- 16 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:15:53 ID:LQ58hwh60
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
逃げ続けて。
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- 17 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:16:08 ID:LQ58hwh60
- 一.
子供の頃から逃げ足が速かった。
逃げ続けることがある種、僕のアイデンティティだったといっても過言ではないだろう。
いろいろなものから逃げ続けてきた。
義務、責任、人間関係、それこそ小学校の宿題から、つい先頃孕ませた友人の女まで、いろいろなものから。
逃げることが、僕の人生のすべてだった。
( ・∀・)「……なんも引かねーな」
目の前のスロットマシーンを淡々と叩きながら、半分眠ったような眼で腕時計を見る。
午後三時四十八分、かすんでけぶる店内の空気に、大音量で流れるアップテンポのBGM。
平日のこの時間に、パチンコ屋に入り浸る僕のような人間を、世間ではクズと呼ぶ。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:16:27 ID:LQ58hwh60
- クズ。
どうでもよいことだ。
ボトムラインがずれ過ぎていて、世間の目など、気にしたことがない。
世の中にあふれかえっているあれやこれやの大半が、本当は自分にとって、どうでもよいことだ。
最近までそのことに気がつかなかった。
そしてそこに気がついたときには、とっくに手遅れだった。
( ・∀・)「……あれ」
メダルを買い足そうと思って財布をあけると、すでにすっからかんだった。
( ・∀・)「まいったねぇ……」
筐体の下皿に100円ライターを投げ込んで、とりあえず遊戯していた台を確保しておく。
確か店の前のコンビニに、ATMがあったはずだ。
( ・∀・)「あーあ」
この世界のほとんどすべてが、どうでもよいことで構成されている。
どうでもよくないことが見つからなかったから、僕は今ここでひたすら死んだように、スロットマシーンのレバーを叩いている。
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:16:44 ID:LQ58hwh60
- 二.
妊娠したといわれたので、そうなんだ、凄いと返したら、思い切り頬を張られてクズと罵倒された。
面白い女だと、思った。
二月ほど前、十年来の付き合いの友人から電話があって、
久しぶりに飲みに行こうと誘われたのでフラフラと出て行くと、待ち合わせ場所にはその友人と、見知らぬ女が一人いた。
近々結婚することになったから、お前にも紹介しておきたかったんだ、と友人がその女を指しながら、うれしそうに言った。
ちらりとそちらを見ると女が、静々と会釈をした。
目を合わせた瞬間から、いやな予感はしていた。
趣味の悪さがにじみ出ている派手な赤の口紅に、赤いマニキュア。
多分、足の爪まで赤いんじゃないかと、友人の女選びのセンスを疑ったが、
幸せそうな当の本人を目の前にして、僕は黙っていた。
通り一遍の挨拶が済んで、僕たちは駅前のチェーンの居酒屋に向かった。
上機嫌で喋り散らしながら、ハイペースでグラスを空ける友人に、ニコニコと笑いながら控えめな相槌を打つその彼女。
媚るようなその女の目つきが、どうしても気に入らなかったけれど、僕は黙っていた。
そのまま三時間も飲み続けたろうか、何をそれほど話すことがあったのか、会話もろくに覚えていない。
ただ一度、トイレに立った友人の目を盗むようにして、酔って上気した顔をおもいきりこちらに寄せた女が僕に、
私たちって、似たものどうしみたい、と言ったそのセリフと、そのときの絡みつくような視線だけが、はっきりと記憶に残っている。
高くもない会計を割り勘ですませて、それから三人でカラオケに向かった。
僕は、お互い飲みすぎたし、今日はもうよしたほうがいいといったのだが、ぐでんぐでんに酔っ払った友人は聞かなかった。
その頃にはすでに全部がどうでも良くなっていて、人間というものを失っていた僕に、拒む理由はそれ以上、なかった。
友人の体を支えるようにして立っていた女は、濡れた目で、笑っていた。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:17:02 ID:LQ58hwh60
- そして結局、その薄暗いカラオケルームの一室で、酔いつぶれた友人を傍目に僕たちはあわただしく交接った。
僕の上で激しく腰を振りながら女が、こういうお店では隠しカメラがついていているところがあるから、
もしかしたら店員に見られているかもしれないね、と耳元で楽しそうに囁くのが聞こえた。
女の、噛み殺した喘ぎ声と、酒臭い息が僕の神経を逆撫でして、こみ上げてくる吐き気をこらえながら僕は女の中に長々と射精した。
行為の最中に靴が脱げ落ちたのだろうか、僕の膝の上で息を殺して呼吸を整えようとする女の、
その露になった右足のペディキュアはやはり、けばけばしい、赤だった。
成り行きのことだったからもちろん十分な避妊はしなかったし、その結果の妊娠だったのだろう。
友人は近頃頭の悪い、婚前交渉などもってのほかだなどとのたまうタイプの人間だったから、
父親が僕であるというのはどうやら確定的な状況らしかった。
呼び出されて向かった先のふわふわとした雰囲気の素敵なカフェで、女は、人目もはばからずに、泣いた。
僕の不道徳をなじり、潔癖すぎた友人をなじり、そしてまた、僕をなじった。
面白い女だと思ったが、僕は黙っていた。
結局お前にとって、友人とのことはおままごとの延長でしかなかったのだろう。
本当に大切なものがある人間はおいそれと、その大切なものを手放そうとはしないからだ。
それが傷つけられたり、失われたりしてしまえば、生きていけなくなることを知っているからだ。
僕とお前が似たもの同士なのは、本当に大切なものを何も知らないからだよ。
そう思ったが、黙っていた。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:17:15 ID:LQ58hwh60
- 三.
( ゚∀゚)「モラ、最近何やってんの?」
ベージュのべスパの車体に向かって屈みこみながら、背中越しにジョルジュが聞いた。
( ・∀・)「んー、まぁ、ぼちぼち」
( ゚∀゚)「ふーん……ほい、直ったぜ」
( ・∀・)「おお、早いな」
( ゚∀゚)「プラグ被ってるだけだったから、金はいいよ。でもこれくらい自分で直せよな」
笑いながらそういって、ツナギのポケットから赤いラークを取り出しながら、ジョルジュがこちらに向かってくる。
( ・∀・)「しばらく会わないうちに、ずいぶん本職みたいになったね」
僕がそういうと、ジョルジュは、顔中をくしゃくしゃにして、笑った。
( ゚∀゚)「本職だよ」
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:17:27 ID:LQ58hwh60
- ( ・∀・)「結構、忙しいんだ」
( ゚∀゚)「うん。俺にはほら、こうやってバイクとか車いじるしか、能がねーから。頑張らないと。
モラは頭がいいから、なんだって出来るしな。うらやましいよ」
( ・∀・)「……」
( ゚∀゚)「ま、これはこれで、それなりに楽しいけどな。ははは」
曖昧な微笑を浮かべながら、無言で手のひらに視線を落として、僕は思う。
僕にも君みたいに、夢中になれるものがあれば、こんな死んだ魚のような、
ただ波間に漂うな日々から日々から、抜け出すことが出来たのだろうか。
ごつごつした油まみれのジョルジュの手のひら。
僕の手のひらにあるものは、スロットのレバーの叩きすぎで出来た、たこだけだ。
見比べながら思う。
本当にうらやましいのは、僕の方だ。
( ゚∀゚)「そう、それでさ、今度先輩がさ、サーキットつれてってくれるって言うんだ。
どこだと思う? 鈴鹿サーキットだぜ? 本物のレースが見れるんだ」
( ・∀・)「へえ」
彼が何を言っているのか、僕には分からない。どうしてそんなに楽しそうなのか、分からない。
( ゚∀゚)「おれさ、いつかあそこでレースするような、メカニックになるんだ」
( ・∀・)「そうなんだ、凄いね」
分からない。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:17:46 ID:LQ58hwh60
- 四.
そういうことと、生きる、ということは全然関係ないことなのだと知るまでに、時間がかかった。
ただ呼吸をして食事をして、排泄をして、寝て。
それだけでは養殖されている豚と一緒なのだと思い知るまでに、ずいぶん、時間がかかった。
命に魂を吹き込むことができるのは、結局自分の意志だけなのだと、気がついたときには手遅れだった。
世の中はどうでもよいことであふれかえっていて、その雑多なものが、本当に大事なことをどんどん覆い隠していく。
誰もそれを取り払おうとはしない。誰も助けてくれないのだから、自分ひとりで生きていかないといけない。
出来なければ、死ぬだけだ。
肉体が、ではない。魂が、だ。
でも、それがどうしたというのだ。
魂が死んだのなら、肉体を殺せばいいだけのことだ。
それだけのことだ。
それだけのことさ。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:18:22 ID:LQ58hwh60
- 五.
( ・∀・)「……あれ」
アパートに帰って部屋の壁のスイッチを押して、そして、明かりがつかなかった。
( ・∀・)「なんだ、とまっちゃったか……」
台所に立って、ガスコンロに火を入れた。良かった、ガスはまだ止まってないようだ。
そのまま鍋を火にかけて、沸いた湯の中に、即席ラーメンを放り込む。
( ・∀・)「美味しいなあ」
床に胡坐を書いて、具材も何も入っていないインスタントラーメンを、鍋から直でずるずるとすすりこむ。
札幌一番は、どう適当に作ってもまずくならないから、不思議だ。
( ・∀・)「……」
垂れる、一本のビニール紐を、まじまじと見つめながら、ラーメンのスープをすすっていた。
かれこれ一週間経ったかどうか。
五本束ねて作ったそのお手製のロープはなかなかの強度で、僕の体重くらいは余裕で支えられてしまうことはすでに実証済みだ。
苦心して天井からつるしたそれを眺めながらここ最近、毎日寝起きしていた。
カーテンもつるしていない窓から差し込む夕日が、殺風景な部屋の中をオレンジ色に染め上げていく。
多分、こんな場面で泣いたりすれば絵にもなるんだろうが、生憎と、何の感慨も浮かんでこない。
詰まらなかった。ただ、ラーメンが美味しかっただけだ。
壁に映った紐の影が、黒く、長く、少し、揺れた。
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:18:47 ID:LQ58hwh60
逃げると、決めた。すべてから、命からも。後悔は、ない。
第二話 了
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