- 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 19:30:27.07 ID:BchiYuDX0
- lw´‐ _‐ノv
私の名前は秋
この一文字で「しゅう」と読む
その日、街の学校に行っていた兄が、
ひさしぶりの里帰りをするというので、
家の者はみな、朝から出迎えのしたくで大忙しだった
- 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 19:34:45.64 ID:BchiYuDX0
- だから朝餉の膳が出たのは
お日様もすっかり空に姿を見せてから。
川 ゚ -゚) おい秋、さっさと食え
lw´‐ _‐ノv むぐ
川 ゚ -゚) この後もわんさと仕事があるんだぞ
lw´‐ _‐ノv そんなんいうても
姉の空は意地悪だ
川 ゚ -゚) 食えぬか、食えぬならば手伝ってやる
lw´‐ _‐ノv あっ
姉に朝餉の魚を一尾取られた
くやしい
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 19:39:16.75 ID:BchiYuDX0
川 ゚ -゚) ほれさっさとせんか
食べ終わると休む暇もなく、姉に急かされ立ち上がる
lw´‐ _‐ノv お姉、待って
崩れた裾を直して、帯も締めなおす
川 ゚ -゚) 急げ来い まったくのろまなやつだ
そうして私たちは、土間に向け駆ける
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 19:45:43.15 ID:BchiYuDX0
- かまどの前には使用人たち
大きな釜から、真っ白な湯気が吹いている
lw´‐ _‐ノv あっ
私の大好きな、お米のにおい。
普段の粟も、稗のままもおいしいけれど
私はやっぱり米が好き
なんといっても、いちばんうまい。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 19:48:54.19 ID:BchiYuDX0
- かまどの脇では、広げたむしろに、
平たいざるにあけた赤飯が並べられている
家の女たちがそれを一つ一つにぎって、
赤飯のおにぎりを作ってる
川 ゚ -゚) 急げ
言われて私は、あわてて仕事の列に加わって、
ざるの一つに手をのばす
とたんに空は、私の頭をぽかりとやった
川 ゚ -゚) バカ、手を洗え
lw´‐ _‐ノv むー
私は痛む頭を抱えて姉を睨む、
急げとせかしたのは空だ
でも空は、不満げにしてる私のことなど気にも留めない様子で、
川 ゚ -゚) 衛生観念の無いやつだ
自分は手水の桶から水を掬ってごしごし洗う。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 19:54:27.67 ID:BchiYuDX0
せっせ、せっせ
塩の水に手をつけて、ざるのごはんを俵に作る。
あまあい赤飯のかおりが土間に満ちて、
私はけっこう幸せだった
ξ゚听)ξ 秋ちゃん、じょうずね
隣でおにぎりを作っていたいとこの津ねえさんが
私のおにぎりをほめてくれた
lw´‐ _‐ノv えへへ
そうしたら空はじろりと私をにらんで、
新しいお赤飯の載ったざるを、私のところにまわしてきた
lw´‐ _‐ノv あちっ
そのごはんは炊きたてで、
手でさわれないほどにあつかった
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:00:31.47 ID:BchiYuDX0
- まひるごろに兄さんは汽車でとなり町について、
そこから歩いて、昼下がりにはこの村にたどり着くそうな。
そこで、家の者はつれだって、
村はずれまで兄さんを出迎えに出た
くまぜみの鳴く中を、私たちは父さんを先頭に、ぞろぞろと歩いた
土の道の両側には、丈の高い夏草が生えていた
(,,゚Д゚) こりゃあそろそろ、道作りをせんといかんな
村の庄屋でもある父さんが言った
道作りは、道の両側の草をえんえんと刈っていくのがつらいから、
後に続く私たちはみんな嫌な顔をした
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:04:40.63 ID:BchiYuDX0
村はずれの、木陰になっているところで私たちは待った
野良仕事の村人たちは、まひるどきにはみな家に帰ってしまうので、
沢沿いのみどりの田んぼには人っこひとり、いない
夏の暑い日だったからだ
桑畑にも人がいない。
空はきらきらと青くて、
白い雲が地平線に湧いている
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:09:58.22 ID:BchiYuDX0
やがて道のむこうに兄さんの姿が見えた
母さんが手を振って呼びかけた
兄さんが手をあげて答えた
兄さんはこの暑いのに、黒のつめえり学生服に、黒い学帽だ
('A`) 父さん母さん、ただいま
兄さんは汗をふきふき言った
黒いりっぱな学生服には、汗がしみだしていて、
ほんとうに暑そうだった
(,,゚Д゚) おう
父さんはそっけなくそういっただけだったけど、
嬉しそうだった
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:14:16.98 ID:BchiYuDX0
それからみんなでぞろぞろ家に帰った
兄さんは先頭に立って、父さんや母さんと話しこんでいた
空姉は毒兄さんをばかにしてたから、
川 ゚ -゚) なんだ、あんなやつ
と不満げだった
lw´‐ _‐ノv にいさんは、どんな学問してるの?
って空姉に聞いたら、
空姉はまたげんこつで私をおどかした
川 ゚ -゚) あんなばかに、学問ができるはずがない
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:21:12.06 ID:BchiYuDX0
- 私の家は村で一番大きい
大きな母屋が一つに、離れが三つ、小屋が六つもある。
離れには分家の人たちが住んでいて、
母屋には私たち本家と、その使用人たちが住んでいる
(,,゚Д゚) 夕餉は、午後六時からにする
洋服の隠しから銀時計を取り出して、父さんは宣言するように言った
兄さんの歓迎会を兼ねた夕餉だ
六時まではまだ時間がある
それで出迎えに出ていた私たちは、
めいめいちりぢりになった
私は母屋の家の中に入った
ひんやりとした空気が、夏の暑い日には心地よかった
天井の真っ黒な梁についたひらひらが、いつもどおりに私を出迎えてくれた
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:27:02.34 ID:BchiYuDX0
- 縁側にすわって外を見てたら、
いつもの着物に着替えた毒兄が隣にやってきた
('A`) 秋、元気にしてたか
lw´‐ _‐ノv うん!
私は毒兄が大好きだ
昔から毒兄は体が弱いけど本が好きで、物知りだ
毒兄はこの家のあととりで、長男だ
だから「毒」なんておかしな名前がついている
このあたりの村では、大事な長男が悪い魔物に連れて行かれないように、
わざとへんな名前をつけるんだそうな
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:32:08.99 ID:BchiYuDX0
lw´‐ _‐ノv 兄さん、お江戸の話を聞かせてよ
('A`) ははは。秋、いまはお江戸は、東京っていうんだよ
lw´‐ _‐ノv えっ、そうなん
川 ゚ -゚) 秋のばあか。徳川の殿様がいなくなって以来、あそこは東京府っていうんだ
空がやってきて、私の隣に腰を下ろした
空姉も毒兄に劣らず物知りだ
男だったら、さぞかし学問で成功したに違いない
空は冷えた瓜を持ってきてくれた
私たちはそれを食べた
甘くておいしい。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:37:16.26 ID:BchiYuDX0
lw´‐ _‐ノv 毒兄は、東京でなにをしてるの?
('A`) 東京には、お国が立てた「大学」という学校があってね
川 ゚ -゚) 東京帝国大学っていうんだ
lw´‐ _‐ノv ふーん
('A`) それで、夏の間は大学が休みだから、こっちに帰ってこれたんだ
私は瓜の種を庭にふきとばしながら、兄の話を聞いた
つぶつぶやじゅずだまが、私のふきだした種に、ふわふわと寄っていった
lw´‐ _‐ノv 農学? 軽工業?
('A`) つまり養蚕、蚕の勉強さ
lw´‐ _‐ノv へー… うちで飼ってるお蚕様が、学問になるんか
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:45:21.50 ID:BchiYuDX0
夕餉の時間には、家の者が一の間にずらりと勢ぞろいした
本家とその使用人、分家の者、合わせて五十人ほどだ
お膳が据えられ、ランプに火が入れられた
(,,゚Д゚) よし食え
父さんの合図で、夕餉が始まった
lw´‐ _‐ノv うめえ
赤飯のおにぎりは、すごくおいしい
私は米が大好きだ
川 ゚ -゚) がっつくな、いやしい
空姉が脇から、ちくりと言った
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:50:26.57 ID:BchiYuDX0
父さんはしじゅう上機嫌だった
自慢の息子が、都会の大学から帰ってきたのだ
(,,゚Д゚) なに? ギンザ?
('A`) ええ。デパートという、大きな石造りの店ができましてね
(,,゚Д゚) そいつはいい。わが国の文明も、じつに発展したもんだ
杯を片手に、父さんは大笑いした
汁のお代わりが始まって、使用人の女たちは忙しく立ち働き始めた
(,,゚Д゚) おうい、酒がねえぞー
父が私たちに向かって声をかけた
父へのお酌は、使用人でなく、私たち家族の女の役割だ
川 ゚ -゚) 秋、行って来い
lw´‐ _‐ノv ええー
私が渋ると、空はげんこつを振り上げたので、
私はいそいで逃げるように土間に立った
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 20:57:37.74 ID:BchiYuDX0
- 薄暗い土間の梁には、やっぱり白いひらひらが何匹かいて、
半透明の身をくねらせていた
('、`*川 あら秋さん、どうなさったの
ひらひらに気を取られてぽかんと上を見上げてる私に、
使用人の伊藤さんが気づいて、声をかけてくれた
lw´‐ _‐ノv あ。お燗、ください
('、`*川 ああ、はいはい
伊藤さんは平釜の湯からお銚子を何本か引き上げて、
盆に載せて渡してくれた。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:01:02.61 ID:BchiYuDX0
- その日、男たちはしたたかに飲んで、
夜も早いうちから酔いつぶれて、さっさとみんな奥の間で寝込んでしまった
使用人たちは後片付けにおおわらわ。
私と空姉は、女部屋が片付けの使用人たちであわただしいので、
眠ろうにも眠れず、手持ち無沙汰に家の中をうろうろしてた
雨戸の開いた縁側に出て、私はしばらく月明かりを見てた
すると、廊下の端にふわふわがいるのを見つけて、
私はその行方をじーっと目で追った
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:04:03.65 ID:BchiYuDX0
('A`) あっ、秋、まだ起きてたのか
庭に毒兄さんが出ていた
厠に立ったのだろう
月の青い光に照らされて、
ただでさえ不健康そうな毒兄が、いっそう貧弱に見えた
lw´‐ _‐ノv うん。部屋が片付けでうるそうて、寝れん
('A`) そうか
そして兄さんは背を向けかけたが、
また改まって、私を見た
('A`) なあ秋、お前、まだ「見える」のか?
lw´‐ _‐ノv ん?
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:07:02.03 ID:BchiYuDX0
('A`) さっきだってお前、何も無い廊下の端なんか眺めてて・・・
lw´‐ _‐ノv えっ
私は廊下を振り返った
ふわふわは、ちゃんとまだあった
lw´‐ _‐ノv でも、ほら、あそこ
('A`) ・・・・
川 ゚ -゚) この子はばかなんだから、しょうがないさ。毒
空姉がうしろから言った
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:12:20.81 ID:BchiYuDX0
lw´‐ _‐ノv ふわふわ、見えないの?
('A`) うん、見えないな
lw´‐ _‐ノv そっか・・・
私はしょんぼりした
すると毒兄は私の頭をなでてくれた
('A`) ま、お前くらいの年の子は、そういうもんさ
そう言って、厠の小屋へと歩いていった。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:18:22.29 ID:BchiYuDX0
それからしばらくたった
毒兄はずっと家でごろごろしてた
五日たっても十日たってもごろごろしてた
lw´‐ _‐ノv ねえ毒兄、こっちで学問はしないの?
畳の居間でねそべってる毒兄に、私は声をかけた
('A`) ハァ学生は気楽な商売
デカンショデカンショで半年暮す
あとの半年ァ寝て暮す
lw´‐ _‐ノv なにそれ
毒兄は大儀そうに身を起こした
着物がはだけて、ふんどしもゆるい
('A`) 流行り唄だよ。デカンショっていうのはね・・・
川 ゚ -゚) おうい秋、桑の葉摘みにいくぞー
家の外で空姉が大声で呼んだので、
私はあわてて土間にとんでいった
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:25:49.28 ID:BchiYuDX0
- 草履を履いて外に出たら、空姉はいきなりごちんと私をぶった
川 ゚ -゚) 遅いぞ なまけ者
痛かったので、私は頭を押さえて口をとがらせて、
lw´‐ _‐ノv ちえっ、毒兄ちゃんは働かなくていーなー
川 ゚ -゚) ばか 毒は愚図だけど、桑の葉摘みは女の仕事だ
私と空姉は、まず土蔵に行った
桑の葉摘み用の大きなかごを取りに行くのだ
土蔵の外では何人かの職人さんがいた
白い壁に、薄墨で大きく何かの絵を描いていた
街の景色のようだった
(,,゚Д゚) これはギンザの景色だ
lw´‐ _‐ノv ギンザ?
(,,゚Д゚) 東京の街だ。毒が見てきたとおりに描かせてる
父さんが誇らしげにそう言った
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:30:25.01 ID:BchiYuDX0
私と空はかごを背負って、桑畑に行った
その日もよく晴れて暑かった
あちこちに桑の木が生えている
広い桑の葉を、かごに入れる
ばっさばっさ
桑の葉を摘むのは、お蚕様のエサにするためだ。
そうして太らせたお蚕様に、絹の元になる糸を吐いてもらうのだ。
lw´‐ _‐ノv お蚕様は、こんなもの食べて、うまいのかなあ
私が葉っぱを眺めてそう呟いたら、
空姉がばかを見るような目で私を見た
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:37:50.91 ID:BchiYuDX0
('、`*川 お昼にしましょう
伊藤さんのかけ声で、皆は沢沿いの木陰に集まった
小さな焚き火が作られて、湯が沸かされた
伊藤さんがそこに干した小魚を入れて、味噌を溶きいれてくれた
大きなお弁当の包みが開かれた
lw´‐ _‐ノv あっ 米のおにぎり
桑の葉摘みは、大事な仕事なので、
その弁当は白い米だ
大喜びで、私はおにぎりを食べた
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:45:34.66 ID:BchiYuDX0
女たちはそこでしばらく、腰を下ろしておしゃべりしてた
若い女の子は、村の若い男たちの話をしてた
ξ゚听)ξ そういや、庄屋様の長男坊が帰ってきてるってね
从'ー'从 街の学校に行ってるんだって。素敵じゃない?
ζ(゚ー゚*ζ でも顔がねーwwwwww
空姉がそれを聞きながら大きく頷いていた
lw´‐ _‐ノv みんな婿探しの年頃なんやの
川 ゚ -゚) 昔はお前くらいの年でも嫁に行ったんだそうだ
lw´‐ _‐ノv えっ。小学校は?
川 ゚ -゚) 無かったよ、そんなの
lw´‐ _‐ノv いいなあ
- 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:51:06.41 ID:BchiYuDX0
- そのあと、昼からはちょっとだけ桑の葉摘みをやって、
そのまま家に帰った
うちの家…本家の母屋は、とっても大きい
中に入ると空気がひんやり
壁も天井も、かまどやいろりの煤でつやつや
薄暗い土間の真っ黒な天井には、
やっぱりところどころに白いひらひらがとりついていた
川 ゚ -゚) 三百年前にはもう、この家、ここに建ってたんだそうだ
lw´‐ _‐ノv さんびゃく・・ ねん・・
川 ゚ -゚) 土蔵の奥にあったご先祖様の日記に、そう書いてあった
私たちはかごを背負ったまま階段を上って、
二階のお蚕様の部屋に行った
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:56:09.63 ID:BchiYuDX0
黒いお蚕様の虫が、
箱の中でうねうねしてる
やっぱりちょっと、気味が悪い
川 ゚ -゚) ぼやぼやするな
空姉が言って、かごの中身の桑の葉を、
お蚕様の上にばさばさと広げていく
私もあわててかごを下ろして、桑の葉をまいた。
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 21:59:36.51 ID:BchiYuDX0
その日の夜
布団にはいって横になっていると、かすかにわしわしという音が聞こえる
二階で、お蚕様が桑の葉をかんでいる音だ
私は上を向いて寝ている
まっくらな天井が、吸い込まれそうでちょっと怖い
そんなとき、柱の隅にかすかに光るものがある
じゅずだまと、とんぼ棒だ
とんぼ棒は、棒の先の二つの丸が、緑色に光ってる
じゅずだまはぜんぶが黄色いような、白いような輝きだ
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:04:52.71 ID:BchiYuDX0
('A`) とんぼ棒? 光る?
あくる日、わたしは毒兄に聞いてみた
lw´‐ _‐ノv うん。手のひらくらいの大きさで、とんぼみたいにしゅっ、しゅっって飛んで・・
('A`) うーん
lw´‐ _‐ノv それからじゅずだま。大きい数珠みたいなたまが、五つくらい連なって飛んで・・
('A`) うーん
毒兄は腕組みをして考え込んだ
('A`) 生物学的見地から言って、自家発光するような生物は、
('A`) 我々の日常生活領域内では、そんなに多くは見かけないと思うのだが
lw´‐ _‐ノv でもホタルとか、光るやん
('A`) う、うむ・・
- 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:09:12.85 ID:BchiYuDX0
川 ゚ -゚) また秋が、嘘をついてやがる
空姉が横から割ってはいってきた
lw´‐ _‐ノv 嘘ちゃうもん
川 ゚ -゚) いるわけないだろうが、そんなわけのわからない虫が
lw´‐ _‐ノv そんな
('A`) た、確かに、俺も見たことは無いな
lw´‐ _‐ノv だって、土間にはいつもひらひらがいるやん。
とんぼ棒も、きっとあれの仲間やと思う・・・
('A`) ひらひら?
lw´‐ _‐ノv えっ、土間のひらひらも見えへんの?
空姉と毒兄は、顔を見合わせた。
- 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:12:59.40 ID:BchiYuDX0
私と空姉は、次の日も桑の葉取りに行った
私は桑の葉摘みが好きだ
桑の葉摘みの弁当は、白いお米のおにぎりだからだ
お蚕様を育てる時期は年に二回。
春と、夏の終わり。
その時期が私はいつも楽しみだ
- 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:16:52.02 ID:BchiYuDX0
川 ゚ -゚) 桑の葉摘みも、今日でおしまいだな
lw´‐ _‐ノv えっもう終わりかいな
川 ゚ -゚) ああ。今年は、お蚕様の量を減らすらしい
lw´‐ _‐ノv そか・・・
それで私は、今日は桑の実を食べることにした
桑の木になる紫色の実は、甘くてとてもおいしい
けれどおなかを壊すもとになるからと、父さんは食べるのを禁止してる
これをだまって食べるのだけれど、
桑の実は色が強いので、うまくたべないと袖や着物が紫色に染まって、すぐにばれてしまう
だから、桑の実をたべる時は、
口を大きく開けて、唇に色がつかないように食べるのだ
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:21:07.85 ID:BchiYuDX0
おいしい桑の実をぞんぶんに食べて、
私と空姉は家に帰った。
父さんのいる囲炉裏の居間を通るときは、ばれないか、ちょっとどきどきした
でも父さんは、机の上に帳面を出して、しんけんな顔をして毒兄と話し込んでいた
(,,゚Д゚) やっぱり、もう養蚕業に未来は無いか
('A`) 生糸価格は暴落してますね。国際的競争力も、低下してます
(,,゚Д゚) そうか
('A`) 零細養蚕では大手に太刀打ちできません。これでは今期は大赤字でしょう。
来年からは、労働資本を養蚕に投下するより、
なんらかの工業的な産業へと転換したほうが良いと思います
毒兄と父さんは腕組みをして唸っていた
おかげで私たちが桑の実を食べたのはばれずにすんだ
- 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:26:45.96 ID:BchiYuDX0
- その日から二、三日のうちに、
お蚕様が繭を作って動かなくなったので、二階がいっきに静かになった
飼い箱の中には白いまゆがいっぱいになっていた
それからまた、しばらくたった
(,,゚Д゚) おい秋、さなぎごろしかごを取って来い
lw´‐ _‐ノv えっ
川 ゚ -゚) 父様、今年はお蚕様の卵は取らないんですか
(,,゚Д゚) ああ、さなぎは全部殺しちまう
川 ゚ -゚) それは、つまり…
(,,゚Д゚) もうお蚕様は止めだ。今年限りだ
- 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:29:19.89 ID:BchiYuDX0
おおきなさなぎごろしかごに、白いまゆをぜんぶ、ぽんぽん入れる。
それをぐらぐらと煮え立つ鍋に漬けるのだ
('、`*川 よいしょっ、と・・・
伊藤さんと空姉がかごを持って、運んでいる
わたしはねだやしにされるさなぎがかわいそうに思った
けれど、
ざばーん
かごはお湯に漬けられて、
たくさんのまゆは、中でぐらぐらと煮られてしまった。
- 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:33:46.06 ID:BchiYuDX0
その日のばんから、私の体が重くなった
lw´‐ _‐ノv あれ、れ
起き上がろうとしても、からだが重くて、おこせない
('、`*川 うんしょ・・・?
伊藤さんが持ち上げようとしても、上がらない
わたしは寝付いてしまった
それからは、わたしはずっと、横になっていた
うすぐらい家のなかで、真っ黒な天井ばかりながめて、
ずっと布団に寝ていた
お医者の先生が来ていろいろ診てくださったけど、
どの先生も、首をかしげるばかりだった
毒兄さんはおろおろして、
近くの町に自転車で行って、図書館で本を調べてくれたりした
けれどそれでも、何もわからなかった
- 80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:39:09.25 ID:BchiYuDX0
私は元気だったけど、動けなかった
ごはんはおいしいし、頭もはっきりしてる。
けれど、体が重たい
ある日の昼、上を向いて寝ていると、
天井の隅にふわふわがいることにきづいた
わたしはおどろいた
ふわふわを昼間に見かけたのは初めてだ
障子窓からは、夏のお日さんの強い光が入り込んで、
畳の上にくっきりと四角い形をつくっている
- 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:43:40.90 ID:BchiYuDX0
私の周りを、おかしなものが飛び始めた
前にはちらちらと部屋の隅にしかいなかったものが、
たくさんたくさん飛び回るようになった
とんぼ虫やじゅずだまはあいかわらずだし、
そのほかにも、豆のさやみたいなのや、
つたの先に葉っぱのようなのがついた蔓みたいなのや、
とにかくいろんなものが、
あるものは光りながら、
あるものは透明にうねって、
ふわふわふわふわ、部屋いっぱいに漂っていた
- 84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:47:40.02 ID:BchiYuDX0
ある夜のこと。
川 ゚ -゚) 様子はどうだ
空姉がおかゆを持ってきてくれた
大好きな米のおかゆだ
lw´‐ _‐ノv うん、げんき
川 ゚ -゚) そうか
おかゆはおいしい。
川 ゚ -゚) …なあ秋
lw´‐ _‐ノv ん?
川 ゚ -゚) お前、こんな病気になっちまってさ
川 ゚ -゚) 何か…こうなる心当たりとか、無いのか?
lw´‐ _‐ノv うーん、わかんない
- 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:52:16.31 ID:BchiYuDX0
- 空姉は右手に、ぼろぼろになった本を持っていた
それを行灯の明かりでぺらぺらとめくって、読んでいた
古い紙と、土蔵のにおいがした
川 ゚ -゚) お前、前に、変なものが見えるって言ってたよな
lw´‐ _‐ノv …? ひらひらとか?
川 ゚ -゚) そうだ。それでもしかしてお前、いま自分の体の回りに、
川 ゚ -゚) 薄い膜のようなものが見えてたりは、しないか?
- 87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 22:53:33.14 ID:BchiYuDX0
言われて私は、自分の足先のほうを見た
ふわふわ漂ういろんな不思議な何かたちに混じって、
そういえばかすかに、光る白い膜のようなものが、見える気がする
lw´‐ _‐ノv うん、ある
がばっと、空姉が私に近寄ってきた
川 ゚ -゚) 光ってるか? それは白い色に光ってるか?
lw´‐ _‐ノv うん
空姉は本と私を交互に見比べて、
それから開いたままの本を脇に置いた。
川 ゚ -゚) まってろ。すぐにらくにしてやる
- 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 23:00:00.38 ID:BchiYuDX0
空姉はどたばたと二階へ駆け上がっていった
そしてすぐに降りてきた
大きくて重たそうな、糸つむぎ機を両手に抱えていた
お蚕様のまゆから糸をつむぎだす機械だ
lw´‐ _‐ノv 何をするの?
川 ゚ -゚) さあ秋、糸を吐き出せ
lw´‐ _‐ノv
lw´‐ _‐ノv
空姉がくるった
- 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 23:07:17.04 ID:BchiYuDX0
川 ゚ -゚) いいから吐き出せ、早くしろ
lw´‐ _‐ノv ? ???
川 ゚ -゚) この 吐かないか
空姉はげんこつを振り上げた
lw´‐ _‐ノv ひい
それでよくわからないけど、私は口をあけて、何かをはくようにしてみた
すると私の口からひとすじの光る何かが出てきて、
それは空姉の構える紡ぎ機のほうへと、糸のように吸い込まれていった
lw´‐ _‐ノv わっ
川 ゚ -゚) よし、文献どおりだ!
空姉は勢い込んでくるくると糸巻きを回す。
よく油のさされた歯車が回って、糸つむぎ機は私から出る光る何かによりをかけ、
どんどん糸をつむいでいく
川 ゚ -゚) さあ吐け。それ吐け。もっと吐け。
lw´‐ _‐ノv せいいっぱいだよう
くるくる、くるくる。
光る白い筋は、どんどんどんどん私の口から出て、
糸つむぎ機へと繰り出されていく。
- 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 23:10:38.52 ID:BchiYuDX0
半刻ほどもそうしていたか、
とうとう私の口からは、光る何かが出なくなった
川;゚ -゚) ふう、ふう…
光る何かは、紡ぎ機でぜんぶ糸になっていた。
空姉の横には紡がれた糸だまがいくつも置いてあって、
ずっと糸車をまわしていた空は汗だくだ
そして、それで私の体は軽くなった
lw´‐ _‐ノv あっ
私はすっくと立ち上がった
うでをぐるぐる回してみると、
なにもなかったように、体は軽く動いた
- 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 23:14:54.17 ID:BchiYuDX0
次の日の夜から、私は夕餉の席に出ることができた
父さんは大変喜んでくださって、
私の快復を祝って赤飯を炊いてくださった
(,,゚Д゚) どうだ、うまいか
lw´‐ _‐ノv 赤飯おいしいです
あの日の晩に見た不思議な出来事は、
空姉と私以外、だれも知らない
('A`) 結局何の病気だったんだろうなあ。
けど、治ってよかった
お蚕様のたたりかな、と私はちょっぴり思ってたけど、
もうすぐ都会の大学に帰られる兄様に心配をかけたくなかったから、
そのことは黙ってた
実際に自分の身に起きた私だって、
いまではあんな嘘みたいな出来事、信じられないんだもん。
- 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 23:20:30.31 ID:BchiYuDX0
川 ゚ -゚) たたりとは、違うと思う
二人きりの晩、縁側で空姉は私に、そう言った
川 ゚ -゚) お蚕様のさなぎを殺すのは、今に始まったことじゃない。
それにたたりなら、実際にさなぎごろしをした私が、病気になるだろうな
lw´‐ _‐ノv じゃあ、一体何やったんやろ?
川 ゚ -゚) くやしかったんだろうな。もう自分たちが、糸を作れないっていうのが。
それで「念」が残った。「残念」ってやつだ
空姉はまた古い本を持っていて、
それを月明かりの下でぱらぱらとめくってくれた
川 ゚ -゚) ほらここ。百五十年ほど前にも、殿様の命令で、この村でお蚕様を飼うのを止めたことがあった。
そのときにも、似たような騒ぎがあったようだ
- 106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 23:24:14.61 ID:BchiYuDX0
川 ゚ -゚) お前、前々から変なものが見えるって言ってたろ
lw´‐ _‐ノv …ふわふわとか?
川 ゚ -゚) うちの家系には、そういうものが見えるやつが時々出るらしい
lw´‐ _‐ノv えっ
川 ゚ -゚) いろんなご先祖様の文献に、その記載がある。
「霊感がある」とか「神呼びの力」だとか、書かれている。
お前もそういう力を持って生まれたんだとすれば、
残念を持ったお蚕様の「霊」か何かを、お前は呼び寄せたんだろう
空は本をぱたりと閉じた。
かびくさい。
土蔵の臭い。
川 ゚ -゚) こんなの、迷信だろうと思ってたんだがなあ
- 107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 23:27:25.31 ID:BchiYuDX0
lw´‐ _‐ノv …わたしの言うこと、信じてくれるの?
川 ゚ -゚) 実はな
空は懐に手をやって、一枚の布を取り出した
ふしぎな布だった
半透明で、全体がうっすらと乳白色の光を放っている
空はそれを自分の目の前に掲げると、
布を通して、夜の廊下をきょろきょろと見回した
川 ゚ -゚) あそこにいる白いもやもやしたやつが、お前の言う「ふわふわ」だろう?
空姉は廊下の隅の一点を指差した
そこにはたしかに白い綿のような塊が、私の目には見えている
lw´‐ _‐ノv あっ、うん、ふわふわがいるよ!
- 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/12(月) 23:32:24.05 ID:BchiYuDX0
川 ゚ -゚) この布、お前が吐いた糸で織ったんだぜ
lw´‐ _‐ノv ひえ
川 ゚ -゚) さしずめ、お蚕様の魂が作った布ってところだな。
存分に糸を吐ききって、お蚕様も満足されたんだろ
lw´‐ _‐ノv むー
私は空姉がかかげる光る布を、しげしげと見つめた
lw´‐ _‐ノv …ふしぎ。
川 ゚ -゚) ふしぎだと? お前が言うか
空姉は笑った。
いつもはあんまり笑わない空姉が、楽しそうにころころと笑った
じゅずだまがひとつ、暗い部屋の中からふわふわと、月夜の庭に飛び出してきた。
今日もこのふるい家は、不思議な何かでいっぱいみたいだ。
おしまい
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