('A`)と歯車の都のようです

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:11:50.79 ID:QmIbowRu0
―――15年前。

都の裏社会の御三家が、未だ抗争を続けていた時代。
当時の都の治安は、現代と比べると雲泥の差だった。
治安が良いはずの表通りで街娼が客取りをし、麻薬の売人が道端で他人の人生を狂わせる為邁進していた。
今でこそ、それらは裏通りの極限られた場所でのみ見られる光景なのだが、当時は表通りでも普通に見られたのだ。

今でも変わらぬ暗い空の下、二人の少年が同時に溜息を吐いた。
一人は、金髪の少年。
もう一人は、黒髪の少年だ。
物珍しげに都の大通りに立ち並ぶビル群を見上げ、もう一度溜息を吐く。

白い蒸気となってその溜息は暗い空に吸い込まれ、代わりにそれは冷たい風となる。
季節は冬。
太陽の光が恋しいこの季節、都には太陽の恵みは与えられなかった。
氷のように冷たい風に身を震わせ、二人の少年は凍える手に息を吐きかける。

だが、その程度では二人の体に暖を取り戻す事は叶わなかった。
裏通り出身にしては綺麗な格好をしているが、二人の格好はこの季節にはかなり薄い。
黒い長袖の上着、カーキ色の長ズボン、それだけが二人の格好だった。
上等な生地ではあるが、如何せんそれには防寒の機能は無い。

この都に来て早一週間。
何も、二人は好んでこんな寒い格好をしているわけでは無かった。
着る物でも売らなければ、生きて行く為の食料が買えなかったのだ。
当初持ち合わせていた小金は、4日の内にまるで魔法のように消えてしまい。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:16:09.95 ID:QmIbowRu0
残り僅かとなった金も、いつの間にか消えていた。
そこで、二人は泣く泣く防寒着を質に入れ、どうにか3日分の食料を手に入れる事が出来たのである。
しかし、その質屋に騙されたのを知ったのは、つい先ほどその店先を通りかかった時の事。
店先に、"超高級品"の札が付けられ、二人が渡された金額の20倍の値札が下げられているのを見てからだ。

金髪の少年はその事を思い出して、本日何度目になるか分からない溜息を吐いた。

(=゚д゚)「……あーぁ」

自分の体を抱く様にして、少年は自分の体を両手で抱き締めて暖をとる。
歯車城の大時計は、夕方の5時を指していた。
後7時間もすれば、寒さで奪われた体力が限界になるだろう。
幼くして、少年は自分の死期を悟った。

横で共に歩いていた黒髪の少年も、溜息を吐いた。

( ゚д゚ )「……ぁーあ」

両手をポケットに突っ込み、辛うじて暖をとってはいるが、それは気休めにもならない。
この都で防寒着を持たない者が生き延びるには、暖の効いた建物で過ごすか。
もしくは、温かい食事を取るかの二択だけである。
生憎、二人にはそのどちらも実現不可能であった。

建物に入るには金がいる。
当然、食事を取るにも金がいる。
―――金、金、金。
この世の中では、金が大きな力である事を、二人は身を持って味わった。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:20:35.82 ID:QmIbowRu0
それも、もう少しで終わりを告げる。
後7時間の寿命と悟った二人は、せめて最後の希望とばかりに。
活動拠点であった裏通りから、表通りへと来ていた。
もしも、ここで倒れれば。

きっと、"気の良い誰か"が助けてくれるかもしれないと考えたのだ。
もっとも、その希望が先程の質屋の件で撃ち砕かれた時点で、二人はその考えを諦めていたのだが。
誰だって気分が滅入った上に、バナナで釘が打てそうな気温の中、これ以上体力を使いたくはない。
だが、二人はこんな事でもしないと体が温まらず、ただでさえ少ない余命が半減してしまうのだ。

暖色系の明かりが、嫌みのように冷え切った二人の体を照らす。
擦れ違うカップルの談笑が、悪魔の笑い声にも聞こえた。
きっと、人の一生分の溜息を吐いたのではないだろうか。
二人は、また同時に溜息を吐いてその記録を更新する。

(=゚д゚)「……男娼の真似事でもするラギか?」

冗談混じりのその言葉に、横の少年は鼻で笑った。

( ゚д゚ )「ははは、冗談じゃねぇ。
  ケツの穴の純潔ぐらいは、生涯守り通すもんだろ」

乾いた笑い声と共に、黒髪の少年は金髪の少年の尻を軽く蹴る。

(=゚д゚)「そうラギね。 俺もケツに異物を突っ込まれるのは勘弁ラギ」

金髪の少年は、自身を抱きしめていた腕を解いた。
横の少年と同じように、ポケットに両手を突っ込む。
灰色だった空が黒に染まりつつあるのを、少年は視界の端で見咎めた。
日没の影響で、氷でも降って来そうなほどに辺りが冷え込み始める。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:25:24.95 ID:QmIbowRu0
しかし、二人にとってみれば先程の寒さと大差は無かった。
熱も生気も奪われた二人には、もう、体が感じる苦痛はどうでもいい事だった。
今はただ、こうして残された時間を有効に使う事だけを考えていた。
ふと、金髪の少年が思い出したように口を開く。

(=゚д゚)「……思えば、俺もお前も恋の一つもしなかったラギね」

金髪の少年、トラギコ・バクスターの声は、老人が思い出を語るように柔らかいものだった。
まだ12歳の二人にとって、恋愛とは憧れの一つであった。
誰かを一途に想う。
そんな事すら、今の二人には遠すぎる夢だった。

( ゚д゚ )「未練が増えるから、そんな空しくなる事を言わないでくれ。
     と言うより、俺達産まれてからまともな事をした記憶が無いよな」

トラギコの言葉に、黒髪の少年は嘆きの言葉で答える。
黒髪の少年、ミルナ・アンダーソンは足元にあった煙草の吸殻を蹴り飛ばした。
それは空しく風に運ばれ、ミルナ達の後ろへと飛んで行く。

(=゚д゚)「そうラギね、殺してばっかりの人生だったラギ……」

トラギコも、ミルナと同じように足元にあった紙屑を蹴り飛ばす。
何かのチラシだったのだろうか、それは思いのほか上質な紙で出来ていた。
先程とは違い、それは風に飛ばされる事無く、トラギコの靴にくっついている。
これも何かの縁。

そう思い立ち、トラギコはそのチラシを拾い上げた。
黄色い紙を広げてみると、そこにはチョッキングピンクの色をした文字で何やら印刷が施されている。
それは、俗に言う風俗店のチラシだった。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:30:20.23 ID:QmIbowRu0
  _,
(=゚д゚)「"エロス・ザ・グレンフィディックの無料ショータイム"……?」

思わず口にしてしまった広告の文字列に、トラギコは眉を顰めた。
広告には、その風俗店の住所と連絡先、地図と"イヤらしい写真"が印刷されていた。
トラギコ達の年齢の男子は、丁度このような"イヤらしい写真"に興味を示す年頃である。
だがしかし、それは普通の男子の場合だ。

そう言った事とは無縁の生活をしてきたトラギコには、その"イヤらしい写真"が持つ真の意味を理解する事は出来なかった。
トラギコにとって一番の問題だったのは、広告に書かれた"無料"の文字である。
更に、その下に書かれた言葉はトラギコの心をより一層大きく震わせた。
"ドリンク無料サービス券"と、紙の端に書かれていたのだ。

トラギコは考えた。
券は一枚しかない。
しかし、ここには二人いる。
―――券を使えるのは、一人だけ。

(=゚д゚)「……ミルナ、この券を配っている人を探すラギ。
     そうすれば、どうやら俺達は極楽に行けるらしいラギ」

ミルナに広告を手渡し、トラギコは立ち止まる。
手渡された広告に眼を走らせ、ミルナも数歩進んだ所で立ち止まった。

( ゚д゚ )「"このショーを見た人は昇天間違いなし! 極楽浄土へご案内!"。
     ……探すか、ここに行けば暖も取れるし、飲み物もある。
     さて、どうやって探そう……う?」

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:35:33.16 ID:QmIbowRu0
広告から眼を離したミルナが、突如固まった。
何事かと、トラギコはミルナの目線の先を見る。
果たして、そこにあったのは―――

「本日、無料のショーがあります、どうぞご覧になってくださいな〜」

―――ミニスカートを履いた、女のサンタクロースだった。
眼を凝らして、もう一度見るが、間違いない。
これまで、トラギコもミルナもサンタクロースは白髭の太った老人だと思っていたが。
どうやら、その考えは間違いだったようだ。

そのサンタクロースの格好は、精神的に幼い二人には刺激的すぎた。
甘い蜜に群がる虫の様に、二人はそのミニスカサンタにフラフラと近づく。
ミニスカサンタはその事に気付いておらず、道行く人に黄色の広告を配っている。

「ありがとうございます〜」

近くでまで来てミニスカサンタを見上げると、女の顔に化粧が施されているのが分かった。
眼元、唇、顔全体。
眼元には何やらキラキラ光るのが塗られていて、唇にはピンク色の口紅が塗られている。
そして、顔全体には何やら白っぽい何かが塗られていた。

化粧どころか、こんなに綺麗な女を見た事が無い二人はしばらくその姿に見とれていた。
ふと、人の流れが穏やかになった所で、ミニスカサンタが近くに居た二人の存在に気付いた。
どこか哀れみの光を宿した眼で、二人を見ると。

「ボク達、こう言うのに興味あるの?」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:41:25.12 ID:QmIbowRu0
そう言いながら屈んで、二人に目線を合わせた。
うっすらと浮かべた笑みは、やはりどこか哀れみがこもっている。
雨に濡れた捨て犬に向けるようなその表情は、二人にとっては久しぶりだった。
この都に来た当初、こういう表情を浮かべた人に何度か親切になった事を思い出す。

(=゚д゚)「あ、ありますラギ!」

緊張のせいで少しだけ裏返った声で、トラギコは勢い良く返事をした。
残り少ないと思われていた寿命が延びるとなれば、喜ばざるを得ない。

「そうねぇ…… じゃあ、ちょっと待っててね」

そう言って、ミニスカサンタは胸元からボールペンを取り出して広告にサラサラと何かを書き始めた。
慣れた手つきで走らせていたボールペンを元に戻し、何かが書かれた広告を二枚トラギコに手渡す。

「これを持って行けば、君達でもお店に入れるはずだから。
……頑張ってね」

励ましの言葉と共に広告を受け取った二人は、プレゼントを貰った子供の様に。
と言っても、まだ子供なのだが。
とりあえず、二人は子供の様にはしゃぎながらその場を去る。
手にした紙が、飛んで行ってしまわないようにしっかりと握りしめながら。

本来なら、子供であるトラギコ達は広告の店。
"フィディック"に、入店出来ない筈だった。
だが、ミニスカサンタは二人の哀れな境遇を悟り、せめてものプレゼントとして。
18歳以下である二人が入店できるよう、広告に書き足したのだ。

―――冬空の下、1つの小さな歯車が廻り始めた瞬間だった。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:43:21.56 ID:QmIbowRu0




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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第二十四話『儚き心を護る者』

二十四話イメージ曲『ぼくの味方』柴田淳
ttp://www.youtube.com/watch?v=X107FtjkGSQ
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15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:48:22.32 ID:QmIbowRu0
描かれた地図を頼りに、二人は都の道を進んで行く。
人の間を縫うように。
風の様にしなやかに。
子供にしかできない柔軟な動きで、"社会の歯車達"の間をすり抜ける。

先程までのネガティブな思考はどこへやら。
余命7時間が大げさに感じてしまう。
だが、それは間違いでも誇張表現でもない。
暖を取らなければ、後7時間で凍死してしまうのは避けて通れない道である。

そんな事も相まって、二人は急いで地図上の店へと急ぐ必要に迫られていた。
体に残された最後の余力を、最後に残された可能性へと注ぎ込む。
"蛍光ピンク色の現実"を知らない二人の眼には、暖房の効いた部屋と暖かい飲み物しか映っていない。

(=゚д゚)「ミルナ、後どれぐらいラギ?」

相当な速度にも拘らず、二人の息は乱れていない。
仮にも二人はこの歳でも、元軍人である。
この程度の走破なら、屁でも無い。
裏通りに侵入する小道を走りながら、トラギコは横で地図を見ているミルナに声を掛けた。

( ゚д゚ )「後1分ってところだ。
     そろそろ見えるぞ…… あれだ!」

地図から顔を上げ、期待に満ちた表情で前方を見るミルナ。
それより先に、トラギコもその店の存在に気付いていた。
この一帯では珍しく、店の外にまで人が溢れているのが窺えた。
蛍光ピンクと黄色の派手な看板には、"フィディック"と書かれている。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:53:25.17 ID:QmIbowRu0
(=゚д゚)「……何ラギ、ここ?」

辺りに漂う異様な雰囲気に、トラギコは立ち止まってミルナに尋ねた。
ミルナも、トラギコ同様思わずその場で立ち止まっていた。
どうやら、ミルナもこの異様な雰囲気を感じ取ったらしい。
すぐ10m先に希望が見えるのに、近づこうとしない。

( ゚д゚ )「大人、しかいないな……」

ミルナの言う通り、辺りには大人しかいない。
それも、皆いかにも高級そうなスーツを身に纏い、煙草を吸っている。
その周りで喋っている女は、先程のミニスカサンタと同様、化粧をしていたが。
その格好の大胆さは、ミニスカサンタの比では無い。

胸元が大きく肌蹴、腰まで大きなスリットが入ったドレス。
その間から見え隠れする胸や、太ももに二人は性的な興奮よりも。
"嫌悪感"を抱いた。
しかし、周りの大人は違うらしい。

会話をしながらも鼻の下を伸ばし、チラチラとその胸元やら太ももに目線を移している。
時折女の肩を抱き寄せたり、その尻に手を伸ばしたりしている男もいた。
正直、同性としてどうかと思う。
それが、色恋沙汰を知らない12歳の少年達の感想だった。

(=゚д゚)「なぁ、なんか俺達場違いな気がするラギ」

ミルナはそれに頷く。

( ゚д゚ )「あぁ、ここでも十分温かい空気が来るしな。
     どうするよ?」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 21:57:06.25 ID:QmIbowRu0
(=゚д゚)「ここまで来て、引き下がるのはプライドが許さないラギ。
    時期を待つラギ。 虎の様にじっくりと、一撃必殺のチャンスを」

( ゚д゚ )「いや、必殺じゃダメだろ」

そんなやり取りをしながら、二人は路地裏の暗がりから店の様子を窺う。
二人の視線の先で、下品な笑いを浮かべる禿頭の男が、傍らにいる女の胸元に手を突っ込んだ。
女が少し嫌そうな顔をすると、男は女の手に札束を握らせる。
そうしたら、女は途端に笑顔を浮かべた。

(=゚д゚)「どの世界でも、大人っていうのは汚いものラギね」

その光景に、自然と口からそんな言葉が洩れていた。

( ゚д゚ )「金、か。 やっぱり、持ってる奴は持ってるんだな」

(=゚д゚)「俺達がまともに働いても、あんなに金は手に入らないラギよ」

片や金を持っている禿げ男、片や無料チケットを手に歓喜する少年達。
虚しくなる構図である。
そう言えば、英雄の都の指揮官達は皆、出撃前にあんな顔を浮かべていたような気がする。
そんな時、決まって上官の部屋には立ち入りが禁止された。

(=゚д゚)「おっ、皆中に入りだしたラギ。
    チケットを……、受付の女の人に渡したラギ。
    それから、えーっと…… 黒いカーテンの向こうに行ったラギ」

店内への侵入ルートを覚え、二人は店の外から人が完全に消えるのを見計らって路地裏から姿を現した。
シワだらけになる程握りしめた広告を、もう一度握りしめる。
広告は、汗で湿っていた。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:02:03.10 ID:QmIbowRu0
(=゚д゚)「よーし、行くラギよ」

さり気無く。
ゆっくりと。
気さくに。
自然に。

先程見た受付の前まで来て、トラギコとミルナは背伸びをして広告を受付嬢に手渡した。
受け取った広告とトラギコ達とを見比べ、受付嬢は首を傾げる。

「ん? 君達は……
あぁ、あの子ったら……」

だが、広告の端に書かれた先程のミニスカサンタの文字を見るや、その表情が柔らかくなる。
広告を机の一角に置き、受付嬢は自分の後ろの部屋に声を掛けた。

「……そうねぇ、トソン。
この子達を休憩部屋に連れて行って頂戴」

その呼びかけに応じて、部屋から一人の少女が姿を現した。
短く揃えた茶髪の下から覗く、無表情な顔。
白いワンピースを身に纏い、少女は二人の元へと歩み寄る。
そして、事務的に短く告げた。

(゚、゚トソ「……こちらです」

齢はトラギコ達の1つ上、と言った所だろう。
子供にしては大人びている様子に、トラギコ達は互いに見合った。
幼馴染にしかできないアイコンタクトで、会話を試みる。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:09:11.18 ID:QmIbowRu0
(=゚д゚)(すっげー。 都会はやっぱり凄いラギ)

( ゚д゚ )(マジクール!)

その様子を見て、トソンと呼ばれた少女は少しだけ不機嫌そうな声で。

(゚、゚トソ「こ ち ら で す」

もう一度、短く告げた。
今度は、二人を置いて先にさっさと行ってしまう。
置いて行かれないように、二人はその後に続いた。
トソンに案内された部屋は、隅々まで綺麗に掃除が行き届いていた。

それだけではない。
テレビ、マッサージチェア、その他よく分からない機械だけでなく、軽くつまめる物から寿司まで用意してあった。
至れり尽くせりである。
内装も小奇麗で、休憩室とは思えないモノだった。

席に案内され、二人は椅子を引いて腰を掛ける。
目の前にある机も、きっと高級品なのだろう。
ひょっとしたら、この椅子も―――

旦⊂(゚、゚トソ「どうぞ」

そんな事を考えていると、いつの間にかマグカップを手にしたトソンが二人の前に現れ、二人の前にそれをそっと置いた。
白百合の花が描かれたマグカップを恐る恐る手に取り、それを口に運ぶ。

( ゚д゚ )「おおぉ……」

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:14:29.80 ID:QmIbowRu0
何の変哲もないコーンポタージュが、今の二人にはこの上ない馳走だった。
冷え切った二人の体を温めるには、これで十分だ。
感嘆の声を上げるミルナの横で、トラギコも同じく感嘆の溜息を吐く。
暖房の効いた部屋で、温かい飲み物を飲むと言う当初の目的が達成され、今二人は夢心地となっていた。

寿命のタイムリミットは、これでリセットされた。

(=゚д゚)「いや、本当にすまないラギ」

そう言いつつ、トラギコはコーンポタージュを啜る。
対して、トソンは眉一つ動かさずに。

(゚、゚トソ「御気になさらず」

と、だけ告げた。
最後までそれを聞くことなく、トラギコは氷解し始めた体に更に熱を加える事にした。
マグカップに半分だけ残ったコーンポタージュを、聖水の様に口に含む。
コーンの甘味が、程良い塩分と合わさって口内に単調ながらも温かい味を残す。

ゴクリ、と喉を鳴らして飲み下せば、腹の底に熱い塊が生まれる。
一呼吸をすると、鼻腔と口腔からコーンの香りがほんのりと突き抜けた。
体の底から温まるかのような温もりが、全身を支配する。
そこまでして、ようやく温かさに対しての溜息が洩れるのだ。

(=゚д゚)「ほぅっ……」

(゚、゚トソ「お代わりはいかがですか?」

ごく自然な流れで、トソンはお代わりを促した。
だが、トラギコはそれを出来る限り丁寧に断る事にした。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:22:17.33 ID:QmIbowRu0
(=゚д゚)「あ、これ以上長居すると流石に迷惑ラギ。
    これを飲み終えたら、もう帰るラギ」

(゚、゚トソ「そうですか」

感情の無い声で、トソンは素気なく答えた。
マグカップの底に残っていた最後の一滴まで飲み終えると、トラギコは横のミルナを見やる。
丁度、ミルナも飲み終えた所だった。
ほら、と眼で合図を送る。

( ゚д゚ )「ごちそうさまでした。
     美味しかったっす」

そう言ってミルナは深くお辞儀をして、席を立つ。
トラギコも席を立ち、トソンに礼を言う。

(=゚д゚)「今日はごちそうさまだったラギ。
    出口まで案内してくれるラギか?」

トソンは無言で頷いた。
無言で出口まで先導し、二人はその後に続く。
比較的広い道を真っ直ぐに進むと、果たしてそこには一枚のドアがあった。
丸いドアノブの付いた、重くて鈍くて硬い金属の扉。

それを開き、トソンはその状態で待機する。
ホテルの給仕を想起させるその一連の動作は、見事としか言えなかった。
トソンの横を過ぎて店の外に出ると、やはり寒かった。
身を裂かれそうな風に、思わず奇声を発しそうになる。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:28:45.22 ID:QmIbowRu0
だが、背後に居るトソンの手前、醜態をさらす事は出来ない。
気合と根性でどうにか奇声を押し殺し、二人は振り返ってお辞儀をした。
それを見て、トソンは扉を閉める。
重々しい金属音が衝撃波となって、二人の顔を軽く叩いた。

気温の変化のせいで、鼻水が出てきた。

( ゚д゚ )「はぁ…… これからどうするよ?」

(=゚д゚)「そうラギね…… ズズッ
    一先ず、寒さを凌げる場所を探すラギ」

溜息交じりのミルナの言葉に、トラギコは鼻水をすすりながら答えた。
腕を胸の前で組み、辛うじて体を温める。
店の裏口から裏路地へと出てきた二人は、不気味なほど静かな暗闇を歩き始めた。
表通りの喧騒も、ここまでは届かない。

―――それは同時に、裏通りの喧騒も表通りには届かないと言う事である。

( ゚д゚ )「っ?! トラ、聞いたか?」

(=゚д゚)「あぁ、ばっちりと聞いたラギ。
     11時45分の方向ラギね」

周囲の建物に反響して二人に聞こえたのは、女の悲鳴にも似た声だった。
裏通りでは強姦殺人強盗は日常茶飯事。
いちいち介入していては、キリが無いのが現実だ。
本来なら、二人はそういった事を無視していたのだが。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:34:18.49 ID:QmIbowRu0
先程受けた恩恵の影響で、二人は何か善行をしたい衝動に駆られていた。
故に、二人は今回の悲鳴の主を救うべく、その衝動に身を任せる事にしたのだ。
二人同時に駆け出し、悲鳴の元へと急ぐ。
幾つもの曲がり角を駆け抜け、遂にその元へと辿りついた。

ミセ#゚−゚)リ「だから、来ないでって言ってるじゃん!」

そこに居たのは、純白のフリルがついた黒のドレスを身に纏い、怒りの色に顔を染める一人の幼女。
そして、その前に立ちはだかる一人の中年禿げ男。
中年男の手には、札束が握りしめられていた。

| |・∀・|「いいじゃないか、オジさんといい事しようじゃないか」

男の浮かべる表情は、先程店先で女の胸元に手を突っ込んでいた男と同じものだった。
同性の子供から見ても嫌悪感を抱かざるを得ない表情は、大人の特権なのだろうか。
股間の辺りが盛り上がっており、性的に興奮しているのが窺える。

ミセ#゚−゚)リ「ヤダ! あんたみたいな臭いオヤジなんか嫌いだ!
      こっちに来るな! 来るなぁ!」

そこら辺に落ちていたゴミなどを男に投げるも、男は全く引く気配を見せない。
逆に、それで何かの心を刺激されたのだろうか。
先程よりも、一層下品な笑みを浮かべた。
辛抱堪らんと言った様子である。

| |・∀・|「へっへへ、やっぱり少しは抵抗してくれなきゃあね。
     犯し甲斐があるってもんだ」

チャックを下ろし、そこから醜悪な"性器"を取り出した。
不気味に脈打つそれを見て、幼女は恐怖に顔を歪める。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:41:09.30 ID:QmIbowRu0
ミセ;゚−゚)リ「や、やだ…… やだ……」

恐怖に腰を抜かしたのか、幼女は尻から地面に転んでしまった。

| |・∀・|「おおっと、叫ぶなよ?
     叫べば、お前の顔に傷がついちゃうかもよ?」

そう言って、男は懐から折り畳み式のナイフを取り出す。
見せつけるようにして、男はそのナイフを構えた。
金属の光沢が、男の卑猥な笑みを反射している。
まだ幼い子供には、その脅しで動きを規制するには十分事足りたようだ。

ミセ;゚−゚)リ「だ、誰か…… た、助け……」

| |・∀・|「無駄ぁ無駄ぁ。 ここのルールを良く知ってるなら、無駄なのが解るだろ?
     正義のヒーローはいないし、そんな都合よく助けに来る人間なんかいないんだy―――」

(=゚д゚)「―――奇遇ラギね。
    ここに、そんな人間がいるラギ」

音もなく男の背後に立っていたトラギコに声を掛けられ、男は一瞬だけ動揺した。
すぐさま声の方向に首を回す。
だが、トラギコが子供である事を見るや否や、すぐさまその態度に余裕を取り戻す。
男は手にしたナイフの切っ先をトラギコに向けながら、自信に満ちた意地の悪い声を出した。

| |・∀・|「怪我したくないなら、ここから消えな。
     俺のレイプタイムを邪魔するって言うなら、お前、殺すぞ?」

(=゚д゚)「そうラギか? それは困ったラギ」

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:46:42.84 ID:QmIbowRu0
| |・∀・|「そうだろう、困るだろう? だったら早く消えろよ」

しかし男の言葉に、トラギコは全く動揺しない。
まるで、目の前にあるナイフを恐れていないようだ。
―――事実、トラギコは男のナイフなど全く恐れていなかった。
トラギコを脅すのであれば、もっと大振りのナイフでなければ意味がない。

(=゚д゚)「ここで消えたら、俺はただのヘタレ野郎ラギ。
    退くわけにはいかないラギね。
    …………ミルナ、パッケージの回収は俺がするラギ!」

突如、トラギコは大声を発した。
その声とほぼ同時に、男の腹部に強烈な痛みが走る。
幼女と男の間にいつの間にか現れたミルナの拳が、自分の腹部に深々と埋まっているのを驚愕の面持ちで一瞥すると、男は腹を押さえて倒れ込んだ。
その隙に、トラギコは腰を抜かしている幼女の手を取って駆け出そうとする。

だが、幼女は立つ事ですらままならないらしい。
子猫の様に怯えきった目で、トラギコを見上げている。
仕方無くトラギコは、幼女を抱き上げて駆け出す事にした。
残されたミルナは、二人の姿が路地裏に消えるのをしっかりと見届け、目の前の男に声を掛けた。

( ゚д゚ )「さーて、オッサン。
     あんな子供相手に、何をしようとしてたんだ?」

|;|・∀・|「おおお、ぐぅおおお?!」

未だに腹部を押さえて悶絶する男は、ミルナの問いに答えようとはしない。
先程までの威勢を失い、両膝を付いて腹部を押さえこんでいる様が、非常に滑稽である。
目覚めの一発を顔面にくれてやろうか、そうミルナが考えた時だった。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:53:01.00 ID:QmIbowRu0
|;|・∀・|「この、クソガキ、がっ!」

男が起き上がりざまに繰り出したナイフの一閃を、咄嗟にバックステップで躱す。
1秒前までミルナの首があった場所を、白刃が切り裂いた。
その様子を、ミルナは余裕を持って観察する。
着地と同時に、ミルナは回し蹴りを男の脚に見舞った。

軸を失い、バランスを崩した男が倒れる。
だが、"男は倒れる事すら許されなかった"。
崩れてきた男の顔に反対の脚で、強烈な蹴り上げを繰り出す。
強制的に起き上がらせられた男は、激痛に涙を流していた。

( ゚д゚ )「俺の質問に答えろよ。
     何を、しようと、してたんだ?」

男の凶器など気にも留めないで、ミルナは質問を続けた。

|;|・∀・|「ひっ、ひいぃぃぃぃゃゃゃゃやっはあぁぁぁぁぁん!」

絶叫を上げながら突き出されたナイフを、ミルナは素手で掴む。
―――否、それは他者が遠目で見た時の光景だ。
より正確に言うなら、"ナイフを掴んだ男の手を掴んだ"のだ。
ミルナはナイフを突き出した体勢のまま捕らえた男に、冷たい目線をくれてやる。

そして、空いた手で折り畳み式のナイフの刃先を"ゆっくりと畳み始めた"。
男の人差し指に、ゆっくりと刃が喰い込む。

|;|・∀・|「いっぎゃあぁぁぁぁんっ!?」

更に力を込め、骨まで刃が喰い込んだ感触が、ナイフ越しに伝わる。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 22:58:24.29 ID:QmIbowRu0
( ゚д゚ )「なぁ、何をしようとしてたん、だっ?」

小さく力を込められた刃は、男の人差し指の骨を断ち、肉を切り裂いた。
地面に男の人差し指が落ちた。
一際大きな絶叫を上げ、男は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でようやく答える。

|;|・∀・|「お、犯そうとしたんだよぉぉぉ……」

( ゚д゚ )「そうか、じゃあ死ね」

次の瞬間、地面に3本の指がポトリと落ちた。
親指だけになった男の手を開放し、その手からナイフを奪い取る。
切っ先の血を振り落とし、そのナイフを男の股間目掛けて振り下ろした。
勃起していた男の"モノ"は、見事に真ん中から切り裂かれる。

|;|・∀・|「ひ、ひぃやあぁぁっぁあぁぁっぁぁ!!」

股間を押さえこみ、男は膝を突く。
その顔面を、ミルナは容赦なく蹴り飛ばした。
仰け反った体勢でピクピクと痙攣し始めた男の喉元目がけ、ミルナは微塵の同情も抱かずにナイフを薙ぐ。
使い終わったナイフを男の足元に放り捨て、ミルナはその場を後にする。

―――直後、男の喉元に新しい口が開き、そこから噴水の様に血が噴き出した。

一方、トラギコは比較的安全そうな場所。
先程の店の前に、幼女を連れて来ていた。
幼女をその場に下ろし、トラギコはミルナが来るまでその場で待機する事にした。

(=゚д゚)「大丈夫ラギか?」

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:04:46.65 ID:QmIbowRu0
そう言って、トラギコは幼女に目線を合わせる。
頭にポンと手を乗せ、撫でてやる。
幼女は猫の様に眼を細め、それを受け入れた。
その状態で、幼女はトラギコの質問に答えた。

ミセ*^ー^)リ「うん、大丈夫!」

屈託の無いその笑みに、トラギコもつられて笑みを浮かべた。
だが、すぐに少しだけ険しい表情を浮かべる。
  _
(=゚д゚)「そいつは良かったラギ。
    でも今度から、こんな夜に一人で外に出るのは駄目ラギよ」

ミセ*゚ー゚)リ「はーい」

子供らしい、素直な返事にトラギコは良しと頷く。
もう一度、トラギコは幼女の頭を撫でた。

(=゚д゚)「ところで、こんな場所に連れて来たけど、御譲ちゃんの家はどこラギ?
    一応、もう一人来たら送るラギよ」

ミセ*゚ー゚)リ「おじょうちゃんじゃないよ、ミセリだよ」

(=゚д゚)「ミセリ、それが御譲ちゃんの名前ラギか?」

ミセリと名乗った幼女は、勢いよく頷いた。

ミセ*゚ー゚)リ「うん! ミセリのお家はね、ここなんだよ!」

そう言って、ミセリは店のネオンライトが輝く看板を指さす。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:10:44.00 ID:QmIbowRu0
(=゚д゚)「そうラギか、それは丁度よかったラギ。
    ……って、なんですと?」

ミセ*゚ー゚)リ「ん? 何かおかしいの?」

(=゚д゚)「いや、さっきこの店の人に親切にしてもらったラギ。
    なんだか奇妙な縁があるみたいラギ」

ミセリの頭を撫でたまま、トラギコは感慨にふける。
ミセリも、トラギコに撫でられたまま目を細めている。
こうしてどれほどの時間が過ぎただろうか、ふと、ミセリが口を開いた。

ミセ*゚ー゚)リ「そうだ!
      お兄ちゃんの名前は、何て言うの?」

特に知られて困る事も無いので、トラギコは名乗る事にした。

(=゚д゚)「トラギコ。 トラギコ・バクスターっていうラギ」

ミセ*゚ー゚)リ「トラギコ、お兄ちゃん?」

(;=゚д゚)「頼むから、お兄ちゃんは止めてくれラギ」

別に、"お兄ちゃん"という単語が嫌いなわけではない。
ただ、聞き慣れていないし言われ慣れていない為、こそばゆいのだ。
だからトラギコは、ミセリの頭を撫でたままそれを断った。
しかしミセリは、撫でられた状態で声を上げて驚いた。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:17:27.79 ID:QmIbowRu0
ミセ*゚д゚)リ「えー、なんでー?
      だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃん」

どう説明したらいいものだろうか。
トラギコは必死に考えた。

(=゚д゚)「確かにそうだけど、"ちゃん"は止めてくれラギ。
    "冥府魔道に生きる父親"の気持ちになってしまうラギ」

ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ……」

しばし考え込むミセリ。
少しの沈黙の後、ミセリは口を開いた。

ミセ*゚ー゚)リ「兄さん!」

(;=゚д゚)「は?!」

思わず聞き返したトラギコに、ミセリは丁寧にもう一度告げた。

ミセ*゚ー゚)リ「トラギコ兄さん!」

そう言って、ミセリはトラギコの首に抱きつく。
―――丁度、その瞬間だった。
トラギコを探して路地裏を走りまわっていたミルナが、そこに現れたのは。
幼女に抱きつかれて"兄さん"と連呼されている親友を見て、ミルナは口を開いたまま固まっている。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:23:13.27 ID:QmIbowRu0
( ゚д゚ )

何も言わず、ミルナは固まったまま。
トラギコはミルナの存在に気付き、抱きついたミセリを引き剥がそうと試みる。
だが如何なる原理か、ミセリはビクともしない。
まるで、"電磁石にくっついた鉄"の様に動かない。

(゚д゚ )プィッ

まるで"自分は見てない"とばかりに、ミルナは眼を逸らした。
だが、やはり気になるのだろうか。

( ゚д゚)チラッ

目線だけをこちらに向け、様子を窺っている。
そんなミルナに、トラギコは文字通り必死に声を掛けた。

(;=゚д゚)「ミルナ! 違う! 
    これは違うんだ、誤解しないでくれラギ!」

その声に、ミルナは一度だけトラギコをまともに見据えた。
そして、

( ゚д゚ )「……シスコン」

そう呟いて、ミルナは路地裏へと戻って行ってしまった。

(;=゚д゚)「聞いてくれ! 俺はシスコンじゃなあぁぁぁい!
     ミルナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:29:32.83 ID:QmIbowRu0
トラギコの訴えは、空しく冬空に吸い込まれた。
首に抱きついたままのミセリは、よほど"兄さん"と言う語感が気に入ったのだろうか。
トラギコの嘆きなど気にも留めず、その単語を連呼している。
宙に伸ばしたままのトラギコの手が、力無く垂れ下がった。

ミセ*>ー<)リ「兄さん、兄さん! トラギコ兄さん!」

(;=゚д゚)「おぉ、おおお……」

最早、このミセリを説得など出来ないだろう。
喉元までせり上がった諦めの溜息をギリギリで止め、トラギコは首に抱きついているミセリの頭を撫でた。

(=゚д゚)「もうっ……」

その後、再び店内に入ってミセリを引き渡し、ミルナと合流した時にはトラギコはすっかり疲れ果ててしまっていた。
…………
………
……

( ゚д゚ )「お前も大変だな、"お兄さん"?」

皮肉を込めた親友の声に、トラギコは我慢していた溜息をようやく吐き出した。
白い蒸気となって空に立ち上った溜息が消えぬ間に、もう一度盛大に溜息を吐く。
溜息を吐くと幸せが逃げるとか言った人間も、ここまで溜息を連発する子供がいるとは予想していなかっただろう。

(=゚д゚)「もー知らんラギ。
     俺は兄じゃないラギ」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:35:26.29 ID:QmIbowRu0
( ゚д゚ )「に、しても。
    今日は色んな事があったな」

(=゚д゚)「こんな時、一日の最後にとんでもないイベントが待ち構えているもんラギ。
    大抵、最悪な展開ラギね」

( ゚д゚ )「殺し屋とか、ゾンビとかモンスターとかだよな。
     "ルリド紛争"の時に基地で観た映画であったな、そんな展開」

陸軍のミルナと、空軍のトラギコでは基地が違う。
ミルナの派遣された陸軍の基地内には、夕飯時や食事後に多くの娯楽が用意されていた。
その際に、ミルナは多くの映画を見てきた。
基本的に戦闘意欲を向上させるような内容の映画である為、スタローンの映画などが多かった。

中でもミルナが一番好きだったのが、スティーヴン・セガールの"沈黙"シリーズである。

(=゚д゚)「俺の時は、"トップガン"やら"ステルス"なんて言う糞映画だったラギ。
     あの国は基本的に自分の国の映画しか流さなかったラギ。
     一回だけ、日本のドラマを見たラギ」

一方、トラギコの派遣された空軍にもそういった娯楽があったのだが。
どれもこれも自国の映画や、音楽。
その他諸々の娯楽関係の全てが自国の製の物だった。
自国愛は結構だが、それを他の都の人間にまで押しつけるのはいかがなモノかと思う。

そんな中で、トラギコが唯一まともに観たのが日本のドラマだった。

(=゚д゚)「"乳母車にいろんな兵器が搭載されてる、凄い父子の話"ラギ。
     観た事あるラギか?」

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:41:14.63 ID:QmIbowRu0
( ゚д゚ )「なんだよ、そのファンタスティックなドラマは……
    日本のドラマに、そんな前衛的なのがあったのか……」

(=゚д゚)「しかも、時代設定は"サムライ"の時代ラギ。
    とんでもない発明をするだけあって、あの国の歴史は計り知れないラギ。
    アニメのイラストのグラビア雑誌を作るぐらいラギ」

( ゚д゚ )「ぶっ飛んでるぜ、奴ら。
     ……ん?」

突如、ミルナが足をとめた。
トラギコも、同時に足を止める。
それまで続いていた会話が途絶え、辺りに静寂が戻って来た。
冷たい風が、路地裏を静かに吹き抜ける。

殆ど無い街灯の明かりが、風が吹く度にチカチカと消えたり点いたりを繰り返す。
目の前に広がる暗闇には、何も窺えない。
しかし、確実に"何かがいる"のが分かった。
それは、鍛え抜かれた軍人である二人ですら、辛うじて気付けた程に研ぎ澄まされた気配。

圧倒的なまでの力を有する獣。
だが、姿が見えない。
幾ら眼を凝らしても、そこにあるのは闇だけ。
ただあるのは、"何かがいる気配"のみ。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:48:42.49 ID:QmIbowRu0
(;=゚д゚)「……ミルナ、数は?」

小声で、トラギコはミルナに尋ねた。

(;゚д゚ )「……1人。 間違いない、1人だ」

気配だけで"何か"の数を感じ取り、ミルナは軍格闘技(マーシャル・アーツ)の構えを取る。
それに合わせたかの様に、一際強烈な風が吹きつけてきた。
まるで、これから現れる者の威厳と存在感がそうさせているように。
思わず、トラギコとミルナは眼を瞑ってしまう。

もう一度眼を開いた時、そこには一人の男がいた。

( ゚ -゚)

王の宝冠の様に逆立った黒髪。
血の様に赤い瞳。
上から下まで黒尽くめの服装。
黒のロングコートの裾が、風に翻る。

ミルナは、瞬きを忘れていた。
トラギコは、呼吸を忘れていた。
その圧倒的なまでの存在感の主が、ゆっくりと二人に歩み寄る。
男の背を風が後押しし、男が一歩踏み出す度に二人は無意識の内に半歩後下がった。

男は無言で、二人との距離を確実に詰める。

( ゚ -゚)

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:52:10.41 ID:QmIbowRu0
今の二人には、逃げ出すという事が想像できなかった。
本能が逃げる事すら意味がないと告げたのか。
それとも、元軍人の経験がそうさせたのか。
二人は、ただ脚を後ろにずり動かすだけで精一杯だった。

( ゚ -゚)「……おい」

残り数歩にまで縮まった距離で、男はふと立ち止まり、静かに口を開いた。
情けない話であるが、二人はその動作にビクリと体を震わせてしまった。
その二人を嘲る様子もなく、男は無感情な声で静かに言葉を紡ぐ。

( ゚ -゚)「この近くの路地裏で、ある男が殺された。
    ……何か、知らないか?」

威圧的では無いのに、その声は二人の心を締め付けるようだった。
きっと、この状況で嘘を吐いても意味が無いに違いない。
下手に嘘を吐けば、それが露骨に表に出るだけだ。
ミルナは、極度の緊張のせいで何度も瞬きをしてしまう。

(;゚д゚ )「お、俺が殺しました。
    こいつは関係ないんです、だからこいつは!」

( ゚ -゚)「……ほぅ?」

次の瞬間、ミルナの目の前に男が現れていた。
余りにも自然な動きだった為、まるで瞬間移動したかのように眼に映る。
トラギコはただ、その様子を黙って見る事しか出来なかった。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/20(木) 23:56:30.62 ID:QmIbowRu0
( ゚ -゚)「……お前が、殺したのか?」

(;゚д゚ )「そ、そうです! 殺すなら俺だけにしてください!」

( ゚ -゚)「……なるほど、な」

風が、凪いだ。
冬の寒さなど、今の二人には感じられない。
ただ。
全身を支配するのは、心臓が止まってしまう程の恐怖だった。

( ゚ -゚)「……その歳で友を庇うか。
    ……ふむ、いいだろう」

そう言うと、男は懐に手を伸ばす。
ゆっくりと取り出されたのは、大型の拳銃でもナイフでも無い。
一機の携帯電話だった。
慣れた手つきでボタンを数回押し、受話口に耳を当てる。

( ゚ -゚)「……俺だ、あぁ。
    例の件。 殺しの犯人だが、始末した。
    硫酸で処理しておいたと、上に伝えろ。
    ……ただの、ヤク中だった。 以上だ」

片手で携帯電話を折り畳み、それを懐に戻す。
男は、一度眼を閉じる。
ややあって、男は眼を開いた。
そこにあったのは、先程と変わらない血色の瞳。

だが、どこか優しさが宿っているように見えた。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:00:55.61 ID:QmIbowRu0
( ゚ -゚)「……腹、減っていないか?」

その言葉に、二人のお腹から仲良く音が鳴る。
どうやら、"本能の緊張"が解けたようだ。
男の瞳は、二人の姿を静かに反射していた。
二人は顔を見合わせ、何事かと男に顔を向けた。

( ゚ -゚)「……それに、その格好じゃ寒いだろう。
    この近くに、美味いラーメン屋があるんだ。
    ……一緒に来るか?」

男はそう言って、裾を翻して二人に背を向ける。
先にスタスタと歩き始めた男の後ろを、二人は付いて行く事にした。
この男は、今まで出会った事の無いタイプの男だ。
トラギコとミルナは、そんな事を考えながら男の後を付いて行った。

先程の店から、男の言う美味いラーメン屋はそれほど離れていなかった
赤いノレンが入口に垂れ下がり、温かみのある光がそこから漏れていた。
扉を開けてノレンを潜った男に倣い、二人も店内に足を踏み入れた。
店内は、あまり広くなかった。

そして、内装はあまり綺麗では無かった。
だが、とてもいい香りが店内に満ちていた。
食欲をそそられる複雑な香り。
慣れていない温かな雰囲気に、二人は店内をキョロキョロと辺りを見渡した。

( ゚ -゚)「……」

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:05:14.60 ID:QmIbowRu0
無言で振り返り、男は二人が逸れないよう眼を離さない。
やはり、悪い人ではなさそうだ。
店の一番奥にある座敷部屋に、男は自然な流れで襖を開け、靴を脱いで入る。
二人はそれを真似して、後に続いた。

( ゚ -゚)「……何をしている?
    座らないのか?」

部屋の中央にある掘りコタツに腰を下ろし、男は遅れて入って来たままで固まっている二人に声を掛けた。
オドオドとしつつも、二人は男と向かい合う形で座る。
初めての掘りコタツは、暖かかった。

( ゚ -゚)「……ほら、好きなのを頼め」

男は机の上に立て掛けてあったメニュー表を、二人の前に置く。
面倒見もいいらしい。

(;゚д゚ )「あ、あの……」

( ゚ -゚)「俺のお勧めはニンニクキムチ生姜ラーメンだ。
    食った後に口臭が酷くなるのを除けば、この季節には最高だ」

必死に言葉を紡ぎ出したミルナの声は、同時に声を発した男の声に重なって消えてしまった。

( ゚ -゚)「……どうした?」

しかし、男はミルナの声を聞き届けていたようだ。
メニューからミルナの方に目を向け、黙ってミルナの続きを待つ。

(;゚д゚ )「ど、どうして俺を見逃してくれたんですか?」

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:09:22.85 ID:uOxRfFam0
男はその言葉を聞いて、目線をメニューに戻した。
そして少しの間を置き、口を開く。

( ゚ -゚)「……お前は、自分が殺した男の事について何か知っているか?」

(;゚д゚ )「ロリコンの変態、ぐらいにしか……」

( ゚ -゚)「水平線会と言う名を聞いた事は無いか?
    奴はそこの幹部だ」

当時の水平線会は、都の治安悪化の原因の一端を担っていた。
その事は、ここに来てから2日で覚えた。
ついでに、その勢力がとてつもなく強大な事も。
当然、二人はその名を知っている。

むしろ、知らない人間などこの都にいないだろう。

(;゚д゚ )「え、そ、それってヤバいんじゃ……」

( ゚ -゚)「そいつは現会長、荒巻スカルチノフの親友でもあった。
    人間の屑は友を呼ぶらしいな」

相変わらず目線をメニューに落としたまま、男は続ける。

( ゚ -゚)「俺は奴が気に入らなかった。
    年端もいかない少女を犯して興奮する人間など、この世に生きる意味がない。
    そして、何事も金で解決しようとする姿勢も気に入らなかった。
    誰かがあいつを始末してくれればいいのに、と思っていた。

    そんな時に、お前があいつを始末してくれた」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:14:12.64 ID:uOxRfFam0
メニューを閉じ、男はそれを元の場所に立て掛ける。
赤い瞳を二人に向け、男は胸の前で腕を組んだ。

( ゚ -゚)「それに、お前らは奴から少女を護ったらしいな。
    お前らの歳で、よくやった。
    誇って良い事だ。
    これは、その礼だと思ってくれればいい」

(;=゚д゚)「ど、どうしてその事を?」

ようやく口を開いたトラギコに、男は目線をトラギコに合わせる。

( ゚ -゚)「……本人とその家族からだ。
    ついでに、金髪のお前。
    ミセリがお前に惚れたそうだ。 よかったな」

さらりと爆弾を投下し、男は思い出したように―――

( ゚ -゚)「……そう言えば自己紹介がまだだったな。
    俺は水平線会の、でぃ。
    以後、よろしくな」

―――そう、簡単に自己紹介を済ませた。
トラギコとミルナも、慣れない敬語で自己紹介をした。

( ゚ -゚)「そうか。 ならば飯にしよう」

そう言って、でぃは手元にあったボタンを押した。
10秒程して、店員がやって来た。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:18:20.64 ID:uOxRfFam0
( ゚ -゚)「ニンニクキムチ生姜ラーメンセット3つ。
    二つは全部大盛りにしてくれ」

店員が注文内容を復唱し、確認する。
でぃはそうだと頷き、店員はその場を後にする。
残された二人は、目の前に置かれていたお絞りで手を拭った。
生まれて初めて経験したと暖かいお絞りに、二人は驚きを隠せない。

これは、何とも気持ちが良い。

( ゚ -゚)「他に何か食いたいものがあれば、遠慮なく言え。
    お前らは、今日から俺の家族だ」

二人はこの時、でぃの人間性に惹かれた。
兄とも父とも違う、不思議と懐かしい雰囲。
後に二人が水平線会に加わるのは、また別の話。

この時、でぃの齢は18歳。
全身に重度の火傷を負うのは、これから10年後の話である。

――――――――――――――――――――

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:23:16.48 ID:uOxRfFam0
15年前の事を回想していたトラギコの意識が、現実に戻って来た。

トラギコ達の作戦グループ、"サラマンダー"の進行状況は順調だった。
細い裏路地を進み、敵の目を掻い潜り、逃亡の際に世話になった居酒屋の中で休憩をする余裕すらある。
と言えば聞こえがいいのだが、実際はそうでは無かった。
今の状況を精確かつ的確に言えば、"停滞"だった。

"サラマンダー"と"ジングル"の目的地は、それぞれが大通りの向こう側にある。
"ジングル"は地下を進むから問題ないとして、地上を行く"サラマンダー"は問題有りだった。
何せ、敵の主戦力の半分が占拠する大通りを突っ切らなければならないのだ。
デレデレが言っていた、"スターリングラード戦"の意味がよく解った。

とりあえず、時間は余っている。
店主が焼いてくれた焼き鳥を食べながら、トラギコは溜息を吐いた。
騒動の後に店を閉めた店主の判断のおかげで、店内に居るのは四人だけ。
トラギコとミセリ、店主と従業員だけだ。

(=゚д゚)「いやー、困ったもんラギね」

そう言って、トラギコは焼き鳥を口に運んだ。
甘いタレの塗られた柔らかい鶏肉を咀嚼する。
飲み下し、手元に置かれた湯呑を持つ。
音を立てて熱いお茶を飲み、再び溜息を吐く。

ミセ*゚ー゚)リ「ですねー」

トラギコの横に座っていたミセリも、箸で串から外した鶏肉を口に運んだ。
ミセリの焼き鳥はトラギコのそれとは違い、塩が振りかけられていた。
トラギコはモモ、ミセリは砂肝である。
独特の触感を味わいながら、ミセリも湯呑に手を伸ばした。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:27:27.96 ID:uOxRfFam0
(=゚д゚)「大通りは鬼門、後ろも鬼門ラギ。
    どうしたもんラギか……」

言って、串を口に運ぶ。

ミセ*゚ー゚)リ「いつまでもここに滞在しているわけにもいきませんしね。
      どうしましょう、兄さん」

デレデレの指示書に従ってここまで来たのは良いが、それから先の事が詳しく書かれていなかった。
ただ、そこから空港まで行くように、とだけ書かれていたのだ。
これには流石のトラギコも困った。
"船も飛行機も無いのに、目の前に広がる硫酸の海を渡れ"と言われるぐらい困った。

(=゚д゚)「うーむ」

無意識の内に食べ終わってしまった焼き鳥の串を皿に戻し、トラギコは腕を組んで考える。

ミセ*゚ー゚)リ「……」

湯呑に手を伸ばし、トラギコは思案する。
こちらの装備はM8000二挺だけ。
服装の事情により、二人の装備は制限されてしまっているのだ。
だが、グレーの迷彩が施された二人の服は、"ある目的の為だけに特化した服"である為、贅沢は言っていられない。

何せこの服で無ければ二人は、作戦を満足に遂行する事が出来ないのだ。
しかし、その事を知っているのはトラギコだけである。
ミセリはこの服の意味を理解していないだろう。
この服がある意味、"M8000よりも頼りがいのある装備"だと理解出来るのは、ごく限られた人間だけだ。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:32:08.64 ID:uOxRfFam0
「食後のデザートはいかがですか?」

ふと、従業員の女が話しかけてきた。
突然押し掛けて来た二人に、嫌な顔一つせずに対応している事を見るに、どうやら事前に話が付けられていたのだろう。
ショートカットの黒髪が可愛らしい従業員は、気さくな笑みを浮かべる。

(=゚д゚)「あ、いや流石にそこまで気を使ってもらうのは悪いラギ。
    こうして匿ってもらって、おまけに焼き鳥まで御馳走になってるのに
    この上デザートまで御馳走になるのはいかんラギ」

だが、女は首を横に振る。

「いいんですよ、これぐらい。
それに、甘いモノはいいアイディアを浮かばせてくれます。
遠慮なさらずに、どうぞお申し付けください」

きっとこの従業員は、素晴らしい教育を受けて育ってきたのだろう。
人を思いやる気持ちが、ここまで滲み出ている。
遠慮のし過ぎは帰って無礼だと教わったトラギコは、その言葉に甘える事にした。

(=゚д゚)「それじゃあ、遠慮なくもらうラギ。
    そうラギね…… あ、そうだ。
    チョコミントアイス、あるラギか?」

「えぇ、ございますよ。
ウチの店主が、こだわりを持って作っている逸品です。
お二つでよろしいでしょうか?」

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:37:23.92 ID:uOxRfFam0
(=゚д゚)「お願いしますラギ。
    あと、こいつの分はトリプルにして欲しいラギ。
    俺はシングルで」

従業員は恭しくお辞儀をして、店主の元へと歩いて行った。
注文を終え、アイスに備えて口の中をすっきりさせる為にトラギコは湯呑を口に運ぶ。
自然な甘味と、深みのある苦味の両方を兼ね備えた緑茶が、美味しかった。
若々しい独特の香りから、これが新茶であることが分かる。

ミセ*゚ー゚)リ「約束、覚えていてくれたんですね」

ミセリが嬉しそうに言った。

(=゚д゚)「そりゃあそうラギ。
    ところでミセリ、さっきどさくさに紛れて"兄さん"って呼んだラギね?」

ミセ*゚ー゚)リ「私、チョコミント大好きなんですよ」
  _,
(=゚д゚)「こらこらこら。 露骨に誤魔化すんじゃないラギ」

トラギコの言葉に、ミセリは明後日の方向に目線を逸らした。
眉を顰めて、ミセリの肩を掴んで揺らすトラギコ。

「お待たせしました、どうぞ」

絶妙なタイミングで、従業員がアイスを両手に現れた。
薄いパステルグリーンのミントアイスの中に、茶色のチョコチップ。
それを二人に手渡すと、従業員は厨房へと消えた。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:42:00.67 ID:uOxRfFam0
ミセ*゚ー゚)リ「やった、トリプル!」

無邪気な子供の様に手にしたアイスに感動するミセリを見て、トラギコは大人しく引き下がる事にした。
自分達の手にしたアイスは、何の事は無い。
外見は、ごく一般的なチョコミントだ。
だがしかし、この店の店主がこだわりをもって作った逸品となれば期待せずにはいられない。

期待を込めた記念すべき1口目。

(=゚д゚)「おおおぉぉぉ!」

直後、口中に広がったのは透き通るように突き抜ける爽快感。
まるで空を飛んでいるかのような、清々しい錯覚。
そこから地面に向かって急降下し、意識が現実へと舞い戻る。
チョコチップの甘味が、ミントの爽快感と相まってトラギコの脳を活性化させた。

恐らく、このミントもチョコチップも完全なオリジナル。
着色料も香料も使っていない事は、一口だけで理解出来た。
店主とは違って饒舌なアイスに、トラギコは正直に感動した。
たった一口だけで、このアイスに注がれた愛情の深さが窺い知れる。

続く2口目。

(=゚д゚)「うおぉぉぉ!」

鼻を突き抜けるミントの香りの清々しさと言ったら、感動の一言である。
喉から食道、果ては胃に至るまで全てがミントの香りの虜になっていた。
新鮮なミントを使わなければ、こうはならないだろう。
時折舌の上に感じ取れる微かな葉の存在が、それを裏付けた。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:46:58.00 ID:uOxRfFam0
そして、口の中で溶けるチョコチップ。
甘い毒の様に、それが体中に染み渡るのが分かる。
緊張で疲れていた体に、この毒は嬉しい。
ほんのりと香るビターの香りが、疲労を優しく解きほぐす。

続けて3口目を口にしようとした時に、何の気なしに横のミセリに目を向けた。

ミセ*^ー^)リ

ミセリは幸せそうにアイスを舐めている。
3段もあるアイスをそんな悠長に舐めていては、その内溶けてしまう。
半ば呆れ混じりの溜息を密かに吐き、トラギコは自分のアイスをさっさと処理する事にした。
アイスを食べたお陰で、トラギコは自分の状況を冷静に見る余裕が出来ていた。

今、自分は"のんびりしていいいような立場"ではない。
ミセリと共に作戦を無事に終了させる為には、"ミセリの手を引く"立場に立つ必要がある。
となれば、心の中で悠長にアイスのレビューをしている場合では無かった。
故に、トラギコはアイスレビューを諦め、ミセリが食し終わるまでの間に作戦を考える事にしたのだ。

名残惜しげにアイスとコーンを一口で食べ終え、トラギコは考え始める。

大通りの幅は2km。
空港までは直線距離で約6.5km。
ここから空港までは、幸いにもほぼ一直線だ。
どう足掻いても、大通りを渡るのは避けては通れない道だった。

大通りの中央は戦車隊。
店の前にいた観衆の前には兵隊がずらり。
伝説の傭兵も泣いて逃げ出す状況である。
死角は完全にない。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:52:53.03 ID:uOxRfFam0
その次には、また兵隊が待っている。
流石に敵も馬鹿では無いから、戦車の前で発見されてしまうだろう。
将棋で言うなら、これは"詰み"と言う状況だ。
手も足も出ないとは、正にこの事。

ミセ*>ー<)リ「あまーい!」

(=゚д゚)「人の気も知らないで、この子はもうっ」

感動の声を上げるミセリの頭に、トラギコは手を乗せた。
優しくミセリの頭を撫でながら、思案を再開する。

ミセ*^ー^)リ「えへへ〜」

ようやく一段目を食べ終えたミセリは、気持ちよさそうに目を細める。
猫の様に甘えた声を発しながら、トラギコの肩にもたれ掛った。

(=゚д゚)「頼むから、服にアイスを付けないでくれラギ。
    業者を呼んで服をクリーニングしなきゃ……ん?」

そこまで言って、トラギコは自分の言葉を反復した。
"業者を呼んで"。 "業者"、"呼ぶ"。
その瞬間、トラギコの脳内に揃っていたパズルのピース達が合わさり始め、一枚の絵を完成させる。

(=゚д゚)「それラギ!」

しかし、この絵を完成させる為にはこの店の店主の協力が必要不可欠。
店主抜きでは、絵が完成しないのだ。
もたれ掛ったミセリをそのままに、トラギコは声を上げた。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:56:46.16 ID:uOxRfFam0
(=゚д゚)「おーい、おやじさーん」

その呼びかけに、店主が厨房からゆっくりと姿を見せた。

「どうしたでごわすか?」

(=゚д゚)「こいつがアイスを食い終わったら、俺達を大通りの向こうまで連れて行ってほしいラギ。
    何か、"荷物を運ぶ振り"をすればばれないラギ!」

自信満々に作戦を語るトラギコだったが、店主は顔色一つ変えない。
店主は逞し過ぎる腕を組んだまま、トラギコの目を真っ直ぐに見据える。
しばらくして、店主はおもむろにエプロンを外し、口を開く。

「おいどんは、そこまで"荷物"に気を配れないでごわす。
それでも、いいでごわすか?」

(=゚д゚)「もちろんラギ!
     むしろ、運んでもらえるだけで大感謝ラギ!」

「それは良かったでごわす。
でも、一つだけこっちからも頼み事があるでごわす」

店主の表情は変わらないが、声色は確実に真剣みを帯びていた。
トラギコはゴクリと喉を鳴らして、生唾を飲み込む。
一方、ミセリはアイスを舐めていた。
他人事ではないのにと、トラギコは心の中で泣いた。

「おいどんの作った料理、美味しかったでごわすか?
その正直な感想を聞かせてほしいでごわす」

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:00:24.69 ID:uOxRfFam0
店主の声には、少しだけだが恥ずかしさが窺える。
自分の料理の評価が気になるのは、料理人ならば当然の事だ。
そんな事ならお安い御用と、トラギコは心の中で溜めていたレビューを告げる。
トラギコの丁寧な説明に店主は、不器用ながらも微かに口元を緩めた。

「……そうでごわすか。
じゃあ、食べ終わったら教えてくれでごわす」

そう言って店主は店の裏に消えて行った。

(=゚д゚)「……ミセリ、お前はもう少し人の話を聞くラギ」

いつの間にか、ミセリは二段目のアイスを食べ終えていた。
最後の一段を舐めながら、ミセリはトラギコの肩から離れようとしない。
頭を撫でつつ、ミセリを窘めたトラギコだったが。

(=゚д゚)「もうっ……」

諦め混じりの溜息を吐いた。
すると、

ミセ*゚ー゚)リ「トラギコさん、アイス食べきれないので、少し食べてくださいな」

そう言って、ミセリが少しだけ申し訳なさそうにアイスを差し出してきた。
トラギコはアイスとミセリを見比べる。
  _,
(=゚д゚)「食いきれないなら、最初からそう言うラギ。
    半分だけ、貰うラギよ」

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:05:49.44 ID:uOxRfFam0
差し出されたアイスの半分を、一口で食べた。
気のせいか、先程自分が食べたアイスよりも甘い気がした。
ミセリもトラギコの真似をして、残ったアイスを一口で食べようと試みる。
しかし、そうそう上手く行くはずもなく。
  _,
(=゚д゚)「あぁ、ほら。 あんな食い方真似するから……」

ミセリの頬に付いたチョコチップを指で取って、それを自分の口に運んだ。
瞬間、ミセリの頬がピンク色に染まる。

(=゚д゚)「ん? どうしたラギ?
    まさか、このタイミングで風邪でもひいたラギ?」

ミセ* - )リ「と、トラギコさんもアイスが口元に付いてます……」

(=゚д゚)「ちっ、この俺とした事が、油断したラギね。
    どこら辺に付いてるラギ? ここラギか?」

そう言って、トラギコは右頬の辺りを手の甲で擦る。
だが、手の甲には何の感触も無い。
左だったか。
トラギコがそう思い、左手を持ち上げる。

しかし。

ミセ* - )リ「……ここです」

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:10:16.59 ID:uOxRfFam0
呟きながら、ミセリが身を乗り出した。
持ち上げたトラギコの左手を押さえつけ、トラギコの顔に自分の顔を近づける。
潤んだミセリの瞳が、トラギコの瞳を見上げる。

―――そしてミセリは、トラギコの左頬を舐めた。

突然の出来事に、トラギコは一瞬だけ言葉を失う。
トラギコは呆気にとられ、何をしたらいいのか分からなかった。
まだ頬を舐めているミセリを、他人事のように見る。
桜色に染まった頬が、潤んだ瞳が愛らしい。

(;=゚д゚)「って、なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁにしてるラギ!」

冷静になったトラギコは叫びながら、ミセリを引き離す。
ミセリは、少し拗ねた顔をしていた。

ミセ*゚ -゚)リ「なに、って。 頬にアイスが付いてたから取ったんです。
      別に、何もおかしな事はしてませんよ」

(;=゚д゚)「したラギ! 十分過ぎてお釣りがくるぐらいの事したラギ!」

ミセ*゚ -゚)リ「つーん、だ」

(;=゚д゚)「こらあぁぁぁぁぁぁぁ!」

頭を抱えて悶絶するトラギコをよそに、ミセリは残ったコーンを食べた。
仮にも、"22歳の娘"のする事ではないと説教をしなければ。
そう思うのだが、意識とは裏腹に口が動かない。
ミセリに舐められた左頬が、何故だか疼く。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:15:12.37 ID:uOxRfFam0
まるで、"快楽の毒"を塗られてしまったように。
トラギコは、その疼きの虜になってしまうのを寸前の所で堪える。
どうにか自由になった口を動かし、言葉を紡ぐ。

(;=゚д゚)「い、いいラギか、人の頬をいきなり舐めるなんて駄目ラギ!」

ミセ*゚ -゚)リ「じゃあ、断ればいいんですか?」

(;=゚д゚)「そう言う問題じゃないラギ!
     年頃の娘が、誰彼無しに異性の頬を舐めたら駄目ラギ!」

ミセ*゚ -゚)リ「誰彼無しじゃないです」

投げやりな態度で、ミセリは答えた。
明らかに拗ねているのが、声と表情で窺える。
ミセリがこんな態度を取るのは久しぶりだ。

(=゚д゚)「なぁ、なんで拗ねてるラギ?
    俺が何か言ったラギ?」

ミセ*゚ -゚)リ「……何も言ってないのが問題なんです」

その声は、トラギコの耳には届かなかった。
そっぽを向いて紡がれたミセリの言葉は、あまりにもか細過ぎたのだ。

(=゚д゚)「ん? 何か言ったラギ?」

ミセ*゚ー゚)リ「いいえ、何も」

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:20:22.36 ID:uOxRfFam0
いつもの笑みを浮かべ、ミセリは何か吹っ切れたように頭を振った。
何か引っかかる部分もあったが、トラギコはあえて触れない事にした。
店主を呼んで、いよいよ出発をする事にした。
ここから空港までは、完全に運任せだ。

「準備はいいでごわすか?」

店主の頼もしい声を、準備を済ませた二人は"巨大な箱"の中で聞いた。
内壁をコンコンと叩き、合図を送る。
直後、箱が持ち上がる浮遊感。

「じゃあ、行くでごわすよ」

【時刻――00:30】

二人が偽装して隠れている箱は、世間一般に言う"業務用冷蔵庫"だった。
もしも中を検査されたとしても大丈夫なよう、二人の他に幾つもの段ボールが入っていた。
その内の一つ、一番奥の段ボールの中に二人が入っているのだ。
無論、段ボールにも限界容量と言うモノがある。

あまり大きな段ボールだと怪しまれてしまうので、二人が入る事の出来るギリギリの大きさの段ボールを選んだ。
その為、二人は抱き締め合うようにして段ボールの中に入っている。
店主が一歩歩く度、二人の体がより一層密着した。
その羞恥心よりも、今は見つからないかどうかという緊張感の方が勝っている。

「ちょっと道を開けてほしいでごわす」

ふと、箱の外から店主の声が聞こえた。
それに対応して、別の声が聞こえた。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:24:24.02 ID:uOxRfFam0
「目的と荷物の中身はなんだ?」

どうやら、第一関門にして最大の壁である兵士と遭遇したようだ。
ここを無事に通過する事が出来れば、後は問題ない。
兵士が通行許可証の意味合いを持って、向こう側までは一直線。
ここが、正念場である。

「この調子じゃ、店がまともに出来ないでごわす。
食材を本店に戻しに行くでごわす。
中身は鶏肉でごわすよ」

たっぷりの間をおいて、兵士の言葉が聞こえた。

「……中身を確認させてもらう」

「別にいいでごわすが、早めに終わらせてほしいでごわす。
おいどんの店の鶏肉は新鮮さが売りでごわす。
あまり長く見られると、肉が駄目になるでごわす」

「駄目だ、一箱一箱全て……っ?!」

突如、兵士の声が上擦った。
何が起きたかは知らないが、店主が何かの反応を示したのだろう。
あの店主に睨まれたら、如何に歴戦の猛者と雖も怯まざるを得ない。

「し、しかたない。 だが、確認はさせてもらうぞ!」

「分かったでごわす。
早く"確認"するでごわすよ」

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:29:31.60 ID:uOxRfFam0
中に居る二人にも分かるよう、店主が微妙に語彙を変えたのが分かった。
そして、箱がゆっくりと地面に置かれるのが分かった。
扉が開けられ、兵士の声が聞こえる。
二人は、同時に息をとめた。

「熱探知モードに書き換え。
……索敵開始」

兵士の宣言が確かなら、この冷蔵庫内の熱源から人間を探知するなど容易な話である。
だが、不思議と兵士が何かに気付いた様子は無かった。
冷蔵された鶏肉が二人を庇ってくれたのか。
そんな疑問は、閉められた扉の音に消される。

「何もないみたいだな。
付いてこい、向こうまで案内する」

「早くするでごわす」

「わ、分かってる! そう急かすな!」

再び、ふわりと浮遊感。 そして振動。
心なしか、先程よりも移動する速度が上がっている。
この調子だと、予定時刻までには作戦の準備が整えられるだろう。
トラギコは、ほっと胸をなでおろした。

だがしかし。
ここからが"ようやく本番"だ。
空港の周囲には堅牢な鉄柵が張り巡らされ、厳重な警備がされている。
空輸された品を護る為に設けられたそれらを潜り抜けるのは、至難の業だ。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:35:21.40 ID:uOxRfFam0
何せ、戦闘機を飛ばしたり、ハインドの群れを飛ばしたりする為には空港の使用は避けて通れない。
つまり敵が"空港を完全に掌握している"事は、簡単に推理が出来る事だった。
恐らく、警備は通常の倍となっているだろう。
従来なら難なく表から入れたのに、難儀な話だ。

そうして、どれぐらいの時間が経っただろうか。

「ほら、さっさと行け」

「……おいどんに、命令する気でごわすか?」

「ち、ちがう! 何でもいいから早く行ってくれ!」

「最初からそう言うでごわすよ」

次第に周囲が静かになる。
それまで聞こえていた人の声も、戦車のエンジン音もしない。
やがて、振動が止まった。
ゆっくりと箱が降ろされ、扉が開けられる。

擬装用に詰め込んでいた"痛んだ鶏肉入りの段ボール"を取り出し、店主はトラギコ達の入っている段ボールを取り出す。
丁寧に段ボールを開け、二人を開放する。

「大丈夫でごわすか?」

(=゚д゚)「大丈夫ラギ。 本当に、今回はお世話になりっぱなしラギ。
    よければ、名前を教えてもらえないラギか?
    この騒ぎが終わったら、お礼に行きたいラギ」

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:39:32.68 ID:uOxRfFam0
トラギコの言葉に、店主は困ったように微笑んだ。
頭を振り、やんわりとした口調でこう言った。

「実はおいどん、御三家の人達に大きな恩があるんでごわす。
これはその万分の一のお返しでごわすよ」

店主はそれだけ言うと、踵を返してさっさと歩いて行ってしまう。
その背中は頼もしく、どこか寂しげに見えた。

(=゚д゚)「そういえばあの人、どこかで見たような気がするラギ……」

ぽつりと独り言ち、トラギコは辺りを見渡す。
どうやらここは、空港のすぐそばの路地裏らしい。
すこし路地から顔を出せば、空港の様子が窺えた。
緩やかな斜面に張り巡らされた鉄柵越しに、空港内のサーチライトやらガイドライトやらが見える。

(=゚д゚)「さぁて、ミセリ。
    ここからが本番ラギ。 準備はいいラギか?」

ミセ*゚ー゚)リ「はいっ!」

(=゚д゚)「いい返事ラギ。 39番倉庫は……
    ここから真っ直ぐ行くのが最短ルートラギね。
    時間は……」

【時刻――01:30】

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:44:15.80 ID:uOxRfFam0
鉄柵の前にある斜面まで来たトラギコは、腕時計に目をやった。
作戦開始まで、後1時間。
悠長な事はしていられなくなって来た。
ついでに―――

(=゚д゚)「……ツイてるのかツイて無いのか良く解らないラギ」

季節外れだが、都のもう一つの名物。
バケツをひっくり返したかのような大雨が、二人の体を容赦なく打ち付けていた。
先程急に降って来たこの大雨は、二人の姿と声を上手い事掻き消してくれるだろう。
その弊害として、二人の体は雨でずぶ濡れである。

膝立ちになりながら腰を屈め、トラギコは雨で霞む目を凝らして空港内を見る。
人影は疎らだが、その人影の持っている突撃銃は決して安心できるモノではない。
M4A1カービンを持った人影が、トラギコの目的地である39番倉庫の前に2人。
突然の大雨に雨宿りをしていると言った様子で、倉庫の屋根の下に佇んでいた。

狙撃銃でもあれば2人を仕留めるのは容易だが、生憎と持っている武器はM8000だけである。
狙撃とはほど遠い装備だ。
距離にして約300メートルと比較的近距離だが、目の前にある鉄柵が壁となって立ちはだかっている。
通常、この距離ならば目視されてしまうかもしれないが、幸運にも大雨のおかげで気配と姿が確認される事は無い。

同じく膝立ちになってトラギコの背に隠れていたミセリが、トラギコの肩を叩いた。

ミセ*゚ー゚)リ「どうします? 柵を乗り越えます?」

生憎と鉄柵の上には鉄条網がある為、乗り越えは至難の業である。
恐らく、この様子だと電流も通っているだろう。
時折、鉄条網から上がる火花が、その証拠だ。
それに、トラギコは柵を乗り越える気は毛頭無かった。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:50:09.21 ID:uOxRfFam0
足首に巻き付けていたケースから、ニッパーを取り出す。

(=゚д゚)「乗り越えなんていうのは、馬鹿のする事ラギ。
    鉄柵を切って、中に入るのが紳士のする事ラギ」

そう言って、トラギコは慣れた手つきで鉄柵を切断して行く。
本来ならその音は敵に聞こえただろうが、大雨のおかげで届いていない。

(=゚д゚)「いやーこうしてると懐かしいラギ。
    ミルナと逃げた時も、こうして鉄柵を切ったラギ」

小声で呟いたその言葉もまた、大雨のおかげでミセリに聞こえてはいない。
あまり身を乗り出し過ぎないようにして、鉄柵を手際よく切断する。

―――実はトラギコは、ミセリに自身の事を語っていなかった。

ただ、自分は運転が得意で、ミルナとは幼馴染。
歯車の都の出身で、頬の傷は小さい頃に襲われた時に付いたものだと説明していた。
一部の事は事実だが、それを除けば全てが大ウソだった。
自分を兄の様に慕ってくれるミセリに嘘を吐くのは、正直気が引ける。

しかし、だからこそ、だ。
可愛い妹に、自分の過去の経歴を知られたくはない。
"焼夷弾で人を焼き殺していた"経歴や、"小学校にクラスター爆弾を落としていた"事を知ってしまえば、今の様な関係は続かない。
どこかに微妙な歪みが生じ、きっと今続いている"心地いい関係"は終わりを告げるだろう。

異性にとことん疎いトラギコは、ミルナと同じような事を考えていたのだ。
それが誤解だとも知らずに、一人勝手に悩み決断した。
結果、歯車の回転に微妙なズレが生じてしまった。
些細なズレであった為、全体的には問題は無い。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:55:25.15 ID:uOxRfFam0
ある程度切断した鉄柵を強引に捻じ曲げ、人一人がどうにか通れる道を作った。
だが、すぐに通る事はしない。
今は斜面に隠れているおかげで問題は無いが、ここで下手に行動を起こせばこれまでの努力が水泡となってしまう。

(=゚д゚)「ミセリ、ここで少し待っているラギ」

トラギコは振り返りざまにそう言って、腰のホルスターからM8000を抜く。
遊底を引いて、撃鉄を起こすのと初弾の装填を同時に行う。
ミセリが頷いたのを見やり、トラギコは鉄柵に開けた穴を、腰を屈めて素早く潜り抜ける。
中に入ると同時に、素早く伏せる。

転がって倉庫の死角に入り込み、ゆっくりと立ち上がる。
両手でM8000を構えつつ、駆け出した。
倉庫の壁にまで辿りつき、壁に背を当てる。
端の柱から覗きこみ、屋根の下で雨宿りをしている2人を確認。

そして―――

声を上げる間もなく頭を撃ち抜かれた2人が、崩れ落ちた。
崩れ落ちる音も、雨音が掻き消す。

(=゚д゚)ノシ

手を振ってミセリに合図を送った。
先程自分が潜って来た穴は、これまた雨のせいで全く見えない。
果たして、ミセリはこちらの合図が見えているだろうか。
そんな事を危惧したが、ミセリの姿がこちらに駆けて来るのが見えて、それは杞憂に終わった。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:00:22.81 ID:uOxRfFam0
ミセ*゚ー゚)リ「流石、兄さん仕事が早いんですね」

(=゚д゚)「当然ラギ。 それと、兄さんと呼ぶんじゃないラギ。
    ……ん? ミセリ」

トラギコは、自分の口に人差し指を当てる。
静かにしろ、というハンドサインだ。
それに従い、ミセリは押し黙る。
更に、トラギコはハンドサインで近くにある扉から中に入るよう指示をする。

先程同様、慎重に扉まで近づく。
扉の前まで来ると、トラギコはミセリに待機するよう指示を出す。
そして、トラギコは扉を僅かに開いた。
その隙間から内部の様子を窺う。

そこには、青いツナギを着た禿頭の男が、トラギコに背を向けた状態で一人佇んでいた。

「……」

腕を組んで、大きく開かれた倉庫の扉の外を眺めている。
その後ろ姿に、トラギコは見覚えがあった。
"ベルカ戦争"時に、大きく貢献した腕利きの空のエース。
ウォルフガング・ブフナー。

―――通称、"凶鳥フッケバイン"。

英雄の都では、教科書に顔写真付きで紹介されている程のエースパイロットだ。
あの、"謳われない戦争"にも貢献した経歴を持つ、文字通りの英雄である。
とは言え、トラギコの気配に気づいてないのを見るに、地上ではタダの中年オヤジの様だ。
今ここで始末するのが得策だが、その前に幾つか情報を引き出そう。

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:05:14.65 ID:uOxRfFam0
トラギコはそう考え、ミセリに待機を指示したまま倉庫内部に完全に踏み込んだ。
扉が閉まるのをミセリが手で押さえ、音を発生させない。
静かに足音を殺しながら、トラギコはブフナーの背後へと音もなく迫る。

そして―――

ブフナー「んなっ?!」

背後から羽交い絞めにして、禿頭に銃口を突き付ける。
狼狽の声を上げるも、頭に付きつけられた銃口の感触に押し黙る。

(=゚д゚)「いいか、こっちの質問に答えるラギ。
    そうすれば、命だけは助けてやるラギ」

ブフナー「わ、わかった。 だから、落ち着くんだ!
    目的はなんだ?!」

(=゚д゚)「言い忘れたけどもう一つ、余計な事を喋るんじゃないラギ。
    ……空を飛んでる連中、そいつらの詳細を言うラギ」

ブフナー「……」

黙り込んだブフナーの首を、軽く締め上げる。
すると怖気づいたのか、ブフナーはその詳細について苦々しく語り出した。
人間、正直が一番である。
聞かされた話の内容は、トラギコの考え得る限り最悪だった。

よりにもよって、"英雄の都でも屈指の空のエース"が一堂に集っているなど、最悪以外の何物でもない。

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:09:17.92 ID:uOxRfFam0
ブフナー「これでいいだろ? さ、もう解放してくれ。
    大丈夫だ、大声を上げて助けを呼んだりしないよ」

(=゚д゚)「いいや、後一つ訊かせてもらうラギよ。
    ここの地下室には何があったラギ?」

ブフナー「……? 地下室、そんなのが、ここにあるのかい?」

(=゚д゚)「いんや、こっちの勘違いだったみたいラギ。
    約束通り、解放してやるラギ」

そう言って、トラギコはブフナーを乱暴に突き飛ばした。
堪らずバランスを崩し、つんのめったブフナーの意識は、そこで途絶えた。
脳漿と脳髄をぶちまけて顔から倒れたブフナーは、その時点ですでに屍と化していた。
空の英雄、"凶鳥フッケバイン"の人生が、呆気なく終わった瞬間である。

(=゚д゚)「約束は守ったラギよ」

トラギコは死体に向けてそう告げた。
硝煙の上がるM8000をホルスターに戻し、トラギコはハンドサインを送る。
合流したミセリが、死体を指さした。

ミセ*゚ー゚)リ「このおっさんは?」

(=゚д゚)「ちょっとした知り合いラギ。
    もう少し賢ければ、長生きできたはずのおっさんラギ」

さて、とトラギコは溜息を吐いた。

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:13:38.10 ID:uOxRfFam0
(=゚д゚)「連中はここの地下の存在に気付いてないラギ。
    さっさと地下に行くラギよ」

【時刻――02:00】

水平線会名義で使われている39番倉庫。
その目的は、空輸した品を保管する為のものだった。
所狭しと積み上げられた数々の品は、決して表社会には出回らないモノばかり。
"美術品"と焼印が押された木箱やら、怪しげなオーラの漂う品まで揃っている。

その内の一つ。
一見ただの木箱に見える隠し扉に、トラギコは手をかざした。
"指紋認証"を済ませると、木箱が横にスライドした。
2人がやっと乗れるといった感じの空間が、そこにはあった。

少し戸惑うミセリの手を引き、トラギコはその空間に迷い無く入る。
すると、扉がゆっくりと閉まった。
一瞬だけ体が持ち上がったかと思うと、落ちているような不思議な感覚が二人を襲う。
すぐにそれが終わり、扉が開いた。

(=゚д゚)「ミセリ、乗り物酔いはする方ラギか?」

箱から降りると同時に、トラギコは口を開く。

ミセ*゚ー゚)リ「え、えぇ。 少し、ですけど。
      どうしてまた、急に?」

(=゚д゚)「じゃあ、これを舐めておくと良いラギ」

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:18:26.62 ID:uOxRfFam0
トラギコは、懐から透明なピルケースを取り出す。
その中には、親指の爪程の大きさの"白い何か"が入っていた。
蓋を器用に片手で開け、ケースからそれを2、3粒手に取る。
そして、それをミセリに手渡した。

ミセ*゚ー゚)リ「? これはなんですの?」

掌に乗せたそれを、ミセリは訝しげに見つめる。

(=゚д゚)「まぁ、御守りみたいなもんラギね。
    さ、それを食べるラギ」

言いつつ、トラギコも3粒取り出してそれを口に放り込んだ。
怪訝な表情をしながらも、ミセリも倣って口に含んだ。
それは甘く、そして不思議な味だった。

ミセ*゚ー゚)リ「あら、これ甘いです。
      なんだかメントスに似たような味が」

(=゚д゚)「ははは、気のせいラギよ。
    ちょっとした酔い止めラギ」

ミセリの疑問を軽く笑い飛ばし、トラギコは目の前に広がる薄暗がりに足を踏み出した。
薄らと灯った通路の果ては、50mと言った所だ。
時計を見ながらゆっくりと通路を進み、トラギコは鼻歌交じりに新たな粒をケースから取り出して食べた。
トラギコの腕を掴みながら、ミセリもトラギコと共に進む。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:23:02.96 ID:uOxRfFam0
ミセ*゚ー゚)リ「この先に、何があるんですか?
      デレデレ様が、"懐かしいあれ"、って言ってましたけど」

(=゚д゚)「……まぁ、気にするなラギ」

そう言って、先を急ぐトラギコ。

ミセ*゚−゚)リ「むー」

拗ねた声を出しながらも、ミセリはその後を付いて行く。

―――通路の果ては、大きな空間だった。

非常口を示す緑の看板以外明かりは灯っておらず、ハッキリとした距離間などは分からない。
だが、そこが大きな空間である事は、それまであった空間的な圧迫感が消えた事が教えてくれた。
そして、もう1つ。
物理的に巨大な存在感が、この空間に存在している事が何よりの証拠だった。

次の瞬間、辺りに柔らかい白光が満ちた。
"壁、床、天井"が発光し、辺りの様子をはっきりと照らし出す。
巨大な存在感の正体が、明らかになった。
その正体を見咎めた時、ミセリは言葉を失った。

それは、巨大な戦闘機だった。
否、精確な事はミセリには解らない。
武器商をしていても、流石にまだ戦闘機などの兵器には手を出していなかったからだ。
その為、この巨大な"飛行機"が"戦闘機"なのかどうかも判らない。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:27:35.57 ID:uOxRfFam0
しかし、唯一言えるのは。
この飛行機は、"戦闘に特化した"軍用飛行機。
巨大な主翼の下と、胴体の下に付いている"ミサイル"がその証だ。

(=゚д゚)「ほら、ミセリ。 これを被るラギ」

呆気にとられているミセリに、トラギコはヘルメットの様なモノを投げて寄越した。
フルフェイスのヘルメットの様にも見えるが、色々と異なる部分がある。
さっさと先に装備を済ませたトラギコは、懐かしむ様な眼で飛行機を見始めた。

(=゚д゚)「……ミセリ、今は言えないけど、何時か必ず本当の事を言うラギ。
    だから、今は我慢してくれラギ」

唐突に、飛行機を見ていたトラギコがミセリに向き直って口を開いた。

ミセ*゚−゚)リ「えっ?」

真剣な表情で、トラギコはミセリを見つめている。
戦場に行く前の兵士と言うのは、あるいはこのような表情をしているのだろうか。
だとしたら、このトラギコの態度はまるで今生の別れではないか。
ミセリは、意識せずにそんな事を考えてしまう。

ミセ*゚−゚)リ「何時かって、何時なんですか?」

知らず、怒ったような拗ねたような。
そんな声が、ミセリの口から出ていた。

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:32:01.21 ID:uOxRfFam0
(=゚д゚)「何時かは何時かラギ。
     この先、生きている内に必ずミセリに俺の事を教えるラギ。
     今言えるのは、その、えーっと……」

数秒の間の後。
トラギコは、ぽつりと呟いた。

(=゚д゚)「……今まで、すまなかったラギ。
    それと、ありがとうラギ」

感謝と謝罪の言葉が、トラギコの口から発せられた。
本当に、真心からの言葉だと言う事がハッキリと伝わってくる。
多少の戸惑いを感じながらも、ミセリは口を開く。

ミセ*゚−゚)リ「……絶対に教えるって、約束してください」

ヘルメットを被らずに手に持ったまま、ミセリはトラギコに歩み寄る。

(=゚д゚)「大丈夫ラギ。 俺は今まで、約束は必ず守って来たラギ。
    それは、これからも守ってくラギ」

トラギコは、その場から動かない。
主翼のすぐ傍で、近寄ってくるミセリを真っ直ぐ見据えるだけだ。
その様子が、ミセリの不安をより一層強くする。
トラギコの前まで来て、ミセリはトラギコの胸倉を掴んだ。

ミセ*゚−゚)リ「今じゃ、駄目な事なんですか?!」

(=゚д゚)「……俺は、不器用な男ラギ。
    今教えたとしたら、俺はこの作戦をまともに遂行できないラギ」

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:36:15.93 ID:uOxRfFam0
申し訳なさそうにそう告げ、トラギコはミセリの手をそっと解く。
代わりに、いつもしている様に雨に濡れたミセリの頭に手を乗せた。
いつもよりずっと優しく、トラギコはミセリの頭を撫でる。

(=゚д゚)ノ「今はまだ、我慢していてくれラギ。
     俺が今まで、お前との約束を破った事があったラギか?
     少しは、俺を頼るだけじゃなくて信頼してくれラギ」

ミセ*> -<)リ「にゅう……」

不服ではあったが、ミセリはこれ以上何も言わない事にした。
ひょっとしたら。
万が一、億が一。
これが、最後になるかもしれないと思ったからだ。

トラギコに頭を撫でてもらえるのも。
トラギコに構ってもらえるのも。
トラギコに笑ってもらえるのも。
トラギコに見てもらえるのも。

これが、最後になるかもしれない。
だから、もう。
そろそろ。
トラギコに頼るのは、やめにしよう。

"兄離れ"をしなければならない時期が、来たという事だ。
あの日、トラギコに助けられた日から。
ミセリの時間はずっと止まったままだった。
トラギコに頼るのではなく、"兄に依存"していた時間。

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:40:12.10 ID:uOxRfFam0
不安な時は、"兄"と呼び。
心細い時にも、"兄"と呼んだ。
ミセリにとって、"兄"とは親にも勝る存在だった。
ここに来る間にも、何度かトラギコの事を"兄"と呼んだ。

それも、ここまで。
ここからは、誰にも依存しないで進む道だ。

ミセ*゚ー゚)リ「分かりました。 トラギコさんを信じます」

決意を胸に、ミセリは涙ぐんだ瞳でトラギコを見上げる。

(=゚д゚)「よし、さっさと準備をするラギ。
    ここからは、俺の出番ラギ」

ミセリの頭から手を離し、トラギコは飛行機のコックピットへと行く。
掛けられていた黒い階段を上り、前後に並ぶ内の前の席へと乗り込む。
見よう見まねで、ミセリは後ろの席へと乗り込んだ。
被ったヘルメットを弄っていると、前から声が掛けられた。

(=゚д゚)「ミセリ、座席のところにガスマスクっぽいのが置いてあるラギ。
    それを口に付けるラギ。
    それと、なんかホースっぽいのが服にあるラギね?
    それは、席の所に繋ぐ場所があるラギ、絶対にそれを付けるラギ。

    で、ヘルメットの上の部分にバイザーがあるけど。
    それはどうぞご自由に、ラギ」

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:44:57.15 ID:uOxRfFam0
あくまでも太陽に目を焼かない為のバイザーなので、ミセリは使わない事にした。
とりあえず、言われた通りマスクを口に付ける。
そして、服のホース繋ぐコネクタを見つけ、そこに言われた通りしっかりと繋ぐ。
服と機器が一つになったような光景に、ミセリは少し戸惑う。

(=゚д゚)「マスクは付けたラギね? ホースも繋いだラギね?
    後戻りは一切出来ないラギ。
    心と体と気合の準備は?」

ミセ*゚ー゚)リ「いつでも」

(=゚д゚)「じゃあ、行くラギ!」

コクピットまで掛かっていた階段を突き飛ばして、トラギコは声を上げた。
同時に、背後から機械の稼働音。
前後でそれぞれ別れていたキャノピーが、同じ速さでゆっくりと下ろされる。
次々と目の前の計器に明かりが灯り、飛行機の起動を告げる。

白銀の翼を持つ迎撃戦闘機。
巨大な翼に巨大な体を持つ鋼鉄の鳥が、目を覚ます。
それに合わせ、何やら辺りが騒がしくなってきた。
音の正体が、この地下室の天井部が大きく開き始めているのだと気付いたのは、この機体がリフトによって上昇されてからの事。

丁度、先程の禿頭の男がいた場所の真下。
横にスライドして天井が展開され、白い蛍光灯の明かりが目に飛び込む。
ゆっくりとせり上がる機体が、完全に先程の倉庫内に現れると。
鈍い音が、ゆっくりと響いた。

162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:49:09.53 ID:uOxRfFam0
その音の正体を確認する間もなく、トラギコは機体をゆっくりと前進させた。
背後にある双発エンジンが、低く唸り声上げている。
これは、果たして"鳥"と呼べるのだろうか。
これほど巨大で、雄々しい機体が"鳥"で済むわけがない。

よくて猛禽類、普通に考えれば肉食獣だ。
―――正に、"虎"。
空を飛ぶ虎、故に"空虎"。
トラギコの渾名の意味を、ミセリは今ようやく理解出来た。

倉庫の外に出た時には豪雨は上がっていて、その代わりに辺りは濃霧に包まれていた。
デレデレの予測通り、本当に濃霧が出始めていたのだ。
ベルトが体をしっかりと固定している事を確認して、ミセリは腕時計に目をやる。
まだ、後2分ある。

【時刻――02:28】

視界がゼロに近いのにも拘わらず、トラギコは何の迷いもなく機体を進める。
トラギコの体に染みついた経験と、霧に慣れた都の住人で無ければこうはいかないだろう。

(=゚д゚)「ミセリ、最初に謝っておくラギ。
    敵との戦闘が始まったら、一切の気遣いが出来ないラギ。
    意識をしっかりと持って、目を閉じないでちゃんと全てを見届けるラギ。
    そうすれば、Gにも勝てるし、乗り物酔いにも負けないラギ」

前方から掛けられたトラギコの言葉に、ミセリは何の心配もしなかった。
気休めの言葉だと分かっていても、少しだけ無理をして、力強く返事をする。

165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:54:12.11 ID:uOxRfFam0
ミセ*゚ー゚)リ「大丈夫です」

その返事に、トラギコは―――

(=゚д゚)「そうラギか……」

―――ほんの少しだけ、寂しげにそう言った。
と、同時に。
それまで進んでいた機体が、その動きを止めた。
そして、背後のエンジンが一際大きく唸った。

"世界最速の戦闘機の血を引く"、迎撃戦闘機。
搭乗員、二名。 最大速度、マッハ2.83。
大型で高性能な長距離レーダーを搭載、23mm固定ガトリングガンを一門、合計8機の空対空ミサイルを装備。
機動性や従来の速度性能等を失った代償として、長距離の攻撃を得意とする迎撃に特化した戦闘機である。

格闘能力は低いが、世界でもトップクラスの目視外戦闘能力を誇りにする機体。
今現在、都の空を飛んでいるどの戦闘機よりも速く。
それでいて愚かな程に真っ直ぐに、一つの目的に特化した機体。
まさに、トラギコを体現したかのように愚直な機体だ。

MiG-31M、NATOコードネーム"フォックスハウンド(狐狩りの猟犬)"。
高高度よりも低空の迎撃に特化したこの戦闘機はその昔、トラギコが"英雄として空を飛んでいた頃に乗っていた"愛機だ。
これこそが、トラギコとミルナを乗せてこの都まで運んだ機体だった。
主翼に描かれた虎のペイントアートが、誇らしげに輝く。

"狐狩り"の名を冠した戦闘機が、濃霧に包まれた滑走路を推進力を得て加速しながら進む。

【時刻――02:30】

171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:58:17.69 ID:uOxRfFam0









                  ―――この絆、愚直につき―――


第二部【都激震編】
第二十四話 了


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