('A`)と歯車の都のようです

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:22:26.82 ID:FSE+5Ar50
夜かと思うほどの闇の中、ツンはドラグノフに付けた特殊な光学照準器を覗きこんでいた。
木製のストックを肩に当て、木製の銃把を握り、木製のフォアグリップを握りしめる。
ドラグノフは金属と木で作られた、旧ソ連製の優秀な狙撃銃だ。
今ツンが構えているのは、通常のそれとは素材も形状も違った。

通常の四倍に延長した銃身は、有効射程距離を驚異的に伸ばした。
ストックやフォアグリップなどの木の部分は全て、最高級のクルミの木から切り出したものだ。
銃弾に使う火薬も、独自の配合により射程が伸び、威力も増加している。
一丁で少なく見積もっても、一千万は下らない。

それほどの最高級品と同じ物をもう一丁ツンは持ってはいたが、それは銃身が通常の二倍である。
最大で二キロ先までの狙撃を可能にした今回のこれは、ツンの母であるデレデレが今回の作戦の為にツンに譲り渡したものだ。
別名"女帝の槍"。
その名に恥じない長さを誇るそれに、銃剣を付ければたちまち本物の槍へと変貌する。

もっとも、ドラグノフはPSG-1などと比べて狙撃の精度が低い。
その代りに得たのが、耐久性の高さと速射性である。
それを百発百中で敵の急所へと撃ちこめる技量を有しているツンにとっては、その耐久性の高さは頼もしい物だ。
ストックで誰かの顔面をブッ叩こうが、雨の中であろうがその精度が落ちることはない。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:24:20.42 ID:FSE+5Ar50
ノパ听)『こちら"ヤーチャイカ1"より各員へ。
     これより状況を開始する』

研ぎ澄まされたツンの聴覚神経に、まず最初にホワイトノイズの音が届いた。
そして次に、耳に掛けたインカムから、ノイズの混じったヒートの声が聞こえた。
二人の様子を二キロ離れたビルの屋上から見下ろしているため、聞かずともそれは分かっていた。
暗視装置の付いた光学照準器が映す緑と黒の映像を、固唾を呑んで見守る。

从 ゚∀从『こちら"ケードル1"。
      これより院内の電源を全て遮断する』

ハインの言葉と同時に、ドクオとヒートが扉の脇に張り付く。
ハインの合図で、院内から全ての光源が消え去った。
光源は無いが、星明かり程の光源ですらも倍増させる暗視装置越しには、ヒート達の姿はハッキリと見て取れる。
慎重に扉を開き、二人は中へと足を踏み出した。

ヒートとドクオが院内へと続く扉の向こうに消えたのを、ツンは安堵のため息とともに見届けた。
どうやら、屋上にいた敵は本当に全滅できていたようだ。
だが、まだ安心はできない。
―――そう思った時だった。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:27:28.68 ID:FSE+5Ar50
【+  】ゞ゚)「こちら"カトナップ2"より"ヤーチャイカ"、ビル内に熱源を確認。
       屋上の下の階に、少なくとも四つ熱源を視認した」

横に控えているオサムの声が、ツンの鼓膜を叩く。
熱源表示式に切り替えたのだろう、オサムが望遠鏡を覗き込みながらヒート達に下の状況を説明したのは見事な手際だった。
ドラグノフに熱源を確認できる装置が付いていなかったとはいえ、実戦ならばツンにとってそれは致命傷である。
本来なら、ツンもそれを確認していなければならない事だったのだが、完全に失念していた。

軽い焦燥に駆られたツンの金髪を、宥めるかのように一滴の水が濡らした。
あっという間にそれが豪雨となり、ツンの髪と言わず体全体を容赦なく濡らす。
忌々しげに舌打ちをくれてやり、ツンは光学照準器から目を離す。
バックパックに入っている布をドラグノフに掛けてやらねば、故障してからでは遅いのだ。

少し体を起こし、左手をバックパックに伸ばす。
だが、結局ツンはバックパックに触れることは無かった。
オサムがドラグノフだけでなく、ツン自身にも防水性と防寒性に優れた特殊な布を被せたのだ。
礼も云わずに、ツンは再び光学照準器を覗き込んだ。

とても不愉快である。
こんな時でさえ棺桶を置こうともしない変質者に、情けを掛けられるなど。
確か、前にも似たようなことがあった。
そう、歯車王暗殺の際、緊張する自分にブーンが投げかけた言葉だ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:29:12.38 ID:FSE+5Ar50
( ^ω^)『こういう時こそ軽口を叩くものだお。
     その綺麗な顔をふっ飛ばしてやる! とかがベストだお』

実際、あの言葉がなければ偽物とはいえ、歯車王に弾は当たらなかっただろう。
何故かイメージの中のブーンは、少し太っていた。
それほどに記憶が曖昧になっていたのか、それとも未練がましくも、ブーンがまだ生きているという希望にしがみ付いているのか。
それ故にイメージの中のブーンが成長していたのだろうか。

もし生きているのであれば、この自分を心配させた罰としてビンタの一発や二発は覚悟してもらおう。
そう心に硬く誓い、光学照準器の向こうに意識を集中する。
十五階の廊下の窓辺に、人影を見咎める。
今ツンが視認できるだけで、四人。

ブルパップ式のアサルトライフルの形状は、影を見ただけでもその種類を言い当てられる程に特徴的である。
そして、今ツンが見て取れた武装は全部で二種類。
ステアー(STEYR AUG)、ファマス(FA−MAS)。
男たちは不用心にも、窓を背にしている。

そして、ツンはオサムに提案をした。

ξ ゚听)ξ「あの配置だと、こっちから援護したほうがいいわね」

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:31:08.41 ID:FSE+5Ar50
オサムはツンの提案に、無言で首を縦に振った。
無言のまま望遠鏡を覗き込み、敵の数を再確認する。
ツンが小さく四と呟き、オサムは無言の肯定をした。

【+  】ゞ゚)『ヤーチャイカ、聞け…。
       窓越しに見える熱源の数が、こちらでは四窺える…。
       廊下向こうに一人いるかもしれない…』

尻つぼみの言葉を紡いでいたオサムの声を遮り、ツンは煩わしい工程を抜きにして伝えることにした。
こう言った火急の時は、出来るだけ簡潔に早く伝えることが求められる。
それはデレデレから直に教わったことだ。

ξ ゚听)ξ『こっちで見える分は、こっちで狙撃するわ。
       だから、廊下向こうにいるであろう奴の始末はそっちでやって頂戴ね』

そう言って、ツンはドラグノフの弾倉を取り換えてコッキングレバーを引いた。
それに合わせ、落雷が近くのビルに落ちる。
雨で滲む視界と、照準器を一瞬だけ照らし出す。
その一瞬の間だけで、ツンの意識は引き金と双眸にのみ注がれた。

ヒートから同意の返答が返ってくると、オサムはすぐに指示を出した。
その一連の行動といい、どうやらオサムは以前にも観測手をした経験があるのだろう。

【+  】ゞ゚)「合図と同時に行動してくれ…。
        ヘッドショット エイム
        (頭撃ち 狙え)」

オサムの言葉に合わせ、ツンは深く息を吐いた。
まずは、一番左端の男の頭に照準を合わせる。
息を止め、全神経を指に注ぐ。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:33:20.65 ID:FSE+5Ar50
ノパ听)『スタンバイ、レディ』
     (準備 完了)

ヒートが準備の完了を告げる。
それから間を空けず、オサムの声が短く響いた。

【+  】ゞ゚)「ファイヤ」
       (撃て)

オサムの言葉に合わせ、ツンは驚異的な技を見せた。

まずは初弾。
7.62ミリ改造FMJの雷管を、撃鉄が叩く。
バレル内を弾丸が回転しながら進む。
その時にはもう、エジェクションポートが解放され、空薬莢が排筴の準備に入る。

続いて二弾目。
照準を右にずらし、別の男の脳天に狙いを定め、引き金を引いた。
ガス圧を利用してエジェクションポートが解放。
排筴された一発目の薬莢が地面に落ちる。

三弾目。
反動を限りなく殺し、かつ利用しながらもより正確に、頭に一瞬で照準を合わせる。
冷酷な感情を抱く鋼鉄の引き金に力を込め、必殺の一発を撃ち込む。
一発目の銃弾が最初の男に着弾する。

最後に、四弾目。
二発目と三発目はおろか、一発目の薬莢も地面を叩いて踊る中、最後の男に狙いを定める。
僅か数グラムの力が指に加わり、引き金を引いた。
被った仮面を吹き飛ばし、二人目、三人目が倒れた。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:35:17.74 ID:FSE+5Ar50
そして、最後の男も顔の半分を失って膝から崩れ落ちた。
間隔がほとんど無い連続した銃声が四つ。
鋼鉄製の薬莢が地面を叩いて音楽を奏でた時には、スコープに映る敵の全てが倒れ伏していた。

【+  】ゞ゚)『ヘッドショット ヒット』
       (頭撃ち 命中)

ヒート達が十五階への進行が成功したのを光学照準器越しに見咎め、ツンはそれまで止めていた息継ぎを再開した。
深く息を吸い込み、浅く息を吐きだす。
弾倉を取り外し、新たな弾倉へと手を伸ばした。
バックパックに入っている弾倉に指が触れたかと思うと、雨で滑って取り損なってしまう。

金属製の弾倉が仇となったのか、ツンは軽く舌打ちして再び手を伸ばす。
今度こそしっかりとそれを掴み、慣れた手つきで弾倉を交換する。
コッキングレバーを右手で引き、初弾を装填する。
ヒート達が下の階に行くまでの間、ツンとオサムの仕事は一つしかない。

手早く次の階層の敵の情報を伝える為に出来ることは、オサムとの連係技だけだ。
ツンの情報と、オサムの情報を照らし合わせてより正確な情報をヒート達に伝えることは、作戦を円滑に進める為には必要不可欠である。
無言でも進められる作業なのだが、今回は少し事情が違った。
原因は言わずもがな、ツンである。

ブーンとどこか被った行動をするこのオサムに対して、ツンはいい感情を一つも抱いてはいなかった。
殺意に近いその感情の正体は、ただの八つ当たりに他ならない。

ξ ゚听)ξ「ねぇあんた。
       あたしの愚痴を聞いてくれない?」

【+  】ゞ゚)「ん?」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:40:59.05 ID:FSE+5Ar50
唐突すぎるその言葉は、オサムを望遠鏡から引き剥がすには十分だった。
ほとんどツンの独白なのだが、オサムはそれに対して真剣に耳を傾ける。

ξ ゚听)ξ「あたしね、お節介って男は大嫌いなのよ。
      だから、あんたも嫌いなの」

【+  】ゞ゚)「意味が分からない…」

当然である。
こうして言葉を紡いでいるツンでさえ、正直何を言っているか理解出来ていないのだから。
言わんとすることはただ一つ。
自分に関わるな、である。

狙撃手と組むということは、その危険を共有するということだ。
戦場において、最も危険な存在は狙撃手である。
RPG-7を掲げる兵士よりも、よほど達が悪いからだ。
RPG-7は単発式の携行兵器であるが、狙撃銃は単発式ではない。

おまけに、RPG-7は撃てば居場所が割れるが、狙撃銃はそうもいかない。
上手く隠れた狙撃手を見つけるのは至難の業であり、それによって奪われる戦意は半端ではない。
故に、真っ先に排除すべきは狙撃手だ。
その為には、情報すらも利用するほどである。

捕まった狙撃手は残酷な拷問の末、寸刻みに肉を削がれて殺される。
その情報は、狙撃手の精度をほんの少し下げる為だけに流されたのだ。
現代戦において、狙撃手は観測手と二人一組で行動することは少なくない。
最悪の場合、一人でも狙撃は行えるが観測手がいるといないでは相当違う。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:42:57.36 ID:FSE+5Ar50
長物を握る狙撃手を護るためにも、小物を握る観測手の存在は欠かせない。
その為、危険性を考えれば狙撃手と同じだ。
その事を実感したのは、ラウンジタワーでの出来事である。

ξ ゚听)ξ「それだけ、覚えておきなさい」

こうして自分から遠ざけておけば、いざという時オサムは自分に構わずに逃げられる。
それに、自分を庇うなどという愚行は犯さないだろう。
それだけ告げると、ツンは再び照準器を覗き込んだ。
これ以上は言葉を交わさないでいいだろう。

ドラグノフの引き金に指を掛け、後は無心になる。
照準器越しに一瞬だけ見えたマズルフラッシュは、ヒートの物だ。
自分の狙撃と合わせてこれだけ素早く行動できるとは、流石としか言えない。
今回の救出作戦、救出部隊はヒート一人だけでも良かったのではないだろうか。

正直、ドクオはヒートにとっての足手まといだ。
それをデレデレが分かっていないとは、到底思えない。
何のためのドクオなのだろうか、銃の腕は人並み。
ナイフ捌きはかろうじて人より上、それだけだ。

十四階の窓越しに映る人影は、十五階のそれの二倍だ。
約八人が廊下にいる。
一人を除いて、上の階層にいた連中と同じ武装だ。
TAVOR、これを一人だけ握っている。

そう考えると、その男がこの階のリーダーである事は明白だ。
TAVORはイスラエル製の最新型ブルパップで、値は張るが際立った特徴がないのが特徴だ。
デザインに限定して言えば、ブルパップの中でも一、二を争うほどの近未来的なものである。
弾倉はM16と共通しているため、便利といえば便利である。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:45:18.45 ID:FSE+5Ar50
ξ ゚听)ξ「こちら"カトナップ"より"ヤーチャイカ"、十四階の廊下に八人視認した。
       奥にいる敵の数は分からない、武装は上階と同じ。 一人だけTAVORだ」

ここから先の行動判断は、現場にいるヒート達に任せるのが一番である。
ドラグノフの装弾数は十、タクティカルリロードをして十一発。
殲滅できると言えば出来るが、流石に気付かれずに十人近くを仕留めるのは不可能だ。
速射性に富むドラグノフと言えど、セミオートマチックである。

一発毎に引き金を自ら引かなければ、その真価は発揮されない。
これがG3SGなどのフルオートマチック式の狙撃銃ならば、もしかしたらツン一人で殲滅できたかもしれない。
だが所詮はifの話である。
一発毎に命を奪う重みを味わうことを義務と考えるツンにとっては、無縁の話だ。

ノパ听)『こちらからは…、奥に二人確認できた』

インカム越しに聞こえるヒートの声は、どこか曇っていた。
まるで何かの中に入っているかのような、そんな息苦しさが聞こえる。
ヒートの報告を聞き、ツンは自分なりに作戦を立てることにした。
敵の数は全部で十人。

ドラグノフの援護を考えても、ヒート達のノルマは五人になる。
距離的な問題を考えれば、自分が奥にいる二人を仕留めなければならない。
だが、壁があるためそれは叶わない。
さて、どうしたものか。

壁を貫通した狙撃はこれまでに何度かこなしてきたが、一人仕留める為には二発撃ちこむ必要がある。
合計で四発撃ちこんでいては、確実に敵に見つかってしまう。
ならば、手前にいる五人をこちらで処理して、奥の五人をヒート達に任せるのが常套手段ではないか。
P90の威力と、連射能力、そしてヒートの技量があればどうにかなりそうだ。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:47:13.28 ID:FSE+5Ar50
ふと、再びインカムにヒートの声が届いた。

ノパ听)『"カトナップ"、こっちに合わせな』

向こうで作戦の算段が立ったのだろうか、言われた以上は合わせるのが仕事だ。
そして、ツンの光学照準器が廊下に転がった何かを捉えた。
ゴマ粒程度の大きさにしか見えないそれの正体は、ツンには分からなかった。
もし、オサムが警告を発さなければツンは仮面の男たちと同じ状態になってしまっただろう。

【+  】ゞ゚)「フラッシュ!」

オサムの警告と同時にツンは眼を瞑った。
フラッシュグレネードが強烈な閃光を放つのは一瞬、故に次に取る行動は一つだけ。
すぐに刮目し、狙点を"壁に"合わせた。
閃光が放ち終われば、狙撃には何の支障もない。

壁越しの狙撃には、いくつかのコツがいる。
まずは敵の位置を把握し、敵の姿勢を予測する。
もし相手がしゃがんでいれば、頭に対して放った弾丸も当たりはしない。
ここで必要とされるのは状況から敵の状態をいかに把握できるかという、予測能力だ。

次に、引き金を引く速度だ。
放った弾が、足に当たれば敵は倒れるし、腕に当たれば体を捻る。
そういった点を含めての予測は、観測手の手助けが大きく関わってくる。
そして、オサムはツンの期待以上の働きを見せた。

【+  】ゞ゚)「壁の廊下側の繋ぎ目、中間に向けて七連射。
       続いて連射にて各個撃破」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:52:05.35 ID:FSE+5Ar50
壁にある微かな繋ぎ目、そこに向かって指示通り七連射。
必殺の手応えを確認する間もなく、すぐさま視界に捉えた男の頭に照準。
照準と同時に引き金を引き、反動を利用して第八射。
そして、すかさず九射目。

幸か不幸か、十射目を撃つことは無かった。
ヒートとドクオのP90による掃射は、六人を仕留めたのだ。
二人がロープ降下できる状況になれば、自分達の仕事が終わりになる。
人質がいない以上、隠密行動をとる必要もないし、狙撃による援護などヒートには不要だろう。

こうして、ヒート達は順調に各階層を制圧していった。
ツンが撃った弾の数は、有に弾倉八つ分。
ヒート達が撃った弾の数は、これの比ではないだろう。
アサルトライフルとサブマシンガンの中間に位置づくP90は、弾倉一つで五十発。

それを惜しげもなく撃って来たのだ、三百発は固い。
通過してきた階層に目をやるが、やはり動く者はいない。
ハインの報告が入り、いよいよこちらの仕事も大詰めだ。

ξ ゚听)ξ「こちら"カトナップ1"、こちらから視認できる敵は排除したわ。
      後はお好きにどうぞ。 撤収する」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:54:18.88 ID:FSE+5Ar50
そう言って、ツンは立ち上がってドラグノフを背負い込んだ。
望遠鏡に張り付いていたオサムも、望遠鏡を抱え込んで撤収の準備に入る。
空になった弾倉や、空薬莢はこのまま捨てておいて構わない。
撤収準備を終えた二人は、そのまま歩きだした。

―――帰ったら、ホットココアでも飲もうかしら。

そう考えた時だった。

【+  】ゞ゚)「まずい、囲まれた…」

ξ ゚听)ξ「え?」

突如として立ち止まったオサムの口から紡がれた言葉の意味は、一瞬だけツンには理解できなかった。
だが、次の瞬間には否応なしに理解した。
本能的に屈めた頭の上を、何かが風を裂いて飛んで行く。
その音は聞き慣れた、銃弾の音。

もし、ツンの反応が遅れていたら、ツンの頭はトマトの様に弾けていただろう。
"対物ライフル"の直撃を受ければ、誰だってそうなる。
第二射を警戒しつつ、走りながらも弾が飛んできた方向に目をやるが、この雨と暗闇の中では何も見えない。
屋上から地上へと続く唯一の扉、そこを目指してひた走る。

だが、ツンがドアノブに手を伸ばそうとしたとき、オサムの手がそれを制した。
代わりにオサムがドアを蹴り飛ばし、いつの間にか抜き放った拳銃が両手の中で瞬く。
フルオートで放たれた弾丸の驟雨は、ドアの向こうで戦斧を片手に待ちかまえていたゼアフォーの顔面に容赦なく着弾した。
仮面が割れ、砕かれた金属片が宙に舞う。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/20(火) 23:58:12.61 ID:FSE+5Ar50
ゼアフォーは構造上、どうしても顔面の強度が他の部分と違って落ちてくる。
その為、改造された9mmの弾でも破壊することが可能なのだ。
貫通する事は出来ないが、機能の大部分を使用不可能にするには十分だ。
オサムが先頭を走り、殿はツン。 二人は急いで階段を駆け下りた。

その間、バックパックから取り出した暗視ゴーグルを掛けることを忘れない。
この建物も、登る際に電源を落として来たのだ、中は暗闇である。
非常階段を下る為には、一階下りる為に踊り場を含んだ二段階の階段を降りなければならない。
三段飛ばしに階段を下る。

階段を駆け下りる間、二人は口を利こうともしない。
オサムはツンが話し掛けてこなければ話さない性格だったが、ツンはそうではなかった。
別段ツンは無口ではないのだが、自分が危惧した事態がこうして訪れると流石に動揺せざるを得ない。
自らの失態に苛立ち、ラウンジタワーでの出来事が頭をよぎって口が開こうとはしないのだ。。

もう二度と、あんな失敗はしない。
室内戦では圧倒的に不利になるドラグノフには手を付けず、ツンは腰に差した二丁のUZIを構えた。
UZIはイスラエル製のサブマシンガンで、知らない者はいないというほど有名な銃だ。
毎分1250発の連射性を誇るそれは、女子供でも容易に扱える。

そして、ツンが手にするそれはマイクロUZIと呼ばれる物だった。
通常のUZIよりもさらに小型化し、装弾数は変わらず32発。
難点を上げるとすれば、小型化の弊害で収弾率が非常に低く、当てるというよりは弾をばら撒く事に特化している。
フルオート射撃をしなければ、そこそこの命中率を得られるが、それではこの銃の意味がない。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:00:16.02 ID:hKcFy76b0
前を行くオサムを援護する為に、ツンが選んだ銃は適格だった。
もしここで大見栄を張って、デザートイーグルを構えていたのならばツンは足手まといとなっていただろう。
片手でも有り余る威力を有するデザートイーグルの反動は、ツンの従来の狙撃技術を邪魔するだけだ。
少なくとも、オサムの腕と勘ならツンの援護はそれほど必要ないはずだ。

この建物から脱出する為に必要なのは、互いを庇い合うチームワークの良さだ。
オサムの構える二丁拳銃、その形状にツンは見覚えがあった。
スチェッキンである。
片手でのフルオート射撃にも対応し、スイッチ一つでセミオートとの切り替えもできる。

専用の木製のホルスターは、ストックにもなる優れ物である。
射撃の精度を上げる為にはそのストックを使う必要があるのだが、オサムはそれを使っていない。
拳銃の利点である小ぶりな銃身を殺すことにもなるそのストックは、室内戦では使用しないのが常識である。
どうしてこうも、この男はブーンに似ているのだろうか。

スチェッキンといい、自分に構ってくることといい。
あまつさえ、この男が飲んでいた酒の銘柄までもが同じなのだ。
正直、ツンは襲撃者が来たことよりもオサムの正体が気になって仕方がなかった。
もう死んでいるはずの男が、ひょっとしたら―――

【+  】ゞ゚)「下から上がってくる…
       援護を…」

そんな事を考えているとは知る筈もないオサムは、小さく呟いた。
スチェッキンをしまい込むと、腰に差していたP90を取り出した。
金属照準器だけのそれは、精密射撃を考えていないのだろう。
装弾数ではUZIの約二倍を誇るそれは、破壊力ではそれ以上である。

オサムはP90のコッキングレバーを引き、初弾を装填する。
両手でそれを構え、二人は階段を慎重に下って行く。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:01:08.01 ID:hKcFy76b0
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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第九話『カトナップ』

九話イメージ曲『イノセンス』鬼束ちひろ

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24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:03:20.77 ID:hKcFy76b0
渋沢の部隊である"演奏隊"は、FA-MASを駆使した戦闘に長けている。
これまで踏んできた戦場の数は、並の軍隊以上だった。
その彼らをゼアフォーに改造したのだ、その戦闘力は生半可ではない。
敵に情けを掛けることはなく、疲れも知らない。

言うなればゼアフォーは、最強の兵隊である。
アップグレードする毎に強化される武装、機能。
アップデートする毎に更新される知識、情報。
彼らに勝とうと思うのならば、彼らを圧倒的に凌駕する技術が必要である。

例えば、ツンの狙撃能力。
こればかりは場数を踏んだ本物の兵士でも、機械で制御された兵士でも真似できない。
ツンは風を、湿度を、弾の状態を、引き金を引くタイミングをまるで旧友の様に熟知している。
ツンの技量ならば、横薙ぎの風、最大で風速五十メートルの状況でも正確な狙撃が可能である。

デレデレ譲りのその狙撃能力が、オサムの命を救った。
階段を下りきったところにいたゼアフォーが投擲した戦斧を、オサムの頭に突き刺さるより早くフルオート射撃で撃ち落とす。
いかに特殊合金の戦斧と言えど、合計で64発の弾丸の驟雨を受ければ、起動を逸らさずにはいられない。
空になった弾倉を排出し、素早くリロード。

その間、下から現れたもう一人の"演奏者"がFA-MASの銃口をツンに向ける。
だが、今度はオサムの射撃能力がツンを救った。
引き金を引くより早く、オサムのP90が火を噴く。
顔面に撃ち込まれた弾丸は、正確にゼアフォーの脳を破壊した。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:05:40.67 ID:hKcFy76b0
機械に混じって後方に吹き飛んだ脳漿が、湿った音と共に壁に張り付く。
"演奏隊"がその真価を発揮するより早く、ツンのリロードが完了する。
十一階から十階へと続く階段を下り終わり、二人はそこでようやく作戦を立てられるようになった。
二十階建のこのビルから脱出する手段は、全部で二つ。

一つは、正々堂々正面突破。
命の危険に晒されるが、最も確実な方法である。
もう一つは、ロープを使った垂直降下。
ただし、ビルの下や向かいのビルの屋上などからの狙撃の危険がある。

降下中はその身が無防備になるため、この方法は最終手段としてツンは考えていた。
今、ようやく十階にまで下りてきたが、このままではこちらの弾が保たない。
正面突破をするには、おそらくこの三倍の弾が必要だろう。
タフな敵が悪いのだ。 ファック。

【+  】ゞ゚)「このままじゃ埒が空かない…
       ロープ降下をしよう…」

よりにもよって、オサムはツンが最終手段として考えていた案を提案した。
正気の沙汰ではない。
ファッキン。
対物銃の狙撃は、RPG-7の砲撃よりも達が悪いのだ。

RPG-7は、戦車の装甲を貫通して爆発する対戦車携行兵器である。
光学照準器も付けられるが、その命中率はそれほど高くはない。
風に流されでもしてみれば、たちまち明後日の方向に弾頭が飛んで行く。
おまけに、至近距離ならば弾頭は対象を貫通しただけで爆発には至らない。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:08:24.71 ID:hKcFy76b0
RPGの弾頭なら、ツンは片手に持つUZIでも撃ち落とせる自信がある。
だが、対物銃の場合はそうもいかない。
オートマチック式の物なら、三秒もあれば人体を粉微塵に変えることができる。
遮蔽物すら貫通するその弾は、掠っただけでもタダでは済まない。

その事を分かっていないはずがない、そうオサムに詰め寄ろうとしたが―――

【+  】ゞ゚)「背中合わせに固定して、片方が降下……
       もう片方が背後の脅威の排除…」

オサムの提案に、ツンは一瞬耳を傾けた。
数秒の間思案し、一つの結論が出た。
なるほど、それなら理にかなっているではないか。
惚れ直し―――

ξ#゚听)ξ(んな訳あるか!)

そう心の中で突っ込みながら、ツンは渋々オサムの提案に合意した。
十階からのロープによる垂直降下は、腕力だけでなくその持続力も要求される。
一人だけならまだしも、二人いればその負担は二倍である。
ましてや、銃器や棺桶を背負っていれば単純計算で2.5倍。

だが、今オサムを気遣う余裕はない。
ツンは暗視ゴーグルを取り外し、少しでもオサムの負担を減らす。
ドラグノフの弾倉を交換し、戦闘態勢に入る。

ξ ゚听)ξ「行くわよ」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:10:22.12 ID:hKcFy76b0
背中合わせに器具で固定し、ツンは手にしたドラグノフを構え直した。
ロープを柱に固定し、胸元に付けた何かを数個窓から下に投げてからツンの体が外に出た。
その時点で、ツンは素早く光学照準器を覗きこんでいる。
視認できる驚異、正面ビルの屋上に一人目。

確認と同時に引き金を引く、続いて同じビルの十一階に二人目。
更に、約一キロ先のビルの屋上に三人目を視認。 引き金。
その時、先ほど下に向かって投げ捨てたグレネードが待ち構えていたゼアフォー達の顔を吹き飛ばす。
ついでに投げていたスモークグレネードのおかげで、下から狙撃される可能性を低めた。

弾倉内には残り七発。
それを重さで確認し、まだ交換の必要がないことを再確認する。
見える脅威を片っ端から撃ちまくり、気がつけば弾倉が空になっていた。
それに合わせ、オサムがいよいよ降下を開始した。

素早く弾倉を取り換え、敵の追撃に備える。
体が、リズムよく跳ねあがる。
残り九階。

向かいのビルの九階に、アサルトライフルで武装したゼアフォーを三人確認。
武装は―――、よりにもよってステアーである。
中距離の狙撃能力に定評のあるステアーならば、この距離にいる自分達を撃ち落とすのは造作もないはずだ。
おまけに、フルオート射撃でもされてみればこのまま死体になって落ちるのは必至。

だが、この事態は予想の範囲内である。
敵が引き金を引くより早く、ツンは"蓋"を閉めた。
ツンに照準を合わせていたゼアフォー達は出鼻をくじかれ、オサムの背負う棺桶に弾を撃ち込んでしまう。
敵の場所を把握していたため、次にツンが蓋を開け放ってから三連射した弾丸は正確にゼアフォー達の顔を破壊した。

残り、六階。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:12:49.40 ID:hKcFy76b0
ここに来てようやく、下にいた連中が反応を見せた。
当てずとも爆風でツン達を仕留めようという算段なのだろう、RPG-7を構えている。
RPG-7を構える奴は一人だが、そのサポートとしてもう一人が弾を背負ってこちらにFA-MASの弾を撒き散らしていた。
FA-MASの欠点を知らないのだろうか、何とも愚かな奴である。

この嵐の中で、FA-MASのような貧弱な銃ではツン達に掠りもしない。
RPG-7が火を噴いた。
それを待っていたツンは、金属照準器だけで狙いを付け、引き金を引いた。
その間、一秒も掛かっていない。

弾頭が発射器から離れ、安定翼が開くより先にドラグノフの弾が弾頭に命中した。
空中で爆散する弾頭に、機械であるゼアフォーが初めて驚愕の色を行動で示した。
次の瞬間、二人まとめて吹き飛んだのは、ゼアフォーが撃った弾頭が撃ち落とされたのが原因ではない。
予備の弾を持っていた男の、背負っていたそれにツンが容赦ない二射目を見舞ったのだ。

残り、三階。

雨と同様に素早く降下する中、ツンは濡れそぼった髪をかき上げた。
スカイブルーの瞳に映る都の空は、黒雲が覆う。
豪奢な金髪が踊るは暗闇の中。

ξ゚听)ξ「逃げるわよ!」

そして、女神は地上へ降り立った。

――――――――――――――――――――

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:15:13.70 ID:hKcFy76b0
"デイジー"、「ヒナギク」の意。
今回の作戦の総指揮を担う本部の呼称である。
でぃと"デイジー"を掛けたことは、娘のツンにはすぐに見抜けた。

"ヤーチャイカ"、「私はカモメ」の意。
高高度からのHALO降下をするヒート達にはうってつけの名前である。
だが、ヒートはカモメなどという生易しいものではないのではないか?
どちらかと言うと、鷲や鷹の方が相応しいだろう。

"ケードル"、「杉」の意。
こればっかりは、ツンがいくら考えてもさっぱり分からなかった。
ハインのジョルジュの新入りの組み合わせから、どう頑張っても「杉」の意味が分からない。
花粉症の原因であるスギ花粉に掛けているのだろうか。

"カトナップ"、「まどろむ者」の意。
その名前をツン達のグループに宛てたのは、果たしてデレデレの気まぐれだったのだろうか。
確かに、ツンはまどろみの中にいるのかもしれない。
こうして、背中越しに感じるオサムの存在が心地よく感じてしまうのだから。

無事にビルからの脱出を果たした二人は、そのまま手近な廃屋へと入り込んでいた。
雨で冷えた体を温める為、ツンはフラスクの中身を呑むことを提案した。
それだけではまだ寒いので、何か毛布でもと探していたオサムが、一枚の毛布を見つけてきた。
ナイスである。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:17:48.05 ID:hKcFy76b0
だが、それをツンに渡すや否や、オサムは急に倒れてしまった。
長時間雨に打たれていたのだ、それも、自分が使えばいい防寒具を自分に渡したが故に。
とてつもなく不本意だったが、借りを作るのはもっと不本意だったのでツンはその毛布を二人で使うことを提案した。
混濁する意識の中でも、オサムはそれを断ってきた。

生意気である。

強引に二人で毛布にくるまり、外のほとぼりが冷めるのを待つことにした。
その間、ツンは自身のフラスクの中身をちびちびと舐めている。
途中でオサムにもその中身を飲ませ、どうにか体を芯から温めていた。
流石、スピリタスウォッカである。

一口呑むだけで喉が焼けたような感覚になる。
これで肴があればいいのだが、この場合は仕方がない。
雨で濡れたドラグノフに手を伸ばし、そのストックを掴む。
それを手元に寄せ、ドラグノフの整備をすることにした。

光学照準器を取り外し、弾倉も取り外す。
コッキングレバーを引いて、薬室に入ってた弾を取り出す。
そうして、銃身から解体したドラグノフの内部を乾いた布で拭き始めた。
火薬のカスやら、湿気、雨粒などが故障の原因となるのだ。

一通り整備が終わり、再びドラグノフを組み立て始めた時だった。
オサムが何やら魘されている。
正直、喧しい。
だが、オサムの額に浮かぶ脂汗は尋常ではない。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:19:50.03 ID:hKcFy76b0
ξ#゚听)ξ(ちっ、面倒な)

そう思いつつも、防寒具の借りがあるのでそれをここで返すことにした。
ドラグノフを拭いた布で額を拭ってやり、ついでにフラスクを口に突っ込む。
ひょっとしたら、そのウォッカこそが脂汗の原因ではないか、などとツンは考えもしなかった。

ξ ゚听)ξ(ほんと、面倒な奴…)

そう言えば、前にもこんなことがあったような…
ずっと昔、そう。
"ブーンと初めて会った頃"にこんな事があったような気がする。

それも、立場が逆だったような―――

そんな事を考えていると、ツンのインカムにハインの声が届いた。

从;゚∀从『人質の護衛を手伝ってくれ!
      仮面の連中、数が多すぎる!』

ξ ゚听)ξ「了解。
       場所は?」

从;゚∀从『回収地点A付近だ!
      ジョルジュとギコとちんぽっぽが頑張ってるが、これじゃあ何時までも…!!』

そこで、ハインの通信は切れた。
どうやら、連中の狙いは最初からギコ達ではなく自分たちだったようだ。
何の恨みがあるかは知らないが、非常に腹立たしい。
計画した奴はさぞや性格がねじ曲がっているのだろう。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:22:20.71 ID:hKcFy76b0
ξ ゚听)ξ「通信聞いてたでしょ?
       私が行くから、あんたはここで寝てなさい」

【+  】ゞ゚)「だめ…
        一人は危ない…」

弱々しく声を上げるオサムを置き去りにするのは、確かに気が引ける。
だが、ここでオサムを連れて行ったら今度はオサムが足手まといになる。
ここは、心を鬼にしてオサムを置いて行くしかないのだ。
運が良ければ、敵の追手に見つかることもないだろう。

ξ ゚听)ξ「じゃあね」

そう言って暗視ゴーグルを掛け、ツンは一人ドラグノフを携えて廃屋を後にした。
豪雨の中、ドラグノフと自分を覆う防水性と防寒性の高い布が風で飛ばないように押さえつける。
そして、双眸は常に周囲の物影に巡らせ、襲撃者の存在をレーダーのように索敵している。
だが、そんなツンの目の前が急に明るく照らし出された。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:25:11.90 ID:hKcFy76b0
咄嗟に目を瞑っていなければ、その眩しさに網膜を焼かれて失明していたはずだ。
映画撮影でもするのだろうか、そう錯覚してしまうほどの光源の正体は一台の車のビームライトだ。
暗視ゴーグルを掛けていたのも相俟って、その眩しさは尋常ではない。
目を瞑りながらも、ドラグノフの銃口をそちらの方へと向ける。

今まさに引き金に力を込めようとしたツンを止めたのは、吐き気がする程甘ったるい声だった。
少なくとも、軍人の声でもなければ機械で変えられた声でもない。
年齢にして三十路、性別は女であることは確かだ。
民間人を無暗に撃ち殺しては、ただの殺人者である。

だから、ツンは引き金からゆっくりと指を離した。
回復してきた視力で女を見る前に、掛けていた暗視ゴーグルを取り外す。
目を細めながら、ゆっくりと目を開く。

爪'ー`)y‐「やぁ、はじめまして」

そこにいたのは、蜂蜜入りの高級葉巻を燻らせる女だった。
ツンの記憶には、この女の姿は無い。
噎せ返すほどの甘ったるい香りの正体は、女が燻らせている葉巻と、体に浴びているのではないかと思うほどの香水の香りだった。
優雅に傘をさし、車の横に立つその姿は街娼の様にも見える。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:29:40.37 ID:hKcFy76b0
だが、その姿に油断するツンではない。
しっかりと目を凝らし、車の中に脅威がいないかどうかを見る。
その事を察したのか、女は口元を吊上げて小さく笑んだ。
それはまるで、魔女の笑みにも似ている。

爪'ー`)y‐「ははは、警戒しなくてもいい。
      車には運転手しかいないよ」

ろくに吸ってもいない葉巻を地面に落とし、女は新たな葉巻を取り出した。
それを口に咥え、次の瞬間、葉巻に魔法のように火が点いた。

爪'ー`)y‐「今日はね、君に警告をしに来たんだ」

ξ ゚听)ξ「警告?」

露骨に疑いの目を向けるツンに、女が返したのは魔女の嘲笑だった。

爪'ー`)y‐「僕はね、君をとても気に入っている。
      出来れば飼いたいぐらいに、だよ。
      だから特別だ。 いいかい、よく聞くんだ。
      棺桶を背負っているあの男、注意しないと危ないよ?」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:32:57.90 ID:hKcFy76b0
その時、ツンが目を動揺を見せたのは何も、女の言葉だけではない。
いつの間にか、女の横に立っていた男の出現を見咎められなかったからでもない。
その男の顔に、ツンは見覚えがあったのだ。
この男が、女の葉巻に火を付けたのはその時に初めて分かった。

( ^ω^)

まるで、女主人に従える忠実な番犬のようなその男。
見紛う事は無い、ブーンである。
ただし、こちらに気づいた様子を微塵も見せてはいない。
機械のように静かで無機質に、ガラス玉のような双眸は女にしか向けられていなかった。

思わずブーンに声を掛けようとするが、それを制したのは女の手にした葉巻だ。
火種をツンに向け、ささやかな警告のつもりだろうか。

爪'ー`)y‐「彼に見覚えが、おありかな?」

最後の部分を強調したその言葉は、ツンの神経を逆撫でした。
もともと気が短いツンは、機嫌の悪い日ともなると無警告でその者に無料で鉛玉をくれてやるほどだ。
今こうして、女に銃口を向けていないだけでも驚きである。
代わりに、殺意のこもった視線を女にくれてやる。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:35:33.78 ID:hKcFy76b0
ξ ゚听)ξ「別に、そんなブ男知らないわ。
       警告どうも、その車共々ハチの巣にされたくなかったらすぐにここから消え失せるのね。
       "年増の臭いオバサン"」

爪#'ー`)y‐「っ…!」

その時初めて、女の笑みが崩れた。
だが、それは一瞬だけ。
次の瞬間には、女は不気味な笑みを浮かべている。
ドラグノフを肩に掛けながらも、ツンはさり気なく腰に手を伸ばす。

爪'ー`)y‐「御忠告、ありがとう。
      でもね、君に僕は殺せないよ。
      "Aカップのお譲ちゃん"」

売り言葉に買い言葉。
まさにツンが待ち望んだ瞬間だった。
どんな理由があるにせよ、"あの"ブーンが生きてこの女に仕えているという情報だけでも儲けものだ。
もうこの女は用無しである。

刹那、ツンは見事な早抜きを披露した。
まるで魔法のように構えられたのは、黒光りするデザートイーグル。
引き金一つで、この女の頭をスイカ割りよりも簡単に粉砕できる。
―――だが、そうはいかなかった。

ξ;゚听)ξ「なっ?!」

( ^ω^)

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:39:30.70 ID:hKcFy76b0
ツンの向けた銃口は、女の頭には向けられていない。
瞬間移動でもしたかのように、ツンの目の前に出現したブーンがその銃身を掴み上げ、銃口をよそに逸らしている。
まるで鋼鉄の機械に掴まれたかのように、その銃身はビクともしない。
すぐさま空いているもう片方の手でマイクロUZIを抜き放つ。

だが、今度は構えるには至らなかった。
手刀で叩き落とされたUZIが地面に転がった時には、ブーンがツンの手首を掴んでいる。
その気になれば、簡単にへし折られてしまう。
完全に戦いの主導権を握られたツンは、もはや成す術が無い。

( ^ω^)「My master , what should I do?
     Should I break this arm?」

爪'ー`)y‐「You need not to do that.
That's enough.」

掴んでいたツンの手首と、デザートイーグルを主人の命によりブーンはあっけなく手放した。
そのまま主人の元に戻り、ブーンは最初と同じように静かに主人の傍らに佇んだ。
女は何事もなかったかのように、お茶目に手を振った。

爪'ー`)y‐「僕の名前はフォックス、以後お見知り置きを。
       では、また」

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/21(水) 00:40:28.32 ID:hKcFy76b0
そう言って二人は車に乗り込んでどこかへと走り去って行った。
後に残ったのは、無残に銃身を破壊されたマイクロUZIとデザートイーグル、そしてツンだけだ。

ξ;゚听)ξ「ブーン、あんた何で…」

あまりにも唐突すぎる展開は、ツンの足をその場に釘づけるには十分すぎた。
ハインの応援要請の事など頭から消え去り、残るのは想いだけ。

歪な歯車が奏でるのは、果たして歪な音色か。
それとも、世にも美しい音色なのか。
それを知るのは、全ての歯車を統べる歯車王のみである。

第二部【都激震編】
第九話『カトナップ』 了


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