- 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:45:12.21 ID:sEAELjbOP
ねえ。
いつでも、そばにいてくれる?
ぼくが君の声を聞きたいと思うとき、君はいつでもそれに応えてくれる?
もちろん君のプレゼントは大事にする。
でも、それだけじゃ寂しいんだ。
だからずっと、ずっと……せめて、せめて声だけでも……いつも僕のそばにいてくれる?
(――ゆびきり、げんまん)
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:46:57.79 ID:sEAELjbOP
ああ、もちろん。
お安い御用だよ。
……私は、いつでも待ってる。君の電話を、待ってる。
(――うそついたら、はりせんぼん、のーます)
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:48:49.35 ID:sEAELjbOP
本当に? 約束してくれる?
なんだ、君らしくない。
……いいよ、約束だ。その代わり、君も約束を守ってくれよ。絶対だぞ。
うん。
約束だよ。絶対にだよ?
ああ。約束だ。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:51:00.50 ID:sEAELjbOP
川 ゚ -゚)ゆーび、きった。(・∀・ )ようです
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:52:43.31 ID:sEAELjbOP
- 1.
真っ暗な冬の夜空にイルミネーションのきらめきが吸い込まれて消えていく。
二人で空を見上げてみると地上の喧噪や華々しいベルの音、街路灯に据え付けられた
スピーカーから響く賛美歌の音もみんなどこかに消えていってしまうような静寂だった。
ぼくと隣に立つ彼女の吐く息だけが白く半透明になって気管の小さな煙突から上りそして
しん、と張り詰めた硬質な暗幕の向こうに吐くそばからどんどん消えていく。
( ・∀・) ……あ。
川 ゚ -゚) なんだ?
( ・∀・) そういや今、冬なんだなって。急に思った。
川 ゚ -゚) 今もなにも、とっくに冬だぞ。
ボタンを全部ぴったりと留めたダッフルコートの襟にさらにチェックのマフラーを巻いて
首を埋めて、鼻の頭を少しだけ赤くした、クー。
それでも寒いらしく袖の余った両手を口の前に寄せて、はあ、と小さくまるい息を吐く。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:54:22.40 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) まあ、そうだよね。うん、そうそう。クリスマスも近いし、ね。
川 ゚ -゚) うむ。
自分で言っておいてなんだけど、そんなことはとっくに分かってる。
でも緊張しているし、他に特に話題がなくて二人で無言でこうして歩いているのもなんだか
妙な気分がしてそれでとりあえず口に出してみただけだった。
今日は、二学期の終業式の翌日。ぼくたちは二人で街を歩いている。
クーはぼくの隣で一緒に歩いている。僕はピーコートのポケットに両手を突っ込んでいる。
左のポケットの中に小さくて丸いプラスティックの硬い感触があってそれを探り当てると
そっと掌全体で握りしめる。何度も繰り返し握りしめたそれにはぼく自身の体温が移って
いて少しだけ温かい。
( ・∀・) ……。
川 ゚ -゚) ……。
僕たちはそのまま会話もないまま歩く。
商店街の一番賑やかな通りを抜けると人通りは急に少なくなってクリスマスソングが
バイリンガルで何重にも聞こえてくるようなこともない。
静かな冬の空気がぼくは好きだ。うるさいのはあまり好きじゃない。
そう思っていると、クーが何か言いたげな様子でいるのに気付いて立ち止まる。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:55:59.28 ID:sEAELjbOP
- 川 ゚ -゚) ……。
( ・∀・) ん? どうしたの。トイレ?
川 ゚ -゚) 違う。
それだけ言ってクーはまた両手をこすり合わせてポケットに入った僕の両手を見る。
( ・∀・) なんか付いてる? それとも社会の窓が開いてるとか。
川 ゚ -゚) 社会の窓は古い。
モララー、私は手が寒いんだ。手袋を忘れてしまった。
( ・∀・) あ、そう。
クーは無言で無表情で左手を僕に差し出す。
その手は手の甲側から外側の半分は真っ白で、逆に掌と指の腹はかじかんで
ピンク色のもやが表面に浮かび上がったようになっている。
川 ゚ -゚) 手を繋いでくれ。
君の手は温かそうだ。それに……
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:57:52.60 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) それに?
川 ゚ -゚) 恋人同士というのは手を繋いで歩くんだろう?
( ・∀・) まあ、大抵はそうだよね。そうじゃない人もいるけど。
僕の両手はまだポケットの中だ。
川 ゚ -゚) 私達は恋人同士だったよな?
( ・∀・) あー、うん。多分、きっと。世間一般的にはそうなんじゃないかな。恐らく、だけど。
川 ゚ -゚) じゃあ繋げ。
( ・∀・) ……。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 22:59:54.34 ID:sEAELjbOP
- 川 ゚ -゚) 私達は恋人同士だ。そして、恋人同士は手を繋ぐものだ。
だから私達は手を繋ぐべきだ。違うか。
( ・∀・) あ、論理的。
川 ゚ -゚) うむ。
苦笑する。そしてポケットから右手を出し、彼女の左手をそっと握る。握ったその手は
柔らかいけど乾燥していて、そして何より冷蔵庫から取り出したばかりの霜が降りた
アイスクリームみたいにぼくの手の芯まで冷やしてしまいそうなほど冷たい。
( ・∀・) うわ、冷た。
川 ゚ -゚) だから、私は寒いんだ……いや。もう寒くない。
クーは左手に少し力をこめてぼくの右手を握り、細い指をぼくの手の甲にゆるく巻き付ける。
その手は少し震えている。そして強ばっている。
緊張しているんだと気付く。
だって、ぼくも同じように緊張しているから。
ぼくたち二人には、これから行くところがある。
それは今日、今夜限りの特別な場所だ。そこでぼくたちは……。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:01:35.81 ID:sEAELjbOP
- そのまま道なりに真っ直ぐ歩き続ける。
もうまわりにはクリスマスらしいものは何もなくてただ道沿いに電柱に据え付けられた
街路灯が等間隔に左右の路肩を交互にぼんやりとまるく照らして僕たちの吐く息を
うす白く照らしているだけだ。
川 ゚ -゚) なんて表現したらいいのかな。
この冬の空気は……。
( ・∀・) 寒いだけじゃなくて?
川 ゚ -゚) 寒いだけじゃない。なんと言ったらいいのか……そう。
白い。白い……そんな感じがする。
言われてぼくはまた夜空を見上げるけれど雲一つない夜空は黒くて街路灯のせいで星が
またたくのも見ることができない。歩いてきた方を振り返ると商店街の方の空は沢山集まった
照明とイルミネーションの光でその方角だけ白夜のようにぼやりと灰色がかっていた。
もちろん雪は降っていない。
でも、しろい、とまたクーは口に出す。
白い……しろい、冬の夜。
良く分からないけどこの時期の空気はどこか特別で、独特で、何もかもが普段とはほんの
少しだけ違って見えるなんてことはあるのかも知れない。そう考えるとクーが言っている
言葉の意味も何となく分かるような気がする。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:03:13.24 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) 白い……ね。
また空を見る。それから首を曲げてクーを見る。睫毛をふせてクーは少しだけ微笑んで、
自分の言葉の舌触りを楽しむように満足げに瞬きをする。
目的地まで、もう少しだ。
( ・∀・) ねえ、クー。
本当にいいの? 後悔したりしない?
川 ゚ -゚) ……。
少しだけ黙って、それからはっきりと頷く。
川 ゚ -゚) 構わない。
君がそう望んでいるなら……私は、構わない。
足を止めてクーは、ぼくの肩に頭をとん、と置く。
その頭が、全身がはっきりと分かるほど震えている。それは寒さのせいじゃない。
川 - ) でも、本当は……怖い。怖いよ。
( ・∀・) ……。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:05:22.27 ID:sEAELjbOP
- ぼくは反対側の腕を上げて、彼女の頭を、ぽんぽん、と叩いた。
長くて黒い髪の毛が白い冬の大気の黒い夜空に溶け込むようにして揺れた。
( ・∀・) ありがとう、クー。
頑張るよ。痛くしない……のは無理かもしれないけど、でもできるだけ
頑張るから。だから、心配しないで。
川 - ) ……。
( ・∀・) ……僕を、信じて。
川 ー ) ……うん。
クーは目を閉じて、お腹を撫でられたネコみたいに満足げな表情で頷いた。
ほころんだ口元はもう震えていなかった。
そうして、やっとぼくらはその場所に辿り着く。入り口の門の前に立って、二人でそこを
見る。コンクリートの塀、金属の門、そしてその向こうに見える5階建てのコンクリートの
建物。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:07:04.27 ID:sEAELjbOP
( ・∀・) 着いたね。
川 ゚ -゚) ああ。
僕たちは互いの手を硬く握って、白い息を吐いて、それだけの会話を交わして門の内側を
見る。それはぼくたちにとって馴染みの深い、見慣れた建物だ。そう、ここは――
――ここは、僕たちが通う高校の校門だ。
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:08:43.69 ID:sEAELjbOP
- 2.
授業は退屈だ。
ちょっと集中して聞いていれば特に予習復習なんかしなくても内容には十分付いて
いけるし内容だって別にわくわくしたり興味を引かれるようなものは何もない。
( ・∀・) ふう。
教科書とノートをカバンに詰めてぼくはひとつ息を付く。
放課後のこの時間が僕は一番嫌いだ。
周りの同級生達は友達同士集まって雑談をしたり、次々とカバンを肩に掛けて
教室を出て行く。僕はそんな同級生たちの背中を黙って次々と見送る。携帯電話を
ポケットから出していじっている間にほとんどの生徒達が教室を後にしていた。
僕は窓から教室の外を見る。夏の終わりだけれど日はまだ長い。
校門に続く中庭をたくさんの生徒達が列をなしてわれ先に競うように高校の敷地の
外に向かっていく。そんな彼等がぼくは羨ましい。
( ・∀・) ……。
( ^ω^) おいすー。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:11:34.87 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) ああ、ブーン。君はいつも元気だね。
座っている僕に声を掛けてきたのは同級生の一人のブーンだ。
ちょっとバカだけど明るくて愛嬌もある奴で、生徒からも先生達からも好かれてる。
( ^ω^) モララー、今日はヒマかお?
( ・∀・) 僕はいつもヒマだよ。
( ^ω^) ほんとかお? よかったお!
ブーン、これから友達とゲーセン行くんだお!
( ・∀・) そうかい。
( ^ω^) そうだお!
( ・∀・) ……。
( ^ω^) ……。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:13:12.36 ID:sEAELjbOP
- そんなことぼくに報告されてもどうしようもないんだけど。
なんて言ってもしょうがないから僕は黙る。するとブーンも黙って僕の顔をじっと見る。
( ^ω^) ……えーと、モララー。
( ・∀・) なに?
( ^ω^) ブーン、友達とゲーセン行くんだお。
それで、もしよかったらモララーもどうかなって思って。
( ・∀・) ……。
あ……えっと。
僕はやっぱり何も言わない。黙って座ったままブーンの顔を見上げていると、彼の
背後からやってきた男子生徒がいきなりその後頭部をはたいた。
(; ^ω^) あいだっ! なにするんだおドクオ!
('A`) ブーン、なにやってんだよお前。ほら、さっさと行くぞ。
( ^ω^) あ、でも、ブーンはモララーを。
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:14:52.93 ID:sEAELjbOP
- そう言い返してブーンはぼくを見る。ブーンの友人……ドクオも一緒にぼくを見る。
ドクオは普段は大人しいけど、なぜかブーンに対してだけは強気だ。
('A`) ……。
その眼がぼくの表情と態度をうかがうようにちらり、ちらりと頭のてっぺんから椅子に
座っているぼくの腰までを上から下に移動する。
('A`) ほら、見ろよ。
お前がいきなり誘ったりするから、モララーも迷惑してるじゃねーか。
(; ^ω^) えー、そ、そうなのかお?
('A`) 悪かったな、モララー。
( ・∀・) いや、いいよ。ぼくも用事があるから、そろそろ帰ろうと思ってたところ。
ブーン、悪いけどまた今度ね。
ドクオは、ぼくに気を遣ってくれている。
ぼくがブーンに返事をしないものだから、用事でもあるのかと気を利かせてくれて、
それで迷惑なんじゃないかと言ってくれている。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:16:54.93 ID:sEAELjbOP
- もちろん、用事なんてウソだ。
でも彼らの目にぼくが迷惑そうにしているように映るなら、ぼくにできるのは彼らに
不愉快な思いをさせないような気遣いだけだ。
( ・∀・) そろそろ帰るよ。じゃあね。
( ^ω^) ばいぶー。
('A`) ああ、またな。
ぼくは彼らを残してカバンを持ち、教室の出口に向かった。
その時、教室の隅の席にまだ女子が一人残って机に本を広げ読みふけっているのに
気付く。
川 ゚ -゚) ……。
クーさんだ。
成績は優秀で、それですごく綺麗だけど無口で、気むずかしくて、あまり友達がいないって
聞いたことがある。ぼくも特に彼女に話しかけるような用事はなかったから、黙って教室を
出た。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:18:35.08 ID:sEAELjbOP
- 階段を下りて玄関を出て、ついさっきまで見下ろしていた中庭を一人で歩く。
( ・∀・) ……あーあ。
ゲーセン、行きたかったな。
校門を出て家に向かって歩きながら、ぽつりと呟いてみた。
本当は全然迷惑なんかじゃない。ぼくは学校の帰りにほとんど寄り道をしたり遊んだりした
ことはないし、友達と一緒に帰ることもない。
友達と呼べる人間は何人かいると思う。けど、いつもぼくはひとりぼっちだ。
たまには、友達と一緒にこの道を歩いてゲーセンに行ったり、カラオケに行ったり、喫茶店で
だべったりして高校生らしい生活を送ってみたい。
でも、駄目だ。そんなことできるはずがない。ぼくは家に帰らないといけない。
早く家に帰らないと。イヤだけど、すごくイヤだけど一刻も早く家に帰らないといけない。
早足で学校から東に向かって歩き出すぼくの足下から西日に伸びた影がアスファルトの
上にのっぺりと細長く伸びている。
何も考えないように努力してぼくは歩き続けどうにか家の玄関にたどり着く。
大きく深呼吸してからドアノブを静かに引いた。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:20:28.20 ID:sEAELjbOP
- 3.
季節が秋から冬に変わり始めるその日、午前の最後の授業は調理実習だった。
献立はご飯と味噌汁、それに野菜炒めに白身魚のムニエルだ。
ぼくは料理を作るのは得意だ。自分の夕食を自分で作った時期があるからこの程度の内容なら
目をつぶったままだってできる。
ぼくがいつも通りの手際で野菜炒めに入れる人参を切っているのをみてブーンは目を丸くした。
( ^ω^) すごいおー……モララーってほんとに何でもできちゃうんだお!
ブーン不器用だから羨ましいお。ほんとすごいお!
( ・∀・) 褒めすぎだって。こんなの慣れれば誰だってできるよ。
川 ゚ -゚) ……。
ぼくとブーンの会話を、三人おそろいの時代遅れの割烹着みたいな上着を着たクーさんは
黙って立ったまま見ていた。
とはいえ、これは調理実習だからぼくがひとりで全部作ってしまっても何の意味もない。
半分ぐらい野菜を切ったところでぼくは包丁をまな板においてクーさんに調理台を譲った。
少し経ってから見ると、クーさんはムニエルに使う白身魚の切り身を切り分けようとしている
ところだった。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:22:27.07 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) 魚の下ごしらえ、結構難しいけど。できる?
川 ゚ -゚) 大丈夫だろう。
( ^ω^) ほんとかお? なんか、手つきがけっこう怪しいお……。
僕は横目でクーさんの手元を見る。
クーさんは切り身を上からてのひらで押さえ、横にした包丁を前後にぎこぎこと動かして
人数分を切り分けようとしていた。
怪しいなんてものじゃない。手も危ないし、包丁の使い方も変だ。調理実習で使う包丁は
あまり切れ味も良くないけど、それ以前に和包丁は押して切るものだ。あんなやり方じゃ
三人分の用意ができる前に魚かクーさん自身の手がボロボロになるだろう。
でも、怪我するのはぼくじゃない。
それに、ちょっとは痛い目を見た方が覚えられるだろうし。
そう思って、暇つぶしに窓の外に視線を向けたときだった。
川;゚ -゚) ……つっ!
(; ^ω^) わ、わっ?
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:24:27.80 ID:sEAELjbOP
- クーさんの押し殺した声とブーンの慌てた声が同時に聞こえてぼくは調理台に視線を
戻す。クーさんは右手に持っていた包丁を取り落とし、左手のてのひらを押さえていた。
( ・∀・) あらら、本当にやっちゃったか。
心の中で苦笑しながら、僕はクーさんを見る。
いつも冷静で物静かな彼女が慌てた様子でいるのを見るのは、少しだけ楽しかった。
J( 'ー`)し あらあら、どうしたのかしら?
担当の年輩の先生が気付き、声を上げる。
川;゚ -゚) 手を……、手を、切りました。
先生はクーさんに歩み寄り、押さえている右手を外して左手の傷を見た。
ざわつき始めた調理室の空気に晒されたクーさんの左てのひらにぱっくりと開いた
傷を、ぼ.くは見た。
鮮やかな桃色のようにも見えるその傷は、左手の中心あたりを一直線に走っている。
クーさんが左手の指を動かすと、皮膚が引っ張られてその傷も歪み、ぱっくりと開いた。
クーさんのてのひらの下半分から手首が血に濡れた。そして零れ落ちた黒っぽい血液が
まな板に落ちて濁った色の乾いた不格好な魚の切り身に、放り出されたままの包丁に、
白くざらついたプラスティックのまな板の上に降りかかるようにぱたぱたと落ちた。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:26:08.56 ID:sEAELjbOP
- 濡れたまな板の上で、血液は水と混じって滲んだギザギザの円になりながら広がっていく。
その上に乗った白身魚の光る皮にはクーさんの手首から流れた血液がどろっと粘りついて
切り身が血を流してるみたいに見える。
J( 'ー`)し あらあら、ずいぶんひどく切ったのね。
川;゚ -゚) う、うっ。
ブーンは気分が悪そうに顔を背けている。
周囲の生徒たちも手を止めてクーさんの方を見、騒いだりささやき声で会話したりしている。
('A`) ……。
ξ゚听)ξ やだぁ、汚い。
(*゚ー゚) クーさんって料理はダメなのね。勉強はできるのにね……あははは。
从 ゚∀从 ホントだよな。なんか、面白れーな。あいつが焦ってんの、初めて見たぜ。
それは決して同情的な言葉じゃなかった。見回してみると、ほとんどの女子は冷ややかな
目でクーさんを見ていた。あからさまに笑っている女子もいた。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:27:58.79 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) ……あの。
僕が、保健室に連れて行きます。
J( 'ー`)し あらあらあら、よろしくね。
川;゚ -゚) すまない。
とりあえず傷口を押さえるものを探したけれど、調理台の上にあった布巾はあらかた
使用済みか既に血が付いて汚れてしまっている。ぼくは自分のカバンからまだ使っていない
ハンカチを取り出して、クーさんの左てのひらにきつめに巻いた。
白いハンカチはすぐにクーさんの血に染まって石榴のような染みを生地に広げていく。
彼女の体内を絶えず循環して酸素を運ぶ赤黒い液体。それが身体の末端にできた傷から
どくどくと押し出され乾いた白い木綿の生地をじわり、じわりと汚していく。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:29:30.67 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) 大丈夫? 目まいとかしない?
川;゚ -゚) まだ、大丈夫だ。
教室を出てクーさんに声を掛ける。
ショックのせいだろうか色白な彼女の顔の皮膚はさらに白い。
川;゚ -゚) ……。
川;゚ -゚) ……すまない。
調理室から保健室に向かいながら、クーさんはぼくに言った。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:31:06.03 ID:sEAELjbOP
- 4.
川 ゚ -゚) なあ、モララー。
( ・∀・) なんだい?
終業式も近い、冬の放課後。
僕たちふたりは、他に誰もいない屋上で、フェンスに腕をかけて下を見ている。
川 ゚ -゚) クリスマスプレゼントは、何が欲しい?
その言葉にぼくは黙り込み、考える。僕が今いちばん欲しいものはなんだろう。
僕が必要としているものは、なんだろう。
( ・∀・) ……。
ひとつだけ、ある。
ぼくが欲しいもの、なくてはならないもの。
でもそれを口に出すのは、ひどく躊躇われた。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:33:05.80 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) 言ったら、それをクーは僕にくれる?
たとえどんなものでも?
川 ゚ -゚) ああ、善処するよ。
そんなに大それたものじゃなければ、な。ふふっ。
( ・∀・) そう。なら……。
僕は唇を湿らせて、屋上のフェンスから身体を起こす。クーの目をじっと覗き込む。
なんと……言えばいいんだろう。
迷ったけれど、最初に思いついた言葉を、素直に口に出すことにした。
( ・∀・) ……クー。僕はね。
川 ゚ -゚) ああ。
( ・∀・) 僕はね。僕は、……君が欲しい。クー、君自身が、欲しい。
川 ゚ -゚) ……。
クーは黙って、静かな目で僕を見詰め返す。
ぼくたちはただ無言で、見つめ合った。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:34:49.32 ID:sEAELjbOP
- 5.
玄関の外には僕じゃない、赤の他人の名字の表札が出ている。
けれどここは、紛れもなく僕の家だ。
玄関のドアを開けると玄関に母さんが座り込んで顔を伏せていた。その向こう側に
派手な柄のジャージの上下を着た男が腕を組み仁王立ちしていた。
( 、 *川 ……。
髪に隠れて母さんの表情は見えない。けれど肩を細かく上下させているからたぶん
泣いている。
( ・∀・) ……ただいま。
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:37:05.64 ID:sEAELjbOP
- ぼくはうつむいて、小声でどうにかそれだけを言う。言い終わったとたんに男は母さんを
またいでぼくの目の前まで来るといきなり襟首を掴んで引っ張り怒鳴った。
_
( ゚∀゚) おいガキ、遅ぇじゃねえか。
( ・∀・) ……。
_
( ゚∀゚) 学校終わったらさっさと帰って来いつったろ? なにチンタラしてやがんだ?
(; ・∀・) ……。
襟が締まって苦しくて何もしゃべることができない。でも締められていなかったとしても
何も言うことはできなかっただろう。首の両脇の血管が圧迫されて軽く頬っぺたが膨らむ
ような息苦しさを感じながらそれでもぼくは下を向き男と目を合わせまいとする。
男の両目が瞬く間につりあがる。
_
(# ゚∀゚) ンだよ、その反抗的な態度はよ。
お前、俺を舐めてんのか? あぁ?
(; ・∀・) ち、違――!
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:42:12.47 ID:sEAELjbOP
- 否定する間もなくぼくは掴まれた襟首を突き飛ばされて入ってきたばかりの玄関のドアに
背中をぶつける。太ももの後ろが飛び出た郵便受けにぶつかって、ガン、と音がして痛んだ。
(; ・∀・) う、っ。
学生カバンを持ったままぼくはドアにもたれかかり、むせる。
_
(# ゚∀゚) ガキが親に逆らうんじゃねえよ。
いいか? お前には外でチンタラ遊んでるヒマなんかねぇんだよ。
高校行かせてやってるだけありがたいと思えよ、ガキ。
(; ・∀・) ……。
_
( ゚∀゚) いいか。さっさと卒業して働けよ。
ウチにはてめえみてぇなガキに掛けるカネはねーんだ。分かったかクソガキ!
(; ・∀・) ……。
僕はドアにもたれた姿勢のまま眼だけを上げてその男を見る。
ぼくは働きたくなんかない。こんな男のために働いて家にお金を入れるぐらいなら
死んだほうがはるかにマシだ。
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:44:44.20 ID:sEAELjbOP
- _
(# ゚∀゚) へー……なんだよその目は。おまえまだ自分の立場が分かってねーのか?
僕の視線を察して男は裸足で玄関に降りぼくの肩を掴む。ごつい指輪がいくつもはまった
手を握り締めて拳を作りぼくのすぐ目の前で、顔に向かって振り上げた。
ぼくは身をかがめ、両手をその拳に向かって差し出して顔をかばおうとする。
_
(# ゚∀゚) バーカ。
その瞬間男は拳ではなく膝を振り上げてぼくのお腹に膝蹴りをした。
(; ∀ ) げぼっ……!
ぼくは崩れ落ちて誇りで汚れた玄関のタイルに膝をつく。
(; ∀ ) げほっ、げほっ……!
_
(# ゚∀゚) そうだよ、ガキはそうやって頭下げてうなだれてりゃいいんだよ。
分かったか? 分かったかって聞いてんだよ。ああ?
返事しろよ! もっと蹴られたいのか? 殺してやろうか? ああっ?
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:46:38.21 ID:sEAELjbOP
- 眼に涙がたまって、呼吸がつかえて、頭がガンガンする。
そのぼくの頭上で男はさらに拳を振り上げ威嚇する。ぼくはまた両手で頭をかばう。
顔を殴られるのは怖い。下を向き首を引っ込めて身を守る。
( 、 *川 ……て。
男の背後で座り込んだままだった母さんがか細い声を上げた。
顔を上げた母さんの顔は涙で濡れていた。顔じゅうに擦り傷の跡があって、右目の
下が切れて流血していて眼の周りは腫れ上がっていた。
フローリングの床には母さんの血液が二、三滴垂れて室内の明かりに表面張力で
盛り上がったその縁が光っていて、床に突いた手はさっきまで目元を押さえていて
赤黒く茶色い乾きかけの血液がてんてんと付いている。
(;、;*川 やめ……て。
あなた、止めて、お願いだから……。
その声を聞いた男はしばらく荒い息をしたまま拳を振り上げていたが、拍子抜けした
といった様子で手を下ろし、代わりにぼくの頭の横にある郵便受けを思い切り蹴った。
もうボコボコになって掛け金が掛からなくなりかけた郵便受けがさらにへこんだ。
_
( ゚∀゚) ……ちっ。なんだよ、俺がせっかくガキの教育してやってんのに邪魔すんじゃ
ねーよ。お前がガキのしつけもろくにできねーから俺がかわりにやってやってんだろっ?
なあっ! お前のしつけが悪いんだろうがよっ!
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:49:15.68 ID:sEAELjbOP
- 男は言い捨て、フローリングの床に唾を吐き捨てる。
足音をどたどたと鳴らしながら母さんの横を歩いてリビングに入っていった。
ドアが閉じる、ばたん、という音が玄関に大きく響く。
(; ・∀・) ……。
僕はゆっくり立ち上がって学生服の埃を払う。落としたカバンを拾って立ち上がると
母さんもよろよろと立ち上がってぼくの方に向き直った。
('、`;川 ごめんね、モララー。私がしっかりしてないから。
本当に、ごめんね……。怪我はない? 大丈夫?
目のそばの傷から血液をぽたぽたとこぼしながら、それでも母さんはぼくの心配をする。
手が血で汚れているのに気付いてエプロンで拭うとぼくの方に手を伸ばした。
(; ・∀・) ……。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:50:51.14 ID:sEAELjbOP
- ('、`;川 大丈夫、どこか切ったりしてない?
私のせいで、いつもいつも……本当に……。
( ∀ ) ……。
( ・∀・) もう、いいよ。いいから。
僕は答えて母さんが伸ばした手をよける。そのまま靴を脱いで、フローリングに足を
下ろした。おろおろとした様子でぼくを見る母さんに構わずに正面の階段に向かった。
ぼくの部屋は二階にある。
('、`;川 あ……モララー。
母さんが呟くけど僕は振り返らない。そのまま静かに階段を登った。
半分ぐらい登ったところで、リビングのドアがまた乱暴に開かれて壁に当たり音がした。
おいっ、俺はハラが減ってんだよ! そんなガキなんかほっといてメシにしろ!!
怪我? 知らねえよそんなん、てめえでなんとかしやがれ!
ぼくはそれを聞きながら部屋のドアを開け、中に入った。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:52:27.12 ID:sEAELjbOP
- 6.
枕元で振動する携帯に髪の毛を揺さぶられてぼくは目を覚ました。
( -∀-) ……ん。
目を擦りながら時計を確認する。午前4時だった。
休日の朝に午前4時、目覚ましが鳴ったらタイマーの時間をセットし間違えたのかと
思われるかもしれない。でもこれは間違いなんかじゃなくてぼく自身がこの時間に
鳴るようにセットしているだけだ。
( ・∀・) ……。
音を立てないようにそっとベッドから降りてフェイクファーのスリッパを履きドアノブが
鳴らないように1秒間に1ミリずつぐらいまわしてそっとドアを開く。
冬の初めで太陽は出始める頃だけど家の中は当然まだ暖まっていないからひどく寒い。
吐く息も白くて明かりがない薄暗い家の廊下なのに、まるでぼくはホームレスみたいだ。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:54:07.66 ID:sEAELjbOP
- ( ・∀・) ん……しょっと。
気をつけて一段一段足をそろそろと下ろし階段をおりる。きしむ音を上げ始めている
安くてうすっぺらい冷たい木の階段がき……、と鳴るたびにぼくは冷や汗が顔を流れ
落ちるように感じる。
そのまま廊下を歩き曲がり角で折れてリビングのドアまで辿り着くと半開きになっていた。
今日はついていた。ここまであの男が目を覚ます様子はないしドアは半開きだからノブを
まわさなくても開けられる。
ドアの隙間からいびきが聞こえてくる。
こいつのいびきを聞くたびにそのまま呼吸困難に陥って死んでほしいと願う。
あの男は夜は酒を飲みながら居間でテレビを見たりゲームをしたりしていてそのうち
眠ってしまう。けれどあまり大きな音を立てると目を覚まして眠りを中断されたことに怒り
ぼくを怒鳴りながら殴ったり蹴ったりして、その後母親をたたき起こして母親も殴る。
こいつは反抗的だ、反抗的だから叩き直さないといけない。
罰として今日は朝メシ抜きだ。もしこいつが何か食ってるのを見たら殺すからな。
このガキもお前もぶっ殺すからな、分かったか。
だからぼくはこいつの眠りが一番深い時間帯にそっとリビングに下りてきてキッチンから
冷たくなったゆうべの残り物やお菓子や飲み物を持って部屋に戻り夜までずっとそこで
過ごす。
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:56:10.67 ID:sEAELjbOP
- 鍋の底に残って硬く濃い茶色に変色したカレーを流しに落ちていたタッパーウェアに
入れる。粉っぽくてどろっとしたカレーを木製のしゃもじを使って苦労して移し変える。
部屋に割り箸を買い溜めしてあるから容器があれば食事はできる。
陶器の食器は音を立てるから使わないようにしている。
( ・∀・) カレー……たまには温めて食べたいな。
料理を温めるには当然コンロか電子レンジを使わないといけない。音も匂いもするから
それはできない。前に一度、カップラーメンにお湯を入れて戻ろうとしたら匂いで目を
覚ましたあの男に立てなくなるまで殴られた。
この泥棒が、俺の家にあるものをよそ者が勝手に持っていくな、お前は泥棒だ、最悪の
泥棒だ、お前の親父も泥棒なんだろ、親子揃ってド汚い泥棒なんだろ。
そう言ってあの男は気が済むまでぼくを殴って床に転がっているぼくの目の前で
殴られている間にすっかり伸びて冷めてしまったカップラーメンを流しに捨てた。
そしてその日一日食事を抜かれた。
_
( -∀-) んがー……、んごおー……。
リビングのテーブルの上に安い発泡酒の空き缶をばらまいて男は幸せそうにいびきを
かいている。だらしないジャージの胸元から悪趣味な金のチェーンが見えている。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/25(金) 23:57:47.71 ID:sEAELjbOP
- ブラインドの隙間から徐々に漏れてくる日光を浴びたその男の寝顔を見るとぼくは
こらえきれないほどの怒りが湧き上がってくるのを抑えられない。
ぼくの父さんは何年も前に母さんと離婚した。母さんは離婚の理由を教えてくれない。
代わりに数ヵ月前、母さんは「落ち込んでいる自分を慰めてくれたから」という理由で、
このバカ男と再婚した。
その日がぼくの新しい、惨めな人生の始まりだった。
ぼくは優柔不断で泣き虫で、おろおろしてばかりの母さんよりも、父さんのほうが好き
だった。連れて行って欲しかったけど、そんなことを訴えるヒマもなく父さんは消えた。
ぼくは実の父親を失ってこんなバカで大酒飲みの、知能指数が低いアホ男を父親として
認めないといけなくなった。自分で選んだ男なのに母さんは毎日殴られて泣いている。
働きもしないこいつにぼくの本当の父さんが作った財産がどんどん奪われていく。
( ∀ ) ……それなのに……。
それなのにぼくたち母子の平和と安眠を根こそぎ奪ったこの男はなぜ毎日こうして幸せ
そうに寝ていられるのだろう。ぼくはネズミのようにこそこそと自分の家を這い回って
過ごしているというのに。母はストレスで手の震えが止まらなくなって白髪も倍ぐらいに
一気に増えて息子のぼくにさえ引きつった愛想笑いしか見せられなくなったというのに。
_
( -∀-) がー……、がー……。
泥棒はこいつだ。ぼくから全てを奪った泥棒。生きる価値もないクズ。人間のクズ。
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:01:37.84 ID:3xNQTppPP
- でも母さんはこのどうしようもないゴミのような男を愛している。愛しているからどんな
ひどい目に合わされても黙って従っている。もしもぼくがこいつに反抗したらそのせいで
母さんは余計苦しむかもしれない。
ぼくは嫌だ。
こいつは死んでしまえばいいしいっそのことこの手で殺してやろうかと思うことは一日に
何度もあるけど母さんがこれ以上苦しむのは嫌だ。
ぼくは何もできない。
まるで左右から厚く大きな壁が迫ってくるようにどうしようもなくて、重苦しくて息が切れる。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:03:14.66 ID:sEAELjbOP
- 7.
( ・∀・) ……。
ぼくは一日中家にこもってネットサーフィンをしている。自分から姿を現さなければあの
男も取り立ててぼくに危害を与えたりしない。かわりに母にその矛先が向くけど、それは
とても嫌だけど、でもぼくには何もできない。
下の階から、またどん、どすんと大きな音が聞こえる。あの男が手当たり次第に家具と
母の身体を蹴飛ばしている音が聞こえてくる。そして怒鳴り声が聞こえてくる。
てめえ、ふざけんなよっ。酒がねぇじゃねえか、夕べ買っとけって言ったじゃねえかよっ!
痛い、痛いっ、痛いっ、お願い、やめて、やめてぇっ!
俺をなめてんのか? 俺に買い物袋提げてババアみてえにスーパーに酒買いに行け
って言ってんのか? ……おいっ、答えろよっ!
違う、違うの……ひっ、いやああっ!!
ひときわ大きな音が聞こえる。ぼくは音のしないヘッドホンを耳に着けてただ黙々と
ディスプレイに映し出されるブラウザに画像を読み込んでいく。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:05:20.78 ID:3xNQTppPP
- 画面いっぱいに若い西洋人の女の死体が映し出される。
その女は首から下は傷ひとつ付いていないけど、頭が半分なくなっている。
どこか高いところから墜落したのだろうか、頭の右半分がはじけたフーセンガムみたいに
内側から爆発したようにはじけ飛んでいてそこに収められていたはずの大脳はぽっかりと
開いた頭の中にほとんど残っていなくて青いビニールシートの上にこちらを向いて力なく
横たえられた頭に開いた穴からどす黒い血液がこびりついた頭蓋骨の裏側が見えている。
赤味がかった灰色の大きなヒルみたいな形をしてビニールシートのあちこちに落ちている
のが、その女の脳髄かも知れない。
強打しただろう顔面もひどく変形していて、残った顔面の左半分で左の眼球が半分以上
はみ出て、出来損ないのコメディ映画のように文字通り飛び出している。あごの骨も白い
皮膚の内側で粉砕されて上下の歯が歯茎ごと唇よりも外側に飛び出してものすごい
出っ歯になったみたいだ。
おーい、なにうずくまっちゃってんの? そうやってれば俺があきらめると思ってんのか?
う……ぐっ! げほっ!
おい、動けよ。ちょっとは反抗しろよ! 黙って転がってても面白くないだろっ?
おい……お前は俺の嫁だろ? だったら夫の言うとおりにしろよっ!
なあ! おいっ!!
ぐっ、うぐ、いや、嫌……いやあああああああああああああ!!
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:07:03.52 ID:3xNQTppPP
- ぼくはこの女は死の瞬間に何を思ったのだろうと想像する。
家族のことだろうか。いたかもしれない恋人のことだろうか。飼っていたかもしれない
ペットのことだろうか。それともそんなことは一切考える間もなく死んでしまったのだろうか。
怖かっただろうか。驚いただろうか。後悔しただろうか。
この女の家族は彼女になんと声を掛けたのだろう。両親は変わり果てたこの女を見てどう
思ったのだろう。不運を嘆いただろうか。恨み言を吐いただろうか。何も言わずに涙を流す
ことしかできなかったのかそれとも涙を流すことすらできなかっただろうか。
嫌、いや……いやあああああ……。
痛いのは嫌、お願いよ、お願い、もうやめてえっ……。
……。へっ……へへっ。いいや、もう。動くなよ。そのまま動くなよ。
……! …………っ!!
僕は次々と黒い背景のそのウェブページに貼られたリンクをクリックする。
様々な方法で惨たらしく死んだ、殺された、あるいは自殺した人たちの画像がブラウザの
新しいタブに読み込まれていく。
……っ。…………!
……ぁ……っ……! っ、……!
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:09:12.59 ID:3xNQTppPP
- 狭い部屋の中で赤子を抱いた姿勢をしている、肥満体の女の首なし死体。
腕に抱かれた赤子は生きていて、白黒写真の中で白いタイルに涙をこぼして泣いている。
戦車に下半身を轢き潰された若い男の死体。
内臓や筋肉よりもはるかに強靭な皮膚はキャタピラの跡を残して平らにべったりと伸びて
いるけれど、その破れた臍の裂け目から真っ赤な血を道路一面に流し、平らにになった
胃腸、それと何かもよく分からない臓物を長く伸ばして息絶えている。
寒い季節のようで横様に倒れたびっくりしたみたいなその顔の頬も、むき出しの手のひらも
まだ赤味が差していてスプラッタ映画か何かのワンカットを見せられているようだとぼくは思う。
……はっ、はっ、は、ひゃはははっ!!
おら! 動けよ! もっと腰使えよ!!
……っ、っ!!
おいおいおいおい、何一生懸命口押さえてんだよ、俺とお前は夫婦だろ?
別に照れることなんかないだろ!? おら、手ぇどけろよッ!!!!
あ、う、あ、やああああああっ!!
あああ、ああ、はあっ、嫌、嫌、いやああああ、あああっ!!
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:10:59.31 ID:3xNQTppPP
- ぼくはふとディスプレイから目をそらしてパソコンの本体の脇に置かれた空のタッパーを見る。
時間がたって黒ずんだカレーがその隅と、突っ込まれた割り箸の先端にこびりついている。
( ・∀・) ……。
立ち上がって窓を向き、閉じたブラインドを指で押し下げてみる。
尖った太陽の光がぼくの目に飛び込んでぼくはその眩しさに目を細める。
( -∀-) っ。
まだ、昼だ。
日光に照らされたディスプレイの画像は白っぽくぼやけていて、キーボードの周りに薄く
積もった埃が白くけば立って見える。ぼくはまた黙って立ったままブラインドの羽を指で
押し下げたまま、太陽を見ようとする。
あっ、あっ、あっ、あっ……あ、うっ!
ああっ、うっ、うあっ、うああああああっ!!
そうだよ、やればできるじゃねえかよ。
……おらっ! 叫べっ!!
もっとヨガれよっ、上のクソガキにお前の声、もっと聞かせてやれよッ!!!!
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:13:27.89 ID:3xNQTppPP
- 嫌、嫌、やめてっ、やめて、やめて……あ、っあ、あああ……っ!
あっ、あっ、あっ、やっ、ああっ! ああ、っ! あっ! あっ!!
あ、っ、あ――……!!
太陽は真っ白で……どこまでも真っ白で……何もかもが目に焼きついてその残像が
部屋の中に目を向けても金色に赤や緑の縁取りが飛んだ焦げ跡のようにいつまでも
視界に残る。
僕は机に座ってディスプレイの電源だけを切って、明日の予習を始めることにした。
今日の夕食の残り物が何なのか、早くも気になり始めていた。
まだ陽は沈みそうにない。
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:15:30.84 ID:3xNQTppPP
- 8.
忍び込んだ学校の一室で、ぼくたちは身を寄せ合って座っている。
入り口の小窓には覆いをしてあって、内側から鍵も掛けてる。部屋の灯りは点けないで
タオルを被せたスタンドしか照明はないから、外から見てもここに誰かがいるようには
見えないだろう。
( ・∀・) ……。
( ・∀・) ねえ、クー。ほんとのほんとに、最後の質問だよ。
後悔は、しない? 本当に……しても、いいの?
クーはぼくの手をそっと握って、微笑んだ。
川 ゚ ー゚) ああ。
……後悔は、してない。ただ……。
( ・∀・) ただ?
川 ゚ ー゚) いや……何でもないんだ。大丈夫だよ。
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:17:26.48 ID:3xNQTppPP
- ぼくはそっと、クーの手の指に自分の手の指を絡ませる。ずっと握っていた手は、
温かい。その指に、僕の親指が、人差し指が、中指が、くすり指が……そして
小指が……それぞれの指に割り込むように、優しく包んで、握りしめる。
( ・∀・) それじゃ、クー。
川 ゚ -゚) うん。
ぼくはクーの手を引いて、立ち上がる。
クーもすこし緊張した面持ちで、ぼくに手を預けたまま立ち上がった。
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:19:22.81 ID:3xNQTppPP
- 9.
その日、ぼくはコンビニで漫画雑誌を立ち読みしてから家に帰った。
年末なので雑誌は合併号だったり休刊だったりしていたけれど、たまたまぼくが
読んでいる雑誌が何種類も出る日だった。
チェックしている漫画だけを全て読み終えてからぼくは走って家に帰った。
けれど、遅かった。
_
(# ゚∀゚) なあ、おい。言ったよな? ガキはとっとと帰って来いって言ったよな?
てめぇはバカか? 俺が一回言ったこともわかんねーのか! このバカガキ!!
クズ男は玄関で待ち構えていて、ぼくが中に入った瞬間にぼくの襟を掴んで引き倒した。
そして床に転がるぼくの尻や太ももや背中や腹をこれでもかというぐらい薄汚れた足で蹴る。
(; ・∀・) ……っ、ぐっ!
顔や身体の末端に傷が残ると、一目見ただけで暴力を働いたことがばれてしまう。
だからこの男は普段服に隠れているぼくの目立たない場所を殴ったり蹴ったりする。
_
(# ゚∀゚) 俺がこれだけしつけてやってんのにまだ分かんねーのか、このガキは。
前の親にどんな教育受けてんだよ、てめーはよ!
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:20:55.40 ID:3xNQTppPP
- 男はまたぼくの背中を蹴る。ぼくは身体をくの字に曲げて冷たい玄関のフローリングに
倒れている。
(; ・∀・) っ!
ブーンがせっかく誘ってくれたのに、ぼくはウソをついてその誘いを断った。
ぼくはもう同級生の誰かと一緒に遊んだりすることはできない。
ぼくだって、ぼくだってたまには気晴らししたいんだ。たかだか15分くらいコンビニで
雑誌を立ち読みして帰ることの何が悪いのだろう。それはこんなに殴られたり蹴られたり
しなければいけないほど悪いことなのだろうか。
一応小遣いは貰っているけれど、学校で使う文房具も自分で用意しないといけない
から自由に使えるお金は一日あたり数十円しかない。雑誌を一冊買う事だって難しい。
それに買って帰っても、どうせ取り上げられてしまうに決まってる。
もちろんゲームソフトだって買えない。本体はこのクズに取り上げられてしまった。
もう漫画とインターネットはぼくに残された、ぼくが人間らしい人生を送っていくための
最後の手段だ。これがなくなったらぼくはもう生きていけない。
でもそんなことを言ったらもっと蹴られる。殺されるかもしれない。死ぬのは嫌だ。
どんな惨めで貧しく先のない人生でも死ぬのは、死ぬのだけは絶対に嫌だ。
( ;∀;) ……う、っ。
悔しくて、悔しくて、ぼくは悔しくてたまらなくて床で身体を丸めて泣いた。
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:23:26.73 ID:3xNQTppPP
- _
( ゚∀゚) なーに泣いてんだよ、うっざ。お前アホか?
てめぇは毎日家と学校だけ往復してりゃいいんだよ。クソガキ。
嫌だ。嫌だ。ぼくはそんな生き方は絶対に嫌だ。
なんでぼくだけ、なんでぼくだけが、学校の中で同級生の中でぼくだけが、ぼくだけが
こんな目に遭わないといけないんだ。
( ;∀;) ……な……。
( ;∀;) な……なんで……なんでぼくだけ、こんな……。
ぼくだって、ぼくだって……たまには……。
ずっと逆らわず黙って耐えていようと思った。
けれどそれももうできなかった。蹴られた背中と腰が痛んで、ぼくはうめきながら泣き
ながら思わず思ったことをそのまま、つっかえつっかえ口に出していた。
しまった、と思ったときはもう遅かった。
_
(# ゚∀゚) てめぇっ、口答えしてんじゃねえっ!!
男は怒鳴った。怒鳴りながら右足を反動をつけて後ろに大きく振り上げた。それが
妙にゆっくりとした動作に見えたけど、ぼくの痛む全身は全然動いてくれなかった。
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:25:24.84 ID:3xNQTppPP
- 男はそのままサッカーボールを蹴るようにぼくを蹴った。
ぼくのお腹で、ぼずっ、と鈍い音がした。
( ;∀;) うごっ、ぐっ、うえええええっ!!
胃が破裂したんじゃないかと思うほど痛かった。ぼくはもう叫ぶのを我慢することも
できなくて叫びながら床を転がって廊下の端の壁にぶつかった。
( ;∀;) うええっ、げほっ、ごほ……っ、げほっ!
うぇっ、げほおっ!!
生暖かくてすっぱいものが胃から喉に一気に溢れてくる。ぼくは床を転がりながら
フローリングの床に嘔吐した。朝ごはんもほとんど食べてないし昼も学食で買った
パン一個しか食べていなかったから、胃の中身はもう胃液だけだった。
黄色っぽくて粘つく液体が床に落ちた。
_
(# ゚∀゚) おい〜、俺の家の床ゲロで汚してんじゃねえよ! ゲロガキ!
お前ちゃんと鍛えてんのか? 普段なに食ってんだよ!!
さらに男はぼくを蹴飛ばす。転げまわるぼくの制服に僕自身の胃液がまとわり付く。
ぼくにご飯もろくに食べさせてくれないのはお前じゃないか。お前のせいでぼくは、
何もかもお前のせいで何もかも……!
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:27:09.51 ID:3xNQTppPP
- _
(# ゚∀゚) 甘ったれてんじゃねえ、何が「なんでぼくだけ……」だよ。
いいか? てめぇはな、生まれたときからこうなる運命だったんだよっ!!
男は叫ぶ。しゃがんでぼくの襟の後ろを掴み挙げてぼくの顔を覗き込んで、大きな
声でぼくを怒鳴りつける。
男のその言葉は、さっきの蹴り以上にぼくの胸に重く響いた。
( ;∀;) ……っ。
生まれた……ときから……。
ぼくは蹴られたお腹の痛みも忘れて動くのをやめ、床を見ながらその男が腹立ち
紛れに吐いたその言葉を反芻する。
ぼくがショックを受けたのに男は気づいてにやにやと笑いながらぼくの反応を楽しむ
ように、声を抑えて言い聞かせるような調子で続ける。
_
( ゚∀゚) ああ、そうだよ。お前のオヤジとあのアマがヤッて、お前が生まれたときに
お前がこうなることはもう決まってんだよ。お前にはな、他に選択肢なんざ
ハナっからねーんだよ。
( ;∀;) う……あ……。
- 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:29:01.92 ID:3xNQTppPP
- _
( ゚∀゚) お前はな……生まれたときにこうやってゲロ吐きながらのた打ち回るのが
もう決まってたんだよ! 残念だったな!! ひゃはははははははっ!!
( ;∀;) あ……!!
( ;∀;) うああ、あ、あ、うわああああああああぁぁっ!!
ぼくは泣き叫ぶ。ぼくは目の前のこいつにも今もきっと苦しんでいるだろう母さんにも
何もできず結局自分ひとりでできることしかできない。ぼくはただ泣き叫ぶ。目の前が
真っ暗になってしまって、呼吸が止まりそうで、男の顔も良く見えなくなる。心細い。
ぼくは何もできない。誰にも、何もできない。
( ;∀;) うううううう、うううあああああああっ、あああああ……っ!!
_
( ゚∀゚) んだよ、気持ち悪ぃ。おら、黙れ!
男がつま先でぼくを小突く。それでもぼくは泣く。
やがて狭い歪んでぼやけた視界の中で、男は何事かを吐き捨てて去っていく。
どすんばたんと大きな音が聞こえるのは、きっと気晴らしにまた母さんを殴ったり
蹴ったり犯したりしているのだろうけどぼくにそれを止めることはできない。
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:30:44.45 ID:3xNQTppPP
- 10.
( ・∀・) ……。
ぼくは二階の自分の部屋で座っている。
自分が吐いた胃液で汚れた制服とワイシャツは洗濯機に置いてきていて今は
その下にいつも着ているTシャツだけ着ている。パソコンに電源は入っていない。
( ・∀・) ……ぼくは。
ぼくは、何もできない。
ぼくが生まれて母さんと父さんに育てられて、父さんはこの家を残して出て行って
しまって、しばらくして母さんはこの男と再婚を決めて、最初はまともに見えた男が
本性を現して父さんの残してくれた財産を奪いぼくたちに暴力を振るってほぼ毎晩
母さんとレイプ同然のセックスをする。
ぼくはほとんどお小遣いも貰えず帰りに遊ぶことも禁じられてご飯もろくに食べさせて
もらえずほぼ毎日お腹や背中を蹴られて罵倒されそれを誰にも打ち明けられず学校
でも悩みを打ち明けることなんてできるわけもなく自分のものだった家でこそこそと
残飯をあさり生きる。
それらは全部、ぼくが生まれた瞬間に決まっていて逃げることができない決められた
運命なのか。ぼくがこれまで生きてきたのはこんなクズ男を満足させるために暴力を
振るわれて人間として生きることも許されないこんな惨めでみっともない暮らしをする
ためなのか。
- 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:32:42.40 ID:frDKVB8J0
お前にはな、他に選択肢なんざハナっからねーんだよ。
ぼくは嫌だ。ぼくはそんなのは嫌だ。けれど逃げられない。もうどこにも行けない。
逃げてもきっと連れ戻される。未成年じゃ逃げる場所もない。こいつを殺すことも
できない。正面きって殴り合っても勝てるはずがないし逃げても連れ戻される。
母さんが悲しむ。母さんはこのクズを心から愛している。なぜか分からないけどそれが
分かる。分かるから何もできない。母さんを責めることも母さんのためにこいつを殺す
ことも戦うことも、何もできない。
ぼくは何もできない。ぼくは何もする力がない。ぼくは、この状況を変えるための力を
何一つ持っていない。どうにかしなければぼくは死んでしまうのに何もできない。
ぼくは何の力も持っていない。でもこのままは嫌だ。でも何もできない。ぼくは何も。
お前はな……生まれたときにこうやってゲロ吐きながらのた打ち回るのが
もう決まってたんだよ! 残念だったな!! ひゃはははははははっ!!
あの男のいやらしい、下卑た笑い声が甦る。
でもきっとそれは真実だ。
ぼくにはこの状況を変える力は何もない。
今から夜まで待って、あの男を殺したら?
途方もないことを、いま一番望んでいることを考える。
( ∀ ) ……。
- 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:34:31.36 ID:frDKVB8J0
- 机の二番目の引き出しを開ける。使いかけの文房具やまだあの男が来る前に買った
CD-Rや余白がまだ残っているノートがいっぱいに詰め込まれているそこに手を突っ
込んで中身を探る。
やがてぼくはそこからカッターナイフを取り出す。
長い時間が経って鈍くなったスライド式の刃が紺色のプラスティックでカバーされた
金属製のレールに収まっている。
ぼくはその刃を出す。
ちき、ちき、と音がして室内灯を照り返し鈍い銀色の刃が少しずつ顔を出す。
運命なんだよ。
( ∀ ) ……っ。
何をするでもなく、何をできるでもなくぼくはそれを握り締めて椅子を静かに引く。
立ち上がり刃の出たカッターナイフを持って広くもない部屋の中をぐるぐると歩く。
運命なんだよ。
( ∀ ) う、うっ……。
- 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:36:02.98 ID:frDKVB8J0
- 自分でも気づかないうちにぼくはずいぶん荒い息をついている。歯を噛み締めた
口の上下の唇の隙間からうなり声が低く漏れているけれどそれが自分の発した
声だとも気づかずに何度も、何度も同じことを考えながらカッターナイフを握り締め
広くもない部屋の中をぐるぐると歩く。ぐるぐると歩く。ぐるぐると。ぐるぐると歩く。
私のせいで、いつもいつも……本当に……。
運命なんだよ。
嫌、嫌、やめてっ、やめて、やめて……あ、っあ、あああ……っ!
( ∀ ) ううっ……うううっ。
手の中にあるのは幅わずか数ミリの頼りない、武器と呼ぶにはあまりにも頼りない刃。
それを持ち上げて室内灯の明かりの中ゆるゆると持ち上げる。
ぼくはこの手を誰に振り上げればいい?
ぼくはこの手を誰に振りおろせばいい?
あのクズ男に?
できない。もしも気づかれればぼくが殺される。傷つけたら母さんが悲しむ。
ぼくは嫌だ。だからこの手をあの男に振り下ろすことはできない。
- 80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:37:37.01 ID:frDKVB8J0
- 母さんに?
できない。あのクズを連れて来たのは母さんだしぼくの今の苦しみの原因もだから
母さんということになるけどぼくは母さんを悲しませるのは絶対に絶対に嫌だ。
ぼくは嫌だ。だからこの手を母さんに振り下ろすことはできない。
友達に?
できない。彼らはぼくを助けてくれないけどそれはぼくがいまの境遇を彼らに知らせて
いないからだ。みんなにこんな惨めな、こんなにも惨めなぼくの姿を見せたくない。
ぼくは嫌だ。だからこの手を友達に振り下ろすことはできない。
誰も悲しませたくない。誰にも頼れない。誰も助けてくれない。
これはぼくが、ぼくが何とかしなきゃいけない問題で、でもぼくがこんな目に遭うのは
ぼくが生まれた瞬間に決まっていた運命だってあのクズ男はぼくに言ってその言葉通り
母さんはおろおろするばかりで助けてくれずぼくは、ぼくが何とかしなきゃいけないのに
これはぼくの運命だから誰にも頼れなくてぼくは、誰にもぼくは……。
( ∀ ) ううっ……う、ううっ――!
……ぼくがこの手を振り下ろす相手が一人だけ見付かった。
それは、ぼくだ。
瞬間、ぼくのカッターナイフを持った右手がそれ自身が意思を持ったように、かくん、と
力を失って振り下ろされた。
それはぼくの意思だったかもしれないしそうでなかったかもしれない。
- 81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:39:12.13 ID:frDKVB8J0
- カッターナイフの刃は斜めに緩い楕円軌道を描いてぼくの左腕に向かい、上腕部の
内側の皮膚が柔らかい部分に斜めに食い込んで、そのまま5センチほどの長さに
皮膚を意外と滑らかにすぱっと切り裂いた。
( ∀ ) あ。
その感触は、煮詰めて固まった濃いゼラチンを切るのに似ていた。柑橘類の厚い皮を
切るのに、水を含んだやわらかいスポンジを切るのに、大きな魚の腹を切るのに似て
いた。
ぼくは自分がしたことなのに驚いて左腕を掲げて傷口を見る。
皮膚の表面はきれいに一直線に裂かれ皮膚自体の張力で左右に引っ張られて開いている。
切断面の表面に近い部分は薄い肌色をしているけれどその下は明るいピンク色をしている。
( ∀ ) あ、あっ。
ぼくの目の前でそのピンク色の部分にぽつぽつと赤い点が浮き上がってくる。
ピンク色だった部分が少しずつ赤くなっていって、刃物に切られてV字型のくぼみになった
溝に少しずつ溜まっていく。それが一杯になって血液は切り口から溢れ出し重力に従って
垂れ肘の内側の窪みになった部分で二つに分かれ、手首まで流れた。
痛みはなかった。ただぼくはびっくりして傷口を見ていただけだった。
ただ、あ、切れた、とそう思っていた。
ぼくの左手から滴る血液はカーペットに落ちている。良く分からないけど結構血が出ている。
音なんかするはずがないのに身体から血液が流れ落ちていく音が、ざぁっ、と響くみたいだ。
- 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:40:45.05 ID:frDKVB8J0
- 僕の心臓が動くにつれて、厚い筋肉に圧縮された血液が全身に送り出され、酸素の供給を
受けて鮮やかに染まりそして全身にそれを運んで赤黒くなり再び濾過され酸素を与えられる
ために肺に戻っていくその途中で腕にできた裂け目から体外に放出されその役目を中断する。
急に両膝から力が抜けてぼくはその場にへたり込んだ。
全身にも力が入らなくなって、自分がついさっきまで何を考えていたのかも思い出せない。
( ∀ ) あ――……。
閉じた瞼の裏がもやもやとして明るくなっていく感覚があった。
同時に、眠気に似た心地良い脱力感を覚える。安らかな眠りに就く前のように。
心地良い、温かいプールに裸で仰向けで、一人で浮かんでいるような、ふわふわとした
感覚。いつまでも浸っていたくなるような心地良い眠気。何もかも忘れてただ眠ってしまい
たいと思うのは何ヶ月ぶりだろう。
何の根拠もないのに、ああ、これで大丈夫だ、もう大丈夫なんだ、と安堵する。
ああ、そうだ。
僕が欲しかったのは、こんな感じなんだ。ゆりかごに揺られるのに似た、不安のない、
安らかな眠り。何も心配することなんかなくって、何もかも許すことができるような……。
( -∀-) ……。
何分かが経って、腕の引きつれるような痛みにぼくは我に返る。
閉め切った室内には、金物臭いぼくの血の臭いが漂っていた。
- 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:42:54.84 ID:frDKVB8J0
- (; ・∀・) ……痛っ。
左腕を見ると、出血はもう止まっていた。
腕を伝う血液の筋に指を触れると、粘り気がついてゼリー状になった血液が、ぺたりと
ぼくの指の腹に残った。
カーペットの血液を見るとそれほどたくさん出血したわけではないようだけど、頭の奥が
重くて、暖房のスイッチも入っているのに少し肌寒い。
でも、そんなことよりももっと大事なことがあった。
ぼくの中にあった鬱屈した感情が、何処にも向けることのできない袋小路にはまりこんで
しまった怒りが、ウソのように消えてしまっていた。
それはぼくにとって救いだった。
( ・∀・) ……ああ。
ぼくは溜息を付いた。
クズ男が眠りに着く時間を見計らってぼくは階下に降りる。洗面所で腕を洗い、お湯を
汲んで自分の部屋に戻り、カーペットの血の染みを苦労して落とした。
カッターの傷はそれほど深くなくて無理に力を入れたりしなければそのままふさがって
くれそうだ。
左腕を曲げたり伸ばしたりしながらぼくは、次はカーペットを汚さないようにしようと
決めていた。
- 87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:44:38.66 ID:frDKVB8J0
- その日からぼくは、クズ男に殴られ、責められるたびに自分の左腕をカッターナイフで
切るようになった。自分の身体に傷痕が残って、血を流して、そしてそうすることでぼくは
安らぎを得られるようになっていた。そうすることでしか安らぎを得られなくなっていた。
冷たいカッターナイフの刃が皮膚の内側に潜り込む、その冷えた異物感もはっきりと
感じた。水分と脂を含んだ皮膚の層を金属の刃がスライスし、押しのけるざらざら、
ぶつぶつとした反動が右手に伝わるのも分かる。
皮膚に浅く寝かせた刃を滑らせる度に、皮膚が裂ける、みちみち、という低い音がする
のさえはっきりと聞き取れるようになっていた。
( -∀-) ……つっ……。
はあ……っ。
最初の内は痛くて、痛くて、涙目になりながら切っていた。
そのうちに、あまり痛みを感じなくなってきた。同じ場所を何度も切ると治りが遅いから、
前に切った傷痕の隣を平行に切るようになった。
これから切ろうとしている場所に刃を当てたとき、その隣に並んだ治りかけの傷の盛り
上がってかさぶたになったり、刃が汚いせいでちょっと膿んでしまって水っぽくじくじくと
したりしている幾筋もの傷痕を見ると気持ち悪く、居心地の悪い気分になったけど、
それもじきに慣れてしまった。
もう冬で、腕の傷は体操服にも隠れる。
だからぼくのしていることは誰にも……同級生にも母さんにも男にもばれなかった。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:46:26.63 ID:frDKVB8J0
- 11.
ぼくは自分の感情を慰める手段を手に入れた。
けれどそれで周囲の環境が変わるわけでもなく、クズ男は相変わらずぼくと母さんに
暴力をふるいぼくの友人達は一歩引いた様子でぼくに接する。
ぼくの身体を流れる血液。
母さんの血を受け継いだこの身体。そのせいでぼくは自堕落でアホなクズ男に責められる。
( ・∀・) ぼくは何もしてないんだ。
でも、あいつはぼくが母さんから生まれた時にぼくの運命は決まってたって言う。
悪いのはぼくの人格じゃない。ぼくの精神じゃない。
この身体が悪いんだ。母さんの血と遺伝子でできたこの身体が悪いんだ。
それが正しいかは分からない。でも、他に理由が思いつかない。
だって、ぼくがぼくであることがあいつがぼくに暴力を振るう理由だとするなら、ぼくは
あいつから逃れるためには死ななきゃいけない。
それはダメだ。分からないけど、それを認めちゃダメだ。
だから、多分間違ってない。
ぼくは正しい。間違ってない。間違ってない。間違ってない。ぼくは、正しいはずだ。
( ・∀・) ぼくは……。
- 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:48:37.34 ID:frDKVB8J0
- 自分の腕を切って流れる血を見詰めていると、そう思うと、急にそれが忌まわしくて汚い
もののように見えてくる。気分は安らぐけれど血を流すのは好きじゃない。
机の中を漁ると、埃を被った白い半透明のフィルムケースが出てきた。いつ、どうして
ここに収まったのかはどうしても思い出せないけれど、とにかくぼくは片手で苦労してその
キャップを外して内側を拭い、机の上に置いた。
その上にぼくは左腕をかざす。出血はもう止まり始めていたから、傷口を両側から挟む
ようにして右手の指で強く押して離すのを何回も繰り返した。
多分痛かったと思う。でも、その感覚は自分のものじゃないみたいに遠かった。
一直線に切った傷口の端で固まり掛けた血液が流血に押し出されて浮き、その下から
新しい血液が流れ出でて上腕の丸まりに沿って下に滑り落ち、小さな雫になってフィルム
ケースの中に、ぽたり、と落ちた。
( ・∀・) ……。
ぼくの目の前で、フィルムケースに数滴の血が溜まる。
それを見届けてケースに蓋をし、室内灯の明かりに透かしてみる。中の血液は黒く滞って
ケースの内側に跡を残しながら、とろり、と動く。
得体の知れない怪物をその中に閉じこめたようで、ぼくは気分が良かった。
それで、翌日からカバンにそのフィルムケースを入れて持ち歩くことにした。
- 92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:50:16.83 ID:frDKVB8J0
- この中に、ぼくの身体の中から取り出したおぞましい化け物が閉じこめられている。
だからぼくはこれを晒し者にして歩く。こいつのせいでぼくは苦しめられているんだ、こいつ
さえなくなればぼくは幸せなんだ、そう胸の中で叫びながら街を通学路を学校の廊下を歩く。
すごく、気分が良かった。
はじめてあのクズ男に勝った気分がした。
でもそう思う度に同時に母さんの泣き顔も一緒に思い出して気分が悪くなるから、クズ男の
ことを考えるのもそのうちやめてしまった。
でも、なぜ母さんの顔が浮かぶのか、良く分からない。
ぼくは何か、どこか間違っているだろうか?
間違っていたとしても、……いや、どこもおかしくない。ぼくはおかしくない。
ぼくは血を見るのを慣れている。
生理が始まった女性よりもずっと慣れている。
だからあの日、クーさんが掌から血を流しているのを見ても気分が悪くなったり怖くなったり
しなかった。
だって、その時彼女が流していた血液の量は、ぼくがこれまでに流した量の何十分の一に
も満たなかったから。だから、ただ彼女の血液はぼくのより綺麗だな、って、そう思っただけ
だった。
- 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:52:21.94 ID:frDKVB8J0
- 12.
( ・∀・) もう少しで保健室だよ。大丈夫?
川;゚ -゚) ああ……。
僕は左手にハンカチを巻いたクーさんの肩を押さえて保健室に向かう途中だ。
クーさんは言葉だけはしっかりしていたけど顔色は白いと言うより青ざめていて、足下も
おぼつかない。
ぼくの経験から言って、真っ直ぐ歩けないほど大量に出血しているとは思えない。
クーさんには申し訳ないけれど、彼女はいま生理中なのだろうか、と無礼なことを考えた。
川; - ) ……あ、う……。
クーさんがふらり、とよろける。
ぼくはとなりで彼女の肩を支えているけど、彼女はぼくに向かってではなくて、一回前に
がくん、と身体を倒してから、後ろに思い切り尻餅を付いた。
(; ・∀・) おっとと……っ!
冷たい廊下に、びたん、と音が響いた。
- 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:54:13.50 ID:frDKVB8J0
- (; ・∀・) ク、クーさん?
僕の目の前で、クーさんはかなりはしたない格好で床に座り込んでいる。セーラー服の
スカートは大きく捲れ上がって、開いた両脚が付け根近くまで……穿いているショーツ
まで、ほとんど見えてしまっている。
僕は……。
(; -∀-) ……!!
一瞬だけ、そう一瞬だけクーさんの太ももに目をやり、それから硬く目をつむって
座り込んだクーさんの方に手を伸ばす。
(; -∀-) ほ、ほら、掴まって。
川;゚ -゚) ああ、すまないな。
真っ暗闇の向こうでクーさんは、伸ばした僕の左手を掴んで引っ張る。左の上腕に、
ちくり、と痛みが何重にも走って声を上げそうになるけど、なんとか我慢した。
( ・∀・) 歩ける? 少し、休んだほうがいいかい?
- 98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:56:16.78 ID:frDKVB8J0
- 川;゚ -゚) いや。早く保健室に行って、横になりたい。行こう。
( ・∀・) うん。
クーさんは明らかに具合が悪そうだ。唇の色まで引いてきてしまっているように見える。
それでも何とかぼくの力に頼らずに立ち上がり、ひとりで歩き出す。
二、三歩歩いたところで立ち止まり、思い出したように振り返った。
( ・∀・) ……。
僕は、一瞬だけ見たクーさんの脚を思い出す。
川;゚ -゚) モララー。
( ・∀・) ……。
川;゚ -゚) モララー。聞いているのか?
( ・∀・) ああ、ああ。うん。何か呼んだ?
川;゚ -゚) いま、見たか? 私の脚を。
- 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:58:19.89 ID:frDKVB8J0
( ・∀・) ……。
( -∀-) いや。パンツなら見たけどね。
川;゚ -゚) ……。なら、いい。
それだけ言ってクーさんは歩き出す。血で濡れた左手のハンカチを右手で押さえて、
上半身をふらふら揺らしながらそれでも歩く。
ぼくは、もう一度思い出す。
床に転んだクーさんの脚。その左の太もも。その、内側の、柔らかい部分の皮膚。
上腕部と同じように柔らかいその皮膚には、ぼくがよく見慣れた、ぼく自身の身体に
あるものと同じような、よく似た痕跡が見えたような気がした。
気がした、んじゃない。
それは、間違いない。
間違いなく、ぼくの腕の傷と同じ、平行に並んだ、塞がりかけた一直線の傷痕だった。
- 102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 00:59:57.64 ID:frDKVB8J0
- 13.
その二日後の放課後、ぼくはいつものように席に座って、窓から外を見ていた。
フィルムケースに入れた血液を持ち歩くのは、もう習慣化していた。いまもカバンの中だ。
血液は密閉しても数日と持たずに凝固してしまう。せっかく捕まえて晒し者にするべき
化け物が死んでしまうのがイヤなのでぼくは乾く度にケースを洗ってまた血液をそこに
閉じこめる。
ぼくは満足だ。それで満足だ。
ぼくは、それで幸せなんだ。間違いない。
川 ゚ -゚) ……。
( ・∀・) ……。
川 ゚ -゚) ……。
( ・∀・) ……。
川 ゚ -゚) モララー。
(; ・∀・) うわっ!!
- 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:01:36.62 ID:frDKVB8J0
- 背後からいきなり声を掛けられてぼくは椅子から飛び上がりそうになる。慌てて
カバンを掴み立ち上がると、クーさんが立っていた。
教室には、もう二人きりだ。
(; ・∀・) あ、ああ、クーさん。
手、手の具合はどう? 大丈夫?
川 ゚ -゚) ああ。少し痛むが、お陰様で。
悪かったな。
( ・∀・) いや、気にしてないよ。じゃあ、ぼくはもう帰るから。それじゃ。
川 ゚ -゚) 待て。
ぼくは慌てて走り出そうとした足を止めてクーさんの顔をじっと見る。
彼女は、感づいているだろうか。ぼくが彼女の脚に、あの傷痕を……。
クーさんは持っていたカバンを机において、開いた。
そこから、のりを効かせて丁寧に畳んだ、白いハンカチを取り出した。
ぼくがおととい、彼女の掌に巻いたハンカチだ。
川 ゚ -゚) 返すよ。私の血まみれだったから、汚いと思うなら捨てて構わない。
とにかく、返す。
- 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:03:22.36 ID:frDKVB8J0
- そう言えば、彼女にハンカチを貸したままだった。
傷痕の話を持ち出されると思ったぼくは拍子抜けして、それを受け取る。
ハンカチからは、洗剤の少しだけ甘い臭いがした。
( ・∀・) ああ、うん、ありがとう。洗ったんだったら、汚くなんかないよ。
それを受け取り、カバンを開いて中に押し込もうとする。
けれど、ぼくはカバンを閉めるのを忘れていた。持ち上げた拍子にカバンの中身を
床にばらまいてしまう。
( ・∀・) あ……!
教科書。ノート。筆箱に携帯電話に、むき出しのまま無造作に突っ込んだペン。そして……。
かつん。
フィルムケースが、乾いた音を立てて教室の床に落ちる。
落下の衝撃で蓋が外れてその中身を床に零しながらくるくると回り、立っているクーさんの
脚に当たって止まった。
(; ・∀・) あ……あっ。
川 ゚ -゚) ……? これは?
- 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:06:42.59 ID:frDKVB8J0
- クーさんは屈んでそれを拾い上げようとし、手を近付けたところでその中身に気付く。
床に落ちた、半凝固したそれに、鉄に似た独特の臭いを持つ、ぼくの腕から流れ出た
静脈血に。
川;゚ -゚) ……っ!!
クーさんは手を引っ込め、顔を上げてぼくを見る。
ぼくは何も言うことができなくなって阿呆みたいな顔をしてクーさんの顔を見返す。
二人の間に沈黙が流れた。
川 ゚ -゚) モララー。なんだ、これは。君は何をしているんだ?
( ・∀・) ……。
ぼくは溜息を付く。そして、決心する。
クーさんの表情を測りがたい顔を見ながら、話さなければいけないと思う。
ぼくは制服のボタンを外して上着を脱ぐ。クーさんが眉をひそめて一歩下がるのを
見ながら、黙ったままワイシャツの左袖を掴み、思い切りまくり上げた。
そこにある、上腕部に並んでいる傷痕を、腕を差し上げて彼女の方に向けた。
- 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:08:22.75 ID:frDKVB8J0
川;゚ -゚) っ!!
( ・∀・) クー。ぼく、見たよ。おととい、君の脚を……。
悪いと思ったから、言えなかった。
川 ゚ -゚) ……。
( ・∀・) ……。
冬の、夕日。クーさんは、それを浴びてやっぱり黙ってぼくを見ている。
しばらくぼくの顔を、そして腕の傷痕を見て、それからゆっくりと腕を組んだ。
ぼくの言葉を、否定はしなかった。代わりに、またぼくに尋ねた。
川 ゚ -゚) モララー。君は、なぜ?
その、それと、今落としたこれに何の関係があるんだ?
話してはいけない。これはぼくだけの問題だから、だからたとえぼくと同じ「こと」を
しているクーさんに出会っても話すわけにはいかない。これはぼくだけの問題だ。
ぼくは、もう、辛いんだ。もう、いいじゃないか。クーさんなら、聞いてくれるかも、
ぼくの境遇を話してもいいかもしれない。大丈夫、彼女だってそれほど交際範囲が
広い訳じゃない。大丈夫だよ。もう……。
- 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:10:16.43 ID:frDKVB8J0
( -∀-) ……。
ぼくは、決めた。
( ・∀・) ぼくの母さんは、父さんと離婚した。そして、再婚した。
ぼくの家には、新しい父親が――
ぼくは話し始める。事実だけを、時系列順にとうとうと話す。
クーさんはところどころで俯き、辛そうな顔をしてぼくの話を聞き続けた。
……ぼくは。
辛く、なんか、ない。
ああ、そうだった。
ぼくは別に辛くなんかない。他人のクーさんがぼくのことを心配するなんて、なんだか
妙な気分だ。ぼくはいまはすごく落ち着いていて安定している。あのクズにどんなに
殴られてもカッターナイフを握って腕を切ればすぐに楽になるから大丈夫だし、だから
別に心配なんてしてくれなくてもいいのに。
川;゚ -゚) モララー。君は、君は……。
- 113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:12:07.76 ID:frDKVB8J0
( ・∀・) ぼく? ぼくは大丈夫だよ。今はすごく落ち着いてる。気にならないんだ。
だって、すぐに楽になれるから。眠くて暖かくて、何もかも許せる気に
なるんだ。だから……。
川 ゚ -゚) モララー。
( ・∀・) 何? ぼく、なにかおかしいこと言ってる? 間違ってないよね。
だってぼくはこの、ぼくは自分に流れてるこの汚い血のせいで。
川 - ) やめろ。
( ・∀・) だってそうだろう? ぼくがいじめられる原因だってやっと分かったんだよ。
こうしてぼくの中にある汚い血液をフィルムケースに閉じこめておけば安心
なんだ。だから――
川 - ) もう、やめろ!!
クーさんがいきなり怒鳴った。ぼくはうるさいのは嫌いだから少し気分を害して
黙り込む。ぼくは怒鳴られるのは好きじゃない。
- 116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:14:07.99 ID:frDKVB8J0
- 川 - ) モララー……。
クーさんはぼくの左手に手を伸ばし、傷痕に触れる。クーさんの手は温かくて
触れられた傷痕がじん、と痛んで疼く。クーさんの体温がぼくの傷痕に伝わる。
( ・∀・) ……あ。
不思議なことに、その時ぼくが覚えたのは、自分でカッターナイフでその傷痕を
こじ開けるときに感じるあの安心感に似た感覚だった。
クーさんは両手でぼくの傷痕を包み込む。ぼくの腕にしがみつき寄りかかるように。
川 - ) ……君は……っ、なんて……そんな……。
ぼくには理由は良く分からないけれど、クーさんは泣いているみたいだった。
俯いて無言のクーさんを見ているとなぜだかぼくは無性に申し訳ないような気に
なって、そうすれば気が紛れるかと思って右手でクーさんの髪を撫でた。
- 117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:16:10.53 ID:frDKVB8J0
- その日を境に、ぼくとクーさんは放課後に、授業の合間の時間に、ぼくと会話する
機会が増えていった。そして空き時間にはいつも一緒にいるようになり、お昼休み
にはクーさんが作ってくれた弁当を一緒に食べたりした。
ぼくは自分の食費を自分で出さないといけないからそれはすごくありがたかった。
そうしている内に、ぼくはいつの間にかクーさんのことを、クー、と呼び捨てるように
なっていた。
僕たちは、自分の身体に傷を刻むということについて何度も話し合った。
川 ゚ -゚) 私は……良く分からないんだ。
なぜこんなことを始めたのか、その直接的な原因が分からないんだよ。
( ・∀・) へえ。でも、理由はあるんだろ?
川 ゚ -゚) 理由らしきものは、いろいろある。両親は、私にもっと勉強して、もっと成績を
上げて一流の私大に入れと言う。もっと勉強しろ、遊んでいる暇なんてない、って。
期待してるいるのだから期待に答えろ、って。
( ・∀・) ふうん。ぼくと逆だね。
川 ゚ -゚) 気分を悪くしたら、謝る。
……それに、私は人付き合いが苦手だ。知っているだろう? 私が周囲から
どう思われているか。
- 119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:18:06.65 ID:frDKVB8J0
( ・∀・) ……。
あの日、包丁で手を切ったクーを助けようとする生徒は誰一人いなかった。女子も、
うろたえるクーの姿を見て笑っていたっけ。それはつまり、そういうことなのだろう。
疎まれていることに、彼女も気付いているんだろう。
川 ゚ -゚) その他にも、いろいろ、いろいろだ。でも、その内のどれが原因なのか、
どうしても分からない。今でもだ。
……でも、止められない。
川 ゚ -゚) 自分の身体を痛めつけると、安心する。それだけは、確かだ。
満足するんだ。周囲の期待に応えられない、ダメな私を罰しているような
気がして、それで何とかしなきゃって、そう思えるんだ。それで……。
( ・∀・) ……。
ぼくも、同じだよ。ぼくもそうだ。
川 ゚ -゚) でも、モララー。君は……。
- 120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:19:58.99 ID:frDKVB8J0
( ・∀・) 同じだよ。同じだ。違いなんかない。ぼくは。
川 - ) ……分かった。そうだな。
ああ、私と君は……同じだ。
クーは会話の終わりに、いつも決まって寂しそうに笑いながらぼくの手を握る。
いつもいつもためらいがちに何かを言いかけてやめるけど、やめるぐらいだから大した
ことじゃないんだろう。どうでもいい。気になるけどどうでもいい。
クーに触られると安心する。
カッターナイフを持ってもいないのに、腕を切りつけてもいないのに胸の奥が温かい。
- 121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:21:14.29 ID:frDKVB8J0
- 14.
だから、ぼくはクーと一緒にいたい。
クーが一緒にいてくれれば、どんな辛いときでも耐えられる気がする。
あのクズに殴られても、母に泣かれても、彼女がいてくれればぼくは自分の身体を
傷つけなくても済むかも知れない。
欲しい。クーが、欲しい。
いつも一緒にいることができないなら、せめて彼女の身体の、どこか一部だけでも。
だってぼくは幸せだったんだ。
クーと話しているとき、そっとお互いの身体に触れるとき、ぼくはとても救われるような
心が洗われるような気分になって、クーを大事にしたいって思うから。
クーがいてくれれば、どんな辛い目に合わされても耐えられるから。
( ・∀・) 僕はね。僕は、……君が欲しい。クー、君自身が、欲しい。
川 ゚ -゚) ……。
( ・∀・) そうすれば、ぼくは耐えられる。どんなことをされても、耐えられるんだ。だから。
- 123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:23:10.09 ID:frDKVB8J0
- クーは黙って、静かな目で僕を見詰め返す。
ぼくたちはただ無言で、見合った。
少し間があって、クーは少し困ったような顔をして聞き返す。
川 ゚ -゚) それは……私とセックスがしたい、ということか?
( ・∀・) 違うよ。
ぼくは即座に否定する。
ぼくの父さんと母さんがセックスをしてぼくが生まれ、生まれたぼくは父さんに捨てられ
クズ男に暴力を振るわれて、そしてそんなぼくを父さんとセックスをしてぼくを産んだ
母さんはクズ男とセックスばかりしていて助けてくれない。汚い。汚らわしい。
それでクーとセックスをしてどうする? それでクーはぼくの子供を産む? そしてぼくは
その子供を捨てる? あるいはあのクズ男と同じように罵倒して暴力を振るう?
そんなものいらない。ぼくはクーにいつもいつもずっとそばにいて欲しいのであってそんな
下らないことをするためにクーと一緒にいるわけじゃない。汚い。そんなのは汚い。
( ・∀・) 違う。ぼくは違う。ぼくはそんなこと、したくない。違うよ。違う。
川 ゚ -゚) ……すまない。
- 125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:25:23.11 ID:frDKVB8J0
( ・∀・) ぼくは、いつもクーと一緒にいたい。でも、クーはずっとそばにいてくれる
わけじゃない。だからその代わりに……クーの、君の身体の一部が、欲しい。
血や肉じゃダメだ。時間が経ったら固まったり腐ったりしてしまう。
髪や爪でもダメだ。そんなもの、赤の他人からだって簡単に手に入れられる。
そんな簡単に手に入るようなものじゃ、ぼくがクーと一緒にいることにはならない。
それなら。
( ・∀・) クー。
川 ゚ -゚) ……モララー。
ぼくたちはいつの間にか寒い屋上のフェンスの前で、互いの手の小指を絡めて手を
繋いでいる。それに気付いて、ぼくはその手をぼくとクーの顔の間に差し上げる。
血でも肉でも髪でも爪でもない身体の一部。
それがあれば、ぼくはクーといつだって一緒だ。それがあれば、ぼくはあのクズ男に
どんな目に遭わされても耐えられる。
- 126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:27:55.28 ID:frDKVB8J0
- 15.
保健室のデスクの前で、乏しい明かりの下で、クーは着ていたセーターの左袖をまくる。
それをキャスター付きの台の上に乗せて、その上のタオルに手のひらを上にして乗せた。
手のひらには、斜めに傷跡が残っていた。それはあの時の調理実習の傷だ。
薄いベージュのセーターから伸びるクーの前腕の内側は、本当に綺麗だった。
白く透き通った皮膚の下に、二本の太い静脈が青いかげりになって走っているのが
見えた。
ぼくは手元に置いた道具を確認する。
メス、脱脂綿、消毒液、タコ糸。銀色のペンチ。蒸留水の入ったボトル。ピンセット。
返しのない太い釣り針のような形をした針に、細く強い縫合用の糸。歯ブラシ。
光を反射する、腎臓に似た形の銀色をしたアルミの膿盆。そして、黒いベロアの紐。
それらがみな、電気スタンドの明かりに照らされて保健室の隅に吸い込まれていく
ような、黒く濃く細長い影を伸ばしている。シェードに掛けたタオルが揺れると、影も
揺れる。静かだ。本当に、死に絶えてしまったような静寂だ。
自分がすることなのにぼくは心臓がどきどきしてその音でいつか見回りに来るかも
しれない先生に見つかってしまうんじゃないかと大げさな心配をする。
( ・∀・) ……はじめるよ。
川 ゚ -゚) ああ……いや。待ってくれ。
その前に、ひとつだけ聞いて欲しいことがある。
- 127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:29:39.80 ID:frDKVB8J0
( ・∀・) なに?
照明は限られていて、手首から先は真っ白に照らされているけどクーの顔は暗く、
俯くと顔の下半分は影になる。クーの声は、また震えている。
川 ゚ -゚) 君は、私が一緒にいれば大丈夫だと、そう言ったな。
私がいれば、どんな目に遭っても大丈夫だって。
( ・∀・) うん。
川 ゚ -゚) なら、約束してくれ。
君の家族に、負けないでくれ。私が言うのも、おかしいかもしれないけれど。
( ・∀・) ……。
川 ゚ -゚) 暴力に、負けないでくれ。耐えるだけじゃない。
君が耐えるだけで済む問題じゃないはずだ。
川 - ) ……誰かに伝えるんだ。警察でも、学校でも、相談所でも、どこでもいい。
君の今の状態を、誰かに変えてもらうために。今のままでは、君は……。
だから私は……だから、そのために私は、君の望みを……。
- 128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:31:30.84 ID:frDKVB8J0
- ぼくにはクーの言っていることはよくわからない。
警察? 逃げるところなんてないし相談する相手もクーしかいない。
あいつからは逃げられない。戦ったって逃げたって何もできやしないからぼくは
こうやって耐えて耐えて頑張って自分の腕を切り裂くという行為に救いを見出して
それで耐えてそしてクーに出会えた。ぼくは逃げたくない。逃げられっこない。
でもクーが言っていることは間違いではないかもしれないという気もどこかでする。
だからぼくは素直に頷くことにする。
( ・∀・) ……うん。分かった。
頑張るよ。
クーもひとつ大きく頷いて、左手の力を抜いた。
クーの左手の小指を綺麗に消毒して、自分も丁寧に手を洗う。アルミのシンクを
水道の水がたたく、びたびた、という音がやけに印象に残った。
( ・∀・) きついかもしれないけど、我慢してね。
ぼくはクーの真向かいに座る。
タコ糸を取り上げて、それをクーの小指の付け根に巻きつける。縛るのは心苦しいけど
出血がひどくならないように縛っておかないと大変なことになる。
二重に巻きつけて片側の紐を輪に潜らせて両手でぐい、と引いて締める。緩まないように
引きながら結び目を作ると、クーは喉の奥で、く、と声を漏らした。
- 131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:34:18.73 ID:frDKVB8J0
- タコ糸に締め付けられたクーの指は、もっと白くなる。
ぼくはそれを見届けて、脇のデスクからメスを取り上げた。
前にクーが保健室に行ったとき、簡単な外科手術用の器具は保健室に一通り揃っている
と聞いていた。前は暴力事件とかで結構荒れた学校らしいから、いろいろ備えがあるのだろう。
( ・∀・) 行くよ。
川;゚ -゚) ……ああ。
メスを握ったぼくの手も震えている。自分の身体を切るのはすっかり慣れたけど、
大事なクーの身体に傷をつけるのは少し悲しかった。
でもぼくはぼくのためにやらなければいけない。大丈夫、クーはぼくを理解してくれるし
ぼくが彼女の身体の一部を欲しいって言ったときに頷いてくれた。だから大丈夫。
何も心配いらない。ああ、そうだ。
ぼくはそろそろ、そろそろとメスの刃先をクーの左手の小指の第一関節と第二関節の
間に近づけていく。
ぼくは、クーに身体の一部を貰う。
耐えるために。いつもクーに、ぼくのそばにいつまでも一緒にいてもらうために。
ぼくはクーの左手の小指を切り開き、その骨を取り出す。
- 132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:36:36.02 ID:frDKVB8J0
- 16.
上向きに開いたクーの左手、その小指の側面にぼくはメスを当てる。
川;゚ -゚) ……っ。
クーが息を呑む。ぼくは右手の指に少しずつ、少しずつ力を入れて、とがったメスの
先端を、クーの左手小指の外側の側面に、指に対して垂直に押し当てる。
最初は刃は通らない。押し当てた刃を中心に、押された圧力で皮膚が白くへこむ。
そのまま、手を横に動かして引く。鋭く薄い金属の刃がクーの手の皮膚を引く。
そして、皮膚が伸びきったところでメスの刃に負け、皮膚が小さく裂ける。
……ぷつり。
川;゚ -゚) つ、っ。
クーの声が聞こえるけれど顔を上げるわけにはいかない。ぼくはクーの身体を不必要に
傷つけるわけにはいかない。痛くないように、すぐに終わるように頑張らないといけない。
ぼくはそのまま刃を横に動かして、指関節のしわと平行に皮膚に切り込みを入れていく。
あまり深く刃を潜らせ過ぎると、血管や腱や周囲の組織、そして何より小指の骨を傷つけて
しまう。だからぼくは慎重に刃を動かして、皮膚だけを切るように気をつけて右手をぐるりと
動かす。
- 134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:38:26.24 ID:frDKVB8J0
- 川;゚ -゚) い、痛いっ、モララー、痛い……。
クーは自分の左手首を、空いた右手で思い切り握り締めている。そうして左手が動いて
逃げてしまわないように押さえている。
ぼくは返事をする余裕もない。慎重に慎重に、間違わないようにメスの刃でクーの指の
皮膚に切れ込みを入れていこうとする。
でも、皮膚の組織に対して垂直に切れ込みを入れるのは難しかった。
ぶつり、と手ごたえがして、右手がすべる。切り口が曲がって、メスの刃が深くクーの指に
入り込んでしまった。とたんにクーの手の指が、びくん、と跳ね上がる。
川;゚ -゚) う、くっ!
(;・∀・) わ……っ?
慌てて手を離す。クーの指を見ると、切り口は少しよれてしまっていた。不恰好に曲がった
その傷口から、血液がたまになって膨らんでくる。
ぼくはクーの指先を押さえる。じきに出血はとまったので、蒸留水を含ませたタオルで傷口を
ぬぐった。血液が洗い流されると、そこにはクーの指の内側を半周して皮下組織を覗かせる
ピンクに透き通った断面が見えた。
川;゚ -゚) う、く……っ!
- 136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:44:13.27 ID:frDKVB8J0
- クーは首を振る。首を振って、彼女の目の前でぼくが切り開いた小指の傷を見る。
顔を青ざめさせて肩で息をしている。
ぼくは、クーの左手の小指の末節骨……つまり、いちばん先端部分の骨を取り出す。
小指の先端の骨を取り出すためには、当然皮膚を切り開く必要がある。
次に、骨の表の先端、裏の根元部分に二本の腱を切り離し、最後に関節を切り離す。
その三つを外さないと、骨を身体の外に摘出することはできない。
そのためにぼくは、クーの小指の腹にT字型の切れ込みを入れることにしていた。
指関節と平行に走る真新しい傷。その線の真ん中に、ぼくはその傷と垂直に……
つまり指の伸びる方向に向けて、メスの先端を数ミリ差し込む。
川;゚ -゚) うあ、あっ。
傷口が開く。スタンドの明かりの下、皮膚の層の奥に灰色の濡れた筋状の組織が
濡れた半透明の水っぽい物質に覆われているのが見えて、スタンドの明かりに光る。
小指を縛っているからほとんど出血はない。小指の外側を通っている小動脈さえ
傷つけなければ、それほど出血の心配はないみたいだった。
( ・∀・) ……。
- 138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:46:19.45 ID:frDKVB8J0
- あまり迷っていてはいけない。それだけクーに痛い思いをさせることになってしまう。
それは矛盾している。ぼくは自分が望んでクーにこんなことをしているのにできるだけ
痛くないようにしないといけないと思っている。
矛盾という言葉がぼくは好きじゃない。その言葉はなんだか気持ち悪い。
切り口に垂直にもぐりこませたメスを、ぼくは指の先端に向かって一直線に動かした。
皮膚の組織に対して水平に走らせたメスにはさっきのような抵抗はなかった。ただ、
関節の部分のしわに差し掛かったときにかすかな手ごたえを感じただけで、あとは
簡単だった。
メスの刃は指を縦に裂き、ぷっくりとした指の先端の盛り上がりの頂点を指紋を
横切って爪と指の肉がくっついている箇所まで一気に切り込みを入れた。
川;゚ -゚) う、くうっ……!!
クーの右手に力が入る。クーは歯を食いしばり、右手で左手首を握り締めて左手は
脱力し、アルミの椅子に腰掛けた足はまるで貧乏ゆすりをするようにがくがくと揺らして
それでも自分の小指から視線を外さずまっすぐに、睨むように視線を据えている。
( ・∀・) ……クー。痛い?
川; - ) 痛い……いたい……いたい。
モララー、痛いよ……!
- 139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:48:11.85 ID:frDKVB8J0
- クーは歯軋りをするような声で答える。急がないと。
( ・∀・) 見たくなければ、見たくてもいいからね。
それだけ声を掛ける。
指には少しゆがんだT字型の切込みが入っている。傷が直角になったT字の縦棒と
横棒が交わる、切れ目が直角になっている場所にぼくはピンセットの先端を差し込む。
皮膚の表面と裏面から挟み込んで、少し浮き上がったその部分の皮膚を、指の外側に
向かってぐい、と持ち上げた。粘着質な、にちゃり、という感触がする。
ぼくはその指の皮膚を、ピンセットの先端を回して、ぐるりと裏返した。
川;゚ -゚) うっ、あ……っ!
クーが顔を伏せて声を上げる。
彼女の指の皮膚はめくれて裏返った。皮膚の裏側が、スタンドの明かりに照らされた。
指の皮膚の裏側は、表側から見るときと同じように肌色をしている。薄い皮膚はスタンドの
明かりで透き通ってその下のテーブルの色が少し見えていた。
ピンセットを固定する。指の片側の皮膚はめくられ裏返ったまま固定される。
もう片側の皮膚もピンセットで挟みこんで、同じように指の外側に向かってぐるっと裏返した。
- 140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:49:45.26 ID:frDKVB8J0
川 ; -;) うううっ、ううあっ!
クーは押し殺した悲鳴を上げる。傷の痛みのせいかそれとも露出した自分の身体の内側を
見せられたショックからか真っ青な顔のまま涙をぼろぼろと流して、それでも左手を必死に
押さえる。そんなクーを見てぼくも泣きそうになった。
クーの小指の皮膚は左右に開かれ、その内側が露出している。
出血はない。縛ってももっと血が出ると思っていたから意外だった。
小指の第一関節らしき白っぽいふくらみが見えた。その先に繋がる小指の末端の骨の根元に
近い部分には、手のひらから指の骨に沿って伸びる灰褐色の紐状の筋が延びて貝柱の
ようにぴったりとくっついている。
開かれた皮膚の影に見え隠れする骨は乳白色っぽい灰色をしている。その先端の指の
ふくらみに当たる部分の奥には黄色がかったゲル状の塊がまとわり付いている。脂肪だろうか。
それらの組織が捲り上げられた皮膚の間から覗く光景は奇妙にエロティックだった。指の
先端に向かって三角形に開いた皮膚と骨がうずめられているピンクの組織はネットで見た
無修正画像の女性器にどことなく似ているようにすら見えた。
川 ; -;) うあっ、ああっ……あああ、私の、私の指……。
痛い……っ!
クーはがたがたと足を揺らしている。足を揺らして首を振り、振り乱した髪の隙間からそれでも
涙でぐっしょりと濡れた瞳で傷口を見ている。クーは泣いている。
- 142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:51:28.57 ID:frDKVB8J0
( ・∀・) クー……頑張って。
指の関節は、指を伸ばすための腱と縮めるための腱がそれぞれ指の背中側、腹側から骨に
接合している。
人間の……というか動物の筋肉は、収縮、弛緩というふたつの動作しかすることができない。
だから関節には、関節を曲げるための筋肉と伸ばすための筋肉が対になって付いている。
曲げるための筋肉は関節の内側にあり、こちらが収縮すると関節は内側に引っ張られて曲がる。
逆に延ばすための筋肉が収縮すると、関節は外側に引っ張られて伸びる。
どちらの場合も、使わない側の筋肉は弛緩してお互いの動きを妨げないようにする。
それは例えば、開いたドアの内側と外側のノブにそれぞれゴム紐をくくりつけ、それらを引っ張り
蝶番を動かすようなものだ。もしもどちらか片方の腱が傷ついたら、ドアは開けることも閉める
こともできなくなってしまう。同じように、指の腱も片方が切断されると指は伸びたまま動かなく
なり、どこか別の場所に結び付けない限りは一生動かない。
だから、ぼくがクーの小指の骨を取り出すと、小指の腱が結びつく先は失われ、クーの小指は
もう動かなくなる。病院で手術を受ければ動くようになるかもしれないけど、おそらく無理だろう。
ぼくは彼女にそれを話した。彼女はずいぶん長い間考え、涙ぐみながら頷いてくれた。
ぼくは再びメスを握る。握って小指の開口部からそろそろと差し入れ、骨の根元に近い部分に
くっついた灰色の筋に近づけた。これが小指を曲げるための腱で、まずこれを骨から切り離さ
ないといけない。
メスの先端が触れると、クーの小指がぴくぴくと痙攣した。
- 145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:55:21.85 ID:frDKVB8J0
川 ; -;) あああ、あああああっ。
嫌だ、怖い、怖いよ、モララー、私の指、勝手に……!
(; ・∀・) もう少しだよ。もう少しだから……!
皮膚を裏返され切開された指はそれでも動く。ぼくは苦労してクーの指の先端を左手で押さえる。
活け作りの魚のようにびくんびくんと断続的に跳ね上がろうとする指を押さえつけて、腱に刃を
当てた。刃を寝かせて、骨の表面からその震える筋組織をこそげ落とすように動かした。
すい、とメスの刃が動く。
その瞬間、今度はクーの指はピクリとも動かなくなった。
切り離した腱は、柔らかいゴム紐が縮むように指の根元に引っ込んでしまった。
川 ; -;) あ、あっ。私の指、私の……指……!
今度はクーは左手に力を入れて指を動かそうとするけれど、それはできない。もうクーの小指は
ピクリとも動かない。それを実感して、クーは顔を伏せた。
川 ; -;) う、ううっ、う……っ!!
(; ∀ ) ……クー……。ごめんよ、ごめんよ、クー……。
- 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 01:58:26.53 ID:frDKVB8J0
- ぼくの言葉にクーは首を振る。顔を伏せて弱々しく首を振って、そして嗚咽した。
もう止められない。ここまできて止めることは絶対にできない。ぼくもこうなることを知っていた
のにクーが泣くのを見ているとまた涙ぐみそうになる。
ぼくは何でこんな事をしているのだろう?
自分のためにクーをこんなにも傷つけてぼくは?
そう思うけれど、その気持ちはすぐに何か別のどろどろとした熱い暗い感情に押さえつけられる。
動かしたせいか数滴の血液が開いた指の中に溜まってきていて骨の表面を浸している。
でも続けるのには支障はなさそうだ。
骨と関節の表面を伝っていた腱がなくなったので、第一関節は完全に露出している。
骨と骨の継ぎ目に濁った水っぽい、ゼラチンのような物質が覆いかぶさって丸く膨らんでいる。
ぼくはその中心あたりの場所にメスの先端を差し込んだ。
川 ; -;) ……っ!
メスが骨の表面を擦ってかりかりと振動が右手に伝わってくる。小さくて複雑な形をした
骨と骨の隙間にぼくは力を入れてメスを少しずつこじ入れていく。ゼラチン質が周囲に流れる。
半ばぐらいまで達したところで、ぷちゅっ、と水泡が弾けるのに似た音がして液体が跳ねた。
小指の先端のぼくが取り出そうとしている骨がぐらり、と動いて揺れた。
クーはもう何も言わない。ひどい貧乏ゆすりみたいに両脚をがたがた震わせて顔を伏せ、
動かない左手を握り締める手は真っ白に血の気がうせてこわばっている。ひっ、ひっ、という
引き泣きの音が聞こえる。ぼくは唐突に、クーの長くて綺麗な髪は母さんに似ていると思い出す。
- 151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:02:46.13 ID:frDKVB8J0
- 部屋は寒いはずだけどそれも気付かない。ぼくは頭と右手だけの生き物になったように必死だ。
ぼくはメスを置き先の細いペンチに持ち替えて、小指の末節骨を挟む。ペンチは切り開いた箇所の
幅よりも少し大きくて、クーの指の皮膚と内側の組織を押し開きながらもどうにかして骨の中ほどを
縦に摘んだ。
少しずつ力を入れて、指の根元側に引きながら持ち上げていく。
指の外側の先端部分に繋がった腱はまだそのままだ。このまま取り出すことはできない。
だから一旦指の骨がクーの指の肉から完全に持ち上がったところで、またメスを持つ。
骨の下に潜らせて爪の内側辺りをめがけて差し入れる。
カキの貝柱を外すように、骨の隙間から少しだけ覗く平たく白っぽい組織を、骨の裏側に沿わせた
メスで切り離した。
これで、クーの小指の骨は完全にはずすことができる。
川 ; -;) ……っ、ひっ……。
( ・∀・) もう少しだよ。もう少しだから、クー。
浮いた骨をピンセットでそっと摘む。指の先端に向かってT字型に切ったから指の先端部分は
細くて、根元側にずらしてやらないと取れない。
ぼくは慎重に、切開部を広げないように、骨を傷つけないように、息を止めて骨を持ち上げる。
最後に、骨の先端部分が切り口の先端に少し引っかかる。それを揺らしてそっと外すと、ぼくは
ゆっくり、ゆっくり……ゆっくりと、骨を摘んだピンセットを引いた。
- 152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:04:16.12 ID:frDKVB8J0
ずるり、と音がしたような気がした。
右手に伝わる抵抗が完全になくなって骨の重さだけになったとき……スタンドの明かりに、
ぼくの目の高さに、クーの小指の肉から外れ取り出された、小指の末端の骨があった。
(; ・∀・) ……はああ、あっ。
大きな、大きなため息をつく。
それをぼくはそっと膿盆に置いた。
その、かつん、という小さく澄んだ音を聞いて、クーはこらえきれず声を上げて泣いた。
小指の先端にはもう骨がなくて、ふにゃふにゃになった指の肉と組織が、肌色とピンクと
赤と白の湿ったちっぽけでがらんどうな空間を残して揺れる明かりの中に残された。
- 155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:05:56.79 ID:frDKVB8J0
- 17.
それからぼくは十何分も掛けて、クーの指を縫った。
クーは涙が残る顔で、ふらふらと揺れて動かない自分の指を見た。
そしてまた、涙をぽろぽろとこぼした。
川 ; -;) うう、っ、モララー、モララー……っ!
( ・∀・) 大丈夫、もう大丈夫だよ。終わったから、もう大丈夫。
クー、ありがとう……ありがとう。
( ;∀;) ……ごめんよ……っ。
取り出した左小指の末節骨には、腱の残骸と血、そして関節の粘膜がこびりついている。
ぼくはそれを丁寧に、冷たい水道の水で洗った。歯ブラシを使って表面の組織を洗い流し、
骨を傷つけないように磨いた。
外れたクーの指の組織を流しやゴミ箱に捨てるのは嫌だった。だからティッシュにくるんで
鞄にしまいこんだ。後で燃やして埋めるつもりだった。
末節骨は先端が細く中程にかけて少しくびれていて、根元の部分は膨らんでいる。
どことなく男性器に似ているようにも見えるそのふくらみの部分に、ぼくはベロアを掛けて
結び目を作った。そして長さを調節して、自分の首に掛けた。
- 158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:08:02.73 ID:frDKVB8J0
- ぼくの胸元で、クーの身体の中にあった骨は温かく、ゆったりと脈打っているように思えた。
もう、大丈夫。もう、大丈夫だ。
これでぼくは……これでぼくは……。
ぼく、は?
後悔していた。同時に満足していた。
全く逆のことを考える二人のぼくが自分の中にいるようでぼくは嬉しくて同時に居心地の悪い
気分になりながらクーの肩を抱いた。
校門を出て、僕たちは指切りをする。
それは約束。
ぼくは、クーとの約束を守ることを。クーは、ぼくとの約束を守ることを。
互いに誓って、小さな声を合わせて約束の言葉を継いで、あの日ぼくが小指をクーの目の
前に差しだしたように差しだして、動かないクーの左手の小指をぼくは自分の小指で支えて
言葉を交わす。
ゆびきり、げんまん。
うそついたら、はりせんぼん、のーます。
ゆーび、きった。
- 159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:10:48.57 ID:frDKVB8J0
- 18.
それから何日かは、静かに過ぎていった。
あの男はたびたび外出していた。あいつがいなくなると母さんはご飯を作ってくれて、
二階のぼくの部屋に持ってきてくれた。
久しぶりに炊きたての白米を食べたぼくは泣き出してしまった。
温かいご飯を母さんの目の前で頬張っていると色々なことが、昔の色々なことが急に
思い出されて、ぼくは涙を流しながらご飯を食べた。
そのぼくを見て、母さんも同じように泣いて、ぼくの肩を抱いた。
(;、;*川 ごめんね……ごめんね。
私、やっぱり間違ってたのかな。私……。
そして、ぼくのそばにはいつもクーがいてくれた。
ぼくの胸で、クーの骨はいつも温かくて、目に見えない力でぼくを守ってくれている気が
する。あのクズ男に殴られることは何度もあった。
ぼくはまだ、あいつに反抗することができない。
でも、反抗することはできなかったけど、従わないことはできた。
ぼくはもう、あいつに殴られても惨めに床に転がったり、泣いたり、うずくまったりはしない。
こらえられるだけこらえて、それであいつの顔を睨み返してやった。
- 161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:12:57.70 ID:frDKVB8J0
- 男はぼくが屈服しないのを知って逆上しぼくを殴る。冬休みだからばれないと思っている
のか遠慮なくぼくの顔面を殴る。
(; ・∀・) ……っ!
ぼくの唇は切れて、拳をぶつけられた鼻からは鼻血が流れている。
でもぼくは、身体を起こして男を睨む。ただ、睨み付ける。
_
(# ゚∀゚) ちっ、胸クソ悪ぃ。
ガキ、覚えとけよ。後悔するなよ。お前、俺に逆らって後悔するなよ!!
ぼくは、ようやくぼくがすべきことが分かったような気がする。
クーの骨を身に付けるようになってから、ぼくは自分の腕を切るのをやめた。
代わりに辛いときはペンダントの骨を握り締めてクーの名前を呼んだ。
小声でも声がかれるくらい何度も何度も呼んだ。助けて、そして、ごめん、と、一緒に呟いた。
ぼくは電子メールは嫌いだ。ぼくはクーの肉声を聞きたい。クーが携帯に打ち込んだ
文字を見たいわけじゃないからメールは送らなかった。
クーの電話番号は知っているけど、電話で話す声をあの男に聞かれるのが嫌だった。
ぼくが女の子と付き合って話しているのを知ったらあいつはそれを理由にぼくをまた
屈服させようとするに違いない。弱みを見せるのは、ごめんだ。
そして、あれから五日ぐらいが経った。
- 163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:18:54.16 ID:frDKVB8J0
- 19.
夜中にどたどたどた、と乱暴な足音が階段を上ってくるのに気付いてぼくは慌ててパソコンの
電源を落とした。ぼくがパソコンで遊んでいるのが知れたらあの男は間違いなくパソコンを
壊すだろう。
椅子に座って警戒するぼくの背後で、ドアが、ばん、と開かれた。
聞こえてきたのはヤケに馴れ馴れしいクズ男の声だった。
_
(* ゚∀゚) よお〜、ガキ。元気してっかぁ?
ぼくが椅子から立ち上がろうとするよりも早く、男はぼくの両肩を上から押さえつけて
動けなくする。男は全身から酒臭い臭いを発散させていて声も多少ろれつが回ってない。
こんな男を見るのは初めてだ。
_
(* ゚∀゚) なんだよ、つれなくすんなよな。せっかく俺様が親子のふれあいの時間を
作ってやってんのによお、お前は逃げんのか? あ?
(; ・∀・) ……
両肩をぎりぎりと押さえつけたまま男は横からぼくに話しかける。声がうるさい。
- 166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:21:04.74 ID:frDKVB8J0
- _
(* ゚∀゚) よお。お前な、最近えらく反抗的じゃねーか。なんか企んでんのか?
なんか不満でもあんのかよ。聞いてやるぜ……へっ。どうよ?
なんのことはない。こいつはぼくが最近反抗的なのが気がかりで、それに探りを入れに
来ただけなんだ。そう気付いてぼくは急にばかばかしくなって視線を前に戻し、男の方を
見ないで黙ることにする。
_
(* ゚∀゚) ……。おい。
( ・∀・) ……。
男がぼくの目を覗き込む。ぼくはそれを無視する。背中がピリピリして額に汗が浮かんで
くるのが分かるけど、負けない。服従はしない。
でも、その日は状況が違った。
酒が入っている男はいきなり、一気に逆上した。
_
(# ゚∀゚) ……ちっ。
んだよ、コラァ!!!
(; ・∀・) ……!
- 168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:23:03.80 ID:frDKVB8J0
- 男はものすごい力でぼくを掴み上げて、開いたままのドアに向けて投げ飛ばした。
ぼくは部屋を転がり出て反対側の壁に当たる。
(; ・∀・) う、っ……。
咄嗟に男を見る。男はテーブルを思い切り拳で殴りつけて、それから椅子を掴んで部屋の
反対側に投げ飛ばす。荒い息と一緒に、クソ、と悪態をついて、部屋を出て来てぼくの前に
立った。ぼくは動けない。
_
(# ゚∀゚) なに考えてんのか知らねえけどよ、あんま俺をなめんな!!
もういいよ、たまに話聞いてやろうっつってんだろうがよ! もう知らねえよ!!!
(; ・∀・) ……!
ぼくは恐怖を感じた。
こいつにはもう、いつも以上に何をしても無駄だ。
男は何の遠慮もなくぼくの背中を蹴って、服を掴む。
そうしてぼくの頭の方向にある下り階段に身体を向けた。
次の瞬間、ぼくのからだを階段に向かって突き飛ばした。
ぼくは突き飛ばされながら短い時間で何とかバランスを取って階段の脇の手摺りを掴もうと
手を伸ばす。けれどそれはもう一歩のところで失敗しバランスを崩したままのぼくは階段を
二階から一階までほとんどまっさかさまに、転がりながら落ちた。
- 170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:25:00.11 ID:frDKVB8J0
(; -∀-) うっ、ぐっっ!
どうにか頭だけは庇ったけれど、背中と腰と肘と膝を飛び出た階段と側面の壁に
ぶつけながらぼくは一階のリビングの入り口まで落ちた。
全身がずきずき痛んで、その上回転しながら落ちたから平衡感覚を失って目眩が
ひどい。吐き気もするし、目の上から熱くてぴりぴりする液体が流れ落ちるのも感じる。
頭のどこかを切ったみたいだ。
男がどかどかと降りてくる。
_
(# ゚∀゚) てめぇ、生意気なんだよ。ガキは大人に従ってりゃあいいんだよ!
教えてやるよ。てめぇがションベン漏らすまで教育してやるよ!!!
完全に目が据わった男はまたぼくを掴みリビングに向かって投げ飛ばす。ぼくはまた
転がる。三度目に男がぼくを掴み上げたとき、ぼくの襟首から黒いベロアの紐が反動で
はみ出た。
_
(# ゚∀゚) なんだ、こりゃ?
男はぼくを押さえつけながらそれをむしり取る。
男の目の前に、クーから貰ったペンダントが、クーの骨のペンダントが、姿を現す。
- 177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:27:06.78 ID:frDKVB8J0
- _
(# ゚∀゚) お前いっちょまえに色気づいてんじゃねーよ……なんだこれ?
げ、気持ち悪ぃ。
けっ、ダセーんだよ!! クソガキがキモいアクセ着けていきがってんなよ!
(; ∀ ) っ!!
ださい? キモい?
クーの身体の一部が? ぼくが誰よりも大事にしているそれが、気持ち悪いって?
クーが……悩んで、ぼくのお願いを断れなくて、泣きながら差しだしてくれたそれが?
(; ∀ ) ……。
_
(# ゚∀゚) なんだよその顔。怒ってんのか? あ? 怒ってんのかよ?
クソキモいガキが、生意気にキレてんのかよ?
(; ∀ ) ……かえ、せ。
顎が痛い。口の中が乾いて頭もがんがんして、目眩もまだ治らない。
その中で、ぼくは……湧き上がった自分の感情に素直に従って行動した。
それは、初めてのことだった。
(# ;∀;) 返せ……それを、返せよっ!!!
- 179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:29:41.07 ID:frDKVB8J0
- ぼくは拳を握り締めてクズ男に突進した。あれを取り返す。誰にも渡さない。ただそれだけを
考えた。敵うかどうかなんて考えもしなかった。ただ叫びながら男に身体をぶつけた。
_
(# ゚∀゚) ガキがっ、うぜえんだよ!!
けど男をよろめかせることもできない。逆に男が振り回した腕が、ぼくの無防備な顔に
直撃してぼくはよろけて後ろに数歩下がる。
リビングから繋がったキッチンの棚に腰をぶつけて座り込んだ。
_
(# ゚∀゚) お前……逆らったな。親の俺に逆らいやがったな!!
許さねえ。ブッ殺してやるっ!!!!
骨のペンダントを握り締めて腕を振り回し、酒に酔った顔をさらに赤く膨れあがらせて
男は怒鳴り、こちらに向かってくる。
(# ;∀;) ちくしょう、っ。ちくしょう、ちくしょう、畜生……っ!!
許さない。ぼくだって許さない。元はと言えばお前のせいでぼくは惨めで、でもクーは
自分の身体を犠牲にしてぼくにするべきことを教えてくれた。
犠牲? ……違う。ぼくのわがままで。ぼくはいたずらに、彼女に一生残る傷を付けた。
その事情をこのクズが知っているはずがない。でも、クーを侮辱することは許さない。
絶対に許さない!
- 180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:31:24.15 ID:frDKVB8J0
- 目の前が真っ赤になった。
ぼくは背後のプラスティックのカゴに手を伸ばした。そこは洗い物を入れるためのもので、
母さんがそこに洗い終わった包丁を立てかける癖があるのをぼくは知っている。
濡れた木の取っ手、重い金属の刃。
ぼくは右手でそれを掴み男に向かって突き出し前進を阻む。
_
(; ゚∀゚) なっ……?
男の全身がぴたりと止まる。
(# ;∀;) ……返せよ。
_
(; ゚∀゚) お前、そんなモンどうするつもりだよ? ええっ、俺を刺そうってのか?
(# ;∀;) うるさいっ! いいから返せよ!
ぼくのペンダント、さっさと返せよっ!! 早く!!
ぼくは包丁を振り回しながら叫ぶ。泣きながら叫ぶ。
_
(; ゚∀゚) わ、分かった。分かった、返すって!
- 182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:33:58.04 ID:frDKVB8J0
- クズは少し意気消沈した様子でぼくを見ていたが、ペンダントをこちらに放り投げた。
乳白色の骨が、床に落ちる。ぼくは、床に転がったそれを見る。
ごめん、クー、ごめん、手荒に扱ったりして、君をあの薄汚いクズに触らせたりして
ごめんよ、許してくれ。
……戦うんだ。
クーの言葉が蘇る。
ぼくは右手の包丁を見る。それからクズを見る。そして床の、骨のペンダントを見る。
戦うって何だろう。
殴られても黙っていること? 包丁を振り回すこと?
こいつに逆襲して手傷を負わせること?
違うんだ。
きっと、そのどれでもないんだ。
_
( ゚∀゚) どうしたよ。返してやっただろ? そのキモいペンダント。
お前もそんなモン下ろせよ。それでどうする気だよ? え?
男が言う。
ぼくは動かない。動かないけれど、ちらりと床のその骨を見る。
( ;∀;) ……。
- 184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:35:57.23 ID:frDKVB8J0
- その瞬間、クズがダッシュした。
ぼくが床に気を取られている間にぼくを殴るか包丁を奪おうとしたのだろう。
そしてそれを実行に移した。
ぼくは。
( ;∀;) ……。
ぼくはあいつが走ってくるのを見ていた。たった三歩ぐらいの距離を拳を振り上げ
目を吊り上げて醜い、本当に醜い形相で走ってくるのを見ていた。
それを見てから包丁を振り上げた。
そして、前に何度もしていたように自分の左腕に振り下ろした。
何度も切っていた左腕の上腕部を包丁でざっくりと切った。
_
(; ゚∀゚) なっ!?
男が立ち止まる。
今までのどんなにひどいときよりも深い傷が付いた。最初に傷が開いてそれから
血液がにじみ出してくるのではなくていつもよりも濃い赤の血液がどっと流れ出た。
_
(; ゚∀゚) お、お前……お前、何考えてんだよ!!
- 186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:38:23.22 ID:frDKVB8J0
- 腕を切って満足を覚えていたぼく。その自分自身が歪んでいたことにぼくはようやく
気付いていた。二人で話をするときにクーが何度も口を開き言いかけたことの
その内容にようやく気付いていた。
ぼくは今までそれに気付かなかった。歪んだぼくが満足できるというそれだけのことで
クーの身体を……。
( ;∀;) ……ぼく。やっと、やっと気付けたけど……でもぼくは、ぼくはなにも
できることなんかなくて、それで……ぼくにできる反抗はこれだけで……。
_
(; ゚∀゚) お……おい?
( ;∀;) だって、みんな大事なんだよ? 母さんも、クーも、友達も、だから
ぼくにできるのは自分を責めることだけで、そんなぼくをクーは、
クーはぼくを思って、無茶苦茶なぼくのお願いを聞いて小指の骨を、それで……!
_
(; ゚∀゚) おい、なあ。小指の骨って、おまえ、それ、まさか。
(# ;∀;) うるさいっ!!!!
ぼくは包丁を振り上げる。振り上げて、また自分の左腕に振り下ろす。
また深い切り傷ができて血が流れる。さっきの5センチぐらい隣を切ったら深く切れた
腕の皮膚は重力に負けてハムみたいにピンクと黄色の断面を見せて腕からぷらん、
と垂れ下がってまた血がどっと溢れる。
- 188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:41:11.15 ID:frDKVB8J0
- ( ;∀;) ……ぼくはバカだ、ぼくは、ぼくのせいでこんな、こんな……。
許して、クー。正しいのはやっぱり君なんだ。ぼくはおかしくなっていて、
それでこんな自分の、君の身体を傷つけるようなバカな真似をしてぼくは
辛かったのに、こんなことをして自分を慰めるばっかりで……。
ぼくは戦わなきゃいけなかった。
自分の居場所を作るために戦わなきゃいけなかったんだ。
それはぼく自身を守るためじゃなくて、ぼく自身がぼくとして生きるために
戦わないといけなかったんだ……。
迷ってた。母さんを傷つけるんじゃないかって。ぼくももっと傷付くんじゃ、って。
でも、違ったんだ。クー。ぼくは、ぼく自身のために戦わないといけなかった
んだよね。そうなんだよね……クー……。
こんなバカの、クズのために何も遠慮なんてする必要なかった。
ぼくが弱いせいでぼくも母さんもクーもみんな傷つけてしまって、
取り返しが付かなくて……。
違うんだ。ぼくは何もできなかったんじゃない。ただぼくは、ただぼくは、
最初から、最初から……こう、最初から、こうするべきだったんだ……!!
ぼくは……なんで、なんでこんなになるまでそれに気付かなかったんだ!!
ぼくは包丁を思い切り振り上げた。振り上げて男の顔を睨み付けた。
_
(; ゚∀゚) っ!!!!!
ぼくは……ぼくは、右腕を振り下ろした。
- 192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:43:44.45 ID:frDKVB8J0
- 思い切り勢いを付けて、包丁を――クズのすぐ脇の、隣の家に面した出窓に向かって。
全力で投げつけた。
ものすごい音がしてガラスが割れる。
粉々になったガラスが飛び散って出窓に落ち包丁は隣の家の壁にぶつかって音を立てる。
_
(; ゚∀゚) おま、おまえ……。
(# ;∀;) ……泥棒。
そして腹の底から振り絞る声でぼくは叫ぶ。
(# ;∀;) 泥棒!! 返せ!! 昔の母さんを返せ!!
ぼくの父さんが貯めたお金を返せ! 泥棒ッ!!
ぼくと母さんから奪った時間を返せ!!
ぼくがお前のために使った時間を、お前を怖がって何もできなかった時間を、
僕たち家族の幸せを、家を、居場所を……全部、返せっっ!!!!
男は恐ろしいものを見るような眼でぼくを見ている。
隣の家の窓が開いて、なにかの会話を交わしているような声が壊れた窓から漏れ聞こえる。
隣家の人たちは、この家で何かが起こっていると気付くだろうか。
気付かなくても、その時はぼく自身が気付かせればいい。
本当に必要なのは、それだ。
- 193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:45:13.65 ID:frDKVB8J0
- ぼくはこいつの思う壺だった。
助けを求めることすら出来ないと、そう思わされていた。こいつの暴力のせいで。
逃げられないと思っていたぼく自身が、間違っていたんだ。
慌てた表情になり窓の方を見る男を尻目にぼくは床に落ちたクーの骨を拾い上げて
リビングの出口に向かった。
_
(; ゚∀゚) お、おい、お前っ!
(# ;∀;) ぼくに、触るなっ!!!
男は咄嗟にぼくを掴もうとする。ぼくは痺れ始めた左腕を振り回す。血液が男の顔に
降りかかって男は奇妙な声を上げ、床に落ちた地に足を取られて床に尻もちをついた。
_
(; ∀ ) ひひいいぃぃっ!
ぼくはそのまま、玄関を出た。玄関のドアを開いたときに二階からぱたぱたと母さんの
足音が聞こえたけど、振り返らずに外に出た。
- 198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:48:25.14 ID:frDKVB8J0
- 20.
家にいる間は気付かなかったけど、外に出ると雪が降っていた。
真っ暗で静かな夜空をちらちらと、真っ白で綺麗で、どこかはかない小粒の雪が
それでも止まらずに降り続けていた。
ぼくは右手に握り締めたクーの骨に呟きかける。
( ・∀・) ……ねえ、クー。ぼく、あれでも、戦った、って言っていいのかな。
ぼく、これでも頑張ったんだよ。
結局……また、自分の身体、傷つけちゃったけど。
左腕の出血は、幸いしばらくすれば止まりそうだ。けど、あまり痛みはないけど
痺れたようなじんじんとした感覚が残り続けていて上手く動かない。
頭が、ぼうっとする。
それは前にカッターナイフで腕を切ったときのような心地良い感覚とはかけ離れて、
重く不快だった。ぼくはいままで、こんなものを心地良いと思っていたのかと思った。
ぼくは不意に思い立ち、クーに電話をかけてみようとする。左のポケットに入った
携帯電話を上手く動かない左手で取り出し、血がべっとりと付くのも構わずに電話帳を
開く。けれど左手がひどく痺れていて、通話ボタンを押した途端にそれを地面に取り
落としてしまった。
- 202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:51:11.42 ID:frDKVB8J0
( ・∀・) ……あ。
雪がうっすら積もり始めたアスファルトには、ところどころにこびりつくようにして雪が
積もり始めている。黒い濡れたアスファルトに次から次へと落ちる雪は周囲の環境音を
その中に吸収して音さえそそいで地面に落ちる。
ぼくの携帯電話はその白い雪の上で淡いグリーンの光を発して明滅を続けている。
拾い上げようとする手からまた血液が滴って、携帯電話の隣に落ちる。
雪。雪。
どこまでも真っ黒い空の下、燐光を発するような明るい水の結晶。
吐く息。
白い、しろい……冬の大気の下で、いつまでも……。
- 204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 02:53:46.19 ID:frDKVB8J0
- ……白い雪に、赤い血液が落ちて、それをグリーンのイルミネーションが照らして……。
ああ。
( ・∀・) ……ああ。
そう言えば今日、クリスマスだったんだ。
左手で苦労して、何十秒もかけてぼくは携帯電話を拾い上げる。
ディスプレイには「通話」の文字が大きく表示されて、秒数が進んでいく。
ぼくはそれを、そっと耳に押し当てた。
ぼくは約束を守った。
次にそこにあるのが救いかどうかはぼくにはまだ分からない。
償わないといけないことがある。
ただ右手の中で、その白いもう一つの心臓が優しく鼓動を打った。
<終>
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