- 402 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:05:32 ID:MmTDzem60
・主な登場人物
【生徒会連合『不参加者』】
『実験(ゲーム)』を止めることを目標とし行動する不参加者達。
|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして生徒会長。一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。人の名前を覚える気がなく大抵の相手は「○○のナントカ君」と呼ぶ。
空想空間での能力はなし。願いもなし。
j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。学ランの芸術家。恩人から伝授された数百の特技を持つ。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。淳校全生徒の名前を記憶しているが、自分が認めた相手以外は「名も知らぬ生徒」という風に呼ぶ。
空想空間での能力は「現実世界での自分の超能力をダウンロードする」というもの。能力名未定。
願いはあるはずなのだが、自分でもよく分かっていない。
_
( ゚∀゚)
参道静路。二年五組所属。一応不良。
生徒会役員であり、二つ名は『認可不良(プライベーティア)』。
- 403 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:06:14 ID:MmTDzem60
【ヌルのチーム】
ナビゲーターのヌルが招待した三人のチーム。
異常で、特別な人々。願望は特になく生徒会連合と戦うことを望む。
( ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属、風紀委員会幹部。
『生徒会長になれなかった男』。
【その他参加者】
それ以外の参加者(率先して戦わない人間も含む)。
リハ*゚ー゚リ
洛西口零(清水愛)。二年特別進学科十三組所属。二つ名は『汎神論(ユビキタス)』。
叶えたい願いはないが、『空想空間』での記憶を忘れない為、また面白いことを知る為に参加し続けている。
ノパ听)
深草火兎。赤髪の少女。
ハルトシュラーを襲撃するがあっさりとやられる。
- 404 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:08:04 ID:MmTDzem60
【ナビゲーター】
『空想空間』における係員達。
(‘_L’)
ナナシ。黒いスーツの男。
生徒会長と風紀委員長からよくロクでもない目に遭わされる。
( <●><●>)
ヌル。白衣を羽織ったギョロ目の男。
鞍馬兼ら三人を参加させた。
- 405 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:09:05 ID:MmTDzem60
※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。
.
- 406 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:10:04 ID:MmTDzem60
――― 第五話『 definitely ――ウェル・ディファインド―― 』
.
- 407 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:11:06 ID:MmTDzem60
- 【―― 0 ――】
でも自分で探さなくちゃならない
俺の本心なんて、誰も教えちゃくれないんだから
自分流のやり方を探すんだ
自分なりの意思表示を
それも、明日が来ちまう前に
.
- 408 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:12:06 ID:MmTDzem60
- 【―― 1 ――】
深草火兎はとても残念な少女だった。
彼女の何が残念かと言えば、それは容姿でも性格でもない。
容姿は周囲も贔屓目なしに平均以上と認めるほどであり、性格は直線的だがそれ故に素直で好感が持てる。
なので彼女の何が残念かと言えば――それは偏に彼女の頭脳ということになる。
どれくらい残念かと言えば。
具体的には「異世界のバトルロイヤルで折角姿形が現実と変わっているのにあろうことか本名を名乗ってしまう」くらいに残念だった。
イク;'ー')ミ「もう、驚きの馬鹿加減だよ。なんで本名名乗っちゃうの? どうしてそこでいつも言ってる設定とか二つ名が出てこないの?」
ノハ--)「二つ名か……。そうだな……『ヒートの女』かな」
イク;'ー')ミ「ほぼ本名じゃん。名前カタカナで書いただけじゃん。驚きの馬鹿さ加減だよ」
深草火兎――ヒートの言葉に、隣に立っていた青年は辟易した。
様々な経緯と事情があり彼女のお目付け役を担っている彼は同年代の中ではかなり寛大な方なのだが、それでもいい加減付き合い切れなくなってきていた。
この組み合わせがチームで決めた勝ち抜く為の作戦でなければきっと何か理由を付けて他人に押し付けている頃だろう。
筆舌に尽くし難い馬鹿だ、彼一人ではとても御し切れないほどの。
- 409 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:13:04 ID:MmTDzem60
青年のよく知るヒート、つまり現実世界での深草火兎はもう少し可愛らしい馬鹿だった。
所属するチームの中で彼女のことを一番良く知るのが彼であり、そういう事情があってチームリーダーも二人を組ませたのだが……。
イク;-ー-)ミ「(夢の中、というか精神世界だからなのか、普段より遥かに馬鹿だぞ……?)」
『空想空間』はより強い願望と欲望を持つ者がより強い超能力を引き出すことのできる異世界。
必然的に参加者は己の内面を剥き出しにすることになる。
ならばこの深草火兎の望みはその単純さに深く関係していることなのだろう。
普段の彼女が――現実世界の彼女がどうであるかではなく、精神世界の自分が思う『自分』がどうであるかが重要だ。
だからヒートの思う本当の自分は、あるいはヒートが望む理想の自分は、こういう存在なのだろう。
あの十三組の化物と謳われる、単純極まりない思考回路を持つ生徒会長のような―――。
イク*'ー')ミ「(……あの生徒会長だって、かつてはこういうただの馬鹿だったはずなんだ)」
どころか、今も立派に大馬鹿野郎だと青年は思っている。
過去の彼女のことは知らないが、少なくとも今現在の高天ヶ原檸檬は近くで見るとただの馬鹿だ。
遠くから凄まじい結果だけを見ているから勘違いしてしまうだけで、近寄って見てみれば闘争本能が服を着たかのような至極単純な存在。
その認識はある程度彼女を知る者なら共有できる感想だろう。
- 410 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:14:04 ID:MmTDzem60
高天ヶ原檸檬は馬鹿である。
だが、昔から伝えられ変わらず今も言い続けられているように、馬鹿と天才は紙一重だ。
凡百の凡人とかけ離れた存在という点では同一のものとさえ表現できる。
ならば、と青年は思ってしまうのだ。
もしかしたら誰が勝てずとも同系統であるヒートなら、あの生徒会長に勝てるかもしれない、と。
イク*'ー')ミ「そういう希望的観測がなければ付き合い切れないって面もあるんだけどね」
ノパ听)「? 何か言ったか?」
イク*-ー-)ミ「別に何も」
言って、青年は密かに笑った。
次いで後ろを歩く馬鹿な後輩を気にしながら先へと進む。
……生徒会長と同系統の存在である深草火兎。
メンタルが同じならば勝敗を決めるのはスペックの差になる。
そういう風に考えるとヒートが十三組の化物に勝つことは同系統の存在であるが故に絶望的になるが、その戦力差をどうにかする為に彼はいるのだ。
その為の仲間だ。
そしてあの化物が無理だとしても――もう一匹の化物なら。
- 411 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:15:04 ID:MmTDzem60
三年特別進学科十三組のもう一人の怪物。
ハルトシュラー=ハニャーン。
性格的に高天ヶ原檸檬を苦手にしている風紀委員長。
彼女を相手取るのなら、あの化物と同じ類の存在である深草火兎は――有効打に成り得る。
相性的に有利になることが可能だ。
無論こちらもスペック面では及ぶべくもないが、先述の通り、そういう実力差を埋める為のオブサーバー。
だからどれほどどうしようもない馬鹿でも青年達のチームはヒートを重要視する。
ジョーカーではないが、ジョーカーであるあの二匹の怪物には遠く及ばないけれど――それを倒す「ハートの3」くらいにはなれるはずだと。
……と、そこまで考えたところで。
イク*'ー')ミ「(…………いや、違うかな)」
彼はそう、思い直した。
何かが違うと思った。
結局はそんな長々とした説明は理由付けに過ぎず。
チームや作戦やその他色々なことは、詰まるところ瑣末な枝葉でしかないことで。
畢竟。
- 412 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:16:10 ID:MmTDzem60
おそらくは。
イク* ー)ミ「(……きっと私は、損得抜きにこの後輩のことが好きなんだろう)」
もう一度彼は微笑んだ。
そして件の後輩に声をかけようと振り返った。
いなかった。
イク;'ー')ミ「…………アレ?」
消えていた。
後輩はほんの数十秒前まで確かにそこにいたはずなのに、今はもう影も形もなかった。
状況や背景などは全くの不明。
自分から姿を消したのか誰かに連れ去られたのか、それともこちらが別の場所に移動させられたのか。
唯一分かっていることは、ヒートの先輩――くいな橋杙はまた、彼女の為に駆けずり回らなければならなくなったということである。
この、『空想空間』という夢の中の異世界を。
- 413 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:17:04 ID:MmTDzem60
- 【―― 2 ――】
水無月ミセリは女子高生だ。
「女子高生らしい女子高生」というトートロジー的な表現が許されるのならまさに彼女は女子高生らしい女子高生だった。
然りとてもミセリが有り触れた人間かと言えばそうではなく、特筆すべき面も幾つかあるのだが、中でも一つ。
淳高の生徒としての水無月ミセリが持つ稀有な一面――彼女は、人間離れした能力と人外に近い美貌故に『天使』と呼ばれる、あの生徒会長の友人なのだ。
『一人生徒会(ワンマン・バンド)』高天ヶ原檸檬も友達が全くいないわけではない。
……わけではないが、かつて参道静路という普通の人間が指摘したように、何か極端に普通からかけ離れた存在が多い。
そういうことを踏まえ考えると「女子高生らしい女子高生」である水無月ミセリが高天ヶ原檸檬の友人というのはおかしなことに思える。
少なくとも、生徒会長の人柄をよく知らず、しかし天使の強度を知る一般生徒には奇妙に思えるだろう。
だが、きっとそれは逆なのだ。
檸檬のレベルまで至ってしまえば周囲が特別な人間であることは当たり前――普通の人間がいることの方が珍しく、故に好んで友達になろうとする。
大切にする。
凡百の大衆が芸能人と同じ学校に通っていたことを自慢するように、突き抜けた存在は凡人に過ぎない知り合いを自慢する。
どちらも希少さを評価した結果であり違いはない。
そういう点では高天ヶ原檸檬は割合ミーハーで世俗に塗れていると言えるのかもしれなかった。
- 414 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:18:06 ID:MmTDzem60
……まあ。
檸檬が参道静路という普通の人間に言ったように、天使のような絶大な存在の隣にいても無力感や劣等感に苛まれない人間は、もうそれだけで『特別』であるし。
加えて言うなら「女子高生らしい女子高生」が『本物』でないと決まっているわけではないのだが。
誰だって一見では分からない普段とは違う一面を持ち合わせているもの。
自分以外の他の誰か、一般生徒諸氏が知らないだけで。
さて、件の水無月ミセリは現在職員室の前にいた。
セミショートの快活そうな可愛らしい顔立ちにマッチしたウェーブの茶髪、ポイントカットされた毛先は僅かにカールしている。
ヘアスタイルもそうだが、全体的に軽くかつ明るい印象与える少女だ。
「失礼しましたー、っと」
適当な一礼をして部屋を出ると扉をさっと閉め、歩き出しながら一番上まで止まっていたブラウスのボタンを三つ目まで外してしまう。
白い肌、瑞々しい豊かな双丘、胸元が露わになる未成年として際どい格好だが、その辺りはキチンと計算してある為に見えても問題のない部分しか見えない。
次いでスカートに入れていたブラウスの裾部分を全て出し、前を括る。
どうやら彼女はブラウジングのようなファッション(ウエストのサイズを誤魔化せるもの)よりも素の自分の魅力を押し出す服装が好みらしい。
そういう薄着であることが多く素肌を晒したがる気質は彼女と生徒会長との数少ない共通点だ。
前者が性的な魅力の向上の為であるのに対し、後者が動き易く戦い易いからという理由の違いはあるが。
- 415 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:19:05 ID:MmTDzem60
唇を突き出すように尖らせる、所謂「アヒル口」をし拗ねたような表情をしつつ廊下を進む。
職員室に呼び出されていたのだ。
褒められる以外の要件で、即ちは担任の小言を頂く為に。
自業自得ではあるのだがそれでもあまり上機嫌になれるものではない。
成績自体は良いんだからサボりくらいであんなにブツブツ言わなくても、と今度は自分がブツブツ呟いていたその時に、彼女は背の高い一年生とすれ違った。
そして同時にその生徒のスボンのポケットから一枚の紙が落ちるのを目撃した。
「ちょっと、鞍馬クン。なんか落ちたよ」
その一葉を拾い上げ振り向くと、ちょうど向こうも気づき振り返ったところだった。
大きな目を細め、ありがとうございますと丁寧に礼を述べた相手に紙を手渡しながらミセリはなんとなしに訊いてみる。
「鞍馬クン、休学するの?」
「はい。一ヶ月間ほど」
「ふぅん……。そうなんだ」
続けて「どうして?」と訊ねなかったのは、彼――鞍馬兼という後輩が、何か堅い表情をしていたから。
- 416 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:20:05 ID:MmTDzem60
そんなミセリを、兼は人間関係で心地良い距離を保つことのできる人だと感じた。
根掘り葉掘り質問してきたり噂に耳をそばだてたりしない、具体的には洛西口零辺りとは違う人間だと思った。
事なかれ主義や他人に興味がないことと干渉しないという優しさを持つことは違うと彼は考えている。
そういう思惟もあって、鞍馬兼はその見ず知らずの先輩との立ち話を続けることにした。
まずは訊いておかなければならないことから。
「ところで、何処かでお会いしましたか? もしそうなら申し訳ないです」
「え? こうして話すのは初めてだよ?」
今度は「どうして?」と返した少女に、兼は言う。
「名札も付けてないのに名前を呼ばれれば知り合いかと思いますよ」
「ああ、それはアレだよ。さっき、休学届を見た時に名前も目に入っちゃったんだ。それに前の生徒会選挙でも見てたし……」
「なるほど」
「それに後輩でもあるから。文系進学科の一年生だよね? 私も文系進学科だし」
- 417 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:21:05 ID:MmTDzem60
実は、名前が分かった理由はそんなことではなく、単に選挙演説の際に「良さ気な男子の一人(主に見た目が)」として記憶していただけなのだが……。
鞍馬兼は優秀だが色恋沙汰は不得手なので素直に頭の回転の早い人だと感心するばかりだった。
後輩は爪先を揃えると再度丁寧な一礼をし、
「それでは初めまして。文系進学科一年十一組、鞍馬兼です」
「うん、初めましてだね。二年の水無月ミセリだよ。よろしくね」
思わず勘違いしてしまいそうになる明るい笑顔に兼は苦笑し、こう返答する。
「よろしくお願いします……と言いたいところですが、僕は休学してしまうので暫く顔を合わせることはないでしょうね」
「あっ、そっか。そだねぇ〜。だったら休学が終わった後かな。一ヶ月だと戻ってきた時に授業が分からなくなってるかもしれないから、そういう時は頼ってくれても良いよ」
「はい、是非」
「あと敬語もいらないから」
「善処します」
- 418 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:22:04 ID:MmTDzem60
一段落し会話が途切れたその瞬間に、それでは失礼しますと後輩は頭を下げる。
三度目となる礼に「真面目ちゃんだなぁ」と思いながらもミセリは職員室に向かう兼に手を振り別れを告げた。
歩き始め、足を進めながらふと考える。
思案するのは勿論今し方話した後輩のことだ。
二年生になったばかり、しかも部活をしていないミセリは一年生の友人が少なく、知り合った後輩が気になってしまったのだった。
「あの『悪魔の頭脳を持つ』とまで言われる風紀委員長の直属の部下だからもう少し頭の良い子かと思ってたんだけど……そうでもない感じだなぁ」
と、言うか。
頭の出来云々よりも――今の鞍馬兼という人間は、まるで。
「どっか、上の空みたいな……?」
水無月ミセリが知る高校生が上の空になる状況は二つに一つ。
それは恋に落ちた時か、恋に破れた時。
女子と男子の内面が全く同じとは思っていないけれど、この年頃で悩むことなんて皆同じだよなぁと彼女は廊下の角を曲がった。
どうでもいいことにどうしようもないほどに悩めてしまうのが青春の良いところなのだから。
- 419 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:23:05 ID:MmTDzem60
- 【―― 3 ――】
淳高風紀委員会の会議室は職員室のすぐ近くにある。
休学届を出し終えた鞍馬兼は、あるいは事務室より遥かに簡素で整理されている風紀委員会本部に足を踏み入れた。
システムラックと長机、そして椅子程度しかない小会議室。
そんな殺風景な空間だからこそ部屋の一番奥、唯一独立した事務机――委員長席に座る悪魔の姿は鮮烈だった。
新聞を大きく広げている為に顔は見えないものの、それ故に肌は悪魔の気配をより敏感に感じ取る。
あの水面の月にも似た殲滅な雰囲気は外見ではなく内面に由来するものだと、顔が見えないからこそ空気はより雄弁に物語っていた。
「――ハルト委員長。つい先程休学届を提出し、受理されました」
ハルトシュラー=ハニャーンは答えない。
話すことなどないと言わんばかりに身動ぎ一つしない。
「一身上の都合により今日より一ヶ月間、風紀委員として活動することはできません。今日、今これからの定例会議も出席できません」
放課後。
部活が始まるまでの僅かな時間、静まり返った校舎の片隅に一人分の声だけが響く。
返答はなく、微動だにしない。
- 420 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:24:06 ID:MmTDzem60
「僕の業務については他の委員に個別に依頼しておきましたので問題はないかと思います。つきましては―――」
淡々と鞍馬兼は業務連絡を続けていく。
相手が聞いているのかいないのか、そんなことすら考えず。
ただ、淡々と。
こちらもこちらで話すことはないという風に。
後は拳で語るべきだと言外に主張しているかのように。
目に入る新聞紙の第一面は……いや、一面に限らずその内容は今日も悲惨なニュースばかりだ。
中学校のバスが事故を起こし生徒十数名が死傷した事件の続報、辛うじて一命を取り留めた教師の意識が今も戻らないこと。
五年前の大規模テロ事件に関連した警察への責任追及を巡る裁判の報道。
VIP州東部での蔓延する奇病。
淳高近くで起こった殺人事件の捜査状況についてなど。
口を動かし続けながら、兼は今朝見たニュース番組の内容を思い出してみる。
明るい話をと思い記憶の引き出しを開けてみるが、気持ちが沈まない報道はドナー数(骨髄バンク登録者数)増加の傾向があることくらいか。
しかしそれにしたって「今までよりも多い」だけであり「十分に多い」わけではない。
「大多数の人間は自分以外が不幸であることを当然だと思い、それを望んでいる」。
未だ一言も発していない悪魔がかつてゾッとするほど冷たい声で、最悪のように呟いた言葉が想起された。
- 421 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:25:08 ID:MmTDzem60
彫刻のように指先すら動かさないハルトシュラーは何を思っているのか。
変わらない社会のことか、無能な民衆のことか、それとも自分のことを想ってくれているのか。
鞍馬兼には、分からなかった。
「―――報告は以上です」
そう彼が言った後もやはり委員長は動揺した風もない。
沈黙を守ったままだった彼女は、部下の連絡が終わったことを頷き了解し、次いで、
「…………了解した。私は新聞を読むのに忙しい。貴様も暇ではないだろう――下がって良い」
と、静かな声で告げただけだった。
不問に付す――と。
信頼する仲間ならば酷い冗談も厳しい忠告も辛い命令も言うが、今の二人の関係性は仲間ではないのだ。
もう、上司と部下の関係ではないから。
敵になってしまったから。
- 422 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:26:05 ID:MmTDzem60
そんな、寂しい現状を思いながらも――兼は。
つい数日前の、ただの上司と部下の関係だった頃の親しげな声音で最後に言った。
「ハルト委員長――ところでずっと同じ紙面ばかり見ているようですが、何か面白い記事でもあったのですか?」
「!」
声こそ出さなかったが一瞬間指先を震えさせたハルトシュラーに、更に追い打ちをかける。
「一度読めば内容は覚えられるのに、あんなにも長い時間同じ部分だけ……」
「違う。読み終わってはいたが、手が疲れていたので捲らなかった」
「手が疲れているのなら新聞を下ろしては如何ですか? ずっと同じポーズだと余計に疲れてしまうでしょう」
至極尤もな部下の言葉には、彼女も「そうだな」と言うしかなかった。
敵対してしまった相手に対しどんな顔で、どんな言葉をかければ良いか分からなかったハルトシュラー=ハニャーン。
逆に敵対してしまった相手だからこそ、最後にちゃんと別れを告げておきたいと思った鞍馬兼。
- 423 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:27:04 ID:MmTDzem60
好きだから。
好きだけど。
見つめ合ったままで――さようなら。
先輩が最後に見た後輩は、まるで何かを縋るような目でこちらを見る儚げな笑顔。
後輩が目にした先輩の最後は、いつも以上に感情を伺えない無表情。
「ハルト委員長。もし寂しいのなら、涙目で乙女じみた口調になって行かないでと懇願すれば……僕も心変わりできるかもしれないんだから」
「してくれと頼まれれば演じるのは吝かではないが、それで戻ってくるような軟弱者は、私の部下には、いらない」
次に会った時には貴様を殺すと先輩は言った。
もうあなたには殺されていると後輩は返した。
好きだけど。
好きだから。
次に会うときには――どうしようもないほどに、敵同士。
お互いに全力を尽くすことを言葉もなく確認し合い、先輩と後輩は再度、今度は現実世界で別れたのだった。
- 424 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:28:05 ID:MmTDzem60
- 【―― 4 ――】
その時、天上の生徒会室では一人の男子生徒が頭を抱えていた。
彼を苦しめているのは高校二年生用の物理の教科書だった。
今までこの場所に出入りしていた現会長高天ヶ原檸檬以外の人間、即ち各委員会委員長などは勉学で頭を抱えることは少ない。
苦手な科目であっても各自で努力するので、わざわざここ旧生徒会室で勉強する――つまり生徒会長にコーチを頼もうという生徒はいないのだ。
助けを求めるとすれば、まず仲間や友人。
『一人生徒会(ワンマン・バンド)』は友達が少ない、必然的にここに出入りする人間も少なくなる。
実際、前会長の時代はこの生徒会室にも人が溢れていたそうである。
それはそうと。
「ぐぎぎぎ…………」
嫌な汗を流しながらシャープペンシルを握った右手をわなわなと震わせているのは、この生徒会室で勉学に励んでいても全くおかしくない人物。
つい数日前に淳高生徒会の新たな役員となった参道静路だった。
一応『認可不良(プライベーティア)』という二つ名があるが目に見える成果を出していない為に広まってはいない。
今の所『空想空間』で何かをしたわけではなく、現実で生徒会役員として仕事をこなしたこともなく、勉学その他で優秀な成績を収めたわけでもない。
目に見える成果どころか目に見えない結果すら出していないのが実情だ。
- 425 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:29:13 ID:MmTDzem60
しいて言えば。
彼の「目に見える成果」など、先日の小テストで取った驚きの点数くらいのものだ。
勿論、その驚きは悪い意味でだが。
「……むり…………」
先日の不幸な出来事により剃り整えた眉毛が外見的な唯一の特徴となってしまったビビリ染めの男子、ジョルジュはその一言を最後に机に倒れ伏した。
教科書を開いて五分経たない内にこれなのだから彼の勉強嫌いも相当なものである。
「僕のおっぱい、見たくなくなっちゃったのかな?」
彼が机に突っ伏すと同時、そんな年頃の男子――というかジョルジュ垂涎の一言をからかうような声音で呟いたのは彼の上司。
この生徒会室の主、三年特別進学科十三組の化物、高天ヶ原檸檬だった。
肩ほどまでの長さの栗色の髪、ブレザーの右腕上腕部にある大量の腕章を見て彼女と分からない者はおそらくこの学校にいないだろう。
天使のような凄惨な魅力を持つ人間離れした美少女。
スカートから伸びる脚や引き締まった両腕、普段の立ち姿歩く様からは、あらゆるスポーツで好成績を収める彼女の化物じみた身体能力の片鱗が伺える。
……ジョルジュとしては、無邪気で幼い顔立ちには不釣り合いなほどに成長している胸部が一番、ついにせよ意識的にせよ目が行く部分だが。
- 426 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:30:04 ID:MmTDzem60
高天ヶ原檸檬はジョルジュの座るソファーの後ろ、天井まで届く巨大な本棚の前のアンティークな椅子に逆向きに座り、坂口安吾の堕落論を読んでいる。
彼女の生き様に掠りもしない内容の本だが、つい十分前の檸檬の発言は性的な意味で堕落したものと言っても良いかもしれない(それなら「白痴」の方がが相応しいが)。
「再試験で八割以上取れたら、僕のおっぱい見せてあげるよ」。
やる気ゼロだったジョルジュに教科書を開かせた一言。
向こうが言い出す前に自分で提案してしまう辺り、高天ヶ原檸檬は性的なことに頓着しないというか、嫌いではないのだろう。
「……見てぇ。見てぇわ、けど……無理だわ…………」
「あの勉強嫌いなミセリちゃんだってもうちょっと頑張ったよ?」
「誰だよそれ……」
至極当然の返答をした後輩に対し、生徒会長は簡潔に、数少ない自分の友人である水無月ミセリの人物像を説明する。
「君と同い年の二年生で文系進学科の女の子。アヒル口をするのが癖で、明るくて可愛い子だよ?」
「ハン。会長サンよりも可愛いのかよ?」
「それは僕の方が可愛いけど、おっぱいは僕と同じくらい大きいよ。見た目については好みもあるケド……」
- 427 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:31:04 ID:MmTDzem60
正直に自分の方が可愛いと断言した天使に「そーかい」とまた笑うジョルジュ。
まあ、二つ名通りに天使の如き可愛らしさを持つ高天ヶ原檸檬は確かに凄まじい美少女ではあるが、それは人ならざる者の領域に在る魅力だ。
ミロのヴィーナスが完璧な美しさを持つとして――全て男性の理想の女性像が彼女と同じ姿形であるわけではないだろう。
檸檬が暗に伝えたのはそういうこと、「可愛い」という感想と「好き」という感情はイコールではないという話だ。
見かけたことくらいはあるかもしれない同学年の女子と、目の前の天使。
自分はどちらが好きなんだろうと考えつつ、ジョルジュはニヤと笑い言った。
「……胸が大きいなら見てみたいが、ソイツは俺が頑張ってもおっぱい見せてはくれないだろうし。まあその夢も今の感じじゃ消えそうだが……。悲しいわ……」
「んー。じゃあ……おっぱいの代わりに耳舐めてあげよっか?」
吐く言葉が口説き文句と褒め言葉から弱音にシフトした部下に本を閉じながらの生徒会長の言葉。
その提案、好きな人間には堪らない代替案を突っ伏したままで一笑に付す。
「おいおい会長サン。俺がどんだけおっぱい好きか分かってねぇだろ。俺は―――」
と。
彼が身体を持ち上げて。
振り返った、
- 428 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:32:06 ID:MmTDzem60
瞬間――甘い匂いが、香って。
背中に柔らかいものが押し付けられて。
「んー」
檸檬が。
ジョルジュの右耳を。
数瞬間、耳殻の形をなぞるように。
唾液を溜めた舌で。
舐め上げた。
「……んひぅっ!?」
一瞬の硬直と急激な脱力。
耳から背中にかけて電流が走るような激しい快感に耐え切れず転げ落ちるように再度倒れる。
ソファーに落ちたジョルジュは、潤んだ瞳の端に何かを見た。
天使がいた。
- 429 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:33:05 ID:MmTDzem60
みっともなく倒れている自分を蔑むような、いとおしむような。
暗いはずなのに輝いている深い闇色の両の瞳。
「あははっ。女の子みたいな喘ぎ声出しちゃって、もぉ。童貞なの丸分かりだねー♪」
「う、あ……。……会長、サン……?」
「八割以上取れたら、これ五分間やってあげる。……やる気出たでしょ?」
無邪気な、天使のような少女の笑顔。
ちろりと出した舌は赤く。
魅力的で。
官能的で。
破滅的で。
「…………はい。滅茶苦茶やる気、出ましたわ」
言って、ジョルジュは立ち上がる。
- 430 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:34:04 ID:MmTDzem60
ぐらぐらと頭の芯が揺れていた。
ブレていた。
身体中を巡る血液がドス黒く染まってしまったかのような、錯覚。
思考が染まる。
もう何も考えられない。
一つのことしか――彼女のことしか。
「……本当に、やる気が出ましたわ……。そのお礼に一個、教えてあげますわ、会長サン……」
欲望が。
情動が。
止まらない。
「――――あんまり、二人きりン時に男をからかうもんじゃねぇよ……?」
そうして彼は少女を押し倒す―――。
- 431 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:35:04 ID:MmTDzem60
―――ことは、できなかった。
「痛い! いたっ、う――イタっ!! あっ、ちょっマジでイタぃぃっっっ!?」
「んー?」
抱き着こうとした瞬間、合気道か何かの技(動作が速過ぎて何をされたのかさえジョルジュには分からなかった)であっさり転ばされ。
右腕上腕部をスラリと伸びた長い両脚で固定され、手首を取られ、頭部を締め上げられながら腕を限界まで伸ばされた。
「アームバー」――柔道で言うところの腕挫十字固である。
掛けた檸檬は肘関節を極めながら、加えて余った右手でジョルジュの前腕を思い切り抓り上げていた。
技云々技術云々以前に単純な腕力なら大体互角、手首を掴んでおくのは左手一本で良い。
「冗談、冗だ――痛い痛い痛いぃぃぃっ!! ちょっ、ホントに冗談!つか会長サン指の力強過ぎ血が出ちゃうぁぅあああ!!!」
「冗談でもやって良いことと悪いことがあるよ」
「ごめんごめんすいません、ってか冗談だと最初から分かって……ひぎっ!? いってあっぁぁぁあああ!!」
- 432 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:36:04 ID:MmTDzem60
その時、
「…………何をやっているのだ、お前等は」
委員会の定例会議を終え、少し遅れて生徒会室に到着したハルトシュラー=ハニャーンが無表情ながら呆れた風にそう言った。
ジョルジュは痛みに精神の大半を奪われているので目も眩むような銀髪も、流動する水銀の如き瞳も、容姿端麗な悪魔の美貌も目にすることは叶わない。
自らの叫び声と骨の軋むような音の合間に聞こえてくる声から判断するしかない。
彼と反比例するように余裕な、抓り方のバリエーションを増やそうと試行錯誤している檸檬は男装の芸術家を見上げ、笑顔で訊く。
「おかえり。感動の離別は済んだのかな?」
「なんのことだ? 何を言っているのか分からないのが私だ」
「ってかこのままの状態で世間話を――あっ、うぎぃぃぃぅう!? え、なんかちょっとクセになっっ、いあぅぅぁぁぁっ!!」
涙目ではなく、完全に涙を流しながら必死で床を叩き続けるジョルジュを後目に天使と悪魔の会話は続く。
平気な風を装い普段以上に無表情なハルトシュラーに檸檬は感じるものがあったらしい。
- 433 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:37:05 ID:MmTDzem60
「平気じゃない」「平気だ」「悲しい」「疲れるだけ」「寂しいんだ」「今まで通り」――など。
部下の叫びを無視しながら押し問答を繰り返し。
そうして、最後には。
「……平気だと思ってるなら、いいケド」
そんな天使の一言で二人の会話は終わり、ハルトシュラーはソファーに向かった。
もうその頃にはジョルジュも諦めたのか黙って唸るだけになっていた。
「やり過ぎたかなー……」。
幾度となく抓られ全体的に赤くなり、最初の部分は内出血で薄い紫色になり始めているジョルジュの腕を撫で、檸檬は耳を済ました。
反省しているようならそろそろ終わりにしてあげようと思ったのだ(別に怒っているわけではなかったけれど)。
が。
意外なことに。
あるいは――予想通りに。
- 434 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:38:06 ID:MmTDzem60
「…………はぁ、はぁ……。会長サン、脚スゲェ締まってて、スベスベ……」
ジョルジュは全然反省していなかった。
むしろ色々と悪化していた。
唸っていたのは、ほとんど動かせない身体を動かし、どうにかして女子高生の太腿の感触を楽しもうと躍起になっていただけだったらしい。
そう言えば、と技を極めたままで檸檬は思う。
掴まれ肘関節を伸ばされている右腕も僅かにだが動いていた(まるで手の甲で胸をさするかのように)、と。
「はぁ、はぁ……うぅ、ああ……」
「…………」
「あ、もうちょいでパンツ見え……――アレ?」
ハルトシュラーが会話を終えたことを今頃になり気づいたらしいジョルジュは、恐る恐る、確認するように訊いた。
「もしかして、もう委員長サンとの会話って終わってます?」
- 435 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/05(土) 20:39:08 ID:MmTDzem60
うん。
笑顔をいっぱいに湛えて頷いた檸檬は――次いで。
「――――とっくの昔にね♪」
「あ、あ嘘です嘘、今のも冗談冗談じょうだんで――がっ、いってぇぇぇっぇぇっっっ!!!」
再度、ジョルジュの肘関節を伸ばしながら腕を抓り上げた。
今回は前回と違いかなり本気で。
「ごめんなさいごめんなさい嘘です許してください!でもだってこんな密着してたら仕方なくねぃいたいぃぃぃいいあっっ!!」
「バージョンつー。このまま、身体全体を捻る」
「痛い痛い痛い肩が!肩が外れる肘が外れるぅぁぁぁあああ!全然手加減してくれてねぇぇぇぇ!!」
「このまま痛めつけ続けたらドMにならないかなー」
「ならないならない無理無理その前に死んじゃういた゛い゛よぉぉぉおお!!!」
- 436 名前:本日はこれで終了。 投稿日:2012/05/05(土) 20:40:05 ID:MmTDzem60
泣き叫ぶジョルジュと愉しげな檸檬を眺めていたハルトシュラーだったが、何が琴線に触れたのか唐突に。
「いやそれは違うな。肘関節は伸展だけでは脱臼せず、しかも腕挫十字固は数ある寝技の中でも最も手加減しやすいとされている技なのだ」
机に置いてあった教科書をパタンと閉じると立ち上がると二人のすぐ近くまで歩み寄る。
そうして、つまり、と前置いて言葉を続けた。
「つまり当初レモナは全然怒っておらず、ちょっとじゃれ合いたかっただけだったのだろう」
「いやそんな解説いらねぇわ! 今が!俺には今が大事ッ!!」
「今か? ……それは分からないな」
「おお゛ぉい!なんだそりゃ!! おいコラ! テメェ、この適当なこと言いってぇぇええええええっっっ!!」
言いたいことを言うだけ言うとハルトシュラーはソファーまで戻ってしまった。
助けてはくれないらしかった。
まあおそらく、彼女は暗にこう告げていたのだろう――「最も手加減しやすいということは、怪我する寸前まで痛くできるんだぞ」と。
- 441 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:11:09 ID:/SzGRrw20
- 【―― 5 ――】
「今日は何か変わったことがあったのかな?」
「『実験(ゲーム)』に関しては特にない。鞍馬兼の仲間が動くと予想していたが、風紀委員の中で怪しい動きをしている者はいなかった」
ソファーにグッタリと力なく俯せになっているジョルジュの上に座った檸檬は「違うよ」と返す。
おふざけの時間は終わり、今は最早恒例となった方針会議の最中だった。
前回の生徒総会の議決内容や目安箱に投書された要望を纏めた資料を捲りながら淳高の自治機関の長は目を閉じる。
覚えておかなくてはならないことを覚えられているかの確認動作。
その気になれば、この生徒会長は文章くらいなら幾らでも記憶することが可能だ。
あくまでその気になればの話なので、彼女は覚えておく必要があると判断したもの以外は片っ端から忘れてしまうのだが。
「僕が言ってるのはね、現実の学校のことだよ。『空想空間』も良いケド……生徒会としての仕事もちゃんとしないと」
言って、記憶の確認を終え不必要になった書類を机の上に投げる。
特に火急の案件はなかったらしい。
- 442 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:12:36 ID:/SzGRrw20
- 「結局ね、僕は委員会の会議のことを訊いてるの。誰かが暴動を起こしたとか、誰かが生徒をぶちのめしたとか……ないの?」
「しいて言えば生徒が生徒を虐めている」
「いつ? 何処で?」
「今。私の目の前で」
指摘を受けた生徒――高天ヶ原檸檬は、「んー」とまた唸り声を上げると立ち上がり、そのまま倒れていたジョルジュの襟を掴んで持ち上げる。
次いで、ぬいぐるみをベッドに置くような粗雑さでソファーに座らせた。
隣に腰掛け、相変わらずグッタリとしている部下の位置を調整し、自らの肩が枕になるように凭れさせる。
膝枕でなくそんな窮屈な姿勢で以て優しさを示したのは、つい今し方太腿に頬ずりされたことを覚えているからだろう。
不必要な記憶は直ぐに忘れてしまうとは言っても五分前くらいのことは覚えている。
ジョルジュ側からすれば、あんなことさえしなければこの学校の中で一二を争うほど貴重な「生徒会長の膝枕」を堪能できたかもしれなかったのだが……。
幸いなことに、その不幸(あるいは自業自得)を認識できるまで彼は回復していなかった。
「……他には何かある?」
生徒会を執行しいじめをなくした会長は首を傾げた。
- 443 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:14:04 ID:/SzGRrw20
風紀委員長は、答える。
「後は……今日議題に上がったものはこれだ」
言うと男装の悪魔は詰襟の学生服のポケットに手を入れ、何かを取り出す。
ジャラジャラと音を鳴らしながら取り出されたのは直径十一ミリの鋼球――数個のパチンコ玉だった。
「清掃委員会からの報告。『校内定期清掃の際にパチンコ玉が幾つか落ちていたのを見つけました。処理に困ったので預けます』とのことだった」
「ふーん。先生達には?」
「教師陣には通達済みだが、持ち主が分からない以上、何も行動を起こさないと予測しているのが私だ」
「んー……。つまり、清掃委員会としては遺失物として処理して欲しいのかな?」
パチンコ遊戯に使われるパチンコ玉は最低二十五個で貸し出される店の備品。
この程度では無理だが大量にあれば景品と交換することも可能だ。
つまり、硬貨紙幣の類でこそないが、この硬球は事実上金銭に等しい価値を持つ物品なのである(言わば金券のようなものだ)。
ちなみに日本では一玉につき最高で四円である。
- 444 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:15:06 ID:/SzGRrw20
煙草なら清掃委員会もただ処分し事後教師や風紀委員に報告するだけで良かったものの、これは一応金銭的価値のあるもの。
ゴミ箱に捨てたり不要な書類と纏めて焼却炉に入れてしまうことは流石に忍びなかったのだろう。
と。
「……お、なんだ。パチンコの話か? ならそこそこ詳しいわ、俺」
財布などの貴重品以外の遺失物管理は生徒会執行部の職務なので、風紀委員長からパチンコ玉を受け取った檸檬がとりあえずブレザーのポケットに入れた瞬間。
復活した一般役員が首を鳴らしながら話に加わってきた。
その興味を唆られるような彼の口振りに、「ほう?」と先を促すハルトシュラー。
ジョルジュはやや得意気に言った。
「俺こう見えても運は良いんだわ。だから、パチンコとか行ってもそこそこ勝てるし、つーか台が……」
「――貴様に風紀委員長の私が二つ良いことを教えてやろう、名も知らぬ素行不良生徒」
「え?」
「一つ目に、カジノが徹底した法規制の元でクリーンなイメージを出そうとしているのに対し、パチンコ遊戯は限りなくグレーだ」
- 445 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:16:03 ID:/SzGRrw20
社交場であり観光資源であるカジノは法規制が厳しいが、なまじ一度の遊戯に掛かる金銭が安い所為かパチンコはかなりグレーな部分が多い。
また前者が「家族で楽しめるものを」「テーマパーク的な楽しさを」という風な方針であるのに対し、後者はお世辞にもそういう慈善的な側面があるとは言い難い。
暴力団体への資金流入、警察上部との癒着、児童の車内放置……。
ちょうど今日ハルトシュラーが目を通した新聞にもそういう内容の記事があったところである。
「アレはまた、何処かの莫迦で有能な警視達が癒着問題を解決したという報道だったが」と心の中で笑いながら説明を続け。
曖昧ながらジョルジュが頷いたことを確認すると、二つ目に、と悪魔は告げた。
「二つ目に――未成年者が風俗営業店に出入りするのは法律違反であり、かつ校則違反だ」
ちょっとトイレと腰を上げようとした素行不良生徒――の、額を人差し指で抑えたハルトシュラー。
それだけでジョルジュは逃走を封じられる。
「待て。話はまだ終わっていない」
「いやオシッコ漏れちゃうし……ってか、アレ!? どうなってんのコレ!?立ち上がれねぇ!!」
「失禁プレイ……なるほど、そういうのもアリだね」
「なしだよ!会長サンは俺をどうしたいの!? 今日絶好調だわアンタ!!」
- 446 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:17:04 ID:/SzGRrw20
ツッコミを見、ジョルジュが逃げる意思を失くしたことを確認すると風紀委員長は指を離し、相変わらずの無表情で宣告する。
風紀委員会としての判決を。
「……二年五組参道静路。明日中に四百字詰めの原稿用紙に反省文を書き風紀委員会に提出するように。文量は最低でも二枚以上」
「はぁああ!? 無理!無理だわ! 明日俺再試験ってか、明日は土曜日なんですけど!?」
「再試験で学校に来るのだろう? その時に提出すれば良いと思ったのが私だ」
「だとしても俺今日勉強できなくなるわ!!」
「なら明日の再試験の後にここで書き私に渡して帰れば良い……いや、」
目を閉じ、一瞬間考えて彼女は言った。
「今日は『空想空間』に行かず、ここで反省文を書いていれば良い。そうだな、それは良い」
昨日、つまり木曜日はハルトシュラーとジョルジュのコンビで作戦を遂行した。
順当に行けば今日金曜日はレモナとジョルジュのペアが『空想空間』へと赴き参加者の発見と停戦勧告を行う予定だったのだ。
(今までのパターンから行けば今回の潜入でも結局は戦闘になるのだろうが、それは置いておくとして)。
- 447 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:18:03 ID:/SzGRrw20
苦い顔をする素行不良生徒に悪魔は続けて、
「土曜日には重要な作戦もある。今日は文字通り偵察で済ますべきだとも考えるのが私だ」
『空想空間』の制度――睡眠中の意識を利用するシステム的におそらく最もログイン人数が多いのは土曜日の深夜だ。
金曜日の夜では一週間の疲れがある為に休息を優先すると思われ、現実世界で人の多い土曜日あるいは日曜日の日中では意識のない肉体が危険。
そうハルトシュラー達は考え、故に土曜日に少しだけ今までのものよりも重要度の高い作戦を設定していた。
その計画を踏まえると、今日は激戦となるやも知れない土曜日に備え体力を温存しておくべきだろう。
それに、と「どう言われようと僕は行くからね」という意思が見え隠れする生徒会長を伺いつつ、更に続けて言う。
「ここ数日欠席及び早退あるいは保健室での休息、また居眠りが多い生徒をリストアップしてある。これ等の生徒の背景を調べ強い願望を持っていそうな人間を……」
「もう色々とツッコミどころがあり過ぎて悩むレベルだけど、とりあえずこの『実験(ゲーム)』ってそういうゲームじゃねえわ!!」
戦いを止めるとしてもせめて戦って倒して止めろよとツッコミを入れたジョルジュだったが、悪魔は何処吹く風だった。
「そんな紳士的な制約は知ったことではないのが私だ。一度闘争の場に身を置いた以上、生活は全て戦いの場だ」
- 448 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:19:03 ID:/SzGRrw20
一体コイツはいつの時代の人間なのだろうとジョルジュは絶句した。
現代の格闘家や武道家は流石にこんな考え方はしていないだろうから彼女の語る『闘争』とは近世以前の価値観のそれなのだろう。
同意を求めちらりと横に目をやると、生徒会長も「然りご尤も」と言わんばかりの満面の笑みだった。
……どうやら人間離れした者達の中では共通の価値観らしい。
呆れる彼を不思議そうに見つめ、しかし無表情で悪魔は淡々と説明する。
「『敵を知り己を知れば百戦危うからず』というわけではない。敵を知ることが敵を傷付けないことに繋がり、敵を傷付けないことは己の作戦達成に繋がる」
「…………は、はぁ?」
「結局ね、敵と戦う為に敵を知るわけじゃなくて、敵と戦わずに敵に勝つ為に敵を知るってこと。軍人らしい考え方だねぇ♪」
檸檬の言葉で余計に分からなくなってしまったジョルジュだったが、最後の「軍人らしい考え方」で一応理解はできた。
参加者の理屈と……言わば『不参加者』の生徒会一行の最終目標の違いだ。
『実験(ゲーム)』の参加者の目標は勝ち抜き願いを叶えること。
対し、不参加者である生徒会連合の目的は『空想空間』でのバトルロイヤルを止めること。
後者は戦わないで作戦が遂行できるのなら特に戦う必要はないのである。
例えば――いや、というかハルトシュラーはそのつもりだが、もし『実験(ゲーム)』の主催者を特定できたのならその相手に直接働きかけるだろう。
きっとその際も参加者と遭遇した時と同じくまず勧告、それが受け入れられないなら実力行使になる。
- 449 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:20:05 ID:/SzGRrw20
言うまでもないことだが――そして、勘違いしてはいけないことだが。
生徒会は、参加者の生徒の悩みや苦しみをどうにかする為に戦いに参加しているわけではなく、戦い自体をどうにかする為に行動しているのだ。
戦闘の前に相手の願望を訊ねるのは助ける為ではない。
願いを知っていた方が単純に有利だからであり。
また、相手の意思と自分の意志、モチベーションを交換する――儀式のようなものだからだ。
少なくとも高天ヶ原檸檬の中では武道家が試合前に一礼するのと同じ意味合いである。
「故に他の参加者を知ることは重要だと考えているのが私だ。……話が逸れたが、今日はこの書類整理をしようという話だな」
「休息を兼ねて、今日は現実世界で他の参加者を探す事務的な作戦にしようって話か?」
「そうだ」
ジョルジュが意義を唱える前に「えー」と不満の声を上げたのは生徒会長。
生徒会執行の総責任者かつ総指揮官、また主力部隊隊長である高天ヶ原檸檬だった。
「今日は『空想空間』でジョルジュ君に中国拳法系の体捌きを教えるという名目で気が済むまで遊ぼうと思ってたのにー」
「そうなのか?」
- 450 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:21:03 ID:/SzGRrw20
件のジョルジュに視線をやったハルトシュラーだが、当の本人は、
「えっ……いや、聞いてねぇ!知らねぇわ!! 早く勉強しろ早く勉強しろ言ってたのはそういうことか!」
明日の再試験の勉強を早くさせたかったのは畢竟「今日の分の勉強終わらせて早く『空想空間』に行こうよ」ということ。
もっと踏み込んで言うと、「今日は修行という名目でボコボコにするからどうせ帰ってきたらグッタリだろうし今の内に勉強しておきなよ」だった。
尤も、本人には伝えていなかったが。
焦り驚愕するジョルジュの心情など知らないようで、二度三度頷いたハルトシュラーはこう言う。
「なるほど、それも良いかもしれないと思ったのが私だ。他人を過小評価する私ではないが今の素行不良生徒は攻撃面はさておき、防御は頼りない」
「うん。だよねー」
「いや!? そんなことねぇわ!」
小学校高学年から今まで一通り喧嘩を経験し、しかもほとんどの場合に勝ちを収めてきた不良としてその言葉は当然だった。
が、悪魔は中国拳法以外にも日本武道やスポーツ格闘技など様々な技術を持つ檸檬を見、「レモナに比べれば見劣りする」と静かに告げた。
……そこを突かれると辛い。
直接対決で彼は能力を用いて戦っても負けてしまったのだから。
- 451 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:22:08 ID:/SzGRrw20
しかしそれでも、ジョルジュとしては納得ができない。
と言うより、行うのなら生徒会長の気紛れではなく、せめてちゃんとした練習にして欲しい。
「少年漫画では修行パートは嫌われているものだし、それになんで中国拳法? 俺中国の武術なんて少林拳くらいしか知らねぇわ……」
「ところでパチンコ玉以外の問題はなかったのかな?」
「ある。停学関連や暴力事件の報告もあったが、最も由々しきものは授業時間の空き教室での性的交渉に関する問題だろう。これは風紀委員会ではどうしようもないが……」
「―――っておい!話聞けよ!! 自由か!」
数ある少林拳、中でも北派少林拳の流れを汲む蟷螂拳。
近距離での素早い行動を得意とし、極めて近代的かつ実用的な武術。
または中国武術にレスリングやサバット、合気道あるいは柔道の要素を取り入れた截拳道(ジークンドー)。
軍用近接戦闘術にも近いそれは短期決戦や乱戦に秀でている。
そういったマーシャルアーツ系統の技術ならば、『空想空間』という異世界での戦闘(銃以前の旧時代の武器や超能力という埒外の能力)にも対応しやすいだろう。
様々な格闘術を学ぶ檸檬としてはそう考え、それが分かったからこそハルトシュラーも同意したのだったが……。
残念ながらジョルジュには伝わらなかったようで天使と悪魔も理解させる気はなかったようだ。
無論、彼女等が詳しく説明しようとしなかったのは「その方が面白い」という、学ぶ方からするとかなり良い迷惑なものだった。
- 452 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:23:05 ID:/SzGRrw20
- 【―― X ――】
―――「タカマガハラ・レモン」 ガ ログイン シマシタ.
―――「サンドウ・キヨミチ」 ガ ログイン シマシタ.
.
- 453 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:24:03 ID:/SzGRrw20
- 【―― 6 ――】
最終的には、今日も『空想空間』の偵察は行うことになった。
ジョルジュのオブザーバーとして高天ヶ原檸檬に付く任務は当初の予定通り与えられ、特に何もなければ檸檬の言うところの修行になるだろう。
反省文に関しては明日の再試験後にハルトシュラーが付きっ切りで指導してくれることに決定した。
ジョルジュとしては友好を深める機会ができて嬉しい反面、あの風紀委員長と二人きりは少し気まずいような気がしないでもなかった。
ああいう何を考えているのか分からないタイプの相手は苦手だった。
……まあ、今隣にいる天使も、ハルトシュラーとは違う意味で苦手なタイプの人間だったけれど。
|゚ノ*^∀^)「しゅっ・ぎょ・う! しゅっ・ぎょ・う〜っ!!」
_
( -∀-)「(俺は多分、頭悪い人間にはあるまじきことに……理解できない相手が苦手なんだわ)」
「理解できない相手が苦手」。
そんな弱点、いや「弱点」のような大仰な呼び方すべきではないほど人間ならば当たり前に持つ理解不能存在に対する悪感情――基本的には、恐怖。
理解できない相手や理解しにくい存在が苦手であることを弱点とするのは空を飛べないことを人間の欠点と言うことに似ている。
それを弱点とするのなら人間なんては弱点の塊だと小賢しい人間、例えば洛西口零辺りなどは言い切ってみせるだろう。
が、そも参道静路というあまり頭の良くない人間は考えをそんな所まで進めようとはしないし、進められない。
仮に進めることができたとしても論拠を示せないのでイマイチ納得することができないのだった。
- 454 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:25:05 ID:/SzGRrw20
理解できないモノを怖がることは何故当然であるのか、とか。
賢しい人間の代表格のような洛西口零は人間は弱点の塊だと思っているのか否か、とか。
そういう小難しいことをジョルジュは考えたわけではない。
補足をするなら生徒会連合と一応同盟を結んでいる洛西口零だが自己紹介を交わした程度でしかないジョルジュはまず彼女のことをよく知らない。
更に言えば、ジョルジュが零と会ったのは彼がレモナに負けた日の『空想空間』でなので、厳密には洛西口零ではなく清水愛(清水愛モードの洛西口零)と話しただけである。
然り而して天使と戦う前に調べた情報から「洛西口零なる人物はとても優秀」であることは知っていたのだが、清水愛と同一人物であることは知らないのだった。
最後に完全な蛇足だが、件の清水愛(洛西口零)の自己紹介を受けた際、彼の意識はアイの開けた胸部に集中していたので言われたこともあまり覚えていない。
(覚えていても精々、大きな胸と可愛らしい顔と、ギリギリで名前くらいのものだろう)。
……では、ジョルジュは何を考えていたのか。
どういう意図で「理解できない相手が苦手」と思ったのか。
それは――共通項のなさである。
_
( ゚∀゚)「(俺の好きな曲に『最大公約数』って曲があるが、会長サンとは最大公約数どころかまず公約数が見つからないわ)」
共通項、公約数。
参道静路と高天ヶ原檸檬の共通点は精々、同じ学校に通っているということくらいだろう。
同じ種族でさえない恐れがある。
彼女は十三組の化物であり、『天使』なのだから。
- 455 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:26:05 ID:/SzGRrw20
「相手の気持ちになって考える」という表現があるが、多くの人間は相手の立場になったつもりで考えているだけだ。
この二つに違いはないように見えるし、実際ジョルジュもつい最近まで同じだと思っていたが、その実全く違うと言って良い。
相手の立場になったつもりで考えるとは、自分が相手の立場になった際どう感じるかを考えるものでしかない。
そういう状況になった場合にどう思うのかはなってみなければ分からない。
何より問題なのは、それだと『自分』が相手の立場になったと仮定して考えているだけで――相手の気持ちなんて、ちっとも分かっていないことである。
相手の立場になったつもりで考えたところで「凄い」とか「悪い」とか主観的でしかない感想が出るのが関の山。
そしてそんな感想が出ても共感するか賞賛するか批難するかくらいしかできない。
あるいは共通項、ジョルジュの言うところの公約数が多くある人間同士ならばこれでも問題ないのかもしれないのだが……。
|゚ノ*^∀^)「しゅぎょうしゅぎょう〜♪ 愉しいなあ、僕は修行と勉強が大好きなんだよねっ」
_
( -∀-)「……俺と会長サンじゃ、公約数があるとしても一が限界だからアテにならねぇわ」
|゚ノ*^∀^)「? 何か言ったかな?」
_
( ゚∀゚)「別になんにも」
答えて、前を行くレモナの後に続く。
自嘲するように笑い、「もしかしたら天使である会長サンは零かもしれないし、なら俺が何でも約数は零だわ」と呟いた。
- 456 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:27:10 ID:/SzGRrw20
数学的な正しさを述べておくと全ての整数は零の約数であり、一が公約数となるのは全ての自然数限定で、負の整数の場合はこの限りではないのだが……。
皮肉なことにというか、この辺りにもジョルジュとレモナの違いが明白に表れていた。
勉強が好きなレモナはこのくらいのことは知っていただろうが、勉強が大嫌いなジョルジュは知る由もないのだった。
彼の勘違いを見抜いたわけではないのだろうが。
異世界の生徒会室を出発し、ジョルジュの前にいた――階段を下りていたレモナは唐突に振り向いて。
|゚ノ ^∀^)「ジョルジュ君は、修行……嫌い?」
狭苦しい踊り場の中心で立ち止まり、そう問い掛けた。
_
(;゚∀゚)「は? ……ま、まあ修行なんてやったことねぇけど、例えばさっきの勉強が物理学の修行だってんなら嫌いだわ」
現実とは違う姿を持つ者の多い中、『空想空間』でもほとんど本来の姿と変わっていない参道静路。
変更点はその身長と、現実では今はもうなくなってしまった濃い茶のメッシュのみ。
尤も後者に関しては結果的に変更点になっただけ、初回ログイン以降は姿を変えられない設定に由来する差異なので、彼が望んで変えたのは上背だけだった。
百七十センチだった身長に、五センチを足した。
その僅かな差異は、きっと目の前の少女よりも高くなる為の五センチだった。
- 457 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:28:05 ID:/SzGRrw20
彼氏は彼女より身長が高い方が良い――そんな一昔前なら当然だった価値観を持つジョルジュは、困惑した。
今更、五センチの意味に気が付いた。
上目遣い。
_
(;* ∀)「(ヤベェわ……。会長サン普段も可愛いけど、今は普段より三割増しで可愛い……っ!)」
現実世界では身長は一センチほど負けており、姿勢の良さの関係か常に見下されている感じさえあるが。
『空想空間』では四センチ弱ジョルジュの方が高い為、レモナが目線を合わせようとすると上目遣いになりやすいのだ。
それだけでも僥倖なのに更に胸の谷間も普段よりよく見える。
顔がかあっと熱くなって胸の鼓動が速くなる。
もっと瞳を見つめていたいのに、目が、合わせられない。
|゚ノ ^∀^)「……どうしたのかな?」
_
(;* ∀)「別に……なんにも」
思わず鼻から口元にかけてを手で覆う。
鼻血が出てしまいそうだった。
- 458 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:29:06 ID:/SzGRrw20
レモナに耳を舐められた後、ジョルジュはドロドロとした気分になった。
勿論自制はできるレベルだったけれど、「とにかくこの女を抱きたい」「今すぐ情欲を吐き出したい」と強く思った。
だが、今は。
歯止めが掛からないくらいに。
この胸が。
キュッと強く締まって――苦しい。
苦しいのに――不思議と、嫌な気分じゃない。
_
( *-∀-)「(上目遣いで見られただけでトキメクとか、本当に俺って奴は……)」
|゚ノ ^∀^)「話を続けるけどね、」
どぎまぎするジョルジュの胸の内など知らないようなレモナの態度だったが、直後の一言は彼の心臓を止めるような、いじらしい言葉だった。
|゚ノ*^∀^)「……修行ってことはね、今僕と二人きりなんだよ? 分かってる?」
.
- 459 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:30:04 ID:/SzGRrw20
小首を傾げての一言。
心臓が止まったと思った。
死んだと思った。
_
(;* ∀)「わ……、わかって……ませんでした……」
|゚ノ -∀-)「分かってくれたのならいーよ。良かったね、僕が言わなかったら僕を攻略する為のフラグを立てられないところだったよ?」
言っていることは、訳が分からなかったけれど。
彼女が訳が分からないくらいに可愛いことだけはよく分かった。
オモチャにされているようで、ペット扱いされているようで、いいようにされていた。
が、もうそれでも良いと思うくらいにジョルジュは好きになっていた。
どういう好きかは分からないけれど、彼は「可愛い」という感想ではなく「好き」という感情を抱くようになっていた。
……苦しい胸を抑えた後輩とは対照的に、言いたいことを言うだけ言ったレモナはけろりとした顔で言う。
|゚ノ ^∀^)「デレはこれくらいにして話を続けるけど良いかな?」
_
(;゚∀゚)「あっ、はい」
- 460 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:31:05 ID:/SzGRrw20
時間にすると一分間ほどだった短いデレ期を惜しみつつ、新役員は襟を正す。
生徒会長は満足気に頷くと話を再開し、並行して止めていた足も動かし再び階段を下り始める。
|゚ノ ^∀^)「ジョルジュ君は僕との間に公約数がないとか呟いてたけど、結局、ジョルジュ君と他の誰かとの間に公約数があってもあんまり意味なんてないよ」
_
( ゚∀゚)「聞こえてたのか……って、え?」
|゚ノ ^∀^)「だーかーらーね? 僕の考えでは公約数が一つ二つあったくらいじゃ全然意味がないの」
一個あるのも零個あるのも大して変わらないんだよ、と天使は言って。
直後に「一個あるくらいならない方が良いくらい」と、あの好戦的な笑みを浮かべ言った。
化物の嘲笑に戦々恐々としつつもジョルジュは訊く。
_
(;゚∀゚)「それはねぇわ、会長サン。だって公約数というか……共通点が一つありゃ、相手のことがよく分かるんだから」
|゚ノ ^∀^)「どっちも約数が一つとか二つとかなら分かるケド、十ある内の一要素が共通してるくらいで知った風な顔されたら腹が立つでしょ?」
そう言われればそうだと彼は思う。
例えば自分が全く知らない淳高の生徒に「参道静路は同じ学校出身ですし、気持ちは分かりますよ」などと何処かでのたまわれているとしたら、本人である参道静路は確かにムカつくのだ。
- 461 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:32:04 ID:/SzGRrw20
それに、とレモナは呟いたが、続きを語ろうとはしなかった。
しかしそれでもその沈黙がどうしようもないほど雄弁に彼女の哲学を物語っていた。
共通点が零個であれば相手は自分と全く違う存在だと考え、そう考えるが故に一緒にいるのなら最大限気を使う(あるいは最初から一緒にいない)。
だが共通点が一つでもあれば親近感から相手を理解した気になり、相手の気持ちを考えることを怠る。
理解した気になっているからその間違いにも最後まで――相手が違う存在になり、共通点がなくなるまで気が付かない。
自分の約数は十個かもしれないが、相手の約数は千個かもしれない。
その内の一つが公約数だとして……それにどれほどの意味があると言うのだろう?
いや――意味はあるが、意味合いが違い過ぎるのだ。
|゚ノ ^∀^)「僕はそういう風な勘違いで失敗した人を何人も見たことがあるよ」
_
(;゚∀゚)「会長さん……」
|゚ノ ^∀^)「例を挙げると、うーん……クロえもんとシロえもんはまさにこれだったよね。どっちもダメな奴だったケド、野球に対する姿勢が決定的に違った」
_
(; ∀)「例が漫画ですか会長さん……。しかもコロコロコミックス……」
凄く哲学的な話をしていたのに一言で一気に日常的になった。
身近になって良かったと言うべきなのかもしれないが、とにかく。
- 462 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:33:03 ID:/SzGRrw20
もう一度、レモナは言った。
「公約数なんて一個だけあるくらいならない方が良いんだ」――なんて。
_
( ゚∀゚)「…………でも俺には分からねぇわ、会長サン。会長サンの言葉が正しいのかどうか」
けれど。
ジョルジュは天使の言葉を正しいとは思わなかった。
間違っているとも、思わなかったけれど。
取り方によっては反抗していると思われかねない口振りだったが、レモナはただ、
|゚ノ ^∀^)「そう。僕も分かんないよ――正しいことなんて」
と、『一人生徒会(ワンマン・バンド)』には珍しい自信のなさそうな声音で、彼女は歌うように嘯いた。
やがて階段を下り切った二人は廊下を進む。
静寂と沈黙。
数分の間、両者ともに黙ったままだったがまた唐突にレモナが言った――「勉強は好き?」と。
- 463 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:34:05 ID:/SzGRrw20
ジョルジュは悩むことなく「嫌いだ」と答えた。
役に立たないし、面白くない。
いつからか彼は勉強が嫌いになっていた――何か他に好きなものがあったわけでもないのに。
予想していたのだろうか、レモナは笑った。
次いで「じゃあ婚約数って知ってる?」と更に訊いた。
_
( ゚∀゚)「コンヤクスウ?」
|゚ノ ^∀^)「その口振りだと知らないみたいだね。婚約数っていうのはね、整数の組で、一と自分自身を除いた約数の和が、互いにもう一方と等しくなるような数のことだよ」
「準友愛数」とも呼ばれる婚約数の最小の組は四十八と七十五。
前者の約数は二、三、四、六、八、十二、十六、二十四――全て足すと七十五。
後者の約数は三、五、十五、二十五――全てを足すと四十八となる。
こんなものを見つけた数学者も凄いが、この組を知った際、レモナは公約数が一つしかないことに一番驚いた。
四十八と七十五の公約数は三のみ、三が最大公約数で最小公約数なのだ。
|゚ノ ^∀^)「君の理屈だと、この二つの数はたった一つしか共通点がないのに……お互いのことを指し示していることになる」
- 464 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:35:04 ID:/SzGRrw20
それは、まるで。
性格も趣味も何もかも合わないのに、お互いを考えていることだけは同じの恋人同士のような。
だから――『婚約数』。
_
( ゚∀゚)「…………スゲェな」
|゚ノ ^∀^)「『友愛数』っていう一を除かなくてももう一方と等しくなる組もあるから、この一は性別の差なんだろうね。あるいは性別じゃなく男役女役かな?」
くすくすとレモナは笑った。
そして「ね?」とジョルジュに対して微笑んでみせる。
|゚ノ*^∀^)「……勉強も、ちゃんとやっていれば役に立つでしょ?」
きっと少女は、本当は少女は、こう言いたかったのだろう。
照れくさくて言えなかったけれど、きっと彼女は。
「公約数なんてなくて良いから僕は君と婚約数になりたいなあ」――なんて、そんなことが言いたかったのだ。
……都合の良いだけの解釈かもしれないけど、それは奇跡みたいなことなのかもしれないけれど、彼女もそう考えていたら良いのにとジョルジュは思ったのだ。
- 465 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:36:04 ID:/SzGRrw20
- 【―― 7 ――】
異世界の仄明るい蒼い空の下を二人は進む。
現実世界は夕刻、帰宅部の生徒達は皆、家に着いた頃だろうか。
取り留めのないことを話しながら中庭を横切り、扉を開け、向かい側の棟の中へと入る。
廊下に誰もいないことと不気味なほど静まり返っていることを除けば現実世界で見回りをしているのと変わらない。
前に出ようとするジョルジュを時折レモナが手で制すが、これはトラップや不意打ちを警戒しているのだ。
無警戒に歩いているように見えて、気を配っている生徒会長。
完全に気配を消してしまう風紀委員長とは違う部分――ノーガード戦法のような危うい生き方。
諸々の配慮に気が付いた新役員は何か手伝った方が良いかと思い、相変わらず自分の少し前を歩くレモナに声を掛けた。
_
( -∀-)「会長サン、俺なんか手伝った方が良いこ、」
|゚ノ ∀)「―――シッ。……その話はまた後でね」
唇に人差し指を当てた天使に、思わずジョルジュは黙った。
今回は魅力にやられたわけではない。
「やっと見つけた」――そう言わんばかりのゾッとするほど好戦的な笑顔に戦慄していたのだ。
- 466 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:37:03 ID:/SzGRrw20
聞き取ったのは話し声。
音源は少し先の教室。
高天ヶ原檸檬は一片の迷いもなく真っ直ぐ扉へと向かって行く。
なんの策も講ずることはなく、どんな策でも叩き潰すという気概だけをその身から溢れさせ。
考えを持たぬ獣のように――恐れを知らぬ化物の如く。
少女の全身から発せられている狂気的な戦闘意欲に恐怖しながらも、ジョルジュは彼女の後に続いた。
それが自分の役目だと思っていたから。
「……が、能力…………それを……。条件は…………」
「…………は……。…………分か……」
男の声と女の声。
今は途切れ途切れで内容は分からないが壁際で耳を澄ませばどうにか聴き取れるかもしれない。
……聴き取れるかも、しれなかったのだが。
「闘争本能が服を纏っただけの存在」とまで称される天使はそんなまともな戦術を取ろうとはしなかった。
彼女が進む道はいつだって覇道――「選ぶ」という選択肢すらなく、進むだけだ。
- 467 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:38:05 ID:/SzGRrw20
彼女が取った行動は至極単純。
教室の前まで行き、何を衒うこともなく扉を開けたのである。
|゚ノ*^∀^)「――久しぶりじゃん、神崎士郎クン?」
ミセ;゚ー゚)リ「え?」
(;‘_L’)「お前は……っ! ……って、その名前は私のことですか!?」
中にいた二人は、力任せにドアをスライドさせ登場したレモナの意味の分からない言動に驚愕する。
オートクチュールのダークスーツ男はかつてレモナ達に『空想空間』のルール説明をしたナビゲーターのナナシだ。
今日も今日とて個性のない、普通でしかない顔立ちが引き攣っていた(普段は冷静な男なので「レモナによって引き攣らされている」と言うべきだろうか)。
彼の隣に立つ少女。
セミショートの茶髪と快活そうな可愛らしい顔立ちがよくマッチしている。
制服を着崩しており、学校指定の上履きの色から一年生だと分かる。
レモナの肩越しにジョルジュが観察した限りでは「ナビゲーターが新たな参加者に説明をしている図」に見えた。
- 468 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:39:09 ID:/SzGRrw20
- _
( ゚∀゚)「(新しい参加者か……なら、今説得すりゃどうにかなるか?)」
走っている人間を止めるには正面からぶつかり合うのが得策だが、走り始めた人間ならば軽く手を掴んで引き戻してやれば良い。
そんな風に彼が、珍しく戦略的な方面に考えを巡らせたその瞬間だった。
(;‘_L’)「あっ! 今日は生徒会にもまともな普通の人間がいるではないですか!! 良かったぁ〜っ!」
_
( ゚∀゚)「へ?」
(; _L)「話が通じる相手が一人いるかいないかで大違いでございます! あぁ……本当に……。良かった……」
_
(;゚∀゚)「え、ああ……うん。良かったわな、ナナシさん……」
漫画ならギュンという効果音が書かれそうな勢いでジョルジュの前に来たナナシは心の底から安堵したかのような溜息を漏らした。
それは主催者側の人間、明確な敵勢力の一員だというのについ同情してしまうほど必死な様だった。
参道静路という参加者を召喚したのもナナシだったがその時にはもっと厳格で、得体の知れない威圧感があるように感じられた気がする。
まさにスポーツの審判のような、フィールドの中にいながらも敵とは違う、自分より上位の存在。
なのだが……何故か今日の彼、生徒会の前にいる彼は、道を歩いている途中で猛獣と目が合ってしまった一般人のような悲惨さと悲哀が滲んでいた。
何があったのだろうか――いや、ジョルジュに予測が付くような何かがあったのだろう。
- 469 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:40:04 ID:/SzGRrw20
天使に遭遇してしまっただとか、悪魔と敵対してしまっただとか。
恐らくその辺りの出来事が。
哀れなナビゲーターに同情しつつ生徒会長の方に見ると、彼女は目を細め何か思案に暮れているようだった。
さっきまでの勢いはどうしたのだろうと視線の先に目をやるとそこには明るい茶髪の少女。
ナナシにこの『空想空間』でのルールを説明されていたらしい新たな参加者が訳の分からない状況に戸惑っている。
彼女の視点からだと「いきなり異世界に来てスーツの男に話しかけられたと思ったら話の途中で乱入者が」となるので混乱するのも仕方がないとジョルジュは思う。
動こうとしない生徒会長の代わりにアクションを起こそうとした新役員。
だが、数歩歩いたところでまたあのナビゲーターに引き止められた。
(;‘_L’)「と、とっと! お待ち下さい! 参道様までも生徒会に入ってしまわれたのですか!?」
_
( ゚∀゚)「え? ああ、そうだけど」
(;‘_L’)「何故ですか!あの時私に熱く語って下さった目的と目標はどうされたのですか!? というか私のことも少しは考えて下さい!!」
_
(;゚∀゚)「目的目標は今も捨ててないけど、参加はしねぇわ。アンタのことに関しては……申し訳ないけど『ンなこと言われても』だな」
(;‘_L’)「そんな、困りますよ主に私が!」
_
(;-∀-)「いやだからアンタのことは知らねぇわ、俺は。……辞退したと思ってくれ」
- 470 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:41:04 ID:/SzGRrw20
構わず横を通り過ぎ進もうとするジョルジュ――の前に回り込み、再度ナナシは話しかける。
_
( ゚∀゚)「なんだよ……まだなんか?」
(;‘_L’)「いえ! ではこの際、今回は生徒会入りの件や脱落したはずなのに今ここにいることなどは訊きません! 訊きませんので私の話を聞いて下さい!」
_
( -∀-)「…………話聞くだけならいいわ。聞いてやる」
一度は参加を表明しておきながら裏切った負い目と、いい加減あしらうのが面倒になってきたことからナナシの懇願を聞き入れたジョルジュ。
何か、酷く焦っているらしいナビゲーターの男は「ルールを覚えていらっしゃいますか?」と問い掛けたきた。
_
(;゚∀゚)「はあ、ルールぅ? そんなのはさっき物理の勉強してる時に忘れちまったわ。教えてくれるンならルールじゃなく法則にしてくれ、慣性の法則とか」
(;‘_L’)「物体に外部から力が働かない時または働いていてもその合力が零であると時静止している物体は静止し続け運動している物体はそのまま等速直線運動を続けること――ですよ!」
_
( -∀-)「………………ごめん、もっかい言って」
(;‘_L’)「訊いたんですから聞いて下さい! そもそも慣性の法則は中学校で覚えたでしょう!?」
_
( ゚∀゚)「あー……。どうだったかな? よく覚えてねぇわ」
- 471 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:42:04 ID:/SzGRrw20
そんなことはどうでも良いです!と叫ぶと、ナナシは続けた。
(;‘_L’)「良いですか、今すぐにこの校舎から出て行って下さい。私は彼女を連れて行きますので参道様は檸檬様を! 力尽くでも構いませんので!!」
_
( ゚∀゚)「力尽くって……そりゃ構いませんじゃなくて敵いませんだわ。あの人を力尽くで動かせるのなんて委員長サンくらいだろ。俺には無理」
(; _L)「何しれっと自分が格下であること認めているんですか!! もうちょっと頑張って――ああ、もう! いいから早くこの校舎から出―――」
――て下さい、と最後まで発言し切ることは叶わなかった。
その瞬間。
その刹那。
『――――エクストラステージ参加者認証完了。これより転送します』
突如、足元から炸裂するように溢れ出した蒼い光の奔流に参加者一名と生徒会の二人は飲み込まれた。
三人の意識は、そこで途切れた。
- 472 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:43:03 ID:/SzGRrw20
- 【―― X ――】
―――ロードチュウ デス...
.
- 473 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:44:05 ID:/SzGRrw20
- 【―― 8 ――】
時間感覚が麻痺してしまうほどの長さ、目を閉じていた鞍馬兼は鼻腔をくすぐるコーヒーの匂いに気が付いた。
それが自分への差し入れであることが分かると彼は暗闇を出、薄暗い空間に戻ることにした。
ビーカーがあった。
( <●><●>)「冷めない内にどうぞ」
( ・ω・)「………………」
誰でも中学校の理科の実験で一度は使うであろう、そんな有り触れた形状のビーカーだった。
しかしその中に入っていたものは理科の実験では見たことがない黒色の液体。
香りや「冷めない内にどうぞ」という発言から中身はコーヒー的な何かだろうと蔵馬兼は思うのだが、きっとコーヒーそのものではないだろう。
何故ならコーヒーはビーカーに入れるものではないからである。
蔵馬兼の中での『コーヒー』とはコーヒーカップやそれに準じる容器に入れるものであり、その認識は世界で共通していると考えている。
( ・ω・)「…………ありがとうございます」
それでも最終的にはツッコミも入れず礼まで添えて頂戴する辺り彼はやはり『生徒会長になれなかった男』鞍馬兼だった。
- 474 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:45:03 ID:/SzGRrw20
熱されたビーカーを工夫しどうにか持ち上げ、中の液体を啜る。
こんな巫山戯た容器なのに不思議なほど美味だった。
……普通のカップで飲みたかったと彼が思ったことは言うまでもない。
( <●><●>)「辛いのならば、何もしていない今の内に謝って来た方が良いと先生は思います」
( ‐ω‐)「……そうかもしれません」
一度は同意したが、直後に兼は「そう言えば」と話題を変えた。
( ・ω・)「そろそろ六時なんだから、一回目のエクストラステージが始まる頃ですね」
( <●><●>)「そうですね。あなたの友人達が言うように、どちらかと言えば『ボーナスステージ』の方が正しく思えますが」
( ・ω・)「『単純な戦闘力で劣る者の為の救済処置』……でしたっけ。そんなものだからこそ参加に値しないと考えたんだから」
「僕も、僕以外の二人も」。
鞍馬兼はそう言い、また目を閉じる。
その変わらぬ態度は才能に恵まれた人間故の余裕だったのかもしれない。
- 475 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:46:08 ID:/SzGRrw20
ギョロ目で痩せ気味のナビゲーター、ヌルは告げた。
( <●><●>)「しかしそれでも惜しいと思いますよ。あなたならばきっと勝ち抜けたのに」
( ・ω・)「あまり子供の選択に口出しすると本当に教師に見えますよ」
そう微笑んで高校生が返すと、ヌルは「ならば先生で良いです」と笑った。
抑揚の少ない低く暗い声だったが、何故かとても安心する声音。
更に続けてヌルは言う。
( <●><●>)「……まあしかし賞品的にあなたは参加する意味がないのかもしれません。アレの賞品は空間支配型能力ですから」
空間支配型能力――飛び抜けて強い願いと素質がある者にしか発現しない超能力。
現時点の参加者の中で唯一初期能力がそれだったのが蔵馬兼だった。
もしかすると天才なのかもしれない一年生。
もしかしたら生徒会長だったかもしれない生徒。
鞍馬兼は、それでも考えるには値しないことだと三度目を瞑ったのだった。
- 476 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:47:03 ID:/SzGRrw20
- 【―― 9 ――】
目が覚めた時、参道静路は小さな部屋の中にいた。
一片が十メートルほどなことと石造りであることが相俟って牢獄のような印象を受ける部屋だった。
_
(;-∀-)「ったたたた……。なんだぁ、こりゃ?」
ミセ*゚ー゚)リ「『エクストラステージ』――らしいですよ」
_
( ゚∀゚)「へ? アンタ……」
声がした方を向くと、そこには先程教室にいた茶髪の少女がいた。
ウェーブしたセミショートの茶髪、着崩した制服、快活そうな可愛らしい顔立ち。
胸部が良く発達しているのもあって結構彼の好みの少女だった。
同じ場所に転送されてしまったらしい彼女はジョルジュの視線を受けて「私は水無月ミセリと言います」と名乗った。
ミセ*^ー^)リ「アナタのお名前は?」
_
(;゚∀゚)「あ、ああ……俺はジョルジュだわ。よろしく」
- 477 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:48:02 ID:/SzGRrw20
お互いに名乗りを終えジョルジュは納得する。
「これが会長サンの言っていた友達か」という点とあの教室で生徒会長が考え事をしていた意味だ。
あの時レモナは動こうとしなかったが、それはおそらく友人として接するか生徒会を執行するか判断を下そうとしていたのだろうと新役員は考えた。
もしかすると悪魔も例もあるし天使も身内には弱いのかもしれないと。
一連の事を思惟し、次いで彼は説明を求めることにした。
生徒会として辞退を勧めるべきなのかもしれないが、それよりまずこの状況が何なのか知りたいという気持ちが勝った。
_
( ゚∀゚)「で、ミセリさん。知っているなら教えてくれ」
ミセ*-ー-)リ「はい。えっとですね……」
水無月ミセリと名乗った生徒――ミセリは、少し考えて説明を始める。
ミセ*゚ー゚)リ「私はさっき参加したところですけど、『空想空間』のバトルロイヤルってあからさまに不公平じゃないですか?」
_
( ゚∀゚)「……会長サンや委員長サンばっか見てたから感覚が麻痺してたが、確かにそうだわ。とりあえず女は比較的不利だな」
ミセ*^ー^)リ「というか、現実世界で運動が不得手な人間や弱い人は皆不利なんですよ」
_
( -∀-)「まあ……。戦いなんだから、そりゃ図書館で本読んでるのが趣味の奴より俺みたいな奴の方が有利だわな」
- 478 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:49:06 ID:/SzGRrw20
- _
( ゚∀゚)「つーか、ここで勝ち抜けるほど強い奴なら現実でだって大抵のことはできるんじゃねえの?とは思うわ」
そう――それこそ、強いが故に願いを持たない特別進学科十三組の生徒達のように。
参加しながら能力が顕現しなかった天使や悪魔のように。
「勝ち抜けば願いが叶う」。
しかし弱い者は勝ち抜くことができない。
それは良いとしても、単純に現実世界の強度を反映しては不公平なのではないか。
腕力が強い者が弱い者を従わせる。
空想が現実になるが故に『空想空間』――なのに、これでは現実そのものだ。
だから。
ミセ*゚ー゚)リ「なので運営側の特別措置として、この『エクストラステージ』が開催することになりました。武力ではなく、知力を競う場として」
第一回の集合場所は金曜夕方六時、第一一般教室棟。
そこに集まった参加者は自動的にエクストラステージ用のフィールドへ転送されるという。
即ち――ジョルジュ達がいる、この空間だ。
- 479 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:50:02 ID:/SzGRrw20
第一回のエクストラステージは『迷路障害物競走』。
ルールとしては単純で、巨大な迷路を最も早く抜け出した人間が勝者となり、賞品を得ることができる。
『エクストラステージ』であるが故に敵に撃破されても『空想空間』では脱落したことにならないのが唯一特徴的なルールだろうか。
ミセ*゚ー゚)リ「あのナナシさん曰く、『強さではなく速さを競う――頭の回転の速さを競うゲーム』だそうです。制限時間は誰かがゴールするまで」
_
( ゚∀゚)「つーことはアレか、あの後ろにある二つの扉の内……」
ミセ*-ー-)リ「当然、普通の扉よりモニター付きのドアの方が近道なんでしょうね。障害物の突破に失敗した場合はここより遠い場所に飛ばされるらしいですが……」
二人の後ろ、石造りの壁にある二つの扉。
白い扉は普通の扉、対しその隣にある黒の扉にはモニターが付いており何かが表示されている。
武力ではなく知力を競うわけなので問題文か何かだろう。
ジョルジュは頭を回転させる。
問題の答えではない、これから自分の取るべき行動を考えるのだ。
生徒会としてはミセリという新たな参加者に辞退を勧めるべきだろう(戦っても脱落にならないのなら戦う意味はない)。
しかし役員的には生徒会長と合流すべきだとも思う。
高天ヶ原檸檬がこのフィールドに飛ばされているとしたら、あの天使は考えることなく出口を目指すと思われるので自分も先に進むべきではある。
(先に行けば合流できる可能性が高まり、かつレモナが脱落した場合でもジョルジュがゴールしてしまえばこのゲームは終わる)。
- 480 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:51:02 ID:/SzGRrw20
十秒間ほど考えた末、ジョルジュは。
_
( -∀-)「そうだな……じゃあ、とりあえず行くか」
ミセ*^ー^)リ「はい。敵同士ですけどゴール直前まではチームプレイ、ということですね!」
ミセリと協力しゴールを目指すことにした。
説得は道中にでも行えば良いだろうと思ったのだ。
なんなら、ゴールしてしまっても良い。
それならそれで『空想空間』に戻った後に立ち向かえば良い話である。
そういうある意味で臨機応変な、言い換えると場当たり的な選択をジョルジュは行った。
しかしながらそれは『一人生徒会(ワンマン・バンド)』の部下らしい判断とも言えるのかもしれなかった。
……ほんの少しだけ、可愛い女の子と二人きりという状況が嬉しかったことは秘密である。
そうして二人は相談し、黒の扉に挑戦してみることにした。
最初なので大した難易度ではないだろうという判断だったのだが――その予想を問題は完全に裏切り。
いや、問題はある意味で完璧に予想通りなものだった。
- 481 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:52:03 ID:/SzGRrw20
『このモニターの向こうには二つの箱があります。あなたが一番得をするよう、お好きな方の箱を選んで下さい』
.
- 482 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:53:03 ID:/SzGRrw20
- _
(;゚∀゚)「………………」
ミセ;゚ー゚)リ「…………ジョルジュさん、選んで良いですよ」
_
(;゚∀゚)「いやレディーファーストだ。ミセリちゃんが選べよ」
ミセ;゚ー゚)リ「いやいや、年上の方を差し置いてそんな。どうぞ先輩」
_
(;゚∀゚)「いや、だってこれ……ええ?」
「舌切り雀」のおとぎ話。
それくらいはジョルジュでも知っている。
『幕の向こうにつづらが二つあります。どうぞお好きなつづらをおっしゃって下さい。それをお土産に差し上げます』
……確か、お話に出てくる雀はそんなことを言うのだったか。
雀を助けた優しいお爺さんは小さい方を選び、小判を手に入れた。
それを真似した欲張りお婆さんは大きい方を選んだが、中には妖怪変化がおり酷い目に遭った(食い殺されてしまったというバージョンもあるらしい)。
それをモチーフにしていることは確定的。
ただ、しかし。
- 483 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:54:04 ID:/SzGRrw20
「あなたが一番得をするよう」――この一文が厄介だ。
物語なら謙虚に小さい方を選ぶのが正解だが、もし大きな方に妖怪が入っていなかった場合は当然大きい箱を選ぶ選択が正解となる。
そこまで考え、ジョルジュは違うと気が付いた。
_
( ∀)「……違うな」
ミセ*゚ー゚)リ「? 何が違うんですか?」
_
( ゚∀゚)「この問題の意図は『悩ませること』なんだと思うわ。単純過ぎる問題を出題し、解答者に深読みさせることを狙ってる」
速さを競うゲーム。
「下手の考え休むに似たり」と現国の教師も言っていたと思い出す。
ならば、ここは。
_
(#゚∀゚)「俺が選ぶのは――大きい方だ!!」
扉に向かい、ジョルジュは叫んだ。
- 484 名前:第五話投下中。 投稿日:2012/05/13(日) 20:55:02 ID:/SzGRrw20
問題文を表示していたモニターが上方向にスライドし、四分の三ほど上がったところで箱が二つ現れる。
その二つ現れた箱は。
――全く同じ大きさの、白と黒の箱だった。
『大きい箱などここにはありません。お引取り下さいお馬鹿さん』
液晶に最後に表示されたのは、そんな優しさの欠片もない言葉。
直後に二人が立っていた床が消滅した。
ミセ;゚ー゚)リ「……えっ」
_
(;゚∀゚)「いや――そんな、嘘だろぉぉおおおっ!!?」
落下しながらのジョルジュの叫びは、巨大な迷路に虚しく響き渡っただけだった。
- 489 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:28:06 ID:OpzDcii.0
- 【―― 10 ――】
ミセ*゚ー゚)リ「さっきの問題、なんと答えれば正解だったんでしょうね」
_
(; ∀)「分かんねぇ、会長サンに訊いとくわ……」
落ちた先は煉瓦造りの通路。
空間が歪んでいるのか、落下したはずなのにあの特徴的な蒼い空が見える。
右に行くか、左に行くか――どちらでも変わらないだろうということで、二人はとりあえず右に行くことに決めた。
両手を広げれば壁に手が付きそうな狭い通路を進み、T字路に当たる度にジャンケンやコイントスなどで行き先を決定していく。
二度三度と何もない行き止まりを経験し、四度目にやっと部屋らしき場所に辿り着いた。
_
( ゚∀゚)「ここは……」
先程までの煉瓦造りとは趣を異にする大理石の小さな空間。
いや、そんなことよりも遥かに特徴的で異常なものがそこにはあった。
顔――である。
- 490 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:29:06 ID:OpzDcii.0
ミセ*゚ -゚)リ「えっと……。これって、『ローマの休日』とかに出てくる、アレですかね?」
彼女が言いたかったのは、ローマの観光地の一つ「ボッカ・デラ・ベリタ」――「真実の口」のことだろう。
サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の外壁に飾られている丸いオブジェ。
刻まれている顔は海の神トリトーネであり、彼の者の口に手を入れると偽りの心がある人間は手が抜けなくなると伝わっている。
勉強嫌いなジョルジュも流石にバラエティーで見たことがあった。
そして映像で見た実物と今目の前にある物体の違いを述べるとすれば、これは妙に真新しいということくらいだ。
と、近寄って見ていたミセリは彫刻に文字が刻まれていることに気が付いた。
ミセ;゚ー゚)リ「……!」
_
( -∀-)「どうした? なんかあったのか?」
ミセ; ー)リ「い、いえ……。別に、ここには何も……」
次の場所に行く口実を少女が考えている間に、ジョルジュは刻まれた文字列を見つけてしまう。
たったの一文――彼女にとっては致命的な文言を。
- 491 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:30:06 ID:OpzDcii.0
『口に手を入れ、汝自身を定義せよ』
.
- 492 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:31:03 ID:OpzDcii.0
- _
( ゚∀゚)「また今度は無茶苦茶に抽象的な問題が出てきたな……なあ、ミセリちゃん」
ミセ* -)リ「…………」
_
(;゚∀゚)「……ミセリちゃん?」
黙り込んだ後輩を見、ジョルジュは必死で考える。
自分が何か、彼女を傷付けるようなことを言ってしまったのではないかと。
_
(;-∀-)「(…………年下だからって、ちゃん付けはマズかったか)」
いやまさかそんなことでと感じる一方で、そういうこともあるかとも思う。
普段接している『女性』が高天ヶ原檸檬やハルトシュラー=ハニャーンといった女どころか人間として異常な存在。
また、クラスで一番良く話す(あるいは口喧嘩をする)委員長もあまり繊細な感じには見えない。
そういった、「気を使わなくて良い女」ばかりと話すジョルジュは、こういういきなり黙り込んでしまうような女の子が酷く苦手だった。
心臓がドキドキして、辛い。
息苦しい。
……生徒会長と一緒にいた時とは全く違う意味でだが。
- 493 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:32:03 ID:OpzDcii.0
と。
その時だった。
_
( ゚∀゚)「(…………アレ。なんか……おかしいぞ?)」
ジョルジュは強烈な違和感を覚えた。
喉に魚の小骨が引っかかったかのような――もっと言えば、魚なんて食べた覚えがないのに喉に違和感があるような、そんな。
違和感があることは分かっているのに具体的にそれがなんなのか、何が原因なのかが全く分からない『違和感』。
何かが矛盾している。
定義が何処か、おかしい。
_
( -∀-)「……って定義も何も、おかしいっつーか、存在があやふやなのは俺もそうだわ」
呟いて笑う。
少し前まではどうしようもなく意識するのが躊躇われた問題は、今ではもう、問題ですらないかのように思えてしまう。
自分は『自分』でしかないのに一体何を悩んでいたんだろう?と。
そんな当たり前のことすら分からくなるほどに追い詰められていたのかと。
- 494 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:33:04 ID:OpzDcii.0
当然、言うまでもないことだがジョルジュは目的も目標も――『本物』になることを諦めてはいない。
ただやり方を変えただけ。
今まで散々に適当に繕って生きてきた自分なのだ、今更一度方向修正したくらいで何が悪いというのだろう?
どうせ自分のままならば好きな道に進もうと彼は決めたのだ。
ミセ* -)リ「――――本当にそうですか?」
_
( ゚∀゚)「……へ?」
顔を向けると少女が見上げていた。
上目遣いなどではない、ただ真っ直ぐとこちらを見つめる双眸にジョルジュはたじろぐ。
ミセ* -)リ「本当に、本当にそうですか? ジョルジュさんは本当にあやふやですか? 本当に?」
_
(;゚∀゚)「あ、ああ……。俺は、俺を変えたいと思ってるよ」
ミセ* -)リ「そんなの誰だって思ってますよ。私達くらいの年の人間はほとんど皆思ってますよ。ねえ、ジョルジュさん」
_
( -∀-)「……なんだよ」
ミセ* -)リ「ひょっとしてジョルジュさんは、本当は―――」
- 495 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:34:04 ID:OpzDcii.0
本当は――あなたは。
ミセ* -)リ「そういう、ごちゃごちゃ考えて、悩んで、頑張って、間違えて、必死に生きてる自分が――あながち嫌いなわけでもないんじゃないですか?」
どころか。
そういう自分が好きで好きで仕方がないんじゃないか。
他人と違う自分に劣等感を感じながら他人と異なる自分に優越感を感じている。
他の奴とは違うと思っている。
自分は特別な存在だと勘違いしている。
辛い辛いという弱ぶった愚痴は単なるナルシシズム。
くだらない。
そんな奴になってしまったとしたら、単に普通な奴よりよっぽど駄目になっている。
下劣で下賤な存在に堕ちてしまっている。
……少女の一言は、そういう意味を含んだ言葉だった。
ほとんど八つ当たりで、さながら通り魔的で、とりわけ卑しい。
けど安易に否定することは叶わない、そんな一言。
- 496 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:35:03 ID:OpzDcii.0
- _
( ∀)「……そうだな。そうかもしれねぇわ」
だからジョルジュはそれを否定しない。
あの『天使』に選ばれて舞い上がっていたことは紛れもない事実だったから。
だけど。
だからこそ。
恐怖で震えた膝を制し、逸らしかけていた目を合わせ――言う。
_
( -∀-)「でも俺はさ……。酔っていても、間違っても、偉そうでも――それでも何もしないよりは何かをしていきたいと思ったんだ」
ミセ;゚ -゚)リ「!!」
_
( ゚∀゚)「何もしないで後悔するより、何かやって後悔する方がいいタイプなんだわ、俺」
みっともなくても、惨めでも、ヘラヘラ笑ったままででも。
自分であることは捨てないでいようと。
捨てないままに――いつか『自分』になろうと。
- 497 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:36:04 ID:OpzDcii.0
傷付かないように生きるなんて無理だろう?
そんな風に生きられるほど才能に溢れていたならこうはなっちゃないだろう。
どうせ傷付かないといけないならば、俺は変わる為に傷付こう。
どうせ傷付かないと生きられないなら俺は変わる為に傷付きたい。
俺の人生だ……どうするかなんて、俺の自由だろう?
俺の人生なんだから俺は俺でなくちゃならない。
……ジョルジュの言葉はそういう想いが込められた一言だった。
なんて不器用で、馬鹿馬鹿しいんだろうと少女は思った。
けど。
_
( -∀-)「いきなり自分を変えられるようなウルトラCなんてありえねぇわ。あってもいつかボロが出ちまうだろうぜ」
ミセ;゚ -゚)リ「でも……でも! 例えば私が自分の容姿が嫌で、でもそれって整形でもすればすぐに解決しますよね?」
_
( ゚∀゚)「会長サンや委員長サンはスゲェ美少女だけどよ……あの二人の魅力は見た目じゃないよな。見た目に相応しいくらいに中身がカッコいいことなんだよ」
見た目だけ良くて中身が駄目な奴なんて、ちやほやはされるだろうが実際は男に見下されてる。
抱きたいとは思うが一緒にいたいとは思わない。
「可愛い」とは感じるけれど――「好き」だとは、感じない。
- 498 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:37:03 ID:OpzDcii.0
「美人が『美人』である条件は何よりその中身なんだぜ?」とジョルジュは言って、笑った。
きっとそれだけは男だって女だって変わらない。
_
( ゚∀゚)「異世界に召喚されればカッコ良くなれるとか、美少女が空から落ちてくれば変われるんだとか。そんなのは多分……ありえねぇんだわ」
だって――きっと、『自分』というものは。
_
( -∀-)「『自分』ってやつは、今の自分から長い時間をかけて作り上げていくもんなんだから。会長サン曰く、な」
一年や、十年や、一生をかけて作り上げてものだから。
だったら一度の経験で方向付けられることはあったとしても、いきなり変われるなんてことはありえない。
ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ……ジョルジュさんも、変わってない?」
_
( ^∀^)「そうだなー! この理屈だと俺も会長サンに選ばれただけでなんも変われてねぇわ。道を変えただけ」
ミセ*゚ -゚)リ「道を、変えただけ……」
- 499 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:38:19 ID:OpzDcii.0
少女は、目の前の先輩のことを馬鹿な奴だと思った。
馬鹿で不器用で、生き方が下手な奴だと。
ミセ* -)リ「(……けど、)」
けど――どうしてだろう。
そうは思うのに不思議と嫌いになれないのだ。
こういう生き方をする人間を馬鹿にすると、まるで自分が馬鹿にされてムキになっているだけのような気がして。
被害妄想だ。
相手はきっと、自分のことなんて眼中にもないのに。
そんな彼女の心境を推し量ることもなく、ジョルジュは開き直って言う。
_
( ゚∀゚)「俺はまだ、俺のこと好きだって言い切ることはできねぇが、俺のことを好きになりたいとは思うよ」
俺が好きになれるような『自分』になりたいと思う―――。
……そんなことは当たり前だ、誰だって思っている。
だけど行動を伴い他人に堂々と言えるような人間が一体どれくらいいるだろう?
- 500 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:39:04 ID:OpzDcii.0
少女は息を呑み。
次いで、
ミセ* -)リ「私は―――」
何かを――言おうとした。
言おうとしたのだが、そのか細い声は同時に聞こえてきた大声に。
自身なき声音は自信のみの声音に掻き消される。
『――――ジョルジュ君ー! ジョルジョルー!!』
直後にジョルジュは「何か言ったか?」と訊き返したのだが、少女が答えることはなかった。
ミセリはそれよりも早く行きましょうと声のした方向――即ちは部屋を出、道を戻るように走っていったのだった。
- 501 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:40:04 ID:OpzDcii.0
- 【―― 11 ――】
二度、三度と先程も経験した分かれ道にぶつかりながらも聞こえてくる声を頼りに進むと、やがて二人は声の主――レモナの元へと辿り着いた。
見つかって良かったとほっとしたジョルジュだったが生徒会長の後ろに見え隠れする影を見て小首を傾げる。
なんとも言えないような表情をした、ジャージの少女がいたのだ。
シャープな顔立ちで、系統だけで言えばレモナよりはハルトシュラーに近い。
黙っていれば凛々しい雰囲気を醸し出すであろう端正な容姿である。
そんな少女を見、「『可愛い』と『好き』は別だな」と改めて実感しながらジョルジュは声を掛けた。
_
( ^∀^)「会長サン、無事で良かったわ」
|゚ノ*^∀^)「その台詞は強い者が弱い者にかける為の言葉だよ――『ジョルジュ君、無事で良かった』」
敵わねぇわと一般役員は呟いて後ろの存在を問う。
_
( ゚∀゚)「……で、会長サン。ソイツは? 新しい役員なら嬉しいんだが」
|゚ノ ^∀^)「そんなポンポン仲間を増やすタイプじゃないよ、僕。それにメンバーが増えたら君は僕に構ってもらえなくなるかもしれないよ?」
- 502 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:41:04 ID:OpzDcii.0
- _
( -∀-)「アンタは俺の母親か。そして俺は妹ができたばかりのお兄ちゃんか。……で、誰なんだよ」
|゚ノ*^∀^)「そんなに気にして……嫉妬してるのかな?」
_
(;*゚∀゚)「いや多分違ぇけど――ってか、今日の会長サンなんかデレ多くねぇ!?」
|゚ノ ^∀^)「うん。飴と鞭を器用に分けることはできないから鞭打つ前に飴を沢山あげとこうと思って」
_
(;゚∀゚)「修行することは決定なのな!!」
コントのようなやり取りが一段落するとレモナは軽く身体を傾け、赤髪の少女――ヒートがよく見えるようにする。
そうして端的に彼女の存在を説明した。
|゚ノ ^∀^)「こちらは燃える女のヒートちゃん。僕をストーキングしてたらこの空間に来ちゃったらしいよ?」
ノハ;゚听)「あ、えっと…………どうも」
ペコリと可愛らしいお辞儀をした少女にはついジョルジュも「どうも」と礼を返してしまう。
話を聞く限りでは完全に敵、あるいは悪質なファンなのだが実物はそうは見えない。
天使と二人きりの間に何かあったか、それとも根は善良なのか、一体どちらだろうと疑問に感じた。
……単純に「レモナにこっ酷く負けて勝つことを諦めている」ということかもしれないが、それは置いておいた。
- 503 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:42:04 ID:OpzDcii.0
|゚ノ ^∀^)「ちょっと前まではもう一人いたんだけど……まあいいや」
さて、と。
説明を終え役目は終わったとばかりに肩を回す生徒会長。
その姿にジョルジュは口を開きかけ、閉じる。
高天ヶ原檸檬は真っ直ぐにゴールを目指すだろうと予想していた彼。
しかし彼女はここにいる――初期位置よりもゴールに遠い場所、おそらくははぐれた後輩を探した結果として。
むず痒くなる程に嬉しかった。
嬉しかった、だから敢えて気づいていないフリをして、触れることなく黙っていた。
きっとこの生徒会長は自分と同じように、面と向かって感謝されるのが恥ずかしい人間なのだろうとなんとなく分かったからだった。
いつも彼女の言葉通り、それはレモナにとって「別にいい」し、「当たり前」なことなのだから。
不器用な優しさには不器用な感謝を。
……ジョルジュに言わせれば、こういうことも共通点がなければできないことだ。
_
( ゚∀゚)「あ、そうだった会長サン。アンタは敵と一緒にいたみたいだが俺は敵未満の奴と一緒にいたんだわ」
|゚ノ*^∀^)「へえ? 浮気かな?」
_
( -∀-)「馬鹿言え俺は会長サン一筋だよ」
- 504 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:43:04 ID:OpzDcii.0
悪戯っ子のような笑みを浮かべたレモナの冗談をいなし、「さっきの子なんだけどな」とミセリと名乗った少女が見えるように身体をズラす。
おっかなびっくりという表現が良く似合う様で頭を下げたミセリに、生徒会長は笑いながら。
言葉を発しようと口を開き――また閉じた。
今し方照れくさそうにジョルジュが行った動作とほぼ同じ。
だが意味合いはまるで違う。
気を使ったのではない――気を、張ったのだ。
_
( ゚∀゚)「……会長サン?」
|゚ノ ∀)「…………その子のことは、後でいいや。誰かがこっちに来るみたい」
耳を澄ます。
確かにコツコツという足音が近づいて来ていることが分かった。
|゚ノ*^∀^)「向こうも僕狙いみたいだし……どうせだから、ジョルジュ君と修行する前のウォーミングアップに付き合って貰うことにしよー♪」
そう呟いて、天使は酷く凄惨に微笑んだ。
- 505 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:44:03 ID:OpzDcii.0
- 【―― 12 ――】
幅六メートルほどの広い通路の先。
十字路の真ん中に腕組みをし仁王立ちするレモナに真っ向から相対するように、目を閉じた男がやってきた。
鳶職の人間が履いている裾が広がった「七分」や「八分」と呼ばれる作業ズボンを履いた青年。
無精髭のある精悍な顔つきで、肩まで伸びた髪を後ろで束ねている。
そして何よりもジョルジュが気になったのは男が背に負う七十センチほどの長さのステンレス製の物干し竿だった。
武器であるとするなら背負ったままであることが不自然で、武器でないとしたら所持していること自体がそもそもおかしい。
あるいは。
「得物は使うまでもない」と高で括っているのだろうか。
あの天使の眼前で?
_
( ゚∀゚)「(自信過剰な馬鹿か……それか、会長サンに勝つ算段や勝てる実力がある奴か)」
横方向に伸びた通路から伺った限りではその程度の情報しか読み取ることは叶わなかった。
しかし、レモナが事前にジョルジュ達を交差する通路から出てこないように言い含めたことからは彼女の警戒が読み取れる。
「左右から敵が来たら困るから見張ってて」と説明していたが、特別進学科十三組の化物たる高天ヶ原檸檬は並の相手なら四対一でも容易く撃破する。
左右で挟み撃ちどころか上下左右で囲まれても問題なく戦ってみせるだろう。
それなのにわざわざ直線上に出てこないように指示を出すということは、つまり残る三人を守り切れないと思っているということ。
- 506 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:45:04 ID:OpzDcii.0
( "ゞ)
即ちは。
「少しは全力を出そうと思える相手」――ということだ。
|゚ノ*^∀^)「…………僕狙いなのかな?」
五、六メートル先で立ち止まった鳶職仕立ての男にレモナは好戦的で狂気的な笑みで笑い掛ける。
血に塗れた三日月のような、ゾッとするほどに美しく惨たらしい笑顔。
一つの理由もなく、僅かな決意もなく、あらゆる過去もなく、万別の大義もなく、あるべき意識もない。
屈託のない、あどけない笑み。
天使を『天使』たらしめている戦慄の嗤笑。
それにも、男は瞳も見せようとしないまま悠然とした態度で答える。
( "ゞ)「そうではない、と言えば、嘘になる」
|゚ノ ^∀^)「……そっか」
- 507 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:46:05 ID:OpzDcii.0
「そっかぁ」と。
呟き、彼女はややもすれば色っぽいとも言えるかもしれない溜息を漏らす。
それに呼応するかのように鳶職仕立て男は問いを投げかけた。
( "ゞ)「武道や格闘技の分野では『意思を持つ闘争本能』とまで謳われる天使に問いたい」
|゚ノ ^∀^)「何かな?」
( "ゞ)「『闘争において最も重要であるものはなんぞや』」
戦う上で最も重視するもの。
強さの根幹。
考えることなく高天ヶ原檸檬は答えた。
|゚ノ ^∀^)「心かな」
( "ゞ)「ほう。意外と思わなくもない。てっきり実力と答えると考えていた」
|゚ノ ^∀^)「僕の答えを訊いたんだから、君の答えを訊かせてよ」
- 508 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:47:03 ID:OpzDcii.0
( "ゞ)「この関ヶ原に問うか。そうだな―――」
――刹那だった。
破裂音のような鋭い音が連続して響き渡った。
フラットサーブでボールを打ち思い切り壁にぶつけたような身を竦ませる効果音。
息を吐く暇もない『何か』の襲来。
思わず全身を硬直させたジョルジュ達とは対照的に、レモナは風圧で揺れた髪を整えつつ笑っていた。
嗤って、いた。
ノハ;゚听)「なんだ……? 今、何かが……通った……?」
|゚ノ ^∀^)「ジョルジョル大丈夫? 残りの二人は無事?」
_
(;゚∀゚)「いやこっちは大丈夫だけど、今の――アンタは大丈夫なのかよ!!」
だいじょーぶ、と彼女は返して続ける。
|゚ノ ^∀^)「そもそも当たってたら骨折してただろうしね。……あ、気になっても頭は出さないでね」
- 509 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:48:04 ID:OpzDcii.0
そんな余裕綽々の敵対者を目の当たりにし、その男は初めて僅かに瞼を上げ、小さな笑みを漏らした。
まるでレモナを賞賛するかのように。
( "ゞ)「流石と言わざるをえない。まさか当たらないとは……」
|゚ノ ^∀^)「さっきの行動が回答だとするならば君の答えは『速さ』かな?」
頷いて、彼――関ヶ原は握っていたものを掲げる。
七センチ大の黒い球状の物体。
それこそが先程レモナを襲った謎の凶器の正体だった。
「投げた物体を時速二百キロまで加速させる能力」と特別製の黒いスーパーボールを用いた変則攻撃。
放たれたボールは通路を高速で跳ね回りレモナの髪を掠めていったのだ。
本人でさえもどういう軌道を辿るか分からぬ変速弾幕―――。
( "ゞ)「元の所有者は『チョウダン』と呼んでいたこの攻撃。この関ヶ原以外の人間にはどの程度有効なのか、天使の肉体で試させて頂こう」
|゚ノ*^∀^)「……やーらしいんだ」
レモナは変わらず笑い両脚で小さく跳ねた。
- 510 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:49:04 ID:OpzDcii.0
- 【―― 13 ――】
机に座り、ノートパソコンを操作していたその女はシャットダウンを終えると飲み物を取る為に立ち上がる。
アロハシャツにタイトなパンツというよく分からない出で立ちの彼女に缶コーヒーを差し出したのは黒いスーツの男だった。
二十代後半くらいのアロハの女は「花子」と言い、スーツの男は「ナナシ」と名乗っていた。
i!iiリ^ ヮ^ノル「ほう! おー、見てみナナシ。私んトコの奴とお前んトコの女が戦ってる」
(‘_L’)「アレを私のところの参加者と見るのはどうかと思われますよ。そもそも本人は参加していないつもりなのですから」
コーヒーの礼と言わんばかりにタブレット型コンピュータを渡そうとしたが、ナナシは溜息を吐き顔を背け受け取ろうとしなかった。
液晶には上空から撮られているらしき映像――天使と鳶職仕立ての人間との戦闘が映し出されている。
画面をタッチし動画を巻き戻しスロー再生、本当に球がレモナの髪を掠めていることを確認すると「おーすげー」と花子は感心したように声を漏らす。
「子供のような大人」、そんな表現が良く似合う女だった。
i!iiリ- ヮ-ノル「本人がいくら参加していないつもりでも、こうして戦っているんだから頭数には入れるべきだよ……それはそうと、すげー」
普通こういう場合は自分が喚んだ参加者を応援するものなんじゃないのか、とナナシは思うのだが、そういう自分も声援を送ってはいないのでお相子である。
いや、高天ヶ原檸檬はルール説明こそナナシだが彼が勧誘したわけではないのだったか。
- 511 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:50:04 ID:OpzDcii.0
もう一度ナナシは溜息を吐いて、話し始める。
(‘_L’)「二百キロ、ですか……。自動車ならば間違いなく即死ですね」
i!iiリ゚ー゚ノル「あのボールでも頭に当たればヤバいよ。頭蓋骨が砕ける程度の速度だからね。前の所有者があの能力を『ロケットスレッド』と呼んでいたのも分かるでしょ?」
鬱蒼としたボサボサのダークブラウンの髪を掻いて花子は笑う。
「そんな奴を倒した私んトコの参加者は凄いだろ?」――そんな風に言わんばかりな笑みだ。
しかし、それでもナナシにはあまり信じられない。
イメージすることができないのだ。
映像の中で両手首に嵌めていた細いゴムバンドを外している天使が、負けるということを。
i!iiリ^ ヮ^ノル「……ほう! 手首の次は脇を触ったと思ったら、なるほど何かトレーニング器具を付けていたらしいね。ほら、外して投げ捨ててる」
(‘_L’)「他にも『靴に十キロの重りが入っている』だとか『スカートは鋼鉄製』とか『服の下には大リーグボール養成ギブスが』とか言われています」
i!iiリ;゚ ヮ゚ノル「…………本当じゃないよね?」
( -_L- )「本当かもしれないと思わせるところが凄まじいのですよ」
- 512 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:51:06 ID:OpzDcii.0
言うまでもないことだが全て冗談である。
上靴の底に入っているウエイトは両脚合わせてニキロで、重いのはスカートではなくブレザー、装着しているのはただの加圧トレーニングの為のベルトだ。
そういった風に嘘の元になった事実があり「根も葉もない噂」と言い切れないことがまた恐ろしいとナナシは思う。
(;‘_L’)「(敢えて両腕だけを自由に使えるようにしたのは何か意味があるのか否か……まさか、掴み取るつもりではないだろうが)」
二百キロで跳ね回るスーパーボール。
そんなもの、掴むどころか避けることすら難しいだろう。
(‘_L’)「……いやアレならば避けることも容易いのか」
i!iiリ- ヮ-ノル「――ナナシは何か勘違いしているようだから言っておくけれど、」
呟きを遮るように女は告げた。
i!iiリ゚ー゚ノル「あの『チョウダン』は複数個あるし――『ロケットスレッド』という能力は、同じ種類の物体なら四つまで同時に加速させることができる」
・
- 513 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:52:04 ID:OpzDcii.0
- 【―― 14 ――】
モニター越しのナナシとは対照的に、高天ヶ原檸檬を後ろから観察していたジョルジュには「勝てる」という確信があった。
彼がかつて観戦した戦い――重力を操る生徒との戦闘の際も今と同じような状況だったからだ。
高速の遠距離攻撃。
こちらは徒手空拳。
直撃すれば、即死。
戦況は一見恐ろしく不利だが、一度似たシチュエーションを潜り抜けたレモナならば間違いなく勝てるだろうとジョルジュは考えていたのだった。
攻略法はあの時と同じ、「最初の攻撃をかわし、近寄って殴る」。
今回はどう多く見積もっても十メートルも離れていないのだから前回よりも難易度は下がっているはずである。
_
( -∀-)「(だから、多分……大丈夫なんだ)」
ハンドポケットで佇む天使の後ろ姿。
ジョルジュからは見えないがきっと彼女は笑みを浮かべたままなのだろうと思う。
そして実際、レモナは笑ったままだった。
|゚ノ*^∀^)「僕の準備で待たせちゃったかな? 辞退……は、するつもりないみたいだけど願いだけでも聞かせて欲しいなぁ」
- 514 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:53:05 ID:OpzDcii.0
( "ゞ)「願いを言うのは吝かではないが……。どうせだ、この関ヶ原を倒せたら、ということにしようではないか?」
そう――その、瞬間までは。
(#"ゞ)「遠からぬ未来に脱落する人間に語って聞かせるなど、時間がもったいないからな―――!!」
この瞬間までは。
関ヶ原が黒い球体を瞬時に取り出し間隙もなく四つ同時に加速させた瞬間までは。
レモナがまた小さく跳ねた瞬間までは。
自動車よりも遥かに速い速度で、そして使用者も予測できない軌道で高速移動する黒い球体群がレモナを襲う。
一つ目は左斜め上方、二つ目は前方下方向、三つ目は右、四つ目は―――。
ミセ;゚ー゚)リ「!!」
ノハ;゚听)「四つ同時だなんてそんなのアリなのか!?」
_
(; ∀)「会長サンっ!!」
- 515 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:54:04 ID:OpzDcii.0
|゚ノ* ∀)「……確かに。時間がもったいない」
その瞬間まではレモナは笑っていた。
至極楽しそうに微笑んでいた。
しかしその交錯の刹那以後、彼女は―――。
|゚ノ*^∀^)「――――あははっ!! こぉんなオモチャで僕を倒そうだなんて、時間の浪費にも程があるよ♪」
見下ろしていた。
見下していた。
あろうことか自分を目の前にして「試す」などとほざいた愚かな人間を――嘲り笑っていたのだ。
無論。
無傷のまま。
(; "ゞ)「……馬鹿な……っ!!」
- 516 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:55:04 ID:OpzDcii.0
- _
(;゚∀゚)「ちょっと待て……。今、一体何が起こった……?」
事態を正しく把握していたのは当事者であるレモナと関ヶ原のみだった。
別室で観察していたナビゲーター達は映像を巻き戻し、そこでやっと何が起こったのかを知った。
一つ目の左斜め上方の球は単純に頭を下げ回避。
二つ目の前方下方向から向かってくる攻撃は大きく身体を捻ることで軌道から逃れる。
しかしこの体勢では続く三つ目と四つ目は避けられない。
だから――彼女は、避けなかった。
(; "ゞ)「指弾……だと……?」
|゚ノ*^∀^)「あぁ。やぁぁっと、ちゃんと目ぇ開けたね♪」
右側の壁に当たり跳ね返った黒球。
それにポケットに入れたままだったパチンコ玉を弾き飛ばしぶつけ――軌道を逸らしたのだ。
そして最後に地面を這うような低空で向かってきた四つ目のボールを、体勢を元に戻した勢いで踏みつけ、止めた。
- 517 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:56:05 ID:OpzDcii.0
レモナの使った指弾――「弾指神功」とは中国武術の一分野、暗器術の一つだ。
デコピンをするように中指の爪の所を親指で押さえ、人差し指と薬指で弾丸を挟み、それを弾く技術のこと。
漫画作品などに登場する為に胡散臭く感じるが、実際にこの指弾を人体の急所に直撃させ人間を殺害した事例も存在する。
……だが、当然どれほど功夫を積もうと拳銃に匹敵するような威力は出ない。
二百キロで迫るスーパーボールに対しても正面衝突では止められないのかもしれない。
だから。
(; "ゞ)「(しかも奴はただ鋼球を直撃させるのではなく、わざとチョウダンの下半分に当てていた……!)」
だから――レモナはわざと下半分を狙い、軌道を上方向に逸らした。
野球において打者がホップするストレート(つまり「あまり落ちない球」)を捉え損ないチップさせてしまうように。
あるいは。
|゚ノ*^∀^)「君は強さは速さだと言ったけど……君の速さはバドのスマッシュよりも遅くてテニスのサーブより遅い。……正直言って、大したことないんだよ」
テニスでボールをフレームに当ててしまった時のように。
バドミントンでスマッシュを返し損なった時のように。
- 518 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:57:07 ID:OpzDcii.0
硬式テニス、ウィンブルドン選手権では二百キロを超えるサーブが記録される。
「最速の球技」とまで言われるバドミントンでは最高速度三百キロ以上のスマッシュなどザラである。
真っ直ぐ飛んでくるならいさ知らず、バウンドして飛んでくる球など恐れるまでもない。
そこで現実世界ではソフトテニス部に所属している少女。
ミセリが気が付き叫んだ。
ミセ;゚ー゚)リ「そっか。アレはスプリット・ステップだったんだ!!」
ノパ听)「え? すぽりっと……なんだって!」
ミセ*-ー-)リ「『スプリット・ステップ』――テニスやバドミントンみたいな、停止からの前後左右移動を繰り返すスポーツにある技術のことだよ」
人間の特性として、停止状態から動こうとすると始動に時間がかかるというものがある。
この逆、動作状態からならばスムーズに次の行動に移れるという特性を利用したものがミセリの言う『スプリット・ステップ』だ。
テニスならば相手が打つ直前に小さく跳ね、ボールが来る前に動作状態にしておく、というものになる。
関ヶ原がチョウダンを放つと同時にレモナがジャンプしたのは迎撃態勢を整える為だったのだ。
また四の黒球の軌道を完全に予測できたのはラケットボールの経験者である為。
「壁、床及び天井を使い、前面の壁に当たったボールをラケットで打ち合う競技」――右からでも左からでも、天井でも床でさえも、たとえ背後から来たとしてもレモナは当たり前に避けただろう。
打ち返すことに比べれば……容易過ぎる。
- 519 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:58:06 ID:OpzDcii.0
……あるいは、彼女は有言実行したのかもしれない。
自分の言った言葉が真実であることを実際に示したかったのかもしれない。
|゚ノ*^∀^)「……ねぇ、ジョルジョル。球技なんてみーんな物理学なんだよ? 専門職じゃなくたって、勉強は役に立つんだよ」
_
( ^∀^)「……そうみたいだわ。本当にアンタには敵わねぇわ、会長サン」
つまり。
レモナが避けたのは最初の二球のみ。
次の一球は軌道を変え、最後の一球は止めてしまった。
たとえパチンコ玉を持っていなかったとしても彼女は脚で球を止めただろう。
関ヶ原が使うスーパーボールが特別製であるように、レモナの履く上靴もまた、底にウエイトが仕込まれた特別製なのだから。
( "ゞ)「……まさか指弾を習得していたとは予想外だった。驚かないわけではない」
|゚ノ*^∀^)「六ヶ月もかかったからね、大変だったよ。毎日何キロもある砂袋を弾くのは。……でも今日は調子が良かったから、できちゃった♪」
結果だけ見れば『チョウダン』は全く通用しなかったが、彼女の「奥の手」とでも言うべき技術を引き出したのもまた事実と言えよう。
徒手空拳で戦うことを信条としている天使に武器を使わせる気にさせた――それは紛れもない成果である。
- 520 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 18:59:05 ID:OpzDcii.0
( "ゞ)「(いや……あるいは最初からその気になれば全て避けられたのかもしれないな)」
回避できたのにしなかった。
わざわざ攻撃を止めた。
その理由は仲間を守る為だったのかもしれないと関ヶ原は思う。
使用者でも予測できないランダムな弾幕。
止められた二つの黒球の軌道の先、あの球が後ろの三人の誰かに当たっていたとしてもおかしくない。
その考えを裏付けるかのように生徒会長は愉しげながら冷たい言葉を吐く。
|゚ノ*^∀^)「君の速度は欠伸で欠伸が殺せるほどにスローリィだ。そして君がどれほど速かったとしても――僕の進化は、光よりも速い」
さあ、と天使は嗤って言う。
嘲笑を浮かべながら「辞退する気になったかな?」と残酷に訊ねた。
( "ゞ)「まさか。この関ヶ原は退いたことがない、と言うと大袈裟だが、勝てる勝負を逃げるような人間ではないつもりだ」
- 521 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 19:00:04 ID:OpzDcii.0
そう返すと、鳶職仕立ての男は背負っていた物干し竿を抜く。
対しレモナは「言ってろ」と吐き捨て凄惨な笑みを浮かべる。
今までの交錯はお互いに小手調べでしかない。
関ヶ原は新たに手に入れた能力を試しただけであり、レモナは不得手な暗器術を使って戦った。
これからが本番なのだ。
|゚ノ*^∀^)「君は生徒会全会一致で不承認だけど――どうせだから名乗っていいよ」
( "ゞ)「名乗るほどの者ではないが、名乗るとすれば関ヶ原衝風。『風を衝く』と書き、衝風だ」
|゚ノ*^∀^)「良い名だ」
( "ゞ)「お前もな、レモナ=A=エルシール」
「高天ヶ原檸檬」ではない名を呼ばれてもレモナは笑ったままだった。
否定もせず、肯定もしなかった。
_
( ゚∀゚)「(会長サンの二つ名か……? いや、反応を見る限りはそういう感じじゃなさそうだわ)」
- 522 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/22(火) 19:01:08 ID:OpzDcii.0
問うか、問うまいか。
訊ねたいがそれで彼女の戦いに水を差すのは嫌だと思う。
そんな風にジョルジュが悩んでいたその時だった。
|゚ノ ^∀^)「ああ、そうそう。名前で思い出したけど、ジョルジュが連れて来たその子なんだけどね」
_
(;-∀-)「さっきから言ってるそれは俺のアダ名か……? まあいいや。んで、アンタの友達がどうしたよ」
|゚ノ ^∀^)「それ誰?」
_
( ゚∀゚)「………………は?」
だからね、とレモナは前置いて、不思議そうに訊いた。
|゚ノ*^∀^)「――――その僕の大切な友達のミセリちゃんのフリしてる誰かは誰なのって、僕は訊いてるんだよ?」
.
- 528 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:06:41 ID:rtToiiFs0
- 【―― 15 ――】
奇妙で間の抜けた沈黙が迷路を支配する。
時間が止まった気さえした。
_
(;゚∀゚)「…………は? あの子、会長サンの友達の水無月ミセリちゃんだろ?」
|゚ノ ^∀^)「違うケド?」
_
(;-∀-)「じゃあ……あの子誰よ?」
|゚ノ#^∀^)「だーかーらっ! 結局ね、僕はそれを訊いてるの!!」
半ギレの上司の声を聞きながら「これなんてポルナレフ状態?」とジョルジュは頭を抱える。
_
(;゚∀゚)「いや、待てよ会長サン。でもあの子、俺に『私は水無月ミセリです』って名乗ったぞ?」
|゚ノ ^∀^)「確かに似てはいるケド、別人だよ」
_
( ゚∀゚)「……逆に聞くがなんで別人だなんて分かるんだ?」
- 529 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:08:03 ID:rtToiiFs0
当然の問いに「んー」と小さく唸るとレモナは面倒そうに目を閉じ説明し始める。
自分の友人であるミセリと、ミセリと名乗った少女の差異を。
|゚ノ ^∀^)「まず、教室で僕を見た時だけど、本物のミセリちゃんなら絶対に話しかけてくると思う。友達同士なんだからそうするでしょ?」
_
( -∀-)「思う……って会長サン、アンタだって声かけてねぇわ」
偽者と分かってたら話しかけるわけないじゃん、と天使は鼻で笑う。
一目見て少女が水無月ミセリではないと、水無月ミセリの偽者だと気づいたレモナは、どうせだから名前で呼んでやろうと思った。
「水無月ミセリ」ではない、少女の本名をである。
変装は完璧なのにいきなり本当の名前を呼ばれればさぞ驚くだろうと考え、頑張ってあの偽者が誰なのかを当てようと頭を捻っていたのだ。
しかし少女は偽者として完璧であり、そもそも興味のないことはすぐに忘れる天使が親しくもない(であろう)生徒の名前を思い出せるはずもなく、故に残念ながらそれには至らず今に至るというわけだった。
……いや。
完璧ではなかったからこそ――レモナは彼女が偽者だと気が付いたのだ。
_
( ゚∀゚)「でもよ、あの子が偽者だったとして……何処で気づいたって言うんだ?」
|゚ノ ^∀^)「何処でも何も、まず見た目が違うもん。声に至っては似てさえいないよ」
- 530 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:09:03 ID:rtToiiFs0
現実世界での水無月ミセリはポイントカットした髪をカールさせていた。
しかし、『空想空間』でのミセリはただのセミショート――本物のミセリが美容室に行く前までの髪型である。
幼馴染の好みに合わせて変えたらしいが、それはちょうど二日前。
おそらくあの偽者は二日以上前に会ったきりで昨日今日はミセリを見ていなかったのだろう。
本物のミセリが髪型を変更する前にログインした場合でも同じこと(現実世界と『空想空間』で髪型が違う)が起こるが、それはありえないと言い切れる。
あの時、教室で偽者の少女は、ナナシからルール説明を受けていたのだし――そんなこと以前に。
|゚ノ ^∀^)「ところでさ……ジョルジョルはどうしてあの偽者の子のことを『ミセリちゃん』なんて親しげに呼んでたのかな?」
_
( -∀-)「なんだよ会長サン、嫉妬か?」
|゚ノ ^∀^)「敵の前でギャグはいいから。もう既に丸二分待たせちゃってるんだから巻き進行で行こーっ」
すっかりジョルジュの方を向いてしまっているレモナ、その後ろに立つ鳶職仕立ての男は二人の会話が終わるのをじっと待っているようだった。
ガラ空きの背中を襲うでもなく文句を言うでもなく待つ関ヶ原を見ていると流石に申し訳なくなり、ジョルジュは「悪かった」と謝る。
_
( ゚∀゚)「ちゃん付けで呼んだのは悪かったと思ってるわ。いくら年下だからって」
|゚ノ ^∀^)「そこがおかしいんだよ」
- 531 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:10:03 ID:rtToiiFs0
そうして、溜息を一つ吐き、天使は言った。
|゚ノ ^∀^)「ジョルジョルはあの子の上履きを見て一年生だと考えたんだろうケド――――僕の友達のミセリちゃんは、二年生だよ?」
_
(;゚∀゚)「っ!!」
淳中高一貫教育校の室内履きには指定の物があり、それは色とデザインの違いで何年生かが(中学生か高校生かまで)分かるようになっている。
ジョルジュはミセリと名乗った少女の上履きが自分達より一学年下のものだと分かり、後輩だからとちゃん付けで呼んでいた。
だが。
そもそも「水無月ミセリ」という生徒は、高校二年生なのだ。
靴はジョルジュと同じものでなければおかしい。
そう言えばと彼は思い出す――レモナが生徒会室で「君と同い年の二年生で文系進学科の女の子」と言っていたことを。
_
(;-∀-)「だーっ!それか、あの時の違和感は!! なんかおかしいと思ったんだわ!」
|゚ノ ^∀^)「他にも仕草とかイントネーションとか色々違うトコがあった。ミセリちゃんはもっとよく笑うし、口角はいつも上がってるし、アヒル口するし」
- 532 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:11:08 ID:rtToiiFs0
自らの迂闊さにまた頭を抱えるジョルジュに生徒会長はつまらなそうに「どうでもいいケド」と呟く。
レモナの予想では、あの少女の能力は「自分の知る誰かに変身する能力」だ。
靴が変わっていなかったのはそれが肉体を変化させるだけのものであるからだろう。
思い返してみればジョルジュにも心当たりがある。
容姿に関する葛藤を伺わせる言葉や、真実の口の前での不自然な態度。
そうして、彼はやっと気が付いた。
_
( ゚∀゚)「ところでそのミセリちゃん――いや、ミセリさんじゃねぇあの子は何処だ?」
ノパ听)「とっくの昔に逃げてったぞ。あっちに。なんか涙ぐんでた」
_
(゚∀゚;)「おいおい! なんでその時に言わないんだよ!!」
ノハ--)「なんでって言われても困るなあ」
私からすると知り合いでもないしなあと名前に反し、冷たいことを言うヒート。
彼は何を伝えたいのかも纏まらないままに天使を見るが、案の定。
|゚ノ ^∀^)「『追いかけないのか?』って? ……追いかけないよ。何処に行ったのかも分からないし、第一追いかける意味がない」
- 533 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:12:03 ID:rtToiiFs0
- _
(;゚∀゚)「でも……っ」
|゚ノ ^∀^)「悩んでるかもって? 苦しんでるかもって? 頼られてもいないのにそう決め付けるのは傲慢だと僕は思う」
生徒会執行部の目的はこの戦い自体をどうにかすることであり、生徒の悩みを解決することではない―――。
そう言ったのはレモナだったか、ハルトシュラーだったか。
天使だったか、悪魔だったか。
|゚ノ ^∀^)「悩みを聞いて欲しいなら友達や家族や先生や聖職者やカウンセラーや子供電話相談室やどっかのアドバイス部に言えばいいんだよ。僕は知らない」
_
(;-∀-)「知らないって……会長サン。そりゃあんまりなんじゃねぇの?」
|゚ノ ^∀^)「なんで? 『助けない』って言ってるわけじゃないじゃん。知らないから助けないだけだよ。助かろうとしてないから、僕は助けないだけだよ」
「天は自ら助くる者を助く」という言葉を言ったのは誰だったか。
正しいのか、優しいのか。
|゚ノ ^∀^)「僕が何よりも嫌いなのは善意と同情の押し付けだ。相手の生き方を馬鹿にしてる」
- 534 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:13:03 ID:rtToiiFs0
俺の時は違ったじゃねぇか、助けてくれたじゃねぇか。
そんな風に彼は言い掛けて口を噤む。
いつだったか、あの腕相撲勝負の時に鞍馬兼が言った一言が思い出されたからだった。
「勝っても負けても会長が愛想尽かすまで君は生徒会役員」――それはつまり、レモナが彼を助けていないことを意味する。
天使は好きなことをやっただけで、幸いにもその結果、参道静路という人間が救われた気になったというだけの話。
助けられた気になっていただけで実際はあの時と何も変わってはいない。
彼は今も変わらず、ただの普通に駄目な奴。
_
( ∀)「くそ……っ。なんだよ、それ……!」
だけど。
|゚ノ ^∀^)「さて――関ヶ原君。勝負を再開しようか」
( "ゞ)「……やっとか。この関ヶ原、心が弱い方ではないが流石にこうも長々放置されるのは傷付くぞ」
|゚ノ*^∀^)「ごめんごめん。……じゃあ僕は戦うし、ジョルジョルはどっか行っててよ」
_
( ゚∀゚)「…………?」
- 535 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:14:02 ID:rtToiiFs0
ぽかんとした顔の後輩に生徒会長はもう一度、言い聞かせるように言う。
真意を理解させるように。
|゚ノ ^∀^)「僕は、アイツと戦うから、戦わない君は、どっかに行ってて、いいよ。好きな場所に、行ってても、いいよ」
_
(;゚∀゚)「あ……。もしかして、会長サン……」
ノハ--)「あの人『行きたいのなら助けに行けば良いよ。僕のことはいいから』って言ってるんじゃ―――」
瞬間、レモナが落ちていたスーパーボールの一つを蹴り上げ掴み投げた。
女の子らしさの欠片もない見事な投球フォームから放たれた黒球は赤い頭を直撃し、赤髪の少女はアマガエルのような声を残し地面に倒れた。
厳し過ぎるツッコミを終えた天使は、また球を蹴り上げ掴み、それを弄びながら告げる。
|゚ノ ^∀^)「僕のことはいいから、どっかに行ってて。何処にでも、君の行きたい場所へ」
_
( ∀)「……ありがとう」
小さな声で感謝の言葉を返してジョルジュは走り出す。
レモナは「なんのことか分からないなあ」と口ではそう言っていたが、浮かべていたのは紛うことなき笑顔だった。
- 536 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:15:02 ID:rtToiiFs0
- 【―― 16 ――】
―――自分の全部が嫌だった。
自分の容姿が嫌だった。
自分の性格が嫌だった。
声も、髪の色も、目の作りも、耳の形も、口元、鼻梁、指先、他の部位も全て。
見えるところも見えないところも、私の身体は嫌な部分ばかりだ。
中身だって嫌いなところばかり。
何もできない自分が嫌い。
何も知らない自分が嫌い。
何もしない自分が大嫌い。
「…………あぁ、」
いつからだろう。
こんな風に思うようになったのは。
劣等感ばかりが渦巻いて同じ場所ばかりをグルグル回って。
- 537 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:16:02 ID:rtToiiFs0
けどいつだっただろうか。
あの人は私を一目見て言ったのだ
『わあ、綺麗な髪! 黒くって、艶々してて……素敵だねっ』
明るい声で、明るく笑って、私を褒めてくれたあの人は恥じるところなんて一つもないみたいに明るくて。
可愛くて、快活で、一緒にいると楽しくて。
潔くて、真っ直ぐで、心地良くて、曇りのないガラスみたい。
他人を妬んだり僻んだりはしてなくって。
悩んだり立ち止まったりしていなくて。
……私とは、全然違って。
私は彼女みたいになりたくて。
あんなにも明るく潔い彼女になりたくて、私は―――。
- 538 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:17:02 ID:rtToiiFs0
- 【―― 17 ――】
手の平に乗った黒いコンパクトミラーには少女の憧れた誰かの姿が映っている。
けれど、どうしてだろう。
あんなにも憧れた人のはずなのに、鏡の中の女の子は、みっともなくて格好悪くて可愛くないのだ。
容姿だけは全く同じはずなのに――酷く惨めだ。
ミセ*; -;)リ「どうして……。なんで……!」
_
( -∀-)「…………当たり前じゃねぇかよ。だってその子はお前なんだから」
少女は振り返る。
そこにはあの馬鹿な男子生徒がいた。
_
( ゚∀゚)「本物の水無月ミセリを知ってる会長サンは言ってたぜ。『ミセリちゃんはもっと笑うし、いつも笑顔なんだ』って。だから偽者だと分かったって」
「分かってる」と少女は言いたかった。
私の憧れたあの人は自信があるからこそ可愛いんだって、そんなことは分かっていたのだ。
最初に鏡を見た時に分かったのだ。
- 539 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:18:03 ID:rtToiiFs0
見た目が可愛いから、自信が持てたんじゃない。
自信が持てていたからこそ、見た目が余計に可愛く見えていた。
鶏が先か卵が先か。
きっとそれはどちらでもなかったのだろう。
あの同じ大きさの二つの箱のように。
最初からどちらも両立していたからこそ――彼女は、あんなにも魅力的だった。
ミセ* ー)リ「……分かってたよ、そんなこと。私はあんな風には笑えない」
いくら見た目が同じでも。
私はあの人みたいには、なれない。
分かっていた。
ミセ*;ー;)リ「そんなの、分かってたよぉ……。分かってたけど、でも私は自分が嫌だったんだ!!」
分かっていた、分かっていた、分かっていた。
けれど――だからと言って納得できるわけではない。
- 540 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:19:02 ID:rtToiiFs0
分かっていたからこそ、余計に嫌になった。
八つ当たりのような声音で少女は叫ぶ。
それにジョルジュは笑って答えた。
_
( -∀-)「分かるわ、その気持ちは」
ミセ*う -;)リ「くっ、口先だけの同情なんて、いらないんだからっ……! どうせ私のことなんかメンヘラと思ってるんだ! 自分に酔ってるだけだって!!」
_
( -∀-)「アンタがメンヘラっていうのなら俺だってメンヘラだわ。……なあ、俺がどうしてここにやって来れたか、分かるか?」
そう言えばと少女は思う。
十字路から逃げ出して自分は泣きながら滅茶苦茶に走り回った。
分かれ道にぶつかる度に適当に進んでいった。
なら、どうして彼はここにいるのだろう?
この行き止まりで少女が立ち止まっていたことを踏まえても、少女が右に進んだ場所を左に行けばそれだけで会えなかったはずなのに。
どうしてだろう?
_
( ^∀^)「つっても別にスゲェ特技の結果とかじゃねぇわ、ただの勘。なんとなくなんだわ」
- 541 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:20:03 ID:rtToiiFs0
ミセ*;ー;)リ「なんと、なく……?」
_
( -∀-)「ああ、なんとなく。なんとなく分かっちゃったんだよなあ――アンタは俺と似てるから」
共通項があったから。
公約数があったから。
そっくりだったから。
_
( ^∀^)「だからアンタがメンヘラだっていうのなら俺だっておんなじなんだわ。だって俺とアンタ、おんなじトコばっかだから」
自分が嫌だから変わりたくて。
辛くて悩んで苦しんで。
……誰かに、自分の叫びを聞いて欲しくて。
似ているからこそ分かった。
それは錯覚なのかもしれないけれど、それでも。
それでも――彼はここに来れた。
- 542 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:21:02 ID:rtToiiFs0
公約数なんてない方が良いと天使は言った。
でも、それでも彼はやっぱり公約数があった方が良いと思う。
間違えていても、勘違いでも、錯覚だとしても――やっぱりその方が分かり合えると思うから。
ミセ* ー)リ「……そっかぁ。なんとなく、かぁ……」
ジョルジュの言葉を聞いて少女は曖昧に笑う。
歯を見せない控えめな微笑。
それが現実の彼女の笑い方なのだろうとジョルジュは分かった。
やはり、根拠はなかったけれど。
ミセ* ー)リ「ねぇ、ジョルジュさん」
_
( ゚∀゚)「ん?」
ミセ* ー)リ「あの会長さんは指弾をちゃんとできるようになるまでに半年かかったって言ってたよね……?」
_
( -∀-)「ああ……確か、そう言ってたわ」
- 543 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:22:10 ID:rtToiiFs0
あんなに凄い人でも、一つの技術を習得する為に半年の時間を費やす。
ならば私が私を変える為に長い時間が必要なのは当たり前だと少女は思った。
そしてそれはきっと一生を費やしても良い類のものなのだ。
_
( -∀-)「会長サンじゃねぇけど、一生修行だわ本当に」
ミセ*^ー^)リ「……うん。一生修行だね、本当に」
二人は笑い合い。
次いで、少女は手にしていたコンパクトミラーをジョルジュに向けて投げた。
咄嗟に受け取り小首を傾げた彼に彼女は言う。
ミセ*^ー^)リ「持ってて下さい。それが私の能力体結晶。……私はもう、このゲームを辞めるから。あなたにあげます」
_
(;゚∀゚)「いや、でもよ……」
ミセ*-ー-)リ「そもそもは私を辞退させようとして一緒にいたんですよね? 戦いを止める為に戦っている生徒会の役員さんなんだから」
彼女の言葉にジョルジュは「最初はそうだったんだけどな、」と前置いて答えた。
- 544 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:23:05 ID:rtToiiFs0
- _
( -∀-)「確かに最初はそうだったんだわ……けど、なんか途中から放っておけなくなって。仲の良い友達が悩んでるみたいに感じたんだわ」
それはただの錯覚。
でも、それはもう立派な共感であり親近感。
少女は言った。
ミセ*^ー^)リ「ならその鏡は私からの友達の印です。感謝の証です。……それとも、やっぱり顔も分からない女とは友達になれませんか?」
_
( -∀-)「ハン、馬鹿言え。もう俺は友達のつもりだったんだよ」
ミセ*-ー-)リ「ふふふっ、そうですか」
さて、と彼女は呟いて自分の手をあのオブジェの中に――真実の口の中へと入れた。
ミセ*゚ー゚)リ「どうせもう忘れちゃうんですよね。だったら最後にこれだけはやっておかないと」
「自分自身を定義する」。
少し前まではあれほど怖かった問題は、もう問題じゃないかのようで。
- 545 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:24:01 ID:rtToiiFs0
ミセ*-ー-)リ「見てて下さい、頑張ります」
_
( ^∀^)「ああ。ずっと見ててやるよ、頑張れ」
ずっと見ててやると彼女の友達は笑った。
生徒会役員としてずっと。
生徒会じゃなくなってもずっと。
「俺の見える範囲で、アンタの努力をずっと見ててやる」と彼は笑って言ったのだ。
姿を変えても変わらなかった彼女の声を聴いた彼が言った。
彼女の叫びを聴いた彼が言ったのだ。
ミセ* ー)リ「(……だから、きっと)」
だから、きっと。
明日はもっと良い日になる。
いつかはきっと変わることができる。
- 546 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:25:02 ID:rtToiiFs0
ねえ、私の友達
いつか教えてくれないかな?
この長い長い迷路の出口を見つけられたら私に教えてくれないかな?
この霧が晴れたなら
降り続く雨が止んだなら
いつか、青空の下へ辿り着けたら
きっと私にも教えてね
約束だよ
.
- 547 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:26:02 ID:rtToiiFs0
- 【―― X ――】
―――「×××××」 ノ ジタイ ヲ ショウダク シマシタ.
アカウント ヲ サクジョ シマシタ...
.
- 548 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:27:04 ID:rtToiiFs0
- 【―― 18 ――】
「なあ、会長サン」
「何かな?」
「『二つの箱があります。あなたが一番得をするよう、お好きな方の箱を選んで下さい』って問題の答え分かるか?」
「んー? 分からないケド、多分『小さくない方』じゃないかな?」
「……小さく、ない方?」
「箱の大きさが違うなら小さくない方、つまり大きい方を貰えば良いし、箱の大きさが同じならどっちも小さくないんだから好きな方を貰えば良いでしょ?」
「…………あー。なんだそりゃ。カイジみてーだわ」
「こういう答えを数学的には『ウェル・ディファインド(きちんと定義されていること)』と言うね。……そうそう、僕あのエキストラステージで電流鉄骨渡りやってきたよ」
「マジで!!? ってか、あの世界の名称『エクストラステージ』じゃねぇの?」
「extraって英単語はエキストラって発音するんだよ? ……んー、鉄骨渡りに関しては本当だよ。短かったケド」
- 549 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:28:02 ID:rtToiiFs0
「へぇ。短いっていうと、五メートルくらいか」
「いや十五メートル」
「十分長ぇわ!! 原作より短いってだけで、それ十分に長ぇ!!」
「でもクリアできたよ」
「本当にアンタは何者なんだ会長サン……。じゃ、俺がどうしてあの子のいる場所に行けたか分かるか?」
「え? 勘って言ってたんじゃないかな?」
「勘なわけねぇだろ、無理だわ勘じゃ。いや勘使った場所もあるにはあるけどよ……」
「そうなのかな? 僕てっきり全部勘だと思ってたよ。十字路から真実の口までの道には四つくらいしか分かれ道ないんだし、勘でも行けると思うケド……」
「それを勘で行けるなら世の中の受験生は英語の発音問題を勉強してねぇわ。けど、安心した。会長サンにも分からないことがあるって分かって」
「当たり前じゃん。僕をなんだと思っていたのかな?」
「何って、まあ……ツンデ――痛たたたっ!指弾練習する過程で鍛えた指の力で抓るの止いってぇぇぇぇえええ!!」
- 550 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:29:03 ID:rtToiiFs0
- 【―― 19 ――】
淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校。
その半分、広大な敷地を誇る淳高には学食が二つも設置されている。
単に「学食」と呼ばれている大食堂、そして比較的小さく、生徒からは「喫茶食堂」と呼ばれている小規模食堂だ。
二年文系進学科生え抜きの少女、水無月ミセリはその喫茶食堂の片隅に座りパンを齧っていた。
今日は土曜日、しかも時間は朝の十時なので空いており、普段まず食堂を使わないミセリも使う気になったのだった。
「(それにしても生え抜き、か……。まだ二年だからそんなに凄くないんだけどなあ)」
ミセリのような生徒は淳高では『生え抜き』と呼称される。
この高校では文系理系両進学科の成績不良者と普通進学科成績上位者との入れ替え制度が存在し、その関係で入学時から変わらず同じクラスに所属している人間はそう呼ばれるのだ。
他のクラスでも変更はあるのだが、特に中学で進学科におり高校に入ってからもずっと両進学科に在籍している人間は「生え抜き」と呼ばれている。
対義語には「成り金」と「都落ち」があり、前者は下のクラスから上のクラスになった生徒のこと、後者は上のクラスから下のクラスに落ちた生徒のことを指す。
(単純な学力で言えば両進学科・普通進学科・普通科となる。特別進学科は特権階級なので学力で能力を計られないことが多い)。
何故学力に大して興味のない彼女がそんなことを考えていたかと言えば、今日の朝、成り金の後輩に遊びに誘われたからだった。
今日たまたま通学路で出会った相手、話したこともない相手にいきなり「今度遊びに行きましょう」と言われた。
断る理由がなかったので承諾したのだが、その不自然な行動について考え込んでしまったのだ。
- 551 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:30:02 ID:rtToiiFs0
淳中普通科から淳高一年文系進学科になった三宅という生徒。
あの鞍馬兼君と同じクラスで後輩だと思いながらミセリはもう一度考えてみるが、やはり自分との接点は見当たらなかった。
「前世からの絆? 生き別れた妹? うーん、やっぱり一度も話したことは……」
いや。
彼女が中学生の頃に一度だけ、話をしたことがあったのだったか。
去年の合同文化祭の時だ。
高等部の校舎で迷っていた後輩を見つけたミセリは、道案内と校舎紹介を兼ねてその少女と一緒にお祭りを回った。
理由は特にない、ただ下級生が困っている時に助けてあげるのは上級生の役目だと思っていただけ。
しいて言えば……あの少女の艶やかな黒髪が綺麗だと思ったから、だろうか。
「……そっか。だから誘った時に『覚えていらっしゃいますか?』って言ってたんだ」
覚えていなかったミセリは謝るしかなかったが、黒い髪の少女はあの日のことをずっと覚えていたのかもしれない。
親切というものはした側はすぐに忘れてしまっても、された側の記憶には長い間残るものなのだから。
「しかしなんでまたいきなり今日かなぁ? 何かあったのかな……」
- 552 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:31:02 ID:rtToiiFs0
そんな風にミセリが呟いた時と、彼女の目の前に天使が腰掛けたのはほぼ同時だった。
セミロングの栗色の髪が童顔によく似合う生徒会長、高天ヶ原檸檬は「おはようミセリちゃん」と声を掛けた。
「おはようございます、会長。今日は何かお疲れですか?」
「目聡いねミセリちゃんは。そうなの、ちょっとお疲れなんだよね。昨日ミセリちゃんの偽者と色々あって」
「私の偽者ですかぁ? また変な趣味ですね、その人。どうせ真似するなら会長みたいな凄い美少女の真似をすれば良いのに」
「きっとミセリちゃんに憧れてたんだよ」
適当な生徒会長の言葉に「はぁ」と適当に相槌を打つミセリ。
「それはまた……光栄ですけど、なんだかなぁって感じです」
「どうして?」
問い掛けてくる天使に、分からないかもしれませんが、と断ってからミセリはアヒル口を作って言う。
昨日も今日も明日も悩み続けなければならない自分達の問題を。
- 553 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:32:01 ID:rtToiiFs0
「私達の年頃が悩むことなんて皆大体おんなじですから。ありのままに生きようとして傷付くか、ありのままが嫌で傷付くかのどっちかです」
「誰かが私に憧れてくれたとしても、私は私に納得していないですから」。
そんなことは考え尽くしたという風に笑いながらミセリは答えた。
誰だって悩んでるし、誰だって苦しんでる。
当たり前のこと。
そういうことを忘れず毎日を生きているからこそ、この子はこんなにも魅力的に映るんだろうと天使は思った。
「ミセリちゃんは自分のこと……嫌い?」
「そうですねぇ。まあそこそこに好きでちょっと嫌いです。朝測ったらまたウエスト太くなっちゃってたし。夏も近いのにどうしようかな……」
「他の人になりたいとは思わないのかな?」
会長は思ってるんですか?とミセリは悪戯っ子のように笑い訊いた。
まさか、と返した檸檬に安心したように彼女は言う。
「思わないですよ。少なくとも私を好きだって言ってくれる人がいる間は絶対思わないです。もっと頑張ろーとは思うけど、誰かになりたいとは思わない」
- 554 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:33:06 ID:rtToiiFs0
だから憧れてくれることはありがたいと思います、とミセリはまた明るい笑みを見せた。
憧れてもらったからといって、認められたからといって、すぐに自分が良くなるわけではないけれど――頑張ろうとは思えるからと。
「ふぅん。『俺は俺にしかなれない、だけど、これが俺なんだ』って感じなのかな?」
「そんな感じですかねー。私としてはオアシスの歌が思い出されますけど。『I need to be myself, I can't be no one else』って感じです」
明確な支えの存在と、はっきりとした自己。
その二つさえあれば迷うことはあったとしても決して立ち止まることはない。
自分の好きになれない自分を好きになってくれた人の為に、自分が好きな自分になれるように頑張ろう―――。
「じゃあミセリちゃん――自分のこと、好き?」
「そんなの勿論じゃないですか! 怪獣モチロンですよ!」
ちょっとずつだけど自分を良くしていこう。
少しずつ誰かに誇れる自分にしていこう。
青春は短いけれど毎日頑張れば夏までにはウエストも細くできるとミセリは何度目かの笑顔を浮かべた。
- 555 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:34:24 ID:rtToiiFs0
その時、ところで、と今思い出したかのように唐突に檸檬が訊ねた。
「ところでミセリちゃん、最近幼馴染のナントカ君とはどう? らぶらぶ?」
「ええ!ラブラブですね! 昨日も今日も、高校生らしく不健全なお付き合いをしています!」
「へえ、それは重畳だね」
「今日も私達は燃えてますよ! もう太陽曰く燃えちゃってます!」
「授業サボって空き教室でセックスしたり、休みの日に学校でセックスしたり?」
「……ぎくり」
「妙に艶々してると思ってたケド、今は行為後なのかな?」
「ははは……。いやぁ、まあ……――ほ、ほら! やっぱり私は他人様に憧れられていいような人間じゃないなあ! その人には会長から丁重にお断りを……」
「話逸らしてるつもりなのかもしれないけど全然逸れてないからね?」
「ごめんなさい……。でも本当に燃えるんですよ、あのプレイ……」
「君達はバレてないつもりなのかもしれないけど風紀委員会にはしっかりバレてるから。気をつけてね」
- 556 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:35:08 ID:rtToiiFs0
- 【―― 20 ――】
休みであるはずの土曜日に、部活をしているわけでもないのに廊下を進む影があった。
生徒会役員の参道静路、いや、今の今まで反省文を書いていた彼なので「不良の参道静路」という方が正しいだろう。
そんな彼は人のいない校内を歩いていた。
反省文はあと半分ほど残っていた。
残りを片付ける為の小休憩、言わば景気付けとして自販機でジュースを買おうとしていたのだ。
ふらふらと歩きながら考えるのは反省文のことではなく『空想空間』のこと。
昨日言葉を交わした彼女のこと。
「能力、貰っちまったなあ……」
ジョルジュが受け取った変身能力を檸檬は『変身(ドッペルゲンガー)』と名付けた。
「自分の知る誰かに変化する」という能力で、使い方によっては猫耳を生やせると天使ははしゃいでいた。
けれど、彼はそんなことどうでも良かった。
貰った黒いコンパクトミラーも、その能力も知ったことじゃなかった。
そんなことよりも。
そんなことより――あの少女に二度と会えないことが悲しかった。
- 557 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:36:06 ID:rtToiiFs0
「……名前くらい、聞いときゃ良かったわ……」
昨日の自分を張り倒したいと本気で思う反面、これで良かったと感じる自分も確かにいて。
ジョルジュが言葉を交わした彼女は彼のことを忘れているのだ、こちらだけが覚えていても仕方がない。
悲しいけれど、そうなのだ。
分かっていて彼女も「見てて下さい」と言ったはず。
けど、やっぱりジョルジュは悲しかった。
本当に、本当に悲しかったのだ。
と。
「うおっ!」
「いた……っ」
角を曲がったジョルジュは走ってきた女子生徒にぶつかった。
尻餅をついた少女に謝りながら手を差し出し、前屈みの体勢の所為で開いてしまっている胸元を見ないようにして引き上げる。
幸いなことに怪我はしていないようだ。
- 558 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:37:02 ID:rtToiiFs0
「ありがとうございます……先輩」
「ん、ああ。こっちこそ悪かった、注意が足りなかったわ」
長めの黒い髪、前髪を真っ直ぐに切り揃えた髪型(所謂「姫カット」だ)の少女で、上靴から一年生だと分かる。
背は普通だが胸は高校一年生にしては大きく、物静かな見た目とのギャップで独特の色気があった。
立ち上がった一年生は呆けたようにジョルジュを見つめている。
一目惚れのわけもないし、何か顔に付いているのだろうかとも思ったがそういうわけでもないらしい。
困った上級生は仕方がないので世間話を始めることにする。
「あー……今日は補講もないはずだけど、そんなに急いで部活か?」
「いえ。補講でも補習でも、部活でもクラブでもないんです」
なら図書室や自習室で自主勉強だろうか?とジョルジュは考えたが、それをあっさりと少女は否定する。
「自主勉強とか、そういうのじゃなくて……なんだか急に学校に来たくなりまして。ふふふっ、変ですよね私」
「まあ変かそうじゃないかと言われれば変だわ」
- 559 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:38:06 ID:rtToiiFs0
「ふふふっ、ですよね」
正直なジョルジュの返答にまた少女は微笑む。
歯を見せない、控えめな笑み。
「アレか。アンタには何かしないといけないことがあって、それ自体は忘れてるんだけど、忘れてることは覚えてるみたいな」
「ちょうどそんな感じです……と言っても、しないといけないことの一つは達成できたんですが」
「そりゃ良かったわ。あといくつあるのか分からねぇけど思い出せるといいな」
「はい。でも、なんだか残りの方も達成できてしまった感じがするんです」
曲がり角で男子にぶつかるとかか?と先輩は茶化すように訊いた。
残念ながらそれには食パンが足りません、と後輩はまた笑みを浮かべて返す。
「ああ……そうだ、一年生のアンタにちょっと訊いてみたいことがあったんだが、いいか?」
「はい。私でよろしければ」
- 560 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:39:02 ID:rtToiiFs0
「単なるアンケートみたいなもんで気負わずに答えてくれればいいんだが、アンタ……自分のこと、好きか?」
誰かと重ね合わせたかのような、ジョルジュの問い。
誰かではある彼女は迷わずに答える。
他ならぬ彼の前であったから。
「もちろんです。私は、私のことが好きです」
少女のはっきりとした物言いにジョルジュは驚いたが、やがて笑って言った。
「……ハン。そうか、そりゃ良かったわ」
「あ、今『なんてナルシストな女だろう』って思いましたよね?」
「いや思ってねぇわ。嫌いよりかは、好きな方が良い」
「ちょっと前までは答えられなかったんですけど、今日はすんなり答えられました。先輩の前だからかもしれません」
- 561 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:40:06 ID:rtToiiFs0
口説いてんのか?とジョルジュは冗談めかして訊ねたが、少女は至って真剣な表情。
急に恥ずかしくなってしまった彼のことなど知らないように彼女は続ける。
「そう言えば、先輩は件の生徒会新役員さんのようですが……。もし私が何処か遠くで泣いていたとして、先輩は助けに来てくれますか?」
助けに行ってやるよ。
当たり前じゃねぇか。
そんな風に答えても良かったが、あえて彼は格好を付けて、こう言った。
「モチロンだわ――――アンタの零した涙を目印に、ちゃんとアンタの所まで行ってやる。……友達だからな」
友達だったんですか?と少女は問い掛け、俺は友達になったつもりだったんだよ、とジョルジュは返した。
そうして二人はいつまでも、ずっと長い間、笑い合っていたのだった。
【―――Episode-5 END. 】
- 562 名前:第五話投下中 投稿日:2012/05/28(月) 02:41:11 ID:rtToiiFs0
- 【―― 0 ――】
《 definitely 》
@明確に、はっきりと
A[通例否定文で]決して、絶対に
B[間投詩的用法で]確かに、勿論だよ〔※基本的に相手の言葉の返答に用いる〕
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