( ^ω^)トイレット・ピープルのようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 17:40:13.47 ID:EopS9QNF0



* 大統領と輪っかの考察 *


4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 17:43:07.21 ID:EopS9QNF0
僕は去年まで、会社の所有する寮に住んでいた。
いわゆる社宅というやつだ。
僕が勤める会社まで、徒歩で10分ほどの距離に建っている。
ほどほどに整っていて、ほどほどに清潔な寮だった。
唯一の欠点として、どの部屋にトイレがついていないという事実があった。

( ・∀・)「やあ」

( ^ω^)「どうも」

各フロアに二十以上の部屋があり、そのうち半分近くは常に空室だった。
どの部屋にもトイレがついていないので、催した際には廊下の端に位置している共同トイレまで歩いて(あるいは走って)いかなければならなかった。
トイレは広くも狭くもなく、汚くも綺麗でもなかった。
地方の小ぢんまりとしたホテルのロビーに設置されたトイレのような空気が漂っていた。

共同で使っているトイレなので、当然違う部屋の住人と鉢合わせすることが多々あった。
その折には、我々はどことなく流れてくる気まずい雰囲気を追い払うため、小便をしながら会話をした。
当時の僕には、小便と会話にはどこかしら共通点があるように思われたが、今となっては気の迷いだったのだろう。
そこには人工的な花の香りと、アンモニアのすえた臭いしかなかったのだ。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 17:45:53.68 ID:EopS9QNF0
( ・∀・)「最近、どうですか?」

( ^ω^)「まずまずですね」

( ・∀・)「アメリカの大統領が代わったそうで」

( ^ω^)「すごいことです」

( ・∀・)「どうでしょうか」

小便の際の会話の内容など、何でも良かった。
最近のニュースでも、哲学的な論文でも、温野菜の栽培法でも。
僕は大抵聞き役に回り、相手の話にときどき分かったような顔をして相槌を入れた。

( ^ω^)「今の大統領、気に入りませんか?」

( ・∀・)「いやね、実際の話、問題なのは大統領じゃないんですよ」

( ^ω^)「というと?」

( ・∀・)「物事を個別に観察することは、人間の最も愚かな部分だと私は思います」

( ・∀・)「つまりね、大統領と国民と国家。これらは三つで一つなのですよ」

( ^ω^)「ふうむ」

( ・∀・)「三点セット、と私は呼んでいるのですが。
      大切なのはこの三つを統合して、それぞれの特性を理解しシステムを構築した時、
      どれだけ合理的なものになるのかを見極めるのです」

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 17:48:22.06 ID:EopS9QNF0
僕にはどうやら人の話を聞く才能が備わっていたようで、多くの住人が僕に話をしているうち、
膀胱が空になったことにも気付かず会話を長引かせてしまったものだ。
僕自身他人のストーリーや持論を傍聴することに苦痛を感じることがなかったので、いつも時間が許す限り、彼らの話を熱心に聞いていた。

( ・∀・)「最近判明したことがあるんです」

( ^ω^)「なんですか?」

( ・∀・)「国家と大統領に、大きな違いはないのですが」

( ・∀・)「長い歴史を引っ張り出して比較してみると、どうも質がわるいのは常に国民の方なのですよ」

( ^ω^)「それは大発見ですね」

( ・∀・)「ところであなたは大統領をしたことが?」

( ^ω^)「ありません。あなたは?」

( ・∀・)「私はあります。一度だけね。もう二度とごめんですよ」

( ^ω^)「どこでされていたのですか?」

( ・∀・)「土星のある国で、大統領を務めていました。いや、あれはなかなか面白い経験だった」

( ^ω^)「土星?」

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 17:51:10.07 ID:EopS9QNF0
( ・∀・)「そう、土星。輪っかがある星です」

( ^ω^)「ええ、存じていますが」

( ・∀・)「なにしろ国民は愚かなものでね、土星を土星たらしめるのは輪っか以外にないと主張するんです」

彼はそう言うと、下唇をめくるように突き出した。
それが彼のくせだった。
トイレの中は静まり返っていて、彼の声だけが静寂を破っていた。
蛍光灯が頭の上で、じりじりと鳴いた。

      ・・・
( ・∀・)「輪っかですよ。彼らはそれしか考えていなかった。嘆かわしいことだ」

( ^ω^)「まったく」

( ・∀・)「あんなの、所詮は岩の集まりです。上をスケート靴を履いて滑ることができるわけでもない」

( ・∀・)「ようするにね、国民というのはいつだって、非生産性を求めるんです。誰も大統領の話なんか聞いちゃいない。
      国民の右耳と左耳は、愚鈍という名の空洞で繋がっている」

( ^ω^)「大変でしたね」

( ・∀・)「いかにも」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 17:53:48.05 ID:EopS9QNF0

僕が腕時計をちらりと見ると、つられて彼も時間を確かめた。
すると彼の顔はみるみるうちに青ざめ、急いで手を洗ってトイレを出て行った。
別れの言葉もなかった。
彼はただトイレに僕と小便と行き場のない主張を残して去ってしまった。


土星の輪っかと丸い惑星。
大切なのはどちらなのか、僕に決めることはできなかった。



ただ一つ言えることは、僕らが住んでいるのは土星ではなく、また輪っかの上でもないということだろう。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 17:58:30.52 ID:EopS9QNF0



* 本屋の店員とプラスチック製の本 *


11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:03:31.94 ID:EopS9QNF0
ある日、僕は上機嫌で例の共同トイレへ向かっていた。
ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を鼻歌で歌いながら小便器の前に立って、ジッパーを下ろした。
その時ふいに、くぐもった声が聞こえた。
まるでハンカチか何かを口に当てて絞り出したような声だった。

「あんたは紙で出来た本をどう思う?」

( ^ω^)「はい?」

「紙で出来た本だよ。どう思う?」

あまりに唐突で不思議な質問に、出かけていた小便が引っ込んでしまった。
声は個室のほうから聞こえてきた気もするが、トイレの隅にある小さなゴミ箱の中から響いているようにも感じた。

「俺は断然プラスチック製がいい。濡れても平気だし、なによりあの安っぽさと高級感の入り混じった手触りだな」

やはり個室の中から聞こえてくる。
そりゃそうだ。誰が好き好んでゴミ箱の中から他人に向かって話しかけるだろうか。
僕は少し考えて、慎重に答えた。

( ^ω^)「僕は紙の方がいいですね。慣れているから」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:06:31.99 ID:EopS9QNF0
「でもさ、聞いてくれよ。このあいだ本屋に行ったんだよ。スティーブン・キングの書いた本が欲しくて」

( ^ω^)「『ショーシャンク・リデンプション』ですか?」

「違う違う。もっとマイナーで、売れなかった本だ」

( ^ω^)「短編ですかね」

「まあそんなところだ。有名作家の書いたつまらない本ってのがどんなものか、確かめたかったんだよ」

( ^ω^)「なるほど」

僕は誰も見ていないのに、一人で頷いた。
小便はまだ出てこない。
尿道がなくなってしまったようだ。

「でも見つからなくて。仕方なく店員に聞いたんだ。普段なら、俺は決して自分から店員に話しかけたりしないんだ。どんな店でも」

( ^ω^)「それはそれは」

「だってそうだろう?人にはそれぞれの世界がある。良し悪しは別にして、だ。俺は侵略者なんかになりたくない」

( ^ω^)「僕もですよ」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:09:25.97 ID:EopS9QNF0
いっこうに兆しを見せない自分の一物に失望して、僕は頭を振ってジッパーを上げた。
手を洗ってハンカチで水気を拭き、煙草に火をつけた。
白いぬめった煙が天井に広がり、やがて換気扇の向こう側へ消えていく。

( ^ω^)「それで、どうされたんですか?」

「そうそう、店員に本の場所を聞いて、案内してもらったのさ。ここがスティーブン・キングの小説が置いてある棚ですよ、てな具合に」



彼の語るところによると、そこは普通の本屋だったらしい。
何の変哲もない、個人経営にしては少し規模の大きい書店だ。
入口は自動ドアではなく、上にかかった看板は適度に色褪せていた。

あらゆる種類の本が揃っていた。
歴史、科学、文学、ゴシップ雑誌、ファッション誌、辞書から参考書、新聞まで。
宇宙に散らばる星の数では足りないほどの文字や記号が空間を埋め尽くしていた。

「少し目眩がしたけど、騒ぐほどのことではなかったよ」

店員はこざっぱりとした髪型と服装で、黒い前掛けをしていた。
彼が本の場所を尋ねると、店員は顔を輝かせて店内を案内した。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:12:57.19 ID:EopS9QNF0

「こちらにございます」

膨大な本の壁を前に、彼は尻もちをつくのをやっとのことで堪えた。
きっと店員が焼けつくような眼差しで彼を見つめていなかったら、弱音を吐いて店から逃げ出していただろう。
それほどの威圧感を、本たちは放っていた。

「お勧めの本はあるかい?」

彼がそう聞くと、店員は首を振って何も言わなかった。
少しむっとした彼は両手をポケットに突っ込み、ぶっきらぼうに言った。

    ・ ・ ・ ・ ・ ・
「じゃあお勧めしない本はあるかい?」

「もちろんです」

店員はその言葉を残して、驚くほどの速さでどこかに歩き去った。
彼は不審に思ったが、まあ大丈夫だろうと腹をくくっていた。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:15:52.78 ID:EopS9QNF0

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
騒ぐほどのことじゃない。

時計の秒針が五周半ほどして、店員は戻ってきた。
手には一冊の本が握られていた。
表紙は白く、やけに艶がある本だった。
拳でつつくと、こつんと鳴った。

「なんだい、これ」

  ・ ・ ・ ・ ・ ・
「お勧めしない本です」

当然のように店員は言った。
彼は納得して、それを買った。
店の名前が印刷された紙袋にその本を入れ、おまけの栞をもらって寮に帰ってきた。


「それが昨日のことだ。そして俺は今、あんたに質問した」

「紙で出来た本をどう思うのか。知りたいんだよ」

煙草はすでに燃え尽きようとしていた。
携帯灰皿を取り出して火を消し、ポケットにしまう。
僕は眉間にしわを寄せて考えた。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:17:27.11 ID:EopS9QNF0
本屋の店員とプラスチック製の本。
組み合わせとしては、悪くないと思う。

( ^ω^)「紙というものは脆いけど、少なくともプラスチックよりは柔軟性に富んでいると思いますよ」

「そうだな。その通りだ。とっくに気づいていたさ」

「俺はあんな本、買うべきじゃなかったんだ」

心の底から後悔するような声だ。
一体何がそれほどに問題なのか、僕には見当もつかなかった。
本なんて、なにで出来ていたっていいじゃないか。
文字があれば、それでいいんだ。


「紙がないんだよ」

( ^ω^)「え?」

「今日は大事な会議があったんだ、朝一で。ところで俺には便所で本を読む習慣があってな」


あぁ………。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:21:00.02 ID:EopS9QNF0

「この本が紙で出来ていたら、俺は会議に間に合っていたんだ。紙でできていたら………」



不幸は重なるものだが、僕にはその言葉を、実際に重ねがさねの不幸に見舞われた人に言う度胸はない。
本という物は頭の中に語りかける代物だが、それが生きる上で重要性が高いかと問われれば、答えはNOだ。
文字の力など、たかが知れている。それを承知で文字を書き続ける人もいる。

                      
つまるところ、プラスチック製の本は、いくら勧められなくても、買うべきではないのだ。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:23:22.52 ID:EopS9QNF0



* 目と耳を塞ごう *


24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:25:48.35 ID:EopS9QNF0
夜中の二時を過ぎたころだ。
眠る前にしこたまビールを腹に流し込んだせいで、僕は泥のように眠り込んでいた。
鼾さえかいていたかもしれない。それほどに酷い眠りだった。

部屋の呼び鈴が鳴らされた。
初めのうちは、そのちゃちな電子音は僕の眠りの中に入ってくることはなかった。
鉄壁の守りを誇る僕の要塞は、訪問者の襲撃をものともしなかった。
何度攻めてこようと、我が城は落ちん。さあ、無駄なことをせずに帰れ。撤退してしまえ。

やがて呼び鈴は、直接的な打撃音に変わった。
どぉん、どぉん。
まるで地獄の底から響く太鼓のような音だ。
スチール製の玄関の扉が、一定のリズムで叩かれていた。

( ^ω^)「………?」

さすがに我慢できなくなり、僕は頭にかぶっていた毛布をどけてベッドから出た。
眠気とアルコールでねじれた脳を抱え、玄関に向かう。
覗き穴から外を見ると、人が立っていた。
その間にも、僕の部屋のドアは拷問を受け続けていた。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:28:06.49 ID:EopS9QNF0
ドアの向こうにいるのは女性だった。
いや、きっと女性だった。
髪は長くて、顔のパーツは丸みを帯びていた。
暗くてよく分からなかったが、なかなかの美人だろうということは察しがついた。

しかしそのことになぜか妙に腹が立って、僕は乱暴にドアを押し開けた。

( ^ω^)「なんですか?」

(*゚∀゚)「起きてた?」

彼女はそう言った。
信じられないかもしれないが、本当にそう言ったのだ。

( ^ω^)「人の部屋のドアを殴らないでくれますか?」

(*゚∀゚)「殴ってない。蹴った」

( ^ω^)「蹴らないでくれますか?」

(*゚∀゚)「悪かった。起きてた?」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:31:23.98 ID:EopS9QNF0
( ^ω^)「眠っていました。ええ、眠っていましたとも。こんな時間に起きている人間は異常者かブラジル人だ」

(*゚∀゚)「つーはブラジル人じゃない」

( ^ω^)「じゃあ異常者だ。悪いけど、僕は引き続き眠らなければいけないので。失礼」

(*゚∀゚)「待って」

閉めようとしたドアの隙間に、女性は足を挟みこんだ。
よっぽどこのまま足を砕いてやろうかと思ったが、すんでのところで手を止めた。
あまりの眠気に吐き気を覚えながら、僕は出来るだけ冷静になろうと努めた。

( ^ω^)「何か用?」

(*゚∀゚)「ホラー映画はよく見る?」

は?

(*゚∀゚)「つーはさっきまでホラー映画を見ていた。日本の映画」

( ^ω^)「それで?」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:34:19.49 ID:EopS9QNF0
(*゚∀゚)「とても怖かった。おしっこをちびりそうになった。女がおしっこを漏らすところ、見たことある?」

( ^ω^)「ないね。見たくもない」

(*゚∀゚)「私が今ここで漏らしたらどうする?」

( ^ω^)「君のことを会社に言いつけて、この寮から出て行ってもらう」

(*゚∀゚)「仕方ない。漏れそうなんだ。一人でトイレに行くこともできない」

( ^ω^)「………」

なるほど。流れが見えてきたぞ。
この複雑怪奇な社会において、物事の流れをつかむことは意外と重要なことなのだ。
とくにこのような、望まれない状況では。

( ^ω^)「それで」

(*゚∀゚)「トイレ、ついてきて」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:37:10.13 ID:EopS9QNF0


―――断るべきだったのだろう。


でも僕はその時、寝惚けた頭を体の上に乗せていたものだから、判断力が著しく低下してしまっていたのだ。
自分の両手に指が何本ついているのかさえはっきりしなかった。
寝起きの人間というのはその程度だ。

黒く塗りつぶされた空気の中を、僕は泳ぐように進んで行った。
僕のすぐ前にはあの女性が歩いているはずだった。
真っ暗で何も見えなかったが、パタパタという足音でそれが分かった。

しばらく歩き続けるとふいに足音が止み、パチリという小気味のいい音と共に蛍光灯が瞬いた。
目の前に、男性用と女性用のトイレの入り口が並んでいる。
どこでも見かけるような光景だが、この時ばかりはそれが妙に不自然なものに感じられた。

( ^ω^)「じゃあ僕はここで待ってる」

(*゚∀゚)「何言ってる?」

女性は僕の腕を掴み、女性用トイレの中へ僕を引っ張り入れた。
抵抗しようと思ったが、その気力も一瞬で消えてしまった。
まあいい。なるようになるさ。
気に食わないことはさっさと終わらせてしまおう。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:41:14.07 ID:EopS9QNF0


(*゚∀゚)「それじゃあ、目と耳を塞ごう」

( ^ω^)「え?」

(*゚∀゚)「分からない?目を閉じて、耳に指を突っ込むの」

( ^ω^)「僕が?」

(*゚∀゚)「他に誰がいる」

やれやれ。仕方ない。
深い溜息をついて僕は目を瞑り、両耳に指を入れた。
真夜中の女性用トイレの中で、視覚と聴覚を自ら封印している男。
そんな人間はきっと今現在、地球上に僕しかいないだろう。
いや、いるのかもしれない。分からない。

僕は今までの人生経験の中でもトップクラスに位置するだろう滑稽な姿を晒しながら、それでもひとつ、気づくことがあった。
慌てて耳から指を抜き、目を開けた。


( ^ω^)「君は」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:43:55.59 ID:EopS9QNF0
しかしそこには誰もいなかった。
右側の一番奥の個室の扉が閉まっている。
急いで扉の下の隙間を覗き込んだが、当然中には便器があるだけだ。
あの女性はどこにもいない。

( ^ω^)「………」


僕は電気を消して、女性用トイレをあとにした。
襲い来る殺人的な眠気と戦いながら部屋に戻り、ベッドに倒れ込んで眠った。
今度こそ、たとえドアが大砲で破壊されようと、絶対にベッドから離れないぞと心に誓って。




次の日の朝、男性用トイレでのことだ。

( ・∀・)「昨夜はよく眠れましたか?」

( ^ω^)「いつも通りですよ」

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:46:13.12 ID:EopS9QNF0
( ・∀・)「そうですか。私はうるさくてなかなか寝付けませんでしたが」

( ^ω^)「うるさくて?」

( ・∀・)「それがね、どうも誰かが、どこかの部屋のドアを叩いているようでした。私の部屋ではなかったと思うのですが」

( ^ω^)「ほう」

( ・∀・)「途中、一時だけ音が止んだのですが、それ以降もずっと響いていましたよ。空が薄らと明るくなるまで」

( ・∀・)「まるでこの世の悪意をすべて詰め込んだような音でした」

( ^ω^)「それは奇妙ですね」

( ・∀・)「本当に聞こえませんでした?」

( ^ω^)「まったく」

( ・∀・)「おかしなこともあるのですねえ」

男性は首をひねって股間のジッパーを上げた。
下唇を突き出し、洗面台に向かう。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/06(火) 18:49:44.50 ID:EopS9QNF0
手を洗う彼に、僕は何気なく訊いた。

( ^ω^)「ところで、この寮に女性は住んではいませんよね?」

( ・∀・)「む………当然でしょう」

( ・∀・)「ここは男子寮なんだから」





一つだけ学んだことがある。
真夜中の女性の誘いは、断るべきではない。

たとえそれが男性の期待するような内容の誘いではなくとも―――ただのトイレの付き添いだとしても―――


決して、断るべきではないのだ。


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