ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

3 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:36:42.62 ID:5jSTdX04O


('Aメ)「ヒートの奴、大丈夫かな」

川 ゚ -゚)「問題ない。私が保証するよ」


 二人が佇む廊下は既に人気を失くしていた。

 やはりというか、授業間のわずかな休み時間では事を終えるに足りなかったらしい。
 ヒートがロッカーに誘われてから十分程が経過している。
 しかし、まだシューの占いとやらは終わる様子さえ見せてくれない。

 授業に間に合い損ねたことは仕方ないとして、やはりヒートのことが気にかかるのか。

 ドクオの素振りは少々焦っている。

4 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:38:57.95 ID:5jSTdX04O

川 ゚ -゚)「ドクオ、少し落ち着け」

('Aメ)「いや、すまん。でもやっぱ気になって」

川 ゚ -゚)「シューは占いを他人に見られるのを嫌うからな。分かってやってくれ」

('Aメ)「随分親しいんだな。その……シューさんと」

 先程からの言い回しだと、昨日今日出会った仲ではないと分かる。

川 ゚ -゚)「まぁ少しな。同じ名字の親近感かもしれん」

川 ゚ -゚)「あいつとは二年の頃からの付き合いで――まぁ、あんな奴だ。
     なかなか他の者と馴染めずに孤立していてな。声をかけて以来懐かれてる」

川 - _-)「未だに良く分からない所が多いが、悪い奴じゃない」

('Aメ)「へぇ」

5 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:41:46.61 ID:5jSTdX04O

 初めて聞く、クーの自分たち以外の交流関係。
 どこか苦笑混じりな語りも、それほど悪い意味は感じ取れない。
 きっと、シューは彼女にとって良い友達なのだと、ドクオは頬を緩ませる。

('∀メ)「まぁ俺らにしたら、まさかクーが占いを当てにするとは思ってもなかったけどよ」

川 ゚ -゚)「む? 失敬な奴だな。私だって占いくらい信じる」

 クーは気に喰わなかったのか、少し不満げな顔を浮かべていた。
 だが次の瞬間には膨らんだ頬もしぼむ。

川 ゚ -゚)「ただ、シューのは占いとは少し違ってな。その点、占いよりは信用できる」

('Aメ)「占いじゃない、ね」

7 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:44:06.12 ID:5jSTdX04O

川 ゚ -゚)「お前も見てもらうといい。何か今後の役に立つかもしれん」

('Aメ)「どうだか。そういうクーこそ見てもらったりしないのか?」

川 ゚ -゚)「随分昔にもう見てもらったよ。シューの占いは一人につき一度がルールらしい」

('Aメ)「そっか。何か役に立つ事でも教えてもらったってか?」

 遠い記憶に思いを馳せているであろう、彼女の横顔。
 ついつい質問が止まらなくなるのは、あまり見たことのない表情にどうにも興味が湧いたから。

川 ゚ -゚)「しつこい奴め。そんなに私のことが気になるのか」

(;'Aメ)、「あ、いや、言いたくないならいいよ。ごめん」

川 ゚ -゚)「――なに、別に大したことは言ってくれなかった」

9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:46:28.80 ID:5jSTdX04O

('Aメ)「?」

 てっきり怒っているのかと思いきや、彼女の表情は涼やかで。
 だがどこか寂しげな、渇いた風を纏っている。

 ドクオには彼女が、シューに何と言われたのかは知りえない。

 クー自身、口先では大したことはないと言っている。
 でも、きっと違う。クーは大切な事を教えてもらって、それを大事に胸にしまっているのだ。
 なんてことはない。顔を見ていれば、ドクオには何となく分かる。

 だから、もう何も聞かない。

 黙って、彼女の信じるシューをも信じて、待つ。

川 - _-) (占いくらいは信じる、か)

10 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:48:58.80 ID:5jSTdX04O

 その心地良い沈黙の中、クーはかつて受け取った言葉を頭の中で反芻する。
 今のヒートと同じように、埃臭いロッカーの中で、シューの不可思議な行動に眉根を潜めながら。
 貰い受けた“予言”。シューがその碧眼に垣間見た、未来のほんのひと欠片。



 ――「君の恋は実らない」



 その残酷ながらも優しい言葉の意味を、噛みしめた。



12 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:50:59.53 ID:5jSTdX04O



ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

第三十二話『いのちをはこぶもの』



13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:53:31.03 ID:5jSTdX04O

 * * *


lw´‐ _‐ノv「――ふむ、何から話したものかな」


 既に数分続いていたこの無言も、彼女のそんな一言により終わりを告げる。

 不安をべったり顔に張り付けていたヒートも、この時ばかりはぱぁっと明るくなった。
 それはそうだろう。誰しもこんな場所にいたのでは気が滅入る。
 暗闇と閉所のストレスには彼女も参っていたところだ。

ノパ听)「何か分かったのか!?」

lw´‐ _‐ノv「落ち着きたまえ」

 かじり付いてくる彼女を避け、またシューはどこからかティーセットを担ぎ出してくる。
 白磁が眩しい、なかなかにシックなデザインのそれを傾けながら。
 カップの底に広がっていく琥珀色の波紋を見つめている。

14 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:56:19.22 ID:5jSTdX04O

 見た目も相まってか、どこか神秘的な光景だ。

lw´‐ _‐ノv「まずは一献……いや一杯か。日本語は難しいね」

ノハ#゚听)「だからぁあ! あんまりウダウダしてる暇はーっ!」

lw´‐ _‐ノv「雰囲気」

ノハ#゚皿゚)「んぎぎぎぎ!」

 仕方なく差し出されたカップを奪い取り、一気飲みにしてやろうと茶を吸い上げる。

ノハ;凵G)「熱ぅ!」

 コンロも見当たらぬこのロッカー内で、どんなからくりがあるのかは知らないが。
 一気飲みは叶わなかったらしい。淹れたて熱々の紅茶はヒートの舌を焦がす。
 それを見つめる魔女は、随分と楽しそうだ。

15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/31(日) 23:58:30.01 ID:5jSTdX04O

 端からこっちをからかっているのか、真面目だがまともに相手をしてくれないのか。

 痛む舌を労わるヒートは、未だ僅かな不審を込めて彼女を見つめる。

lw´‐ _‐ノv「お口に合うかな? ローズヒップティーだ」

 それでもさっぱり、シューの真意は悟れはしない。

ノパ听)「……匂いが甘いのに、味はちょっち酸っぱい」

lw´‐ _‐ノv「そりゃあいい。美白にも効くというよ?」

ノパ听)そ 「マジか! もう一杯くれ!!」

 差し出された空のカップへ、シューは並々とおかわりを注ぐ。

17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:01:15.92 ID:ZOqKSRCxO

lw´‐ _‐ノv「君はすごく素直な子だ。透明で、だが力強い」

ノパ听)「?」

lw´‐ _‐ノv「クーとよく似ている。今日、初めて見た時からそう思ったよ」

 口を付けるヒートは不思議そうな顔である。

lw´‐ _‐ノv「ただ今は少しだけ曇っていて、先が見えない」

lw´‐ _‐ノv「またそのことに酷く戸惑ってもいる」

ノパ听)「…………」

lw´‐ _‐ノv「怖かったんだね。立ち止まってしまうことが」

ノハ--)、「う…………」

 まるで自身で体験してきたように、全てお見通しという素振りだ。

18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:03:29.35 ID:ZOqKSRCxO

lw´‐ _‐ノv「君がここへ、どういう事情に追われやって来たのかは知らない」

lw´‐ _‐ノv「だが君がどうしたいかは分かる。変わりたいんだね?
       己の無知無垢さを受け入れて尚、前へ進むための手掛かりを探しに来た」

ノパ听)、「……な、何でも分かっちゃうんだな」

lw´‐ _‐ノv「『見て』分かることを言っているだけさ、そして――」

 カップを置いて、碧色の瞳を怪しく際立たせる。

lw´‐ _‐ノv「君が前に進むための選択肢もまた、見えた」

ノパ听)そ 「!!」

 それこそ、ヒートの行く末を照らすヒント。
 それこそ、渋澤打開の道へと続く唯一の手掛かり。

19 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:06:06.94 ID:ZOqKSRCxO

 たまらず立ち上がる。後頭部を壁にぶつけそうになるのも厭わずだ。

ノパ听)「教えてくれ! 何が見えたんだ!?」

lw´‐ _‐ノv「その答えを聞く前に理解していて欲しいことがある」

ノハ;゚听)「またかよ! いい加減もったいぶんないでくれ!」

lw´‐ _‐ノv「ボクが教えるのはあくまで『選択肢』。数ある運命の中の揺らぎの一つということだ」

ノパ听)「?」

 シューの表情は笑ってはいる。
 だが頬笑みをたたえた中にも、どこか厳しい固さを残したものだ。

lw´‐ _‐ノv「流れに身を任せるのも、道を切り開くのも君次第。
       未来に絶対はない。結局は自身の行動でしか、良き結果は見出せないという話さ」

21 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:08:53.18 ID:ZOqKSRCxO

ノパ听)「自分の行動……?」

 それは彼女なりの忠告なのだろうか。
 ヒートにはその意味はよく分からない。だから正直にその旨を伝える。

ノパ听)、「私、頭良くないから、そういうのよくわかんねー……」

lw´‐ _‐ノv「――まぁ、それもそうかもしれない。ただそこのところを忘れはしないでくれ」

 言い切って、そこで一つ咳払い。
 恐らく、ここから彼女の垣間見たという未来の姿が語られるのだろう。

 図らずとも、緊張にヒートの身が固くなる。

 蝋燭の灯に照らされたロッカー内。
 宝石のように煌めくシューの双眸に射止められて、どれだけの時間が経ったのか。
 数十秒か、あるいはまた数十分か。この不可思議な空間において、何故だか普段の時間感覚は通用しない。

22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:11:07.35 ID:ZOqKSRCxO



 無限に続いていくかのような沈黙と視線の絡み合いの果てに、ついに唇が紐解かれる。


lw´‐ _‐ノv「――白鳥」


 その答えが吉と出るか凶と出るか、ヒートにもまだ分からない。



23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:13:27.72 ID:ZOqKSRCxO

 * * *


 やっとのことで開かれたロッカーの扉。


 何があったのかは知れないが、そこから抜け出てくるヒートの顔は芳しくない。
 ごろごろと猫が喉を鳴らすように、彼女の唸り声もまた低いトーンだ。

('Aメ)「終わりか」

川 ゚ -゚)「お疲れ」

ノハ--)「ん〜……」

 組んだ腕は固い。

川 ゚ -゚)「どうだった? 答えは聞けたか?」

ノパ听)「あれが答えというなら、聞けたかもしれないけど」

ノハ;--)「ぜぇーんぜぇん分からん。もっとこう、具体的なヒントをくれるのかと……」

24 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:16:10.24 ID:ZOqKSRCxO

川 ゚ -゚)「ふむ」

lw´‐ _‐ノv「彼女に話した内容が気になるのは、最もな事だが――」

 ロッカーから首だけ伸ばしてくるシューが、フッと生息をヒートの首筋にかける。
 出し抜けにそんなことをされてはたまらない。ヒートは鳥肌を立てて飛びあがった。

lw´‐ _‐ノv「もう用事は済んだかい? ならボクは優雅なティータイムにしけ込みたいんだがね」

川 ゚ -゚)「そんなことをしているから単位が足りなくなるんだろう……とにかく」

 ドクオの肩を鷲掴みにすると、クーは彼をずいと前に押し出す。

川 ゚ -゚)「話はまだ終わっちゃいない。今度はこいつを見てくれ」

lw´‐ _‐ノv「……人使いの荒い人だよ」

 苦笑混じりに溜め息。

25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:18:28.49 ID:ZOqKSRCxO

(;'Aメ)「ちょっ」

 そしてすかさず、差し出されたドクオの首根っこを掴み、中へと引き入れる。
 彼に意志の有無を尋ねる暇など、一切与えはせずに。

(゚Aメ)「ぎょえぇえ!」

lw´‐ _‐ノv「では少しばかり彼を借りるよ。彼女ほど時間はかけない」

川 ゚ -゚)「あぁ、手短に頼む」

 まるで蟻地獄に吸われていく哀れな獲物のようなドクオを、しれっと見送り。
 クーは、相も変わらずうんうんと首を捻っているヒートへと向き直る。

川 ゚ -゚)「それで? お前はあいつに何と言われたんだ?」

ノパ听)、「んー……」

26 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:21:07.08 ID:ZOqKSRCxO

 言葉を濁す。

 彼女自身、貰った言葉を何と伝えればいいのか。
 上手く整理出来ていないらしい。クーもそれを悟ってか、軽く頭に手を乗せてやる。

川 ゚ -゚)「焦るな。聞いたままを言えばいい」

ノパ听)、「でも、意味分かんないぞ? 聞いたそのままじゃ」

川 ゚ -゚)「その意味を一人で考えるよりは、二人で考えた方がいいだろう?」

ノハ--)「それもそうか……」

 ない頭を捻ろうとも限界がある。
 そう悟る彼女は、聞いたまま、教えられたままにシューの言葉を紡ぎ出した。


ノパ听)「白鳥とブタを見た、って言われた」


27 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:23:27.31 ID:ZOqKSRCxO

川 ゚ -゚)「何っ?」

 だが唐突に出てきたその言葉の、あまりにも予想外な内容。
 思わずクーも素っ頓狂な顔をしてしまった。

ノパ听)「白鳥とブタがいて、白鳥は水辺でスイスイーっとしてて、ブタはそれを遠くから見守っていて……とか」

 クーの反応も当然だと頷きながら、ヒートの続ける占い結果。
 脈絡がないにもほどがある。

川 ゚ -゚)「……ブタとは、あのブヒブヒ鳴いている豚で間違いないのか?」

ノパ听)「うん」

 まるで、意味を為しているのかどうかも怪しい。

 堅実な忠告の一つでも出るかと思いきや、実際は余りに突飛だ。
 白鳥に豚など。何かを抽象的に表しているにしても、度が過ぎる。

29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:26:08.55 ID:ZOqKSRCxO

 しかし、クーは考える。

 いくら内容が支離滅裂とはいえ、収穫は無しと決め付けるには早い。

 これまでの付き合いで、シューの占いの正確さを彼女は知っている。
 オカルトなぞ絶対に信じない堅物な己でさえも、その的中率には舌を巻いた。
 ある時は空模様を、ある時は試験の結果を、ある時は人の行く末を。

 学園で密やかに噂される、『掃除ロッカーの魔女』の異名は伊達ではない。

 その言葉には必ず意味がある。

川 - _-)「ふむ……」

 故に考えるのだ。

30 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:28:38.36 ID:ZOqKSRCxO

 シューがヒートに伝えたかった事を。
 彼女が垣間見たという未来のヴィジョン――その真実の姿を。

ノパ听)「何か思い当たる節、あるか?」

川 ゚ -゚)「どうだろうな……」

 白鳥、豚、水辺――と。
 断片的なワードが脳内を駆け巡り、絡み合い、何らかの形を見出そうとする。
 それが直接的にヒートの強化に繋がるのか否か、そうではないのか。

 手探りの推理の末、クーは一つの疑問へと辿り着く。

川 ゚ -゚)「ヒート、シューは白鳥を見たと言ったんだな?」

ノパ听)、「え、うん。なんか、深ぁい森の中にある湖で、白鳥が優雅に踊ってるとか何ちゃら」

川 ゚ -゚)「もしや、白鳥は二羽いたとも言わなかったか?」

31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:31:45.87 ID:ZOqKSRCxO

ノパ听)「…………っ」

 一瞬、こちらをまじまじと見返してくるヒート。
 随分と驚いているらしい。この反応は『アタリ』なのだろうと、クーは確信した。

ノパ听)「そうそう! そうだよ、そういえば言ってた! すげーな、何で分かったんだ?」

川 ゚ -゚)「――なるほど、やはりか」

 何がなるほどなのかは窺い知れないが、彼女には十分納得がいく答えらしい。
 緊張の解けた顔には、「やれやれ」といった苦笑が浮かんでいる。

 ヒートは半ば興奮しながらも彼女へ詰め寄った。

ノハ*゚听)「分かったんだな! 答えが!」

川 ゚ -゚)「あぁ、分かった。シューの見たものの正体も、お前の渋澤打倒へのヒントもな」

32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:34:16.15 ID:ZOqKSRCxO

ノパ听)「なら早速教えてくれよ! 私はどうしたらいいんだ、クー姉ぇ!」

 暴走する彼女は、そのままクーを押し倒しそうになるほどに突っかかって来る。
 しかしさすがはクー。華麗に従妹を受け流すと、その鼻先に指を突き付けた。
 しなやかで節くれ一つない、美しい指である。

川 ゚ -゚)「いいだろう。答えは簡単、つまり――……」

 さながら、ヒートの行くべき道を指し示すかのように雄々しくもあるが。


川 ゚ -゚)「実戦で学べ、だ」


34 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:36:31.34 ID:ZOqKSRCxO

 * * *


ハハ ロ -ロ)ハ「URYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAA!!」


 駆ける。

 豪奢なブロンドをはためかせ、眼鏡に縁取られた蒼い双眸はしっかりと眼前へ。
 手に握るのは稲妻のような形状――さながらアルファベットの『Z』を描いた武器。
 武器は敵意の現れ。そこに打ち倒すべき者がいる故に、彼女は武器を手に疾駆している。

  _、_
( ,_ノ` )「…………」


 標的とされる者――渋澤。

 武喝道に破滅をもたらす死神。
 今や学園中の参加者たちに、バッヂ目当てで狙われる羽目となった男。
 しかしてその圧倒的な強さをもって、彼が狩られる獲物になどなれるわけがなかろう。

35 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:39:16.71 ID:ZOqKSRCxO

 立ち振る舞いは冷静にして、内に荒々しさを秘める。

 廊下を陣取る立ち姿は仁王の如し。

 それを前にしても尚、異国情緒の少女は走る。
 闘争心をむき出しに、更なる加速を望み、武器を肩に担いだ。
 磨き上げた白い歯をきらりとチラつかせ、彼女は吼える。

 熱き闘志をぶつけん、と。

ハハ ロ -ロ)ハ「覚悟するデス! プロフェッサー・シブサワ!!」

 肉厚のあるその武器は、見た目からもかなりの重量ととれる。

ハハ ロ -ロ)ハ「アナタを倒しさえすれば、ワタシタチにもチャンピオンシップの望みが見えてくるのデス!!」

 さらにこの速度だ。
 生身に直接叩き込めば、半端なダメージではない。

36 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:42:17.45 ID:ZOqKSRCxO

  _、_
( ,_ノ` )「――ふっ」

 対する渋澤はあくまで不動の体。

 向かう少女の突撃を、真っ向から受け止めるつもりだ。
 円を描いて構えられる腕が、空気に波紋を起こす。

 繰り出すは最強の盾、『千手網弩』。

 その手の緩やかな軌道は、しかして見た目ほど当てにならない。
 打ち込めば防がれ、逆に痛烈なカウンターが飛んでくる。

ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシのアルファベット“Z”を喰らいなサイ!!」

 しかし、少女は渋澤の実力の程を知らない。
 目の前にいる男がどれだけ強大な存在かを、理解していない。

37 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:44:30.95 ID:ZOqKSRCxO

 故に、その攻撃には迷いはなかった。

 未知の敵に恐れを為すことなく、加速。
 受け止められるのならば受けて見せよと、両の手に力が籠もる。


 間合いに踏み入ると同時、打ち込んだ。


ハハ#ロ -ロ)ハ「HAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッ!!!」


 大上段から、脳天へ向けて。

 軌道は馬鹿馬鹿しいほどに真っ直ぐ。
 だがこの剛撃を前にすれば、笑っていられる者など皆無だ。
 重量、速度、腕力の三要素――そこから弾きだされるものは純粋な破壊力。

38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:47:07.04 ID:ZOqKSRCxO

 小細工なしのパワフルな一撃。

 豪快の極みである。

 まさに、今日まで激動の中で生き残ってきた戦士に、相応しい攻撃。

  _、_
( ,_ノ` )「ぬんんっ!!」


 迎え撃つ、拳持つ闘神。


 もう少しで額をカチ割られるというところで、差し出された手は武器を受け止める。
 衝撃が全身を穿ち、両足を根差す床にまでびりびりと響いていく。
 常人なら、そのまま手の平を圧し折られているだろう。

 無論、彼が常人などと呼べるレベルにないことは、言うまでもない。

39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:49:39.59 ID:ZOqKSRCxO

ハハ;ロ -ロ)ハ「グッ……!?」

 押せども引けども、右手一本で掴まれた鈍器はビクとも言わず。
 まるで時が止められたかのような完全な静止に、少女は息を呑んだ。

 そして初めて感じ取る、眼前の男への恐怖。

 彼女の心臓を鷲掴みにされるまで、そう時間はかからなかった。
 流れる汗の不快感すらも、気にかける余裕はない。

 たった一合打ち合っただけで、ここまでの心理的ダメージを与えられるなど。

 信じられないのは、少女自身だ。

ハハ;ロ -ロ)ハ「さすがは……バッヂ五十枚分に不足ない相手デスネ」
  _、_
( ,_ノ` )「目先の利益に転び、こうして挑んで来たわけか。早まったな」

42 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:52:06.06 ID:ZOqKSRCxO

ハハ;ロ -ロ)ハ「Be careful .皆、アナタ方の首が欲しくてウズウズしてマスヨ」

 武器を絡め取られ、動くに動けぬ窮地にもかかわらず彼女はほくそ笑んだ。
 諦めなど一切見受けられない。勝利を確信した笑み。


<(' _'<人ノ「ハロー!! お下がりなさい!!」


 背後より響く声。
  _、_
( ,_ノ` )「っ!」

 渋澤が気付いた時には、ハローと呼ばれた金髪少女は後退している。
 驚くほどあっさりと武器を捨て、彼の攻撃の間合いの外側へ着地。


 瞬間、轟音を上げ足元が砕け割れる。


43 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:54:30.31 ID:ZOqKSRCxO

  _、_
( ,_ノ` ) (これは……!)

 床を突き破って出てきたのは、数十センチの直径を持つ竹槍。

 それも一本ではない。
 渋澤を中心にして半径三メートルが小さな竹林と化すほどの量だ。
 斜に作られた断面は、しがない植物を一個の凶器と化させ、襲いかかる。

<(' _'#<人ノ「御覚悟をっ!!」

 ハローと入れ替わりながら飛び込んで来たのは、見事な黒髪を棚引かせる和服美人。
 袖から覗く手には手ぐすの束。その一本一本が竹槍へと繋がっている。

 この凶悪なトラップは彼女の仕業なのだろう。
  _、_
( ,_ノ` ) (良いタイミングで攻めてきたな。仲間に打ち込ませ隙を作るか)

44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:57:08.65 ID:ZOqKSRCxO

 眼前と言わず、三百六十度のあらゆる方向から迫る、深緑の剛槍。
  _、_
( ,_ノ` ) (しかし――……)

 その只中へ、彼は迷わず手刀を叩き込んだ。


 途端、破砕する。


ハハ;ロ -ロ)ハ「NOデス!! 美和ッ!!」

<(' _';<人ノ「くぅうっ!?」

 美和、と呼ばれた少女。そしてハロー。
 二人の間を砕け散った竹槍が、破片となって吹き荒ぶ。

  _、_
( ,_ノ` )「なまっちょろいぞ、ガキ共」


 舞い上がる粉塵の中心には、無傷の渋澤。


45 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 00:59:28.79 ID:ZOqKSRCxO

 二人は見事な連携により、竹槍の乱刺し地獄へ彼を誘いこんだ。
 しかしそれらは、たった一撃で全てを薙ぎ払われてしまった。小細工など効かない。
 そのポテンシャルは圧倒的過ぎる。

 次いで始まるのは、渋澤の反撃だ。

 使い込まれた革靴が、リノリウムの床を急激に摩擦。
 高速、瞬速の形容が相応しい。互いの距離が一方的に縮まる。
 拳の届く範囲へと侵入を許せば、終わりだ。

 彼女たちは先の竹槍の如く、無残にも叩き割られるだろう。

<(' _';<人ノ (間合いに踏み込ませるわけにはいきませんっ!)

46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:02:06.93 ID:ZOqKSRCxO


<(' _'#<人ノ「『薔薇獄投華』っ!!」


 放たれたそれらが散らばり、毒々しい棘を露わに渋澤へと襲いかかる。

 触れれば傷付く薔薇の矢。
 それも視界を覆い尽くすほどの質量で迫って来る。
 退かずにはいられまい。真っ直ぐに突っ込むのは馬鹿のやることだ。

 馬鹿でなければ、化物の所業だろう。

  _、_
( ,_ノ` )「言ってるだろう……なまっちょろいとな!」


 突き出した掌が、空気を打ち込む。


47 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:04:27.81 ID:ZOqKSRCxO

 打ち込んで、そして破裂を生み出した。
 拳圧に巻き起こされる風が窓を震わせ、壁を嘶かせる。
 空間を押し広げていくかのように、風圧は薔薇の嵐を弾き飛ばした。

 漏れなく。一本残らず。

<(' _';<人ノ「あ――」

 攻め手を全て返され、丸腰となった高崎美和。
 彼女の絶望に染まった呟きが、聞こえるか否かの瞬間に。

 渋澤は難なく間合いへと立ち入った。

  _、_
( ,_ノ` )「――『大黒天掌』ッ!!!」


 走る重撃。


49 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:07:09.44 ID:ZOqKSRCxO

<( _ ;<人ノ「あ゛があ゛ああああああっ!?」

 巻かれた帯の中ほどへと、閃光の如き掌底が入る。

 容赦はない。
 女であることは、この武喝道において何の意味もなさないからだ。
 男だろうと女だろうと、一年生だろうと三年生だろうと。

 脅威となる者は変わらずに脅威だ。

 ましてや、今さら教え子に手を上げることへ何の躊躇があろうか。

ハハ;ロ -ロ)ハ「美和ァァァァアアアアアア――ッ!!」

 ハローの叫びが木霊した。

50 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:09:30.38 ID:ZOqKSRCxO

 骨の軋む音と共に、高崎美和の胴体が捩れる。
 掛け値無し、正真正銘のクリーンヒット。
 絞り上げられた筋肉と弾けんばかりの加速の生み出す衝撃は、人体を容易く砕く。

 皺一つなかった美しい顔立ちは、苦痛に歪み見る影もない。

ハハ#ロ -ロ)ハ「ジーザス!! よくも! よくも美和をォォォオオオッ!!」

 崩れる彼女越しに、渋澤は向かってくるハローの姿を見た。

 彼女の怒りで真っ赤になった顔が、眩しい金髪とでコントラストを描く。
 突っ込んでくるその手には、先程とは別の武装。

 巨大な環状の、それは戦輪(チャクラム)だ。

51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:12:16.82 ID:ZOqKSRCxO

ハハ#ロ -ロ)ハ「アルファベット“O”!! レディ――……」

 ぐん、とその肢体を弓のようにしならせて。

ハハ#ロ -ロ)ハ「GOOOOOOOOOOOOO――――ッ!!」


 有らん限りの勢いを付けて、投擲。


 高速回転しながら、戦輪が迫る。
 身の丈ほどのサイズであるそれは、恐らくかなりの重量であろう。
 この速度で命中したならば、昏倒は必須。飛び道具であるが故に先の武器より性質が悪い。

 そして構え直す渋澤が、さてどうやってこれを打ち落そうか、とぼんやり考えている最中だ。

52 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:15:12.31 ID:ZOqKSRCxO

/ 、 /「校舎は壊すなし、サダコ」

川ヮ リ「ではContenerezza(優しく、柔らかに)で」

 背中越しに声がした。彼の同僚たちの声だ。
 向こうで怒りにはち切れそうだったハローが、すっと青ざめていたのもそのせいか。

 ならば聴こえてくる木枯らしのような音は、なるほど呼吸音だろうと彼は悟る。

 やれやれと両耳を塞げば――


川д゚リ「   の   ろ   まぁ   す   !!!」


 大音響が炸裂した。


54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:17:49.57 ID:ZOqKSRCxO

 音の砲撃。

 声の爆弾。

 『質量を持った音』がそれこそ“音速”で、すぐ隣を駆け去る感覚があった。
 目には見えないが空間に起きる歪みで、渋澤には何となく位置は分かる。

ハハ;ロ -ロ)ハ「なぁ! が、に……がっ!!」

 まずその歪みは飛来する戦輪を飲み込み、バラバラに砕いて。 

ハハ;ロ -ロ)ハ「あああああああああああああああああああああああ!!??」


 次にハローを辺り一面の窓、壁、天井、床ごと巻き込んで、爆裂した。


56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:20:09.13 ID:ZOqKSRCxO

 ずん、と胃袋の底にまで響いてくる振動。
 耳を塞いでいた手を取り払えば、壊れた窓から入り込む風が喧しい。
 いつのまにか空模様も荒れている。

 廊下は『龍の唄声(ドラゴンブレス)』によって酷い有様だ。

/ ゚、。#/「馬鹿サダコっ!!」

川д゚リ「あ痛!」

 振り返れば、ダイオードが忌々しげにサダコの膝頭を蹴っているところだった。

/ ゚、。#/「人の話聞いてるし?! このドグサレ! 校舎はブッ壊すなって言ったし!」

57 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:22:58.02 ID:ZOqKSRCxO

川д゚リ「ななな、何ですのダイオード! 私、サダコは抑えましたワよ!!
     ちっちゃくて可愛いハムスターをなでなでするくらい、サダコはパワーを抑えましたワよ!」

/ ゚、。#/「ハムちゃんなんぞすぐ引き千切ってミンチにするくせに、ややこしい例え出してんじゃねーし!!」

川ヮ゚リ「そういえばアナタの昔飼ってたハムスターは、
     柔らかくてふにふにで、千切るととっても気持ち良かったですワ♪」

/ ゚、。#/「やっぱテメーかし! ブッ殺すし!!」
  _、_
( ,_ノ` )「ダイオード」

 これではいつまでもやりかねない、と。
 仲裁に入った渋澤は、歯を剥いて怒れるダイオードを諌める。

58 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:26:32.90 ID:ZOqKSRCxO
  _、_
( ,_ノ` )「相手にしてやるな。それで首尾は?」

/ ゚、。#/「…………っ」

 むむぅ、と膨れる彼女は弾ける寸前の風船のようだ。
 それでも、常識はある。サダコのような狂人とは違う。
 まるで自分にそう言い聞かせるかのように深呼吸し、不満気な顔にかかる濃紺の髪を払った。

 こうしてみれば見た目が派手なただの子供だが、実際中身は渋澤とそう変わらない。

 彼は彼女のゴスロリルックを見ると、いつもその事を考えては疲れた気分になる。

/ `、、#/「ダイオード達も似たようなもんだし」
  _、_
( ,_ノ` )「奴らの方から仕掛けてきたか?」

59 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:29:19.33 ID:ZOqKSRCxO

/ ゚、。 /「朝から二組は襲ってきたし。どうにも秘密裏に集会があったらしいが……」

▼・ェ・▼「バゥ!」

 気付けば彼女の足元で、一匹のビーグル犬がクルクル走り回っていた。
 彼はダイオードの優秀な偵察兵だ。
 抱え上げられると狂ったように喜び、ダイオードの顔を舐め回す。

/*゚、。 /「さすがに敵地の中心。ビーグルちゃんも中までは忍び込ませられなかったし。
       ただ壁越しに聞いた限りじゃ、ダイオードたちに賞金がかかったって話らしいし」
  _、_
( ,_ノ` )「そうらしいな。こいつらからも聞いた」

 床にうつ伏せて気絶している高崎美和。
 そして今、サダコが廊下の向こうから引き摺ってきたハロー。
 渋澤は彼女らを顎でしゃくる。

61 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:33:59.88 ID:ZOqKSRCxO

川д゚リ「カスですワー。この子たち、どっちも自分のバッヂ一個しか持っていないですワ」

 高崎美和の隣へ捨てるようにハローを倒し、サダコは物色したバッヂをじゃらじゃら鳴らした。
 それぞれのバッヂにレタリングされた、『華道部』と『ESS部』の文字が銀色に輝いている。

 枝垂れた黒髪から覗く赤い瞳は、ぎょろぎょろと忙しなく動く。
 真っ白な肌と対照的なそれは、彼女の異常性、狂気を現わしているかのようだ。
  _、_
( ,_ノ` )「ガキ共と同じことを言っててどうする。どうせ全滅させるんだ。バッヂの多少なぞ関係ない」

川д゚リ「でもヤるなら強い方が面白いですワ」

/ ゚、。 /「クソッたれの殺人鬼(サイコキラー)が。どうせ全部殺す気だし」

63 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:36:30.65 ID:ZOqKSRCxO

  _、_
( ,_ノ` )「殺しは駄目だ。ついでに言うなら校舎も壊すな。学園長の悩みが増える」

川ヮ゚リ「御爺は寛容だから許してくれますワ、きっと!」

 鈍い音と、遅れてサダコの悲鳴が上がる。
 ダイオードがストラップシューズの底で、サダコの向こう脛を蹴ったのだ。

 きぃきぃ鳴いて痛がる彼女を見やり、渋澤はダイオードに耳打つ。
  _、_
( ,_ノ` ) (貞子は安定しているのか?)

/ ゚、。 / (これでもまだマシだが、時折発作的にこっちの人格が出てくるし)
  _、_
( ,_ノ` ) (“音”も無しにか?)

/ `、、 / (段々“サダコ”でいる時間が長くなってきているし。
        このままじゃ“貞子”の人格が消滅する恐れもある。こればっかりは貞子の問題だし)

65 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:39:14.67 ID:ZOqKSRCxO

  _、_
( ,_ノ` ) (そうか……)

 唸り、深く腕を組む彼の立ち姿をちらと見て、ダイオードは小さく微笑む。

/ `、。 / (可愛い妹が心配かし?)
  _、_
( ,_ノ` ) (……俺にとっちゃあ娘って方が強いかもしれん)

/ `、、 / (ふふん。じゃあ妹扱いしてるのはダイオードかし)

 瞼を閉じ、物思いに耽る彼女は随分と嬉しそうだ。

/ `、、 / (あいつを拾ってもう十二年。そりゃあお前も老けるし)
  _、_
( ,_ノ` ) (お前は今も昔も変わらんがな)

/ ゚、。 / (こう見えても小皺は増えたし。いつまでもピチピチというわけにはいかんし)
  _、_
( ,_ノ` ) (俺には違いが分からんよ)

67 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:42:08.83 ID:ZOqKSRCxO

 馬鹿言うし、と笑う彼女はジャンパースカートのポケットから携帯電話を取り出す。
 操作の後、きぃんと鳴り響く甲高い音。

 渋澤は顔をしかめた。

 貞子の封じた心の闇を、“武器”として使うための呪われた鍵。
 この音自体が不快なのではない。この音を使わなければならないことが不快なのだ。

 どんな理由があったとて、人を兵器として使っていいはずがない。

川д゚リ「うぐ、ぎぎぎ、ぎぃ、ぎごぉおおお……!!」

 渋澤は己が人殺しだと自覚している。
 それは拭いようのない事実で、恐らくダイオードも同じように考えているだろう。
 そうでなければ生きていけなかった。生きるために殺す、それが彼らの過去だった。

69 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:44:29.32 ID:ZOqKSRCxO

 だが貞子は違う。

 哀れ、彼女の抱える人格は悦びのために人を殺す。
 壊し、殺すのが当たり前。息を吸うように容易く人間を破壊する。
 “サダコ”が歌えばその周囲は、瞬く間に死体の饐えた臭いに満ちた。

 そんな人格など、もう二度と目覚めるべきではなかったのだ。

川д川「――あ、あ……ダイオード、さん」

/ ゚、。 /「大丈夫かし? 意識は? 気分は?」

川;д川「大丈夫、大丈夫です」

 貞子に罪はない、と思いたい。

70 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:47:04.72 ID:ZOqKSRCxO

 悪いのは全て“サダコ”なのだ、と。
 彼女には、過去も何もかも忘れて幸せになって欲しい。それが彼らの願い。

 荒野で彼女を拾い、ここまで連れて来てしまった彼らの希望。

川д川「渋澤、先生?」

 ダイオードに抱え上げられる貞子が、きょとんとした顔をする。
 汗に湿った長い前髪が、狭い額に張り付いていた。

 彼女に向けていた顔が、いつに間にか強張っていたらしい。
  _、_
( ,_ノ` )「どうかしたか?」

川д川「い、いえ、ごめんなさい。何でもないです」
  _、_
( ,_ノ` )「そうか……うむ、ならいい」


 愛しさなのか、罪悪感なのか。
 彼の胸の奥には、何かずっしりとしたものがあった。


71 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:49:42.15 ID:ZOqKSRCxO


▼・ェ・▼「っ!!」


 さて貞子も落ち着いて、そろそろ気絶している生徒二人を保健室へと運ぼうかという時。

 ダイオードの足に擦り寄っていたビーグルが、突然ぴんと尾を立てる。
 小さく丸っこい体を存分に膨らませ、歯茎を剥き出しに唸りを上げた。

 警戒している。

/ ゚、。 /「ビーグルちゃん?」

 ただ事ではないと悟ったか。

 ハリネズミのように毛を逆立てるビーグルを、落ち着かせようと撫でるダイオード。
 優しげな手付きとは裏腹に目は鋭い。愛犬と共に廊下の奥を睨み、渋澤にアイコンタクト。

 敵襲を示していた。

72 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:52:08.63 ID:ZOqKSRCxO

  _、_
( ,_ノ` )「っ!」

川;д川「え……!」

 構えを取る渋澤と、身を引く貞子。

 彼らの動きに呼応するが如く、敵の気配も移動する。接近してきている。
 向こうに忍び寄るという発想はないらしい。息遣いに足音も隠す素振りがない。


 ひたひた、ひたり。

 はぁはぁ、ふしゅるるるるる。


/ ゚、。 /「――変な臭いだし。人の体臭じゃない」

▼#・ェ・▼「ギャンギャン!」
  _、_
( ,_ノ` )「どういうことだ」

/ ゚、。 /「大型肉食動物の呼気臭に良く似ている」

73 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:54:30.19 ID:ZOqKSRCxO



 廊下の角、割れた窓から入り込む雨風にまぎれて――



( ∴)



 三つ目がこちらを覗いていた。



74 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:57:05.64 ID:ZOqKSRCxO

 * * *


 狭いロッカーの中で聞こえるのは、二人の息遣いと紙の擦れる音だけ。


lw´‐ _‐ノv「…………」

('Aメ)、「…………」

 占いのためにここへ引き摺りこまれてから数分。
 シューは何を話すわけでもなく、ただ黙々と取り出したカードを繰るばかり。
 タロットカードだろうか。慣れた手付きのシャッフルは随分と速い。

 さすがに、ドクオもさっきから居心地が悪くてしょうがない。

 視界の端で揺れる蝋燭の炎が、ちかちかと目に痛かった。

75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 01:59:23.45 ID:ZOqKSRCxO

 そもそも、いま問題なのはヒートの行く末であって。
 自分の占いをしてもらっても、今さら気にすべきことなどたかが知れている。
 あるいは、この結果がヒートの打倒渋澤の助けとなるなら、本望かもしれないが。

 とにかく、出来れば早く終わって欲しい。そんな思いで頭がいっぱいだった。

lw´‐ _‐ノv「ヒートちゃんには特に何も使わなかったのだが……」

 ここにきてやっと一言。

 深い霧の向こうから聞こえてくるような、不可思議な声色。
 思わずドクオも、脱力していた肩を跳ね上げてしまう。

77 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:02:06.62 ID:ZOqKSRCxO

(;'Aメ)「はい?」

lw´‐ _‐ノv「君には道具を用いた方が伝わり易いだろう。最もきちんとした方法に則っちゃいないが」

 高速シャッフルを終え、カードの束をずいと差し出すと扇状に広げる。

lw´‐ _‐ノv「好きなカードを引きたまえ」

('Aメ)「……それで俺の未来とかが分かるんですか?」

lw´‐ _‐ノv「引けば分かるよ。ただし一枚だ、一枚」

 カードを引いて、それで話を聞けば終わりだ。
 この暗くて狭くて、居心地の悪い空間からも解放される。

 そう思うと、ドクオの手に迷いはなかった。
 適当な位置にあるタロットカードを摘むと、勢いよく引っ張り出す。

78 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:04:34.51 ID:ZOqKSRCxO

 と、少し勢いが強すぎたのか。
 引いたのと同時に、その下のカードもまとめて引っ張り出してしまった。
 厚めのタロットカードが、ひらっと一回転すると音もなく足元に落ちる。

 慌てて拾い上げようとするが、それをシューが制す。

lw´‐ _‐ノv「ボクが拾おう。それより引いたカードは何だったのかな?」

('Aメ)「あ、どうも。えっと――……」

 手に取ったカードを表に返し、薄暗闇に目を凝らした。


 絵面には大きな星と、十七を示す数字。


lw´‐ _‐ノv「二十二ある大アルカナの一つ、星(スター)」


79 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:07:31.06 ID:ZOqKSRCxO

 目の前には、頬笑みを浮かべた妖艶な魔女。
 まるで、最初からそのカードを引き当てることを知っていたようだ。

 絵面も見ずに、ドクオの表情だけで内容を当てたのがその証拠。

 カードに仕組みでもしていたのか、あるいは本当に――

lw´‐ _‐ノv「希望や栄光を意味し、迷える者を導くという役割をもったアルカナだ」

('Aメ)「希望……」

lw´‐ _‐ノv「君のことを言っているのさ」

 彼は盛大に眉をひん曲げた。

80 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:10:18.96 ID:ZOqKSRCxO

 このカードがドクオの性質、心象を示している。
 いきなりそう言われても、正直言って思いつく点がない。
 星だ、希望だ、なんていきなり言われてもお門違い。

 いいとこ無しの自分には似つかわしくないイメージだ、というのが彼の本音である。

lw´‐ _‐ノv「君が自分を、どう思っているのかは知らないが――」

 だがシューは、そんなドクオの心の中を全て把握しているかのようで。

lw´‐ _‐ノv「案外、周りの人間は君に助けられているんだよ。
       君の決断や行動、何気ない言葉や思いが人を動かしている。夜空に瞬く星のようにね」

81 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:12:33.56 ID:ZOqKSRCxO

(;'Aメ)「んなこと言われても実感ないですよ」

lw´‐ _‐ノv「良い方に解釈したまえ。さて、それはいいとして……」

 背中を丸めたシューが、足元に手を伸ばす。

lw´‐ _‐ノv「問題はこっちかな」

 拾い上げるのは落とされたカードだ。

('Aメ)「それ、いま落としたカードですよね? なんか関係あるんですか?」

lw´‐ _‐ノv「モチのロンさ。むしろ、引くつもりもないのに引いてしまったことにこそ意味がある」

 その表を見つめるや否や、シューの端正な顔に影が落ちる。
 灯った蝋燭の小さな揺らぎの中で、その変化は僅かだ。

 しかし、明らかに彼女は良くないものを見た顔をしている。

83 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:15:08.30 ID:ZOqKSRCxO

lw´‐ _‐ノv「……君は悪い事でもしたのかい?」

('Aメ)「え?」

lw´‐ _‐ノv「そうじゃないのなら、よっぽど恐ろしい何かに魅入られてしまったらしい」


 裏返されるカードには、不気味に笑う死神の絵。


(;'Aメ)「うわ……」

lw´‐ _‐ノv「言わずとも分かるね? これは死神(デス)。不吉と死の象徴。
       停止、破滅、終末――あるいは再生の意味合いもあるが、往々にして良くない場合が多い」

lw´‐ _‐ノv「何が不気味かというと、これが君とは別の意志によって招き出されたことかな」

lw´‐ _‐ノv「星か死神か。君の運命の揺らぎはそこにあるらしい」

84 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:18:19.19 ID:ZOqKSRCxO

('Aメ)「星か死神……」

 対照的な二つのカード。

 見比べるそれらは、つまりどちらもドクオの運命を現わしているのか。
 栄光と破滅。両極端すぎる二つは、辿る結末としてはあまりにも重い。重すぎる。

lw´‐ _‐ノv「この死神には強い念がある。君のじゃあないね。もっと別の誰かの念だ」

('Aメ)「それって、誰かが俺の破滅を望んでいるってことですか?」

 返ってくるのは苦い笑い。

lw´‐ _‐ノv「覚えはあるんじゃないかい? 君の死神となる人物に」

(;'Aメ)「死神か……」


 星と死神。


86 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:21:24.46 ID:ZOqKSRCxO

 偶然か、あるいはそれこそシューの言うように運命なのか。
 二つのカードから、強烈に喚起されるイメージはある。
 それこそ、身震いを起こすほど鮮明に。


 ――僕と遊ぼうよ、ドクオ。


 背後の闇の中で、狂気に満ちた笑い声が聞こえてくるようだ。
 それはドクオの背中を見ている。今も、かつても、これからもずっと。
 そう思うだに、恐怖が吐き気のように喉をせり上がって来た。


 ――ぶひゃひゃひゃ! ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!



(´ ω `)



 ドス黒い何かが己を取り囲み、為す術もなく飲み込まれていくかのよう。



88 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:24:12.25 ID:ZOqKSRCxO

(-A+) (やめろ、違う。あいつじゃない。あいつは――)

 倒した。この手で。

 もう二度と凶行になど走れぬほどに痛めつけ、沈めた。
 『凶星』ショボン。道理無き死神。ドクオは今や、彼を乗り越えた先に在る。

 思い返したくもない、狂気に満ちた彼との戦いの記憶。

('Aメ) (でも、あいつはあの戦いの後どうなった?)

 その答えを、ドクオは知らない。

 激闘の後、彼は連れ去られた。
 モララー、疾風の男に。その背後には何らかの意図を感じた。
 文字通り、ショボンの行く末は闇の中だ。知っているのはモララーだけ。

90 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:26:27.68 ID:ZOqKSRCxO

 無意識にポケットに突っ込んだ手が、獲得バッジの一つを撫でる。

 ここに彼の首級もある。
 ショボンがどうなったのかは分からないが、少なくとももう武喝道に現れることはない。
 それだけは確かだ。だが、裏を返せば確かなのはたったそれだけのこと。

 何故だろうか。占いなどそれほど信じる性質でもないのに。

 結果は異常なほどのリアリズムをもって、迫って来た。

lw´‐ _‐ノv「大丈夫かい? 気分が悪いかい?」

 気が付けば、神妙な面持ちでもしていたのか。
 テーブルの向こうで、シューが首を傾げている。

91 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:29:09.42 ID:ZOqKSRCxO

('Aメ)、「すんません、大丈夫です」

lw´‐ _‐ノv「何か思うところがあったんだね。どうだい? 死神はいたかい?」

('Aメ)「どうでしょうね……そいつは、多分違うと思いますし」

 それでも、潰れた左目が疼いてしょうがない。

lw´‐ _‐ノv「くどいけどね。運命に絶対はないよ」

('Aメ)「?」

lw´‐ _‐ノv「切り開き、受け入れることだ。仲間たちの星となるために必要なのは、そういうことさ」

 すっと伸ばされた指先。
 爪の伸びた細いそれが、軽くドクオの額を突いた。
 背中を押すように、優しく諌めるように。

92 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/02/01(月) 02:32:05.12 ID:ZOqKSRCxO


 切り開き、受け入れる。


 いずれまた、あの呪われた星に対峙することがあるというのなら。
 もう一度、ドクオは選択を強いられるのだろう。


 生き残り、仲間たちと光へ進んでいくのか。

 負けて、今度は自分が闇の中に沈めれるのか。


第三十二話・終



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