/ ゚、。 /「Hello! AnotherAbyss! のようです」从 ゚∀从

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 20:42:46.89 ID:Ppd63ivs0
"Wer mit Ungeheuern kampft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.
Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein."


全ての講義をこなし、私は帰路に付く。
もう午後八時を廻ったというのに
学内の喧騒は続いている。


窓の外から見える比較的広く設けられている中庭には
ライトアップされた桜の木が静々とその花を散らしていた

夏の蒸し暑さがちろちろとその舌を覗かせる四月の終わりの夜は、どこか物悲しい。


/ ゚、。 /「嫌な季節だなぁ。思い出すよ、色々」

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 20:43:43.28 ID:Ppd63ivs0







/ ゚、。 /「Hello! AnotherAbyss! のようです」从 ゚∀从


            第二話『交錯』





6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 20:45:03.14 ID:Ppd63ivs0

散際の桜の花びらは春が流す涙なのだと
誰かが言っていた気がする。

私が初めて怪異に触れたのも
そのせいで友達を失ったのもこの季節であったと記憶している。


幼い私にとって彼らの罵倒は耐えがたいものだった。

彼らの言葉の鎖は
小さな私の心を怪異へと傾倒させる錘にでも付属していたのか。

少なかった友人を手放さざるを得なかった事と引き換えに
私はオカルト染みた知識を蓄積するための時間を得ることになる。

子供ながらに呪いを駆使して、あのクズ達を殺してやろうと
そう考えた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 20:49:34.38 ID:Ppd63ivs0
そうして少ない手段で色々調べていくうちに
今まで自分の知らなかった世界の話に魅了された。

同級生が話す怖い話などとても卑小なものだと知った。
自分のすぐ傍にも恐怖の根本が潜んでいることを知った。

それからすぐに、私の意識の矛先は、
自分を苦しめる同級生を呪うことよりも
怪異の全てを知り尽くしたいという欲求にシフトした。



暗い青春時代をほぼ図書館で過ごした。



奇怪な話を好んで読み漁った。
異形に関する文献を紐解いた。
実際に降霊術を試したこともある。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 20:52:50.69 ID:Ppd63ivs0
一人で百物語を行い、百本目のろうそくを消したときにちょっとむなしくなって泣いたりもした。


ありもしない真実に権威と信憑性という飾りを施した噂の数々。


友人のいない私の友人は
本の中だけ存在することが出来る怪異のみだった。
私なら、どんな化け物とでも仲良くできる。

私なら、どんなに恐ろしい状況でも打開できる。
それだけの知識と、境遇を私は所持している。

外から見たら無為に空費したとしか判断できないこの時間に意味を持たせるため、
私はそういう強がりにも似た自信を心の内で育てていくことになる。


それ以外に縋れる物が無かったから。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 20:54:05.33 ID:Ppd63ivs0


外灯の少ない住宅街は
地方都市という立場にあるこの場所をある種浮き彫りにしてる。
常に光に溢れていた都会よりも
私はこちらの方が好きだが。

時折聞こえる団欒の様相を背にして
下宿先のアパートへと歩を早める。

家族というものに対して良い思い出のない私にとって
その団欒を感じさせる音は不愉快だ。


薄手のコートのポケットに手を突っ込み
前を睨むようにして歩いた。
私は、独りで、こんな所で、何をしているんだろう。

/ ゚、。 /「はぁ」

思わず、ため息が出る。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 20:55:53.12 ID:Ppd63ivs0

ただモラトリアムの延長の為に大学へと進学し
机上の空論ばかりを弄ぶ生活に、何の価値があるのだろう。

本来ならば私の頭上には、都会とは比べられないほど多くの星が瞬いているのだろうが
あいにく今日は雲で全てが隠れている。

こういう夜だから自分はどこか卑屈なのだと、誰かに言い訳をしたい気分になる。
途端に悔しくなった。下唇をギュウと噛む。私は、独りだ。

/ ゚、。 /「このまま、いなくなっちゃうかも」


11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 20:57:37.31 ID:Ppd63ivs0


――――暗闇。


気付けば私の視界に入る全ての外灯はその明りを失っていた。

広がる暗闇。月も星も雲に隠れ
空の輝きも期待出来そうにない夜中。
住宅街にも関わらず、その全ての家に光が確認できない。

ただ暗闇が、私を覆っていた。

奇妙な事もあるものだ。
が、ここ一帯がなんらかの原因で停電しているとも考えられる。
家に帰ったら電池式のラジオでニュースでも聞こう。

止めていた歩を、ゆっくりとだが再度進める。

こうなると本当に暗いものだなと思いつつ
足を運ぶには支障はないと判断する。


12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:00:55.10 ID:Ppd63ivs0


地面を軽く擦りながら歩く私の癖のせいで、気味の悪い音が空間を満たしている。

ざり、ざり。

この癖も早く直したいところだ。

不気味な暗黒はまだ続いている。

しかしながら、よく目を凝らすと小さな明りが点滅しているのが確認できた。

恐らく私のアパートの手前にある自販機だろう。
故障でもしているのかそれが放つ光は不規則に揺れていた。
そしてその不規則な光に照らされて、人の姿が見て取れる。

髪の長い、女性のような体躯だ。

ギッギギと自販機に内臓されている蛍光灯が振動する音がする。
苦手な音だ。

それ以外に私の足音しか聞こえない。
こんなに静かだから、あれほど離れた自販機の振動音も聞こえるのか。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:03:00.84 ID:Ppd63ivs0

その女性のような人影の左半分は見えない。
自販機の光が弱いので右半分しか照らせていないのだ。

何かを買う様子もなく
体をこちらに向けて立ち尽くすそれは時折頭を掻き毟っている様だった。

その人影との距離が近づくにつれ、私の頭の隅がざわつく。

渡辺の講義の時にみた夢。

その中で私に問いかけた声。


それと同じ声が頭の片隅から私を嘲笑っている。




――――さぁ、人の子。お前の望んだ怪異だ。







14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:04:30.98 ID:Ppd63ivs0

さも嬉しそうな声が私の内側から響く。
爪先から頭の天辺までゆるりと全身を満たしていく。

それと同時に警鐘も鳴り響いている。
これ以上進んではいけないと、私自身が叫んでいる。

だが、それでも、引力には逆らえない。
暗い魅力は私の足を動かし続ける。

ギッギ。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:07:00.77 ID:Ppd63ivs0

――――自販機の蛍光灯の放つ音だと思っていた。



左半身が映らないのは光が足りないのだと思っていた。

目の前で頭を掻き毟る【ソレ】は、喉を鳴らしながら憤怒の表情を私に向けた。

目が一つしかない。

鼻の穴も片方潰れている。

顔面は所々皮膚が破れ

膿が破裂したような跡にまみれている。

喉からは赤いそうめんのようなものが穴から吹き零れ

ギッギと鈍く音を立てていた。

薄汚れた赤いワンピースは所々破れ

中から紫色に変色した皮膚が覗いている。

そして、その深淵に飲み込まれるように隠れていた左半身には


手も足も存在していなかった。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:10:32.82 ID:Ppd63ivs0



/ ゚、。 /「カタワさん……」



思わず口から零れる名前。
後ろの席で話されていた怪異なる化け物。

矛盾と情報の生んだ怪物がそこにいる。
存在し得ない矛盾の空白を埋めるために
誰かが作った空想の産物。


それが現実の質量と質感を伴って
そこに存在している。

生々しい腐敗臭を纏って私を睨む。


17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:13:26.93 ID:Ppd63ivs0

「ニンゲン……」

カタワさんが短く言葉を吐いた。
瞬間私を満たしていた恍惚感にも似た感覚は消え去る。

残ったのは、単純な恐怖心。

楽しいところに連れて行ってあげるといわれたのに
眼を開けてみれば肉片散らばる殺人現場。

たとえるならこんな気分。


「あ゛あ゛ぁ゛あぁあああああああ!!!!!」

唸りを上げる異形。立ちすくむ私。
人間いざと言う時には何も出来ない。
指の一本も動かない。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:18:29.72 ID:Ppd63ivs0

カタワさんは自販機に爪を立てる。
そのまま力任せに腕を下へと振り下ろす。
ガとキの連続した破壊音の末に五つの溝を深く刻む。

切り裂かれた自販機に己の末路を見る。
潰れた膿から黄色い液体を滴らせ
苦しそうに再度咆哮する異形。


/ ゚、。 /「ヒッ……」


情けない声が自分の口から上がる。




おかしい、ありえない、こんなこと。
だって、あるわけないじゃないか。
噂だ。
噂のはずなんだ。

どこにでもある、誰かが作った、
ただそれだけのもの。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:19:40.85 ID:Ppd63ivs0

私は望んでいない。
こんなことがあればいいだなんて思っていない。

私は嘘つきじゃないなんて証明の為に
こんな状況を求めていたなんて
ソレこそ嘘なんだ。

望んでいない。
冗談じゃない。
私は嘘つきでいい。

私が怪異を望むのは

ホントにお化けはいるんだよ

って皆に認めて欲しいからじゃない。

鼓動が早い。
涙が零れる。
怖いからじゃない。惨めだからだ。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:21:21.92 ID:Ppd63ivs0

存在し得ない存在の肯定が
私の過去の弱さの肯定に繋がるなんて

惨めだ。

己の境遇からの逃避のための手段の怪異が
私の卑小さと弱さの証明だなんて、惨めだ。

化け物が私を睨む。

お前は惨めだと、消えろと睨む。




カタワさんの失ったパーツは上から互い違いになるようにないんだって。

でもね、たまに右手と右足ってあべこべになってないカタワさんがいるの。



そのカタワさんに会ったら気をつけて。



物凄く怒ってるから。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:26:51.28 ID:Ppd63ivs0



「ニンゲン、モドル。ニンゲン、コロス!」

カタワさんはもう一度右腕を自販機に振るった。
今度は引き裂かれずぐんにゃりと歪む。
中からドバドバとジュースやお茶が流れ出てきて
まるで血液のようにアスファルトに染みていった。

そして、悲痛とも取れる叫び声を上げてこちらへと奔走してくる。
恐らく、私を殺すために。

ニゲロ、と誰かが叫ぶ。
ムリダ、と私が叫ぶ。
目を硬く閉じた。

一本足とは思えぬ速さでこちらへ向かってくるカタワさんをかわす術は
今の私にはない。

己の無力さと矮小さを自覚したまま死ぬ。

殺される。

そんなの、嫌だ。


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:28:38.74 ID:Ppd63ivs0


――――ギイ゛イ゛ィイイイイ!!!!


列車の急停止のような高音が静寂を引き裂いた。
薄く目を開けると、そこには突き出されたカタワさんの右腕の先が火花を上げているのが見える。

何かに遮られる様にして奴の腕はそれ以上進まない。

カタワさんはもう一度腕を振るいより強い力を持って刺突を繰り出す。
が、同じように不可視の壁に遮られるようにして火花が上がるばかりである。

何が起こっているのか私は理解できなかった。
未だ生を保っていられるのが幸福に感じられない。

「があああああああああああああ!!!!!!!」

咆哮が耳を劈く。

と同時に怪物の体が宙へ舞い
そのまま半壊した自販機に叩けつけられた。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:49:58.05 ID:Ppd63ivs0

从 ゚∀从「よっし。直撃」

ロングコートを翻し、女が先ほどまでカタワさんがいた場所へ降り立つ。

外ハネのショートカットが遅れてふわりと降りる。

軽く手首を回すと、完全にアウトだわと短く漏らした。

綺麗だと、そう思った。
少なくとも己の矮小な部分を目の当たりにした自分では到底叶わない輝き。

暗闇の中、凛とした光がそこにあった。



(  )「連続で撃つから体を壊す」

野太い声が女に呼びかける。
だがその声の主は見当たらない。

ウッセ、とその呼びかけに返しながら女はこちらへと歩み寄る。
鋭い眼光を惜しげもなく私に浴びせ、口を開く。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:55:52.59 ID:Ppd63ivs0



从 ゚∀从「あんた、生きてる?」

/ ゚、。 /「……」

答えることが出来ない。

私の小さな自尊心は、それに保たれていた私の心は、死んだのか。

眼前の女性と自分を比べ、消えてしまいたい衝動に駆られる。
先程まで死にたくないと喚き散らしていた自分はもうどこにもいない。

生きようが死のうが結局惨めなんだ。私は。

(  )「生き人形かこいつは。結局ガラクタだな」

从 ゚∀从「うっせ。しゃべんな」

見えない何かと女が会話をする。
私は俯いて下唇をかみ締める。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 21:57:41.49 ID:Ppd63ivs0

从 ゚∀从「ビビった? 発狂? 廃人コース? もしもし?」

女は私の目の前で手を振ってみせる。
そのスレンダーな体でどうやってあの化け物を吹きとばしたのか。

この応答にすら答えることの出来ない私の悔しさは膨れ上がるばかりで
女はそんな私を見て悲しそうな表情を浮かべる。

「―――ニンゲン、コロス」

暗く、くぐもった声がした。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:00:44.36 ID:Ppd63ivs0

从;゚∀从「畜生」

女の腹部から一本の槍が生えた。

その矛先には血で塗れた何かの手のひらが『咲いて』いた。

ごぽ、という音と同時に女の口から血が零れる。

女は一瞬苦悶の表情を浮かべながら
私を抱えて前方へと高く飛んだ。

女の腹から槍がずるりと抜ける。

/ ゚、。;/「だ、大丈夫ですか!」

从#゚∀从「ちゃんと喋れるなら元からそうしろ阿呆!」

/ ゚、。 /「ごめんなさい」

从 ゚∀从「着地すっから今は黙っとけ! 舌噛むぞ!」

私を抱きかかえているにも関わらず女は重力を無視するようにフワリと着地した。
が、その間にもごぽりと腹の穴から血が吹き出る。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:03:52.85 ID:Ppd63ivs0

从;゚∀从「ッチ!」

抱きかかえていた私を無理矢理立たせると、女は舌打をしながらよろめいた。

が、すぐに体勢を立て直して脇腹に開いた穴を片手で塞ぎ
もう一方で口元の血を拭う。

女の肩越しに、一本槍――――その血塗れの片腕を嬉しそうに見つめるカタワさんが見えた。

その血を自分の顔に塗りつける。

「モドレ、モドレ、モドレ、モドレ、モドレ、モドレ」

呪詛のように同じ言葉を繰り返しながら女の血液を塗りたくる。

嬉しそうに、胸糞悪くなるほどの笑みを浮かべて。

体の端々をビクンと痙攣させて、なお喚起に打ち振るえている。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:05:10.63 ID:Ppd63ivs0

从 ゚∀从「ドアホ、なんでパラドックスが滅してないのを言わなかった」

(  )「お前が喋るなと言ったからだ」

从 ゚∀从「ぜってぇ面白がってんだろ糞が」

(  )「喋ると背中の穴から血が噴水みたいに出て面白いぞ」

从 ゚∀从「ぶっ殺す」

(  )「『契約者』ならパラドックスの消滅の有無くらい判断できると」

从 ゚∀从「あー、もういい。いずれにせよ穴はもう塞がんねェよボケナス」

見えない何かと会話する彼女は
しかと後ろの怪異の塊に気付いているようだった。

それから、見えない何かとの言い合いに区切りを付け
後ろの化け物に声を掛ける。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:06:46.77 ID:Ppd63ivs0

从 ゚∀从「おいパラドックス。どんなに人間の血を塗りたくっても、目も鼻も耳も元には戻らねェよ。
      その情報は流れてからまだ日が浅い。
      ここ最近付属された情報だ。影響が弱すぎる。
      その情報が完全にパラドックスに定着するまで
      少なくともこの地方都市全域にその設定が行き渡る必要がある」

カタワさんは血を塗りたくっていた手を止め
女の方に向き直る。女は続ける。

从 ゚∀从「あと三日もあれば、この地区の異常なエーテル情報化合率も加味して余裕で間に合ったな。
      だが、ここで終わりだ。
      その醜い異形のまま、くたばれパラドックス」

「モドラナイ? ニンゲンニ、モドラナイ?」

从 ゚∀从「元から人間じゃねェだろ。てめェはただの化け物だ、ボケ」

静……。

一瞬の静寂。
天使が通っただとか、ハッピーアイスクリームといえばアイスをおごって貰えるとか、そんな噂のある静寂。

その静寂を食い破る。

カタワさんの

泣き声。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:09:00.03 ID:Ppd63ivs0

「モド! モドレナイ! モドラナイ! モドリタイ! キャア゛ア゛ァ゛アアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

瞬間、アスファルトを砕きながらカタワさんは闇空へと飛び上がった。
限界まで右腕を後ろに引き絞る。
狙いは残酷な真実を告げた相手。

降下と同時に女の頭部目掛けて鉄槌のような豪腕が振るわれるはずだ。
直撃すればトマトのように頭が吹き飛ぶだろう。

にも拘らず女は動かない。
静かに目を閉じ、深い呼吸を重ねている。

来る! と私が叫んでも一向に迎撃の姿勢を見せない。
いや、女の体は最早迎撃出来るだけの状況ではないのかもしれない。

脇腹に開いた穴からは
今なお湧き水のようにどす黒い液体が滾々と流れ出ている。


从 ‐∀从「……整った。おい間抜け。ラスト、双崩」


女は小さな声でそう告げた。

え、と私が声を上げるより早く、了解との返答が誰もいない空間から帰ってきた。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:11:22.49 ID:Ppd63ivs0

化け物の異様に捩じれた体躯から最大級の溜めをもって放たれる横薙ぎの拳。

重力と遠心力という武器を纏い女を粉々にせんと轟音をもって急接近する。

と同時、女は体をカタワさんに向ける。
そのままゆるりと構えを取り、右足を強く踏み込む。

その衝撃でアスファルトが大きく揺れる。
女の腹部からは血が噴出す。

カタワさんの右腕が女の頭部へ吸い込まれるような軌跡を描いて近づく。
女は腹の痛みに顔をしかめるがそれも一瞬。

飛来する豪腕だが所詮腕。
人体の一部の形を成している限り
彼女の技は通用する。

素早く化け物の内肘に左手の甲を滑り込ませる。
そのまま自分の肘の側面を硬く握られた拳の下へあてがう。

幾度となく潜り抜けてきたパラドックスとの戦闘。
経験と鍛錬が、一分の遅れすら許されないシビアなタイミングを完全に合致させた。

女はそのまま己の左腕ごと化け物の体を大きく逸らす。

ぐら付き崩れるカタワさん体に叩き込まれる

二度目の『崩』

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:13:37.08 ID:Ppd63ivs0






           シャ ッカ ソウ ホウ
从 ‐∀从「―――射 華 双 崩」











35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:19:10.97 ID:Ppd63ivs0



捻るように回転を加えた左掌を透して勁という名の砲弾を
異形の腹部を押し上げるようにブチ当てる。

『螺旋勁』

丹田に溜めた勁を遠心力を持って打ち出す技。
腹部、胸部、肩、腕、手首を経由し打ち出される瞬間、勁を螺旋の如く回転させる。
ライフルのように貫通力のある一撃を相手に叩き込む。

十分に練られた勁とはいえないが、崩れた体にとって十分すぎる威力の一撃である。
その衝撃は、カタワさんの内部を貪り尽くし後方へと抜け、夜空の何処かへと四散した。

異形は吹き飛び、錐揉みしながら糸の切れた操り人形のようにグシャリと地に堕ちた。

そしてそのまま大量の吐瀉物吐き出しながら、女の拳がめり込んだ部分を掻き毟りだした。
ヴァエ゛エ゛と死にかけの蝉の様な音を喉からだし苦しみももがいている。


血液と吐瀉物を撒き散らしてなお
消えはしない。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:22:30.61 ID:Ppd63ivs0

从;‐∀从「ふぅ、パーペキなタイミング……だぜ……」

ドサッ

/ ゚、。;/「あっ」


私はあまりの出来事に声を無くしていたが、
女のほうも地面に倒れこんだのとあたりに充満し始めた酷い異臭で我に返った。
あわてて女を抱き起こし声を掛ける。

/ ゚、。;/「大丈夫ですか! ねぇ、ちょっと!」

从#‐∀从「あ゛? 大丈夫に見えるかフシアナ。体中痛ェよボケ」

悪態をついてはくるが、額に珠のように汗が浮かび体温も高い。
目の焦点もあっていないように思える。

(  )「おい、まだだ。まだ滅せていない。
    やはり、この都市は異常だ。
    この程度のパラドックスが『口裂け』並みの耐久をしている」

野太い声の主の言葉に、マジで? と女は答える。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:24:52.74 ID:Ppd63ivs0

从 ‐∀从「ウチはもう無理。これ以上はマジでデッドする」

(  )「『契約者』だ。それ位分かる。処置しなければ残り二時間程度の命だ」

从 ゚∀从「くそ、誰かに連絡して助けてもらうか」

(  )「ダメだ。それでは私の情報量が増えない」

从 ゚∀从「お前、ウチと自分どっちが大事だカス」

(  )「無論、私だ」

从#‐∀从「……あ゛ーも゛ー! 契約解除してェ!っ痛ェ!」

(  )「私はエーテル体に干渉する能力を持ち合わせていないから、もうちょっとお前頑張れ」

从 ゚∀从「そろそろ大概にしとけハゲカス。あーもうどうすりゃ納得すんだよ。もう早く連絡入れて帰りたい」

(  )「……そのガキを使うのはどうだ」

从 ゚∀从「……にゃるへそ」

不可視の野太い声の主と死にかけの女の会話は
ある一つの結論で纏まったらしい。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:26:58.52 ID:Ppd63ivs0

非常に嫌な予感がする。
先ほど己の矮小さに打ちひしがれていた者には到底不可能な何かを私にやらせる算段だ。

从 -∀从「仮契約程度でも十分……上手く行けば適合体もゲットか」

(  )「どうだ、美味い話であろう」

从 ゚∀从「よっしゃ、背に腹は代えられネェ。背にも腹にも穴は開いてるが、それでいこう。おい、お前」

……はい。

私は苦笑いをして返事をする。
額に汗を浮かべた女も薄ら笑いを浮かべている。
野太い声が私に話しかける。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:29:51.14 ID:Ppd63ivs0

(  )「餓鬼、今からお前にそのパラドクスを滅してもらう」

从 ゚∀从「なに、簡単だぜェ。二秒で終わりだ」

/ ゚、。 /「い、意味が分かりません」

从 ゚∀从「こっちが力を貸してやるからそこの化け物ぶっ殺せってこった」

/ ゚、。 /「え……」

从 ゚∀从「ホントもう凄い楽だからなんの心配も無いぜェ」

/ ゚、。;/「無理です……だって、私は一般人なんですよ!?」

海老の背に包丁を入れたときのように痙攣を繰り返すカタワさんを横目に
私は答える。

それに対して女は哂う。
口の端から血を垂らしながらさも愉快というように哂う。


40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:32:57.80 ID:Ppd63ivs0


从 ゚∀从「一般人? 笑わせんなタコスケ。自分からこっちに来といてそんな言い訳通用するか」

(  )「奴には『一般人』を引きずり込むだけの力は残されていなかった。お前は自らこちらへと歩を踏み出したのだ」

/ ゚、。;/「さっきからなんなんですか! こっちってなんなんですか!」

思わず声を荒げてしまう。

ここはどこなんだ。日常は、私の暗い日常はどこにいったんだ。


从 ゚∀从「ここがどこだ、か。教えてやるよ」


ロア、と女は口の端を吊り上げて答える。
深淵、と野太い声は嘲笑うように答える。

(  )「さぁ人の子。お前の名を示せ。仮契約だから名だけでいい。さぁ、名を」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:37:29.71 ID:Ppd63ivs0

野太い声がゆっくりと言葉を紡ぐ。
私は、それに逆らうことが許されていないかのように口を開いた。

/ ゚、。 /「……ダイオード。鈴木ダイオードです」

(  )「ダイオードか。厭な名だ。だがまぁ仕方あるまい。さぁダイオード。矛盾を滅するために矛盾を欲せ。お前を象る矛盾を見せろ」

野太い声が叫びを上げる。
瞬間、私の目の前から黒い光が溢れ出す。
この夜よりも暗い暗い輝きが空間を歪めるように湧き出す。

/ 、  /「ガッ!」

急に体が締め付けられた。
心臓が痛い。誰かに強く握られているような感覚。
呼吸ができない。眼球の裏で蟲が這いずっている。

痛い。痛い!

黒光は際限なく溢れ続けるかと思われたがやがて収縮を始める。
その空間ごと切り取るように収束する。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:39:30.52 ID:Ppd63ivs0








腕が、浮いていた。








44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:41:41.27 ID:Ppd63ivs0

獣と人間を合わせたような掌。
中指には気味の悪い色を放つ指輪がはめられている。
手首から肩口までは手甲のようなもので覆われていた。

「仮ではここまでだ。名も明かせん。だが、力は確かに譲渡する。制限はあるがな」

心臓の鼓動は更に大きくなる。
眼球の裏だけでなく血管の隅々まで蟲が這いずっている感覚がある。

吐息が熱い。
耳鳴りがする。

断続的に続く断末魔のような耳鳴り。


気分がいい。
気持ちがいい。

从 ゚∀从「上玉だ。ラッキーだねえェ」

女がいひひと子供のような無垢な顔で笑った。
仮とは言え契約者だ、このくらいでないと困ると腕が喋った。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:46:21.91 ID:Ppd63ivs0

/ 、  /「ど う す れ ば い い」




自分の物とは思えないほど下衆びた声が喉から出た。

口の端が吊り上ってるのが分かる。
目が半月状に歪んでるのが分かる。

怪異だ。
私は怪異になった。
怪異の証明が私だ。

最高だ。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:48:48.04 ID:Ppd63ivs0


今まで私を蔑んだ奴ら全部ぶっ殺せそうだ。

殺せる絶対殺せる。

(  )「簡単だ。この腕が触った部分を思ったようにぶっ壊せ。ただし武器は不可だ。お前の身体だけでぶっ壊せ」

武器なんて要らない。

拳が、脚が、口が、指があるじゃないか!

宙を漂う腕がゆっくりと降下を始める。
やがて汚物に塗れるように痙攣を繰り返す獲物の頭部の高さで止まる。
そしてそのまま優しく、優しくその頭をなで始めた。

そこ、そこなんだね。
そこを壊せばいいんだね。

私ね、さっき凄いのを見たんだ。
地面を揺るがすほどの踏みつけ。

あれ、やりたいなぁ。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:51:07.47 ID:Ppd63ivs0

一歩、また一歩と目の前に転がるゴミみたいな物体に近づく。
鼻を付く臭いが一層濃くなる。
でももう気にならないんだ。

私の背中を女が眺めているのが分かる。
ニヤニヤと厭な笑顔を浮かべているんだろう。
先程までアホのように喚き散らしうろたえていた私が
こんなに楽しそうに笑っているのが可笑しくてしかたないんだ。

だがそれも、いいだろう。
思う存分笑えばいい。
新しい命の誕生は誰もが笑って祝福せねばならない。

私は生まれ変わったんだ。

卑屈で孤独な私は死んで、強く美しい私が生まれた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:54:54.26 ID:Ppd63ivs0


やがてソレにたどり着いた。

残っている二肢もあらぬ方向へと折れ曲がり、
体中のいたるところが紫色に変色し膨れ上がり
内部から破壊しつくされているのが見て取れる。

だが死なない。

もがき、苦しみ、唸り、吐く。

でも、死ねない。

ゴミが筋繊維が剥き出しになった右腕で私の足を掴んだ。

「ホシイ、ホシイ」

血反吐に塗れた頬を摺り寄せてくる。
私はソレを無造作に振りほどくと、思い切り踏みつけた。

「ガアアアアアアアアア!!!!」

ゴミが声を上げれば上げるほど私の中の黒い愉悦はとめどなく溢れてくる。

汚らしく折れ曲がった腕の皮を肉を骨を、剥がす引き裂くすり潰す。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:57:26.51 ID:Ppd63ivs0

「ヤ゛メ!ヤ゛メ゛デ!モウナグジダグナイ゛!」

/ 、  /「うるさい」

踵を強く後ろに引くと、それに付属するように化け物の右腕が取れた。

不愉快な叫びが耳を劈く。

……もう、いいや。

足の下に転がる右腕を蹴り飛ばす。
深淵に吸い込まれるようにそれは消えてしまった。
化け物はソレを追いかけるために、芋虫のように体を使って這いずりだした。

ア……アア……。

鳴き声なのか泣き声なのか。その判断すらも億劫だ。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/26(土) 22:59:50.71 ID:Ppd63ivs0
終わりにしてしまおう。

大きく右足を振り上げる。
上がるギリギリの高さまで。

精一杯。
目一杯。

その分だけ威力が上がる。きっと、上がる。

ここで、これを壊してしまうのが勿体無いと若干の逡巡があったが
すぐに解消される。

だって。だってこの世にはまだまだ一杯、矛盾【化け物】はいるんだもの。

私は思い切り足を振り下ろした。


――――ぐちゃ……。


"怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。"


……To Be Continued






戻る 次へ

inserted by FC2 system