('A`)ドクオが川 ゚ -゚)八尺様に出会ったようですのう

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:35:42.20 ID:WslXTgAJ0

         副題:幽霊が本当に居るだなんて、胸が熱くなるな。


5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:36:11.20 ID:WslXTgAJ0





   すっかりと科学に支配されたこの世だけれど、不思議な事はまだまだあるようです。           





6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:37:20.47 ID:WslXTgAJ0
('A`)「……」

午前七時。窓から差し込む柔らかい光線の中、青年は目を覚ました。
ベッドに横になりながら眩しい窓ガラスへと視線を遣ると、青空が広がっていた。
耳を澄ませば遠くから蝉の声が聞こえる。昨日と同じく、今日も暑くなりそうだ。

七月の下旬に差し掛かり、明日から夏休みに入る。夏休み。
つまり、青年――鬱田ドクオは学生なのだ。
私立ビップ学園に通う高校一年生の青年である。

ドクオという青年が育った家庭は庸俗である。
サラリーマンの父親と、昼間はパートをしている母親。
それと中学生の妹を加えて、至って平凡な四人家族だと周りの人間からは知られている。

そんな家庭の中で育ったドクオも、無論陳腐な人間だ。成績は中レベル。友人の数は少ない。
そのような彼だが、他の人間よりも優れている点が幾つかある。人間は短所ばかりではない。

一つは、彼がオタクとしての造詣が深い事だ。アニメ、漫画、ライトノベル、ゲームに精通している。
まだまだ荒削りではあるが、所謂萌え絵も描ける。
世間からは冷たい目で見られ勝ちな趣味なので、大っぴらに喋らずに親しい者だけに打ち明けている。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:40:00.79 ID:WslXTgAJ0
('A`)(妙な閉塞感を覚えるな。例えば、大量の地の文に挟まれた台詞のような閉塞感だ)

もう二つだけ触れておこう。

ドクオは大のオカルトマニアであり、それに関する書籍を沢山と集めている。
インターネット上の怪談サイトを目に通す事が多く、怪談を創作して投稿する事もある。
時には自らカメラを持って心霊スポットに赴く事がある程に、オカルトへと傾倒している。

彼は怪異に遭遇したがっているがしかし、それらに出会った経験は一度も無い。
この世は、とてもつまらない物だ。本当につまらない。マジでつまらぬ。

最後の優位点。
それは、百九十センチメートルを越える身長を誇る――云わば長身な事だ。

正直、彼は鬱々とした暗い性格なので、本来ならば確実に虐められていただろうが、
身長のお陰で威圧感があり、いじめには遭わない。……けれども、一概に長所とは言い難い。
ただでも引っ込み思案な性格ゆえに友人が出来難いのに、長身の所為で誰も寄って来ないのだ。

('A`)(……そろそろ起きるか)

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:44:41.22 ID:WslXTgAJ0
ドクオはベッドから下り、大きく両手を上げて背筋を伸ばした。
狭い自室を見回して、衣紋掛けにある制服を手に取る。
黒いスラックスに白いワイシャツ。彼は下着姿から制服に着替える。

今日を何事も無くやり過ごせられれば、少しの間制服とはお別れである。
彼は自室を出て、古臭い木造の階段をギシギシと軋ませて下り、一階のダイニングに入った。

('A`)「カーちゃん。俺はパンが嫌いだって知ってるだろ。これはいじめなのか?」

椅子に座ったドクオが、目の前に置かれているトーストを見て、台所で食器を洗っている母親に言う。
しかし、母親は肩を竦めただけだった。

高校生にもなって何を言うのだ。文句があるなら自分で作りなさい。そう母親の背中は物語っている。
彼は二の句を継げなくなった。ドクオは、渋々とトーストを齧り始めた。トーストは美味しくない。

そうしていると、少女がやって来て彼の前の席に座った。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう」

ブレザーを着ている少女は、ドクオの実の妹で、デレという名前だ。
隣町の私立中学校に通っている。

いつもニコニコとしており、顔が整っていて、声は美麗。そして誰にでも気配りが出来る少女。
鬱田家で成長を期待されている娘である。
ドクオ? 長い人生だ。彼にも良い事があるさ……。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:47:05.05 ID:WslXTgAJ0
('A`)「おはよう。今日で一学期は終わりだな」

ζ(゚、゚*ζ「お兄ちゃん。昨晩、自慰をしていたでしょ。
       隣のあたしの部屋までビデオの音声が聞こえていたよ」

('A`)「……」

人間。一つくらいは短所がある。短所ばかりではなければ、長所ばかりでもないのだ。
デレの場合、恥じらいもせずに性的な言葉を吐く事だった。妹は思春期。やかましいわ。
ともかく、たった一人の兄として、妹をたしなめてやらねばならない。

('A`)「あのな――」

ζ(゚、゚*ζ「早くご飯を食べないと、お兄ちゃんの友達が迎えに来ちゃうよ」

('A`)「……」

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:49:40.56 ID:WslXTgAJ0
ドクオは口下手である。頭の回転が潤滑なデレに、たびたび言葉を遮られる事がある。
ため息を吐いて、彼はトーストを食べ終えた。

掛け時計を見れば、長針と短針が七時半を指している。
もう少しすればドクオの友人が来る。
友人はショボンという名前で、小学生の頃から付き合いがある青年だ。

空いた食器を母親に渡して、ドクオがゆっくりとしていると、家中にインターホンの音が鳴り響いた。
彼は学生鞄を持って玄関へと向かう。
靴を履いて玄関扉を開けると、門の前にショボンが立っていた。

(´・ω・`)「おはよう。相変わらず、鬱々とした顔付きだね」

('A`)「うっせー。生まれ付きだから仕方が無いんだよ。さっさと、行こうぜ」

ドクオとショボンはアスファルトの上を歩く。
陽射しが強く、早朝なのに暑い。蝉の合唱が聞こえる。

ふと彼は目を細めて辺りを見回した。通勤、通学途中の人々の姿が疎らに見える。
刺激的な物が一つも見当たらない。全く平和な風景だ。ドクオはこの風景を嫌っている。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:51:30.97 ID:WslXTgAJ0
どうしてこの世界には、魔法という概念が存在しないのか。
車や人間は大空を舞うべきである。万物の法則など無視してしまえ。
彼は思うが、此処はファンタジーの世界ではないので、当然の事ながら願いは叶わない。

('A`)「んんん」

何というつまらない世界だろうか!
危うく、ドクオは往来で叫びそうになった。気狂い一歩手前と言った風である。

彼には幻想家な一面がある。
不思議が堪らなく好きなのだ。想いは強くて、自身を苦しめるまでに至っている。

世界には凡そ七十億の人間が存在している。
その中に、少しくらいは人間以外の存在が居ても良いではないか。

(´・ω・`)「何か言った?」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:53:09.57 ID:WslXTgAJ0
('A`)「いや…」

「気の所為だよ」。
ドクオは頭を微かに振って、歩を進める。ショボンは唇を尖らせて彼に続いた。

彼らが通うビップ学園は、長い坂を登った先にある。
その坂の事を考えると、ドクオはげんなりとした。

やがて二人は坂の手前の交差点まで来る。
すると、向かい側の歩道に数人の人だかりがあった。何だろう。

(´・ω・`)「おや。どうしたんだろう? 事故かな?」

('A`)「……行ってみよう」

この時、ドクオは胸中が僅かにざわめくのを感じた。
どうしてかは分からないが、確かに感じたのだ。

横断歩道を渡り、二人は集まっている人々の間を割って入る。
そうすれば、ドクオとショボンは同時に目を丸くした。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:55:30.90 ID:WslXTgAJ0
歩道の傍らにある地蔵が、無惨に破壊されていたのだ。
背後の大人達は、犯人は誰かとひそひそと会話をしている。

ドクオには心当たりがあった。
昨晩、最近では珍しくなった暴走族のマフラー音がうるさく響いていた。
いや。奴らに暴走族などという格好の付く名称は不必要だ。彼らには“珍走団”がお似合いである。

まあ、そいつらが仕出かした事だろう。
行き交う人々を見守っている地蔵様を破壊するとは、愚か千万だ。

(´・ω・`)「酷いねえ。きっと、罰が当たるよ。……さて。遅刻をしてしまうから行こうか」

ショボンは呟き、人だかりから抜け出た。
ドクオも彼を追う。二人は左に曲がり、勾配に差し掛かる。

('A`)(……)

不意にドクオが立ち止まり、地蔵のあった場所を眺めた。
例えばあれは邪悪を封じ込めている地蔵で、潰された事を切っ掛けに悪霊が蘇ったりしないだろうか。
……馬鹿馬鹿しいにも程度という物がある。ドクオは歩を進めた

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:57:25.40 ID:WslXTgAJ0
学校に辿り着いた二人は、学び舎の一階にある一年五組の教室に入った。
級友はほとんど揃っている。

ドクオは、掃除用具入れの前の席に腰を下ろした。
暗い性格の彼に合った、教室の隅の方の場所である。

学生鞄を開き、ドクオは中から一冊のノートを取り出した。
今日は授業が無いので、勉強用ではない。

そのノートを開く。
そこにはアニメチックな可愛い女の子の絵に、長々とした文章が添えられていた。
これは、彼が好きな妖怪が書かれた――いわば妖怪図鑑である。
あらゆる物の怪の詳細が載っている。

妖怪の絵が何故か可愛らしいのは、彼がオタクだからである。
彼はノートを見つめて、人目を憚らずにニヤニヤと笑みを浮かべる。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 20:59:33.12 ID:WslXTgAJ0
この自作図鑑には、妖怪の強さ順に並べられている。
ドクオは独断と偏見で基準を設け、書き記しているのだ。

彼とて柳田國男の妖怪談義を知っているが、妖怪と幽霊の違いは考えられていない。
いちいち境界を設けていない方が面白いからだ。彼は典型的な夢見がちな若人と言えよう。
目下、黒歴史を生産中なのである。そして、この文章を書く自分も黒歴史を生んでいる。オワタ。

さて。妖怪図鑑の一ページ目。
ドクオが始めの頁に捲ると、千早に白衣、緋袴、そして草履を履いた美しい女性が描かれている。
彼はこれを玉藻前としている。有名な、白面金毛九尾の狐である。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:01:48.28 ID:WslXTgAJ0
何万もの兵を相手に渡り合った彼女は、一頁目を飾るに相応しい。
様々な舞台で悪役として登場している。現世に蘇って暴れてくれやしないだろうか。
彼女に想いを馳せていると、友人が女と手を繋いで登校して来た。ドクオは舌打ちをする。

('A`)「よう」

ξ゚听)ξ「おはよう」

( ^ω^)「おはようだお」

ドクオはノートを学生鞄に仕舞い、隣の席に座った肥え太った微笑み顔の青年と、少女に挨拶をした。

青年は内藤ホライゾンと言い、ドクオが小学生の頃からの知り合いである。幼馴染だ。
あだ名はブーンと言う。奇抜なあだ名には、往々にして由来があるものである。

その昔、両腕を広げて“ブーン”と叫び、プールの飛び込み台から華麗に飛んだ事から由来している。
腹からの着水だった。痛みに悶えるブーンを思い出すと、ドクオは大笑いをしてしまいそうになる。

少女の方の名前は赤露ツン。ドクオが高校に入学した後に知り合った人間である。
一風変わった苗字を持つ彼女は、一見近寄り難そうな印象を受けるが、根本は優しい少女だ。
輝かんばかりの金色の髪の毛と、透明感のある白い肌も魅力的である。そう。可愛らしいのです。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:04:00.99 ID:WslXTgAJ0
('A`)「今日も二人揃って仲良く登校とは、妬けるね」

( ^ω^)「お」

ξ*゚听)ξ「同じ方向に住んでて、毎朝ブーンが迎えに来るから仕方なくよ」

('A`)「はいはい。ご馳走様」

ブーンとツンは付き合っている。二人の恋人同士としての仲は、生徒数の少ない学校では有名である。
憎らしいくらいに仲が良い。ツンは昔は刺々しかったが、今はデレ期が到来していて落ち着いている。
此処とは違う別世界があると仮定して、そこでも仲睦まじいに違いないと思う程に熱々だ。

死ね、とドクオは思う。

中学生の時の話だ。
修学旅行の宿にて、生涯童貞を貫こうと、彼とブーンは夜遅くまで親身に語り合った。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:06:06.27 ID:WslXTgAJ0
なのに何だ! 
高校に入学してブーンの奴めは自分との約束を破り、女と付き合いだしたではないか!
おう。死ねば良いぜ。早く死ねよ。何処かの掲示板の住人の如く、ドクオが昂ぶるのは仕方がない。

放課後の生徒が少なくなった校内で、キスをしている二人の姿もたびたび目撃されている。
前の席に座るツンと極々自然に手を握り合っているブーンを、彼は眉根を寄せて睨み付けた。

( ^ω^)「……ドクオ。どうしたんだお?」

('A`)「胃がキリキリと痛むだけだ。別に、気にしなくても良い」

(;^ω^)「滅茶苦茶気になるじゃないかお」

('A`)「この夏は旅に出ようかな! 自らの死地を探す旅に!」

意味が分からない。

ブーンが訝しげにドクオを見つめていると、チャイムが鳴り、教師がやって来た。
教師は点呼を取ってから、体育館へと生徒を誘導した。暑苦しい空間の中、終業式が終わる。
そうして教室に戻り、教師から夏休みの生活について指導をされたあと、本日の日程は終了となった。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:08:03.64 ID:WslXTgAJ0
他のクラスメートは帰り、教室内にはドクオと、彼の友人達だけが残っている。
友人達はドクオの席に集まる。ドクオ、ショボン、ブーン、ツン。

この四人はそれぞれに親交が深い――云わば親友同士である。ドクオは彼らと外で遊ぶ事が多い。
流石にドクオがツンと二人で会う事は無い。彼女と遊ぶ場合、大体はブーンが付属してくる。

明日から長期の休みである。
四人は課題をそれなりに熟(こな)しながら、どうにか夏休みを満喫する予定を立てる。

( ^ω^)「夏休みと言えば虫取りだお! 近場の山に虫取りに行くお!」

(´・ω・`)「ブーンは何歳なんだ。小学生で卒業しておけ。……海で遊ぶのはどうだろうか」

ξ゚听)ξ「でも、海なら見飽きているわ。かと言って、山も見飽きているし」

ドクオ達が住んでいる町は海沿いに面しており、尚且つ山も付近にある。
ビップ市には一通りの機能が整っているので、田舎とまでは行かないけれど小さな街である。
だから、都会の学生達のように自然を楽しめないのだ。彼らは海や山で遊ぶのは飽いている。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:10:26.56 ID:WslXTgAJ0
ドクオ以外の三人は悩む。夏休みらしい遊び方を考えるのだ。
しかし、いつまで経っても良い企画は浮かばない。長い休みも困り物である。

('A`)「ふっふっふ。ちょっと、お前ら聞いてくれ。面白い話がある」

ふと隅っこの席に座っているドクオが、含みのある笑みと共に言葉を出した。
気持ちの悪い笑顔だった。彼は自身が悩む程に、笑顔が全く似合わない青年なのだ。

嬉しそうな彼の表情を見たブーンとショボンは、視線を見合わせてため息を吐いた。
何と二人は、ドクオが次に口走るであろう言葉が正確無比に分かってしまうのである。

ドクオはオカルトマニアだ。そして、前述の通りに、彼は心霊スポットへと足を運ぶ事が間々ある。
夏休みを利用して、怪しげな廃墟に誘うつもりだ。ショボンは首を竦めて、彼の言葉を遮る。

(´・ω・`)「おっと。ドクオは心霊スポットに誘おうとするのだろうけど、僕達はもう懲り懲りだよ。
       この前の事件を思い出してくれ。君が廃墟だと思い込んでいた洋館に人が住んでいて、
       こっ酷く叱られた事件を。学校に連絡されるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてしまった」

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:12:20.37 ID:WslXTgAJ0
(;'A`)「うっ。……確かにあれは失敗だったが、今回は違う。正真正銘の無人のお邸だ」

( ^ω^)「どうだか。また人が住んでいるかもしれないお。というか、幽霊なんか居ないお。
       今まで、何度か一緒に廃墟に行ったけど、一度だって心霊現象に遭った事がないお」

('A`)(……)

(´・ω・`)「ブーン」

ショボンはブーンの横腹を肘で小突いた。

ドクオのオカルトに対する情熱は、友人なら誰もが知っている。
言い過ぎだ。黙り込んだドクオを見、ようやっとブーンは察した。彼は空気を読まないきらいがある。

(;^ω^)「悪かったお。……それでドクオは何処に行くんだお。話だけなら聞いてあげるお」

ドクオは顔を上げて、学生鞄から一冊のメモ帳を取り出した。
そのメモ帳を開いて、ドクオはとうとうと説明を始める。

('A`)「今、ネットで騒がれている無人の洋館がある。
    “風車(かざぐるま)館”と呼ばれていて、隣県の山中に建っている」

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:13:59.90 ID:WslXTgAJ0

(´・ω・`)「風車館?」

('A`)「本来は新速(にいそく)邸と言うらしいが、その名称になっている。何故かと言うとな。
    その屋敷の周りには、無数の風車が地面に刺さっているんだ。動画で見たから間違いは無い」

( ^ω^)「ふうん。その洋館で何があったんだお?」

('A`)「んんん。ブーンは良い質問をするねえ。十数年前。風車館でとある事件が起こったんだ。
    使用人を含む、新速家の人間達が惨殺されたみてえだ。当時、ニュースにもなったようだぜ。
    それ以来、風車館には怨念が満ちて、館に足を踏み入れた人間共を容赦無く祟り殺すらしい。
    どうだ? 恐ろしいだろう。俺達はそこに肝試しをしに行くんだ。来週あたりどうだろうか」

ドクオが言い終えると、ブーンとショボンの二人は各々複雑な表情をした。

よくドクオに廃墟へと駆り出されるので、怖くは無い。

しかし、これも飽きているのだ。それに、無人の汚れた館なんて、踏み入りたくない。
三人はそう思っていると、ドクオは勝手に覚った。
彼には策がある。まずは、三人のやりとりを見守っているツンから口説き落とすのである。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:15:18.99 ID:WslXTgAJ0
('A`)「ツン。俺と一緒に行こうぜ。一人きりだと楽しくないしな」

ξ゚听)ξ「え? うん。私は構わないけれど……」

複雑な表情をして、ツンはブーンに一瞥を投げた。
平素の彼女は強気だが、親交のある者からの押しには弱く、誘うと用事が無ければついて来てくれる。
彼女を仲間に加えられれば、ブーンも自動的に付属してくるのだ。彼は恋人に過保護である。

( ^ω^)「……ツンをドクオなんかと一緒に出来ないお。僕も肝試しに参加してやるお」

ブーンは自分の事をどう思っているのか、ドクオは気になったが、とにかくブーンも話に乗った。
そうすると、ショボンも廃墟探索に付き合ってくれるというものだ。
日々勉学に明け暮れている彼は寂しがり屋な一面があり、仲間外れが嫌いなのだった。

(´・ω・`)「ちぇっ。よく考えたもんだ。僕もその風車館とやらに行くよ。来週の水曜日でどうだい?」

それぞれ大なり小なり性格に癖があれども、彼らは基本的に気のいい人間達である。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:17:05.09 ID:WslXTgAJ0
('A`)「良いぜ。じゃあ、来週の水曜日。朝の九時頃にビップ駅に集合な」

一同は頷いた。それから、誰も口を開かなくなる。不意にしじまが訪れたのだった。
太陽が雲に隠れて教室が翳り、微風でカーテンが揺らめく。――外から蝉の鳴き声が届く。
その中に人の声が混じったような気がして、ドクオは友人達に顔を向けた。

('A`)「ん? 何か言ったか?」

(´・ω・`)「何が?」

ξ゚听)ξ「?」

( ^ω^)「お」

友人達は喋ってはいないらしい。気の所為かと、ドクオは学生鞄にメモ帳を仕舞い、腰を上げた。
通学時とは違い、課題を詰めて重くなった学生鞄を手に持って、友人達と帰路につくのだ。

('A`)「帰ろうか」

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:18:40.75 ID:WslXTgAJ0
ドクオとショボンは、学校の校門前でブーンとツンの二人と別れた。
ツンの家は山の麓に建っていて、ドクオ達が住んでいる場所とは反対側に位置している。

毎日、ブーンがそこまで送るのである。何と言うかまあ、心配りの出来る男だ。
空気は読まない癖にね。ドクオは心の中で毒づきながら、ショボンと歩く。

(´・ω・`)「今日は夕立が降りそうだね」

('A`)「ん」

朝は鬱々としていて気にしていなかったが、大空には分厚い入道雲が漂っている。
あの雲を抜けた所に、古城が浮かんでいないかしら。……確かに、驟雨(しゅうう)でも降りそうだ。

ドクオは鞄の持ち手を握ったまま、後頭部で両手の指を組んで歩く。
田んぼの風景を横目で見遣れば、風が稲穂をささやかせ、水面に波を作っている。
ドクオは平和な一瞬を一枚一枚切り取って、記憶の奥底に封じて行く。

その複数の一瞬間を脳内に封印している中途、彼はとてつもない違和感を覚えた。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:20:59.92 ID:WslXTgAJ0
何かが、平和とはかけ離れていた。足の動きを止めて、ドクオは目を凝らす。
静穏な風景が彼の双眸に映る。田んぼではない。おかしいのは、その向こうに伸びる畦道である。

川 ゚ -゚)

('A`)「……」

畦道に女性が立っている。
長い黒髪に麦藁帽子を被った女性が立っている。遠目で見ても美人だと分かる。
女性は淡いクリーム色のロングスカートに、白いブラウスを着ている。

首には大きなヘッドフォンを掛けている。ドクオは、あのような女性を街で見掛けた事がなかった。
あれだけの美貌を誇っているのなら、小さな街で噂になるのは必然だろう。だが、彼は知らない。
女性はドクオ達をじっと見つめている。立ち尽くしているドクオに、ショボンが呼びかける。

(´・ω・`)「どうかしたの?」

('A`)(……)

だがしかし、ドクオは答えなかった。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:22:40.91 ID:WslXTgAJ0
しばし、惹かれたかのようにドクオが見ていると、女性は身体の向きを変えてゆっくりと歩き始めた。
違和感がある。女性は、田んぼの側にある家屋の裏へと消えて行った。すると彼はたじろいだ。

(;'A`)(そうか。彼女は俺と同じくらいに背が高いんだ・・・)

家屋にはブロック塀があり、その高さは一般的な高校生の身長と同じくらいである。
さっきの女性は、ブロック塀から肘より上を覗かせていたのだ。

目立つ女性だった。
旅行客だろうか。ドクオは今しがたの女性が何故か気になってしまい、急いで家屋の裏手に回った。

('A`)「あれ?」

けれども、そこには女性は居なかった。
見飽きた田園風景が広がっているだけであり、しつこいようだが女性は居ない。
畦道には農作業をしている中途の、中年の男性がゆっくりと歩いている。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:24:46.38 ID:WslXTgAJ0
短時間で女性はどこに行ったのだろうか。ドクオは「ううむ」と腕を組んで、その場で佇む。

(´・ω・`)「おいおい。一体、どうしたんだい」

突然の奇行に走ったドクオのあとを追って来たショボンが、彼の右腕を掴んで軽く揺すった。
友人は暑さで頭が茹ってしまったのか。

('A`)「ショボン。さっきあぜ道に立っていた背の高い女、誰か知らねえ?」

(´・ω・`)「背の高い女? 田んぼのおっさんしかおらんかったがな」

女性はおっさんではない。
自分と同様に立ち止まったのに、ショボンは女性を見ていないと言う。
暑さが見せた幻影……、ではない。確かに、畦道に女性が立っていたのだ。

ドクオは腕を組んで考える。彼には長身の女性に心当たりがあるのだ。
ネット上にある怪談の内の一つに、八尺様という話がある。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:26:42.09 ID:WslXTgAJ0
二メートルを越える身長を持ち、人語を話さない。
「ぽぽぽ」と濁音とも半濁音とも取れる声を出す。
大体の場合は、頭に何かを被っているらしい。

彼女は魅入った人間を執拗に追い回す性質を持つ――こう言ってはなんだがありきたりな悪霊だ。
撃退方法はお札や念仏が効果があるみたいだが、その怪談では精微な記載はされていない。

つまりは不明なのだ。
怪談は事細かく解決方法を書かない方が、恐怖心を煽られるものである。

('A`)(俺が狙われたのか?)

ドクオの心がにわかに弾んだ。
『俺は怪談の存在に殺されるかもしれない!』そう思うと、勃起しそうだった。
オカルトマニア冥利に尽きるというやつである。だが、すぐにドクオの精神は現実に引き戻される。

怪談は怪談なのだ。誰かが怖がらせようと創作した代物である。
ドクオだって、掲示板に幾度と怪談を投稿をしている。
さっきのは、ただの背の高い人間の女性なのだ。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:28:41.03 ID:WslXTgAJ0
『お兄ちゃん。現実世界に、不思議は有り得ないよ』

いつか、妹のデレがドクオに言った言葉だ。
リビングにて、ドクオが心霊特集を録画したビデオテープを再生して楽しんでいる時に、
テレビを兄に占拠されてつまらなくなったデレが、ちくりと彼に言い放ったのである。

何気無い日常での一言だったがしかし、ドクオは強烈な胸の痛みを覚えたのだ。
自分の情熱を、否定されたような気がしたのである。

(´・ω・`)「そろそろ帰ろうよ。ほら。本当に雨が降りそうだし」

('A`)「うん」

遠くから雷鳴が響いた。
空高くには、綿菓子のような雲がかかっていた。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:30:31.99 ID:WslXTgAJ0
その日の夕刻。
ドクオはダイニングで熱いお茶を啜っている。外からは激しい雨音が聞こえてくる。

彼の背後の和室では、妹のデレが取り込んだ洗濯物を畳んで片付けている。
今晩、二人の両親は帰って来ない。共通の知人が事故で亡くなったらしい。
今日は、ドクオは妹と二人で留守番である。勿論、変な気は起きないし、起こさせない。

('A`)「ふう。暑い日には、やっぱり熱い飲み物に限るねえ」

ζ(>、<*ζ「くつろいでいないで、お兄ちゃんも手伝ってよー」

デレはため息を吐いた。図体が大きい割りに、使い物にならない兄貴だ。
ドクオは顔を後ろへと向けた。ブレザー姿のデレが洗濯物を畳んでいる。

そうだ。彼女も、肝試しへと連れて行くのは如何だろう。
デレは現実派ではあるが、夏休みの一日くらい遊びに付き合って貰うのも良いではないか。
ドクオは低い声で、廃墟での肝試しの話を妹に持ちかけた。

('A`)「デレ。来週の水曜日に、友人達と肝試しに行くんだが、お前もどうだ?」

ζ(-、-*ζ「また肝試し? お兄ちゃんったら、本当に飽きないね。何処に行く気なの?」

('A`)「隣県にある洋館だ。風車館と言ってだな――」

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:31:48.70 ID:WslXTgAJ0
ζ(゚、゚*ζ「風車館」

デレは洗濯物を持っている手の動きを、はたと止めた。
彼女のくりくりとした眼は、古ぼけた鏡面台の曇った鏡へとじっと向けられている。

どうかしたのか。
ドクオが食い入るように妹の横顔を見つめていると、デレは再び家事を始めたのだった。

('A`)「あれ? デレは風車館を知っているのか?」

ζ(゚、゚*ζ「……うん。友達が話しているのを聞いた事があるの。
       無数の風車が植えられた屋敷」

('A`)「そうそう。その風車館だ。デレも一緒にどうかなって」

断るのは火を見るより明らかだ。なのでドクオは駄目で元々で誘ったのだったが、
意外にもデレは、形の良い顎を小さく上下させた。

ζ(゚ー゚*ζ「良いよ。あたしも行く。内藤さんも来るんでしょ?」

('A`)「ああ」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:34:00.37 ID:WslXTgAJ0
成る程、とドクオは妹に見えないように手を打った。
デレはどういうわけかは知らないが、ブーンに想いを寄せているのである。

あの小太り青年の何処に魅力があるのか。
実の兄である彼でさえも、理由を掴めないでいる。

兎も角、デレはブーンが来るから了承をしたのだろう。
だとすると、一つだけ避けられない問題がある。肝試しにはツンも来るのだ。
気まずい空気になるのは容易に想像が可能だ。

二人が付き合っている事は妹も知っている筈だが・・・。

('A`)「……ツンも来るんだけど」

ζ(゚、゚*ζ「そう」

短く言い、デレは畳み終わった洗濯物を洋室へと運んで行った。
一人残されたドクオは、「乙女心はかくも分からない物だ」と肩を竦めた。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:36:44.48 ID:WslXTgAJ0
('A`)「〜♪」

午後二十一時頃。
デレが作ってくれた夕食を食べ終えたドクオは、二階の自室へと戻ってパソコンの前に座った。

ドクオの自室は狭く、飲み終えたペットボトルや雑誌などが散乱しており、秩序を失っている。
よくデレに注意をされるのだけれど、彼は整理整頓などには理解が至らない。
掃除なんて言葉は、彼の辞書には記載されていない。自分が分かる場所に物が置かれていれば良い。

ドクオはヘッドフォンを耳に当てながら、動画サイトを閲覧している。
廃墟探訪系の動画である。書き手も廃墟は大好きだ。
はい! その情報はいらないですね。

彼はちらりと窓ガラスへと視線を向けた。窓ガラスに雨水が滴っている。
単なる夕立だと思っていたのだが止む気配が無く、雨が降りしきる夜になるだろう。

('A`)「“ビビり過ぎ”、っと」

あまり性質の良くないコメントをして、ドクオは背もたれに深く背中を預け、大きな欠伸を溢した。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:39:15.55 ID:WslXTgAJ0
暇だった。

どれくらい暇だったかと言えば、それから四時間、ずっとパソコンの前に座っていたくらいだ。
とても暇過ぎたのである。

四時間が経過したという事で、現在は深夜の一時過ぎになっている。
両親が居ないのを良い事に、ドクオは夜遅くに浴室へと入った。
咎める者が不在であれば自由だ。

ドクオは風呂に入る時、電気を消す習慣がある。
その癖がついたのは、いつ頃かは彼自身も覚えていない。

真夜中に窓を全開にして、浴室を真っ暗にして入る風呂は格別だと思う。
誰にでもなく呟いて、ドクオは笑みを浮かべた。

サアサアと雨が降る音が聞こえる暗闇の中。

ドクオはゆっくりと瞼を閉じて、昼間の光景を思い出す。
心を奪われるかの様な綺麗な女性だった。
あれが自分の彼女ならばどれくらい幸せだろう。

彼は思春期真っ只中の青年なので、ついつい不埒な妄想をしてしまう。
つまりは、彼と女性がセックスをして、乱れきっている姿である。
聞いた事の無い女性の声を、ドクオが自分の耳触りの良い様に想像する。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:40:56.94 ID:WslXTgAJ0
生殖器がむくむくと大きくなりかけた時、ドクオは大事な事柄を一つ思い出した。

あの女性は、人間では無いのかもしれないという淡い希望だ。
希望。彼からすれば、それは望みなのである。世界は不思議で満たされているべき。
人の考えは多種多様なので、ドクオの一念は唾棄すべき事柄ではない。

女性が怪異で、そして抱けたら。うは、夢がひろがりんぐ。
ちょっと最高が過ぎるのではなかろうか。悦に入ったドクオの頬が緩みっぱなしになる。

('A`)「うん? デレか?」

ドクオがいきり立った愛欲を弄ろうとしていると、ふと脱衣所に人の気配がした。
今、家に居るドクオ以外の人間は、自分の部屋で眠りに就いているデレのみである。
もしも、他の人間が居るとするならば、そいつは泥棒である。それは非常に戴けない。

ドクオは股間をタオルで隠しつつ、扉を少しだけ開いてちらりと脱衣所の様子を覗いた。

('A`)(誰も居ねえ。気の所為だったか)

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:42:53.88 ID:WslXTgAJ0
今日は気の所為が多い日だな。
性欲の処理をする気が失せて、ドクオは浴槽から出てシャワーを浴び始めた。

無造作に伸びた汚らしい髪の毛に水分を含ませて、安物のシャンプーを適度に塗りたくる。
洗髪をするからには瞼を閉じなければならない。瞼を閉じないとシャンプーが目に入って痛い。
ドクオは、この視界が真っ黒になる瞬間が好きである。何故かと言うと、

『背後に何者かが居る気がする!』

からだ。彼らしい理由だが、誰だってそう感じる事があるだろう。
怖い話を読み終わった後は、特に背後が気になってしまうものである。

ドクオはシャワーを止めて目を開け、ゆっくりと振り返った。
後ろには誰も居なかった。ふう、とドクオは唇を尖らせて息を吐き、またシャワーを浴びた。

「……」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:44:25.37 ID:WslXTgAJ0
清潔に身体を洗い終えたドクオは、ドライヤーを片手に持って浴室を出た。

リビングでテレビを観ながら、ドライヤーで髪を乾かす。
テレビでは、十八禁ゲームが原作の有りがちなオタク向けのアニメが放送されている。
オタクのドクオが好きなのは言うまでも無い。

頭髪を乾かし終わり、ドライヤーを元に戻して再びアニメを堪能する。
ここでも彼は部屋の電気を消している。ドクオと言う青年は暗所を好む傾向にあるのだ。

属性で言えば闇属性だろう。職業はダーク高校生である。
魔法と物理攻撃にとても弱く、呪殺は無効だ。などと茶化した設定は置いておき、話を進めて行こう。

アニメのスタッフロールが流れると同時に、ドクオはテレビの電源を落とした。
予告は見ずに、来週の放送時まで楽しみにしておく主義だ。

ぐぐっと背筋を伸ばしてドクオが時計を見遣ると、時刻は午前三時前になっていた。
そろそろ寝よう。夏休み早々から、彼の生活は不規則な物になりそうだ。

彼は一階のリビングから出て、二階の自室へと向かう。
ミシリミシリ、と音を立てて古い木造の階段を昇り、ドクオは自室の前に立った。

扉が開いている。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:47:23.33 ID:WslXTgAJ0
('A`)(俺、開けっぱにしたっけか)

小首を傾げて、ドクオは自室に入った。
寝間着を纏わず、トランクスのみの姿でベッドに寝転んだ。彼の就寝時の正装である。
スタンドの電気を点けたまま、目覚まし時計の針の音に意識を傾けて、ドクオは眠りに就いた。

(;-A-)「…んん」

旭日(きょくじつ)が登るまで、もうすぐという頃。
ふとドクオは重圧感を覚えて、呻き声を漏らした。
胸が圧迫され、息苦しい。

金縛りにあったようだ。
顔を顰めて、ドクオが徐に瞼を開けていくと、薄暗い景色が鮮明になる。

川 ゚ -゚)「……」

('A`)「は?」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:49:38.45 ID:WslXTgAJ0
恐怖よりも先に驚愕をして胸の奥が冷えてしまい、ドクオは間の抜けた声を出した。
自分の身体の上に女性が跨っている。

学校から帰る途中に見かけた女性のだ!
あの背の高い女性が、どうして自分の部屋に居る!
ドクオは狂いそうになった。

女性が腕を伸ばし、ドクオの痩せこけた首に大きな両手を当てた。
彼の首をきつく締め上げて、殺そうとする。

(;゚A゚)「グッ!」

気道が狭まり、ドクオはもがき苦しむ。
そうだ! やはりこの女性は人間では無く、怪異なのだ!

この世界には、まだまだ不思議があったのだ。
彼女が居るという事は、他にも奇妙な連中が存在している。

なのに、それが判明した途端に死んでしまうとは、何とも口惜しい話だ。
身体中に空気が行き渡らなくなり、ドクオの意識が千切れそうなる。

(; A )「し――」

死ねぬ。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:51:40.39 ID:WslXTgAJ0
此処で命が終えたら、自分は後悔をして、死んでも死に切れなくなる。
……息を絶えて幽霊になるのもまた一興か。いやいや。苦痛を伴って死ぬのは御免だ。

どこに力が残されていたのか。ドクオは女性の手首を掴み、己の首から手を剥がそうとする。
女性にしては恐ろしく力が強いが、それでも一般的な成年男性程度の力量である。

川 ゚ -゚)「ぽ」

首の皮から僅かに手が離れた瞬間。

手首を掴んだまま、ドクオは女性を後ろへと思い切り蹴り飛ばした。
彼はすぐさまベッドから立ち下りて、室内を明瞭にする為に電気を点ける。
殺気を剥き出しにしていた女性は、ゴミと一緒に床の上に転がっていた。

(;'A`)「はあ、はあ……」

息を整えて、ドクオは女性を見下ろした。
彼女は瞼を閉じて倒れている。乱暴が過ぎただろうか。
しかし、これだけの事をしなくては殺されていた。

何よりも彼女は人間以外の存在と見受けられる。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:52:40.55 ID:WslXTgAJ0
身長が高いだけのひ弱な青年に蹴り飛ばされたくらいでは、ダメージを受けないだろう。
ドクオの推測通り、女性はむくりと上半身を起こした。

川 ゚ -゚)「……」

女性はロボットの如く抑揚のない表情で、自らの両手を見つめて、顔を上げた。
ドクオと女性の視線が衝突する。女性は無骨なヘッドフォンを首に掛けている。

服装は昼間と同じだ。
こんなにも美しい化け物に自分は、今しがた殺され掛けたのか。

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉があるが、
あれは彼女の為に存在していると言っても過言ではない。ドクオは恋心を抱いた。

女性は彼の好みのタイプだったのだ。しかも、人間以外の存在である。
素晴らしい。凄まじい多幸感に心を貫かれたドクオは、パソコンの前の椅子に座った。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:53:47.31 ID:WslXTgAJ0
川 ゚ -゚)「ぽぽ」

女性はドクオの格好を見ても動じない。
どうでも良いといった風だ。彼女はのそりと立ち上がった。

('A`)「今の喋り方。俺は知っているぞ。君は八尺様だろう。本当に存在していたとはな。
    俺を殺すのか? それなら、もうちょっと待ってくれ。今、俺は最高に気持ちが良いんだ」

そう言って、ドクオは膨らみ始めた煩悩を見せ付ける。まるで変態の行動だ。
女性は目を逸らさない。彼の性的嗜好など興味は無く、ただ息の根を止められれば良い。
それが今回、真夜中に欝田宅を訪れた目的である。……そうなのですけれど。

川 ゚ -゚)「ぽぽ、ぽ」

こんなに面白みの無い人間は初めてだ。

人間はすべらかく自分から逃げ惑い――或いは命だけは助けてくれと哀願するべきである。
なのに、何だ。この人間は蹴然とする所か、勃起をしやがったではないか。気持ちの悪い。
このような人間を憑き殺してしまえば、怪奇としての沽券に関わる。女性はそう思った。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:55:15.95 ID:WslXTgAJ0
('A`)「そうか。やっぱり俺を殺すのか。
    それなら、一度だけ果ててからにして欲しい」

女性の考えなど知らず、ドクオは絶頂に達しようとする。
“俺はお化けに取り憑かれ、そして死ぬんだ!”
頭が真っ白になる程の悦楽を感じて、妄想だけでドクオは果てた。

('A`)「ふう……。これで思い残す事は無い。さあ。さっさと殺してくれ」

川 ゚ -゚)「ぽぽぽぽぽ」

ドクオは女性霊特有の言葉が分からないが、何やら怒っている様子だった。
そして程なくして、彼女はすうっと空気に溶け込むように姿を消してしまった。
彼は唖然として椅子から腰を上げ、先程まで彼女が居た場所に立って腕を組んだ。

どうして殺さなかった。怪談での八尺様は、執念深かったのに。
彼が疑問の表情を浮かべていると、妹が部屋に入って来た。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:56:25.22 ID:WslXTgAJ0
ζ(っ、-*ζ「お兄ちゃん。うるさ過ぎて眠れないんだケド」

('A`)「デレ」

デレは眠たそうに瞼を擦っている。
あれだけドタバタすれば、隣の妹の部屋まで物音が響いただろう。

彼女は瞼を開き、物思いに佇んでいるドクオを見た。
兄が下着のみの姿で部屋の真ん中に立っている。

('A`)「ん?」

ζ(>、<;ζ「いやあああああああああ!!」

下ネタを臆せずに言うデレではあるが、現在のドクオは、絶対に見たくない部類に入る格好である。
深夜に一物を膨らませて腕を組んでいる、ってどこの変態なの。
デレは絶叫をして、部屋から足早に去った。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 21:57:34.75 ID:WslXTgAJ0
妹が出て行った部屋で、ドクオは先程の女性について考える。
本当に目の覚める美人だった。

('A`)「ああ」

また会えるだろうか。それとも、まだこの部屋に居るのだろうか。
ドクオは、彼女が溶け込んだ周囲の空気に想いを馳せる。

そうだ。空(くう)だ。幽霊らしい名前。
もう一度会えたら、彼女にクーという名前を付けてあげよう。

夢見心地で、ドクオは電気を消してベッドに寝そべった。
今宵は久方ぶりに快眠が出来そうだった。




   こうして、ドクオが八尺様と出会いましたが、劇的な物では無かったようです。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:05:28.82 ID:WslXTgAJ0

('∀`)「いよおおおう! ションボリ顔にバカップル! 相変わらず、元気そうだな!」

週が明けて、水曜日になった。隣県の洋館へと赴く日である。
ビップ駅に遅れて到着したドクオは、先に待っていたショボン、ブーンとツンに元気良く挨拶をした。

初めて見る彼の威勢の良さに一同は吃驚し、皆一様に目を丸くした。
それ程、本日の廃墟探索を楽しみにしているのだろうか。

(;´・ω・`)「君の方が、遥かに元気そうだけどね」

(;^ω^)「悪い物でも食べたのかお? 生憎薬は持ってきていないお」

ξ;゚听)ξ「アンタは、よっぽど今日の肝試しを楽しみにしていたのね」

('∀`)「いいや。俺は普段通りだぜ。お前達のテンションが低いだけだ」

ドクオが快活に言う。
実際、彼の心は高揚している。
怪異は存在していた。それが何を意味するか。

女性の他にも、幽霊は居るのではとドクオは考えているのである。
今回赴く風車館にも、何者かが棲んでいる可能性がある。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:07:39.11 ID:WslXTgAJ0
――絶対に、そうだ。
ラフな服装で、ショルダーバッグを肩に掛けているドクオは、頻りにニヤニヤと笑う。

(´・ω・`)「何だい。気色の悪い男だ。……デレちゃんも連れて来たんだね」

ショボンは、ドクオと肩を並べているデレに目を向けた。
彼女は洋服を着ている。淡い色使いの服で、主張をしている部分は皆無に等しい。

デレは甲斐甲斐しく頭を下げ、明るい声色でショボン達に挨拶をする。

ζ(゚ー゚*ζ「こんにちはっ! お兄ちゃんは、先週からずっとこの調子なの」

(´・ω・`)「こんにちは。……それは良い事なのか悪い事なのか、僕は判断に迷ってしまう」

( ^ω^)「ドクオが光属性に転身するなんてありえないお」

笑うブーンを一瞥して、デレは頬を赤らめた。
彼女は、内藤ホライゾン青年の事が好きなのだ。
どれくらい好きかと言うと、兄に対して抱いている感情よりも四倍ほど好きである。

兄のドクオさん、キングカワイソス。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:09:33.79 ID:WslXTgAJ0
('A`)「おう。俺の事なんてどうでも良いから、電車に乗ろうぜ。時間はあんまり無い」

本来、肝試しは深夜に行う方がとても具合が良いが、ドクオ達は学生の身分だ。
高校生と中学生。遅くに家に帰ってしまえば、それぞれの親御様が心配するだろう。
ゆえに日の明るい内に肝試しをするのである。雰囲気は全く無いが、そういう探検も面白い。

日溜まりのある廃墟もまた、違った趣きがある。

ドクオ達は切符を買い、白いペンキが塗られた駅舎に入り、少し経ってから到着した電車に乗った。
彼らは長椅子に肩を並べて座って、未来の一齣(コマ)を想い、楽しみにする。
隣県までは近いが、一種の旅だ。夏は旅の季節である。特に若い彼らにとってはね。

なのだが、ブーンとツンの服装がおかしかった。

('A`)「どうして、ブーンとツンは制服を着ているんだ。学校に登校する訳じゃないんだぜ」

ドクオ、ショボン、デレの三人は私服だがしかし、ブーンとツンは学校規定の制服を着ている。
ペアルックのつもりか。それはそれは、仲のよろしいこった。
揃って制服姿の二人を見て、ドクオは痩せこけた片頬を膨らませた。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:12:14.20 ID:WslXTgAJ0
( ^ω^)「特に理由は無いお。私服よりもこっちの方が動き易いだけだお」

ξ゚听)ξ「……夏休みだし、郊外に出る時は制服を着用しなくちゃいけないわ」

言われれば、そういう校則があったかもしれない。殊勝な心がけである。
だが、この二人はそこまで素行が良かっただろうか。疑問に思いながら、ドクオは目を細めた。

窓の外の景色が、高速で流れていく。

これから電車を二本乗り継いで、一時間半ほど行けば隣県のT駅である。
そしてT駅に着いてからバスへと乗車し、館のあるA村の手前まで来ると、あとは徒歩だ。
距離はそんなに無い。目的地が遠い場所であるならば、ドクオは学生の友人達を誘っていない。

('A`)(正午には館に着けるかな)

ドクオは姿勢を崩した。
目の前に誰も客が座っていない長椅子がある。彼は想像力を巧みに働かせる。
長椅子に女性――クーを腰掛けさせ、ドクオ達を彼女が見つめているという構図を作る。

確かに彼女は眼前に座っている。一緒に肝試しについて来ている。
ドクオは、ぞくりとして笑みを零した。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:13:39.21 ID:WslXTgAJ0
途端に怖くなったのだ。
正体不明のクーが自分達を付け狙っていて、殺そうとしているかもしれない。

今から行く場所は、蕭(しょう)然とした村の奥にある洋館である。自由奔放に呪う事が可能だ。
明日には五人の学生が行方不明、などと言う記事が新聞に載っているかもしれない。

彼は緊張をする。

('A`)(やっべ)

あまりに心地の好い緊張感だったので、ドクオは興奮しかけていた。
二三度頭を振って、瞼を閉じる。今は雑念は捨てて、全てを時間に委ねてしまおう。
規則正しく響く車輪の音を耳にしながら、彼は意識を漠然とさせた。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:15:10.05 ID:WslXTgAJ0
正午前。トラブルも無く順調に、ドクオ達はA村へと辿り着いた。
A村は山間にある村で、木造の家屋が疎らに建っている。
じりじりと日光が降り注いで皮膚を焼き、様々な種類の蝉の鳴き声が、四方八方から聞こえて来る。

ドクオはデジタルカメラで、方々を映し撮る。
彼は、カメラを構えながら喜々として口を開いた。

('∀`)「いやあ。山中の村という物は、自然自然としていて良い物ですね!」

( ^ω^)「どこが良いのか、僕にはさっぱり分からないお。ねえ、ツン」

ξ゚听)ξ「私は結構好きだけど。自然のままの土地は、心地の良い物だし」

( ^ω^)「ツン」

ブーンは言って、ツンの柔らかな手を取った。
彼女はブロンドの髪の毛をかき上げて、嫣然とする。

ドクオが聞こえるように舌打ちをしたが、二人は自分達の世界に浸っており、全く気にしなかった。
その内にハグでもしそうな感じで、ドクオとショボンは眉を顰めてじとりと睨み付ける。
デレは明朗な微笑を表情に張り付かせたまま、何処か遠くの景色を眺めている。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:16:23.11 ID:WslXTgAJ0
(´・ω・`)「はあ。二人の事は放っておこう。ドクオ。件の館は何処にあるんだい?」

ショボンが、殺伐とした空気を入れ替えるように訊ねた。
ドクオは構えていたデジタルカメラを下ろし、四方を見渡してから、その角ばった顎に手を置いた。

('A`)「んんん。この村の端には廃病院があるそうだが、その病院の裏手の山道を進んだ所らしい」

(´・ω・`)「それなら、早く行こうよ。夕刻には帰らないといけないしね」

('A`)「そうだな」

午後十七時くらいにはT駅に戻らないと、帰宅が遅くなってしまう。
四時間程しか館を探索する時間が無い。まだまだ年端の行かない彼らは時間の制限が厳しいのである。

('A`)「ようっし! 行くぞ!」

ドクオは彼なりの大声を出して、軽快に歩を進めた。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:17:19.50 ID:WslXTgAJ0
五人は草が茂った小道を踏みしめて、病院の前へと着いた。病院は木造の家屋と違い、石造りである。
ドクオは、数枚だけカメラで病院の外観を写してから再び足を動かせた。

廃院の裏に狭い坂道がある。

人手から放置されているのか、坂道は緑色の草が夥しく生い茂っており、歩行が困難になっている。
あまり勾配が急ではない事だけが救いだ。

鼓膜を刺激する蝉の声。葉々の隙間から降り注ぐ光線。
それらの中を、疲労困憊に十五分程突き進んでいると、漸く五人は朽ち果てた館の前に到着した。

ξ゚听)ξ「此処が風車館なのね」

('A`)「うん。動画は深夜の物だったから分からなかったが、かなりの敷地面積がありそうだな」

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:19:05.40 ID:WslXTgAJ0
広い庭園の先に、二階建てであろうヴィクトリアン様式の建物がある。
屋根は黒色の切妻造である。外壁は赤煉瓦で造られており、それほど汚れは目立っていない。
壁に飛紋の如く散在している窓は、無残に割れている。

屋敷の外観に、特に感慨は湧かない。
この程度の建物ならば、ドクオは過去に何度か訪れた事があった。

( ^ω^)「確かに地面に風車が刺さっているお。でも、洋館にはあまり似合わないお」

(´・ω・`)「そうだね。これが日本家屋なら、風情があるのかもしれないけれど」

ブーンとショボンは花壇の方に顔を向けた。
背の高い雑草の中に、夥しい数の風車が浅く、或いは深々と刺さっている。

風車は他の場所にも植えられている。土のある所には、必ず刺さっているといった感じだ。
何を考えて風車を埋めたのか。ネットにて様々な考察がされているが、解は出されていない。
過去に屋敷に住んでいた住人しか、その答えを知る物は居ないのである。

暫し庭の様相を確かめたあと、ドクオ達は屋敷の敷地内へと、堂々たる一歩を踏み出した。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:21:23.21 ID:WslXTgAJ0
ξ゚听)ξ「あら。あの噴水、ちょっと変わっているわね」

萌黄色に濁った雨水で満たされている噴水へと近付いて、ツンが呟いた。
何処が変わっているのかと、他の者達が噴水へと寄れば、彼女の言葉をすぐに理解する事が出来た。
噴水に備えられている像が女神や騎士ではなく、あまり似つかわしくない和服を着た少女だったのだ。

五歳くらいであろう和服の少女像が、右手に風車を持って不気味な眼差しを屋敷の外へと向けている。

('A`)「何を模した像なんだろうな。一応、写真を撮っておくか」

(´・ω・`)「待った。その写真、ネットにアップロードするんでしょ。僕達は映ってないだろうね」

('A`)「きちんと選別をするって。本当は動画が良いんだけれどな。
    しかし、俺にそんな金はねえ……」

手をひらひらと気だるげに振って、ドクオは噴水の少女像を、カメラであらゆる角度から写し撮った。
この灰色の少女には、本来どのような色が宿っているのだろうか。想像しながら彼はカメラを下ろす。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:22:42.35 ID:WslXTgAJ0
( ^ω^)「お。猫が居るお」

玄関の前の階段に、五匹の猫が陣取っている。

それぞれ寝転んだり座ったりしながら、その愛くるしい顔をドクオ達へと向けている。
一匹だけ黒い毛並みの目立つ猫が居る。黒猫は猫達の真ん中におり、顔を上げている。

可愛い。
デレがてててと早足で寄ると、五匹の猫は身体を上げて、玄関前から散り散りに退散して行った。

ζ(゚ー゚;ζ「嫌われちゃったみたい」

デレは、そのふわふわとした茶色の髪の毛を掻いた。

ふうと息を漏らし、ドクオは玄関の前に立つ。
重厚な両開きの扉があっただろうが今は扉は取り外されており、屋敷内と外界を隔てる物は無い。
よって、外から屋敷内の様相を知る事が出来る――とは言っても薄暗いので、鮮明には不可能である。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:24:33.86 ID:WslXTgAJ0
('A`)「早速、入ってみよう。硝子が散乱しているだろうから、足元に気を付けろよ」

館内の見取り図を書き取る為に、
ドクオはショルダーバッグからメモ帳とボールペンを取り出して、風車館の内部へと入った。

玄関ホールに足を踏み入れた一行をまず出迎えたのは、中庭を見渡せる大きな窓だった。
ホールからは、東西に廊下が分かれている。
どちらから行こうかなと、ドクオは口を一文字に結ぶ。

( ^ω^)「ふうん。二手に分かれようかお。僕とツンはこっちから行くお」

そう言って、ブーンは西側の廊下を手で示した。
恐らく、ブーンはツンと二人きりになりたいのだ。
ドクオも二人が傍らに居ると無性に死にたくなるゆえ、彼の好きな通りにやらせる事にした。

西側の廊下へと行った二人の背中が、徐々に遠ざかって行く。
肩を寄せ合っていて楽しそうだ。
……自分達は東側から探索しよう。
ドクオが足を動かせようとすると、ショボンが呼び掛けた。

(´・ω・`)「ちょっと待ってくれ」

('A`)「ん?」

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:25:56.83 ID:WslXTgAJ0
ドクオが振り返ると、ショボンはビニール袋を提げる右腕を上げた。
ビニール袋には、T駅の付近のコンビニで買った昼食が入っている。

彼は腕を下ろして腹を押さえる。

(´・ω・`)「お腹が減っちゃった。僕は、外で少し休憩してからにするよ」

('A`)「ああ。そう」

フリーダムな奴らだ。

どうにも友人達は、曰く付きの洋館など全く怖くないようだ。一様に落ち着き払い過ぎである。
感覚が麻痺をしてしまっている。

自分が幾度と心霊スポットに連れ回した所為だろうな。
思って、ドクオはデレを引き連れて、肝試しを堪能する事にした。

ζ(゚ー゚*ζ「随分と荒れているね」

('A`)「事件があってから十数年、放ったらかしにされているんだろう」

壁にヒビが入っている。床には硝子の破片と一緒に埃が積もっていて、二人が歩くと足跡が残される。
長い間、館が放置されている証左である。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:27:24.75 ID:WslXTgAJ0
廊下の左側は、中庭が見える窓が等間隔に設置されている。
よって、部屋は彼らの右手側だけにある。
先ずドクオは、玄関ホールから一番手前にある部屋へと入った。

('A`)「落書きがされているな」

壁の全ての面に、カラースプレーやマジックペンで文字や奇怪な絵が描かれている。
廃墟によく見られる光景である。

ドクオはウォールアートに肯定的だが、それはきちんとした場所でやってこその事である。
この様な場所にされると興を殺がれるだけだ。ふんと鼻を鳴らして、彼はカメラで部屋を写した。

ζ(゚ー゚*ζ「……? お兄ちゃん。デスクの上に紙切れが置かれているよ」

('A`)「紙切れ?」

デレが、マボガニーのデスクをしげしげと見下ろしている。
ドクオは彼女の側に寄って確かめる。デスクの上に、一枚の紙切れが置かれている。
硝子の無い窓から差し込む日光に焼けて、紙切れは黄色く変色している。彼はそれを手に取った。

 “この屋敷は呪われている。この書置きを読んだ者は、ただちに屋敷から立ち去れ。”

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:28:40.85 ID:WslXTgAJ0
('∀`)「いいね!」

何という情動を誘う書置きだ。
きっと、後から来る者達を怖がらせる為に、誰かが書いた物だろう。
そう。絶対に悪戯だ。でも、万が一に真実だとしたら……。

文章は、ドクオの胸を弾ませるには充分だった。
ゲームや漫画の如く展開になるのではと、ドクオは紙切れを折り畳んで、ポケットに仕舞った。

ζ(゚、゚*ζ「お兄ちゃんって変わっているよねー。何が楽しいのか、あたしには分からない」

デレは、気持ちの悪い書置きを読んでも尚、平然とした表情で目を細める。兄に呆れている。
だが、ドクオは彼女の心情などは他所にして、口笛を吹きながら一つ目の部屋を後にした。

次は隣の部屋である。
元は食堂らしく、大きな長方形のテーブルがあり、壁際には椅子が高く積まれている。
此処には何も無いようで、ドクオは数枚だけデジタルカメラで写真を撮って、早々に部屋を出た。

そういう風にして、ドクオは一部屋一部屋を調べていく。
東側の廊下にある部屋は、全て荒れ果てていた。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:30:21.21 ID:WslXTgAJ0
東に伸びる廊下は突き当たりがあり、階段がある。そこから左手に廊下が伸びている。
西側の廊下も同じなのだろう。ドクオが北向きの廊下の窓から外を覗けば、西側にも建物があった。

鳥瞰で見れば風車館は、“凹”の字の形をしている。
豪邸。屋敷が落成するまでに、夥多の資金が動いた事は明らかである。

ζ(゚ー゚*ζ「お兄ちゃん。あそこの扉から中庭に出られるみたいだよ」

('A`)「カカッっと行ってみようか」

ドクオ達が廊下にあった木製の扉から中庭へと出ると、むっとした暑さが二人を包み、
館内では声量の小さかった蝉の声が、次第に大きくなった。

中庭には背の低い草が茫々と生えている。
地面に煉瓦が敷かれているのだが、
その隙間からは精根逞しく草が伸びていて、少々歩き辛い。

('A`)「中庭にも像があるな」

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:31:39.75 ID:WslXTgAJ0
中庭の真ん中に、少女像があった。表の庭にあった像と同じ物だ。
着物を身に纏った少女像は何者なのか。
館の主人が大変に子煩悩で、その娘を模した像なのだろうか。

像の台座には銀色のプレートがある。
風雨に晒されて錆びてはいるが、どうにか文字は読める。
背の高いドクオが腰を曲げ、赤茶けたプレートに顔を近付けて少女像の題名を読み上げる。

('A`)「“幸せを謳う歌”、か」

幸せを謳(うた)う歌。

やはり、これは新速家の娘を象った物かもしれない。子供は何時の時代も幸せの象徴なのだから。
よく見れば、その題名の下部にも小さな文字が刻まれている。

ζ(゚、゚*ζ「“ひとつとや。来生のために謳いましょう”……?」

('A`)「ふうむ。どういう意味なんだろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「一つ、という事は他にもあるのかなあ」

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:33:44.67 ID:WslXTgAJ0
「さてね」。
呟いて、ドクオは西側の建物を見た。

窓から見える廊下にはブーンとツンの姿は無い。
どうせ、何処かの部屋でイチャついているに違いない。
気色ばんで、ドクオは東側の廊下へと戻る。

北の方向に伸びている廊下にある部屋は、大して広さはなく、客室に用いていたと彼は推測する。
客室(仮)には、テーブルとベッドくらいしか置かれていない。特に目が引かれる物は無かった。

二人は一階の半分を調べ終えて、廊下の突き当たりまで来た。
そこには、大きな肖像画が掛けられていた。

ζ(゚、゚*ζ「……気味が悪いね。どうして、肖像画が残されているのかな」

女性の肖像画である。黒い髪の毛を後ろで纏めて、バレッタで止めた女性が描かれている。
肘掛け椅子に腰を下ろした女性は、二人に微笑んでいる。
ドクオはカメラを構えつつ、くどくどと説明する。

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:34:52.12 ID:WslXTgAJ0
('A`)「こいつが風車館で最も有名な絵だ。これは新速家の夫人だと言われている。
    何でも、この肖像画を取り外そうとした輩は、全員災難に見舞われてしまったらしい。
    だから、肖像画は館に残されたままにされている。……まあ、真否は分からないがな」

実の所、ドクオはこの肖像画を目にしたくて風車館を訪ねたのだ。
動画では怖がる者が大半だった。実際に見ると、確かに恐ろしい気がしないでもない。
だけれど、これより怖いものは他に山ほどある。

彼は肖像画を写真に収めた。
これにて、彼が風車館へと足を運んだ目的が達成されたのだった。

('A`)「迫力は認めるが、大した事はねえな。もっと恐ろしい絵は、他にも沢山ある」

歯に衣を着せずにばっさりと切り捨てて、オカルトマニアは肖像画に背を向けた。
一旦南の角まで戻って、二階に行くのである。

('A`)「ん?」

――その時、ドクオは視線を感じた。背後からだった。
振り返れば、頬を弛ませた夫人が椅子に座っている肖像画がある。今しがた眺めた絵と同じである。
だがしかし、彼は肖像画から強烈な視線が遣られているように思う。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:36:38.04 ID:WslXTgAJ0
('A`)「……何だ?」

ζ(゚、゚*ζ(……)

デレも、兄と同様に緊張した面持ちだ。
肖像画は、確実に異質を放っている。それが何かは分からない。

日常と非日常を分かつ境界がある。ドクオは、その一線を越えようとしている。
引き返すなら今の内である。
身体に危険を告げる信号が走るが、彼は異質を確かめようとする。

先程、写真に撮った肖像画と何か違いが無いか見比べようと、ドクオはカメラを掲げた。
デジタルカメラのメモリカードにあるデータを呼び起こし、女性の肖像画を撮った箇所を確認する。
そこには、

(;゚A゚)「うおっ!?」

当然だが夫人の肖像画が映っていた。けれど、ただの肖像画ではない。
女性が、双眸と口を三日月のようにして笑っているのだ。
いやいや。嗤っているが正しいだろう。

114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:38:57.87 ID:WslXTgAJ0
気持ち悪っ!
ドクオは焦ってカメラを落としかけるが、瞬時にしっかりと持ち直した。

(;'A`)「な、何だこれは。俺のカメラは心霊写真を撮っちまったのか?」

デジタルカメラのデータと、壁に掛かっている肖像画とを比べると、やはり全く違う物である。

心霊写真。

でも、心霊写真とは胡散臭い写真を指すのではないか。これは“かなり胡散臭い”のだ。
まるで漫画やアニメに登場する心霊写真みたいだ。
ドクオはぶつぶつと呟きながら、真紅の目と口をしている女性と睨めっこをする。

ζ(゚、゚*ζ「……むむむう」

ドクオが眉を顰めていると、デレが手提げ鞄のジッパーを開けて、何かを取り出そうとした。
しかし彼女の動作は、ふと耳の奥に届いた音楽によって止められる。音楽は極小の音量である。

この一刹那、ドクオは完全に非日常へのラインを越えた。
兄妹は、背後の存在に釘付けになる。

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:40:19.62 ID:WslXTgAJ0
川 ゚ -゚)(……)

ヘッドフォンを首に掛けた長身の女性が居る。
先週の深夜に出会った、ドクオがクーと名付けようとしている女性だ。

彼女は兄妹の傍らを過ぎ去って、肖像画の前に立った。
それから、肖像画に右手の手のひらを押し当てる。

異変はすぐに起こった。
肖像画の女性が苦しげな表情を浮かべた後、絵から何かが飛び出て来た。

ノハ;゚听)「うおおおお! 殺す気か!?」

(;゚A゚)「うおおおお! 何だコイツは!?」

絵から出て来たのは、小学生並の身長の赤髪の少女である。
少女は、矢絣着物と赤い行灯袴を着ている。明治・大正時代の女学生のようだ。

それは良いとして、慌てた風の少女の背中に漆黒の羽がある。烏の両翼に似ている。
地面に両膝を着いている少女は、一同の顔を順番に眺めてから、腕を組んだ。

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:42:11.17 ID:WslXTgAJ0
ノパ听)「ふん。塵芥の悪霊に年少の霊能力者、それとただの人間か」

(;'A`)「は?」

少女の言葉は意味不明だった。(というより、存在その物が意味不明なのであるが…。)
塵芥の悪霊とはクーの事だろうがしかし、年少の霊能力者とは誰だ。自分は陳腐な人間である。
つまり――ドクオはデレへと顔を向けた。彼女は微かに顎を上下させた。

ζ(゚、゚*ζ「……むう。お兄ちゃんには隠しておきたかったんだけどなあ。
      あたしは欝田家二十五代目の霊能力者なの。まだまだ駆け出しだけれど」

(;'A`)「何だって? どういう事なんだ……」

精神が混乱を来たし、ドクオはひどく狼狽した。ちょっと理解が追い付かないです。
オカルトに大して興味の無さそうにしていたデレが、駆け出しの霊能力者だと言うのだ!
恐る恐る彼がデレの顔を覗き込むと、床に座る謎の少女を平気な面持ちで見下ろしていた。

ドクオが、ゴクリと唾を飲み込む。

ζ(゚、゚*ζ「お化けに会いたがっていたお兄ちゃんには、悪いと思っていたの。ごめんね。
       ……欝田家は霊視能力がある家系なんだよ。
        六道派という霊能力者の集団があってね。欝田家は、古くからそこに属しているの」

(;'A`)「馬鹿な。デレは邪気眼をこじらせているんだ。この世にそんな嘘臭い物が――」

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:44:04.33 ID:WslXTgAJ0
言いかけて、ドクオは言葉を飲み込んだ。

嘘臭い物が目の前に二人も居るではないか。クーと少女。
……まさか、本当に謎めいた組織があるのか?
息苦しさを覚え、彼はぐっと胸を押さえる。

ノパ听)「あるね! 六道派は雲霞(うんか)の悪霊を討っている。
     妖怪共が忌避する存在である」

('A`)「ハハッワロス」

もう何が何やら分からなくなって、ドクオは笑ってしまった。
妹は思春期であり、霊能力者でもあった。やかまし過ぎるわ。

仮にそうだとすれば、デレのオカルトに対する一念も分かる。
プライベートでは、化け物共の事を忘れたく思い、デレはドクオの趣味を否定していたのだ。

ドクオは怪異を追い求めて知りたがっていたが、妹は早くから非現実的な存在を把握していた。
ゆえに、デレは兄に対して謝ったのである。決して、ドクオは怒ったりはしない。
今こそ兄として矜持を保ち、それを示す時である。

しかし、心中が錯乱をしていては無理だ。
彼は、微笑みをたたえる事くらいしか出来ないのだった。

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:45:42.37 ID:WslXTgAJ0
('A`)「ふうん。でも、何故俺は霊能力者に誘われなかったんだ?
    同じ鬱田家の一員なのに」

ζ(゚、゚*ζ「お兄ちゃんは、守護霊が不在だったの。守護霊なくしては不浄霊は鎮められない」

('A`)「はははあ……。不在だったのなら仕方が無い。デレにはどんな奴が憑いているんだ?」

ζ(゚、゚*ζ「……祐天様」

('A`)「祐天。浄土宗の呪術師だな。浄土宗で一等強力だと言われている大僧正だ。
    怨霊にとり憑かれた人間を助け、且つその怨霊さえも念仏を授けて救済したと言われる。
    暗愚で経文が覚えられず破門されたが、夢に現れた不動尊から知慧を授かったという」

凄まじい守護霊が妹の背後に居る。
守護霊が居ないらしいドクオが、羨望の眼差しをデレへと送る。
ずるい。先に魑魅の存在を知っていたデレがずるい。穢れの無い童心の様にドクオが思う。

しかし、これにて同じラインに立てたのだ。クーは悪霊である。
足元に座っている少女も同様だろう。まだまだ、遅れを挽回する事は出来る。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:47:22.34 ID:WslXTgAJ0
此処は一つ気持ちを切り替えて、オカルトの世界にどっぷりと浸ろうではないか!
一度だけ、ドクオは大きく息を吸った。

('A`)「それで、このちまっこいのは何者だ。こいつも悪霊なのか?」

腕を組んでドクオが座っている少女を見下ろすと、少女は赤みを帯びた頬をぷくうと膨らませた。

ノハ#゚听)「アタシを屑共と一緒にするな! アタシは八咫烏(やたがらす)のヒート様だぞ!
      とっても偉いんだぞ!」

発言は賢くなかったが、八咫烏とは三本足の烏で、遥か昔から太陽神の象徴として信仰されている。
日本サッカー協会のシンボルマークにも採用されているので、結構、高位で有名な霊鳥である。

マハラギオンとか放てるのかしら。
ドクオは、ヒートと名乗った妖怪のアホ毛を眺める。天晴れ見事な二本立ちのアホ毛である。
たったそれだけで、ドクオはヒートという少女の全てを把握しきった様な気になった。

ζ(゚ー゚*ζ「それでキミは、此処で何をしていたの?」

ノパ听)「山道を登るお前達を見付けて悪戯心が湧いてさ。可愛らしく化かそうとしたんだ!
      可愛い悪戯。しかし、デレと、やたらと背の高い幽霊に見破られて失敗したけれどね!
      ――それにしても、不浄の魂が人間を助けようとするとは、おかしな話もあるもんだ」

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:48:52.42 ID:WslXTgAJ0
  _, ,_
川 ゚ -゚)「ぽぽぽ、ぽぽぽぽ」

クーが眉根を寄せて口を開く。
抗議をしているように見えるが、ドクオには理解が叶わなかった。

ノパ听)「『自分以外の輩に殺されるのは癪に障る。その内、私がこの人間を殺すのだ』、ね」

('A`)「ヒートにはクーの言ってる事が分かるのか。つーか、滅茶苦茶狙われてんのな」

ノパ听)「以前、心を読む妖怪を喰らった事がある。お腹がすいていたから、美味しかったよ!」

('A`)「そうか。美味しかったか!」

ノパ听)「うん!」

ヒートは他人の心を覚られる。
クーの正体が不明な言葉を理解し、代弁出来るのである。とても便利なカラスだ。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:49:54.44 ID:WslXTgAJ0
川 ゚ -゚)「ぽぽぽぽぽぽ」

ノパ听)「『その、クーと呼ぶのをやめろ。モヨ子が良い』、だってさ!」

('A`)「いいや。やめない。八尺様と呼ぶよりは良いじゃん。何より可愛らしいし」

川 ゚ -゚)『どうして、こんな屑が生まれたのかねえ。さっさと死んでしまえば良いのに』

(;'A`)「ぐ!?」

クーは、ドクオの母親の声を真似て言った。

怪談話でも出て来た通り、八尺様は声真似が得意である。
母親の声での面罵は、ピュアな青年の心を抉り、不意に自殺を考えさせる程の一撃だった。

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

つまらない場所からさっさと退散しよう。クーは小声で言い、中空へと姿を消した。
何故消えたんだ。ドクオが小首を傾げて「ううむ」と唸っていると、ヒートが立ち上がった。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:51:47.52 ID:WslXTgAJ0
ノパ听)「乙女心の分からない人間だなあ! 彼女はお前に怖がって欲しいんだよ。
      そうでないと、殺し甲斐が無いからね。彼女は恐怖する人間を殺すのが快感なんだ」

('A`)「そういうのは、乙女心とは言わない……」

ノパ听)「まあ、だからクーとやらはお前を生かそうとしたんだ。他の物の怪に殺されまいと」

歪な形ではあるが、クーは守護霊的な働きをしてくれるそうだ。
ドクオが彼女に怖がってしまうその日までは、悪霊から身を守ってくれる事だろう。
騒乱していた場が収束をし始め、デレは安堵の息を漏らして、手提げ鞄のジッパーを閉じた。

ζ(゚、゚*ζ「彼女の存在に気付いて、あたしがお兄ちゃんの守護霊になるように頼んだんだよ。
       無防備は危険だから。あのヒトはまだ命を狙っているみたいだけれど、致し方ないよ。
       守ってくれる人が、だあれも居ないよりかは、ずっとずうっと安全だしね。
       ……そうそう。お兄ちゃんは、クーさんに一言でもお礼を言っておいた方が良いよー。
       本当は、二十歳まで生きられない身体だったんだよ。悪霊に憑かれ、殺されていた」


('A`)「お兄ちゃんは、そういう冗談は嫌いだなあ」

ζ(゚、゚*ζ(……)

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:54:05.13 ID:WslXTgAJ0
('A`)「え。なにこの無言の重圧こわい。もしかして、マジなのか」

そう。マジである。
守護霊が存在しないのは、危機的な状況だった。荒野にて子犬が彷徨うような物だ。

デレと両親が守護霊が憑いていないドクオを守っていたのだが、寿命は目前に控えていたのだった。
そこにクーが現れて、毒を以って毒を制しようとデレは彼女に頼んだのだ。
結果は、ごらんの有様である。

ζ(゚、゚*ζ「でも、クーさんだけでは不安。ねえねえ。ヒートちゃんもお兄ちゃんを守ってあげて」

ノパ3゚)「ええええー? どうしよっかなあ。そうだ。三食をくれるのなら考えてやらないでもない。
      生ゴミを漁る生活は嫌だしね。お供え物として、朝昼夕の食事をアタシに差し出すのだ。
      そうしたら、たった数十年間という人間の儚い一生を、アタシが庇護をしてやらなくもない」

鳥の如く唇を尖らせて、ヒートが言う。
彼女をドクオの守護霊として雇うには、毎日の食事が欠かせないのである。
そして、鳥を飼うのと同義で世話をしなければならない。

ドクオは面倒だと感じたが、要求を飲んだ。
先程のデレの雰囲気からして、自分が短命なのは真実だろう。
背に腹はかえられぬ。幽霊を怖がらない彼とて、死は怖い。

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:55:32.22 ID:WslXTgAJ0
('A`)「分かった。ヒートをペットとして鬱田家で飼ってやろう」

ノハ#゚听)「誰がペットだ! 無量の光で眼を焼き潰してしまうぞ!」

憤り、ヒートは烏の姿へと変化して、ドクオの右肩にとまった。
烏の尖った爪が皮膚に食い込む。仕返しのつもりなのだろう。
しかし、こうして無防備だった彼に、心強い二人の守護者が憑いた。クーとヒートである。

悪霊と霊鳥が、ドクオの行き先を照らしてくれる。
彼に襲い掛かる様々な困難から守ってくれるのだ。

('A`)「面白くなって来たな。この世界には、まだまだ不可思議が存在しているんだ」

ζ(-、-*ζ「楽しいのは最初だけだよー。今に嫌になってくる。妖怪は優しい者ばかりじゃないの。
       残虐で狡猾な人達の方が圧倒的に多い。例えば、この館に巣食っている悪霊がそう」

('A`)「成る程。やはり、風車館は呪われているのか。だから珍しく、デレがついて来た訳だ」

ζ(゚、゚*ζ「うん。風車館は霊能力者の間では有名なの。みだりに足を踏み入れちゃいけない。
       此処に肝試しに訪れた人間が、何人か消えたって話を耳にする。何者かが居るの。
       お兄ちゃん。今すぐに帰った方が良いよ。何が起こるか、分かった物じゃないし」

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:56:53.61 ID:WslXTgAJ0
『此処は、宜しくない気で満ち満ちている。瘴気。早々に引き返すがよかろう』

デレとヒートは、口を揃えて屋敷から出る事を勧める。
確かに、立ち去った方が良さそうだがしかし、折角、不可思議の存在が明らかになったのだ。
ドクオは、この屋敷に住まう幽霊とやらにも会いたいのである。

我ながら愚かな選択だと思う。
腕を組んで、ドクオは中庭へと視線を遣りながら答えたのであった。

('A`)「……もうちょっとだけ調べても良いか? なあに、屋敷を一巡するだけだよ」

ζ(-、-*ζ「呆れちゃった。日が沈みかけるまでだよ」

『大禍時になるまでだな。それ以降は妖怪が跳梁する時間だ』

ドクオ達は踵を返して廊下を南へと戻り、角にある階段から二階へと向かった。
階段は何の変哲も無い物である。階段を無駄に装飾をしても意味があるまい。
踊り場を曲がり、二人と一匹は二階へと辿り着いた。

二階にも北へと廊下が伸びているのだが、そちらは大量の家具などで塞がれていて、進めなかった。
廊下の壁の上部には、三叉に分かれた燭台がある。これは一階も同じ様に取り付けられていた。

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:57:58.52 ID:WslXTgAJ0
('A`)「屋敷には、一階の肖像画の他にもう一つだけ見所があるんだ。ええっと確か」

メモ帳をポケットから取り出し、ドクオは大まかな見取り図を描く。
現在地点から、北と西に廊下を書き足す。

ドクオがメモ帳に描かれた西向きの廊下の途中を、ボールペンの先で突付いた。
そこに目的の場所がある。ヒートを肩にとまらせたまま、彼は西への廊下の床を踏みしめる。

('A`)「此処だ」

丁度、一階にある玄関ホールの真上辺りでドクオが足を止めた。
彼の目の前には、茶色い重厚な両開きの扉がある。
他の部屋とは異なって、扉がしっかりと閉じられており、上部に花形のプレートが付けられている。

ζ(゚、゚*ζ「これは、“アヤメ”の形かなあ。何か意味があるのかしら」

('A`)「何だろうな。花の種類で、扉の鍵を分けていたのかもしれない」

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 22:59:11.10 ID:WslXTgAJ0
もしもそうだとしたら、ホラーゲームみたいだな。
ドクオがドアノブを握ってゆっくりと右に回すと、扉は抵抗無く開いた。
兄妹が足を踏み入れた部屋は長方で、横へと二十メートルほどの広さがあった。

ζ(゚ー゚*ζ「……。子供部屋?」

('A`)「此処がオカルトマニアの間で有名な部屋だ。玩具の部屋と呼ばれている」

玩具の部屋。

その名前の通り、部屋の床には子供用の玩具が、沢山置かれている。人形が特に多い。
それらは部屋の壁に沿って置かれているのだが、人形達が自分達を見つめているようで不気味である。
この部屋だけは悪戯書きがされていない。生活感が残されているので、人間に良心が働くのだろう。

('A`)「置いてある玩具を持って帰れば、一週間以内に死ぬって噂だぜ」

『そりゃあ、私物を盗まれれば、誰だって怒るだろ! 仕返しの程度の差はあるけれどね』

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:00:08.59 ID:WslXTgAJ0
自分の家に、他人にずけずけと入り込まれた挙句、物を盗まれる光景を想像したまえ。
人間は勿論の事、幽霊だって憤慨するのは当たり前であろう。
烏に化けているヒートが、人間の声で言う。

「そうッスね」とドクオは、妙に口うるさいヒートを肩から振り払って、カメラで撮影を始めた。

水鉄砲。木馬。和・洋人形などなど。
可愛らしい人形が多い事から察するに、風車館の主人の間に出来た子供は女の子だったのか。

これだけの玩具と部屋を子供に与えていた所から鑑みて、主人はやはり子煩悩だったに違いない。
考えながらドクオが黙々と部屋中を撮影していると、ツンがある物を見付けて、それを指差した。

ヾζ(゚ー゚*ζ「あれは何かな。人形のようだけれど」

('A`)「ん」

ツンは部屋の隅の上部を指差した。
そこには、木で組まれた棚がある。神様を祀った棚である。
棚の上には大きめの人形が二体置かれている。木造の人形の顔は小さく、身体は布に包まれている。

('A`)「オシラサマだな。東北地方で信仰されている神様で、丁寧に祀れば様々な御利益がある。
    ……あれが此処にあるという事は、屋敷の主人は、東北の生まれだったのかもしれない」

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:00:59.75 ID:WslXTgAJ0
ドクオは部屋を見回した。
床や玩具に埃が積もっているが、他の部屋と比較すると綺麗である。
彼がじいっと様相を眺めていると、窓から射していた光線が消えた。太陽が雲に隠れたのだ。

それに伴い、煩かった蝉の鳴き声も静まった。
灰色に汚れたカーテンが、穏やかな風ではたはたと翩翻した。

『むむむ。何だか気配がする。二人共、重々気を付けろ!』

ヒートが注意を促した。
烏に化けている彼女は羽ばたき、部屋の隅の方で玩具達に紛れるように隠れた。
どうやら、彼女は怖がりらしい。ドクオとデレが冷たい視線を送っていると、足音が聞こえて来た。

すわ幽霊か、と二人が表情を鹿爪らしくして廊下の方を見遣れば、
左側から見知った人間が現れた。

(´・ω・`)「やあやあ。此処に居たんだね。……変わった部屋だな」

ショボンである。
彼はきょろきょろと部屋の様相を気にしながら、二人の傍らに寄った。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:01:51.16 ID:WslXTgAJ0
('A`)「あいつらは?」

ドクオが、ブーンとツンの所在を訊ねる。
ショボンは西側から歩いて来たので、知っているかもしれない。
彼はしばらく悩んだ末、ドクオに屈むように言った。内緒話。デレには聞かせられないのだ。

(´・ω・`)「一階の部屋で、抱き合っていたよ。制服姿が燃えるんだとか」

('A`)「あ?」

あいつらは何なんだ? 

ブーンとデレは、粋事を盛り上げる為に制服を着て来たのだった。
思考回路はショート寸前どころか、完全にショートしてしまっている。
泣きたくなるようなムーンライトである。うるせえ。
ドクオはギリギリと拳を握り締め、熱(いき)り立って地団太を踏みそうそうになる。

('A`)「あ?」

ドクオは、ふとした事で死にたくなる性質である。
一般人と比べて、メンタル面が弱いのだ。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:03:26.84 ID:WslXTgAJ0
(´・ω・`)「あら。ドックンったらこわあい。君にも、その内に良い人が訪れるさ」

ショボンにすかされて、ドクオはハッとした。
自分の目の前に、絶世の美人且つ幽霊の女性が現れたのだ。

それだけではない。
古来より伝わる、烏の物の怪も居るではないか。目の前には新しい人生が拓けている。
落胆する必要は無い。胸を張って、新たな妖怪との出会いに万感の想いを馳せれば良いのだ。

(*'A`)「ふいーい。危うく、深い悲しみに包まれそうになったぜ」

ぺしりと自らの額を手のひらで軽く叩き、ドクオは微笑んだ。

落ち着くと、彼はショボンに自慢したくなった。クーとヒートを紹介したい。
しかし妖怪の存在を知ってしまう事で、友人の平和が脅かされるのではと、
ドクオは慮(おもんばか)った。その必要に迫られた際に、上手に説明をすれば良いだろう。

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:04:42.49 ID:WslXTgAJ0

『カア、カア』

“阿呆”とも聞き取れる発音で鳴いて羽ばたき、ヒートはドクオの肩に止まった。
ショボンは、突然に彼の肩にとまった烏を見て目を丸くする。なんと、足が三本もあるのだから!

(;´・ω・`)「畸形の烏? ドクオに懐いているみたいだけど」

('A`)「……人間の愚かな汚染に因って、こんな姿で生まれてしまったんだろう。
    可哀想に。俺はコイツを家に連れ帰り、飼おうと思っている。慈愛に満ちた保護だ」

(´・ω・`)「文句は言わない。でも、鳥類には黴菌が多いから、触れるのは止した方が良いよ」

『……』

アタシは賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)であるぞ!
それを、保菌している鳥類と一緒にするとは何とも命知らずな。
ヒートは翼を広げて威嚇をする。騒々しい彼女は、烏の姿に化けていても煩い。

これからこの落ち着きの無い烏と、数十年間を一緒に過ごさなければならない。
そうしないと自分は早々に彼岸に逝く。
面倒臭そうな守護者が憑いたドクオは、ため息を吐く。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:05:53.42 ID:WslXTgAJ0
('A`)「へえあ。この先が思いやられるぜ」

(´・ω・`)「この先?」

('A`)「ナンデモナイヨ。兎に角、二階を探索しながらバカップルと合流しようか」

ドクオ達は、玩具の置かれた部屋を出た。

西に伸びる廊下には他に、新速夫婦の寝室らしき部屋と書斎があった。
突き当たりを右手に折れた廊下には、がらんどうの大広間があった。
特に怪しい物は無かった。

一階に下り、北向きの廊下の奥まで来ると、部屋の中から話し声が聞こえた。
ブーンとツンである。

妹に淫靡な光景は見せられない。まだ情事の中途かと緊張しつつ、ドクオは部屋を覗く。
二人は普通に会話をしている。ツンがハンカチを敷いた椅子に座り、ブーンは側で立っている。

つい先程まで開放的な何かをしていたかもしれない。
考えると途端にドクオは面映くなって、彼らへの話し掛け方に戸惑った。

こうやって覗き見ている間にも、貴重な時間が流れていく。屋敷に長居は出来ない。
小心者のドクオは、「儘(まま)よ」と思い切って二人の前に躍り出た。

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:06:59.01 ID:WslXTgAJ0
(;'A`)「あー、えー。本日はお日柄も良く……」

(;^ω^)「どうしたんだお。媒酌人みたいに」

('A`)「いや」

『お前達が結婚する時の為の予行演習だよ』。
二三度だけ頭を振ってから視線を逸らすと、ツンの白色の太ももが、ドクオの目に映った。

スカートの裾がはだけてている。屈めば、その奥が見えるやもしれぬ――見えるやもしれぬ!
思春期が到来している青年は気高き思考を押さえ込め、咳払いをする。

('A`)「ゴホン! ゴホン! いかん。いかんな。埃が喉の奥に入ってしまったらしい」

ξ゚听)ξ「大丈夫?」

ツンが純心な表情をして立ち上がろうとするが、ドクオは手を伸ばして制止させた。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:08:31.12 ID:WslXTgAJ0
('A`)「うん。のどぬ〜るスプレーを持って来たからな」

ツンが心配して腰を上げようとした事により、スカートが膝まで隠れてくれた。
あのままにしておけば、友人に対してふしだらな感情を向けてしまう。
ドクオは胸を撫で下ろした。

('A`)「お前達は何か見付けたか? あるなら写真を撮っておきたいんだけれど」

( ^ω^)「何も無かったお。それよりも、ドクオの肩に乗ってるカラスが気になるお」

('A`)「どうしてか懐いたんだよ。丁度、ペットが欲しかったし、俺の家で飼う事にした」

(;^ω^)「カラスをペットとか……。おかしいお」

ξ゚听)ξ「そう言えば、隣の部屋に目覚まし時計があったわね」

右手を僅かに上げて、ツンが口を開いた。
此処の隣の部屋に、目覚まし時計があるという。どうでも良いです。
ですが、折角に遠い所まで来たのですから調べてみましょうと、ドクオは思った。

('A`)「んじゃ、隣の部屋に行くか。お前達、あまり変な事をするんじゃねえぞ」

(;^ω^)「ぼぼぼ、僕達は変な事なんてしていないお!」

ああ、そう。
ドクオは両肩を脱力させて、ベッドとデスクをカメラで撮ってから隣の部屋へと向かった。

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:10:07.93 ID:WslXTgAJ0
隣の部屋は、他の部屋よりも広かった。
中央に長方形のテーブルと革が破れたソファが置かれている。
恐らく、応接間である。この様な場所に目覚まし時計が? 小首を傾げて、ドクオはカメラを構えた。

('A`)「それで、目覚まし時計は何処にあるんだ?」

ξ゚听)ξ「あそこよ。あのテーブルに置かれているの」

指すだけで良いのに、ツンはテーブルに寄って、
その上にある真新しい目覚まし時計を手に取った。
二つのベルが付属した、銀色の目覚まし時計である。陳腐だ。

ドクオが彼女から時計を渡される。時計の針は五時半の辺りで止まっている。
いいや。もっと正確に言えば、針は蠢いている。

運針しようとするがしかし、電池不足で進まないのだ。
ドクオは目覚まし時計を、ポンと一度だけ軽く叩いた。
すると、時計の針が時を刻み始めた。

……どうして、荒れた屋敷に目覚まし時計が置かれているのだ。
誰かが捨てていった物だろうか。
ドクオの身体に、不気味で気色の悪い寒気が巡った。

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:11:17.86 ID:WslXTgAJ0
ζ(゚ー゚*ζ「お兄ちゃん。これからどうするの? 三時を過ぎた頃だけど」

携帯電話をポケットから取り出し、デレが時刻を確かめた。

('A`)「んんん。あまり長居は出来ないな。
    残った部屋を調べて帰ろうか。――と、その前に」

“んんん”が口癖らしいドクオは、目覚まし時計をテーブルに置いて、ショルダーバッグを開いた。
彼は廃墟に来る度に訊ねる。誰に何をと言われると、狐狗狸さんに幽霊が居ないかを訊ねるのである。

コックリさん。
ヨーロッパのテーブル・ターニングが起源だとされている、メジャーな交霊術だ。

コックリさんには、“はい”、“いいえ”、鳥居。それに性別と五十音表が書かれた紙が必要である。
硬貨が動くという現象には様々な解釈があるのだが、この物語はクーやヒートが登場しているので、
狐の霊や低級な自然霊が憑依をして起こる現象としておこう。そっちの方が夢がある。

(;'A`)「ありゃ。やっべえ。紙を家に忘れてきてしまったみたいだ」

153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:12:15.83 ID:WslXTgAJ0
けれど、ドクオは交霊術用の紙を家に忘れてしまったようだ。
今朝、寝坊をしかけて慌しかったので、彼は自室に置き忘れて来たのである。

ノートに書いてみようかと思ったが、残念ながらサイズが小さい。
ドクオが若干の失望をしていると、ヒートの声がした。

『先程言った通り、この屋敷には不穏な気が感じられる。幽霊は居ると思うぞ』

('A`)「え」

ドクオは驚いた。機会が来るまで黙っていようと思っていたのに、ヒートが喋ったのだから。
ブーン達の顔を順々に見れば、平然としている。彼は肩に止まっている彼女を横目で一瞥した。

『案ずるな。アタシはドクオの頭に、直接に話し掛けているのだ。断続的に憑依状態という訳だ。
 アタシは人の心が読める。お前は声を出さずに思うだけで良い。それで、会話が成立するんだ』

自分の身体は、憑依されているらしい。
ドクオの胸が、きゅんとトキメキを感じる。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:13:36.54 ID:WslXTgAJ0
『……クー程ではないけれど、お前の育ち具合に疑問を覚えざるを得ないな。異常性癖かよ。
 兎に角、アタシは屋敷を立ち去る事をお勧めするね。いやーな気配が漂っているんだよ』

('A`)(分かったよ)

『そうそう。そういう風に、アタシの言う通りに動けば良いのだ! さすれば、未来は安泰である。
 ……やあやあ、アタシは出来る妖怪ですね! 慈愛に満ちた忠告――そう。アタシは神の如く!』

('A`)(うっせえな、コイツ……)

『コラア! 聞こえておるぞ! 愚考をすると、天罰を喰らわしてしまうぞ!』

ドクオの脳内に、頭痛を発生させる大声が響く。やはりヒートは口うるさい。
彼は、彼女が生まれ育った環境が知りたかった。きっと、ろくな物ではないぞ。

('A`)(はいはい。じゃあ、さっさと探索を終わらせて切り上げるわ)

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:14:28.84 ID:WslXTgAJ0
('A`)「よし。部屋を出ようか。一階の残りの部屋を調べて、さっさと家路につこうぜ」

ξ゚听)ξ「はあい」

(;^ω^)「早く電車の冷風に当たりたいお。此処は暑くて敵わないお!」

(´・ω・`)「ふう。ようやく埃臭い空間から解放されるのか。堪らないよねえ。デレちゃん」

ショボンが、気さくにデレに話し掛ける。
だが、彼女は言葉に反応をせずに、上の空で部屋を見回している。何かを気にしている様子だ。
やがてデレの視線は、テーブルの上にある目覚まし時計で止まった。針は一定のリズムで動いている。

どうして、朽ちた洋館に真新しい目覚まし時計があるのだ。奇妙だ。
デレは兄と全く同じ疑問を抱いている。

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:15:41.16 ID:WslXTgAJ0
('A`)「デレ。行くぞー」

ζ(゚、゚*ζ「え? ……うん」

それから、ドクオ達は一階の全ての部屋を調べ終えた。
時刻は十六時。ひぐらしの鳴き声が聞こえる。外から射す陽も、翳りを帯び始めた。
玄関ホールまで戻って来た一行は、疲れた表情を浮かべている。

( ^ω^)「疲れたお。これから、まだバス停まで歩かないといけないなんて、地獄だお」

(´・ω・`)「七時までには帰られるかな。遅くなったら怒られるからねえ」

('A`)「でも、良い思い出作りになっただろう?」

( ^ω^)「全然」

(´・ω・`)「全く」

('A`) エエー?

オカルト趣味でもあれば楽しめただろうが、ブーンとショボンにとっては単なる徒労に過ぎない。
デレの隣で三人の様子を眺めているツンは笑んで、玄関ホールの様相へと視線を向けた。

淡い橙色の光線が、中庭側の窓から射し込んでいる。
廊下も同様だ。ある種、幻想的な光景に感じる。

158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:16:31.25 ID:WslXTgAJ0
ξ゚听)ξ「あら?」

しばらくそうしていると、不意にツンが間の抜けた声を出した。
玄関の扉が閉まっているのである。彼らが屋敷に入った時は、扉など無かった。
しかし今は、褐色の堅牢な両開きの扉が閉じられている。

ツンがそちらへと指差すと、他の者達は彼女の細い指が示す先へと視線を遣った。
一同は目を丸くして、どよめく。

('A`)「おかしいな。来た時にゃあ、扉なんて無かったよな?」

(´・ω・`)「その筈だけど……」

( ^ω^)「気の所為だお。さっさと帰るお。早く帰って、掲示板でゆとりを煽りたいんだお!」

どうやら最低な趣味を持っているブーンは、我先にとドアノブを右手で掴んで扉を開けようとした。
だがしかし、まるで鍵でもかかっているかの様に、ドアノブは動かなかった。

ガチャガチャと、屋敷内に虚しい音が響く。
何度試しても無理だ。ブーンはドアノブから手を離した。

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:17:34.07 ID:WslXTgAJ0
(;^ω^)「どうしたんだお!? 扉が硬く閉ざされているお!」

('A`)「ま、待ってくれ」

ドクオがブーンに変わってドアノブを回すが、扉は開かなかった。
窓にはガラスが嵌め込まれていないし、中庭へと出られる扉もあるので脱出は容易に可能ではあるが、
どういった仕組みで閉ざされているのか分からない。ドクオが喘いでいると、ヒートが翼を広げた。

『……!』

ζ(゚、゚*ζ「これは」

デレとヒートがあらゆる方向に視線を廻らす。彼女達は強烈な“霊気”を何処からか感じたのだ。
それは、怪異の存在を知ってしまったドクオも同じである。
嫌な胸騒ぎがする。彼は玄関扉に背を向けた。

(;'A`)「何が起きたんだ。こんなの、まるで殺気じゃないか」

『どうやら奴さんは、アタシ達を何事も無く帰すつもりはなさそうだ』

160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:18:20.21 ID:WslXTgAJ0
(;´・ω・`)「か、カラスが喋った!?」

ヒートの声を聞き、ショボンは大声を出してたじろいだ。
説明をしたい所だが、今はその余裕はドクオには無い。

ドクオが呼吸を荒くしていると、鈴の音が聞こえた。
りいんりいん。始め、音は極小だったのだが、次第に大きさを増してきた。近付いてくる。
最後に、一同の頭上から鳴り響き、鈴の音は止んだ。

(;^ω^)「お?」

ブーンは中空を見上げた。何も無い。楽天家な彼は、鈴の音さえも気の所為と処理しようとした。
しかし顔を正面に戻すと、そこには少女が立っていた。今まで誰も居なかったのに!
背丈が百七十センチメートルくらいの、黒を基調としたゴシックドレスを身に纏った少女である。

俯いている女性の表情は、前髪で顔が隠されていて見えない。
目を奪われる銀色の髪に、いくつもの金色の鈴が付いた髪飾りが結われている。

jl|  ノ|

161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:19:11.83 ID:WslXTgAJ0
これは気の所為などではない。現実に起きた、不可思議な現象である。
皆が、突然に現れた少女を注目する。すると、女性はケタケタと壊れたかのように笑った。
甲高い笑い声は、耳の奥を痛烈に刺激して、ドクオが両耳を手で塞いでも僅かな隙間からすり抜けた。

呪縛。

床に七芒星が描かれる。
今、この場に居る人間は全て、少女から呪いを受けた。

(;'A`)「うおっ!?」

地面が激しく揺れて、ドクオ達は立っていられなくなり、無力にも地面に片膝をついた。
そうした一瞬間後、少女を中心として、床に亀裂が走った。
裂かれた地面は徐々に広がっていき、そうして出来た穴に彼らは落とされて行く。

風が舞い上がり、前髪が散らされて少女の表情が見えた。
少女のエメラルドグリーンの双眸に映るドクオの姿が、次第に小さくなって行った――。

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:24:58.84 ID:WslXTgAJ0
(-A-)「……う、うんん」

あれから数時間が経過して、ドクオの意識が戻った。
苦しげに呻き声を出しながら瞼を開ける。彼は地面に倒れている。
上半身を起こすと、腕に痛みが走った。衝撃で打ち付けてしまったのだろう。

意識の快復と共に、記憶も鮮明になる。
いきなり謎の少女が現れ、地割れに飲み込まれたのだ。

(;'A`)「あの少女は一体」

瞬間に見た少女の顔を、ドクオは思い出した。まるで狂人の笑顔だった。
どうすれば、あの様な顔が出来るのか。極めて平凡な日常を送ってきた彼には、想像が出来ない。

('A`)「ブーン達は……」

後ろの壁に背中を凭れさせてドクオが周囲を見回すと、友人達の姿は無かった。
妹のデレも居ない。そして、現在自分が居る場所も分からない。仲間と散り散りになってしまった。

……少女の手によって別次元の世界へと連れて来られたのだろうか。
もしそうならば、一刻も早く仲間を見付けて、脱出しなければならない。

('A`)「ん?」

呆然としている脳を働かせ、今後の行動を考えていると、ドクオは床に鍵が落ちているのを発見した。
ふちがクチナシの形になっている鍵である。
何か使える物だろうかと、彼は鍵をポケットに仕舞った。

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:26:19.19 ID:WslXTgAJ0
('A`)(何時までも、こうしてはいられないな)

再びドクオは周囲を見渡した。前方に石造りの道が真っ直ぐに伸びているので、此処は廊下のようだ。
廊下の上部に等間隔に設置された三叉の燭台があり、蝋燭がぼんやりと灯っている。
どうやら、移動に差し支えは無さそうだ。腕を庇いながら、ドクオはゆっくりと立ち上がった。

『待てい。闇雲に歩いても、逃げる事は出来ないぞ』

('A`)「ヒート」

後ろから、高い声が聞こえた。この正体不明の場所では、心から安心が出来る声だった。
ドクオが縋る想いで振り向けば、人間の姿をしたヒートが壁の中から姿を見せた。

彼女の後ろには長身の女性、クーも居る。
彼女らはドクオに憑いている状態ゆえに、近くに居たのだ。

クーが首に掛けているヘッドフォンから音楽が聴こえる。まあ、それも被り物なのかもしれないが……。
それはそうとして、この行く先が見えない薄暗い不気味な空間では、彼女らの存在はとても心強い。

正真正銘、守護霊である。
危機に陥ったドクオの足元を光で照らすのだ。クーは微妙だけれどね。

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:27:35.56 ID:WslXTgAJ0
ノパ听)「だから、早々に帰れと行ったろうに! お前達は、あの女に連れ去られてしまった」

川 ゚ -゚)「ぽぽぽ」

ノパ听)「『目覚まし時計が、こちらの時間とリンクしていた』。針は大禍時前を指していたね。
     ドクオが衝撃を与えた事に因り、時計の針が動き、大禍時に向かって進み始める……。
     お前達以外の消えた人間も、あの目覚まし時計を弄くったのだろう。今頃は死人だな。
     無闇に珍妙な物に触れるから悪い。……しかし、どうしてお主は注意をしなかったんだ」

川 ゚ -゚)「ぽぽ、ぽぽぽぽ」

ドクオはクーが注意をしなかった理由など、すぐに見当が付いた。
きっと、ヒートは次にこう通訳する。

ノハ;゚听)「『存分に酷い目に遭うが良い』、ってコラー!
      そういう事を言っちゃあ、メッでしょ!」

('A`)(やっぱりな)

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

ノパ听)「確かにお主は、怨霊だが……。はあ。もう良い。とっととこの世界から抜け出すぞ」

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:28:39.64 ID:WslXTgAJ0
ヒートはドクオの前に進み出た。
これからどうしたら良いのか、彼女は分かっているのだろうか。
ドクオが赤いアホ毛を見下ろす。信用が出来ない。時折、彼女は頼り無さを垣間見せるのである。

ノパ听)「おいィ? アタシは心が読めるんだぞ。
      悪口(あっこう)は、まるっとお見通しである!」

('A`)「すまなかった。ヒートには、脱出方法の目星が付いているのか?」

ノパ听)「知らん。でも、アタシは道案内が十八番なんだ。どうにかなるなる」

('A`)(……)

うわあ。これは死んだかも分からんね。
……そうだ。ヒートは、投げ遣りなところがあるのだ。だから、頼り無く思ってしまう。

クーの方がしっかりしていそうだ。ドクオは彼女の横顔を見つめた。
輪郭の線は細く、感情の色が薄い無機質な表情をしている。彼はクーの事が大好きである。
……ドクオは彼女の事が好きなのだが、クーはそう思ってはいない。大嫌いだ。人間関係は難しい。

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:29:45.42 ID:WslXTgAJ0
川 ゚ -゚)「ぽ」

ドクオはクーに睨まれた。じいっと見つめ過ぎてしまったようである。
ヒートに通訳をして貰わなくても、今回は分かる。“あんまり見つめられると照れる”だ。
都合の良い解釈をして彼は、歩き始めたヒートの背中を追う。

('A`)「俺が気絶していた場所が行き止まりで、左手が窓っつー事は、西側の廊下か」

廊下の奥の闇を見据えつつ、ドクオが口を開いた。
その言葉を聞いて、クーが大袈裟に肩を竦めた。全く浅はかな憶測だ。見当違いである。
ドクオと肩を並べて歩いている彼女は、いかにも馬鹿にした口調で応える。

川 ゚ -゚)「ぽぽぽ」

ノパ听)「そう。此処は、謎の女の手によって大きく変化をしている。迷宮になっているんだ。
      窓の外を見たまえ。漆黒の闇だろう? この屋敷は、女の心を映し出した世界なのだ。
      だから、ドクオが現実世界で几帳面に書いていた見取り図は、残念ながら役に立たない」

折角書いたのに。メ
モ帳の地図が無駄になってしまい、ドクオは口を尖らせて窓へと視線を遣った。

薄らと木々の輪郭が見える。それらが、どこまで続いているかは分からない。
縦んば外に出られたとしても、村まで辿り着けないだろう。
行方不明になるのがオチである。

少女の棲んでいる世界は、深淵である。

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:31:22.89 ID:WslXTgAJ0
('A`)「あの少女霊は何者なんだろう。この屋敷と関係しているのは間違い無いが……」

ドクオは顎に手を添えて考える。少女霊。
屋敷の外や中庭にあった少女像と、関係があるのだろうか。

仮に少女像が新速家の幼少時の娘を象った物だとすると、娘はどうして瞋恚(しんい)を抱いているのだ。
憎悪の念をみなぎらせる程の事件があった? 鬱々とした起因ばかりが、ドクオの脳内を駆け巡る。

川 ゚ -゚)「ぽぽぽ。ぽぽ」

ノパ听)「うん。人間五人を世界に閉じ込める力量があるのだから、一介の幽霊では無いだろうね!
      きっと、怪談として語り継がれている幽霊か、厄神だ。退治は最後の手段にした方が良い。
      無事に逃げる事だけを考えるんだ。なあに。きっと現世と繋がっている出口があるだろう」

('A`)「ヒートは戦ってくれないのか? 八咫烏は歴史のある霊獣だ。強いと思うんだが」

ノパ听)「アタシは……」

('A`)「アタシは?」

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:32:29.30 ID:WslXTgAJ0
ヒートの性格は、某ゲーム的に表せば“高慢、強気、陽気”であるが、自分以外の悪鬼が苦手だ。
怖がりである。ゆえに、進んで戦おうなどとは絶対に思わない。本当にどうでも良いこぼれ話でした。

無言になった彼女は、ただ歩を進める。

('A`)「この部屋しか行く場所が無いな」

何分、歩いただろうか。ドクオ達は廊下の突き当たりまで来た。左右に道は無い。
正面に大きな両開きの扉がある。中途には他の扉が無かったので、彼らは、この先へと行くしかない。
ドクオは扉を開く前に、ショルダーバッグからメモ帳とペンを取り出して、新規の見取り図を描く。

ノパ听)「身体つきの割りに、ドクオはマメだなあ」

('A`)「幽霊に襲われるかもしれねえじゃん。その時の為に、地図を描いておくんだ」

ノパ听)「クーが守ってくれるよ!」

('A`)「そいつは、頼もしいな」

181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:33:39.47 ID:WslXTgAJ0
川 ゚ -゚)「……ぽ」

ノハ;゚听)「ひい!?」

クーは、ちょっと洒落にならない顔をした。
彼女が、ドクオを守る事は無いと云っても良いだろう。
少なくとも、今の状態では望みが薄い。

クーの想いを露聊かも知らずに、ドクオはメモ帳を閉じた。
そうして、彼は一度深呼吸をしてドアノブを握った。
ギイと音を立てて、ゆっくりと扉が開かれる。

扉を抜けた先は、玄関ホールであった。
様相は昼間とほぼ同じだがしかし、左右に廊下は伸びておらず、東西は両開きの扉で仕切られている。
正面は黒一色の窓だけなので、ドクオ達の選択肢は二つである。

('A`)「んんん。どちらに行けば良いんだ。ヒートは道案内が得意らしいが、どう思う?」

ノパ听)「……左は止した方が良いな。微かにだけれど、霊気を感じる」

川 ゚ -゚)「ぽぽぽぽ」

クーも同様に、微量の霊気を感じるようだ。
気配が判明しているのだから、わざわざ禍因へと飛び込むのは愚の骨頂である。

ドクオは右側の扉を開ける事にした。
扉の上部には、銀色に輝くスズランのプレートがある。

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:34:52.22 ID:WslXTgAJ0
扉の前に立ってドクオがドアノブを握ったが、最後まで回せず、扉は開かなかった。

('A`)「……鍵がかかっている」

ノパ听)「このプレートの形は、スズランか。
      ドクオが言っていた通り、鍵は花の種類で分けられているのかもしれん」

これで、ドクオ達は西側に行くしかなくなった。そちらは何者かの気配があるそうだが、仕様が無い。
ドクオが反対の扉へと視線を送ると、花形のプレートは飾られていなかった。
彼は顔付きを凛々しくさせて左側の扉に寄り、先程とは違って躊躇い無く、一気に扉を開いた。

ノパ听)「男らしい豪快な開け方だな! そう。悪鬼などに恐れを生す事はないのだ!」

と仰られるヒートは、クーの膝にしがみ付いている。
だって、いきなり化け物が現れたら死ぬじゃん! もうやだこの妖怪。使えん。
ドクオはがっくりと肩を落として、正面に開かれている風景を見遣る。

廊下や玄関ホールよりも暗いので分かり難いが、隅にデスクがあり、真ん中にソファが二脚ある。
ソファはテーブルを挟んでいる。此処は、目覚まし時計が置かれていた応接間のようだ。
部屋の奥には黒色の厳しい扉がある。プレートの有無は遠くからでは視認が出来ない。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:35:42.32 ID:WslXTgAJ0
今、ドクオは気付いたのだが、こちらの屋敷は現実世界の屋敷と違って綺麗である。
ソファの革は裂けていないし、床に塵が積もっていない。過去へとタイムスリップをしたかのようだ。

ノパ听)「暗くて、よう分からんな。しばし待て。アタシが部屋を照らしてやろう」

そう言って、ヒートが天井に向けて人差し指を立てると、彼女の指先に光球が出現した。
小さな球は浮遊し、ドクオ達の頭上で目映く輝いて、電球の如く周囲を鮮明にさせる。
玉かぎる光球は辺りを照らすだけではない。低級の悪霊を、寄せ付けない破魔の効果も持っている。

('A`)「何という便利な。使えない妖怪だと思ってすまなかった」

ノハ*゚听)「ふふん。もっと崇め奉れ。さすれば、アタシが四六時中、お前に付き纏ってやろう」

('A`)「それは勘弁だわー。口うるさい上に、声がでけえし」

ノハ#><)「一遍死ね!」

184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:36:30.03 ID:WslXTgAJ0
ははは、と一笑してドクオはテーブルを確かめた。
目覚まし時計が現世と繋がっているとするならば、それをどうにかすれば戻られると考えたのだが、
テーブルの上には目覚まし時計が無く、透明な灰皿だけしか載っていなかった。

硝子製の灰皿には、数本の煙草の吸殻がある。
此処に迷い込んだ人間が、心を落ち着かせる為に吸った物だろうか。

川 ゚ -゚)「ぽぽぽぽ」

ノパ听)「……早く脱出をしないと、他の人間共のように飢え死んでしまうな」

閉ざされた世界で一番に心配なのは食料だ。
人間は食べ物を認(したた)めないと死んでしまう。
飲み物もないと生きられない。人間とは、かくも不便な生き物である。

この屋敷に、食料があるとは到底思えない。
ドクオはショルダーバッグを開いて、中身を確認した。

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:37:23.60 ID:WslXTgAJ0
('A`)「道中、コンビニで買った物しかない。ペットボトルのお茶が二本と、おにぎりが二つ……。
    数日も篭っていられねえな。怪奇現象に遭うのは嬉しいけど、飢え死にはご免だぞ」

川 ゚ -゚)「ぽ」

クーは、ドクオが右手に持っている緑茶が入ったペットボトルに反応した。
彼女は幽霊なので水分を補給する必要は無いが、人並みの欲求はある。
この場合、彼女はお茶が飲みたいのである。水分補給の問題ではない。お茶が飲みたい。

('A`)「お茶が飲みたいのか?」

いくら朴念仁で変態のドクオとて、その視線の意味くらいは察せられる。
彼はクーに飲料を差し出した。

川 ゚ -゚)「……」

しばらくの間。クーは逡巡したあと、ドクオからペットボトルを受け取って、蓋を開けた。
そして、少量だけ飲んでドクオに返した。
こんな事で情が湧くと思ったら、大間違いなんだからね。

187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:38:00.10 ID:WslXTgAJ0
('A`)(友人共は何処に行ったんだか)

ドクオは見ての通り、幽霊をあまり怖がらない。
むしろ、出会えたら興奮をする程だ。不気味な屋敷の空気も好きである。

しかし、逸れてしまった友人達の安否が気に掛かる。
この様な空間に連れ去られて、恐慌に陥ってはいやしないだろうか。

デレは大丈夫か。彼女は場慣れをしているみたいだったし、強力な守護霊も背後に憑いている。

('A`)「この部屋に、脱出の手がかりはないかな」

ドクオはショルダーバッグを肩に掛け直して、応接間の調査を再開する。
ヒートが出してくれた光球のお陰で、部屋の様子は手に取るように分かる。
ふとマボガニーのデスクが視界に入り、彼はそちらへと歩み寄った。

デスクの上に鍵があった。ふちがフクジュソウの形になっている鍵である。
鍵の側に、黄色く変色した一枚の紙切れがある。ドクオは紙切れを手に取り、文章を読み上げる。

188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:40:41.51 ID:WslXTgAJ0
 “どうやら、俺は此処で死んでしまうようだ。散り散りになった友人も同様に違いない。
  何とか屋敷を抜け出したいが、とても無理だ。その内に、あの少女か化け物に殺されてしまう。
  恐らく、俺達のあとにも人間がこの屋敷に連れ去られる事だろう。好奇心は時に身を滅ぼす。
  
  ……その人間の為に、玄関ホールに落ちていた鍵を託そうと思う。
  どうか、この鍵で脱出の糸口を掴んで欲しい。何処かの扉を開く鍵だと思ったのだが、
  幾ら探してもこれに合う鍵穴は、ついに見付けられなかった。
  
  考えようとするがしかし、飢えで思考力が働かない。限界が訪れようとしている。
  ああ。喉が渇いたなあ。出来る事ならば、屋敷を訪れる前の自分に警告をしたい。”

屋敷に迷い込んだ人間が書いた物だ。息も絶え絶えで書いたのか、筆跡は弱々しい。
祈るような気持ちで紙切れを折り畳み、ドクオはショルダーバッグに仕舞った。

ノパ听)「……化け物? 少女霊の他に、何者かが居るのか」

('A`)「そうみたいだな。重々気をつけなくてはならない。さて。この鍵だが」

知らない誰かに託された鍵を指で摘まみ、ドクオは眼前で揺らせる。
鈍く煌めく銀色の鍵のふちには、フクジュソウを模した細工がされている。
先に来た人間は、ドクオ達が居る区画から新たなる道へと出られなかったようだ。

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:41:46.80 ID:WslXTgAJ0
ノパ听)「やい。その鍵、デスクの引き出しを開けられるのではないか」
('A`)「引き出し」
ヒートに言われ、ドクオ両は膝を折って屈んだ。デスクには四つの引き出しがある。
一番上の引き出しの端っこの方に、クチナシの形をした小さな飾りがある。

('A`)「いや。こいつは、俺が目を覚ました時に手に入れた鍵で開きそうだ」

息を呑んでドクオが鍵穴にクチナシの鍵を差し込んで回せば、ガチャリと応接間に硬い音が響いた。
そうして引き出しを開けると、中には書類や文房具などが雑然と収められていた。
彼が書類を一枚一枚目を几帳面に目を通していくがしかし、屋敷の主人の仕事に関する物だけである。

二段目と三段目も同様だった。暗闇を赫々と切り開けられる光明は無いのか。

最後の希望と四段目の引き出しを開けると、ドクオは分厚い茶色の書物と鍵を見付けた。
書物の表紙には、“Day book”と書かれている。その名称の通り、これは日記帳である。
鍵の方は、ふちにルピナスの形の細工が施されている。彼は鍵をポケットの中に仕舞った。

('A`)「日記帳を読んでみよう」

屋敷を脱出する為のヒントが載っているかもしれない。日記帳をデスクの上に置いた。
ドクオは一頁目から日記帳を熟読をする。大半は仕事か家庭の話ばかりである。
新速家には息子が居たようだ。その息子の話が多い事から、憶測通り主人は子煩悩だったのだ。

191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:43:14.81 ID:WslXTgAJ0
('A`)(息子。つー事は、少女像は別の誰かを模した物だったのか)

新速家の家族関係しか得られる物が無いまま、ドクオは日記帳の中程の頁まで辿り着く。
そこでドクオは、はたと頁を捲る手の動きを止めた。少し気になる内容があったからである。

 “六月十二日。

  近頃、気分が滅入る雨天が続いているが、今日は頗(すこぶ)る調子が良かった。
  何故かと云うと、懇意にしている古物商が屋敷に訪れ、欲しかった骨董品が手に入ったからだ。
  ただの骨董品ではない。曰く付きの骨董品である。陰惨の末に、出来上がった物だそうだ。
  
  精微に此処に書き記しても良いのだが、それを躊躇わせる程に悪逆無道の謂れがある。
  私は、そう云った呪術めいた代物が好物なのだ。妻にはよくたしなめられてしまうがね。
  この度、手に入れた道具は厳重に保管をしておこう。二階のあの部屋ならば誰も近寄るまい。”

('A`)「呪術めいた骨董品……」

唸って、ドクオは頁を捲った。次の頁は六月十五日の日記だった。
主人が体調を崩して、屋敷まで医者を呼んだそうだ。単なる風邪と診断されたという。
流すように読んで頁を捲ると、そこには精彩を欠いた汚い文字でこう綴られていた。

193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:44:12.93 ID:WslXTgAJ0
 “この屋敷は呪われてしまった。私達家族と使用人共は、奴から逃れられぬ。
  あのような穢れた物を屋敷に持ち込んだから、私は罰が当たってしまったのだか。
  骨董品を破壊すれば助かるかもしれないが、あれを保存している場所までは遠い……。

  ……。

  新速家は、      様が招福の加護をして下さっている。
  私も子供の時分に一度だけ      様をお見かけした事がある。
  代々、新速家に伝わる呪文がある。      様を呼び起こす祝詞――。

  私は今一度、      様のお力をお借りして、悪鬼に立ち向かう事にする。”

以降の頁は、全て白紙であった。

ノパ听)「ふうん。悪鬼の宿った骨董品を手にしてしまったらしいな」

背伸びをして、ドクオの隣で日記帳を読んでいたヒートが、つまらなさそうに言った。
非力な人間が曰く付きの物品を軽々しく扱うのは、彼女からすれば大変愚かしい事なのである。

屋敷が何者にとり憑かれたかは気になるが、ドクオは精霊にも興味を惹かれた。
精霊の名前が記してあった箇所は、後から消されたかのような不自然な空白となっている。

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:45:52.99 ID:WslXTgAJ0
('A`)「新速家は、どんな精霊が守護をしていたんだろう」

川 ゚ -゚)「ぽぽぽ」

ノパ听)「ドクオは、二階の玩具が置かれていた広間を覚えているか?」

('A`)「ああ。オシラサマを祀った棚があったところだな」

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

ノパ听)「そう。あそこは微かに神聖な空気を感じた。あの部屋は、決して子供部屋などではない。
     福を招く精霊。そいつを祀った部屋だ。玩具をお供え物として、精霊を崇めていたのだ。
      東北、主に遠野に伝わる精霊に、座敷童子がある。十中八九、屋敷には奴が憑いていた」

('A`)「という事は、噴水や中庭の像は座敷童子か。成る程な。幸せを謳う歌、ね」

座敷童子は説明が不要なくらいに有名な精霊であるが、実際の所、様々な呼び方や種類がある。
階級も存在している上、凶事をもたらす者だっている。間引きの風習と関連付けられる事もある。

この物語に於いては、幸福を招来させる、極々一般的な座敷童子のイメージで行きたいと思う。
べ、別に面倒だとかそういうのでは無くて、文章を晦渋にしたくないのと同じで設定も簡単に、よ。

196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:46:45.17 ID:WslXTgAJ0
川 ゚ -゚)「ぽぽぽ、ぽぽぽぽ」

ノパ听)「日記帳では座敷童子の名前が、悉(ことごと)く空白となって消えているだろう。
      これは悪霊に殺されたか封印されたかして、その存在の概念を抹消されてしまったのだ。
      座敷童子は怪力の持ち主と聞く。強力だ。きっと、虚を衝かれて封印されているのだろう」

川 ゚ -゚)「ぽ」

('A`)(さっきから、クーの言ってる事が分かんねえ)

多分、意見を出しているのだろうけれど、ドクオは人間なので八尺様語は解らない。
それは別にして、座敷童子が封印されているとしたら、どうやって解放をしてやれば良いのだ。
……今は分からない。ドクオ達三人は、ひたぶる前へと突き進むしかないのである。

('A`)「行こうか。取り敢えず、妹と友人を拾ってから、どうするべきか考えよう」

ドクオは日記帳をデスクの上に残して、奥にある黒い扉の前に立った。プレートは無い。
少女霊の他に化け物も居る。くわばらくわばらと彼は胸中で唱えながら、そろりと扉を開いた。
三人が扉を潜ると、両腕を真横に広げれば、指先が壁につくくらいの狭い廊下へと出た。

197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:48:08.74 ID:WslXTgAJ0
血の様に赤く、丁寧に毛並みがカットされた上等な絨毯が、壁との隙間無く敷かれている。
現世の屋敷には、この様な場所は無かった。少女霊の手に因って完全に作り変えられている。
だとすれば、何か良からぬ罠が仕掛けられている可能性を、常に留意していなくてはならない。

少し歩いた所で、廊下は右手に折れる。そこから、ずっと真っ直ぐに廊下は続いている。
最奥には階段が見える。そこまで向かおうとするドクオだが、途中で止まらざるを得なくなった。
廊下の床に、十メートル程の穴がぽっかりと開いているのだ。穴の中から、不気味な風音がする。

('A`)「仕方が無い。中途で、一つだけ扉があった。そっちを調べてみようぜ」

ノパ听)「ううむ。アタシかクーが、ドクオに憑依すれば飛び越えられそうだけれど」

('A`)「憑依? お前達は俺に憑依している状態じゃないの?」

ノパ听)「ただの憑依ではない! 心体に極限まで憑依した状態――“極限憑依”とも言うべきか。
      そうすると、身体能力が向上する。まあ、ドクオは多大な体力を消耗してしまうけれどね!」

     リミット ユニオン
(;'A`)「極限……憑依……だと?」 ビキビキ

何だ、その、何だ。思わず肌が粟立ってしまいそうな造語は。でも、惹かれる所もある。
……試してみたい。ドクオがヒートの肩に手を置こうとするが、するりと抜けてしまった。
彼女は空洞を覗き込むのを止め、踵を返したのである。ヒートはドクオに背中を向けて手を振る。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:49:13.52 ID:WslXTgAJ0
ノハ--)「んまあ、それはとっときの手段だよ。本当に莫大な負荷が身体へと掛かるし。
       もしも倒れてしまったら洒落にならない。今は、屋敷の調査を進行させるべきである」

('A`)「ええー? 憑依してくれよ。合体してくれよ。無敵にしてくれよ。
    なあ、クーならやってくれるだろ」

川 ゚ -゚)「ぽ」

誰がするか、馬鹿。一人で寂しく、憑依ごっこ遊びでもやっていろ。クーはヒートの後に続いた。
ドクオが言った扉は、応接間から出て、一度角を曲がった所のすぐ右側にある。大きな扉ではない。
ルピナスのプレートがある。彼が鍵を差し込んで扉を開けようとすると、ヒートが呼び止めた。

ノパ听)「何だか、嫌な感じがする。悪鬼と出くわすかもしれない」

すぐに逃げられるようにしておいた方が賢い。ドクオは頷いて、木目の粗い扉を開いた。
部屋の中は予想と反して広間だった。二階の西側にあった、がらんどうの広間であろう。
部屋に入った三人に、吐き気を催させる臭気が襲い掛かった。ヒートはクーの後ろに隠れる。

('A`)「あれは……」

201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:50:58.09 ID:WslXTgAJ0
ドクオは声を潜めた。奥の壁に何かがある。光球がそちらへと移動すると、全貌が明らかになる。
人が居る。衣服を纏っていない人間が、両手に大きな釘をかまされて、壁に磔となっている。
腹が一文字に引き裂かれていて、そこから腸(はらわた)が地面へと向けて垂れ下がっている。

(; A )「おええ……。人間の死体なんて初めて見た」

死んでいると思ったのだが、磔にされている人間は「うう」と苦しげに呻き声を上げた。
生きているのか。ドクオが恐る恐る近付いて確かめると、人間の眼球が抉られていた。
見られたものではない。目を伏せながら彼が呼び掛けるが、人間は何一つ返答をくれなかった。

ノハ;゚听)「無駄だよ。この人間は既に絶命している。
       呪いに因って、死しても尚、地獄の責め苦を味わわされているのだ。地獄である。
       成仏させるには、屋敷を覆っている呪いを解くしかない。つまり、女を討つしかない」

(;'A`)「そんな」

自身も屋敷で朽ちてしまえば、この人間と同じ目に遭わされるのか。途でもない。
この様な末路は絶対にお断りである。目線を床に這わせるドクオが、紙切れを発見した。

202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:51:42.21 ID:WslXTgAJ0
“ひとつとや。来生のために謳いましょう。
 ふたつとや。死生のために謳いましょう。
 みっつとや。遠野の      様のために謳いましょう。

                  かしこみ。かしこみ。
 
 以前、御主人様から聞かされた話だが、これは新速家に伝わる座敷童子を崇める詩だそうだ。
 今はただ賛歌を信じて、御主人様と他の者達の幸運を祈るばかりである。”

磔にされている人間は、屋敷の使用人だった。彼に幸運は訪れなかったのだ。
鹿爪らしい表情をしてドクオは、紙切れの文章に視線を遣ったまま言う。

('A`)「んんん。主人の日記帳から鑑みるに、この詩は座敷童子を召喚する呪文じゃないか?」

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

ノパ听)「良い勘をしているね! そう見て間違い無い。しかし、一つだけ奇妙な箇所がある」

川 ゚ -゚)「ぽ?」

ノパ听)「三つ目の詩の所は空白なのに、その後の文章には座敷童子と堂々と名前が出ている。
      新速家の隆盛を操っていたのは座敷童子ではない? 封印されているのは別物か……」

204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:52:49.27 ID:WslXTgAJ0

('A`)「いや。もしかすると、座敷童子の名前かもしれん。お前達にも名前があるじゃん」

ノパ听)「ふむ。さもありなん。その勘の鋭さ、後々まで発揮を出来るようにしておけよ!」

('A`)「そんな無茶苦茶な」

川 ゚ -゚)「……ぽ」

ふと、クーが後ろを向いた。気配がした。その警戒が伝わり、ヒートも後ろへと振り返る。
すぐさまドクオにも動揺が走る。
何時でも逃げられるように開いたままにしていた扉が、突然に大きな音を立てて閉まったのだ。

(;'A`)「な、何だ?」

にゃあん。周囲に注意を巡らせていた三人の耳に、猫の甲高い鳴き声が聞こえた。
一匹の黒猫が、彼らから十メートル離れた場所に居る。黒猫の眼が赤色に不気味に光っている。
黒猫からは、殺気めいた薄ら寒い雰囲気を感じ取られる。普通の猫ではないと、一瞬で分かる。

ノパ听)「……火車(かしゃ)か。此処には咎を背負った人間は居らぬ。はやはやと退くが良い」

206 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:54:13.93 ID:WslXTgAJ0
火車とは、罪を犯した亡者を地獄に運ぶ妖怪である。
元々、地獄の獄卒の姿をしていたのだが、猫に関する伝承と混じって猫の姿になったという。
罪深き者を地獄に送る魔性の化け猫。この妖怪が、書置きにあった化け物なのか。

でも、ドクオは悪事を働いた事が無い。火車は生前に犯罪を犯した人間の魂を狙うのだ。
何もして来ないだろう。そういう、ドクオの暢気が過ぎる希望はすぐに壊される事となる。

黒猫の足元から黒い霧が噴出し、その霧は蠢き、最終的に大鎌を持った鬼の姿を形成した。
霧状なので姿は著しく不定形だが、二本の角が頭に生えているのが見えたので、鬼に違いない。
ドクオ達の眼前に現れた妖怪は、黒い霧で造られている鎌を天井に向けて翳した。

(;'A`)「何か、すっごいヤる気なんですけど。殺生的な意味で」

ノハ#゚听)「ごるああああ! 貴様にゃあ、一介の妖怪としてのプライドが無いの――」

大声で啖呵を切るヒートの目の前に、鎌が過ぎった。
火車が一瞬でドクオ達との距離を詰め、横一線に大鎌を振るったのだ。。

ノハ;;)「ふえ」

殺す気か! 阿呆! あまりの恐怖に目に涙を溜めるヒートへと、続け様に一閃が襲い掛かる。
上段からの袈裟斬り。彼女は恐慌していて全く反応が出来ず、肩口に無慈悲な鎌の切っ先が迫る。
しかし、その攻撃は制止させられた。妖怪の腕に、光を帯びた糸が幾重にも巻きついたのだ。

209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:55:11.29 ID:WslXTgAJ0
('A`)「クー!」

真っ直ぐに右腕を伸ばしたクーの指先から、五把の光の糸が顕現している。
クーは霊力で練った糸を得物として扱う。相手の動作を止まらせる他に、絡ませ千切る事も可能だ。
ヒートが肖像画から現れた時に慌てていたのは、彼女が糸に張り巡らされかけたゆえにである。

その極細の糸が、火車の腕を捉えたのである。死神が腕を動かそうとするがビクともしない。
クーが邪魔臭い虫を払うように腕を振ると、糸が操作され、火車は後方へと高速で飛ばされた。
そうして、妖怪の本体であろう黒猫が、痛烈に壁に叩き付けられる。猫好きには悪いが仕方が無い。

ノパ听)9m「いいね! 相手は弱っているぞ! そのまま息の根を止めるんだ!」

黒い霧は人型を留めずに黒猫の周りを漂っており、本体の猫も弱々しく横たわっている。
呼吸が浅く、弱りきっているのは明らかである。今なら、如何様な攻撃でも大打撃を与えられる。

従って、力での解決になれていないヒートが、黒猫を指差してクーに追撃を命令する。
だがしかし、クーは霊力の糸を解き、腕を下ろして冷笑した。「ふん」と、彼女が鼻で答える

川 ゚ -゚)「ぽぽぽぽぽぽぽ、ぽぽぽ」

ノハ;゚听)「また、お主は悪霊然としよって……。ついさっきは助けてくれたではないか」

210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:55:52.10 ID:WslXTgAJ0
一体何の事やら。小さく首を左右に振って、クーが肩を竦める。

ノハ#゚听)「畜生め。致し方無い。こうなったらドクオ、お前が戦え!」

(;'A`)「は!? 何を言ってるんだよ。普通の人間の俺が、化け物なんかに敵う訳ねえだろ!」

ノパ听)「アタシが武器となり、ドクオに憑依をする。お前がして欲しがっていた事だよ」

('A`)「憑依」

極限憑依、とか云う邪気眼っぽいやつか。思い出しただけで怖気が走るネーミングセンスだ。
それはそうと、ワクテカと鼓動を高鳴らせるドクオに、ヒートが左腕を伸ばすように命じた。

彼は言われた通りに左腕を伸ばす。すると、ヒートが夥しい光の粒子となって、彼の手に集まった。
粒子は一つの武器を形作っていく。弓だ。全長七尺三寸の和弓が、出来上がって行くのである。

(;'A`)「ま、魔チェンジだと……!」

弓の形を造り終えると、旭日に似た白光は収まっていき、全体に黒い羽が付いた和弓となった。
これが、ヒートがドクオに憑依した姿である。太陽神の象徴たる霊鳥の力が権化した姿でもある。
弓の中心を把持した彼は、緊張した面持ちになる。矢が無い。これからどうすれば良いのだ。

213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:57:48.02 ID:WslXTgAJ0
『魔チェンジが何なのかは知らないが、今ドクオが脳内で想像している物と酷似している。
 弓道の心得は無くても良い。右手で弦を抓みたまえ。さすれば、闇を貫く光の矢が生まれよう』

('A`)「こ、こうか」

漫画の登場人物がしていた様な構えを思い出し、ドクオは不器用な動作で弓の弦を引っ張った。
そうすると、彼が弦を持っている箇所から光が真っ直ぐに伸びて、一筋の矢が姿を現せた。
同時に、ドクオが非常に強い脱力感に苛まれる。光の矢は多大な気力と体力を奪ったのである。

『やり過ぎると倒れてしまう。今のお前の力量では、一日に三度までの射撃が限界だ。
 さあ。あやかしに向けて矢を放つのだ! 妖気が衰えている今こそがチャンスである!』

脳内に響くヒートの声に急かされて、ドクオが再び黒い霧を蠢かせ始めている黒猫に狙いを定める。
目標をセンターに入れてスイッチ。スイッチ等は無いが呟き、彼は矢を番えていた左手を離した。
弓から放たれた矢は光の粒子の尾を引いて、たった一度の瞬きすら許さない速度で妖怪を襲撃する。

ゆえに全ては一瞬だった。正確無比に矢が火車の本体を貫き、黒い霧は四方へと霧散していった。
外見が猫なので可哀想だとは思うが、対処しなくては自分達が殺されていたので仕様が無い。
疲労感でドクオが地面に片膝をつくと、弓が光の粒子となって人間体のヒートの姿が構成された。

215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:58:39.98 ID:WslXTgAJ0

ノパ听)「はっはっは! これぞ八咫烏様の力よ! アタシの前では低俗な妖怪など芥と同然!」

(; A )「ソウデスネ」

矢を一条放っただけで、ドクオはクタクタになった。ヒートの言葉通り、一日三度が限度だろう。
得物は、憑依された側の生命力を喰らい尽くす。力の恩恵を得る為の代償は大きいのであった。
傍らで息を荒げているドクオを、ヒートが腕を組んで目を細める。

ノパ听)「何だ、だらしないな。ドクオの妹は高位の霊を操っていると言うのに」

(;'A`)「うるせー。俺は心優しく、ちょっと内気で気弱な青年なんだよ。運動は苦手なんだ」

川 ゚ -゚)「ぽぽぽぽぽぽ」

ノハ;゚听)「おいおいおい。マジか。そんな事までして、なあにが内気で気弱な青年だよ」

('A`)「待て。クーは何を言ったんだ」

216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/09(水) 23:59:36.93 ID:WslXTgAJ0

邂逅時、情熱を隆起させた姿を見せられた事をクーは話したのだった。気弱ではないね。
クーは涼しい顔をして彼を無視し、猫の屍骸へと近寄る。そして、腰を曲げて何かを拾った。
彼女がしげしげと眺めている手の中で光る物――それは、ふちがスズランの形をした鍵である。

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

ノパ听)「おお! 火車が持っていた物か。
     憑依して穴を飛び越す以外の選択肢が出来たな」

(;'A`)「憑依されるのは面白いけれど、とても疲れるのが難点だな」

よっこらしょ。ドクオはよろよろと立ち上がり、クーからスズランの鍵を受け取った。
玄関ホールの右側の扉を開ける為の物だ。彼は鍵をポケットに入れた。四つもあるので結構重い。
背後から苦しげな低い声が響く。ドクオは磔になった人間を一瞥し、脱出の決意を固めた。

('A`)「玄関ホールに戻ろう」

玄関ホールの施錠されていた扉を開けられる。
三人は頷き合って、広間をあとにしたのだった。

217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:00:53.94 ID:u1tu8hG30

現在地:風車館。

所持している鍵:クチナシ(引き出し)、ルピナス(広間)、フクジュソウ(?)、スズラン(玄関)

小目的:仲間との合流。

クリア条件:屋敷からの脱出。
        或いは、少女霊の退治。

226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:05:00.29 ID:u1tu8hG30
ドクオ達は広間から廊下へと出た。スズランの鍵を使って、玄関ホールの扉を開けるのである。
扉の先に待ち受けているのは、生か死か。どちらなのかは分からないが、今は進むしかない。
ヒートが気配は無いと言っていたので、化け物は居ないだろうが、万全の体制を整えるべきだ。

この場合の万全の体制とは体力と精神面である。ドクオはオカルトに対して慄いて居ないので、
精神はクリアな物となっている。ゆえに体力が問題だ。彼は長身なだけで身体を鍛えていない。
よって、体力が皆無――とまでは行かないが弱弱しい。ヒートに憑依されて随分と疲弊している。

ノパ听)「どうした? 玄関ホールに行かないのか? また憑依をして穴を跳び越そうか?」

('A`)「……いいや。あれは妖怪と出くわした時だけにしよう。体力は温存しておいた方が良い」

廊下に出てから呆然と立ち尽くしていたドクオは、背筋を伸ばして緊張した身体を解した。
「よし」、と気合を入れて腕を下ろす。彼は根暗だが、気分の切り替えに関しては上手である。
そうして、この先も生きて行くのだろう。躁鬱を適度に繰り返して社会の荒波に揉まれるのだ。

('A`)(何か、陰口を叩かれてる気がする。四組のプギャーかな)

あいつ死なねえかな。素行のよろしくない生徒の顔を思い出しながら、ドクオは左に顔を向けた。
穴を越えた先に階段が見える。階段があるという事は、この屋敷は二階以上の建物になっている。
脱出まで長引きそうだな、とドクオは応接間へと歩き始める。刹那、背後から足音が聞こえて来た。

( ^ω^)「ドクオ!」

227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:06:00.30 ID:u1tu8hG30
ブーンである。息を切らして広い両肩を上下させている彼が、穴より向こうの場所に立っている。
生きていたのだ。ドクオは嬉しくなって、穴に落ちそうになるくらいの所まで駆け寄った。

(;'A`)「ブーン! 無事だったのか!」

(;^ω^)「何とかね。一体、どうなっているんだお。起きたら、変な場所に居て…」

ブーンは口の開閉を止めた。友人の傍に、見知らぬ長身の女性と小さな少女が居るのである。
この短期間で結婚をして、子供を生んで育てたのか。絶対に違え。彼は訝しがりつつ訊ねる。

( ^ω^)「そうだお。その二人は誰だお? ドクオの知り合いなのかお?」

('A`)「え。ええっと、コイツらは……」

ひょんな事で出会い、俺の守護霊となっている妖怪と悪霊だ。今は二人共に、脱出方法を探している。
たったこれだけの言葉なのだが、冒頭で述べた通り、ドクオは口下手なので説明する自信が無い。
まあ、幽霊に守って貰っていますと言われても、果たして信用してくれるか微妙な所ではあるが。

( ^ω^)「ううん。……後で訊くお。ドクオ。一階は四角の形になっているようだお。
      そっちへと回り込んで行けそうなんだけれど、鍵が掛かっている扉があるんだお。
      ――僕は、ツンを探さないといけない! 先に二階へと行って待っているお」

(;'A`)「あ! おい!」

229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:06:47.70 ID:u1tu8hG30
ブーンは走り、二階へと昇って行った。相当慌てているのか、階段に躓き転びそうになっていた。
彼の脳内の天秤は、友人よりも恋人に傾いているようで、ドクオは幾許かの寂しさを覚えた。
とは言ってもドクオも男児である。年不相応の気持ちの悪い嫉妬心は、ものの数秒で拭い去った。

('A`)「よし、行くぞ。俺達もあちら側まで辿り着いて、ブーンの後を追うんだ」

ノパ听)「早く屋敷を出て、スイカバーを食べたいのう。美味しいよ。スイカバー」

川 ゚ -゚)「ぽぽぽ」

ノパ听)「ふん。ピノなど邪道。アイス通は、スイカバーを選ぶのじゃ」

川 ゚ -゚)「ぽ……」

('A`)(……)

無事に脱出が出来るのだろうか。果てしなく心許ないが、ドクオは彼女達に頼る他無いのである。
後ろで会話をしている二人をちらりと見てから、ドクオは玄関ホールへと足を動かせたのだった。

232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:07:48.14 ID:u1tu8hG30
何事も無く玄関ホールまで来た三人は、スズランにプレートが飾られている扉の前に立った。
鍵穴に対応している鍵を差し込んで開錠して、ドアノブを回す。ゆっくりと扉が開かれる。

ノパ听)「此処は書斎か。随分と配置が変わっているようだが」

昼間に見た時は、書架は等間隔に配置されていたのだがしかし、今は四方の壁全体に置かれている。
彼らが入って来た所から左手に扉があり、隅には煌々と光る電気スタンドが置かれたデスクがある。

('A`)「応接間みたいに鍵とかがあるかもしれないな」

ドクオがデスクを調べるが、実のある物は無かった。一応、周りにある書架も調べておこう。
重々しい書架に寄ったドクオは、とある事に気付いた。収められている書籍の著者が同じなのだ。
書籍の背に、“ハルトシュラー”と書かれている。他の書架も確かめてみれば、同作者だった。

書斎には数百冊の書籍がある。それらは全て同じ作者だ。有名な人間だろうが彼は知らなかった。

235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:09:08.18 ID:u1tu8hG30
('A`)「ハルトシュラー、って誰か知っているか?」

川 ゚ -゚)「ぽ」

ノパ听)「聞いた事がないね! 無名で沢山の本を出版している物好きも居るし、それではないのか。
      とは言っても、これは流石に多すぎるね。余程、文章を書くのが好きらしい」

('A`)「ふうむ。どれだけ創作に熱心なんだよ。見習いたいもんだな」

無論、そう思うだけだ。創作とか食べ物か。
ドクオは勉学に励む人間ではないので、当然である。

一冊、彼は本棚から書籍を抜き出した。赤い表紙で、タイトルは“月と酒とパーラメント”……。
つまらないと言うよりかは下らなさそう。
一頁目を開けば活字だらけで、彼は胸焼けを起こした。

(;'A`)(地の文ばかりの小説なんて、読んでられっかよ。やっぱり読み物はラノベに限るな)

小説なんて、軽く読めてこそでしょうが。静かに呟きつつ、ドクオが赤い本を本棚へと戻す。
そうすると、彼は左隣の書物のタイトルに興味をそそられた。“幽霊としての私”と書かれている。
悠長に本など読んでいる暇は無いのだが、やや気になったので、彼はその薄い本を取り出してみた。

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:10:10.81 ID:u1tu8hG30
“私儀、ハルトシュラーは考える。

 瘴気が吹き荒ぶ、この洋館に流れ着いても尚、読書を嗜む人間は、相当に肝が据わっているか、
 生来の読書家――若しくは只管に阿呆なのではないか、と。命等、どうでも好いようだ。

                                S. Hartschuller    ”

('A`)(……)

分かり易い煽りを頂戴した。後ろから文章を覗き見ていたクーは、口に手を当ててほくそ笑む。
他人の不幸でメシが美味い。ヒートが気になってドクオのズボンを引っ張るが、彼は応えない。
ドクオは複雑な心境で、本をショルダーバッグに入れた。一つ、重大な事実が判明したのである。

('A`)「屋敷の主の少女は、このハルトシュラーって奴みたいだ。その様な内容が書かれていた」

ノパ听)「へえ! 創作が趣味な悪霊か。変わった奴も居るものだねえ」

('A`)(ハルトシュラーか)

とある事を、ドクオは思い出した。現実世界でのハルトシュラーという人間に心当たりは無いが、
インターネット上でのハルトシュラーは知っているのである。某匿名掲示板で知り得た事だ。
そういう名前のアスキーアート――架空のキャラクターが居る。設定は謎の芸術家とされている。

237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:11:08.99 ID:u1tu8hG30
そのキャラクターには閣下などと大それた敬称が付けられているが、まあ、関係は無いだろう。
妖怪は存在しているけれど、流石にインターネット上のキャラクターが現実に具現する筈がない。
もしもそうなったら、大きな子供達が歓喜するではないか。画面越しの恋が成就してしまう!

ノパ听)「書物の中に女の正体が隠されているかもしれないが、流石に調べられんな」

('A`)「無理して調べる必要は無いだろう。今は友人達と合流する事が先決だ。
    そっちの扉から出たら、ブーンが居た所まで繋がっている廊下があるんじゃないか」

言い終えて、ドクオは左手にある扉の前に立つ。扉の上部にスズランのプレートが飾られている。
なので、適当な鍵を差し込んでやれば、扉は開いたのだった。彼の予想通り、先は廊下である。
西側の廊下と同様に狭い。見渡した限りでは、真っ直ぐに伸びている廊下には部屋は無いようだ。

三人は、鈍い足音を立てながら絨毯を歩いて行く。両側の窓に視線を遣ると、黒色が広がっていた。
その漆黒の中に、大きな赤い月が浮かんでいる。月の魔力はある物だと、錯覚させられそうだった。
やがて、ドクオ達は突き当りまで来る。左へと折れた彼らは、凄惨な光景を目の当たりにする。

(;'A`)「こ、こりゃあ、ひでえな」

四匹の猫が、血溜まりの上に横たわっている。玄関先で会った猫達が、臓物を打ちまけている。
壁中に血飛沫が散っており、悲惨な状態になっているのだ。何者が鬼畜な振舞いを働いたのか。

238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:11:51.94 ID:u1tu8hG30
ノパ听)「待て! こやつらからは微量の妖気を感じる。さっきの黒猫の仲間、火車だろう。
      もう立ち上がれない程、傷付き半死半生となっているから心配しなくても良い」

('A`)「しかし一体、誰がこんな事を……」

火車はハルトシュラーと関係しているに間違い無いので、彼女が手にかけたとは絶対に思えない。
四体の妖怪を一斉に処理できる人間を、ドクオは一人だけ知っている。妹のデレである。
強力な守護霊が憑いている彼女なら可能だ。だが、これは妹がした事と彼は考えたくなかった。

ノパ听)「……襲われたのなら仕方が無い。反撃をしなければ殺されるのだから」

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

('A`)「ああ。分かっている」

のんびりとした妹でも人間だ。時には非情になるであろう。ちょっと恐ろしい所業だが。
血糊を気にしながら、ドクオは猫共の死骸を越える。それでも多少の血を踏んでしまった。
ヌルヌルとして気持ちが悪い。彼は靴の裏を擦るように、蝋燭が灯っている廊下を進んだ。

240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:13:17.32 ID:u1tu8hG30
('A`)(二階に行くしかないようだな)

ブーンが昇った階段まで、ドクオは辿り着いた。書斎からの道のりに、部屋は一間も無かった。
一階の部屋は全て調べ終えたようなので、二階へと行った友人の後を追うしかない。
二階もハルトシュラーの手によって変化を遂げているのだろう。彼は腕を組んで階段を見上げる。

('A`)「ありゃ? 踊り場がねえな。どうなっているんだ」

階段はただの少しも曲がらずに、ずっと上へと続いている。奥行きは暗くてよく分からない。
途轍もなく長い階段のようだ。ドクオは辺りに気配は無いかとヒートとクーに訊ねる。
昇っている中途に、挟み撃ちにされたら敵わない。クーは無視をしたが、ヒートは答えた。

ノパ听)「怖がりな男だなあ! 前後にゃあ、誰も居ない。安心してテクテクと昇りたまえよ」

ヒートにだけは言われたくなかった。……強襲される恐れは無いと、彼女は言う。
それなら大丈夫か。ドクオはヒートのセンサーのみは信頼しているので、階段を昇ろうとする。

ノパ听)「ただ、火車の様な低級な妖怪ならば気配の察知が出来るが、強力な霊だと無理だよ。
      そういう奴らは大抵気配を消せるからな。ハルトシュラーとやらは、それが可能だろう」

(;'A`)「ダメじゃん!」

241 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:14:53.85 ID:u1tu8hG30
つまり“弱い霊”に挟まれる事は有り得ないが、“強い霊”に襲われるかもしれないという事だ。
それって最悪が過ぎる。ドクオは慎重になりたいところなのだがしかし、そうはさせてくれない。
アウェイに立たされているのである。ドクオは落胆した面持ちで、一段ずつ段差を昇って行った。

(;'A`)「もう、何でも有りなんだな」

ドクオが数分ほど階段を昇ると、両側の壁がなくなった。
彼らのすぐ隣は漆黒の闇である。

上空に建物が見える。階段は空中に浮いた建物へと続いているのだ。どこの魔法都市なんだよ。
階段は淡く光を放っているので、足元は鮮明である。段差で蹴躓いてしまう恐れは無い。

ノパД゚)「落ちたら終いだぞー。ドクオは鈍臭そうだから注意しても落ちそうだけれどな!」

('A`)「ハッハッハ。お前にだけは言われたくないな。へんちくりんな子供め」

ノハ#゚听)「何だと。この変態高校生め。女に、粗末なモノを見せ付けてるんじゃないよ!」

('A`)「何の話だ……」

川 ゚ -゚)「ぽ」

ドクオとヒートが罵り合っていると、周りの景色に気を取られていたクーが躓いた。
敏そうな彼女でも、失敗くらいある。二人は、スカートを払うクーから目線を逸らしたのだった。

243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:15:50.15 ID:u1tu8hG30
('A`)「……先を急ごう。遠くに明かりが見える。きっと二階へと入り口だろう」

遥かに見える、輪郭が暈された入り口へとドクオ達が向かう。誰も彼らを拒む者は登場しない。
至極安全に階段を進み、三人はぼんやりとした橙色の入り口へと吸い込まれるように入った。

二階に辿り着いた三人を待ち受けていたのは、幅が三メートルはある両開きの扉だった。
上等な木材で作られたそれは、何者をも通さんとした冷たい雰囲気がかもし出されている。
大きな扉には、フクジュソウの形をしたプレートが掛けられている。見上げて、ヒートが言う。

ノパ听)「今までに見付けた鍵の花には、“幸せ”に関係した花言葉がある。
      まあ、凋落をしてしまっているがね。やはり、人間は呪術品を手にすべきではない」

ふん、とヒートが豪そうな態度で鼻で笑う。彼女が毅然とした人物ならサマになるのだがさて。
ドクオの眼前の重々しい両開きの扉。フクジュソウの鍵を持っているのだから扉は開けられる。
しかし、友人のブーンは鍵を所持していない。従って、友人はこれより先には行っていないのだ。

m9('A`)「そっちか。……あまり気は進まないんだが、ブーンが居るだろうし」

244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:17:21.31 ID:u1tu8hG30
ドクオは視界に入れまいとしていた右の通路を指差した。
何故視界に入れたくなかったというと、廊下に数体の白骨死体が横たわっているからである。

先に通ったブーンは。吃驚したに違いない。
すぐそこに突き当たりがあるのだが、骨と朽ちた躯の側なんてドクオは通りたくなかった。

しかし、通らねばなるまい。
今にも起き上がってきそうな白骨体の傍らを、ドクオは通り越した。
直ぐに左手に扉がある。プレートは無く、他に扉は無いのでブーンは此処に居る。

ドクオは友人の無事を祈りながら部屋に入った。
広い空間に、大きなテーブル。食堂である。

正面に巨大な額縁に収められた貴婦人の肖像画が掛けられている。
廊下で見た物より遥かに大きい。

(;'A`)「ブーン! それとツンも無事だったか!」

テーブルの隅の方の椅子に、ブーンとツンが居る。椅子に座る恋人をブーンが励ましているようだ。
ドクオは猛然と二人に駆け寄った。ヒートとクーはゆっくりと彼の後ろから近付いてくる。

(;^ω^)「ドクオ。どうにも、ツンの元気が無いんだお」

('A`)「ツン?」

ドクオがツンを見下ろせば、彼女は虚ろな視線をテーブルに置かれた両腕の先へと向けていた。
両手で何かを握り締めている。僅かな隙間から見えるそれは、透明な紫色の宝石だった。
アメシスト? 心配するドクオの横を過ぎて、ヒートがツンの隣の椅子によいしょと乗った。

245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:18:28.24 ID:u1tu8hG30
ノパ听)「ふむ。恐怖に中てられているだけだな。たちまちに正気を取り戻すであろう」

( ^ω^)「……それで、この女の子は? 後ろの女の人も誰なんだお」

ツンの顔を覗き込んでいる幼女と、友人の後ろで佇んでいる女性を見て、ブーンが訊いた。

ドクオは「んんん」と唸る。
そうして、考えあぐねた彼は、観念したかのように力無く答えた。

('A`)「俺を守護してくれている妖怪達だ。小さい方は八咫烏のヒート。昼間、屋敷で出会った。
    俺の後ろの女性はクーと言って、怪談に登場する悪霊だよ。信じてくれるか分からんが」

キチガイと思われたかもしれない。

お前。だって「俺には幽霊が憑いているんです」、とかねえよ。
どうして自分は説明が下手なのだと落胆するドクオだが、
ブーンは意外にも理解を示したのだった。

( ^ω^)「ふうん。守護霊かお。僕にも誰か憑いているのかな」

('A`)「信じてくれるのか?」

(;^ω^)「そりゃあ、こんなイミフな屋敷に迷い込んだら、幽霊くらい居ると思えるお」

246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:19:25.90 ID:u1tu8hG30
なんという物分りの良い人間だ。ドクオが胸を撫で下ろしていると、ツンが立ち上がった。

( ^ω^)「ツン。大丈夫なのかお」

悄然としているツンの身体を、ブーンが支える。彼女の顔は血の気が失せており、真っ青である。
右手に紫の宝石を握っている。ドクオはそれが気になって、激励を交えながら質問した。

('A`)「疲れているのなら座っとくと良いぜ。話を聞いていただろうが、この二人は妖怪なんだ。
    二人は他の化け物の気配を感じないと言っているから、今はじっくりと休む事が出来る。
    ……ツンが持っている宝石はなんだ? いやにくすんだ宝石だが、大事な物なのか?」

ξ゚听)ξ「大丈夫よ。これは、私は此処で倒れていたんだけど、テーブルの上に置いてあったの。
       何かに使える物かと思ったんだけれど、どうかしら。ドクオは心当たりが無い?」

('A`)「んんん?」

ドクオはツンから宝石を受け取った。カットが施されていない宝石で、拳に収まる程度の大きさだ。
色は深い紫。これも屋敷の主人のコレクションだろうか。そうなら、呪われているかもしれない。
石には不浄の霊魂が宿ると言うし、何よりもこの様な屋敷にある宝石なんて妖しさが過ぎる。

ノパ听)「只の宝石だな。呪われてはいない。後々使えるかもしれんから、頂戴しておくと良い」

247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:20:32.66 ID:u1tu8hG30
それならば心配する必要は無いな。ヒートは心を読めるのだが、如何せん便利過ぎる。
この様な性質を持った人物が登場する物語を書いたとしたら、色々と手間が省けるのだろうな。
ドクオはそう思いながら、宝石をツンへと返した。ツンはどうしたものかと、宝石を眺める。

( ^ω^)「僕達は、一体どうなってしまったんだお? どうやったら帰られるんだお?」

ブーンが緊張した面持ちで口を開いた。ドクオは眼球を忙しなく動かせながら吃り声で説明する。
ハルトシュラーという悪霊に閉じ込められたこと、屋敷の主人が手にした骨董品の所為だということ。

ヒートとクーのことも詳細に教えておいた。
彼女らが、どういった妖怪なのかを伝えたのだった。

( ^ω^)「つまり屋敷から脱出する術は、その悪霊を退治するしか無いのかお」

('A`)「……そうなるな。でも、俺には心強い味方が居るし、もう一つ方法がある」

ξ゚听)ξ「座敷童子の、解放」

ノパ听)「そうだね! 幸甚をもたらす幸御霊なら、悪霊の力を跳ね除ける事が可能だろう。
      どうせ、グウグウと眠っている所を襲われたのだ。魍魎に遅れを取る精霊ではない」

('A`)「寝込みって、それは流石に無いだろ……。ヒートじゃあるまいし」

ノパ听)「ふへ?」

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:21:37.13 ID:u1tu8hG30
座敷童子が封印された原因はさておき、まだドクオ達には脱出への手がかりが残されている。
ヒートがもっと臆病ではなくて、クーがもっともっと好意的ならば力比べが出来そうなのだが、
それは求めすぎというものである。容易く強力な協力は得られない。人生って難しいッスね。

ξ゚听)ξ「座敷童子の封印を解く方法は分かっているの?」

('A`)「ああ。新速家に伝わる歌を唄えば良いようだ。ただ、この歌には不足している所がある。
    丁度、座敷童子の名前らしい所が欠けている。その欠けている部分を探さなくてはいけない」

( ^ω^)「名前かお。ううん。僕はそれらしき物は見かけなかったお」

ξ゚听)ξ「私も。此処であたふたとしている所に、ブーンが来てくれたんだから」

('A`)「成る程。それなら、この食堂を手分けして探してみようか。ヒントがあるかもしれん」

ドクオ達は頷いた。

食堂と一口に言っても、とても広くて飾り棚があるので調べる箇所は多い。
椅子に座って寛いでいるクーとヒートに気落ちしながら、ドクオは夫人の肖像画の前に立った。
近くで見ると圧倒される。全長が二メートルはありそうな額縁に肖像画は収められているのだ。

250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:22:27.67 ID:u1tu8hG30
微笑を湛える夫人は、昼間帯に見た時よりも不気味だった。それは今の屋敷の雰囲気の所為だろう。
ドクオからすれば、ようやっと恐怖の対象に成り得たのである。

彼は眼前の肖像画へと注目する。夫人は安楽椅子に座っている。
両手は膝の上だ。その手の中に、清涼感のある緑色の物体がある。

('A`)「風車か」

ξ゚听)ξ「それって、これじゃないかしら。暖炉の上に置かれてたんだけど」

ドクオの近くで、マントルピースを調べていたツンが話し掛けた。
彼はそちらへと顔を向ける。

彼女はドクオに差し出した。
確かに、夫人が握る風車と酷似している。受け取り、彼は風車を眺める。
木の棒部分に、枝に結び付けられておみくじの様に紙が結び付けられている。ドクオはそれを取る。

('A`)「“チョービラコ様、ハインリッヒ様に捧げる”」

ノパ听)「へえ!」

ドクオ達の様子を見ていたヒートが感心した声を上げ、椅子から飛び降りて、彼の側に寄った。
そして、風車を貸してくれと手を伸ばした。ドクオは腰を曲げて、ヒートの小さな手に渡した。

251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:23:24.42 ID:u1tu8hG30
ノパ听)「これは加護を受けているな。悪霊もおいそれと触れられなかったと見える。
      だから名前が消えていない。ハインリッヒ。ドクオならチョービラコを知っているだろう」

('A`)「うん。座敷童子の中でも、高位な者をそう呼ぶ。色の白い、綺麗な姿をしているって話だ。
    新速家には代々、素晴らしい精霊が憑いていたんだな。そりゃあ、金持ちにもなるわな」

チョービラコとはドクオの言った通り、高位に位置している座敷童子である。
その妖怪はハインリッヒという名前を持っているようだ。名が外国っぽいが漢字で書くのだろうか。
破院律火? それなら暴走族みたいだな、と鼻で笑ってドクオはブーンへと視線を遣った。

('A`)「ブーンは何か見付けたか?」

飾り棚を物色していたブーンは、両肩を竦めた。実のある物は見付からなかったのだ。
だが、座敷童子の名前と階級が分かったので充分だろう。これで封印を解けるかもしれない。
沸き立っているドクオを険しい目付きで一瞥して、椅子に腰掛けているクーは冷たく言い放った。

252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:24:13.66 ID:u1tu8hG30
川 ゚ -゚)「……ぽぽぽぽぽぽ。ぽぽぽ」

脱出への鍵を発見したのなら、さっさと使いなさいよ。何時までも洋館に居るのはうんざりだ。
クーはドクオ達に巻き込まれた形なのだ。どうしてこうなった。憤るのも仕方が無いと言えよう。
ヒートが彼女の心情を汲み取り、風車を光球へと掲げて、唄うように呪文を唱えたのだった。

ノパ听)「一つは来生の為に、二つは死生の為に、三つは遠野のハインリッヒの為に歌を捧げる」

食堂内から声が消える。
一同は口を動かさないまま、事の成り行きをぼうっと見守る。
十数秒が経ったがしかし、空気の流れ一つ変化は訪れなかった。ヒートは訝し気に眉を顰める。

ノパд゚)「どうして何も起こらん! 奴の気配は仄かに感じると云うのに」

足りない物があるのだろうか。この物語の案内役を兼ねているヒートにも、原因は分からない。
ドクオは「ううむ」と顎に手を置き、まだ合流できていないデレとショボンの安否を心配する。
平穏無事を祈り、彼は友人達の顔を順々に眺める。未だ現実を受け止められていない暗い表情だ。

('A`)「一階にデレとショボンは居なかった。居るとすれば、階の入り口の所にあった扉の先だ。
    鍵は俺が持っているから、あの先に行こうと思う。……お前達はどうするんだ?」

253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:24:56.35 ID:u1tu8hG30
ブーンとツンは顔を見合わせて瞬きしてから、同時に頷いた。一緒に来てくれた方が安心が出来る。
そうして、ドクオは食堂から立ち去ろうとすると、ふと彼は椅子に座ったままのクーに気付いた。

('A`)「クー」

川 ゚ -゚)「……ぽ」

呼ばれ、クーは渋々と腰を上げた。早々に解決をして、音楽を耳にしながら眠りに就きたいのだ。
彼女はヘッドフォンを常に首に掛けている所から分かる通り、楽曲が好きである。音楽は癒される。
邦楽洋楽は問わない。取り敢えず、感情が高まるノリの良い曲ならば何でも良いのであった。

現在、彼女のヘッドフォンから漏れているのは、Sonata ArcticaのBlank fileだ。激しい曲調。
最大にまで音量を上げているゆえ、他の者達にも歌声が聴こえる。ドクオは笑顔で問い掛けた。

('∀`)「何ていう曲を聴いてるんだ?」

川 ゚ -゚)(……)

クーはツンとして答えなかった。彼女は素直な性格なので、ツンデレでは無い。クールですよ。
ドクオはクーがどう思っているか正確に読み取っていない。

二人を見比べて、ツンが息を漏らす。
未来がまるで視えない場所で、気まずい空気は嫌だ。
ツンはおどけた風に、全員に言った。

254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:25:45.58 ID:u1tu8hG30
ξ;゚听)ξ「長身の人が二人も居たら、圧迫感を感じるわね。何を食べたらそうなるのかしら」

( ^ω^)「お。ドクオより、クーさんの方が少しだけ背が高いお」

ドクオがちらりとクーに顔を遣ると、彼女の双眸が自分よりも若干だけ高い位置にあった。
一瞬、ドクオとクーは視線がかち合い、両者はぷいと顔を逸らした。ドクオは恥ずかしさから。
クーは嫌悪感から。なんてこったい。二人の心が寄り添うのは、何時の日の事なのだろうか。

(*'A`)「さ、さあ次の部屋に行こう! フヒ、早く二人を探さなくちゃなあ!」

どもり、上擦った気色の悪い声を出し、ドクオは仲間を引き連れて食堂から出た。
そうすると、真っ先に白骨死体が視界に入るのである。すぐにドクオの感情が下り坂になる。
ブーンとツンも同様だ。一行は器用に床にある白骨体を避けながら、廊下を進んだのだった。

ξ゚听)ξ「あら。窓が開いているわ」

両開きの扉の手前にある窓が開いている。来た時から開いていたのだろうか。
ドクオは窓を調べる。

顔を出せば、生ぬるい風が肌を撫でた。

見上げると、ぬっとりとした赤い満月が浮かんでいた。
黒い向こう側から何かが襲って来てしまいそうで、ドクオが窓枠を掴んで閉める。
風が止んだ。

255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:26:31.41 ID:u1tu8hG30
(;^ω^)「ドクオ。早く開けてくれお。ショボンとデレちゃんが気がかりだお」

('A`)「あ、ああ」

そう言えば、デレは一階の妖怪共を始末したのではないのか。鍵は持っていない筈である。
従って、これより先には行けない筈なのだが……。考えるが、ブーンが急かすので鍵穴に鍵を通す。
ガチャリ。今までよりも一際大きな開錠音がした。ドクオはゆるりと、両開きの扉を開けた――。

( ^ω^)「一階からの階段と似ているお」

ξ;゚听)ξ「この屋敷は、どうなってるのかしら。幻想的で素敵かもしれないけれど」

重厚な扉を開けると、一種幻想的な光景が一行を迎えた。幅広の階段が遥か中空に伸びている。
その階段は一直線ではなく、左向きに緩やかな渦を巻いた螺旋となっている。大規模な螺旋階段だ。
階段はやんわりと輝いている。まるで魔法によって作られたかの様な光の絨毯がずっと敷かれている。

遠くに見える建物を目指してドクオ達は歩き始める。傾きはゆとりがあり、疲れはしない。
紅い満月の下、一行はこれからの不安を胸に抱きながら、一段一段着実に階段を昇って行く。
やがて、中腹まで来る。其処は円形の平地となっていて、休憩には持って来いの場所なのだが。

(;'A`)「また死体かよ! 幽霊よりもリアルで、何度遭遇しても見慣れん」

真ん中に三人の死体が転がっている。白骨体ではなく、皮が干からびて皺だらけの死体である。
小さな屍骸を抱き挟んで、三人は寄り添っている。恐らく、新速家の親子の物と見て間違いない。
ヒートとクーが、それらへと近寄った。ヒートが可愛らしく屈み、裾を上げて何かを摘み取った。

256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:27:15.94 ID:u1tu8hG30
ノパ听)「この子供。お守りを握っていたぞ」

('A`)「お守り」

ドクオ、そしてブーンとツンが恐る恐るヒートの傍らへと寄ると、ヒートはお守りを開いた。
すると薄紙が入っていた。その紙には、墨にて流麗な絵が描かれている。二人の人物の絵だ。

右を向いた子供であろう着物の人物が、風車を翳している。右側には輝きを放つ童子の絵がある。
“童子様招来の図”。“敬意を以つて、チョービラコ様を讃えるべし”、と右端に記されている。

( ^ω^)「それって、座敷童子を召喚している図なんじゃないかお」

ノパ听)「そうだね。神殿(かんとの)にて風車を翳し、賛歌を唱える――神殿とな?」

神殿とは何処ぞ? クエスチョン。ヒートが翼をハタハタと動かせて小首を傾げる。
しな垂れるアホ毛。露の間、そうしていると、クーが黒色の上空を見上げた。気配がしたのだ。

ノパ听)「……誰何(すいか)」

それはヒート、怪異を知った学生達にも伝播した。
強烈な邪気を所持する奴が、上から来る。

怨霊。赫赫たる瘴気を一身に纏いながら、少女霊が行先を塞ぐ様に、ドクオ達の前に降り立った。
一瞬、着地の衝動で地面が揺れた。

黒色のゴシックドレスを着た少女霊が、しっかと前を向く。
エメラルドグリーンの眼球が光を放つ。少女の背後には、二つの人魂がふらふらと漂っている。

257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:27:52.29 ID:u1tu8hG30
jl| ゚ -゚ノ|「悉皆(しっかい)。足掻かずに、朽ち果てていれば良い物を」

少女は、老人の如く嗄れた声で言った。全員。助かろうとせずに、死んでおけば良かった物を。
そう云う少女は整った顔を崩していない。少女霊――ハルトシュラーは感情を表に出さないのだ。
見るからに偏屈そうだ。同じ化け物共の注がれる視線を物ともせずに、彼女は低い声を出す。

jl|゚ -゚ノ|「私(わたくし)は、ハルトシュラー。この屋敷に座し、尸(かばね)を築く者である」

(;'A`)「ハルトシュラー。やはり、お前が俺達を屋敷に閉じ込めたのか」

ハルトシュラーは答えない。己を曝け出す人物ではないようだ。

ドクオは、冷静に言葉を思い出す。
“足掻かずに、朽ち果てていれば良い物を。”どうにも、焦っているかのような言動と考えられる。
顔色一つ変えず、クーよりも無機質な印象を受けるが、彼女は人並みに感情を持っているのである。

ドクオはしっかりと彼女を観察する。
長い銀髪には、鈴が付いた紐の髪飾りが幾重にも巻かれている。
銀髪に、金色のアクセサリーは映える。首に掛けている物も同様だ。

金色の“アヤメの鍵”が、胸元で揺らめいている。

259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:29:23.04 ID:u1tu8hG30


('A`):ドクオ。普通の高校生。

川 ゚ -゚):クー。普通の女性。

ノパ听):ヒート。普通のカラス。

ζ(゚ー゚*ζ:デレ。普通の中学生。

(´・ω・`):ショボン。普通の高校生。

( ^ω^):ブーン。普通の高校生。

ξ゚听)ξ:ツン。普通の高校生。

jl|゚ -゚ノ|:創作発表板よりハルトシュラー。普通の少女。

从 ゚∀从:ハインリッヒ。普通の子供。


266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:34:29.58 ID:u1tu8hG30
('A`)(大事そうだな。ハルトシュラーは、玩具の部屋に入られるのを拒んでいる?)

ドクオはハルトシュラーが塞いでいる向こうを見渡す。階段の先に、直方体の建物が聳えている。
あそここそが玩具の部屋ではないのか。

玩具の部屋は、座敷童子を丁寧に祀っていた場所である。
もしや、あれが神殿で、其処でしか再誕は無理なのか。
ドクオは、視線を移して悪霊を見据える。

(;^ω^)「き、君は一体何者なんだお! 僕達を元の世界に帰して欲しいお!」

あの鍵をどうにか奪えないか、とドクオが思案していると、ブーンが上擦った声で話を切り出した。
わざわざ己の正体を明かすのは高慢ちきな――ヒートくらいである。
ハルトシュラーは黙している。

ふとドクオは、彼女がチェーンを両腕に通して、何かを背負っているのに気付いた。
彼女の華奢な身体から、少しだけはみ出る程度の大きさの木箱。寄木細工の茶色い木箱である。

(;'A`)「コトリバコ……なのか?」

川 ゚ -゚)「……ぽ」

jl|゚ -゚ノ|「ははあ」

267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:35:37.69 ID:u1tu8hG30
クー、そしてハルトシュラーはドクオの言葉に反応した。他の者達はさっぱりと分からない。
コトリバコとはネット上で話題になった怪談である。同様の存在ゆえに、クーも知っているのだ。

コトリバコが一体どういう物か。全て記述をしたいところなのだが、差別の歴史が付きまとう。
あまり口にしたくはない。よって、如何様の現象が起こり、どの様に小箱が作られたかだけ説明する。

コトリバコは、ある種呪術的な武器である。武器であるからには、対象となる人物が存在する。
主に、女子供が標的にされて、とり憑かれると血反吐を吐いてもがき苦しみ、そして死に至る。

その様な危険な道具をどうやって作成するのか。まず、複雑に木の組み合わさった木箱を作るのだ。
次に、雌の畜生の血で木箱の中を満たし、一週間放置してから血が乾ききらない内に蓋をする。

ここからが“コトリバコ”と謂われる所以だとされている。間引いた子供の身体の一部を入れるのだ。
生後間もない子供は、臍の緒と第一間接くらいまでの人差し指の先と、腸から絞った血を。
七歳までの子は、人差し指の先とハラワタから絞った血を。十歳までの子は、人差し指の先を入れる。

そうして、蓋を閉めて仕舞いである。木箱の名前は、閉じ込めた子供の数や年齢で変わるそうだ。
                         (この物語では、原典のみを参照しています)

ノパ听)「よう分からんが、貴様には悍(おぞ)ましい曰くがあるようだな!
      しかし、恐れるなかれ。アタシは神聖の象徴なのだ。闇など蹴散らしてくれるわ」

269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:36:46.20 ID:u1tu8hG30
二人の思考を覗き見たヒートが、クーの膝の後ろに隠れながら言う。あまり期待をしていない。
不味いな、とドクオは思った。ヒートは神と呼んでしまっても良い位だが、見ての通りの有様である。
クーも助けてくれるか分からない。縦しんば、協力をしてくれてもコトリバコに敵うだろうか。

退治方法は不明である。コトリバコを祓う方法は、怪談では上手に曖昧模糊とされているのだった。
(時間が経つにつれ、力が失われて行くようだが……)

少女の胸元で光る鍵を奪い取り、玩具の部屋まで駆けて座敷童子を起こす――こちらも難しい。
有名な悪霊に出会えた興奮と、胸を締め付ける恐怖でドクオが呻いていると、少女霊は告げた。

jl|゚ -゚ノ|「四苦八苦という言葉がある。この世界の宗教に於ける、苦しみの分類。
     精神は老い行き、心は病み、死の痛みへと至る。私達は“生”が足りない。
     君達が生きている事実は、幸運に恵まれなかった子供達からすれば咎である。
     私儀。チッポウのハルトシュラーが、命ある者共を無慚な形に変えてみせようぞ」

氷の如く冷たい声色で言って、ハルトシュラーはポケットから一管の万年筆を取り出した。
彼女は丁寧な持ち方で軸胴部を右手で掴み、右腕を真上に伸ばしてから、一息に振り下ろした。
すると、大きく美麗な“弓”という赤い文字が、ハルトシュラーの眼前に書かれた。空中にである。

一拍置いて、ハルトシュラーはゆるりと身体を上げてから、
軽やかな所作で一歩のみ後退をして、天へと左腕を翳した。

手のひらに赤い月が乗る。月の輪郭が乖離した――とドクオは錯覚した。
ゆっくりと彼女が腕を下ろせば、同じ緩やかさ弧を持った弓が出現したのだから。

赤い月の弓。
それこそが、ハルトシュラー及び間引かれた子供達からなるコトリバコの得物である。

271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:38:11.38 ID:u1tu8hG30
jl|゚ -゚ノ|「罪は、全て裁かれねばならない。七苦の色――レーゲンボーゲンの前に散れ。
不倶隷 目楼那訶 朱誅楼 楼楼隷 阿伽不那瞿利 不多乾……」

ハルトシュラーがぶつぶつと呪文めいた言葉を長々と呟けば、風と共に黒い粒子が渦を巻いて、
深紅の弓の中心部分を握っている左手へと集結していく。彼女の霊力が集まっているのである。
あの一矢を放たせてはならない。ヒートは慌てて、ドクオに左腕を伸ばすように指示をした。

正面に翳したドクオの左手に、粒状の光となったヒートの力が集束する。闇を打ち破る弓となる。
まるで長年に渡って扱って来たかの様に、弓はドクオの手に馴染む。ヒートと相性が良いのだ。
弓が形成し終えると彼は、間、髪を入れず弦を持って惨状で満たされた畜生箱に狙いを定める。

光の矢が生まれた。

一時間程前に経験した時よりも、脱力感は無い。憑依に身体が慣れている。
――今なら空高く跳べるかもしれない。ドクオはどう感じたが、今取るべき行動ではない。
先程より力を込めて、立ちはだかる悪鬼を討つのだ。彼が弦を引くと、光の筋が太身を増した。

ハルトシュラーはまだ力を溜めている。きっと、矢を形造るのに恐ろしく時間が掛かるのだ。
これは機会である。此処こそが絶妙と云ったところで、ドクオは無心として弦を離した。
放たれた矢は光線となって粒子の粒の尾を引きながら、ハルトシュラーへと高速で向かう。

あわや直撃――だが、光の矢はハルトシュラーの目の前で弾けた。彼女を結界が包んでいる。
ドクオは茫然自失となって、弓を下ろした。その一方で、ハルトシュラーは攻撃態勢が整った。

272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:39:24.29 ID:u1tu8hG30
jl|゚ー゚ノ|「鮮血と云う名の甘露の雨を降らせてみせようぞ。そうして誕生するは屍である」

初めて、ハルトシュラーは相好を崩した。奇麗な彼女の顔に、その表情はとても似合っていた。
弓を把持している左手を上げて、眇めてドクオ達に狙いを付ける。

そうして弦を右手で触れる。
両足を前後に広げ、片膝が地に着くまでに腰を落とし、力任せに弦を右手の五本の指で引く。
ギリギリと。

すると、弦から七本の矢が伸びた。

矢はそれぞれ別々の色彩を放っており、虹の如くである。
一番上が赤、一番下が紫。真ん中の緑以外の矢は別の方向を向いている。

それで、射抜けるのか。
微かに思ったドクオの疑問は、最上段と最下段の矢が同時に撃たれてしまうと直ぐに氷解した。

不規則に曲がりくねりながら、二本の矢が迫って来るのだ。次なる矢も二本射出された。
万事休す。ドクオ達が力無くしていると、クーが彼ら一行の前に立った。加勢したのである。
彼女が大きく右腕を振るうと、糸が矢を絡み取り、各々潰された。後から放たれた矢も同様にする。

一本、二本、三本。六本まで処理をこなしたが、最後の一筋――緑の矢は凌ぎ切れなかった。
他の物とは違って蛇行をせず、速過ぎたのだ。その矢は、クーへと一直線に風を斬って飛来する。
……身体を翻して避けたって良かった。しかし、彼女の潜在意識がそうはさせてくれなかった。

273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:40:21.80 ID:u1tu8hG30
クーの背後にはドクオが居るのである。身体を動かせて矢をやり過ごせば、彼に命中してしまう。
「ちっ」とあからさまな舌打ちをして、彼女は迫る矢を左手の甲で思い切りはたき逸らせようとする。
触れると、相手の力が腕に衝撃を与えた。クーの左腕の肘辺りが千切れ、分断されたのである。

分かたれたクーの腕が、地面を転がった。

(;^ω^)「ちょ」

ξ;゚听)ξ「……」

(;'A`)「クー!?」

片膝を地面に着け、抉られた腕から血を噴出させているクーを見て、ドクオ達は戦々恐々とした。
ハルトシュラーの矢の脅嚇からは逃れられたが、彼女が隻腕となってしまったのは恐悚に値する。
弓が、烏の姿のヒートに変わった。ドクオはクーへと駆け寄って屈み、腕の部分を確かめた。

(;'A`)(クーの左腕が使い物にならなく……)

ドクオは情けなくなった。自分の力が至らない所為で、クーは左腕を失ってしまったのだ。
彼は悲嘆するが、ヒートは翼を羽ばたかせて、ハルトシュラーを見据えながら一行の心に語る。

『なあに。アタシ達はお前達人間とは次元が違う。その内に生え変わる』

(;'A`)(そんな、トカゲの尻尾みてえに)

突如、頭にヒートの声が響いたブーンとツンはおろおろとする。ヒートは『静かに』と命ずる。
内密に戦略を立てるのだ。ハルトシュラーはそれに気付かずに、次なる攻撃の準備をしている。

274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:41:35.35 ID:u1tu8hG30
『奴は前方に見える建物を塞ぐように現れた。恐らく、広間には立ち入って欲しくないのだ。
 玩具の部屋。あすこがそうだろう。座敷童子が祀られている神殿――再誕が成される場所である。
 アタシが魑魅魍魎の木箱の相手をするから、合図をしたら一斉に前へと走り出したまえ!
 まずは目を閉じていろ。奴は攻撃に移るまでに時間が掛かる。その隙に奴の視力を奪ってやる。
 そうして、アタシが奴の胸元で煌く鍵を盗み、後からお前達に追い付く。分かったね!?』

無量光を以って目を焼き潰し、鍵を奪取するのだと云う。作戦は分かったが、ドクオは訝しがる。
ヒートを信じて良いか迷うのだ。果たして、彼女にそれ程の力量と勇気があるのだろうか。
どうにも頼り無いがしかし、彼女は守護霊で且つ仲間である。ドクオ達は言葉を信じる事にした。
jl|゚ -゚ノ|(……?)

今しがたより、深く腰を落として弓を構えるハルトシュラーは、彼らを見て僅かに首を傾げた。
背の高い青年が、同じく背の高い悪霊を肩に腕を通して立たせたあと、全員が瞼を閉じたのだ。
そう。まるで申し合わせたかのように、一斉に閉眼をしたのだから彼女の疑問も当然の事である。

しかし、猜疑心などを抱いている場合ではない。彼女は、後方に聳える部屋に入られると困るのだ。
確かに、そこはドクオ達が目指そうとしている玩具の部屋であるし、座敷童子を封印してある。

――あれは手強かった。屋敷を呪うのに苦労した。
もしも復活をされたら、次は勝てる自信が無い。

目の前の人間共には、見知らぬ悪霊と謎の怪鳥が憑いている。万が一の事があるかもしれない。
解に近付くな。だから、こうして態々姿を見せたのだ。ハルトシュラーは、一層に弦を強く引いた。
今度は全力を込めているので、眇めて(片目を閉じて)いない。両目を開けて、目標を見据えている。

276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:42:09.20 ID:u1tu8hG30

 ――その両目を開けているのが、仇となる。

ヒートが地面に着地をして両翼を閉じ、豆粒の様な小さな黒い目でハルトシュラーを捉えて、
天へと向けて片方の羽を上げた。

翼の先から二尺程度離れた所に、まあるい大きな光球が生じた。
一瞬間後、光球は那由他の光を放ち、双眸を全開にしていたハルトシュラーの水晶体を焼ききった。

jl| - ノ|「っ!」

まるで予期していなかった攻撃を喰らったハルトシュラーは、構えを解いて両瞼を手で押さえる。

『今だ! 走れ!』

光が収まる中途、吶喊を聞いてドクオ達は駆け出した。ドクオはクーの身体をかばったまま、友人達を追う。
踊り場にヒートとハルトシュラーが残る。これからがヒートの仕事であるが、戦闘するのではない。
ハルトシュラーの胸で光るアヤメの鍵を奪い、ドクオ達へと追い付くのだ。彼女には大仕事である。

ヒートは翼を動かせてゆっくりと地面から足を離し、少しばかり後退をしながら鍵だけを見つめる。
……いける。ハルトシュラーは両目を痛そうに押さえているし、何よりも自分は神鳥ではないか。
さあ。人間共を明日へと導く為のフライトだ。ヒートは光の残滓を切り分けて、真っ直ぐに突貫した。

277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:43:31.33 ID:u1tu8hG30
jl|゚ - ノ|「そうはさせない」

指と指の間から、ハルトシュラーの翠霞の眼球が輝いた。それは、ケダモノの形相を呈している。
彼女はヒートに狙いを付け、自分の手の届く範囲に踏み込まれると、一呑みに鷲掴もうとした。
だがしかし、捕らえられそうになるすんでの所で、ヒートは身体を旋回させてかわしたのである。

数本の羽根だけを掴んだハルトシュラーの胸元に到達した彼女は、鍵を嘴で挟み、真上に翔んだ。
そうすると、するりと鍵のネックレスは抜けるわけである。ヒートはすぐにドクオ達を追う。

一人、ハルトシュラーは目を擦る。
清らかな光が直撃したのだから、悪霊の彼女の身体には相当に厳しい。

jl|- -ノ|「……」

ハルトシュラーは感情のテンションが絶無に近いので、油断を恥じたり又は悔やんだりはしない。
彼女のレゾンデートルは、ただ人間を死に至らしめるのみである。身体全てで一振りの得物なのだ。
それについて、彼女は悩んだ事は一度も無い。先程の怪異共のように憑いて歩こうとも考えない。

永久に、闇雲に人間を殺し尽くすのである。
陰惨たる歴史と共に、ハルトシュラーは生き続ける。

無始曠劫の彼方にある記憶と共に、コトリバコは人々の手に渡って行くのである。
そこに意志は無く。

じりじりと焦げた眼球を押さえながら、
彼女は微かな翳りと寂寞を残して地面へと沈んで行った。

278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:44:17.47 ID:u1tu8hG30
(;^ω^)「ひい……ふう……。全く、今日という日は最悪だお! 滅茶苦茶だお!
       幽霊と出会うわ、帰り際に変な屋敷に連れ去られて襲われるわ!
       ドクオ! 聞いてるのかお! 聞け! もう、絶対に廃墟探訪なんてしないお!」

(;'A`)「分かった。分かったっての。謝るから、ちょっと落ち着いてくれ。それと、汗を拭け」

ドクオ達は、建物の豪奢な扉の前に辿り着いた。
運動が苦手で声太っているブーンは、壮観な名所の滝のように汗を流している。
両膝に手を付いて息を切らしている彼の頬を、ツンがハンカチで拭う。どこでも仲が良い二人だ。

('A`)「アヤメの鍵か」

両開きの扉には、アヤメを模したプレートが掛けられている。それに対応した鍵が必要である。
ハルトシュラーが掛けていた。ヒートは無事に彼女をやり過ごし、鍵を奪えたのだろうか。
彼女が傍らに居ないと、何故か落ち着かない。ドクオがロリータコンプレックスというわけではない。

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

肩に腕を通されていたクーは、嫌そうにドクオから離れた。抱き寄せられている感じが気に入らない。
ドクオが心配げな眼差しを彼女の左腕に投げかければ、早くも流血が止まりかけていた。
どういう構造になっているのだ。彼が考えていると、上空から翼がはためく音が聞こえて来た。

279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:45:08.80 ID:u1tu8hG30
('A`)「ヒート」

ヒートがドクオ達の元へと降りて来た。嘴で金色の鍵を銜えている。
彼は鍵を受け取った。

『はっはっは! ハルトシュラーの奴め。アタシに恐れを生して逃げていきよったわ!
 ぐうの音も出ない程に叩きのめしてやったから、少しの間は出てこられないだろう!』

口が自由になると同時、ヒート節が炸裂する。彼女が語る武勇伝なんて、話半分に聞いておこう。
いついつハルトシュラーが現れても対処ができるように、慎重さを心がけている方が塩梅が良い。

この局面の場合、さっさと建物の中に入って座敷童子を蘇らせる事だ。ドクオは扉の鍵を開けた。

( ^ω^)「真っ暗で何も見えないお。ツン。僕から離れるんじゃないお」

ξ゚听)ξ「うん」

室内は暗く、一寸先が見えない。常に付きまとっている、ヒートが作り出した光球が移動する。
そうすると、少しは明るくなる。広大な部屋に、玩具が整然と並べられていて、小奇麗である。
この部屋だけは静謐な雰囲気がする。三つある窓の内、一つが開けられており、冷気が吹いている。

ξ;゚听)ξ9m「あ、あそこ! あそこに人が倒れているわ!」

280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:45:59.06 ID:u1tu8hG30
ツンが指で指し示したその先の壁際に、一人の人間が丸くなって倒れている。ショボンである。
ドクオが急いで寄ると、彼は目を閉じて安らかな寝息を立てていた。マイペースな青年だ。

('A`)「おい。ショボン。起きろ」

肩を揺り動かせるが、ショボンは目を覚まさなかった。意識が深いところまで落ちているのだ。
ヒートが人間の姿に戻り、和服の右前に挿していた風車を手に取って、天井に向けて掲げた。
そうして、食堂の時と同じく呪文を唱えた。場所、風車、名前。全てに於いて条件が揃っている。

ノハ;゚听)「あれ?」

ξ゚听)ξ「何も起こらないわね……」

しかし、何も変化が起こらなかった。物音一つすらしない。まだまだ不足しているのだろうか。
……もしや、新速家が勝手に座敷童子の存在を信じているだけで、憑いていなかったのでは?
それは最悪な事態である。ドクオ達が頭を痛めていると、強風が吹き、カーテンが大きく揺れた。

ノパ听)「……もう、挽回しよったのか」

jl|- -ノ|(……)

ドクオ達が立っている反対側の壁際に、草が伸びるかの様に床からハルトシュラーが再び姿を見せた。
目は閉じたままで視力は全快をしていないが、彼女の全身から黒と紫が絡まったモヤが具現化していて、
精神が殺気で満たされているのが、手に取るように分かる。彼女から発する風は止む事がない。

281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:46:54.33 ID:u1tu8hG30
(;'A`)「……俺達は戦うしかないのか。これ以上、誰かが傷付くところを見たくないんだが」

腕を失くしているクーを気に掛けるドクオは弱気だ。
彼の足元に居るヒートが露骨に眉を寄せて、嫌そうな表情をする。。

ノハ--)「笑止の至り。頭のおかしくなった悪霊を討てるのは慈愛や慈悲ではない。
       ピー・オー・ダブリュ・イー・アール。所謂圧倒的な力のみでしか調伏が出来ない」

ふんと笑って、ヒートは一歩前に立った。そして、悪霊に人差し指を指して言い切るのだ。

ノパ听)9m「やい。悪しきすだまよ! 今度は先程より、もおっとキツい仕打ちをくれてやる!
        ヒート様が、光で焼き潰してやる! 他の誰でもない、このヒート様がな!!」

そう云い切ったヒート様は、ドクオ達の背後の壁まで、高速で後ろ足で下がったのだった。
今の動作、どうやったし。ヒートという妖怪の性格は、正確に表せば非常に高慢ちきである。
但し、力量が無い。相手を挑発するだけしておいて自分は逃げるのだから、始末に終えない。

“ヒート様、ヒート様。そこな悪霊、貴女様の威光で散らしてくりゃれ。”
ドクオは慨嘆し、肩を落とす。勿論、ブーンとツンも、彼女に対して同様の感想を抱いている。

('A`)(……うん? ちょっと待てよ)

283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:48:24.54 ID:u1tu8hG30
ヒートの態度を見ていたドクオは、とある事を思い出した。
童子を召喚するにあたって、重要な事実を。

(;'A`)「ッ! ヒート! 風車を――」

上へと翳すんだ。そう云いかけたドクオだが、ハルトシュラーの強烈な霊気が遮った。
弓を構えている彼女の背後に憑いていた人魂が、右手に集合して攪拌され、次いで融解する。
そうして弦に触れると、一本の黒い矢が出現した。人魂は、力を蓄える隙を埋める役割を果たした。

jl|- -ノ|「ドクオ君。君は守護霊に恵まれない体質の様だ。和解をし、私に憑いて欲しい。
      平和主義者。それは好い事ではあるが、無理な相談である。私は殺戮兵器なのだ。
      速やかに始末をし、地獄に送らねばならない。……なあに、苦しまずに逝けるさ。
      君達の一寸先は、地獄。私は修羅。地獄とは、私なのだから――」

ハルトシュラーは、弦から指を離した。黒い、邪悪の塊が放たれる。
それは床の玩具達を蹴散らせながら迫る。クーが右腕を振るって糸で絡ませようとするが、
ものの見事に弾かれてしまった。コトリバコと八尺様では、力が段違いなのだ。

もう駄目か。

284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:49:10.31 ID:u1tu8hG30
ドクオが、目を大きく開いて唾を飲み込んだその時。
突然に窓が割れ、室内に人影が飛び込んできた。

まるでアクション映画のワンシーンの様だった。
闖入者が握る二丁の小型拳銃が連続で炸裂する。
そのデリンジャーから放たれた二弾は、一切の穢れを許さない澱みの無い光弾である。

一発目は悪霊が放った矢を鮮やかに相殺させ、二発目はハルトシュラーの眼前にまで飛び込んだ。
彼女が張り巡らしている結界と衝突し、激しく空気が乱れる。やがて、とうとう結界を打ち破った。
ハルトシュラーは即座に首を傾けて、破邪の銃弾を逸らした。掠れ、彼女の頬から一筋の血が伝う。

それを見届けた闖入者は、地面に身体が着く瞬間に受身を取って、くるりと一回転した。
一連の動作は、只者ではない。理解が追い付いたドクオは、足元で屈んでいる人物を見る。
見慣れた、ふわふわとした金色の髪の毛。大人しそうで屈託の無い顔付き。まさかの妹である。

ζ(゚、゚*ζ(……)

(;'A`)「デレ」

いや。今はデレを問い質す場合ではない。ハルトシュラーが悚然としている今しか、機会はない。
ドクオはぼけっとしているヒートの手から風車を奪い、天にまで届かさんと腕を伸ばした。
歌の元々の音程など分からん。ドクオは小説を朗読するかのように、幸福招来の歌を読み上げる。

285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:50:03.16 ID:u1tu8hG30
('A`)「ひとつとや。来生のために謳いましょう」

一つ。未来の生に祝福があるように、謳う。

('A`)「ふたつとや。死生のために謳いましょう」

二つ。在世中に加護があるように、謳う。

('A`)「――三つとや。遠野のチョービラコ“様”。ハインリッヒ“様”のために謳う」

三つ。何よりも、座敷童子のハインリッヒ様のみを、畏れ敬って謳うのである。

生来の性格が邪魔をしてか、ヒートには他者に敬意を表する心持ちが足りなかったのだ。
これは先程、彼女の態度に呆れていた時に思い付いた事だ。
果たして成功するか。ドクオは気を張る。

静寂する、広間。

少しして、天井から足音が聞こえた。ぱたぱたと、子供が駆ける音である。
そうして、全員が真上を見上げていると、不意に自鳴琴(オルゴール)が音色を奏でた。
短い一曲を奏でて、音色が止む。すると、ドクオ達の目の前に暖かな光が顕現したのだった。

286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:51:02.36 ID:u1tu8hG30
光は、部屋の全てを満たす。とても眩しいその輝きは、恐慌していた一同の心を穏やかにさせる。
春の麗らかな陽射しを浴びた時に似ている。誰もが落ち着き、ずっと光に包まれていたいと思った。
やがて光は収束した。白日夢でも見ていたかの如く朧げで、ドクオは首を振って意識を鮮明にさせる。

(;'A`)「こ、これは」

( ^ω^)「元の世界に帰って来たお!」

ドクオは吃驚した。窓から夕陽が射し込み、部屋中がオレンジ色に染まっているのだ。
部屋の壁も薄汚れている。ブーンの云う通り、どうやら現世に帰ってこられたみたいだが……。

jl|- -ノ|「蘇ってしまった、か」

ハルトシュラーが居る。
そして、白い着物を着た見知らぬ少女がドクオ達の前に立っている。

从 -∀从「あー、あー。あっはっは」

この子供が、ハインリッヒという名前の座敷童子だろうか。確かに肌が白い。白くはある。
ただ、健康的な白さではない。腺病質と云えば良いのか――ドラッグでもしていそうな青白さだ。
おまけに首がすわっておらず、絶えず呻いている為、ドクオがその線を考えるのは仕方が無い。

288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:51:46.60 ID:u1tu8hG30
('A`)「……お前がハインリッヒなのか?」

从#゚∀从「“様”を付けろよ、童貞野郎!」

('A`)「童貞――」

言葉の後ろにダッシュでも引けば、少しは様になるかなと思ったのだけれど、そうでも無かった。
間違い無い。突発に癇癪を起こした危なそうなこの少女が、ハインリッヒだ。召喚に成功したのだ。
彼女はしばし、首をぐらんぐらんとさせた後、前を見据えて口を開いた。彼女の声は低い。

从 ゚∀从「あー。お久し振り。姉ちゃん。この前は、よくも寝込みを襲ってくれたな」

(;'A`)(ヒートが云っていた言葉は正しかったのかよ!)

jl|- -ノ|「暫く振り。君が居ない間、随分と好き勝手させて頂いた。新速家の血は途絶えた。
      一族は皆死に、無間地獄を彷徨っている。君の労力は、全て忘却の河へと流された」

ハルトシュラーは口を噤み、ハインリッヒは笑う。当然の事ではあるが、友好的なムードではない。
夕日が一日での最後の輝きを放って部屋が多少明るくなると、ハインリッヒは両手を合わせた。

290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:52:53.65 ID:u1tu8hG30
从 ゚∀从「まあ、良いさ。俺はポジティブなんだよ。また別な人物を幸福に導けば良い。
      幸福。それは誰かの不幸から生まれる物だ。イエス。今は、お前が寂滅する事がそうだ。
      然しながら俺は自分の手を汚すのが嫌でね。血に染まれば、悪霊のそれと同じになる。
      俺は“別な人物”に憑いて戦わせる。例えば後ろに立っている背の高い兄ちゃんとか」

(*'A`)「お、俺か! 盛り上がってまいりました!」

从 ゚∀从「――は、気色が悪いから同じく長身の姉ちゃんに憑こう。どうにも不幸そうだしな」

川 ゚ -゚)「ぽ?」

('A`)「なんで?」

おかしな性質の青年にとり憑き、そのまま一緒に屋敷に閉じ込められたクーは、確実に不幸である。
しかし、どうして私なのだ。孤高の精神を持している彼女は、座敷童子に憑かれるのを拒むが、
しかつめ顔でハインリッヒは云う。「まだ、完全に現実世界へは戻って来てはいない」、と。

从 -∀从「敵を倒さなくてはならねえ。お前は悪霊なんだから、他者の不幸は心地が良いだろう。
       ……日の出に福来たれ。日の入りに福来たれ。千代に八千代に、奇想の仕合わせを」

ハインリッヒがまじないの言葉を呟くと、ドクオの手から風車がするりと抜けて空中に浮かんだ。
そして彼女は威光の粒子となり、風車に集約される。ハルトシュラーは、「不味い」と弓を構える。

あの光は私を押さえ付けるに至る輝きだ。彼女が力を込めるが、なかなか邪気が湧いて来ない。
今や、この場は空気が浄げへと入れ替わっている。悪霊のハルトシュラーは動作が縛られるのだ。

292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:53:47.57 ID:u1tu8hG30
『大女。今今極光の風車を手に取り、幸福を勝ち取れ!』

大声で促され、クーは是非を云う隙が無かった。

彼女が風車の棒部分を持てば、それは著しく変化する。
風車が光となって伸び、一振りの西洋剣の形になった。
動かせば、極光の如く残像が着いて来る。

クーは剣を前へと翳して、赫く切っ先を見つめる。
万感の想いがあるのだ。それもネガティブな。

川 ゚ -゚)(……)

どうしてこうなった! 

自分を封じ込めていた地蔵を、不埒な人間が破壊して蘇ったのは良い物の、
そこから運勢が直下しているだろうが。ええ!? 気弱で脆弱な人間を狙ったつもりだった。
しかし、ソイツがえたいの知れない曲者で、先天的に霊能力を持っている家系の青年だったのだ。

そうして、浮ついた気持ちで呪われた屋敷に足を踏み入れて、容易に悪霊にとり憑かれやがって。
屋敷に棲まう同族を討たなくては脱出が不可能なのを知った時は、気が遠くなりそうだった。
腕を失くした痛みに堪えなくてはならなくなったり、座敷童子などに憑かれるわ。もう最悪……。

川 ゚ -゚)(死ね)

('A`)(いいなあ)

293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:55:06.28 ID:u1tu8hG30
白色の剣を羨望の眼差しで眺めているドクオを、クーは横目で見た。馬鹿っぽい面をしている。
何ゆえ、コイツを助けなくてはならないのだ。ハルトシュラーを倒すという事は、そういう事である。
彼女は嫌だった。出来るなら、自分だけ助かって、他の奴らは此処へと置いて帰りたいのだが。

……ただ、今回のみは助けてやっても良いかもしれない。傷が塞がったとはいえ、左腕はまだ痛む。
あの時、ドクオはクーの肩に腕を通して、労ってくれたのだ。度量を示し、その借りを返すのだ。

――――ほんのちょびっとだけ嬉しかったので、ほんのちょびっとだけ助力をしてやるのである。

物の数秒で、クーは以上の事を考えた。
彼女は剣を下ろし、正面のハルトシュラーを捉える。
それを察知したハルトシュラーは痺れを切らし、弓を構えたまま小さな声で何処かに呼びかけた。

jl|- -ノ|「カッツェ」

そうすると、開け放たれていた窓から一匹の黒猫が飛び込んできた。
広間で退治した妖怪である。まだまだ生きていたのだ。

ハルトシュラーの手元に寄った黒猫は球体となり、しまいには黒い矢と変わった。
先程の人魂と同じ要領である。
邪気がすっかりと蹴散らされているのだから、こうするしか無いのだった。

294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:55:49.53 ID:u1tu8hG30
('A`)「ヒート!」

ノパ听)「ああ!」

ドクオはヒートに命じ、弓へと変化させた。クーだけに戦わせるなんて、彼には絶対に出来ない。
弦を三日月の輪郭のようにまで引っ張り、一本の矢を作る。それは、凶渦を祓う一条となるか。
クーが身体を低くして走り出すと同時、ハルトシュラーは漆黒の弓矢の束縛を解き放った。

ここから諍いの終わりまでは、全て一瞬である。

轟音を撒き散らして豪快に渦を巻く矢へと、ドクオが弓矢で、そしてデレが銃撃で応戦をする。
クーはハルトシュラーの矢などには恐れを生さず、極光剣を地面に垂れ下げて一直線に駆ける。
彼女と矢が衝突する手前――炸裂した光弾と、想いを乗せた光の矢が、黒い矢の横っ腹を捉えた。

そうして、全てが爆ぜた。

黒と白が交じり合った光の中へと、クーが飛び込む。
ハルトシュラーは、ヒートにアヤメの鍵を奪われた事で学習している。
クーは滅びてなどいない。

すぐさま次なる射撃体勢を整える。
微力でも良い。一介の悪霊ならば、それで充分に事足りる。

296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:56:47.65 ID:u1tu8hG30
しかし。
弦を引こうとするハルトシュラーだが、ぴくりとも身体が動かない。腕が、少しも動かない。
何故だ。彼女は痛々しく焼け爛れた両瞼を開けた。そうすると、彼女は驚愕したのだった。

jl|゚ -゚ノ|「!」

地面から生えた霊力の糸が、ハルトシュラーの腕に幾重にも巻き付いている。
おかしい。あの悪霊は左腕を失くし、右手は剣で塞がれているではないか。一体どうして。
ハルトシュラーは、ハッとした。千切れた左腕は、階段に置かれたままだ! あれは……。

苦虫を噛み潰すハルトシュラーの両腕が糸に締め付けられ、やがて身体から分断されてしまった。
両腕から血が噴き出す。赤い弓が空に舞う。それらがスローモーションで、彼女の双眸に移る。

「貴様が地獄と云うのなら――」

ハルトシュラーの目前から声がした。
まるで澄んだ空のような、とても耳ざわりの良い声だった。

彼女は、はたと前を向く。未だ晴れない光と闇の霧の中から顔が出現し、次第に全身が現れる。
クー。彼女が、一気にハルトシュラーとの距離を詰める。
もう、万策尽きて何もが手遅れである。

涼しい表情の顔と、歯を噛み締めて驚嘆の表情の顔。
二つの顔が、一ミリの隙間も無くなる。

川 ゚ -゚)「私はその地獄を喰らう、羅刹である」

297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 00:57:49.19 ID:u1tu8hG30
クーは横薙ぎに、全力で聖なる加護を受けた剣を振るった。
ハルトシュラーの脇腹に刃が食い込み、それは反対側へとかけていとも容易くさらりと通り抜ける。

jl|   ノ|「ギ、」

Somebody screamed. ハルトシュラーの身体が、彼女が背負う木箱と共に真っ二つに分かたれた。
ハルトシュラーの上半身が無常にも地面を転がり、下半身はゆっくりと後ろへと倒された。

間もなく、彼らの世界がゆるやかに現実味を帯びていく。ひぐらしの鳴き声、月の黄色の輝き。
一行は、音と色を取り戻したのだ。確認をし終えると、ドクオ立っていられなくなって尻餅をついた。

('A`)「……」

ドクオは言葉を発せない。疲労困憊といった感じである。
剣を下ろして、クーが振り返った。

川 ゚ -゚)「ぽぽぽ、ぽぽぽぽ」

幽霊との邂逅は面白い事では無かっただろう。さっさと、観念をして死んでくれたまえ。
クーが云うが、ドクオは答えない。言葉が分からないのも多分にあるが、疲れてしまっている。
それから一分ほどが過ぎ去り、ドクオはようやっと口を開いた。彼の声は枯れ果てていた。

('A`)「お前ら、そこに並べ。心霊写真を撮ってやる」

301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:00:15.70 ID:u1tu8hG30
――。

翌朝、ドクオは目を覚ました。
今日も天気は晴れ渡っていて、蝉の鳴き声が遠くから聞こえる。

上半身を起こすと、全身に痛みが走った。すっかりと筋肉痛なのであった。
原因は昨日の一件である。
ヒートの憑依は、日ごろ運動不足な彼にとって、重大で強烈な負荷がかかるのは充分だった。

(;'A`)「いててててて。あいつの憑依は、本当に三回が限界なんだな」

そう愚痴を呟いて、ドクオは床に敷いた布団で、阿呆っぽい面で眠っている幼女を見下ろした。

ノハ--)「……Zzz。あかん。ご飯にマヨネーズはあかん」

ヒートが何の夢を見ているのかはドクオには知れないが、表情から察するに平和そうだ。
とても趣味の悪い真っ赤な寝巻きを着た彼女の事は放って置いて、ドクオはベッドから下りた。

彼は私服へと着替えながら、昨日の事を思い出す。とんでもなく、慌ただしい一日だった。
極々普通な廃墟探訪から始まり、屋敷に飲み込まれ、そこに棲んでいたハルトシュラーと戦った。

何と有意義な一日か!
ドクオは大きなため息を吐く。不意に命を落としていたかもしれない。

そして、隠されていた事実が判明した日でもあった。

幽霊が存在していた事も当然ではあるが、鬱田家が霊能力者の家系で、
大人しいと思っていたデレが実は、非常にアグレッシブだった事である。
妹は屋敷の二階の窓から闇へと侵入し、行動をしていたらしい。滅茶苦茶が過ぎる妹だ。

302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします投稿日:2009/09/10(木) 01:02:11.98 ID:u1tu8hG30
('A`)(やっぱり、女は見かけで判断してはいかんな)

永遠に出会いが無さそうな青年が、女性を語る。
着替え終わった彼は自室を出、階段を下りる。

昨日から、鬱田家には四人の家族が増えた。「やったね、ドクちゃん!」と云った感じである。

一人は、今しがた登場したヒートだ。彼女はお供えがあれば、ドクオを守ってくれるのだ。
安上がりと云うか何と云うか、安上がりなのだが彼女らしい。但し、あまり期待は出来ないが。

クーも憑いている。彼女はドクオを始末するまで出て行かない。崇高な考えを持っているのだ。
ただ、どんどんと深みに嵌って行っている感じもする。その事は、彼女は気付かないでいる。
彼女は滅多に姿を現さない。晩生なんだとドクオは勘違いしているが、単に話題が無いだけだ。
それと彼女の左腕は、いつの間にか元に戻っていた。その瞬間を彼が目にする事は無かった。

クーに関連して、ハインリッヒも鬱田家に訪れた。彼女は、ドクオを幸せにするのではない。
あくまでもクーに憑いているのである。精霊などにとり憑かれたクーは、迷惑千万と疎んじている。

最後に、ハルトシュラーである。昨晩、ドクオが家に着くと、先に彼女が帰ってきたのだった。
何を云っているのかは分からないが、家に居た彼女が兄妹を出迎えた。つまりはそういう事だ。
悪霊の中でも相当に性質が悪い彼女は、完全に滅しなかったのだ。無論、力は弱まっている。
棲家が崩壊し、力を失った所為で同じ物を作られなかったので、鬱田家を訪れたのである。

ドクオの両親は、息子の守護霊の不在を悲しんでいたので、彼女らの存在は具合が丁度良い。
しかし悪霊二人と、神鳥が一羽。そして、精霊が一人。計四人が住む事になった。
鬱田家の家計は、終わってしまったかもしれない。ドクオは両親に感謝すべきである。

305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:03:29.08 ID:u1tu8hG30
('A`)「またトーストかよ。母ちゃんは歪みないね」

パン類が嫌いなドクオは辟易として、ダイニングを見回した。彼の両親の姿は見えない。
異国の姫君のような衣装を着たハルトシュラーと、着物のハインリッヒが椅子に座っている。
なにこの、ドイツ人の集まりみたいなの。彼はハルトシュラーの隣の席に腰を下ろした。

('A`)(すんげえ、居辛い空間だ……)

かたや新速家を守っていた存在、かたや新速家を滅亡させた存在。決して相容れないだろう。
恐る恐るドクオがトーストを齧っていると、二人は世間話を始めた。彼は肩透かしを食らう。

从 ゚∀从「さっきテレビで観たが、某大物女優が覚醒剤取締法違反で逮捕だってさ」

jl|゚ -゚ノ|「もう一人、同様に捕まった奴が居るだろう。あれより、ずっとロックだな」

('A`)(……)

人間ではない彼女らは長生きで、精神が高いところにある。一日前なんて、極小の点である。
取り敢えず、家の中でどんぱちは始めないようだ。ドクオはホッと安堵して、牛乳を喉に通す。

从 ゚∀从「さあて、食後の薬でも飲むか」

306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:04:14.35 ID:u1tu8hG30
ハインリッヒは見るからに不健康だが、何か病気持ちなのか。彼女はテーブルに缶を置いて開けた。
中には白い錠剤がぎゅうぎゅうに入れられている。それら全てを飲み物のように、彼女が飲み込んだ。
ドクオは牛乳を盛大に吹き散らした。目一杯飲まなくてはいけない薬など、この世にあるものか。

从#゚∀从「きったねえな、カス! もしも着物に付いたら、お前が弁償しろよな!」

汚らしい口調で、ハインリッヒが罵る。
ドクオは口元を腕で拭いてから、低声で呻いた。

(;'A`)「な、何の薬を飲んだんだよ!? 多すぎだろ、常識的に考えて……」

ハインリッヒは、あっけらかんと答える。

从 ゚∀从「ああん? 抗うつ剤だよ」

('A`)「うつ病」

从 -∀从「そうそう。お前。人間を幸せにするなんて、薬でも飲んでいなきゃあ、やってられるか。
       どういう仕事なんだよ。ええ。自分の存在に、疑問を持たざるを得なくなってくるわ」

307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:05:01.33 ID:u1tu8hG30
素面では無理な仕事かもしれない。
彼女が不健康そうなのは、薬の多量摂取による副作用の所為だ。
とにかく、ハインリッヒは危険な薬をしていない。それなら良いか、とドクオは思う。

……そうか?

彼は使い終わった食器を片付けて、朝食を終えた。時間は午前九時。青年の活動は始まった。

ドクオは自室に戻り、パソコンの前に座った。夏季の課題を消化する気は、さらさらない。
課題とは、夏休みの終わりが近付いた頃に漸くする物だ。彼はそういう気概の持ち主である。
OSが立ち上がると、ドクオはブラウザを開いた。さて。何をしようか。彼はひたぶる考え込む。

自分と同じオカルトが好きな人間が集まるチャットに行こうとしたが、ドクオは思い留まった。
昨日に引き続き、オカルトに関わるのはお腹が一杯である。朝早くなので誰も居ないかもしれない。
彼は動画サイトにて、面白そうな物を探す。そうしていると、ハルトシュラーが部屋に入って来た。

そうだ。ドクオは彼女の名前が妙に言い難いので、可愛らしく“ハルティー”と呼ぶ事にしている。
ハインリッヒも同様にして、“ハイン”である。いやいや。別に書き難いからではないですよ。

……昨晩ドクオは知ったのだが、ハルティーは寂しがるところがあり、絶えず誰かと同じ空間に居る。
元々は、子供達の血肉で作られたのだから当然だろうか。本人にしか分からないので、予想に留まる。

動画を楽しむドクオ、部屋の隅で座るハルティー、寝息を立てるヒート。黙々と時間が過ぎていく。
時間の針が止まるのは、時計の電池が切れた時のみである。やがて、ドクオは肩の骨を鳴らした。

('A`)(チャット。誰が居るかだけ、確認をしようかな……)

308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:05:52.06 ID:u1tu8hG30
ドクオはブラウザのお気に入りタブから、チャットを開いた。チャットには数人が参加している。
彼は入室をせずに、会話の流れを見る。参加者は数々の怪談の話をしている。朝から熱心な事だ。
その内、一人がとある噂話を始めた。恐らく眉唾物だろうが、ドクオは腕を組んで文章を読む。


S.T.R:W県Y町の山中に、お化けが出る廃病院があるそうだね。
    いやあ。行ってみたいもんだ。

おっぱい:あれ? そこって暗黒大帝が住んでる場所じゃなかったか? 違ったか。

佐藤:お前。ハンドルネーム、ちょっとは自重しろよ。

おっぱい:おっぱい! おっぱい! いや。でも、暗黒大帝には負けるぜ。

茂良らー:確かにね。暗黒大帝のネーミングセンスは異常。いや。君もだけれど。

“暗黒大帝”とは、ドクオのハンドルネームである。うっせえな、こいつら。死ねば良いのに。
ドクオは歯を軋ませるが、興味が惹かれる話ではある。“W県のK町”は、彼が住んでいる場所だ。
所謂地元に、心霊スポットがあるらしい。どういった謂れで成り立った話なのだろうか。

310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:06:52.09 ID:u1tu8hG30
佐藤:それで、どういう話なんだよ。

S.T.R:その病院に入院していた男性が、屋上から飛び降りて死んだ事件があったそうだよ。
     男性に自殺の理由が見当たらなかったから、殺人かもしれなかったんだけど、真相は闇の中。
     それ以降、深夜の病院で、男性を見かけたと云う患者が後を断たなかったらしい。
     皆、気味悪がってその病院を避けるようになった。だから、閉院してしまったんだね。

佐藤:嘘くせー。怪談なんて、与太話ばっかりだ。

おっぱい:佐藤は何で此処に居るんだよwwwwwww市ねwwwwwwwwwwww    ”

(*'A`)「いよっしゃあああ!!」

ノハ+听)「うわあお! 何が良いの!?」

ドクオは大声を出して、席から立ち上がった。驚いたヒートは、目を覚まして辺りを見回す。
そうすると、昨日、疲れ切っていた人間が活力を漲らせているさまが、彼女の視界に入った。

ノハ#゚听)「くおら! アタシが寝ている側では、静かにせんか!」

311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:07:27.14 ID:u1tu8hG30
ヒートが負けじと大声を上げて注意をするが、ドクオは全く云う事を聞かない。
舞い上がった彼は椅子を立った。彼女の元へ寄って屈み、人差し指を立ててにこやかに云う。

(*'A`)「ヒート! これから行くぞ!」

ノパ听)「……どこへ?」

('A`)「――肝試しさ! 近くに心霊スポットがあるから、そこへ行くんだ!」

ドクオが暴風の如く勢いで、自室を出て行った。
次第に、ヒートの瞳孔が大きさを増して行く。

ノハ;゚听)「おい! 昨日で懲りたんじゃなかったのかよ!?」

ヒートが起き上がって、ドクオの後を追う。ハルティーも、ゆっくりと腰を上げて二人を追った。
ドクオは、しばしの間は幽霊と関わり合いになりたくなかったのだが、
いざ怪しい話を耳にしてしまうと、居ても立ってもいられなくなったのである。

312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:07:49.78 ID:u1tu8hG30

('A`)「ハインも行くぞ!」

从 ゚∀从「はあ?」

ドクオは、廊下の床を軋ませながら駆ける。
そして慌ただしく靴を履き、玄関扉を開け放った。

燦々と降り注ぐ日光。蝉の声。――それらに雑じった微かな楽曲の歌声。
すっかりと科学に支配されたと思っていたこの世だが、まだまだ不思議な事はある。

こうして、ドクオの長い夏が始まったのだった。



   副題:幽霊が本当に居るだなんて、胸が熱くなるな。 了


321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:14:45.12 ID:u1tu8hG30

('A`):欝田ドクオ。高校一年生。オカルトマニア。オタク。長身。
    高校生なのに、大絶賛中二病発症中。陰気で不気味な性格。このドクオは気持ち悪い。
    でも、場の空気を読んだりと、基本的なマナーは持ち合わせているようだ。素晴らしい。
    鳥山石燕の書物が心のバイブルである。今時の女子高生も嗜むよねえ。画図百鬼夜行。
    長身設定なのは、クーとのバランスの為のみで、そうすると書き易かったのですの。

川 ゚ -゚):八尺様。ネットの怪談に登場する長身の女性霊。ぽぽぽぽぽ。このクーは邪悪が過ぎる。
     ちょっとあれですよね。こういうタイプの人とは付き合い難いですのう。気難しい。
     

ノパ听):ヒート。八咫烏(やたがらす)。八尺様語翻訳係。まぶしい。このヒートはうるさ過ぎる。
      非常に高慢ちきではありますが、他者との協調は取れています。心を読むのはずるいよね。
      彼女は怖がりで滅多に戦闘へと参加しませんが、決して力が弱いわけではありますん。

ζ(゚ー゚*ζ:デレ。ドクオの妹。霊能力者な中学生。かわいい。かわいい。>、<

(´・ω・`):今津出(いまつで)ショボン。普通の高校生。聡く、マイペースな青年です。

( ^ω^):内藤ホライゾン。あだ名はブーン。普通の高校生。掲示板でのゆとり行為が趣味。

ξ゚听)ξ:赤露(あかつゆ)ツン。普通の高校生。既にデレ期に突入している。
       二人きりの時に甘く、他者が居る時は刺々しい。元々のツンデレの設定です。

jl|゚ -゚ノ|:創作発表板より、ハルトシュラー。この物語ではコトリバコとして登場すます。
      元々の設定の通りに弟子達がいまするが、それらは人魂として彼女に憑いています。
      元は子供なので少しだけ寂しがり屋。ゴシックドレスは、ただ単に俺が好きなだけです。
(i)

322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/10(木) 01:15:58.66 ID:u1tu8hG30
从 ゚∀从:ハインリッヒ様。小学生低学年くらいの風貌をしている。病的なほど肌が白い。
       幸せは力ずくで獲得するもの、が信条だけれど手を汚したくないので戦いません。
       ちなみに、彼女が服用している薬はデジレルと云い、抗うつ剤の一つでございます。
       首がすわっておらず、いつもあっちを見ている。……誰か警察の人呼んだってー!


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