- 90 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:02:35 ID:LH4SxSMY0
霜が降りてきたのか、朝の肌寒さに冷気が吹き付けた。
まだ薄暗い夜明け前の空が、頭上を丸く囲んだ。
山小屋の前でペニサスは一人、剣を振っていた。
我流ではあるが、剣閃は空を断裂し、一瞬遅れて風を巻き起こす破壊力を含んでいた。
柔らかい身のこなしで繰り出す一つ一つの斬撃が、全て合わさると舞いに見えた。
魔力を体に充実させることで、達人のそれと違わない動きをすることができる。
"華曲"と呼ばれる一種の魔法装術であるが、ペニサスは名前の定義など知らないし、
興味もなかった。
額にうっすらと汗がにじみ始めた頃には、日が昇りきっていた。
山小屋に戻ると、薄い毛布の上で座禅をかいているモララーがいた。
- 91 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:08:37 ID:LH4SxSMY0
('、`*川「あら、起きてたの」
( ・∀・)「ああ」
近場で摘んだ柔らかい雑草の上に、布を敷いたものが昨晩のペニサスの寝床だった。
荷物が積んである場所から革袋を取り上げ、剣を収める。
腰に革袋をくくりつけ、毛布代わりのかさ布を丁寧に畳み、
バックパックにしまい込んだ。
('、`*川「まだ見える?」
lw´‐ _‐ノv「ぐごー」
人よりも大きい鎌の上に体を乗せて、ハンモックのように宙を揺らぐ少女に、視線を向ける。
彼女の視線を追ってモララーが顔を上げるが、やがて小さく首を振った。
- 92 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:11:56 ID:LH4SxSMY0
( ・∀・)「何も見えない。昨日の少女は、一体何だったんだ?」
('、`*川「ただの幻覚よ」
元々荷物が少ないので、すぐに旅支度は調えられた。
このままモララーを置いて山小屋を出ていってもいいが、
何となくまだその場に居たい気分だった。
理由はわからない。
自分が気分屋だというのは子供の頃から理解していたつもりだ。
( ・∀・)「いや、違う。あれは確かにそこにいた。
人に近いが、最も人から離れているようにも見えた」
('、`*川「幻覚よ」
- 93 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:22:31 ID:LH4SxSMY0
( ・∀・)「不思議だ。俺は……自分がよくわからなくなっている。
お前は仲間の仇なのに、復讐しようなんて気にも起こらない」
('、`*川「ねえ、何が言いたいの?」
( ・∀・)「教えてくれ。あの少女は一体何なんだ」
('、`*川「あれは幻覚。もしくは夢。それでいいじゃない」
( ・∀・)「教えてはくれないんだな」
('、`*川「私、そろそろ行くから」
シューが他人に見えたのは初めてのことだった。
心の何処かで、安心しようとしている自分がいるのを感じ、つばを吐きたくなった。
一人で生きていくと決めたあの日から、他人に甘えるのだけはやめようと誓った。
- 94 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:28:24 ID:LH4SxSMY0
世界中でただ一人だけの自分がいればそれで十分のはずだ。
誰にも見えないシューの存在は、自分の覚悟の象徴でもあった。
モララーの制止を無視し、外へ出る。
地平線の向こうまで続く街道を、北へ向かって歩き始めた。
一時間ほど歩いた頃、不意に首元に絡みつく華奢な両腕を感じた。
シューは何処に置いてきても、いつの間にか自分の傍にいる。
lw´‐ _‐ノv「ねえ、どうして怒ってるの?」
('、`*川「生理不順」
lw´‐ _‐ノv「あらやだ。この子ったら何を悩んでるのかしら。
シューちゃんに相談してごらん。女の子はね、ちょっとしたことで心が傷つくのよ」
- 95 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:34:39 ID:LH4SxSMY0
('、`*川「悩みはあるよ」
lw´‐ _‐ノv「うんうん。きっと友達のことね。あなたってば繊細な子だから」
('、`*川「いつもべったり絡んでくる子がいてね。
いい加減消えてくれないかなーって思ってるんだけど、中々」
lw´‐ _‐ノv「いやあん、それってシューのこと?」
('、`*川「てめえに決まってんだろタコ」
抜刀からの動作は神業としか言えなかった。
腰を捻る一瞬の動作で革袋から剣を引き抜き、そのままの勢いで
宙を逆さに浮いているシューの体を、両断する軌道で斬撃が放たれた。
だが剣は一切の手応えを返さず、シューの体をすり抜けた斬撃は虚空を一回転した。
勢い余ってその場に尻餅をつく。
シューはその姿を指さして笑った。
- 96 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:42:11 ID:LH4SxSMY0
lw´^ー^ノv「いひひひひひひひ。いつから私とテメーが友達になったんだよ!」
( 、 *川「消えろ!」
即座に立ち上がり、腹を抱えて笑っているシューに向かって、二度斬りかかる。
剣はただ二つの空しい軌道を描いた。
( Д *川「何で私なんだ!」
それでもなお剣を振り続ける。
意地ではなかった。
悲しみが体を突き動かしていた。
lw´^ー^ノv「もっとスマートに生きようぜ。ペニサスちゃん」
冷たい頬を涙が伝うのがわかったが、それでも剣を振るうのをやめられなかった。
ペニサスは今、誰よりも自分を斬りたかった。
- 97 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:43:18 ID:LH4SxSMY0
第三話「星酔いの空」
- 98 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:49:07 ID:LH4SxSMY0
ちょうど熊がいたので、丸焼きにしてその日の夕食とした。
肉は臭いし、味も癖があるのだが、栄養としては中々侮れない。
バックパックには一人用のフライパンも入っている。
たき火の上に水と野草を入れ、熊肉を煮込んでだしが出るのを待った。
('、`*川「昼間はごめん」
lw´‐ _‐ノv「もう、ペニサスったらたまに不機嫌になるんだもん。
マジで生理不順な訳?」
('、`*川「生理は、ずっと前から来てない」
lw´‐ _‐ノv「嘘。なんかごめん」
('、`*川「たぶんこれも、あんたの影響なんだろうね」
- 99 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 04:58:17 ID:LH4SxSMY0
シューがわざとらしく首をかしげたとき、二人の頭上に広がる夜空に流星が光の筋を作った。
街道の道ばたにあった岩だなの上で、たき火を囲んでいる。
炎の揺らぐ光に照らされたペニサスとシューは、お互い無表情で、膝を抱えていた。
シューの姿が誰にでも見えるのなら、仲の良い兄弟に見えなくもない。
街道は高原を横切って続いていた。
何処を見渡しても地平線が続くこの場所では、
一度街道を外れたら目印の無い雑草の海を彷徨うはめとなる。
おまけにこの高原は強い毒性を持つ草花が群生しており、
それらを主食としているモンスターたちも、全て毒性を持ったものばかりだ。
一見雄大な大地に見えるこの場所が、死の大地と呼ばれ旅人に恐れられているのはそのせいである。
lw´‐ _‐ノv「ペニサスのこと、少し教えてよ」
- 100 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:04:48 ID:LH4SxSMY0
('、`*川「私のことって、何」
lw´‐ _‐ノv「スリーサイズと、好きな体位」
('、`*川「あ、また流れ星」
lw´‐ _‐ノv「ねえ」
('、`*川「星を降らせる魔法があるんだけど、秘宝なのよね。
使うと一年寿命を使うから禁術にもなってるし」
lw´‐ _‐ノv「おいこら」
('、`*川「私のことなんて、私も知らないから」
傍らに置いてあったナイフを手にとって、鍋をゆっくりと混ぜた。
油膜が割れ、湯気と共に濃厚な匂いが立ち上った。
- 101 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:07:16 ID:LH4SxSMY0
lw´‐ _‐ノv「そういう哲学的なことじゃなくて」
('、`*川「何を知りたいの」
lw´‐ _‐ノv「例えば、どうして私がペニサスと一緒にいるかとか」
('、`*川「やだ、また流れ星」
lw´‐ _‐ノv「待てや」
('、`*川「三回願い事を言うと、願い事が叶うって知ってる?」
lw´‐ _‐ノv「それが迷信だってことまで知ってるよ」
('、`*川「夢が無いわね」
lw´‐ _‐ノv「ペニサスには夢があるのかい」
('、`*川「無いわ。昔はあったけど。今は」
- 102 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:11:18 ID:LH4SxSMY0
lw´‐ _‐ノv「それって?」
('、`*川「服の職人」
lw´‐ _‐ノv「え。服作りたかったの?」
('、`*川「このローブ、自前だよ。私が作ったの」
lw´‐ _‐ノv「へえ。凄いじゃん。色気はあんまり無いけど機能的だし。
見えない部分に編み込み入れて強度出してるでしょ。こだわりって感じ」
('、`*川「よく見てんじゃん」
lw´‐ _‐ノv「キルティと下着も自分で作ればいいのに」
('、`*川「道具が無いの。それにすぐ汚れるから、買う方が楽」
lw´‐ _‐ノv「ふうん。そう。へー」
('、`*川「訊きたいことはそれだけ?」
- 103 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:14:16 ID:LH4SxSMY0
lw´‐ _‐ノv「どうして感情を殺そうとしてるの?」
鍋をかき混ぜる手が止まった。
肉の表面が溶け、野草と混ざり始めた。
食べ頃の証だ。
lw´‐ _‐ノv「ねえ」
('、`*川「邪魔だったの」
lw´‐ _‐ノv「感情が? 人間は感情を大事にしてると思ってた」
('、`*川「世の中には、楽しいことより、悲しいことの方が多い。
だったら感情なんて、邪魔じゃない」
lw´‐ _‐ノv「でも不完全だ」
('、`*川「どうして?」
- 104 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:28:18 ID:LH4SxSMY0
lw´‐ _‐ノv「時々無茶苦茶に暴れるときがあるじゃない。
ところ構わず魔法撃ったり、剣振り回して暴れたり、私を虐めたり」
('、`*川「だから、謝ったじゃん」
lw´‐ _‐ノv「世の中には確かに感情を殺してしまった人間もいる。
例えば君の妹弟子なんかがそうだけど、ペニサスはああはなれない」
('、`*川「どうしてそう思う?」
lw´‐ _‐ノv「さみしんぼだし」
一人と一匹は膝を抱えたまま、高原の真中で静かに向かい合う。
世界でたった二つの生物になった気分だった。
シューが果たして生きているものだと言えるかどうかは、定かではない。
- 105 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:32:56 ID:LH4SxSMY0
('、`*川「私を知ってる人間がいない世界に行きたいって、よく想像する」
lw´‐ _‐ノv「そういう人間が何を望んでるか、賢いシューちゃんは知ってるよ」
('、`*川「強がりで十分だわ。生きるためにはそうする」
lw´‐ _‐ノv「もう一度訊くけど、どうして私はペニサスと一緒にいるの?」
('、`*川「それを訊く為に、師匠を捜してるの」
lw´‐ _‐ノv「嘘だね」
('、`*川「鍋、もう出来てたみたい」
ナイフの刃についた肉汁を舐めた。
口の中に油の匂いが広がった。
lw´‐ _‐ノv「ペニサスは、いまさら訳を訊こうなんて思ってない。
師匠を殺すつもりでいる。そうでしょ?」
- 106 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:37:20 ID:LH4SxSMY0
('、`*川「訳は訊くわ。訊いてから、殺すの」
lw´‐ _‐ノv「生きる為に?」
('、`*川「語弊があるわね。それそのものが、私にとっての生きるってことなの」
lw´‐ _‐ノv「それより、ペニサス。鍋の匂いにつられて、寄ってきてるやつがいるよ」
('、`*川「知ってる」
バックパックからティー用のカップを取りだした。
鍋の汁を豪快にすくって、淵についた汁は舌で舐め取った。
獣の匂いと混じって、夜風に汗臭い男の気配が漂った。
- 107 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:40:17 ID:LH4SxSMY0
自分をつけてきているのは知っていた。
撒かなかった理由は、自分でもよくわかっていない。
ただ一つだけ確かなのは、自分は昔から気分屋であるということだけだ。
( ・∀・)「旨そうだな」
ペニサスは視線を合わせようとはせずに、コップの中の汁をすすった。
彼女の態度に少し不満そうな顔をしながらも、岩だなの上に乗り上げたモララーは、
ペニサスの真向かいに座った。
先ほどまでシューがいた場所であぐらをかき、膝の上に肘を置いて、
汁をすする彼女の顔をじっと見つめている。
- 108 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 05:49:49 ID:LH4SxSMY0
('、`*川「何か用?」
( ・∀・)「用というほどではないが、お前北に向かってるだろ。どうせ方角が同じなんだ。
少しの間、一緒に旅をするくらいいいだろ」
('、`*川「仲間はもういないわよ。一度国に戻っても、誰も責めはしないでしょう」
( ・∀・)「騎士が使命から背くことなどできんさ。
それに討伐隊は俺たちだけじゃない。旅の道中、別の隊と出会うことができれば、
俺はそっちに移る」
('、`*川「エンドヘブンに行って、何をハントするつもりなの?
命を賭けるほどのものが、あそこにあったかしら」
( ・∀・)「王にとっては、命よりも大事なものを救う手立てが、あそこにあるんだ。
仕える騎士にとっては、命を賭けるに十分値する」
- 109 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 06:01:09 ID:LH4SxSMY0
気の弱い所もあるモララーが、一歩も引かない様子を見せると、
諦めを示す冷めた笑みがペニサスからこぼれた。
僅かに開いた口から八重歯が覗く。
モララーは満面の笑みで笑い返すと、岩だなの上に寝転んだ。
数分もしないうちに、彼の方から安らかな寝息が聞こえ始める。
ペニサスに追いつくため、かなり無理をしたのだとよくわかる。
lw´‐ _‐ノv「涙ぐましいねえ。こういうので心ときめいたりすんの?」
('、`*川「しないなあ」
lw´‐ _‐ノv「だと思った」
('、`*川「運が悪かった」
lw´‐ _‐ノv「何が?」
- 110 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 06:09:21 ID:LH4SxSMY0
('、`*川「私も、こいつも、こいつの仲間も、みんな運が悪かった」
lw´‐ _‐ノv「それって、哲学?」
('、`*川「真実よ」
lw´‐ _‐ノv「ふうん」
お互いが無言になると、モララーの寝息と、鍋の煮立つ音がやけに目立って聞こえた。
空を見上げた瞬間、再び流星が光った。
星の海を駆ける光の尾は、滑らかな軌道で夜空を裂き、地平線に落ちていった。
長い間光り続けていたため、もしかしすると願い事を三度言うくらいの時間はあったかもしれない。
('、`*川「私は、生きたい」
流星の軌跡が黒ずんで残った空に、願い遅れた言葉を呟く。
名前の無い星が一つ、微かに瞬いた。
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