ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

3 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 21:43:17.72 ID:Nwiqt7ql0


( ∴)「ウッシャアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 雄叫び。
  _、_
( ,_ノ` )「ぬっ!」

 それと共に打ち込まれた手刀は、鏃の如き鋭さ。
 見上げるほどの体躯、盛り上がった重厚な筋肉。
 見た目からはおおよそ判断できぬほどの速度である。素早い。

 そして渋澤を一方的に防御に徹させるほど、ヘビィ。

( ∴)「キャオラアアアアアアアアアアアアア――ッ!」

 その鋭利な拳で、渋澤の腕を削り取らんばかりに。
 上下左右から、巨躯を生かした長大なリーチを用い、無尽に攻め続ける。
 
4 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 21:45:37.77 ID:Nwiqt7ql0
  _、_
( ,_ノ` ) (筋は悪くない)

 顔面を貫こうとした一撃を弾きつつ、渋澤は肌の粟立ちを感じた。
 それは退屈で平穏な日々の中では決して味わえなかった感覚。
 久しくその身を駈け巡る、戦闘の昂揚。

 まさか子供相手に、この感覚を思い出すとは――と。

 心の底では愉快で堪らない。
  _、_
( ,_ノ` ) (こういうところじゃあ、素直のことも馬鹿に出来んな)

 しかして、いま眼前に迫る襲撃者。
 制服を着ている以上生徒には違いないのだが、むしろ似合わないそれが奇妙さを際立てさせている。
 
 先も述べたよう、渋澤の身の丈すら軽く超える巨人だ。
 盛り上がる筋肉は奇妙な逆三角形を描き、逞しすぎる上半身におまけとして下半身が付いているよう。
 
5 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 21:48:01.36 ID:Nwiqt7ql0

 まるでゴリラのような姿。

 ざんばら髪を頂く頭。
 その広い額にくっきりと描かれた、眼の刺青(タトゥー)。
 遠目に、現れた彼が三つ目のように見えたのは恐らくこれのせいだろう。

 それはまるで、本物のようにじぃっと渋澤を睨みつけていた。
  _、_
( ,_ノ` )「刺青は校則違反だぞ」

( ∴)「ギッ……!!」

 白い歯を剥き出しにし、唸る。
 尖ったそれらの隙間から、腐臭にも似た酷い臭いが漏れ出た。

 強い。

 何者なのかは知れないが少なくとも渋澤を押している。
 ただ、彼とてやられてばかりではいられない。何者であろうと、立ち向かう者は排除する。
 
7 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 21:50:48.21 ID:Nwiqt7ql0

 渋澤は乱打を受け流す最中、右の拳を固めた。

 彼の防御はただ受けの一手ではない。
 打ち込めば吸い込むように全ての拳を流し、逆に空いた懐へ痛烈な一打を返される。
 不可視のカウンター、『千手網弩(センジュモード)』。

 加速する渋澤の掌が円を描き、残像を作りだした。

 まさに千手観音。

( ∴)「ムギャアア……!」

 異形の襲撃者が、その光景に目をちかちかさせている隙。
 渋澤はそこを逃さない。
  _、_
( ,_ノ` )「――ぬぅあっ!!」


 拳が突き刺さる。

 
9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 21:53:37.55 ID:Nwiqt7ql0

( ∴)「ギッ!」

 まず鳩尾、次に喉、最後に顎と。

 秒間に三発。さらには右手一本で。目にも止まらぬとはこのこと。
 砕き、突き刺さり、カチ割った。回避不能の反撃は寸分狂わず急所に命中。

 三つ目を頂く頭部が、がくんと跳ね上がる。
 顎への打撃で、まず間違いなく脳震盪を起こすだろう。
 立っていられるわけがない。渋澤は足取りを崩す大男を前に、容易き勝利を確信した。

/ ゚、。 /「…………!」

川д川「あっ……」

 背後で、離れているよう指示を飛ばした二人が一瞬声を上げる。


( ∴)「――――ッ!!」


 その刹那。

 背中から倒れようとしていた彼が、しかして跳ね起きる。

 
10 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 21:57:09.42 ID:Nwiqt7ql0
  _、_
( ,_ノ` )そ 「ぬっ?!」

 完全に意表を突かれた。
 巻き戻し映像のようにぐんと身を起こす敵を前に、珍しくも渋澤は動揺。
 その隙を突き、襲撃者は視界の端を風のごとく駆け抜ける。

 速い。

 出し抜かれた。


( ∴)「キャアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!」


 男は宙に踊り上がる。

 身をしならせ、食い縛っていた口をここぞとばかりに大きく広げ。
 顕になるのは牙。棘のように鋭いそれらは一本一本が凶器の領域。
 おおよそ人のそれとは似つかぬ代物。

 肉を裂き骨を噛み砕く、まさに猛獣の歯だ。
 
12 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 21:59:35.03 ID:Nwiqt7ql0

川;д川「ひっ」

 狙いは貞子。

 頭上に舞い上がった野獣の姿に、彼女は竦み上がっていた。
 か細い声が漏れ、もつれる足がワンピースの裾を踏ん付ける。尻餅を突いた。
 青白い表情が、今だけは通り越して真っ白となる。


 やられる。貞子はあの牙に喰らい裂かれる。


 誰が見ても、そう絶望しただろう。
 しなかったのは二人、真っ先に動いたのは一人だ。


/ ゚、。#/「貞子!!」


 ダイオードが割って入る。

 
13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:02:28.74 ID:Nwiqt7ql0

 貞子を守るには、余りにも頼りなさすぎるその小さな身を目一杯に広げて。
 踏ん張ったストラップシューズを、恐怖に微動だにすることもなく。
 濃紺の長髪を逆立てて、彼女は果敢に獣へと臨む。


川;д川「ダイオードさん!!」
  _、_
( ,_ノ` )「ダイオードっ!!」


 二つの叫びが重なった。

 ワンテンポ遅れて、渋澤も動く。
 膨張する筋肉がワイシャツを、スラックスを引き裂かんばかりにしながらも。
 全力で加速する。加速し、さらに襲撃者に追いすがらんとする。

 サダコが休眠状態である以上、今この三人の中でまともな戦闘が出来るのは渋澤一人だ。

 ダイオードには、“今は”戦う術が無い。
 ならば本当に盾になるとでもいうのか。だとすれば無謀すぎる。
 
14 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:05:51.52 ID:Nwiqt7ql0
  _、_
( ,_ノ` )「下がれ! 死ぬぞ!!」

/ ゚、。#/「うっせーし!!」

 聞く耳は持たない。

 しかしてダイオードも無策に飛び出したわけではなかった。
 長い睫毛に縁取られた、ガラス玉のように透き通った彼女の眼が波立つ。
 歪み、渦巻き、それは底無しの恐怖を大男へ浴びせ掛ける。

 かつて荒れ狂うヒートすら縛り付けた、あの奇妙な瞳術。

( ∴)「キャオラアアアアアアアアアア!!!」

 それを全開にし、彼女は獣に対抗しようというのだ。


/ ゚、。#/「見下ろしてんじゃねーし!! 跪け!!」


 幼い容姿が嘘のように重い怒喝が、廊下に木霊した。

 
15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:08:29.01 ID:Nwiqt7ql0



ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

第三十四話『バックグラウンド・ボーイズ』


 
16 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:11:05.51 ID:Nwiqt7ql0

 * * *


 招かれた場所は、またもプール。


('Aメ)「へぇ、ここが水泳部の……」

( ^ω^)「まぁ、あっちと比べりゃ屋根も付いていない普通のプールだお」

 ころころと笑いながらも、ドクオを引き連れたブーンはプールサイドをのっそり歩く。

 ヒートとシンクロ部のエース二名。
 その試合兼特訓の約束をした後、準備があるからと放課後に来いと追い払われ。
 ドクオはブーンに昼食を誘われた。彼も随分熱心で、これには素直姉妹も快く承諾してくれた。

('Aメ) (いや、二人の許可がないと俺は昼も自由に食えないのかよ……)
 
17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:13:25.67 ID:Nwiqt7ql0

 そうして案内された水泳部の練習場。
 同じプールだが確かにブーンの言う通り、シンクロ部のものとは随分と待遇が違う。
 あるのは25メートルのプールだけ。VIP学園には水泳の授業は無いため、ドクオには中へ入るのも初めてだ。

( ^ω^)「雨が止んで幸いだお。今日は水の入れ替えをするし」

 肉付きの良い手の平を天にかざして、少し薄くなった雲をブーンは見上げる。
 雨脚もかなり弱まり、僅かながら青空も覗き始めていた。

('Aメ)「水泳部って、実績があまりないのか?」

 浮かぶのは素朴な疑問。

(; ^ω^)「んー、僕の個人戦とか、団体でも悪くないとこまではいくんだお」

( ´ω`)「ただ人集めが下手くそというか、毎年入部は二、三人がいいとこなんだお」

('Aメ)「へぇ」
 
18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:16:11.14 ID:Nwiqt7ql0

( ^ω^)「男たちのムサい部活と思われてるのか、女の子も今は部員十人中二人だけで」

( ^ω^)「まぁ、あまり人が増えすぎても手が回らないし、このくらいの人数もアットホームでやり易いお」

('Aメ)「なるほどね。分からんでもない」

 確かに膨大すぎる部活の中では、どうしても末端への配慮がいきにくい。
 剣道部の件で、ドクオもそこのところはよく理解している。

 なんとも他の部活も苦労はあるのだなと思う中、本題を切り出した。

('Aメ)「あのよ、ブーン? そういえば俺、昼飯に誘われたんだよな?」

( ^ω^)「そうだお」

('Aメ)「俺はてっきり学食とか購買に行くって話だと思ってたんだが……」

 生憎、ドクオは弁当を持ち歩くタイプではない。
 かと言ってブーンが二人分の弁当を腰に下げているかと言えば、そんなわけはない。
 なんせ彼は水着だ。
 
19 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:18:41.96 ID:Nwiqt7ql0

('Aメ) (水泳部って、水着のまま校内を歩き回ることに抵抗ねーのかな)

( ^ω^)「大丈夫だお。既に昼食の手配は済んでいるお」

('Aメ)「手配って?」

 ドクオが首を傾げる中、入口の方で音がした。

 見やれば男子生徒が二人、両手に購買部のビニール袋を下げてこちらへとやって来る最中だ。
 両者とも深緑のジャージ姿で、胸に大きく水泳部と刺繍されているのが遠目にも分かる。

 ブーンの仲間だろうか。

(゜3゜)「ブーンさん! 待ちました?」

( ・3・)「アルェー? 客が来るって言ってはいたけど、誰っすかその人?」

 声を上げる二人。
 
22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:21:33.79 ID:Nwiqt7ql0

 容姿は特に言い含めるほど目立ったものは無いが、強いて言うなれば両者共に唇が分厚い。
 お互い顔形が似ているわけではないのに、何故かそこだけは酷似している。

 ブーンは彼らの、気持ちの良い挨拶へにこやかに応えた。

( ^ω^)「いやいや、今来たところだお。二人ともご苦労さまだお」

(゜3゜)「これくらいどーってことないですよ。購買が意外と混んでて会計に手間取っちまって」

(; ・3・)そ 「アルェー!!」

(゜3゜)「あん? どうした、ぼるじょあ?」

(; ・3・)「どうしたって、お前ポセイドン! 気付いてないのかよ、こいつ鬱田ドクオだぜェ!」

(;゜3゜)「何ぞ?!」

 少年たちはこぞってタラコ唇を突き出し、ドクオの存在に驚く。
 詰め寄り、物珍しさに満ちた視線をいっぱいに浴びせてくるその様子。
 思わずドクオも後ずさった。
 
23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:24:29.77 ID:Nwiqt7ql0

( ^ω^)「コラコラ、ドクオも困っているお。あんまり変な目で見るんじゃないお」

(;゜3゜)「あ、す、すいやせん。つい」

( ・3・)「しかし、学園最強チームのエースがこんなとこで何を……」

 随分と大それた通り名である。

 ドクオ本人も尻込みしてしまうほど、学園における彼のイメージは日に日に膨らんでいるらしい。
 有名人であることに悪い気は起こらないが、あまり目立ち過ぎるのも気が引ける。
 これまでつつがない平坦な人生を生きてきたせいか、こういう扱いにはまだ慣れていない。

 少年たちの興奮に僅かな溜め息を洩らしつつも、ブーンは仕切り直す。

( ^ω^)「紹介が遅れたお、ドクオ。彼らはウチの副部長で、目が小さい方が田中ポセイドン、大きい方がぼるじょあだお」

(゜3゜)「よろしくな。俺ら、どっちもあんたと同じ二年だ」

('Aメ)「あぁ、よろしくさん。えっと……田中?」
 
24 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:27:06.27 ID:Nwiqt7ql0

(゜3゜)「ポセイドンでいいぜ! ちゅーかよ、正直俺はあんたには期待してんだ! マジで!」

(;'Aメ)「んん? 期待?」

 未だわくわくと身を奮わせるポセイドンは、随分とテンションが高い。
 いまいち伝わっていないドクオへぼるじょあが補足する。
 
( ・3・)「同期で武喝道を生き残ってる奴じゃあ、あんたが一番イカしてるからな」

( ・3・)「実際、参加者じゃねーポセイドンや俺らは結構注目してるんだぜェ?」

(゜3゜)「だってよ、並みいる強豪ブチのめして優勝したのが二年生なんてクールだろ!」

('Aメ)「んなこと言われてもな……」

 ちらりとブーンを見てから。

('Aメ)「あんたらも一応水泳部なんだし、部長を応援してやるのが筋だろ?」
 
25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:29:31.77 ID:Nwiqt7ql0

( ・3・)「ん? ん、まぁブーンさんは応援しなくてもそれなりに強いしな」

(゜3゜)「部長、適度に頑張ってくだせぇ」

(; ^ω^)「扱いが違いすぎるお! この薄情者!」

 からからと笑いが起き、賑やかに互いの背を叩き合う。

 上級生と下級生。部活の中だからこそ見れる、なんとも微笑ましい光景。
 ドクオは朗らかな思いになりつつも、内心では羨望と。
 そして僅か、嫉妬に似た感情を抱く。

 自分には得られなかった関係、状況、立場。

 本当ならばドクオも、剣道部部長として果たすべき責任や手に入れるはずのものがあった。
 それもこれも、僅かな食い違い、僅かな迷いで全てが変わってしまった。
 もはや取り繕うことも取り戻すことも難しいもの。

 それが目の前の――ブーンたちの関係なのだ。
 
28 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:32:21.18 ID:Nwiqt7ql0

( ^ω^)「ドクオ? どうかしたのかお?」

 そんな後ろ暗い感情を抱いたことに、どこか罪悪感を持ったのか。
 バツの悪そうな顔をしているドクオを、ブーンは不思議そうに見つめている。
 純粋で、裏表もなく心配してくれている――そんな眼だ。

('∀メ)、「いや、別に」

 見せるべきではない。
 こんな気持ちを、こんな恵まれた彼らに。
 羨ましい。そう思うからこそブーンたちには、決して自分のようにはなって欲しくない。

 その素っ気ない返事は、ドクオなりのブーンへの思いやりだった。

('Aメ)「ってか、結局のところ昼飯の件はどうなってるんだ?」

 さすがに腹の虫も治まりを知らなくなってきたか。
 空きっ腹に耐えかねたドクオは、話題を変える意味でも早く昼にありつきたかった。

(゜3゜)「問題ないぜ。ここにはバッチリ俺らの戦利品があるからな」

 ニヤリと微笑むポセイドンが、下げていた袋から取り出したもの。
 
31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:35:10.40 ID:Nwiqt7ql0

 それは弁当だ。よくあるプラスティック容器詰めのタイプ。
 購買部でもこの手の種類で唐揚げ弁当、ステーキ弁当、焼き肉弁当など、様々なメニューが売られてはいる。
 しかし、彼がその手に持つのはそれら凡庸な弁当たちとは比べ物にならない。

 ドクオも気付いたらしい。パックの中身、内から漏れだす食欲をそそる香り。
 そして他の弁当との差別化のために施された、黄金色の容器の仕様がなによりの証拠。

(゚Aメ)「そ、それはもしや!!」

(゜3゜)「そうだ! 購買で週に十食しか販売しない、幻の激レア弁当!」

( ・3・)「『VIPゴールデン幕の内弁当』!! 一食1500円の超高級ランチだ!!」

(゚Aメ)「スゲェエエ――っ!!」

 ドクオも話には聞いたことがある。

 厳選された食材を、プロの手作業による真心込めた調理で味付け。
 どこぞの著名な美食家さえも舌鼓を打ったという、伝説クラスのウルトラレア商品。
 即日完売はもちろん――というよりも、一般人はまず購買の棚に並んでいる光景すら見たことがない。
 
32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:37:35.23 ID:Nwiqt7ql0

 一体どのような入手ルートがあるのかも不明。もはや存在すら幻想であると謳われた希少品である。

 それが今、ドクオの手にしっかりと渡された。

(゚Aメ)「すごい……もう食い物というより芸術品だ! 食材がアートになっている!」

 まだ蓋も開けていないのに、噴き上がるオーラに彼は鳥肌を立たせる。

( ・3・)「俺達も本物を見たのは今日が初めてだぜェ……」

('Aメ)「一体どうやってこれを!? しかも四つ!」

(゜3゜)「それはブーンさん直伝の購入方法があってよ。残念ながら秘密だ」

( ・3・)「もっとも購買部のパワーバランスを崩す恐れがあるから、その購入方法も乱用できないがな」

('Aメ)「ブーン……あんたすごいな……!」

(* ^ω^)「おっおっおっ! これは僕の奢りだお。存分に堪能して欲しいお」

(゚Aメ)「ふ、太っ腹!!」
 
34 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:40:21.73 ID:Nwiqt7ql0

 本当に腹が太いのもさることながら、この気前の良さ。
 ドクオは元よりポセイドンとぼるじょあまで、ブーンへ尊敬の眼差しを浴びせ掛けていた。

(゜3゜)「部長……やっぱ俺ら部長に付いて来て正解でした」

( ・3・)「ゴチになるずェ! ブーンさん!」

 額をカルキの床へ擦り付けんばかりに下げる。

(* ^ω^)「おっおっおっ! 称えるがいいお、褒めそやすがいいお!」

(゜3゜)「このこの〜! 太っ腹太っ腹〜! ブルドックの顔面みたいなお腹が素敵ぃ!」

( ・3・)「よっ! 三段腹の大将! 将来はメタボリック将軍!」

( ゚ω゚)「屋上へ行こうぜ……久しぶりにキレちまったよ……」

 アームロックを掛けられる二人に苦笑いを浮かべつつ、ドクオは再び弁当を見つめた。
 本当に、極上の品だ。食べたいと思ってもそう簡単には叶わない代物。
 しかし、単に昼をご馳走になるからといって、ここまで良いものを貰っていいのだろうか。
 
38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:43:03.50 ID:Nwiqt7ql0

 少しばかり、遠慮したくなる気持ちもある。

('Aメ)「でもよ、俺、こんなスゲーもの奢ってもらっていいのか?」

(゜3゜)「何だよぉ、遠慮なんてすることぁねーのに」

('Aメ)「いや、あんたらはいいけど、俺は今日ブーンと知り合ったばかりだし」

( ^ω^)「ドクオ、そんな気にしなくてもいいんだお。
      さっきも言った通り、クーの仲間なら僕の親友と何ら変わりないんだお」

('Aメ)、「しかしなぁ……」

 ドクオはどうしても納得できないらしい。
 副部長二人が肩をすくめていると、ブーンが肩を叩く。

( ^ω^)「ドクオ、なら本当のことを話すお。実は折り入って、君に頼みたい事がある」

('Aメ)「頼み?」

( ^ω^)、「隠すようで悪かったけど、この弁当はそのための袖の下だと思って欲しいお」
 
41 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:48:10.72 ID:Nwiqt7ql0

('Aメ)「はぁ」

 考えてもいなかった返答に、多少は目を丸くするが。
 ブーンの人となりがそれほど悪くはないとは分かっている。
 それにこちらとてクーの幼馴染相手に、貸せるだけの力は貸してやりたいと思うのは人の情。

('Aメ)「言ってくれよ。変な話じゃなきゃあ、なんだって手伝うぜ?」

 肩に乗せられた手に自分のを重ねて、薄く微笑む。
 ブーンもその態度に安心したのか、ほこほことふくよかな笑いを浮かべた。

( ^ω^)「ありがたいお、なら――」

 しかしそれも、一瞬の内に厳しいものへと変わる。
 穏やかな中に潜められていた、戦士としての彼の本性へ。


( ^ω^)「一度だけでもいい。いまから、僕と戦ってくれないか?」

 
44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:51:09.90 ID:Nwiqt7ql0

 * * *


 ダイオードは立ち塞がる。


 一歩の後退も一切の恐れもなく、貞子を守るため。
 牙を剥き食いかかる獣を前に、圧倒し、打ち負かさんと。

 彼女の瞳、そこにあるのは絶対の恐怖。

 見る者は慄き、行動を止める。
 筋肉は凍りつき、骨は石と化し、ただその襲い来る眼力に膝を折る。
 究極の束縛。真っ向から見据えられれば瞼一つ下ろすことが出来ない、支配の眼。

 何者も逆らえない。それは今回とて同じはずだった。
 
46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:53:44.61 ID:Nwiqt7ql0


/ ゚、。;/ (こいつ……っ!)


 だが、


( ∴)「ムキャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 野獣は止まる事を知らない。

 吼え、弾け、加速する彼はダイオードの瞳術を突破する。
 ダイオードは確かに例の眼で彼を睨んだ。そこは揺るぎない。
 だが現実は違う。打ち破られた。

 そこにどのようなからくりがあるかは分からない。
 ただ彼女もこれは予想外だったのか、自身の能力に絶対の自信があったからか。
 己が眼力を持ってしても止まらぬ狂戦士を前にして、踏ん張る両足から僅かに力が削げた。
 
48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:56:10.79 ID:Nwiqt7ql0

 ざんばら髪が視界を覆い、吼え声が耳を劈く。

 今度こそ終わりだ。

 やられる。


/ 、 /「――――っ」


 後悔はあるが仕方のないこと。

 子供と侮ったのが失策か。己の力を過信しすぎたのか。
 だがダイオードにも覚悟がある。いざとなれば敗北を受け入れる覚悟が。
 今まさに彼女は、使わずに済むはずだったその覚悟を胸に、ただ立ち尽くすのみ。

川;д川「いやああああああ、ダイオードさん!!」

 背後で貞子の、絹を裂いたような叫びが上がる。
 負けは負け。だが、ここで自分が盾になることで貞子の身は守られただろう。
 それならそれで、完全な敗北ではない。
 
50 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 22:58:32.96 ID:Nwiqt7ql0
  _、_
( ,_ノ` )「ダイオードっ!!」

 後は渋澤が何とかしてくれるだろう。
 自分の首を噛み裂くことで隙が出来たこの敵を、彼は必ず撃滅する。
 貞子は生き残る。ならばそれでいい。

 ただ一つ心残りなのは、可哀そうにビーグルを一匹置いていくことだけ。

 ダイオードはふと、首筋に牙が立つ一瞬に、そんなことを考えていた。


(-@∀@)「珍しい、あんたが諦めるんですかダイオード?」


 そこにかけられた、ねちっこく嫌らしい声。


 ついで、小さな破裂音。
 
51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:01:18.91 ID:Nwiqt7ql0

( ∴)「ギッ!?」

 高鳴る。

 弾ける。

 ほぼ同時にのけ反る敵。しかし音はそこで終わらない。
 ぱしん、ぱしん、ぱしんと。空気の小さく爆ぜる音が、絶え間なく続いていく。
 狙いは男の顔面。ダイオードの肩を掠めて被弾した何かが、彼を怯ませた。 

 尻もちを突くダイオードも、髪を揺らして振り返る。


(-@∀@)「メスは伏せていなさい!!」


 駆け付けし者は、アサピー。


 スリッパ履きの足音はばたばたとうるさい。
 貞子の後方から駆けて来た彼は、サプレッサーを装備したS&Wを構え、撃ちまくる。
 何が可笑しいのか、痩せ細った顔に浮かぶその表情は、引き攣った笑みに彩られていた。
 
53 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:03:41.23 ID:Nwiqt7ql0

 ダイオードは昔から、彼のこういう顔が癇に障ってどうしようもない。

川;д川「ひゃっ!」

 頭を抱えてうずくまる貞子を通り過ぎ、ダイオードの元へ。
 化物は畳みかけられた銃撃に目を回し、膝を突いている最中であった。

/ ゚、。 /「……実弾じゃねーし?」

 ダイオードは助けてもらった身でありながら礼の一つも言わない。
 尖りっぱなしの唇を見るに、随分と不服そうだ。

(-@∀@)「ゴム弾頭の特殊ショック弾ですよ。もっとも……」

 アサピーも敢えてそれを言い含めることなく、ほくそ笑んだ。
 そして有無を言わさず彼女の襟首を引っ掴み、後ろへ強引に引き寄せる。

(-@∀@)「それでも当たれば痛いじゃすみませんがね!」
 
54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:06:02.36 ID:Nwiqt7ql0

 敵が動きを止めてる間に、なんとか間合いの外側へ。
 アサピーの判断は正しかった。
 痛みに悶える大男は唸りを上げると、諸手を滅茶苦茶に振り回す。

 ダイオードがあのまま座りこんでいれば、薙ぎ払われているところ。

(-@∀@)「ヒヒ! なんですかこいつは? 猿ですか? 面白い糞ガキもいたもんです!」

 なんとか間合いから離脱はしたが、アサピーに決定打となる武器は無い。
 実弾ではない以上、S&Wの射撃では敵を足止めするのが精一杯だろう。

 しかし手を休める理由もない。
 アサピーはダイオードを小脇に抱え直すと、器用にリロードを済ませる。
 抜け落ちた空のマガジンが廊下を跳ねるや否や、後退しながら再び弾丸を浴びせかけた。

( ∴)「ガッハ!! ゴェエェェエエエエエエエ!!」

 速い上に容赦がない。これでは敵も動くに動けないだろう。
 
56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:09:37.53 ID:Nwiqt7ql0

 至近距離からの顔面狙いの連射に、男の顔は真っ赤に腫れ上がる。
 呻き声を上げながら両手で空を掻く仕草が、彼の相当な狼狽を示していた。

(-@∀@)「おや、空ですか?」

 最後の弾丸が薬莢を跳ね上げると、アサピーは銃を投げ捨てる。

( ∴)「っ!!」

 そして大男は反撃の機会を手に入れた。 

 彼の意識は、もはや完全に獲物を横取りしたアサピーへと向いている。
 弾幕が止んだ以上、彼が逆襲の怒りに燃え上がるのは自明の理だ。
 ぴくぴくと青筋を立て、鼻息を荒くし、走り出す前の猪のように荒ぶっているのがその証拠。

 それでもアサピーは余裕と愉快の笑いを止めはしない。

(-@∀@)「――渋澤っ!!」
 
58 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:12:24.15 ID:Nwiqt7ql0

 枯れ木のような喉が隆起し、声を張り上げる。

  _、_
( ,_ノ` )「礼は言わんぞ」


 呼応するように、間合いへ踏み込む渋澤が腕を取った。


( ∴)「グギっ!!」

 注意を反らされ、後ろから接近する彼に気が付かなかったのか。
 瞬く間に大男は、その短い脚に渋澤のそれを絡まされる。

 重心が上半身にあるが故に、足を払われるとバランスが取れない。
 
61 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:14:39.04 ID:Nwiqt7ql0

 いとも容易くフラつかされた彼に、渋澤は一切の休む暇を与えなかった。
 鉄板のように厚い胸板へ飛び込み、可能な限り両脚を踏ん張り、全体重をかけて体当たり。

 脇腹に押し当てた右肘と左掌を支えに、思いっきり突き飛ばす。

  _、_
( ,_ノ` )「ぬぇえいぃっ!!」


 巨体が弾け飛んだ。


( ∴)「アギャアアアアアアアアアア!」


 同時にぼぎり、と砕ける脇腹。

64 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:17:24.96 ID:Nwiqt7ql0

 大男は吹き飛ばされるまま、空き教室の壁に激突。
 そこを突き破っても尚、彼の巨躯は砲弾のように真っ直ぐ飛んで行く。

 威力は一切衰えない。

 ついには教室の窓すらブチ破り、晴れ間の覗き始めた屋外へと消えていった。
 獣のような叫びが尻すぼみに響き、最後はどすんという鈍い音で締めくくられる。

  _、_
( ,_ノ` )「……かふぅー」

川;д川「あ、あ、倒した……?」

/ ゚、。 /「…………」

(-@∀@)「ヒヒ!」

 
66 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:20:17.13 ID:Nwiqt7ql0

 今の激闘が、嘘のように長い沈黙。
 廊下から外までぽっかり空いた大穴を臨み、教師四人は固唾を呑んでいた。
 あれだけタフで凶暴な者を相手にして、すぐに安心しろというのも難しい。

 この祭に介入してから一番の緊張を味わいながら、全員が額に汗していた。

/ ゚、。 /「見て来るしっ」

 一番初めに動いたのはダイオード。
 てててと子供のような可愛らしい足音を立てつつも、表情は強張っていた。
 他の三名も、敢えて危険を促すことはしなかった。そんなことは、彼女が一番理解しているだろうから。


/ ゚、。 /「……いないし」


 窓際で階下を見下ろす彼女は、静かにそう述べる。
 
67 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:22:49.68 ID:Nwiqt7ql0

 それを合図に警戒を解く渋澤達も、室内へ踏み入り、彼女の隣から首を覗かせる。
 視認出来た光景は、雨を吸って黒くなった土に、がさがさと戦慄く木々、そして砕け落ちた外壁の残骸のみ。

 地面に大きく、何かが墜落した跡がくっきりと残ってはいるが、男の姿はどこにも見当たらない。

 普段からゆるゆるのネクタイを、ここぞとばかりに大きく解き、アサピーは一息吐く。

(-@∀@)「勝ち目無しと逃走しましたか」
  _、_
( ,_ノ` )「ありがたい話だな」

 彼が言っても皮肉にしか聞こえない。
 最悪、外に飛び出してでもトドメを刺すつもりでいたのだろう。

(-@∀@)「キヒ! ヒヒヒヒ! しかしお笑いですかぁ? ガキ相手に三人もいてなんてザマです!」
  _、_
( ,_ノ` )「サダコが休眠状態に入った時を狙われた。敵も雑魚じゃあなかった」
 
69 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:25:21.43 ID:Nwiqt7ql0

(-@∀@)「それでもあなた一人で十分事足りるでしょう。これだから女は。いつだって足を引っ張る」

/ `、、 /「…………」

▼・ェ・▼「クゥーン……」

 いつもの彼女ならば、アサピーの一言へ反論する元気もあったろう。
 しかしながら現実問題、渋澤の足を引っ張った。言い返す気力もない。

川;д川「ダイオードさん、悪いのは私です。私がもたもたしたから……」

/ `、、 /「気にするなし。ダイオードも、ちと油断したし」

(-@∀@)「ヒヒ! ダイオード、ずいぶんしょげてますね。年甲斐もなく、ビビってションベンでも漏らしたんですか?」

川#д川「ひ、ひどいです、アサピー先生! ダイオードさんは私を――」

/ ゚、。 /「アサピー」

 ダイオードは、食って掛かる貞子を押し止める。
 
71 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:28:06.08 ID:Nwiqt7ql0

川д川「ダイオードさん……」

/ `、、 /「助けてもらった礼は言うし。すまん」

/ ゚、。 /「ただ今までどこで何やってたし? 個人行動が駄目とは言わないが、今回のこともある」

(-@∀@)「…………」

 ニヤニヤと嫌らしく笑っていたアサピーは、この時だけは何故か無表情になる。
 反目し合うダイオードが素直に礼を言ってきたことに対し、どんな顔をすればいいか分からないのかもしれない。

(-@∀@)「あなたたちとしちゃあ、私が貞子の周りをうろつくよりはその方が安心でしょう?」
  _、_
( ,_ノ` )「お前は貞子を兵器としか見んからな」

(-@∀@)「ヒヒ」

 渋澤の厳しい言葉に、僅かに口角を上げる。
 
(-@∀@)「連絡も無しに動いたのは確かに褒められませんがね。
       私にだって一応やることがあって、外回りに行ってたんですよ。学園長の指示で」
 
73 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:31:16.52 ID:Nwiqt7ql0

川д川「そと?」

(-@∀@)「あなたには直接関係ない。私とダイオードに関わることです。
       このままあなたや渋澤に前線を任せっぱなしでは、色々と問題がありますからね」
  _、_
( ,_ノ` )「ということは、届いたのか?」

 歪む痩せ顔に影を落としながら、アサピーは指を二本立てる。
 それらを順番に折りながら、くつくつと笑いをこぼす様は不気味の一言。


(-@∀@)「ええ、届きましたよ。私の『キングシリーズ』とダイオードの“ペット”がね」


 アサピー以外の全員が、一斉に息を呑んだ。
  _、_
( ,_ノ` )「校長は戦争でもするつもりか?」

(-@∀@)「『キングシリーズ』は今夜にでも運び込みます。そのまま起動テストも。
       心配しなくともペットも別の場所で待機中です。随分と待遇は良かったですよ、ヒヒ」
 
75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:34:26.99 ID:Nwiqt7ql0

/ `、。 /「それを聞いて安心したが、確かに渋澤に同意だし」

(-@∀@)「ヒヒ! 戦争万歳ですよ。やっとそれらしくなる。いい加減、豆鉄砲は飽きましたからね」

川д川「…………」

 窺い知れぬ会話の内容から分かるのは、本格的始動。
 聖斗指導部の四名が全員、何らかの形で戦闘態勢を整えたということ。

(-@∀@)「明日からは楽しくなりますよ、キヒヒ、ヒヒヒ、ヒヒ!」

 黄色い歯を剥き出しに昂るアサピーの瞳には、確かな狂気が燻ぶっていた。
 やはり彼は変わらない。彼もサダコと同じように戦いに飢えている。
 そのことを再確認させられて、結局彼らは嫌な気分に戻されただけ。


 だが、うんざりと眉間に皺を寄せた渋澤は、ふと砕けた窓の縁に何かを見つける。

 
76 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:37:38.20 ID:Nwiqt7ql0

 布で出来た何か。一瞬、破れた襲撃者の制服かと思ったが色が違う。
 この学園の制服は墨を落としたような黒だが、その布は目立つ緑色で染まっていた。
 明らかに違う。かと言って服じゃなければ何なのだろうか。

 うぅむと唸っていると貞子が顔を覗かせる。

川д川「先生、どうしました?」
  _、_
( ,_ノ` )「ん、今そこで拾ったんだが……この布に覚えはあるか?」

川д川「布? これですか?」

 受け取った切れ端をまじまじと見つめ、少し考える素振りを見せる貞子。
 彼女も知らないか、と渋澤が諦めを付ける寸前、貞子はぽんと手を打つ。

川д川「思い出しました。これ、風紀委員の子たちが付けている腕章ですよ」
 
77 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:39:50.15 ID:Nwiqt7ql0
  _、_
( ,_ノ` )「腕章?」

川д川「ここ、ちょっと掠れてるけど“風紀”って文字が書いてあります。間違いありません」
  _、_
( ,_ノ` )「ふむ、風紀委員か。すまんな、助かる」

川*д川「あ、い、いえ、そんな……」

 ぽんぽんと貞子の頭を軽く叩いてやってから、渋澤はもう一度布切れを眺める。
 なるほど確かに彼女の言う通り、うっすらとだが風紀の文字は読み取れた。
 つまり、先程まで戦っていたあの大男は風紀委員の手の者。

 ということは、直接ではないが生徒会からの刺客ということになる。
  _、_
( ,_ノ` ) (ガキどもが向こうから攻めてきた? 腑に落ちんな)
 
78 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:42:07.10 ID:Nwiqt7ql0

 生徒会はこちらを静観している。
 そう踏んでいただけに、この布の示す意味を彼は図りかねていた。
 賞金を懸けて参加者をけしかけるのは、こうして搦め手に攻撃をする故か。

  _、_
( ,_ノ` ) (どちらにせよ、末端であのレベルとは末恐ろしいガキどもだ……)


 布切れをぐしゃりと握り潰し。

 彼は未だ見えぬ生徒会の全貌に、どこか危惧を覚えるのであった。

 
79 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:45:36.56 ID:Nwiqt7ql0

 * * *


(;∴)「ムギャアアアア……ギャヒィイイイイ……!」


 泥に塗れ、口の端からは鮮血を垂らし。
 大男は不様に地に伏して、ずるりずるりと校内を這いずる。
 片手に押さえた脇腹は、衝撃に衣服は裂け赤黒く変色していた。

 痛々しい痣は、渋澤の一打が十分に通用した証拠。

 肋骨がいくつか破砕されている。

 無論、それ以外にも壁を突き破った際の怪我や、外に墜落した衝撃で身体はボロボロだ。
 常人なら痛みに動くことすら叶わないはずが、この男には関係のない話。

 怪我を案じ下手な動きをしないよりむしろ、負傷したままでも安全な場所に逃げる方が先決。
 
80 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:49:32.58 ID:Nwiqt7ql0

(;∴)「ウギィィイイィィイ……ガハッ、ゴェエエ」

 先の戦いの荒々しさが嘘のように、掠れた呻き声を洩らす彼は一心に移動する。
 出来るだけ人目に付かないよう、草の影に割り入って息を潜めることも忘れてはいけない。

 彼は“相方”からよく言い聞かされていた。
 お前は見てくれが異様で、人には受け入れられにくいだろうから目立つ事はするな。
 その代わり、影であっても真摯に働き続ければいつか報われる時が来る――と。

 彼は“相方”を信じている。心から信頼している。
 だから“相方”の言うことに従っていれば、間違うことはない。そう思っていた。

 彼の、“相方”を含んだ同志たちは、先の大人たち――聖斗指導部の侵攻を前に。
 対策は打つものの、自ら打って出ることを回避した。今は動く時ではない、と。
 それは正しく、賢く、慎重な方法だと彼も理解している。
 
82 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:52:13.25 ID:Nwiqt7ql0

 ただ理解することと、受け入れることは別問題だ。

 同志たちの計画の遂行のためには、いま静かに身を潜めることは正しい。
 だが彼は納得がいかなかった。聖斗指導部をのさばらせることは、計画の妨げとなりかねない。
 なにより、それではまるで自分たちが臆病者であると認めているようで、耐えられなかったのだ。

 彼は末端だ。意見できる立場ではない。意志決定は上層部に権限がある。
 だからこそ、末端故に末端らしく捨て身を覚悟し、独断で聖斗指導部を襲撃した。

(;∴)「カヒュー……カヒュー……」

 その結果、惨敗だ。

 おまけに一人も討ち取ることが出来なかった。

 侮っていた。少なくとも一人で四人を一網打尽に出来ることは不可能。
 挙句この怪我では、最悪追いすがる敵にトドメを刺されただろう。
 不様である。同志にも“相方”にも顔見せ出来ない屈辱。
 
84 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:54:38.38 ID:Nwiqt7ql0

 歯痒さに息を荒くしている彼の傍に、ふと気配が現れた。

( ∴)「っ!!」

( ∵)「僕です、ゼアフォー」

 音もなく、前兆もなく。小柄な少年はそこにいた。
 きちんと整った眉、落ち着いた髪形が凛々しい、見たままに“優等生”という風貌。
 首元までしっかりと閉じられた詰襟の袖で、緑色の風紀委員腕章がここぞと言わんばかりに存在をアピールする。

( ∵)「焦りましたね。一人で突っ走った挙句、返り討ちとは情けない」

( ∴)「…………ッ」

 冷やかな言葉を前に、男――ゼアフォーは地面を叩き付け悔しさを現わす。

( ∵)「酷い怪我です。生徒会棟に行きましょう。今なら調整槽に空きがあるはず」
 
85 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/05(金) 23:58:22.35 ID:Nwiqt7ql0

 機械的な言葉に感情はこもらない。
 ゼアフォーも理解はしている。相方は常日頃こういう態度で人に接す。
 目上でも目下でも、感情は露わにせずただ無機的に応対するのみ。

 それがビコーズがビコーズたる所以。見えぬところで祭を支える、影としての姿勢。

 自分が見習わなければならぬ姿だ。

( ∵)「……血が出てますね」

 立ち上がろうとする彼を見やり、ビコーズはポケットからハンカチを取り出す。
 差し出されるそれは、純白が目に痛いほどの綺麗な布地。

 ゼアフォーは洗剤の良い香りを嗅ぎ付けると、不要と首を振った。

( ∵)「使いなさい。洗えば汚れは落ちます」

( ∴)「グ……ッ」
 
87 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/03/06(土) 00:03:27.46 ID:Nwiqt7ql0

( ∵)「だからもうこんなことは二度としないでください」

( ∴)「…………」

 ゼアフォーにはきっと一生分からないが、それでも、彼の気持ちは何となく伝わって来る。


( ∵)「行きましょう、仕事は腐るほどにある」

( ∴)「ギッ」


 生徒会筆頭と補佐は並んでその場を後にした。
 あまりにも違いすぎる見た目を持つ二人であるが、向かう先と志は同じ。
 足並みもまた、自然に揃っていた。


第三十四話・終


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