リハ*゚ー゚リ 天使と悪魔と人間と、のようです Part3
- 259 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:01:18 ID:7HrXfYNI0
淳中高一貫教育校高等部に入学した鞍馬口虎徹にとって最大の誤算だったのは入部しようと考えていた居合道部が入学の直前に廃部になっていたことだった。
彼が朧気ながら描いていた高校生活のビジョンは入学して一週間と経たない内に雲散霧消した。
虎徹にとっての居合道とはあの鞍馬兼にとっての剣道と同じように最早人生の一部だ。
あるいは自分の一部分だった。
加えて言えば居合は彼が胸を張って「趣味だ」と、そして「得意だ」と言えるただ一つのこと。
それほどまでに大事なものだから、高校生になれば部活に入ろう――いや居合道部がある高校に進学しようと思うのはまあ当然のことだと言えるだろう。
ならば、彼が居合道部が廃部になっていることを知った時。
すっかり片付けられ閉鎖された部室の前に立った時、彼は落胆したか?
豈図らんや――いつも通りに溜息を一つ吐いただけで、さして落ち込むことはなかった。
鞍馬口虎徹という高校生にはそういうところがある。
何に対しても熱くなりきれない。
特技である居合道に対しても、幼少の頃から続けているカードゲームに対しても、あるいは恋する女子に対しても。
決して好きでないわけではないのに――熱中することはない。
やる気がなく。
覇気がない。
だから、彼が大して落胆せずさっさと諦めてしまったのもいつものことだった。
- 260 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:02:10 ID:7HrXfYNI0
本当にやりたくて仕方ないのならば、自分で部員を集めて、復活させれば良いだけの話だった。
去年度までは居合道部は存在していたのだから部員さえ集まれば再興できる。
だが、そんなことをやる気にはならなかった。
面倒だったし、そこまでして学校で居合道をやる必要があるのか?と訊かれれば疑問だった。
目標があるわけではない。
自主的な鍛錬なら家でもできる。
なんなら、高名な先生の元に通い教えを請うても良い。
そういった諸々の思考を経て、鞍馬口虎徹は廃部になった居合道部のことはあっさり諦め、帰宅部に専念することに決めた。
それはそれで高校生らしく自分らしいと心の中で自嘲しながら。
なのに。
「…………はあ。なんで、こんなことになったんだろう」
剣道部の部長について歩きながら、小さな声で虎徹は呟く。
その手には竹刀袋と防具袋。
帰宅部に専念するはずだった鞍馬口虎徹のビジョンは再び崩れ去り、何故か、剣道部に体験入部することになっていた。
- 261 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:03:09 ID:7HrXfYNI0
強化、ということらしい。
新一年生の中で有望な生徒(中学までの大会で好成績を残している生徒)を勧誘しよう、ということらしかった。
高校でも剣道をしようと思っている人間は既に入部しているので、それ以外。
現在帰宅部や文化系クラブで、尚且つ、素人ではない経験者の一年生を入れる――だから「強化」。
その標的になったのが鞍馬口虎徹というわけだった。
優先度的には同じ一年十一組生でも鞍馬兼や山科狂華の方が高いだろうと虎徹は思ったのだが、聞くに二人には既に断られた後らしい。
つまり虎徹は断り損なったわけだ。
確かに二人は既に部活や委員会に所属している、断るのは簡単だっただろう。
「……チッ。湿気た面してるな、鞍馬口?」
「はあ、まあそうですね。湿気た表情にもなります」
「そう言うなよ。お前、中学でも中々良い成績残してたんっしょ? なら剣道部に入らないと勿体ないって」
「良い成績とは言っても兼兄さんに比べれば全然なん……全然ですよ」
一応相手は上級生だ敬語を使わなければ、と言葉遣いを改める。
……正式に入部したわけでもないのに既に上下関係に敏感なのが長年剣を振るってきた証左である。
- 262 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:04:09 ID:7HrXfYNI0
部室に到着し、更衣室で道着に着替え、道場の片隅で防具を付けながら虎徹は必死で考えていた。
「ここまで来てしまったがどうやって断ろう?」と。
それっぽい嘘や言い訳はここまでの段階で使い果たしている。
何か他に入りたい部があれば良いのだが、心惹かれる部も特にない。
今から勝負して僕が勝ったらこの話はなしにして下さいと頼んでみるか?
いや、それだと負けたら即入部、勝っても実力を見込まれてよりしつこく勧誘されるだけだ。
別に剣道が嫌いなわけじゃないのだ。
むしろそれなりには好きだ。
ただ単に馬鹿みたいな熱血思想と根性論と練習が嫌いなだけ。
「(……待てよ?)」
ここまで連れて来られた時点で断り切れないことはもう明白だ。
なら入部した後で辞める方法か、そうでないならば、部活をどうにか快適に過ごす方法を考えるべきだ。
諦め主体の後ろ向きな前向き思想。
鞍馬口虎徹は考える。
もうなんでもいいからどうにかする方法を。
そして――思い付いた。
- 263 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:05:10 ID:7HrXfYNI0
これは賭けだ。
だが、負けのない賭けだ。
挑まない理由はない。
「……キャプテン」
「なんだ? 今日は最初は見学で、練習に加わるのは後からだぞ」
なんでこの人僕が練習すること前提なんだいや道着と防具付けてるんだから当然かと色々と思い、そうして虎徹は言った。
「今から僕と、試合をしませんか? 僕対、キャプテンで」
「どういうことだ……?」
「ルールは高校生用で構いません。僕対あなた。それで僕が勝ったら一つ二つ、お願いしたいことがあるんです」
「…………言ってみろ」
「一つ目は、大会や練習試合で僕が個人戦に出ないで良いようにして欲しいということ。二つ目は……たまに、部活を休んでも許して欲しいということです」
- 264 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:06:08 ID:7HrXfYNI0
賭けだった。
まずこの提案に同意してくれるかどうかという部分が、賭け。
次に実際に勝負で勝てるかどうかという部分が、賭けだ。
だが、同意してくれないのならばそれで良かった。
「お前のようなふざけた奴は必要ない」と言い切ってくれれば丁寧に謝罪し道場を去るだけ、もう付き纏われることもないだろう。
「(……でも、同意しますよね?)」
けれど虎徹には分かっていた。
この剣道部の部長が了承することは。
「…………チッ、面白いな。鞍馬口、本気で言ってるのか?」
「本気でなきゃ言えないです」
「いいだろう。高校に上がったばかりのお前が、本気で俺に勝てるって思ってるのなら――勝負してやる」
そう、分かっていた。
目の前の高校生が「自分は今まで努力してきた」と心の底から信じている、鞍馬口虎徹の嫌いなタイプの人間であることは。
その自負の為に勝負を受けざるをえないということは。
- 265 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:07:08 ID:7HrXfYNI0
―――そして、勝負はその日の部活後になった。
ほとんどの部員は帰った後だ。
もう顧問もいない。
夜の道場に残ったのは鞍馬口虎徹と剣道部部長と数人のメンバー(レギュラーとその候補)だけだ。
「もう一度訊くが……お前、本当に俺と勝負するのか?」
「はい。条件云々以外でも純粋に淳高剣道部のレベルも知りたいという気持ちもあります」
「チッ……。変な奴だな、お前」
「そうですか?」
「俺はやる気のない奴は切り捨てたいと考えている。お前を誘ったのも、周りがやいやい言ったからで、俺はそこまで乗り気じゃなかった」
「え?じゃあ僕も入部はしたくないのでもう帰っていいですか?」
「駄目に決まってるだろ。お前、ここまでやって、今更帰るとかありえねぇっしょ」
それもそうだ。
虎徹自身もここまで来て帰るつもりはない。
- 266 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:08:08 ID:7HrXfYNI0
鞍馬口虎徹は何かに熱中できるタチではない。
賭け事が好きというわけでもない。
なのに何故、あるいは無鉄砲に、こんな勝負を持ち掛けたのか。
しいて言えば、それは熱くなっているからではなく――冷めていたからだった。
この剣道部の部長に心の奥底で信じているものがあるのと同じように、鞍馬口虎徹の心にも、何か冷めたものがあるのだ。
『それ』がある限りは虎徹は熱くなることができない。
宛らもう一人の自分がこの自分を見下ろし冷ややかに笑っているかのよう。
『それ』がある以上は何かに熱中することは叶わないし、しかも『それ』は紛れもなく自分なのだ。
ついでに虎徹が『それ』のことを嫌っていない辺り八方塞がりだ。
「(どうやら僕はずっと冷めっぱなしみたいだ)」
熱くなっているものを見るほどに、自分の心は冷めていく。
今も、そうだ。
と。
「―――遅れてしまい、申し訳ありません」
- 267 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:09:08 ID:7HrXfYNI0
柔らかな声に思案はかき消された。
やって来たのは柔らかさの中に熱さと冷たさが混在する少女。
弓道部部長、幽屋氷柱だった。
公平な審判役として呼ばれた氷柱は道場に残った部員達を一瞥し、次いで虎徹の方を見た。
何か言うべきかと考えていたようだが最終的には彼女は沈黙と微笑みを選んだ。
良い人ではあっても、善い人ではない。
だから氷柱は何も言わない。
何も言わず。
ただ。
「では――早速始めましょうか」
部員の一人から紅白の旗を受け取り、彼女は勝負の始まりを告げる。
鞍馬口虎徹は溜息を一つ吐き。
そうして、いつものように面を付けた。
- 268 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:10:08 ID:7HrXfYNI0
狭まった視界の中には敵が見える。
試合場に入る前に、その相手に向けて、虎徹は声を掛けた。
「……キャプテン。無理なお願いを聞いてくださって、ありがとうございます」
「チッ。気にすんなよ。最初に無理強いしたのはこっちなんだから」
「だからお詫びと言ってはなんですが……もしも僕がこの勝負に勝って、そしてもしも、団体戦のメンバーに選ばれることになったら」
一息置いて、虎徹は言った。
「僕は――試合では絶対に負けません。できることならば三年間、負けないままで終えたいと思っています」
それが条件であり。
矜持であり。
鞍馬口虎徹の覚悟だった。
過程ではなく結果を何よりも重んじる人間としての、言葉だった。
- 269 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:11:08 ID:7HrXfYNI0
ただの怠惰なだけの少年では決してありえない言葉。
それを聞いて、部を率いる長は笑う。
「……本当にそんなことができると思ってるのか?」
「過程がどうあれ、僕は剣道部の一員になります。だったら勝つ為に全力を尽くすのは当たり前だと思います」
「本当にずっと負けないつもりか?」
「やってみなければ分からないですが、そのつもりです」
「もし負けたら、どうする?」
「その時は剣道部を辞めます」
どんだけやりたくないんだよと彼は笑い、そうして続けた。
「なら俺からも追加だ。団体戦だけではなく、部内戦。それも含めて負けるな。負けない限りは……好きにさせてやる。ある程度だけどな」
- 270 名前:オマケF「刃の下に心を隠して」 投稿日:2013/09/20(金) 21:12:08 ID:7HrXfYNI0
―――こうして鞍馬口虎徹は剣道部の一員となった。
虎徹には新入部員ながらレギュラーに選ばれ、自分の判断で練習を休んでも良い権限が与えられた。
彼が条件を果たし続ける限りは。
そう、負けない限りは。
頑張ることをゴミ箱に投げ捨てた少年は過程ではなく結果だけを大切にする。
努力ではなく勝利を自身の証明とした。
そして、彼の無敗記録は――高校に入っての初めての試合、あの日の放課後の一戦からずっと更新中である。
.
戻る 次へ