- 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/05(土) 23:47:33.57 ID:m8uR/d840
ノイズ混じりの耳障りな音がした。
何事かと既に茜から色を失った夕の空を見上げた瞬間に、唸るようなサイレンの音が耳に響く。
( <●><●>)「ああ……6時ですか……」
未だこのサイレンが使われていた事を驚くより前に、私はサイレンが告げる時刻を認識していた。
これが鳴ったら帰る時間。
子供の頃、そんな風に厳しく言い聞かされていた所為かもしれない。
( <●><●>)「とはいえ、帰る家はもうないのですがね……」
正しくは、この町には帰る家がないだけで、私はホームレスといった類ではないと断っておく。
( <●><●>)「しかし……寂れましたね」
小学校を卒業すると同時に、親の仕事の都合で私はこの町から引っ越した。
何もない、海沿いの寂れた田舎町。
規模的には村といった方が相応しい、小さな漁村。
10数年ぶりに訪れたこの町は、色褪せた私の記憶よりもなお色褪せて見えた。
( <●><●>)サイレンのようです
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/05(土) 23:49:26.00 ID:m8uR/d840
(*゚ー゚)「いらっしゃいませ。遠路はるばるようこそ」
駅からここまで歩く間に日はすっかり落ち、辿り着いたこの町唯一の旅館は、どう贔屓目に見ても民宿と呼んだ方が相応しい建物だった。
とはいえ、むしろこの町に宿泊施設があった事の方が驚いているくらいなので不満はない。
そもそも仕事で来ている身だ。
不満など持ちようもないのだが。
(*゚ー゚)「お部屋はこちらになります」
チェックインを済ませ、女将さんに案内された部屋はありふれた和室であった。
女将さんがしてくれる部屋の設備の説明を聞かずとも理解出来る程度にありふれた部屋。
(*゚ー゚)「こちらから海も望めますが、夜はちょっと見えないですよね」
( <●><●>)「なかなかいい部屋ですね」
お世辞ではなく、色々な条件を加味しての相対的な評価だ。
少なくとも外観から予想していたよりは遥かにいい部屋だと思う。
(*^ー^)「ありがとうございます。何か御用の際はこちらのインターホンで帳場までお願いします」
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/05(土) 23:50:59.06 ID:m8uR/d840
( <●><●>)「……あ、はい、どうも」
女将さんが言った帳場という言葉を理解するのに少し時間がいった為、返事が遅れてしまった。
確かにこの建物にはフロントという言葉は似合わないと思う。
女将さん自身はまだ30代ぐらいだろうが、恐らくずっとこの町にいる人で、言葉も代々受け継がれてきたのだろう。
その根拠は旅館の名前と女将さんの名字が同じだったから。
私は、そんな事を考えながら降ろした荷物はそのままに窓の方へ向かう。
海らしきものは見えるようだが、明かりが少ない所為もあり、単なる暗がりでしかない。
別に海が見たかったというわけでもないのだが、何となく窓の外を見続けてしまった。
ずっと見ていると吸い込まれそうな感覚に陥る黒い闇を。
この闇はきっとずっとあの頃から変らずにあるのだろう。
子供の頃の私が知り得なかっただけで、この景色はずっとそのままなのだ。
( <●><●>)「何も見えませんね……」
私は諦めて窓辺を離れる。
着ていたスーツから旅館備え付けの浴衣に着替え、荷物を整理した。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/05(土) 23:53:03.97 ID:m8uR/d840
( <●><●>)「特に問題はありませんね……」
一通り仕事の書類を確認し、お茶を淹れて一息吐いた。
お茶の良し悪しがわかるほど風情のある生き方はしていないので、これといった感想もない、ごく普通のお茶に口をつける。
( <●><●>)「そろそろ夕食を取らないと迷惑でしょうね」
先の説明で、食事は連絡をすればこちらに持ってきてくれるという話だった。
時間の限度は言われなかったが、常識的に判断すればそれほど遅い時間までは無理だろう。
恐らくその前に向こうから連絡があるのだろうが、まずは一風呂浴びてからにしようと思う。
残念ながら温泉街というわけでもないが、部屋に浴槽がついてるわけでもないので、部屋を出て大浴場の方へ向かう。
( <●><●>)「静かですね」
思わずそう呟いてしまうほど、館内は静寂に包まれていた。
外観から想像していたよりは中は広かったが、誰ともすれ違わない所か人の気配さえも感じられない。
この分なら、自分以外の泊り客は誰もいないのかもしれないが、これといって見るべき所もないこの町では不思議だとも思わない。
1階に降りると流石に人の気配はあるようだが、それも従業員のものらしい。
折角なのですれ違った従業員に自分の部屋の名前を告げ、これから風呂に向かう旨を話して、30分後ぐらいに食事を食べられる様に
準備を頼んだ。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/05(土) 23:55:33.98 ID:m8uR/d840
予想通り無人の風呂に入り、旅の疲れを洗い落として部屋に戻る。
既に夕餉の準備はされており、テーブルの上にお膳とお櫃が置かれていた。
女将さんがまだ室内にいる所を見ると、丁度タイミングが良かったのか、それとも待っていてくれたのかはわからないが、どちらに
しても礼を述べる理由はあるだろう。
(*゚ー゚)「湯加減はいかがでしたか?」
( <●><●>)「良い塩梅でした」
社交辞令的なやり取りを済ませ、冷めないうちにどうぞ女将さんが勧めるに従い、席に着いた。
簡単な食事の説明をして、膳は廊下に出しておいてくれればいいと結び、女将さんは部屋を辞した。
出て行く前に、今日の泊り客が自分だけなのか聞こうかとも思ったがそれは思い止まった。
来がけに見たこの町全体の寂れ方を思えば答えは予測出来るし、聞いて得るものもない。
記憶の中の町並みは徐々に書き換えられ、くすんだ灰色の世界に埋め尽くされる。
かつて故郷であったこの町の姿はが今の私にもたらすのは、1日限りの仕事とほんのわずかな寂しさだけの様だ。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/05(土) 23:59:03.03 ID:m8uR/d840
久しぶりの帰郷に、少しは期待していたのかもしれない。
既に帰る場所は無くなっているが、この町は紛れもない私の生まれ故郷だ。
ここには幼き日の全てが詰まっていた。
道、家、海、そして人。
美化という記憶のフィルターが取り除かれてみれば、驚くほど変わっていない町の姿がそこにあった。
歩けば思い出す道。立ち並ぶ家々。漣の立つ海。
私はそれを覚えていた。
いや、思い出したと言うべきなのかもしれない。
だからこそ覚える違和感。
ただ1人でこの町を歩く自分の姿。
あの頃、いつもそばにいた彼らの姿は当然ながら今はない。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:00:26.06 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「こんな所でしょうかね……」
翌日、町の役場に赴き要件を済ませる。
もともと書類の不備から来る些細な仕事で、わかる人間が少ない事と時間的な話、ついでにその他の雑務もこなすといういくつかの
条件が重なった結果、自分がこちらに出向く事になっただけだ。
仕事を終えるのにはさほど時間は掛からなかった。
想定していたよりも書類が使えるものであったりと、幸運も重なった事もあって、昼前に役場を出る事が出来た。
( <●><●>)「さてと……どうしますかね」
外はこの時期にしては少し暖かい様だ。
季節に相応しい穏やかな陽の光が町を照らしている。
私は役場の方を振り返り、顎に手を当て考える。
流石に木造りとまでは行かないが、時代を感じさせる古めかしいこの建物は今後どうなるのだろうか。
今回の仕事の帰結次第では、ここも取り壊しになるのかもしれない。
私は軽く首を振り、逸れかけていた思考の道筋を戻す。
当初の予定では今日いっぱいこちらで仕事をして、夕方の電車で戻り、明日書類を渡す手筈になってはいたのだが、今から戻れば
今日中に書類を渡す事も出来そうだ。
しかし……
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:02:08.62 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「先方も確か今日はいなかったはずですね」
私は手帳を取り出し、予定を確認する。
思った通り、今日中のアポイントメントは取れそうにないようだ。
( <●><●>)「となれば今すぐ戻ったところであまり意味はありませんね……」
戻って別の仕事をするという選択肢もありはするのだが、それほど勤勉というわけでもない。
わざわざ遠出をしたのに、すぐ帰るのも惜しいという気持ちもある。
それが懐かしい場所なら尚更だ。
またノイズ混じりの音がどこからか聞こえて来る。
それに気付いた次の瞬間には、12時を告げるサイレンの音が鳴り響いた。
( <●><●>)「この時間にもまだ鳴っているのですね……」
私は手帳を閉じ、旅館のある方向へ歩き出す。
来がけに蕎麦屋を見かけたので、そこで昼食を取ってからどうするかを決めようと思う。
とはいえ、既に心は決まっているようなものだ。
私は、人気のない通りを1人歩き出した。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:03:59.99 ID:S8h6+eHo0
昼食を終えた私は、記憶に従い町を歩いた。
今朝方感じたように、やはり町はあの頃のまま、変わっているようには見えない。
記憶の中の風景から、経た年月分の色を落とした町の姿がそこにある。
あり得ない事だが、路傍の小石さえもずっとあの頃からそこにあるような錯覚を覚える。
それくらい、私にはこの町が変わっていないように見えた。
( <●><●>)「もともと、何もない町ではありましたが……」
私は海へと続く緩やかな下り坂を歩きながら当時を思い出す。
狭いこの町には子供が遊べるような施設はほとんど存在しなかった。
そんな環境では、もっぱら山や川、海といった自然の中で遊ぶという手段を行使する子供が男女問わず大半だった。
けれど、自分だけは他と少し変わっていて、今で言う所のインドア派という所を気取っていた。
何もない町とはいえ、図書館ぐらいはあったので、そこで本を借りて読む事が私の日課であったのだ。
( <●><●>)「そんな私が、何故野山を駆け回るような子供になったのでしたかね」
きっかけは些細な事だったと思う。
たまたま図書館が改修工事か何かで利用できない時期があり、何の気なしに散歩をしていた時の事だった。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:06:12.07 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「あの時も、こんな風に海へ向かって歩いていたのでしたね」
当事よりは上がった目線で、昔見たはずの景色を見下ろしながら歩く。
道はわずかに右にカーブし、次第に勾配もなくなっていく。
視線を上げれば既に広がっているはずの海を意図的に見ないようにして道なりに進む。
あの時もこんな風に、下ばかり見て歩いていたのだ。
理由は特にないというのは、きっと嘘だろう。
取り敢えずの体裁で理由を挙げるなら、日差しが眩しかったという所だろうか。
そのまま進み、波止場へ出る。
流石に下を向いたまま海に落ちるつもりはなかったから、波止場の先端間際で顔を上げた。
あの時よりはゆっくりと、あの時よりは少し手前で顔を上げる。
そこにはあの時と変わらない漣立つ海が広がり、あの時と同じ1つの人影があった。
ζ( ζ
記憶の中のあの時と似た、真っ白なワンピースに麦藁帽子をかぶった人影。
( <●><●>)
私は思いもかけなかったその姿に、時間が止まったかのように立ちすくんでしまった。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:08:02.60 ID:S8h6+eHo0
ドボンという、わかりやすい音がした。
そこそこ大きなものが海に落ちたら恐らくこんな音を立てるのだろう。
下を向いたまま歩いていたのは失敗だった。
何かにぶつかり、その何かが海に落ちたのだと理解するのに幼い頭でもさほどの時間は必要としなかった。
その何かを確かめようと波止場の端に寄ろうとして、私は自分に向けられる視線に気付いた。
ζ(゚、゚*ζ
そこには驚いて目を丸くした真っ白なワンピースに麦藁帽子をかぶった少女の姿があった。
( <●><●>)
ζ(゚д゚*ζ「ひょっとして……ワカッテマスさん?」
あの日のあの場面から意識が還ると、いつの間にか少女、いや、今は女性というべきであろう彼女がこちらを振り向いていた。
あの時と同じ、驚いて目を丸くした顔でこちらを見ている。
しかし、10数年ぶりだというのにすぐに特定されるほど自分は変わっていないのかと、少し考えて返事が遅れてしまった。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:10:23.66 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「お久しぶりですね、デレさん」
こちらも多少以上驚きはしていたが、努めて平静を装い、挨拶を返す事で返事の代わりとした。
昔の様にデレちゃんと呼びそうになったが、もう、ちゃん付けで呼んでは失礼な歳だろう。
ζ(^ー^*ζ「やっぱりワカッテマスさんなんだ。すごーい、久しぶりだねー」
私の考えとは裏腹に、デレはあの頃のままの少女のような無垢な笑顔を向ける。
無表情といわれる事が多い私が、思わず微笑まざるを得ないほど、あの頃のままだ。
( <●><●>)「どうしてこちらに?」
ζ(゚ー゚*ζ「その質問は、こちらのものじゃないかな?」
( <●><●>)「確かにそうですね」
デレの言い分はもっともで、この町を出たはずの私がここにいる事の方が不自然だ。
あれ以来、たまに手紙のやりとりぐらいはしていたものの、成長するにつれ、生活環境が変わるにつれ疎遠になっていった。
携帯電話などまだない時代の話だ。住む所も変わればその手から零れ落ちて行くものはいくつもあった。
最後に読んだ近況では、デレ達はこの町にいたはずだったが、それからもずっとこの町から出ていないのかもしれない。
( <●><●>)「仕事で立ち寄ったのですよ」
私は簡潔に今の状況をデレに説明した。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:12:20.51 ID:S8h6+eHo0
しかし、もう少し詳しくというデレの言葉に従い、引っ越してから以降の生活の変遷を話す羽目になった。
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、今は公務員さんなんだ。すごいね」
( <●><●>)「すごくはないと思いますが、そうですね」
倍率こそそれなりに高いものの、これといって技術も専門知識も必要としない自分のような公務員は別にすごいとは思わない。
そんな事を力説しても仕方がないのでそこは流し、今度はデレの事を聞く事にする。
( <●><●>)「デレさんはあれからもずっとこの町に?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうだよ、ずーっとここ」
そう言ってデレは両手を広げて見せた。
ワンピース一枚という服装はこの季節にはいささか寒いのではないかと心配したが、デレは笑って言う。
ζ(゚ー゚*ζ「昔もそうやって心配してくれてたよね、風邪引くよ、って」
そう言われれば確かにそうだった気もする。
しかしデレは、私がそう言う度に今と同じ様に笑って平気だと答えていた。
白い色は、私も兄も好きな色なのだと。
ζ(^ー^*ζ「平気だよ」
昔と同じ言葉を、少し大人びた、けれど昔の面影を残したままの笑顔で言うデレに、私はまた、ごく自然に笑みを浮かべていた。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:16:00.15 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「変わりませんね……」
変わらないと感じた景色に、変わらないと思える人がいた。
相反する意味合いの同じ言葉は、少なからず自分の心を軽くした。
( <●><●>)(……軽く?)
そう考えて、ようやく視線を下げて歩いていたわけに気付く。
捨てたくて捨てたわけじゃない。
けれど失くしてしまったもの。
健やかなデレの姿が、自分の心にあるよくわからない感傷と後悔の入り混じった勝手な罪悪感を軽くした。
私は改めて視線を上げる。
広がる海も空も、そして目の前のデレも全て現実で、そこにある。
( <●><●>)「それで、ジョルジュもまだこの町に?」
私は、今とあの時のこの場所にあるものの時間を除く唯一の違い、デレの兄であるジョルジュの名前を口に出していた。
それは当然口に出すべき名前で、私にとってのこの町でのもっとも大切な思い出の1つだ。
ζ(゚ー゚*ζ「……まだ漁から帰って来てないよ」
デレはほんの一瞬驚いたような表情を見せ、それからまた先ほどと同じ笑みを浮かべてそう言った。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:18:11.45 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「そうですか、やはり跡を継いだんですね」
ζ(- -*ζ「うん……」
デレの兄であり、私の親友であった男、ジョルジュ。
あの時この場所で出会ったもう1人の人物。
( <●><●>)「懐かしいですね……」
あの時下を向いて歩いてた私は、ここで何かにぶつかった。
そのぶつかった何かは海に落ち、大きな波飛沫を立てた。
ζ(゚ー゚*ζ「懐かしいね……」
顔を上げた私が見たものは、目を丸くして驚いた表情をしていたデレと、波立つ海の中から同じ様に驚いた顔でこちらを見上げる
ジョルジュだった。
ζ(^ー^*ζ「そうそう、あの時ワカッテマスさん、ずっとうつむいて歩いて来たもんね」
結果、私はこの場で海を眺めていたジョルジュにぶつかり、図らずも突き落とす形になってしまった。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:20:13.48 ID:S8h6+eHo0
_
( ;゚∀゚)「ちょ、お前!? 何だ? いきなり何だ、お前!?」
何だ何だと同じ言葉を繰り返すジョルジュは、どうやら状況がよく理解出来てないのだろう。
それもそのはずだ。
ぶつかった張本人の私でさえ、すぐには状況を理解出来なかった。
ζ(゚д゚;ζ
呆気に取られる2つの顔で、何故だか私は冷静さを取り戻した。
この事態を引き起こしたのが自分自身で、その自分の過失で彼を突き落とした事も。
頭が冴えるに従い、状況の観察が出来てくると同時に海の中にいる人物が誰であるかも理解出来ていた。
( <●><●>)「失礼、えっと君は確か同じクラスの長岡君ですね」
_
(;゚∀゚)「おう……って、いや、そういう話じゃなくてだな」
( <●><●>)「はじめまして、は変ですが、この場合はそれが相応しい様にも思えますね、これまで接点は皆無でしたし」
- _
(;゚∀゚)「ああ、そうだな。こうやって話すのは……って、だからそうじゃなくてだな……」
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:21:59.95 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「お手をお貸ししましょうか?」
_
( ゚∀゚)「おう、助かる……」
ジョルジュに手を貸し、波止場に引き上げる。
非力な私はその作業に一苦労で、その間は無言の何とも言えない微妙な空気が流れた。
_
( ゚∀゚)「で、俺は礼を言うべきなのかな?」
( <●><●>)「その必要には及びませんよ、クラスメイトではないですか」
_
( ゚∀゚)「そっか、まあ、サンキューな」
結局礼を述べるジョルジュに、それまで呆気に取られて立ち尽くしていたデレがようやく口を開いた。
ζ(゚д゚;ζ「お、お兄ちゃん、その、突き落としたの、その人だよ?」
どうやらちゃんと見ていた上に状況も理解していたようだ。
当たり前といえば当たり前なのだが、その時は空気の読めない子だと少々八つ当たり気味な気持ちを抱いた覚えがある。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:24:14.50 ID:S8h6+eHo0
- _
( ゚∀゚)「そうなの?」
( <●><●>)「そのようですね」
_
( ゚∀゚)「何でよ? 何か俺に恨みでもあった?」
( <●><●>)「いえ、先ほども述べたようにほぼ初対面のようなものですし、単にぼうっとしていただけですね」
_
( ゚∀゚)「何だそれ? すげえ、馬鹿だな、お前。俺がいなきゃお前が落ちてたんじゃね?」
( <●><●>)「恐らくは」
_
( ゚∀゚)「じゃあ、俺はお前の恩人ってことか」
( <●><●>)「そうなりますね。ありがとうございます」
_
( ゚∀゚)「いいってことよ、気にすんな」
そう言って快活に笑うジョルジュの姿は今でも記憶の中に鮮明に残っている。
夏には届かない春のあの日。
まだ少し肌寒い潮風の中。
( <●><●>)
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:26:04.22 ID:S8h6+eHo0
ζ(゚ー゚*ζ「あの時のお兄ちゃん、我が兄ながら馬鹿なんだなーって幼心に思ってたよ」
( <●><●>)「私はむしろ、大物だと思いましたよ」
突き落とされた事を笑い飛ばし、濡れた服もその内乾くとそのままで世間話を始めたジョルジュは、子供心に感心させられた。
デレが言うように、一歩間違えば馬鹿なだけかもしれないが、ジョルジュにはどこか人を惹き付ける魅力があったと思う。
それ以降私は、ジョルジュ達と行動を共にする事が多くなった。
インドア派などと気取った肩書きは、子供心の旺盛な好奇心に押し退けられ、私はジョルジュと共に野山を駆け回った。
結局、私は単にコミュニケーション能力が不足していただけで、誰かに手を差し伸べてもらえれば何とかそれも克服出来ると
この時に気付けたのは有益な事だった。
デレの笑顔、そしてジョルジュの笑顔に惹かれ、私は他人と話す事がいつしか楽しくなっていた。
ジョルジュ達との付き合いの中で他人との付き合い方を覚えた私は、この町を出た以降、人間関係で困る事もなくなった。
ζ(゚ー゚*ζ「昔、この辺りを色々歩き回ったよねー」
( <●><●>)「そうですね」
思い出に浸る私をデレの言葉がこちらに呼び戻す。
私とジョルジュの思い出は、私とデレの思い出でもある。
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:28:00.18 ID:S8h6+eHo0
_
( ゚∀゚)「よーし、ワカッテマス、今日は天童岩まで登るぞ」
ジョルジュは海に面した山の、木々の合間を縫って海側にはみ出した岩を指差す。
町の人が天童岩と呼ぶそれは、海にせり出しているという立地条件からも、遊ぶには危険な場所として認識されていた。
ζ(゚д゚*ζ「えー、お兄ちゃん、天童岩は危ないから登っちゃダメだって言われてるよー?」
_
( ゚∀゚)「危ないかどうかは登ってみないとわかんねーだろ」
ζ(゚д゚*ζ「でも、怒られるよ?」
_
(#゚∀゚)「うっせーなー、つーか、お前は留守番してろよ」
( <●><●>)「まあまあ、2人とも、落ち着いて」
( <●><●>)「といいますか、この時間から天童岩往復は少し無理がありますよ」
( <●><●>)「戻ってくる頃にはもう、真っ暗になってるでしょう」
_
(#゚∀゚)「何だよ、お前もデレの味方すんのかよ?」
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:29:58.93 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「そういうわけではありませんが、あまり遅く帰ると晩ご飯抜きになるかも知れませんので」
_
( ;゚∀゚)「ぐ……それもそうだな」
_
( ゚∀゚)「じゃあ、仕方ねえ、その下の小岩ぐらいにしとくか」
ζ(^ー^*ζ「さんせー!」
( <●><●>)
人当たりのよく、誰からも好かれていたジョルジュだが、家庭の事情もあり、常に妹であるデレの面倒を見なければならないという
立場にあった。
小さい、それも女の子を連れて遊ぶには、この年頃の男の子の無尽蔵の体力を生かした遊びはハード過ぎた。
また、この年頃特有の妙に異性を邪魔者扱いする心理も働き、ジョルジュは他の同年代の男の子と遊ぶ機会を失っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「でも、あの時、ワカッテマスさんがお兄ちゃんにぶつかってくれて本当に良かったと思ってるよ」
( <●><●>)「出会いとしては最悪の部類のはずでしたが、ジョルジュにかかれば何の事もない出会いに見えてしまいますね」
ζ(^ー^*ζ「そうだねー」
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:32:15.72 ID:S8h6+eHo0
そんな時に現れた私という存在。
他の同年代の子供の様には無茶な遊びはせず、むしろ当然の様にデレよりのおとなしめの遊びを好みんで、デレを邪魔者扱いしない、
私の存在がジョルジュ達兄妹の関係を円滑にするのに一役買っていたらしい。
私達は、いつも3人一緒にいた。
私が引っ越す事になった、あの早春の日までは。
ζ(-、-*ζ「急だったねー」
( <●><●>)「急でしたね」
親の仕事の都合という何ともシンプルな理由で私はこの町を出る事になった。
出世に繋がり、ここよりも数倍利便性のより町に引っ越す事を、両親は手放しで喜んでいた覚えがある。
この町の生まれながらも、ずっとこの町を出たがっていた父親。
元々別の町の生まれで、この町に思い入れの薄い母親。
きっとあの時、この町を離れたくないと思っていたのは自分だけだったのではないだろうか。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:34:34.87 ID:S8h6+eHo0
_
( ゚∀゚)「そっか……引っ越すのか……」
ζ(゚д゚;ζ「えぇーっ!? 引っ越すの!?」
( <●><●>)「はい、急に決まりましたもので……」
驚きながらも珍しく落ち着いた態度のジョルジュと、いつも以上に騒ぐデレ。
今にも泣き出しそうなデレに比べ、ジョルジュの表情のどこかに、羨望の念を感じさせた。
( <●><●>)「ジョルジュもいつか、この町を出るのでしょう?」
その時に感じたまま、今思えば口にすべきではなかったと思う問い。
ジョルジュは少し驚いた様子を見せたが、すぐにゆっくりと首を振った。
_
( ゚∀゚)「いや、俺はこの町にいるよ」
( <●><●>)「しかし……」
_
( -∀-)「この町にいる。いなきゃ……いけないんだ……」
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:36:13.11 ID:S8h6+eHo0
その時にようやく、私は自分が馬鹿な質問をしたのだと気付いた。
_
( ゚ー゚)「俺は、ずっとこの町にいるよ」
悲しみを噛み締め、笑顔を見せるジョルジュの言葉に。
子供ながらも自分の置かれた立場をよく理解していたジョルジュ。
私がこの町を出る事に抗えなかったのと同じく、ジョルジュはこの町を出る事が叶わないのだ。
( <●><●>)
ζ(-、-*ζ「あの時はすごーく悲しかった」
( <●><●>)「私もですよ」
この町を出る事が、そしてジョルジュ達と別れる事がすごく悲しかった。
けれど悲しくもそれが必然の様に、人はその悲しみを忘れる事が出来る。
私は新しい生活に馴染むに従い、この町を、2人の事を記憶の片隅に追いやった。
生きるためにはそれが当然だと、わざわざ理由付ける必要もなく、極めて自然に、自動でそれは行われた。
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:38:12.40 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「ジョルジュは、結局後を継いだのですか?」
親の後、漁師をしていた父親の後を。
デレは無言で頷く。
( <●><●>)「そうですか……」
結局ジョルジュは、この町を出る事が叶わなかったようだ。
私は数歩前進し、波止場の縁に立った。
穏やかに広がる青い海。
打ち寄せる細漣に揺れる、真っ白な花束。
( <●><●>)
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:40:13.00 ID:S8h6+eHo0
ジョルジュはあの時と同じ顔で、自分の運命を受け入れたのだろうか。
それともあの時よりは前向きに、自分の生き方をそこに見出したのだろうか。
ζ(- -*ζ「ここにはそれしかなかったから……」
( <●><●>)「そうですね……」
デレのその言葉が、ジョルジュの答えだったのだろうか。
私にはわからない。
その答えを、ジョルジュに聞いてみたいと思ったが、それはあの時と同じ馬鹿な質問なのだろうか。
また悲しい顔で、同じ答えを言わせるだけの問いかけ。
答えの果てを知った、ひどく愚かな私の言葉を。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:42:16.39 ID:S8h6+eHo0
ζ(^ー^*ζ「今日、ここでワカッテマスさんに会えて良かったです」
私もです。
そう答えようとしたのだが、私は笑顔を返すので精一杯だった。
いつまでたっても言葉が口を吐く事はなく、滲む視界の先にある海をただ眺めていた。
ζ(^ー^*ζ
デレは笑顔のまま、私に手を差し伸べる。
その手に握られた白い布が何の為か気付いた私は、視界を滲ますそれにようやく気付く事が出来た。
ζ(^ー^*ζ「私は、お兄ちゃんの事が大好きです」
( <●><●>)「私もです」
デレから受け取ったハンカチで顔を拭い、今度ははっきりと答える事が出来た。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:44:14.06 ID:S8h6+eHo0
( <●><●>)「……」
潮風吹く海から離れ、駅へと続く道を歩く。
変わらないと思えた町は、すっかり色褪せて錆付いた過去の景色になってしまった。
それが悲しくないほどに、忘れていた事が悲しく、その気持ちを思い出した頃にはもう遅かった。
( <●><●>)「今更ですね……」
全ては過去の話なのだ。
もう、失くしてしまった昔の話。
あの日見た光景も、あの時抱いた気持ちも。
もう、失くしてしまったものなのだ。
駅に辿り着いた頃には、空からすっかり茜の色が抜け落ちてしまっていた。
切符を買い、電車に乗る。
私はもう間もなく、この町を出る。
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:46:28.70 ID:S8h6+eHo0
次に来る頃には、この町は無くなってしまう。
他ならぬ、私の手で。
今時、過疎地域の町村合併などそう珍しい話でもないだろう。
町自体は残るが、その名は永久に失われるのだ。
( <●><●>)「本当に今更です」
電車の発車を告げるベルが鳴る。
私は窓を開け、ゆっくりと進む電車から町の方見た。
また耳に別の音が響く。
ノイズ混じりのサイレンの音。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/06(日) 00:48:02.43 ID:S8h6+eHo0
私の記憶からこの町が失われている間もずっと、鳴り続けていたのであろう。
私はサイレンの音に揺り動かされ、浮かび上がった記憶の糸を辿る。
あの日抱いた気持ちが何であったか、気付いたのは引っ越した後だった。
そして今再び、記憶の奥底から浮かび上がった気持ち。
今日、この海で抱いた新たな気持ち。
それはきっと同じ物で、今となっては全てが遅過ぎたもの。
( <●><●>)「私はきっと……」
私は大きく頭を振り、電車の窓を閉める。
町の灯りがゆっくりと遠く離れて行く。
この電車と同じ様に、私は全てが遠く、全てが遅かった。
( <●><●>)「さようなら……、またいつか」
私は再び浮かんだその気持ちを、奇しくも同じ音のサイレンと共に胸に沈めた。
( <●><●>)サイレンのようです 終
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