('A`)と歯車の都のようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:02:57.09 ID:fqGCkyO70
渡辺がロマネスクに初めて会った時、渡辺はどうしようもない荒くれ者だった。
娼婦を偽って強盗をしたり、傭兵として抗争に駆り出されれば無暗に人を殺めていた。
両手に付けた五指の鉤爪は、その攻撃を受けた者に容赦の無い傷跡を残した。
心の傷と、体の傷である。

その当時の最大の攻撃方法は、その鉤爪による抜き手であった。
心臓に対して突き出された抜き手は、相手が苦痛を感じ取るより早く心臓を鷲掴みにする。
そして、相手の神経が脳に苦痛を伝達した時にはもう遅い。
渡辺の手が胸から引き抜かれ、その手には引き千切られた相手の心臓が握られている。

从'ー'从『あれれ〜?
     これ誰の心臓かな〜』

それを相手に見せつけるかのように掲げ、握り潰すのだ。
渡辺の力の最盛期には、一回の抗争で二十以上の心臓を引き千切った。
その日も渡辺は、いつものように殺しの依頼を受けて夜の都で息を潜めていた。
依頼主は、当時の水平線会の会長、荒巻である。

今回の依頼報酬は前払いで、それとは別に成功報酬も貰える契約となっていた。
そして、その対象者はロマネスク一家の長である杉浦ロマネスクだ。
これまで渡辺が殺してきた要人は百を超え、その際に多くの手練達と闘ってきた。
両腕にミニガンを構えるボディーガードも相手にした時があった。

それら手練を骸に還して来たのだ、ロマネスク如き恐れる必要は無い。
ましてや、両眼を負傷した中年の男に遅れを取る自分では無い。
ロマネスクに従える"犬神三姉妹"は、確かに驚異的な能力を有している。
だが、あの三人さえいなければこの仕事は街角でリンゴを盗るよりも容易い。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:07:45.85 ID:fqGCkyO70
だから、今回は少し知恵を絞った。
ロマネスクが一人きりになる時、それを狙ったのだ。
一週間に一回だけ、ロマネスクは他の組織のトップと会合を行っている。
その行き帰りだけは、ロマネスクは無防備にも一人きりになるのだ。

会合場所こそ分からないが、その帰り道は分かる。
こうして路地裏に潜むこと丸一ヶ月。
ようやく、ロマネスクの足取りを掴んだ。
待ちに待った瞬間に、思わず舌なめずりを抑えられない。

両手に付ける為の鉤爪は、エプロンドレス下の太ももに付けて限界まで相手に気取らせない。
暗い路地裏を、杖を突きながら進むロマネスクの後ろに位置づく。
歩幅と歩調を合わせ、更には足音も合わせる。
ストーキングは渡辺の得意分野であった。

从'ー'从「おじさ〜ん。
     私といいことしな〜い?」

完璧なタイミングで、街娼を装った呼びかけ。
そして、ロマネスクがゆっくりとこちらを振り向いたタイミングを狙えば、全てが終わる。
―――そのはずだった。

( ФωФ)「お主が渡辺であるな。
        噂は聞いているのである」

振り向きもせずに、ロマネスクは渡辺の正体を言い当てた。
内心で焦りながらも、渡辺は動揺しなかった。
太ももに付けた鉤爪に手を伸ばし、渡辺はそれを悟られないように話題を逸らした。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:10:56.53 ID:fqGCkyO70
从'ー'从「え〜?
     違うよ〜? 私はマリーですy」

渡辺が言い終わるより早く動いたのは、ロマネスクだった。
杖をまるでレイピアのように構えた時には、その杖先が渡辺の喉元に突き付けられている。
その気になれば、喉を突き抉ることが可能な距離である。

从;'ー'从「んな?!」

太ももの鉤爪に触れる事すらできぬ間に、勝負は決した。
渡辺は決して油断していた訳ではない、最後の最後まで渡辺は神経を尖らせていた。
だが、呼吸するようにその集中力が微かに薄れるタイミングを狙われれば、渡辺とて敵わない。
本当にこの男、目が見えていないのか。

そう錯覚するほど、ロマネスクの動きは速かったのだ。
こうなってしまっては、手出しが出来ない。
ゆっくりと鉤爪から手を離し、両手を上げる。
降参の姿勢である。

从'ー'从「おっかしいな〜。
      私が負けるなんて〜」

諦めの溜息を吐き、渡辺は眼を閉じた。
こうしてロマネスクの命を狙った以上、自分に待っているのは死。
自分の喉が杖に貫かれる感触を、生涯最後の感覚と決め込む。
だが、そうはいかなかった。

( ФωФ)「動きはなかなかであるぞ。
        どうだ、我が一家に加わらないか?」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:15:57.65 ID:fqGCkyO70
从'ー'从「はぁ?」

完全に予想外の一言に、渡辺は思わず眼を瞠った。
自分を殺そうとした輩を、仲間に入れる?
馬鹿げている。
喉に杖が突き付けられていることすら忘れ、ロマネスクに問いただす。

从'ー'从「私、あんたを殺そうとしたんだよ?
      そう簡単に仲間に引き入れようとするなんて、頭大丈夫?」

( ФωФ)「別に、お主の意志で殺そうとしたのではなかろう?
        大方、荒巻辺りに依頼されたのだろう」

从'ー'从「あ、やっぱり分かっちゃう?」

どうやら、ロマネスクは自分の依頼主の正体が分かっていたようだ。
確かに、水平線会とロマネスク一家の仲は最悪と言っても過言ではなかった。
外道の道を進む荒巻と、恩と儀の道を行くロマネスクが相容れるはずもない。
そして、荒巻はクールノーファミリーとも仲が悪かった。

弱冠十三歳の少女がマフィアのゴッドマザーなど生意気な、そう言って荒巻が手を出したのが発端だった。
もっとも、デレデレは最初から荒巻を毛嫌いしていたので願ったり叶ったりだったようである。
実際、荒巻がデレデレに言掛りを付けた途端、デレデレの口からおぞましい数の言葉の暴力が生まれた。
誰も触れなかった荒巻の体臭にも容赦なく切り込み、荒巻を一日鬱状態にしたほどだ。

ちなみに、その言葉を秘かに語録として書籍化し、デレデレが思わぬ臨時収入を手に入れた事を知っているのは、彼女と三人の幼馴染だけである。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:19:53.18 ID:fqGCkyO70
そんなこんなで、ロマネスクに恨みを抱くのは荒巻ぐらいしかいないだろう。
容易に想像できることだ。
付け加えるなら、荒巻の事は渡辺も嫌っていた。
如何せん、荒巻が放つ加齢臭は兵器と言っても過言ではないのだ。

おまけに、荒巻は人使いが荒い。
女癖も悪い。 これが一番の理由だ。
性欲が人一倍強いのか、渡辺を呼んだ時も人目を憚らずに美女を侍らせていた。
あまつさえ、お前もどうかと言われた。

内心で滾る殺意を抑え、渡辺は依頼内容だけを聞いてその場を足早に去った。
翌日、渡辺の銀行口座に依頼料金が入金されているのを確認し、今に至る。
荒巻の仕事であるはずの情報収集なども自分でやった為、予想以上に時間が掛かってしまった。
あんな糞野郎と比べるとロマネスクの提案は、とても魅力的に聞こえる。

だが、この業界で依頼を裏切るという行為は、最も許されない行為の内の一つだ。
裏切ればそれ以降、数多くの殺し屋に命を狙われることになる。
流石の渡辺も、水平線会のゴロツキを百人相手にするのは骨が折れる。
水平線会のゴロツキの実力を、渡辺はよく知っていた。

彼らには情けは無く、全員が例外なく最悪のサディストだ。
一度だけ、渡辺は彼らと共に裏切り者の始末に参加したことがあった。
その時、相手はまだ年端のいかない少女だった。
渡辺でさえ、一抹の同情を抱くほどの歳の少女は、水平線会の情報を流してしまったわけではない。

少女がした裏切り行為、それは荒巻の性欲処理だ。
それも、筆舌に尽くしがたいような行為を強要されていたので、少女の精神は崩壊寸前だった。
借金の形にそう言った行為をさせるのが、荒巻のやり口である。
隙を見て少女が脱出に成功したのは、ほとんど奇跡としか言いようがなかった。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:25:51.07 ID:fqGCkyO70
水平線会内にその脱出の手助けをした者がいたとさえ囁かれたが、荒巻はそんなことよりも性処理の人形の方が大事だったようだ。
見つけ次第、手段を問わずに生きたまま連れ戻せとの命令を受けたゴロツキ達の行動は素早かった。
あっという間に少女を見つけ出し、数十人で取り囲んだ。
そして、渡辺がその場から逃げるように去ったのは、少女が受けた暴行を見ていられなかった為である。

切り裂き、切りつけ、切り落とす。
蹴り、踏みつけ、蹂躙する。
掴み、掴み飛ばし、叩きつける。
刺し、挿し、指す。

泣き喚こうが、叫び許しを乞おうが、死を願っても。
それは止まない。
その暴行が終わり、少女が荒巻の元に連れて来られた時には、少女に自我は無かった。
ゴミ雑巾の様に扱われた揚句、待っていたのは"生ゴミ"としての扱いだった。

ゴミ捨て場に生きたまま捨てられ、野犬の餌にでもなったのだろうか。
翌日にはその跡形も無かった。
そんな事があっても、渡辺が今回の仕事を引き受けたのには訳があった。
病弱な母親の為に、どうしても医療費が必要だったのだ。

その事をうっかり荒巻に知られてしまった為、今回は逃げるに逃げられない。
自分があの暴力の波を掻い潜る事は出来るかもしれないが、母親には無理がありすぎる。
あの母親に迷惑を掛けるぐらいならば、潔い死を受け入れた方が幾らかましである。

( ФωФ)「あのジジイのことだ、どうせ人質でも取っているのであろう?
        なぁに、それなら心配はいらんぞ。
        吾輩に任せれば、人質の一人や二人、簡単に保護できる」

从'ー'从「……それは、信じてもいいの?」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:32:07.15 ID:fqGCkyO70
これ以上、あの荒巻の言うことは聞きたくない。
出来るならこの業界からも足を洗い、密かに夢見ている仕事をしてみたい。
そんな思いが交錯し、渡辺はロマネスクに訊ねた。
この男なら、あるいは信じてもいいのだろう。

( ФωФ)「今どき、婦人の願いの一つや二つ叶えられなくて、何のための紳士であるか」

そう言うや否や、ロマネスクは突き付けていた杖を引き、懐から携帯電話を取り出した。
盲人でも扱える設計のそれを弄り、ロマネスクはどこかへと電話を掛け始める。

( ФωФ)「吾輩だ。 話は聞いていたな?
        銀、妹二人を率いて例の御仁を保護するのだ。
        もし邪魔立てする連中がいたら、有らん限りの苦痛を持って排除しろ」

終話ボタンを押し、携帯電話をしまい込む。

( ФωФ)「と、言う訳だ。
        保護先は一応、吾輩の本部にしてあるが、問題はないか?」

ロマネスク一家の本部と言えば、高級ホテルよろしくな外観と内装の筈である。
少なくとも、保護先としてはこれ以上に無い場所だ。
おまけに、ボディーガードは文句無しの手練。
先ほどのロマネスクに対する返答は、この時に決まった。

从'ー'从「分かった。 あなたに従うわ。
      で? 具体的に私は何をすれば?」

( ФωФ)「簡単な事である。
        吾輩の家族になるのだ」

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:40:19.86 ID:fqGCkyO70
その日から、渡辺はロマネスク一家の一員となった。

――――――――――――――――――――

"ケードル"の任務は、人質の救出。
その為にまず行うことは、敵の目を奪うことである。
下水道から内部に上がる為の階段を昇り、出て来たのは厨房だった。
壁に掛けられているのはフライパン、包丁その他調理器具。

それらはシャキンが持ち込んだものだ。
フライパン一つをとっても、綺麗に手入れされている。
だが、そんな物を見て時間を取られている暇は無い。
この厨房に隣接する発電室に行き、電源を切ることが最優先事項である。

その為にはまず、この厨房から一旦廊下に出る必要がある。
当然、相手は廊下に見張りを立てているに違いない。
それをどうにかする事が、この任務の最初の課題だ。
渡辺=ハインは短く思案し、P90を後ろ腰に戻すことにした。

後ろで待機しているジョルジュに振り返り、手でサインを送る。

『私が、外の連中の首を掻っ切る。
 援護をしろ』

後ろ腰に戻したP90の代わりに、ハインは両腰に差したチンクエデアを抜き放つ。
五指剣と呼ばれるそれを逆手で両手に構え、静かに廊下へと続くドアに近づく。
完全に足音を消し、敵にその存在と接近を悟らせない。
ドアノブに手を掛け、一気に廊下へと躍り出た。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:44:08.38 ID:fqGCkyO70
そこから先のハインの行動は、完全に人間離れした動きだった。
まず、廊下にいた見張りは全部で二人。
両者がドアが開いたのに気付いた時には、ハインの体は深く沈みこんだ状態で両者の背後に出現していた。
相手の思考回路がグリーンからレッドに変わる間もなく、逆手に構えたチンクエデアの刃先が一人目の脳天に向かって突き立てられる。

続いて、二人目の思考回路に電気信号が走るより早く、もう片方のチンクエデアがその顔面に突き刺さっていた。
その時になってようやく、ジョルジュの体が扉から飛び出す。
別に、ジョルジュが怠慢だったわけではない。
むしろ、ジョルジュはよくやった方だ。

機械化されたハインの動きは、並大抵の人間如きでは付いていける物では無い。
ハインがその気になれば、人間の動体視力を圧倒的に凌駕した速度での攻撃が可能だ。
それに付いて行こうとしただけでも、上出来である。
ハインは無言で、チンクエデアを棒立ちの状態で機能を停止している両者から引き抜く。

そして、脳天から、顔面から皮下循環剤が勢いよく吹き出す。
ハインは何事もなかったかのように発電室の扉を開け放ち、その中へと入って行く。
呆気にとられながらも、ジョルジュも遅れて入り、後ろ手で扉を閉める。
幸い、内部に見張りはいなかった。

発電室は、厨房とは比べ物にはならないが、そこそこの広さがあった。
壁に並んで立つ発電機の中でも、一際巨大な発電機の前にハインが歩み寄る。
その間、ジョルジュはドアに向かって距離を取り、その入口に銃口を向ける。
それに合わせたかのように、インカムからヒートの声が届いた。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:49:55.33 ID:fqGCkyO70
ノパ听)『こちら"ヤーチャイカ1"より各員へ。
     これより状況を開始する』

発電機をいじっていたハインも、二拍の間をおいて返答する。

从 ゚∀从「こちら"ケードル1"。
      これより院内の電源を全て遮断する」

そう言って、ハインは総電源のスイッチをオフにした。
その途端、頼りなく灯っていたこの部屋の非常灯ですらその明かりを消した。
本来、暗視装置など使わなくてもハインはいかなる暗闇でも真昼のように見る事が出来る。
だが、ジョルジュの手前である為、一応は暗視装置を掛けている。

人質がいるのは、まず間違いなくこの階層。
即ち、一階である。
上の階層に行けばいくほど、その逃げ道を失うのと同時に人質に逃げる為の算段をたてられ易い。
長年の経験からして、奥にある院長室が怪しい。

となると、この位置から院長室までの道程を考えれば敵の配置が自ずと分かる。
正直、ジョルジュは足手纏いでしかない。
と、いうよりもジョルジュがいるせいで本来の実力を出し切れないのだ。
仮面を付けた"ビコーズもどき"連中を屠るなど、造作もない。

ただ、その際にもしこちらの正体がばれてしまったら、事故を装って排除するしかない。
そうとは知らず、ジョルジュは珍しく真面目に仕事に取り組んでいる。
流石に、この状況でふざけられる程ジョルジュは腐っていない。
人の命、それもクールノーの重要人物ともなれば尚更だ。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:52:00.29 ID:fqGCkyO70
ジョルジュの肩を、ハインが小さく叩いた。

从 ゚∀从「あたしが先頭、手前は後ろだ。
      とりあえず、院長室に行くぞ」

小さく呟いたハインの声は、どこか緊張しているようでもあった。
ただ、ジョルジュはそれに同意し、ハインの後ろに回り込む。
手にしたチンクエデアを両腰に戻し、ハインはP90を後ろ腰から引き抜いた。
どちらかと言えば、ハインは銃よりもチンクエデアなどの刃物が似合う。

それは、彼女が持ち合わせる美しさと、サディスティックな笑みがナイフにぴったりだからである。
彼女の笑みのその下に、何があるか。
まるで"パンドラの箱"のようだ。
知りたいが、知れば引き返せない。

そんな危うさがあった。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:55:03.80 ID:fqGCkyO70
――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第十話『ケードル』

十話イメージ曲『僕等バラ色の日々』鬼束ちひろ

――――――――――――――――――――

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 21:59:18.32 ID:fqGCkyO70
院長室までの道程は、以外とあっさりしていた。
もっと敵の監視があるのだろうかとも思ったのだが、どうやら杞憂だったようだ。
ジョルジュは、ハインの後ろを護る意味があるのかどうか心配になってきた。
ここに来るまでの間、いた敵の数は二十人近く。

その全員をハイン一人で、しかも一発の銃弾も使わずに片づけた。
チンクエデアと格闘技を駆使したその攻撃は、見ていて惚れ惚れする程だった。
まるで、豹のように動くその様は演武と言っても過言ではない。
ヒートの闘い方と、どこか似たところがある。

両者に共通するのは、圧倒的なまでの力だ。
いくら強いと言っても、ヒートの強さは正直異常だし、ハインの強さもヒート程ではないが異常である。
そもそも、あんな動きが人間に可能なのだろうか。
これまで射撃の腕一つでのし上がってきたジョルジュにとって、両者の戦闘力は未知の世界だ。

中距離で、かつ正確な早撃ちならばジョルジュは誰にも負けない自信があった。
百メートル先の敵の目玉を穿てるし、何より得物を選ばない。
少し語弊があったが、使う銃の種類を選ばないのだ。
それがたとえUZIでも、回転式グレネードでも、無論マグナムでも。

百発百中で当てることが出来る。
でも、あの二人には絶対に勝てない。
それは射撃の腕の問題でも、戦闘力の問題でもない。
もっと根本的な何か。

遺伝子的な何かが違うのだ。
現に、院長室の前に来ているが、全てがハインの言った通りだった。
中で微かな話声。
それが、人質たちの声であることは容易に想像がついた。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:01:56.51 ID:fqGCkyO70
一室づつ慎重に調べて行くのがセオリーなのだが、ハインはどうして最初からこの部屋に目星を付けたのだろうか。
長年の経験、それが助けたのだろうか。
兎にも角にも、こうして任務が早々に終わることは好ましい。
家に帰って、トイレでマスでも掻くのが建設的だ。

声だけで中の状況を把握するなど、ジョルジュには出来ない芸当だ。
だから、ジョルジュはただ呆然と見届けるしかなかった。
ハインの手がドアノブに掛かり、一気にドアを開け放つ。
案の定、ハインが予測した通りの配置である。

入ってすぐの場所は、待合室だ。
人質代表なのだろうか、ギコとちんぽっぽがソファーに腰掛け、その前に一人、後ろに二人。
そして、入ってすぐの場所に一人。
ハインの体が踊りこんだ時、その場にいた全員が一瞬思考を停止したように見えた。

(*゚∀゚)

(-@∀@)

<ヽ`∀´>

( `ハ´)

まず最初に動いたのは、ハインだった。
逆手に構えたチンクエデアを音速に迫る速度で、最も手近にいたつーの喉元に突き出す。
それをバックステップで回避したつーの着地点には、既にハインの右足が踏み込んでいる。
強烈な足払いを受け、つーは宙で一回転した。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:05:19.33 ID:fqGCkyO70
続いて、つーの体が地面に着くより速く、チンクエデアによる薙ぎ払いの一閃がつーの腹部を切り裂いた。
如何にハニカム構造のチタンの複合装甲と云えど、ハインの力と速さを加えた斬撃の前には、豆腐にも等しい。
赤黒い液体が切り裂かれた個所から吹き出し、ハインの頬に赤い花を咲かせる。
だが、それだけでは終わらない。

背中から床に落下したつーの体が、軽く跳ね上がる。
それは、ほんの一瞬の出来事。
浮いた体と床の間に、ハインの左足が入り込む。
リフティングの要領でつーを目の高さまで蹴りあげ、二本のチンクエデアを順手に持ち替える。

ほとんど叩きつけるような勢いで振り下ろされたチンクエデアの刃は、何の抵抗もなくつーの首と腰に食い込む。
そして、あっさりと切断。
三分割された体が、バラバラに地面に落ちる。
その時には既に、ハインの体はその場から掻き消えていた。

地面が抉れるほど強く踏み込んでのハインの加速は、速度なら亜音速に匹敵するほどであった。
一瞬で距離を詰められたアサピーは、後ろ腰に差した自慢のオートマグに手を伸ばす。
だが、銃把に指が触れるかどうかという位置で、その手をハインが切り落とした。
肘から先を失ったアサピーの顔面を、ハインの回し蹴りが襲う。

低い姿勢から繰り出されたその一撃は、アサピーの体を冗談のように吹き飛ばした。
千切れかけた首が、そこから覗くケーブルだけで体と繋がっている。
そのまま頭から壁に突っ込み、壁を破壊して隣の部屋にまで飛んだ。
ここに来てようやく、ギコ達の後ろにいたニダーとシナーが動いた。

手にしたTAVORを構えると同時に、フルオートで斉射。
だが、放たれた弾丸が捉えたのは直前までハインがいた空間だった。
排筴された薬莢が床に落ちた時には、限界まで体を屈めた姿勢のハインがシナーの死角に出現している。
仮面に付いた高性能カメラが、その姿を捉える。

24 名前:少し退席しますので、容赦してください 投稿日:2009/02/04(水) 22:07:42.11 ID:fqGCkyO70
すぐさまプログラムに従って最適な攻撃を、ハインに繰り出す。
戦術データリンクが導き出した最適な攻撃は、TAVORによる打撃技だった。
それが、シナーの命を救った。
殴る付けるように繰り出されたTAVORの銃身を、ハインのチンクエデアが切り裂く。

チタンの複合装甲ですら切り裂くチンクエデアならば、TAVOR如き切り裂くなど造作もない。
コンマ一秒だけハインの斬撃を防いだシナーは、辛うじて脚部を切り裂かれるだけで済んだ。
だが、一瞬で得物を失ったシナーに出来る事と、残された時間は多くない。
戦術データリンクが次の指示を出すより早く、ハインの背面回し蹴りが切り裂かれた脚部を蹴り砕いた。

バランスを崩して倒れこむシナーの頭部を、ハインのチンクエデアが襲う。
肉食獣の牙の様に頭部を"切り砕いて"、シナーの頭部を引き千切る。
残るはニダーのみ。
全身の力を抜き、"消力"の体勢に入る。

脱力状態から繰り出すハインの一撃は、ニダー如きが回避できるはずがない。
まずは右手のチンクエデア。
もし、今繰り出された一撃を視認しようとするのなら、ヒート並の身体能力無しでは不可能だった。
傍から見れば、ハインの右手が消失したようにも見える一撃。

投擲の際にのみ渾身の力を込める事によって、常人では到底再現できない速度と力のでその行動が可能になるのだ。
気付いたら、ニダーの左眼にハインのチンクエデアが"生えて"いた。
戦術データリンクがその状況を把握しようとする隙を、ハインは見逃さない。
続いて、左手のチンクエデア。

潰れた左眼を補う右眼の死角、つまりは左下方向からの消力を使った投擲。
先ほどと同様に、気がつけばニダーの眉間にチンクエデアが生えている。
糸の切れた人形のように、ニダーは顔から崩れ落ちた。
―――制圧、完了。

32 名前:ふぅ…、ただいま 投稿日:2009/02/04(水) 22:22:25.44 ID:fqGCkyO70
――――――――――――――――――――

渡辺がロマネスク一家に加わってから、一ヶ月が過ぎた。
突然の事ながらも、ロマネスク一家の面々は快く渡辺を受け入れた。
と、言うのも。
渡辺には天性の戦闘センスと、それに劣らない戦闘力が備わっており、ロマネスク一家の手練達をも凌駕していたのだ。

犬神三姉妹ですら手玉に取る程の実力を見込まれて、渡辺はそのまま一家のNo.2に位置付けられた。
No.2の役割は、ロマネスクの身辺の世話から、その警護までをこなす。
耳が痒いと言われれば耳掃除、爪が伸びたらその手入れ。
まるで、だらしのない父の世話を見る娘と、それに甘える父親のような図だった。

当初、渡辺にもその行為に対する抵抗感はあったが、今では手慣れたものだ。
ある日の昼下がり、渡辺はロマネスクに頼まれた買い物の為、表通りに来ていた。
頼まれた物は、食料品と日用品。
キャベツに始まり、蝋燭に至るまで。

从'ー'从「あれれ〜?
     このキャベツ、鮮度がいいのにこんなに安いの〜?」

表通りの八百屋の前で、渡辺は思わず感嘆の声を上げた。
ここに来て、その物価の安さに驚くのも無理は無い。
裏通りでは、萎びたキャベツがここの二倍はする。
実は、渡辺はこれまで表通りで買い物をした事が無かった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:25:51.12 ID:fqGCkyO70
裏通りで生まれ、女手一つで育て上げられた。
影が太陽の下に出てこないように、渡辺は幼少期から表通りに一歩も足を踏み入れようとはしなかった。
決して裕福とは言えない家庭で育ち、その日を生きる為には何でもやった。
強盗、窃盗、詐欺、脅迫、殺人までもだ。

病気持ちだった母親の収入だけでは、とてもその日を生きる事は出来なかったのだ。
その事を済まなさそうに呟く母親に、渡辺は自分が犯罪に手を染めていることを知らせていなかった。
そんな渡辺だったが、自分の体を売る真似だけはしなかった。
母親から授かったこの体を、そう易々と売るわけにはいかないのだ。

そんな過去がある渡辺だったが、いい野菜を見極める眼を持ち合わせていた。
触れずとも胡瓜の良し悪し、大根の良し悪しの判別程度は朝飯前。
この店に並ぶ野菜は、どれもこれもが最高の物だった。
無農薬で育てられた野菜の山は、まるで宝石の山のようだ。

その中でも一際良質な物を選び、渡辺は頼まれた野菜を購入した。
―――八百屋のオヤジ曰く、彼女は農家になればよかったのに。
ドラッグストアで頼まれた日用品を買い漁り、ついでに自分の私物も購入した。
ヘアバンドである。

これまで色気とはほぼ無縁の生活をしてきた渡部にとって、とりあえずヘアバンドを買ってみる事にしたのだ。
ロマネスクが愛読する雑誌(愛読とは言っても渡辺が読み聞かせるのだが)に載っていた記事に、ヘアバンドの魅力についての特集が組まれていた。
ロマネスクと出会ってから、渡辺は少し色気に興味を持ち始めていた。
少し遅れての思春期は、確実にロマネスクが原因である。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:30:04.37 ID:fqGCkyO70
共に風呂に入り、共に就寝するとなれば尚更だ。
父親のいない渡辺にとって、ロマネスクは本当の父親の様に接してくれた。
何かドジをしても頭を撫でて慰めてくれたり、困ったことがあれば優しく助けてくれた。
ロマネスクは本当に優しかった。

だからだろう、渡辺がロマネスクに恋心を抱いたのは。
身辺警護となれば全力を尽くし、命を懸ける覚悟もある。
ロマネスクの事を考えると、両手に提げた買い物袋がはずむ。
―――思わずスキップしていた。

そして、路地裏も半ばまで進んだ所で、渡辺の足が止まった。
それは別に、周囲の視線を気にしてのことではない。
"先ほどから後ろを付けている糞野郎"が、いい加減我慢できなくなったのだ。
感じ取れる気配、殺気を素早く数える。

約二十人。
その正体は明らかだった。
水平線会からの刺客だ。
それも、"表通りを出歩くにはいささか人間性が欠けた"連中だ。

せっかく買い物を済ませたのに、ままならないものである。
だが、刺客が送り込まれることはこの一家に加わった時点で覚悟していた。
常に警戒を怠らず、準備をしていた甲斐があった。
振り返らずに、後ろにいる糞野郎共に聞こえるようにはっきりと声を上げた。

从'ー'从「いい加減出て来いよ、このチキン野郎が」

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:34:40.45 ID:fqGCkyO70
その渡辺の声に応じて、足音を鳴らして背後から現れたのは二十人の屈強な男たちだ。
ようやく後ろを振り返り、その姿を見咎めて渡辺は思わず失笑した。
自分も舐められたものである、二十人程度で自分がどうにかできると思っているのか。
全員堅気の格好をしているが、その気配は堅気ではない。

顔面凶器の見本市だ。
顔面凶器カタログにでも載せてやろうかと思うほどの面は、あくまでも見せかけ。
本質はその殺気の度合いで解る。
無理に押し殺しているような殺気ならば、二流。

殺気を丸出しにしているようならば、三流。
髪の毛ほどの針のように鋭利な殺気ならば、一流である。
そう考えると、渡辺は一流だ。
目の前で下品な笑みを浮かべる連中は、せいぜい二流がいいところ。

先頭にいる男だけは、恐らく一流の殺し屋だ。
だが、同じ一流でも渡辺を凌駕する者はそうそういない。
渡辺を凌駕できるほどの腕の持ち主なら、この場で渡辺を殺しているはずだ。
買い物袋を地面に置き、渡辺は両手を上げる。

それが契機。
先頭にいる男の眼前に、幻のように渡辺の姿が現われている。
その時には既に、渡辺の両手には得物である限りなく黒に近い深紅の輝きを放つ"鉤爪"が装着されている。
"ケードル"、それが渡辺の得物の名前だ。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:39:07.01 ID:fqGCkyO70
先端は猛禽類の爪のように尖っており、指を揃えて真っ直ぐにした際の形状がそれに似ている為、その名が付いた。
そして、ケードルの先端が男の胸に吸い込まれる。
心臓を鷲掴みにし、そのまま引き千切る。
一瞬の出来事だった為、男は何が起こったか理解できていない顔をしているままだ。

次の瞬間、男の顔面の穴という穴から血が噴き出た。
引き千切った心臓を別の男の眼前に投げつけ、渡辺は体を限界にまで屈める。
ようやく反応出来た男の手から9ミリの弾丸が放たれるが、それは直前まで渡辺の頭があった位置を貫くに終わった。
最初に餌食になった男の体が、頭から地面に倒れこむ。

その時には既に、渡辺の体は一番手近な男の足元に出現していた。
足元からケードルを振り上げ、男の下半身から胸元、顔面までを深く抉り取る。
ここに来て、他の全員が懐から各々の得物を取り出した。
男の喉元を掻き切り、その死にゆく体を蹴り飛ばす。

仲間の体が目の前に迫る中で、男たちに出来た事はその得物を構える事だけだった。
まず初めに、死体に変わった仲間の体を受け止めた男は、その顔面を渡辺に貫かれて絶命した。
その脳漿を目に浴びた者は、得物の銃口を思わず渡辺から逸らしてしまう。
喉元を貫かれ、その男は喉と口から血を高々と噴き出した。

これで、都合四人を仕留めた事になる。
その間、約五秒。
続いて、最も人が密集している空間へとその身を躍らせる。
身を低く構えている為、その姿は多くの者の視界から消えている。

暴力の颶風と化した渡辺を止められる者は、その場にはいなかった。
密集していたことが仇となり、ケードルの一薙ぎによって三人がまとめてその喉元を掻き切られている。
血の噴水をその身に浴びることなく、渡辺は素早くその身を新たな場所へと転じた。
ケードルの形状が、猛禽類の爪と似ているのには訳がある。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:44:19.45 ID:fqGCkyO70
それは、渡辺の攻撃スタイルに最適な形状であるからだ。
"突く"という攻撃方法で、最も優れた人種はボクサーであるが、渡辺の突きはそれを遥かに凌駕している。
人間が繰り出せる最速の攻撃方法、それが"突き"である。
攻撃とは、始点と終点を結ぶものだ。

それを最短距離で繰り出せる攻撃こそが、"突き"に他ならない。
"突く"という行動において、渡辺のセンスは天才としか言いようがなかった。
無論、"薙ぐ"という行動にもセンスがあり、鉤爪はその二つの行為を繰り出すのに最適な形状をしているのだ。
まるで鷲に襲われた雀の如くうろたえる男達を、渡辺は笑みを浮かべながら次々と狩って行く。

残った男たちに出来る事は、叫びを上げながら引き金を引く事だけだ。
もし渡辺に銃弾を当てようと思うのならば、もっと連射力のある物にすべきだった。
軽機関銃でも持って来ていれば、そんな後悔を抱いたまま絶命する事もなかっただろう。
終わってみれば、その場で息をしている者は二人しかいなかった。

一人は、無傷の渡辺。
もう一人は、拷問する為に半殺しにしておいた男だけだ。
その喉を掴み、高々と持ち上げる。
足元に広がるのは、十九の骸と血の海だ。

思いのほか薬莢は落ちておらず、渡辺がいかに敵の反撃を受けずに殲滅したかが窺い知れる。
喉を掴まれている男も、その両手両足がズタズタにされ、失血多量で死ぬ事は必至だ。
すぐに病院にでも連れて行けば、あるいは助かるかもしれない。
喉を掴む腕に力を込め、渡辺は楽しげに話しかけた。

从'ー'从「依頼主は荒巻か?
     なんと言われて私を狙った?
     言えば、病院に連れて行ってやろう」

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:48:44.23 ID:fqGCkyO70
(;-_-)「そ、そうだ…!
     捕まえたら好きにしていいって、そう言われて…!
     た、助けて……」

最後に、渡辺が男に向けた笑みは聖女のそれではなく。
悪魔のそれだった。
男が目を見張る間もなく、渡辺のケードルが男の首を胴体と切り離している。
ケードルについた血を振り落とし、渡辺は何事もなかったかのようにケードルを太もものケースにしまい込む。

頬についた血を親指で拭き取り、置いてきた買い物袋に歩み寄る。
その時、渡辺の本能がその体を動かした。
咄嗟に横に跳び、直後に飛来した対戦車砲―――RPG-7の殺傷効果範囲から退避する。
無残に吹き飛んだ買い物袋を見咎め、渡辺は離れた場所に着地した。

直後、渡辺がケードルを装着するより早く、その頭に硬い感触。
細く、硬い金属の感触。
銃口である。
この距離では、流石の渡辺も成す術がない。

その銃口を突き付けた相手の顔を見ようと、顔を向ける。
そこにいたのは、渡辺が見慣れた顔だった。
水平線会のNo.2、でぃ。
デザートイーグルの扱いに関しては、この都一の腕を誇る彼は、渡辺の事を妹の様に可愛がってくれた人だ。

( ゚ -゚)「動くな、渡辺。
    出来る事なら、傷付けずに事を終わらせたい」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 22:54:20.22 ID:fqGCkyO70
渡辺と云えど、でぃに勝つことは至難の業だ。
真正面から勝負を仕掛けたとしても、おそらくは勝てないだろう。
おまけにこの位置、勝てる道理がない。
よもや、買い物ついでに死ぬ事になろうとは。

( ゚ -゚)「…後、三秒で済む」

耳元で呟いたでぃの声は、まるで誰かに聞かれないように警戒したような声だった。
でぃの言葉通り、三秒後に響いたのは断末魔の叫び声だった。
それと同時に、渡辺の頭から銃口が除けられる。

( ゚ -゚)「…すまなかったな。
    狙撃手が一人、隠れていたんだ。
    どうやら、これで全滅だな」

从'ー'从「あれれ〜?」

呆気なく解放された渡辺をよそに、でぃは渡辺の頭を撫でた。
僅かの間をおいて、渡辺の前に一人の男が歩み寄ってきた。
懐かしく、また、恋しいその男はいつものように笑みを浮かべている。
渡辺の傍まで歩み寄ると、でぃと同じように、否、それ以上の愛情を注いで頭を撫でた。

( ФωФ)「少しは自分の身の回りに気を付けてほしいのである。
        吾輩の娘が、傷つくのは勘弁なのである」

相変わらず、どこか抜けた言葉を紡ぐロマネスクの表情は、娘を気遣う父のそれだ。
心底心配そうな表情で、渡辺の頭を撫でる。
猫が目を細めるように、渡辺は思わず目を細めた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 23:00:45.93 ID:fqGCkyO70
 あぁ、なんて心地いいのだろう。
 愛しい人に、頭を撫でられるというのは。

( ゚ -゚)「渡辺、荒巻はお前にあの少女と同じか、それ以上の仕打ちをするつもりだ。
    今日みたいに一人で買い物をするのは今後控えた方がいい。
    ロマネスク、今後は一緒に買い物をするようにしてくれないか?」

( ФωФ)「分かっているのである。
        渡部に父魂(ファザコン)の烙印が与えられるぐらいに一緒にいるのである」

从'ー'从「あれれ〜?
     私の意見がどこにもないよ〜?」

だけど、その気遣いはとても心地よくて。
ロマネスクが本当の父親であればいいと、本当に想った。
父親であれば、いつまでも一緒に過ごせる。
あわよくば、娘としてではなく一人の女として見てもらいたい。

( ФωФ)「さぁ、もう一度買い物に行くのである。
        帰りに、カフェにでも行くか」

けれども、それは淡い夢だから。
今は、諦めよう。

从'ー'从「私、ロマネスク様に一生ついて行きますね〜」

この言葉で、諦めよう。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 23:05:49.44 ID:fqGCkyO70
――――――――――――――――――――

人質の数は、思いのほか少なかった。
全部で十数人の人質を先導する役割を担ったのは、ジョルジュだった。
手にしたP90を両手で構え、持参した拳銃とその予備弾倉をギコに渡した。
45口径のオートマチックなら、ギコの得意とする得物だ。

他の患者達は、少なくとも戦闘とはほぼ無縁の者達だった。
院長室に隠してあったAK-47を手渡すが、その手は震えている。
女子供でも扱えるのだ、"いい歳こいたおっさん"がそんなでどうする。
少なくともAK-47は、M16やM4などよりもよっぽど優れた銃だ。

照準器こそ簡易ではあるが、その威力、信頼性、精度に関しては最高とも言える銃だ。
世界各地に出回っているその名銃は、世界一有名で、世界一人を殺している銃でもある。
ミハイル・カラシニコフによって開発が行われ、昔の銃ながらも、今でも使われている数少ない名銃だ。
連射速度ではM16などに劣るが、その威力は圧倒的なまでに違う。

コンクリート片を破壊するAK-47と比べ、破壊に至らないM16とでは明らかだ。
二つ重ねた木片を貫通できないM16、それを貫通できるAK-47。
それを渡しているのだ、そこらの大国の軍隊よりかはマシな装備のはずだ。

从 ゚∀从「こちら"ケードル1"人質を全員回収した。
      これより帰還する」

ハインの声が、耳に届く。
殿を務めるハインの正体にいささかの疑問を感じながら、ジョルジュは当初の脱出ルートに従って行動する。
脱出ルートは全部で二つ、とは言うが、ただ回収地点が違うだけである。
回収地点A、ミセリの経営する風俗店。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 23:10:25.57 ID:fqGCkyO70
何か問題が発生した際に、この回収地点に移動する。
ミセリの風俗店ならば、ちょっとやそっとの敵の追撃ならば、軽く蹴散らせる。
事前にミセリに連絡を取りつけていたため、いきなり彼らが来ても問題は無い。
そして、もう一つは裏社会とは関係の無い一般的な場所。

回収地点B、ホテルニューソク。
問題が何も発生しなかった場合、この建物に人質を移送する。
あらかじめ数部屋借りているため、こちらも問題は無い。
このままいけば、こちらのルートを通る算段である。

だが、ジョルジュの勘はこのままでは終わらない事をひっきりなしに伝えていた。
そして、それが確信へと変わったのはロビーにまで来た時だった。
確実に感じるのは、無機質な殺気。
ともすれば、どこか生物じみた殺気。

先頭を進むジョルジュは、他の者達の安全を確保する為に一人先に来ている。
ジョルジュの合図で廊下に待機している後続が動き、次のエリアまではそのまま移動という算段だ。
ここが、病院内では最後のエリアだった。
ここに至るまで敵の襲撃が無かったのだ、此処で襲撃を仕掛けないはずがない。

P90の銃把を握る手に、汗がにじむ。
背後にいるハインに、この状況を伝えるのが最優先事項ではあるが、口を開こうものならその隙を突かれて自分の命が危うくなるのは必至だ。
だが、多くの人質の命がこのままでは危うい。
仕方がない、ハインに頼らず自分でこの場の脅威を取り除くとしよう。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 23:16:17.99 ID:fqGCkyO70
それまで両手で構えていたP90を片手に持ち替え、腰に差したコルトパイソンを引き抜く。
ギコとちんぽっぽは、ハインと共に人質の警護についている為、援護は期待できない。
ならば、二丁持ちの構えは当然の選択だ。
敵の数こそ把握できないが、五人程度であるようだ。

目を閉じ、精神を静める。
目に見える物が、僅かな隙を作り、判断を鈍らせるのだ。
そのジョルジュの背後に、音もなく影が生まれた。
手にした戦斧を振りかぶり、ジョルジュの頭を醜い肉塊へと変えるべく振り下ろす。

正確にいえば、振り下ろそうとした。
背後を振り返らずに放たれたコルトパイソンの六連射は、ほとんど銃声が一つに重なって聞こえた。
その連射速度は、ほとんど機関銃のフルオート射撃に迫る程だ。
特製の弾丸が、一点に集中して直撃すれば自慢の装甲も意味がない。

顎下から頭頂部に掛けて貫通した弾丸は、脳漿混じりの機械を天井に吹き飛ばす。
続いて、ジョルジュは首をかしげる。
直後、風を切り裂く音がその場を通り過ぎる。
数本の髪を切り裂いたのは、別の影が持つ戦斧だった。

その影も、ジョルジュの手にしたP90のフルオート射撃を至近距離で喰らって顔が吹き飛ぶ。
柱の影からSTEYR AUGでジョルジュの頭を狙っていた影は、次に起こった事態に対処が出来なかった。
何かが自分の眼前に投げつけられ、その正体を自動的にゼアフォーシステムが検索する。
その僅かなタイムロスの間に、ジョルジュは目を閉じたままの状態で一発だけ弾丸を撃った。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 23:20:54.02 ID:fqGCkyO70
投げつけられた物がコルトパイソンであることを把握した時には、人中を貫いた弾丸がその影の機能を停止させた。
空になったP90の弾倉を排出し、胸元に差した予備弾倉を取り出す。
その隙を狙って、二つの影が同時に背後からジョルジュに飛びかかった。
手にした戦斧を、頭部と心臓に向けて振り下ろす。

だが、ジョルジュが装填作業を中断させて両手を広げたのは、それよりも一瞬早かった。
袖の下から二丁のデリンジャーが飛び出し、一瞬でそれを握る。
握るのと引き金を引くのは、同時。
直後、顔面を吹き飛ばされた二つの影が虚しく落下した。

手にしたデリンジャーを捨て、装填作業を再開する。
特殊な弾倉のため、素早く装填作業を行うには多少の慣れが必要である。
だが、目を閉じているにもかかわらずジョルジュの手つきは慣れたものだ。
コッキングレバーを引き、装填作業を完了させる。

そして、ようやくジョルジュは眼を開いた。
  _
( ゚∀゚)「area clear, move out」
    (エリア制圧、進め)

喉に付けたマイクを押し当て、更には手で背後にサインを送る。
それに合わせ、背後の廊下から続々と人質が登場してきた。
ジョルジュは正面玄関の扉に近づき、自動ドアを手でこじ開ける。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 23:24:41.78 ID:fqGCkyO70
从 ゚∀从「よっしゃ、さっさと帰るぞ」

ハインの号令で脱兎の如く、人質達が建物から外に逃げて行く。
豪雨だというのに、元気である。
―――豪雨?

从 ゚∀从(歯車王様の仕業か…)

少なくとも、この季節に豪雨が降ることはあり得ない。
だが、一人だけそれを可能にすることができる者がいる。
歯車の都を統べる、歯車王だ。
そんな事を思いながらも、ハインはこの作戦をさっさと終わらせることにした。

* * *

順調に路地裏を進んでいたが、問題が起きた。
それも、かなり深刻な。
ジョルジュ達はこの雨音で気付いていないが、この隊は囲まれている。
すぐさまプランを変更しなければ、全滅は必至だ。

それも、たった二人相手にだ。
恐らく他にも伏せっているだろうが、それとは別の二人だけが異質な空気を放っている。
あの二人を今の自分一人で相手にするのは、流石にきつい。

从 ゚∀从「ジョルジュ、ギコ、ちんぽっぽ、足手まといを連れて、全速力で回収地点Bに急げ。
      この隊は囲まれてる。
      おまけに、二人厄介な奴がいるが、そいつ等は私に任せな。
      合図と同時に動け」

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 23:29:45.15 ID:fqGCkyO70
珍しく真面目な声で、隊の全員にだけ聞こえる声で呟く。
囲んでいる連中にも聞こえているだろうが、問題は無い。

从 ゚∀从「Go go go go!!」

その場にハインだけを残し、全員がその場を全力で駆ける。
それすらも予想済みだったのだろうか、慌てた様子もなく二つの人影がハインの背後から歩み寄ってきた。
人影の方に振り向く。
どこから湧き出てきたのだろうか、この路地裏ならば確かに隠れる場所には困らないが、この距離まで気配を感じ取れなかったとなると、ただ者でないことだけは確かだ。

珍しく仮面を付けていない二つの人影は、その手にG36を持っている。
半透明のマガジン、ジャムを死後にしたというぐらいの精度。
ほとんどの動作を片手で行え、尚且つ利き手を選ばない。
ヘッケラー&コック社の自信作だ。

<ヽ`∀´>

( `ハ´)

背後にギコ達がいないことを確認し、ハインはその左眼に掛った髪を掻き上げた。
ヘアバンドでそれを止めると、表情が一変した。

从'ー'从「来いよ、ゴミ虫が」

その両手をポケットに突っ込み、取り出した時にはその手に深紅の光沢を放つ鉤爪が付いている。
渡辺専用近距離武器"ケードル"。
このまま闘うのもいいが、念には念を入れてツンに通信を入れる。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/04(水) 23:34:28.39 ID:fqGCkyO70
从'ー'从「人質の護衛を手伝ってくれ!
      仮面の連中、数が多すぎる!」

出来るだけ、焦った風を装って。

ξ ゚听)ξ『了解。
       場所は?』

从'ー'从「回収地点A付近だ!
      ジョルジュとギコとちんぽっぽが頑張ってるが、これじゃあ何時までも…!!」

この場から遠ざける事が先決だ。
これで、自分の正体を知られる心配をしないで済む。
肉食獣のように前屈みの構えを取り、渡辺は地面を思い切り蹴り飛ばした。


第二部【都激震編】
第十話『ケードル』 了


戻る 次へ

inserted by FC2 system