1メートル程でアダルトビデオコーナーを出て、そして今夜の勝者となるはずだった“瞬き”。
しかし、彼の手には勝者の証となる至高の一本が握られていない。
代わりに悠然と出口をくぐる男が一人。
- 146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:20:18.61 ID:Gw9lJ9Pz0
- /^o^\「どうも、ご苦労様です」
やりやがった。
つい今しがたまで“瞬き”が掴んでいた至高の一本。それが今、“窃盗”の手の中にある。
(;´・ω・`)「え……」
狼狽するでもなく、“瞬き”はただただ唖然としていた。
“窃盗”の事を知らなければ仕方のない反応だろう。
『遠足は帰るまでが遠足である』――フランスの有名な哲学者の名言である。
遠足は帰るまでが遠足。なるほど、なかなか含蓄のある言葉だ。
では、エロビストたちはどうか? 思うに、アダルトビデオコーナーを抜けるまでは、そこは戦場なのだ。
普段は特に秀でたところが見られない“窃盗”。
その戦いぶりだけを見れば、凡百と思われても仕方ない。
だが、誰かがアダルトビデオを手に入れた瞬間、彼は恐るべき盗賊になる。
ドクオとはまた違った種類の漁夫の利タイプだ。
“瞬き”の敗因は『知らなかったこと』だ。
“窃盗”の恐ろしさを知っていれば、アダルトコーナーを抜け出るその瞬間まで笑みなど見せないはずだ。
最後の最後で、“瞬き”は痛恨を味わった。
そして、それは僕らも同じだった。
結局、至高の一本は“暴力”たちに取られてしまった。
元々の目的は“瞬き”に勝つことだったのだから、ある意味では目標達成と言えるだろう。
だが、釈然としない想いが僕たちの胸中を埋め尽くす。
- 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:24:00.39 ID:Gw9lJ9Pz0
- “窃盗”はもう、戦場から消えてしまった。
残された僕達、敗残兵を静寂だけが支配する。
('A`)「まぁ、何だ。みな、良く健闘したさ」
沈黙を破ったのはドクオ。
そうは言っても、負けは負けだ。
あの時もっとこうしていれば――という後悔が僕の脳裏に浮かぶ。
言っても詮無きこと。確かにそうだ。
戦は終わり、僕達は破れた。それは覆しようのない事実。
だが――悔しい。
■
('A`)「それにしても、“窃盗”は遅いな」
本来ならばとっくに会計を済ませて“暴力”たちのいるこの場に戻ってくるはずなのだが、
いくら待てど“窃盗”は帰ってこなかった。
( ^ω^)「……まさか、ここに戻らずに帰ったとかかお?」
(=゚ω゚)「そんなわけないょぅ。きっと、レジが混んでるんだょぅ」
普通に考えればそうなのだろう。だが、いくらなんでも遅すぎる。
- 152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:27:04.85 ID:Gw9lJ9Pz0
- ('A`)「ふむ。遅すぎると言えば遅すぎる。少し様子を見に行ってみようか」
(=;゚ω゚)「お、お前らは来なくていいょぅ」
少し怯えた表情で“壁”が手を振る。
('A`)「心配するな。今夜の勝者は貴様らだ。今更それをどうこうするつもりはない」
(=゚ω゚)「そ、そうかょぅ」
ホッと胸を撫で下ろす“壁”。
('A`)「貴様はどうする?」
ドクオが、俯いたまま佇んでいる“瞬き”に声をかける。
(´・ω・`)「いや……」
“瞬き”は視線を上げ一瞬だけ逡巡し、照れたような笑いを浮かべた。
(´・ω・`)「やめておくよ。僕は今から独りで反省会だ」
('A`)「そうか。余計なお世話だが、あまり気に病むことはないぞ?
初見では“窃盗”に奪われることも珍しくない。
ましてやここがホームグラウンドではない貴様なら仕方のないことだろう」
珍しくドクオが他人を気遣うような言葉をかけている。
僕にも普段からああだといいのに。
- 153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:30:12.14 ID:Gw9lJ9Pz0
- (´・ω・`)「でも、エロビストの戦いだとそれが普通だ。
相手の戦法がわからないから負けました、じゃ話にならない」
“瞬き”のその言葉にドクオはフッ、と目を細め、
('A`)「誇り高い男なんだな、貴様は」
今夜の本当の勝者に、惜しみない賛辞を与えた。
■
“窃盗”はアダルトビデオコーナーを出てすぐの場所で、膝をついて震えていた。
何かを見つめながらガタガタと震え、怯えたような表情をしている。
手にはアダルトビデオが握られていて、未だレンタルできていないことを物語っていた。
視線の先に目を向けると、“窃盗”が怯え、未だレンタルできていない理由がわかった。
(;'A`)「むおっ」
(=;゚ω゚)「なんてことだょぅ……」
ドクオと“壁”もすぐに気がついたようだ。
戦いは、終わっていなかった。
最後の最後でこんな悪夢が用意されているなんて、運命の女神は大層な阿婆擦れらしい。
僕らの視線の先、店内入り口の横にあるレジカウンターには、一人の女性が立っていた。
ナオントラップ――。
- 156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:32:52.14 ID:Gw9lJ9Pz0
- 例えどんなに強く、早く、誇り高いエロビストだろうと、無条件でアダルトビデオを諦めなければならない。
僕達エロビストが一番留意しなければならない、それがナオントラップ。
今日の勝者である“窃盗”だって、最強のエロビストである“瞬き”だって、これには適わない。
一体、誰が女性のレジにアダルトビデオを置けるのだろう。
本当に、運命って奴は残酷だ。
どんな独裁者だってもっと慈悲深い。
どんな殺人鬼だってもっと躊躇する。
そんなことを平然とやるんだ、運命って奴は。
/^o^\「こんな……こんなことって……」
四つんばいになってうな垂れている“窃盗”の双眸から、雫がぽたぽたと落ちる。
さっきまで鎬を削って争っていた僕たちにも、
いや、命を賭けて戦っていた僕らだからこそ、その悔しさと絶望は理解できた。
('A`)「……どうやら、戦いに時間をかけすぎて、バイトのシフトが変わってしまったようだな……」
ドクオの目からも精彩が失われていた。
誰もが寄る辺をなくし、ただ立ち尽くしている中、
おもむろに“窃盗”がアダルトビデオを掴んだ右手を高く掲げた。
/^o^\「借りれないならっ……! こんな、こんなものっ……!!」
今まさに、右手を振り下ろしアダルトビデオを床に叩きつけようとした瞬間。
僕は、その右手を掴んだ。
- 158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:36:12.79 ID:Gw9lJ9Pz0
- /^o^\「……“疾風”?」
( ^ω^)「僕に任せろ」
そう、こんなことがあっていいわけがない。
戦士達が生死を賭けたものが無駄になってしまうなんて、そんなことが許されるわけがない。
僕は力強くアダルトビデオを受け取ると、レジカウンターに向かって歩き出した。
(;'A`)「よ、よせ! 貴様、死ぬつもりか!?」
ドクオが慌てて僕を呼び止める。
だが、心配は要らない。僕だって、無駄死になんかするつもりはない。
ちゃんと勝算があるのだ。
■
ゆっくりと、しかし確実に歩み続ける僕は、やがてレジカウンターの前に立つ。
そして、アダルトビデオを、みなで手に入れたアダルトビデオをカウンターの上に置いた。
( ^ω^)「お願いします……!!」
ξ゚听)ξ「……内藤?」
レジの女性は少し驚いた顔をして、僕の名を呼んだ。
そう、これが僕の勝算。
レジの女性は、僕の幼馴染のツンだ。
今回ばかりは、ナオントラップは僕に通じない。
- 159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:39:05.51 ID:Gw9lJ9Pz0
- ξ;゚听)ξ「な、なによ、これ! 変なビデオなんて借りて……」
( ^ω^)「ツン、お願いだお。これはみんなの為に借りるんだお。決してそんな
……僕じゃないですよ?」
正当性のある言い訳をする僕を、ツンはじと、とした目で睨む。
ξ゚听)ξ「嘘ばっかり。本当はこういう、胸の大きい女の人がいいんでしょ?」
(;^ω^)「そ、そんなわけないお! 僕は胸の大きさで女性を判断しないお!」
ξ゚听)ξ「……本当?」
(;^ω^)「ほ、本当だお!」
……あれ? なんだこれ? 何で僕はツンに弁解をしてるんだ?
ξ゚听)ξ「でも、こういうイヤらしいビデオばっかり借りてるんでしょ?」
(;^ω^)「ばっかりってわけでもないけど……」
ξ///)ξ「もう……。こういうことがしたいって言ってくれればあたしがごにょごにょ……」
え? 今なんて?
- 162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:41:22.80 ID:Gw9lJ9Pz0
- (;^ω^)「あの、最後のほうが、その……」
ξ///)ξ「だ、だから! こんなビデオなんて見なくても、あたしと!」
そこまで言って、ツンは俯いてしまう。
また最後まで言い切らなかったが、何が言いたいのかわかってしまった。耳まで真っ赤だし。
( ^ω^)「ツン、バイトは何時までだお?」
ξ゚听)ξ「え? あ、あと、5分ぐらいだけど」
( ^ω^)「そうかお。じゃあ待ってるから、この後、一緒に僕の家に行くお」
ξ///)ξ「う……うん……」
■
( ^ω^)「みんな、ちゃんと借りてきたお」
そう言って僕は“窃盗”の足元にポトンとアダルトビデオを投げ捨てる。
もちろん左手はツンの肩を抱いている。
( ^ω^)「ほら、お取り?」
/^o^\「て、てめえ……」
“窃盗”はなんだかワナワナ震えていたけど、社会的弱者の怒りなど気にはならない。
- 168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:43:56.20 ID:Gw9lJ9Pz0
- ( ^ω^)「いいよね、アダルトビデオって。何人もの女性のセクロスが見れるんだからね?」
せっかく借りてきてあげたのに、誰もアダルトビデオを拾わない。恩知らずな奴らだ。
( ^ω^)「おやおや、いらないんですか? まぁ、僕もいらないけど」
そこまで言って、ずっと怒り心頭という顔をしていたドクオが口を開いた。
(#'A`)「“疾風”……! 貴様、なんだその態度は……! 誇りまで失くしたか!
命を賭けて戦いあった戦士達への、それが貴様の仕打ちか!?」
( ^ω^)「ちょっと、変な名前で僕を呼ばないで下さいよ。
まぁ、君たちも変な名前で呼び合うごっこ遊びは卒業して、彼女でも作ったら?」
こんな社会の底辺どもにかかずらっている暇はない。
だって僕はこれからツンとセクロスをするんだから。
まだ何か言いたげなドクオたちを一瞥もせずに背を向けると、僕は出口に向かって歩き出す。
もちろんツンの肩を抱いたまま。
( ^ω^)「あ、そうそう」
伝えなきゃいけないことを思い出して、僕は最後にみんなのほうに振り返る。
( ^ω^)「いつまでも変わらない君たちでいて?」
あくまで足取りは軽く、手はツンの肩を抱いて、僕は店を後にした。
- 169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/08(土) 00:45:21.66 ID:Gw9lJ9Pz0
- ――エロビスト、と呼ばれる戦士達がいる。
彼らは強く、愛に溢れ、そして誇り高かった。
お手軽なエロスを嫌い、アダルトビデオを手に入れることに全てを賭け、決して妥協はしない。
そんな彼らは――今日も戦場を駆け抜けている――。
まぁ、僕には関係ない話だけど。
( ^ω^)誇り高きエロビストのようです 〜Fin〜
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