- 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:10:21.34 ID:55kKqYLn0
- 1.
ヴィップ州の街角で出会ったその娼婦には片方の乳首がなかった。
川 ゚ -゚)『歯が生えたばかりの息子に噛み切られたんだ。痛かったよ』
彼女はいつもそう言うがそれにしては切り口は綺麗だ。
それでは乳首の一インチ下にある煙草を押しつけた火傷の跡も息子がやったものなのだろうか。
腰にある酷い内出血の痕もそうなのか。
素人が縫ったようにしか見えない右肩の縫合跡は、裁縫の実習の跡だとでも言うつもりだろうか。
嘘を吐いているのだとは思うがその真偽には興味はない。
それに臍のすぐ下にある銃創を見るとどう考えても子供を産める身体には見えない。
( ´_ゝ`)『ああ、そうかい』
それでいつも、それだけ答えてまた彼女の胸に顔を埋める。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:12:39.16 ID:55kKqYLn0
- 女の左腕の内側と手の甲は赤く腫れ湿疹に似た発赤とその奥に散らしたような赤紫の内出血が
見える。無数の注射痕。これでは腹を撃たれなくても子供なんかとっくに産むことはできまい。
俺は彼女の部屋で寝泊まりしている。
出会いといえるほどのものはないが意気投合したと言ってしまえばそれだけなのかもしれない。
薄汚いシーツにくるまって昔話をしているといつの間にか朝になっている。
昔話以上のことをする日もあるし、しない日もある。
ただの気分だ。
俺が居候しているので彼女は客を取れず代わりに俺が一日置きにチンピラから脅し取った
小銭を恵んでやっている。
その金でデリバリーのピザやラップサンドやクソ不味いチャイニーズを食べて寝る。
儲けがいい日はフィッシュ&チップス、トロピカルジュース、それにビールが加わる。
食って寝る、それだけの生活だ。
やらなければいけないことも特にない。
日銭を稼ぐより気の合う女とのんびり過ごす方が百倍大事だ。
誰だってそうするだろう? 俺だってそうだ。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:14:45.67 ID:55kKqYLn0
- この州に辿り着いたのは最後のモーテルを出てちょうど五日目のことだったと思う。
乗っていたバイクはもうとっくに燃料が切れたから道端に捨てていた。
この先当分ガス代が入る見込みはない。車庫代は言うに及ばずだ。そもそも盗んだものだ。
数百キロの鉄クズを引きずり回して遊ぶ趣味はなかった。
拳銃は持っていない。護身用のナイフをジャケットに隠したまま何日も歩き通した。
気付いたときにはヴィップ州に着いていて深夜だった。
そこで俺は朦朧とした意識のまま街角に立つ女にナイフを突き付けていた。
カネかメシを寄越せ、と言ったつもりだった。
だが次に意識がはっきりしたときにはこの部屋にいて裸でベッドに入っていたからもしかしたら
違うことを言ったのかも知れない。
それだけの関わり合いで俺と女は同じ部屋で寝泊まりすることになった。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:17:01.21 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『名前、教えてくれよ』
そう聞くと女はいつも笑って首を振った。
川 ゚ ー゚)『名前はない。ただの娼婦だよ。それで何か問題あるか?』
毎回同じ答えだ。
( ´_ゝ`)『なんて呼べばいいんだよ』
川 ゚ -゚)『いつものように、おい、とか、お前、でいい。第一、君も名乗らないじゃないか』
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:19:00.40 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『俺? ジョン・ドーだよ』
川 ゚ -゚)『じゃあ私は、ベティ・ドーだ』
ジョン・ドー、ベティ・ドー。身元不明者に付けられる名前。
名無しの権兵衛同士。
お互い根無し草だ。
それだけでいい。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:21:08.93 ID:55kKqYLn0
- 真っ昼間から全裸で二人並んでシーツにくるまり窓の下を見下ろしていた。
ほぼ毎日の日課だ。
眼下の古びた灰色の煉瓦の上を自動車、自転車、歩行者、金持ち、貧乏人が何人も何人も。
それらが通り過ぎていくのを何も考えずにただ見ている。
一本向こうの通りの影の街灯の下にハンチングを被り厚手のジャケットに両手を
突っ込んだ男が手持ち無沙汰に立っているのが見える。
プッシャー。売人だ。
( ´_ゝ`)『昼間っから精が出るゴキブリだな。
いや、伝染病をバラ撒くドブネズミか』
冗談めかして言うと女は片眉を上げる。
首を動かした拍子に乳首のない裸の片胸がゆさりと揺れ、そこに視線が行く。
川 ゚ -゚) 『やめてくれ。
確かに褒められたものじゃないが、私たちの後ろ盾でもあるんだ。
彼らは、警察よりはアテになる』
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:23:07.54 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『どうだか』
売人は嫌いだ。というよりヤクが嫌いだ。
川 ゚ -゚) 『君は、クスリは嫌いなのか?
死にかけで淫売にたかるような人種が、珍しいな』
( ´_ゝ`)『貧乏で路頭に迷うのとヤク中で路頭に迷うのとは違う』
俺の苛立ちに気付いたようで女はそれ以上何も言わない。
黙って座りまた窓の外を見ていたが静かに口を開いた。
川 ゚ -゚) 『君は、どうしてこのヴィップに流れてきた?』
答える必要は無い。黙っていると女は本格的に興味を持ったらしく身体を起こし両手で
俺の顔を挟んでまた、どうして、と繰り返す。
面倒臭い。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:25:09.47 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『弟がジャンキーに殺された。前に住んでた街で』
静かに言う。
女は息を呑む。
こんな掃き溜めでこんな暮らしをしているのに人の死には慣れていないらしい。
( ´_ゝ`)『俺の街ではアジアンが幅を利かせてた。ヤクの出所はチャイナタウンだ』
窓の外を見る。スモッグまみれの空は灰色で重苦しい。
( ´_ゝ`)『弟を殺したジャンキーの裁判に、チャイナタウンの重役が証人として出廷した。
罪を問うことはできない。検察もあいつを引っ張り出すまでは努力したが、そこから
先は法律じゃ裁けなかった。当たり前の話だ』
女は黙っている。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:27:10.39 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『俺は、弟が稼いだ金と自分の貯金をはたいてハマーを買った。裁判所の前で待って、
出てきたキチガイと得意顔の黄色いチンパン野郎をまとめて轢いた』
言い終えて女の顔も見ずにベッドに寝そべる。
窓に背を向けて腕を組む。
( ´_ゝ`)『で、お尋ね者の流れ者だ。このザマだよ』
川 ゚ -゚) 『それは、本当なのか?』
女の固い声が降ってくる。
手を振り、返す。
( ´_ゝ`)『ああ、ぜんぶ嘘だよ。金は酒とバクチで使い果たした。
家族にも隣人にも愛想尽かされて放浪さ。ヤクより酒の方が性に合っててね』
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:29:17.89 ID:55kKqYLn0
- 女は笑い、同じように横になって俺の腹に後ろから腕を回す。
背中に体温と柔らかい脂肪に包まれた皮膚の感触を感じる。
川 ゚ -゚) 『何だ……バカなことを。
悪い冗談はやめてくれ、怖いじゃないか』
( ´_ゝ`)『ああ、そうだな。悪い冗談だよ』
悪い冗談だ。
ベトナムにいた時は、平地で車に乗っている時は弾が勿体ないから黄ザルは轢き殺せと教わった。
それなのに故郷に戻ってその教えを実践したらこのザマだ。
ベトナムの方がこの国より自由だなどとは知らなかった。
自由の国が聞いて呆れる。
本当に、悪い冗談だ。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:31:13.02 ID:55kKqYLn0
- 部屋には時計もカレンダーもない。
だから何年の何月何日のことかは思い出せないが、取り立てて言うこともない朝だ。
ある寒い朝、日課に出ようとしている俺を彼女が呼び止めた。
川 ゚ -゚)『そういえば、君はどこから来たんだ?』
( ´_ゝ`)『オフクロのオマンコから』
川 ゚ -゚)『その後は?』
( ´_ゝ`)『肥溜めだよ』
答えたくないと言うことは十分察したらしい。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:33:17.97 ID:55kKqYLn0
- 川 ゚ -゚)『……全く、君という奴は。まあいい。友人が、ラウンジ州から来た男を捜しているんだ。
ラウンジからこの州に来た知り合いがいれば、教えて欲しい』
彼女の腕の注射痕を見ながら考える。
ヤク中の娼婦にわざわざ人捜しを頼むような真人間がいるだろうか。
真人間の友人なら、大抵は同じ真人間だろう。真人間は当然ヤク中の娼婦を買わない。
つまり、その友人とやらは真人間ではない。
第一そもそも推測などしなくても尋ね人の見当は付く。
いや、見当どころではない。
川 ゚ -゚)『知っているか?』
( ´_ゝ`)『いや。覚えはないね』
ラウンジから来た友人に心当たりはない。だから嘘じゃない。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:36:25.63 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『で、誰がお前にそんなこと聞いたんだ?』
川 ゚ -゚)『……友人だよ。昔からの友人だ』
昔。
恐らくは彼女がヤク中になるのと同時期にできた友人だろう。
( ´_ゝ`)『ふーん。ま、会えるといいな。そのラウンジから来た男に』
それだけ言って部屋を出る。
色々あって帰ってくる頃には夕方になっていた。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:38:37.97 ID:55kKqYLn0
帰った俺の顔を見るなり女は言う。
川 ゚ -゚)『お腹が空いた。飢え死にするところだったぞ』
( ´_ゝ`)『奇遇だな。俺も空腹で死にそうだ』
答えながら懐から出したホットドッグを整理整頓とは縁遠いテーブルに放る。
女は半裸のままベッドを下りてテーブルに座った。
飢え死にするところだったと言う割には、ナイフの血脂を落として来るまでその姿勢でいた。
そのまま二人で無言でホットドッグを食べ、シャワーも浴びずにベッドに入って寝た。
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:40:24.44 ID:55kKqYLn0
- 身体の傷痕を除けば女は上玉だった。
髪を整えて化粧し毛皮のコートを着ていれば淫売じゃなく指名制のコールガールと言われても
疑いはしなかっただろう。
だが女は片方の乳首がなく代わりに根性焼きの跡が残っていてしかも十中八九ヤク中だ。
たまにもどかしそうに洗面所に歩いていき、数分後弛緩しきった顔で戻ってくる所を見ると
ヤクと完全に決別しているわけではないようだ。
明け方前にふらりと出て行って何時間か戻らないこともある。それも定期的にだ。
川 ゚ -゚)『君はなぜこんな私を好いてくれる? なぜ、いつまでも居てくれるんだ?』
女は聞く。俺は答えない。
川 ゚ -゚)『私はこんな身体で、貧乏人だ。学もない。それなのに、なぜなんだ』
( ´_ゝ`)『成り行きだよ』
眠い目を擦り答える。それもそのはずで今は明け方の三時だ。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:42:35.93 ID:55kKqYLn0
- 首を捻り彼女の顔を見ると瞳が不自然に痙攣し僅かに左右に絶え間なく動いている。
唾を飲み込む頻度はやけに高いし決して暑くもないのに汗を掻いている。
良くない入り込み方をしているのだろう。
川 ゚ -゚)『適当な事を言うな。成り行きなんかでこんな惨めな女と暮らせるか。
なあ、本音を教えてくれ。怖いんだ、気になるんだ。だから、どうしても知りたくて』
面倒臭い。
( ´_ゝ`)『……惚れてるからだよ。
お前に惚れてるから』
川 ゚ -゚)『本当か? 本当に? 本当に、そう思ってくれてるのか?』
( ´_ゝ`)『ああ、そうだよ』
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:44:34.65 ID:55kKqYLn0
- 何日かおきにタチの悪いトリップを繰り返す女の質問に同じ答えを返す。
惚れてるんだ。一目惚れだよ。愛してるんだ。本当だよ、嘘なんか吐かない。俺の目を見ろよ。
川 ; -;)『本当に? ……嬉しい。私、嬉しいよ。
ごめん、いきなりバカなこと聞いてしまってごめん。私を許して、許してくれ……』
その度に女は泣き、詫びる。
( ´_ゝ`)『ああ。いいんだよ。いいんだ。気にするな』
そして俺はその嘘にいつしか疲れてくる。
川 ; -;) 『ごめん、許してくれ。私、こんな身体で、娼婦で、汚れていて、だから誰かに
愛されたことなんて無くて、それでも君は一緒にいてくれて……幸せだけど、
幸せすぎて怖くて、それでどうしても聞かないと我慢ができなくてそれで――』
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:49:15.17 ID:55kKqYLn0
- バカ女が。
鏡を見てみろ。
なぜ俺がこんなヤク中で全身傷痕だらけのバケモノ女に心底惚れないといけないんだ。
ああ、そうだ。
きっとこいつが余りにもしつこくバカらしい質問ばかり繰り返すから俺は自分の心を偽るようになって
しまって、それでこの女と同じように俺は女に惚れているとそう思い込むようになったんだ。
疲れているだけ。
惚れてなどいない。
絶対に惚れてなんかいない。
しゃくり上げながら全裸でベッドの上に起き上がり、片方の乳首が無い大きな胸を揺らしてガキのように
泣きじゃくる女を宥めながら何度もそう思い返す。
こいつに対して感じる愛着など、三本足のノラ犬に対して感じるそれと大差はない。
そうだ。
その通りだ。
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:52:15.85 ID:55kKqYLn0
いつかこいつがオーバードーズで死んだりしたら。
そうしたらこの部屋から見えるアパートメントの裏庭に埋めてやろう。
冗談半分にそう思った。
だがその時、俺はきっと泣くだろう。
自分が掘った墓穴が流れて埋まってしまうぐらい本気で泣くだろう。
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:54:44.60 ID:55kKqYLn0
- 2.
どうにも長居しすぎたようだった。
ヤク絡みのコネクションは広く根深い。
あまりにもこの部屋で過ごす時間の居心地が良すぎてそれを忘れていた。
俺が想像する以上の激しさで向こうが動くとは、想像していなかった。
部屋に戻るといつもは一日中点きっぱなしの室内灯が消えていた。
鼻を衝く嗅ぎ慣れた臭いに気付かない振りをして娼婦を呼んだが返事はない。
手探りで灯りを点ける。
部屋は荒らされ床一面に衣服や本や食器が散乱していた。
( ´_ゝ`)『……おい。起きてるか。
無事か? いたら返事しろ』
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:57:36.37 ID:55kKqYLn0
- 女は大の字になって、ベッドに仰向けに横たわっていた。
奇妙な帽子かマスクを顔に被っているように見えた。
両手両脚は、手錠でベッドの枠に固定されていた。
薄汚れたアイボリーだったシーツは赤に染め直されていた。
歩み寄って覗き込む。
ハ ) 『……』
頭の左半分には頭皮が無い。
血液で赤いマーブル模様になった頭蓋骨が頭頂からちょうど半分、露出していた。
頭頂に刃物を入れ眉のあたりまで力任せに引きはがされた皮膚が裏返り、顔の全面に
垂れ下がって顔を隠している。このせいで女が何かを被っているように見えたのだった。
それを押し退け彼女の顔を見る。
ハ,;';:_,_, ) 「……」
その下の女の顔には両眼がなかった。眼球が、なかった。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 22:59:51.79 ID:55kKqYLn0
両の眼窩は赤黒い空洞になっていてその片側からは濡れた紐のような物質がはみ出ていた。
それが切り裂かれた顔面から流れる血液と一緒に耳の横に垂れ下がっていた。
半開きになった口には歯が一本も残っていなかった。
引き抜かれた歯は女の頭の横に綺麗に並べられていた。
その口と片方の眼窩の脇には白い半透明のまだ固まっていない粘液がべったりとこびりついている。
精液だ。
( ´_ゝ`)『……おい』
身体を見下ろす。全身が同じように刃物で切り裂かれている。
胸には乳首どころか乳房もなかった。根元から切断された脂肪と乳腺の断面が放射状の
モヤのような模様を成してへばりついているだけだ。
もう後天的な肉体的欠陥を嘆く必要もない。
下腹部の切り傷のいくつかは内臓に達している。
一番深刻なのは臍から女性器の合わせ目までを縦に走る傷で、そこから腹圧ではみ出た
腸を粘土細工のように弄んだ形跡があった。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:01:43.59 ID:55kKqYLn0
- 俺は黙って女を見る。女は動かない。
( ´_ゝ`)『……』
もう死んでいるだろうと判断しその顔に手を触れる。
すると女は全身を大きく震わせて全身を跳ね上がらせた。
ハ,;';:_,_, ) 『げぼぉっ』
どす黒い血液を勢いよく吐き出し不明瞭な叫びを上げる。
幸か不幸か横隔膜が傷ついていないようで呼吸も発声もまだ可能な状態だった。
ハ,;';:_,_, ) 『い、ば、いや゛あ゛あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
叫び、手錠を掛けられた四肢を狂ったように暴れさせて戒めを解こうとする。
眼を抉られ歯を引き抜かれる最中も何度かそれを試みたのだろう、手首と足首の皮膚は
手錠に繰り返し強く擦られて裂け骨が露出していた。
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:03:51.64 ID:55kKqYLn0
ハ,;';:_,_;) 『ひ、い゛い゛い゛い゛、やあああ、や、やべ、で、や゛え、べ、っ』
首を振ると眼窩の奥から赤黒い血液がどろりと流れ落ちる。
目が見えない彼女に、急に触れられたことは拷問の続きの始まりと思えたのだろう。
身体に触れるのを諦め耳元で大声で呼びかける。
( ´_ゝ`)『落ち着け。もう大丈夫だ。
俺だ、今救急車を呼んでやる。大人しくしてろ』
ハ,;';:_,_;) 『あああああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
叫び続ける女を宥める。
嘘だ。
もう助かるはずがない。
何分、何時間こうしていたか知らないが今まで生きていたのが不思議なぐらいだ。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:06:00.62 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『大丈夫だ。俺が居てやる。
分かったから、もう騒ぐな。大丈夫だ』
ハ,;';:_,_;) 『あああ、あう゛、う゛あ……あ、あ゛ああ』
じきに女は俺の声を認識して静かになる。
せめて顔を拭いてやろうと床に落ちていたタオルを拾い洗面所に行く。
洗面所の白いシンクには一面に恐らくは女の血液がぶち撒けられていた。
彼女を「解体」した人間がここで手を洗っていたようだった。
臭いを堪えながらタオルを濡らし顔を上げると石鹸入れに女の眼球が二つ並べて収められていて
それと目が合う。
奇妙に白いその眼球を見ていると急に吐き気が込み上げてきて隣のバスタブに嘔吐した。
バスタブには切り取られた乳房が潰れて落ちていた。
断面の黄色い脂肪に嘔吐した胃液がかかり、びちゃびちゃと音を立てて揺れた。
それを見て俺はさらに激しく嘔吐した。
嘔吐しながらこれがまだ彼女の身体に残っていた時のことを思い出す。
触れたときの女の吐息や反応を思い出すと目に涙が浮かんで歯を食いしばった。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:07:59.35 ID:55kKqYLn0
- 手錠はどうしても外せなかった。必要な工具は分かっているが調達する手段がない。
諦めて女はそのままにして床に座り、ベッドに背を預ける。
( ´_ゝ`)『……なあ。まだ、起きてるか』
生きてるか、とは聞かない。
ハ,;';:_,_, ) 『あ、う゛、うん』
女は頷き、歯のない口で息の抜けるような返事をする。
( ´_ゝ`)『何があった。誰にやられた』
ハ,;';:_,_, ) 『……』
女は黙る。喋りづらそうにまた口を開く。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:10:01.57 ID:55kKqYLn0
ハ,;';:_,_, ) 『も、モラ、モラ、ラ、あ。
ふぉく、フォック、クスのこぶ、ふ、ぶん……ごのまぢ、くずり、う、り。もどじめ』
モララー。フォックスの子分。この街の薬売りの元締め。
( ´_ゝ`)『フォックスの子分の、モララー……だな。
なぜだ? なぜ、お前がこんな目に遭うんだ』
女は言い淀む。
拭ってやった口の端から唾液混じりの血液が流れる。
引きずり出され切り開かれた内臓から肉屋の便所のような臭いがする。
ハ,;';:_,_, ) 『ら、ラウンジ、き、だ、来たおと、男。
わた、わだし……しっで、るだろ゛、っで。そう……ごぼっ、で、でも、じらない』
( ´_ゝ`)『……そうか』
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:12:03.95 ID:55kKqYLn0
- 俺は黙る。
それを俺に話すと言うことは、彼女はまだ気付いていない。
彼女はぜいぜいと犬の咳のような呼吸を続ける。
時折呼吸が止まり、また思い出したように胸を動かす。その間隔は徐々に長くなる。
せめて、呼吸が止まるまでは居てやろう。
そう思う。
彼女は大きく咳き込む。呼吸は見ている内にどんどん不規則になっていく。
ハ,;';:_,_, ) 『げ、げぼっ、がはっ、げえっ……うう、うう゛お゛っ』
突然赤子の癇癪に似た唸り声を女が立てる。
裸の四肢をよじり無念そうに歯茎を噛み締め、凝固しかかった血を吐き出す。
( ´_ゝ`)『……なんだよ。どうした』
ハ,;';:_,_;) 『わ、わだ、し……やだ。
し、じにだ、く、ない。いや……いやだ。もっど……ぎみ、と』
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:14:02.79 ID:55kKqYLn0
- 無理だ。
女は確実に死ぬ。
もうあと数分も保つまい。
ハ,;';:_,_;) 『ぎゅう、きゅうじゃ、よ、よんで……くれ゛だ?』
( ´_ゝ`)『ああ。あと十分もすれば来るよ。だから頑張れ』
真っ赤な嘘だ。
救急車など呼ぶだけ無駄だ。娼婦がどうやって死のうと病院は動かない。
治療費が支払えないのはほぼ確実だし厄介な性病を病院に持ち込まれるかもしれないからだ。
女は納得したように頷く。
そして、身を縮こめようとする。
ハ,;';:_,_;) 『ね……おね、がい。
だいて。わだし、さう゛、さむい、の』
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:16:01.11 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『……奇遇だ。俺も、ちょうど寒くなってきたところだった』
立ち、ベッドに上がる。
大の字になった女の脇に横臥し、肩に腕を回す。服が汚れるのも構わない。
ハ,;';:_,_, ) 『ふ、ぎ……き、ぎだなくで、ご、ごめん、ね』
( ´_ゝ`)『いや。いいんだ』
シーツを掛けてやりたいがたった一枚のシーツの上に女は寝ている。
無理矢理引っ張って取り出そうとすればそれだけで女はショック症状を起こし死ぬだろう。
ジャングルの野戦病院で呻き、ベッドから担架に移された途端に絶命した奴を何人も知っている。
女の横顔を見ると、頬を涙が伝っているのが見える。
眼球のない眼窩から、女は静かに涙を流している。
二人で天井を見る。たった数呼吸の間。
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:18:02.41 ID:55kKqYLn0
- 女が、思い出したように口を開く。
ハ,;';:_,_, ) 『ね゛。なま、なまえ……おじ、え、て。
あな、あなたのな、ま゛え』
俺は女を見る。
ラウンジから来た男の名前を、女は聞いているだろうか。
だとしたら言うことはできない。言えばそこで彼女は気付く。俺のせいで死ぬんだと。
散らばった室内に落ちていた本の背表紙を不意に思い出す。
手垢が付いた古い装丁の本。
( ´_ゝ`)『……ロミオ。
ロミオ、だよ。俺の名前。お前は? 今度こそ教えてくれよ』
女は確かに笑った。照れ臭そうに口を歪めて血で真っ赤な唇を吊り上げた。
ハ,;';:_,_, ) 『な、なら……わだし、ジュリエッ、ト。
っぶ、ふふ、っ……』
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:20:00.00 ID:55kKqYLn0
- ジュリエット。
そう言って女はこちらを向く。黒い眼窩から赤と透明の液体を流して笑う。
俺も笑う。
( ´_ゝ`)『……そうか。
ロミオとジュリエット、だな。俺たち』
二人で笑う。
ハ,;';:_,_, ) 『うう、う゛う゛……ふ、ふふう、ふっ』
( _ゝ )『ふふ……はははっ』
気の利いたジョークだ。
お互いに。
- 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:22:13.26 ID:55kKqYLn0
- 笑いすぎて涙が出てきた。
目から水が流れるのは久しぶりだ。
だから俺は顔を起こして、彼女の頬にキスをした。
乾きかけた血液のぱりぱりとした感触。
血の気が失せた肌は強ばって固まり悲しくなるほど冷たく、ぬくもりは微塵もない。
俺が自分から彼女にした最初で最後のキスの味がそれだった。
ハ,;';:_,_, ) 『ふ……ふ、っ。うれ゛、じ、』
彼女はまた笑った。
そしてその笑顔のまま、ふう、と溜息を吐いて、動かなくなった。
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:24:43.70 ID:55kKqYLn0
- ( ´_ゝ`)『……』
大きく息を吐き、目を閉じる。
いつもの夜のように彼女の胸に手を伸ばしてそこにあった大きな乳房に触れようとする。
だがそこには黄色い粘着質の断面しか残っておらず、にちゃり、という音がして黄土色の
脂肪が掌にこびりつく。
( ´_ゝ`)『ジュリエット』
それが本名かどうかなんて大した問題じゃない。
ただ彼女が名乗ったその名を呼ぶ。出会ってから初めて彼女の名前を固有名詞で呼ぶ。
返事はない。
背を向け、黙って身体を起こす。
起こしながら、懐のナイフの柄の感触を確かめている。
例え死んでいても、目がなくても、この顔を見られたくない。
夜も昼も食事も排便の時間もなく、ジャングルで息を潜めている時の顔。
どうやって敵を殺すかしか考えなくて済んだ頃の顔。
- 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:26:58.30 ID:55kKqYLn0
- ハ,;';:_,_, ) 『――ラウンジしゅう、には、いづ、かえ、る、の?』
背中から、微かに聞こえる。まだ生きていたのか。
( ´_ゝ`)『さあ、何年後になるかな。ほとぼりが冷めたら……』
答える。
答えて、気付く。振り返る。
( ´_ゝ`)『……お前』
女は察していた。俺が「友人」の尋ね人だということを。
それはつまり、俺のせいでこんな目に遭わされて死ぬのだと、彼女は分かっているということだ。
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:28:45.16 ID:55kKqYLn0
- ゆっくりと目を動かし、彼女の顔を見る。
その顔は俺を恨んでいるのかと思った。憤っているのかと思った。
だが違った。
彼女は優しく、ただ優しく、叫びたくなるほど、優しく、微笑んでいた。
ハ,;';:ー )
そして俺はと言えば、やはりあの夜に予想した通りだった。
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:30:41.81 ID:55kKqYLn0
- 3.
そのまま彼女の隣で一晩眠った。
起きるともう昼近かった。
俺は彼女をそのままにして着替え身支度を整えた。
次に戻ってくる時には彼女の死体は警察に発見されて運び出されているかもしれない。
だからこれが今生の別れだ。
( ´_ゝ`)『……お休み。ジュリエット』
出掛けに最後の眠りの挨拶をして唇にキスする。
濃い血の臭いが腐臭に変わるのにはまだ余裕があるようで臭いはさほど気にならない。
彼女の身体の隅々の感触も臭いもまだ覚えている。
今目の前にいる彼女からはそれらはもう失われていて二度と戻らない。
- 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:32:55.08 ID:55kKqYLn0
- モララーとやらの居場所はすぐに割れた。
簡単な話だ。
そこらをのさばっているチンピラを物陰に引きずり込み尋ねる。
シラを切られたら舌なり指なりを切り落として、それを次の奴に見せる。
この自由の国でもベトナムのやり方は一部は効果があるようだ。
三人ほど繰り返したところで家の住所を聞き出せた。
居場所を知っていたチンピラは、親切にもモララーの人となりも教えてくれた。
根っからのサディスト、ネクロフィリア。
組織に逆らうホームレスや娼婦を殺すのはもっぱら彼の独擅場で、見せしめのためと称して
二目と見られないような殺し方を研究、実践するのが趣味だそうだ。
それを俺に話したチンピラは、今ごろゴミ処理場の焼却炉で身軽になっている筈だった。
運が良ければお仲間と再会してダイエット自慢もできるだろう。
( ´_ゝ`)『……』
俺はモララーの家から一本離れた通りの物陰で待っている。
十二時を回る頃になると悪趣味な塗装のビュイックがその駐車場の植え込みに走り込んだ。
そこから聞いた通りの体格の男が下りるのを見届けて物陰から出る。
両手をポケットに突っ込んだまま歩き出した。
- 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:34:41.39 ID:55kKqYLn0
( ・∀・)『〜〜〜♪』
程ほどに体格のいい男だ。
モララーは調子はずれの口笛を吹きながら玄関のドアを開け、中に消えた。
俺の弟は、もう二度と口笛を吹くことができない。
最後まで本名を聞くことの無かったあの娼婦も、二度と口笛を吹くことができない。
モララーは一人で暮らしている。家族はいない。
インターフォンを押す。
深夜の住宅街の通りに、じじじじ、と呼び出し音が鳴る。
- 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:37:17.26 ID:55kKqYLn0
- たっぷり一分ほど経ってから、不機嫌そのものの声が中から応える。
『こんな時間になんだ? お前はアホか? キチガイか?』
( ´_ゝ`)『悪いな。アンタの噂を聞いて駆けつけたんだ。
ラウンジから来た男を捜してるんだろう? アンタのパートナーの敵討ちに協力したいんだ』
また数十秒の間。
『今何時だと思ってやがる。明日にしろ、キチガイ野郎』
( ´_ゝ`)『明日の朝には発たなきゃいけない。話をできるのは今日しかないんだ。
フォックスの所に直接行ってもいいんだが……お互い、彼の手は患わせたくないだろう?』
待つ。じきに、こつ、こつ、と、ドアの内側で靴音が聞こえる。
それを聞いて懐のナイフを握り締める。
全身の力を抜きいつでも動けるように軽く膝を曲げ、姿勢を作る。
- 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:40:03.99 ID:55kKqYLn0
- ドアが開く。
( ・∀・)『……』
先ほどの男が、その隙間から用心深く顔を出す。
( ´_ゝ`)『夜分に済まないな。アンタが探してるのは――』
開かれたドアを、内から外に向かって勢いよく引く。びんっ、と音がしてドア7チェーンが切れる。
ナイフを抜きながら身体をドアの隙間にねじ込む。男の驚愕した表情が目の前に広がっていく。
( ´_ゝ`)『――俺だよな』
( ・∀・)『あ、えっ?』
- 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:42:07.33 ID:55kKqYLn0
- 惚けたような顔のモララー。
その無防備なパープルのワイシャツの腹、向かって左側面に逆手でナイフを突き立てる。
研がれた刃は何の抵抗もなく生地を切り裂き薄い腹の皮を貫通して柄までめりこむ。
そのまま刃に角度を付けながら横一直線に撫でるように引く。
間髪入れず、男が斬られた腹をかばうよりも早く中に向かって突き飛ばした。
(; ・∀・)『あ、ぐっ!?』
男は暗い廊下に尻餅を付く。
抑えるシャツの腹は一気に血を吸って黒く濡れる。大きく切り開かれた腹からは内臓が
はみ出して内側からシャツの生地を押し上げ急に肥満になったように見えた。
(; ・∀・)『あ、あれ? いてっ、痛え……痛えなおい、なんだよこれどうなってんだよっ、
お前なんなんだよ!』
少しぐらい腹を割かれただけで大げさに痛がる奴だ。
本当に重傷を負うというのがどういう事か理解していないバカを見ると腹が立つ。
ベトナムで死んでいった奴らがどんな死に様を晒していたかこいつは知りもしないだろう。
- 86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:43:57.54 ID:55kKqYLn0
- ( ´_ゝ`)『この前、傷痕だらけの娼婦をバラしたのはお前だな』
(; ・∀・)『クソ、いてえなお前、こんなことしてどうなるか分かってんのかよ畜生!』
質問に答えず喚きながらよろけ壁に手を突いて立ち上がる。
腹から血を零しながらよろよろと歩き、廊下を折れたキッチンにモララーは逃げる。
悠然と歩いてそれを追う。
キッチンに辿り着いたところで男は力尽きキッチンシンクと食器棚を背負ってへたり込む。
俺はその前に立ってジャケットの袖で刃を拭い質問を繰り返す。
( ´_ゝ`)『答えろ。娼婦をバラしたのはお前だな』
(; ・∀・)『あ、ああ、そうだよ、だから何だってんだよ!
それよりお前……お前が、ラウンジで……』
俺がしたことなどどうでもいい。喚き続ける男を無視して食器棚の引き出しを開く。
金属製のスプーンと二本のナイフを取り出して男の前に屈む。
ナイフを見た男は喚くのをやめ両手で腹を庇って荒い息をつきながら俯いた。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:45:44.69 ID:55kKqYLn0
- ( ´_ゝ`)『彼女の両目をえぐったのも、お前か?
歯を一本残らず引き抜いたのも? 他のお医者さんごっこもお前が?』
青ざめ始めた顔で男は黙っていたが、やがて肩を震わせながら頷いた。
出会い頭に斬りつけられてはらわたが体外にはみ出ている。そのショックが何より
大きいのだろう、既に強い反抗の意志はなかった。
致命傷にならない腹への一撃は的の大きさだけが理由ではない。そのための先制攻撃だ。
( ´_ゝ`)『そうか』
尖ったキッチンナイフの鈍い刃を左鎖骨の隙間から力任せに下に突き込む。
男が悲鳴を上げる。
激しく痙攣する身体を押さえつけて同様に右肩にも同様に突き立てる。
両肩から垂直にナイフの取っ手を生やして男は泡を吹きながら絶叫した。
絶叫しながら小便だけではなく大便も失禁する。
板張りの床に濁った黄褐色の液体が広がっていく。
- 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:48:26.43 ID:55kKqYLn0
- ( ;∀;)『あああ、があああああああっ、痛い、痛い痛い痛いやめて、許してくれえっ、
な、何でもする……何でもするから、お願いだ、やめて……!』
お笑いだ。
他人を玩具のようにバラすくせに、自分がバラされる覚悟はないのか。
こんな器の小さい奴に殺された女が哀れでならない。
( ´_ゝ`)『何でも、するのか?』
( ;∀;)『あ、あああ、ああ、する、するよ。金でも、女でもヤクでも、何でもくれてやる。
ボスに掛け合って、お前を幹部にしてやってもいい。ほ、本当だ! 誓う!
チャイナタウンの事業を潰したのも、水に流してやるからっ――』
( ´_ゝ`)『分かった。じゃあ、返してくれ』
男はバカ丸出しの顔で涙と鼻水を垂らしながら俺を見る。
両腕はもう使い物にならず肩からも腹からも血が流れ続けている。
- 96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:50:22.00 ID:55kKqYLn0
- ( ;∀;)『え……?』
( ´_ゝ`)『あの女を返せ。今すぐ。生き返らせてくれ。
目玉も歯も髪の毛も、全身の傷跡も元に戻して、今すぐ返せ』
男が目を見開く。
俺の言葉の意味を瞬き十回分ほどの時間も掛けてゆっくり反芻し、そして首を振る。
( ;∀;)『そ、そんなこと、できるわけないだろうがっ、おま、お前っ、アホか?』
( ´_ゝ`)『そうか。奇遇だな。
俺もそんなこと、できる訳無いと思ってた』
男の頭を掴みこちらを向かせ、後ろのキッチンシンクに押しつけて頭を固定した。
( ;∀;)『な、何を……』
- 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:52:41.71 ID:55kKqYLn0
- 男は叫ぶが腕は使い物にならない。
その涙が一杯に溜まった左目の上目蓋にスプーンの先端を差し込んだ。
( ;∀ )『あ、ぎいっ!』
ちゅぷ、と音を立ててスプーンの先端は男の眼窩を押し開き目尻を少し裂く。
少し力を入れると丸く膨らんだ銀色の先端は完全に男の目に潜り込んだ。
( ;∀ )『あああああああ、がぐあああああああああ!』
取っ手を起こす。先端を支点にスプーンの柄をぐるりぐるりと回す。
途中でぷつりと感触がして男の目玉が不自然に回転しまた血液が溢れた。
手を引く。
粘液と血液に覆われた視神経をぶら下げて男の眼球が床にぼとりと落ちた。
傷ついた眼球は破れて端から精液のような青白い硝子体が床に流れ出している。
萎れた黒目と筋繊維が頼りない照明の下でつやつやと光っている。
男は残った片目でそれを見る。見てまた絶叫する。
俺は暫く悲鳴を聞いてから残った右目にも同じようにスプーンを差し込む。
- 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:54:46.65 ID:55kKqYLn0
- ( ;∀ )『やめ、やめろおっ――やめて、やめてやめてやめてくれ、頼むよおっ!』
( ´_ゝ`)『アホはお前だ。言っただろ。止めて欲しければ女を生き返らせろ』
回して視神経と眼球を支える筋肉を切断する。
視界が完全に閉ざされる間際、男はもう一度絶叫し両腕を上げようとした。
だがナイフが刺さったままの両腕ではそれは不可能で、逆に動かした拍子に腋下の
大血管を傷付けたらしく夥しい出血が始まった。
構わずにスプーンをアイスクリームを掬うように捻りながら引き出す。
濡れたスプーンの先端には灰色がかった神経束の繋がるピンポン球大の眼球が低い室温の
下で湯気を立てている。その側面にはサーモンピンクの細い筋肉が申し訳程度にこびりついている。
そして数十秒ほどで床に転がる眼球は二つに増えた。
( ∀ )『ああああー、ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
足をばたつかせて叫ぶ。
男にはもう何も見えていない。その前髪を掴んで持ち上げ、耳元に口を寄せる。
- 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:57:22.80 ID:55kKqYLn0
- ( ´_ゝ`)『口を開けろ』
( ∀ )『あああ゛あ゛あ゛、あああ……何でだよ、なんで……何でこんな事……。
何も見えねえ、どうなってるんだよ、畜生っ……ああ……!』
絶叫するのをやめて盲目になった男は啜り泣き始める。
腕をぶらぶらと振りうなだれてぼそぼそと呟いている。
( ´_ゝ`)『口を、開けろ』
( ∀ )『何でだよ……何で……何で俺がこんな目に遭わなきゃいけねえんだよお……。
傷物の野良犬の淫売だぞ? 便器じゃねえか……!
便器のひとつやふたつ壊したぐらいで、なんでここまで……』
女は、確かに醜かった。全身傷だらけでおまけにヤク中だ。
それは確かだ。
だがあの女はもういない。
州じゅうの公衆便所に便器は無数にあるが俺にはあの女は一人しかいない。
- 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/24(木) 23:59:36.55 ID:55kKqYLn0
- ( ´_ゝ`)『口を開けろ、と言ってる。
……便器、か。そうだな。確かに便器のひとつやふたつ壊しても誰も怒らない。
だけどな。それは、お前も同じだろう?』
男の口をこじ開け、キッチンシンクの角を噛ませる。
そうしておいて、片足を振り上げた。
( ´_ゝ`)『その便器にたかっておこぼれに預かるハエを一匹潰しても、誰も怒らない。
むしろ感謝する。だろう?』
( ∀ )『が……』
男の後頭部、顎の後ろ側を前に押し込むように蹴った。
べぎん、と音がした。
堅いシンクの縁を噛んでいた男の歯は折れ飛びシンクと床のあちこちに散らばる。
折れた歯が舌を傷付け男はまるで吐血するように血を吐きながら汚物と血溜まりの床を力なくのたうち回った。
- 109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:01:23.85 ID:NudvxiCg0
- ( ∀ )『ふはひ、がっっ!』
まだ何本かの歯が残っているのに気付き男の襟首を引きずってシンクの前に戻す。
後頭部の髪を掴んで持ち上げ、歯が散らばるシンクの角にきっちり三回叩き付けた。
もう一度見る。血液が噴き出す口内にもう歯は残っていない。何本かが頬の皮膚を突き破り
妙な場所から先端を覗かせているが、いちいち抜いてやる気にもならないのでそのままにする。
手を離すと男は先ほどまでの騒ぎようが嘘のように黙って痙攣している。
肩と腹と口内からの出血が危険な量に近づいてきているようだ。
出血量だけ見ると既に限界かも知れない。
興奮が収まったせいで低体温症を引き起こしかけているのだと推測する。
( ´_ゝ`)『おい。聞こえるか?』
( ∀ )『…………は、ひ』
ごぼりと口から血液と泡を吐く。
頷いているのか深呼吸しているのかよく分からないが、どうでもいい。
完璧に、とは行かないが気が晴れた。もう十分だろう。
- 112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:03:41.16 ID:55kKqYLn0
- ( ´_ゝ`)『この辺で勘弁しておいてやる。
これに懲りたら二度と、娼婦を便器と呼ぶな。遊び半分に人間を殺すな。
約束できるか? できるなら頷け。病院に連れて行ってやる』
( ∀ )『…………』
モララーは目玉のあった場所から赤黒い液体をしたたらせながら頷く。下を向いた拍子に眼窩の奥に
溜まっていた血の塊がプディングのように押し出されてぬるり、と床に落ちる。
( ´_ゝ`)『よし。いい返事だ』
ほぼ完全に脱力した男の脇に腕を差し込み、引き上げる。
ズボンの尻と太腿から血液と汚物と唾液が混ざった液体がびしゃびしゃと落ちる。
自分よりやや高いその身長を苦労して後ろから支え、キッチンシンクに向かって立たせる。
( ´_ゝ`)『なあ、モララー。教えてくれ。ここから一番近い病院はどこだ?』
- 116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:06:15.04 ID:NudvxiCg0
- 男は力なく首を振りふがふがと息の抜けた声を発する。
別に聞き取れなくても構わない。
俺は頷き力が抜けた男の後頭部を支える。
( ´_ゝ`)『……まあ、どこでもいいか。面倒臭い』
俺のその言葉に男ははっとしたように首をねじって潰れた目で俺の方を見ようとする。
両目と鼻と口、赤黒い五つの空洞が俺を見る。
だがもう抵抗する力は残っていない。
その余裕も与えない。
四肢を拘束された女は、抵抗する余裕など微塵も与えられなかった。
俺は男の後頭部を掴んだ手に全体重を掛け全力でシンクの角に前頭部を打ち付ける。
重い金属音が響き同時に掴んだ掌にぐじゃり、と感触が伝わる。
男の前頭部はぱっくりと割れてシンクの角に半ばまで食い込んだ。
衝撃で崩れた脳漿が弾け飛んでシンクとその周囲に飛び散る。青白い灰褐色の脳漿と
血液が混じり合い化学物質で着色したムースのようになってそこかしこにこびりつく。
耳からも脳漿を垂れ流した男は確認するまでもなく絶命していた。
- 119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:08:27.32 ID:55kKqYLn0
- 頭を持ち上げて見てみると額が綺麗に凹んでシンクの形が残っている。
角に当たった部分は裂けそこからケチャップの容器を車で轢き潰したアスファルトのように脳漿が
弾け飛んだ痕が放射状に残っている。
その伸びた皮膚をよく見てみるとシンクにあったメーカーの刻印が左右対称に、浮き彫りの
ように移っていて思わず笑ってしまった。
( ´_ゝ`)『喜べよ、クライストチャーチ病院で決まりだ。
ベッドは無限に空きがあるし、入院費も当然無料。
それにもう、二度と死ぬ心配は要らないぜ』
俺の言葉を聞いていたわけでもないだろうが、その背中が大きく一度震えた。
全身も何度かひくひくと痙攣しているが、それも間もなく止まるだろう。
( ´_ゝ`)『お休み、モララー。クソッタレの神のご加護を』
ビーズの簾を押し退けて玄関ホールに戻る。
血まみれのジャケットを脱ぎ捨て、コート掛けで埃を被っているコートを拝借して外に出た。
- 126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:11:00.63 ID:NudvxiCg0
- 外気は冷たい。
仇を取ったという実感はなかった。
もとより殺人に満足感を得られるとは思っていない。
俺は戦争帰りのキチガイだ。
人を殺すのはコークの栓を開けるのよりもずっと楽だと知っている。
王冠を素手で開けるのには技術がいるが人間を殺すのには力だけあればいい。
だがそこにはそれ以上に、思っていた以上に何もなかった。
弟を失ったときよりも空しかった。
ハマーで裁判所の玄関に突っ込んだときよりも空しかった。
( ´_ゝ`)『帰ろう』
コートの襟を立ててそう呟いてみる。
だが帰る、という単語の目的語になる場所に心当たりなどない。
- 134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:16:21.56 ID:NudvxiCg0
- その後数日は宿も取らず一カ所に留まらずに裏路地を歩き寝泊まりして過ごした。
新聞を何度か買って読んだがモララーの死は特にニュースにもなっていないようだった。
どこに行く当てもなく俺はまた娼婦と過ごしたアパートメントに戻ってきていた。
彼女の部屋は、「立ち入り禁止」の印字がされたバリケードテープで緩く封印されている。
構わずにそれを破り捨てると俺はドアを開いた。
- 137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:18:39.39 ID:NudvxiCg0
川 ゚ -゚) 『君か……全く、今度はまたずいぶんと長く空けていたな。
浮気でもしていたか? だとしたら、お仕置きが必要だな』
懐かしい声が俺を出迎えてくれた。
いつの間にか、朝だった。
俺は裸でベッドの中にいた。
女が俺の両肩に腕を絡めていてシーツの隙間からは女の甘い体臭と体液の臭い、それに
自分の精液の臭いが微かに嗅ぎ取れた。
( ´_ゝ`)『……なあ』
川 ゚ -゚) 『何だ? また……したいのか? 私は別に構わないが』
- 140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:20:42.11 ID:NudvxiCg0
- 気怠い昼下がりの甘く重い空気の余韻。
俺達二人は仲良く並んでシーツから首だけを出している。
( ´_ゝ`)『違う。お前は死んだはずだ。何でここにいる』
女はきょとんとした顔で俺を見る。
それから派手に吹き出して両腕に力を込めた。
川 ゚ ー゚) 『……はははっ。確かに死んだよ。三回ぐらい、かな?』
違う。
そうじゃない。
そう言おうとしたがそれはなんだかどうでも良いことのような気がしてくる。
何となく口に出すのが憚られ、否定の言葉の代わりに腹をさすりぼやくことにした。
( ´_ゝ`)『……ハラが減った』
- 142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:22:50.90 ID:NudvxiCg0
- 川 ゚ -゚) 『そうか。しかし私は文無しだぞ。君はどうだ?』
( ´_ゝ`)『奇遇だな。俺もだ』
女は身体を起こし伸びをする。長髪が背中に流れ日差しに裸体が晒される。
身体ひとつで生きてきた女の傷だらけの身体。今はそれを素直に美しいと思う。
川 ゚ -゚) 『ああ、リブロースステーキが食べたいな。もちろんレアでな。
プレートからはみ出そうなぐらい大きい奴だ。熱いポテトサラダと野菜のソテーを
添えて、ガーリックバターを乗せて……ああ、想像するだけで腹が鳴りそうだ』
( ´_ゝ`)『奇遇だな。俺も同じモノが食べたいと思ってた』
川 ゚ -゚) 『だが君も文無しなんだろう?』
( ´_ゝ`)『まあな』
- 149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:25:17.92 ID:NudvxiCg0
- 奇妙なしこりのような感覚は未だに残り続けている。
そう。
俺は最後まで嘘を吐き続けた。
彼女がモララーに殺された原因を作ったのは俺なのに最後まで彼女を欺こうと下らない偽名を
名乗り、その嘘すら吐き通せずその上それを謝る機会すらも与えられなかった。
そう思った途端、ベッドの中で急に寂しく、申し訳なく感じる。
( ´_ゝ`)『なあ。その……なんだ、ジュ、ジュリエット』
川 ゚ -゚) 『なんだ? 色男のロミオ』
( ´_ゝ`)『馬鹿野郎。
……俺、本当に、これで良かったのかな? 俺、お前に謝りたいことばっかりだよ』
話しながら俺はどこかがおかしいことに気付き始めている。
俺がロミオと名乗り女がジュリエットと名乗ったのは女が死ぬ寸前だ。
それなら目の前に裸でいるこの女は何者だ。
- 152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:27:13.85 ID:NudvxiCg0
- 川 ゚ -゚) 『どうしたんだ、急に。セックスと飯の話の次は懺悔の時間か?』
( ´_ゝ`)『だって、俺、お前に本当の名前も言えなかったし、聞けなかった。
それに、お前……俺のせいで、ひどい目に遭わせちまった』
なんだ、そんなことか。
そう言って、女は笑う。
聖母のように眩しい笑顔。
あの最期に見せてくれたのと同じ笑顔。
川 ゚ ー゚) 『そんなこと、気にするな。私は、これぽっちも気にしていないよ。
だって、君と最後に一緒に過ごせたんだ。それに……』
ベッドの俺に向かって、傷だらけの身体を見せる。
川 ゚ ー゚) 『私だって、こんなにひどい身体をしている訳を話していないだろう?
聞かれても名乗らなかったのは私もだ。嘘はお互い様。君のせいじゃない』
- 156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:29:07.47 ID:NudvxiCg0
- 違う。
桁が違うじゃないか。
( ´_ゝ`)『だって、お前……』
( ´_ゝ`)「だって、お前……」
俺は声に出す。
ベッドの中の俺と口を合わせて、同じ言葉を喋る。
- 160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:31:02.10 ID:NudvxiCg0
- 4.
( ´_ゝ`)「だってお前、そのせいで死んじまったじゃないか。
俺のせいでお前は死んだんだぞ? 俺の嘘とお前の嘘は訳が違うだろ?」
そうだ。
違う。
( _ゝ )「俺がもっと早くお前の所から消えていれば……お前に惚れたりなんかしなければ!
お前は死なないで済んだかもしれないんだぞ?
それを、俺が、俺のせいでお前はっ!」
椅子の肘掛けを叩き立ち上がる。日光の中に白い埃が舞う。
長い長い回想は終端へと向かって進み、今や現在に巻き取られた。
そして彼女は、いまはもうとっくに口を閉ざしたままだ。
彼女は死に、俺は彼女の仇を取った。
戻ってきて、この部屋の椅子で仮眠を取っていた。
彼女はいない。もうこの世のどこにもいない。そちらの方が夢であって欲しかったが、現実は逆だ。
- 162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:33:30.72 ID:NudvxiCg0
- 彼女のいた部屋。
ベッドの周囲にも黄色いバリケードテープが張り巡らされている。
乾いた血の匂いと汚物の腐臭と埃の臭いだけが残る部屋。
ベッドの染みもそのまま、荒らされた部屋の有様も全くそのままだ。
ベッドには俺と彼女の二人の寝ていた後が凝固した血の中に人型になって残っている。
血液が糊のようにシーツを固めてしまったのだろう。
( _ゝ )「なぜ言ってくれなかった? なぜ責めてくれなかった?
気付いていたなら、なぜ言ってくれなかったんだよ! 俺がバカみたいだろうが!」
中央の大の字は彼女のもの。それに寄り添うように横臥するのは俺のもの。
ベッドの足では壊れた四つの手錠が、からん、からんと風に鳴っている。
( _ゝ )「……俺、モララーを殺してきたよ。お前と同じ目に遭わせてやった。
お前と同じ痛みを、あいつにも味あわせてやった。けど……」
風がそよぎ、カーテンが揺れる。
シーツの人型は、動かない。
( _ゝ )「けど……お前は帰ってこない。
弟の時もそうだった。弟も、帰って来やしない。
でも、俺は……俺は、どうしても、お前を傷付けた奴が許せなくて、それで……!」
もう彼女は語らない。慰めてくれることもないし俺の代わりに泣いてもくれない。
- 166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:36:00.47 ID:NudvxiCg0
- ベッドの染みは変わらない。
俺がしたことも変えられない。
死人は答えない。
何も答えない。
( _ゝ )「……なあ。あの時、俺の嘘がバレたとき、お前は、なぜ笑ってたんだ?
お前は、俺に何を言いたかったんだ?」
それは分からない。
きっと、生きているうちに分かることは決してないだろう。
( _ゝ )「今言っても、手遅れなのは分かってる。でも……いいよな、聞いてくれるよな。
俺の本名。
……サスガ、って言うんだ」
立ち上がる。
部屋のドアに向かう途中で、落ちていた本を拾い上げる。
「ロミオとジュリエット」。
それをモララーの家から盗んだコートのポケットにそっと落とす。
- 169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:39:02.40 ID:NudvxiCg0
- ( _ゝ )「お前の名前も……知りたかった。
でも、もういい。お前はジュリエット。俺にとっては、そういう名前だ」
情けない、終わりだ。
( _ゝ )「サスガとジュリエット……そういう物語だった、ってことだよな。
ベトナム帰りのキチガイと、傷だらけの娼婦の……そんな、話だよな」
ベッドの脇に立つ。バリケードテープを残らず破って窓から投げ捨てる。
ベッドに残る大の字の血痕。その頭の部分をそっと撫でる。
彼女の何かが、まだそこに残っている気がした。
( _ゝ )「……お休み。さよなら」
部屋を出てドアを閉じる。
風が強い。
アパートメントの長い廊下が、リノリウムの床に壁の模様を映して窓まで続く。
その長い道のりは俺がこれから生きていく道と同じように冷たく堅く、そして冷酷だった。
俺の人生はずっと前から、戦争に行く前からそうだったし、これからも変わることはない。
だが今は冷酷に過ぎた。
- 173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:42:39.18 ID:NudvxiCg0
- ( ´_ゝ`)「お休み、ジュリエット」
もう一度、呟く。
身体は隅々まで知っているのに名は知らない娼婦に、最後の別れの挨拶を。
( ´_ゝ`)「痛かっただろう。苦しかっただろう。
恥ずかしかっただろう。辛かっただろう。
でも、もう大丈夫だ。もう、誰もお前を苦しめない。誰もお前の名誉を汚さない」
( ´_ゝ`)「お休み、お前が、安らかに眠りにつけるように。
毒薬のもたらす偽物の眠りなんかじゃない、苦痛のない、心から安らげる眠りが……、
お前の上に、ずっと……永遠に……あるように……」
( ;_ゝ;)「……愛してる。
愛想や義理じゃない。その場凌ぎの嘘なんかじゃなくて、本当に……愛してる。
一度も本気で言えなかったよな? ごめんな、本当に……ごめんな」
廊下を風が吹き抜ける。
それがあの女が笑う時に漏れる吐息のように聞こえて、俺はドアにもたれて泣いた。
- 179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:46:31.21 ID:NudvxiCg0
- ヴィップ州の街角で出会ったその娼婦には片方の乳首がなかった。
全身が傷だらけで醜くヤク中のその女を俺はいつの間にか本気で愛していた。
けれど女は俺のせいで死んだ。だから俺は女のために復讐した。
俺は女に嘘を吐き続けてきた。その償いをする機会はもう永遠に失われてしまった。
毒薬を呷って死んでしまいたいがそれで彼女に会える保証は全く無い。
俺は毎晩天使の夢を見る。
その天使には片方の乳首がない。
夢の中で天使はいつも変わらず優しくて寂しがりやで泣きながら俺が彼女を愛する理由を尋ねる。
俺はその名前を呼ぼうとしてそれを知らないことに気付き苦い後悔の味で目を覚ます。
俺は彼女の名前を知らない。
いつか来る世界の終わりと同じようにそれを知る術はない。
ただひとつ違うのは、俺は世界の終わりを知り得ないことに絶望はしないということだけだ。
- 181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/25(金) 00:49:36.91 ID:NudvxiCg0
( ´_ゝ`)ロミオと川 ゚ -゚)ジュリエットのようです・終
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