- 4 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 22:36:25.65 ID:1RL41ATSO
掻き分ける、掻き分ける。人の波を、人の壁を。
ヒートは林立する野次馬たちを押し退けて、騒動の真ん中へと突き進む。
そして開けた場所に出た瞬間――
ノパ听)「――ッ――お前らあああああ! 暴れたいんなら私が相手になるぞおお!!」
吼えた。
途端に衆目が二人組からヒートへと移る。
ざわめきと共に、彼女の周りから一歩二歩人々は遠ざかった。
騒ぎの張本人たちもこれには驚いたらしい。目を丸くし、突如として現れた見知らぬ介入者に釘付けになる。
- 5 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 22:39:23.80 ID:1RL41ATSO
キムチと連呼をしていた男。
頬にエラが張り、ふてぶてしさこの上ない面構えをしている彼はヒートに食って掛かる。
<;ヽ`∀´>「な、何者ニカ? 部外者はすっこんでるニダ!」
( `ハ´)「待つアル、ニダー。この女――例のバッチを着けているヨ」
片方の、辮髪を模すような三つ編みで、派手な刺繍の入った中国服を着た男。
彼が目ざとく、ヒートのブレザーの上で輝く武喝道バッチを発見した。
ヒートはニヤリとほくそ笑む。もちろん彼女だって見せ付けるためにバッチを付けていたのだ。
<ヽ`∀´>「なるほど。ウェーッハッハッハ、見たところ空手道部ニカ? ウリたちに喧嘩を挑むとは生意気な奴ニダ」
( `ハ´)「女だてらに立ち向かってくる勇気は認めてやるアル。しかし!」
- 7 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 22:44:32.55 ID:1RL41ATSO
唐突に二人が両腕を振り回し、空蹴りを放つ。
咄嗟に構えるヒート。だが、それは襲い掛かってきたのではない。
演舞だ。
彼らはヒートに自分たちの技を見せ付けている。
風を切る音も高々に繰り出される構え、突き、蹴りの数々。ヒートの背後で野次馬たちの感嘆の声が上がった。
<ヽ`∀´>「二年、テコンドー部部長、ニダー!!」
( `ハ´)「同じく二年、中国拳法研究会会長、シナー!!」
パシリ、と手拍子。
<ヽ`∀´>( `ハ´)「「我ら『東方双虎』に立てついたからには、痛い目に遭ってもらうニダ(アル)!!」」
- 8 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 22:47:26.75 ID:1RL41ATSO
ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです
第三話『野獣コック』
- 9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 22:50:23.99 ID:1RL41ATSO
ざわり、再び群集に動揺が走る。
やっと理解したのだろうか。騒ぎに群がって、ヒートが飛び込んでくるのを見て、二人の構えを目にして。
――喧嘩、いやそうとも言えないような激しい乱闘が始まる予感。
「きゃああ」
誰かが叫ぶ。それを合図に生徒たちは蜘蛛の子を散らすように離れ始めた。
互いを押し退け合い、我先にと三人から離れる人の波。
(;'A`)「……うお! おぃ退け! くそ、ヒート!」
ヒートの元に駆け寄ろうとしていたドクオもまた、その波に飲まれてしまった。
手を伸ばすが、それはヒートまで到底届かない。
ドッと押し寄せる人の群れに、彼はどうしようもなかった。
- 12 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 22:54:18.98 ID:1RL41ATSO
ノパ听)「痛い目……だとお?」
一方ヒートは相変わらず構えている。
赤いラインのスニーカーでトントンと小さくステップを踏みつつ、間合いを計る。
心は興奮に満ち溢れていた。
観客などいてもいなくても彼女には影響は無い。彼女の頭にあるのはただ目の前の敵と思いっきり戦うことだけだけ。
むしろ邪魔になるだけの野次馬など、彼女には要らぬ長物でしかない。
頃合だなと見計り、彼女は拳を二人に向かって突き出す。
ノパ听)「面白い! だったらとっととかかって来――」
その時だった。
ミ,,゚Д゚彡「――待て!」
- 13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 22:57:59.21 ID:1RL41ATSO
ヒラリと大きな影が給仕のカウンターから躍り出る。
着地と共に地が鳴り、突然の乱入者はヒートと迷惑コンビの間に立ちふさがった。
悲痛な声が上がる。それはオバちゃんのものだ。
J(;'-`)し「あぁあ……危ないよ、フサギコ君まで。あたしゃもう限界だよ、先生方を呼んでくるよ……!」
ミ,,゚Д゚彡「オバちゃん、安心しろ。そんな大事にしなくてもいい」
オバちゃんの、喉から搾り出されたような弱々しい懇願に大男は答える。
筋骨隆々、彫刻のように雄々しいその裸体にはエプロン。
握り締めた特大サイズのフライパンはニダーたちに向けられている。
もちろん裸と言ってもズボンは穿いていた。だが、さすがにその姿は異様だった。
ミ,,゚Д゚彡「お前ら分かっているのか? 学食はみんなの憩いの場、昼飯を楽しむ安らぎの空間だ!
個人の主義主張、料理の好みは勝手!! だが、それを理由に他人のランチタイムを踏みにじるのだけは……」
そして偶然か否か、エプロンには銀のバッチ。
ミ,,゚Д゚彡「三年、料理部部長――このフサギコが許さん!! 俺が相手になってやる!!!」
- 15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:02:37.71 ID:1RL41ATSO
その激しい剣幕に、ニダーとシナーは思わず息を飲み、ヒートは感心から口笛を吹く。
ノパ听)「ほおおーっ! なかなかキモの据わったマッチョだなあ!」
ヒートは何の躊躇も恐れもなく、バシンとフサギコの盛り上がった背中を叩く。
ノパ听)「でも、今日はホントによくデカブツに会う日だ……」
ミ;,,゚Д゚彡「うっ? な、何だ何だ?!」
驚いたのはむしろフサギコのほうであった。
彼はオバちゃんに食って掛かり、券売機を蹴り倒した張本人であるニダーとシナーにしか意識が入っていなかった。
皆の平和な昼食時間を脅かす不逞の輩――彼らに、料理をたしなむ者として制裁を加えてやらいでか。
そう息巻いていた矢先、突然見知らぬ少女に背中を叩かれ賞賛。びっくりもするだろう。
- 17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:07:57.31 ID:1RL41ATSO
ミ,,゚Д゚彡「お前もこいつらの仲間か? 例え三人相手でも、俺は構わないぞ……!」
フサギコの敵意が前方二人と同時にヒートにも向けられる。
身震いをする。ヒートは感じた。強さを、フサギコの闘志を。
もし仮にヒートが敵で、この闘いに数の利という圧倒的な戦力差を付けられていたとしても彼の勇気は鈍らない。
ヒートはそう確信する。その並々ならぬ眼光から。
ノパ听)「……私が今この場で戦うとするなら……うん、確かに強そうな奴は捨てがたい」
ミ,,゚Д゚彡「ぬ……っ!」
ヒートは白い歯を見せ、不適にフサギコへ笑いかけた。
ノパ听)「でもまずは――『悪者』からだな!」
- 19 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:11:09.56 ID:1RL41ATSO
フサギコはしばらくキョトンとした顔をし、そして同じくニカリと歯を見せ笑う。
それだけで通じ合った。お互いの志を。
ヒートはフサギコの真っ直ぐな、フサギコはヒートのちょっと不器用な、正義の心を。
<ヽ`∀´>「話は終わりニカァアー!? だったら覚悟するニダ!!」
( `ハ´)「痛めつけてやるアル!!」
ニダーとシナーが沈黙を破り、空中に躍り上がる。
ニダーはヒート、シナーはフサギコへと襲い掛かる。共に両者の隙を突く形――完璧な不意打ちに見えた。
迫る蹴りと、唸る拳。
ノパ听)「「ふんッ!!!」」ミ゚Д゚,,彡
それらを、振り抜かれた裏拳とフライパンが迎え撃つ。
戦闘開始の合図である。
- 22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:15:16.48 ID:1RL41ATSO
* * *
<ヽ`∀´>「ホルホルホル! ウリの蹴りが受け切れるニカ!?」
空中で独楽のように回転するニダーは叫ぶ。空を裂き、剣のように鋭い蹴りの応酬。
ノパ听)「うっ……!?」
対するヒートは、上空から降り注ぐマシンガンのような蹴りを受ける、受ける、受け続ける。
ノパ听) (手数――いや足数が多い。攻め辛い相手だ……!)
ニダーは飛び跳ねる。バネのように、まるで地に足が付いていない。
とにかく頭上を取り、優位な空中から押しまくりヒートに反撃の隙を与えない戦法なのだろう。
確かに効果的な戦い方だった。
<ヽ`∀´>「遅いニダ、遅いニダ! ウリの蹴りは瞬間最高速度200キロ!! まともに喰らえば痛いじゃ済ま――」
- 23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:18:39.48 ID:1RL41ATSO
ノパ听)「――甘いぞうりゃあああああ!!」
着地の瞬間にすかさず下段を一蹴。無防備な右の脛に足払いがクリーンヒット。
<;ヽ`∀´>「ニダアアアアァァアァ?!」
耐え切れず地面にのたうつニダー。向こう脛がジンジンと腫れ上がる。
彼は、甘かった。
確かにその攻撃はド派手で、速い。敵の眼前へと迫る空中蹴りの嵐には、そう簡単に付け込ませる隙は無かった。
だがそれは滞空時のみの猛攻。
この世に空中浮遊することができる者はいない。
連続した空中蹴りを主体とするならば、必ず着地し再び空に飛び上がらなければならない。
ヒートはその弱点を、皮肉にもたった一発の蹴りで的確に打ち崩した。
<;ヽ`∀´>「ななな?! なんという重いキック!」
痺れる。まるで鉄骨か何かで打ち込まれたかのような衝撃。
動く所を見るに骨は折れてはいないだろうが、少なくともニダーはすぐに立ち上がることはできない。
そしてそんな無様に倒れているニダーに迫るヒート。拳は固く、固く握り締められている。
- 25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:22:19.45 ID:1RL41ATSO
<ヽ`∀´>「こ、こーなったら奥の手ニダ!!」
ヒートが間合いに入った刹那、無事な左脚を打ち上げる。狙いは一つ、彼女のチェックのスカート。
<ヽ`∀´> (女なんてスカート捲ってやれば嫌でも動揺するニダ! その隙を突いて――)
だが、
左脚は空振る。
<ヽ`∀´>「んなっ?!」
ニダーに捲くられる必要すらなかった。
I字バランス――ヒートのスラリと伸びた脚は高々と天を突き、踵はさながら斬首台の刃のように凶悪。
ギリギリ、ギリギリと力強く引き絞られるそれは、落下地点をニダーに合わせている。
そして大胆にも暴れるスカートの裾、顕わになったその奥には……スパッツ。
ノパ听)「どぅうおぅりゃあああああ――――ッ!!!」
<;ヽ`∀´>「ア、アイゴォオオ――――――――ッ!!!?」
振り下ろされた踵が、雷鳴の如く唸りを上げた。
- 28 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:27:04.67 ID:1RL41ATSO
* * *
( `ハ´)「アイヤアアアアアアー!!」
奇声を上げ、シナーが突撃する。
対するフサギコはフライパンを両手にしっかりと握り締め、シナーめがけて横薙ぎに振り回した。
ミ,,゚Д゚彡「ふぅぅううんっ!!」
( `ハ´)「ハイッ!」
シナーの腕がしなやかに円を描き、迫る鉄塊を一撫で。フライパンは空を叩く。
ミ,,゚Д゚彡「ぬぅぅううううんん!!」
すかさず返しのフルスイング。だがこれも、
( `ハ´)「ハイイイイッ!」
受け流される。フライパンに込める力が、シナーの円環の動きにより自在に絡め取られていた。
- 29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:31:14.00 ID:1RL41ATSO
ミ,,゚Д゚彡「……全く当たらない。その動き、太極拳がルーツか」
( `ハ´)「ホッホッホ、よく知ってるアルね。なら理解できるアルか?
そんな大振りな攻撃じゃ、私にはいつまで経っても当たることは無いヨ!」
シナーの両腕はゆらり、ゆらりと渦を作る。それは渾身の一撃すら容易く飲み込む大渦。
フサギコも先の二発で理解していた。シナーの動きには、そう簡単にこちらの攻撃を許すような隙は無い。
頭上、背後、足元――そのどこに打ちかかっても、フライパンは弾かれる。そんなイメージさえ沸き起こってしまう。
ミ,,゚Д゚彡「……料理を作る時、一番大事なのはなんだと思う。 素材、仕上げ、盛り付け? ――違う」
( `ハ´)「…………っ?」
だがフサギコもただぶつかるだけが能ではなかった。エプロンの懐から抜き出された煌きは、
ミ,,゚Д゚彡「――下ごしらえだ!」
四本の、
文化包丁。
- 30 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:35:39.56 ID:1RL41ATSO
( `ハ´)「アルッ!?」
閃光が走る。風を切り裂き、迫る四つの刃。
( `ハ´)「ふっ……舐められたものアル……ホアアアアア――ッ!!」
シナーは動揺しない。冷静に、乱れずに、両腕はゆっくりと空間を掻き混ぜる。
力の流れを見極め、受け流すために。
高々と音を立て、文化包丁は四本全てが壁に命中する。
フサギコの一手は外れた。飛び道具すらシナーには効かないのだろうか。
( `ハ´)「天津甘栗より甘い奴アル。投剣程度では私の太極拳は破れないヨ」
ミ,,゚Д゚彡「……そうだろうな。俺も思っていたさ、お前は絶対に今の攻撃を受け流せるだろうってな」
( `ハ´)「んなっ……どういう意味アル!?」
ミ,,゚Д゚彡「自分の身体をよく見てみろ」
- 31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:39:13.16 ID:1RL41ATSO
シナーは我に返る。確かに包丁は受け流した。故に自分には切り傷一つ付いてはいない。無傷、ダメージは受けていない。
その代わり――なのか。彼の胴体にはいつのまにか、袈裟懸けに二本の糸が交差している。
(;`ハ´)「これはぁあ?! チ、チャーシュー用の凧糸!!」
文化包丁の柄にくくり付けてあったのか、その凧糸はしっかりとシナーの胸に食い込んでいる。
ふと、彼はフサギコの手の中を見る。そこには左右に二本ずつ、自分を絡め取るものとは別の凧糸。
長く伸びたそれらは、自分の左右でピンと張り詰めている。終着点は見なくても理解できた。文化包丁だ。
ミ,,゚Д゚彡「チャーシューになるのはお前の方だ!!」
身を躍らせ、フサギコが両手の凧糸を乱舞させる。渦を巻き、計六本の凧糸がシナーを拘束する。
固く縛り上げられ、四肢が封じられた。
太極拳の極意はその足捌きと手の動き。それが封じられ、まともに動く事のできないシナーにはもうフサギコの攻撃は――
ミ#,,゚Д゚彡「ゴラアアアアアアアアアア!!!!」
受け流せなかった。
(;`ハ´)「アイヤアアアアアアアアア――――ッ!!」
フライパンが、激突する。
- 32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:42:42.06 ID:1RL41ATSO
* * *
<;ヽ`∀´>「べぶばっぱああああ!!」
(;`ハ´)「あひあひゃああああ!!」
吹き飛び、悪党二名は地面にもんどりを打つ。
ノパ听)「こいつら実は全然大した事ないぞ」
ミ,,゚Д゚彡「まだやるつもりか?」
パンパンと手を払うヒートとフサギコ。
確かに、勝負は圧倒的かつ一方的だった。
ニダーとシナーはボロボロになっているにもかかわらず、こちらの二人はほとんどダメージを受けてはいない。
それは確かな実力差から生まれた結果なのだろう。
<;ヽ`∀´>「なんて奴らニダ!! こ、ここは一旦逃げるニダよ!」
(;`ハ´)「憶えておくアル! この借りは必ず返してやるアル!!」
- 34 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:47:59.42 ID:1RL41ATSO
へっぴり腰になりつつも憎らしげに悪態を吐き、二人は脱兎の如く逃げ出す。
これほどまでにとことんやられながらも、そんな元気が残っている事にヒートは少しだけ感心した。
まぁ、本当に少しなのだろうが。
しん、と静寂に包まれる。
野次馬も騒ぎの張本人たちも消えた食堂は、あちこちで倒れているテーブルや椅子が不釣合いなほどに静かだった。
ミ,,゚Д゚彡「ふぅ、何とかなったか。なぁ、おい君。誰だか知らないが礼を――」
フサギコがおもむろに、ヒートへ共闘の感謝を込めて握手をしようと手を伸ばした。
名前も学年も分からない謎の飛び入りだったが、フサギコにとって彼女が味方である事は疑いようのないものだったのだ。
だがその思い込みに反し、彼の手はパシリと弾かれる。
- 35 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:51:40.85 ID:1RL41ATSO
フサギコは仰天した。それをやったのは何者でもない、礼を言おうとした張本人だからだ。
ノパ听)「これで……邪魔者はいなくなったなあ! 来い、今度は私と勝負だあああ!!!」
ミ;,,゜Д゜彡「なっ、何を?」
呟いている時にはもう、ヒートは目一杯引き絞った拳の照準をフサギコへと向けていた。
フサギコ本人は未だ当惑している。ヒートの意図が汲み取れない。
何故? 彼女は味方ではなかったのか、と。
そんなことは一切気にもせず、ヒートはフサギコに襲い掛かろうとした。
(;'A`)「ストォップ!!」
ヒートの拳骨がフサギコの厚い胸板に突き込まれるか否やの所だった。
両者に割って入る者あり。
言わずもがな、それはドクオだった。
- 37 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/27(金) 23:55:29.25 ID:1RL41ATSO
* * *
ミ,,゚Д゚彡「いや、なんと言うか。本当に助かった、礼を言う」
J( 'ー`)し「ホントだよ、ありがとうねぇ。ほらほら、余り物で悪いかもしれないけど貰ってっておくれよ」
あちこちで倒壊したテーブルと椅子。
その一組を立て直し、ヒートとドクオはそこに並べられた購買のパンに舌鼓を打っていた。
ノパ听)「うむむ、ふごむご、礼ならいいぞお! むぐ、ごく、運動して腹減ってたんだ、ありがたい!」
('A`)「俺はいい。お前の無茶な食いっぷりを見てるだけで胸が一杯になる」
と言っても、実際パンを食べているのはヒート一人だけだったのだが。
もちろん、昼食は済ませてあったはずである。だが彼女には関係ないらしい。
もりもりとアンパン、食パン、カレーパンを頬張る。
- 39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:00:08.29 ID:9v+bImsnO
ドクオの決死の仲裁により何とか事なきを得たフサギコとヒート。
ヒートは強敵との対決に水を差され不機嫌そのものだったのだが、オバちゃんの差し出してくれた山のようなお礼が優先事項となったらしい。
ヒートの食べっぷりをニコニコと観察していたオバちゃんは、満足したのか「授業に遅れちゃダメだよ」と一言残しその場を去る。
それを合図に、フサギコとドクオは深く溜め息を吐いた。
ミ,,゚Д゚彡「ふぅ、しかし驚いたよ。お前ら……鬱田君と素直君だったな。二人とも武喝道の参加者だとは。どうりで強いはずだ」
('A`)「ドクオでいいです、フサギコさん。こいつもヒートで」
ミ,,゚Д゚彡「うむ、わかった。なら俺にも敬語なんてしなくていいよ。名前も呼び捨てでいい」
('A`)「はぁ……。えー、じゃあフサギコ。率直に聞くとあんたはこの祭の事をどう思っている?」
- 40 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:04:30.46 ID:9v+bImsnO
フサギコはその太くたくましい首を俯かせた。
ミ,,゚Д゚彡「……そうだな、確かに今までの生徒会には無かったイベントだ。奴らの目的も意図も図りかねる。
そもそも、他の生徒に喧嘩をさせて賞金を与える――なんて馬鹿げている。俺はそう思うよ」
ドクオは隣に腰掛けているヒートにニヤリと笑みを向けた。
どうだ、俺の他にもこのイベントに反対してる常識人はいるんだぞ――と見せ付けるように。
だがヒートはオムそばパンにかじりつくことに夢中でそんな彼には見向きもしないようだった。
少し肩を落とし、ドクオは続ける。
('A`)「だな、俺も同意する。生徒会の奴らには悪いけど、こんなバカ騒ぎとっとと止めさせた方が皆のためだ。
俺はさっさと先公か誰かにチクろうかと思ってるんだが……あんたはどうする?」
ミ,,゚Д゚彡「チクる? ……それは本気で言っているのか?」
- 42 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:09:33.07 ID:9v+bImsnO
フサギコが突然眉根をひそめ、ドクオに疑るような視線をぶつける。
当のドクオは意味が分からない。この話に同意するなら、今のドクオの提案はフサギコにとっても正しい選択のはず。
('A`)「どういう意味だよ? あんただってさっき言ったじゃないかこんな話馬鹿げているって」
ミ,,゚Д゚彡「もしかして知らないのか? このバトルロワイヤル――」
教師にその内容をリークした部活・同好会・研究会は、作意・無作為に関わらず永久廃部と処す。
フサギコが低く呟いたのはそんな内容だった。
(;'A`)「そ、そんな話聞いてない!! 説明されてないぞ!?」
ミ,,゚Д゚彡「でも嘘じゃない。少なくとも俺は昨日の集会で確かにそう告げられたんだ。
冗談じゃなく言葉通りの意味で永久廃部、今後学園にその部活が復旧される事はないらしい。
この学園、部活動だけは腐るほどあるからな。少しくらい減っても問題ないんじゃないのか?」
- 43 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:12:18.69 ID:9v+bImsnO
(;'A`)「おかしいだろ! 結果を残してる部活だってあるんだ! 生徒会が言ったから廃部なんて学校側は――」
ミ,,゚Д゚彡「ここじゃあ生徒会は、部活動については教師より影響力がある。何より運営や部費の権限は奴らの手の内だ。
それがVIP学園生徒会が長年受け継いできた『権力』。学園の全てを動かす力は無い、だが生徒を支配しているのは奴らなんだよ」
('A`)「そんな……ありえねえ。でも、それにしたって何で俺たちには何も伝えなかったんだ?」
ノパ听)「それ、多分私が理由じゃないかな」
二人はヒートに振り向く。
いつの間にか、山のように積まれていたパンを全て平らげていたらしい。
テーブルに足をかけ腕を組み、ゆったりと舟を漕ぐヒートは続けた。
- 44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:16:08.57 ID:9v+bImsnO
ノパ听)「なんちゅーか、自分から見ても割と悪名轟かせてるし、確信があったんだろー。
放っといても参加するだろうし、ましてや大金が絡んでくるなら『熱血喧嘩屋』は確実に戦う――って」
('A`)「言う必要もなかったってことかよ。俺もいたのに……」
ノパ听)「ドクオはフツー人だからな! 金さえチラつかせれば人間なんだし欲が先立つと思ったんだろ。
でもまぁ、その天性のチキンぶりが金の魅惑さえも凌駕するとは生徒会も思わなかったんだろーなあ! 気ぃ落とすなよ!」
('A`)「落としてません」
ミ,,゚Д゚彡「昨日の場合は文化部や戦闘に自信のない奴ら、イベントに反対する者も全員いた訳だしな。
脅しを掛けていたんだな。ドクオには一応武道の心得があるようだし、ヒートとつるんでいるからその同類と思われたということか」
ドン、とテーブルを蹴り、ヒートは椅子から空中へ飛び上がると一回転。
ふわりと真紅のポニーテールがなびく。それに見とれる間も与えず、優雅に着地。
- 46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:20:09.39 ID:9v+bImsnO
ノパ听)「生徒会も賞金も関係ない。どちらにせよ、私は戦う! この意志に変わりはない!」
突き出された拳が空を穿つ。瞳は真っ赤に燃えていた。
闘志、闘志、闘志。熱い思いにみなぎる心。
ヒートはうずうずしていた。早く、そして一つでも多く、戦いたいと。
ノパ听)「ムキムキはどうするんだ?」
振り返られたフサギコは、ジッとヒートの燃える眼を見据える。
何かに納得したのか一つ頷くと、握っていた手をテーブルに掲げ、開いた。
カツンカツン、と何かが二つ落ちる音。
使い古された食堂テーブルの上で、銀のバッチが二つ跳ねる。
ノパ听)「これは……?」
('A`)「陸上部と男子バスケ部……マジか、コテコテの運動部じゃねーか」
- 48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:23:23.98 ID:9v+bImsnO
確かに、銀の丸バッチはキラキラと輝きながら『陸上』と『男子バスケ』の文字を反射させていた。
文化部のフサギコが運動部の首級を二つ持っていること。
それは初日にしては余りにも驚くべき戦績。
ミ,,゚Д゚彡「向こうから襲ってきたとは言え、既に二つ潰した。噂はすぐに広まるだろう。後戻りは出来そうにない
そして、自分の部活を犠牲にしてまで平和主義者を語るつもりもない。己と、その居場所を守るためなら仕方ないだろう。俺は戦う」
フサギコの言葉がドクオの胸に深く突き刺さった。
まるで、先程までの自分に向かって言われているかのような錯覚に陥る。
ノパ听)「……ドクオ、お前はどうする?」
- 49 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:26:43.17 ID:9v+bImsnO
(;'A`)「俺、俺は……どうするかって、そんな……」
ドクオは困惑した。生徒会の邪魔をすれば強制排除。こんなバカな話があるだろうか。
もう武喝道を止める手立ては無い。ならば意志の有無にせよ戦わなければならない。
フサギコの話から察すれば、初日といえど既に闘いは燃え上がっている。
恐らくすぐにでも、ドクオを狙ってくる者はいるはずだ。
迷う時間も無い。今、決めなければならない。
勝ち続けるのか、諦めてさっさと負けてしまうのか。
( A )「俺は…………」
- 51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:31:05.16 ID:9v+bImsnO
どんっ。
拳がテーブルを叩く。静かな食堂に、その音はかすかに反響した。
ドクオはゆっくりと、どこか名残惜しそうに指を解く。
その間から銀のきらめきが零れ落ちた。
('A`)「俺は降りる」
選択であった。
だがそれは、戦うこと、勝つこと、負けること、その全てを放棄したあまりにも惨めな選択。
('A`)「お前ら二人、どっちか受け取ってくれ。別に、バッチの譲渡は禁止されちゃいないだろ」
だがどれだけ愚かで不恰好でも、それは彼の選んだ道であった。
ノパ听)「…………」
ミ,,゚Д゚彡「……そうか、それも仕方ないだろう」
一言述べてくれるフサギコは優しかった。
ドクオは自分の選択に際し、ろくすっぽ素性も分かり合っていない彼に言いようもない後ろめたさを感じてしまう。
反面、ヒートには目を向けることも出来ない。怒っているのか、失望しているのか。
彼女の反応を確かめる事は、今のドクオにとっては余りにも恐ろしかった。
- 53 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:35:27.29 ID:9v+bImsnO
ノパ听)「……ショックとか、裏切り者とか思わないけど」
ヒートはそっとテーブル上のバッチを取る。真新しい銀のメッキは、剣道部のレタリング。
それを心底大切な物のように、ぐっと強く胸に抱く。その様子は、ドクオの罪悪感に追い討ちを掛けた。
やはり、普段ガサツで大らかな彼女も今回ばかりは自分に失望しているのか。
そう思うと、彼は頭が上がらない。
しかし、そのように思いつめるのも束の間だった。
ヒートの額を瞬く間に青筋が走る。それはさながら地割れのように。
ノハ#゚听)「……大ショックじゃコラああああ!!! この超裏切り者があああ!!!」
(;'A`)そ 「えぇーっ!? 今一瞬、憂いを秘めていた瞳は何だったんだよ?!」
ノハ#゚听)「うるせえええええ!! この根性なしの腐れチキンがッ!!」
ミ;,,゚Д゚彡「おいおい……」
- 54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:39:26.34 ID:9v+bImsnO
ヒートはぶんぶんと子供のように両腕を振り回しまくる。
激怒に煮えたぎる頭には、もはや理性の欠片も無い。
ノパ听)「いいよ、いいですよおお!! なら一人で頑張りますから! ドクオなんかもう要らんわ!!」
('A`)「んなっ」
(#'A`)「てめえええ! 言いやがったな?! いいぜ、じゃあ好きにしろよ!」
ミ;,,゚Д゚彡「おいおいおいおい……お前までキレてどうする。終止が着かんだろ」
ノハ#゚听)「「うるせえぞ!! 筋肉達磨!! ちょっと黙ってろ!!!」」('A`#)
ミ;,,゚Д゚彡「ぅおおっ……?」
遂にドクオまで爆発してしまった。
もうこれでは怒り狂う両者を止めることは、誰にもできはしない。
フサギコは溜め息をつく。
なんとも厄介な二人と知り合いになってしまったものだと、僅かながらの後悔を含めて。
- 55 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:42:53.71 ID:9v+bImsnO
* * *
一頻り罵り合ったところで、両者共に喧嘩別れ。
('A`) (ちっくしょー……ヒートの奴! 何が『もう要らん!』だよ)
もうすぐ授業が始まる。
人も疎らになり始めた渡り廊下を、彼は一人のっしのっしと大仰に闊歩していた。
自分の教室のある校舎を過ぎても、チャイムが鳴っても、怒りに沸騰する頭は冷めない。
ただひたすら歩き続ける。
('A`) (自分でも言ってるじゃねーか! 俺はチキンなんだよ!)
ヒートはどう思っていたのだろう。ドクオが一緒に戦うとでも思っていたのか。
それは彼にとって余りにも迷惑な話であり、そして最も辛い事実だった。
確かに二人はいつもよく一緒にいる。子供の時から、今に至るまで。それは変わらなかった。
でも今は違うのだ。
隣り合った者が敵じゃないという保証は、もうどこにもない。
何か一つ履き違えれば、ヒートですらドクオの敵となるのかもしれないという事だった。
そしてそれは彼女にも同じことが言える。だが恐らく考えもしていないなかったのだろう。
挙句、あの罵詈雑言とはやってられない。
- 56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/03/28(土) 00:45:59.96 ID:9v+bImsnO
('A`) (俺は違う! 戦うことは怖い、負けたり傷つくことはもっと怖い! だからこれでいい、この選択が一番正しい)
目先の金も、名誉も必要ない。違反はしていないから廃部のお咎めはない。
そう、これが正解。ドクオ――彼にとっては。
('A`)「……くそぅ」
いつの間にか彼は部室棟にまで来ていた。広さだけはあるこの学園で、がむしゃらに歩いていたドクオ。
どうにも脚が自然とこちらに向いてしまったらしい。人気の無いそこは、食堂とはまた違った静寂に満ちていた。
目の前には剣道部の部室。
本来、剣道部の着替えや防具などは武道場に仕舞っている。
部活の準備などはこの部室よりも、むしろそっちの控え室などで行うのが彼らの常であった。
故に、この部室はむしろ部員たちの休憩室紛いの部屋として利用されている。
('A`)「はは、他に行く場所もねーよな」
徐々に冷め始めた頭で考える。
今教室に戻れば、もしかしたらヒートと鉢合わせになるかもしれない。
さすがに気まずいし、下手したら怒りのボルテージが再点火しそうだ。
('A`) (ほとぼりが冷めるまでここで時間を潰すか……)
自嘲めいた渇いた笑いを漏らし、ドクオはドアノブに手をかけた。
第三話・終
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