('A`)イチゴくさいようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 20:59:39.39 ID:hf+fsSoRO
 
 見えるのは、地平線まで続く、すこし泥濘んだ畦道。
 その先には、静かにそびえる青々とした里山。
 空はどこまでも海のように青く、小さな雲はゆったりと漂っている。

 天気は快晴だった。秋雨つづきが久々に晴れたのだという。太陽の白い輝きに、喜びが交じって降りてきているようだ。

('A`)(あの頃のままだな)

 ネクタイをゆるめて、ワイシャツのボタンを外す。
 十年を経て変わらぬ、故郷の匂いを感じて、ひとり気張っている自分がおかしかった。

('A`)「……ふ」

 帰ってきた。
 帰ってきてしまった。

 この場所には、なにがあっても戻らないと決めていた。
 それなのに、なにがあったでもなく帰ってきている。

 故郷が恋しいと思ったことはなかった。
 今回だって、ここは電車で通るだけの、移動ルートにすぎなかった。

 ローカルトレインの扉が開いて、車内にイチゴの匂いが飛び込んでくるまでは、確かにそうだったのだ。

 気付いたときには、電車は行っていて、自分はホームに立っていた。
 上り下りの区別もなく、線路は一本だけ。無人駅のそこは、やっぱり昔と変わらずイチゴくさかった。


6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:02:43.17 ID:hf+fsSoRO
 
 革靴のまま歩き続けていると、小さなビニールハウスがずらりと並んでいるのが見えてきた。

 育てられているのは、どうせイチゴだ。
 この街の人間は、どいつもこいつもイチゴばかり作る。
 村人たちがイチゴに拘る理由はわからない。
 年中ビニールハウスで作るくらいだから、気候が適しているということもないだろう。

 ただとにかく、おかげで村全体にイチゴくささがしみついている。
 洗濯物を干したりすれば、その服はもうずっと、イチゴの匂いしかしなくなる。

 昔はそれほど意識しなかったが、今となると信じられない。自分の身に起こっていたとも思えない。

('A`)(だが流石に……懐かしいな)

 ビニールハウスを無視して歩き続ける。
 このまま歩き続けた先に何があっただろうか。そんなことをぼんやりと思い出しつつ。

 山の麓も見えるほどまで歩くと、二軒の家が見えてきた。
 ふたつの家は向かい合って建っており、形には一切の違いが見受けられない。

 よほど家同士の仲がいいのだろうか。

 深く考えもせず、二軒の家の間を通り抜けようとした。

('A`)「ん」

 だがその時、目の端に片方の家の表札が見えた。
 反射的に視線を向けて、そこにあった名前を読んでいた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:05:15.24 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「うつ……だ?」

 表札には、楷書で「鬱田」と書かれていた。
 まったく見かけない名字だ。
 しかし、どこかで見たことがあるような気がしてならない。

('A`)(鬱田……誰だ? 知り合いにはそんなのいないはず……。
    ……単なるデジャヴなのか? それとも……)

 軽い、抑えたような足音が聞こえた。
 その瞬間、頭が、弦を張ったごとく冴えわたった。

('A`)「あっ、鬱田って俺か。灯台モトクラシー」

 「それなんて民主主義風潮?」

 すぐ後ろで声がした。
 足音が聞こえていなかったら、驚きか恥ずかしさで死んだかもしれない。

 かつては、よく聞きなれた声だった。
 尖っているけれど、それは声の主が真摯である証なんだ。


8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:08:29.18 ID:hf+fsSoRO
 
 ゆっくりと、振り返ってみた。

('A`;)「……灯台の下も明るくしろってさ。あったんだよ、そういうのが」

ξ゚听)ξ「ないわね」

 女は腕組みをして立っていた。

('A`)「おまえなぁ、教科書が全てだと思うなよ。世界はもっと広いんだからさ」

ξ゚听)ξ「つまらないダジャレ言っといて、なに取り繕おうとしてんの?」

('A`)「ごめんなさい。……ツン様」

ξ゚听)ξ「様とかやめろ」

('A`)「じゃあツニョリータ」

ξ;゚听)ξ「めんどくさいわよ、あんた」

('A`)「……ごめん、ツン」

 少しだけ、彼女の名前を呼び捨てにするのに抵抗があった。
 照れくさいのとは、ちょっと違う。何か言い知れない、不安があった。

ξ゚ー゚)ξ「良し。……おかえり、ドクオ」

 しかしそれも、彼女が笑顔を作ってくれたことで、霧が晴れるように解けていった。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:11:06.90 ID:hf+fsSoRO
 
 彼女はツン。
 向かいの家に住んでいた、いわゆる幼なじみだ。

 勉強が抜群にできて、そのせいか、やたら気が強い。
 自分の行った無名の大学より、倍は頭のいい国立の農学科に行った。
 そして結局、この村でイチゴを育てている。

 正直いって、故郷の人間の中で一番やりにくい相手だ。
 後ろ暗さ、吊り合いのなさ、高い洞察力とか突飛な行動とか、全てが苦手だ。

ξ゚听)ξ「それにしても、どうしたの急に。里帰り……じゃないわよね」

 ツンは俺の服装を、怪訝な目つきでじろじろ見た。

('A`)「ちょっと、仕事で通ることになったから。寄ってみた。明日には必ずホテルに着いてなきゃいけない」

ξ゚听)ξ「……確認しとくけど、十年前はぜーったい帰ってこないとか言ってたわよね」

('A`)「言ってないよ。あれは過去の俺だ」

ξ゚听)ξ「あんたね、昔のことをなかったことにするのやめなさい。だいたいね……」

('A`)「おい、あんまりその話すると、俺が上京するっつったときのツンのセリフを言うぞ」

ξ;゚听)ξ「上京するときの? ……って!」

 ツンは両手で口を覆って、絶句した。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:14:11.91 ID:hf+fsSoRO
 
ξ;゚听)ξ「わあー! 忘れろって言ったじゃないの!」

('A`)「言ってたな。引越し先のマンションに電話かけて、五十回くらい。アニマル浜口かと思ったよ」

 含み笑いをしながら言うと、すっかりツンは青ざめた。
 もう主導権は握れただろうし、ここらで止めても、ツンが調子にのることはないと思える。

('A`)「絶対帰らないって言ったら、お前なんて言ったっけ? わんわん泣いてさ」

ξ;゚听)ξ「何も言ってないわ。泣いてないし」

('A`)「あ、過去をなかったことにした」

ξ;゚听)ξ「そうよ、悪い? お互い様でしょ」

 もう良いな、と確信して、切り上げることにした。

('A`)「よし、じゃあそうするか」

ξ;゚听)ξ「うん、それがいいわ。……はぁーっ」

 ツンは長く、安堵のため息をついた。
 実は三十路も近いくせに、まるで少女みたいな反応だった。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:17:10.35 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)(こいつ、なんか面白くなったな)

 学歴なんて、この田舎では大した意味を持っていないのだろうか。
 そもそも、ツンとの間に障壁を作っていたのは、自分なのかもしれなかった。

 もう少し、ツンとの時間を埋め合わせたいと思った。

('A`)「ツン、この後は?」

ξ゚听)ξ「えっ?」

('A`)「なんか、予定とかある?」

 ツンは少しためらってから、あからさまな作り笑顔を見せた。

ξ゚ー゚)ξ「あら、ハウス見てくる時間。ちょっと、うちで待ってて」

(;'A`)「えっ、おいツン?」

 すぐ戻るから、と言って、彼女は畦道を走っていった。

('A`)「なんだよアイツ……」

 肩透かしをくらった気分に悄然としながらも、言われたように、ツンの家の前に座りこんで待つことにした。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:20:05.60 ID:hf+fsSoRO
 
 少しずつ日が落ちてきていて、茜色が染みだしつつある。

('A`)(しかし……なんか変な感じだな)

 目線の先にある「鬱田」の表札を見つめながら、初めてそう思った。

 あまりにも、この故郷は変わっていなさすぎる。
 独特のイチゴくささも、実家の雰囲気も、かすかな記憶に残っているものと、寸分違わない。

 十年も経っているのだから、家やコンビニの一つや二つ、増えていたっておかしくない。
 ツンのことも、時の流れを感じさせない要因だった。
 かつて顔を合わせていたころと、彼女は何か変わっているのか。

(;'A`)(この村の時間は、十年前に取り残されてしまっているんじゃないのか?
     いや……そんなまさか)

 ありえないことを考えているという自覚はあった。
 時間が止まるわけがない。それも、小さな村ひとつだけが、時の流れに取り残されるなんて、考えようもない。

 携帯を開いて日付を確認する。
 都会とのタイム・ラグは一切ない。今年の今日が表示されている。

 だが、携帯電話の時計は信用ならない。
 これは電話会社が発信した情報が残っているのであって、今、この村の時間を正確に表示しているとは限らない。

 こういう場合、信憑性のある年月日を確認する方法は、「アレ」だけだ。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:24:18.97 ID:hf+fsSoRO
 
 背後にある自分の実家からは、先ほどから生活音がしている。
 まだ、親と対面するような心の準備はできていない。「あの方法」をやるのは、少しはばかられた。

 ツンの家を振り返る。
 こっちはまるで音がない。というよりも、人の気配がまったくしない。古びた一軒家が静まりかえっている。
 時間に置き去りにされて、モニュメント化しているのだ。

('A`)「……」

 ゴクリと唾をのみ込んで、静かな家の門を開ける。
 玄関の引き戸は施錠されていなかった。
 ツンが鍵をかけ忘れたのか、家に誰かいるからかはわからない。

 三和土に靴はないが、下駄箱に入っているのかもしれない。
 誰もいないことを願いつつ、革靴を脱いだ。
 畦道の泥でひどく汚れているが、今はそれどころではない。

 ずかずか上がりこんで、俺は新聞紙を探した。
 タイムスリップしたときは、まず新聞で日付を確認するべきだ。他のものは頼りにならない。

 いつか読んだ小説に、そんなことが書いてあったのを覚えていた。

 居間を覗くと、小さくて丸いちゃぶ台の上に、くすんでボロボロになった、灰色の紙束が乗っていた。
 脇には、同じく色褪せた、なにか四角い紙が見える。

 居間に誰もいないことを確認し、ちゃぶ台に突き進む。
 灰色の紙束は、やはり新聞紙だった。そして、端に記された年月日を見た瞬間、俺の思考は驚くべき速さで回りだした。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:27:15.78 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「どういうことだ……?」

 そこには、十三年前の七月の日付があった。

 驚いたのは、タイムスリップしていると思ったからではない。
 むしろ、新聞紙の劣化具合を見れば、あれは単なる杞憂だったとすぐにわかった。

 問題は、そんな昔の新聞が、なぜツンの家にこうも無造作に置かれているのかということだ。

('A`)「十三年前……中三の夏か。何かあったかな……」

 頭をぽりぽり掻いて、考えてみる。
 と、横に置いてあった、色褪せた紙片に目が行った。

 それは、どうやら記念写真らしかった。
 全員が制服を着ていて、そこにはツンや自分が、もっと若いときの姿も見えた。
 黒くて長い筒を持って、それにはリボンが巻かれている。

('A`)「中学の卒業写真か……」

 たしか自分も同じものを持っていたはずだ。
 どこにしまったか忘れたが、引越しのときにはきちんとダンボールに入っていた。

 なんとなく、写っている人間をみんな思い出せるか試してみたが、十秒で諦めた。
 顔を覚えているのは多いが、名前がまるで出てこない。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:30:18.46 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)(そういえば、あいつが写ってないな)

 ふと思い出した「あいつ」というのは、中学時分に親友だった、内藤のことだ。
 下の名前は、ホライゾンだかホライズンだか言った。忘れたのでなく、当時から曖昧だった。

 その内藤はなぜ卒業写真に写っていないのだ。
 三年のときだって、同じクラスだったはずだ。

 その疑問に辿りついた瞬間、頭脳の回路が繋がり、目映いスパークを起こした。

('A`)「そうだ、あいつ……」

 新聞に目を戻し、一点を見据えたまま乱暴にページをめくった。
 今や、その記事がどこに書いてあったかすら思い出していた。

 開かれた新聞、見つめた一点には、こう書かれていた。

 『苺の薫る村で中学生男子自殺』

('A`)「あいつ……死んだんだ」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:33:14.97 ID:hf+fsSoRO
 
 *

 十三年前、ツンに頼みごとをされた。
 彼女の書いた手紙を、内藤に渡せという、ごく簡単な話だった。

('A`)「は?」

ξ゚听)ξ「一回しか言わないっつったわよね。拒否権がないとも」

('A`)「ああ、聞き直したんじゃないよ。でもそういうのってさ、自分でやったほうが」

ξ゚听)ξ「いいわね。普通は。私の場合は違うのよ。自分でやらない方がいい」

('A`)「……ま、いいならいいけどさ」

 ツンは終始、怒っているそぶりだった。
 それに付き合うのが面倒で、俺はすぐ頼みを承けてしまった。

 ここでツンを説得して、彼女自身に手紙を渡させていれば、結果は違ったかもしれない。

 でもその時は、そんな苦労をしてやる義理なんてなかった。
 それに、成績にコンプレックスのあった俺に、優等生のツンを説き伏せられるとも思えなかった。

 その日の放課後に、「話がある」といって、人気の無いところに内藤を連れ出した。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:36:41.81 ID:hf+fsSoRO
 
( ^ω^)「話って何だお?」

 内藤は、いつも通りの笑顔を浮かべていたが、頬がこわばっているのがよくわかった。

 移動している間に、手紙はそれとなくちらつかせていた。
 これから何が起こるのか、半分は理解していて、半分はまったく知らないと見える。
 あとの半分が、重要なことだ。

('A`)「ん、いや、別に」

 ポケットから手紙を出して、内藤に突きつけてみせた。
 ただ、差出人の名前は裏側にして、彼に見えないようにしていた。

('A`)「お前に手紙を渡せって頼まれちまってさ。なーんの手紙かなー?」

 いやみったらしく言ったのは、精一杯の演技で、せめてもの罵詈だった。

(;^ω^)「えっ、へへ、わからんお」

 内藤は、待ってましたと言わんばかりに手紙をひったくった。

 封筒から、三つ折りの便箋が一枚だけ出てくる。
 あまりにも色気がなく、あまりにもツンらしかった。

( ^ω^)「……」

('A`)「え、どうした?」

( ^ω^)「いや。何でも……読んでみるお」

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:39:35.53 ID:hf+fsSoRO
 
 それまで、緊張しつつも嬉しそうにしていた内藤は、すっかり色を失っていた。
 壁によりかかって、文面をこちらに見せないようにしながら、一行一行読んでいる。

 たった一枚の紙に、どれほどのツンの言葉が込められているのだろう。
 それを知ることすらできない立場にいるのは、なかなか辛いものがあった。

 長い時間をかけ、内藤は手紙を読み終えた。
 彼は最後に、封筒に小さく書かれた差出人の名を見て、ため息をついた。

('A`)「どうよ?」

( ^ω^)「……どうなのかな」

 内藤は、ほとんど呼吸のように言った。
 それから少しの間、黙っていた。彼なりに、言葉を探しているのかもしれなかった。

( ^ω^)「この子が……ツンが……こういう行動に出てしまったのは、すごく残念だお」

('A`)「……」

( ^ω^)「ドクオかツンか……どっちかの……気持ちが、今日、終わらなきゃいけないんだお」

('A`)「俺は関係ない。あれ、……告白したのは、ツンだからな」

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:43:25.61 ID:hf+fsSoRO
 
( ^ω^)「でも、だからといって……」

('A`)「義理立てはやめてくれ。お前だって、気があるんだろ」

(;^ω^)「いや、それは……その……」

 内藤は項垂れた。
 なんとか事態を好転できる言葉がないか、探しているのだろう。

(  ω )「……ドクオは、いつから知ってたんだお?」

 ひとまずというように、内藤は話題を逸らした。

('A`)「あ?」

( ^ω^)「だから、ツンの気持ちを知ったのはいつなんだお」

('A`)「一年半くらい前かな。二人で遊んでたときに言われた。
    お前が数学の再試をやってたときのさ」

( ^ω^)「……あの日かお。試験のあと、僕も合流したお」

('A`)「面白かったよ。あの時は。教えてやろうと何度も思ったが……さすがに悪かったんだ」

 内藤はうんうんと頷いた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:47:13.46 ID:hf+fsSoRO
 
( ^ω^)「黙ってて良かったと思うお。うやむやになるより、一回こうなったほうが」

('A`)「良いと思うのか? こんな状況」

(;^ω^)「いや、あんまり歓迎したくはないお。けど、ここで結論を出したほうがいいんだお」

 その言葉で、身体中の血が冷めきるのを感じた。

('A`)「だったら、なに戸惑ってるんだよ。早く結論を出せばいいだろ。
    俺は関係ないって、はじめから言ってるんだ。お前はそんな厄介な人間関係の中にいるのかよ」

( ^ω^)「お……」

('A`)「俺、もう行くわ。塾もあるしよ。あとは任せたよ」

( ^ω^)「……わかったお。じゃあ、また」

 返事をせずに、昇降口へと駆け出す。
 自分の行動の幼稚さが恥ずかしかったのもそうだが、何より内藤の答えを聞くのがいやだったのだ。

 それ以後、あいさつ程度はしても、内藤と話をすることは一度もなかった。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:51:15.38 ID:hf+fsSoRO
 
 後日、ツンに返事がかえってこないと文句を言われた。

('A`)「悩んでたみたいだから、時間をやれよ」

 適当にそう言うと、ツンは珍しくすんなり納得して、「そうね」と頷いた。
 そのとき俺は、昨日きちんと説得をしてやれば、ツンは聞き入れるつもりだったんじゃないかと思った。

 要するに、彼女は後押しが欲しかったのかもしれない。
 俺はすこしだけ後悔したが、今さらどうにもならない、と忘れることにしていた。

 そして、数日して、夏休みが近づいてきたころ、内藤は自殺した。
 自宅にあった包丁で、胸の数ヶ所を刺してあったらしい。死因は失血死だという。

 そのときの後悔は、日夜、地獄の苦しみでもって襲ってきた。
 自分がちゃんと身をひいて相談にのってやれば、内藤が死ぬことはなかっただろう。
 ひとり悩んで、悩みぬいた末に、内藤は死ぬことを解決策として見出だしてしまった。

 あの日の自分の、意地汚い姿を決して忘れまいと思った。
 それが自分への戒めで、内藤への償いになると思ったはずだった。

 これほど大事なことを、きれいさっぱり忘れていたのだ。

 自分はまだ許されていない。
 今後一生、許されなくていい。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:54:17.65 ID:hf+fsSoRO
 
 *

 俺はひとつの決意を固めた。
 携帯電話を開き、会社の課長の電話にかけた。

('A`)「もしもし、鬱田です。ショボン課長でいらっしゃいますか」

 『ああ、鬱田くん。どうしてるの?
  まだホテルに着いてこないし、連絡もないからって、プレゼンの担当が心配してたよ』

('A`)「すいません課長。俺、明日のプレゼン行けません」

 『えっ?』

('A`)「辞めます。だからプレゼンも行けませんし、ホテルにも着かないです」

 『……えー』

('A`)「申し訳ないっす」

 言うだけ言って、電話を切った。
 一分に満たない通話時間の表示を見て、奇妙な解放感とともに、
 全身をたぎらすような意気が、ふつふつと沸いてきた。

 走り出したい気持ちで、とにかく、ツンの帰りを待ちわびた。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 21:57:18.98 ID:hf+fsSoRO
 
 決意とは、このイチゴくさい村で、どのビニールハウスより芳しい匂いを出すイチゴを育てること。

 それは、かつてツンと内藤と三人で、夢を語り合ったとき、内藤が言ったことだった。
 ツンもそれに賛同して、二人でやろうと言っていた。

 俺は一人で、都会に出るという漠然とした夢を転がしていただけだった。

 自分の夢は、確かに実現はしていた。
 だが、夢を達成しているときの喜びはなかった。

 喜びもなく、満足のいかない暮らしをしていた。足りないものが何なのかもわからなかった。

 欠落していたのは、仲間なのだと思った。
 自分ひとりで夢に到達しても、共に喜びあえなければどこか物足りない。

 ツンも、もしかしたら同じ気持ちでいるかもしれない。
 それなら、喜びを分かち合いたいのはお互い様だ。ツンも内藤も、喜んでくれるだろう。

 それに――上京することを伝えた日、ツンが言ってくれた言葉もある。

 玄関のほうで、戸が開く音がした。

ξ゚听)ξ「ドクオさん、なに勝手にあがりこんでんの」

('A`)「鍵が開いていたんですの」

 居間から声を張って答えた。
 廊下に立っていたツンは、しまったという顔をした。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:00:07.74 ID:hf+fsSoRO
 
ξ;゚听)ξ「あ……そ、それ見た?」

 ツンはちゃぶ台を指さして言った。

('A`)「見たとも。……なに焦ってんだ?」

ξ;゚听)ξ「いやその……」

 少しだけ吃ると、突然ツンは落ち着きを取り戻した顔になった。
 どこか悲しみを含んだ目をしていた。

ξ゚−゚)ξ「どうしてそこに、十三年前の新聞が置いてあると思う?」

('A`)「なぜって……」

 そうだ、すっかり忘れていた。
 なぜこんなところに、十三年前の新聞が置いてあるんだ。

('A`)(単に自殺したのを思い出していたのか? でも辛い思い出をわざわざ蒸し返さなくても……)

('A`)「わからん。あの記事を見てたんだよな?」

ξ゚−゚)ξ「そうよ。その記事が必要なの」

('A`)「必要……?」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:03:06.54 ID:hf+fsSoRO
 
ξ゚−゚)ξ「私だって、ただイチゴを育てるために、ここに居残ってたんじゃないの」

(;'A`)「なぬっ?!」

 彼女は、先ほどの俺の決意を踏みにじるようなことを言った。

ξ゚−゚)ξ「私は、内藤の自殺に、不可解なところがあったわ。ドクオも言ってたけど」

(;'A`)「……そうだな。自分で胸を数ヶ所刺すとなると、なかなかの生命力がいる。
     まだ中学生の内藤にそれがあったのか……疑問だった」

ξ゚−゚)ξ「ここにいれば、仕事をしながら情報を集められると思ったのよ。
     必ず真実を暴いてやろうって決意して、ずっとここでイチゴを育ててた」

('A`)「だけど、そういう情報って隠匿されるんじゃないのか? 警察から」

ξ゚−゚)ξ「私もそう思ってた。でも、時間が経てば、管理もゆるくなる。
     ルポライターや記者に頼んで、漏れだした情報、取りこぼした情報をかき集めてもらったわ」

ξ゚听)ξ「私は一応、警察に名前が残っているかもしれなかったから、表立っては動かなかったの」

(;'A`)「それで、まさか……」

ξ゚听)ξ「地道な努力の結果ね。十三年目にして、ついに尻尾をつかんだわ」

 俺は生唾をのんだ。耳がぴくりと動いて、ツンの声を逃すまいとした。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:06:25.01 ID:hf+fsSoRO
 
ξ゚−゚)ξ「真実は、まったく違ってた。内藤は自殺なんかしてない。殺されたのよ」

(;'A`)「内藤が……殺されただと?」

ξ゚−゚)ξ「ええ。殺したのは素直クール。覚えてる? A組の素直よ」

 素直クール。言われてみれば思い出せる。
 村の外まで聞こえるほどの美少女で、彼女の家のいちご直売店は、常に大行列ができていた。
 その素直クールが、内藤を殺しただなんて。

(;'A`)「ちょ、ちょっと待てよ。なんで、そう言えるんだ?」

 ツンは冷ややかな瞳で俺を見つめた。

ξ゚−゚)ξ「……勘よ」

(;'A`)「おいっ……冗談を言ってる場合じゃ、なくね?」

 少し息が切れてきた。
 ツンがいったい何を考えているのか、わからなくなってきた。

ξ゚听)ξ「冗談かしらね……。まぁ聞いて。私が独自に調査した結果、素直は内藤と付き合ってたことがわかったのよ」

(;'A`)「なんだと?!」

 だからあの時、内藤はあんなにも渋っていたのか。
 今更ながらに納得がいった。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:09:06.24 ID:hf+fsSoRO
 
ξ゚−゚)ξ「素直自身が言ったから、これは事実よ。……そして、付き合っていた二人の関係に」

 ツンは二本指を立て、その隙間に、小指を突き入れた。

ξ゚听)ξ「私は割り込んだ」

(;'A`)「ツン……」

 ツンは、きっと今でも内藤のことが好きなのだろう。
 でなければ、彼女はこんな自分を貶めるような話し方をしない。

ξ゚−゚)ξ「内藤は、情報だと、素直と付き合いだしたばかりだったらしいわ。素直と私じゃ、悩むこともなかったでしょうね」

('A`)「……」

 俺は、ラブレターをもらった時の内藤の反応を思い出していた。
 彼は最初、手紙が素直からのものと思っていたのではないか。

 その内容に期待しているとともに、俺に、素直と付き合いだしたことを言えるのも、うれしかったのだと思う。

 だが、手紙の内容を見てからは、困惑した様子だった。
 いろいろな含みはあれど、残念だ、とも言った。

 俺は、何も言わず、ツンの次の言葉を待った。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:12:12.68 ID:hf+fsSoRO
 
ξ゚听)ξ「だけど、内藤はバカだった。あたしに義理立てしようとして……あいつは素直と別れることに決めた……」

 ツンの声がかすれた。
 喉が思うように声を発してくれないらしい。

('A`)「……それは……義理立てじゃない」

 同じようにかすれた俺の言葉に、ツンは首を振った。

ξ゚−゚)ξ「あんたもバカよ。わかってないわ。……内藤は、すごく、素直のこと好きだったんだから」

 かみしめた唇が、かろうじて涙をこらえている。
 しかしそれも、ふるふる揺れて、今にも決壊してしまいそうだ。

ξ゚−゚)ξ「内藤は、素直を家に招いたそうよ。そこで、きれいに別れるつもりだったみたい」

('A`)「だけど、こじれてしまったんだな……」

 よくある「痴情のもつれ」というやつか。と、どこにあるのか知れない、冷静な頭の部分が考えていた。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:15:27.76 ID:hf+fsSoRO
 
ξ゚−゚)ξ「内藤の家でどんな話があったのかはわからない……確かなのは、内藤は刺されるときに抵抗しなかったこと……
     それどころか、自分で包丁を掴んで……」

 だから自殺に思われたというわけか。
 ある意味で、普通の自殺よりも、ずっと自殺らしい。あまりにも悲壮な死だ。

 内藤のことだから、素直に罪をかぶせまいなどということを考えたのだろう。
 そして、馬鹿だから、自殺にみせかけることしか思いつかなかった。

(;A`)「……バカだな……。
    ……それで素直が満足したって、おまえ……ツンは……」

ξ;凵G)ξ「あたしの話はいいのよ……ああもう、なに泣いてんのよ、ドクオ……」

(;A;)「しらねーよ……内藤のこと考えてたら、勝手に……」

ξ;凵G)ξ「……ないとう……う、う」

 ツンは、内藤の名前を切なそうに呼ぶと、胸を引きさくような慟哭をあげた。
 悲しみにまみれた泣き声を聞きながら、俺はせつせつと泣いた。

 お前のせいだぞ、内藤。
 お前のバカさ加減が、十三年経っても泣かずにいられない。

 何度となく、内藤の名をうらめしく呼び続け、ようやく二人の涙が止まったのは、とっぷり日が暮れてからだった。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:19:12.52 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「それで、ツン……素直を警察に出すんだな」

 ツンは黙って、ゆらりと立ち上がると、洋箪笥の小さな引き出しを開けた。

ξ゚听)ξ「警察はいらない。必要なのは、事件の記事と、私が得た情報。そしてこれよ」

 そこからなにか黒いものを取り出し、ちゃぶ台に置いた。
 それが見えないことで、部屋が暗いことに気づき、立ち上がって電灯を点けた。

 ちゃぶ台に置かれていたのは、オートマチックの拳銃だった。
 エアガンやモデルガンとは、明らかに威容が違う。どう見ても、本物の銃だ。

('A`)「……お前……おい、ウソだろ?」

ξ゚听)ξ「そういえば、私の予定が気になるんだっけ。教えてほしい?」

('A`)「……」

 聞きたいわけがなかった。

ξ゚听)ξ「殺すのよ。素直クールを」

 ツンは毅然と言い放った。

('A`)「なんで」

ξ゚听)ξ「根本の原因は、私が手抜かりをやらかしたから、ね」

('A`)「……意味わかんねえよ。ちゃんと説明しろ」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:23:24.08 ID:hf+fsSoRO
 
ξ゚听)ξ「私の得てきた情報は、すべて単なる証言なのよ。しかもほとんどが、素直自身によるものだし、録音もしてない。
    つまり、素直が否定してしまえば、証拠はほぼ皆無。彼女の立件は難しいわ」

('A`)「素直が刺したって証拠もないのか?」

ξ゚听)ξ「当然だけど、それは証言すらないわ。頼りなく言っちゃうと、私の推理」

('A`)「……それで殺す決意ができるのか」

ξ゚听)ξ「そうよ。素直が内藤の家に行ったのは確かだから。……内藤が勝手に自殺したと思う?」

('A`)「思うわけないが……」

ξ゚听)ξ「私だって、自白するならチャンスくらいはやるわ。でも、しらを切ったらその瞬間」

 ツンは重たそうな拳銃を手に取り、引き金に指をかけた。

ξ゚听)ξ「パン、だから」

('A`)「厳しいな」

ξ゚听)ξ「仏心だと思ってたわ」

 きょとんとした顔で、ツンは銃を懐にしまった。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:27:06.26 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)(しょうがないか……)

 ツンの推理が正しいとすれば、素直は救いようがない。
 内藤の深い優しさに触れていながら、自首をしないのは、罪の意識がないからだ。

 拳銃を突きつけられて、恐怖から白状をする、というのがもっともなパターンだろう。
 そうでもなければ、素直は死ぬ。

 というか、ツンが殺人者になってしまう。

('A`)「あー、それで、ツン」

ξ゚听)ξ「なによ」

('A`)「試し撃ちはしてみたか?」

ξ゚听)ξ「あのね、いくら田舎だからってそれは無理よ。銃声がどれだけ届くかわかんないし」

('A`)「要するに、やってないんだな」

ξ゚听)ξ「そうよ、悪い?」

('A`)「大いに悪い。銃の反動をなめるな。肘が砕けるぞ」

 詳しくはよく知らないが、反動の強い銃を初心者が撃つと、それだけで骨折することもあるらしい。
 それがデタラメでもなんでも、とにかくツンから銃を取り上げる必要があった。

('A`)「いざとなれば俺がやる。ツンが突きつけるのは情報と新聞だけでいい」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:30:06.22 ID:hf+fsSoRO
 
ξ゚听)ξ「あんたがやるですって?」

 ツンは素頓狂な声をあげた。

('A`)「そうだ」

ξ゚听)ξ「……バカ言わないで。あんたに素直を殺せるわけない」

('A`)「どうしてそう言える?」

ξ゚听)ξ「あんたに覚悟がないからよ。全てを捨てて罪を犯すだけの覚悟が」

('A`)「……」

 彼女の言葉は、重く感じられた。
 六年続けた仕事を辞めたことで、今持っているものの大体は捨てている。

 さらに捨てなければいけないのは、自分の未来だ。
 人を殺すならば、それ相応のリスクを伴う。たとえ素直が殺人者でも、同じことだ。

('A`)「じゃあお前には、覚悟があるのか」

ξ゚听)ξ「あるわ」

 俺は問うと、彼女は即答した。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:33:44.62 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「未来を捨てることになっても……素直を殺せるな」

ξ゚听)ξ「もちろんよ」

 ちょっと瞳を揺らしつつも、ツンはそう答える。
 俺は、長いため息をついた。

('A`)「なら、銃を置け。お前に内藤の仇はとれない」

ξ;゚听)ξ「……どういうことよ。私が素直を殺せないってわけ?」

('A`)「そうじゃねえ」

 ちゃぶ台に置かれていた卒業写真を手に取った。
 俺は端に立っていて、左側には誰もいない。何も写っていないそこを見つめながら、口を開く。

('A`)「お前は大事なものを見失ってる。今のお前が、素直を殺したところで……内藤の仇をとったことにはならない。
    単に、一人の女が死に、もう一人が殺人者になるだけだ」

 ツンは黙っていた。俺は話を続ける。

('A`)「ツン、内藤の夢を覚えてるか。……この村でいちばんの、イチゴを育てることだよ」

ξ゚听)ξ「ええ、覚えてる」

('A`)「お前といっしょに、と言ったのも覚えてるよな」

ξ゚听)ξ「うん……そう言ってた」

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:36:38.50 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「……ツン。今じゃもう、その夢は叶えてやれないか?」

 ツンは目を瞑った。沈痛な表情で、彼女はなにか考えていた。

('A`)「自分の隣に……内藤がいるの、わかるだろ。
    それなのに、お前が夢を追っかけるのをやめていいのかよ。
    そこまでして、お前に仇をとってほしいなんて、内藤が思ってるっていうのかよ」

 俺の声は震えていた。
 名前の知らない、衝き上げるような感情に、身体の奥が熱くなった。

ξ--)ξ「……ドクオ」

 囁くようにツンは言った。

('A`)「なんだ?」

ξ--)ξ「……私、復讐がしたかったのかな。仇討ちなんて、体のいいこと言ってさ」

('A`)「俺には……そう思えた」

ξ゚听)ξ「そっか」

 ツンはそっけなく言った。痛々しく泣き腫らした目が、またすこし潤んでいた。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:40:11.85 ID:hf+fsSoRO
 
 彼女は懐から拳銃を出して、箪笥の上に置く。
 そして、その黒雲のような色から目を離さず、かみしめるように言った。

ξ゚听)ξ「これは……置いてく。でも、素直のところには行くわ。
     真実を明らかにしなきゃいけない。……たとえ内藤が望まなくても、私はやる」

('A`)「そうだな。それは……道理だから」

 自分で言っておきながら、道理とは一体なんだろうと思った。
 結局は俺にも、何らかの形で仕返しをしたい気持ちがあったのだと思わざるをえなかった。

ξ゚听)ξ「じゃあ、行きましょ。夜分遅くに悪いけど……あんたも明日は仕事なんでしょ」

('A`)「仕事はさっき辞めた。電話でな」

 髪を切ったんだ、というぐらいの軽さでそう伝えた。
 歩きだそうとしていたツンは、彼女の足元で何が起こったかわからないが、箪笥の角に小指をぶつけた。

ξ゚Δ゚)ξ「おうおおあ」

('A`)「俺もここで、イチゴくさくなることにしたよ。良ければ、お前らの夢に付き合わせてくれ」

ξ゚Δ゚)ξ「うん、うんお」

 痛みでのたうちまわりながら、彼女はこくこく頷いて、また少しだけ、涙をこぼした。

('A`)「そんなに痛いか?」

ξ゚Δ゚)ξ「いはう」

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:43:26.36 ID:hf+fsSoRO
 
 *

 ツンの小指の痛みが引いてから、古新聞だけを持って、二人で家を出た。
 素直の家はそう遠くない。満天の星空のもと、歩き出した。

('A`)「あれ、そういえばお前の両親は? 家にいないみたいだけど」

ξ゚听)ξ「ああ、もう死んだわよ。晩婚だったからね」

('A`)「まじかよ」

ξ゚听)ξ「マジマジ。あんときゃ泣いたわ」

 屈託なくツンは話した。
 けれど、その話しぶりにはどこか投げやりなところもあった。

('A`)「そうか」

 だから俺は、その話はもう終いにして、別の話題を振った。

('A`)「お前さ、結婚とかしないの?」

ξ゚听)ξ「結婚かぁ。無理かもね、内藤がいるから」

 ツンは口唇をあげて、にやりと笑った。
 つられて、俺も少し笑った。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:47:06.87 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「相変わらず内藤にぞっこんだな」

ξ゚听)ξ「そりゃあね。恋をしてるまんま、死なれちゃったんだもん」

('A`)「あの頃のお前、手がつけられなかったよ。
    毎日、内藤と会話したことを全部ノートにメモして、好意を見出だそうとしてたな」

ξ;゚听)ξ「おい。何でお前がそれ知ってんだ」

('A`)「男の子は好奇心と下心のためなら何でもしちゃうのさ」

 冗談に紛らそうとして、そんなことを言ってみると、突然、ツンの足が止まった。

ξ゚听)ξ「……下心?」

 冷たいものが耳にかかって、背中の筋肉がぞくりと蠢いた。
 口の中の水分が、急激に失われる。

('A`)「……いや、ちゃうねん。深い意味じゃなく」

ξ゚听)ξ「まさか、あんた……それで内藤を……」

('A`)「それは昼ドラの見すぎ。有閑農家め」

ξ゚听)ξ「ですよねー」

 ツンは、ほっと息をついた。そしてまた、歩を進める。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:50:06.66 ID:hf+fsSoRO
 
ξ゚听)ξ「……でも、知らなかった。まさかあんたが、私のこと好きだったなんてね」

('A`)「いや……うん。まぁ、いじっぱりだったからな、俺は」

 なおも否定しようとしたが、それでは子供のころと変わらない気がした。
 せっかく時間をかけて大人になったのだから、それくらいは認めてもいい。

ξ゚听)ξ「それじゃあ、悪いことしたわね」

('A`)「いいんだよ、知らなかったんだから。昔のことだしさ」

ξ゚听)ξ「なによ、今は違うっての」

('A`)「十年間、思い出すこともなかった」

ξ゚听)ξ「ぶち殺すぞ」

('A`)「冗談だっての。子供のころ一緒に風呂入ったのを思い出して、夜な夜な……」

ξ゚听)ξ「不潔」

('A`)「冗談だっつーの」

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:54:06.00 ID:hf+fsSoRO
 
 汚い話をしていると、素直の家に着いていた。
 頭がおかしくなっていたせいで、中学二年のとき、素直が検尿を盗まれたのを思い出してしまった。

('A`)「素直は相変わらずきれいなんだろうな」

 つい、そんなことを言ってしまう。

ξ゚听)ξ「さてね。私は会ってないから、わからないわ」

('A`)「まぁ、行ってみるか」

 俺はチャイムを鳴らし、応答を待った。
 もし返事がなければ、出直すしかない。

 素直ほどの美貌を持っていた人間が、留守でなくとも家に鍵をかけていない、というのは考えにくい。

 インターホンについたスピーカーが、声を発するのを、耳を近づけてひたすら待った。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 22:57:07.81 ID:hf+fsSoRO
 
ξ;゚听)ξ「えっ?」

 ふと、横にいたツンが息を呑んだ。
 見ると、さっきまで真っ暗だった玄関が、明かりに照らされていた。

(;'A`)「おいおい、応答もなしに……でも」

 よくよく考えれば、出てくるのが、両親だったり素直の夫ということもあり得た。

 錠の開く音もなく、ドアノブが動く。そのゆっくりとした動きに、注目し続けた。

 そして、大きくドアは開かれた。
 髪を肩まで伸ばした、細身の女性がひとり立っていた。

川 ゚ -゚)「これは珍しい。すごくイチゴくさいのと、あまりイチゴくさくないのがペアで来たか。
     ……ツンデレに、どうもイチゴくさくなくてわかりにくいが、鬱田ドクオか」

(;'A`)「……ああ、そうだ」

 柔らかな声と、突然の訪問にも動じない物腰。そして、吸い込まれそうな、憂いの色をした瞳。
 記憶の中にある素直クールと、寸分違わない。

ξ゚听)ξ「……あなたは素直クールね。夜分遅くに悪いけど、話があって来たわ」

川 ゚ -゚)「いいだろう。私も、積もる話がある」

 素直は、おいでおいでと手招きした。
 俺たちは顔を見合わせてから、素直の家に上がり込んだ。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:00:21.45 ID:hf+fsSoRO
 
 素直は俺たちを居間に通して、ソファを勧めた。
 言われるままに白いソファに座ると、少し心が落ち着いた。

川 ゚ -゚)「しかし急だな。いちごオレでも出そうか?」

 テーブルを挟んで座った素直は、余裕たっぷりに言った。

ξ;゚听)ξ「だ、大丈夫よ。話はすぐ済むから」

 ツンはちょっと目を泳がせて、俺を見つけると、申し訳なさそうな顔をした。

ξ;゚听)ξ「で、ドクオ。なんだっけ?」

(;'A`)「ちょwwww」

 空気を読まず、思わず吹き出した。
 だが、気持ちはわからなくもない。
 自分だって、クーのペースに踊らされたまま、深刻な話に持ち込める自信はない。

川 ゚ -゚)「なんだ、鬱田が話すのか? 妙なことだな」

ξ゚听)ξ「そうらしいわ」

 ツンは既に無関係を装っていた。仕方ないな、と思い、口を開く。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:03:17.68 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「えっと……素直、十三年前の夏にあったことは覚えてるか?」

 持ってきた古い新聞を、テーブルに置く。
 だが素直はそれに見向きもせず、俺の目を見据えて言った。

川 ゚ -゚)「もちろん覚えている。……言いたいのは、七月九日のことだろう?」

('A`)「あぁ」

 素直は軽く息を吸った。

川 ゚ -゚)「その日に、内藤は死んでしまった。そう記憶している」

('A`)「そうだ。自殺だった。……少々、不自然な、だ」

 こくりと素直は頷いた。

川 ゚ -゚)「続けて」

('A`)「……それで、ツンはその不自然さを忘れられずに、独自に調査を進めていた。
    そして、ツンの捜査線上に……素直、お前が浮かび上がった」

川 ゚ -゚)「ふむ。それは何故だ?」

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:06:37.89 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「お前自身が言ったことだ。お前は、内藤が死ぬすこし前から、あいつと付き合っていたらしいな」

川 ゚ -゚)「八日前からだ。私から告白した」

(;'A`)「なるほど……なんだって?!」

 話の筋とは関係ないが、とんでもない情報が飛び出した。
 ツンも目を丸くしている。

(;'A`)「い、一体それは……どういうわけで」

川 ゚ -゚)「私の家の、イチゴ直売店がいつも行列だったことは、噂で知っているだろう。
    おかげで、売上には困っていなかった。……だが、誰もうちのイチゴを、おいしいとは言ってくれなかった」

 素直は遠い目をした。元々のものだけではなく、その色には寂寥感が見えた。
 が、それも一瞬で、彼女はふっと微笑んだ。

川 ゚ -゚)「そんな時に、内藤が私のイチゴを買いに来た。ツンと一緒に、食べ歩きをしているのだと言っていた。
    彼はうちのイチゴを食べて、はじめ神妙な顔をしていた。……だがすぐ、おいしいおいしいとはしゃぎだした」

 横で、ツンは目を閉じていた。
 内藤とイチゴの食べ歩きをした時のことを、思い出しているのかもしれない。

川 ゚ -゚)「そんな内藤の姿を見て、私はかつてない胸の高鳴りを感じたよ。
    恋という言葉の、本当の意味を身をもって知った」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:10:07.91 ID:hf+fsSoRO
 
川 ゚ -゚)「内藤とツンは、鬱田を入れて三人組だと知っていた。二人が付き合っていないと考えたのは普通だと思う。
    私は後日、すぐ内藤に告白したんだ」

('A`)「……そうか、そんなことがあったのか……。内藤のやつめ」

 俺は素直の顔をじろじろ眺めながら言った。
 中学のときは、これほどの色気はなかったが、それでもかなりの美少女で通っていた。

 そんなのと内藤が付き合ってしまうくらいだから、このイチゴくさい村はよく分からない。

('A`)「……よし、話を戻すか。
    かくして内藤と付き合いだした素直だが、程なくして、ある問題が起こった。……なんだ?」

 素直は、ちらりとツンを見た。ツンは、指先をもじもじさせている。

川 ゚ -゚)「……ツンが内藤に告白した」

('A`)「内藤から聞いたのか?」

川 ゚ -゚)「そうだ。鬱田と少し……仲違いをしてしまったというのも聞いた」

 えっ、とツンが顔を上げた。そして、俺をにらみつけた。

ξ゚听)ξ「なによそれ……聞いてないわよ」

( A )「……聞かせられたわけないだろ」

 俺は頭をかかえて、呻いた。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:13:16.66 ID:hf+fsSoRO
 
( A )「俺は……ツンの手紙を渡したあと、迷ってる内藤を見て……
    内藤がおれに義理立てて、ツンの告白を断るつもりなんだと思った」

 視線が刺さってくる。憐れむような視線だ。

( A )「……しょうがねぇだろ!? 俺、内藤と素直が付き合ってるなんて知らなかった……
    内藤は、俺に遠慮して言わねえけど、ツンのことが好きなんだって、ずっと思ってたんだ!」

 骨身の限り、俺は吼えた。
 ツンに話を聞いてから、ずっとこのことが心の中で跳ね回って、感情が張り裂けそうだった。

川 ゚ -゚)「……そうさ」

 素直が呟いた。

川 ゚ -゚)「内藤は、ツンが好きだった。私の告白を承けていながら、どこか心が私に向いていない気がしていた」

( A )「違う、素直! 内藤はお前のことこそ大好きだった!
    あいつは、ツンの手紙を、お前の手紙だと思って……幸せそうにニヤニヤしてたんだぞ?!
    それなのに……お前、そんなことを言うのかよ!」

川;゚ -゚)「っ!」

ξ;゚听)ξ「ドクオ、落ち着いてよ! あんたがそんなんでどうすんのよ!」

( A`)「……俺は……勘違いしたまんま、勝手にケンカをふっかけて……誤解がとけないまま、死なれちまったんだぞ。
    相手が大好きなまんま死んじまうのと、どっちが辛いんだ?」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:17:21.57 ID:hf+fsSoRO
 
ξ;゚听)ξ「それは……」

 ツンは答えに詰まった。即答できない理由がわからない。

('A`)「……ならいいよ。どれだけ言ったって、俺の所為には変わりねえからな。……クソッ」

川;゚ -゚)「鬱田……ドクオ。さっきの発言を撤回する。すまなかった」

('A`)「あ? なんで俺に言うんだよ」

川;゚ -゚)「……鬱田にも、悪いと思ったからだ」

('A`)「あ、そ。じゃあ次のフリップ行ってみようかー。ツンの告白・その後」

川;゚ -゚)「……やっぱり、いちごオレを出そうか?」

ξ;゚听)ξ「……そうね」

 素直はいそいそとソファを立って、コップを食器棚から出した。
 ピッチャーに入ったいちごオレを冷蔵庫から出して、注いでいく。

ξ゚听)ξ「彼女、焦ってるね。内藤が自分のこと大好きだったって聞いて、ときめいてるのかな」

('A`)「さあな。にしては、ときめくのが遅いな。内藤があいつのために死んだ時点でわかれよ」

ξ;゚听)ξ「……そうよね。どうしてあんなこと言ったんだろ」

 そこで、いちごオレが運ばれてきた。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:21:28.04 ID:hf+fsSoRO
 
川;゚ -゚)「あまおうと、とちおとめのブレンドなんだ。でも、うちで収穫したやつだから、あまり……あ、いや、何でもない」

('A`)「……」

ξ゚听)ξ「……素直、私もあなたのとこのイチゴ、おいしいと思った」

 場の気まずさに耐えかねたのか、ツンがそんなことを言った。

川 ゚ -゚)「本当か?」

ξ゚听)ξ「ええ。……ほとんどの人は、あなたが目当てで来てて、イチゴの味なんて考えてもいなかったんだと思うわ。
     でも私や内藤は、イチゴが食べたくて来てたから……素直のイチゴのおいしさがよくわかったの」

 出されたいちごオレを飲みながら、ツンの言葉を聞いていた。
 イチゴくさくない人間にはわからない、深奥なイチゴの話だ。

('A`)「うめぇよ」

 俺はつっけんどんに言った。

川 ゚ -゚)「えっ?」

('A`)「イチゴの味に興味なくっても、イチゴを食べたくなくても、うまいよ。
    ツンの言葉を貶してんじゃなくて、そんぐらい良いイチゴだ、ってことを言いたい」

 素直は、目を逸らしたくなるほど可愛らしい笑顔で、「ありがとう」と言った。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:24:18.83 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「……ま、これからの話は、イチゴのうまさとか関係ないがな」

川 ゚ -゚)「承知している。内藤がツンに告白された、というのを彼自身から聞いたというところまで話したな」

('A`)「ああ。内藤は、そのことについてどう言っていた?」

川 ゚ -゚)「内藤は、胸中を一切明かしてくれなかったよ。
    ただ、こういうことがあって、どうしたらいいか悩んでいると言っていた」

ξ゚听)ξ「あなたはそれについて、どう思ったの?」

川 ゚ -゚)「悩んでいるとは言っても、さすがに私と付き合い続けるだろうと思った。
    鬱田のこともあるから、友人関係を壊す理由はないはずだった」

('A`)「だが、そうはならなかったんだろ」

川 ゚ -゚)「うむ。相談されてから二日して、内藤は私を家に呼び出して、私と別れてツンと付き合うと言った」

('A`)「その決断をした理由は訊かなかったのか」

川 ゚ -゚)「訊いたよ。こうするほか無い、そう言っていた。
    ツンとは今まで通り、友達の付き合いをすればいいじゃないかと言ったんだが、
    彼は、それでは駄目だと言った。こうなっては、友達同士には戻れない。そんな嘘は残酷すぎて、僕には吐けないと」

ξ゚听)ξ「バカね」

川 ゚ -゚)「全くだ。……それでもなお食い下がった私に、内藤は「クーとツンでは、愛してくれた時間が違うんだお」。
    そう言い放った。その時に私は……最初から、彼の気持ちが私になかったんじゃないかと想像してしまった」

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:28:29.38 ID:hf+fsSoRO
 
('A`)「うん……そうか。それでお前は、どうしたんだ?」

川 ゚ -゚)「……言っていいか?」

('A`)「……ああ。はっきり言って、もうわかってるから、勿体ぶらなくていい。」

川 ゚ -゚)「そうか」

 それでも素直は、少し呼吸を整えた。

川 ゚ -゚)「私は、内藤に突き放されて、気がおかしくなった。台所に立ち入って、包丁を持ち出した。
    運悪いことに、彼の両親は外出していた。ビニールハウスでイチゴを見ていたよ」

川 ゚ -゚)「持ち出した包丁を、私は内藤に突きつけた。本当に刺すつもりだったかはわからないが、私は卑しく懇願した。
    私と別れるな、別れたらお前を刺すとわめき散らした」

('A`)「だが、内藤は……決意を曲げなかった、か」

 素直は哀しげに頷いた。

ξ゚−゚)ξ「……それで、あなたは……」

 ツンは少し、素直に噛みつきそうな気配があった。それを必死にこらえながら、そう言った。
 素直はゆっくり顎を引いた。

川 ゚ -゚)「ああ。……刺せなかったよ」

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:32:10.31 ID:hf+fsSoRO
 
ξ;゚Δ゚)ξ「……えっ」

(;'A`)「なんだと?」

川 ゚ -゚)「私には、内藤を刺せなかった。本当に、どうしようもないくらい愛していたから」

ξ;゚Δ゚)ξ「な、なんで……じゃあ、内藤はなんで……?」

 ツンの口唇がわなないて、うまくしゃべれていなかった。

川 ゚ -゚)「……私が降ろした包丁を、内藤は取りあげた。それで、こう言ったんだ。
    こんなに苦しませてしまうなら、こうしたほうが良い。
    それで……彼は包丁で、自分の胸を刺したんだ」

('A`)「……」

 横で、ツンが嗚咽をもらしはじめた。素直はそれをちらりと見、話を続ける。

川 ゚ -゚)「私はすぐ、それをやめさせようとした。包丁の柄を掴んで、内藤の体から引き抜いたんだ。
    だが、今度は内藤が私の手を掴んで、身体の別のところに刺した。
    ……包丁を通して伝わってくる生々しく感触が、なんともいえず……悲しかったよ」

('A`)「どうして、内藤はそこまで」

川 ゚ -゚)「わからない……わからないよ。そんなのを何度も繰り返して、内藤の体は、傷だらけになって……
    いつの間にか、死んでしまっていて……」

('A`)「……内藤……結局、ただのバカだったのか」

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/04(日) 23:36:04.95 ID:hf+fsSoRO
 
川 ゚ -゚)「内藤が死んでしまったのに気付いて、罪悪感が襲ってきた……。すぐに警察を呼ぼうとして、思いとどまった」

('A`)「なんだと? どうしてだ」

川 ゚ -゚)「問題があった。……私はまだ、未成年だったんだ」

川 ゚ -゚)「私が自首したって、大した裁きは下されないと思った。
    刑務所に容れられることすらないと思う。だから私は、究極の裁きを受けられるように、事件を自殺に変えた」

('A`)「……わけがわからんな。どういうことだ?」

川 ゚ -゚)「どうしてわからないんだ。
    私が、ツンの差し向けたルポライターに、べらべら事件のことを話すのを、変に思わないのか?
    あれだけのことを話せば、私が犯人だと、間違いなく疑われてくる。どうして私がそんな行動をしたんだ?」

 ツンが顔を上げた。ルポライターを自分が雇ったことが知れていたのに驚いたのだろう。

(;'A`)「はぁ、なるほどな……またかよ……ほんと、このイチゴくさい奴らは……」

 俺は頭をぼりぼり掻いた。今日一日で、自分の身をまったく顧みない人間を三人も見た。

(;'A`)「俺たちに裁いてほしいってか。究極の私刑を下せということかよ」

川 ゚ -゚)「そういうわけだ」

 こいつ、素直クールが三人目だ。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:01:35.73 ID:JUbqkQmyO
 
川 ゚ -゚)「君たちが来るのを、ずっと待ちわびていた。実を言うと、鬱田がいたのは予想外だったが……
     私は君たちに殺されることでしか、罪を償えないんだ」

 素直は両手をあげた。

川 ゚ -゚)「さあ、私を殺してくれ」

ξ#゚听)ξ「あんたねぇ……ちょっと待ちなさいよ!」

 気取った喋りをする素直に、ツンが怒声を張った。
 涙は既に乾いている。驚くほど、表情がコロコロ変わる。

ξ#゚听)ξ「あんた、何勝手なこと言ってんのよ。あんたを殺すのはぜんっぜん構わないのよ。
     でもねえ、その後の私たちがどうなるかお分かり? 殺人鬼よ! さつじんき!」

川;゚ -゚)「あ、いや……それは、そうなんだが」

 素直は困り顔で、俺のほうを見た。

('A`)「俺さ、さっき、人を殺したらどうなるかって、ツンに説いてたんだよね。
    それまではツン、素直を殺す気満々だったけど……この通りさ。もう誰も、お前を殺そうとする奴はいないぜ」

 俺はニンマリと笑った。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:05:31.11 ID:JUbqkQmyO
 
 素直はへなへなと床に崩れた。
 呑気に構えていたら、いつの間にか持ち株が大暴落していたことに気付いた投資家の図だ。

 恋人を殺した罪という株を増やそうとして失敗し、なんの裁きも与えられないのだ。

川;゚ -゚)「……じゃあ、私はどうしたらいい? ……罪を償わないままでは、とても生きていく気にはなれないんだ!」

ξ#゚听)ξ「うっさい! そもそもあんたが」

(;'A`)「あー、待て待て、ツン。今、いいことを考えた」

 俺は、ややもしたらツンが素直に襲いかかりそうだったので、とっさに物を言った。

ξ#゚听)ξ「いいことですって?」

川 ゚ -゚)「いいこと、だと?」

 二人は同時に首を傾げた。ツンがそれに気づいて、ムッとする。

('A`)「そう……いまから俺のオネガイを、素直さんになーんでも聞いてもらうのさ。いいことだろ?」

ξ#゚听)ξ「なっ……ふ、不潔よドクオ! ああそう……勝手にすればいいわ!」

(;'A`)「ばっか、ちげーよ! 確かに誤解させるような言い方をしたけども!」

 ツンは答えてくれなかった。
 ちょっとふざけすぎたかと思ったが、謝らなくても大丈夫だという確信があった。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:08:52.62 ID:JUbqkQmyO
 
川 ゚ -゚)「それで鬱田……私はなにをすれば?」

 素直がおずおずと這い進んだ。

('A`)「ん、ああそうだな……えーと、まず、財布を持って来い。
    それから、とびきりかわいい服に着替えるんだ。ドレスやなんかじゃいけない」

川 ゚ -゚)「かわいい服……十年前のいちごフェスティバルの衣装でいい?」

('A`)「最高だ。それっきゃないぜ。さぁ、着替えてこい! これは命令だ!」

川;゚ -゚)「は、はい!」

 俺はノリノリだった。
 素直が階段を駆け上がっていく音に合わせて、腰を振ったりした。

ξ゚听)ξ「ドクオ……あんた、一体なにを考えてるわけ?」

('A`)「今に分かるさ。このドクオ様の先見の明に任せとけ」

ξ゚听)ξ「……私の二倍バカなくせに」

('A`)「バカにしか思いつかないこともある。ま、とりあえず待とうぜ。いちごオレでも飲んでさ」

 俺は勝手に冷蔵庫を開け、いちごオレがたっぷり入ったピッチャーを取り出した。
 コップに注ぎ、ごくごく飲み干す。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:12:06.10 ID:JUbqkQmyO
 
('A`)「ふはー……ほんとうめぇな。もうなんか……毎朝飲みたい」

ξ゚听)ξ「あんたねぇ……そんなことしたら本気で縁切るわよ」

('A`)「そういう意味で言ってるんじゃない」

 俺はきりりとした顔を作った。

('A`)+「言っただろ? 俺はこれからイチゴ農家に転身するんだ。
    いつか自分で、こんなおいしいいちごオレを作りたい……そういう目標を述べたのさ」

 言い切った、と思った瞬間、ツンの右ストレートが飛んできた。

('A(#)「ごめん」

ξ゚听)ξ「まったく……いちごオレくらい作ってあげるから、その気持ち悪い顔やめなさい」

('A(#)「え、いちごオレ作ってくれんの? うまいの?」

ξ゚听)ξン「さあ、どうだか。あ、素直が降りてきたわよ」

 とんとんと階段を鳴らして、着替えた素直が降りてきた。
 あちこちにいちごをあしらった、いちごオレ色のきわどい衣装に身を包んだ素直は、
 これから起こることが見えず、不安そうにしていた。

川;゚ -゚)「着替えてきたけど」

('A`)「ああ、上出来だ。財布の中身はどれだけある?」

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:15:19.25 ID:JUbqkQmyO
 
川 ゚ -゚)「今は二万程度。下ろせばまぁ、んあん万」

('A`)「キャッシュカードは?」

川 ゚ -゚)「財布に入れてある」

 俺はうんうんと頷いた。
 素直なら、俺の考えていることをしっかりやり遂げてくれそうだ。

('A`)「よし、良い。時に素直、家族は今どうしてる?」

川 ゚ -゚)「両親は、私が呼び込むストーカー被害に耐えかねて、山奥で隠居してる」

('A`)「あぁ、そう……他は? 結婚とかしてないわけ?」

川 ゚ -゚)「私の夫は生涯、内藤ホライゾンただ一人だ」

('A`)「そういうの、イチゴくさいっていうんだよ。
    ……まぁ、素直がなにをしても、家族には心配をかけないで済むってわけだな」

川 ゚ -゚)「そういうことだと思う」

('A`)「なら良い。というか、最高だね」

川 ゚ -゚)「……それで、これからどうしたら?」

('A`)「それは後のお楽しみだ。……あ、素直。コートを着たほうがいい。外に出るからな」

川 ゚ -゚)「あ、うん」

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:18:08.30 ID:JUbqkQmyO
 
 着々と準備を進めていく中に、不安はなかった。
 一泊分の荷造りをさせ、素直の家を出た。

('A`)「これから、ツンの家を通って、駅に向かう。それからのことは、駅に着いたら話す」

川 ゚ -゚)「じゃあ私、車を出すよ。誰だか知らない男の貢ぎ物だけど」

ξ゚听)ξ「それ、絶対盗聴機ついてるわよ」

川 ゚ -゚)「うん、ついてたから外したら、次の日倍の数に増えて、カメラがついた」

ξ゚Δ゚)ξ「……」

 素直は車の鍵を開けて、運転席のドアを開けた。

川 ゚ -゚)「さぁ、乗って」

('A`)「……乗るぞ、ツン」

ξ゚听)ξ「……私、トランクでいい」

 俺は、ツンを後部座席に放り込んで、車を発進させた。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:21:18.49 ID:JUbqkQmyO
 
 車は数分でツンの家に着いた。
 俺は一人で車を降りて、すぐ車を出せるようにしておくよう言った。

ξ;゚听)ξ「ちょっと、何するつもりなの?」

('A`)「なに、ちょいとタンスを漁らせてもらうだけだ。一番上っかわとかな」

ξ;゚听)ξ「え……」

 素直は、なにごとかと首を傾げていた。

('A`)「すぐ戻るよ」

 そう言って、鍵のない玄関の戸を開き、ツンの家に上がり込んだ。
 居間に行くと、タンスの上に拳銃が置き去りになっていた。

 弾倉を抜き、込められていた銃弾を全て取り出す。
 そしてまた、元通りに弾倉を挿した。

 俺は、軽くなった銃をポケットに押し込み、車に戻った。

川 ゚ -゚)「ほんとに早かったな」

('A`)「大した用事じゃなかったんだ。さ、車を出してくれ」

 他の車にまったく出会うことなく、駅についた。三人で車を降り、素直に切符を買わせる。

('A`)「さぁ、ここからが大事だ。よく聞けよ、素直」

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:24:05.47 ID:JUbqkQmyO
 
 素直は少し、身を固くした。

川 ゚ -゚)「わかった」

('A`)「よし。俺がお前にやってほしいのは、ある声優の暗殺だ。名前は猫村しぃ、だ」

川;゚ -゚)「暗殺?!」

ξ;゚听)ξ「ちょっ……ドクオ?! 何考えてるのよ!」

('A`)「ツンは黙ってろ。いいか、明日の午後二時から一時間、その声優が秋葉原の駅前でイベントを行う。
    素直は前日から秋葉原のホテルで宿泊して、イベントが始まったのを確認してから出発しろ」

川 ゚ -゚)「う、うむ……」

('A`)「ステージに猫村しぃが立ったら、素直は脇から回って、これを突きつけろ」

 俺はポケットを探り、拳銃を素直に渡した。

川;゚ -゚)「これは……でも案外、軽いな……」

ξ゚听)ξ「……」

('A`)「そういうもんだよ。弾は六発、連続で出る。六回続けて引き金を引くんだ。かならず、六回だ」

川 ゚ -゚)「六回……わかった」

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:27:08.06 ID:JUbqkQmyO
 
('A`)「そして、撃ち終わったあと、逃げたりするなよ。失敗したときも、逃げたらだめだ。お前は捕まれ」

川 ゚ -゚)「……ああ」

('A`)「その場にいた記者が、素直の写真を撮るだろう。そのときに、顔を隠したりするな。
    お前の事件だと、広く知らしめるためだ。写真だけでなく、質問にもちゃんと答えろ。ただし、俺らのことは出すな」

川 ゚ -゚)「わかった」

('A`)「そして最後に。必ず歳を訊かれることになるはずだ。そのときは、どう答える?」

川 ゚ -゚)「……え、二十八?」

('A`)「ばかやろう、さっき教えただろ。お前は、二十歳だ」

川 ゚ -゚)「……私は二十歳です」

('A`)「それでいい。今言ったことを、電車の中で何度も復習しろ。
    ちょっとでも危うくなったら、俺に電話しろ。電話番号は、むにゃむにゃむにゃ……」

川 ゚ -゚)「……わかった、任せて。それで償いになるなら、やりとげるから」

 素直は力強く頷き、カバンを持ち上げて、白いコートを翻した。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[さるばっかですんません] 投稿日:2009/10/05(月) 00:40:57.68 ID:JUbqkQmyO
 
川 ゚ -゚)「じゃあ、さよなら」

('A`)「おう」

ξ゚听)ξ「バイバイ、クー」

 穴のあいた切符を持った手を振り、素直はホームに出ていった。

 俺たちは素直の車に乗り込み、ツンの家に戻ることにした。
 一応、運転の免許は持っている。自家用車がないから、運転する機会がまるでないが。

ξ゚听)ξ「ドクオ。猫村しぃって確か、あんたの大好きな声優じゃなかったっけ? 高校のとき、いっつも部屋から漏れてた」

 おっかなびっくり車を走らせていると、ツンが話しかけてきた。

('A`)「ああ、そうだよ。よく覚えてたな。ま、今でもイベントとかチェックしててさ。
    明日のやつなんて、仕事で行けなくて悔しいなーって思っててさ。
    日程変わらないかなーって、何度も何度も確認してたんだ。いやーまさに先見の明だ」

ξ゚听)ξ「……そういうのは先見の明って言わないのよ。
     で、一体あの指示はなに? 銃の弾を抜いたのはわかったけど、他はさっぱりよ」

('A`)「そりゃお前……素直がアキバ系アイドルになるためのプロデュースをしてやったのさ。
    ま、一回は捕まるだろうけど、あんなイチゴの国のお姫様みたいな格好してるやつを長い間拘留しないだろ。
    それに、猫村しぃほどの大物が出てくるイベントだ。
    見るほうにも、プロダクションの人間とかがいておかしくない。そしたら素直を見逃しはしないな」

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:44:08.57 ID:JUbqkQmyO
 
ξ゚听)ξ「じゃあもし、素直が失敗したら?」

('A`)「そのときは、大恥をかいて帰ってくるだけだな」

ξ゚听)ξ「……そんなんで良いの? 私はいいけど……素直がまた殺してくれって言ってこないかしら」

('A`)「そのへんも如才ない。素直はさっき、自分では内藤を刺さなかったと言っただろ。
    本当に殺してほしけりゃ、自分で刺したと言うだろ。もっと悪役っぽくな」

ξ;゚听)ξ「じゃあ素直のあれは、ポーズだったの?」

('A`)「それもないと思う。死ぬ気はあったが、心のどこかに生きたい気持ちがあったんだろ」

ξ゚听)ξ「んー……じゃあそのせいで、事件のストーリーを書き換えることを思いつかなかったってわけ」

 俺は頷いた。

('A`)「俺の予想だが……あいつも、今のお前と一緒で、いちごを作り続けたいんだと思う。
    内藤との出会いをくれた、いちごをさ」

ξ゚听)ξ「……そうかもね。でも、アキバ系アイドルになったら、いちごは育てられないわよ」

('A`)「あ……まぁ、いちご農家のアイドルってのもいいんじゃないか?
    素直なら、そのくらいの無理は通る」

 俺は「いちごフェスティバル」の衣装で、いちごを愛でている素直を想像し、少しだけ笑った。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:48:06.73 ID:JUbqkQmyO
 
ξ゚听)ξ「……ふーん、素直がそんなに綺麗?」

 ツンは不満そうに言った。

('A`)「素直は盗聴機を仕掛けられるが、お前は仕掛けられない。たぶん素直は、アキバ系アイドルに向いてるのさ」

ξ゚听)ξ「アイドルっていっても、もう二十八だけどね」

('A`)「お前もな」

ξ゚听)ξ「あたしはイチゴ農家だからいいのよ」

 そう言ってから、ツンは何かふと思い出したようだった。

ξ゚听)ξ「そういや、あんたもイチゴ農家になるとかなんとか」

('A`)「けっこう何度か言ったんだけどな。思い出してくれてよかった」

ξ゚听)ξ「あんなバタバタの中で言われたって、忘れるわよ。
     ついさっきまで、すごいシリアスな状況だったのよ。覚えてる?」

('A`)「過去は忘れる主義なんだ。……で、頼みがあるんだけど」

ξ゚听)ξ「なに、アキバ系アイドルにはならないわよ」

('A`)+「ちげーよ。……俺に、イチゴの作り方を教えてくれ」

 俺はきりりとした顔を作った。

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:57:50.98 ID:JUbqkQmyO
 
ξ゚听)ξ「なにそれ。子供のころに手伝いして、覚えてるもんじゃないの?」

 ツンは俺の顔をスルーして、あきれた声をだした。

('A`)「だから……言っただろ、俺はお前たちの夢に付き合わせてもらうんだって」

ξ゚听)ξ「ああ……聞いてなかったわ。小指が痛かったから」

('A`)「聞いてたのか」

ξ゚听)ξ「聞こえないわ、そんなかっこいいセリフ、ドクオの口からは出ないもの」

('A`)「じゃあ、お前に聞こえるようにかっこよくなるわ」

ξ゚听)ξ「あ、ごめんごめん、聞こえてた。だから無駄な努力をするのはやめて」

('A`)「お前な……」

 与太話をしていると、いつの間にかツンの家に着いていた。
 車を適当に停め、やはりツンの家に上がりこむ。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 00:59:45.73 ID:JUbqkQmyO
 
ξ゚听)ξ「あんた、家には帰らないの?」

('A`)「勇気がない。どの面下げて帰ってきたって言われるのが怖い」

ξ゚听)ξ「そう。まあ私は別に構わないけど」

('A`)「どうも。……正式に向こうを引き払ったら、家にも挨拶するよ」

ξ゚听)ξ「それがいいわ……ふぁー」

 ツンは、縁側に向かって寝そべると、あくびをして眠ってしまいそうな気配があった。

('A`)「ツン」

 「なによ」

 俺は彼女の背中を見て言った。
 ツンは、寝転がったまま答えた。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 01:03:04.92 ID:JUbqkQmyO
 
('A`)「俺……帰ってきたからな。上京の時、ツンに言われたこと、今から一生約束する」

 「そう。ありがと」

('A`)「お前の言葉、嬉しかったよ。『お願いだから、私の前からいなくならないで』ってさ」

 「それは言わなくていい」

('A`)「はい。……いなくなって、ごめんな」

 「いいのよ。もっとひどい男もいたから」

 そう言ったきり、ツンは寝息を立て始めた。
 そのくせ、雨漏りが落ちるような音が、ぽたりと聞こえた。

 俺は胸がしめつけられる思いだった。
 ツンは、内藤が死んだことを、誰に対しても責められないのだ。

 強いて言えば、内藤が悪い。
 だがその内藤は、とっくにこの世にいない。
 彼女にしてみれば、空虚なことこの上なかっただろう。

 そんな初恋の相手を、故郷にほったらかしていけるほど、俺は都会の仕事が好きじゃない。

 俺は、押し入れからイチゴくさい毛布を出してきて、ツンにかけてやった。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/05(月) 01:06:46.71 ID:JUbqkQmyO
 
('A`)(さて)

 俺はちゃぶ台の前に座って、古びた卒業写真を見ながら、
 いつ都会のゴミゴミした部屋を引き払ってしまおうか、
 どんなイチゴを作ろうか、内藤と一緒に楽しい思索に耽った。

('A`)「む……」

 俺は、ふと気になって、着ていたワイシャツのにおいを嗅いだ。

('A`)「……イチゴくさいな」

 ジリジリと音を立てている、居間の電灯を見上げて、俺は少し嬉しくなった。





 ('A`)イチゴくさいようです 終



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