('A`)と歯車の都のようです

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:12:10.02 ID:31MiV9hE0
ヒートとシャキンの二人組、"ヤーチャイカ"が担当している【バーボンハウス出張版】は大盛況だった。
その混み様は、店の外にまで客が並び、常人ならばパニックで店をまともに回せない程である。
しかし、流石と言うべきだろうか。
店員が"たった二人"なのにも拘わらず、店の回転率は非常に良かった。

その理由は、"戦闘に長ける者として持ち合わせている能力"を上手い事、仕事に利用している為である。
例えばシャキンの場合、脚力、背筋、腹筋が常人以上に発達している。
それらが意味するのは、長時間の立ち仕事に対する驚異的な耐性だ。
その証拠に、開店から今に至るまで、シャキンは一切休憩を取っていない。

にも拘らず、シャキンの料理を作る速度が落ちる事は無かった。
祭りの前日にヒートと共に、食材の下ごしらえを済ませていたのも幸いしたが。
やはり、"体力的にも精神的にも鍛え上げられた猛者"、というのが一番の要因である。
戦場の様に忙しい厨房で一人立振舞うには、生半可な精神と体力では体が保たない。

あの抗争で鍛え上げられた体力と精神ならば、この戦場でも一人で立振舞える。
こんな所でこの"能力"を利用できるとは、シャキンは夢にも思わなかった。
人殺しにしか向いていないと思われたこの能力が、平和利用に使えるなどと誰が思い付いただろうか。
立案をしてくれたデレデレに感謝をしつつ、シャキンはフライパンを大きく振った。

今、フライパンの中で踊っているのは酒の"ツマミの基本"である。
今回はビールに合わせる為、ドイツから取り寄せたソーセージをメインの食材に使う。
一口大に切ったソーセージだけでなく、そこに"万能調味料"を入れて味を調え、更にバランスを考えてキャベツを入れる。
"万能調味料"の正体は、シャキンが長年の経験をもとに作りだした逸品である。

ベースは柚子胡椒、そこに様々な調味料、果物、野菜、酒を投入。
斯くして完成するこの"万能調味料"は、その名の通りほとんど全ての料理に使用する事が出来る。
料理に五月蠅いヒートが認めただけあり、"万能調味料"を使用したこの料理は客のウケがいい。
特に料理名は決めていないが、この料理は先程から引っ切り無しにオーダーを受けている。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:16:07.32 ID:31MiV9hE0
そこで、一度に多くの量を作る為にシャキンは、"通常の三倍の大きさ"のフライパンを振っていた。
何度も中身を宙に舞わせ、箸やフライ返しで掻き回し、食材を悪戯に傷つける愚を避ける。
香ばしいソーセージの香りが、宙を舞う度に辺りに漂った。
そして、淡く漂う柚子の香り。

ツマミに向いているとはいえ、脂っぽいモノだとどうしてもアキが来てしまう。
そこで、この柚子の香りが活躍するのだ。 それだけは、食べてみないと実感できない。
宙を舞うソーセージの色から、十分に火が通った事を確認した。
ほんのり赤みが残っているが、余熱で火が通る計算だ。

火を止めてフライパンを置き、中身を数枚の大皿に均等に盛り付ける。
そしてシャキンは、手元に置かれたベルを二回叩く。
ホテルなどの受付にも置かれているその銀色のベルの音色は、店内の喧騒によってシャキン以外には全く聞こえないだろう。
だが、それは一般人に限った話だ。 ヒートならば、例え"100メートル離れていようとも"その音を聞き逃す事は無い。

ノパ听)「おう、今―――」

店の奥で注文を受けていたヒートが、片手を上げて答える。
手に持ったメモ用紙に注文内容を殴り書きにすると、ヒートは"構えた"。
―――そして、次の瞬間。 
ヒートはシャキンの元に、文字通り"飛んで行った"。

距離にして約50メートルは離れていたのだが、ヒートには全く関係ない。
もしここに、陸上競技の審査員がいたのならば、"立ち幅跳び"の世界記録をヒートが大きく塗り替えただろう。
無論、ヒートはオリンピックなどのスポーツには一切興味が無い。
ヒートが興味を持っているのは、ただ"一人の男"だけである。

ノパ听)「―――来たぞ、っと」

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:21:01.92 ID:31MiV9hE0
音も立てずに綺麗に着地したヒートに対し、店内から拍手が送られた。
バーボンハウスが繁盛している理由の一つに、ヒートの存在が挙げられる。
人間離れした身体能力が生みだすアクロバティックな動きの数々は、下手なパレード隊よりもド肝を抜く。
一度で十数枚の皿を運んだり、同時に5件以上のオーダーを受けたり。

"料理にワザと髪の毛を落として、騒いだ大馬鹿者"を容赦なく店外に摘み出したり、殴り飛ばしたりと。
ヒートは自分の力を周囲に隠す事をせずに立振舞い、そして周囲に受け入れられていた。
それこそが彼女の美徳であり、また彼女の才能である。
彼女のおかげで、店内は常に明るい雰囲気で満ちていた。

そして何より、彼女の"美貌と性格と存在"が人を惹きつけて止まないのだ。
整った顔立ちと健康的な体付き、姉御気質の強い性格。
老若男女、多くの者が彼女に惹かれてこの店に来た。
その証拠に、注文を受けるテーブルの先々で彼女は必ず声を掛けられる。

気難しそうな老人も、口数の少なそうな少女も。
皆、彼女に話しかけるのだ。
より正確に言えば、"彼女に話しかけてしまう"のである。
歳が離れている者も、彼女を一人の女ではなく。

一人の、"誰にでも誇れる立派な姉"として見ている。
故に、店内の誰もが彼女を口説こうとはしない。
それだけではなく、口説こうと来店した者までもが、思わず諦める原因があった。
誰の目から見ても、ヒートが誰に惚れているのか、それが一目瞭然だったからだ。

ノパ听)「えーっと」

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:26:23.10 ID:31MiV9hE0
―――ヒートが興味を持つ唯一の男。
それが、"鉄足"シャキン・ションボルトだった。
彼の為なら、ヒートは地獄からの死者でも、"復讐の女神"にだってなる覚悟がある。
何せ、シャキンはヒートの"体の一部"なのだ。

ノパ听)「三卓から十卓までの全席に、これを運べばいんだよな?」

出来たての料理が乗る皿を両手に持ち、ヒートはシャキンに注文の確認をした。
仮にもここは飲食店である為、皿を運ぶ席を間違えるわけにはいかない。
皆がシャキンの料理と、ヒートが来るのを待っているのだ。
楽しみにしてくれている客を待たせては、料理人の名折れである。

(`・ω・´)「ああ。 よろしく頼んだよ」

対するシャキンも、ヒートを溺愛していた。
否、それは溺愛と言うレベルでは無い。
崇拝以上の愛情を、シャキンはヒートに抱いている。
そんな二人だからこそ、誰もその間に入ろうとはしない。

決して離れぬ絆が、二人の間にはあった。
自分の意思で、自らの足を切り離せる者があろうか、否、無い。
二人の関係は、まさに一心同体、相思相愛。
如何なる者も、二人の絆を揺るがす事は敵わない。

ノパ听)「おうよ!」

両手に持った皿を落とさないように、ヒートは狭い席の間を器用に進んでゆく。
目的の卓に、これまた器用に皿を置く。
その度、客から色々と話しかけられた。 頑張っているね、とか。 偉いね、とか。
客への接客もそこそこに、あっという間に皿を配り終えたヒートは、急ぎ足でシャキンの元へと戻る。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:31:15.32 ID:31MiV9hE0
ノパ听)「なぁなぁ、そろそろ休憩に行かないのか?」

新たなオーダーを作るシャキンの肩を、厨房に入ってきたヒートが揺らす。
ヒートのその仕草は、親にご飯をねだる子供の様だ。
揺らされる度、巨大なフライパンを持つシャキンの体が柳の様に揺れた。
それでも、フライパンだけは水平に保っている辺り、流石としか言いようがない。

(`・ω・´)「うーん、でもまだやれるからなぁ……」

鉄火場に慣れているせいで、この程度でシャキンは疲労を感じない。
その為、こうして仕事を続ける事は十分可能だ。
しかし、ヒートが休憩に行けと言うのだから、その気遣いを無駄にするのも悪い。
手にしたフライパンを、コンロの上に置く。

(`・ω・´)「じゃあ、これが終わったら休憩にしようか」

その言葉を聞いて、ヒートは笑顔を浮かべる。

ノパー゚)「よし、ちょっと表の看板を替えて来る!」

そう言ってヒートは、嬉々として店の外へと駆けて行った。
鼻唄混じりに看板を変えるヒートの姿を見て、シャキンは薄く微笑む。
悲しくないのに、うっすらと涙が流れ出た。 これは、"幸せすぎて流れた涙"だ。
その涙を拭い去り、シャキンは手早く調理を再開した。

(`・ω・´)

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:36:42.63 ID:31MiV9hE0
"鉄足"の異名で恐れられていたシャキンも、今では歩くだけでも困難な程に弱体化していた。
鉄すらも蹴り砕いた左足は、今は"鉄の義足"になっている。
このような姿では、鉄火場に戻るなど夢のまた夢だ。
それでも、シャキンは別にこの姿が惨めだとは思った事は一度たりともない。

惚れた女が、シャキンの左足を"我が物"として、シャキンを最愛の相棒として認めてくれているのだ。
後で聞いた話によると、ヒートはあの左足をキチンと埋葬したらしい。
ヒートの支えとなる為には、それ相応の覚悟が必要である。 ならば、左足を失ったとしても何ら苦ではない。
彼女の為ならシャキンは、如何なる苦痛でも耐えられる自信があった。

気が付けば、店内に居た全ての客が消えていた。

どうやら、考え事をしている間に客は全て退席したらしい。
記憶には何も残っていないが、シンクに山積みとなった食器がそれを証明している。
上の空でよく仕事が出来たなと、シャキンは我ながら感心した。
ふと、横合いからシャキンの肩が小さく叩かれた。

ノパ听)「おーい、大丈夫か?」

一体いつの間に厨房に入って来たのだろうか。 自分の気が緩んでいたのか、それともヒートが気配を消して接近したのか。
自分より頭一つ背の低いヒートが目の前で、心配そうにシャキンの顔を見上げている。

(`・ω・´)「あぁ、大丈夫。 少しぼうっとしていただけだから」

それを聞くと、ヒートは嬉しそうにシャキンに抱きついた。
グリグリと顔をシャキンの胸元に押し付け、猫の様に目を細めている。
シャキンも、ヒートの肩を抱き寄せた。
小さくて柔らかいヒートの体を、シャキンの腕がそっと包み込む。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:40:16.29 ID:31MiV9hE0
互いに強く抱き締め合い、一時の安らぎを感じる。
何と心地よいのだろうか。
余りにも心地よく、余りにも優しい時間。
この時間が一生続けばいいのにと、シャキンは願った。

【時刻――14:40】

"鉄足"と"戦乙女"は、飽きることなく抱き締め合う。
口付けも、性行為もしない。
ただ、力強く抱き締め合うだけだ。
今はこれだけで十分であり、これ以上は望まない。

ふと、シャキンの腕の中で目を細めていたヒートが、思い出したように口を開いた。

ノパ听)「……おなか減った」

その言葉を裏付けるかのように、ヒートのお腹から可愛らしい音が響く。
燃費の良さに定評のあるヒートでも、やはり腹は減るのだ。
シャキンはこのような事態を事前に想定しており、その為の準備をしていた。
ヒートに関する事であれば、"鉄足"に抜かりは無い。

(`・ω・´)「んっふっふ。 今朝のサンドイッチが作ってあるから、一緒に食べよう」

そう言いながらも、どちらも抱き締め合ったまま離れようとはしなかった。
離れる事が怖いのではなく、離れるのが惜しいのだ。
しかし、そうなると何時まで経ってもヒートはサンドイッチを食べる事が出来ない。
そこで、シャキンは考えた。

(`・ω・´)「じゃあ、このまま行こうか?」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:45:27.70 ID:31MiV9hE0
ヒートと体を密着した状態で移動するのは、義足のシャキンにとっては簡単な事ではない。
歩行でさえ困難なのに、抱き締め合ったまま移動するのはいくらなんでも無理がある。
だが、ここで諦める訳にはいかない。
シャキンは男の子なのだ。

ノパ听)「いいさ、冷蔵庫にあるんだな?
     それくらい、私が自分でやるよ」

シャキンの決意も空しく、ヒートはシャキンの体を気遣った。
しょんぼりと肩を落とすシャキンではあったが、ヒートが言うのだから従うほかない。
"でもその代わり"、とヒートは優しく附け加えた。

ノパー゚)「美味しい紅茶、淹れてくれよ」

その時のヒートの顔は、"可愛い弟をからかう姉"の笑顔であった。
どちらともなく互いの体を開放し、ヒートは冷蔵庫に向かって歩き出す。
残されたシャキンは、とびきり美味しい紅茶を淹れるべく、その準備に取り掛かった。
シャキンとドクオの紅茶の淹れ方は、共通している事が多々あるが。

最大の違いは、やはりティーバックと茶葉の違いだった。
別に今は急いでいるわけで無いので、ティーバックを使う必要は無い。
ティーバックは、通称"ダストティー"と呼ばれる程粗悪なものである。
茶葉のカスを集めて作られた為、このような名が付けられているのだ。

だからと言って、その味を馬鹿にする事は誰にも出来ない。
淹れる者が、誠心誠意、真心を込めて淹れた紅茶は如何なる高級茶葉にも引けを取らない。
むしろ、淹れる者がいい加減に淹れてしまえば、最高級の茶葉で淹れてもティーバックの味にも劣る。
当然、ドクオより料理の知識が豊富なシャキンは、その辺りを心得ているので問題は無かった。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:50:21.95 ID:31MiV9hE0
まずは新鮮な水を、徹底的に沸かす。
ガラガラと、完全に沸騰し始めた頃に、シャキンは次の準備に取り掛かった。
事前に暖めておいた陶器製のティーポットに、ティースプーンで3杯の茶葉を入れる。
一杯は自分に、もう一杯はヒートに、そして最後の一杯は、ティーポットに。

沸騰したお湯を、その中に手早く注ぐ。
中で茶葉が踊るように、上手く注ぐのがコツである。
出来るだけ素早く蓋をして、4分ほど置いておく。
味と香りが出るまでの間、シャキンは次なる用意をした。

ノパ听)「……んぐんぐ、……っんく」

既にサンドイッチを食べ始めたヒートが、シャキンの傍らでその様子をじっと見ている。
見ているというより、見入っているという表現が正しかった。
まるで魔法の様に一切の無駄が無いシャキンの手つきに、ヒートは興味津々といった様子だ。
それが誇らしく、シャキンは更にもう一手間、ヒートに見せる事にした。

専用の機材から取り出したティーカップ、それに一手間が加えられているのだ。
何が一手間なのかと言うと、それは外見などのどうでもいい部分では無い。
何の変哲もない陶器製のカップに施された一手間の正体は、熱である。
カップの芯から暖め、より一層美味い紅茶を味わえるのだ。

ヒートは紅茶に砂糖と牛乳を入れる派なので、その辺りもキチンと考慮する。
砂糖と牛乳をカップに注ぎ、丁寧に混ぜてやる。
ここまで手間をかければ、例えティーバックを使ったとしても美味しく飲める。

(`・ω・´)「……っと」

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/20(土) 23:54:57.97 ID:31MiV9hE0
そろそろ四分経っただろうか、シャキンはポットに手を伸ばす。
掴んだポットの注ぎ口を、カップにゆっくりと近づける。
優しく、ゆっくり、丁寧に、心を込めて、心の底から。
"美味しく飲んでもらおう"。 その意志が心の中で、魔法の様に繰り返される。

確かに、魔法なのかもしれない。
こうして紅茶を注いでいるだけなのに、ヒートの目がキラキラと輝いている。
紅茶を淹れる動作の一つ一つが、ヒートにとっては不思議で綺麗な光景なのだろう。
食には五月蠅いヒートが、シャキンのサンドイッチを無意識下で食べ終えたほどだ。

ノパ听)「なぁなぁ、なんで牛乳を先に入れるんだ?」

ヒートが口にした疑問は、紅茶界で最も多くの議論を呼んだテーマだった。
紅茶の都を持つ、イギリス。
朝から晩まで、彼等は文字通り紅茶漬けの日々を送っている。
その紅茶に対する執念と関心は、他の追随を許さない。

約一世紀以上にも渡り、彼等は紅茶の全てを模索してきた。
その結果、"牛乳を先に入れるべきか、後に入れるべきか"の疑問だけが、残された。
これは多くの紅茶ファンを巻き込んだ大きな疑問で、大きな騒動となった。
飽くなき探求心の末に導き出された答えが、"先に牛乳"である。

(`・ω・´)「紅茶狂の変態紳士にでも訊いてくれよ」

淹れ終えた紅茶を、ヒートに手渡す。
口元に付いたソースを手の甲で拭い、ヒートはそれを受け取る。
まるで宝物を手にするように大事に持つと、犬が食べ物の匂いを嗅ぐかのように、ヒートはクンクンと鼻を鳴らす。
ヒートは不器用ながらも、紅茶の香りを楽しんでいるのだ。

ノパ听)「甘ぁい匂いがするな……」

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:00:32.22 ID:W4wKUCOY0
紅茶の種類か、はたまた砂糖の香りか、牛乳の香りか。
それとも、それら全てが合わさった香りなのだろうか。
鼻腔をくすぐる紅茶の香りは、ヒートの宣言通りとても甘いものだった。
しかし、不快感のある香りではなく、心地の良い香りだ。

香りを堪能し終えると、ヒートはカップを口に運ぶ。
そして、一啜り。
ゴクリと喉を鳴らし、それを胃に落とす。
一瞬だけとはいえ、紅茶はヒートの口内に存在した。

その存在は、ヒートに確かな衝撃を与えた。
春風のように優しいながらも、その味はしっかりとしていて。
桜の花弁の様に淡く、陽だまりの様に柔らかい。
衝撃がヒートの全身を駆け廻った時には、自然と溜息が口から漏れ出ていた。

ノハ*゚听)「ほっ……」

濃い味のサンドイッチの後に、この紅茶は嬉しい口直しとなった。

(`・ω・´)「どうかな? 美味しい?」

耐えきれず、シャキンは紅茶の感想をヒートに尋ねた。
自分の分を淹れながらも、シャキンはヒートに目を向けている。

ノパ听)「優しい味がする、あぁ。 泣きたくなるぐらい、優しい味だ」

言い終え、ヒートは紅茶を飲むのを再開した。
一気に飲み終えるには、この紅茶は熱すぎる。
少しずつ、一口一口を大切にヒートは口に含む。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:04:35.51 ID:W4wKUCOY0
(`・ω・´)「席に座ったら?」

ヒートに席を勧めようと、シャキンは淹れ終えた紅茶を片手に座席へと歩む。
しかし、ヒートはそれを片手で制した。

ノパ听)「いいよ、無理するな」

ヒートはそう言うと厨房を出て、近くの座席から二つ。
"片手に"椅子を二つ持ち、シャキンの待つ厨房へと戻る。
一つは自分の後ろに置き、もう一つは自分の前に置いた。
"ほら"、とヒートが席を勧める。

(`・ω・´)「ありがとう。 いつも悪いね」

ノパ听)「気にするな。 お前は私の体の一部なんだ。
     何も、気にする事は無い」

厨房に二人で腰かけ、優雅な一時を過ごす。

【時刻――15:05】

(`・ω・´)「あっ。 そうだ、すっかり忘れていた……」

紅茶を飲み終え、洗いモノをしていたシャキンが突如声を上げた。
横で濡れた食器を拭いていたヒートが、首を傾げる。
拭き終えた食器を食器棚にしまいながら、ヒートは目だけを背後のシャキンへ向けた。

ノパ听)「どうしたんだ?」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:08:45.46 ID:W4wKUCOY0
(`・ω・´)「食材と酒のストックが切れかかってるんだった。
      悪いけど、"倉庫"まで取りに行ってくれるかな?」

"倉庫"とは、ここE19から北に約1キロ離れた路地裏にあるコンテナの名だ。
御三家に関わる者が共同で使用するそのコンテナには、各店舗で使う食材や景品が保管されている。
引っ切り無しに各店舗がそこに補充の為に訪れるので、順番待ちをするのは必至だ。
できるだけ早く店を再開したい者としては、今の内から並んで食材を補充したいところである。

如何せん、シャキンは片足しか動かせない。
その為、歩行する際も、補助が無ければ辛いのだ。
これでは、重い荷物を運ぶなど到底出来ない。
ヒート無くして、この店は回せなかった。

ノパ听)「おう、任せな! で、何を持ってくればいい?」

洗いモノを終えたシャキンが、手近にあったメモ帳にサラサラと文字を書く。
紙上にはモノの名前と、その特徴、そして数量が書かれていた。
食材の名前を言われても、料理には疎いヒートは全く分からない。
そこで、分かりやすいようにシャキンは食材の特徴も書いたのだ。

(`・ω・´)「急がなくていいからね」

食器を拭いて、元の場所にしまうぐらいなら、義足のシャキンでも出来る。
残った食器は、それほど多くは無い。
しまい終えても、ヒートが帰ってくるまでの間、約1時間は余るだろう。
その間に、シャキンはヒートが好きな料理を作ろうと考えていた。

ニンニクで香り付けをしたチャーハン、そして餃子。
そこにラーメンを付けくわえれば、完璧だ。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:13:34.06 ID:W4wKUCOY0
ノパ听)「お前も、無理するなよ?
     じゃ、行ってくる!」

言い終えるのと、ヒートが踵を返すのは同時だった。
混んでいない裏口から出て行ったのを、音で確認する。
一人残されたシャキンは、仕事を再開した。
乾いた布で水滴を拭き、食器をしまっていく。

(`・ω・´)「……行ってらっしゃい」

独り呟いたシャキンは、黙々と仕事をこなし始める。
キュッ、といい音を立てて皿を磨く。

【時刻――15:08】

店の外から、悲鳴と絶叫。
―――そして、銃声が響いた。
はっと顔を上げ、入口の扉に目を向ける。
しかし、一つしかない小窓からは外の様子は到底窺えない。

『さぁ! ここが土壇場瀬戸際正念場!
人の持つ生への執着、その全てを見せてもらおうか!』

耳に侵入してきた声は、童話に出て来る魔女を彷彿とさせた。
意地が悪く、性根が腐りきった女の声。
呪いの呪詛を吐き出す声が、続く。

『さぁ、諸君! これはほんの前奏!』

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:18:24.54 ID:W4wKUCOY0
少なくとも、シャキンはこの声に聞き覚えが無い。

『まずは自己紹介をしよう! 僕はフォックス、フォックス・ロートシルト!
Fall On X-ratedネットワークの創始者であり、君達にとっての救世主だ!』

その名を聞いた瞬間、シャキンは我が耳を疑った。
フォックス・ロートシルトと言えば、表社会の富豪である。 表社会の人間が、何をやらかしたのだろうか。
銃声と悲鳴から、穏やかでない事だけは分かる。
その証拠に、外から多くの罵倒文句が響いた。

直後、シャキンの六感が有り得ない気配を感じ取った。
表社会の人間が、何故こんな"狂った"気配を持っているのだ。

『五月蠅いなぁ』

罵倒文句に対して述べられた言葉の直後、爆発音が響く。
それは、明らかな砲撃音。
そして―――

(;`・ω・´)(近い!)

距離にして、800メートルと言ったところだろうか。
迫撃砲だか戦車砲だか知らないが、大通りを挟んで向かい側の店が吹き飛ばされたのは確実だ。
人口密度が最高潮に達している中での砲撃は、明らかに大量殺戮を狙っての事。
しかし、都を"戦場"にする気は無いらしい。

もしも戦場を作る気があれば、御託を並べる必要は無いからだ。
では、戦場を作るのでないとしたら、その先。
戦場の果てにある、"そこ"を目指しているのだろうか。
だとしたら、敵の目的は―――

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:22:31.49 ID:W4wKUCOY0
そこまで思い至ったシャキンの思考を、開け放たれたドアの軋む音が遮った。
固い靴底が、床を叩く音が喧騒に混じりながらも、辛うじて聞こえる。
逆光で入ってきた者の正体は見えないが、身の丈は2メートルと言ったところか。
確実にこちらに近寄ってくる人物に、シャキンの本能が警告を鳴らした。

この状況で、この"騒ぎに関わりのある人間"以外が、この店に立ち入る筈がないのだ。
咄嗟に、机の下に隠してあるショットガンへと手を伸ばす。
幸運にも、侵入者はこちらの動きに気付いていないらしい。

(`・ω・´)「生憎と、今は休憩中だ。 表の看板が見えなかったのかい?」

首で入口の戸を指し、シャキンは侵入者の非礼を窘める。
薄暗い店の照明が、侵入者の正体を露わにしても尚。
シャキンは、微塵も油断をしなかった。

/ ゚、。 /「いいえ、見ました」

短くそろえた短髪の下から覗く女の瞳は、冬の雲の様な灰色をしている。
市街戦用の灰色の迷彩服を隙なく着込み、女は訓練された軍人独特の表情を浮かべていた。
鉄を彷彿とさせるその表情は、非礼を窘められたことなど気にも留めていない様子だ。
必要最低限の単語を並べた女は、シャキンのいる厨房へと近づいてくる。

(`・ω・´)「だったら悪いが、今すぐ出て行ってもらおうか。
      ここは軍人の来る所じゃない」

ショットガンに伸ばした右手はそのままに、左手で入口を指す。
シャキンの言葉を聞いた女は、口元をほんの僅かに釣り上げた。
それは、笑みと呼ぶのを躊躇う程小さな動作だった。

/ ゚、。 /「生憎、私は軍人ではありません」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:27:07.17 ID:W4wKUCOY0
歩みを止め、その位置から女はシャキンを冷たく見下ろした。
それが、シャキンの怒りを買った。

(`・ω・´)「だったらなんで、迷彩服を着て、ドックタグを下げてるんだ?
      それとも何か、あんたは生粋の軍人オタクなのか?」

女は軽く溜息を吐くと、"道端に落ちるゴミ"を見るかのような目で、シャキンを睨みつけた。
常人ならば、その目線だけで強がりを止めただろう。
だが、シャキンはこの程度の力では動じない。
それを知ってか知らずか、女は睨みつけたまま口を開く。

/ ゚、。 /「軍人で無くとも、迷彩服ぐらいは着ます。
       私の名前は鈴木・ダイオード。 傭兵です」

(`・ω・´)「はっ、それまたご苦労様なことで。
      ……じゃあ、今すぐこの店から消え失せろ」

声を荒げはしなかったが、シャキンは語気を強めた。
声による脅しは、裏社会の人間ならば誰もが持っている特技の一つだ。
それは、手練になればなるほど強力になる。

(`・ω・´)「傭兵相手に出す酒は無いし、出す飯も無い。
      手前等は生ゴミでも漁ってろ。 その方がお似合いだ」

容赦のないシャキンの言葉に、ダイオードは少しの間黙り込んだ。
だが、次の瞬間。
ダイオードは含み笑いを堪え切れずに吹き出し、笑いだした。
不器用な笑い方が、不気味だ。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:32:10.73 ID:W4wKUCOY0
/ ゚、。 /「クククッ…… 強がりは恐怖の裏返し。
       威勢はいいですね、流石は"鉄足"です」

歩みを再開したダイオードは、遂に厨房へと入りこむ。
怒りに顔を染めたシャキンは、既に右手が持っていたショットガンを取り出した。
セミオートに対応した珍しいショットガン、スパス12だ。
銃口をダイオードの顔に向け、シャキンは最後の警告を発する。

(`・ω・´)「料理人の聖域に、土足で上がり込むな。
      手前の様な"ゴキブリよりも汚らしい奴"なら、尚更だ。
      そんなゴキブリ以下の糞尼の死体を片付けるのは、御免被るんでね。
      業者を呼んで片付けてもらった上に、徹底的に洗浄したとしても。

      そこに足を着けるなんて、想像しただけで吐き気がする」

後一歩でもダイオードが足をこちらに進めれば、シャキンは躊躇い無く銃爪を引く用意がある。
脳髄の後片付けが面倒くさいが、それよりも。
"ヒートと自分の聖域"に、これ以上長居される方がよっぽど気に入らない。

/ ゚、。 /「仮にも女に向かって、ゴキブリとは酷いですね」

だが、ダイオードは全く怯む気配を見せない。
むしろ、シャキンを馬鹿にしている気配を見せていた。
歩みを止めているが、その"目"は明らかに境界線を越えている。
まるで、出来の悪い生徒を馬鹿にする教師のように、ダイオードは眉をひそめた。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:38:11.75 ID:W4wKUCOY0
/ ゚、。 /「それに聖域? 貴方の品性を疑いますね。
       "こんなに汚らしい場所"を聖域呼ばわりするとは、信じられません。
       これなら、"公園の便器"の方が綺麗ですね」

(`・ω・´)「それ以上、余計な事を喋るな」

それは、軍人ですら失禁しかねない程の恫喝だった。
しかし、ダイオードはシャキンの反応を楽しむように饒舌になった。
より一層の爆弾を、ダイオードは口にする。

/ ゚、。 /「まぁ、"便器みたいな女"と一緒なんですから、ある意味相応しい場所ですね。
       いっそ、渾名を変えてみるよう、提案してはいかがでしょうか?
       "肉便器"素奈緒ヒート、とか?
       あぁ私、結構上手い事言いましたn―――」

ダイオードの言葉を遮り、シャキンのショットガンが連続して火を噴いた。

――――――――――――――――――――

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:42:30.80 ID:W4wKUCOY0
時間は遡る。
それはまだ、魔女の姦計が開始されるよりも前の時間。
人々が、祭りの喧騒に心を揺り動かしている時にまで遡る。
この時はまだ、異質の集団は現れていない。

【時刻――14:20】

A17にある店は、数多く立ち並ぶ露店の中でも一番の混み具合だった。
それは、決して誇張表現では無い。
事実、他の店に"順番待ちの為に居座る者"さえ発生している始末だ。
あまつさえ、自分の店の運営を完全に放棄してこの店に来る者までいた。

その理由は多々あるが、最大の理由は"デレデレ"だった。
世界中の美術家達が一堂に集まり、その全てを注いで創った傑作よりも尚美しい容姿。
豪奢な金髪を宝冠のように冠し、蒼穹色の瞳は見るモノ全てを魅了して止まない。
オーケストラでさえ、演奏を忘れて聞き入ってしまう程の美声。

せめて彼女の姿を一目見ようと、店の外から必死に首を伸ばす者もいるが。
店内外共に混んでいる為、それは叶わない。
最悪、店内に居る者でさえ、彼女の姿を見ずに帰る事になった者もいた。
都で最も美しい女性は同時に、"女帝"の渾名で恐れられているマフィアの首領である。

とはいえ、その事を知っている者でも彼女に惹かれずにはいられない。
ある意味、麻薬よりも性質の悪い中毒性をデレデレは持っている。
一度彼女の姿を見てしまえば、その姿が網膜に焼きつけられ、二度と忘れる事は出来ない。
声を聞けば、鼓膜がその快楽を記憶してしまう。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:47:28.33 ID:W4wKUCOY0
数多くの自称"恋の伝道師"達が、無謀にも彼女に挑んだ。
例えるなら、"公園の砂山しか登った事の無い温室育ちの馬鹿が、全裸でエベレストに登る"ぐらい、無謀なのにも拘わらず。
注文した料理を運んで来たデレデレに、決まり文句の中でも"一撃必殺"を自負する言葉を並べる。
流石に一撃必殺を自負するだけあり、これまでその言葉で籠絡しなかった女はいなかった。

高飛車な女アイドル、清楚が売りのアイドル等が悉くその言葉に騙され、毒牙に掛けられた。
だが、デレデレは一切聞く耳を持たなかった。
彼等の不幸は、デレデレに無視されて醜態を見せただけでなく。
"その場で漏らしかけてしまった"事だった。

厨房から向けられる殺意のこもった視線に、彼等は無様にも失禁してしまったのだ。
いかに温室育ちとはいえ、人間の本能はまだ残っていたらしい。
脱兎の如く逃げ出した連中を、殺意の視線を向けた男は溜息交じりに見送った。
厨房でエプロンを巻いている男は、力強く頼もしい手つきで、焼きそばをかき混ぜている。

(#゚;;-゚)

男の正体は、泣く子も黙る水平線会の会長、"帝王"の渾名を持つ、でぃである。
体中に負った重度の火傷の跡は、五年の歳月を経ても尚癒える事は無い。
その為、でぃの姿を初めて見た人は皆一様に口を押さえてしまう。
当の本人はその反応に慣れているらしく、気にしていないらしい。

馬鹿共が消え失せた後、でぃは小さく呟いた。

(#゚;;-゚)「全く、五月蠅い連中だ……」

それは、横でたこ焼きを焼いているギコにもハッキリと聞いて取れた。
たこ焼きの半分以上の割合を占めるこの大きめのタコが、たこ焼きが人気の理由の一つである。
でぃの作る焼きそばには及ばないが、店内でも屈指の人気メニューだ。
手早くタコを入れながらも、ギコはそれに答える。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:51:13.81 ID:W4wKUCOY0
(,,゚Д゚)「仕方無いですよ、デレデレ様は綺麗なんですから」

(#゚;;-゚)「む……」

デレデレから教わった事なのだが、でぃが"む……"と言うと二つの意味があるらしい。
一つ目の意味は、照れ隠し、もしくは拗ねている時。
そして二つ目が、何かよくない事を察知した時、機嫌が悪い時。
でぃは元々口下手な性格をしているらしく、"む……"の意味を知る者はあまり多くないとのこと。

これらを聞き分ける為には、微妙な声色の変化に気を配らねばならない。
それを習得するのに、ギコは約一年の歳月を費やした。
今回の"む……"は、前者の様だ。
焼きそばをかき混ぜる手元が、微妙に速くなっている。

(#゚;;-゚)「……銀、皿を出してくれ」

どこに潜んでいたのだろうか、でぃとギコの横から大皿を持つ銀の手が伸びる。
ゴトリと鈍い音を上げて置かれた皿から、銀の手が離れた
何故、銀はこの場でも和服を着ているのだろうか。
でぃですら、スーツの上にエプロンを着ているというのに。

イ从゚ ー゚ノi、「どうぞ」

そして、銀は御三家の首領たち以外には決して敬語を使わない。
客と雖も、それは例外ではない。
もっとも、その性格が客に受けているのはどうしようもない事実なので、ギコは何とも言えなかった。
狐の耳と、狐の尻尾と言う奇抜極まりない格好までもが、客に受けているのだろうか。

(#゚;;-゚)「……持って行ってくれ」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 00:56:12.32 ID:W4wKUCOY0
機嫌がいいのか、通常よりも1.5倍増しで盛った焼きそばを、銀に手渡そうとして。
それを、横合いから伸びた手に奪われた。
その腕は、それだけで一つの美術品を彷彿とさせる程完成された腕だった。
言わずもがな、デレデレの腕である。

ζ(゚ー゚*ζ「げっと〜♪」

既に手を伸ばしかけていた銀は、その腕の出現に一瞬だけ固まる。
これで晴れて、銀がデレデレに皿を奪われた回数は200回を超えた事になる。
それも、でぃが作った料理の皿だけを、デレデレが奪い取っているのだ。
別に仕事に支障は無いのだが、どうやら銀のプライドがそれを許さないらしい。

銀は意地になって、でぃの皿を運ぼうと試みているのだが、その都度デレデレによって皿を奪われていた。
どうやら、"クレイドル"を使ってまでもデレデレに勝ちたかったようで、銀の接近にギコが先程気付けなかったのも頷ける。
ギコの横で、お好み焼きをひっくり返した銀髪灼眼の女が遠慮なく銀に声を掛けた。
無所属の中でも、一際謎の多い女。 ハインリッヒ・高岡である。

从 ゚∀从「おい、銀。 さっさとこれを持って行けよ。
       ったく、トロイ奴だな」

ハインは自分で皿にお好み焼きを盛り、それを銀に差し出す。
渋々と言った様子で、銀はそれを受け取った。

イ从゚ ー゚ノi、「お主は、もう少し礼儀を学んだらどうじゃ?
        持って行かせるのではなく、"持って行ってもらう"身のくせに、その態度は何じゃ。
        新入りのくせに、生意気じゃぞ」

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:00:10.09 ID:W4wKUCOY0
人の事は言えないんじゃないのか、とギコは思ったが口にはしない。
ここで口を出せば、確実に面倒事になるからだ。
この二人は、何故か知らないが仲が悪かった。
犬猿の仲と言うよりも、狐と猫、と言った様子である。

从 ゚∀从「手前に礼儀について言われたくは無いわな。 それより、ほら。
      折角の焼き立てなんだ、早く持って行けよ」

白い湯気の上がるお好み焼きからは、食欲をそそる香ばしい香りが漂っている。
確かに、熱の冷めたお好み焼きは美味いモノではない。
いち早く客席に運んで、食してもらう必要があるのだ。
ここで不毛極まりない討論をするのは自由だが、それが原因で客に迷惑が掛かってしまえば本末転倒である。

イ从゚ ー゚ノi、「ちっ、仕方無いのう……」

露骨に舌打ちをしつつ、銀は客席へと姿を消した。
しばらくして、ギコのタコ焼きも焼きあがる。
一皿20個と、他店よりも多く盛るのは例年通りだ。
それでいて価格は他店よりも安い。

その秘密は、"仕入れた食材のほとんどがタダ"と言う点にあった。
デレデレの人脈を駆使すれば、この程度は簡単な話である。

(,,゚Д゚)「ペニ姐、持って行ってくれ!」

盛りつけの終わった四皿を手に持ち、ギコは義姉の名を呼んだ。

('、`*川「はいはい、っと」

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:04:49.29 ID:W4wKUCOY0
呼びかけに応じて素早く寄って来たペニサスは、皿を受け取る。
細長いタコ焼き用の皿を、片手に二つ持つのは意外と難しい。
両手が持つ皿のバランスを整え、ペニサスも客席へと向かった。
そろそろ、休憩時間のはずだ。

【時刻――14:30】

基本的に、露店には休憩が存在しない。
それは、露店の本来の目的が基本的に金儲けである為、一秒でも無駄に出来ないからである。
休憩時間を削り、金儲けに走る露店にはロクな店員がいない。
流石に休憩抜きで働き続ければ、精神が参ってしまうのだから、ある意味仕方がない話ではあった。

"休憩中"の看板を店先に出し、ついでに扉を施錠する。
小窓に付いたカーテンを閉め、"外から未練がましくも覗いている者"の希望を絶つことも忘れない。
すっかり落ち着きを取り戻した店内では、御三家の首領と手練達がくつろいでいる。
席に戻ったギコは、座るなり大きな溜息を吐いた。

(,,゚Д゚)「あ゛―――。 つ、疲れたあぁ……」

手元に置かれていた水入りのグラスを掴むと、一気にそれを飲み干す。
もう一度溜息を吐き、ギコは背もたれに寄りかかる。

ζ(゚ー゚*ζ「はーい、みんなお疲れさま〜」

でぃの腕に抱きついたまま、デレデレが皆に労いの言葉を掛けた。
豊満な胸が、でぃの腕にこれでもかと押し付けられている。
もしも、この光景を"外でカメラを構えている連中"が見たとしたら、発狂していたに違いない。
"何故、そんな醜い顔の奴が!"、と口を揃えた上に頭を捻るだろう。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:08:16.51 ID:W4wKUCOY0
その言葉を口にしたが最後、彼等は一人の例外もなく"不運にも生きたまま精肉機械"に落下してしまう。
デレデレとでぃの間にある絆は、決して目に見えるモノではない。
不可視にして不可侵の絆。
幼馴染だからと言う理由では、決して説明が付かない。

恋人でも夫婦でも、ここまで強固な絆は有り得なかった。
とはいえ、それはギコとペニサスの間にも言える事である。
姉弟の絆は、互いを支える事によって常に高まるのだ。
それを馬鹿にする者には、容赦の無い結末が待っている。

ζ(゚ー゚*ζ「でね、疲れている所悪いんだけど。
       まだ仕事が沢山残ってるのよね、残念ながら」

折角休憩になったと思ったのに、とギコは項垂れる。
しかし、デレデレはその様子を見て。

ζ(゚ー゚*ζ「あぁ、大丈夫よ。 この店の話じゃないから。
       ほら、これ」

そう言ってデレデレは、胸元に手を入れて首から下げていた御守りを取り出した。
赤い袋の御守りに、ギコは見覚えがあった。
祭りの前日に全員に配られ、身につける事を命令されたデレデレ手作りの逸品である。
それと同じ物が自分の首に下がっているのを、ギコは思い出した。

しかし、それが何だと言うのだろうか。
気になって、ギコも袋を取り出す。

ζ(゚ー゚*ζ「この中にね、特注品のインカムが入ってるのよ。
       一つ30万ぐらいするから、大切に扱ってね。
       で、とりあえず皆もこれを取り出して付けて頂戴」

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:12:42.99 ID:W4wKUCOY0
【時刻――14:40】

皆がインカムを取り付けたのを確認して、デレデレは、よしと頷いた。
皆一様に左耳に掛けているのは、利き腕の問題である。
異様な雰囲気の中にも拘わらず、デレデレは至って普通の様子だ。
つまり、この事は最初から予定していたという事になる。

(,,゚Д゚)「一体、これから何を始めるっているんですか?」

誰もが抱いているであろう疑念を、口元のマイクの位置を微調整しつつ、ギコが代弁した。
この祭りでインカムを使う仕事は、警備ぐらいしか無い。
しかし、警備の人員采配は既に完了しているのだ。
と、すれば。 これから何をするのか、ギコ達にはさっぱり分からなかった。

だが、どうやらこの中の数人は知っていたらしい。
"帝王"でぃ、"魔王"ロマネスク、"銀狐"銀、そしてハインリッヒである。 四人だけは、デレデレの言葉に全く動じていないからだ。
他の従業員達は、既に裏の休憩所に席を外させている為、彼らも知っているとは思えない。
何故、自分とペニサスには伝えていないのだろうか。

デレデレのやる事は必ず、確信に裏付けされたモノである為、不満は無い。
ただ純粋に、気になるだけである。
彼女の推理は、そこいら辺の"顔のデカイ名探偵"よりも面白く、正確だ。
ましてや、下手な推理小説や推理ドラマ、どこかの"偉いだけの教授の講義"よりも面白いのは言うまでもない。

ζ(゚ー゚*ζ「始めるんじゃなくて、"始まる"のよ。
       迷惑極まりない話だけど、どうしようもないのよね。
       まぁ、事の詳細は向こうに着いてから説明した方がいいわね。
       銀、この場は任せたわよ。 残りの二人と合流して、追いついてちょうだい」

どうやら、面白い説明の時間はしばらくお預けのようだ。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:16:45.70 ID:W4wKUCOY0
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、これから散歩ついでに移動しましょうかね。
       ハインちゃん、ロマネスクをお願いね。 手でも繋いで、迷子にならないように。
       ペニ、ギコと一緒に殿をお願い。 後ろでお喋りをしててもいいけど、油断はしないでね。
       でぃと私で、先頭を行くから。 一応、用心の為に得物は忘れないでちょうだい」

そう言うと、デレデレはでぃの腕から離れ、席を立った。
店の一角まで歩いて止まり、そこの床を軽く靴のつま先で叩く。
その瞬間、ギコは驚きのあまり口が塞がらなくなってしまった。
何せ、何の変哲もないと思っていた床の下から、"槍"が飛び出したのだ。

歯車式の仕掛けが施されていたのだろう、歯車が軋む音と共に床が元に戻る。
飛び出したのはデレデレ専用の狙撃銃、通称"女帝の槍"。
宙でそれを掴んだデレデレは、こちらを振り返って笑顔を浮かべた。

ζ(^ー^*ζ「備えよ常に、ってね♪」

実に5年ぶりに、ギコはデレデレが"槍"を構える姿を見る事になる。
ツンに引き継がれた"槍"は、その名の通り本来デレデレが使用していた武器だ。
通常の3倍に延長した銃身、全ての部品を吟味して一からデレデレの為に銃職人に作らせた、世界に二つとない名銃である。
2キロ先の標的の目玉を撃ち抜ける程精度の高い"槍"は、5年前の抗争時に大きな戦果を残した。

"槍"のベースとなっているドラグノフ狙撃銃は、金属と木で作られている為、女性が持っても余り映えない。
女性が持って映える銃と言えば、拳銃ぐらいしか思い浮かばないのだが、デレデレは違った。
"かの聖剣を手に持つ英国の王のように"持つべき者が持っている。
誰もがそう思わざるを得ない程に、"槍"はデレデレの容姿と相性が良かった。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃ、行きますか」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:21:45.53 ID:W4wKUCOY0
デレデレの言葉に合わせ、でぃは無言で席を立つ。
その際に翻った漆黒のロングコートは、帝王がマントを翻す様を彷彿とさせた。
"女帝"と肩を並べるのは、昔から"帝王"と決まっているものだ。
デレデレの横に並び立ち、でぃはゆっくりと両手を後ろ腰に伸ばした。

(#゚;;-゚)

でぃは後ろ腰のダブルホルスターから、黒光りする破壊の象徴を2丁抜き放つ。
その2丁の拳銃は、ギコ達のような古参ですら、今までで一回しか見た事が無いモノだった。
通常、でぃは何の改造もしていない50口径のデザートイーグルを使っている。
それが、"自らの実力を隠す為に牙を隠す"行為だと知る者は少ない。

抜き放たれた二挺の拳銃の正体は、でぃ専用の改造が施されたデザートイーグル。
通称"帝王の牙"。
一撃で鋼鉄すら撃ち砕き、人間の体を水風船のように弾き飛ばせるだけではない。
"遮蔽物すら噛み砕く"、それが"帝王の牙"である。

"牙"を見せたでぃは、同時に撃鉄を起こす。
後は銃爪が引かれてしまえば、その口腔が覗いた全てが噛み砕かれてしまう。
掛け値なし言う事無しの、"水平線会会長の本気だ"。
多くの手練がいるこの場ですら、でぃに対抗できる者は二人しかいない。

デレデレと、ロマネスクだけである。
この御三家の首領がいる限り、この店は今都で一番安全だ。
例え100の敵が一斉に掛かってこようとも、負ける事は無い。
しかし、"帝王"と"女帝"が本気を見せるとは、穏やかな話ではない。

(,,゚Д゚)「あーあ、折角の休暇だと思ったのになぁー」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:25:38.12 ID:W4wKUCOY0
だが、面白い。
非常に面白い話だ。
心の底から楽しみにしていた祭りを台無しにする輩がいると言う事は、幸いである。
何せ、"復讐する対象"がいると言う事なのだ。

行き場の無い怒りの場合、その発散の対象がいない。
そうなると、ギコは蓄えの少ない金を全て酒に注いでしまう他ないのだ。
どんな手段で、復讐しようか。 無論、元を取るぐらい大暴れしてやる。
それを想像するだけで、自然と笑みが浮かんだ。

('、`*川「全く、腹立たしい話ね」

そう言いながら、ペニサスもギコと同じ笑顔を浮かべた。
ギコの傍らで控えていたペニサスが、溜息交じりに席を立つ。
"獅子将"と立ち並ぶ際にのみ、"智将"の名で呼ばれる義姉は、義弟の気持ちがよく分かる。
何故なら、彼女が"そう教育したのだ"。

('、`*川「デレデレ様、作戦の種類は?」

作戦の詳細までは知らずとも、種類は知っておく必要がある。
改めて決意を固める意味合いも込め、ペニサスはデレデレに尋ねた。
太ももに吊り下げていたS&W M49 "ボディガード"を取り出し、期待の目でデレデレを見る。
それに対し、デレデレは心底楽しそうに謳う。

ζ(゚ー゚*ζ「教則3、ケース30。 はい、復唱」

軍隊並みの訓練を受けたクールノーファミリーの二人の脳裏に、瞬時に答えが浮かぶ。
幾つもの教則が存在するのは、抗争時に素早く指示が出せる為である。
度重なる実戦と、"ペニサスによる蝋燭攻め"を経て覚えた教則を、ギコは条件反射で口にしていた。
知らず、ギコの口調が昔の様に固くなる。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:30:59.10 ID:W4wKUCOY0
(,,゚Д゚)「準拠点へ帰還、しかる後に報復!」

通称、R&R。
"Return and revenge"。
5年前の水平線会との抗争時に、よく使われた作戦だ。
ギコの答えを聞き、デレデレは拍手を送った。

ζ(゚ー゚*ζ「よくできました、よくできました〜♪」

クールノーファミリーで話が固まる中、既に話を聞いていたと思しき面々は、マイペースに話を進めていた。
まるで、この程度の騒ぎでは動じない、"鋼の精神"を持っているようだ。

( ФωФ)「おおっとそうだ、忘れる前に言っておかねば。 ハイン、今度吾輩に、肉じゃがを作ってくれないか?」

厨房裏でひたすらに試食をしていたロマネスクは、どうやらハインの料理が気に入ったようだ。
こんな時でも食事の話をする辺り、彼の器の大きさが窺い知れる。
器の大きさと、精神力と集中力は比例するらしい。
流石は、"魔王"である。

从 ゚∀从「えぇ、勿論です」

対するハインも、殆ど焦った様子が無い。
むしろ、どこか気分が高揚しているようにも見える。
彼女の存在は今まで知らなかったが、相当な実力を持っている事は確かだ。
―――恐らくは、"全ての面"でギコよりも強い。

無所属にして、謎の経歴の持ち主、ハインリッヒ。
いつの間にか、ハインの左手にはチンクエデア(五指剣)が構えられていた。
指五本を合わせた太さと、刃元の太さが大体同じことから由来する名だけあって、その存在感は大きい。
血よりも尚紅いそれは、見る者に得体の知れない恐怖を与えるだろう。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:35:41.85 ID:W4wKUCOY0
イ从゚ ー゚ノi、「それより、時間が近いのではないか?」

不可視化処理を解除した"厳狐"を手に持ち、銀は呆れた声を上げた。
夜の色をした鞘を左手に持ち、夜明けの色をした柄に右手を掛けている。
何だかんだ言って、銀も暴れる機会を楽しみにしているようだ。
そうでなければ、銀の目がこんなに輝いている筈がない。

(#゚;;-゚)「……行くか」

首を裏口に向け、でぃが移動を促し、皆が動く。
御三家の首領、"女帝"、"帝王"、"魔王"。
クールノーが誇る二将、"獅子将"、"智将"。
ロマネスク一家のNo2、"銀狐"。

ζ(゚ー゚*ζ「さぁーって、ここが本番!
       ヘタレないで最後まで、全力で突っ走るわよ!」

デレデレの号令に、皆が声を上げて応えた。

【時刻――15:00】

独り店に残った銀は、鞘を持っていない右手で、前髪を掻き上げた。
月の様に眩い銀色の髪が、幻の様に漂う。
店に居た従業員達は、皆デレデレの指示によって店を後にしている。
つまり、この店には文字通り銀しかいない。

氷の様に冷たい冷笑を浮かべ、銀は瞼を閉じた。
後数分で、デレデレが予想した事態が起こるはずだ。
一体如何なる方法で予想したのか、それが気になる所ではある。
しかし、種明かしは後でゆっくりとしてもらえばいい。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:40:04.08 ID:W4wKUCOY0
イ从 ー ノi、「狼牙、千春。 聞こえるか?」

犬神三姉妹専用の通信機、"テレキャスター"に、銀が声を掛ける。
三人にしか通信が出来ないが、その通信が外部に漏れ聞こえる事は無い。
機能面では全く文句が付けられないのだが、外見的には問題があった。
銀の場合は、"狐の耳を模したテレキャスター"なのである。

一歩間違えれば変人扱いされかねないが、今では周囲の視線は気にならないから問題は無い。
腰の辺りに付けた"ストラトキャスター"を、返信が来るまでの間、ゆらゆらと揺らす。
銀の"ストラトキャスター"は、"テレキャスター"と同じ様に"狐の尻尾を模した"ものである。
狐の耳を模した"テレキャスター"が、ピクピクと動いた。

イ从 ー ノi、「それぞれ配置に着いたな?」

通信を受信した時にのみ、その耳が動くのだ。

イ从 ー ノi、「千春、決して動きを悟られるでないぞ」

もう一度、耳が動く。
腰の"ストラトキャスター"をピンと立てたりして遊びながら、銀は優しく呟いた。

イ从 ー ノi、「……そうだな、知っておるよ。 だが、油断はいかん。
        連中はネズミと一緒だ。 無駄な部分で、勘は鋭いはずじゃ」

今度は左の耳だけが、ピクリと動いた。

イ从 ー ノi、「うむ。 狼牙、情報を詳細に記しておけ。
        武装だけでなく、センサーにも目を向けろよ。
        "フォレスト"の使用は許可されている、存分に使うといい。
        ただし、目立つ行動は禁止じゃ。 当然、戦闘もな」

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:47:59.57 ID:W4wKUCOY0
最後に、銀は諭すように附け加えた。

イ从 ー ノi、「儂か? 儂は大丈夫じゃよ。 厳狐もあるしのう。
        それに、所詮はネズミの大将じゃ。 苦戦をする要因がどこにもないのでな。
        では、二人とも後で合流しよう」

そう言い終えると、耳がしんなりと寝てしまう。
使用をしない場合は、"少しでも戦闘の邪魔にならない為に"耳はこのように寝るのだ。
瞼を持ちあげ、銀は魅惑的な微笑を浮かべた。
狐が獲物を待ち伏せする時、あるいはこのような笑みを浮かべるのだろう。

イ从゚ ー゚ノi、「歯ごたえのある相手じゃと、助かるのじゃがな。
        果たして、どうなることやら……」

独り嘯いた銀は、左手が持つ厳狐を、大事そうに抱きかかえる。

イ从゚ ー゚ノi、「最近、ちと暴れたりなかったからの。
       "雌豹"並みの相手を期待するとしようか」

銀の得物である"厳狐(ごんぎつね)"は、銀の身長よりも長いのが特徴の日本刀だ。
一説では"斬鉄剣"の後継とも言われるそれは、車ですら容易く両断する。
リーチの長さが最大の強みであり、そして弱みでもあるが、銀には関係が無い。
ロマネスクから直々に伝えられた"クレイドル"と組み合わせれば、弱点を補うなど訳無い話だ。

更に、"ビースト"さえ揃えば完璧である。
収音機能搭載小型閉鎖的通信機器、"テレキャスター"。
バランス補助装置、"ストラトキャスター"。
戦闘支援情報表示装置、"フォレスト"。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 01:51:14.91 ID:W4wKUCOY0
この三つが揃って、"ビースト"と呼ばれる装備が完成するのだ。
生憎と、今は"フォレスト"が無い為、それは叶わない。

イ从゚ ー゚ノi、「楽しみじゃのう、厳狐?
        ……我が分身よ」

そう言って、銀は厳狐に軽く接吻をした。

【時刻――15:08】

都を激震させる罠が発動し、多くの者が恐怖と混乱で冷静さを失う中。
陽の光を浴びず、訳知らぬ者から後ろ指をさされ。
唾を吐きかけられ、マスコミに、大衆に蔑まれた者達だけは。
不可侵の絆を信じ、罠を食い破る手に打って出ていた。

ここは歯車の都。
人の欲望が、思惑が、思想が廻る都。
無法が法と成り、悪が正義となる都。
ここを統べるはただ一人。

孤独の王にして、都の王。
全ての歯車を操る、不変の王。

―――歯車王、ただ一人である。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:06:37.85 ID:W4wKUCOY0





――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第二十一話『魔女の姦計、不可侵の絆』

二十一話イメージ曲『X』鬼束ちひろ
ttp://www.youtube.com/watch?v=w419GOHVhPg
――――――――――――――――――――






89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:10:07.58 ID:W4wKUCOY0
【時刻――15:03】

銀を残して店を出てから、何分が経過しただろうか。
デレデレが宣言した通り、のんびりと散歩でもするかのような歩調で進む中で、ギコは腕時計に目をやった。
後7分弱で、15時10分になる所だ。
腕時計から目を外し、ギコは背後に拳銃を向ける。

ペニサスとお揃いの、S&W M49回転式拳銃。
装弾数は五発しかない。
おまけに予備の弾も無い。
こんな事態になると知っていれば、事前に予備の弾ぐらい持って来ていたのだが。

この小型の拳銃は、回転式拳銃の中でも珍しい型の拳銃だ。
撃鉄の両サイドがフレームに覆い隠されており、取り出しの際衣服に引っ掛かるのを防いでいる。
要人警護の為、小型で取り出しやすい。
それぐらいしか、この銃には特筆すべき事が無い。

本来なら、ギコはもっと大口径のリボルバーを使うのだが。
この場合は、致し方無かった。
むしろ、得物があるだけ有難い話だ。
建物の窓や、路地裏に銃口をせわしなく動かしながらギコは横に顔を向ける。

(,,゚Д゚)「ペニ姐、俺たちはどこへ向かっているんですか?」

ギコと同様に周囲を警戒していたペニサスが、ギコの問いに顔を向けた。
いつもと変わらぬ知性を秘めた瞳で、ギコの目を見つめる。
そして、明日の天気の話でもするかのような口調で答えた。

('、`*川「さぁね……」

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:15:15.99 ID:W4wKUCOY0
"でも"、と付け加えた後。
ペニサスは、うっすらと笑みを浮かべた。

('、`*川「この先にあるのは何?」

可愛い弟の勉強を見る姉の声で、ペニサスは質問に質問で返した。
どうやら、ペニサスは答えが分かったようである。
クールノーファミリーの中でも、あまり頭脳戦向けで無いギコは、否応なく頭を捻る事になった。
何時だったか、経済学の勉強をさせられた際も、こんな感じだった。

結局、答えは分からずじまいだったのだが。
その日の夜、ペニサスによる性的な折檻が待っていたのは言うまでもない。
しかし、今のペニサスはその気は全く無い様で。
"サスペンスドラマの犯人が分かった"ような、そんな笑みでギコに問いかけたのだ。

(,,゚Д゚)「えーっと、バベルに、ナイチンゲールに、それから……
     あ、"カモメ亭"があるぞ! あそこのハンバーグ、美味いんですよね!」

ちなみに、ほとんど全て拳銃の銃床は、設計上非常に固い。
相手の頭に思い切り振り下ろせば、最悪頭を割る事だって出来る。
多少の手加減がされていたとはいえ、自然な流れでペニサスに頭を叩かれたギコは、思わず呻き声を上げた。
石頭で知られるギコには、それほど致命的な一撃と言うわけではない。

だが、やはり痛い。

(,,;Д;)「痛いっすよ! ペニ姐!」

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:19:38.38 ID:W4wKUCOY0
頭を押さえながら、抗議の声を上げるギコに、ペニサスは呆れと安心の混じった目を向ける。
今日もギコは順調だ、とでも言いたげな目だ。
もしもギコがまともな答えを述べていたとしたら、ペニサスは驚きのあまりギコの頬を抓っていただろう。
溜息を吐き、"仕方無いわね"、とペニサスは言った。

('、`*川「あんた、折角自分で答えを言ったのに、なんで"カモメ亭"が出て来るのよ。
      いい? ナイチンゲールは、元々誰の所有物なのかしら?」

(,,゚Д゚)「でぃさんのですよね? えーっと、そこに何の用が?」

現在、ナイチンゲールは文字通り完全に閉鎖されている。
先日の"パンドラの箱"の最中、如何なる理由か大爆発に巻き込まれ。
崩れてきた瓦礫によって、出入り口が完全に潰れている。
おまけに、でぃは何故か修理工事を依頼しておらず、手付かずのまま放置されていた。

このまま時が過ぎれば、都の新たな観光名所となること請け合いだ。
無論、"心霊スポット"として。
きっと"美人の看護婦長"が、出て来るとかそんな風説が付くに違いない。

('、`*川「"そこ"、じゃなくて"ここ"よ」

(,,゚Д゚)「え?」

気が付けば、ギコ達は歩みを止め、ナイチンゲールの目の前にまで来ていた。
白衣の天使の園は、どうやら大幅なイメージチェンジを成功させたらしい。 今のイメージは廃墟、廃屋、廃病院。
いっそこのまま、お化け屋敷にでも改装すればいいのではないだろうか、とも思えるその巨影に、ギコは息をのんだ。
都の天気の都合上、夜の様に暗いせいもあり、その不気味さがより一層引き立てられている。

(,,゚Д゚)「でも、なんでここなんですか?
    入口は塞がってるし、中だって不気味ですよ?」

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:23:13.72 ID:W4wKUCOY0
ギコの言葉に、でぃが少しだけ拗ねた声で言った。

(#゚;;-゚)「む……」

何故、でぃが拗ねたのか、ギコは分からなかった。
すかさずデレデレの通訳が入る。

ζ(゚ー゚*ζ「"そこまで中は不気味じゃないぞ"、だって」

確かに、内装にこだわっている事でも有名だったナイチンゲールは、夜だからと言って不気味に見える事は無い。
しかし、それは倒壊していない、"完全な状態"においてのみ言えることだ。
入口付近が徹底して破壊されている為、下手な罠よりも恐ろしい。
おまけに、"ヒート"のせいで、院内には多くの血痕らしき物も見て取れるとのこと。

ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、確かに今はあれだけどね〜。
       でも、これからこの建物が"箱舟"になるのよ、ね?」

デレデレの言葉に合わせ、でぃが入口を塞いでいる瓦礫の前へと足を進めた。
自然な流れで、両手に持っている"牙"の口腔をそれへと向ける。
直後、"牙"独特の咆哮にも似た銃声が連続して響いた。
耳を塞いでいないと、おかしくなりそうなほどに、その銃声は大きい。

遊底が引き切り、"牙"が全弾撃ち尽くした事を知らせる。
煙が朦々と立ち込め、ついでに硝煙の臭いが辺りに漂う。
立ち込める煙が晴れた後に残されたのは、地面に転がる多くの空薬莢。
そして、"人が歩いて通れる程の大穴が開けられた瓦礫"だった。

(#゚;;-゚)「……と、言うわけだ」

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:28:43.43 ID:W4wKUCOY0
そう言って、でぃはその大穴を通って院内へと進んだ。
それに倣い、デレデレとペニサスも穴を通る。
唖然としながらも、ギコも続いた。
後に残されたのは、ハインとロマネスクだ。

从 ゚∀从「ロマネスク様、しっかりと私の手を掴んでいてください」

( ФωФ)「うむ」

先程から手を繋いでここまで来た二人が最後になった理由は、"後続の足手纏い"にならない為だ。
しっかりと繋いだ手は、ハインが一方的なまでに強く掴んでいる。
しかも、その繋ぎ方は"恋人が手を繋ぐかのように"指を絡ませていた。
それでも、ハインの誘導は非常に手慣れたモノで、ロマネスクは一度も躓かなかった。

从 ゚∀从「もっと、しっかりと、です」

( ФωФ)「うむ」

手を繋いだままそう言って、ハインは大穴に入ろうとはしない。
まるでその存在を確かめるように、何度も強く握りしめる。

从 ゚∀从「……」

( ФωФ)「うむ」

これは何度目のやり取りだろうか、少なくとも似たような事が2桁近く繰り返されているのは確実だ。
だが、ロマネスクは文句の一つも言わない。
文句の代わりに、ロマネスクは感謝の言葉を述べた。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:33:08.38 ID:W4wKUCOY0
( ФωФ)「すまないな、こんな年寄りの為に。
        世話を掛ける」

それを聞いたハインは、感動に胸を震わせた。
顔が熱を帯び、息が荒くなる。

从 ゚∀从「い、いいえ…… これぐらい、当然です……」

下手に声を出してしまえば、ハインが興奮している事は誰にでも分かってしまっただろう。
口数を減らし、ハインは興奮を隠す様に俯いた。
それを気配で感じ取ったのだろうか、ハインの手を握るロマネスクが呆れたような溜息を吐く。

( ФωФ)「……さて、吾輩たちも行こうか。
        ここに居ては危険だ」

从 ゚∀从「はい……」

ハインは名残惜しげに、繋いだ手に力を込める。
そして、ハインが先導して大穴を通った。
穴の出口で待機していたギコが、通り終えたハインに労いの言葉を掛けた。

(,,゚Д゚)「おう、ご苦労さん」

外でどんな事があったとは知らないギコは、ハインがロマネスクの誘導に手間取っていたのだと勘違いしていた。
ギコの言葉に、ハインは頷くだけでそれ以外の反応を見せない。
俯き加減にヘラヘラと笑うだけで、ハインが何を考えているのか、ギコには皆目見当もつかなかった。
それはペニサスも同じようで、訝しげにハインを見ている。

('、`*川(何なのよ、この子は?)

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:37:22.76 ID:W4wKUCOY0
(,,゚Д゚)(知らないっすよ。 ロマネスクさんに惚れてるんじゃないですか?)

姉弟の間でしか通じないアイコンタクトで、その事について話し合う。

('、`;川(なに、じゃあこの子、ファザコン?!)

人は見かけによらない言うが、まさにその通りだ。
とは言え、"ブラコン"が何を言っても説得力がない。
そう言うギコも、"シスコン"なので何も言えない。

(,,゚Д゚)(人の愛情はそれぞれ、俺達は何も言えないっす)

全員が揃った事を、余裕を持って確認したデレデレが、皆に声を掛ける。

ζ(゚ー゚*ζ「よ〜し、それじゃあ皆。
       そこから離れて頂戴」

何の事か分からないまま、ギコ達は穴から離れてデレデレの元へと駆け寄った。
距離は、大穴から約10メートルと言った所だろうか。
今度は、デレデレが"槍"を構えた。
構えたと言っても、それは僅か1秒足らずの話だ。

たった1発だけ。
たった1回だけ響いた銃声の後、響いたのは轟音だった。
微妙な均衡を保っていた瓦礫の、"目"を撃ち抜いた事によって、瓦礫が倒壊を起こしたのだ。
相変わらず、恐ろしいまでの観察力を持っている。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:42:16.15 ID:W4wKUCOY0
ギコは、改めてデレデレの実力を実感した。
流石は"女帝"と言うべきか。
しかし、穴から入り込んで来ていた光が完全に遮断され、院内には暗闇が広がってしまった。
光源が一切ない院内は、下手なホラー映画よりも恐ろしい。

(,,゚Д゚)「み、視えねぇ……」

暗闇に目が慣れるには、しばしの時間を要する。
今は下手に動けない。
何せ、報告によればここの床には"大穴が開いている"とのこと。
迂闊に動けば、奈落の底へ真っ逆さま。

ようこそ暗闇、さよなら現世である。

(,,゚Д゚)「デレデレ様、ところでそろそろ何かヒントを―――」

【時刻――15:08】

外では魔女の罠が発動している中、院内は至って静かだった。
月明かりが欲しい雰囲気なのだが、生憎と時間的にはまだまだ先の話である。
ギコが能天気にした質問に対し、デレデレはそれに合わせて至極自然に答えた。
まるで、"我が子のした質問に答える母の様に"、優しく。

ζ(゚ー゚*ζ「少し、耳を澄ませて御覧なさいな」

そう言ってデレデレは、耳に掛かった自慢の豪奢な金髪をそっと掻き上げる。
何の事かとギコは思ったが、その答えは、自身の耳が教えてくれた。
微かに耳朶を震わせた音の正体は、破裂音、もしくは銃声だ。
本当に微かな音であったが、訓練されたギコの聴覚はそれを聞き逃さない。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:46:30.31 ID:W4wKUCOY0
(;,,゚Д゚)「銃声?」

('、`*川「それだけじゃない、"気に入らない女の声"がするわ……」

ペニサスに言われて初めて、ギコは銃声以外に響くそれに気付いた。
銃声に気を削がれたギコが聞き逃したのは、"人間の本能が忌み嫌って止まない声"だった。
確かに、気に入らない声だ。
"変に声色を変える馬鹿アイドル"よりも尚、気に入らない。

ζ(゚ー゚*ζ「相も変わらず、卑怯な手を使うわね。
       あの女は」

忌々しげに、尚且つ懐かしげに呟いたデレデレの言葉に、でぃが反応を示す。

(#゚;;-゚)「ん? 知っているのか?」

それが意外だったのだろうか、でぃは珍しくデレデレに問いかけた。
確かに、デレデレが忌々しげに語るなど、珍しい話だ。
デレデレが一旦忌々しいと思った者は、"不思議と"事故に巻き込まれる率が高い。
にも拘らず、"始末されていない相手"が今回の相手だと言うのは、ケツ穴の締まりの悪い話である。

ζ(゚ー゚*ζ「昔の話よ。 私が一時期、ネットでチェスをやってたじゃない?
       その時に、随分しつこく私に挑戦してくる馬鹿がいたのよね。
       まぁ、戦略が余りにもお粗末だったから、軽くあしらってたら向こうがキレちゃってね。
       そのサイトにアク禁をくらっちゃって、その時の相手が、あの女なのよ。

       確か、フォックス・ロートシルト。 だったかしらね。
       "永遠の二番煎じ"、って煽ったのがいけなかったのかしら?
       それとも、"阿婆擦れキチガイ糞ババア"、が駄目だったのかしらね?」

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:52:27.99 ID:W4wKUCOY0
何年前の話かギコは忘れていたが、デレデレは嘗てインターネットのチェスに熱中していた時期があった。
インターネットのチェス大会において常に優勝をしていたデレデレは、ある日を境にそれを止めた。
余りにも順調過ぎてチェスに飽きたと思われていたのだが、まさかそんな理由だとは。

(,,゚Д゚)「でも、そんな奴がなんで?」

ζ(゚ー゚*ζ「さぁてね? その辺は今の内にいろんな想像を膨らませて頂戴。
       で、これが"始まり"。 後は終局に向かって、読み合いってところよ」

デレデレが読み合いと言うからには、それなりに実力のある者なのだろう。
ギコがオセロでデレデレに勝った事など、当然ながら嘗て一度もない。
しかも"智将"ペニサスでさえ、読み合いに征した事は無かった。
この都で、デレデレに頭脳戦でまともな勝負が出来る者はそうは居ない。

ζ(゚ー゚*ζ「でもね、全部の手は打ってあるからとりあえずは安心かしらね。
       "誰かが死ぬ"って事は無いから、大丈夫」

( ФωФ)「お主がそう言うのなら、まず間違いはなさそうだな」

ハインと手を絡ませたまま、ロマネスクはデレデレを称賛した。
片手に香木の仕込み杖を持ちながら、ロマネスクは笑みを浮かべる。
ロマネスクの仕込み杖に使用している香木は、その香りで人の心を落ち着かせる作用がある。
少なくともこの場で、誰かが混乱する要因は何もない。 まぁ、手練しかいないので混乱することなどまず有り得ないのだが。

(#゚;;-゚)「デレ、そろそろ……」

腕時計に目を走らせたでぃが、デレデレに小さく声を掛ける。
"あら"、と可愛らしく声を上げたデレデレは、耳に掛けたインカムのマイクの位置を微調整する。
そして、太陽の様な笑顔を浮かべた。
いつもの様に誰もが惹かれずにはいられない笑顔ではなく、"頼りがいのある母親の笑顔"だ。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 02:57:03.50 ID:W4wKUCOY0
ζ(^ー^*ζ「まずは、トソミルに、っと……♪」

(#゚;;-゚)「……」

同じようにして、でぃもインカムのマイクを口元に持って行く。
小さな声で何やら言っているようだが、生憎とギコ達には聞こえない。
今は、互いの意見を交換し合うのが重要である。
"母が戦っている間、自分達も戦う"のが、クールノーファミリーの掟だからだ。

(,,゚Д゚)「ねぇ、ペニ姐? この祭り、先は見えました?」

当然、ギコの言う"先"とはこの騒ぎの終局の事である。
途中経過を見るのではなく、"終局を見る事によって容易に経過を知る事が出来る"。
それはデレデレが教えた簡単な頭脳戦の基本であり、冷静に状況を見据える為の方法だった。
最も、これはあくまでも基本なので、これをアレンジして応用するのが腕の見せ所だ。

('、`*川「そうね、詳細は今のところ解らないけど。
      祭りにぶつけて物事を運ぶってことは、祭りに少なからず拘わっているってことね。
      あえて初日にあるプレパに合わせて始める事を考えると、それなりの理由がある事が解るわ。
      連中の目的は、"都の最深部にある何か"。 ってところかしら?」

(,,゚Д゚)「個人的には、"幾つもの何かが目的"な気がしますが……」

真相は分からないが、デレデレの意見を聞きたい所だ。
しかし、今デレデレは忙しなくどこかに連絡を取っている。
今はまだ、自分達で考えるしかないらしい。
二人だけでなく、他の者の意見も聞きたい。

そこで、ギコは"会話に参加する気のなさそうな者"に聞く事にした。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:03:08.92 ID:W4wKUCOY0
(,,゚Д゚)「ハイン、お前はどう思う?」

从 ゚∀从「知らねーよ、自分で考えろや。
      手前の脳味噌は豆腐か? あぁん?」

(,,゚Д゚)「あぁそうかい」

聞いた自分が馬鹿だったと、ギコはつくづく痛感した。
むしろ、この女に礼儀を期待した自分が愚かだった。
と、いうか。
この女、人を露骨に馬鹿にしやがった。

(#,,゚Д゚)「ってゴルァ! 誰の脳味噌が豆腐だって?!
      手前みたいな…… ウヴォア?!」

ペニサスによる冷静な一撃によって、怒りで沸騰した血液が一気に冷却される。
後頭部を強打されて義姉の腕の中で気を失ったギコはついでに、記憶の一部が消し飛んだ。
丁度、ハインの罵倒文句の部分だけ記憶を消せたのは、ペニサスにしか出来ない芸当だった。
流石は姉弟である。

('、`*川「……あんた、少しは空気を読むって事を知りなさい」

从 ゚∀从「……すまないね、気を遣わせちゃって」

('、`*川「良いってことよ」

114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:08:03.25 ID:W4wKUCOY0
誰でも、自分の幸せな時間を邪魔されれば悪口の一つや二つ、出てしまう。
どうやら、ペニサスとハインの間に不思議な絆が生まれたようだ。

从 ゚∀从「そいつ、平気なのか?」

ハインなりに悪いと思っているのか、申し訳なさ程度にギコの容体を聞く。
それほどに、ペニサスの一撃は素早く正確で、容赦がなかったのだ。
しかし、ペニサスは特に気にする様子もなく言った。

('、`*川「あぁ、大丈夫よ。 この子は強い子だもの」

勝手な気もがするが、義姉が言うのであれば問題は無いだろう。
ハインは安堵の溜息を吐いた。

从 ゚∀从「そうか、そいつは良かった。
      で、何時目を覚ますんだ?」

('、`*川「今」

ペニサスの言葉と、ギコが後頭部を押さえながら起き上がるのは同時だった。
義弟の起き上がるタイミングまで熟知しているとは、侮れない。
素直に感心し、ハインは感嘆の声を上げる。

从 ゚∀从「ほぉ、すげえな。 姉弟ってやつは、皆そんな技が出来るのか?」

('、`*川「まぁ、姉の基本能力の内の一つよ。
      これぐらい出来ないで、何の姉かしら?」

――――――――――――――――――――

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:14:34.04 ID:W4wKUCOY0
乾いた音を立て、最後の一発の空薬莢が床を叩いた。
銃口から未だ漂う硝煙と、周囲に漂う硝煙の区別がつかない程に、辺りは濃密な硝煙に包まれている。
それは、事情を知らぬ者が見たら、都の名物である濃霧と勘違いしただろう。
しかし、直前に連続して響いた発砲音がそれをさせない。

(;`・ω・´)「嘘だろ……」

シャキンが手に持つショットガンが放った弾丸の雨は、確実に眼前に居る女の顔面を捉えていた。
数百発と言う鋼鉄の雨をまともに受けながらも、女は立っていた。
それだけではない、女の顔には銃創どころか、傷一つ付いていないではないか。
一体如何なる構造をしているのか、シャキンがそれに一瞬だけ気を取られた時だった。

女の口元が、うっすらと笑みを形作る。
刹那、撃ち尽くしたショットガンの鋼鉄製の銃床を、シャキンは思い切り女の顎に向けて叩きつけていた。
並みの人間なら、確実に首が折れている一撃。
それを受けても尚、女は笑みを崩さない。

"無残に折れ曲がってしまった"ショットガンを潔く捨て去り、シャキンが最後に頼ったのは己の肉体だった。
女の首に向かって、得意の回し蹴りを見舞う。
この一撃は、例え"義足の支え"であろうとも、決して威力が落ちない。
鋼鉄すら蹴り砕くシャキンの回し蹴りを受ければ、女の首が折れるのは必至だ。

如何に化け物じみた頑丈さを持ち合わせていようとも、"鉄足"の蹴りに動じない筈がない。
不安混じりに勝利を確信したシャキンは、繰り出す途中で蹴りを更に加速させる。
だがしかし、必殺に成り得るシャキンの右足がダイオードの首に触れた瞬間。
―――シャキンの視界が反転した。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:19:27.09 ID:W4wKUCOY0
女の首に向かって見舞われた回し蹴りが完成する前に、女がシャキンの義足を蹴り飛ばしていた事に気付いたのは。
シャキンの後頭部が床に叩きつけられ、鈍痛が頭部に走った時だ。
何が起きたか理解するよりも早く、シャキンの顔面に固い靴底が押し付けられる。
シャキンの蹴りよりも早く女が動いたのは、もはや経験の賜物や運動神経が成せる業では無かった。

事前にシャキンの行動を予測していなければ、こうも正確かつ素早く対応できるはずがない。
時間にして0.4秒。
今のシャキンに繰り出せる最速の蹴りは、人間の反射速度よりも速い。
それにも拘わらず、この女はそれをいとも簡単に止め、更には反撃までした。

一体、如何なる手段で予想したのか、シャキンには想像すら付かない。
それを知ってか、ダイオードはシャキンの顔面を踏む足に加えた力を緩める気配を見せない。
代わりに、先程とは違うまろやかな声色でシャキンに問いかけた。
灰色の瞳に怪しい光が灯ったように見えたのは、果たして気のせいであろうか。

/ ゚、。 /「私の質問に、答えさえすれば悪い様には致しません」

とか言いつつも、ダイオードの靴に明らかな重量を感じる。
少しずつではあるが、ダイオードは靴に力を込めているらしい。
このままだと、シャキンの鼻の骨が折れるのは確実である。
相手の質問内容が何であれ、シャキンがここで取るべき行動は一つだ。

(`・ω・´)「……さぁてな? トイレなら向こうだ」

倒れながらも、中指で点を指す。
腐ってもシャキンは、"鉄足"だ。 いついかなる時でも、冷静で無くてはいけない。
そして、悪態を吐く事を忘れない。
ロマネスク一家元No2 は伊達では無かった。

/ ゚、。 /「まぁ、そう言うだろうと思ってましたが……」

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:23:57.94 ID:W4wKUCOY0
そう呟くと、ダイオードはシャキンの顔から靴を退かした。
どうやら、これで終わる―――

/ ゚、。 /「仕方無いです、ねっ!」

―――はずが、無かった。
足を持ち上げたのは、踏み潰しの威力を最大限にまで高める為である。
まともにそれを受けたシャキンの鼻が、嫌な音と共に折れた。
踵で正確に踏みつけられた鼻からは、鼻血が涙の様に流れ出る。

それでも、シャキンは呻き声一つ上げなかった。

/ ゚、。 /「おや、意外と頑丈なんですね。
       それとも、やせ我慢ですか?」

滴る程の皮肉を込めて、ダイオードはシャキンを称賛した。
最早揺るがない圧倒的優位な立場だからこそ、ダイオードはそのような行動に出たのだ。
踵に更なる力を込め、折れた鼻を細かく砕く。
その激痛は尋常ではない。

何せ、折れた個所を更に折られるのだ。
この状態では、まともな会話すらままならない。

(`・ω・´)「はっ、こんなので俺が屈するとでも思ったか?」

しかし、シャキンは何て事無い風に平然と会話をした。
これにはダイオードも驚いたのか、目を丸くしている。
驚きに呆けた表情で、ダイオードは再度シャキンの顔面を踏みつけた。
今度は鼻と言わず、顔面中を徹底的に踏みつける。

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:27:33.94 ID:W4wKUCOY0
頬骨が折れ、口の中を切り。
数本の歯が折れ、顔が膨れ上がっても。
シャキンは全く動じない。
未だ無表情でシャキンの顔面を踏み散らすダイオードの額に、うっすらと汗が滲む。

(;`・ω・´)「どう……し…? も……終……りか?」

/ ゚、。 /「……」

ふと、ダイオードの足がシャキンの顔から離れた。
そのまま踵を返し、ダイオードは近くに置かれた椅子を手に取る。
それをシャキンの近くに置くと、荒い息で呼吸するシャキンの髪を掴み、投げ飛ばす様にして椅子に座らせた。
シャキンはすぐさま逃れようとするが、それよりも速く"何かが"体を椅子に縛り付けた。

(;`・ω・´)「……鎖?」

だが、次の瞬間。
シャキンが口にした言葉を、激痛が否定した。

(;`・ω・´)「鎖……鎌、か……!」

激痛の元に目線を移し、右肩に突き刺さった物の名を口にする。
深々と突き刺さった刃を引き抜きたいが、鎖が上半身を完全に椅子に縛り付けていた。
腕すらまともに動かせないし、おまけに足でどうにかなる相手でも状況でも無い。
溜息を吐き、シャキンはダイオードを見上げた。

(`・ω・´)「緊縛プレイの……趣味は無いんだ……がね? さっさ……とこれ……を外せ。
      そして……死ね」

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:32:51.70 ID:W4wKUCOY0
その言葉に、ダイオードは眉一つ動かさない。
屈んでシャキンと目線を合わせ、誘うようにしてダイオードは言葉を紡いだ。

/ ゚、。 /「えぇ、すぐにでも外して上げますよ。
       ただし、ヒートの居場所を言えば、の話ですが」

ヒートと言う単語を聞いた瞬間、シャキンは眉をしかめた。
それは別に、右肩から流れる血で足元に血溜まりが出来始めているのを見たからではない。
"何故、この女はヒートに拘るのだろうか"
それが、シャキンの疑問だった。

(`・ω・´)「知っていたと……して、俺が……言うとでも思うか?
       時間と……酸素の無駄だ、この……阿婆擦れが」

ダイオードの顔に血の混じった唾を吐きかけ、シャキンは憎悪の色を灯す目で睨みつけた。
今こうしている間にも、ヒートに何らかの危険が迫っているのを黙って待っているなど、とても出来ない。
それに何より、この女は自分にヒートを裏切れと言う。
冗談じゃない!

(`・ω・´)「あの人を裏切るぐらいなら、死んだ方がましだ!
      俺は自分で決めた鉄則を、絶対に破らん!」

その声は、顔中を腫らしている者の声とは思えない程、ハッキリと、そして大きく響いた。
高らかに宣言し、シャキンは挑戦的な笑みを浮かべる。

/ ゚、。 /「なるほど、だから"鉄足"ですか。
       鉄則にして鉄足、下らない話です」

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:38:26.25 ID:W4wKUCOY0
頬に付いたシャキンの唾を、ダイオードは長い舌で舐めとった。
やれやれと言った様子で、ダイオードは立ち上がる。
厨房の一角にある調理器具置き場に歩み寄ると、何やらガチャガチャと漁り始めた。
そして、幾つかの調理器具を手に戻ると。

/ ゚、。 /「貴方のその頑丈さに感謝します。 おかげで私の趣味の時間が増えました。
       いつもは、最後まで出来なかったのですが。
       貴方なら、きっと最後まで出来るはずです」

ダイオードが言い終わるのと同時に、シャキンの"右肩から"勢いよく血飛沫が上がった。
堪らず声を上げようとするも、シャキンは折れた歯を食いしばってそれを耐える。
何が起きたのか、シャキンは全て見ていた。
右肩に突き刺さった鎌をダイオードが、手にしたフライパンで思い切り叩いたのだ。

骨まで達した鎌を、今度はゆっくりと連続して叩き始める。
女子供が釘を刺す様に、弱い力で何度も。

「ヒートはどこに居ますか?」

鎌を叩きながら、ダイオードは機械的にその言葉を口にする。
もう少しシャキンに余裕があれば、その声に明らかな熱が宿っているのに気付けただろう。

「一昨日きやが……れ……」

どうにかそれを口にすると、シャキンは再び激痛に耐え始める。
ダイオードはそれを聞くや否や、手にしたフライパンでシャキンの顔面を殴打した。
フライパンが変形するまで叩きつけながら、ダイオードは再び、同じ質問をする。

「ヒートはどこに居ますか?」

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:43:17.53 ID:W4wKUCOY0
だが、シャキンも負けてはいない。
人相すら判別がつかない程に腫れあがった顔を歪ませ、笑みを作る。

「へ…… 料理道具で……遊ぶなよ、糞売女が……」

ダイオードはフライパンの角でシャキンの額を殴りつけ、それを捨てた。
角で殴られたせいでシャキンの額が割れ、そこからおびただしい量の血が流れ出る。
次にダイオードが手にしたのは、二本の刺身包丁だ。
通常の包丁よりも刃が細いのが特徴で、魚を切る時には重宝する。

それを、シャキンの右足の甲に刺した。
足で踏みつけ、床にしっかりと串刺しにする。
この時点で、まともな人間ならば失禁だけにとどまらず、体中からあらゆる分泌物を出していただろう。
そして、命乞いをしてダイオードの質問に答えるのが一般だ。

しかし、彼は"鉄足"のシャキン。

「どうし……た……? も……う……終……いか?」

涙一つ、苦悶の声一つ無く。
彼は、自らの鉄則に従う。
故に"鉄足"。
ロマネスク一家の元No2にして、ヒートの想い人である。

体中から抜け出た血の量は、尋常ではない。
このままだと、シャキンは確実に死ぬ。
流石のダイオードも、もう片方の包丁でシャキンの耳を削ぎ落すのを躊躇う程に。
シャキンの意地は、狂気に満ちていた。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 03:48:56.32 ID:W4wKUCOY0
「どうしてそこまでして、あの女に義理立てするのですか?
あの程度の女なら、巷には幾らでも居るのに」

仕方無く、ダイオードは耳の代わりにシャキンの右腕の腱を切る。
過剰に失血させてしまえば、ヒートの居場所を聞く前にシャキンは絶命するだろう。
ヒートを探してここまで来たのに、それが無駄になってしまう。
その焦りが、ダイオードの鉄の心に一片の躊躇いを生んだのだ。

「手前……に……は、一生理……解でき……ない……さ……」

途切れ途切れに言葉を並べるシャキンではあるが、その呼吸は徐々に浅くなっている。
舌打ちをして、ダイオードは懐から注射器を取り出す。
強力な強心剤が入ったそれを、シャキンの腕に刺した。
紫色の強心剤は、通常その万分の一の量で充分なのだが、ダイオードは全て注入する。

シャキンの目が大きく見開かれ、全身が痙攣を起こした。
まだダイオードの懐には、これと同じ物が3本ある。
つまり、後三回は拷問が出来ると言う事だ。
しかし、あまり使い過ぎても逆にいけない。

「ヒートはどこに居ますか?」

その問い掛けは果たしてシャキンに届いているのか、その判断をする前に。
ダイオードは刺身包丁をシャキンの右腕に突き立て、最後の調理器具を取り出した。
料理にこだわったシャキンだからこそ持っていた、調理器具。
それは、"牛骨すら粉にするミキサー"だ。

「これが最後です、もし貴方が頑なに拒むのであれば。
貴方の右足は、左足同様使い物にならなくなります。
そうなれば、貴方は車椅子生活を余儀なくされ、ヒートから見捨てられる事でしょう」

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:08:58.06 ID:W4wKUCOY0
これ見よがしにミキサーを起動し、その回転音でシャキンに恐怖を与える。
しかし、シャキンはその音を聞いても尚、動揺しなかった。

「へっ……あの人を裏切る方が……よっぽど……痛いね……」

見開かれていない目で、シャキンはダイオードを睨みつける。
小さく舌打ちをしたダイオードは、串刺しにしていたシャキンの足から、刺身包丁を引き抜く。
抜く際に、抉るようにして回転させる事は忘れない。
抜き取った包丁を、血で真っ赤になっているシャキンの右腕にオマケ感覚で突き刺した。

もう、これではシャキンの右腕は使い物にならないだろう。
肉の抉れたシャキンの右足を、ミキサーの上に持ってくる。

「命乞いをするなら、今の内ですが?」

未練がましくも、ダイオードは問いかけた。
だが、シャキンはもう答えない。
"貴様に語る言葉などもう無い"、とばかりに。

「愚かな……」

そして、ダイオードはミキサーの回転速度を最高にした。
高速回転する金属の刃は、例え雄牛の頭蓋骨を入れたとしても難なく粉砕してしまう。
人間の足など、ひとたまりもない。
ゆっくりと、シャキンのつま先に刃の風を当てて恐怖を味あわせる。

つま先がゆっくりと―――
―――ミキサーへと、吸いこまれた。

138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:14:37.66 ID:W4wKUCOY0
瞬間、シャキンの足の肉と骨、そして爪が"切り砕かれる"音が、店内に響く。
鮮血が辺りに飛散し、砕けた肉も骨も、爪さえもがまるで花火の様に飛び散った。
痛みから逃げようとするシャキンの足をしっかりと握ったまま、ダイオードは更に足をミキサーに突っ込む。
骨が砕け、肉が切れ、腱が切れ、神経が切れ、血管が切れる。

しかし、シャキンの意識と命、絆と信頼だけは切れない。
折られた歯が更に砕ける程強く、シャキンは歯を食いしばる。
激痛に悶える声など、上がらなかった。
この程度の痛みならば、"ヒートのビンタ"の方がよっぽど痛い!

既に、シャキンの足首から先は肉塊と肉片に変わっている。
脛の半ばまで失ったシャキンの全ては、たった一人の存在が現世に繋ぎとめていた。
"戦乙女"素奈緒ヒート。
彼女の姿が脳裏に浮かぶ。

まるで水面に映る月の様に。
鏡に映る一輪の花の様に。
儚く、そして遠い。
鏡花水月、まさにその通りだった。

膝が砕かれ、目が飛び出すかと思う程見開く。
それでも、声だけは上げない。
意地が、矜持があるのだ。
あの人には、迷惑をかけない。

「はぁ……はっ……っ!
どうした、も……し……か?」

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:19:58.74 ID:W4wKUCOY0
血を流し過ぎたせいで、呂律が上手く回らない。
意識が混濁し始めた。
このままでは、もう―――
もう二度と、彼女の笑みが見られなくなってしまう―――

「はぁ…… 結局、右足全部無くしても吐きませんか。
このままでは予定に支障が出てしまいますね」

シャキンが死ぬのを確信したダイオードは、心底つまらなそうに呟いた。
理科の実験で解剖されるカエルに向けるような目をくれてやると、ダイオードはミキサーを停止させる。
シャキンの義足に手を掛け、力任せにそれを奪い取った。

「まぁ、これは私の時間を削ったお代としていただいておきます」

そう言って、ダイオードはその場から音もなく消え去った。
残されたのは鮮血の海。
それまで形を成していた肉片。
そして、後数分で絶命するシャキンだけだ。

だがしかし、シャキンは諦めていなかった。
幾ら絶望的な状況でも、決して諦めてはいけない。
最期に見るのならば、"絶対にヒートでなければ"、死んでも死にきれない。
血の問題はどうしようもないとして、出来る事は意識を決して手放さない事だ。

その意地と矜持が報われたのは、ダイオードが消えてから5分後の事だった。

「……」

「ヒー……ト……?」

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:26:11.59 ID:W4wKUCOY0
目の前に現れた人の気配に、シャキンはうっすらと瞼を開いた。
確かに、シャキンの目の前には人影がある。
この気配は紛れもなくヒートのそれだ。
血の香りの中でも、ヒートの香りを嗅ぎ分けて確信を得る。

「ご……め……」

「何も言うな。 いいな、もう大丈夫だ」

謝罪の言葉を遮り、ヒートが震える声で続ける。
今にも壊れそうで、今にも泣きそうな声。
もしもシャキンの腕が無事だったのならば、抱きしめて慰められるのに。
今や、使い物になるのは左腕だけだ。

「これからロマネスク一家までお前を運ぶ、準備は良いか?」

何故、ヒートの声が震えているのだろうか。
シャキンは、分からなかった。
怒りか、悲しみか。 それとも、憤りか。
要因があり過ぎて、どうしたらいいか分からない。

「……どうして、私を呼ばなかったんだ?
あの時なら、まだ間に合ったはずだ」

あぁ、そのことか。

"あの人を裏切るぐらいなら、死んだ方がましだ! 俺は自分で決めた鉄則を、絶対に破らん!"

あの時、気付いていた。
裏口で固まっている、ヒートの存在に。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:31:10.97 ID:W4wKUCOY0
だから、必死に声を張り上げてヒートの存在を消した。
もしも気付かれてしまえば、自分が人質にされてヒートの足手まといになってしまうからだ。
それだけは、避けなければならない事態である。

「いいさ、分かってる。 でもな、お前が死んだら元も子もないんだよ」

こちらの意図が伝わっていたからこそ、今の状況があった。
シャキンには見えていないが、ヒートは血が出る程強く拳を握りしめ、唇を噛んでいた。
怒りと憤りを押さえながら、ヒートはシャキンがこんな姿になるのを聞いていたのだ。
その悔しさは、誰にも分からないだろう。

ヒートの震えていた声が、湿り気を帯び始める。

「私が許可するまで、死ぬ事を許さない」

きっと、ヒートの瞳には涙がたまっているのだろうか。
何かを誤魔化す様に乱暴に鎖を取り払い、ヒートはシャキンの止血を素早く完了させる。
柔らかいタオルの感触が、心地いい。
しかし、いまさら止血をした所で、とも思ったが。

「大丈夫だ、その辺の連絡はデレデレさんと済ませてある。
よかったな、お前はまだ生きられる」

優しくヒートに抱きしめられ、シャキンの意識がようやく現世に残る事を決めた。
今になって、シャキンの目から大粒の涙がボロボロと零れ始めた。
安堵と、感謝と、謝罪と、屈辱。
それらが混然一体となった涙が、止めどなく溢れ出る。

「任せろ……」

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:36:26.34 ID:W4wKUCOY0
ヒートは誰にでもなく、自分自身に言い聞かせるように呟く。
今やヒートよりも小さくなってしまったシャキンを抱え上げ、ヒートは裏口へと向かう。
次にヒートが小さく呟いた言葉は、シャキンの耳にもはっきりと聞こえた。

「……"私のシャキン"に手を出した野郎は、必ず殺す」

戦場で、死の宣告をすると言われる戦乙女。
その中でも最強の戦乙女の逆鱗に触れてしまった愚か者の末路は、想像すらできない。
だが、一つだけ分かる事がある。
それは、"ヒートは絶対に宣言をやり遂げる"と言う事だ。

電気椅子に座って首にロープを掛け、更には毒を服用した上に銃口を突き付けるよりも確実に。
ヒートは、宣言を遂行する。

裏口の扉が開け放たれた時には、二人の姿はどこにも無かった。

――――――――――――――――――――

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:40:08.23 ID:W4wKUCOY0
施錠されてあった扉が、蝶番ごと勢いよく吹き飛んだ。
先の砲撃で店先から人がいなくなってから、実に5分後の事である。
とはいえ、扉が吹き飛んだのはどう考えても砲撃などの類の影響では無い。
明らかに人間が蹴破ったのを、銀は黙って見ていた。

そして、入ってきた人種を冷静に観察する。
鼻息荒く、扉を蹴破ったと思われるのは肥満体形の中年男。
そして、男の腕の中で泣きそうな顔をしている少女。
合計二人の、"招かれざる客"だ。

今すぐ門前払いをしたい所ではあったが、生憎とそうもいかないらしい。
何せ、男が少女の頭に拳銃を突きつけているのだ。
世間一般に言う、犯人と人質の図である。
とは言え、銀には関係の無い話だ。

「お、おおおおれに、あの女を会わせろ」

薬か酒かは分からないが、呂律が回っていない。
それに、相手の狙いも分からない。
人質を殺して店を汚されたりするのは、勘弁願う。
とりあえず、銀は不機嫌丸出しで男に質問した。

イ从゚ ー゚ノi、「で? あの女とは誰じゃ?」

「き、金髪の女だ!」

どうやら、男はデレデレを御所望のようだ。
生憎と、この店に残っているのは銀だけなので男の願いは叶わない。
鼻で笑い、銀は言った。

149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:44:40.33 ID:W4wKUCOY0
イ从゚ ー゚ノi、「残念じゃったのう。 あの方は今ここにはいない」

それを聞いた男は怒りを露わにし、唾を飛ばして叫んだ。

「ふ、ふふ、ふざけるなよ! 今すぐ呼んでこい!
このガキがどうなってもいいのか!」

男は撃鉄を起こし、少女の頭に銃口を押し付ける。
後は銃爪を引けば、床にお味噌がぶちまけられるだけだ。
そうなった場合、後片付けが非常に面倒くさい。
正直、目の前の少女が死のうが犯されようが、銀には関係の無い話だった。

イ从゚ ー゚ノi、「構わんよ」

故に、銀は素気なく言い放つ。

「た、助けて……」

少女が涙を流して助けを請うが、銀は微動だにしない。
別に、銀は子供が嫌いと言うわけでは無かった。
目の前で子供が危機に曝されていれば、それを助けるのが銀の性格だ。

イ从゚ ー゚ノi、「儂に演技は通用しないぞ? 懐に下げた二挺拳銃、知らぬとは言わせん」

銀の言葉に、二人の招かれざる客が同時に息をのんだ。

イ从゚ ー゚ノi、「種類までは分からんが、撃鉄をあらかじめ起こしてあるの。
        小童、お主、儂が気付かぬとでも思ったか?」

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:49:10.09 ID:W4wKUCOY0
収音機能が搭載された"テレキャスター"は、布が擦れ合う音すら聞き逃さない。
そして、当然ながら少女の懐で重々しい音を鳴らした銃の存在も、聞き逃す事は無かった。
次の瞬間、少女を羽交い絞めにしていた男が、この世の物とは思えない絶叫を上げた。
張り裂ける程に目を見開き、手にした銃を取り落とす。

「がっぎゃぁああああああああああああああああああああああ!!」

今のところ、銀は何一つ手を出していない。
男を襲ったのは、"それまで人質を演じていた少女"の容赦の無い攻撃だった。
背丈に見合わず、少女は怪力の持ち主の様だ。
何せ、"男の急所を掴み上げている"となれば、まともな人間ではない。

爪゚ー゚)「ったく、お前のせいで全部ご破算だよ、デブが。
     地獄で詫びて来いよ」

肉が砕ける音と共に、男の声が途絶えた。
男根と睾丸もろ共、少女に握りつぶされたらしい。
ゴミを捨てるように軽々と、少女は男を店の外に放り投げる。
そして、銀に視線を移した。

爪゚ー゚)「ババア、お前もお前だよ。
なんで"こんなに可愛らしい女の子"が人質に取られてるのに、助ける気配すら見せないんだ。
     "ちんぽっぽ"とか言うババアだって、油断したっていうのに」

憎々しげに舌打ちをして、少女は銀を睨み上げる。
演技の仮面が剥がれた事によって、少女は自らの本性を曝け出し始めた。
勘違いした中学二年生よりも、始末に負えない性格をしている。
自分が強くて可愛いと、本気で思っているようだ。

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:53:28.23 ID:W4wKUCOY0
イ从゚ ー゚ノi、「……小童、お主の名は?」

爪゚ー゚)「じぃ。 じぃ・バレットだ。
     これから手前を生け捕りにする者の名前だ、よく覚えておけ」

イ从゚ ー゚ノi、「じぃ? 自慰の間違いか?」

クスリと笑い、銀は哀れみのこもった目線をじぃに向ける。

爪#゚ー゚)「んだと?」

イ从゚ ー゚ノi、「あぁ、小童にはまだ理解できないか。
       家に帰って、親父にでも教えてもらうと良い」

その言葉を、じぃは最後まで聞こうとはしなかった。
怒りに身を任せ、懐に両手を伸ばす。
抜き放ったベレッタM92Fの銃口を銀の心臓に向け、同時に銃爪を引いた。
だが、じぃが素早く懐からベレッタを抜き放つよりも速く、銀は手にした厳狐を鞘走らせていた。

放たれた二発の弾丸を、空中で切り落とす。
一閃で両断された弾丸は、金属音を立てて床に落ちた。
しかも、銀が厳狐を鞘から抜いた瞬間をじぃは視認できなかった。
おまけに、銀は"抜いたはずの厳狐"を、再び鞘に戻している。

イ从゚ ー゚ノi、「無駄じゃ、儂に銃弾は効かん」

銀が言い終わるより早く、じぃは連続して銃爪を引いた。
しかし、10発以上撃ち込んだ弾丸は、銀の髪にすら掠らない。
"クレイドル"と不可視化光学迷彩の組み合わせ、更に"ストラトキャスター"の能力の前には、弾丸など意味を成さないのだ。
その事をじぃが思い知ったのは、遊底が引き切り、全弾撃ち尽くした後。

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 04:59:22.04 ID:W4wKUCOY0
銀による回し蹴りが、じぃの顔面を捉えた時だ。

店の壁に叩きつけられ、じぃが苦悶の声を上げる。
即座にその場から離脱していなければ、厳狐の薙ぎ払いによりじぃの首が飛んでいただろう。
じぃの首の代わりに、店の壁が大きく切り裂かれた。
転がるようにしてその場から離れ、立ち上がりざまに空になった弾倉を排出する。

素早く装填作業を終え、スライドストッパーを開放して初弾を装填する。
だが、銀はその隙を見逃してはいなかった。
厳狐の一振りで、じぃの右手からベレッタを奪い取る。
返す手で、左手のベレッタも切り払う。

爪;゚ー゚)「ば……っ!?」

驚愕の声を上げようとするも、厳狐が獲物にその隙を与える事は無い。
強烈な突きが、じぃの喉元を目掛けて繰り出された。
紙一重の所で、じぃはそれをどうにか避ける。
不可視化光学迷彩のせいで、銀の姿は見えない。

じぃが自力で銀を見つけられるとしたら、自身の感覚に頼るほかない。
しかし、"クレイドル"を使用している銀の気配はおろか、物音一つしないのだ。
自信の体の性能に頼り切っていたじぃにとって、銀を見つけるのは不可能である。
腰に下げた予備のベレッタに手を伸ばし、震える手でそれを構えた。

イ从゚ ー゚ノi、「……弱いのう」

じぃの背後で、銀の呆れた声が聞こえた。
地面を強く蹴り飛ばし、距離を取りつつ銃口を声のした方に向ける。
だが、そこには壁しかない。
光学不可視化迷彩を使用しているのならば、移動の際に陽炎が立つはずだ。

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 05:04:17.98 ID:W4wKUCOY0
それを見極めて狙い撃つしか、じぃには選択肢は無かった。
タイミングを計ったかのように現れた陽炎を、視界の端に見つける。

爪゚ー゚)「っ! 貰ったああ!!」

勝利を確信し、ほくそ笑みながらじぃは銃爪を引く。
放たれた銃弾は、正確に陽炎を撃ち抜いた。
同時に、じぃの腹部を強烈な衝撃が襲う。

爪;゚ー゚)「はうっ!?」

じぃは体をくの字に折り曲げ、悶絶する。

イ从゚ ー゚ノi、「弱い、弱過ぎる。 これなら、ドクオの方がまだ強いぞ」

不可視化光学迷彩を脱ぎ捨てた格好の銀が、じぃの腹部に拳を突き出した姿勢のまま、じぃの耳元でそっと囁く。
無論、思い切り馬鹿にしている。

爪;゚ー゚)「こ、の……!」

何か言い返そうとしたじぃだったが、銀が再び強烈な一撃を腹部に見舞ったせいで、それは出来ない。
マーセナリータイプには、弱点が多く存在する。
それは、生身の人間と同じである。
腹部然り、脳然りだ。

イ从゚ ー゚ノi、「おう、すまないな」

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 05:09:30.54 ID:W4wKUCOY0
悪びれる様子もなく、銀は再度腹部を殴りつけた。
そして、悶絶するじぃを突き放すと。
今度は、胸元に蹴りを見舞った。
壁に叩きつけられ、じぃは力なくずり落ちる。

その場に芋虫のように這いつくばり、じぃは酸素を求めてもがく。

イ从゚ ー゚ノi、「さて、お主には聞かねばならない事が二つある。
       一つ、お主らの目的を言え。
       二つ、何故、貴様がちんぽっぽを知っている?」

じぃの頭を踏みつけながら、銀は慈悲の欠片もなく尋ねた。
強制的に床とキスをする羽目になったじぃは、震える声で言った。

爪;゚ー゚)「一つ目に答える程、馬鹿じゃねえ」

"だが"、とじぃは続ける。

爪;゚ー゚)「ちんぽっぽ、あのババアならよく知ってるさ。
     両手足を撃った後に、犬に犯させて……食わせた!」

銀の足を跳ね退け、じぃは素早く立ち上がった。
倒れても手放さなかったベレッタを、バランスを崩した姿勢の銀に向ける。
この距離と銀の姿勢ならば、まず弾丸が外れる事は無い。
銃爪を引けば、銀の美貌に穴をあけられる。

それを確信したじぃが銃爪を引いた瞬間、じぃの体は店の外へ飛ばされていた。

イ从゚ ー゚ノi、「ちっ、この姿勢で無ければ斬れたのじゃが……」

161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 05:15:36.15 ID:W4wKUCOY0
舌打ち交じりに、銀は悪態を吐いた。
両手を地面に着くことなく、銀の体は地面とスレスレの所で水平を保っていた。
これが、"ストラトキャスター"の能力である。
じぃの弾丸を避ける事は出来たが、生憎と反撃までは出来なかった。

リi、 <▽>イ`!「そう言うなって、一応俺が殴り飛ばしただろ?」

光学不可視化迷彩を解除した狼牙が、銀の目の前に幻の様に出現する。
"フォレスト"を装備した状態の狼牙の手には、一対のトンファーが握られていた。
装着者の眼元だけを覆い隠す形状の"フォレスト"は、傍から見れば舞台用の仮面だ。
一応、姉妹ごとにデザインが微妙に異なり、狼牙の仮面は狼をイメージして作られていた。

从´ヮ`从ト「お姉ちゃん、どうする? トドメは刺す?
       あいつ、半泣きで逃げてるけど」

何処からか店の入り口に現れた千春が、対物ライフルを手に銀に問いかけた。
店の外に向けた光学照準器を覗き込み、銃爪に指を掛けている。
狼牙の一撃を受けても尚生きているとは、随分しぶといガキだ。
しかし、今は殺さないでおく。

イ从゚ ー゚ノi、「よい、あの程度の者ならいずれ死ぬ。
       それに、あの者の始末は"でぃ殿"に任せる。
       それが、道理じゃ」

从´ヮ`从ト「ヤー」

どこか不満げに納得した千春だったが、すぐに構えを解く。
代わりに、どこからともなく取り出した長方形の物体を、入口に置いた。

イ从゚ ー゚ノi、「なんじゃ? それは」

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 05:21:00.29 ID:W4wKUCOY0
姿勢を元に戻しつつ、銀は千春が設置した物体を指す。

从´ヮ`从ト「あ、これ? クレイモアだよ。
       ちゃんと改造してあるから、平気だよ」

千春の言う改造とは、一つの例外もなく魔改造の事を指し示す。
銀と狼牙が、呆れた顔をしているのを見て、千春は慌てて附け足した。

从´ヮ`从ト「勘違いしないでよ? ベアリングの数を10倍にして、爆破装置に三倍のC4を使ってるだけだって。
       フレシェット弾みたいに、えげつない事してないよ?」

ちなみに、以前千春が魔改造したフレシェット弾には、高性能な毒ガスが搭載されていた。
小さな鉄の矢を、雨の様に降らせるフレシェット弾の矢の一つ一つに、それを仕込んでいたのだ。
矢が落下した地点で、毒ガスが開放されるという仕組みである。
落下地点の周囲30キロ四方の生物が全て死滅する程強力な毒ガスで、幸いな事に実戦導入はされていない。

リi、 <▽>イ`!「どうせ、それ以外にもいじってるんだろ?
        まぁ、どうでもいいけどよ」

イ从゚ ー゚ノi、「この前買った、"VXガス"なんか積んではいないじゃろうな?
       "ザ・ロック"のハメル准将じゃあるまい……し」

千春が急に笑顔のまま黙り込んだのを見て、銀は眉をひそめた。

イ从゚ ー゚ノi、「……VXだけは外しておけ、ロマネスク殿にミンチにされるぞ」

从´ヮ`从ト「ちえっ、ぜひとも威力を見たかったのに……」

心底残念そうに溜息を吐き、千春は設置したクレイモアから緑色の珠を取り出す。
千春はそれを、エプロンのポケットにしまった。

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/21(日) 05:34:51.07 ID:W4wKUCOY0
イ从゚ ー゚ノi、「なぁに、後で使う機会が来るだろうよ」

そう言って銀は、幻想的な笑みを浮かべた。

リi、゚ー ゚イ`!「さて、今回はどんなお話が待ってるのかね?」

狼牙は"フォレスト"を取り外してトンファーをしまい、拳を打ち合わせる。

从´ヮ`从ト「勇猛果敢な御話か、それとも―――」

いつもの様に楽しげな笑みを浮かべ、千春は手にした対物ライフルのレバーをコッキングする。

犬神三姉妹最強の女、犬瓜銀。
犬神三姉妹きっての好戦家、犬良狼牙。
犬神三姉妹で唯一、飛び道具を使う女、犬里千春。

ロマネスク一家が誇る三人が次に口にした言葉は、完全に重なって聞こえた。

『血沸き、肉躍る、英雄譚の一ページか?』

第二部【都激震編】
第二十一話 了


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