('A`)と歯車の都のようです

3 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:41:32.50 ID:nV3Ex//30
水平線会は表社会にも多大な影響力を有していることで有名だ。
企業だけでなく、病院まで所持しているのは、ただ単に権力を振りかざしているからではない。
水平線会会長、でぃはそういったことに何の興味も持っていなかった。
病院を所持しているのは、でぃの趣味に所以している。

でぃはいかなる鉄火場においても、自らの部下の安否を気遣う心を持ち合わせている。
その為、でぃは部下が入院する病院は徹底した設備でないと安心できないのだ。
当然、一般人も安心して入院できるように徹底している。
看護婦たちの何人かは、でぃの子飼いの部下だ。

当然、警備員は必要なく、看護婦たちに手を出そうなどと考える患者もいない。
運悪く看護婦の正体を知らずに手を出した患者は、もれなく入院費が五倍以上の額に膨れ上がってしまう。
膨れ上がるのは費用だけでなく、患者の顔もだが。
とは言うものの、病院の設備は完璧だった。

その日、一台の黒塗りの高級車が病院の前に停まった。
停車すると同時に、運転席から一人の若者が降り立つ。
素早く後部座席に駆け寄り、ドアを開けた。
そこからゆっくりと降り立った男は、黒いロングコートを身にまとっている。

5名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:43:10.83 ID:nV3Ex//30
風になびくロングコートの下には、全身に負った重度の火傷が隠されている。
顔の火傷だけは隠せず、白日の下に晒していた。
道行く通行人はその顔を見るや否や、足早に通り過ぎてゆく。
感情を映し出す事を失った顔には、いかなる表情も浮かばない。

水平線会会長、でぃは白い息を空に吐き出して歩み出した。
ゆっくりと、だが大股で歩むでぃの横を、トラギコがぴったりと付いて行く。
表通りに来ているため、目だった武装は持ち合わせていない。
それは表社会との"暗黙の協定"で決まったことだ。

懐と両腰に下げた拳銃は、最大装弾数33発を誇るグロック18だ。
弾丸は9mmではあるが、急所に当てれば必殺になり得る物だった。
それを四丁用意しているのは、万が一の場合を考えてのことである。
今着ているスーツも特殊な防弾繊維で編まれている物だ。

病院の入り口にたどり着いたとき、入口には数人の看護婦がでぃを待ちかまえていた。
それぞれ嬉しそうな顔を浮かべてはいるが、スカートの中にぶら下げられた物は物騒極まりなかった。
切り詰め式のショットガン、そしてデリンジャーだ。
普通の者では気付かないが、彼女たちからは香水の香りに混じって硝煙の匂いがする。

6 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:44:44.28 ID:nV3Ex//30
(#゚;;-゚)「出迎え御苦労。 みんな変わりないか?」

無感情ながらも、でぃの言葉にはうっすらと優しさが込められていた。
それを聞き取って、看護婦たちの中には嬉しさで目に涙を浮かべる者さえいる。
彼女たちの中でも、一際笑みを浮かべている女が、歩み出た。

(*'ω' *)「でぃ様の紹介で入ったシェフ、料理が最高っぽ!」

(#゚;;-゚)「あぁ、シャキンな。 ゴタゴタあってしばらくの間しかいれないが、腕は確かだ」

先日破壊されたバーボンハウスは、もはや再建不可能なまでになってしまった。
貴重な酒が消滅し、おまけに唯一の趣味であった店を破壊されたシャキンは、でぃの紹介によって病院の厨房で働いていた。
料理の腕に定評があるシャキンが入ってからは看護婦たちの食事も含め、病院中の食事をガラリと変わってしまった。
それまでの料理人が悪いわけではない、むしろこの都でも屈指の料理人を雇っていた。

7 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:46:09.42 ID:nV3Ex//30
しかし、それは表社会の屈指の話で、裏社会の料理人の頂点に君臨するシャキンにとってはひよっこ同然だった。
以前まで働いていた料理人を従え、シャキンは再び料理包丁を握ることになった。
シャキンの人海戦術のおかげで、病院は以前にも増して活気づいている。
今では看護婦の中に信者まがいのファンがいるほどだ。

(*'ω' *)「っと、今日はどうしますっぽ?」

若き看護婦長である、ちんぽっぽを従え、でぃは病院の中に入っていった。
他の患者に見つかる前に、院長室に入り込む。
言わずもがな、資格こそないがでぃはこの病院の院長である。
実質は別の者に任せているため、でぃが院長であることを知っているのは極限られた人間だけだ。

(#゚;;-゚)「今日は見舞いついでにシャキンに会いに来た。
    職場環境がガラリと変わって、ストレスでハゲられても困る」

ロングコートの懐から包み紙にくるまれた飴玉を取り出し、でぃはそれを口に頬り込んだ。
でぃはそれを口の中で転がし、ほのかにイチゴの香りが漂う。
包み紙をポケットに突っ込み、でぃは机の上に置かれていたカルテを手に取る。
それは事前に用意されていたギコのカルテだ。

10 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:47:21.11 ID:nV3Ex//30
(#゚;;-゚)「内臓が治るまでにはどれぐらいかかる?」

ギコが負った傷は、常人なら今も集中治療室に入っている程の物だった。
だが、持前のタフさとペニサスの介抱のおかげで、ギコは医者も驚愕の速さで回復している。
抉られた内臓は、どれだけ丈夫な者でも一ヶ月は安静にしていなければいけなかった。
しかし、最初はそれを守っていたギコだったが、ペニサスがお見舞いに来た途端、それどころではなくなってしまった。

(,,゚Д゚)『ペニ姐が来てるのに、寝てられるはずなぎゃああああああああああ!!』

文字通りベットから飛び起き、点滴などを蹴散らしながらペニサスにお茶の一杯でも淹れようとしたのだろう。
それが仇となり、ギコの入院生活は延長を余儀なくされた。
三ヶ月は入院必至と言い渡され、今のギコはペニサスがいなければ鬱状態になってしまったかもしれない。
とはいえ、デレデレがペニサスにギコの看病を任せたおかげでそれは回避された。

('、`*川『弟の世話をするのは姉の役目ですからっ』

ちなみに、ペニサスとギコの関係は姉弟の関係である。
義理とはいえ、その絆は本物の姉弟に決して引けを取らないほどだ。
昔からギコの世話を焼いているペニサスにとって、今回の入院は昔はよくあったことだった。
そのおかげで、ペニサスは人一倍看病慣れしている。

12 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:48:44.13 ID:nV3Ex//30
しかし、ペニサスにも弱点はあった。
本人は頑として否定しているのだが、ペニサスは料理が破滅的に下手だった。
リンゴを剥かせれば、皮が付いていないのに真っ赤で鉄の味がするリンゴになったり。
カレーを作らせれば何故かフランべをしようとして失敗し、小規模な火事を引き起こした。

それでも、ギコはペニサスの看病以上の物はないと、有頂天になっている。
シャキンの料理のおかげもあり、ギコの容体は日に日に回復していった。

(*'ω' *)「まぁ、あの様子だと後一ヶ月半もすれば鉄火場に戻れますっぽ」

半ばあきれた様子で、ちんぽっぽはおどけてみせた。
彼女はこれまで、でぃの下で多くの修羅場と鉄火場を経験してきた猛者だ。
おもに彼女の担当は、負傷した者たちの救護だったため、銃弾の中を掻い潜ったという訳ではなかった。
しかしながら、そこら辺の手練達並には銃の取り扱いは出来る。

彼女の得物は、太ももと裾に隠したデリンジャーだ。
"デンジャー・デリンジャー・ちんぽっぽ"と言えば、そこそこ名の知れた暗殺者だった。
暗殺者時代に、でぃに呼ばれて水平線会に入ってからは銃把を握る機会が減った。
そんな経歴があるため、ちんぽっぽは看護婦の中でも高い地位を得ている。

13 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:50:40.03 ID:nV3Ex//30
(#゚;;-゚)「なんというか、トラギコ、お前にそっくりだな」

それまで、でぃの横で飼いならされた虎のように立っていたトラギコに、でぃは声をかけた。
トラギコは気恥ずかしげに、頬を掻いた。
それはトラギコが困った時にする仕草で、トラギコは小さく乾いた笑いを上げた。

(=゚д゚)「ははは… 兄として恥ずかしいラギ…」

ふと、トラギコに助け船を出すかのように院長室の扉がノックされた。

『昼食を持ってきました』

その声を聞いた途端、ちんぽっぽの顔が一層明るくなった。
どこか威圧的で、どこか優しさを孕んだその声に、でぃは懐かしさを含んだ声で答えた。

(#゚;;-゚)「シャキンか? 早く入ってこい」

でぃの声から半拍置き、扉があけ放たれた。
そこにいたのは、昼食を乗せたカートを引くシャキンだった。
鉄の義足を鳴らしながら、シャキンは恭しく頭を下げる。

14 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:53:23.68 ID:nV3Ex//30
(`・ω・´)「いやはや、これは珍しい人が来てますね。
      でぃ様と、トラギコ様。 どうですか? 拙い料理ですが昼食の方をお持ちしましたので、よろしければ」

カートの上に載っていた料理を応接用の机に置く間に、ちんぽっぽもそれを手伝っている。
一通り料理が置かれたところで、でぃもトラギコも大人しく席についていた。
二人の目の前には湯気を上げるスープと、パン、そしてサラダという質素な料理が並んでいる。
一見したら、それは大したことのない料理だが、シャキンがそれを調理したとなれば高級料理すら霞んで見える。

スープはシャキンの得意とするコンソメ、パンは自らの畑で無農薬有機農法で育てた小麦を使用。
サラダに使われている野菜も当然、家庭農園から採った物で、ドレッシングもこだわり抜いた材料で作ったものだ。
材料費自体はそれほど高くないにもかかわらず、シャキンの作る料理には高級食材を使っても勝てはしない。
単に、シャキンの技量だけでなく、料理に注がれている愛情に大きな要因がある。

(#゚;;-゚)「新しい職場はどうだ? 何か不自由はないか?」

ちぎったパンを頬張りながら、でぃはシャキンに尋ねた。
バーから病院の料理長への転職は、その性質が大きく違う。
病院での酒はご法度のため、シャキンのフラストレーションの溜まりようを心配しているのだ。

(`・ω・´)「いえいえ、ここには料理酒もありますからね。 まだみりんに手を出すほど墜ちてはいませんよ。
      時々、デレデレ様がペニサス様伝いにイイ酒をくれるので、それほど不自由はありませんね」

懐を指で叩き、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
一瞬だけ、シャキンの顔に影が浮かんだ。
それを見逃すほど、でぃもトラギコも耄碌してはいない。

15 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:55:49.05 ID:nV3Ex//30
(=゚д゚)「一つ、不満があるラギか?」

口一杯にサラダを突っ込みながら、トラギコはシャキンに問いた。
図星だったため、シャキンはそれを無言で肯定する。
どこか遠くを見る目で、シャキンは机を見つめている。

(`・ω・´)「彼女に会えないのが、唯一の不満ですね」

(`・ω・´)「素奈緒ヒート、に」

16 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 22:57:50.75 ID:nV3Ex//30
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('A`)と歯車の都のようです

第二部【都激震編】
第四話『鉄足』

四話イメージ曲『We can go』鬼束ちひろ

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17 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:00:21.27 ID:nV3Ex//30
(*'ω' *)「素奈緒ヒートって、あの"戦乙女"のヒートですかっぽ?」

コンソメスープを行儀よく啜っていたちんぽっぽが、スプーンを置いてシャキンに向きなおった。
この都の裏社会で、ヒートの名を知らない手練はいないだろう。
無論、それはちんぽっぽも例外ではなく、彼女の耳にもヒートの伝説じみた逸話が届いていた。
手にする得物が全て必殺になり得るその腕力、異性はおろか、同性をも惹きつけてやまないその美貌。

ちんぽっぽの言葉に、シャキンは柄にもなく頬を赤らめた。
そして、シャキンは懐からフラスクを取り出し、勢いよく呷った。
その香りから、日本酒の大吟醸であることがハッキリと分かる。

(`・ω・´)「っぱぁ…… 彼女はね、とても素敵な女性ですよ」

シャキンが活舌になる事など、滅多にない。
珍しい機会なので、でぃもトラギコもみなシャキンの言葉に耳を傾けた。
一つ間を置くたびに、シャキンはフラスクを呷る。

(`・ω・´)「っく…… ちょうどいい機会です。 今日はこの脚の話でもしましょう」

そう言って、シャキンはこれまでタブーとされてきた義足をさびしげに見やった。
シャキンの義足は、左足の太ももから先までが金属の物でできている。
金属で作られたそれは、一見して西洋の騎士が身に着ける脚甲だ。

18 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:02:13.38 ID:nV3Ex//30
(`・ω・´)「あれは、そう。 五年前の抗争の最終日の事でした…」


【過去編】―――シャキンの場合―――


その日、都は珍しく厚い雲に覆われず、薄い雲が覆っていた。
その為、うっすらとではあるが、久しぶりの日の光が都を照らしている。
まだ早朝のため、都中は静寂に包まれていた。
歯車城の鐘の音が、朝の到来を告げる。

その瞬間、静寂を破り裂いて爆発が起きた。
爆炎と爆煙を上げ、ガラス片とコンクリート片が飛び散る。
その爆発に連動し、同時に三ヵ所で爆発が起きた。
高性能爆薬によって破壊された建物は、周辺の民家を巻き添えにした。

運が悪かった民家は、その住民ごと巻き添えにして倒壊したほどである。
その爆破の指揮を執ったのは、水平線会会長の荒巻スカルチノフだ。
この抗争において、最も民間人に被害を出したのは言わずもがな荒巻のせいだった。
わざわざ部下に、通常の鉛玉ではなく徹甲弾を使用させたのも荒巻だ。

その日に起こした爆発は、クールノーファミリーの本部周辺の制圧のためだ。
クールノーには凄腕の狙撃手が数人おり、その狙撃技術のせいで水平線会からも多くの犠牲を出している。
狙撃手の使用しそうな建物を事前に破壊しておけば、狙撃の頻度は減る。
そう睨んでの作戦だった。

19 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:04:43.78 ID:nV3Ex//30
結果的には大して変わらなかったのだが、狙撃の精度が格段に上がったのは、おそらく狙撃手が怒りを感じたからだろう。
クールノーとは反対に、水平線会は主に白兵戦を得意とする者、その多くがならず者達で構成されていた。
手を組めば強大な力を手にすることができたのだが、そう上手く事が運べば誰も苦労はしない。
その双方が激突したため、周辺への被害が尋常ではないのだ。

すでに民間人の被害者が三桁を超え、表社会ではある噂がまことしやかに囁かれていた。
『水平線会と、クールノーのどちらかが都をひっくり返そうとしている』
その噂は半ば事実となっており、このままいけば表社会への影響は尋常ではない。
最悪、この都の経済がひっくり返ることは時間の問題だった。

それを危惧したロマネスク一家は、この抗争を止めるべく精鋭たちを差し向けた。
その精鋭たちの指揮を任されたのは、シャキンその人だった。

(`・ω・´)「諸君、撃鉄を起こせ」

爆破された現場で、シャキンが威勢よく声を上げる。
それに従い、シャキンの後ろで屈強な男たちが各々の得物を高々と掲げた。
同時に、地を震わせるような鬨の声が響く。

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

20 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:06:06.42 ID:nV3Ex//30
ふと、建物の影から凶悪な音を上げて水平線会の車が飛び出て来た。
それは明らかに、シャキンたちに向かって突っ込んで来るではないか。
それを見咎め、男たちが得物を車に向かって構えながら、その進行方向から飛び退く。
―――シャキンを除いて、だが。

(`・ω・´)「ぜりゃああああああああ!!」

何を思ったか、シャキンは颯爽と車に向かって走り出した。
そのまま空中で一回転し、飛び蹴りを繰り出す。
普通なら、足の骨だけでなくシャキン自身も跳ね飛ばされていただろう。
しかし、シャキンが跳ね飛ばされることは無かった。

奇妙な音を上げ、車のボンネットが凹む。
そのままラジエーター等を破壊しながら、シャキンの繰り出した蹴りは、突っ込んできた車を容赦なく破壊した。
前面を破壊されて停止した車を、シャキンは着地と同時に繰り出した回し蹴りで蹴り飛ばした。
冗談のように蹴り飛ばされた車は、何もない地面に勢いよく落下し、爆発した。

21 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:08:05.38 ID:nV3Ex//30
もう一度車が大きく爆発するまでの間も、シャキンは一切手を使っていない。
"鉄足のシャキン"の渾名で呼ばれていたシャキンは、戦いにおいて一切手を出さないことで名を知られている。
鋼のように鍛え上げられたその脚は、人を簡単に蹴り殺すことができる。
その脚にかかれば、銃弾をも蹴り返すことが可能だった。

(`・ω・´)「荒巻をいぶりだすぞ、ファッカー!!」

荒々しく声を上げたシャキンは、腕を組みながら歩きだした。
戦いにおいて、シャキンがこれまで一度も手を使わなかったことには訳がある。
それは、シャキンが本気を出すに値する相手と出会ったことがないからだ。
本気を出した際は、シャキンは手を使った足技を繰り出す。

そんな感慨に耽っていたため、シャキンは失念していた。
この時間帯なら、まだ濃霧が出る可能性があることを。
シャキンがそれに気づいたのは、すでに周囲が濃霧に囲まれてしまった後だ。
振り返るも、当然部下達の姿が見つかるはずもない。

(`・ω・´)「ダムダムファック!!」

知らず急ぎ足で歩いていたため、路地裏のよく分からない場所に来てしまっている。
いらだたしげに舌打ちし、シャキンは濃霧が晴れるのを待つことにした。
この濃霧の中、下手に歩き回りでもすれば迷うことは必至だ。
シャキンでさえ把握し切れていない路地裏の道は、一度迷えば生きて出てくることは至難だ。

22 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:10:18.13 ID:nV3Ex//30
唐突に、シャキンの耳に奇妙な音が届いた。 金属が石畳を踏みつけ、金属同士がぶつかり合って奏でる音。
甲冑を着た西洋の騎士が歩けば、こんな音がするに違いない。
次第に近づく音に、シャキンは音の方向に目を向けた。
相手がどんな姿をしているか、それは全く予想が出来ない。

音が近づくにつれ、濃霧が嘘のように消え去ってゆく。
そして遂に、シャキンの眼に信じられない物が映った。
女が現れたのだ、この鉄火場に。
その女の姿をはっきりと視認した時、シャキンは言葉を失ってしまった。

 莫迦な?! なんだ、あの格好は?!

ノパ听)

女の格好は、その場に似つかわしくないだけではない。
時代錯誤も甚だしく、ましてやシャキンはその格好をこれまで見たこともない。

赤茶色の髪を、白い羽飾りのついたカチューシャで押さえつけているが、肩まで伸びた髪は外にはねている。
肩に付けた鎧は、三日月のような形をしていた。
胸部に付けた鎧は、その下にある豊満な胸を押さえつけ、急所である心臓を守っている。
両腕に付けたガントレットは、腕を護るための物だ。

23 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:12:26.25 ID:nV3Ex//30
腰巻の下には、極限までに切り詰められた鎧が付けられている。
脚に付けられた脚甲を鳴らし、その女は血のように赤い鎧を身に纏い、シャキンに歩み寄ってきたのだ。
その手に何か棒のような物を持っていることを辛うじて認識できた時には、シャキンは咄嗟にその場を飛び退いていた。
それまでシャキンの首があった位置を、女の手にした棒が貫く。

それが棒ではなく、長柄長刃の槍であることを理解した時には、シャキンの戦闘準備は整っていた。
大きく飛び退き、女との距離を開けたのはシャキンの行動は流石だった。
その行動が少しでも遅れていれば、女は間違いなくシャキンを串刺しにしていたはずだ。
しかし、槍相手にリーチを開けたのは致命的である。

槍は長物であるため、近距離よりも中距離戦を得意とする。
本来ならば"積み"なのだが、シャキンの場合は違った。
槍にも弱点は存在する。
その最たる例が、リーチの大きさだ。

リーチが大きすぎるため、二撃目への繋ぎがどうしても生じてしまうのだ。
突き出した槍をいったん引いてからでなくては、槍が二撃目を見舞うことはまずない。
あったとしてもそれは、一撃目ほどの威力がないため敵に反撃の機会を与えてしまう。
だが、それはシャキンが抱いていた常識というものだった。

(`・ω・´)「疾!」

25 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:13:44.84 ID:nV3Ex//30
石畳を強く蹴り飛ばし、シャキンは女が槍を引くより早く駆け出す。
あんなナリをしているのだ、少しは速いのだろう。
それが自惚れであることを、身をもって教えてやる。
そう意気込んでしまったことが、シャキンの感を鈍らせた。

女が繰り出した二撃目は、一撃目との繋ぎが全くなかった。
むしろ、一撃目と同時に繰り出されたかと錯覚するほどの速度で繰り出されたのだ。
あれほどの長物を軽々と捌くなど、女のすることではない。
ましてや、それを神技的な技量で扱うなど男にも出来そうもなかった。

肉迫する中、シャキンはその攻撃を仰け反ってどうにか回避した。
服の一部と、髪の一部が持って行かれたが、シャキンは無傷だ。
女の技量に目を見張る一方で、シャキンは冷静に女の動きに注目した。
―――否、正確には注目しようとしたのだ。

(;`・ω・´)「ぬわんだとぉ?!」

残像を残してシャキンの横に出現した女の姿をギリギリ見咎め、シャキンは冗談のように宙を舞った。
それが女の蹴りによるものだということを理解したのは、シャキンが壁に叩きつけられた時のことだ。
日ごろ鍛えていた肉体のおかげで、シャキンは背骨を折らずに済んだ。
どうにか着地し、シャキンは叩きこまれた長年の勘でその場で足払いを繰り出した。

26 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:15:50.70 ID:nV3Ex//30
ノパ听)「むむぅ?!」

幻のようにシャキンのそばに出現した女が、シャキンの足払いを槍の柄で防ぐ。
車をも破壊するシャキンの蹴りだが、女の手にした槍の柄を破壊することができなかった。
いかなる素材でできているのだろうか、だがそんなことを考えている暇はシャキンには一秒も与えられない。
すぐさまその場から横に飛び退き、直後に繰り出された斬撃を紙一重で避ける。

シャキンに反撃の隙すら与えないその斬撃は、まるで雷のようだ。
しかし、シャキンとて手練である以上、反撃の機会を見出すことぐらいはできた。
それは槍のもう一つの弱点でもある、近接戦闘だ。
槍に長柄がある以上、その隙を埋める事は肉体を駆使した攻撃しかない。

近接戦闘においては、シャキンの方が有利である。
そう読んだシャキンは、低い姿勢のまま女の懐に駆け込む。
シャキンの踏み込みの速度は、短距離の世界記録選手をも凌駕するほどだ。
限界までに姿勢を低くして踏み込んだため、女の繰り出した斬撃はシャキンの頬を掠めただけにとどまった。

この時、初めてシャキンは戦闘で手を使った。
それまでただの一度も手技を使ったことのないシャキンにとって、手技を使うことは本気を出すということだ。
踏み込みの勢いを殺すことなく、シャキンは両手で軸を作り、両脚を揃えて女の鎧の付いていない部分。
―――肌が露出された腹部に向かって容赦なく蹴り出す。

27 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:18:50.93 ID:nV3Ex//30
女が咄嗟にそれをガントレットで防いでいなければ、女の体は無事では済まなかっただろう。
そのままの姿勢で背後に吹き飛び、女は距離を開けて着地した。
車をも破壊するシャキンの蹴りを受けてもなお、女のガントレットには傷の一つも付いていない。
ぶらぶらと手を振り、女は顔に満面の笑みを浮かべた。

ノハ ゚∀゚)「……手前、名前は?」

戦闘姿勢を崩し、女は唐突にシャキンに話しかけた。
シャキンも礼節をわきまえた男である以上、立ち上がって服の乱れを直す。
そして、乱れた呼吸を静め、シャキンは上機嫌で答えた。

(`・ω・´)「俺の名前は、シャキン! シャキン・ションボルトだ!
      姫騎士! 手前の名前は?!」

その答えに、女は満足げにうなずいた。
そして、どこまでもまっすぐに澄んだ声で名乗りを上げた。

ノハ ゚∀゚)「あたしの名前は、ヒート! 素奈緒ヒートだ!」

29 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:20:56.41 ID:nV3Ex//30
ヒートの声を聞き咎め、シャキンが戦闘態勢に入る。
それと同時に、女が真紅の残像を残して目の前から消失していた。
だが、シャキンは勘と経験を頼りに、得意の背面回し蹴りを真正面に繰り出す。
直後、幻のように出現したヒートの構える槍の柄をシャキンの蹴りが捉えた。

爆発音にも似た衝撃音が響き、周囲に衝撃の波が起きた。
すぐさま柄を足場に、シャキンはヒートに踵落としを見舞うべく脚を上げた。
ヒートはすぐに柄でシャキンを押し返し、それが見舞われるのを防ぐ。
当然それを予想していたシャキンは、着地と同時に体全体を限界まで折り曲げた。

余裕を持って刃が頭上を通過したのを確認し、再びその状態でヒートの懐に潜り込む。
今度は片手で軸を作り、その場で素早く方向転換をしながら倒立。
あおむけの状態で両足を引き、両腕の力も加えて必殺の蹴りを見舞う。
そこまで持ち込むのに掛った時間は、一秒もない。

今度こそ回避は間に合わないだろう、シャキンは内心でそう思った。
それこそが驕りであると気付いたのは、ヒートの腕一つでその蹴りが止められた時だ。
正確にいえば、ヒートは指二本でその攻撃を止めている。
何が起きたか分からないまま、距離を取ろうとしたシャキンだったが、何故か脚がヒートの手から離れない。

(;`・ω・´)「なん…だとるぼあああああああああ!?」

30 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:22:16.24 ID:nV3Ex//30
脚首を掴まれ、シャキンはヒートに投げ飛ばされた。
ハンマー投げの選手がハンマーを投げるように投げ飛ばされたシャキンは、二階建て民家の屋根に叩きつけられた。
屋根瓦を破壊して、そのまま下の部屋に落下したシャキンは、受け身を取る暇さえない。
幸い、下にベットがあったのと、そこに人が寝ていなかったおかげでシャキンは余計な怪我を負わずに済んだ。

すぐに立ち上がろうと試みるが、思いとは裏腹にシャキンの体が言うことを聞かない。
おそらく、脳震盪でも起こしたのだろう。
兎にも角にも、ヒートの元に行き、手早く決着をつける。
その後にロマネスクから仰せつかった仕事を完遂すれば、この素晴らしき抗争も幕を閉じるのだ。

ふと、建物が揺れた。
次の瞬間、シャキンがいた二階は一階になっていた。
起こった事態を把握しようとしたシャキンの眼に、槍を構えたヒートの姿が映る。
それを見て、シャキンは理解すると同時に恐怖した。

 よりにもよってあの女、槍で建物を切り裂きやがった?!

薙いだだけでは建物を切断するなど、不可能だ。
だが、ヒートはそういった物の尺度で測れる女ではない。
それでもシャキンは、恐怖を知っても引きはなかった。
ここで引いたら、シャキンにある矜持が音を立てて崩壊してしまうからだ。

31 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:23:01.34 ID:nV3Ex//30
(;`・ω・´)「じゃああああああああ!!」

咆哮を上げ、シャキンは立ち上がった。
その咆哮は手負いの獣を彷彿とさせるが、ヒートの存在は手負いの破壊神以上の物だった。
今出せる全力の加速で踏み込み、建物を飛び越えてヒートの元に降り立った。
不覚にも着地したその場で、シャキンは思わずよろけてしまった。

次の瞬間には、シャキンの喉元に冷たい感触。
見上げると、そこには微笑を浮かべるヒートの姿が。

ノパー゚)「楽しかったよ。 久しぶりに楽しめた。
     あんたの敗因は、両手を最初から使わなかったことだ。
     勝負はいつでも全力でしなければ意味がない。
     分かるか? 驕りは死を招く。
     ま、次の機会に期待してるよ」

ノパ听)「次があれば、の話だがな。
     じゃあな、シャキン」

途端に憮然とした声色になったヒートは、何を思ったのだろうか。
それはまるで、遊び相手がいなくなった子供のような寂しげな声。
その声が生涯最後に耳にする音ならば、決して悪くない。
そう思ってシャキンは深く息を吐き、笑みを浮かべて目を閉じた。

(`-ω-´)「ヒート、あんたに逢えてよかった。
      あんたみたいな女に殺されるなら、本望だ」

ヒートが微かに笑ったのは、幻聴だったのだろうか。
ゆっくりと槍が持ち上げられ、刃が空気を切る音が聞こえる。
そのまま刃は音速を超えて―――

32 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:24:30.32 ID:nV3Ex//30
血の糸を引きながら、首が宙を舞った。

(`・ω-´)「ん?」

いつまでたっても自分の首が切り飛ばされないことを不審に思い、シャキンはうっすらと目を開けた。
そこにいたのは、真紅の鎧をまとう一人の乙女。
そして、彼女を取り囲むように50人近くの男たちが下品な笑みを浮かべている。
各々が手にしているのは大型ナイフや、自動小銃、あまつさえRPG-7を携行している者さえいた。

( `一´)「一人殺されたが、この女は殺すには惜しい体してるな…」

( `ー´)「へへへ、コスプレ女かよ! 一皮むいて食っちまうか?」

その風体から察するに、男たちは水平線会のならず者たちであることは間違いなさそうだ。

( `2´)「馬鹿! 剥いたらうまさ半減だろ?!」

( `3´)「ふひひひ! まずは俺から…」

ヒートの腕なら、その場を打開するなど簡単だろう。
だが、ヒートが抵抗していない理由に、シャキンは言葉を失った。
シャキンの頭に突きつけられている無数の銃口、つまり、ヒートはシャキンの為に抵抗していないのだ。
先ほどまで命のやり取りをしていたのに、なぜ自分を庇う必要があるのか?

33 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:27:50.98 ID:nV3Ex//30
(;`・ω・´)「そ、その人に手を出すな!」

どうにか言葉を紡いだシャキンに、周囲にいた男たちが卑劣な笑みを浮かべる。
声を荒げて笑うものまでいて、シャキンの心のブレーキが壊れるのも時間の問題だろう。
しかし、ヒートはそんなシャキンを見やり、屈託のない笑みを浮かべた。

ノパ听)「シャキン。 静かにしてろ。 いいな? これからあんたの目の前で何が起ころうとも、静かにしてるんだ」

まるで、これから何が起こってもすべて受け入れるようなその笑みは、シャキンの心に何かを植え付けた。
シャキンは情けなさと申し訳なさで涙を流した。
この後ヒートに群がるであろう下劣漢どもを睨みつけ、シャキンは命を投げ出す覚悟を決める。

( `3´)「へへへ、"鉄足"のシャキンもこうなると情けないなぁ、ええ? おい」

ヒートを取り囲んでいた男の一人が、倒れ伏しているシャキンの目線に合わせてしゃがみこむ。
唾を吐きかけ、シャキンの髪を掴んで顔を持ち上げた。
今すぐ殴りたくなるような笑みを浮かべ、男はもう一度シャキンに唾を吐きつけた。

( `3´)「じゃ、そろそろお楽しみの時間と行こうか」

男が思い出したように、ヒートに視線を移す。
なめ回すようにヒートの体を眺め、チャックを下ろして汚れた肉棒を取り出した。
その後はシャキンが目を逸らしたくなるような光景が繰り広げられた。
劣情に駆られた獣が、牙をむき出しにして笑う。

34 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:31:28.62 ID:nV3Ex//30
乱暴に髪を掴まれ、無理やり地面に叩きつける。

「痛いのは最初だけだって、ほら?! なぁ?!」

荒い息を上げながら、己の内に眠る欲望を解放する。
乱暴に裂いた衣服を周囲に投げ捨て、声を上げるたびに顔を殴る。
ひとしきり殴ったせいで、余計に悲鳴を上げた。

「ぎゃあぎゃあ五月蠅いんだよ、黙ってろ!!」

トドメとばかりに思い切り顔を殴り、目が虚ろになってしまった。
それはそれでよしとして、顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
汚れた手が、胸を乱暴に掴む。

「へへへ、結構でかいじゃねえか… こいつは揉みがいがあるぜ!」

口からだらしなくよだれを垂らし、虚ろな目が虚空を眺めている。
そして、指先が掴んだそれを、無慈悲に握りつぶした。
流石にそれで目が覚めたのか、次に上がったのは絶叫だ。

次に起きたことはもっと悲惨だった。
強引に裂かれた脚の付け根からは、赤い血が出ている。
それを見て、醜悪な笑みと笑いが上がった。

「ははは! 見ろよ、こいつ……」

やがて、それまでの前戯が終わり、真の地獄絵図が繰り広げられた。
汚れた棒が次々と肉の壁に抜き差しされ、苦悶と苦痛、そして恐怖の表情が浮かんだ。
目に涙を浮かべる表情にそそられ、思わずおぞましい笑みがこぼれた。

36 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:34:06.82 ID:nV3Ex//30
「いいねぇ、その表情! たまらないよ!」

「あー、気持ちいいねぇ! こういうのを蹂躙するのって、精神的にも肉体的にも!」

全員の相手が終わった頃には、ヒートの瞳に光は宿っていない。
それは虚無とも受け取れるし、一線を超えた者の瞳にも見える。
何事もなかったかのように、ヒートがシャキンの元に歩み寄ってきた。

ノパ听)「おい、シャキン。 生きてっか?」

ようやく光の宿った瞳でシャキンを見下ろすヒートは、シャキンが初めて会った時と同じ様子だ。
むしろ、どこかさっぱりしたような顔をしていた。

(`;ω;´)「う…うぅぅ」

ノパ听)「なぁに泣いてんだか」

大人げなく泣くシャキンの頭を撫でまわし、ヒートはぶっきらぼうに呟いた。
シャキンの視線が自らの体に注がれていることに気づき、納得した。
こんな姿を見せていれば、シャキンが泣くのも分かる。
それでヒートは、体中に付着した液体を見て、照れくさそうに笑った。

ノハ*゚听)「あぁ、これか? 気にすんなって。
      あたしは人一倍丈夫だからさ」

(`;ω;´)「そうじゃない…!」

そう言って、シャキンはヒートにすがる。
それを拒むことなく、ヒートはゆっくりとシャキンの言葉の続きを待つ。

38 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:37:41.76 ID:nV3Ex//30
(`;ω;´)「何で、なんでそんなに…」

(`;ω;´)「何でそんなに強いんだよ! 優しいんだよ!」

泣きながらもどうにか言葉を発したシャキンを、静かに見下ろすヒートの瞳には慈母のような優しさが宿っていた。
まるで自分の子供か、弟を見るようなその視線の正体に、シャキンが気付いたかどうか。

ノパ听)「……あんた、勘違いしてるよ。
     あたしは強くなんかない、むしろ弱いくらいさ」

ノパ听)「そもそも強いってなんだ? 腕力か? 知力か?
     富か? 名声か? 地位か? 権力か? 精神力か?
     正解はどれもあってるし、どれも間違ってる。
     強いってのは、その人の価値観で決まるもんだ。

     あたしの価値観では、あたしはまだ弱い。
     まだあたしには、一つ足りないものがある。
     それを手に入れるまで、あたしは弱いままさ」

ノハ*゚ー゚)「と、こんなもんだ」

そう言ってヒートは、どこからか取り出した黒い外套で体全体を覆い隠す。
落ちていた槍を手に取り、ヒートは立ち上がった。
改めて、シャキンはヒートの強さを認識した。

39 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:42:11.75 ID:nV3Ex//30
――三十分前――

チャックから一物を取り出した男が、ヒートを押し倒そうと手を伸ばす。
少なくともこの時は、男たちの誰もがヒートを凌辱することだけを考えていた。
もし、一人でもヒートの動きに気付けた者がいたのなら、この後に繰り広げられた地獄絵図は回避できたかもしれない。
如何せん、水平線会の荒巻の配下の多くが、ヒートの実力を見定める実力を持ち合わせていなかった。

一物を取り出した男の手が、ヒートの肩に触れる直前、まるで魔法のように男が倒れ伏していた。
ヒートが男の髪を掴んで、地面に顔から叩きつけたことなど、常人の視力で視認することすらままならなかった。
どれほどの力で叩きつけられたのだろうか、少なくとも分かるのは、ヒートの腕力が常人以上であることだけだ。
スイカを地面に叩きつけたかのように、男の顔が弾けていた。

咄嗟に喚こうとした別の男がいたが、それが間に合うはずがない。
顔を鷲掴みにされて、そのままの勢いで前の男同様、後頭部から地面に叩きつけられた。
今回は若干弱めに叩きつけられたため、男は口から血反吐を吐くにとどまる。
内心、一撃で殺されなかったことに感謝したことを、男はすぐに後悔することになる。

41 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:43:11.65 ID:nV3Ex//30
ノハ ゚∀゚)「痛いのは最初だけだって、ほら?! なぁ?!」

あえて殺さない程度に叩きつけたことが、ヒートの考えであることを理解したのは直後のこと。
馬乗りになり、男の衣服を乱暴に引き剥がす。
男が呆気にとられている間に、ヒートの繊手が男の胸元に伸びる。
男の肌に指が触れたと思った瞬間、繊手は止まることなく男の肌を、骨を貫いた。

(;`一´)「ぎゃああああああああああああああああああ?!」

絶叫を上げる男を尻目に、ヒートの繊手は男の心臓まで伸ばされる。
ガントレットをつけているにもかかわらず、ヒートの指はスムーズに肉を抉った。
そして、男の絶叫にヒートが拳を混じらせて答えた。

ノハ ゚∀゚)「ぎゃあぎゃあ五月蠅いんだよ、黙ってろ!!」

その一撃は、顔の形が変形するのではないかと思うほどの物だった。
それを十発近くも入れられては、流石に絶叫を上げるどころではない。
目が虚ろになり、よだれを垂らす男が静かになったところでヒートはそれまで中断していた作業を再開した。
ガントレット越しにも伝わる血の温もりに、ヒートの心は高鳴る。

42 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:44:41.63 ID:nV3Ex//30
ノハ ゚∀゚)「へへへ、結構でかいじゃねえか… こいつは揉みがいがあるぜ!」

そういって、ヒートは鷲掴みにした心臓を握りつぶす。
握りつぶした瞬間、男の顔の穴という穴から血が噴き出た。
不気味に痙攣をおこし、男はそのまま動かなくなった。
ゆっくりと繊手を引き抜き、ヒートは邪悪な笑みを浮かべた。

ノハ ゚∀゚)「楽しい時間を、始めるぞおおおおおおおおおお!!」

その地獄の開始宣言と共に、男たちはようやく得物をヒートに向ける。
だが、男たちは結局一発の弾丸も撃つことは無かった。
それまで銃口の先にいたヒートの姿が目の前から消失していることに気づいた時には、一番大柄な男がヒートの拳一つで顔を吹き飛ばされていた。
その場で強く地面を蹴り、ヒートが加速状態に入る。

素早く別の男の足もとに低い姿勢のままで入り込み、ヒートはシャキンが見せたのと同様の蹴り技を見舞う。
両腕の力が加わったその蹴りは、シャキンの物よりも遥かに威力があっただろう。
流石のシャキンも、蹴っただけで人体を木っ端みじんにすることはできない。
まるで爆弾の直撃を受けたかのように弾け飛んだ男の血と肉片が、周囲にいた男たちに降り注ぐ。

43 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:46:10.71 ID:nV3Ex//30
すでにシャキンの事など眼中にないのか、男たちの顔には一片の余裕もない。
いつの間にか、男たちの最も密集していた場所に出現したヒートは、両手を軸に、まるでコマのように両足を広げて蹴りを見舞った。
それはさながら台風のようであったが、台風とは決定的に違う部分があった。
本物の台風は、実体を持たないのだから。

暴力の颶風と化したヒートは、出し惜しみのない一撃を次々と繰り出す。
腰が抜けたのか、一人の男が無様に倒れていた。
屈託のない笑みを浮かべ、ヒートはその男の両足首を掴む。
何をするのかと思った瞬間、男は生涯最後の激痛を味わうことになった。

掴んだ両足を、容赦なく左右に伸ばす。
生きながらに引き裂かれる男は、失禁してしまっていた。
あえてゆっくりと引き裂くヒートの目には、悪意は宿っていない。
股から血と言わず、グロテスクな内臓器官が抉り出ている様を眺めるヒートの眼に宿るのは、純粋な炎だ。

ノハ ゚∀゚)「ははは! 見ろよ、こいつ漏らしてやがるぜ!」

男が失禁しているのを見咎め、ヒートが声を上げて笑う。
そして、男を投げ捨て、ヒートは近くにあった標識に手を掛ける。
軽くひねっただけで根元から引きちぎれた標識は、長年掃除されていなかったのか、汚れていた。
それを頭上でバトンのように振り回し、ヒートは標識を槍のように構えた。

44 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:48:05.37 ID:nV3Ex//30
気がつけば、その標識には三人の男が串刺しにされている。
何が起きたか理解できないままの男たちだったが、体は痛みに涙を流していた。
口を震わせ、何か言葉を紡ごうとする男を、標識ごと引き寄せ、ヒートは笑みを浮かべた。

ノハ*゚∀゚)「いいねぇ、その表情! たまらないよ!」

そのまま、標識を引く抜き、別の男たちをまとめて突き刺す。
やがて、標識の方が持たなくなり、ヒートは舌打ちと共に標識を投げ捨てた。
体中に飛び散った血を拭うこともせず、ヒートはそのまま残った男たちを殺戮すべく、踏み込む。
その地獄の始終、ヒートは顔に笑みを浮かべたままだ。

ノハ*゚∀゚)「あー、気持ちいいねぇ! こういうのを蹂躙するのって、精神的にも肉体的にも!」

狂ったように笑いを上げ、ヒートは死体の山を足場に雄叫びをあげた。
呪われた獣の雄叫びを、シャキンは呆気にとられて聞いていた。
そのシャキンに気づいたのか、ヒートの目がシャキンの姿をとらえる。
少女のように笑みを浮かべるヒートの目には、光が宿っていない。

――現在に戻る――

46 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:50:53.29 ID:nV3Ex//30
ノパ听)「あんたは今は生かしておくよ。
     でもね、次に会う時にまで強くなってなかったら、あたしは容赦なくあんたを殺す。
     じゃあな、シャキン」

そう言って、ヒートがその場を去ろうとしたとき、シャキンは無意識のうちに呼び止めていた。
何を思ったのか、シャキンはヒートの腕を掴み、懇願するように見上げている。

(`・ω・´)「それは無理だ、俺はもう強くなれない…
      だけど、俺はあんたを支える柱になりたい!」

ノパ听)「はぁ? 何言って…… いや、まてよ…」

シャキンの咄嗟の告白に、わずかに眉をひそめたヒートだったが、直後には何か考え込む仕草を見せている。
たっぷり5分は考え込み、ヒートは顔を上げてシャキンの眼を見た。
その眼差しを受けてしまったら、視線を外せる者などいないだろう。
吸い込まれるような錯覚を抱きながらも、シャキンはどうにかヒートの言葉に耳を傾ける余裕を持つことができた

ノパ听)「あんた、あたしに足りないものが何か、分かるかい?」

ヒートがどんな無理難題を吹っかけようと、シャキンには答える自信があったが、こればっかりは予想していなかった。
確かにヒートは先ほど、自分には足りないものがあると言った。
しかし、その正体についてはまだ何も言っていない。
だから、ヒートの質問に答えられるわけがない。

47 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:53:10.54 ID:nV3Ex//30
とはいえ、ヒートが何かしらの答えを待っているのも事実だ。
ここで下手な答えをすれば、シャキンはヒートを支えられなくなる。
長考することで正解にたどり着くとは思わない、だから、正直に言うことにした。

(`・ω・´)「分からない。 俺はあんたじゃないし、それは個人の考えだからな」

その答えを聞き、ヒートはびっくりしたような顔をした。
やがて、何かを悟ったかのような笑みを浮かべて、シャキンの元に歩み寄ってきた。
ガントレットを外し、ヒートの細い指がシャキンの頬をなぞる。
形を確かめるように撫で、そしてヒートの指がシャキンの顎を上げた。

ノパー゚)「上出来、上出来。 そんないい子にはご褒美をあげよう」

次の瞬間、シャキンの左足に激痛が走った。
歯を食いしばって苦悶の声を上げるのをどうにか抑え込み、左足を見やる。
シャキンの左足は、太ももから先が血に染まっていた。
そして、太ももから先が無くなっていた。

ノパ听)「いいかい? これは契約だ。 あんたにはあたしの足りないものになってもらう。
     だからその代り、あんたをあたしの支えにしてやる。 あたしは不器用だからね、こんなことしかできない。
     この脚はあたしが預かる。 あたしの支えとしてね」

そう言って、ヒートは自身の左足に着けていた脚甲をシャキンに手渡した。
西洋の騎士が身に着けるようなそれは、それまで真紅に染まっていたにもかかわらず、シャキンに手渡された時には白銀になっている。
それを胸に抱き、シャキンは震える声でどうにか言葉を紡いだ。

48 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:54:06.16 ID:nV3Ex//30
(`・ω・´)「分かった… 俺の左足を、あんたに預ける……
      あんたに何かあれば、俺は命がけで……」

ノパ听)「命を懸ける必要はない。 命は賭けるだけでいい」

ノパ听)「あんたとは、近々会える日が来ると思うよ…」

ヒートの言葉に合わせて、周囲に都の名物である濃霧が発生し始めた。
そう言って、ヒートは今度こそ濃霧の中に消えていった。
その日、長きに渡る抗争は幕を閉じ、裏社会にも一時の平穏が訪れた。
シャキンは抗争終結と共に、ロマネスク一家を抜けた。

そして、長年の趣味であったバーをロマネスク支援の下、見事に建てた。
バーボンハウスの開店から、一ヶ月後のある日、シャキンは開店前の店内でグラスを磨いていた。
一人しかいない店内にはグラスを磨く音しか聞こえない。
それを聞くのもシャキン一人、案外悪い気分ではない。

(`・ω・´)「もう一ヶ月か…」

一人ごちたシャキンは、天井を見上げる。
面白味こそは無いが、木造りの温もりのある天井を見上げ、シャキンはヒートと会った日の事を思い出していた。
かれこれ一ヶ月も逢っていないため、シャキンはヒートの事が恋しくなりだしたのだ。
思わず涙を流し、シャキンは自分の中にある感情に初めて気づいた。

―――恋、である。

49 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:54:49.23 ID:nV3Ex//30
(`;ω;´)

 会えないのがこんなに苦痛なのか? 声が聞けないのが苦しいのか?
 あの人に逢って、自分の作った料理を食べてもらいたい。
 とにかくあの人と一緒の空間にいたい。
 それだけで、私の心は満たされるのだ!

シャキンがそんな感慨に耽っていると、唐突に店のドアがあけ放たれた。
咄嗟にドアの方を見やった時には、シャキンの眼に浮かんでいた涙は消えている。
ドアのそばに立っていたのは、一人の布だった。
正確にいえば、その人は頭から草臥れた布を被り、顔の様子がうかがえない。

(`・ω・´)「お客さん、まだ開店時間じゃないですよ?」

( )「構わん。 酒と肉、それと飯をくれ」

その声を聞いた瞬間、シャキンはもう一度目に涙を浮かべた。
鉄の義足を鳴らしながら、"彼女"に駆け寄る。
泣きながら近づいてくるシャキンに、女は身じろぎ一つしない。
そして、シャキンが目の前まで来たとき、女は頭にか被っていたフードを外した。

ノパ听)ノ「よっ」

そこにいたのは紛れもなく、シャキンが出会った時と同じ姿をしたヒートだった。
流石に鎧は纏っていないが、その美貌は全く同じだ。
純粋な笑みを浮かべ、ヒートはシャキンの頭を撫でくり回す。
その図は、とても奇妙なものだ。

50 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:56:09.77 ID:nV3Ex//30
ヒートの身長は、シャキンより頭一つ分小さい。
だからヒートは、背伸びをしてシャキンの頭を撫でているのだ。
ヒートの体から漂うのは、血や硝煙の匂いではなく、紛れもなく女の匂いだ。

(`;ω;´)「えぐっ、えぐっ…
     もう、逢えないものかと…」

ノパ听)「……」

自分より身長の高いシャキンを見上げ、ヒートは撫でていた手をどかした。
そして、ヒートの手がシャキンの首に回される。
そのまま引き寄せ、ヒートはシャキンの顔を自らの顔に近づける。
瞬きの音さえ聞こえてしまうほどの距離まで近づけ、ヒートの顔が赤らむ。

雰囲気を読んで、シャキンは眼を閉じた。
ついでに、歯を食いしばることも忘れずに。

ノハ#゚听)「いつまで泣いてるんだあああああああああああ!!」

強烈な頭突きに、シャキンは思わずのけぞった。
そのまま、前のめりに倒れこむ。
その時にシャキンはようやく気付いた。
このまま倒れこんだら、待っているのは―――

柔らかい感触が、シャキンの顔を包んだ。
それがヒートの胸であることは、言うまでもない。

――【シャキンの過去編】――了

52 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:56:58.94 ID:nV3Ex//30
【('、`*川「もしもし、デレデレ様ですか?」

病院から少し離れた公園で、ペニサスは携帯電話を片手に、デレデレに電話をかけていた。
グレーのスーツを隙なく着こむその姿は、OLと見間違えるどころか、女社長と見間違えるほどだ。
周囲に煙草の吸殻が散乱するベンチに腰掛け、ペニサスは組んでいた脚を変える。
少し離れた場所にあるベンチでは、イヤホンを耳に付けた浮浪者のような男がチラチラとペニサスを見ていた。

【(゚ー゚*ζ『そうよ〜。 どうしたの、ペニ?』

電話越しにも伝わる甘い声は、ペニサスの心を震わせた。
息が荒くなるのを我慢し、ペニサスはいつもと変わらない口調で答えた。

【('、`*川「いや、あの…… ですね、その… 御声が聞きたくなりまして…」

【(゚ー゚*ζ『あらあら、随分大胆な発言ね。 嬉しいわぁ。
      ところで、今どこにいるのかしら?』

【('、`*川「……バベルの塔のどこかです」

【(゚ー゚*ζ『……分かったわ。 また後で』

そう言って、デレデレから電話が切られたのを確認し、ペニサスはため息をついた。
季節が変わり、少し寒くなりだした都の空は、相変わらずの曇天だ。
ペニサスの吐いた白い息が、空に吸い込まれていく。

('、`*川(……心理戦に備えて、準備していた意味はあったようね)

心の中でそう呟き、ペニサスは公園を見渡した。
少し離れた場所にあるベンチでは、あいも変わらず男がイヤホンを耳につけ、寝転がっている。
新聞紙で顔を隠してはいるが、ペニサスには男の目的が解っていた。

53 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/31(水) 23:58:11.74 ID:nV3Ex//30
('、`*川(盗聴とは、いい趣味とは言えないわね)

足元に落ちている煙草の吸殻。
それはただの吸殻ではない。
吸殻に偽装した盗聴器であることなど、このベンチを見た時点で気が付いている。
その為、ペニサスは盗聴者に疑われないように自然なそぶりで電話をしたのだ。

ただし、きちんと当初の目的を含ませて。
無論、それを気取られないような工夫は事前に打ち合わせ済みだ。

ペニサスがごくごく自然に言った"御声"の"お"は、対象の情報を意味する。 もし何もなければ、"声"だけでいいのだ。
そして、デレデレがさりげなく言った場所の確認は、その対象の場所を確認するものだ。
ペニサスが言ったバベルの塔は、ラウンジタワーを指し示す。
つまり、対象者の居場所はラウンジタワーであることを意味しているのだ。

その対象者は、ギコが探していた男。
歯車王暗殺に関与し、失踪した―――

裏切り者、モララーである。


第二部【都激震編】
第四話 了


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