('A`)と歯車の都のようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:31:05.29 ID:qWeDppsC0
高度一万五千メートル上空には、文句無しに美しい空が広がっていた。
朝陽が遠慮がちにその顔を覗かせ始め、空に幻想的なグラデーションを作り出している。
瑠璃色から群青色へ、群青色からスカイブルー、白と錯覚するほど薄い青から、異色のオレンジに変わっている。
太陽とは対になる月も、この時間帯にはまだ煌々と白銀の輝きを放っていた。

月と太陽が同時に居合わせるその光景は、見ている者の心を安らげるに違いない。
写真家ならば迷わずにシャッターを切るであろうその光景は、残念ながらドクオの意識を紛らわすには至らなかった。
体に吹き付ける強風にもいい加減慣れ、ひたすらに眼下に広がる黒い雲海だけを見ていた。
二万メートルから降下してここに至るまでは、実に三十秒。

その間ドクオは落下する恐怖を味わい続け、顔面蒼白になっている。
この高さでは未だ自由降下なので、ドクオは空中で二転三転と回ったりしていた。
別にドクオは、好き好んで回っている訳では無い。
ドクオにそれをする技量が有る筈もなく、その行動優先権が有る筈も無かった。

自由降下中と言わず着地までの間、行動権があるのはドクオの後ろにいるヒートだ。
目まぐるしく変わって行く景色の中を縦横無尽、天真爛漫に動く様はまるで天使の様でもある。
動き回っているからと言って、降下地点からずれている訳では無いので誰も文句は言えない。
大人げなくも顔全体を覆う酸素マスクの下、ドクオはひっそりと泣いていた。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:33:23.91 ID:qWeDppsC0
一方、ヒートはドクオの事を全く意に介さずに次々とアクロバティックな動きをする。
ある時はスーパーマンのように片手を突き出したり、ある時は仰向けに落下したり。
それはヒートにとっては楽しい遊戯のつもりなのだが、ドクオにとっては地獄の遊戯に他ならない。
そんな事とは露知らず、ヒートはインカム越しにドクオへと声を掛けた。

ノパ听)『どうだぁあああああああ?!
     ハッピーかあああああああああい?!』

(;A;)

それに答えられる程の元気が残っている筈もなく、ドクオはヒートの質問に答えられなかった。
何故かヒートはそれを無言の肯定と捉え、派手な動きを再開する。
もしドクオの代わりにジョルジュがその場にいたのなら、ジョルジュは感動のあまり息をするのを忘れてしまっただろう。
背中に押し付けられている豊満な乳房が、ヒートが動く度に形を変えているのが直に分かるのだ。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:35:46.41 ID:qWeDppsC0
ところが、ドクオにはそれすらも味わう余裕がない。
この高度からと言わず、スカイダイビングをしたことがない者にとっては当然と言えば当然の事だった。
だからドクオは、せめて気を紛らわせるために雲海を見ているのだ。
様々な思いが交錯する中、腕に付けた高度計の表示が変わった。

高度一万メートルに到達したと同時に、インカムから短い電子音が鳴った。
五千メートル毎に電子音で知らせるその機能が、ドクオの意識をようやく現実へと引き戻す。
その時には既に眼下に雲海は無い。
ドクオ達は先ほどまで眼下にあった雲海の中にいるのだ。

今視界にあるのは、黒雲、そして―――
世界一高い建造物であるラウンジタワーだ。
視界の端に捉えていたそれに見とれていると、黒雲から二人の体が抜けだした。
黒雲から抜けた筈なのだが、ドクオの視界には夜空を見上げているかのような光景が映し出された。

まるで夜空に輝く星のように、都の明かりが輝いている。
時折、流れ星のように車のヘッドライトが流れていく。
この時間帯にある光源は、ごく少数の民家と街灯、そして車の物だけだ。
ここに来てようやく、ドクオに景色を楽しむ余裕が生まれた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:37:58.87 ID:qWeDppsC0
そして、高度計が七千を表示したと同時に、ヒートが両手を広げて真正面から風を受ける体勢になった。
僅かではあるが、落下速度が落ちる。
それでも、体感速度は先ほどと全く変わらない。
短い電子音と共に、高度計が五千を表示した。

まだパラシュートを展開しないのだろうか。
そんな焦りを抱き、ドクオの意識は体より先に屋上へと降り立っている。
高度計が二千を表示し、眼下に目標地点が見て取れた。
降下地点であるナイチンゲールの高さは、地上から約五百メートルの地点にある。

それはまるで米粒程度にしか見えないが、そが目標であるという確信を抱いたのはヒートのおかげだった。
並はずれた視力を持つヒートが、インカム越しにドクオに教えてくれたのだ。
だが、高さを差っ引けば目標までは後千―――否、後五百メートルしかない。
分かっているのなら早くパラシュートを展開すればいいのに、ドクオがそう思った時だった。

ヒートの右手が、滑らかにリップコードを引いた。
一瞬でキャノピーが風を孕み、展開コードを引っ張る。
空に広がった真黒なキャノピーが完全に広がり、二人の落下速度を急激に落とした。
それでも、この高さでキャノピーを展開しても十二分に速度を殺すことはできない。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:40:42.74 ID:qWeDppsC0
このまま着地できたとしても、二人が落下時の衝撃で負傷することは明らかだ。
それを知ってか知らずか、ヒートは全く焦る様子もなくトグルを操作している。
落下位置を微調整しながら、二人の体が屋上まで後五十メートルの位置に来たとき、ドクオはヒートの真意を知ることになった。
それも、ものすごく不本意な方法で。

高さ五十メートルの位置で、ヒートは何の躊躇いもなくパラを切り離した。
当然、それまで二人の落下速度を落としていた物が無くなったため、二人は勢いよく屋上へと落下する。
この高さから落下すれば、最悪の場合でなくとも死ぬ可能性が非常に高い。
その事は知識でなくとも、本能が教えてくれた。

ヒートの足が、地面に着く。
その光景をまるでスローモーションのように見届け、ドクオは本能的に眼を瞑った。
その間、ヒートは誰もが瞠目せずにはいられないことをした。
空挺部隊出身の猛者でも、し得ないをしたのだ。

五点着地という特殊な着地方法がある。
空挺部隊と言わず、パラシュートを使う者ならこの着地方法を知っている筈である。
着地の際、体の五点を使って衝撃を五分散するこの方法は、本来なら十メートル程の地点から使うものだ。
それを、ヒートはその五倍の高さからやってのけた。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:43:29.72 ID:qWeDppsC0
もし、ドクオが眼を開けていたら、その映像は気絶しかねないほど恐ろしいものだった。
見事に無傷のまま着地に成功したヒートは、ドクオを自身を繋げていた拘束具を取り外した。
遅れて落下してきたキャノピーを掴み、それを乱暴に丸めて畳んだ。
その動きは、手練の空挺部隊を彷彿とさせる。

一方、拘束具を外されたドクオは、自身が生きていることを確認するのに三秒ほどの時間を要した。
自らの生存を確認し、すぐに作戦の準備に映ったのは流石だった。
その間に、ヒートは畳んだパラを植木の茂みに隠している。
そして、遅れながらもヒートも準備をし始めた。

後ろ腰に付けたP90を一丁引き抜き、その銃口にサプレッサーを装着する。
続けて、付いていた弾倉の状態を確認し、それを再び装着する。
人差し指一本で安全装置を解除し、コッキングレバーを引いて初弾を装填する。
レーザーサイトの電源を入れ、正常に稼働していることを確認して、ドクオに眼を向けた。

アイコンタクトだけで準備が完了したことを確認し、ヒートは喉に付いたマイクを軽く押しつける。
喉の振動を音に変えるタイプのため、蚊の羽音並の小さな声でも十分相手には伝わるのだ。

ノパ听)「こちら"ヤーチャイカ1"より各員へ。
     これより状況を開始する」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:47:30.21 ID:qWeDppsC0
そう小さく呟き、ヒートは被っていた酸素マスクを取り外した。
同時に、後ろで髪を縛っていたゴムバンドを取る。
ヒートの赤髪がふわりと宙を泳ぐ。
軽く首を振り、纏まっていた髪を泳がせる。

ドクオは一瞬、その光景に目を奪われてしまった。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのようにドクオもマスクを取り外し、二人はバックパックに入っていた暗視ゴーグルを代わりに取り付ける。
それまで暗闇だった視界が、緑と黒の映像に切り替わる。
映像の一点に赤い光点があるのは、レーザーサイトとリンクしているためである。

これなら、ダットサイトを覗き込まなくても正確な射撃が可能になるのだ。
まだ実験段階の装置ではあるが、正式に実用化されるのは時間の問題だ。
そして、二拍の間を置いて二人のインカムにハインの声が届いた。

从 ゚∀从『こちら"ケードル1"。
      これより院内の電源を全て遮断する』

その言葉通り、非常灯も含め、ナイチンゲールの全ての光源が消えた。
それに合わせ、ドクオとヒートは院内へと続く扉に駆け寄る。
ヒートが扉のドアノブに手を掛け、慎重に押し開いた。
電子錠の鍵と言えど、電源を切られてしまえば元も子もない。

【+  】ゞ゚)『こちら"カトナップ2"より"ヤーチャイカ"、ビル内に熱源を確認。
       屋上の下の階に、少なくとも四つ熱源を視認した』

屋上にいる観測手のオサムからの通信を聞き咎め、二人は両手でP90を構え、猫背のまま階段を下りて行った。
それを待っていたのだろうか、都に激しい豪雨を伴った嵐が訪れた。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:49:55.58 ID:qWeDppsC0
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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第八話『ヤーチャイカ』

八話イメージ曲『幾千光年の孤独』The Back Horn

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17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:52:11.93 ID:qWeDppsC0
ナイチンゲール内の光源が全て消えた時、幸いにも院内には機械を使って延命をしている者はいなかった。
その事を事前に知っていた、ちんぽっぽは思わず安堵の溜息を洩らした。
ギコとちんぽっぽは仮面の男たちの手によって、病室から一階にある院長室へと連れて来られていた。
そして、ちんぽっぽが溜息を洩らした時、仮面の男たちに一瞬だけ動揺が窺えた。

文字通り真っ暗闇になった部屋でも、それが窺えたのは仮面に付いている光点が揺らいだからだ。
だが、それはほんの一瞬。
次の瞬間にはその光点は静止し、青い光点が赤に点灯する。

(6∴)「フォローデータリンク」

男が独りごちたのと同時に、仮面に二本の赤い線が走った。
五秒ほどして、先ほど走った赤い線と同じ個所を青い線が走る。
続いて、赤い光点が青に変わった。

(6∴)「天候の変化を確認。
    状況を変更」

抑揚の無い機械的な声で男が呟いた時、ちんぽっぽ達の耳に雨音が届いた。
まるでバケツをひっくり返したかのようなその音は、豪雨に相違なかった。
時折聞こえる雷鳴と、窓ガラスを割らんばかりの勢いで叩く風が、嵐の到来を告げる。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:56:57.32 ID:qWeDppsC0
(*'ω' *)(珍しいっぽ、この季節に嵐なんて…)

ちんぽっぽが、この嵐を疑問に思うのも当然だった。
都の雨季はとうに過ぎ、もうすぐ冬が訪れる。
本来は春先に発生する嵐が、この季節に発生するなど前例がない。
それも、この規模ともなると春にも到来しない程だ。

嵐に気を取られているちんぽっぽと仮面の男をよそに、ギコは冷静に状況を整理していた。
仮面の男たちの目的は、確実にデレデレである。
恐らく、デレデレを殺す事こそが真の目的であることは間違いないだろう。
敵の親玉は分からないが、デレデレに何か恨みがあるに違いない。

一応、デレデレにこちらの状況は伝えた。
後は部隊が到着して、この状況を変えてくれることを祈るだけだ。
しかし、どうにも引っかかる部分が多い。
敵の真意は分かる。

だが、あまりにもそれが薄っぺらい物に感じてならないのだ。
この作戦とその真意が、ファックのついで程度の物にしか感じ取れない。
取り越し苦労であればいい、そうギコは考えた。

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20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 21:59:21.20 ID:qWeDppsC0
院内はまるで、光源の無い洞窟のようだった。
もし暗視ゴーグルがなければ、一歩踏み出すのも困難だっただろう。
暗視ゴーグル越しに見る光景は、決して見やすいとは言えないが何も見えないよりはましである。
そして、階段の踊り場に来て、先頭を進んでいたヒートが立ち止まった。

左手で指示を出し、後続のドクオにその場にしゃがみ込むことを伝える。
ゆっくりと後退し、手すりの影に隠れる。
そして、向き合いながら手で会話を進めた。

ノパ听)(下に一人、降りきった場所に。 他は廊下にいる)

先ほどのオサムの通信を元にすれば、後三人がこの階層にいる計算になる。
甘めに見積もって、後五人いると考えておこう。
この場で、下にいる一人を仕留めるのは造作ないことなのだが、他の仲間にそれが見つかったり気取られると非常にまずい。
如何せんこの作戦は、敵に悟られてはいけないのだ。

最低でも、人質になっているギコ達を救出するまでは目立った行動は厳禁である。
そうドクオに伝えると、ヒートは手すりの壁を小さく叩いた。
ならば、一人づつ逸れさせてから目立たないように仕留めれば問題はない。
その行動は、階段下にいる敵をおびき寄せるのと、敵の聴力を確認する意味合いも含まれていた。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:01:27.38 ID:qWeDppsC0
( ∴)「ん?」

ヒートの思惑通り、敵がその音に気づいた。
敵は油断しているのだろう、ご丁寧に足音を伴って階段を上がってきた。
確実に近づく足音に、ドクオの心臓の鼓動は高まる一方だ。
そして、相手が階段を登りきったのと同時にヒートが動き出した。

敵がこちらに顔を向けるより早く、ヒートの抜く手も見せずに抜き放ったナイフが男の脳天に振り下ろされている。
敵の首がちょうどこちらを向いた時には、男の頭に深々とナイフが突き立っていた。
恐ろしいのは、金属同士が打ち合ったにも拘らず、音が鳴っていないところだ。
ナイフを引き抜き、その体を持ち上げて来た道を戻る。

屋上と繋がっている扉のそばに死体を置き、二人は再び手で会話をする。
人差し指で地面を指し、その指でP90の銃口を指さして、手を横に振る。
それが意味するのは、この階ではP90を使うなということだ。
これほど真っ暗なら、マズルフラッシュで敵に気づかれてしまうかもしれない。

その指示に同意を示し、ドクオとヒートはP90を後ろ腰に戻す。
そして、ヒートは二振りのコンバットナイフを胸から引き抜く。
一方、ドクオは腰に差したロマネ・ナイフを取り出す。
互いの準備が完了したことを確認し合い、再び階段を下って行く。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:04:11.99 ID:qWeDppsC0
その時、二人のインカムに通信が入った。
階段の途中で思わず立ち止まり、しゃがみながら通信に耳を傾けた。

【+  】ゞ゚)『ヤーチャイカ、聞け…。
       窓越しに見える熱源の数が、こちらでは四窺える…。
       廊下向こうに一人いるかもしれない…』

尻つぼみの言葉を紡いでいたオサムの声を途中で遮り、ツンの声が聞こえてきた。

ξ ゚听)ξ『こっちで見える分は、こっちで狙撃するわ。
       だから、廊下向こうにいるであろう奴の始末はそっちでやって頂戴ね』

インカム越しにツンが弾倉を換え、コッキングレバーを引く音が聞こえる。
同時に、落雷と豪雨の音も。
その音で、ヒートはツンの言わんとしていることが分かった。
この豪雨の音なら、敵の聴力は少しではあるが下がっている筈である。

ガラスに穴が開くぐらいの音なら、おそらくこの豪雨が掻き消してくれる。
つまり、廊下向こうにいる敵が気付かない間に四人をツンが仕留める。
そして、最後の一人がこちらに意識を向ける前にその一人を仕留めるという算段だ。
だが、それを成功させるには並はずれた狙撃能力が否応なしに要求される。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:06:26.50 ID:qWeDppsC0
雨の中の狙撃はただでさえ難しいのに、嵐の中の狙撃など常人なら確実に不可能である。
ましてや、二キロ離れた地点からの狙撃ともなると不可能に不可能が重なったような物だ。
それをこのツンは、やってのけると言っているのだ。
一歩間違えれば、作戦自体が破綻する。

ここで任せていいものだろうか、そう一瞬だけ考え込む。
ツンに任せるしか選択肢がない事に気づき、ヒートは小さく同意した。

【+  】ゞ゚)『合図と同時に行動してくれ…。
        ヘッドショット エイム
        (頭撃ち 狙え)』

オサムの言葉に続き、ヒートは取り出していたナイフをしまい込み、再び後ろ腰のP90を取り出した。
レーザーサイトの電源を切り、代わりにダットサイトの電源を入れる。
照準器の赤い光点を覗き込みながら、ヒートは両手でP90構えながら慎重に階段を下りて行く。
そして再び階段の踊り場に着くと、オサムに準備が完了したことを告げる。

ノパ听)「スタンバイ、レディ」
     (準備 完了)

それから間を空けず、オサムの声が鼓膜を震わせた。

【+  】ゞ゚)『ファイヤ』
       (撃て)

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:09:38.55 ID:qWeDppsC0
インカム越しに響いたのは、間隔がほとんど無い連続した銃声が四つ。
それだけで、ヒートはツンが狙撃に成功したのだと確信した。
正直、遠距離戦に限定して言えばツンの戦闘能力はヒートを凌駕しているだろう。
内心で賛辞の拍手をツンに送り、ヒートは観測手であるオサムの言葉を待たずに行動を開始した。

【+  】ゞ゚)『ヘッドショット ヒット』
       (頭撃ち 命中)

音を出さずに階段を下りきり、暗視ゴーグルとダットサイト越しに、一直線に続く廊下を覗き込む。
そこには四人の顔のない死体が転がっていた。
死体からFA-MASを失敬しながらも、ヒートは廊下の向こうにある下り階段へと向かって慎重に歩いて行く。
右手にある窓ガラスに空いた四つの穴から雨と風が入り込み、ヒートの頬を叩いた。

廊下を半ばまで進んだぐらいで、ヒートの眼が敵を捉えた。
幸い、こちらに気づいた様子も見せていない。
容赦なくその頭に向かって照準を合わせ、微塵の躊躇いもなくP90の引き金を引く。
仰け反るようにして倒れた敵を確認し、ヒートは素早く駆け出した。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:14:24.32 ID:qWeDppsC0
後に続くドクオもそれに倣い、銃口を下に向けながらヒートの後を追う。
下へと続く階段の元にたどり着き、倒れ伏している敵の生死を確認する。
綺麗に眉間を穿たれ、脳漿と配線をぶち撒けているのだ、その男は確実に死んでいた。
その男の死体が手にしている得物は、ステアーだ。

ドクオは自身のP90を腰に戻し、今度はそのステアーを構える。
ご丁寧にサプレッサーが付いていたので、このまま使っても何の問題もないだろう。
問題があるとすれば、弾倉がドラムマガジンであることだけだ。
ステアーは基本的に、本体と一体化した照準器を使った中距離狙撃に用いる。

その為、ストックを肩付けにするのだが、ドラムマガジンが付いていると思いのほかそれを邪魔する。
何を考えてこんな改造をしたのだろうか、そんな事を思っているとヒートがドクオの肩を叩いた。
悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべるヒートの手にある物を見咎めた時、ドクオは思わず瞠目してしまった。
どこから拾って来たのだろうか、悪い冗談としか思えないそれを、自慢げにドクオにつきつける。

ヒートが手に持っているのは、見紛う事は無い、何の変哲もない段ボールだった。

――――――――――――――――――――

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:17:24.11 ID:qWeDppsC0
かつてドクオは、このナイチンゲールに入院したことがあった。
健康診断をしに来たら、暇を持て余した精神科医がドクオの診察をしたのが原因だ。
診断の途中でドクオの意識が途切れたかと思うと、次にドクオが目を覚ました時には見知らぬベッドの上にいた。
全てが白い空間の中、ドクオは精神科医からいくつかの質問をされた。

それに全て答えると、精神科医は複雑な面持ちでドクオに告げた。

o川*゚ー゚)o「これは、解離性同一性障害の可能性がありますね」

('A`)「なんですか、それは?」

o川*゚ー゚)o「まぁ、分かりやすく言うなら―――」

その日から、ドクオは病院が嫌いになった。
というのも、ヒートの様に注射が怖かった訳ではない。
夜の病院ほど恐ろしい場所は無いのだ。
ある日、彷徨っていた精神病患者が、ドクオの個室に入って来て犯されそうになった時など、ナースコールをモールス信号よろしく鳴らしたものだ。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:21:28.74 ID:qWeDppsC0
また別の日は、食堂で同じ入院患者同士で昼食を賭けた人生ゲームもした事があった。
最下位になって昼食がイチゴジャムだけになった時は、思わず泣いてしまった程だ。
そんな経験から、ドクオは正直病院にあまりいい思い出が無かった。
結局、診察の結果が曖昧だという理由から、一ヶ月で退院できたことは幸運としか言いようがなかった。

その為、ドクオは少しだけ閉所恐怖症になってしまった。
そして今、段ボールを被ってこうしている状況は少なくとも心が落ち着かない物である。
ダンボールに空いた取っ手口から、目の前の状況を窺いながら進めているだけでもびっくりだ。
無事な理由の一つに、"同じ"ダンボール内に他の人が居ることが挙げられる。

他の人とは、言わずもがな、ヒートである。
ヒートがドクオの背に引っ付く形で一つの段ボールに入っているこの状況は、ジョルジュなら心臓発作で死んでいたかもしれない。
何故なら、美人のヒートの豊満な胸がこれでもかと背中に押し付けられているからである。
だが、その感触に酔いしれることはできない。

何故なら、こうして段ボールを被っているのは敵の目を欺いているからである。
下手に高揚し、動きに僅かな不自然さでも出れば敵に見つかるのは必至。
そして、作戦が失敗するのもまた必至である。
ダンボール内の湿気も相俟って、構えたステアーの銃把に汗が滲む。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:23:12.99 ID:qWeDppsC0
十五階の階段を下りきったところにある踊り場までは難なく到着したのだが、そこからが厄介だった。
オサムの報告によると、この階にいる敵の数はおよそ十人。
FA-MASとステアーの武装が基本だが、一人だけ装備が違うそうだ。
それがリーダー格であることは、何となく分かった。

熱源の形から判断した結果、ブルパップであることは間違いないとの事である。
上階と設計は同じだが、その人員の配置にこそ問題があった。
一直線に並ぶ廊下に八人、奥の下階に続く階段の手前には二人配置されている。
その事はオサムの報告と、自身の暗視ゴーグル越しに、ステアーの照準器で見た結果を照らし合わせているのでまず間違いはない。

こうして段ボールで隠れてはいるが、いつ敵が見回りでこの踊り場の死角に来るか分からない。
もし敵がこのダンボールに違和感を感じ、段ボールを剥がしに掛ったら全てが破産である。
だが、その考えがドクオに閃きを与えた。
後ろにいるヒートにだけ聞こえる音量で、声を絞り出す。

('A`)「フラッシュを使おう」

フラッシュグレネードは、強烈な閃光と音を敵に与えることによって数秒間動きを鈍らせる効果がある。
そして、それは敵が暗視ゴーグルを付けれいれば威力は何倍にも増す。
暗視ゴーグルは、ほんの僅かな光を何倍にも増加させて視界を確保することができる道具である。
つまり、並大抵ではない強烈な光を発するフラッシュを直視すれば数十秒は視力を奪うことができる。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:25:36.01 ID:qWeDppsC0
ドクオの提案は、ヒートの首を縦に振らせた。
段ボールをそっと取り外し、ドクオは胸に付けたグレネードを取り外す。
ピンを抜こうとして、その手をヒートが止めた。

ノパ听)「敵を全員こっちに振り向かせる必要がある。
     あたしに任せな」

そう言って、ヒートは自身の暗視ゴーグルを取り外した。
そして、P90を構えた。
目が慣れていれば別だが、この状況では視界はゼロに近い。
その状況で、敵に弾丸を当てるというのか。

ツンに燃やした対抗心の現れでもあるそれは、残念ながらドクオには理解できなかった。
そして、ヒートの構えたP90の銃口が廊下へと向けられる。
その照準が狙っているのは―――
窓ガラスだ。

ノパ听)「"カトナップ"こっちに合わせな」

サプレッサーに抑えられた銃声が小さく響き、窓ガラスに一つの穴が空いた。
エジェクションポートから排筴された薬莢を片手で受け止め、音を限りなく殺す。
当然、敵の眼は穴が開いた窓ガラスへと向けられる。
それが契機。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:28:44.84 ID:qWeDppsC0
ドクオがピンを外し、放り投げたフラッシュが地面に転がる。
今度は窓ガラスに空いた穴から、それに敵の視線が釘付けとなる。
それこそが狙いである。
一の音の後に続く二の音に、意識が捕られるのは本能的な物なのだ。

次の瞬間、太陽が落ちたかと思うほどの強烈な光が廊下中を満たした。
光が止み、敵が悶絶しているところにヒートの一斉射撃が浴びせかけられる。
同時に、窓の外からツンの援護射撃。
僅かの間に敵を殲滅し得たのは、ドクオのひらめきの産物だった。

リーダー格らしきの男は、逃げようとしたのだろうか背中を向けた状態で倒れていた。
それに容赦なくトドメの銃弾を撃ち込み、ヒート達はその階層を制圧した。
だが、全部で十五階あるナイチンゲールの建物中、まだ二階層しか制圧できていないのだ。
これで満足していては、まだまだ先は長い。

リーダー格の男の手元に落ちていたTAVORには、あらん限りの改造が施されていた。
下品な改造だな、そう嘯いてそれの銃身に銃弾をくれてやり、二人は急いで次の階層へと急ぐ。
各階の敵を殲滅することが任務であるため、手っ取り早く窓からロープ降下することはできない。
少しの煩わしさを感じながらも、二人は次なる階層へと急ぐ。

――――――――――――――――――――

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:31:47.54 ID:qWeDppsC0
爪'ー`)y‐「で、計画は順調かね? ニダー君」

十三本目の葉巻に火を点け、フォックスは気だるげに目の前のスクリーンに声を掛けた。
紫煙に満たされている部屋は、ラウンジタワーの地下にある極秘の会議室だ。
それ一つで市民の年収に匹敵るする程の高級椅子に深々と腰を掛け、フォックスは甘ったるい紫煙を吐きだした。
灰皿に灰を落とし、フォックスはスクリーンに映る男の返答を待つ。

(2∴)『すべて順調ニダ。 後はデレデレが来るのを待つだけニダ』

爪'ー`)y‐「明日に来ると言ったそうだね。
      それまでは警戒を怠らないように」

そう言って、フォックスはスクリーンから目を逸らした。
まだ十分に残っている葉巻を灰皿に押し付け、十四本目の葉巻を取り出す。
ギロチンでその吸い口を好みの長さに切り落とし、専用の香木のマッチで火を点ける。
蜂蜜入りの葉巻を口に咥え、酸素を吸い込む。

甘ったるい紫煙と共に、フォックスは妖艶な笑みを浮かべた。
紫色の口紅は、その妖艶さを更に際立たせている。

爪'ー`)y‐「さて、と…
      モララー、ブーン、ダイオード、じぃ、渋沢。
      準備の方はどうなっている?」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:36:33.46 ID:qWeDppsC0
フォックスの背後の暗闇から、モララーの姿が出現した。
漆黒の軍用外套を身にまとい、その姿には一分の隙も見受けられない。
肩にかけたアサルトライフルは、都の中でも最新の物だ。
XM8、ヘッケラー&コック社の物である。

( ・∀・)「いつでも」

そして、スクリーンの背後からダイオードが姿を現した。
ヒートによって破壊されたはずなのだが、その顔には傷の一つも見えない。
モララーと同じく、漆黒の軍用外套をしっかりと着こんでいる。
相変わらずの無表情で、ダイオードは一歩踏み出した。

/ ゚、。 /「無論」

さらに、ダイオードの傍らから一人の少女が姿を現した。
緑色のベレー帽を浅く被り、ネイビーブルーの迷彩服を着ている。
その腰に差しているのは、ベレッタM92だ。
あらかじめ撃鉄が起きていることを見るに、相当な戦闘狂であることが窺い知れる。

爪゚ー゚)「出来てるよ〜」

少女の名はじぃ・バレット。
姿こそ少女ではあるが、手練の傭兵部隊の隊長である。
射撃の腕は百発百中、ベレッタの二丁拳銃を得意とし、これまで十以上の戦場をくぐり抜けてきた経験の持ち主だ。
その外見に惑わされているようでは、その者は三流である。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:38:22.28 ID:qWeDppsC0
  _、_  
( ,_ノ` )y━・~

ふと、フォックスの真横の席に一人の男が現れた。
フォックスと同様に煙草を吸っており、その姿はダンディズムの塊だ。
妖艶とは無縁のその男は、黒のロングコートをまるで体の一部の様に着こんでいる。
白いマフラーがだらしなく垂れたがっているが、それすらもダンディズムである。

男の名は渋沢昭夫。
年齢はモララーと同じぐらいで、二人が揃えば鉄火場の空気でさえたちまち渋い物へと変貌するだろう。
安物の煙草をふかしながら、渋沢は紫煙を吐きだした。
  _、_  
( ,_ノ` )y━・~「計画は順調。
        ならばよし」

短く言葉を紡ぎ、渋沢は再び煙草をふかし出した。

――――――――――――――――――――

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:48:27.10 ID:qWeDppsC0
嵐が都に訪れたことは、図らずともドクオ達の作戦を手助けた。
この雨音ならば、多少の足音でさえも打ち消される。
そして、ヒートの持前の戦闘力の高さも相俟って、二人は順調に各階層を制圧しつつあった。
まるで出来の悪いミュージカルの様に順調に進んでいるのは、何者かの作為すら感じるほどだ。

とはいえ、後はハイン達の作戦が完了しさえすれば何も問題はない。
そう考えながら十階にまで来た時だった。
唐突に二人のインカムに無線が入った。
声の主は、待ち焦がれたハインの物だ。

从 ゚∀从『こちら"ケードル1"人質を全員回収した。
      これより帰還する』

それに合わせ、ツンの声も聞こえてきた。

ξ ゚听)ξ『こちら"カトナップ1"、こちらから視認できる敵は排除したわ。
      後はお好きにどうぞ。 撤収する』

あまりにもあっけない最後に、ヒートもドクオも思わず耳を疑った。
とはいえ、"ケードル"と"カトナップ"の仕事が終わっても"ヤーチャイカ"にはまだ仕事が残っている。
この病院内にいる敵の殲滅。
ここまで来たら銃声だのマズルフラッシュだのを気にしなくて済む。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:49:31.71 ID:qWeDppsC0
P90とFA-MASを両手に持ち、ヒートはそれまで殺していた声を元に戻した。

ノパ听)「連中に鉛玉を注射してやらなきゃな」

そう言って、ヒートは駆け出した。
それに遅れまいと、ドクオもP90を二丁両手に構えて追いかける。
だが、ドクオもヒートも、ハインもジョルジュもツンもオサムも皆同じ考えが頭から離れない。
"本当にこれで終わりなのだろうか"、と。

仮にもちんぽっぽとギコを人質に出来るほどの技量の持ち主なのだから、もう少し歯ごたえがあってもおかしくない。
これほど妙な気分の勝利は、ヒートはこれまで幾度となく味わってきたことがある。
そして、その後は必ずと言っていいほど何かが起きた。
地獄の密林で、熱砂の砂漠で、極寒の山で味わってきたその経験が、ヒートの疑念を確信の領域にまで高めている。

殲滅を決め込んだヒートとドクオの行動は素早かった。
ベルトコンベアのような流れ作業で敵を蹴散らし、あっという間に一階まで下りて来ていた。
敵を殲滅する為に丁度、用意した弾倉を全て使い切るという程の量ではあったが、二人の敵ではない。
先ほど、無線で"ケードル"が人質を全員移送する為にこの建物を離れたという連絡が入ってきた。

つまり、今この病院にいる生存者はヒートとドクオだけである。
ドクオは銃身の焼きついたP90を捨て、念のために腰に差していたソーコムを引き抜く。
遊底を引いて初弾を装填、安全装置が解除されていることを確認して両手でそれを構える。
レーザーサイトの電源を入れ、周囲に警戒の目を巡らせる。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:51:54.70 ID:qWeDppsC0
それが思いもよらない収穫を得る事になった。
レーザーサイトの光点が、ある一点で止まる。
それは、地面にぽっかりと開いた巨大な穴だ。
まるで巨大な肉食獣の口腔のようなそれは、いかにして開けたのだろうか。

('A`)「ヒート、これは何だ?」

ノパ听)「ん?」

後ろで銃の手入れをしていたヒートを呼び寄せ、ドクオはその穴をレーザーサイトで指し示す。
暗視ゴーグルを掛けているため、ヒートの表情はいまいち分からないが、驚いているのは間違いなさそうである。
二人してその穴を覗き込むと、どうやらこの穴は地下の下水道に続いていることが窺い知れた。
そして同時に、"それ"を見つけてしまった。

(;'A`)「うおおおおおおおおお?!」

ノハ;゚听)「うわああおおお!?」

それを見るや否や、二人は猛スピードで階段を駆け上がる。
その速さは、階段登りなる種目があれば間違いなく優勝できるほどの物だった。
二人が見つけた物、それは大量の高性能爆薬―――C4だ。

そして、二人が十階にまで上がりきったところで爆発が起きた。
もし気づかずにあの場にいたら、間違いなく爆死していた。
建物の倒壊こそなかったが、あの一撃は確実に一階を通行不可能にしただろう。
つまり、二人はこの病院に閉じ込められてしまったのだ。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:55:40.02 ID:qWeDppsC0
ヒートはすぐに無線を開き、他のグループに連絡を入れる。
できるだけ速やかに、ヘリで迎えを寄こしてもらわなければ、ビルと共に運命を共にするのは火を見るよりも明らかだ。
だが、ヒートが期待した返答が返ってくることは遂に無かった。

从;゚∀从『こちら"ケードル1"! 畜生! 何だこいつら?!
      応援を寄こしてくれ! 武器を持ってない連中が殺s―――』

無線越しにも伝わる緊迫した空気が途中で途絶え、遂には砂嵐だけしか聞こえなくなった。
今回のメンバーの中で、ヒートの次に強いハインが狼狽するとなるとただ事ではない。
返答が返ってこない"カトナップ"も、襲われていると考えてまず間違いないだろう。

ノパ听)「ようやく本番ってか…」

忌々しげに呟き、ヒートはFA-MASを肩に掛け、太ももに下げたグルカナイフを取り出した。
グルカナイフは、くの字に曲がった特殊な形状のナイフだ。
刈り取る作業に特化したそのナイフは、"一度抜刀したら、血を吸わせるまで納刀してはならない"という俗説さえある。
P90を右手に、左手にはグルカナイフを構えるヒートの姿は、雄々しいと言っても過言ではない。

ノパ听)「ドクオ、とりあえず屋上だ。 屋上に行けばパラがある。
     それを使って屋上からダイブすれば、簡単に脱出できる」

('A`)「了解。
   殿は俺がしよう」

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 22:59:03.76 ID:qWeDppsC0
そう言って、ドクオも左手でナイフを取り出す。
だが、そのナイフはヒートの物とは形状が異なっている。
小ぶりのダガーを彷彿とさせるその両刃のナイフは、スペツナズナイフと呼ばれる物だ。
柄に仕込んだ強力なバネを解放することによって、その刃先を十メートルも飛ばすことができる。

そして二人は、屋上を目指して階段を駆け上がり始めた。

――――――――――――――――――――

"演奏隊"の異名を持つ渋沢の部隊を乗せた軍用トラックが、都の大通りを猛スピードで走り抜ける。
荷台に乗っている屈強な体つきの男たちは、皆一様に黙り伏していた。
男たちが被る仮面は、病院を襲撃した男達の物とデザインが同じだ。
青い光点がトラックの動きに合わせて揺れる。

手にした得物のストックを、床に付くその様子は西洋の騎士を彷彿とさせた。
FA-MAS、別名トランペット。
男達が手にするそれには、一見して全く外装に手を加えられている様子は無く、内部を改造された形跡すら見てとれない。
だが、特殊な部分が一つだけあった。

それは、プラスチックの弾倉内に入っている弾丸の種類だ。
鋼鉄でさえ貫通する徹甲弾に手を加え、貫通力を高めるために内部に鉄芯を入れている。
生身の人間がそれをまともに食らえば、着弾した箇所の肉が抉り取られることは必至だ。
おまけに、掠っただけでも脳震盪を起こす程のその弾丸は、弾倉内で爆発の瞬間を待っている。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 23:01:33.71 ID:qWeDppsC0
そして、部隊の隊長である渋沢からの通信が頭に響いた。
  _、_  
( ,_ノ` )『諸君、目的はヒートの確保だ。
     それ以外の生き物は全て排除しろ』

ゼアフォーシステム。
正式名称、"There're four system under the mask"。
FOX社が極秘に開発したそのシステムは、彼らが被っている仮面と、彼ら自身に搭載されたシステムの名称だ。
強靭、強力、強大、共有。

この四つをコンセプトに開発されたそのシステムの最大の特徴は、情報の共有にある。
一人が手にした情報を、同じシステムを持つ者と共有する事によって戦闘を円滑に進める。
更に、その情報を蓄積した戦術データリンクから情報をダウンロードすれば、新規に参戦した者でも歴戦の猛者に成り得る。
リアルタイムで更新されていく膨大な戦闘情報を、まとめて管理しているのはFOX社のマザーコンピューターだ。

このシステムをもってすれば、いくらヒートが強くとも彼らが負ける要素が無い。
そして、このシステムをより完璧にしているのが彼らの身体だ。
チタンとハニカムの複合装甲で覆われた体は、ヒートの打撃にも耐えることができる。
死者の体に手を加えている為、その数に際限は無い。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 23:03:25.78 ID:qWeDppsC0
脳に特殊な装置を埋め込んで、死者の生前の記憶を蘇らせることにも成功している。
無論、生きている者にもその改造を施すことができるため、ダイオードと渋沢もその改造を受けていた。
見かけによらず、重量級ゼアフォーであるダイオードは、他の者とは違って装甲にチョバムプレートを使っている。
世界一頑丈と言われるその装甲は、対ヒート用に特別に装着した物だ。

前回ヒートに接触したのは、ダイオードの外見を模して作られた言わばもう一人のダイオードだ。
システムを最大限に生かしたその計画は、手練の兵士の複製が可能であることを意味している。
言わば、不死身の体である。
だが、それを嫌って複製をさせなかったのは渋沢だけだ。

そして、渋沢には代わりに別の装置が取り付けられていた。
後々、全員をアップグレードする際に取り付けられることが決定したその装置の名称は、"ヘイストシステム"。
高速機動用に脚部に装着するそれは、その気になれば音の壁にまで到達することが出来る。
その状態で繰り出す強烈な打撃技は、ヒートの打撃技とほぼ同等の威力を発揮する。

脳内で響き渡っていた通信が途切れ、ゼアフォー達は面を上げた。
それと同時に、トラックが停まる。
目的地であるナイチンゲール前に停車した軍用トラックの荷台から、二十人のゼアフォーが降り立った。
FA-MASを肩付けで構えながら、ゼアフォー達は爆破された一階正面入り口前に整列する。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 23:06:34.10 ID:qWeDppsC0
その配置の仕方は、正にトランペットの演奏隊そのものだ。
言葉も交わさずに、入口を塞いでいたコンクリート片に向かって一斉に銃口を向ける。
そして、言葉の代わりに銃声が一斉に鳴り響いた。
鉄芯入りの徹甲弾の一斉掃射を食らえば、流石のコンクリートでも無残な姿となる。

銃身が焼き付くかと思うほどの斉射の後に残されたのは、空薬莢の水たまりと、完全に砕け散って砂になったコンクリートだ。
慣れた手つきで弾倉を交換し、誰からともなく開いた新たな入口に向かう。
闇に同化するように内部に消えたのは、彼らが来ている黒の迷彩服の効果だった。
室内戦、それも夜においてのみ最高の効果を発揮するその迷彩服は雨を受けても尚、効果を失ってはいない。

殿であろう最後の一人が闇に消え、最悪の刺客達がヒート達を追い始める。
それはさながら、鬼ごっこようだ。
―――それも、命を賭けた。

――――――――――――――――――――

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 23:08:06.48 ID:qWeDppsC0
屋上に続く扉の前に到達した時、ヒートは本能的に立ち止まった。
無論、殿であるドクオもそれに合わせて止まる。
これまで数々の戦場をくぐり抜けてきたヒートにしか分からない、違和感。
それをヒートの本能が感じ取ったのだ。

もし、ヒートが違和感を無視して扉を開け放っていたら二人とも命は無かっただろう。
二人が扉から離れ、階段の踊り場まで来てヒートが無造作にP90を数発、扉の下に向かって撃ち放つ。
直後、扉の向こう側に仕掛けられていたトラップが爆発した。
対人地雷である、クレイモアだ。

そして、半瞬遅れてもう一度爆発が起きた。
それはトラップによる一撃ではない。
SPAS12、ショットガンによる射撃だ。

再び、ヒートの本能が二人の命を救った。

ドクオの手を引いて階段を落ちる様に下っていなければ、ドクオとヒートの体は二つに泣き別れていただろう。
二人の代りに無残な姿になった踊り場の地面を軽く一瞥する事もなく、ヒートは更にもう一階下った。
二人が階段を下る音を聞き咎め、二人を屠ろうとした者の仮面が怪しく光る。
まだ硝煙の上がるSPASの銃口を掲げ、ポンプアクションで薬莢を排筴した。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/14(水) 23:11:12.46 ID:qWeDppsC0
カラカラと音を立てて転がる薬莢を踏み潰し、ゼアフォーが更に一歩足を踏み出す。
その時だった。
ゼアフォーの目の前に丸い何かが出現したのは。
それがアップルグレネードと呼ばれる物であることは、ゼアフォーシステムが戦術データリンクから即座に割り出した。

だが、解ってから行動してでは遅い。
それがヒートが去り際に思い切り投げ上げた物だと解った時には、それは眼前で爆発した。
濛々と立ち上がる爆煙の中、人影がゆっくりと倒れ落ちる。
至近距離でグレネードの爆発を食らったのだ、いくら頑丈と言えど―――

そういった考えを打ち消すように、半ばまで崩れ落ちた人影は立ち上がった。
蜃気楼のようにゆっくりと、破れた迷彩服に目もくれずに。
爆発によって砕けた仮面が落ちる。
そして、その素顔が現れた―――

( ・∀・)

当初の計画を裏切り、デレデレたちに牙を剥いた反逆者。
荒巻達の命に従い、ヒートを捕獲しようと試みる武器商人。
―――モララー・ルーデルリッヒである。
そして、モララーはゆっくりとヒート達を追いかけはじめた。

第二部【都激震編】
第八話 了


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