川 ゚ -゚)Snow Townで再会したようです。

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:18:18.76 ID:D2JP8Krf0

── 約束は 要らないわ 果たされない事など 大嫌いなの ──

                                       椎名林檎 「本能」 より。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:19:30.00 ID:D2JP8Krf0

── 2009年 12月16日 12:51 PM──


駅を出ると、そこは雪国だった──

秋田県某市。
唯一走っているJRですら単線な、まさに田舎としかいいようが無い町だ。
人の住んでいる所を少し外れれば、田園風景が広かっている。
もっとも、今は一面真っ白な雪景色だろうが。

川 ゚ -゚) 「寒い、な」

平日、丁度昼飯時の駅前は、今はシン、と静まりかえっていて。
時折、国道13号線を車の通る音が聞こえてくる程度。
まるで、降り積もった雪が音を吸い込んでいるように静だ。

川 ゚ -゚) 「コーヒー、と」

喫煙所──といってもJTの灰皿が置いてあるだけだが──の横にある自販機で、
ホットの缶コーヒーを買う。
それを一口。そして、煙草に火を着けた。

川 ゚ -゚)y━〜「喫煙者には、世間の風も寒いしな」

バズリクソンズの、黒いN-3B。
この、アラスカ勤務員向けのジャケットのお陰で体は温かいが、
どうにも、すっかり寂れた故郷に覚える物悲しさは拭えない。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[>>5ごめん。鍵は関係無い] 投稿日:2009/12/17(木) 00:20:51.42 ID:D2JP8Krf0

丁度、煙草を吸い終えたとき。
駅のロータリーに、真赤なミラ ココアが滑り込んで来た。

ζ(゚ー゚*ζ「クーちゃん、久しぶり!」

川 ゚ -゚)「デレ、済まないな。わざわざ」

運転席に座るのは、マクベスのPコートを着た女性。
明るいブラウンの髪を揺らしながら、嬉しそうに笑顔を浮かべている。
とうに二十歳を越えてはいるのだが、童顔と言動が相まって女子高生くらいにしか見えない。

ζ(゚ー゚*ζ「いーっていーって! さ、早く乗って!」

川 ゚ -゚)「うむ。そうする」

ココアの助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。
駅の駐車場を兼ねたローリーをぐるりと回り、ココアが道に出る。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:22:00.74 ID:D2JP8Krf0

カーステレオから聞こえるのは、、最近出たばかりの丁度3分間の曲。
そういえば、デレはこのアーティストが好きだった。

川 ゚ -゚)「相変わらず、だな。この街は」

13号線の信号待ちをしている時。
ポツリ、と。何の気もなしにそんな事を呟いた。
それに、デレが「そうでもないよ?」と言葉を返した。

ζ(゚ー゚*ζ「気づかなかった? 駅前のゲーセンが潰れてたの。
      あと、あっちの通りにあった本屋さんも。
      2人で、結構行ったよね。残念だな」

信号が青に変わり、ココアが動き出す。
デレにそう言われて、駅前の商店街を見てみた。
私がこの街に居た時、既にシャッター街だった商店街は、
閉まっているシャッターの数を更に増していた。
閑古鳥すら飛び去ってしまったかのような寂れようだ。

5年間。

改めて、その月日の長さを痛感させられた。
それでも、私は。
ここに、帰って来た──

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:22:43.09 ID:D2JP8Krf0

川 ゚ -゚)

    Snow Townで再会したようです。

                       ζ(゚ー゚*ζ

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:23:51.50 ID:D2JP8Krf0

── 2003年 7月 ──

当時の私は、正直この街に嫌気が差していた。
映画館も無ければ、遊ぶ所もなく。若い人は服を買うのにも事欠くような場所。
田舎体質の、垢抜けない雰囲気。
電車は1時間に1本。終電は22時過ぎ。
バスは30分に1本あるが、いかんせん18時で最終を迎えてしまう。
「恋人が出来た」という、友人の嬉しそうな声を聞けば、
「こんな街の、いったい何処でデートをするのか?」と疑問だった。

とかく、私は、この寂れた田舎町を出たくてしょうがなかった。

川 ゚ -゚) 「私は、写真の仕事がしたい」

半ば、東京に出るための言い訳的に選んだ進路を両親に告げた。

大都会、東京。

何度か旅行で行った事があるだけで、後はテレビの中でしか知らない街。
ただ、その旅行の記憶と、ブラウン管越しに見る街の景色は。
私の、都会への憧憬を煽るには十分過ぎるものだった。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:24:49.64 ID:D2JP8Krf0

── 2009年 12月16日 13:08 PM ──

ζ(゚ー゚*ζ「さーて、何にしようかな」

近くの契約駐車場にココアを放り込み、私とデレはカフェレストランに来ていた。
この街にしては珍しく、小洒落た雰囲気の店。
店内は、やはりというか、平日並みの人入りだ。
端的に言えば、お客は少なかった。

川 ゚ -゚)y━・~「ふむ……ここに来るのも5年ぶりだな」

こんな田舎では、全席禁煙という飲食店はほとんど無い。
そんな事をしてしまえば、ただでさえ少ないお客が更に少なくなるのだから、
当然といえば当然か。
「煙草を吸うような人は来なくていい」そんな考えで店を開けるほど、
この田舎の不景気は甘くない。
東京から帰って来て、初めてこの街のいい所を見つけた、なんて。
そんな事を思いながら、煙草に火をつけた。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:26:05.90 ID:D2JP8Krf0

ζ(゚ー゚*ζy━・~「私は結構きてたよ? あ、このリゾットにしようかな」

何時の間にか、デレの左手にも煙草があった。
細長い、スリムメンソール。テーブルの上に有る小さな箱は、ピアニッシモ ぺシェ。
ぼう、っと。自分のヴァージニアスリム ロゼの箱とぺシェの箱を眺めていたら。
デレに、怪訝そうな顔で声をかけられた。

ζ(゚ー゚*ζy━・~「クーちゃん、どうかした?」

川 ゚ -゚)y━・~「いや、別に。そうだな、私はこのオムライスにするよ」

ζ(゚ー゚*ζy━・~「ん。決まりだね」

「すみませーん」と、店員を呼ぶデレの声を耳にしながら。
私の胸中には、「ああ、帰って来たんだな」という、今更な、妙な感慨が浮かんでいた。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:26:55.48 ID:D2JP8Krf0

── 2004年 1月 ──

川 ゚ -゚)「就職決まったんだってな。おめでとう」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがと。クーちゃんたら、自分だけさっさと進学決めちゃって」

川 ゚ -゚)「ま、写真専門学校なんて書類書くだけみたいなもんだしな」

一応、学費免除の特待生に応募するため、写真を撮ったりもしたが。
それも、当然ダメ元のモノだ。そんな大層な評価を、自分の写真が受けるとは思えなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「んー。でもクーちゃんと離れ離れかぁ。寂しいなぁ」

川 ゚ -゚)「なぁに、まだ2ヶ月も先の話さ」

デレは、地元就職を選んだ。
恐らくは、家の都合だろう。彼女の家は、彼女を進学させられるほど裕福ではない。

2ヶ月。

この時の私は、まだ2ヶ月もると思っていた。
どうしてか、あと2ヶ月しか無いなんて、思いもしなかった。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:28:10.85 ID:D2JP8Krf0

── 2009年 12月16日 16:12PM ──

食後のコーヒーを飲んだあと、追加注文を繰り返し。
なんだかんだ、イロイロと話し込んでしまった。
気づけば、午後の4時を過ぎている。

ζ(゚ー゚*ζ「っと、そろそろ行こうか」

川 ゚ -゚)「ん。そうだな」

会計を済まし、すぐ近くの駐車場へ。
そして、市街から少し外れた場所にある私の実家に向かう。
何故か、その間はお互い口数も少なく。
ゴウン、ゴウンという、冬用のワイパー特有の音と、控えめに流れてくるラジオの
ウェザーリポートだけが、やけに耳に残った。

音も無く降る白い雪。
だけど、それを眺める私の耳には。
しん、しん、という音が、確かに聞こえていた。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:29:49.93 ID:D2JP8Krf0

ζ(゚ー゚*ζ「あ、そーだクーちゃん今夜忙しい?」

川 ゚ -゚)「いや、別に」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあさ、呑みにいこうよ! 面白いお店見つけたんだー。
      私、明日も休みとってあるし」

彼女からの、唐突な誘い。
呑みに行こうなんて誘い、彼女には似合わなくて。
私は、彼女との隔たりを覚えた。

川 ゚ -゚)「ふむ。構わないよ」

ζ(゚ー゚*ζ「んじゃ、夜の9時前くらいに迎えに行くよ。
      私の家まで行って、そっからは歩きで。駅前だから、すぐだよ」

川 ゚ -゚)「解った。それで、どんな店なんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「それは行ってみてのお楽しみだよ」

川 ゚ -゚)「ふむ……」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:30:43.91 ID:D2JP8Krf0

そんなやり取りをしているうちに、私の実家に着いた。
玄関のすぐ前で、ココアを降りる。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃ、夜忘れないでね!」

川 ゚ -゚)「解った。楽しみにしておくよ」

「じゃあね」と残して走り去った赤いココアを見送って。
私は、久方ぶりに実家へと足を踏み入れた。

o川*゚ー゚)o「あ、クーねーちゃんお帰り。意外と遅かったね」

最初に私を出迎えてくれたのは、高校3年生妹だった。
私と同じように、早々に専門学校への進学を決め、学校が終わると即座に帰って着ては、
家でダラダラするという生活をしていると、母からのメールがあった事を思い出した。

川 ゚ -゚)「ただいま。デレと昼を食べてきたからな」

o川*゚ー゚)o「なるほどねー」

川 ゚ -゚)「で、母さん達は?」

o川*゚ー゚)o「なんか、今日は帰ってこれないっぽいよ。
      付き合いってのも大変だねー」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:32:01.63 ID:D2JP8Krf0

そんな、生意気な事を言う妹。
まぁ、実際付き合いなんてもんは、大変なだけで得るものが無いのは半ば事実では有る。
これも、私が東京で学んだ事の1つだ。

o川*゚ー゚)o「明日ご馳走にするから、今夜は適当にやってだってさ」

川 ゚ -゚)「と、言われてもな。私も、今夜デレと呑みに行くんだが」

o川*゚ー゚)o「えー。何それ。まぁ、しょうがないか」

川 ゚ -゚)「とりあえず、私は部屋に戻るよ。着替えたい」

「デレさんとクーねーちゃんラブラブだもんねー」という妹の冷やかしを背中に聞きながら。
私は、2階にある自室に行くため続く階段を上った。

川 ゚ -゚)「掃除、してくれてたんだな」

なんだかんだ言って、盆も暮れも実家に帰って居なかった私にとって、
この部屋に入るのも5年ぶりだった。

川 ゚ -゚)「ただいま、と」

荷物を床にほおり、ベッドの上に倒れこむ。
そのまま、何をするでもなく。
ぼぉっと、見慣れた、だけど違和感の有る天井を眺めていた。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:32:58.88 ID:D2JP8Krf0

── 2004年 3月10日 14:23PM ──

川 ゚ -゚)「悪いな。手伝わせて」

ζ(゚ー゚*ζ「いーっていーって」

1週間後に上京を控えた私の荷造りを、デレが手伝いに来てくれていた。
しかし、家電や生活用品をあちらで買う事にしているのもあって、
我ながら極度に持ち物の少ない私の引越し準備は、早々に終わってしまった。
今は、2人で紅茶を飲んでいる。

ζ(゚ー゚*ζ「しっかし、本当にクーちゃんの荷物って少ないねー。ほとんど服だし」

川 ゚ -゚)「ん、まぁな」

実際、愛用の一眼レフカメラ、CANON A-1と覚えたての煙草だけを相棒に上京するような。
それほどの、荷物の少なさだった。
服と、写真関係の道具一式。それに、お気に入りの本を何冊か。
ダンボール5箱に収まったそれらが、私の全てだった。

川 ゚ -゚)「必要なものがあれば、あちらで買うしな」

ζ(゚ー゚*ζ「そっかそっか……」

なんとなく、2人の間に沈黙が降り積もる。
カチリ、カチリという時計の秒針の音が、妙にはっきりと聞こえる。
ロイヤルコペンハーゲンのカップから上る湯気が、何故か、酷く非現実的に見える。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:33:43.88 ID:D2JP8Krf0

一体、どれくらいの時間がたったのか。
ポツリ、と。デレが呟いた。

ζ(゚ー゚*ζ「意外と短かったよね、2ヶ月ってさ」

川 ゚ -゚)「ああ……」

2ヶ月前の私が思っていた以上に、月日は早く流れた。
高校生活の最後は、思った以上に多忙で、忙しないものだった。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:35:45.98 ID:D2JP8Krf0

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ……」

川 ゚ -゚)「なんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「クーちゃんが東京行く前の、最後の思い出とか、作ってみちゃう?」

川 ゚ -゚)「思い出って、な……」

私の言葉は、突然なデレの行動に遮られた。
気づけば、押し倒された私の顔の。
ほんの、すぐ近く。互いの吐息すら感じられる距離に、デレの顔がある。

川 ゚ -゚)「……っ」

端整な顔立ちだ。丸い輪郭、長い睫、くりくりとした大きな目。
美少女然としたパーツで構成された顔。
時折中学生と間違われる位童顔で、可愛らしい。
少し癖のある、ブラウンの髪が揺れている。
なんとなく、予感。
私の視線は、僅かに開いた、ピンク色の、形のいい唇に釘付けになっていた。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:37:10.77 ID:D2JP8Krf0

── 2009年 12月16日 19:57PM ──

川 ゚ -゚)「……っつ……」

何時の間に眠ってしまっていたのか、私はベッドの上で勢い良く起き上がった。
寝返りで乱れた、長い黒髪が中を舞う。

川 ゚ -゚)「夢、か……」

そっと、自分の唇を撫でる。
そういえば、あんな事もあった。なんで、忘れていたのか。
そこで気づけば、もう20時近い。
デレは21時位に迎えに来ると言っていた。
軽くシャワーを浴びて、メイクして。
果たして、時間に間に合うだろうか?

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:38:08.45 ID:D2JP8Krf0

── 2009年 12月 16日 20:53PM ──

ζ(゚ー゚*ζ「こんばんわー」

超特急でシャワーを浴びて出掛け支度をし。
妹に茶化されながら、私がルージュを引き終えたとき、デレの声が聞こえた。

川 ゚ -゚)「今行くぞー」

下着の替えを持ってきていたのは正解だったが、いかんせん服がまだ届いていない。
こちらに着いた時の服装──厚手の白いブラウスに黒のミニスカート、黒いストッキングをはいてN-3Bに袖を通す──
のままだ。

ζ(゚ー゚*ζ「んじゃ、いこっか」

川 ゚ -゚)「うむ」

最近買ったばかりのニーハイブーツに足を突っ込み、デレに続いてココアに乗る。
車に揺られること10分と少し。デレの家に車を置き、そこから徒歩で数分。
駅前にあるホルモン屋、その横のアーケド街に入る。
小さな、本当に小さなアーケード街だ。
連なる看板は時代を感じるスナックのようなものばかり。
通りには、どこかの店からか、中年男性の調子はずれな歌声が響いてくる。
その中に、少し周りと違う空気の店があった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:39:21.31 ID:D2JP8Krf0

『Rot Lauf』

真赤な扉に、特徴的なひげ文字でそう書いてある。
そのドアを開けると、中はまるで別世界だった。
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「いらっしゃい。デレちゃん久々だねぇ」

薄暗い照明。僅か10席少しのカウンターがあるだけの、小さな店。
バックバーには、様々な瓶が並んで居る。察するに、どれもビールのようだ。
カウンターの中には、カウボーイシャツを着た壮年の男性が1人。
隅のほうで、若い男が1人ビールを飲んでいる。

ζ(゚ー゚*ζ「お久しぶりですー。今日は友達と来ました」

川 ゚ -゚)「どうも」
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「いいねー。若いねーさんが2人も来るなんて。ま、ゆっくりしていってけれ」

ζ(゚ー゚*ζ「は〜い」

川 ゚ -゚)「はい」

デレと、端の方のスツールに腰掛ける。
目の前に、コースターと灰皿が置かれる。
壁には、バイクの写真が沢山飾ってあった。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:40:51.35 ID:D2JP8Krf0
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「ウチはビールしかないけどビールなら何でもあるから。ま、好みを言ってもらえれば
        それにあったのを出すよ」

ζ(゚ー゚*ζ「ん〜。私とりあえずバスのハーフパイントで」
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「あいよ。んで、そちらのおねーさんは?」

川 ゚ -゚)「じゃあ、私も同じものを」
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「あいよ。ウチはバスはロンドンから生取ってるからね。県内でこれが飲めるのはウチだけだよ!」

酒に明るくない私は、何を言っているのかよく解らなかった。
それでも、県内じゃここでしか飲めない、というフレーズには心を惹かれた。
マスターは、手際よくグラスを取り出すと、サーバーからビールを注ぐ。
深い黄金色と、決め細やかな泡。
見ると、確かに美味しそうだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございます〜。じゃクーちゃん、乾杯」

川 ゚ -゚)「乾杯」

グラスをぶつけ、一口。
程よい苦味と甘み。ああ、確かに美味しい。
泡もクリーミーで、実に口当たりがいい。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:43:14.28 ID:D2JP8Krf0

ζ(゚ー゚*ζ「ここね、職場の友達に教えてもらったんだけど、すっごい楽しいの!
      ALTの先生とかが来たりしてさ。ほんと、穴場って感じ。
      常連の人とか、マスターの話も面白いんだよ?」

川 ゚ -゚)「そうなのか」

たしかに、この田舎街にこんな店があるなんて思っても居なかった。
まさに隠れ家、ハイドアウトと言った趣がある。

ζ(゚ー゚*ζ「ん〜。次はどーしよっかな」

と、物思いに耽っているとデレがそういった。
彼女の手元を見れば、グラスは既に空。
思えば、当然といえば当然かも知れないが、デレと酒を飲むなんてのは初めてだ。
見た目に反して、結構強いほうなのかもしれない。
そう思いながら、私もグラスを空にする。
マスターは、奥の男と「今日も人歩いてねぇなぁ」なんて話をしている。
景気の悪い事だ。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:44:23.11 ID:D2JP8Krf0

ζ(゚ー゚*ζ「マスター! 私グリューワイン!」
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「あいよ。そっちのお嬢さんは?」

川 ゚ -゚)「私は、何か別のビールを」
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「じゃあ、フルーツビールとかあるけど。マンゴー、カシス、あと紅茶のビールもあるよ」

川 ゚ -゚)「では紅茶のを」
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「あいよ」

目の前に、グラスが置かれる。
紅茶の香りが、鼻についた。

川 ゚ -゚)y━・~「……」

グラスの中の気泡を眺めながら、煙草に火を点ける。
一口。うん。美味い。
マスターとなにやら話し込んでいるデレの声を聞きながら、また。
私は、5年前の事を思い出していた。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:45:49.57 ID:D2JP8Krf0

──2004年 3月17日 12:15PM ──

ζ(゚ー゚*ζ「クーちゃん。また、ね」

川 ゚ -゚)「ああ。またな」

私の、東京への旅立ちの日。
仕事の都合で来れなくなかった両親の代りに、デレが駅まで送ってくれた。
平日、昼間の駅。人はほとんど居ない。
改札の駅員も、暇そうにため息をついている。

ζ(゚ー゚*ζ「お盆とかには帰ってくるよね? また、あそぼ」

川 ゚ -゚)「多分、帰ってくると思う。その時は、な」

どうだろうか?
私は、本当に帰ってくるつもりはあるのか?

ζ( ー *ζ「うん。また、ね?」

デレが、少しうつむいて言う。
彼女より10cmほど背の高い私からは、その表情は伺えない。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:48:00.77 ID:D2JP8Krf0

ζ( - *ζ「約束、だよ」

川 ゚ -゚)「ああ」

そうとだけ、短く応える。
今になっても、このとき。
私は、自分が何を思っていたのか思い出せない。

ただ、この時。
あるいは、その後の行動において。
もっと他の選択肢があったのではないかと。
その思いが、脳裏から離れない。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:48:41.58 ID:D2JP8Krf0

── 2009年 12月17日 00時36分AM ──

ζ(´〜`*ζ「うにゃぁ〜」

川 ゚ -゚)「まったく。飲めるわけじゃなかったのか……」

グリューワインの後、度数の高いベルギービールを3本もやっつけたデレは完膚なきまでに泥酔していた。
1人では歩く事もままならない彼女を担ぎならがら、夜の道を歩く。

駅を過ぎて、十字路を左に。
終電はとうに終わり、無言で佇む踏切を渡り、少し歩いてまた左。
市街地にも関わらず、街頭もまばらな細い道を歩く。
深夜の、地方都市の住宅街。
シン、と静まり返った夜の空気を。
ザクリ、ザクリ、と。
2人の足が、積もった雪を押しつぶす音が震わせている。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:50:05.17 ID:D2JP8Krf0

川 ゚ -゚)「……」

無言のまま、歩を進める。
空は、満点の星空。
冬の、ガラスのように硬質で、透明な空気。
吐く息の白さだけが、妙に、非現実じみている。

無心に、自分たちの足音と。
時折聞こえる、車の音だけど聞きながら歩き続ける。
そして、デレの家の前まで着いた。

川 ゚ -゚)「おい、デレ。君の家に着いたぞ」

ζ(´〜`*ζ「う〜ん。うん?」

デレが、緩慢な動作で鞄から家の鍵を取り出す。
鍵を開ける音は、静か過ぎる街に妙に大きく響いた。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:51:06.31 ID:D2JP8Krf0

川 ゚ -゚)「おーい、大丈夫か?」

ζ(´〜`*ζ「大丈夫じゃないかも……」

玄関に入るなり、デレは座り込んでしまった。
彼女靴を、脱がせてやる。
黒い、膝上丈のストッキングに包まれた、白い太股。
蛍光灯の光にぼんやりと照らされたそれが、酷くまぶしい。

川 ゚ -゚)「デレ? 私は帰るぞ? いいな?」

駅前のロータリーに行けば、流石にタクシーが居るだろう。
私は、それを捕まえて帰るつもりで居た。
しかし──

ζ( - *ζ「ごめん。部屋まで連れてって」

そのひと言で、そのつもり、は消え去った。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:52:10.25 ID:D2JP8Krf0

私も靴を脱ぎ、デレの家に上がる。
そして、5年前の記憶をたよりに、彼女の部屋に向かった。
どうやら、今夜は彼女の両親も居ないらしい。

ζ( - *ζ「……」

川 ゚ -゚)y━・~「……」

デレをベッドに寝かせ、部屋を見回しながら一服する。
少し、物が増えたか。
だが、5年前とほとんど変わって居ないことに、何故か、少し安心した。

川 ゚ -゚)「もう、いくよ」

聞いては居ないだろうと思いながら、そう言って帰ろうとする。
その時。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:53:23.73 ID:D2JP8Krf0

── 約束は いらないわ 果たされない事など 大嫌いなの ──

聞こえて来たのは、デレの声。
高校時代、彼女が良く口ずさんでいた曲。

── 未来など見ないで
    確信できる今だけ 認めて
     あたしの 名前をちゃんと呼んで 躰を触って ──

これは、同じアーティストの別の曲。
これも、彼女の好きな曲。

ζ( - *ζ「クーちゃん、帰ってきてくれなかったよね。私、ずっと待ってたのに」

デレの言葉に、振り返る。
彼女はベッドに顔をうずめたまま、言葉をつむぐ。
その表情は、伺えない。
5年前の、あの日と同じく。

ζ( - *ζ「でも、やっと帰って着てくれた。それだけで、嬉しいよ」

フラリと、酷く不安定な動作でデレがベッドから起き上がる。
そして、バランスを崩してか彼女が倒れかけた。
それをすかさず助けようと彼女に触れると、そのまま2人でベッドに倒れこんでしまう。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:54:24.27 ID:D2JP8Krf0

目の前に、デレの顔がある。
アルコールで、トロンとした大きな目。上気した柔らかそうな頬。
だけど、私の視線はまた。
彼女の、僅かに開いたピンク色の。
形のいい唇に、釘付けになる。
その唇が、言葉を紡ぐ。

その言葉は、アルコールの香りと共に空気に乗って。私の耳朶を打つ。


ζ( - *ζ「ねぇ、どうして。今になって帰ってきたの?」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:55:53.96 ID:D2JP8Krf0

── 2007年 11月26日 13:24PM ──

川 ゚ -゚)「よろしくお願いしまーす」

専門学校を無事卒業し、私はとあるフリーカメラマンのアシスタントになった。
仕事を始めてから半年。それなりに仕事も覚え、給料以外には何の不満も無い毎日だった。
そして、彼女と出会った。
出会って、しまった。

ξ゚听)ξ「よろしくお願いします」

現在売り出し中の新規気鋭のモデル、津出 麗奈。
若者向けのファッション雑誌を中心に、各方面から注目が集まっている、いわば、期待の新人。
釣り目がちな、大きな目。形のいいパーツで、コンパクトにまとまった端整な容貌。
綺麗な金髪の、巻紙のツインテールが揺れる。

( ・∀・) 「じゃ、始めますかね」

ξ゚听)ξ「はい」

撮影の間、カメラマンにフィルムを渡したり、交換レンズの用意をしたり。
雑多な作業に追われながら、私の視線は彼女に釘付けになっていた。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:56:52.12 ID:D2JP8Krf0

紆余曲折。
その後、私と彼女は心通わせるようになる。
私はA-1のファインダー越しに彼女を見つめ。
彼女は、最高の笑顔を私にくれる。
その瞬間、私がシャッターを切れば。
彼女の笑顔は、永遠になる。

別に、何があった訳ではない。
彼女の全ては、何時だって。
何枚ものレンズを、ミラーを、プリズムを、そしてファインダーを経て私に届く。

港の見える丘公園で、潮風に吹かれながら佇む彼女。
夕暮れの渋谷の喧騒の片隅に、ひっそりと微笑む彼女。
夜の新宿駅東口の前で、妖しげな目線を投げかけてくる彼女。

その全ては、直接触れらはしない物。
だけど、その全てが、私だけの物。

彼女が私のカメラのファインダーの中に居る限り。
彼女の全ては、私の物。

甘い、甘い。
蜂蜜のように、トロリと。
あまりにも、甘美な蜜月。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:58:20.45 ID:D2JP8Krf0

恐らくは、他人には理解しがたい日々。
だけど、かけがえの無い日々。
私と彼女だけの共通認識で作り上げられた、2人だけの箱庭。
だけどその日々は、あっけなく終わりを迎える。

事は、酷く単純だ。
売り出し中だった彼女は、2年の間に売れっ子に変わり。
仕事が増えて忙しくなるにつれ、私との時間はどんどん減って行った。
なにより、彼女は。
"妙な噂"がたっては困る人になってしまった。

広告写真やモデル撮影。その手の業界ではそれなりに名の通った人物の弟子ではあったが。
それでも、駆け出しにもなって居ないカメラマンと、人気絶頂のモデル。
誰の立場が優先されるべきであるかは、一目瞭然だった。

それでも、都内の別の写真関係の仕事を斡旋してはもらったが。
私は、それを断り帰って来た。

コンビニに並ぶファッション誌。駅の売店に置いてある雑誌。
その表紙で、津出 麗奈は今も笑い続けている。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 00:59:14.90 ID:D2JP8Krf0

── 2009年 12月17日 01:49AM ──

ζ( - *ζ「……」

デレは、私の話を黙って聞いていた。
私の視線は、今だに回顧の中に居て、彼女の表情は伺えない。

ζ( - *ζ「ねぇ、その人の事、忘れられる?」

川 ゚ -゚)「解らない」

そう、解らない。
津出 麗奈との日々は、あまりにも掛け替えのない物だった。

ζ( - *ζ「どうしても? 何があっても?」

川 ゚ -゚)「……」

答えられない。
私には、何も解らない。
昔の事も、この先の事も。

ζ( - *ζ「こうしてでも、忘れられないかな?」

ポツリ、と呟いた、瞬間。
デレが、私を強く抱きしめる。
そして、抵抗する間も無く。
彼女の唇が、私の唇を覆う。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 01:01:08.97 ID:D2JP8Krf0

川  - )「っ……んぅ……」

デレの舌が、私の口の中を犯す。
温かい、柔らかい、気持ちがいい。
だけど、何も解らない。

少し粘着質の水音が、断続的に響く。
彼女の執拗な口付けは、私の思考を蕩かす。
ああ、このままじゃ。
また、何も解らないままになってしまう。

だけど、それでもいいのかも知れない。
彼女は謳った。

── 確信できる 今だけ認めて ──

だから、それでいいのかもしれない。
今、この瞬間。
間違いの無い、この瞬間を。
私は、認めればいい。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 01:02:28.06 ID:D2JP8Krf0

── 2009年 12月 17日 10:24AM ──

川 ゚ -゚)「……」

目が覚めると、既に日は高かった。
隣で、スヤスヤと寝息を立てる彼女は休みだと言うし、私は現在無職だから、問題は無いのだけれど。
朝、というにはどうにも遅すぎるが、それでも12月の空気は静謐で冷たい。
思えば、自分は服を着ていないのだから、寒いのは当然だ。

ベッドから出て、テーブルの上の煙草に手を伸ばす。
冬の冷たい空気は、見えない刃物のように、裸の全身に突き刺さる。
震える指先。ベッドサイドに腰かけ、酷く緩慢な動作で煙草に火を点ける。

煙草の先から立ち上る煙。
その行き先と同じように、私の過去と未来は解らない。
だけど、それでもいいのかもしれない。

ほとんど吸っていない煙草を灰皿に投げ込み、べッドの中に戻る。
彼女は謳った。

── 私の 名前を呼んで 躰を触って ──

川 ゚ -゚)「……デレ……」

そっと、彼女の名前を呼んで、頬に口付ける。
そして、ぎゅっと、強く、強く彼女を抱きしめる。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 01:03:48.27 ID:D2JP8Krf0

私は、解らない。
過去も、未来も。
だけど、現在だけは、確信できる。

もしかしたら、過去の事、未来の事。
それが、解る日が来るのかも知れない。
だけど、今は、まだいい。
何も解らない。それでいい。それでもいい。

確信できる現在がある。

それでいい。

それだけで、いい。




静謐な12月の空気に、ヴァージニアリーフが香る。
柔らかな口付けと、抱擁と。
それだけが、ある。



〜 fin 〜

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 01:05:35.48 ID:D2JP8Krf0

・劇中登場曲

椎名林檎 「本能」
http://www.youtube.com/watch?v=fi_z-mpsueQ

椎名林檎「罪と罰」
http://www.youtube.com/watch?v=fsaP1mRhqNo&feature=related

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/17(木) 01:06:16.40 ID:D2JP8Krf0
・劇中固有名詞について

バズリクソンズ:日本のミリタリーウェアレプリカメーカー。
         当時の機材を使用し、素材、設計、製法を完全に再現し、原則として実在するミルスペック品しか作らない。

N3-B:1945年に米空軍に採用された、アラスカ勤務員向けフライトジャケット。半端無く暖かい。
    作中に登場するのは「ウィリアム・ギブソンコレクション」という、作家ウィリアム・ギブソンとの
    コラボレーション企画から生まれたモデル。そのためバズリクソンズのジャケットとしては例外的に、
    ミルスペックに存在しないブラックカラーとなっている。W・Gコレクションの第3弾。

マクベス:日本のブランドらしいけど良く知らない。Pコートの出来がえらいいい。

ミラ ココア:軽自動車。ダイハツ ミラのバリエーション。今、後ろが見えるのがオシャレ。
       前から見るといい感じだけど、Cピラーから後ろのデザインが微妙。

CANON A-1:1978年発売のキャノンのマニュアルフォーカス式一眼レフカメラ。「Aシリーズ」のフラッグシップモデル。
        16ビットCPUによる先進的な全電子制御により、当時としては画期的な操作性を持つ。
        初心者は手軽に良い写真を。上級者は今以上に良い写真を、という触れ込みで発売された。

ロイヤルコペンハーゲン:デンマークの陶磁器メーカー。ティーカップ1セットくらい持ってても損じゃないと思う。

ニーハイブーツ:エロい。

バスペールエール:ロンドンで多く飲まれている上面醗酵のエールビール。生はマジで美味い。

グリューワイン:ドイツのワイン。蜂蜜や生姜を入れたホットワインにして飲む。冬場は最高。

紅茶のビール:名前を失念してしまった。スパークリングレモンティーのような味で美味い。


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