ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

4 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:11:39.18 ID:Hw+3Lqlo0


 後に残るものなど無かった。


川ヮ゚リ「ですワ♪」


 白い頬を持ち上げて微笑むサダコの前に、残るものなど。

 全ては、破砕された。

 壁も床も天井も吹き飛び、居並ぶ教室たちは爆弾でも落とされたかのような惨状。
 舞い上がる砂と埃がもうもうと立ち込める中で、露わになった天蓋から星が瞬く。
 いつのまにか、分厚い雲も晴れてしまったらしい。

6 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:14:25.31 ID:Hw+3Lqlo0

川ヮ゚リ「吹っ飛びましたワね。全部吹っ飛んで、全部ブッ殺しちゃいましたワね!」

(-@∀@)「ヒヒヒヒ! ヒヒ、結構。結構ですよ、サダコ。ご苦労さまです」

 ぱんぱんと、アサピーの乾いた喝采が響く。

 塵芥と瓦礫の山と化した、中央校舎三階で聞こえるのはそれだけ。
 ハインも、フサギコも、姿が見えない。音も立てない。
 直撃を受けたのだ。

 サダコの言葉通り、吹き飛んでしまったのか。

(-@∀@)「さすがは『龍の唄声(ドラゴンブレス)』。
       最大出力でなくともこの威力とは……いつ見ても素晴らしい」

川ヮ゚リ「まったく。久々の本腰入れた発声は喉が疲れますワ」

8 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:16:55.06 ID:Hw+3Lqlo0

川д゚リ「しかしこれで終わりですの? 何だか思ってたよりあっさり過ぎますワ」

 んーんー、と調子を確かめるように喉を鳴らし、サダコはアサピーに食い入る。
 物足りぬとばかりに身震いする彼女は、子供のように喚き散らすだけ。

川д゚リ「アサピーアサピー、次は誰ですの? 次に殺すのは誰ですの?」

(-@∀@)「ヒヒ、元気なのはいいことですけどね、今はもう打ち止めにしましょう」

川д゚リ「何でですの? 殺し足りませんワ、私。サダコは殺し足りませんワよ!」

(-@∀@)「心配せずともあなたの出番はすぐに増えますよ、ですから……」

 少々鬱陶しげに彼女を押し下げ、アサピーは再び携帯電話を取り出す。
 次いで流れ出すのは、サダコの封印を解き放ったあの音だ。
 耳を貫く微かな高音は、星空の下で静かに響く。

9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:19:10.01 ID:Hw+3Lqlo0

川д゚リ「ぐっ……!」

 サダコは頬笑みを絶やし、白い顔に幾重もの皺を作る。
 影の落ちる表情は苦悶のそれだ。

川д゚リ「ぐぅう……私は、サダコは、まだ……!」

(-@∀@)「眠ってなさい。あなたを自由にし過ぎると私の身が危うくなる」

川д-リ「…………っ」

 瞼は閉じられる。

 一呼吸の後、再び開かれたそこにあったのは黒い瞳。
 狂気や殺意を孕んだ真紅ではない。

 静かで、穏やかさに満ちた漆黒だ。

10 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:21:35.74 ID:Hw+3Lqlo0

川д川「――あっ」

 目覚める、それは表の『貞子』

川;д川「あ、あああ、あぁ、あ、なんてことを……」

 目の当たりにする光景は、己が業の深さを知らしめる。
 ただでさえ危なっかしい、ひょろりひょろりとした彼女の重心が余計に崩れた。
 指でつんと突けば、そのまま砕けて倒れ落ちてしまいそうなほどに。

川;д川「サダコ……何てことを、恐ろしい……そんな、あぁ」

 もうダメ、もうダメ……とうわ言を繰り返す彼女。

 その肩に、残酷にもアサピーは手を乗せた。

12 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:24:07.88 ID:Hw+3Lqlo0

(-@∀@)「仕方なかったんですよ、貞子先生。
       やられる前にやる――それはずっとずっと、戦場で学んできたことでしょう?」

川;д川「違う、違います……この子たちは、この子たちはただの子供で……」

(-@∀@)「違いませんよ。彼らは望んで学園を戦場に変えたんですから、ね」

 彼の言葉に情は無い。

 サダコを押し退けたアサピーは、地面に横たわるセントジョーンズへ。
 抱え上げる、さも重そうに。しかして労わる様子は微塵もなく。

(-@∀@)「この様子ではさっきの二人は回収できませんねえ」

川;д川「ま! 待って下さい、すぐに助け出せばもしかしたら……!」

13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:26:46.33 ID:Hw+3Lqlo0

(-@∀@)「あ゛〜〜?! 無駄ですよお、あなたの『声』が直撃したんですよおぉお?」

川;д川「うっ……う、ぅう」

 辛辣な言葉。

 それを前に、ただ貞子は黙すのみ。
 己の所業を呪う故に。己の罪の重さを知る故に。
 あまりにも残酷で、どうしようもない状況。握った手の平に爪が食い込む。

 ちっぽけな貞子には、何も出来なかった。

 子供をたった二人助けることさえ、出来ないのだ。

川;д川「う、う、ごめんなさい……ごめんなさい……」

15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:29:09.90 ID:Hw+3Lqlo0

 彼女は相手もいない謝罪を繰り返す。
 悲痛な懺悔が、廃墟と化した中央校舎にぽつりぽつりと溢された。
 アサピーは、そんな今にも崩壊しそうな貞子の様子を、満足そうに見つめるだけ。

 にゅっと引き攣った笑みが、嫌味ったらしく。

 また、不気味だった。

16 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:31:05.11 ID:Hw+3Lqlo0



ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

第二十八話『撤退戦』



17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:33:52.73 ID:Hw+3Lqlo0

 * * *

 一時の静寂の後、瓦礫の一角が崩れる。

 ごろごろとコンクリート片が転がっていく中、立ち上がるのは小山のように広い背中。
 それは傷だらけになっていた。背中から思いっきり、崩れた天井を受け止めたのだろう。
 痣と血で斑になった姿は痛々しい。

ミ,,-Д-彡「ぐっ……はっ……」

 それでも、彼が痛みに耐え留まった理由は一つ。


从;-∀从


 胸の内に、少女を掻き抱くがため。
 彼女を守るために、全ての痛みと衝撃を請け負ったのだ。

18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:36:12.54 ID:Hw+3Lqlo0

ミ;,,゚Д-彡「ぶ、無事か……ハイン……?」

从 -∀从「くっ……」

 小さな呻き声を上げ、目を開ける。

 フサギコが四つん這いになり、崩れた校舎の中に出来た唯一の安全地帯。
 彼女はそこで小さく丸まっていた。怪我は見当たらない。

从;゚∀从「う……ちく、しょう……どうなった?」

ミ;,,-Д-彡「わからん……が、何とかやり過ごせたみたいだな」

 辺りに敵――教師二人の姿が見えないと判断すると、限界とばかりにフサギコは横倒しになる。

ミ;,,゚Д゚彡「あいつらは何なんだ? 銃や二重人格、おまけにこの有様だ。
       人間が単にデカい声だけで建物を吹っ飛ばすなんて、ありえないぞ。天井まで壊しやがった」

20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:38:35.58 ID:Hw+3Lqlo0

 大の字となった彼は頭上に広がる夜空を見て、呆れ返る。
 とても信じられない事態と光景に、混乱するあまりか逆にどこか落ち着いていた。
 騒ぎ立てる元気もないのだろうか。

从;-∀从「特殊な発声法なのか……いや、今はそんなことどうでもいい」

 比較的無傷ですんだハインは立ち上がり、足元の瓦礫を押し退ける。
 改めて見ると衝撃的だ。鉄筋コンクリートがまるで、豆腐のように砕け散っていた。
 今の自身の無事にさえ、実感が湧いてこない。

从 ゚∀从「セントジョーンズがいねえ……連れて行かれたか」

ミ,,-Д-彡「……俺たちは殺すつもりだったのか?」

 人気の消えた闇の中、たった二人残された。
 それでもお互いの反応はちぐはぐだ。

22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:41:25.40 ID:Hw+3Lqlo0

 ハインは湧き上がる疑問を押し殺して平静を装い、フサギコはそれを素直に吐き出す。
 
ミ#,,゚Д゚彡「信じられん! あれでも教師なんだぞ!」

从 ゚∀从「落ち着け、逆だ。自分たちでも言っていたように、奴らの本性は教師じゃない」

 少なくとも、まず一般人とも思い難い。

从 -∀从「結局、それでも奴らが何者なのかは分からん……。
       分からんが、とにかく教師側が武喝道に気付き、それに対してアクションを起こした」

 今までの、風紀委員各位による隠蔽工作に何か漏れがあったのか。
 それとも、自身の身も顧みずに教師たちへと情報をリークした者がいたのか。
 いずれにせよ、これは緊急事態だ。

从 ゚∀从「色んな点でマズい。最悪、武喝道の運営そのものに支障を来しかねん」

23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:43:37.35 ID:Hw+3Lqlo0

ミ,,゚Д゚彡「――思うんだが……」

 一声吼えて、落ち着きを取り戻したのか。
 神妙な面持ちのフサギコは、静かに提案する。

ミ,,-Д-彡「これはもう、学園の内部だけの問題じゃあないんじゃないか?」

从 ゚∀从「というと?」

ミ,,゚Д゚彡「このVIP学園が、人殺しまがいの危険人物をずっと囲っていた。
      それだけでもかなりヤバい事態だ。もう武喝道や生徒会なんて言ってる場合じゃないだろう!」

从 -∀从「なるほど……」

 ハインは彼の言わんとせんことを悟り、溜め息をつく。

24 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:46:32.57 ID:Hw+3Lqlo0

从 ゚∀从「なら警察に通報でもするか? 今まで起きたことをそっくりそのまま?」

ミ,,゚Д゚彡「……それも仕方ないことだろう」

从 -∀从「無駄だな。教師たち――聖斗指導部はそんなことを許しはしないはず」

ミ;,,゚Д゚彡「なっ」

从 ゚∀从「さっきの様子じゃ、奴らの背後には校長の影がある。
      この巨大学園のトップ――界隈でも有数の実力者と聞いている、荒巻のジジイがな」

 莫大な資金力と広大なる人脈を持つ、荒巻学園長。
 彼の力は巨大にして絶対だ。僅かな波も、彼の前にはただ砕けるだけ。

从 -∀从「揉み消されるさ。それだけの圧力が学園長にはある」

25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:48:43.89 ID:Hw+3Lqlo0

ミ#,,゚Д゚彡「馬鹿な! 俺たちは殺されかけたんだぞ、それが何も無かった事になんて!」

从 ゚∀从「落ち着け。結局、オレ達に出来ることなんざ限られてるんだ。
      いまはまだ成り行きに身を任せるしかねーんだよ。それより、もっと性急な問題がある」

 怒りの矛先をどこに向ければいいのか分からずに、燻ぶるフサギコ
 うな垂れる彼を前に、ハインは壊れた壁際に足をかけ身を乗り出す。

 覗き込む場所は東校舎――静けさに沈んだそこは、どこか不気味。

从 ゚∀从「こちらに追手がかかったことを考えると、ヒートたちにも危険が迫ってるかもしれん」

ミ,,゚Д゚彡「っ!!」

 経緯は知れない。
 しかし何かの理由で、この戦いが教師たちの耳に届いた。

28 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:51:41.60 ID:Hw+3Lqlo0

 彼らがヒートたちのことを知らぬとは思えない。

从 ゚∀从「まさかその聖斗指導部が、たった二人ってわけじゃあるめえ」

 必ず、貞子とアサピーら以外の者がいる。
 そして十中八九、その者たちはヒートたちに接触――あるいは襲撃をしているはず。

ミ;,,゚Д゚彡「あんな化物のような奴らがまだ……」

从 ゚∀从「とは言っても、素直姉妹各位もそれなりに化物だがな。
      オレ達みてーに一方的にやられるようなことは、まぁ無いと思うんだが……」

 静まり返った学園で、何か異常な事態が起きている。

 平然を装うが、ハインとて心中は穏やかではない。
 目の前で銃を撃たれ、このザマだ。固く握った拳はまだ微かに震えている。

 そして、教師たちの口から漏れ出た真相の欠片。

 その存在が、余計に彼女の心に焦りを生んだ。

29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:54:05.32 ID:Hw+3Lqlo0

从;゚∀从 (何なんだよ……何が起きている? さっぱり分からねえ)

 疑問は尽きない。
 結局のところ、ハッキリとしたことなど何一つないのだ。
 むしろ、頭を悩ませる要因が一段と増えたようにしか思えない。


 生徒会、誘拐事件、聖斗指導部、校長――そして武喝道。


 言い知れぬ不安に苛まれ、ハインは思いっきり壁を殴り付けた。
 小さな拳は擦り?けて、ひびだらけの壁面に小さな赤い点を作る。

 しかし、それは余りにも微かな点で。

 まるで彼女たちの立場を象徴するように、嘲笑っていた。

31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:56:38.20 ID:Hw+3Lqlo0

 * * *


川;゚ -゚)「ば、かな……!」


 後ずさる彼女がこぼした言葉は、弱々しい。

川  - )「ぐっ……」

 膝は再びつかれる。
 呆気ない。この武喝道においてトップクラスの実力をもつ彼女が、今夜だけで二回も。
 それも同じ人物に、敗北の苦汁を舐めさせられている。

  _、_
( ,_ノ` )「もう、立てんだろう」


 圧倒する者――渋澤は静かに諭す。


32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 22:59:33.04 ID:Hw+3Lqlo0

 その構えられた掌。固く、強者のオーラを纏う拳。
 まっすぐ突き出された状態は、すなわちクーを打ち抜いたという証拠。
 対して、彼はダメージをっている様子はない。

川;゚ -゚)「不可視の……カウンター……!」

 押さえ付けた胸。

 息もまともに出来ぬ痛みが、そこに留まっていた。
 先のに加え、まったく同じ箇所に反撃を受けたのだ。
 重ねられた打撃は、まず確実に彼女の肺腑に甚大なダメージを与えている。

 膝が震え、呼吸のリズムも不安定。

34 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:01:45.28 ID:Hw+3Lqlo0

 クーは確かに渋澤に全力攻撃を加えた。
 それも投げ落とし、受け身を取らせた無防備な時にだ。
 しかし、渋澤は無傷。加えて自分がカウンターを受ける始末。

 ――強すぎる。

 彼女の脳裏を支配する思考は、単純にそれだけ。
  _、_
( ,_ノ` )「大人を舐めるなよ、柔拳使い。
     お前以上の使い手なんぞ、この世には掃いて捨てるほどいるんだ」

川;゚ -゚)「知れたことを……!」

 彼の攻撃を読み切れなかった。
 どうしてもどうしても、打ち合いの最中で見ることのできない一手が存在する。
 それはクーの防御をいとも容易くすり抜け、急所を打った。

35 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:04:07.20 ID:Hw+3Lqlo0

 間違いなく、両者の間には差がある。

 そう簡単には縮められそうにない、差が。
  _、_
( ,_ノ` )「――ふっ!」

 おもむろに、渋澤の突きが迫る。

川#゚ -゚)「く、はぁあああ!」

 今度こそ袖を取り、投げ倒さん。
 打ち合いでの軍配が向こうに上がるのならば、受けに回って勝負を制す。
 クーはそう勇みながら、渋澤の拳を絡めんと腕を伸ばした。

 それは負けたくないという単純な意地。
 そしてこの場で唯一、自分だけがまともに彼を相手に出来るであろうという過信から。
 焦りだった。ドクオが倒されたのも、要因かもしれない。

37 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:06:35.94 ID:Hw+3Lqlo0

 だからなのか。

川  - )「がっ!?」

 握り拳は彼女の頬を叩く。

 捉えられなかった。
 開いた掌も、虚しく空を掴むだけ。
 まず単純に、反応速度が追い付いていないのだ。


ノハ;゚听)「クー姉ぇええええ!!」


 ヒートの叫びがわんわんと反響する中、最強の姉はあっさりと叩きのめされる。


38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:09:31.06 ID:Hw+3Lqlo0

 弾き飛ばされ、床を跳ね、不様に落ちたのはドクオの傍。
 顎に思いっきり入った打撃のせいで、ぐらりぐらりと視界は揺らぐ。

 起き上がることも出来ない。

 思わず伸ばした腕も、血を吐き苦しむ彼には届かなかった。

川  - ) (なんて……私は……無力なんだ……)

 不甲斐なさに押し潰されてしまいそうになる。
 何一つ守れない。ドクオもヒートも、自分のプライドすらも。

 己が誇り続け、鍛えてきた力はこんなものなのか。

 肝心な時は全く役に立たない。なんて、なんて脆い。

39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:12:35.06 ID:Hw+3Lqlo0

ノハ;゚听)「クー姉ぇ! しっかりしろ!」

 覆い被さるヒートが、懸命に声をかけようとも。
 クーの意識はもう奪われつつあった。揺らぎ、消えいる寸前の灯のように。

川  - )「に、げるんだ……ヒート。ドクオを連れて……無理なら、お前一人でも!」

 ならばせめて、全滅だけでも防がなくてはならない。
 クーは自分を揺さぶり動かす従妹を、残った僅かな力で押し返す。
 構うな、逃げろ――と。

ノハ;゚听)「そんな、だから、一人だけなんて……」

川  - )「た、のむ……せめて、お前は……」


 震える手がヒートの胸を突いたかと思うと、ぱたりと床に落ちる。


40 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:15:48.47 ID:Hw+3Lqlo0


 クーは気絶した。


 最大級の屈辱と敗北を与えられ、くやしさに包まれるまま。
 もう彼女には、戦う意志も力もない。

 乱れて散った黒髪が、今は哀しく頬を撫でるだけ。

ノハ )「…………!」

 震えた。

 体の底から、魂が芯から。
 怒りなのか、哀しさなのか。ヒートには区別がつかない。
 溶けた鉄が胃袋の中で、ぶくぶくと煮えたぎっているような感覚。

41 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:18:04.19 ID:Hw+3Lqlo0


( A )

川  - )


 仲間たちがやられた。倒された。
 その事実は、彼女の燻ぶりかけていた闘志を再燃させる。これ以上無いほどに。
 やるべきことは一つだ。

 ただし、それはクーの示す逃走の道ではない。


ノハ#゚听)「渋澤ぁあああああああああああああああ!!!」


 『闘争』の道である。


42 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:20:37.12 ID:Hw+3Lqlo0

 咆哮の後に、地を揺らがせて彼女は屹立した。
 眼を血走らせ、髪を逆立て、血管が千切れんばかりに血を滾らせる。
 むせ返るほどの熱気が噴き上がり、見る見るうちに彼女を纏う渦となった。

 奇しくも、先程のミルナ戦で見せたのと良く似た現象だ。
  _、_
( ,_ノ` )「……やっとか」

 その見れば気圧されそうな怒涛のプレッシャーを前にして尚、渋澤は平然と向かう。
 ネクタイを少し緩めながらも、構えるは剛拳。必殺の凶器。
 臨戦態勢をとる強者は少し、口角を上げながら呼びかける。
  _、_
( ,_ノ` )「それでこそお前だな、素直」

ノハ#゚听)「うっせえええええええええ!!」
  _、_
( ,_ノ` )「俺は強いぞ。やるなら一切手を抜かず、全力で来い」

ノハ#゚听)「うっせえっつってんだろがああああああああ!!」

43 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:23:27.08 ID:Hw+3Lqlo0


 屈伸から一コンマ、疾駆。


 一個の火の玉と化す彼女は、猛然と渋澤へと向かう。
 伸びたポニーテールで真紅の尾を引きながら、突撃するままに拳を振りかぶった。
 怒りはなによりも、人のボルテージを高めるもの。

 ヒートとて例外ではない。

ノハ#゚听)「がぁあああああおおおおおおおおおおお――!!」

 渋澤へと叩き込まれる、乱打乱打乱打。
 鋼鉄をも砕く烈火の拳がいま、間違いなく全力全開で降り注いだ。
 その速度、その重さは今までに比類が無い。

45 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:25:35.89 ID:Hw+3Lqlo0
  _、_
( ,_ノ` )「ぬん――っ!!」

 だが、こちらも負けてはいない。
 身を砕かんと迫る拳を、突き出す掌が防ぎ続ける。
 それも全方向、全攻撃を余すところなく防御、防御、防御。

 まるで硬き壁――あるいは盾だ。

 ヒートの拳を吸い込み殺す、彼の手はまさしく鉄壁。

 絶対なる防御と、寸分狂わぬ読み。
 加えて、全力のヒートすらも凌駕しかねん反応速度を持つ。

 眼前を覆い尽くす掌の壁は残像を帯びていく。

 そう、さながら手が千本あるかのような錯覚を生み出しながら。

46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:28:06.62 ID:Hw+3Lqlo0
  _、_
( ,_ノ` )「千の手は盾のように全てを制し、網のように全てを絡め取る」

ノハ;゚听)「っ!」
  _、_
( ,_ノ` )「然らば、空いた敵の懐へと――……」

 背筋を走る冷たい感触。間違いなく、必殺の一撃の気配。

  _、_
( ,_ノ` )「――強弩の一撃を放たんっ!!」


 しかし、その掌打は光速。

ノハ )「がっ!!」

 全く同じだ、クーの時と。

47 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:30:35.45 ID:Hw+3Lqlo0

 打ち合いの果てに、知覚すらできない痛烈な一手が叩き込まれる。
 敵の隙を完璧に突く軌道、不可視の速度。
 防ぐことも避けることも不可能だ。

 絶対の防御から繰り出される、絶大なる反撃。

 究極のカウンター、『千手網弩』。

  _、_
( ,_ノ` )「――終わりだ」


 突き抜ける衝撃が、ヒートの胸を穿つ。

ノハ )「ごふ……っ!?」

48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:33:07.16 ID:Hw+3Lqlo0

 びりびりと全身が痛みに軋んだ。
 思わず、繰り出していた乱打も止んでしまう。
 ヒートが思わず手を休めるほどだ。並大抵の威力ではない。

 これほどの使い手が、こんなにも近くにいたとは。
 ヒートは知らなかった。顧問であり担任である渋澤が、これだけの力を秘めていたことを。

 感づかせることすら、彼は許さなかったのだ。
  _、_
( ,_ノ` )「軽いな」

 今にも崩れ落ちそうな身体を、根性だけでもたせるヒート。
 彼女にかけられた言葉は辛辣だった。
  _、_
( ,_ノ` )「お前の拳は軽く、幼い。クール以下だ。弱い強い以前の問題だな」

ノハ;゚听)「何、を……!」

49 名前: ◆b5QBMirrJE[※訂正] 投稿日:2009/11/07(土) 23:35:29.07 ID:Hw+3Lqlo0

 びりびりと全身が痛みに軋んだ。
 繰り出していた乱打も止んでしまう。
 ヒートが思わず手を休めるほどだ。並大抵の威力ではない。

 これほどの使い手が、こんなにも近くにいたとは。
 ヒートは知らなかった。顧問であり担任である渋澤が、これだけの力を秘めていたことを。

 感づかせることすら、彼は許さなかったのだ。
  _、_
( ,_ノ` )「軽いな」

 今にも崩れ落ちそうな身体を、根性だけでもたせるヒート。
 彼女にかけられた言葉は辛辣だった。
  _、_
( ,_ノ` )「お前の拳は軽く、幼い。クール以下だ。弱い強い以前の問題だな」

ノハ;゚听)「何、を……!」

51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:38:22.35 ID:Hw+3Lqlo0
  _、_
( ,_ノ` )「俺の防御を叩き砕くだけの意志を感じられん。空っぽだよ、お前の拳はスカスカだ」

ノハ#゚听)「っ!!」

 震える拳を思いっきり打ちこむ。狙いは胸板。
 しかし、小さなそれはがっちりと受け止められ、振り払うこともままならない。
 呆気ない。何故こうも、呆気ないのか。
  _、_
( ,_ノ` )「何も詰まっていないような拳で、何が守れる? 何に抗える?」

ノハ;゚听)「離せ、ちくしょう! 離しやがれ!!」
  _、_
( ,_ノ` )「お前は無力だ。守れるものも手に入れるものも、今のままではひとつも無いっ!」

 拳を掴んだまま、ブン投げられるヒート。

53 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:41:09.09 ID:Hw+3Lqlo0

ノハ )「がっ!?」

 後方へと吹き飛び、受け身もままならずに背中から落ちる。
 痛みは元より、屈辱もまた大きい。

 それでも力及ばず、彼女はただ空しく倒れ伏すばかりだ。

ノハ;--)「うっ、くそ……何で!」

 弱い。

 その一言は、かつて感じたことも無いような重みを持って襲いかかってくる。
 どうしようもない。今までは勢いと力で全てを解決してきたが、今回ばかりは無理だ。
 純粋に、彼女に出来ることは何もない。あえなく、敗北するだけ。

 やはりクーの言うように、一人逃げることが正しい道だったのか。

55 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:43:37.38 ID:Hw+3Lqlo0

ノハ;゚听)「…………っ」

 違う、と言いたい。

 しかし、この状況では声を大きくも出来なかった。
 結局、感情に任せて突っ込んでは圧倒されている。
 事態は好転するわけでもなく、明確な差を見せつけられているだけ。

 ヒートはただただ悔しかった。
  _、_
( ,_ノ` )「…………」

 渋澤は、現実に押し潰されそうな彼女をただ見つめている。
 トドメを刺そうとする素振りでもない。じっと静かに、眼差しを送るのみ。
 動きが無い。今なら、逃げようと思えば逃げられるかもしれない。

ノハ;゚听) (私は、私はどうすればいい……? どうすれば……)

56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:46:24.88 ID:Hw+3Lqlo0

 それでも、迷いが行動を遅延させる。
 思考がぐるぐると同じところを巡っては、一向に答えが出ない。
 このままでは、何も解決しない。全滅だ。

 仲間たちを見捨て、己が身だけでも救うのか。

 それともこのまま立ち塞がり、一縷の奇跡に賭けるのか。

 胸の内から、込み上げてくるものがある。目頭が熱い。
 今この場で、一人であることが辛かった。
 誰かに助けて欲しいという、切なる思いも虚しく。

 願っても、願っても、助けに来てくれる者などいないのだ。

 そんな絶望に落ちかける最中、声が上がった。

58 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:49:43.84 ID:Hw+3Lqlo0


/ ゚、。 /「――で、どうするんだし?」


 立ち尽くす渋澤の背後から滑り出るように、酷く小柄な女が現れる。
 小柄と言うには小さすぎる、もはや子供の体格だった。

 闇に溶け込むようなロリータファッションに身を包み、ストラップシューズが床を叩く。
 姫カットの髪は夜空で染め上げたかのように紺色だ。
 息を呑むような存在感を孕み、彼女はハスキーボイスで問い掛ける。

/ ゚、。 /「そろそろ遊ぶ時間も限られてるんじゃないし?」
  _、_
( ,_ノ` )「誰も遊んでなどいない」

60 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:52:36.17 ID:Hw+3Lqlo0

/ ゚、。 /「なら、くっだらねー情けをかける必要もないし。担任だから情が移ったし?」
  _、_
( ,_ノ` )「そういうわけではない。俺には俺のやり方があるんだ」

 渋澤に遠慮なく話しかける様子が、どこか滑稽。
 どうやら同じ教師――という名目の襲撃者なのか。両者の態度は親しげだ。
 ヒートが知らぬ教科、学年なのか。すぐには名前が思いつかない。

 そのやけに目立つゴスロリ幼女は、切れ長の瞳でヒートを検める。

/ ゚、。 /「素直の妹、巷で噂の『熱血喧嘩屋』ねぇ……」

ノハ;゚听)「だ、誰だ……あんた?」

/ ゚、。 /「名前が必要だし? 教えてやるのは簡単だけど、あまり意味は無いと思うし」

ノハ#゚听)「う、うるせー! 名を名乗れ!」

61 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:55:05.43 ID:Hw+3Lqlo0

 はち切れそうな感情を隠すため、馬鹿に大きな声をぶつける。
 今の彼女に出来る反撃など、この程度だ。

 そんな意図を読み取ってか否か、酷く馬鹿にした表情で女は答える。

/ ゚、。 /「理科教諭、ダイオード鈴木だし。主に生物を担当しているし。これで構わないし?」

ノハ#゚听)「だしだしうっせえええ!」

/ ゚、。 /「うっせーのはお前だし」

 飄々とヒートをかわす。そもそも、端っからまともに相手をしてはいないらしい。
 見た目とは随分と違い、かなり老成した性格である。

/ ゚、。 /「渋澤、こんなアホに時間をかけるのは馬鹿らしいし。
      大方アサピーたちも一段落ついている頃だし、もう終わりにするし」

63 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/07(土) 23:57:35.05 ID:Hw+3Lqlo0

 ずいと前に出るダイオードは、濃紺の髪を揺らしながら続けた。

/ ゚、。 /「逃げられちゃ面倒だし、ダイオードが動きを止めるし。
      その間にお前が確実にトドメを刺して、それで万事解決だし」
  _、_
( ,_ノ` )「…………」

/ `、。 /「まさかとは思うけど、今さら良心の呵責なんぞに囚われちゃいないし?」
  _、_
( ,_ノ` )「馬鹿を言え」

 否定は素早い。鳴らす拳の音が、夜闇に響き渡る。
  _、_
( ,_ノ` )「今さら何の躊躇があろうか」

/ ゚、。 /「それを聞いて安心したし。なら――」

 蹲っていたヒートへ臨む、ダイオードの瞳がぐらりと歪む。

64 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:00:37.52 ID:+UAPw2Kl0

/ ゚、。 /「茶番は終いにして、ゆるりと後始末を始めるし」


 突如、ヒートの心臓が跳ね上がった。


ノハ;゚听) (うっ……!)

 その視線、その瞳、その漂う気迫。
 何とも奇妙な。今までに感じたことの無い違和感がある。
 ぱっちりと開かれた大きな眼が、いまや不気味にぐらぐらと揺れていた。

 何か、とてつもない恐怖を彷彿させる視線。

 思わず鳴らした喉の音が、酷く耳障りだ。
 容姿に似合わぬその眼つきは、肉食の猛獣のそれに似ている。
 圧倒的なプレッシャーで神経を蝕む。とても人のものとは思えない、奇怪な眼差しだ。

65 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:02:59.03 ID:Hw+3Lqlo0

 それは体を芯から凍えさせる。じわりじわりと、精神を侵食するかのよう。

ノハ;゚听) (あの眼、あの眼は……なんかすごく)


 不快だった。


 見ているだけで頭を踏み付けられたかのような屈辱と、どうすることもできない恐怖がある。
 逃れたいと思っても、張り付いた視線を剥がすことがどうしても出来ない。
 眼球といわず、瞼も首も――全身が言うことを聞いてくれなかった。

 気が付けば、体が恐ろしさに凍りついている。

/ ゚、。 /「『本能』は恐怖を克服できない」

 語りかけてくるダイオードの声も、遠くから聞こえるかのよう。

66 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:05:08.26 ID:+UAPw2Kl0

ノハ )「…………っ?!」

 叫ぼうと思っても、喉すら締め付けられて声が出ない。
 どう考えてもヤバい。恐怖のあまり呼吸すらも止まりかねない状態である。
 一体どういうからくりなのか。ヒートには理解できなかった。

 それでも、今の自分が先程以上の窮地に立たされていることは分かる。

 既に逃げるという選択肢すらも、奪われてしまった。

/ ゚、。 /「――渋澤」
  _、_
( ,_ノ` )「分かっている」

 やがて示し合わせていたのか、渋澤が前進を始めた。
 ヒートに最後の一撃を放つつもりだ。無防備な彼女に、決着を。

69 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:07:30.06 ID:l50/BKEM0

ノハ ) (くそ! 動け! 動け動け動け! 動いてくれよおお!!)

 何にせよ、体が動かなければ抵抗も出来ない。
 硬直し切った筋肉を気合でほぐそうと躍起になる。しかし、ぴくりとも反応が無い。
 これでは一方的に殴り込まれるだけ。

 その先にあるのは再起不能の四文字のみ。

ノハ;゚听) (誰か、誰か助けてくれ……! クー姉ぇ、ドクオ!)

 戦えないことが怖い。

 一方的に負けるのが恐ろしい。

 自分を、仲間を、何とかしてここから救い出したい。
 それでも、彼女の力では太刀打ちすら出来ず、ただ終わりを待つだけ。
 あるはずもない助けを呼ぶ、少女の心の叫びは悲痛だった。

70 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:10:52.27 ID:l50/BKEM0

ノハ;凵G) (い、嫌だ! こんな、こんなところで終わりたくない!)

 ヒート軍団の皆と共に、ここまで戦ってきた。
 戦いはこれからも続いていくはずだった。それがこうもあっさりと終わりを告げるなんて。

 信じられない。

 信じたくない。
  _、_
( ,_ノ` )「悪いな、素直」

 それでも敵は容赦も躊躇もなく、彼女へと向かう。
 振りかぶった拳をしっかと握り締め、ヒートの脳天へと狙いを定めた。
  _、_
( ,_ノ` )「これでいい。弱いお前は、ここで退場した方が身のためだ」

71 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:13:08.10 ID:l50/BKEM0

 ぴたりと、引き絞られる腕が静止する。
 まるでその瞬間、世界中の時間が死んだようで。
 音も動きも匂いも消え、あるのはただスローに動いていく映像だけ。

ノハ;凵G) (あ――――)

 誰もが――ヒートですらも終わったと悟る、刹那。



(  ∀ )「『神剃り』ッ!!」



 大気を切り裂く音が、鼓膜に響く。
  _、_
( ,_ノ` )そ 「っ!!」

 真っ先に動いたのは渋澤だ。

72 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:15:34.62 ID:l50/BKEM0

 ヒートへ拳を降ろそうとする寸前、一瞬のタイムラグの内に反転する。
 一足飛びにダイオードの下へ駆け戻ると、握っていた拳を手刀に変え薙ぎ払った。

 ぱん、と肉の弾ける高音。
  _、_
( ,_ノ` )「ぬぅ……!」

/ ゚、。;/「渋澤っ?!」

 ダイオードも予期せぬ事態に、思わずヒートから目を反らした。
 険しい表情をさらに固くする渋澤の、払った右腕が赤い線を引く。
 裂けるワイシャツから覗いた一筋の傷から、血の帯が空中を舞った。


( ・∀・)「やぁ、夜中にご苦労さまだね。先生ども」


 闇に浮かんだのは、白髪の少年。

75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:18:10.98 ID:l50/BKEM0

ノハ;゚听)「あっ……お、お前!」

 ダイオードの視線から外れ、謎の術から逃れられたのか。
 体の自由を取り戻すヒートはモララーの姿を捉え、素っ頓狂な声を上げた。

( ・∀・)「早速だけどさ、あんたたちもう帰ってくれないかな?
      これは大人が出しゃばっていいような祭じゃあないんだ。それくらい分かるだろ」
  _、_
( ,_ノ` )「…………」

 当のモララーは、ヒートになど目もくれず。

 蹴りの真空波を受けた渋澤は、自身の腕に開いた傷をじっと見つめた。
 驚愕だ。クーですら一撃を入れられなかった相手に、不意打ちとはいえ一太刀浴びせるとは。
 渋澤自身、そう思っているらしい。

77 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:20:53.06 ID:l50/BKEM0

 忌々しげに傷を拭う。
 噴き出す血潮は、それでも収まるところを知らない。
  _、_
( ,_ノ` )「なるほど、少しは出来るらしい」

/ ゚、。 /「何なんだし、この小僧は」

 突然の介入者に警戒してか、渋澤の背後に隠れるようにして。
 ダイオードは先の奇妙なものではない、ただ純粋に不信な眼差しをモララーへと向ける。

/ ゚、。 /「今の今まで後ろに付かれていることに気がつかなかったし」
  _、_
( ,_ノ` )「大方、生徒会の放った間者だろう。今この場にいるのは、俺達の動きに勘付いた故か?」

( ・∀・)「知らないね、偶然だよ」

79 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:23:14.83 ID:l50/BKEM0

 ぴりぴりと、空気が緊張に焦げ付く。

( ・∀・)「そっちこそただの教師って風には見えないね。何者だい?
      事と次第によっちゃあ、このままあんたたちを始末しておかなくっちゃあな」

/ ゚、。 /「子供が偉そうにのたまりやがるし。こいつも武喝道の参加者だし?」
  _、_
( ,_ノ` )「手に入れた情報には当てはまらんな」

( -∀-)「人の話を――……」


 緩やかな構えから、


( ・∀・)「聞かない奴らだねっ!!」


 瞬速の三弾蹴り。


81 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:26:16.46 ID:l50/BKEM0

 そこから生み出される、真空の鎌。
 超スピードのキックが生み出す斬撃は、床を割り、壁を削り、二人の教師へと襲いかかる。
  _、_
( ,_ノ` )「二度目は喰わんよ」

 しかして相対する渋澤の落ち着きは、この場では酷く異様だ。
  _、_
( ,_ノ` )「ぬんっ!!」

 続け様に振るわれる手刀が、一撃、二撃、三撃。
 大気の爆ぜる音は豪快に。

 その身を切り裂かん迫る真空波を、渋澤は容易く払った。

 本当に軽々と。先程、痛手を負ったのが嘘のようにだ。

83 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:28:30.90 ID:l50/BKEM0

( ・∀・)そ 「っ!!」

 むしろ驚いたのはモララーの方。
 必殺の距離ではないとはいえ、空を走る鎌鼬を素手で叩き落とすとは。
 彼にも初めての経験である。一発二発喰らった所で、そう簡単に見切れる技でもない。
  _、_
( ,_ノ` )「それで打ち止めか? なら――」

 反撃に転ずる渋澤の歩幅は、広い。

 その摺り足で、まるでリノリウムの床を氷上のように滑り渡った。
 あっと言う間にモララーとの間合いを詰め切る。息もつかせぬとはこのこと。
 対するモララーに動揺を走らせるほどだ。

 しかし彼とて、並の者ではない。
 渋澤の肉薄に対し、すぐさま反撃の体勢を取る。

84 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:31:09.91 ID:l50/BKEM0


( ・∀・)「しばっ!!」
  _、_
( ,_ノ` )「ふんんっ!」


 剛なる拳と、瞬なる蹴りがぶつかり合った。


 放たれた上段突きをハイキックが受け止める。
 しかし脛から膝を伝い、大腿まで昇ってくる痺れは今までにないもの。
 まるで太い鉄柱に、蹴りを打ち込んだかのように。

( ・∀・)「……中々に重い突きじゃないか」
  _、_
( ,_ノ` )「ならどうする? 尻尾を巻いて逃げるのか?」

87 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:33:53.84 ID:l50/BKEM0

( ・∀・)「いつもなら、そんな腰抜けじみたことしたくは無いけど……」

 たんたんたん、続けざまのバックステップ。
 先のように、すぐさま間合いを詰められぬように警戒してか、その後退はリズミカル。
 付け入る隙を決して与えない。

 そのまま一定の距離を保った所で、彼はおもむろに廊下の窓を蹴り壊す。

 悲鳴を上げて砕け散るガラス片たちは、夜の虚空へさらさらと落ちていく。
 その様子のなんたる華麗で、不可思議な事か。

( ・∀・)「少し分が悪いようだ。ここは撤退させてもらうよ」

/ ゚、。 /「逃げる気かし。今さらダイオードたちがそんなことを許すとでも?」

( ・∀・)「好きにするといい」

88 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:36:07.14 ID:l50/BKEM0

 ダイオードの刃物のように鋭利な視線を受けて尚、飄々とモララーは答える。
 窓の桟に足をかける彼の表情は、どこか人を食ったような笑み。

( ・∀・)「もっとも、俺なんかにかまけている時間も余裕もあんたらには無いだろうがね」

/ ゚、。 /「何を――」
  _、_
( ,_ノ` )そ 「ダイオード!」

 渋澤の叱咤に振り返った時、ダイオードの眼に映ったもの。


 それは無人の廊下。


90 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:38:59.10 ID:l50/BKEM0

 先程まで、そこでうずくまり情けなくも涙を溢しそうだった少女は、影すら見当たらない。
 彼女だけではない。倒れていたドクオとクーの二人も、忽然と消えていた。
 引き摺られ、地面を擦る赤い血のりは闇の奥へと飲み込まれていた。

 この光景が意味すること。

 それはヒートが負傷した仲間を抱え、この場から撤退したという事態。

 二人がモララーと言うイレギュラーに翻弄されている最中に、抜け目なくだ。

/ ゚、。 /「…………!」
  _、_
( ,_ノ` )「やられたな……」


 もう一度モララーに向かおうとも、既にその姿は無い。


91 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:41:34.86 ID:l50/BKEM0

 代わりに、階下から走り去る足音だけが軽やかに響いていた。

 駆け寄り、窓から身を乗り出すダイオードは盛大に舌を打つ。
 幼い顔立ちとはいえ、苛立ちに歪む表情は殊更に険しい。

/ ゚、。#/「強かなガキだし!」
  _、_
( ,_ノ` )「いや、子供と思って油断したこちらのミスだ」

 やれ残念とばかりに、肩の埃を払い一息をつく。

 渋澤の意見は正しい。
 ヒートたちをみすみす逃がしたのは、偏に二人の油断が原因だ。

 それを理解していても。むしろ、理解しているからこそなのか。
 見返す彼女の表情は、この上ないほどに不満げである。

92 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:44:31.45 ID:l50/BKEM0

/ `、。 /「あの白髪頭は素直ヒートの仲間だし? 明らかに、さっきのは逃げるための時間稼ぎだったんだし!」
  _、_
( ,_ノ` )「分からんな。ただ、厄介事が増えたのは間違いない」

 かちりと腕を組む渋澤は、重く瞼を下ろす。
 まるで何かを噛みしめているように、じっとだ。
  _、_
( ,_ノ` )「どちらにせよ、奴の言う通り時間は無いようだ」

 窓の向こう、夜闇の中でざわめきが起きている。

 どうやら一連の騒ぎに、さすがの周辺住民も違和感を感じたらしい。
 校門前にはちらほらと、人の影が揺らめいている。
 消防か警察か。微かだがサイレンの音も近付いていた。

 再びの舌打ち。

93 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:47:17.93 ID:l50/BKEM0

/ ゚、。 /「サダコめ……派手にやるの控えろと言ったし……」
  _、_
( ,_ノ` )「潮時だ。退くぞ」

 腕を解き、踵を返す渋澤。
 彼の言葉に従い、不満げに振舞いながらも後に続くダイオード。

 真夜中の襲撃者たちは、再び闇に溶け落ちるように消えていく。

 あとに残されるものは、ねっとりとした静寂だけ。
 まるで、先程の激闘など在りもしなかったか出来事のようである。

 それでも彼らが、確かな波紋と傷を残していったのは間違いないことだ。

94 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:49:43.99 ID:l50/BKEM0

 * * *

 
 彼女にはここがどの校舎か、何階であるのかすらも分からなかった。


ノハ;゚听)「うぎ、ぎ……く、くそ……!」


 背中にはクーを、小脇にはドクオを引き摺るように抱えて。
 疾風のように駈け巡るいつもが嘘のように、ずるりずるりと鈍い歩を進めていく。
 食い縛った口の端から血が垂れる。額からは汗が零れる。

 それでも、ヒートは止まらない。

97 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:52:16.42 ID:l50/BKEM0

ノハ )「くそ……くっそぉおお……!!」

 自分とて渋澤に一撃を貰い、立っているのも辛い状態だというのに。
 人二人を無理矢理に抱え、走った。体力の続く限り、逃げた。
 脇目も振らずに、とはこういったものだろう。

 もはや、疲れ果て駆けることも出来ない彼女は、追手の有無を振り返って確認することも出来ない。

 ただ、ただ仲間を抱えて逃げ惑うだけだった。

ノハ;゚听)「なんて……カッコ悪ぃ……んだ!」

 暗い廊下の先は良く見えず、また行く先も考えてはいなかった。
 それほどに必死になって逃げた。負けることを恐れ、生き残ることにしがみついて。
 不様で、目も当てられぬほどに醜い結果。

98 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:54:38.22 ID:l50/BKEM0

 今まで彼女は、一度たりとも経験したことが無かったのだ。

 これ以上無いほどの敗北――というものを。

ノハ;凵G)「ぐぎっ……!」

 悔しかった。

 泣きたかった。

 それでも、これ以上恥に恥を重ねるようなこともしたくなかった。
 故に涙をこらえ、痛みをこらえ、疲れをこらえ、一心不乱に進み続ける。
 生き残るため。仲間を助けるため。

 泥を啜ってでも選んだ方法に、彼女は盲目的にしがみつく。

99 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:57:05.44 ID:l50/BKEM0

ノハ;--)「ぐ、あぁ……くそ、でも、足が……重い」

 踏み締めた足ががくんと脱力すると、抱えた二人ごと地面にもんどり打つ。

 極限状態だ。

 疲れ果て、負傷した身では彼らを安全な場所に運ぶことも出来ない。
 このままでは、最悪の事態も考えられる。襲われればひとたまりもないだろう。
 一人では何もできなかった。助けが必要だ。

ノハ;-听)「う……く、ドクオ……クー、姉ぇ……」

 這いずり、倒れ伏した二人の服を引っ張る。
 少しでもハインとフサギコの近くへ。彼らが生き残って、救出にやって来るであろうと信じて。
 前に、ほんの少しでも前に。

100 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/11/08(日) 00:59:38.31 ID:l50/BKEM0


ノハ )「――うぅっ……!」


 それでも、己は羽をもがれた虫のように無力だ。


 疲労が限界に達してか、暗くなっていく視界でヒートはそう絶望した。
 どこかも分からぬ廊下を包む闇が、急に狭まり彼女を飲み込んでゆく。
 体が糸を切られたように力が入らず、冷え切っていく感触が恐ろしい。

 遠くから、誰かの足音が聞こえてくるような。

 幻聴とも現実とも分からぬそんな記憶を最後に、彼女は意識を手放した。


第二十八話・終



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