('A`)と歯車の都のようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/19(日) 23:41:53.72 ID:wcPDoP+e0
ロマネスク一家の地下二階のとある一室に、ミルナ・アンダーソンの姿があった。
襟元のボタンを1つ外して着ているのは、市街戦用の迷彩が施されたフード付きの戦闘服だ。
上下お揃いの戦闘服をしっかりと着こなすその姿は、手練の軍人を彷彿とさせる。
首からぶら下げた銀色に輝くドックタグが、より一層ミルナの姿を軍人に近付けた。

腰に下げたホルスターには、サプレッサー付きのM8000が撃鉄を起こした状態で入っている。
ミルナは戦闘服の上に、防弾チョッキを重ねて着た。
セラミックプレートとケブラーの二重構造によって、この防弾チョッキは小銃程度の弾なら食い止める事が出来る。
流石に爆発から身を護る事は叶わないが、無いよりはましだ。

ミルナは更にその上に、タクティカルベストを着る。
タクティカルベストとは、多くの装備を収納するポケットなどが取り付けられている特殊な服の事だ。
その機能性から、多くの国の特殊部隊や軍隊はこれを正式装備に採用している。
そしてそれには、戦闘服と同様に灰色の迷彩が施されていた。

一通りの装備を整え、ミルナは壁に立て掛けていたMP5Kに手を伸ばす。
それにはサプレッサーが装着され、光学照準器が取り付けられている。
コッキングレバーを引き、初弾を装填。
フルオートを選択していたセレクターを、セーフティに変える。

スリングベルトを肩に掛け、ミルナは改めて"目の前の鏡"を見た。
そこに映る自分の姿に、思わず自嘲混じりに失笑してしまう。
マフィアの一員に身を窶す者がこんな軍人紛いの格好をしているとは、滑稽な話である。
もうひとつ、ミルナが失笑したのには理由があった。

それは―――

( ゚д゚ )「ん?」

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/19(日) 23:46:17.46 ID:wcPDoP+e0
ふと、部屋の扉が控えめに二度、ノックされた。
外していたインカムを左耳に掛け直し、最後に自分の装備を確認する。
最終確認を終え、ミルナはバックパックを腰に巻きつつ扉に歩み寄る。
ドアノブに手を掛け、ミルナは扉を引いた。

( ゚д゚ )「あ、トソンさん。 準備の方はどうですか?」

扉の向こうに居たのは、ミルナ程ではないが装備を整えた都村トソンその人だった。
戦闘服よりもスーツの方が似合っているとは口にも出さずに、ミルナはトソンの装備を見る。
ボディーアーマーを身に纏っているのは当然として、タクティカルベストを着けていないトソンの装備は全体的に軽装だ。
必要最低限の装備で、ミルナの装備との重量差は約二倍と言った所だろう。

(゚、゚トソン「えぇ、終わりました。
     そろそろ行きましょう」

左手首に付けた腕時計を見やり、トソンは出発を促した。
確かに少しでも早めにここを発たねば、双方の危険度は増す。
装備を整え次第、すぐに発つ事は成程正論である。
だが、ミルナはそれを制した。

( ゚д゚ )「……少し、装備を確認させてください。
     ECMの破壊と、戦車の破壊。
     その為の装備としては、トソンさんの装備はいささか軽すぎます」

2つの目的を持つ"ダスク"の存在は、全部隊の行先に大きく関係する。
僅かの油断も許されない為、ミルナはトソンの軽装に難を付けたのだ。
事情を知らぬ者から見たら、それは言掛りに思えたかもしれない。
しかし、ミルナはそれほど軽率な人間ではない。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/19(日) 23:51:07.74 ID:wcPDoP+e0
無論、責任感が薄いと言う事もない。
御三家の元に居る手練の中でも、"装備に関して人一倍詳しい"ミルナだからこそ、だ。
その事を知っているトソンは、ミルナの言葉に嫌な顔一つせずに頷く。
部屋に入り、後ろ手で扉を閉める。

(゚、゚トソン「一応、私なりに考えたつもりだったのですが……」

そう言うトソンの装備には、確かに無駄がない。
女でも素早く行動出来るようにと考えられた装備だと言うのが、容易に想像できた。
だかしかし、逆を言えばその装備には"無駄がなさすぎる"のだ。
戦場において、用心しすぎて駄目だと言う事は決してない。

( ゚д゚ )「各種グレネードはせめて1つずつ携行していてください。
     スモーク、フラッシュ、ノーマル。 少なくとも今回の場合、チャフは用意しなくていいです。
     後、予備弾倉をもう少し。 接近戦用のナイフも、折り畳み式のでは駄目です。
     確かに軽いですが、自分の指を危険に曝します。 アーミーナイフを持ってください」

トソンの装備にある問題点を次々と指摘し、ミルナはトソンに新たなタクティカルベストと共に、装備を手渡す。

(゚、゚;トソン「……す、すみません、お恥ずかしい限りです」

そう言いながらトソンは、手渡されたタクティカルベストの袖に腕を通した。
受け取ったスモークグレネードを、ベストの腹部のポケットにしまう。
ナイフを胸元の鞘に入れ、トソンは不要になったナイフを取り出してミルナに手渡す。
それを受け取り、ミルナは何て事無い風に答えた。

( ゚д゚ )「気にしないでください、これは慣れですから」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/19(日) 23:56:05.31 ID:wcPDoP+e0
ミルナは受け取った装備を、近くにある机の上に乗せていく。
代わりに、ミルナはトソンに次々と変わりの装備を手渡す。
終わってみれば、トソンが自分で用意した装備はミルナのそれと同じ重量になっていた。
再度トソンの装備を確認し、ミルナは頷く。

( ゚д゚ )「むしろ、慣れている方がおかしいんですよ。
     さて、行きましょうか。 時間が惜しいです」

そう言って、ミルナは一瞬だけ憂いの表情を浮かべた。

(゚、゚トソン「おかしくないですよ」

その声は、決して大きなものでは無かった。
しかし、それはハッキリとミルナの耳に届き、そして心にも届いた。
まっすぐと、そして嘘偽りの無いその言葉は、ミルナの顔から憂いを消し去る。
代わりに、ミルナの心にある気持ちが生まれた。

(゚、゚トソン「おかしくなんか、ないですよ」

もう一度、トソンは同じ言葉を口にした。
聞き間違いや空耳では無い事を、ミルナは再確認させられる。
心に生まれた罪悪感が、ミルナの心を痛めた。

( ゚д゚ )「……そう、ですか」

きっと、トソンにはこの痛みの理由を理解できないだろう。
理解出来るのは、ミルナと同じ経験をした事のあるトラギコ・バクスターだけである。
しかし、トソンの気遣いが嫌なわけではない。
むしろ有難い。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/19(日) 23:59:20.34 ID:wcPDoP+e0
だが、その気遣いこそが痛みの原因であった。
ミルナもトラギコも、優しくされる事にはあまり慣れていないのだ。
その事が顔に出ないように、ミルナはトソンから顔を逸らした。
これ以上、トソンの顔を直視できない。

( ゚д゚ )「さぁ、行きましょう。 一直線の場所ですから、敵の眼が気になります。
     自分達は、"蜘蛛の巣"に到達さえすれば、後は安全県内です」

ホテルニューソクの周囲の治安は、実のところ最悪に近かった。
観光客が行きそうな場所だけは治安を整え、それ以外は完全に放置しているのだ。
"蜘蛛の巣"に残された最後の安全地帯が、ホテルニューソクである。
しかし、ミルナはその安全地帯を取り囲む"蜘蛛の巣"が安全地帯であるかのように言ったではないか。

トソンはふと浮かんだ疑問を、ミルナの背に投げかけた。

(゚、゚トソン「何故、あの"蜘蛛の巣"が安全なのですか?
     正直、御三家ですら見離しているような場所ですよ?」

ミルナは、その疑問に背中越しに答える。

( ゚д゚ )「あの場所、実は水平線会が裏でちゃんと統治しているんです。
     御三家の人間なら、あそこは素通りできるうえに、策敵もしてもらえるんですよ」

足元に置いてあったボストンバックを手に持ち、ミルナは先に扉を開けて室外に出た。
その後をトソンは、ポーカーフェイスで着いて行く。
トソンの内心で浮かんだ疑問は、今回ばかりは口に出なかった。
こう見えて、ミルナは肝心なところでしっかりしている。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:05:25.37 ID:2GFOhcA80
きっと、トソンの疑問に対して"今は"答えてくれないだろう。
ある意味、ミルナも"鉄の仮面"を心に被っているのだ。

(゚、゚トソン「……」

だからこそ、トソンはミルナに興味があった。
大抵の事なら、その人の顔を見て会話をすれば理解出来るのだが。
ミルナに限っては、どうしても理解できそうで理解できなかった。
科学者が抱く、ある種の好奇心ともいうのだろうか。

ミルナの心の最深部にある、何か。
それには強固な鍵が掛けられ、それを解く為のカギはどこにあるか分からない。
それが、単純に見えるミルナの持つたった一つの謎だった。
故に興味の尽きない存在として、トソンはミルナに興味を持っているのだ。

( ゚д゚ )「トソンさん、行きましょう」

(゚、゚トソン「……はい」

ミルナに急かされるようにして、トソンも部屋を後にした。

――――――――――――――――――――

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:09:24.62 ID:2GFOhcA80
ロマネスク一家には、幾つもの出入り口が存在する。
その大半は、非常時に脱出する際の逃げ道としての役割を持っていた。
外見はただの壁だが、回転式の扉が隠されている場所もある。
その内の一つが、音もなく開いた。

闇に紛れて開かれた扉から、最新型の暗視装置を右眼に付けたミルナが顔を出した。
辺りを見渡し、待ち伏せやその類が無い事を確認する。
周囲に脅威がいない事を確認すると、ミルナは完全に扉を開く。
慎重に一歩を踏み出し、瞬時にMP5Kを構える。

ほんの一瞬の動作にも拘わらず、安全装置は解除され、セレクターがフルオートに合わせられていた。
肩付けに構えながら、ミルナは特殊部隊めいた動きで歩み出した。
上下左右に銃口を向け、銃口を下げる。
ストックを肩から外し、ミルナは全身の緊張を僅かに緩めた。

( ゚д゚ )b「クリア」

親指を上げ、トソンにハンドサインと共に小声で合図を送る。
それを確認し、同じく暗視装置を付けたトソンが扉から出て来る。
今回の移動中、フロントマンを務めるのはミルナ。
テールガン(殿)を務めるのは、トソンだ。

(゚、゚トソン「……」

ミルナは、トソンが肩を叩くまでは前方の警戒をしなければならない。
背後を警戒しつつ、ミルナに接近したトソンが、ミルナの肩を叩いた。
肩に下げたボストンバックを鳴らしながら、ミルナが先へと進む。
進んだ先にあった金属の柵を押し開け、敷地内から外へと繋がる道を確保する。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:13:55.76 ID:2GFOhcA80
壁に背を付け、出口から外の様子をちらりと窺う。
特に何もない事を確認し、ハンドサインでトソンを呼び、その間ミルナが周囲の警戒に当たる。
ミルナと同じように壁に背を付けてその後ろに並び、トソンがミルナの肩を叩く。
それに合わせ、ミルナはロマネスク一家の敷地から素早く抜け出した。

壁越しに丁度トソンと背中合わせになるよう、ミルナは器用に移動する。
背後の壁を二度叩き、トソンに合図を送る。
合わせて、トソンが動く。
ミルナとは反対方向に銃口を向け、背中合わせに合流。

トソンが後ろ手でミルナの腰を叩き、二人は揃って肩の力を抜いた。

( ゚д゚ )「どうやら、この周囲にまでは来ていないようですね」

(゚、゚トソン「そのようですね。
     ……ところでミルナさん、1ついいですか?」

その言葉に対して、ミルナは反射的に鋭い視線をトソンに向けた。
一瞬だけミルナが鬼の様な形相をしていた事に、トソンは気付けただろうか。
気付いていたとしても何も言えないよう、一瞬の内にいつもの柔和な顔に戻る。
人当たりのいい表情で、ミルナは口を開く。

( ゚д゚ )「あ、あぁ。 いいですよ、勿論……」

(゚、゚トソン「歯車祭に集まるマスコミの数がどれほどか、分かりますか?」

予想外の質問に、ミルナは口を開いたままの表情で固まってしまった。
さきほど一瞬だけ浮かべた自分の表情が、杞憂に終わったからだ。
とりあえず、都のマスコミと外から来るマスコミの総合計の数は決まっている。
マスコミの連中は、礼儀というモノを知らない。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:18:12.44 ID:2GFOhcA80
その為、数の制限をしないと人の流れに支障が出来てしまうのだ。
以前受け取った資料に書かれていた情報を、記憶の奥底から引きずり出す。

( ゚д゚ )「30社、ですね。 一社当たりが寄こしていい記者は……」

(゚、゚トソン「待ってください、30社中、取材用のヘリコプターを所持している社の数も分かりますか?」

( ゚д゚ )「30社全部が使用をを許可されています。
     ただし、一社一機ですけどね」

都の空港の狭さの関係上、ヘリコプターにも制限が掛かる。
マスコミのヘリだけで空港が埋まってしまえば、空輸ルートが完全に途絶えてしまう。
そこで、御三家と歯車王はこの祭りの時に使用できる取材用ヘリの数を制限しているのだ。

(゚、゚トソン「だとしたら、少しばかり状況が変わります。
      ……悪い方向に」

その言葉は、まるでタイミングを計ったかのように精確だった。
トソンの言葉の直後、ミルナの耳に幾つもの轟音が飛び込む。
断続的な金属羽の回転音、ヘリコプターのメインローターの回転音だ。
―――否、それだけではない。

轟音の中に、爆音に匹敵するほどの異音が含まれている。
その音に、ミルナは聞き覚えがあった。

(;゚д゚ )「せ、戦闘機?!」

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:23:18.67 ID:2GFOhcA80
都の空中から轟音が聞こえる為、正確な数は判らない。
だが、あのエンジン音は間違いなく戦闘機のそれだ。
そして、ミルナはデレデレの言葉を思い出した。
敵は、ハインドを持ち出している、と。

(;゚д゚ )「この音がローターの回転音だとしたら、相当な数ですよ……
     おまけに、戦闘機まで持ち出してるなんて、最悪だ……
     見つからずに移動なんて、到底できないぞ……」

このローター音は、1や10どころの数では無い。
―――もっと多い。
デレデレが予想した最初の数よりも、ずっと、だ。
最悪、3桁は覚悟しておいた方が良いだろう。

そして、ミルナの脳裏にある考えが浮かぶ。

( ゚д゚ )「まてよ…… だとしたら……」

空を見上げ、腕時計へと目を移す。
空は黒、時刻は夜、場所は裏通り。
ある意味理想的な状況が出来上がっている事に、ミルナは気付く。
すぐにミルナは、戦闘服の襟に畳んでしまってあったフードを被る。

(゚、゚トソン「……どういう事ですか?」

その様子を見ていたトソンが、不思議そうに尋ねた。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:27:50.51 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「幾ら連中がヘリを飛ばそうと、自分達を見つける為には"眼"を使わざるをえません。
     狼牙の報告では、連中のヘリはセンサーポッドを赤外線暗視装置に換装しています。
     この戦闘服は、対赤外線仕様の特別製。 となれば、あのヘリの眼を欺くにはちょうどいいはずです。
     建物の陰に隠れながら移動を繰り返して、"蜘蛛の巣"まで行きましょう」

(゚、゚トソン「……なるほど、解りました」

フードを被りつつ、トソンが言った言葉には、どこか影が差しているようにも聞こえた。
トソンの異変に気付いたが、ミルナはその事について触れない。
今はその時間も惜しいのだ。
敵は多数、おまけに空と地上の眼がある以上、長居は無用である。

( ゚д゚ )「とはいえ、本物の眼は騙せませんので。
      さぁ、行きましょう」

先程の様に辺りを警戒する動きでは、確実に速度が落ちる。
直線距離で約10km、道に直すと約12kmの道程を悠長に警戒しながら歩いていては、発見してくれと言っているようなものである。
ミルナはトソンが何か質問をしてくるのを拒むようにして、先に駆け出した。
普段のミルナからは到底考えられない行動に、トソンはポーカーフェイスで後に続くだけだった。

―――心の底で、ミルナはトソンに詫びた。
本来ならこの場面は、ミルナがトソンを導かねばならない場面だ。
その余裕ぐらいなら、ミルナにもある。
当初の予定ではその筈だった。

筈だった、のだ。
以前から薄々とは気付いていたが、先程ミルナは確信した。
トソンは、自分の過去について"興味を示してしまっている"。
それだけは、知られてはいけない。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:29:38.75 ID:2GFOhcA80
知られてしまえば、これまで保ってきたトソンとの関係も終わる。
惚れた人に自分の過去を知られるぐらいなら、潔く別れを告げた方がましだ。
ミルナは、罪の意識に苛まれながら駆ける。
まるで、"子供の様に"。

【時刻――18:00】

御三家の端、水平線会の本部からホテルニューソクまで続く一本の道がある。
道端は比較的広いのだが、街灯は殆ど設置されていない。
より正確に言えば、設置されていた街灯は"設置したその日に盗まれてしまった"のだ。
金になる物は徹底的に利用するのが、路地裏の住人のポリシーだからだ。

更に、街灯が除去された事によって生まれた暗闇も己の欲望を満たす為に利用する。
強盗、強姦、殺人。
下手に一般人が迷い込んでしまえば、血の一滴まで無駄なく奪われてしまうのは必至だ。
だが、一般人でない者ならば話は違う。

例えば、そう。
この"三途の川"よりもあの世に近い道でも。
裏社会の住人ならば、難なく通り抜ける事ができる。
無論、水平線会に所属するミルナもその内の一人だ。

( ゚д゚ )「クリア」

直線へと繋がる曲がり角から顔を出したミルナは、目の前に続く闇に銃口を向けながら短く告げた。
横の建物に出来る限り近づき、小走りに進む。
その後を、同じようにしてトソンが進んだ。
上空からローターの轟音が響き、二人は建物に背を付けた。
先程までは遠くで響いていた程度だったのだが、明らかに数が増え、ここら辺りを巡回している。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:34:25.36 ID:2GFOhcA80
ハインドのライトが、まるでスポットライトのように辺りを照らしていた。
もしも、あのライトに照らされるような事になれば、デレデレの作戦は破綻してしまう。
張り詰めた緊張の中、ミルナは手にしたMP5Kを強く握りしめた。
汗が掌から滲み出し、銃把を握る手が滑る。

それを堪え、ミルナは深く息を吸った。
この辺りの空に停滞しているハインドの数は、五機。
正直、一機だけでも手に余る相手なのに、それが五倍ともなると諦めるしかない。
故に今ミルナ達に出来るのは、ハインドに見つからずにホテルニューソクまで辿り着く事だけだ。

ハインドが遠ざかる音を聞き、ミルナは移動を再開した。
"蜘蛛の巣"まで続く約5kmの一直線の道を、後3時間ほどで無事に抜け切るには。
どうしても、あのハインドが邪魔だ。
鋼鉄の猟犬は、疲れと容赦を知らない。

対赤外線仕様の戦闘服とはいえ、その効果は100%では無い。
パイロットがその気になれば、こちらの姿は簡単に見つかってしまう。
大通りで祭りがあり、更には騒動があり。
そんな中でも裏通りを歩いている人間が見つかれば、確実に怪しまれる。

それにもし、首尾よくあのハインドの目を掻い潜ったとしても。
"仮面の変態共"の存在がある。
時速100kgを超えるハンヴィー相手に、走って追いついていた連中は人間ではない。
以前、でぃの話にあった連中の特殊部隊だろう。

機械化とは違う技術で蘇らせた死人には、人間以上の力がある。
あれに見つかってしまえば、トソン諸共あの世逝き。
もしくは、敵に捕まって拷問、尋問。
最終的には、結局あの世の船乗りに駄賃を渡さなければならない。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:42:51.92 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「一先ずはハインド、か……」

暗視装置越しに見る闇には、仮面の変態共はいない。
だが、油断は出来ない状況だ。
こうしている間にも、大通りの方から嫌な声が聞こえる。
恐らく最終的に、民衆を扇動してこちらを一網打尽にする作戦なのだろう。

( ゚д゚ )「どうしたもんか……」

独り言ちたミルナの肩を、トソンがそっと叩いた。
ミルナはそちらに振り返り、トソンを見る。
トソンの顔には、これといって感情らしい表情が浮かんでいない。
だがトソンの眼には、確信めいた力強い光が宿っていた。

(゚、゚トソン「ミルナさん、"蜘蛛の巣"まで辿りつければ、一応はこちらの勝ち。
     そうでしたよね?」

( ゚д゚ )「え、えぇ」

(゚、゚トソン「ならば、このまま先を急ぎましょう」

思わず、ミルナはトソンの言葉を聞き返した。

(;゚д゚ )「先を急ぐ?」

ミルナの反応はもっともだった。
民衆の脅威はさて置くとして、問題はあのハインドにある事は明確だ。
その事をトソンが理解していれば、こんな事は言うはずがない。
ここは慎重に慎重を重ねても尚、お釣りがくる場面である。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:46:06.92 ID:2GFOhcA80
しかし、トソンは相も変わらない無表情で答えた。

(゚、゚トソン「いいですか、ここでゆっくりしていても状況は悪化するだけです。
     5kmを1時間で走破して、"蜘蛛の巣"まで辿りつけばこちらの勝ちです」

(;゚д゚ )「確かにそうですが、それはあまりにも危険です。
    ハインドの恐ろしさを知らないから、トソンさんはそう言えるのかもしれませんが」

その言葉に、トソンは頭を振った。
決して揺るがない光を宿した瞳で、ミルナの眼を見る。
真っ直ぐに。
愚かな程に、まっすぐに見つめる。

(゚、゚トソン「ハインドの機銃、ロケット砲、その他の装備は確かに脅威です。
     ですが、ここで怖じ気ついて、慎重に行動してもその脅威は変わりません。
     違いますか?」

ミルナは、少しだけ俯いて。
そして、頭を上げた。
トソンの言う事にも一理ある。
と言うより、今の状況はトソンの案か、ミルナの保守的な案かの二択しかないのだ。

( ゚д゚ )「分かりました。
     トソンさん、長距離を走った経験は御有りですか?」

ここから"蜘蛛の巣"までの距離は、陸上競技の長距離に分類される。
陸上競技、取り分け長距離には思いのほか頭を使う。
それは、ペース配分や追い抜き、ストライド、ピッチなどの考慮を走りながら行う為だ。
短距離の場合、問題視されるのは走り方であって、長距離程頭を使わない。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 00:50:25.85 ID:2GFOhcA80
(゚、゚トソン「経験、と言うのならばありますが。
     専門的な走り込みはした事はありません」

( ゚д゚ )「じゃあ、自分がペースメーカーをします。
     自分と同じフォームで、同じペースで走ってください。
     いいですね?」

トソンが頷いたのを確認し、ミルナはハインドのライトが遠ざかったのを見計らって走り出した。
その後を、トソンが同じ速度、同じフォームで着いて行く。
MP5Kを持つ腕の振りを押さえ、重い装備を生かして上半身の捻りを強制的に抑え込む。
踵から地面に足を着き、足の先全体で体を進める。

一定のリズムで息を吸い、一定のリズムで息を吐く。
ハインドが近づく度、建物に背を付けて休憩。
次第に息が上がるが、呼吸のリズムを乱さない。
装備がカチャカチャと音を鳴らし、走る音ハインドのローター音とが合わさって音楽を奏でる。

( ゚д゚ )「後、半分です!」

【時刻――18:35】

"蜘蛛の巣"に近付くにつれ、ハインドの警戒が薄れているのが分かった。
同時に、街灯が"一つも"無い事に気が付く。
ここが、裏社会の中でも異質中の存在。
もう一つの裏社会とも言える場所の入り口、それがここ"蜘蛛の口"。

物乞い、キチガイ、殺人鬼、強盗、強姦魔。
裏社会ですら見離しているどうしようもない屑の楽園。
ありとあらゆる"悪害"の吹きだまりこそが、この先にある場所。
―――悪害の肥溜、"蜘蛛の巣"の正面玄関だ。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 05:57:16.42 ID:2GFOhcA80
後数十メートルで、ミルナ達は完全に"蜘蛛の巣"に到達する。
殆ど全力疾走に近い形で走った甲斐があり、奇跡的にも敵に見つかる事は無かった。
これまで通って来た道に、ハインドの群れが"ハエ"の様に集まっているのを見て、ミルナは心底安堵した。
トソンの言葉に従って正解だったと、胸をなでおろす。

"蜘蛛の巣"の前に来た段階で、ミルナとトソンは走るのを止めていた。
代わりに、呼吸を整える為にゆっくりと速度を落として歩いていた。
暗視装置が無ければ、こうして歩くことすらままならない。
それほどまでに、"蜘蛛の口"は暗かった。

(;゚д゚ )「や、やれば行けるもんです、ね」

息を切らしながら、ミルナは横で深呼吸をして呼吸を落ち着かせているトソンに声を掛けた。
トソンは返す様にして、ミルナの方を見やる。

(゚、゚;トソン「そ、そうですね……
      疲れましたが、その甲斐はあったみたいです」

ふと、ミルナが呼吸を止めた。
片手でトソンに静かにするように指示をしながら、ミルナは周囲を見渡す。
不自然な程に静まり返った闇の中に、ミルナは何を見ているのだろうか。
トソンがそう思った、まさにその瞬間だった。

( ゚д゚ )「おい、ノーネオヤジ。 "忍者の真似"が今年の流行なのか?」

周囲の建物に明かりは灯っておらず、窓ガラスもない。
そんな建物全体に話しかけるように、ミルナは声を上げた。
しばしの沈黙の後、"建物の壁"が返事をした。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:03:03.33 ID:2GFOhcA80
「……流石はミルナなノーネ。
皆、客はミルナなノーネ。 失礼の無いように挨拶するノーネ」

次の瞬間、ゴミ箱、建物の壁、マンホールの下、コンクリートの地面の下から。
ありとあらゆる空間から、ゴキブリの様に"蜘蛛"が現れた。
その光景に、トソンは直感的に理解した。
―――自分達は、既に"蜘蛛の巣"に足を踏み入れていたのだ。

( ノAヽ)「ミルナ、久しぶりなノーネ。
       ……横の女は、新顔なノーネ?」

ミルナの前に現れた男は、齢40といった感じの男だった。
特徴的なしゃべり方で、気弱そうな男はトソンを指さす。
ミルナは、その指を払いのけ、高圧的に言い放つ。

( ゚д゚ )「ノーネオヤジ、今は説明してる暇はないんだ」

( ノAヽ)「そんな事、知ってるノーネ。
       大通りの騒ぎ、それが関係してるのは分かるノーネ」

"油すまし"ノーネ。
心が狭い事で有名な"蜘蛛の巣"を統治する指導者は、ミルナの言葉に不機嫌そうに答えた。
気が付けば、次々と現れてきた"蜘蛛"達がミルナ達を完全に取り囲んでいる。
しかし、今は戦闘の意思はないのか、彼等はノーネとミルナのやり取りを黙って見ていた。

( ゚д゚ )「なら話は早い。
     俺達をホテルニューソクまで通してくれ」

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:08:05.57 ID:2GFOhcA80
ミルナの言葉に、ノーネは露骨に眉を顰めた。
  _,
( ノAヽ)「なんでなノーネ?」

( ゚д゚ )「上からの指示なんでね。 細かい事は言えないが、この騒動を静める為に必要なんだ。
     分かったら、周りの連中をどけてくれ。
     "腹いっぱい"なんだろ、親父も連中も」

ノーネは少しの間黙り込む。
何か考える仕草をすると、眉を顰めたままミルナを見た。
  _,
( ノAヽ)「それは、お前らの話なノーネ。
      こっちには関係ないノーネ。
      "腹いっぱい"でも、"蜘蛛"は餌を獲るものなノーネ」

一瞬にして、辺りに緊張が走る。
ミルナ達を取り囲んでいた者達が、次々と懐に手を伸ばす。
そして、それぞれの"仕事道具"を取り出した。
ジャックナイフ、ハンマー、メリケンサック、マカロフ。

( ゚д゚ )「下手な脅しはやめときな、オヤジ。
     ここで暴れても意味はない、違うか?」
  _,
( ノAヽ)「……ちっ。
      でも、そっちの女を置いて行くノーネ。
      ミルナは水平線会の一員だから通すけど、その女には何も"借り"が無いノーネ」

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:13:19.96 ID:2GFOhcA80
トソンが何か言おうとするのを、ミルナは手で制す。
ノーネに一歩踏み出し、その顔をノーネの顔に近づけた。
トソンから見たら、ミルナが何をしようとしているのかは、ミルナの体が壁となって見えない。
ただ分かるのは、ノーネと呼ばれた男の脚が小鹿の様に震えている事だけだった。
 _,
( ゚д゚ )「おい、今すぐここで死にたいのか?
     あの人に手を出してみろ、"達磨"にするぞ。
     嫌だったら、黙ってここを通せ」

鬼の形相を浮かべ、トソンにはギリギリ聞こえない程押し殺した声でミルナはノーネを威嚇する。
MP5Kの銃口を腹部に押し付けられたのもあり、ノーネの顔は恐怖の一色で染まっていた。
トソンは知らない事だったが、ミルナとトラギコがここに初めて派遣された時。
二人は脅し文句を"本当に実行した"のだ。

その事を知っているノーネは、ガチガチと震える口で答える。
"目の前で生皮を剥がされた"仲間を思い出し、ノーネの反抗心の芽は消え去っていた。

(;ノAヽ)「わ、わかったノーネ……
       軽い冗談なノーネ、本気にするなノーネ」

( ゚д゚ )「最初からそう言え。
     それと、俺はそう言う糞下らない冗談は好かねえんだ。
     次は無いと思えよ」

それだけ言い残すと、ミルナは銃口でノーネを乱暴に突き飛ばした。
2、3歩下がると、ノーネは鬼を見るような怯えきった目つきで、ミルナを見る。
状況をいまいち把握できないトソンは、訝しげにその様子を見た。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:20:31.99 ID:2GFOhcA80
(゚、゚トソン「一体、何を……」

( ゚д゚ )「さぁ、行きましょう。
     時間が惜しい」

トソンの台詞を強引に途中で遮り、ミルナはトソンの手を引いて"蜘蛛"の間を進んで行く。
ノーネとの擦れ違いざまに、ミルナはもう一度ノーネを睨みつけた。

(;ノAヽ)「わ、分かってるノーネ!
       しつこいノーネ!」

(゚、゚トソン「あ、少しいいですか?」

突然、トソンが声を上げて立ち止まった。
手を引いていたミルナも、つられて立ち止まる。
トソンに声を掛けられたノーネは、先程のミルナの件もあって微妙に怯えながらトソンを見た。

(゚、゚トソン「この辺りに、後で沢山"餌"が来ますよ」

その言葉を聞いたノーネは、表情を一変させた。
それだけではない。
ノーネの周りの"蜘蛛"達の気配が、一斉に変わった。
警戒から、歓喜へ。

( ノAヽ)「それは、本当なノーネ?」

微妙に疑うノーネに対して、トソンはコクリと頷く。

(゚、゚トソン「少しばかり骨の折れる相手でしょうが、それだけの価値はあるかと」

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:25:03.69 ID:2GFOhcA80
( ノAヽ)「……姉さん、名前を教えてほしいノーネ」

(゚、゚トソン「都村トソンです。 ノーネさん」

トソンの名を聞いたノーネは、周囲の"蜘蛛"達に元に戻るように指示をした。
ミルナとトソン、そしてノーネの三人だけになる。

( ノAヽ)「覚えたノーネ。 次に何か困った事があれば、俺達が手伝うノーネ」

その言葉を最後まで聞くことなく、ミルナはトソンを連れてその場を後にした。

【時刻――19:00】

(゚、゚;トソン「ぅあっ!」

突如、トソンが声を上げた。
足を押さえて蹲り、顔を歪めている。
先を歩いていたミルナが、トソンと目線を合わせてしゃがみ込んだ。

(;゚д゚ )「ど、どうしました?!」

(゚、゚;トソン「あ、足を、挫いてしまいました……」

足首を庇うようにしながら、トソンは申し訳なさそうにミルナを見る。
どうやら、整備されていない道を走ったせいで、脚に乳酸が溜まってしまったのだろう。
脚にガタが来ても、仕方の無い話だ。
こんな酷い道を弱音一つ吐かずに走り切っただけでも、称賛に値する。

(;゚д゚ )「どうしよ―――」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:30:02.97 ID:2GFOhcA80
真っ白なライトの帯が、ミルナの背後に現れた。
それも、"2本"。
二機のハインドが、この辺りにまで捜索の手を広げてきたのだ。
蹲ったままのトソンの手を掴んで起き上がらせ、ミルナは有無を言わせずにトソンを背負う。

(;゚д゚ )「ヤバいヤバいヤバい!」

先程5キロ走ったのが嘘の様に、ミルナは猛スピードで駆け出した。
完全装備のトソンを背負っていると言うのに、その速度は全く落ちる気配がしない。
ハインドのライトと、センサーポッドの眼から逃れる為にミルナはホテルニューソクへと急ぐ。
背負われたトソンが、何かを言おうとするも。

(;゚д゚ )「舌を噛みますから、喋らないで!」

振り向きもせずに言って、ミルナはそれを許さない。
トソンと走った時よりも速い速度で、ミルナは駆ける。
ミルナは残された約6kmの道程を、この速度で駆け抜けるつもりなのだ。
正気の沙汰とは思えない。

(゚、゚;トソン「……」

それでもトソンは、ミルナの背にしっかりとしがみ付いた。
両腕をミルナの首に回し、顔をミルナの首元に当てる。
耳元でハッキリと聞こえるミルナの息遣いが、耳朶を擽る
体全体で感じ取れるミルナの体温が、とても心地いい。

きっと、トソンはまだ自分が疲れているのだと思った。
そうでなければ、この"動悸"の理由が思い当たらない。
だが、全力疾走後にも拘わらず、不思議と呼吸は安定している。
あぁ、そうだ。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:35:09.94 ID:2GFOhcA80
きっと、足を捻ったからだ。
その痛みのせいで、動悸が激しいのだ。
でも。
でも―――

痛みは、今は感じない。
さっきまでの激痛が嘘の様に引き、今は僅かな痛みしかない。
でなければ、一体動悸の原因は何であろうか。
後ろを振り返る。

ハインドのライトは、別の方向に行ってしまった。
背後にあるのは、暗視装置越しに見る緑と黒の世界。
そして、左目が見る素の世界だ。

(゚、゚;トソン「……」

(;゚д゚ )「ジーザス、ファッキンワンダフル!」

罵倒文句を並べ、悪態を吐くミルナは、背中のトソンに眼もくれない。
精確に言えば、そんな事をしてしまえば"漢の諸事情により速度が低下"してしまうからだ。
前屈みで全力疾走をするわけにもいかず。
ミルナは、悲しいサガとハインドの恐怖から何も考えずに走る事で、その諸事情から巧みに逃げていた。

そんな事をトソンに知られてしまえば、ミルナの人生はお先真っ暗。
"変態紳士"ミルナの渾名が、揺ぎ無い物となってしまう事請け合いである。

(;゚д゚ )「ガッデエェェェェェェム!」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:40:04.02 ID:2GFOhcA80
そのことも踏まえて、ミルナはもう一度罵倒文句を口にした。
スリングベルトに預けたMP5Kが揺れる。
トソンの着ているタクティカルベストにしまってある武装が、腰に当たる。
そして、トソンの柔らかい双乳が背中に―――

(;゚д゚ )「ぶふぉああああ!」

ミルナは、迂闊だった己の精神力と集中力を呪った。
鼻血を出しながらも、ミルナは走る。
全意識を脚に集中。
ただひたすらに、走る事にのみ全神経を注ぐ。

(゚、゚;トソン(大丈夫かな、ミルナさん……)

トソンの心配は、ミルナには届かない。
同じく、ミルナの心配もトソンには届かない。
歪に擦れ違う二人の想いは、この先重なる事はあるのだろうか。

愚直なまでの想いは、果たして―――

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:45:19.71 ID:2GFOhcA80





――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第二十三話『虚ろな心を満たす者』

二十三話イメージ曲『月光浴』柴田淳
ttp://www.youtube.com/watch?v=5A6xEby0fA0
――――――――――――――――――――





64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:50:32.80 ID:2GFOhcA80
ホテルニューソクの入り口の扉には、付近の浮浪者が住み着かない為に頑丈な錠が掛けられていた。
専用の鋏か鍵でも無ければ、この錠は解けないだろう。
一応は、ピッキング程度ならミルナにも出来るのだが。
如何せん、このタイプの錠は時間がかかってしまう。

もしも時間がかかり過ぎてしまえば、状況は悪化する。
先程からこの辺りの空を徘徊しているハインドが、ここまで巡回してくるのは必至だ。
もしくは、都中に解き放たれた敵の尖兵が、錠を開けようと悪戦苦闘しているミルナ達を見つけてしまうだろう。

いつまでもこんな錠一つに、手間取っているわけにはいかない。
ミルナは意を決し、MP5Kで錠を撃ち抜いた。
呆気なく破壊された錠を扉から外し、右足で扉を蹴り開く。
背負ったトソンに気を配りながら、ミルナは急いで建物内部に入った。

( ゚д゚ )「足はどうですか?
     痛むようなら、軽く手当てしますが」

トソンはその言葉に、申し訳なさそうに呟く。

(゚、゚;トソン「すみません、お願いできますか?
      それと……」

( ゚д゚ )「大丈夫ですよ、これぐらい」

捻った足で歩けば、傷は余計に悪化する。
ましてや、階段を登れば全治3日が一週間になってしまう。
それに、ちゃんと応急処置をしてやればある程度なら歩き回れる。
今は、焦ってはいけない。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 06:55:09.74 ID:2GFOhcA80
闇に慣れた目と暗視装置で、ミルナは階段を探し出す。
背中のトソンの重さなど感じていないかのように、ミルナは素早く動いた。
トソンに負担が掛からないよう、自身の動きに細心の注意を払う。
息を切らせながらも、ミルナは軽快に階段を駆け上がる。

(゚、゚;トソン「お手数を、おかけ、します」

ミルナの動きに合わせ、トソンは途切れ途切れに礼を言った。
しかし、ミルナはそれに答えない。

(゚、゚トソン「……」

トソンは無言で、ミルナの背を見つめる。
如何に"鉄仮面"と雖も、相手の心の内を完全に把握できるわけでない。
今のミルナは、誰がどう見ても情緒不安定だ。
そんな事ぐらい、ミルナだって分かっていた。

自分自身の事だ、誰よりもよく理解している。
階段を一段上る度、ミルナは歯を強く噛み締めた。
トソンにこんな態度をとる自分に、腹が立つ。

(゚、゚トソン「……」

トソンの目線が痛い。
ミルナの心の扉を叩く様に、トソンは根気よくミルナを見つめている。
頼むから、これ以上自分を見ないでくれと願う。

(゚、゚トソン「……」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:00:10.30 ID:2GFOhcA80
しかし、トソンは視線を外そうとはしない。
ミルナが自分で何かを言うまで、トソンは視線を外さないだろう。
だが、言うつもりはない。

(゚、゚トソン「……」

早く、早く、早く。
早く、目的の階に到達しなければ。
心が壊れてしまう。
罪悪感が、心を壊してしまう。

その前に、トソンを部屋に置いて休憩させて。
自分は一階に戻り、錠を掛け直す。
後は、心が落ち着くまでゆっくりと階段を登れば完璧だ。
ミルナは焦りが表に出ないように、今は階段上りに専念する事にした。

気が付けば、数百段あった階段を全て登り終え。
ミルナの希望していた階へと辿りついていた。
その階は、屋上の一階下。
つまりは最上階だ。

本来なら一泊100万はする部屋が、今では泊まりたい放題である。
どの部屋にトソンを運ぼうか、ミルナが考えていると。

(゚、゚トソン「階段に近い部屋にしましょう」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:05:28.93 ID:2GFOhcA80
と、助言をした。

( ゚д゚ )「分かりました。
     じゃあ、そこの部屋で」

登り終えた階段のすぐ横、そこにある部屋の前にミルナは歩む。
片手でトソンを支え、もう片方の手で器用に扉を開ける。
一瞬、ミルナは目の前に広がった光景に言葉を失った。
口を開いたまま、思わず固まってしまう。

(;゚д゚ )「ち」

辛うじて震える口から紡いだ言葉は、何とも情けないモノだった。
足がガタガタと震え、漏れる息に熱がこもる。
背中に背負ったトソンの事も、一瞬だけ忘れてしまった。
それほどに、目の前の光景は信じられないモノだったのだ。

(;゚д゚ )「超すげえぇぇぇぇ!」

ちなみに、ミルナの住んでいる場所は水平線会の本部の一室。
そこは下手なホテルよりも整えられた内装をしてるのだが。
それすらも、霞んで見えてしまった。
眼に映る煌びやかな光景に、ミルナの眼は完全に奪われている。

(゚、゚トソン「? ミルナさん、ここに泊まった事が無いのですか?」

生憎と、ミルナの経済状況は毎年赤字である。
こんな高級ホテルに来る余裕は、一瞬たりともなかった。

(;゚д゚ )「もちろん無いですよ!」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:10:11.65 ID:2GFOhcA80
恐らく、この部屋は二人部屋。
それが判ったのは、ベッドが二つ並んで置かれていたからだ。
もしも、ベッドが10台並んでいたら、団体用の10人部屋だと思っただろう。
それほどに、この部屋は広かった。

都を見下ろす事の出来る大きなガラスの窓は、ミルナの間抜けな顔を映している。
フカフカの絨毯、70インチのテレビ、趣味の悪い絵画、革張りのソファ。
備え付けられた風呂、筋トレが出来るぐらい広いトイレ。
最早、この内装には非の付けどころは無い。

(;゚д゚ )「ありえねぇ……」

窓の外に広がる都の夜景は、摩天楼のそれよりも美しい。
しかも、この部屋の位置は丁度大通りを見下ろせる位置にある。
デレデレの作戦を遂行するには、大変都合がいい。
空を飛ぶハインドの姿も、よく見える。

(;゚д゚ )「3桁は固いなぁ、これは」

相手の戦力を分析し、その結果にミルナは溜息を吐いた。

( ゚д゚ )「さて、と」

背中のトソンをベッドまで運び、優しく降ろす。
ベッドの淵に腰を掛け直し、トソンは足首に走った僅かな痛みに顔を歪めた。
トソンの傍らに置いたボストンバックを開け、ミルナは救急箱を取り出す。
包帯と湿布だけを取り、蓋を閉じる。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:15:21.43 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「失礼します」

そう言って、ミルナはトソンの足元に跪く。
"蜘蛛の巣"で捻った右足に手を伸ばし、靴を脱がせた。
ほっそりとしたトソンの脚が、ミルナの手に感じ取れる。
実戦よりも事務的な任務の方が向いている、そんな体型だ。

靴下に手を伸ばした所で、ミルナはトソンを見上げた。
これ以上先に進んでもいいのか、との確認を込めたそれに、トソンは軽く頷いて答える。
ほんの少しだけ、トソンの頬が赤らんでいるような気がした。
慌てて視線を元に戻し、ミルナは靴下を脱がした。

そこにあったのは、赤く腫れたトソンの右足首だった。
少しだけそこを押し、具合を確認する。

( ゚д゚ )「痛みはどれほどで?」

(゚、゚;トソン「い、痛いです……」

全く力を込めていないのに、あのトソンが痛がっている。
これは、思いのほか重症の様だ。
この様子だと、折れていない分治りも遅いだろう。
歩行は辛うじて出来そうだが、激痛のせいでまともに動けないに違いない。

( ゚д゚ )「……これは、テーピングも必要ですね」

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:20:10.45 ID:2GFOhcA80
閉じた救急箱の蓋を開き、テーピング用のテープと鋏を取り出す。
肌色で、伸縮性に富むそれは、スポーツ選手がよく使用する物と同じ物だ。
ある程度の長さにそれを切り、更に縦に切って細長くする。
数本は、完全に切らずに半ばまで切っておく。

そもそも、テーピングは靭帯の代りとして使用するものである。
足を怪我した陸上選手や、スポーツ選手が使用するのはその為だ。
本来なら、スポーツ選手ではないトソンは安静にしているのが普通だ。
しかし、今の状況はそうは言っていられない。

慣れた手つきでテープを貼り、人造の靭帯を作る。
テープが元に戻る力を利用して、右足首への負担を減らす。
その事に意識を集中させ、ミルナは淡々とテープを貼った。
最後に一本を貼り終えたミルナは、顔をそのままにトソンに尋ねる。

( ゚д゚ )「少し、歩いてみてください」

言われ、トソンはゆっくりと地面に足を着いた。
そして、ミルナの前で数歩歩く。

(゚、゚トソン「先程よりも断然楽になりました。
     ありがとうございます」

( ゚д゚ )「まだ終わって無いですよ、元に戻ってください」

大人しくミルナの指示に従い、トソンは再びベッドの淵に腰かける。
右足を伸ばし、先程と同じ体勢になった。
ミルナは足元に置いた湿布を手に取り、薄いビニールの膜を剥がす。
腫れている患部に、丁寧に貼りつけた。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:25:06.25 ID:2GFOhcA80
(゚、゚;トソン「っあ、っくぅ、ん……」

熱を帯びた患部に貼りつけられた湿布は、そこから急速に熱を奪う。
冷たい湿布に、トソンは思わず喘ぎ声を上げた。

(;゚д゚ )「す、すみません……
     あ、後は包帯を巻くだけですので」

その声に対しての耐性を持ち合わせていないミルナは、同様のあまり包帯を取り落としてしまった。
転がった包帯に手を伸ばし、それを掴む。
と、その時だった。

(゚、゚トソン「ミルナさん、1つだけ。
     1つだけ、訊かせてください」

包帯を掴んだ体勢のまま、ミルナは固まった。
冷や汗が、だらだらと背中と流れる。
心臓の鼓動が、奇妙なリズムを刻む。
口の中が渇く感覚が、まるで他人事のように感じられた。

(゚、゚トソン「ミルナさんは、嘗て何をしていたのですか?」

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
もう何も考えられない。
掴んだはずの包帯の感覚すら、もう無い。
今、自分は何をしているのかも曖昧になる。

(゚、゚トソン「教えて、いただけませんか?」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:30:29.75 ID:2GFOhcA80
(;゚д゚ )「い、いやいやいや……
     今は、それどころでは無いじゃないですか。
     ご、後日。 後日御話ししますよ」

辛うじて並べた言い訳は、果たして通用するのだろうか。
―――否、通用するはずがない。
相手は、"鉄仮面"。

(゚、゚トソン「今じゃなきゃ、駄目なんです。
     ミルナさん、どうして教えてくれないんですか?」

(;゚д゚ )「そ、そんなこと言われても……」

これだけは、言うわけにはいかない。
もう、あの頃の自分とは無関係なのだ。
だから、あの時の事はもう"無かった話"。
語れないモノは語れない。

(;゚д゚ )「逆に訊きますが、どうして教える必要があるのですか?」

ミルナにとって、それは最後の切り札だった。
しかし、トソンはそれすら軽くいなす。

(゚、゚トソン「私が知りたいからです。
     ミルナさんの事を、もっと知りたいからです」

(;゚д゚ )「ぐぐぐ……」

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:35:14.62 ID:2GFOhcA80
時間的にはまだ余裕がある。
しかし、話す決意が足りない。

(;゚д゚ )「聞いても面白くない話ですし、どうして自分なんかのことを知りたいんですか?
     "カンタベリ物語"を聞いた方がよっぽど有意義ですよ」

中英語期の文学の話に話題を逸らそうと試みるが、トソンには通じない。

(゚、゚トソン「いいえ。
     私にとって、ミルナさんの話は文学以上に興味のある話です」

きっと、トソンはミルナが話すまで諦めないだろう。
ゆっくりと瞼を下ろし、ミルナは深く息を吸う。
そして、吸った分と同じだけ息を吐く。
意を決したように、ミルナはトソンの眼を見る。

( ゚д゚ )「……聞いたら、後には戻れませんよ?」

(゚、゚トソン「覚悟の上です」

( ゚д゚ )「……少し、お腹がすきましたね。
     夜食程度に、何か適当に作ります」

ボストンバックを漁り、そこから二つ、白い物体を取り出した。
それは、世間一般に言うインスタント焼きそばだった。
通常サイズの1.5倍の量が入ったお徳用。
夜食の焼きそばは犯罪的なまでに美味い。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 07:36:30.05 ID:2GFOhcA80
ちょっとめし食ってきます

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:14:29.50 ID:2GFOhcA80
(゚、゚トソン「分かりました。 申し訳ありませんが、私は―――」

( ゚д゚ )「少し硬め、ですよね」

トソンの代わりにミルナが、その続きを口にした。
ちなみに、焼きそばの面の固さの話である。

(゚、゚トソン「すみません」

包帯を置いて、ミルナはカップ焼きそばを両手に立ち上がる。
その後ろ姿は、どこか寂しげだ。

それはまるで、これから別れを告げる者のように虚ろだった。

【時刻――21:00】

カップ焼きそばを両手に戻ったミルナは、割り箸を乗せた状態で片方をトソンに手渡す。
トソンはそれを両手で受け取り、蓋を取った。
濃厚なソース、ドライキャベツ、そしてインスタント麺の香りが混然一体となって鼻腔を擽る。
割り箸を割って、トソンは麺を摘んだ。

ミルナも同様に、箸で麺を摘んでいる。
口に含むと、単純だが中毒性の高い味と、香りが広がった。
甘辛いソースと、それが絡んだ麺とキャベツを噛む。
麺にはほどよく歯ごたえが残っており、これが単純な旨味を引き立てている。

あっという間に二人とも食べ終わり、ミルナはトソンとは反対のベッドの淵に腰かけた。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:20:17.32 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「トソンさんは、英雄の都を知っていますか?」

唐突に、だが確実に機会を見計らったタイミングでミルナは口を開いた。
トソンも、待ち構えていたかのように完璧な間で答える。

(゚、゚トソン「住人の10割、つまり住人全員が軍隊に所属しているという、"あの"都ですか?」

その回答に、ミルナは頷く。
英雄の都とは、軍需産業に目をつけ、ずっと昔から成長をしてきた都の事だ。
その都に住む人間全員に兵役が与えられ、拒否することは不可能。
母国語よりも先にモールス信号を覚え、鉛筆の使い方よりも先に銃の使い方を覚えさせられる。

3歳から戦闘教育学校に入れられ、幼い頃から戦闘についてのイロハを学ぶ。
洗脳教育というのだろう。
その教育こそが、世界で最も多くの"英雄"を生んだ最大の要因である。

( ゚д゚ )「……自分は、あの都の出身なんですよ」

(゚、゚トソン「え……」

( ゚д゚ )「意外、でしたか?」

(゚、゚トソン「はい、正直言って……
     ですが私は、ミルナさんはここの出身だと聞かされていたのですが」

水平線会とも親交のあるトソンは、トラギコにミルナについて尋ねた事がある。
その時トラギコは、あまり多くを語らなかったが、トラギコとミルナは幼馴染である事。
そして、二人ともこの都の出身である事だけは教えてくれた。
という事は、トラギコはミルナを庇う為にトソンに嘘を吐いたと言う事だ。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:25:03.95 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「英雄の都は、逃亡兵を絶対に許しません。
     "英雄"、の名を冠する以上、その名に泥を塗るような事は許されないからです。
     どこまでも追い駆け、逃亡の事実を消そうとします。
     もしも、自分が逃亡兵だと知れてしまったら、その日の内に名うての殺し屋が指し向けられます。

     "グレイブディガー"や、"フランケンシュタイン"級の殺し屋が、です。
     当然、"逃亡の事実を知った人間も"消されます。
     だから、どうしてもその事実を隠さなければいけなかったんです」

トソンは納得した。
この都でも、社名を護る為に似たような事をする場合がある。
だが、都の外に逃げられてしまえば、諦めざるを得ない。
わざわざ殺し屋を派遣してまで、社名を護る理由がないからだ。

そこまで手間を掛けるなら、大人しく金で解決した方が利口である。
にも拘らず、英雄の都は惜しむことなく殺し屋を派遣するらしい。
その事を知っていては、逃亡兵は生きた心地がしないだろう。
そして、その事を知った他の都の人間まで殺すと言うのだ。

異常を通り越して、そのプライドの高さは正に狂気である。

( ゚д゚ )「お解りいただけましたか?」

(゚、゚トソン「その事は解りました。
     ……ですが、まだ聞いていません。
     ミルナさんの、過去の話を」

それを聞いた時、ミルナは少しだけ悲しげな表情になる。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:30:02.22 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「……あまり、話したくないんですが。
     ここまで話した以上、もういいでしょう」

話は10年前以上に遡る。
それは、ミルナがまだ英雄の都の傭兵部隊に所属していた時の話だ。
ミルナは砲兵隊として日々戦闘に明け暮れ、多くの人間を吹き飛ばしていた。
まだ、"思春期前の子供"だと言うのに。

( ゚д゚ )「砲兵隊というのをご存知でしょうか?
     迫撃砲から120mm砲、果ては子供ぐらいの大きさの大砲を撃つ部隊の事です。
     後方支援の部隊と思っていただければ、十分です」

しかし少年兵程扱いやすく、便利な兵士はいない。
それらしい事を言えば簡単に信じ込み、命を投げ出す事も惜しまない。
敵兵も多少の同情を抱く為、少年兵は非常に高い戦力だった。
それを禁止する為の条約があるのだが、英雄の都はそれを無視していたのだ。

子供の権利条約など、あって無きが如くである。

( ゚д゚ )「フレシェット弾から焼夷弾、猛毒のガス弾まで、なんでも撃ちました。
     それが自分の存在意義で、それが自分の存在理由だったからです」

必要とあれば、その体に対戦車地雷をくくりつけて敵陣に放り込む事も平気でする。
それは冷酷なまでの残忍性と、赤子の様な純粋さを持った悪魔の兵隊。
一度戦場に駆り出されれば、容赦なく多くの敵兵を殺す。
故に、英雄の都の傭兵は高い評価を得ていた。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:36:28.56 ID:2GFOhcA80
英雄の都の名物とは、この高品質な"傭兵"そのものなのだ。
少年兵から大人になり、その品質はより熟成される。
自国は戦争をしない代わりに、他国にその兵力を売り渡す。
"英雄"と謳われる兵隊が多く産出される都の兵は、その名に恥じない能力と実力を兼ね備えていた。

( ゚д゚ )「自分達の同期の中にも、数人"英雄"が生まれた事もあって、自分もそれを羨みました。
      だから、自分も早く英雄になりたくて、戦場で一人でも多くの人を殺しました」

"英雄"とは、単に多くの敵を殺した者の事を指し示すではない。
最も多く、最も残虐に、最も劇的に人を殺した者の事を指す。
都に生まれた子供は例外なく"英雄"に憧れ、その為に命を賭した。
その"作られた憧れ"こそが、傭兵達の強さの秘密でもあった。

"英雄"は最高の栄誉。
夢であり、到達点である。

( ゚д゚ )「ガキの時分から、それが正しいと教えられてきたんです。
     疑問は感じませんでしたね」

夢の為なら、人はどこまでも残酷になる事が出来る。
その言葉通り、狂った教育を受けた人間は大人になってもその夢を諦めなかった。
"英雄になって、いい家庭を築く"。
それが、英雄の都における勝ち組の定義だ。

それは、今も昔も変わっていない。

( ゚д゚ )「本当にたくさん、殺してきました」

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:40:58.72 ID:2GFOhcA80
命乞いをする母親を撃ち殺し。
泣きじゃくる赤子を撃ち殺し。
逃げまどう若者を撃ち殺し。
気が狂った仲間も、撃ち殺した。

( ゚д゚ )「シェルショック、というのを知っていますか?
     文字通り、大砲を意味する"シェル"が心に大きな傷を残す精神病です。
     大砲の弾に対する恐怖、それが原因です。
     そのせいで狂った仲間を殺せば、それは味方を救った事になり、"英雄"に一歩近づけました」

戦場では様々な理由で、仲間を殺す場合が多々ある。
役に立たない臆病者の上官、気が狂った仲間、隊の規律を乱す者。
味方に危害が加わる前に、それらを殺さなければならないのだ。
ミルナは、空になった焼きそばの容器の底を、箸でつつく。

( ゚д゚ )「敵を殺すよりも味方を殺した方が、ポイントが高いんですよ。
     そうやってポイントを貯めて行って、気が付けば"英雄"になっています」

そう言って、ミルナは腰のホルスターからM8000を取り出した。

( ゚д゚ )「昨日まで同じ釜の飯を食っていた仲間を"こいつ"で撃ち殺す時、不思議と何も感じませんでした。
     狂った奴のせいで、皆が窮地に追い込まれる事を考えたら、当然のことだったからです。
     でも、ある日のことです……」

ミルナはいつもの様に後方支援を終え、残党殲滅の部隊に駆り出されていた。
フレシェット弾による連続砲撃、焼夷弾の砲撃によって、その街は原形を留めていなかった。
それは、人間の死体も同様だった。
矢が刺さり、穴だらけになって転がっている死体。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:45:16.67 ID:2GFOhcA80
どれもこれも、もう見慣れたものだった。
元人間と言うよりも、ただの肉の塊だったのではないだろうか。
無意識の内にそう思えるほどに、ミルナは死体を見慣れていたのだ。
だが、ふと気が付いた。

( ゚д゚ )「でも、それらの死体に共通していた事がありました。
     彼等の内のどれ一つとして、銃を持っていなかったんです」

つまり、ミルナ達の部隊は非武装地域に対して攻撃を仕掛けた事になる。
早い話がそれは、虐殺だった。
ミルナはその虐殺の一端を担ったのだ。
決して許されるような行為ではない。

それだけではなかった。

( ゚д゚ )「では、どうしてシェルショックになる味方がいたのでしょうか?
     大砲はおろか、銃ですら持っていない敵相手に、何故?
     答えは簡単です。 自分が、自分達砲兵隊が味方を狂わせていたのです」

ミルナは、自嘲気味に鼻で笑った。

( ゚д゚ )「皮肉なもんですよ。
     敵を吹き飛ばしていたと思ったら、実は味方まで吹っ飛ばしていたなんて。
     無抵抗な人間を殺した事よりも、そっちの方が恐ろしかったです」

手元の容器と箸を握りつぶし、ミルナは乾いた笑いを上げた。
容器をゴミ袋に入れ、ミルナは続ける。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:50:52.81 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「その事件がきっかけでした。
     自分達の目指す"夢"は、本当にこれでいいのかと疑問を抱きました。
     自分達で狂わせた味方を殺して、ポイントを稼ぐのが"英雄なのか"と。
     そして、そんなある日のことでした―――」

―――"夢"が揺るいだ、そんなある日のことだった。

疑問を心の隅に抱きながら、ミルナはとある紛争地域で戦闘を行っていた。
いつものように120mm砲を撃ち、敵の拠点である市街地へと遠距離砲撃を繰り返す。
一回撃つ度に、街の建物が吹き飛ぶ。
時々気まぐれに弾の種類を変更する以外は、同じ作業の繰り返しだった。

その日も、いつものように作業を終えてキャンプに戻り、夕食を食べていると。
緊急事態が発生した。
味方の戦闘機が二機墜とされ、パイロットがベイルアウトしたと言うのだ。
それも、市街地のど真ん中に。

当然、救助班が編成され、ミルナもその一員になった。
作戦内容は、夜間に市街地に侵入し、戦闘機の機密情報を破壊する。
その後、ベイルアウトした味方パイロットを救助し、帰還すると言うモノだ。
この程度なら、ミルナ達にとっては簡単な任務だった。

( ゚д゚ )「その時ベイルアウトした奴の内の一人の名前は、トラギコ。
     トラギコ・バクスターです」

(゚、゚トソン「……まさかとは思いましたが、同期生だったんですか」

( ゚д゚ )「より正確に言えば、幼馴染ですね」

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 08:55:39.39 ID:2GFOhcA80
トソンから空になった容器を受け取り、先程の袋に詰める。
袋の口を縛って、足元にそれを置いた。
ミルナはトソンの眼を真っ直ぐに見据え、重い口を開く。

( ゚д゚ )「だから自分は、誰よりも必死にあいつを探しました」

結果、ミルナは見事にトラギコを発見した。
幸いにもトラギコは特に怪我もなく、意識もしっかりしていた。
味方にトラギコが見つかった事を伝えようとした時、トラギコはそれを制した。

( ゚д゚ )「俺の居場所を絶対に教えるな、って言ったんです。
     だから、自分はあいつを信じて味方に伝えませんでした」

隠れている建物の中で、ミルナはトラギコの話を聞いた。
それは、ミルナと同じく英雄の都に対する疑問だった。

( ゚д゚ )「詳しくは知りませんが、あいつも何かが原因で疑問を持ったみたいです。
     翌朝、建物の前でもう一人のパイロットが"味方"に射殺されているのを見てそれは確信に変わりました。
     自分達の生まれ育った都は、異常だと」

(゚、゚トソン「それで、この都に逃げて来たのですか?」

ミルナは、首を横に振った。

( ゚д゚ )「最初はここじゃなくて、翠の都に逃げました。
     人当たりが良い人ばかりだと、聞いたからです」

(゚、゚トソン「でも、あそこは……」

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:00:08.22 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「えぇ。 噂は噂でしかなかった。
     最初の数日はまともに過ごせたんですが、その後が地獄でした。
     傭兵を良く思わない連中だらけで、自分達は毎日の様に石を投げつけられ、唾を吐かれました」

翠の都は伝統的に、異常なまでに外見に拘る。
世間体やら、他人の眼を気にして生きてこなかったミルナ達にとって、翠の都は偽りで満ちていた。
都の治安を常に守る為、余所者は長居出来ない。
もし、一日でもその滞在期間が過ぎたならば、間接的に都を追い出される。

余所者であるだけでなく、元傭兵という肩書を持つ者がいればそれは直接的になる。
善悪の区別も、人のなんたるかも知らない子供に対しても、それは決して変わらない。
その事を良く知る者は、翠の都を"イミテーションの都"と呼ぶ。

( ゚д゚ )「人殺し、ろくでなし。 産まれてきた事を謝れ。
     生きる価値がない。 酸素の無駄。 ゴミ。
     連中は直接的な暴力だけでなく、口でも暴力をふるってきました。
     暴力には慣れていましたが、口の方は慣れてなくて、本気で自殺も考えました」

でも、とミルナは続ける。

( ゚д゚ )「死ぬわけにはいかなかった。 まだ、やりたい事が沢山あったからです。
     規律にも義務にも縛られない自由な生き方。
     誰もが過ごしているような、そんな日常を過ごしたかったんです。
     だから、この都に来たんです」

(゚、゚トソン「……」

窓の外に目を向け、ミルナは眼を細めた。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:05:24.42 ID:2GFOhcA80
でも、とミルナは続ける。

( ゚д゚ )「死ぬわけにはいかなかった。 まだ、やりたい事が沢山あったからです。
     規律にも義務にも縛られない自由な生き方。
     誰もが過ごしているような、そんな日常を過ごしたかったんです。
     だから、この都に来たんです」

(゚、゚トソン「……」

窓の外に目を向け、ミルナは眼を細めた。

( ゚д゚ )「この都の裏社会の噂は、英雄の都で聞いた事があったんです。
     群雄割拠の裏社会ならば、自分達を受け入れてくれるだろう。
     そう思って、トラギコと自分はここに来ました。
     いろんな経緯の末に、今に至るわけです」

異性との付き合いも、人との付き合い方も。
大切な事を学ぶ前に戦場に行き、そして逃げてきた子供。
それが、ミルナ・アンダーソンとトラギコ・バクスターだった。
そんな彼らは今や、水平線会きっての手練である。

ミルナの変わった言動の正体は、その産まれと育ちにあったのだ。
この都で育ったトソンが興味を持ったのは、正にその部分だった。
互いに自分に無い物を求め、そして惹かれる。
それは正に、歪な形をしたパズルのピースだ。

(゚、゚トソン「なるほど、分かりました。
     つまり、ミルナさんは私が貴方の事を忌み嫌うと思ったんですね?」

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:10:04.51 ID:2GFOhcA80
( ゚д゚ )「情けない話ですが、その通りです……
     翠の都での出来事もあって、人にこの事を言うのは嫌なんです。
     嫌われるのはもう、嫌、ですから」

直後、ミルナの頬をトソンが軽く叩いた。
あまりにも突然の事で、ミルナは何が起きたか理解できなかった。
そんなミルナを諭す様にして、トソンは優しく笑む。

(゚、゚トソン「何をいまさら。 ここがどこだか、知っているでしょう?
     人殺しだか何だか知りませんが、そんな事で私が貴方を嫌うはず無いでしょう」

叩かれた頬を押さえながら、ミルナは瞠目した。
あの"鉄仮面"が、珍しく感情を表に出して対話しているのだ。
子を愛しむ様なその笑みは、まるで聖母の様に神々しく。
生徒を叱る教師の様な声は、ミルナの心の枷を外してゆく。

(゚、゚トソン「もっと、私を頼ってください。
      ね?」

そう優しく告げ、トソンはミルナの頬にそっと片手を添える。

(;゚д゚ )「う、あ……」

予想外の出来事に、ミルナは何も出来なかった。
ゆっくりと、赤子をあやす様にしてミルナの頬を撫でるトソンの顔は、慈愛に満ちている。
どこか愛おしげに、それでいて嬉しげな表情。
それは、ミルナが始めて見る表情だった。

(゚ー゚トソン「貴方は、一人じゃないんですから」

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:15:09.55 ID:2GFOhcA80
―――その言葉で、ミルナの心の枷が完全に外された。

ミルナがトソンに惚れたのは、先程の様に自分を叱ってくれたからだ。
誰も自分を叱ってくれず、誰も見てくれない。
そんな境遇のミルナを叱ってくれた初めての異性が、トソンだった。
きっと、トソンはその事を覚えていないだろう。

でもそれは、ミルナにとって人生を変えるような出来事だったのだ。

( д )「……ココア、淹れて来ますね」

そう言い残し、ミルナは逃げるようにして席を立った。
一人残されたトソンは、ミルナが来るまでの間、外の景色を眺める事にした。

(゚、゚トソン「……」

窓の外に見える景色は、奇妙な程に美しかった。
大通りに集中した光の群れ。
空を飛ぶハインドの群れ。
そして、蠢く人の群れ。

フォックス・ロートシルトのせいで歯車祭が狂わなければ、もっと美しい景色が見れただろう。
眼下に望む街並みが、この先一体どうなるのだろうか。
トソンはただ、無言で都を見下ろしていた。

( ゚д゚ )「お待たせしました。
    安物ですが、気分を落ち着けるには十分です」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:20:32.20 ID:2GFOhcA80
マグカップにココアを入れて戻って来たミルナが、先程と同じようにトソンと向かい合ってベッドに座る。

( ゚д゚ )「さっきは済みませんでした、つまらない話を延々と……」

(゚、゚トソン「いいえ、とても面白い話でした。
     だから民間人に銃を向けても、すぐには撃たなかったんですね」

( ゚д゚ )「えぇ、一応は撃たれるまでは撃つ事が許されませんでしたから。
     それを逆手に取られて、部隊が危険に晒されたこともありました。
     さて、今時間は……」

ミルナは、マグカップを持っていない方の手に付けた腕時計に目をやる。
金色の時針が、黒い文字盤の上で時間を指し示している。
トソンからミルナにプレゼントされたそれは、決して高価な品では無い。
だがミルナにとってそれは、どんな高級ブランドの時計よりも魅力的な品だった。

【時刻――22:30】

作戦決行まで、あと4時間。
ココアを飲み終えた二人は、デレデレから渡された指示書に眼を通していた。
数枚の紙の上には、ゴシック体の文字がずらりと並んでいる。
随所に図が挿入されおり、それは地図だったり建物の構造だったりした。

黙って紙上に眼を走らせていたミルナは、読み進めるにつれてその表情が険しくなる。
 _
(;゚д゚ )

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:25:27.14 ID:2GFOhcA80
読み終えた紙を持ちながら、ミルナはしばし呆然と立ち尽くす。
数拍置いて、ミルナは再度紙上に目を走らせた。
何度読み直しても、書いてある事は変わらない。
当然、念の類で文字列が変わる事もない。

(;゚д゚ )「なるほ、ど……」

先に指示書を読み終えていたトソンは、ミルナと同様の表情を浮かべている。

(゚、゚トソン「つまり、この作戦は―――」

(;゚д゚ )「個別に展開する必要がある、と」

ミルナ達の作戦概要は、こうだ。
このホテルニューソクの至る所に置かれた武器を使用し、大通りで展開される騒動を援護する。
それと同時並行で、敵が設置したECMを発見、破壊する。
予定では、ミルナがここに残って、トソンがECMを破壊するのだが。

今は、その予定が完全に狂っていた。
トソンの脚が負傷してしまったせいで、トソンは歩行する事がやっとなのだ。
つまり、トソンが建物の外に出て行く事はおろか、ECMを発見する事も困難になる。
そうなれば作戦に大幅な遅れが生じ、最悪の場合、作戦が失敗してしまうかもしれない。

(;゚д゚ )「ど、どうしましょう……」

慌てふためくミルナに、トソンは短く告げた。

(゚、゚トソン「何も問題はありません。
     私が、ここで表通りの援護をします」

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:30:02.55 ID:2GFOhcA80
(;゚д゚ )「冗談を言っちゃいけません!
     いいですか、自分が全部やりますから!
     それに、ジャベリンやスティンガー、120mm砲をトソンさんが使える訳……!」

(゚、゚トソン「ミルナさん、私は武器商人。
     商品の扱い方を知らないで、商人は務まりませんよ」

ミセリの副業である武器の売買、その手伝いをトソンがしている事はミルナも知っている事だ。
別に、ミルナはその事を失念していたわけではない。
ミルナが危惧したのは、"武器の使用法及びその重量、それに伴う危険"だった。
よもや、聡いトソンがその事に気付いていない筈がない。

地対空ミサイルのスティンガーは、重量約15kg。
対戦車ミサイルのジャベリンに至っては、何と重量約22kgもあるのだ。
男ならまだしも、女のトソンにそれらを担いで建物内を移動するなど不可能である。
おまけに、"屋上に設置された"120mm砲は、一介の武器商人程度が使用できるはずもない。

その他にも多くの対物装備がこの建物内の至る所に置かれているが、今の様子ではトソンにはどれも使えるとは思えない。
ミルナはトソンの肩を強く掴み、言い聞かせるようにして眼を見た。

( ゚д゚ )「……トソンさん、出来るだけ早く戻りますから。
     だから、ここで待っていてください」

(゚、゚トソン「私に何もするなと言うのですか?
     そんなの御免被ります。 それとも、私は足手纏いなんですか?」

(;゚д゚ )「そうは言っていません。 ただ、自分はトソンさんが心配なだけです」

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:35:50.09 ID:2GFOhcA80
ミルナの言葉に偽りは無い。
心の底から大切で心配だからこそ、ミルナはトソンをここに待機させるのだ。
しかし、そんなミルナの心配を、トソンはやんわりと拒絶した。
首を横に振り、トソンは冬の陽だまりの様な笑みを浮かべる。

(゚、゚トソン「……約束を、しましょう。
     この騒動が終わったら、私にミルナさんの一日をくれませんか?」

(;゚д゚ )「え?」

右手の小指を上げ、トソンは続ける。

(゚、゚トソン「約束がある限り、その絆がある限り。
     私は絶対に大丈夫です」

確信があるわけではない。
それでも、トソンの言葉に揺るぎは無かった。
赤子が母親を信頼するが如く、トソンはこの絆を信じているのだ。
ミルナは己の愚かさを恥じた。

無償で信じてくれている人の信頼に、応えずして何が義者か。
こうなったら、自分を信じてくれたトソンを信じるしかない。
ミルナは意を決し、自分の右手の小指を突き出す。
そして、どちらともなく小指を絡ませ合う。

( ゚д゚ )「……絶対に無理はしないでください。 それと、何かあれば自分を呼んでください。
     いいですね?」

(゚、゚トソン「えぇ。 ミルナさんも、無理をしないでください。
     何か分からない事があれば、私を頼ってください」

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/20(月) 09:40:12.38 ID:2GFOhcA80
絡ませ合った小指が、ゆっくりと解ける。
自然な流れで今度は、互いの五指が求めあうようにして絡み合った。
優しく、ゆっくりと。
何度も愛撫するようにして、幾度も絡み合う。

次第に、二人の距離が縮まる。
互いの呼吸の音が聞こえる距離を越え、瞬きの音が聞こえる程の距離にまで近づく。
トソンが先に瞼を下ろし、続けてミルナも瞼を下ろす。
唇が、触れ合う。

一度触れ合い、離れる。
もう一度、互いに口付けを交わす。
今度は先程よりも長く。
そして、強く。

これまで互いに遠慮していた気持ちが、溢れる。
もっと互いを求めたいと、本能が叫び出す
だけど、それは理性で抑え込む。
代わりに、ついばむようにして何度も互いに唇を重ねた。

【時刻――23:00】

―――その絆、愚直につき―――

第二部【都激震編】
第二十三話 了


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