- 3 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2010/01/06(水) 00:21:54.24 ID:zTFpxWXH0
プロローグ 海辺の喫茶店,
- 4 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2010/01/06(水) 00:24:44.15 ID:zTFpxWXH0
- 風のたびに水皺が海面に浮かんでは揺れ動いていった。
師走も忍び寄りだしたこの頃では、海に遊びにくる者もさすがに見られない。
漁船が桟橋に止まっているが、すでに業務を終了してい、小さくたゆたっている。
陽気そうな陽だまりも気休めにすらならないくらい、空気は冷え切っていた。
焦げ茶いろのトレンチコートを着込んだその男は、手を擦り合せながら白い息を吐いた。
男は海を見つめるのをやめると、ふたたび歩きはじめることにした。
市バスに電車にタクシーと、さまざまな交通機関を利用して
やってきた、久し振りの遠出なのだが、すっかり戸惑っていた。
その昔、この地――ラウンジ町に来たことはあるにはあるが、土地鑑はまったく薄らいでいる。
ときおり立ち止っては手にした手紙を広げ、また動くの繰り返しだった。
コンクリート橋を渡る最中に、男は隅の方で、わずかな血の汚れが残っているのを発見した。
まじまじと見下ろしながら、まだこんなものが残っているとは、と驚いた。
同時にさまざまな感情が胸から湧き出ていく。この血の汚れだけは絶対に忘れることができない。
男は再び歩きはじめた。目的の場所はすぐそこにある。
あと、ほんのすこし。
- 5 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2010/01/06(水) 00:28:12.82 ID:zTFpxWXH0
- 北風に凍えながら、男は側溝に三毛猫が挟まっているのを発見した。
気持ちよさそうな顔をして、のんきに日向ぼっこをしている。
どうやら事故とかではなく、意図的にその場所に入っていったらしい。
なるほど、たしかに側溝なら鋭い空気は吹き込まないし、陽光を一身に浴びられる。
野良猫だろうか? それとも家猫なのか?
いずれにしろ、その猫の知恵を借りたいくらいに、男の身体は冷え切っていた。
暖房などは望まない……ただ、この引っ切りなしに吹く風を、遮ることさえ出来たら。
煙草を取り出すことすら億劫だ、脚をただ前後に動かすだけで精一杯だった。
潮風をもろに受けているその海沿いの町に、喫茶店は建っていた。
「マリポーサ」というさびれた看板を掲げているそこは、
外観もふさわしいくらいに汚れていて、繁盛している気配はまるでなかった。
ポケットに突っ込んだ手を取り出して、喫茶店の扉を開けた。
ウェルカムベルがカランカランと鳴り響いた。案の定、客は自分だけだった
- 7 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2010/01/06(水) 00:32:31.49 ID:zTFpxWXH0
- アカ錆にまみれていた外装に比べると、店内は驚くほど綺麗だった。
全体的に木目調で統一されていて、BGMのシャンソンがいっそう気持ちを落ち着かせる。
掃除も隅々まで行き届いているし、インテリアに至るまで何もかもが新品のように綺麗だった。
空気が穏やかで、暖かい場所だと思った。
カウンターを隔てた厨房に、長髪のウェイトレスがおしぼりと水とを用意している。
その奥の、扉の隙間からちらりと見える事務室のような場所では、
女性が煙草を吸いながら残取を行っていた。
後ろ姿でよく分からないが、髪いろは紅いしあまり素行は良くなさそうだ。
男はきょろきょろと内装を見まわしながら、カウンター席についた。
「いらっしゃい」
厨房の奥からウェイトレスが、ピッチャーを片手に現れた。
- 8 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2010/01/06(水) 00:36:51.30 ID:zTFpxWXH0
- すらっとした美人で、どこか達観した雰囲気をまとっている。
笑顔を忘れたような無表情で、彼女は水を注いでいた。
客の男の正体を理解しているのかしていないのかさえ判別できない。
男がホットコーヒーを注文すると、ウェイトレスはさっさと湯せんの方へ向かっていった。
コーヒーが出されるまでの間、メニューを眺めたり、手を擦りながら時間をつぶした。
御冷に手をつけるほど暖まってはいないし、煙草を取り出すのも躊躇われる。
間も無くしてコーヒーが運ばれてきた。立ち昇る湯気が、なんとも有難かった。
ウェイトレスはそんな男の様子を見つめていると、ぶしつけに質問を投げかけてきた。
「あなたが、そうなのね?」
男はウェイトレスと視線を合わせ、こくんと頷いた。
そうしてカップを手に取り、ゆっくりとコーヒーを口に含んでいった。
「そう……じゃあ、とりあえず話してくれない?」
男はしばらく黙ってコーヒーの湯気に顔を当てていたが、
ふいに視線をウェイトレスの方へ向けると、決心したように咳ばらいをした。
- 9 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2010/01/06(水) 00:41:42.13 ID:zTFpxWXH0
男は自分の過去を頭の中でリプレイしていった。
あれは一生忘れられない。忘れる気にさえならない。
2000年の3月31日の、明日から中学二年になるという、あの希望に充ち溢れたときに、それは起こった。
男――内藤ホライゾンは、うつむき加減にポツリポツリと語りはじめた。
対面しているウェイトレスも、″事情″は知っているので、
要点々々をかいつまんで、当時の心情をたぶんに含めて言葉にした。
ウェイトレスは灰皿を水洗いしながら、相槌を打つこともなく耳を傾けていた。
・・
・・・
・・・・
男は回想をしているわけではなく、ただ当時を、そのとき思い出しているだけ
(プロローグ 終)
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