- 364 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:25:19 ID:fTU0NDRQ0
シャーロック・ドクオの追想のようです
- 365 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:25:37 ID:fTU0NDRQ0
『小さい秋みつけた』という童謡が歌う通り、秋とはふと『発見』するものである。
夏の終わりから秋の始まりへの変化は緩やかなもので、
気温だってさほど変わりはないし、景色の移ろいだって目に見えたものはない。
けれども新たな季節はゆっくりと、されど確実に、この街へと足を運んでくるのだ。
- 366 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:25:58 ID:fTU0NDRQ0
それは例えば、葉にかすかな赤みを帯び始めた木々だとか。
夏の間に猛威を振るった、蝉たちのバトンを受け継いで姿を現す、蜻蛉だとか。
ふと鼻をかすめる風に含まれた、乾いた匂いだとか。
偶々早起きした朝、肌に感じる、僅かな寒さだとか。
ドクオは事務所の椅子に座り、手に持った万年筆の動きを止め、ふと窓の外を覗く。
そんな彼に今年、秋の訪れを『発見』させたのは、
事務所の前の通りで花を咲かせたコスモスだった。
- 367 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:28:33 ID:fTU0NDRQ0
('A`)「もう秋が来てるな」
その薄紫の花弁の、健気でひかえめな美しさに目を奪われていると、
事務所の中から聞こえてくる、謎のきしみに気付いた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
- 368 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:29:22 ID:fTU0NDRQ0
一体なんなんだこの不快な音は?
そう思って振り返ると、そこには彼の助手が額に汗を浮かべ、考え込んでいる。
(;><)「聞こうか、聞くまいか・・・・・・。
聞きたいが、我慢しようか・・・・・・。
相談しよう、そうしよう・・・・・・・」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
- 369 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:29:44 ID:fTU0NDRQ0
彼はどうやらドクオからは見えない机の下で、足をカタカタと動かして、
この耳障りな音を発生させているらしかった。
そうして下を向いたまま、意味不明な葛藤(?)を繰り返す。
本人としては心の中で呟いているだけのようだが、完全に声に出ている。
馬鹿である。
- 370 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:30:10 ID:fTU0NDRQ0
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
- 371 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:30:31 ID:fTU0NDRQ0
とどまることを知らないその騒音に、ついに痺れを切らしたドクオは聞いた。
(;'A`)「ねぇ、探偵助手君。君のその意味の分からない雑音は何かね?
完全に周りの人間の集中力を削ごうっていう、
明確な悪意がひしひしと伝わってくるんだけど、其れ如何に?」
(;><)「はっ!?ドクオさん!?聞いてたんです!?
やだなー、もう。悪意なんてないんです!!」
(;'A`)「プロドラマー顔負けの足使いで、机をカタカタさせてたら、
そりゃ誰だって気付くよね、探偵助手君?
しかも考えてることダダ漏れ。聞くって君、誰に何を聞くつもりなの?」
- 372 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:30:50 ID:fTU0NDRQ0
(;><)「そんな馬鹿なことがあああああああああああああああああああ!!!!」
驚き過ぎて、後ろ向きで倒れ込むワカンナイデス。
尻餅をついて、事務所のカーペットの上に仰向けに転がる。
(;><)「確かに、今のは僕の心の中だけで呟いていたはずなんです・・・・・・」
('A`)「お前、絶対馬鹿だろ」
- 373 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:31:11 ID:fTU0NDRQ0
(;><)「でもせっかく今チャンスだし、聞いちゃおっかなーなんです・・・・・・。
でも聞いちゃいけないことかもしれないし、なんです・・・・・・」
床の上で寝っ転がって、足をバタバタさせて葛藤を始める。
その様子は、まるで父親に玩具をねだる、子供のようである。
(;'A`)「聞きたいことあるんだったら聞けばよくね?君なにがしたいの、さっきから」
(;><)「・・・・・・ずっと地味に気になってたんですけど・・・・・・」
('A`)「え?」
- 374 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:31:36 ID:fTU0NDRQ0
(;><)「ドクオさんって彼女いるんです?」
なんだそんなことか、という呆気ない様子でドクオは答える。
('A`)「いないよ、今は」
(><)「前はいたんです?」
('A`)「うん、前にな」
- 375 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:31:57 ID:fTU0NDRQ0
(><)「えええええええ、どんな人だったんです?」
生来、気を使わない性質のワカンナイデスは、お構いなしの質問を続ける。
どうやら触れてはいけない過去などないようで、さらりとドクオは返答する。
('A`)「俺の生き写しみたいに似てるやつだった・・・・・・」
(><)「男の顔の女なんて、きんもー☆なんです!」
(;'A`)「ちげえよ、性格だよ!」
- 376 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:32:27 ID:fTU0NDRQ0
('A`)「似ている者同士は惹かれあうんだよ。アイツは本当に俺とよく似てた。
どちらかと言うと、自分の精神世界に閉じこもっているタイプの人間だ。
人と合わせるのは得意じゃない。自分を偽れない。
それでも一丁前に、気は遣うのは性根の一部。なんだか不思議な奴だよ」
(;><)「ドクオさんって気を遣えたんです・・・・・・」
(;'A`)「お前に言われたかねーよ」
(><)「僕は思いやりと優しさと正義感の塊なんです!」
(;'A`)「あっそ」
- 377 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:33:00 ID:fTU0NDRQ0
少しばかり思い出しているような顔をしていたドクオは、
暫くして、再び口を開いた。
('A`)「同じような人間は確かに惹かれあう。でも人間関係を『相性』の観点から見たとき、
似た人間同士はうまくいかなくなるのかもな・・・・・・」
(><)「え?」
('A`)「人間関係は、歯車に例えられる。同じ形を持つもの同士が回っても、
凸と凸が衝突しあう。自分の出っ張っている所を埋めてくれる凹を持つ
歯車と一緒に回るとき、二人は噛みあって、前進していくんだ」
(><)「ふむふむ」
- 378 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:33:42 ID:fTU0NDRQ0
('A`)「今お前がこうしてずっと、俺の側に残っているのは、
俺らが反対の人種だからかもしれない」
(;><)「なんじゃそりゃ」
('A`)「ツンとブーンを考えてみろ。感情と情緒で行動するツンには、
目的と寛容で動くブーンがいる。ああやってあいつ等は、
バランスをとっているんだろうし、お互いを補い合っているんだろ」
(><)「成程、つまりブーン氏はあのゴリラの飼育係ということなんです・・・・・・」
('∀`)「そうそう傑作wwwそういうことwwww
あの暴力ゴリラ女には、飼育委員の世話が必要ってことだ!」
- 379 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:34:02 ID:fTU0NDRQ0
その時。
ξ##゚听)ξ「あんたらさっきから何を話してんのよ!?」
(;'A`)「うわ、びっくりした!」
(;><)「うわ、びっくりした!」
弁解しようのない陰口を叩いていた二人の背後に、悪寒が走った。
- 380 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:34:28 ID:fTU0NDRQ0
振り向くと、玄関の方には雌ゴリラが一匹。
一体、何処の動物園から逃げ出したのだろうか。
それにしても凄い表情だ。瞳にメラメラと炎が燃え上がっている。
ξ##゚听)ξ「誰がゴリラだって!?あ!?」
(;^ω^)「おはようだお、遊びに来たお・・・・・・」
拳を振り上げ、恐ろしい形相を向ける霊長類ゴリラ。
その迫りくる戦慄に、汗を吹き出しながら慌てる二人。
- 381 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:34:52 ID:fTU0NDRQ0
(;'∀`)「これはこれはツン様では御座いませんか!!お久しぶりで御座います!!
いやはや、先刻我々が語り合っていたのは、
絶滅の危機に瀕する動物、ゴリラの未来についてでして!!
悲しいかな、最近の動物園の飼育委員は、世話に気合いが入ってないと!!
これからのゴリラたちの将来を考えると、
怒りが込み上げると同時に、胸が張り裂ける思いだったのですよ!」
ξ##゚听)ξ「あんた、『暴力ゴリラ女』って言ってたわよねぇ・・・・・・」
(;'∀`)「いいのかなー?ここで殴ったら自分がゴリラだと認めることになるよー。
いいのかなあー?いいのかなあー?真実は時として残酷d・・・・・・」
デュクシ!ヴゥクシ!
- 382 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:35:20 ID:fTU0NDRQ0
五分後。
(:***'::A::`:***:)「・・・・・・」
(;^ω^)「ドクオ、顔がパンケーキみたいになってるお・・・・・・」
(:***'::A::`:***:)「・・・・・・その例えよく分かんねえ」
(;><)(ラッキー!なんです・・・・・・。僕だけ罰を逃れたんです・・・・・・)
ξ゚听)ξ「かき氷食べたいわ・・・・・・」
- 383 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:35:41 ID:fTU0NDRQ0
こうして、破壊神の怒りは収まったかに思えた。
そうであって欲しかった。
しかしその時、ドクオが悔しげに口を開く。
(:***'::A::`:***:)「・・・・・・何故俺だけ・・・・・・」
(;><)(おい。ちょいまて、やめろなんです)
- 384 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:35:58 ID:fTU0NDRQ0
ξ#゚听)ξ「あ!?まだなんか言いたいことあるなら聞くわよ」
(:***'::A::`:***:)「・・・・・・こいつが言い出したのに・・・・・・」
(;><)「な、な、な、な、なんの話かなーなんです・・・・・・」
(;><)(ノウノウノウノウノウノウ no no no no no!!!!!!!!!!!!)
ξ#゚听)ξ「・・・・・・そういえば」
デュクシ!ヴゥクシ!
- 385 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:36:17 ID:fTU0NDRQ0
五分後。
(:***>:::<:***:)「・・・・・・」
(;^ω^)「ワカンナイさん、顔がチーズフォンデュみたいになってるお・・・・・・」
(:***'::A::`:***:)「wwwwwwwwwwwwww」
(:***>:::<:***:)「・・・・・・裏切り者・・・・・・なんです・・・・・・」
ξ゚听)ξ「雪見大福食べたいわ・・・・・・」
(;^ω^)「・・・・・・」
- 386 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:36:39 ID:fTU0NDRQ0
ξ゚听)ξ「今日はこの前ひったくりから、私の鞄を取り返してくれたお礼に、
良い話を持ってきてあげたっていうのに・・・・・・」
('A`)「え?」
(><)「え?」
何時の間にやら顔が治っていた二人が、ツンの意外な話に耳を傾ける。
- 387 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:37:11 ID:fTU0NDRQ0
ξ゚听)ξ「扉を開けた瞬間いきなり、失礼なこと言うから、気持ち失せちゃったわ」
('A`)「いやいやいやいやいや!本当にごめん!本当に悪かった!」
(><)「いやいやいやいやいや、なんです!
我が一族、代々続く先祖、やがて生まれ来る子孫達の分まで、
この通り謝罪をさせて欲しいんです。ツンさま、神様、仏様、太陽神様!」
ξ;゚听)ξ(こいつら、やたらたかるわね・・・・・・)
良い話と聞いた瞬間、先程彼らをボコボコにしたツンの足元に跪き、土下座を始める二人。
彼らには、プライドというものが無いのだろうか。
ワカンナイデスに関しては、ツンの前で、謎の儀式を始めている始末である。
叫び声を上げながら、両手を合わせ、地面に這いつくばっている。
- 388 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:37:43 ID:fTU0NDRQ0
(;'A`)「と、と、ところで!良い話と、の、の、のたまいますのは!?」
( ^ω^)「花火大会の有料特等席の券が当たったから、ドクオとワカンナイさんも
一緒に花火を見に来てほしいんだお!!」
(;><)「え・・・・・・」
('A`)「花火つっても、もう九月の半ばだぞ?まだやってんの?」
ξ゚听)ξ「そうなの、今日VIP川の畔で大規模な花火大会があるの」
( ^ω^)「しかも四人席なんだお!河の滝になってる場所の側の、最高の席なんだお!
しかも『ナイアガラ』っていう水上花火が、その滝を流れるんだお!」
(;><)「見たいんです!!」
- 389 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:38:08 ID:fTU0NDRQ0
('A`)「え、てか俺らが行っていいの?二人で行けば?」
ξ゚听)ξ「いいのいいの、ブーンとはその後、そのまま旅行いくし」
( ^ω^)「賑やかなのも楽しいんだお!その後、二人でラブラブすればいいんだお!」
(;'A`)(・・・・・・こいつら俺らが彼女いないと知っての嫌味か?)
(;><)(・・・・・・絶対、花火だけを楽しんでやるんです)
- 390 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:38:36 ID:fTU0NDRQ0
( ^ω^)「・・・・・・何を考えてるんだお?来てくれるかお?」
嫌味の見当たらない無邪気なブーンの顔に、非常警戒モードを解除した二人は答えた。
(;'A`)「行く!」
(;><)「行く!」
ξ゚听)ξ「決まりね!!それじゃ花火は今夜だから、今から向かうわよ」
- 391 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:38:52 ID:fTU0NDRQ0
('A`)「今から行くのか?」
( ^ω^)「もう、祭りは始まってるんだお。支度してくれだお」
('A`)「おk」
(;><)「え、ドクオさん仕事はいいんです?」
('A`)「大丈夫じゃね?別に、今日アポないし」
(;><)(こいつ名探偵の癖に、マジ適当なんです……)
- 392 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:39:16 ID:fTU0NDRQ0
*
思えば、俺は本当にあの女を愛していたのだろう。
時を遡れば、五年前になる。
警視庁で、俺が刑事としての腕前を認められ始めた頃の話だ。
- 393 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:39:46 ID:fTU0NDRQ0
一概に刑事と言っても、様々な種類がある。
例えば、一般的な誘拐や殺人事件を扱うものだったり、
詐欺団体の摘発を主とするものだったり、
暴力団の壊滅を目的とするものだったり。
俺がその時所属していたのは、その暴力団担当の課。
当時は、ある団体の壊滅に取り組んでいた。
結局順調に進み、十五年以上前からこの街に根付いていた、
その暴力団を壊滅させることになる。
- 394 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:40:19 ID:fTU0NDRQ0
暗黒街の組織というのは、社会の様々な部分にその根をはっていることが多く、
例えばキャバクラだとか、居酒屋だとか、風俗店だとかにその影響を持っている。
そういった店の数々は、経営の支えとする組織が力を失えば、共倒れしていく。
都内のとある酒場、バーボンハウス。
この店もその例外では無かった。
経営困難となり、閉店する店には店員として働いていた女性がいた。
- 395 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:40:41 ID:fTU0NDRQ0
川 ゚ -゚)「……」
彼女の名は、素直クール。
後に俺が、クーという可愛らしい愛称で呼ぶことになる。
幼くして両親を亡くし、貧乏な親戚の元に引き取られた可哀相な女だった。
高校や大学にも通えず、兎に角、生活に苦労していた彼女は、
未成年でも密かに働ける口ということで、十五歳の時に、この場所に来て以来、
昔からそのバーで店員として働いていたのだ。
- 396 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:41:05 ID:fTU0NDRQ0
この店のマスターの名前はショボン。
又の名を『アンダーグラウンドの情報屋』ショボン。
まぁ、あいつをこんな名前で呼んでいいのかは、分からないが。
きっと本人は不服がるだろう、あいつのことだ。
兎に角、彼と知り合いだった俺は、ある日そのクーという女と話すきっかけがあった。
店が閉じられる前日、俺は仕事帰りに、そのバーボンハウスに足を運んだ。
川 ゚ -゚)「明日からどうしていけばいいのだろう・・・・・・」
店内には、段ボールに店のグラスや、食器などを入れながら呟く女性。
- 397 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:41:24 ID:fTU0NDRQ0
端正な顔立ちの、スラっとした長身の美しい女だった。
その肩まで伸びる、黒い艶やかなロングヘアーが、
店内の薄暗い照明を反射して美しく光っていた。
('A`)「・・・・・・済まなかったな」
川 ゚ -゚)「いえいえ、こうなるのは成り行きだったのでしょう。
刑事さんは、当然のことをしたのですから、謝る必要なんてない」
その店最後の酒を流し込みながら、俺は荷物をまとめる彼女と、他愛ない話を続けていた。
- 398 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:41:49 ID:fTU0NDRQ0
何だか、彼女は俺とよく似ている。
若くして自立せねばならない状況に置かれた人間特有の、
感情というか、押し殺したはずの孤独というか。
そういうものが、彼女の奥に眠っているのが感じられた。
始まりは凄く曖昧だった。
俺たちは、ほどなく付き合い始めた。
俺は彼女に新たな働き口を紹介した。
罪悪感からだったのだろうか、今となっては覚えていない。
マスターのコネから入った、新たな居酒屋の職である。
- 399 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:42:06 ID:fTU0NDRQ0
彼女は若干厄介者扱いされていた親戚の家を飛び出し、
俺の住む都内の小さなアパートで、共に暮らすようになった。
そうして、クーと俺の生活は始まった。
それは、本当に楽しい日々だった。
長い間、お互いに抱えた胸の内の孤独が、少しずつ癒されていく。
まるで閉ざされた氷河が、太陽の光にゆっくりと溶け始め、
現れた地面に一輪の花が咲くような、穏やかで優しい感情。
麗らかな日差しが降り注ぐ、暖かい春の日だった。
- 400 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:42:31 ID:fTU0NDRQ0
*
(><)「ドクオさん、起きるんです!」
( ^ω^)「着いたお!ここから電車を降りて歩くお!」
ξ;゚听)ξ「あんた口の周り、涎だらけだわよ……」
ドクオは、終点に辿り着いた人の少ない電車の中で、うっすらと目を覚ました。
- 401 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:42:54 ID:fTU0NDRQ0
窓の外から差し込んだ太陽光が、彼のその眠そうな両目に直撃する。
その眩しさに、座席の脇の手すりに腕を乗せて顔を伏せ、再び眠りに戻ろうとする。
傍らでは、ツンが一向に起きないドクオを、苛々しながら揺らす。
ξ#゚听)ξ「あんた、起きなさいよ」
(><)「こいつはまずいんじゃないkai……?」
('A`)...zzz「むにゃむにゃ、じいちゃん。あと十二時間だけ……」
(;^ω^)「長すぎるお……」
ξ゚听)ξ「粉砕」
デュクシ!ヴゥクシ!!
- 402 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:43:21 ID:fTU0NDRQ0
五分後。
(:***'::A::`:***:)「……起きないくらいで、そいつはねえだろう?キャサリン」
(;^ω^)「顔がマカロニグラタンみたいになってるお……」
(:***'::A::`:***:)「……成程、巧妙な比喩表現だ。お兄さん感動だぞ」
(><)「自業自得ww因果応報なんですww」
ξ゚听)ξ「アイスフロート食べたいわ……」
- 403 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:44:01 ID:fTU0NDRQ0
寂しい田舎町の駅のプラットホームに出ると、
四人は、東京の中心部とは違う、澄んだ空気に気付いた。
( ^ω^)「空気がうまいお!!くんかくんか!!クンカ!!!」
('A`)「犬かお前、ブーン。そういえば、この前見た、オオカミに似てるわ」
(><)「そいつは秘密なんです!ドクオさん」
( ^ω^)「僕は将来、田舎に住みたいんだお!」
ξ゚听)ξ「綺麗な場所だわ、ここは……」
- 404 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:44:18 ID:fTU0NDRQ0
駅を出て景色を眺めれば、見えるものもセントラルとは違う。
遠くの山に生い茂る、豊かな木々の緑が、ツンの目に飛び込んだ。
そうして歩を進めていけばいくほど、景色は建物から、木々へと変わり、
耳に飛び込んでくるのは、車の走行音から、祭りの笛の音へと変わった。
河原の堤防を越えると、河の流れのふもとに屋台が見えた。
この人口の少ない寂しい田舎町に、人が群がっている。
- 405 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:44:42 ID:fTU0NDRQ0
ξ゚听)ξ「さあ!かき氷にソフトクリームに、チョコバナナ!
食べつくすわよ、ブーン!」
(;^ω^)「そんなに食べると太るお……」
('A`)「ねぇねぇ、俺そっちの公園で休んでていい?」
ξ#゚听)ξ「あんた男のくせに体力ないわね!」
('A`)「探偵は頭を使う職業だ、体力なんて必要ないんだよ」
ξ゚听)ξ「は?張り込みとか尾行とかどうしてんのあんた……。
まぁいいわ、花火の前には合流しましょ。電話して」
- 406 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:45:04 ID:fTU0NDRQ0
(;^ω^)「ところで、ワカンナイデスさんの姿が見えないお……」
('A`)「あっちにいるぞ?」
(><)「Hey Hey 綺麗な御嬢さん。今宵ベッドの上、
君という名の空の大海に、僕の夏の最後の花火を打ち上げさせてくれない?」
「キャーーーーーーーーー」
「警察呼ぶわよ!!!!」
(;^ω^)「………」
- 407 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:46:00 ID:fTU0NDRQ0
*
警視庁に、フリーメイソン存在の噂が浮上してきたのは、
丁度クーと俺が一年の記念日迎えた、春の日だった。
その頃、モナー警部に腕を認められ始めた俺は、対策本部を仕切るまでに至っていた。
奴らを起訴する証拠は、手に入っていない。
いや、正確に言えば、まだ時期が早すぎる。
今はまだアイツらを、残らず葬り去るのは不可能だ。
だが沢山の犠牲者が出ている。一刻も早く奴らを止めなくてはならない。
- 408 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:46:36 ID:fTU0NDRQ0
家に帰らぬ日々が続いた。
クーは、一人静かに俺の帰りを待っていた。
会員として組織に乗り込んだ俺は、
そいつらのボスであるシャキンという男の知恵に驚いた。
(`・ω・´)「見ていてくれ、私はこの社会を変えてみせる」
カリスマと言うべき存在である。
- 409 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:47:06 ID:fTU0NDRQ0
自らを悪人だと躊躇いながら、犯罪を犯すような人間は、さほどの脅威にはなり得ない。
本当に恐ろしく、社会の害悪になりうる人間というのは、自らこそ正義だと信じている。
例えば、ガンジーだとか、キング牧師だとか。
真の凶悪犯罪者の生き様というのは、悲しいかな、
そう言った世のため人のため、信念を持って生きる人間のそれとよく似ている。
目的のため、自らの理想と正義のために、多少の犠牲は厭わないというその姿勢。
その秘密結社のリーダー、シャキン。
そして彼の率いる会員たちは、社会変革を望んでいた。
- 410 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:47:51 ID:fTU0NDRQ0
不可解な男がいた。
名をモララーという。
彼はシャキンに、その天才的な知恵を認められた男だ。
盲信する会員たちも躊躇う、人殺しさえも、その冷たい顔でさらりとやってのける。
創立当初から、シャキンの右腕として組織に大きな貢献をもたらしていた。
そして最初からスパイとして乗り込んだ俺に、疑いの目を向けていたのもこの男である。
- 411 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:48:19 ID:fTU0NDRQ0
('A`)「お前はシャキンさんの言う理想を、正しいと信じるか?」
ある日の星の美しい夜、何気なく俺は奴に聞いた。
( ・∀・)「……自分の生き方は自分で決めるものだ。
他人の考えとは、ある意味、自分でそれを磨くための砥石でしかない」
こいつは、他の奴とはなんだか違っていた。
シャキンのカリスマへの盲信に近いような、他の連中とは違う。
あいつは最初から、この組織を何らかの目的のための、居場所と考えていたに違いない。
なんとも、悲劇的な話だ。
他の人間は、本当に組織に身も心も捧げ生きているというのに、
彼らは組織を搾取しようとする知能犯、モララーの言いなりだったのだ。
- 412 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:48:57 ID:fTU0NDRQ0
自宅に帰らぬ日々は、なおも続いた。
寝泊りしていたのは、今や奴らの集会所と化していたバーボンハウスか、
警視庁の捜査本部の部屋にあるソファの上。
もう少しだ。
本当にもう少しで、奴らを壊滅させる。
それまで待っていてくれ、クー。
- 413 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:49:38 ID:fTU0NDRQ0
一部が得をし、一部が損をするような、利己的な社会が崩壊の道を辿るのは、
長々と続いてきた人類の歴史が示す通り、世の常である。
俺の掴んだ証拠によって、組織は呆気なく世間に摘発された。
シャキンも含め、奴らは皆絞首台か、そうでなければ豚箱行きとなった。
法律の針の穴を抜けて、社会へと再び解き放たれたアイツを覗いて。
無罪確定。
世間や警視庁が、俺の捜査へと張ったレッテルは『勘違い』。
- 414 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:50:05 ID:fTU0NDRQ0
判決を言い渡され、法廷を出ていくアイツは、俺の側を横切った。
そして、立ち止まりちらりと、俺の顔を見つめた。
( ・∀・)「……」
('A`)「……なんだよ」
あの冷たい笑みを、あの日から一度でも忘れたことがあっただろうか。
自分の居場所を、俺によって粉々にされた悔しさ。
最終的に彼を捕えきれなかった俺への、勝ち誇ったような嘲り。
そしてあの無表情の裏に眠っている、新たな時代の幕開けへの野望。
- 415 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:50:41 ID:fTU0NDRQ0
気付けば、もう夏は終わり、街には秋が訪れていた。
久しぶりに家に帰れば、机の上には、まだ温かい朝食。
しかし、そこにはクーの姿が、無かった。
もぬけの殻となった部屋には、カーテンを揺らす風が吹き抜けた。
随分と涼しくなってきたな。
あの日は、そんな風にして秋の訪れに気付いたんだ。
- 416 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:51:17 ID:fTU0NDRQ0
そして俺は、机の上に置かれた一通の手紙を見つけた。
あれは前にベランダで燃やしてしまったので、内容はあまり覚えていない。
だが、気を遣うあいつのことだ。自分が俺の荷物だと、思い込んだのだろうか。
それともこの半年ほどに、耐えられない寂しさを募らせていたのだろうか。
いや、人間の気持ちなんて、白黒の二分法でなんか絶対に分けられない。
きっと両方が混ざり合う、複雑な気持ちだったのだろう。
- 417 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:51:45 ID:fTU0NDRQ0
俺は昔から、恋愛というのはからっきしダメだった。
頭を使うことなら得意だったのだが。
対象を分析し、その要素を組み換え、構成する頭脳の力。
そしてそう言ったものでは決して割り切れない、人間の精密で精巧な情緒の力。
相容れない二種類の人間の神秘の内、俺は後者を理解出来なかった。
いや、情緒なんてそもそも『理解』するもんじゃない。
そういうところが俺のダメなところなんだ。
- 418 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:52:11 ID:fTU0NDRQ0
当時の俺は、自らの才能に自惚れていた。
小さい頃から、何をやってもある程度の成果をあげる、生意気な餓鬼だった。
そしてその才能を生かすべく、仕事を得たのは警視庁。
そこでフリーメイソン壊滅の第一人者となり、その目的を見事に果たした。
全てがうまくいっているはずだった。
- 419 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:52:33 ID:fTU0NDRQ0
ベランダからは、あいつが荷物を持って、駅へと向かう寂しげな背中。
その姿をぼっと見つめ、立ち尽くす。
俺の胸に流れ込んできたのは、虚無。
なんだか不思議なくらい、何も感じられなかった。
慣れていたんだ、きっと。
そうやって、厳しい世界で生きてきた俺は、感情を麻痺させることに。
- 420 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:52:53 ID:fTU0NDRQ0
そして、諦めることに。
『自分には縁がないものなんだ』って。
紛れもなくズキズキと痛みを感じている心に、
そんなつまらない言い訳の絆創膏を貼って。
- 421 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:54:06 ID:fTU0NDRQ0
川 ゚ -゚)「……期待するのはやめよう。
きっとアイツは追いかけてこない」
きっと気のせいだろう。聞こえるはずなどない。
でも遠くで彼女が何か囁いたような気がした。
彼女はこの部屋を振り返りもせずに、駅へと向かう。
- 422 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:54:31 ID:fTU0NDRQ0
俺は、クーの背中を追いかけなかった。
それは『愛する者の選んだ道を見守ってやろう』なんて、優しさなんかじゃない。
そういう名前の皮を被った、ただの臆病でしかなかった。
そうしてあいつの乗り込んだ電車の扉は、そっと閉じられた。
- 423 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:55:02 ID:fTU0NDRQ0
その後、犯罪界は日本のアル・カポネとも言うべき、
モララー改め、モララティ教授の時代を迎え始める。
奴はシャキンと似ている。
だが、あの男より遥かに恐ろしい。
奴の場合、表向きは、濡れ衣を着せられた過去のあるただの不幸な教授。
『能ある鷹は爪を隠す』というが、その通りモララーは、
その無表情の裏に鋭利で凶悪な爪を隠している。
その様は、茂みで身を潜める蛇にも、擬態する軟体動物にも似ている。
- 424 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:58:06 ID:fTU0NDRQ0
そして日に日に、新聞には『不自然』な事件が増えていく。
警視庁の奴らは絶対気づかないだろう。でも俺には分かった。
本当に、些細な新聞の隅っこの事件の積み重ね。
しかし、全てのそれらの事件が、共通して指差していたものは、
裏でそれらの糸を全て、華麗に操っている、新たな裏社会の王の存在。
- 425 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:58:30 ID:fTU0NDRQ0
俺は、奴の実現しようとしている『偉大なる理想』というものに、半分気付きかけていた。
あの男は、この国で、本当に恐ろしいことをしようとしている。
全ての『不自然』の記事が指す方向に、一つの推測が生まれる。
もしそれが正しいとしたら、そいつは『理想』なんかじゃない。
再び舞い降りる『過ち』というべきか。
俺が止めなくては、本当に大変なことになる。
しかし、当時の俺は、その気力を持ち合わせていなかった。
- 426 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:59:12 ID:fTU0NDRQ0
( ´∀`)「……どうしたんだモナ」
('A`)「その紙が表す通りです。今までお世話になりました」
( ´∀`)「……分かったモナ。毒田刑事、これからも元気でモナ」
('A`)「……はい、モナー警部も」
俺は、そうして辞表を出し、警視庁を後にする。
この秘密結社の摘発で大手柄を立てた俺を、上司たちは皆、必死で引き留めようとした。
いや、モナー警部だけは理解してくれていたのだろうな。
- 427 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 18:59:53 ID:fTU0NDRQ0
モララティがどうした。
日本の未来がどうした。
くだらない。
俺は何よりも、大切なものを失わないための『自由』が欲しいんだ。
- 428 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:00:13 ID:fTU0NDRQ0
感情とは、どんなに押し殺したつもりでも、
例えば、眼が冴えて眠れない夜とか、ふと景色を眺めた瞬間だとかに、
津波となって、乾いた心の大地に押し寄せ、そのひび割れに染み込んでいく。
ふとある夜、そいつがやって来た。
止まらない涙が、俺の頬を伝って流れていった。
- 429 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:01:51 ID:fTU0NDRQ0
いつもそうだ。
いつも俺は、遅いんだ。
自分の気持ちに気付くのが。
本当に大切だったってことが。
- 430 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:02:41 ID:fTU0NDRQ0
クーとの思い出が詰まった、あの部屋も引き払い、
俺は暫くの間、家もなく、何をするでもなく、街を彷徨い始めた。
木々が美しく張り巡らされ、健気な花々が植えられた都内の公園。
カタツムリの形をした愛らしい滑り台が、俺の新たな家だった。
丁度今頃のように、コスモスが薄紫の花弁を開き始める、涼しい秋の日だった。
- 431 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:03:20 ID:fTU0NDRQ0
*
ξ゚听)ξ「あんた起きなさいよ」
('A`)「むにゃむにゃ、じいちゃん。まだ日も登ってない朝じゃないか・・・・・・」
(;^ω^)「今、もう夜だお」
ξ#゚听)ξ「電話もよこさないで、あんた何、寝てんのよ・・・・・・」
(;^ω^)「ドクオ、ヤバいお。ツンがお怒りだお」
(><)「起きなくていいんですwドクオさん」
前方に吹き上がる憤怒と、その横に悪意を感じ、
ブランコで器用にすやすやと眠っていたドクオは飛び起きる。
- 432 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:03:38 ID:fTU0NDRQ0
('A`)「おっと、もうその手は食わないぜゴリラさんよぉ!」
('A`)「……」
ξ゚听)ξ「……」
(;^ω^)「……まずいお」
(;><)「……まずいんです」
(;;'A`)(しまった!寝ぼけて、ゴリラって言ってしまった……)
ξ###゚听)ξ「……」
デュクシ!ヴゥクシ!!デュヴゅクシ!
- 433 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:04:03 ID:fTU0NDRQ0
五分後。
(:***'::A::`:***:)「……」
(;^ω^)「ドクオ、顔がサイコロステーキみたいになってるお……」
(:***'::A::`:***:)「……例えがかすってもいねえ。
てかもうこのくだりしつこくね?」
(><)「ふひひひww愉快愉快wwwwwwww」
ξ゚听)ξ「たこ焼き食べたいわ……」
- 434 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:04:39 ID:fTU0NDRQ0
(;'A`)「ところでワカンナイデス。その手に持つ悪臭を放つ物体は何だ?」
(><)「ん?なんです。何の変哲もないキムチソフトなんです」
手に握られていたのは、世にも奇妙なオレンジ色のソフトクリーム。
唐辛子の赤の粒が、万遍なく散りばめられていて、ニンニクが香り立つ。
(;'A`)「いやいやいやいや!キムチとソフトクリームを合わそうという、
恐ろしい考え自体に、紛れもない変哲がある!
それを、今年あの屋台で売り出そうとした奴らの理解に苦しむ!」
(;><)「ドクオさんって不思議な人なんです」
(;'A`)「お前なぁ……」
- 435 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:05:09 ID:fTU0NDRQ0
(;^ω^)「あ!もう、花火始まるお……。急ぐお!」
(;'A`)「え、もうそんな時間!?」
(;><)「みんな探してたんです!公園が何処だか分かんなかったんです!」
ξ゚听)ξ「そうよ!一発目見逃したら、あんたどうしてくれるつもり!?」
- 436 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:05:31 ID:fTU0NDRQ0
パァン!
すると、西の河原の向こうから、鮮やかな光が。
夜空には、七色の光を放ち大きな爆発音を立てながら、美しい炎の花弁が開かれた。
ξ#゚听)ξ「あんたねええええええ……」
(;'A`)「もうその一連のくだり、やめよう!さすがに飽きるから!
さぁ、あの花火のふもとへレッツらゴー!!」
(;><)(もっかい……!もっかいやれなんです……!)
( ^ω^)「綺麗だお……」
ξ゚听)ξ「仕方ないわね、行きましょ」
(;><)(ちっ!このメスゴリラがあああああああ!)
ξ゚听)ξ(なんか今悪意が……?)
- 437 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:06:26 ID:fTU0NDRQ0
特等席は、河の上流方面にある。
移動時間が食われ、その間も花火は進行し続けた。
そうして四人はやっとのこと、河の滝壺が見下ろせる、崖の近くの特等席に辿りついた。
チケットを見せたブーンは、ロープの向こうへ案内され、林の向こうへ。
木と木の隙間には、夜空へと打ち上げられていく花火が、美しく映っていた。
四人はその美しさに魅せられて、崖の側にある席にも座らず、立ち止まって眺める。
ふいにツンが、崖の近くへとフラフラと歩き出す。
そこには、危険立ち入り禁止のマークが。
ξ゚听)ξ「綺麗だわ……」
- 438 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:06:43 ID:fTU0NDRQ0
そしてその標識にも気づかず、ツンはそのまま、
花火の魔性の美しさに引き寄せられていく。
残されていた三人は、それを何気なく後ろから見守っていた。
(;;^ω^)「ツン!!!!待つお!!!!」
ふいにその標識に気付いたブーンが必死の形相で、ツンの背中を追いかける。
彼女は夜空を見上げたまま、足場を無くし、バランスを崩す。
ξ;゚听)ξ「きゃ」
(;'A`)「おい!!アブねえ!!」
(;><)「待つんです!!」
ツンはそのまま、滝壺へと転がり落ちていく。
- 439 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:07:10 ID:fTU0NDRQ0
・・・・・・ところだった。
追いかけたブーンの、決死の表情で差し伸べた手が、
ツンの細い体を、間一髪で引き寄せる。
ξ;゚听)ξ「はぁ、はぁ、はぁ……」
(;;^ω^)「はぁ、はぁ……はぁ」
(;'A`)「おい!ツン、お前。気をつけろよ」
(;><)「今、本気で落ちたかと思ったんです」
ξ;゚听)ξ「はぁ、はぁ……よかった……」
- 440 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:07:33 ID:fTU0NDRQ0
するとドクオは、ブーンの様子がおかしいことに、気づいた。
両拳を握って、体をプルプルと震わせているのである。
(#^ω^)「ツン、ふざけんなお!!!!!」
静寂を破ったブーンの叫び声。
普段は温厚なブーンが、むき出しにした突然の激高に、一同は驚く。
ξ;゚听)ξ「……ブーン?」
(;'A`)「お、おい」
(;><)「……」
- 441 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:07:55 ID:fTU0NDRQ0
(#^ω^)「ここで落っこちて死んだら、どうするつもりだったんだお!!?」
ξ;゚听)ξ「ご、ごめん……」
(#^ω^)「今、僕が追いかけなかったら、ツンは今頃この滝壺で死んでたお」
(;'A`)「……」
ξ;゚听)ξ「……」
打ちあがる花火の爆音さえも打ち消して、ブーンの怒りの叫びは彼らの鼓膜を震わせた。
鮮やかな光がその顔を照らしながら、ブーンは続ける。
- 442 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:08:16 ID:fTU0NDRQ0
( ;ω;)「僕はツンとずっと一緒にいたいんだお。ここでお別れなんて嫌だお」
ξ;゚听)ξ「……本当にごめん、ブーン。あたしもよ」
涙を流しながら、ブーンは弱弱しい声で呟く。
その様子に、ツンは近き、彼の震える手を握る。
(;><)「……見せつけてくれるんです」
('A`)「……」
- 443 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:08:58 ID:fTU0NDRQ0
ξ;゚听)ξ「み、見て!!」
(;><)「……すごいんです!」
('A`)「おお……」
眩い閃光に振り返れば、そこには極彩色の炎の滝が、流れていく。
滝の上は、まるで精霊流しのよう。
無数の船に乗せられた火薬が、流れ落ちる瞬間に点火され、
火花を散らしながら滝壺へと落ちてゆく。
暗かった木々の生い茂るこの崖っぷちも、その眩しい閃光に明るく照らされていた。
こんな壮大な花火は、彼らにとって、人生初だった。
- 444 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:09:45 ID:fTU0NDRQ0
( ^ω;)「すごいお……」
それも暫くすれば終わり、最後の花火の一連が夜空に打ち上げられ始める。
巨大で、本当に眩しいその花火は、太陽にも例えられるほどの明るさで、地上を照らす。
- 445 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:10:11 ID:fTU0NDRQ0
いつの間にか、二人で寄り添っていたカップルの片方が口を開く。
ξ゚听)ξ「昔ね……」
( ^ω^)「なんだお?」
ξ゚听)ξ「人の一生を、花火に例えた詩を読んだことがあるの」
( ^ω^)「どんなのだお?」
- 446 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:10:37 ID:fTU0NDRQ0
ξ゚听)ξ「それが言うには、人の一生は短い。それはまるで、夜空に打ちあがっていく花火のよう。
でも、花火の役割は見てる人を明るく照らして、喜びと感動を与えること。
だから、どんなに短くても、周りの人に幸せを与えて生きようって」
浮かんでは消える七色に輝きながら、ツンは夜空に向けて呟く。
その優しい話に、静かに耳を傾けるブーン。
ξ゚听)ξ「私は、あの花火みたいに生きたい。
あんなに華やかで、煌びやかで、カラフルじゃなくてもいい。
でも私は周りで、私を支えてくれる大切な人たちを、
ああやって暖かく照らしながら生きていきたいの」
( ^ω^)「……僕も同じだお」
そう言って二人は、静かに手を握った。
ドクオだけが、その様子をそっと見守っていた。
- 447 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:11:05 ID:fTU0NDRQ0
('A`)(……おい、ワカンナイデス)
(><)(なんです?)
('A`)(……行こう)
(;><)(え、どうして・・・・・・?まだ終わってないんです!)
('A`)(これでもう最後だから……)
幸福な雰囲気に包まれているツンとブーンに背を向け、
二人は密かに、もと来た道を引き返し始める。
- 448 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:12:35 ID:fTU0NDRQ0
ひょっとしたらドクオは、ツンの背を追いかけるブーンの姿を、
かつての自分に重ね合わせたのかもしれない。
あの時、電車のドアに吸い込まれていくクーを黙って見過ごしていた自分と、
その姿が対比されるようで、目を逸らしたかったのかもしれない。
- 449 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:13:08 ID:fTU0NDRQ0
彼は、前々からブーンのことを、自分と同じような人間だと思っていた節があった。
その自分の感情を押し殺し、人に道を譲るような生き方を、自らのものと重ね合わせていた。
あの時、ツンを失いたくない一心で、背中を追いかけたブーン。
自分は一緒にツンとずっと一緒にいたいんだと、力の限りの叫び声をあげたブーン。
そんな彼を見たドクオは、その胸に築き上げていた虚構の城が、崩れ落ちたのを感じたのだろう。
花火は終焉のスパートをかけていく。
- 450 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:13:33 ID:fTU0NDRQ0
秋というのは、古くから『飽き』との掛詞となって、別れの象徴の季節でもある。
クーが去っていった、あの秋の日。
無様にも彼女を見過ごたドクオが、アパートのベランダから見上げた、あの秋の空。
しかしそんな彼らとは違い、ドクオの背後で手を握る二人は、
そんな別れのジンクスなど乗り越え、この秋、
いや、その先に待つ、長く寒い冬までをも、難なく越えていくのだろう。
- 451 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:13:57 ID:fTU0NDRQ0
『いや、そうであって欲しい』
宵闇の中、振り返ろうとしたドクオは、我に返ってそれをやめる。
振り返っても過去は戻らない。
人は前を向いて生きなくてはならない。
- 452 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:14:27 ID:fTU0NDRQ0
パァン!
本日、一番大きいのだろう。
彼からは見えはしなかったが、前に広がる暗闇の林の帰り道さえ、
くっきりと明るく照らし出す花火が上がる。
この一発が本当に最後の最後。
夏の終わりを告げる、その最後の花火に照らされながら、ドクオは帰路を辿り始めた。
- 453 名前:x ◆3C8zs.ICS6 投稿日:2011/07/30(土) 19:14:50 ID:fTU0NDRQ0
FIN.
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