( ^ω^) ブーンが雪国の聖杯戦争に挑むようです

234 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:11:50 ID:QCpLB3rI0

夜の帳が落ちた札幌市東区、その片隅にある公園で小さな光が灯る。
遅れて乾いた音が響き、大柄の少年の足元に火花が散った。

(;^ω^) (本当に撃ってきたお!!)

少年、ブーンはロマネスクとの稽古で火照った身から、
血の気が引いていく感覚を味わう。

恐怖によるものだ。

( ゚_ノ゚) 「……」

軍服姿の男は構えていたワルサーの照準を修正し、
素早くブーンの額へ狙いを定めていく。

ξ゚听)ξ 「あら、威嚇する必要はないのよ。英霊さん?」

引き金にかけられた指を注視し発砲の間際にブーンが飛び退いたことは、
ツンの目にも明らかなことであったが、意地悪くサーヴァントへ激を飛ばす。
英霊とのみ呼んでクラス名を伏せる抜け目無さは周到であると言えよう。

(;^ω^) (飛び道具? ってことはアーチャーかお?)

短絡的な思考でクラスを結びつけるが、「いや」と否定する。

アーチャーは自分が召喚したはずだ。
同じクラスのサーヴァントが召喚されることはない。
ではこの英霊は一体どのクラスに該当するのか?

235 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:13:23 ID:QCpLB3rI0

戦場に初めて入り込んでしまった緊張感とツンの言動が、
ブーンを当惑させ冷静な思考能力を奪っていた。

( ゚_ノ゚) 「貴様、何故サーヴァントを呼ばない?」

剥き出しの銃身が踊り、ワルサーの銃口がブーンを捉える。
雪の敷積もった足元には穴があり、弾丸が減り込んでいた。

一瞬、ほんの一瞬反応が遅ければこれが額に風穴を空けていたことだろう。
明確な殺意を以って放たれた弾丸はブーンの背筋に何か冷たいものを走らせる。
心臓は早鐘を打ちサーヴァントの口の動きがやけに緩慢に見えた。

何故サーヴァントを呼ばないのか。
違う、呼ばないのではない。呼べないのだ。

アーチャーの作戦が裏目に出てしまったことで生じた自体に、
怒りとも恐怖ともつかぬ感情が湧いてきた。
助けがくることはない。令呪を使えば、話は別であるが。

目前には規格外の魔力の集合体であるサーヴァントとそのマスター。

ツン一人ならまだしも、魔力そのものとも呼べるサーヴァントに、
人間であるブーンが行使できる魔術程度で、傷を負わせることなど、
ましてや倒すことなど不可能だ。

銃撃は外れたが、そんなものに攻撃されたという事実は、
ブーンを恐慌状態に至らせるに充分だった。

令呪を使用するという考えも、吹き飛んでしまう。

236 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:15:25 ID:QCpLB3rI0

(;^ω^) 「うぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

磨いてきた魔術も拳法もサーヴァントには歯が立たない。
絶対に敵わぬ敵を前にしてブーンは背を向けて逃げ出す。

今の彼に魔術師としてのプライドなど微塵もない。

策などでもなく、ただの恐怖による逃亡だ。
圧倒的に己を上回る力量を持ち決して倒せぬ敵は恐れそのものである。

相対した者は逃げるか許しを請うか、
全てを諦め黙って命を差し出すかの選択しか与えられない。

勝算のない戦いを挑む者がいようものか。
逃げ出した彼を嘲笑うことなど出来やしない。
死を受け入れず足掻いてみせただけでもブーンには勇気があったと言えよう。

(;^ω^) 「ツン、やめてくれお! 僕達が戦う必要なんてないんだお!!
       同じお菓子食べて一緒に本を読んでた、ツンちゃんじゃないのかお!?」

そして彼には、停戦を申し込むだけの勇気すらもあった。

ツンと殺し合うなど、耐え切れなかったのだ。
敵意による恐怖を跳ね除けて、精一杯心の叫びをブーンは上げる。

237 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:16:51 ID:QCpLB3rI0

ξ )ξ 「……無様ね、ブーン」

しかし思いの丈は彼女には届かなかった。
むしろこれは、ツンからしてみれば決闘に対する侮辱ですらあった。
夜の海の如き暗さに沈んだ少女の表情は、

ξ#゚听)ξ 「命乞いとはッ!!」

瞬く間に憤怒の色に染まり、背を向けるブーンに罵声を浴びせて右腕を構える。
アミュレットが煌き魔力回路が巡って手のひらへと集約されていくと、

ξ゚听)ξ 「get―――set」

詠唱。

次いで甲高い音が響く。
銃声にも似たそれに遅れて火球が右手から放たれ、ブーンに襲いかかった。

238 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:17:47 ID:QCpLB3rI0

(;^ω^) 「ッ!?」

背後から迫る熱気に、彼女の扱う魔術を知悉していたブーンは身を崩し、
慌てて転げていくと先程まで頭のあった位置へと、火球が過ぎ去っていく。

安堵の息をつく間もなく、立ち上がって走り去ろうとするが、

( ゚_ノ゚) 「マスター、威嚇する必要はないんだぞ!?」

銃声が響いた。

(;^ω^) 「ぐっ!!」

起き上がろうとしていたブーンは雪の上で尻餅を突いてしまい、遅れて痛みを感じる。

右足を撃たれたようだ。制服のズボンには黒いシミが広がっており、
弾丸は脛の肉を打ち破って骨を砕いていた。

その部分だけ火鉢を押し付けられたような高熱を感じる。
あまりの衝撃に痛覚が麻痺してしまったのだ。

だが、徐々に正常な働きを取り戻してきた神経は、
強烈な痛みをブーンへもたらしていく。

(  ω ) 「あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

これまでに感じたことのない激痛に、ブーンは涙をこぼしかける。
打ち身や骨折ならば稽古や試合で何度も経験してきたが、
銃で撃たれるなど銃社会でもない日本で経験できるはずもない。

239 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:19:02 ID:QCpLB3rI0
銃傷にもだえる彼へ、ツンとライダーはゆっくりと、
確実に追い詰めるかのように近寄っていく。

彼らの足音はブーンにとって、死刑囚が絞首台から聞く処刑人の足音も同義であった。
人間の脚力などでサーヴァントから逃れようという考え自体が無謀だったのだ。
百戦錬磨の英霊にとって背を向けて逃げ出す獲物の、何と狩り易いことか。

ξ゚听)ξ 「サーヴァントも連れず……アンタ、私をどこまで馬鹿にしたら気が済むの?
      失望したわ、ブーン。シャキンおじ様もきっと悲しまれることでしょうね。
      お父様の娘である私と、息子であるアンタとの決着が、こんな無様なものになるなんて」

冷徹に見下ろしたツンは、手で銃を形作り銃口をブーンへ向ける。
魔力が指先へと、高度に圧縮されていくのがブーンにもわかった。

ξ゚听)ξ 「これで……おしまい……」

火球が現れ、魔力の流れが止まる。後は放つのみ。

(;^ω^) 「ツン……」

死の際というものはこんなにも静かなものなのだろうか。
ブーンの心は不気味なくらいに穏やかで、何の感情も湧いてはこなかった。
ツンが行使した火の魔術が自分へ襲いかかるというのに、まるで他人事のようにしか映らない。

あぁ、あれが己を焼き尽くすのだろう。
そう傍観することしか今の彼にはできなかった。

ξ゚听)ξ 「……"ライダー"。殺って」

炎で構成された球体がぼっと音を立てて消えていき、ツンはサーヴァントを呼んだ。

240 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:20:29 ID:QCpLB3rI0
( ゚_ノ゚) 「手を汚すのが怖いか?」

ξ゚听)ξ 「そんなわけ、ないじゃない。魔力を温存しておきたいだけよ」

( ゚_ノ゚) 「ならば……」

ライダーと、最後にクラス名が明らかになった死刑執行者は、
ブーンの額へと銃を押し当てて引き金に指をかける。
茫然自失となったブーンにもはや、アーチャーを令呪を使用して呼ぶという考えはなかった。

ただ死を受け入れるだけの家畜である。

( ^ω^) (……ごめんお、とーちゃん)

死の直前に脳裏を過ぎったのは父の顔だった。

( ゚_ノ゚)

だが彼の目に写っている者は軍服姿のサーヴァントである。
押し付けられた拳銃の重みが、ブーンに死を予感させた。
続けざまに胸を突く思い出が蘇る。

*( )*

それは後悔の記憶―――

魔術でも救えぬ物があると、幼心に刻みつけられたトラウマ。
無意識ながらも、彼の"人々を救いたい"という想いに駆られる、要因となった出来事。

失われてしまった友人の顔が心の奥底で浮かび上がり、

241 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:22:13 ID:QCpLB3rI0

(#^ω^) 「ッ!!」

気づけばブーンは動き出していた。
起き上がりに生じる臀力に乗せた右の拳が風となり、ライダーの頬を捉える。
渾身のストレートがぶちかまされた。

が、拳に感触は無く、しかしライダーは宙を飛んだ事実に変わりはない。
何故拳が空を切ったというのに奴は飛んだのか?

答えは遅れてやってきた音によって明かされる。

銃声だ。

その時、ブーンの脳裏には声が聞こえてきた。
サーヴァントとマスターのみが行える念波による交信である。

(<`十´> 『待たせたな、マスター』

(;^ω^) (アーチャー!?)

ξ゚听)ξ 「何っ!?」

凍てついた空気が震え、高い高い音が彼方より張り詰めていくが、
飛び上がったライダーはツンを抱えて駆け出し、
積もった雪の飛沫が足元で爆ぜる。

銃声のした方角を見やったライダーは目を鋭くして、

( ゚_ノ゚) 「サーヴァントを呼んだのか?」

242 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:25:21 ID:QCpLB3rI0

ξ;゚听)ξ 「違うわ、ライダー。令呪を使ったわけじゃないわ。
        敵サーヴァントは私達が隙を見せるのを待っていたのよ!」

銃声一つでサーヴァントと断じるのは早合点とも取れるが、
何が起きるかはわからぬ戦闘において、
常に最悪の状況を想定しておくほどの用心深さは必要不可欠である。

そしてその用心深さからくるツンの判断は、正しかった。

同時に自らの浅はかさに冷水を浴びせられた。

ブーンはサーヴァントを隠し、ライダーのマスターであるツンが無防備になったところを狙撃させ、
勝負をつけようと策を練っていたのだ。サーヴァントを出さぬのは別行動をとっているのか、
あるいは戸惑いによるものなのかとツンは"思わされて"しまっていた。

先日から、いや、ここ数年のブーンの態度、
それすらも己を欺くための演技だったのだとツンは彼の狡猾さを思い知る。

ξ゚听)ξ 「どうやら私は貴方を過小評価していたようね……ブーン。
       貴方は私と同じ、ここからは一人前の魔術師として扱わせて貰うわ」

しかし、こうなっては下手に行動を取れない。
真っ先にブーンを仕留めようにも、敵は狙撃が可能なサーヴァント。
恐らくはアーチャーかキャスターのクラスだ。

ライダーにも先程の狙撃のみでは位置を割り出せないらしく、
彼はツンの目を見ると首を横に振った。

膠着状態と言えよう。

243 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:26:50 ID:QCpLB3rI0

張り詰めた空気がピリピリとツンの肌を刺激していき、
次の一手を目まぐるしく頭の中で探っていく。

撤退すらも、既に選択肢の一つとして浮かび上がっていた。

(;^ω^) 『アーチャー! 今までどこに!?』

ツンの焦燥を知る由もなく、ブーンは魔力のパスが再び繋がった、
どこにいるかもわからぬアーチャーへ念によって問う。

(<`十´> 『そんなことより目の前の状況に集中しろ。
      間一髪だった。お前がそのままジッとしてれば仕留められたものを……』

(#^ω^) 『いるならいると言えば―――』

(<`十´> 『マスターに知らせれば勘付かれていた。演技が出来る人物でもあるまい。
      良いから集中しろ、先ほどのように。敵はこちらの位置には気づけん。
      イニシアチブはこちらが取ったが、依然お前が無防備であることに変わりない』

(<`十´> 『ゆっくりと、そのまま敵から目を離さずに後退しろ。
      敵の出方を探り、追ってくるのならば仕留める』

( ^ω^) 『追ってこなかったらどうするんだお?』

(<`十´> 『家へ帰れ。マスターが逃げれば敵も今夜は下がるだろう。
      奴らからすれば、お前のサーヴァントのクラスが絞れただけでも大した情報だ。
      だがそうはいかん。私が撤退する敵を追跡し、仕留める』

244 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:36:10 ID:QCpLB3rI0

(;^ω^) 『仕留めるって、ツンは……』

口に出しかけたところで、ブーンは躊躇った。
攻撃してくるのならばと先程は無意識で拳を振るったが、
平静を一度取り戻すとやはり、ツンを傷つけたくはないという気持ちが勝ってしまう。

(<`十´> 『知っているさ。夕刻の会話、聞かせて貰ったぞ。だから私がここにいる』

アーチャーは彼らの関係を知った上で今夜、現れた。

ブーンの気持ちをよく理解し、利用してこの戦法を取ったのだ。
聖杯を掴み取る為に召喚に応じ契約を交わすサーヴァント。
そして聖杯を欲するマスター。

あらゆる願いを叶えるという聖杯を手にする為に呼ばれ、
自らにも求める理由があるからには、己の"任務"を最大限に全うするのみだ。

サーヴァントとはそういうものなのだ。
6人の魔術師とサーヴァントを討ち取るマシーンなのだ。
私情などを挟むブーンはアーチャーに蔑まれて当然である。

聖杯戦争を勝ち抜くべくアーチャーという武器を手にしたのは彼なのだから。

(;^ω^) 『アーチャー!』

245 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:39:10 ID:QCpLB3rI0

(<`十´> 『恨み言を聞いてやる時間はない。下がれ』

(;^ω^) 『くっ!!』

苦虫を噛み潰したような表情でブーンは一歩下がっていく。
視線はツンとライダーへ向けたままだ。

ξ゚听)ξ 『逃げる気ね』

( ゚_ノ゚) 『そのようだ、敵サーヴァントの居場所が読めん。
     こちらにとって攻め込むには不利だが、
     奴からしてみればこちらを攻めるに不利だ。距離が離れてしまってはな』

ξ゚听)ξ 『狙撃が失敗した今、撤退するほうが無難、ということね』

ツンはブーンの動きをじっと観察し、ライダーは弾丸が飛んできた方角を見やるその間も、
ブーンはまた一歩後退し公園の外へと向かっていった。

(;^ω^)

ξ゚听)ξ 『仕方ないわね。今回は見逃しましょう。
       ブーンのサーヴァントが、遠距離攻撃が出来るってことがわかっただけで―――』

意思をライダーへと送る、その最中。
突如として疾風が舞い込んできた。

246 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:41:49 ID:QCpLB3rI0

(;^ω^) 「なっ!?」

疾風の中、ブーンはそれを見た。その者が見えた。

その身を守る鎧は西洋の物ではなく、東洋の具足と呼ばれる物。
両腕を覆う金属板は矢と槍から頭部を守るべく長方形に広がり、
兜には鹿角を模した装飾がなされている。

闇に紛れるかのようなその具足は禍々しさを放っていたが、
何よりブーンの目を引いたものは肩に下げられた黄金の数珠と、
長さ5メートルは優に越える長槍だ。

刃ですら50センチ近く、切っ先は鋭く笹の葉の如き形状をしており、
街灯に照らされただけで暗闇が霞むような眩い光を放っていた。

それはブーンの槍という物の概念を変えてしまった。
驚きとも興奮ともつかない奇妙な気持ちをブーンは味わったのだ。
本で、斬馬刀という長すぎる太刀を初めて見た時の感覚にこれは似ている。

こんな物を使って本当に戦えるのか?
一体重さは何キロあるというのだ?

目,`゚Д゚目

見るからに扱いにくそうなこの槍を、
片手で軽々と持ち上げるこの男は、一体何者か?

247 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:43:40 ID:QCpLB3rI0

その問は、愚問である。

(<`十´> 『マスター敵だ! 脇目も振らずに逃げろ!! 全力だ!!』

唖然とするブーンへアーチャーは怒号を飛ばす。
人形のように立ち尽くしていたブーンよりも早く、敵は彼を見た。

目,`゚Д゚目 「聞けい! 我は槍がサーヴァントランサー!!
        内藤ホライゾン殿、御首頂戴致す」

振り返ると同時に、ランサーは槍を構える。
切っ先は長槍ゆえブーンの喉に触れかかっており、
些細な力が加えられただけで肉を突き破ることだろう。

(;^ω^) 「……」

だが、ブーンは動かなかった。

槍の放つ輝きとランサーの強烈な殺気が、彼から意思を奪い取っていたのだ。
蛇に睨まれた蛙の如く、動くことが出来なかった。
目前にまで突きつけられた刃はこれから自分の喉を掻き切る。

そんなことも理解出来ないほどに、彼は恐怖に支配されてしまっていた。

逃げようと思考することも許されない。
身体全体を強固な鎖で縛り付けられているようだ。

248 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:45:58 ID:QCpLB3rI0

目,`゚Д゚目

ランサーの目は己の得物に匹敵するほど鋭く、ブーンの瞳を射抜いていた。

そして行動は迅速だった。

構えられた槍が横凪に振るわれる。あ、と声を出す間もない。
代わりに金属音が響いた。

目,`゚Д゚目 「見切っているぞ、アーチャー」

視線を離さず、ランサーはそうアーチャーへと告げた。
ブーンの視界の端へと槍は振るわれており、切っ先から火花が散る。

(<`十´> 『……ッ! マスター! 早く逃げろ!!』

再びアーチャーの怒号。

自然と足は動いていた。

言われたとおり脇目も振らずに、後方へと。公園の外へとひた走る。
アーチャーの声により緊張が解け、槍とともに恐怖が遠のいたのだ。
人は痛みを恐怖する。ブーンは包丁で指を切った経験があった。

あの槍に刺されればそんなチンケな刃物と比べ物にならぬ痛みを味わうだろう。
だからそれとの距離が離れたことで硬直状態から脱することができたのだ。

249 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:49:16 ID:QCpLB3rI0

目,`゚Д゚目 「敵に背を向けるは万策尽きた者のすること!
       恐れからくる逃走であるならば、なおのこと!!」

しかし"恐怖"は既に背後から迫っていた。

逃げ出し距離を離したブーンへ、一足飛びのみで急接近したのだ。

槍を振るった、そのままの姿勢でだ。

上半身を捻り込むことで足から加わった力を槍へ乗せ、
風の唸る音と共にブーンの胴へ柄が炸裂する。

(;゚ω゚) 「ぐぅぅぅぅッ!!」

衝撃は肋骨を打ち砕いて肺にまで達して収縮し、一時的な呼吸困難の苦しみに襲われた。
吹き飛んだブーンの身は地面へと激突して跳ねるが、
積もっていた雪がクッションとなってそれ以上の傷は負わずにすんだ。

うつ伏せに倒れたブーンをランサーは更に追撃する。
アーチャーが援護するべく狙撃するも、やはり弾かれた。

硬質な音が、虚しく響き渡る。

目#`゚Д゚目 「無駄だ! アーチャーよ、遠矢からでは拙者を討ち取れぬぞ!?
        出て参れ!! 主君の危機を眺めるだけの臣があろうか!?」

250 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:52:52 ID:QCpLB3rI0

(;<`十´> 「チィ……」

ランサーの言葉通り、アーチャーが正面から立ち向かえばブーンを守ることは出来るだろう。
彼の位置からの狙撃では着弾まで数コンマほどのタイムラグがあり、人間同士の戦闘ならばいざしらず、
音速の域に達する速さで移動する、サーヴァント同士の戦いにおいては大きな負い目だ。

相手が敏捷に長けるランサーであるというのならば致命的と言えよう。
だからと、ランサーの前に出ればそれこそ思う壺だ。

アーチャーは遠距離攻撃を得意とするクラスであり、
逆を言えば接近戦では有用な攻撃手段をあまり持たない。
比べて、ランサーは近接戦闘のエキスパート。

敏捷、筋力、耐久において彼に勝るステータスは無いだろう。

考えうる限り最悪の状況である。相手はあのランサーだけではなく、
ライダーとそのマスターツンまでいるのだ。
もしライダーがランサーと共にブーンへ攻撃を加えれば、もはやアーチャーに防ぐ術はない。

ブーンが殺されたとしてもアーチャーは他のマスターを探し、
契約を行えば良いだけの話しだが、見つかるかは運だ。

単独行動スキルにより他のサーヴァントよりは長生きできるが、
魔力が尽きれば肉体を維持できなくなりアーチャーの聖杯戦争はそれまでとなる。
しかしその僅かな望みでさえ潰すため、ランサーはアーチャーを引っ張り出そうと挑発しているのだ

251 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 22:55:35 ID:QCpLB3rI0

(;<`十´> (もしだ。もし、これが単なる偶然で、偶然で私達の戦闘に遭遇し、
       迷わず私のクラスを特定し、あの少女とサーヴァントから逃げようとしたマスターを狙い、乱入し!
       ランサーに誘き出させようとしているのなら、そのマスターは何者だ?)

(;<`十´> (戦い慣れし、聖杯戦争を知悉した者だ。そいつは始めから私を狙っていたのか?
       マスターだけを始末しても私は単独行動スキルで数日生き延び、新たなマスターを見つけることも、
        私のマスターを始末したそいつに復讐することも出来る。奴にとって私はアサシンほど厄介なのだろう)

(;<`十´> (だとしたら、何時から見ていた? 何時から私たちの戦闘を、行動を監視していた?)

アーチャーのライフルにはスコープはついていなかった。
陽光や電灯によってガラスが反射する恐れがある為だ。
故に彼は伝説となり、こうしてサーヴァントとして戦っているのだ。

生前から行っていた肉眼による長距離射撃は、固有スキルである千里眼が補助し、
最新式の光学照準器よりも正確な狙撃を可能とする。

だがその狙撃も、この状況では歯が立ちそうにはない。

――――たった一つの攻撃方法を除けば。

(<`十´> (この距離、真名開放を行えば仕留められる。
      標的は3つ。例え"宝具"を開放しようとも目撃した敵を全て消せば……)

宝具の使用は諸刃の剣である。

一撃で敵を屠るほどの威力を持つ物や、戦況を絶対的に優位に立たせる物などがあるが、
皆全て、英霊の過去や伝説に纏わる武器であり、使用すれば真名が露見してしまう恐れがあるからだ。
真名が分かれば、後は文献を調べて弱点を見出しそこを叩けばよい。

253 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:00:17 ID:QCpLB3rI0

アーチャーにとってこれは起死回生の一手でもあり、地獄行きへの切符でもある。

(<`十´> 「何、変わりはない―――」

目#`゚Д゚目 「アーチャー、貴様! 腑抜けめッ!!」

ランサーが動きを作る。

攻撃の挙動だ。前進し、槍を振り上げて起き上がろうとするブーンの首を刎ねようというのだ。
もはやアーチャーが割って入ろうにも間に合わない。
一瞬の猶予もならない事態にもかかわらず、アーチャーの心は穏やかだった。

身体に力が篭ってはおらず、引き金にかけた指の動きは恋人に愛撫するかのように優しかった。
その指つきが、かつて505人もの兵士へ死を与えた魔弾を放つ。

(<`十´> 「これも、訓練だ」

雪と一体化した狙撃兵は独白する。

―――そして、

      グリムリーパーバレット
(<`十´> 『白き死神の魔弾!!』

宝具の真名が謳われると共にライフルへと死神が込められていき、
高密度の魔力を帯びた十六の弾丸がランサーを撃ち抜いた。

254 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:02:48 ID:QCpLB3rI0

******

彼女は夢を見ていた。

懐かしき故郷の乾いた風の匂いが鼻腔を満たし、
建物に遮られることなく照りつける陽の光が肌に心地よい。

石で作られた店の並ぶ市場を男に連れられて彼女は歩いていた。
足に伝わる熱砂の感触は小さな針が無数に突き刺さってくるようで、
時たま転がっている石を踏んでしまった時などは槍で刺されたかと思うほどだ。

だが、奴隷には靴など与えられない。服があればいい方だ。
その服も自分を売っていた店主に破かれてしまったのだが、
"クー"という名と共に男は服を与えてくれた。

もはや服としての役割を果たさないボロ切れの上から、
自分の新たな人生への一歩を踏みしめる気持ちでそれを羽織った。

オリーブドラブという濃い緑色の生地で作られたコートを、
人はミリタリーパーカーともモッズコートとも呼ぶ。

モッズの人々に好まれたことからモッズコートとの名が付いたのだが、
元はアメリカ軍に採用された物で、男から与えられた物の装飾性は低く、
無骨なデザインで本来の用途で扱われるべく作られたのだろう。

彼は兵士だった。クーの故郷の地形に溶け込むべく砂漠を模した迷彩服を着込み、
首には似たような色のストールを掛けていて、何よりもクーに「兵士だ」と思わせた物は、
ベルトで肩に掛けていたアサルトライフルだった。この銃にまで迷彩は施されている。

255 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:03:50 ID:QCpLB3rI0

クーが羽織っているコートは戦場で使うわけではなく、
市場へ出かける際の日除けとして羽織ってきた物なのだろう。

目付きが険しく表情には生気というものが感じられない。
自分を買った主を観察しながら付き従っていると、不意に言葉をかけられた。

「あぁ、そういえば靴を持っていなかったな。痛むだろ?」

抑揚のない声だ。

その意味をクーは見出そうとする。
自分を買い、すぐに手放して家へ返そうとしたこの男の心理が気になり、
"良い人"なのか"悪い人"なのか探り続けているのだ。

服装を観察していたのもこの為だ。
しかし、どちらか判明しないまま付いて来たのは彼女のほうだ。
いや、彼女にはそうする他なかった。

帰る家などもう無いのだから。

川 ゚ -゚) 「うん」

短く返し、次に男がどんな言葉を投げかけるのか、
神経を研ぎ澄ませて耳を立てていく。

256 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:05:14 ID:QCpLB3rI0
「コートならサイズが大きくても良いが、靴はそうはいかねぇよな……」

実際、わずか十歳でしかないクーにはミリタリーコートは大きすぎた。
手どころか足まで隠してしまい、歩く度裾が引きずられてしまっている。
男が目指す場所に着く頃にはボロボロになっていることだろう。

しかし、靴は小さすぎても大きすぎても履くことは出来ない。

裸足で砂上を歩くクーのことを気に病んでいるらしく、
男は市場をキョロキョロと見回し始めた。
が、靴を売っている店は中々見つからないしあったとしても大人のサイズしかない。

無表情のまま立ち止まり、口に手を当てて何やら考え事をすると、彼は屈みこんだ。
クーに背を向けたまま、

「肩車だ、肩車。靴なら後で用意する。良いか? 肩車だぞ?
 おんぶはダメだ。暑いからな」

川 ゚ -゚) 「……」

いきなり、そんなことを言われてクーは子供ながらに戸惑った。
見ず知らずの大人に急に肩車をすると言われても、乗り難い。
第一、クーは奴隷として買われた身なのだ。

主人の肩に乗る奴隷などいようものか。
彼女には、この状況を理解出来なかった。

それでも「ほら」と急かされてはそうする他ない。
恐る恐る迷彩服の肩へ足を掛けていき、前屈みになって安定を取る。
両足が乗った感触を確かめた男は「立つぞ」と声をかけた。

257 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:06:30 ID:QCpLB3rI0

川 ゚ -゚) 「あっ」

浮上していく視点。

地面が離れていきより多くの物が見えた。
ダンボールを集めて作った台の上に乗せられた果物、
壊れかけ錆が浮くラジオなど機械を売っている店と豚を解体している男。

色々な物が目に移り、市場を見渡せるようになった。

川*゚ -゚) 「わぁ〜」

子供らしい純粋な感動が胸を満たしていった。
心臓が高鳴り全身が嬉色に染まっていくのを覚えた。

「歩くぞ、落ちるなよ」

対照的なほどぶっきらぼうな声が返る。

男が一歩進む度に視界が揺れたが、それすらにも喜びがあった。
これ以上素足で歩かせぬ為にしただけの肩車は、クーに様々な想いを巡らせる。

想いには、悲しみも含まれていた。

川 ゚ -゚)

足から伝わる筋肉の硬さと太さが男の屈強さを伝え、クーに安らぎを与えたのだが、
そんな頼りになる男がほんの数日前まで共にいた父と兄を想起させたのだ。

258 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:08:40 ID:QCpLB3rI0

父達の背は彼ほど逞しくはなかったが、クーにとっては絶対であった。

牧家であった彼女の家は市場から離れており、
少し遠出をすれば獣や害虫に襲われることもあったのだが、彼らは必ず守ってくれた。

男家族の頼もしさは母や兄弟、そしてクーに安寧を与えていた。
父と長男がいればどんな苦難や危険も乗り越えられるだろう、なんとかしてくれると、
普段そんなことを思うことはなかったが、それほどまでに安全を保証されていたのだ。

だが、父は"聖戦士"達に銃弾で穴だらけにされ、兄は片腕を切り落とされてしまい、
母とクー達は乱暴されて奴隷として市場に卸された。

妹が二人いたのだが早々に売り落とされ、母は聖戦士達の元にいる。
家族は離れ離れになってしまったのだ。あんなに強い父と兄がいたというのに。

男の肩が物語る強さは彼女にとって空虚なものだった。
空虚であるだけならばまだ良い。蘇っては痛みを与える記憶がその空虚を満たそうとしてくるのだ。
喉の奥が乾いていき、目が熱くなってくる。頬を涙が伝っていく。

気道に何かが突っかかったかのように苦しかった。
それでも、心の叫びが嗚咽混じりに口から漏れ出てきた。

川 ; -;) 「私は……どうしたらいいの? どこへ行けばいいの?」

鎖に繋がれて店の前に出され、買い手を待つ日々は思考能力を奪う。

何かをする自由を与えられずただ使役され、店主の相手をさせられる。
まだ10歳の少女にとってどれほど過酷な日々だったのだろうか。

259 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:09:47 ID:QCpLB3rI0

しかしそんな時にこの男と出会い、買われた。

飼い主が変わるだけで彼女の日々に何の変化ももたらさないはずだったが、
この男は「家に帰っていいよ」と自由を与えた。

とぼけた命令だ。

「帰る家が奴隷にあるはずがない!」と怒鳴り返す者もいるだろうが、
クーの中にその言葉で生まれたものは問いであった。

「どうして?」「どうすれば?」「どこへ?」と疑問ばかりが生じる。

目の前で行われようとしていた邪悪な行為を止めようと、
手を差し伸べただけだった彼には迷い続ける彼女を救うほどの覚悟はなかった。

しかしその問いを聞いた彼は、今度は覚悟を決めて、
少女を"救う"覚悟をして再び手を差し伸べたのだ。

「君は新しい家で暮らすんだ。父もいなければ母もいないし、兄弟だっていない。
 だがそこは君の新しい家であり出発点だ。いずれは独り立ちをするものだが、
 それまでは俺が君を護り育てよう。不自由をさせるだろうが、俺が与えられる限りの物を与えてやる」

260 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:10:59 ID:QCpLB3rI0

川 ; -;) 「貴方が、私を育てる?」

「あぁ」と短いながらも力強い声を男が返す。

だが、その頼もしさがクーには不安だった。
彼との生活に不満はないが、再び家族を失うことが怖かったのだ。

川 ; -;) 「貴方は……大丈夫? し、死んじゃうんじゃ……」

問いの真意がもしかしたら、この言葉では伝わらないかもしれない。
クーにそんなことを考える余裕はなかったが、
男は少し笑って、肩に乗るクーにもそれは聞こえた。

「大丈夫さ、クー。ここだけの話しだが、俺は魔法が使えるんだ」

今のは、冗談なのだろうか。どんな冗談なのだ。
どこが面白いのだろう。意味もわからないしつまらないが、

川 ;ー;) 「ふふっ」

釣られて、クーも笑った。

261 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:14:36 ID:QCpLB3rI0

******

円山の木々が生い茂る場所で、クーは目覚めた。

人であった頃の記憶が夢として蘇り、暖かい気持ちが懐いていたが、
それも空腹によって意識を呼び覚まされたとあっては消し飛んでしまう。

川 ゚ -゚) 「行くゾ、バーサーカー。食事ダ」

彼女は、血に飢えていた。

人間の頃に抱いた喜びも死徒には必要のないものだ。
魂蟲によってズタズタにされた声帯も、死徒故の高い治癒力により、
徐々に治り始め人間らしい発音が出来るようになってきた。

それが必要か不要かは分からないが、肉体はそう適応した。
バーサーカーは霊体から肉のある身体へと変化して現れると、

「――――――――ッ!!」

応じるようにそう叫んだ。

森の中で響き渡る咆哮に動物達は一斉に逃げ出す。
野生に生きるものたちの生存本能が危険を訴えたのだ。

狂気の闇に染まる鎧に覆われた巨体が、荒野を行く百獣の王の如く山を降りていく。
そんな恐るべき存在を、付き人のように後ろを歩かせる黒いドレスを纏ったクー。
異様な二人を前にして近寄ろうと考える者はいないだろうが、

262 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:16:48 ID:QCpLB3rI0

「お姉さんどこ行くの!? 綺麗なドレス着てるね〜。
 ちょっと遊んでいかない? 俺さ〜遅くまでやってる良い店知ってんだよね〜」

街に降り立ったところで、ドレスから覗くクーの珠のような白い肌に魅了されたのか、
街灯に群がる羽虫さながらに男が声をかけてきた。

「ねぇどう? コスプレならさ、もっとイイ衣装あるしさ〜奢るよ〜?」

この男は背後のバーサーカーに対して愚かな勘違いをしているらしい。
妖艶でいて、危険な微笑をクーは浮かべると、

川 ゚ー゚) 「お前はウマイのカナ?」

「やっだな〜お姉さ〜ん。俺そんなんじゃないよー。俺ってさ、ピュア。ピュアだがば……」

男の喉笛を噛み千切り、言葉を遮った。
両腕を押さえ込んでいくクー。抵抗させぬ為でも逃さぬ為でもなく、
これは単に食べやすいように小分けする為に行われた。

クーの細腕には吸血鬼の怪力が宿っており、人間でしかない男の腕など小枝を折るほど容易い。
掴まれた両腕が呆気なく引きちぎられてしまうが、喉を食い破られた男には悲鳴を上げる事もできなかった。

263 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:17:55 ID:QCpLB3rI0

川 ゚ -゚) 「マズイな……」

ぷっ、と肉片を吐き捨てると拳程もある蟲が死体を這っていき、食い尽くしていく。
バーサーカーも腕の欠片を拾い上げると口に含み、魔力を補充した。

人間の体内に生じる魔力(オド)などサーヴァントにとって微量なものでしかないが、
塵も積もればなんとやらだ。そして"塵"はこの街に履いて捨てるほどある。
バーサーカーとクーは通行人を見かけると一目散に駆け出し、喰らっていった。

人々が住まい生活する円山の街はもはや、弱肉強食の世界と成り代わった。
死徒より食物連鎖の下に立つ人間達は彼女にとって食料にしか過ぎない。

幸い夜遅く、人通りは少ない為犠牲者は少なく住んでいるが、
クー達がこのまま東へ向かえばそこには北海道の中枢を担う札幌がある。
大都市にこの二匹の化物が訪れれば未曾有の大量殺戮が起きてしまうことだろう。

だが―――それを許す"正義の便利屋"ではなかった。

(,,゚Д゚) 『trace―――on!』

必死に馴染ませた呪文が発され、黒白の夫婦剣が、
死肉を貪るクー達へ立ちはだかるギコの両手に現れた。

<人リ゚‐゚リ

蒼白のプレートアーマーを纏う少女、セイバーと共に彼は邪悪へと斬りかかっていく。

264 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:19:39 ID:QCpLB3rI0
第5話 「trace―――on!」part 乱世エロイカB 投下終了

これからおまけ

265 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:20:24 ID:QCpLB3rI0

日本式住宅の立ち並ぶモダンな住宅街の中、異色を放つ家屋がある。
真新しく、西洋様式を取り入れた洋館じみた建築物。

古めかしい、未だ木造建築が目に付く街の、
近代化の先駆けと言えるその一軒家は、津出家の住まいだ。
鍵を開けて、玄関へと赤いダッフルコートを羽織ったツンは入っていき、

ξ゚听)ξ 「ただいま帰りました、お母様」

大理石をローファーで踏み鳴らすと習慣通り挨拶をした。

ζ(゚ー゚*ζ 「あら、お帰りなさいツン。寒かったでしょう?」

するとすぐさま母、デレがやってきて娘を迎える。
揺れるブロンドは絹がごとく、サファイアを思わせる瞳をした淑女は、
西欧系の白人である。仕草の一つ一つが優雅で、育ちの良さが伺われた。

ツンが礼儀正しく、きちんと「ただいま」と言えるのは単に、
彼女の教育の賜物と言えるであろう。

ξ゚听)ξ 「お母様、心配いりませんわ」

が、ブーンと話している時と比べると、まるで別人だ。

勝手知ったる仲であるから、と言えば聞こえは言いが、
この少女は猫を被っているにしか過ぎない。

266 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:21:24 ID:QCpLB3rI0

ツンの凶暴性とも猛々しさとも言えるものが出ることは滅多になく、
社交性があると称える者もいることだろう。

実際彼女は、上手く立ち回っていた。

学校では成績優秀な上に容姿端麗で、素行も良い。

どの親が見ても「自慢の娘さん」と呼べるだろうが、
ツンは父モララーに恥じぬよう生きてきただけで、
目標達成には貪欲な少女である。

彼女の目標にして、モララーの悲願であった“根源への到達”だ。
何らかの障害が生じた際には"お嬢様"の皮などズルリと剥げる。

ζ(゚ー゚*ζ 「あら、そう。ココアでも飲む?」

リビングへ向かいながら、デレはそう訪ねた。

ξ゚听)ξ 「いえ、遠慮しておきますお母様。私は今夜"ライダー"と共に討って出ますので、
       仮眠を取ろうと思います。くれぐれも、夜は出歩かないようお気をつけて」

ζ(゚ー゚*ζ 「わかったわ。無茶はしちゃダメよ? 危なくなったらいつでも戻ってきなさい」

ξ゚听)ξ 「お母様、敵の追撃に合うかもしれないというのに、
       ここへ引き返すことなど出来ませんわ。
       出会った敵は全て、片っ端から薙いでいきます」

267 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:23:07 ID:QCpLB3rI0

ζ(゚ー゚*ζ 「貴女も一流の魔術師だけど、聖杯を求めて札幌にやってきた魔術師達も、
        みんな腕に自信があるからこんな殺し合いに参加してるのよ?
        敵を過小評価してはいけないわ。いざとなったら私もツンの力になるわ。だから―――」

ξ゚听)ξ 「敵も一流であるというのなら、札幌は既に戦場であるということも理解してくださいお母様。
       こうして家にいることも危険です。魔術を扱えるとは言え、
       サーヴァントがいなくては丸腰であるのと同義。そう説明していたはずです」

ζ(゚ー゚*ζ 「でもね、ツン……」

ξ--)ξ 「今からでも構いません、お婆様のお宅へお向かいください。
        聖杯戦争が始まった今となっては――――」

苛立ちを堪えながらも、ツンは自室へ向かいながら言い放つ。

ξ )ξ 「お母様は足でまといです。お父様の為にも、私の為にも早く……お願いします」

心無いを言葉を吐いてしまい胸を痛めつつも、
ツンは二階にある自室への階段を上っていった。

ζ(゚ー゚*ζ 「ツン……私は、母親として貴女を守ってあげたいだけなのよ?」

娘の背を見送ったデレは、彼女の主張を最もなものだと理解しながらも、
ここから離れるわけにはいかないと、決意を固める。
デレの言葉は二人っきりの家の中で生まれた虚無へと、溶けていってしまった。

268 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:24:51 ID:QCpLB3rI0

******

陽が落ち、カーテンによって月明かりすら差し込まぬ、
暗闇に包まれた部屋に軽い電子音が響く。

ξ--)ξ 「ん……」

寝ぼけ眼でベッドを手探るものの、音源は見つからず、
苛立ちを募らせたツンは身に震えを覚えた。
寝返りを打ってみると、身体のあった場所でケータイが震えていた。

ξ#-听)ξ 「うっさいわねぇ」

スライド式のそれは以前似たような失態を晒してしまったが故の配慮だ。
ケータイ上部を展開したツンは耳障りなアラームを切り、時刻を確認する。

十九時四十六分―――可笑しい。

アラームは三十分に設定してあったはずなのだが……。
鈍い頭を擦り、崩れたブロンドを震わせるツン。

ξ;゚听)ξ 「あっ!」

思い至ったものはリジューム機能である。

アラームにも気づかぬほど熟睡していた彼女は完全な寝坊をかましてしまったのだ。
事切れたアラームは三十分を過ぎて持ち主を目覚めさせるべく、
リジュームにより電子音を響かせ、その事実を確認するまでもなくツンはベッドから飛び出す。

269 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:26:29 ID:QCpLB3rI0

壁に打った釘へ掛けた衣紋掛けから赤いダッフルコートをひったくると、
己の魔術礼装であるアミュレットを見やる。寝る時であろうとこいつは欠かせない。

これが自身を守る武器となるのだから。銃社会に住まう者が枕元に銃を隠しておくのと同じことである。

ブーンはブレスレットだと言うが、この魔術礼装は正しく言うとアミュレットなのだ。
アミュレットとはいわゆる護符やお守りといった物の類で、霊的な悪しき力を断つと言われる。

それにはツンの青い瞳とは対照的な、鮮やかな真紅を持つルビーが嵌められていた。
ルビーを基点として、黄金の輪を這うかの如く刻まれた文字は、
今は失われた言語で組まれた呪文であり、津出家の初代当主の血で綴られている。

同じ血が流れる者にはこのアミュレットは歯車が噛み合うかのように合致し、
詠唱の補助から魔力の高効率化までを成し遂げ、術者の魔術回路と共に魔術を放つ。

言ってしまえば魔術刻印のようなものだ。

きちんと先祖代々より受け継がれてきた礼装を確認したツンは、
"敵"が辿るであろうルートで待ち伏せるべく、部屋から飛び出していく。
目も当てられぬような失態で、時間を無駄に消耗してしまった。

270 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:27:21 ID:QCpLB3rI0

猶予はない。

ぎり、と歯ぎしりの一つでもしたかったが、そんな時間すらも惜し―――

ξ゚听)ξ 「……」


―――いのだが。


( ゚_ノ゚) 「1っ、2っ、3っ、4っ! 5っ、6っ、7っ! 8っ!!」

扉の前で床に座り込み、上半身を前へ可能な限り倒して柔軟体操を行う、
軍服のズボンに白いランニングシャツ一枚という、ラフな格好をした金髪男が邪魔だった。

ランニングから伸びた白い腕は太く、汗の粒が輝く。
上体をゆっくり起こしていく男は、

( ゚_ノ゚) 「……」

ξ゚听)ξ 「……」

一瞬ツンと顔を見合わせたが、

271 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:28:23 ID:QCpLB3rI0

( ゚_ノ゚) 「2、2、3、4っ! 5、6、7……」

再び身を伏せて屈伸運動を続けていくものの、

ξ#゚听)ξ 「無視してんじゃないわよ!!」

怒号と共に浴びせられたツンの蹴りに背中から倒されてしまう。
思わぬ仕打ちに頭を打ち付けたが、屈強な肉体を持つ男はけろりとしてツンを見た。
軽く息をつき、まるでくつろぐかのようにそのまま脇にあった牛乳パックを手に取る。

ごく、ごくと喉を鳴らして牛乳を飲み干していく男は、

( ゚_ノ゚) 「どうしたマスター? 何を慌てている」

ξ#゚听)ξ 「人の家の牛乳勝手に持ってきて呑気に体操してる場合じゃないの!
        私は霊体化していたアンタに今夜敵マスターと戦うって伝えたはずよね?」
                         
( ゚_ノ゚) 「マスター。誤りがあるぞ? この牛乳は君のムーター(母)に貰ったものだ」

ξ#゚听)ξ 「……そんなことは聞いてないわ。"ライダー"、作戦を忘れたのかしら?」

( ゚_ノ゚) 「正面から立ち向かい、実力でねじ伏せる。そんな物は作戦とは呼べんよ」

ξ#゚听)ξ 「あら、不服かしら?」

ツンにとって策謀などは不要であった。

272 名前: ◆IUSLNL8fGY 投稿日:2012/09/08(土) 23:30:22 ID:QCpLB3rI0
聖杯戦争は聖杯を奪い合う戦争と銘を打っているものの、
これは魔術師同士の魔術の競い合いである。

誰何かの魔術師が根源への到達に相応しいか、聖杯によって篩にかけられるのだ。

ならば正々堂々と魔術によって他者を圧倒するのみ。
最も根源へ到達するにたる魔術の腕を持つ者が聖杯を手にするのだから。

父から十全な状態で魔術刻印を引き継ぎ研鑽を続けてきたツンには、
己こそが根源へ到達するに値する魔術師である自信があった。

怒りに染まった瞳の奥に、実力に裏打ちされたその自恃を見取ったサーヴァント、
"ライダー"は不敵に微笑んだ。

( ゚_ノ゚) 「いや、敵がいるのなら撃滅する。出撃だ」

立ち上がったライダーは踵を合わせ、不動の姿勢で敬礼をマスターへ捧げる。
それは腕を斜め上に張り出すナチス式敬礼であった。

ツンとライダーの作戦が今夜、開始されようとしていた。


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