- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 20:55:22.87 ID:vtfbhLaRO
(・∀ ・)「はぁ……」
自然と、体の中から良くないソレが流れ出るように、溜め息が漏れた。
目の当たりにしたくない現実から逃げるためか、それとも、この季節だからか。
目の前あるのは大学の志望調査書。
この時期のこの紙切れにはある程度の重要な意味が含まれている。
ただの紙切れに大学の名前と学部と学科を書くだけの行為。
去年の今頃にも行った行為。
僕の人生に一つの新しいレールを敷く行為。
(・∀ ・)「新しい?どこが」
この何でもない紙切れに書く言葉は決まっていた。
決められていた。
そう書かれることを周囲が期待していた。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 21:00:08.77 ID:vtfbhLaRO
- ( ・∀・)「人のせいにするなよ。君が選んだ道だろう?」
(・∀ ・)「うるさい。黙れ」
僕の中のアイツが僕を咎める。
いや違う。
僕はアイツの中にいるんだ。
アイツの中の僕がアイツに反抗しているだけだ。
僕が反抗を辞めれば、この紙切れの空欄はあっという間に埋まってしまう。
僕が反抗を辞めれば、周囲は満足そうな面持ちでアイツを賞賛する。
僕が反抗を辞めれば、アイツは長年の夢へと必死に手を伸ばすだろう。
だが、僕が反抗を辞めてしまえば、僕はきっと消えて無くなってしまう。
消えることは無いかもしれない。
それでも僕は二度と周囲に顔を見せることはできないだろう。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 21:06:40.63 ID:vtfbhLaRO
- 誰かが、大学生活が最後のモラトリアムだと言った。
モラトリアム。青年が将来の準備期間として、大人としての社会的責任、義務を猶予される期間。
簡単に言うなれば、やりたいことを決めるために好きなことをすることができる期間のこと。
僕のモラトリアムは、恐らくもうわずかだ。
僕が反抗を辞め、アイツとして生きていくことを決めたならば、進むべき道は一本になるだろう。
道を進んだ先に別れ道があっても、悩まずことなく進む道を決め、後ろを振り返らずに進むことになるだろう。
そんな気がした。
しかし、このまま僕が反抗を続けていたところで、この紙切れの空欄は埋まることはない。
僕が反抗を続け、もしアイツが折れたら、僕はどうするのだろう。
それを考えるのも、いまさらという感じだ。
(・∀ ・)「……とりあえず、書くか」
反抗を諦めたわけではない。
あくまでとりあえずだ。
僕はアイツに言い聞かせた。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 21:16:27.52 ID:vtfbhLaRO
- 空欄は驚くほどあっさりと埋まった。
僕の場合、この紙切れの空欄が埋まった時、一番右の欄に書いてある単語は全て同じだ。
獣医、と。
少し崩れた字で書いてあった。
獣医学科に進むとなれば、その先もほぼ決まってくる。
いずれにせよ、動物は切り離せない存在である。
確かに僕は動物が好きだ。
普通の人よりも好きの度合いが強いことも認める。
動物に関する知識も、人並み以上に持っている。
それでも、僕にとってはあくまでも趣味の範囲だ。
職にしたいほど好き、というわけではない。
(・∀ ・)「どうして、こうなったんだろう」
誰に聞こえるわけでも無しに、誰かを咎めるように呟いた。
どうしてかはわかってる。
僕のちっぽけな自尊心と、いつの間にか大きくなっていたアイツのせいだ。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 21:23:57.74 ID:vtfbhLaRO
- アイツが生まれたのは、僕がまだずっと小さかった頃。
人に誉められることの快感と充足感を覚えた時だろう。
最初のその人は親だった。
親の言うとおりにすれば誉められた。
アイツは親に従順な傀儡であった。
ただの傀儡相手に、僕が負けるはずがなかった。
アイツは僕の傀儡でもあったのだ。
その時のアイツは僕にとって便利な存在でしかなかった。
親の前ではアイツは僕に成り代わって、親の傀儡として動いてくれた。
親はそれにより僕を誉め、僕の満足感を満たしてくれた。
次のその人は小学校の友人だった。
ある程度なんでも出来る僕は、みんなのリーダー的な存在になれた。
その地位を守るために、アイツは優しいリーダーとして、僕の代わりにみんなの前に立った。
いつの間にか、僕はアイツであることの方が多くなっていた。
それでも、みんなに慕われているという満足感と、
みんなの上に立っているという優越感から、僕はアイツであり続けた。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 21:33:03.69 ID:vtfbhLaRO
- (・∀ ・)「……あのころからか、僕が僕で無くなったのは」
小学校の頃、足の速さの基準は50m走のタイムだった。
そのタイムは何かと張り合う時に良く用いられた。
僕のタイムもなかなか速かった。
でも、学年で1番ではなく、2番だった。
なんでも1番だった僕に勝ったその子はみんなからの羨望の眼差しをその一時のみ欲しいがままにした。
悔しいというよりは憎かった。
その場所は自分の物だったから。
その日のことを親に話したらひどく叱られた。
なんでも常に1番を取ってくるのが当たり前だと思われていたのだろう。
場所を奪われ、僕は悔しかった。
だから、一生懸命努力した。
親も僕を近所の陸上クラブに入れてくれた。
でもそれは、ただアイツのパーソナリティに新たなものを生み出す行為でしかなかったのだ。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 21:40:38.91 ID:vtfbhLaRO
- 二年もすれば、みんなの僕に対するある種の尊敬の眼差しは無くなった。
親と同様、僕の特別はみんなの当然に成り代わったのだ。
何かで僕が1番を取っても、みんなにとっては当然のことだった。
そしてその当然は、アイツにとっても当然でなければならないのだ。
自惚れかもしれないが、その時僕は常に特別であることを期待され、
平凡な一面を皆に垣間見せると、皆に失望されてしまうのであった。
僕は特別であるために、誰にも見えない所で努力をした。
でも、それを隠そうとはしなかった。
皆の知るアイツは日々努力するのが当然の人間であるからだ。
だが、その努力は、僕の意志による努力ではない。
僕がアイツで居続けるために、アイツから僕に課せられた課題だった。
この時にはもう、僕はアイツが皆の求める姿であるために、裏方に徹する存在になってしまっていた。
もう僕は自分の意志でアイツをどうこうできるような力は持っていなかった。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 21:48:55.46 ID:vtfbhLaRO
- しかし、そんな僕に一つのチャンスが訪れた。
父親の都合で転校することになったのだ。
今までの僕を知る――――僕にアイツという絶対を求める友人達と別れ、
まだ僕のこともアイツのことも知られていない新たな環境へと旅立つ。
僕の中のアイツを殺すチャンスだった。
しかし、僕の中のアイツは僕に簡単に殺されるような存在ではなかった。
僕の自尊心と言う名の防具を身に付け、僕の弱いところを的確に攻撃してくる。
( ・∀・)「転校生という稀有な存在が、稀有な能力を持っていたら、漫画の主人公みたいでかっこいいじゃない?」
( ・∀・)「でも、例え稀有な存在であったとしても、その能力が平凡であれば、平凡でしかなくなるんだよ?」
僕はアイツでいる時間があまりにも長すぎた。
だから、特別として扱われる快感を知っている。
求められる事を喜びとしている。
それは僕を狂わせる強力な麻薬であった。
薬を辞めるチャンスはあっても、その中毒性にあらがうことはできなかった。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 21:56:11.72 ID:vtfbhLaRO
- 今さら平凡となったところで、僕は自由になれても幸せにはなれない気がした。
結局、転校生は僕ではなくアイツだった。
優等生のアイツはあっという間に交友の輪を広げ、そのカリスマ性で周囲の特別になった。
皆、僕に何かを期待してくれた。
アイツはその期待に応えた。
特別なアイツの存在を嫌い、突っかかってくる奴らもいた。
僕はそいつらが大嫌いだった。
だけどアイツは僕とは違って器の大きな奴だった。
そいつらの行為を許し、またそいつらのために自ずから一歩下がることもした。
僕のささやかな抵抗など、アイツには蚊が刺した程度にしか感じられなかったろう。
僕はアイツがアイツでいるための傀儡にまで成り下がったのだ。
アイツは僕であるはずなのに、僕はアイツの姿をどこか別の場所から見ていた。
アイツの言動や行動にドロドロした感情を抱えながらもそれは口に出せなかった。
アイツは、大きくなりすぎた。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 22:02:40.91 ID:vtfbhLaRO
- アイツがアイツであり続けるが故に、僕は転校先でも陸上のクラブチームに入れられた。
僕は陸上というスポーツが嫌いだ。
特に、走る競技は嫌いだった。
練習は同じことの繰り返しばかり。
うんざりするほど同じことを繰り返して、それでも結果はついてこない。
アイツは走る事が好きと言う。
僕は大嫌いだ。
何度も辞めたいと思った。
でもそれは親が、「陸上をやっている足の速い僕」を求める周囲が許してくれないことだった。
アイツは周りの期待に応えようとする。
僕は、アイツが周りの期待に応えられるように、嫌々努力をする。
中学に入ってからも、それは続いた。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 22:09:51.14 ID:vtfbhLaRO
- (・∀ ・)「はぁ……」
また溜め息。
今思えば、自分のちっぽけな自尊心がどれほどしようもないものだったかがわかる。
紙に書いたそれらも、ちっぽけな自尊心から生まれて、いつの間にか大きくなって、
アイツにとって無くてはならない物になった。
( ・∀・)「いいじゃない。好きなんでしょ?動物」
(・∀ ・)「さっき言ったろう。あくまで趣味の範囲だって」
アイツの言葉に、僕が答える。
自問自答。
二重人格ではない。
僕が作り、意のままに操り、逆らうことができないもう一人の僕。
絵に描いたような理想の人間像に可能な限り近づけた感情を持たない傀儡。
アイツが笑ってる時に僕は舌打ちをする。
アイツが誰かを心配してる時に僕は他人事だからと興味を示さない。
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 22:17:28.77 ID:vtfbhLaRO
- (・∀ ・)
いい加減で、自分勝手で、面倒くさがりの僕
( ・∀・)
真面目で、思いやりがあって、人の嫌がることを進んでやるアイツ
僕らは同じで、決して違う存在。
紙切れに文字を書いたのは僕だが、書かせたのはアイツ。
志望学科欄に、獣医と書いたのはアイツで、文字を書いたのは僕。
僕は一体誰なんだ。
一体何やっているんだ。
僕はどこにいるんだ。
どこに行こうとしているんだ。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 22:26:35.43 ID:vtfbhLaRO
- 僕の将来が決められたのは、些細な、本当にどうでもない一言だった。
将来はどうすると親に聞かれて、僕はすぐに答えられなかった。
親は続けて何が好きなものはあるかと聞いてきた。
僕は特になにも考えずに動物と答えた。
ならば獣医はどうだと親は言った。
考えておくと僕は答えた。
それから間もなく中学で将来についての話があった。
みんながまだ決めていないと言ってる中、アイツは稟として獣医と答えた。
教師はその理由を聞いてきた。
アイツは答えた。
動物が好きだからという僕の本当と、皆が求める模範解答という嘘を。
獣医という職業がどんなものかは知っていた。
動物が好きなだけではやっていけないし、多くの治療は人医よりも難しく、にもかかわらず収入は人医よりも少ない。
また最近はペットブームの中にあるがために多くの問題と向かい合わねばならない。
人間のそれと同様、裁判沙汰になることがあることも知っていた。
故に、模範解答は簡単に作ることができた。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 22:34:43.98 ID:vtfbhLaRO
- ほんの少しの本当と、それを占める大部分の嘘により、僕は皆からの賞賛を得た。
それから、誰に将来を聞かれても困ることはなかった。
一度作り上げたテンプレートを語るだけで、皆納得し、僕に期待をしてくれた。
誰に話しても、「この歳で将来をこんなにしっかり考えているなんてすごい」と返ってきた。
この一連の流れも、僕の心の汚い何処かを満たしてくれた。
僕にとって獣医とは将来の夢ではなく、将来を語る上で非常に使い勝手のよい道具だった。
アイツはその道具を見事に操り、時には改良し、重要な装備の一つにした。
そして僕は、獣医を目指すアイツのために大嫌いだった勉強をして、
市内では割と有名な進学校へ入学を決めた。
アイツが獣医を目指す以上、僕は将来について悩む必要はなくなった。
何かあったら獣医という単語を使えば全て済むのだから。
進むべき類系も、目指すべき大学も、勉強すべき科目も簡単に決まって楽だった。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 22:43:20.80 ID:vtfbhLaRO
- 高校に入っても、僕はアイツで居続けた。
僕がアイツであれば、好かれることはなくとも、嫌われることは決してなかったから。
ただ、僕の心には小さな反逆心が芽生えていた。
高校では陸上部ではなく、野球部に入った。
親や僕を知る人にとって、僕が陸上をしないということは大事件だった。
中学の時の友人にはひどく驚かれた。
親の驚きようも並々ならぬものだった。
親には叱られると思った。
実際叱られた。
アイツは親の言うことに従順で、陸上というスポーツが大好きな人間だったから。
そんな親を言いくるめたのも、やはりアイツだった。
巧みに真実を隠し、嘘で固めたもっともな理論で親を論破した。
ひどい話だ。
アイツへの反逆をアイツ自身に手伝ってもらったのだから。
親は案外あっさりと引き下がった。
家庭内でいろいろいざこざがあって、家庭内における僕の権力が強くなったからだろうか。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 22:53:01.05 ID:vtfbhLaRO
- 不思議な物だった。
アイツにとって絶対だった存在の親が、いつの間にか対等に近い存在になったのだから。
結果、アイツは親の言いなりにはならなくなった。
それでも親孝行な息子であろうとはしていたが。
野球経験の無い僕にとって、野球部という場所では何も頼れる物が無かった。
理想の人間像から生み出されたアイツでも、さすがに運動能力までは理想化できない。
僕は全裸で野球のグラウンドに立っていたのだ。
しかし、泥だらけ痣だらけで、情けない姿を晒してはいたが、
そこに立っていたのはアイツでも、ましてや他の何者でもなく僕自身であったのだ。
経験の無い僕に何か格好のいいことを期待する人は誰もいなかった。
期待されていたのは、もっと地味な、決して重圧にならない別のものだった。
その期待に応えることは、自尊心とかそんな虚栄を満足させる物ではなく、
もっと僕の心の綺麗な何処かを満たしてくれた。
生まれて初めて、やりたい事に出会った瞬間だった。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 23:08:16.53 ID:vtfbhLaRO
- ( ・∀・)「だったら獣医師じゃなくて、野球選手になればいいじゃない」
(・∀ ・)「無理なのはわかってるくせに、そんなことを言うな」
もし、このままずっと野球を続けていけるのならば、それは一番幸せなことだろう。
しかし、自分の能力では野球で飯を食べていくことが出来るわけなかった。
プロになることは当然、企業に雇ってもらうことすら無理な話だ。
それに、社会人野球選手は野球が出来なくなると大変な目に逢うと聞く。
ちょっと無茶をしただけで腰の骨を疲労骨折するような僕の身体ではやっていけるわけがない。
周りの期待を裏切り、僕のワガママで進む道としては、あまりにリスクが高すぎる。
理想と現実は違うのだ。
それでも、野球という存在は今でも僕にとってかげがえのないものなのだ。
毎日あんなに苦しい思いをして努力したのも誰かが求めたからではない。
自分が上手くなりたいと思ったから努力したのだ。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 23:16:23.98 ID:vtfbhLaRO
- 高校で野球を続けた二年半は、それまでの十六年なんかよりも輝いていた。
僕の汚れた心の何処かに溜まった満足感なんかでは決して得ることのできない快感があった。
二年半、僕はグラウンドの上では全裸で居続けたのだ。
(・∀ ・)「俺、陸上やってたから足が速かったじゃん」
( ・∀・)「そうだね。それで監督からは三塁側に転がして内野安打を狙えって言われたんだよね」
(・∀ ・)「無視したけど」
( ・∀・)「僕だったら言うとおりにしてたのに」
(・∀ ・)「野球を始めたのも、努力したのも俺だ。お前には口出しさせたくなかったんだよ」
( ・∀・)「そのせいで恥ずかしい思いもしたし、辛い目にもあったのに」
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 23:25:00.85 ID:vtfbhLaRO
- ( ・∀・)「陸上を続けていればそんなことなかったのに」
(・∀ ・)「そうかもな。でも、野球をやっててよかったと思う」
( ・∀・)「君がそう言うならよかったんだろうね」
監督に求められた僕は、足を生かして内野安打を狙うバッターだった。
でも、足を生かしてと言うのが気に入らなかった。
確かに野球選手にとって、足が速いことは強い武器だろう。
しかし、足の速さを褒められる事は、陸上をやっていたアイツを褒められる事で、
アイツという存在を捨ててグラウンドに立っている僕にはただの屈辱だった。
全裸でグラウンドに立っている僕ではなく、グラウンドの外で汚れた何かを守ろうと武装したアイツを求められるのが嫌だった。
ありのままの自分を見て欲しかった。
だから、打撃に関しては自分で自分の形を探した。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 23:31:00.04 ID:vtfbhLaRO
- その結果完成したのは、小さな当たりでヒットを稼ぐアベレージヒッターではなく、
一発長打で得点を狙うスラッガーのバッティングだった。
僕は線が細く、ひょろひょろした体型だったから、この結果には自分でも驚いた。
でも、全裸の僕が必死に努力して得た物だ。
試合では、一打席目はやや前進気味のシフトを敷いていたチームが、
二打席目には内外野が定位置から大きく下がる形に代わるのだ。
周りがこうであって欲しいという期待を裏切れた。
アイツではなく、僕自身が打席に立っているという証拠だった。
それが嬉しかった。
僕が僕自身であるということが。
しかし、それもグラウンドの上だけの話だ。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 23:37:26.93 ID:vtfbhLaRO
- グラウンドから離れれば、僕は僕でなくなる。
アイツがいないと何もできない情けない存在になる。
グラウンドでは、ピッチャーを真っ直ぐ睨みつけて不敵に笑うスラッガーでも、
そこを離れてしまえば、人の期待に応えることでなんとか自分を保とうとする弱い人間だ。
同じグラウンドで一緒に戦った盟友にも、僕は顔を合わせることはない。
彼らに嫌われないように、アイツに任せるのだ。
最低だ、と思った。
でも、今さら何も変えられるわけがなかった。
今さら何かを変えたら、僕を―――アイツを知る皆はどんなに失望するだろうか。
やりたい事をやれ、周りの目なんて気にすることはない
そう雄弁に語るアイツが、本当はこんな人間だと知られたら――――
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 23:45:57.14 ID:vtfbhLaRO
- 昔は、自分の汚れた自尊心を満たすためだったが、今は全てを失わないためにアイツを使う。
もうアイツがいなければ僕という存在は成り立たないのだ。
(・∀ ・)「……俺は、どうしたらいいんだ」
( ・∀・)「君のやりたい事をやればいいよ」
模範生のアイツは、もっともな事を言う。
例え、それが自分を殺しかねない事でも構いはしない。
そういう人間であるように創りあげたのだ。
創りあげた人間に、オリジナルの僕が食われた。
それだけのことだ。
もう、僕はこの世界に口出しができないのだ。
もはや死んでしまったも同意だ。
自己中な僕は、優等生のアイツに殺されたのだ。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/01(月) 23:54:48.80 ID:vtfbhLaRO
- ( ・∀・)「……まだ、だよ」
僕を殺したアイツが僕を引き留める
死んだ僕に何を求めるというのか
( ・∀・)「君は死んでない。僕を殺せば生きていける」
こんな時にもお前は綺麗事を言うのか
お前を殺した後、俺に何が残るというのだ
( ・∀・)「ありのままの君を、みんなは受け入れてくれる。
例えみんないなくなったとしても、君ならまた立ち直れる」
何を言う
みんなの期待がどれだけ大きいか
それを裏切る行為はどれだけ罪深いかわかるか
( ・∀・)「野球部の監督だって、君が求めた形にならなくても、それを認めて受け入れてくれたじゃないか」
それとこれとは根っこが違う
お前だって本当はわかっているだろう
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/02(火) 00:01:51.02 ID:xFLYuCdNO
- 僕とアイツの言い争い。
ただのつまらない一人芝居。
もう何もかも嫌になった。
カッターナイフを取り出して手首に当ててみた。
これを引いたらどうなるんだろう。
きっと僕は自由になれる。
だけど、アイツは許してくれない。
親や友達が悲しむ、自殺は甘えだ、まだ未来には幸せが残っている
くだらない漫画やドラマで聞いたことがあるような綺麗事を並べる。
頭ではわかっていた。
それでももう僕は僕でいることが辛くって辛くって仕方がなかった。
アイツが僕を殺さないのなら、僕が僕を殺すしかない。
もうそれしか道はない。
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/02(火) 00:09:48.20 ID:xFLYuCdNO
- 右手にはカッターナイフ。
銀色に光る刃は手首の動脈の辺りにあてられている。
その下に大学の志望調査書。
獣医の二文字が憎い。
あの時のちっぽけな自尊心が作り出したアイツの夢。
それが今になって僕を追い詰める。
そもそも、僕は昔からあまり頭が良くないのだ。
獣医になろうだなんて無理に決まっていた。
大学を受験するだけ金の無駄。
浪人して、予備校に金を払っているのだって馬鹿げている。
なのに親は僕に期待をして、高い金を払って浪人させてくれたのだ。
にも関わらず今さらアイツを殺して僕自身を皆にさらけ出せと。
無茶な相談だ。
(・∀ ・)「……さよなら」
その言葉は誰に向けたものだろうか。
声が震える視界が揺れるカッターを握る右手が震える。
僕は一度深呼吸して―――右手を引いた。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/02(火) 00:11:43.44 ID:xFLYuCdNO
( ´∀`)「……じゃ、これでいいモナね?」
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/02(火) 00:19:04.73 ID:xFLYuCdNO
- 白い紙を片手に、男はそれとこちらを交互に見ながらそう言った。
僕は彼の目を真っ直ぐに見つめて返事をした。
( ´∀`)「模試の成績は気にしないで、これから頑張るモナ。
まだ十分にチャンスはあるモナ。またんきくん」
( ・∀・)「……はい」
この時期に、一浪しているのに、模試でE判定を出した僕に彼はそう言った。
正直な話、この時期でこの成績では厳しいだろう。
でも、彼は僕に期待をしている。
この時期からでも僕ならば一気に巻き返せると。
僕に出来ることは、その期待を裏切らないように努力を続けることしかない。
( ´∀`)「ところで……」
( ・∀・)「はい?」
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/02(火) 00:26:15.95 ID:xFLYuCdNO
- ( ´∀`)「その……、手首の包帯は……」
( ・∀・)「ああ、これですか。大したことはないですよ。ちょっと紙で切っちゃっただけです。
傷は全然深く無いんですけど、範囲が広いのでこんな状態になってますがね」
そう言いながら包帯をちょっとだけ外して、彼に見せる。
細く赤い筋が姿を現した。
( ´∀`)「なんだそうモナか。てっきり今回の成績を気にして手首を切ったのかと思ったモナ」
( ・∀・)「まさか。僕はそんな人間じゃありませんよ。確かに今回の結果は不本意なものでしたけど、いちいち気にしていたら前に進めませんからね」
( ´∀`)「そうモナね。またんきくんがそんなことするわけないモナね。
いやいや失礼したモナ。じゃああと少し、頑張るモナよ」
( ・∀・)「はい。では、失礼します」
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/02(火) 00:35:15.67 ID:xFLYuCdNO
- 小さく一礼し、足早に予備校の教員の部屋を後にした。
彼の期待に満ちた視線が痛かった。
( ・∀・)「また嘘をついちゃったな」
左手の包帯を外すと、先ほどは見られなかった場所に深い切り傷があった。
あの時。
僕はカッターで手首を勢いよく切った。
しかし、肝心の動脈部はちゃんと切れず、関係ない場所だけ深く切ってしまった。
あまりの痛みにやり直す勇気は出なかった。
ビビった故の自殺未遂。
僕にとっては―――ではあるが。
僕は未遂で済んだが、アイツは死んでしまった。
いい加減で、自分勝手で、面倒くさがりのアイツが。
消えたわけではないが、二度と姿を現すことはないだろう。
だから僕は、空欄の埋まったあの紙に手を加えることなく、周りが求めるその形のまま提出した。
それを受け取った教員は、やはりどこか満足そうな表情だった。
当たり前だ。
彼らの求める僕は、たとえ模試の結果が悪くても夢を諦めたりしない意志の強い人間なのだから。
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/11/02(火) 00:37:36.34 ID:xFLYuCdNO
- 僕は敷かれたレールの上を進む
誰かにそうあるようにと求められ、設置されたレールを進む
いつも、いつでも皆が求める僕であり続ける
それが、アイツの決めた道
それが、僕の進む道
( ・∀・)の進む道のようです 終わり
戻る