最後の挨拶のようです

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:16:31.75 ID:BDJXycWBO
Case2( ><)

真っ青な空、余りに何時も通りの景色に溜息を吐いた。こんなに綺麗に澄み渡っているのに、僕にはどこか霞み掛かって見える。それは僕がこの世界に飽きたからなのだろうか?

『ビロード先生、さようならー』

(*><)「さよならなんです」


飽きた?そんなはずはない、子供たちの笑顔が素晴らしく綺麗だ。いつまで見ていても飽きない、いつまでも傍に居たいと思う。

―――この世界が大好きだ

この子たちはこれからどのような大人に成長するのだろう、自分の夢を叶えることが出来るのだろうか?

いつも考える。
僕の教え子たち、皆が皆個性を持った掛け替えの無い一人一人。僕は彼らの手助けをしている。

この小学校の教師として。

『ビロード!!あばよっ!!』

( ><)「!!痛いんです!」

と、まぁ時々飛び蹴りという手荒い挨拶を受けたりするわけだが、皆元気が有り余っているのだと考えれば怒りの感情も全く湧いてこない。

元気に、逞しく、一杯遊べよ、教え子たちよ。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:18:02.07 ID:BDJXycWBO
(*><)「はぁ、今日も夕日が綺麗なんです」


こうして僕の平凡で充実した人生の一ページがまた過ぎていった。こんな綺麗な夕日が見れるのなら僕の人生もまた悪くは無いなと思える。


( ><)「さぁ、今日もビールを飲んでひとっぷろ浴びて寝るんです」

また明日も子供たちの変わらぬ眩しい笑顔に逢える。そう思うと自然に頬が緩んだ。

僕が小学校の先生になった理由。それは、恐らく僕の幼少期にあるだろう。

僕は捨て子。所謂、孤児という奴だ。

今この国では全ての病院にこうのとりBOXなるものが設置され、順調に孤児の数を増やしている。

僕もその中の一人だった。

生まれた頃から、両親の腕に抱かれた記憶の無い僕にとって、孤児院の先生の腕がなにより暖かく感じられた。

その頃から僕の夢は決まっていた。

小学校の先生。

孤児院を十六歳で離れ、一人で生きてきた。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:19:06.96 ID:BDJXycWBO
自分の学費は国からの補助金とバイト代で賄った。色んな遊びを覚え始める年頃であった、高校生。

バイトに明け暮れ、ろくに友達も作らず暇を見つけては勉強する日々。

苦しくなかったと言えば嘘になる。

しかし

自分を親の代わりに抱き締めてくれた先生。

親の代わりに叱ってくれた先生。

僕も誰かに暖かみを与えたい。

そう思えばどれだけ苦しい日々も笑ってこれた。

そして今僕はその夢を叶え、その道を噛み締めながら歩いている。

何があっても教え子達を正しい方向に導く。

毎晩誓う。

そして、僕の人生最後の夜は、静かに過ぎていった。

( ><)「コラ!!もうチャイムが鳴るんです!!走るんです!!」

小学校の朝はいつもこんなものだ。義務課程である以上出席数などと言う物は関係ない。

毎朝早く来てウサギの世話をしてくれる様な子もいれば、毎朝怠そうに母親に引っ張られながら嫌々来る子もいる。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:20:19.67 ID:BDJXycWBO
だが、僕はそれでも良いと思っている。皆違う。だから色んな道を歩ける。

僕は彼らの持つ無限の可能性と、春の眩しい陽気に目を細めながら教壇に立つ。

「皆おはようなんです!!」

返ってくる声は複数。しかし決して同じではない。

今日も、僕達六年二組は元気だ。

昼休み、僕は同僚のワカッテマス先生と一緒に出前を頼んだ。

ここまでは昨日と全く同じ、何も変わらない平凡な一日だった。

「貴方がカツ丼を頼むことはわかってました」

「残念、今日はざるそばなんです!!」

「……それもわかってました」

平和だなぁ。職員室の窓を覗くとどれだけ早く給食を食べ終えたのだろうか?もう子供達がドッヂボールに興じている。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:25:46.47 ID:BDJXycWBO
しかし

その平和は

ワカッテマス先生の大切にしている

ラジオから流れてきた

放送により

一変した。

「ハロー、ハロー、聞こえますか?大統領スカルチノフです。全国の皆さん、私の声は届いていますか?

今、この世界は終焉を迎えようとしています。誰が原因でもありません。決して誰も怨まず、憎まず、今の状況を受け入れてください」

「貴方の怒りの矛先をどうか私に向けてください、大統領など名ばかりの、この世界を救うことすら出来ない、憐れな男をどうか怨んでください」

「そして、貴方の大切な人と共に世界を見届けてください。貴方の大切な人を最期まで護り通してください」

「誰も憎まず、笑いながら最期を」

「私の死を以て、どうかこの混迷の世界に救いの光が差さんことを……」


聞こえてきたのはこの国の長であるスカルチノフ大統領の声と、一発の銃声。

僕を形づくってきた全ての機能が完全に停止した。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:30:04.21 ID:BDJXycWBO
冗談には聞こえなかった。一国の長である大統領があんな放送を流すなんて。
エイプリルフールであっても許される事ではない。

僕達は戸惑った。世界の終焉?終わり?

終わるのか?世界が、この国が?

僕とワカッテマス先生は動揺を隠しながら笑うことしか出来なかった。

しかし、彼の手が震えながらもラジオのボリュームを上げたのを僕は見逃さない。

「只今より――ピーガガガ√\√^重大なニュースを――√\√^します」

再びワカッテマス先生のラジオが震えた。

直ぐ様彼はラジオの周波数を合わせる。

聞こえてきたのは、酷く息切れた男の声と周りで飛び交う怒号だった。

「この世界は アスの午前0時を以て 消滅します」

絶句、この言葉以外、今の僕の状況に見合う言葉はない。

しかし、ラジオはそんなことお構い無しに言葉を続ける。

『我々もまだ状況を把握出来てはいません。しかしこれは事実です。
この事を、一秒でも早く、皆様にお伝えすることが私共の使命である、との大統領の言葉に命を賭して走って参りました』

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:39:11.25 ID:BDJXycWBO
『この放送を幸運にも聞いている方々、どうかお願いです。一人でも多く、一人でも多くの方にこの事実をお伝え下さい。
今私達はマスメディアの限界を痛感しております』

『全ての人々がこの事実を受けとめられる時間を』

『皆様に託します』


それだけ言うとラジオは壊れてしまったかのようなノイズを発するだけの物体となった。

ラジオ放送が途切れた瞬間、複数の携帯電話が同時に鳴りだした。

先生達は人目も気にせずにそれを取り、受話器の向こうの声に泣き出し、叱咤し、慰め合う。

世界はまだ死んではいない。

僕は奇妙な安心感を感じた。

『さて、私達にもすべき事があるようですね』

校長がドアの向こうから現われた。

『今のラジオから流れたことは全て事実です、たった今教育委員会から連絡がありました』

ざわざわと、文字通りの音が聞こえてくる。

『我々がすべき事、何か分かりますよね』

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:42:26.35 ID:BDJXycWBO
思うよりも早く、言葉にしていた。

( ><)「子供達を安全に家に帰すことなんです」

『ビロード先生の仰る通りです。我々は教師だ。聖職者だ。常に子供達の導き手であり鑑でなくてはならない』

「わかってます。担任を持つ先生方はそれぞれのクラスへ。非常勤の先生方は出来るだけ多くの方にこの事実を知らせましょう」

『……ふふっ、若い二人の先生の言うとおりです。担任の先生はクラスの出席を確認し速やかに下校させてください。その際、この事実は伏せておくように。家庭の裁量に任せましょう』

『はい!!』


校長の檄に刺激されたのだろうか、合図無しに上げた呼応の言葉は一つだった。

( ><)「みんなー、集まるんです」

教室では折角の楽しみだった昼休みを潰されてぶー垂れる子が沢山いた。

僕は少し申し訳ないと思いながらも事情を説明した。

( ><)「今日はお昼以降の授業が無くなるんです!!皆速やかに帰りの準備をするんです」

上がったのは歓喜の声。いつの時代でも子供は強い。もうどこに遊びに行くかの相談を立てている。

そんな彼らを見つめながら、僕は複雑な想いを抱く。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:44:12.89 ID:BDJXycWBO
この子たちは何も知らない。当然のように明日があると思いながら今日を過ごす。

自分のレールは、ひたすら真っすぐに

どこまでも途切れることなく続くのだと信じている。

目頭が熱くなった。容量を越えた熱量が涙となり僕の瞼を内側からノックする。

この子たちのレールが明日で途切れるのか?

どうにもならないのか?

無駄だと思いながらも何度も、何度も繰り返し問い掛ける。

答えは出ている。さっきの放送は嘘ではない。嘘だと信じさせてくれほど、大統領の言葉は軽くなかった。

「みんなっ!!」


気付けば声を出していた。今まで一度も出したことの無いような大きな声だった。

『……なんだよぉ、ビロード。いいだろぉ、休みになって嬉しいんだよ』

『そうだよ、遊ぶ約束ぐらいさせてよね』

子供たちは僕が怒っていると勘違いしたようだ。

『先生……泣いてるの?』

一人の少女が僕の頬を伝う涙に気付いた。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:49:57.16 ID:BDJXycWBO
『うわwwwだっせwww何泣いちゃってんだよwww』

『……先生、どうしたの?』

担任の僕が急に取り乱したので皆びっくりしたみたいだ。

「ちがうんです」

頬をワイシャツの袖で拭い声を整えて語り掛ける。どうやら声の震えは隠せそうだ。

( ><)「皆が、これからどんな道を歩いていくのか、想像したら涙が出ちゃったんです」

『なーにwwwそれ、変な先生www』

『ビロード、俺達卒業まであと一年あるんだから、泣くなよ』

『修学旅行すら行ってねーのに卒業とかwww勘弁www』

正直な子供たちの意見に思わず笑みが零れた。

(*><)「その通りなんです!!まだまだ先生は皆に話したいことが一杯あるんです!!」

話したいことが、伝えたいことが、数えきれないほどまだあるんだ。

神様、どうかこの世界を終わらせるなんて、僕の子達のレールを塞ぐようなことをしないでください。

( ><)「じゃあ帰るまでまだ時間があるんです!!ちょっと皆さんの夢について話してみませんか」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:57:30.59 ID:BDJXycWBO
『はいはーい!!俺は警察官になるんだ!!幼稚園の時はウルトラマンになって世界の平和を守ることだったんだけど……無理っぽいから警察官になる』

(*><)「なるほど!!それはいい考えなんです!!警察官は立派なお仕事なんです!!体育ばっかりじゃなく勉強もしっかりするんですよ」

『うげぇ……はーい』

『先生!!私はコックさんになりたいの!!お母さんやお父さんに一杯美味しいものを作って上げるんだ!!それにポチにも、あと仲良くないけど妹にも作って上げようかな』

(*><)「素晴らしい考えなんです!!大切な人に作って上げる料理……僕も食べてみたいんです!!頑張って下さい!!毎朝ウサギの世話をしてくれるような優しい君は、きっと優しい味を作り出せるコックさんになれるんです!!」

『はーい!!絶対食べに来てね』

『わたしはぁ、お嫁さんかな?』

(*><)「お嫁さんですか?良いですねぇ。飛びっきり可愛い貴女にきっと純白のウエディングドレスは似合いますよ」

『エヘヘ//ありがとっ、ビロード』

『僕は医者になりたいです、ずっと小さい頃からの、僕と両親、三人の夢でしたから』

(*><)「なれます!!絶対になれますよ!!僕が保障します!!誰もやりたがらないクラス委員をずっと嫌がらずに引き受けてくれる君なら立派なお医者さんになれます!!
これからしっかり勉強すれば、君の夢はどんどん近づいてくるはずです!!」

『ありがとうございます、先生』

『私は、ビロードになりたい!!』

(;><)「ふぇっ!?僕ですか?」

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 22:59:47.70 ID:BDJXycWBO
『ちがうよぉw私は小学校の先生になりたいの!』

あぁ、そういう事か。

( ><)「どうしてツーちゃんは小学校の先生になりたいんですか?」

『だって私、小学校が大好きなんだもんっ!!』

チャイムが鳴る。夢を語り希望に夢を膨らませる時間が終わりを告げた。


皆一斉に荷物を持ち駆け出していく。

また明日

その言葉に僕は反応できずにいた。





33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:01:34.40 ID:BDJXycWBO
そろそろ書き溜めが切れますorz 

あんまり書き溜めれてねーじゃん、俺

もう少ししたら投下速度落ちるかもです

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:04:37.03 ID:BDJXycWBO
『終わりましたね』

「そうですね」

子供達全員をつつがなく家に送り届けた後、ワカッテマス先生が話し掛けてきた。

ワカッテマス先生が言った“終わった”という言葉が、何を差しているのかは僕には分からなかった。

「ワカッテマス先生は今夜どう過ごすおつもりですか?」

『あれ?ビロード先生は私が妻帯していること知らなかったんですか?』

「ふぇっ?」

『もう三年になります。大学を卒業すると同時に籍を入れました』

「……結婚してらしたとは、知らなかったです」

『なかなか良好な関係を築いてきました、まぁ……今夜でそれも終わりですかね』

ワカッテマス先生が気弱に言った。子供達が帰った今、もうここには大人しかいない。謂わば僕達は同級生のようなものだ。

「……終わりじゃないんです。ワカッテマス先生が奥さんと作り上げてきた思い出は無くならないと思います」

『……ふふっ、その通りですね。今夜は妻と一緒に飲み明かしますよ。まぁ酒屋が開いているのかは分からないですが』

「それが良いんです」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:08:53.18 ID:BDJXycWBO
『それに、午前零時には大々的なショーをやるそうですよ?なんでも地球滅亡が見れるのだとか』

「それは見逃せないですねぇw」

僕達は笑い合った。二人で、子供のように声を上げ、暮れなずむ夕陽をバックに。

しかし、どこか僕は引っ掛かっていた。なにか大事なものを忘れているような気がしてならなかった。


それは、家に帰り特にする事もなくいつもと全く同じ生活リズムを繰り返しそのまま終焉を迎えようとしていた僕に届いた一本の電話によって明らかになった。

『ビロード君、今大丈夫?』


電話の先は僕の母、孤児院の先生だった。母代わりに僕を育ててくれた先生の声は、昔と全く変わってはいなかった。

「先生!?どうされたんですか!?」

僕は急な電話に驚きこそしたが納得いった。

僕にとって先生が母であるように、先生にとって僕は息子なのだと悟ったから。

『いやねぇ、なんか物騒な話を聞いたからね。私の息子たちは大丈夫かなって心配になっちゃって電話しちゃったw』

受話器越しに聞こえてくる声が本当に懐かしく、そして暖かかった。

『教師は楽しい?充実してる?ちゃんとご飯は食べてるの?体に気を付けなきゃダメよ』


40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:15:42.69 ID:BDJXycWBO
「ちょっとw先生質問しすぎですw
教師は本当に楽しいです。子供たちの笑顔の一番近くに居られる職業ですから。」

『あら?泣き虫だったビロード君がそんな格好良いこと言うようになっちゃってw私も老けちゃったわね』

「いいえ、まだまだ僕も子供です。それで、先生は皆に電話して回ってるんですか?」


『そうなのよ、皆、皆私の子供だからね、最後に皆の声を聞きたいって思ったって別に良いでしょ?』

「それは……当然の権利です」

『でも良かったわ、ビロード君がいk……くれて』

ノイズが鼓膜を刺激する。少し聞き取りにくかった。

『……で今は誰かと一緒なの?』

「いいえ、生憎勉強ばかりしていたので色恋沙汰とは無縁なもので」

『あらっ?別に大切な人は恋人だけじゃないでしょ?』

「ふぇっ?」

『ふふっ、まだまだ青いわね』

「どういうことですか?」
『いいえ、この問題は貴方が解きなさい。貴方ならできるわ』

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:21:07.13 ID:BDJXycWBO
「そんな事言われても……よくわかんないです」

『ふふっ、じゃあ答え合わせは……そうね、天国でどう?洒落てると思わない?w』

「……わかりました」

『じゃあね、また明日、お父さん』

その言葉を最後に電話は切れてしまった。

僕は考える。最後の刻を過ごすに相応しい僕の大切な人。

真っ先に思い浮かんだのは先ほど電話の向こうで会話していた先生だ。

だがどうもそうじゃないらしい。なら一体誰だ?

『じゃあね、また明日、お父さん』

また明日、そうか、解った、僕の誰よりも愛しい人達の名前が。

僕の最後にすべき事が。

僕は急いで引き出しからクラス名簿を取り出した。

「全部で二十五人、午前零時までは後十時間。時間的には余裕があるんです」

僕はまだ君達に言っていないね。

また明日と。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:30:56.06 ID:BDJXycWBO
「まず一人目」

立派なお宅だった。家庭訪問では何回かお邪魔したことがあったが、お茶とお菓子を沢山出されて苦笑いしながらやんわり断った昔が懐かしい。

チャイムを鳴らす。

「……いないのかな?」

家に居ないことは十分に想像できた。

実家やゆかりの場所に家族で行く人も多いだろう。

「また……明日、学校で会いましょう」

僕の声が届いたのかどうか、それは誰にも分からない。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:38:43.02 ID:BDJXycWBO
「二人目なんです」

再び僕はチャイムを押した。

暫らくあって

『はい』

という、どう聞いても警戒心溢れる声が返ってきた。

「担任のビロードです」

その言葉に誰か思い出したのか

『先生ですか!?ちょっと待ってくださいね!!』

今度は呆れるくらい無防備な返事が返ってきた。

『はーい!!先生!!どうしたのぉ?』

「なんでもないんだけど、ちょっと近くに来たから君の顔を見たいと思ったんです!!」

『どうぞ、御上がりになってください、先生』

「はい、時間が余り無いですが、少しだけ上がらせてもらいます」

部屋は綺麗に整頓され、父親とお婆ちゃんが仲良さげに話しながら、肩を揉んでいる姿が目に入った。

「最後の……親孝行か……」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:48:21.64 ID:BDJXycWBO
『今日のビロードちょっと変だよ?』

『こら!!先生を呼び捨てにするなんて』

「良いんですよ、あだ名の様な物です。それに自分が気に入ってますから」

『ふんっだ!ビロードが良いって言ってるじゃんか!!』

「ふふっ、そうだね。じゃあちょっとお母さん達と大切な話があるから」

『庭で遊んでなさい』

『はーい』

子供というのは凄い力を持っている。居るだけで凄く空気が軽くなる。しかし、あの子が出ていった今、部屋の空気は重くなるばかりだった。

『先生は、子供達の家を回っておられるのですか?』

「はい、僕が最後に一緒に過ごしたい人は、考えてみれば生徒だって気付いたんです」

『立派なことです』

父親もこちらに来た。

「いえいえ、単なる僕のエゴです、それであの事はお子さんに」

『伝えていません。いや、伝えられませんでした。あんなに楽しそうにしている娘を見たら……言えませんでした』

「仕方ない事です」

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/27(日) 23:53:42.64 ID:BDJXycWBO
『娘は学校でどうでしたか?お転婆ばかりが目立ってどうしようもないでしょう?』

「いいえ、明るくて、無邪気で、太陽のような子でした。眩しくて、思わず目を瞑ってしまいそうなくらい。何度もあの子の笑顔に癒されました」

「……そうですか」

お母さんは泣きだしてしまった。声を気にせずおんおんと。

お父さんの方も涙を堪えるので必死のようだ。

「……将来の夢は、お嫁さん、らしいです。なんとも可愛らしくて、あの子らしい」

『そうですか、そうですか』

皆泣いている。お母さんも、お父さんも、お婆ちゃんも、そして僕も。


この子の道が潰える悲しみに、暮れている。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 00:03:17.48 ID:rd/dXdx+O
「では、まだまだ教え子がいるのでそろそろ失礼しますよ」

『あっ、先生』

お母さんに呼び止められた。

『あの子は先生のことが大好きでした。優しいし暖かいと何時も私に話していました。きっとあの子は貴方のお嫁さんになりたいんだと思います』

「ふふっ、勿体ない言葉です」

『うちの娘、先生になら差し上げますよ』

「ありがとうございます、お父さん。また、明日来ます」


それだけ言うと僕は、庭に居るあの子の下へ向かった。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 00:32:05.47 ID:rd/dXdx+O
『あっ!先生!お話終わったの?』

「うん、終わったんです!!」

『あれ?また泣いちゃったの?』

「ちょっとね、君の好きな人を聞いちゃったからね」

『だっだれ!?そんな嘘言ったの//』

「あれれ?顔が真っ赤なんです」

『べべ、別に先生のことなんて好きじゃないんだから!!』

「あれれー?僕だなんて言ってないですよ?」

『っもう!!学校なんて嫌い!!明日からもう行かない!!』

「ちょっとwそれは困るんです!!」

『ウソ……大好きだから行くもん』

全く、この子の結婚相手はきっとブンブンに振り回されるだろうな。

「……じゃあ、また明日」

『うん!!また明日、学校で会おうね!!先生!!』

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 00:49:28.37 ID:rd/dXdx+O
涙を必死に瞼の内側に押し留めながら僕は次の家へと向かう。教え子たちに“最後の挨拶”をするために。
三軒目、四軒目、僕は急ぎ足で、五軒目、六軒目、僕は駆け足で。

しかし、いずれも人気はなかった。

僕は何度も、また明日、また明日と声を掛け次の家へと向かった。

そして

終わりが見えてきた二十四軒目、僕は

『担任のビロードです』

呼び鈴を鳴らしても、いくら話し掛けても返事は返ってこない。

しかし

『ん?ドアが開いてる』

よく見れば入り口のドアが少しだけ開いていた。

好奇心?いや、そんなものじゃない。漠然とした予感があった。それも、嫌な、背筋が寒々するような嫌な予感だ。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 01:03:44.04 ID:rd/dXdx+O
『……お邪魔します』

何事もなければそれで良い。一番だ。

もうこの家には誰も居ない、そうであって欲しい。

しかし

「あぁ……あぁ」

言葉にならなかった。

そこには

目を見開いたまま絶命している父親と、涙の後が残る死に絶えた母。そして仲良く犬を抱き合いながら眠る二人の姉妹がいた。

数時間前に見た淡い水色のワンピースは、お腹に深々と突き刺さった包丁の下から広がった血色の深紅に染まっていた。

「……なんで?なんで?」

僕の、教え子が、どうして?

お母さん、この子は優しい子なんです。毎朝毎朝、生き物係でもないのにウサギの世話をしてくれていたんです。

お父さん、この子の夢、料理人なんですよ?知ってましたか?貴方達に美味し料理を作りたいと、ほんの数時間前まで笑って話してくれていたんですよ、それなのに、なんで、今この子はこんなに哀しそうな顔をして眠っているんですか?

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 01:17:00.37 ID:rd/dXdx+O
こんなことは間違っている。正しいはずが無い。

誰もが生きたいんだ。最後まで。

誰もが楽しみたいんだ。人生を。

誰かの都合によって勝手に引き際を決められるなんて、絶対にあってはならないんだ。

でも

「……痛かっただろ?苦しかっただろ?そうだよね。こんなに、こんなにちっさいのに。
でもね、どうか、どうかお父さんを恨まないであげてね。愛する人を傷付ける痛みは、傷つけられるよりも何倍も痛いはずだから。
天国に行ったら、僕が、お父さん、お父さんに、説教して上げるから、お父さんの事、恨まないであげてね」

涙を抑えるのは、もう止めだ。泣こう、僕も。

この哀しい世界に涙しよう。
無力な僕に絶望しよう。

「でも、まだ」

まだだ、最後に一人残ってる。僕のことを待っていてくれてるなんてことは分からない。

でも、僕はやらなくちゃならない。

そして、こんな悲しい結果をもう見たくはないんだ。

「また、明日」

言い残し、僕は向かう。二十五軒目、最後の家へ。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 01:35:42.71 ID:rd/dXdx+O
僕の子は無事なのか、それが気になる。だから走る、自分の限界を越えても。それで心臓が破れこの命が尽きたとしても本望だ。

もうチャイムなんて物は見えない。

家を見つけると同時に扉を蹴破る。中に人が居たら?その時は潔く謝ろうじゃないか。

「ツー!!いるかー!!」

名前を叫ぶ、何度も、何度も。

しかし


返事はなかった。

またか、再び悪寒が僕を襲う。

もう耐えられない。こんな世界、午前零時と言わずに、今滅びてしまえ。

視界の端っこに人の足が見えた。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 01:44:29.96 ID:rd/dXdx+O
「はぁ、はぁ……」

またか?またなのか?僕は、僕は救えなかったのか?

恐る恐る、僕は視界に捉えた足の下へと近づいていく。

薬物を飲んだのだろうか?床にはコップと少量の水が零れていた。

思わず吐き出す。そこに居たのは二人、ツーの両親だった。

二人で身を寄せるようにして、静かに眠っていた。

僕は平静を取り戻し、二人に手を合わせた。

しかし、ツーの姿はどこにも見当たらない。

どこだ?どこにいるんだ!?ツー!!

家中を隈無く探したが、ツーの姿はどこにも無かった。

「これは……」

気付かなかった。キッチンテーブルのうえに置き手紙らしきものが置いてある。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 01:52:53.61 ID:rd/dXdx+O
悪いと思いながらも、僕はその手紙を手に取った。

『私達の可愛い娘へ』

一番上には、丁寧な字でそう書かれてあった。

『ツー、お帰りなさい。今日は早かったのね。お父さんとお母さんは少し出掛ける事になりました。急用が出来ちゃったの、ごめんね。
貴方は直ぐにこの家を出なさい。戸締まりはちゃんとするのよ。貴方そそっかしいから。
家を出たら、真っ直ぐ貴方の行きたいところに行きなさい。そしたら私達が迎えに行くからね。お母さんはツーがどこに行くのかちゃんとわかってますよ。
待っててね、直ぐに迎えに行くからね、出来れば……行きたくないわ。ちゃんと待ってるのよ、じゃあね

貴方のお母さんより』

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 01:59:05.64 ID:rd/dXdx+O
涙を拭うのも面倒になった。きっとお母さんも、お父さんも耐えられなかったんだろう。世界の終わりに。そして自分の愛娘に手を掛ける事に。

しかし、今わかった。ツーは生きている。たった一人で両親の迎えをいつまでも待っている。

僕が行かなきゃ。

僕がツーを抱き締めなきゃ。

ツーが居る場所、ツーの好きな場所。

僕には分かる。

足が再び動きだした。

ツーの大好きな場所へ、学校に向かって。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 02:09:57.71 ID:rd/dXdx+O
太陽は完全に地平線の向こうに沈み、代わりに月が昇ってきた。

世界が今、終わろうとしているというのに、呑気なものだ。

月明かりに照らされる学校はどこか神秘的で、哀愁を帯びていた。

僕は一目散に教室へと向かう。通い慣れた、六年二組の教室に。

ツー、どうか居てくれ。

目を凝らす。教室に電気はついていなかった。

スイッチを手探りで見つけ押した。


(*ー∀ー)zzz


彼女は居た。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 02:21:06.51 ID:rd/dXdx+O
静かに寝息を立てながら机に突っ伏している。 

「……はぁ、やれやれなんです」

時計を見ると午後八時を回っていた。彼女の両親が迎えに来るまであと四時間か。 

( ><)「学校……僕の最後にはもってこいの場所なんです」

隣には寝息を立てる教え子。 

(*><)「今日は疲れたんです、ツーの両親が迎えに来るまで僕も眠るんです」

ツーの手に僕の手を重ね、静かに机に身を委ねる。

「神様、地球が無くなったとしても……子供達はこんなに美しいんです、覚えとけ、この野郎なんです」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/04/28(月) 02:21:34.47 ID:rd/dXdx+O
『――√\√^……ますか?ハロー、ハロー、聞こえますか?届いてますか?私の声が
最後の挨拶を……――√\√』


( ><)「また、明日なんです」


『最後の挨拶のようです』

Case2( ><)END


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